チャケサン・ナガ

2018年10月18日

特集ナガランドその1 辺境の山岳地帯に響く歌声 映画「あまねき旋律」


現在ポレポレ東中野で公開中のドキュメンタリー映画「あまねき旋律」(原題:'Kho Ki Pa Lu' 英語タイトル:'Up Down And Sideways')を見てきた。
この映画は、インド北東部ナガランド州の棚田が広がる農村、Phekで暮らすチャケサン・ナガ族の人々に焦点を当てたドキュメンタリーだ。
田園での暮らしの中で歌われる伝統的な歌唱を中心に据えつつ、インドの中ではマイノリティーである彼らの日常を美しく綴った作品だった。
 
この予告編でも聴かれるとおり、彼らが農作業や力仕事の労働歌として歌う美しいポリフォニー(多声合唱)こそがこの映画の主人公だ。
人々へのインタビューも収録されているが、彼らの歌そのものにこそ、彼らの人生や世界観の本質が最もよく現れている。

彼らの歌は、田畑での労働と一体化した歌という意味では黒人のブルースの原型のようでもあるし、音楽的にはアフリカ音楽やブルガリアン・ヴォイスにも似た印象を受ける。
生活と芸術、労働とコミュニケーション(あるいは娯楽)が不可分に結びついた彼らの暮らしぶりを見て、人間本来の根源的な生き方を見たような気持ちになった。
もちろん、彼らを過剰に美化するつもりはないし、ナガの人々も物質的にもっと豊かになることや、肉体労働から解放されることを望んでいるに違いない。
それでも、世界中のあらゆる国の人々が、かつてはこんなふうに暮らしていたのだろうというナガの人々の姿を見て、胸にこみ上げてくるものがあった。
私たちは、より豊かに、より便利にという望みを叶え続けた結果、もといた場所からずいぶん遠くまで来てしまったんだなあ。

というのはあくまで個人的な感想。
こんな感傷を問題にしないくらい、彼らの歌は素朴ながらも圧倒的に美しく、生きることへの深い洞察に基づいた豊かな詩情にあふれている。

ナガランドといえば、かつて首刈りの風習があったというあまりにも強烈な歴史で有名な土地だ。
この地では、かつて男子が大人として認められるための通過儀礼として、異なる部族の人間を殺し首を刈ってくるという習慣があった。
かつてと言っても大昔ではなく、ほんの50年くらい前までの話だ。

「異なる部族」と書いたとおり、「ナガ」は単一の民族の名称ではなく、異なる文化や言語を持つ16もの民族の総称だ。
ナガランドでは、州の共通語として「ナガミーズ」という言語が話されているが、これはもともとあった言語ではなく、近隣のアッサム州の言語アッサミーズ(アッサム語)の語彙やベンガル語の文法をもとに欧米の宣教師たちが作った比較的新しい言語だそうだ。
(と、高野秀行氏の「西南シルクロードは密林に消える」という本に書いてあった)

首刈りの習慣がなくなった大きな理由のひとつが、宣教師たちが持ち込んだキリスト教だ。
20世紀に入ってイギリスやアメリカの宣教師によって伝えられたキリスト教は、それまでナガの人々が信仰していた精霊信仰にとって変わり、いまではナガランドの人口の90%がキリスト教徒(プロテスタントのバプテスト派が主流)となった。
(ちなみに近隣のミゾラム州やメガラヤ州もクリスチャンが8〜9割を占める)
キリスト教を信仰するようになった彼らは、「首刈り」というかつての残忍な風習をやめ、あの伝統的な歌も一時期歌うのをやめてしまったという。
自らの伝統を野蛮で後進的なものとして捉えるようになったのだろう。
だがしかし、キリスト教の普及により歌われなくなった伝統歌を復活させたのもまた、キリスト教指導者たち(ただし、欧米人ではなく地元出身の)だった。
キリスト教によって、彼らは共通の言語を手に入れ、首刈りの風習を止め、自分たちの歌い方を止めて、そしてまた始めた。
彼らの暮らしのなかで、信仰が、そして歌がいかに大きな存在であるかが分かる。
この映画でも、田畑では伝統的な歌を、教会では聖歌を歌うナガの人々の姿が映し出されている。

部族ごとに異なる言語や文化を持ち、異なる部族であれば首刈りも辞さないほどの抗争を繰り広げていたナガの人々が、今日、部族を超えた団結がまあそれなりにできている理由を3つ挙げるとしたら、キリスト教、共通語としてのナガミーズ、そして中央政府やインド中心地域への反発心、ということになるだろう。

中央政府やインド中心地域への反発心。
そう。
ナガランドといえば、もうひとつ有名なのが独立運動だ。
(ナガランドの独立運動については、このサイトに詳しい。『アジアで最も長く独立運動が続く「ナガランド」を知っていますか?』
ナガの住民たちは、イギリス統治時代に単独での独立を約束されながらも、インドの独立によってその支配下に甘んじることを余儀なくされ、今日まで続く長い独立運動を続けてきた。
ナガランドの州都コヒマは、第二次世界大戦中の日本軍の悪名高いインパール作戦の激戦地となった土地だが、当時のナガ人の中には「日本軍が勝てばナガランドの独立が約束される」と信じて日本側について戦った人々も多かった。
そして、日本軍とともにインド(当時はイギリス支配下)と戦った経験こそが、その後の独立運動の発火点にもなった。(そのあたりの経緯に触れたこの記事は全日本人必読の内容。『「日本軍が去った後、村は火の海と化した」目撃者が語るインパール作戦の真実|「終戦記念日」特別寄稿』

その後のナガの独立闘争は苛烈を極めた。
いくら辺境の地とはいえ、あまりにも多様な民族や文化を抱えるインド中央政府にとって、ナガランドの独立を認めてしまうことは、インド各地に波及して国家全体の統一を揺るがす大問題に発展しかねない。
独立を求めるナガの人々は、山林の中でのゲリラ戦を展開したが、力の差は歴然としていた。
そして、インド軍は容赦がなかった。
1955年から57年の間に、ナガランドでは645の村、約80,000の家、そして大量の稲と米ががインド軍により焼き払われたという。

先述の高野秀行氏の「西南シルクロードは密林に消える」には、2002年頃のナガランドの独立運動の様子が生々しく描かれている。
ナガの人々の権利を勝ち取るために結成されたナガ民族評議会(NNC)は、大国インドからの独立というあまりにも大きな目標に向かう過程の中で、派閥に分裂していがみ合う泥沼状態に陥っていた。
部族と派閥をタテ糸とヨコ糸とした複雑な関係の中で、親族同士でも心を開けない生活がこの時代にはまだ送られていた(ひょっとしたら、今もまだそうなのかもしれないが)。
また、ナガの人々は国境をまたいでミャンマーにも暮らしており、ミャンマー側に暮らす彼らもまた、同じひとつのナガランドとして独立することを望んでいるのだった。

映画の中で独立運動に触れられている場面は少ないが、ナガランドがこうした背景を持つということ、そしてインド北東部7州(セブン・シスターズ)の多くで似たような背景の独立運動が行われているということは非常に重要だ。
北東部7州は、今でも悪名高い軍事特別法(AFSPA=Armed Force Special Power Act)の対象地域とされ、中央政府から派遣された軍隊が令状なしで逮捕したり、殺害したり、場合によっては財産を破壊したりすることが認められている。
この法律のもとで地元の人々に対する多くの人権侵害が行われ、国際的にも強く批判されているが、今なおAFSPAは廃止に至っておらず、北東部の人々を苦しめ続けている。
「あまねき旋律」の中で、インド軍の兵士を映したシーンのみ重苦しい無音となっていた理由には、こうした背景があるのだ。

部族間での首刈り、イギリス側と日本側双方に分かれて戦った第二次世界大戦、そして、独立闘争。
ナガの人々の歴史は闘争の歴史だ。
以前、ナガランドに暮らす多様な人々の統合を歌った曲、'As One'を紹介したが、こうした背景を踏まえて聴くと、この曲の持つ意味合いがより深く、重く感じられるはずだ。
「あまねき旋律」の被写体となっているチャケサン族は、ナガランドの中でもとくに歌が得意な部族として有名らしく、この歌の中でもいちばん最初のパートを歌っている。
 
この曲ではナガの部族だけではなく、彼らにとっては独立闘争の相手ともなりうるインドの「メインランド」の人々であるパンジャーブ、ビハール、ラージャスタン、テルグ系の人々もともに歌っているというところにまた大きな意味がある。
この歌に関しては、政治家が絡んでいるようでもあるし、ひょっとしたら現実離れした「きれいごと」の世界なのかもしれないが、それでもナガランドの理想のひとつがここに歌われていることに間違いないだろう。

最後に、現在活躍しているナガランドのアーティストを何組か紹介したい。

まず紹介するのは、Tetseo Sisters.
「あまねき旋律」でフィーチャーされていたナガの民謡を、かなりオリジナルに近い形で歌っている。

というか、「あまねき旋律」自体が、Tetseo Sistersのメンバーの結婚式の参加者に故郷のPhek村を紹介してもらったことがきっかけで撮影された映画だそうだ。
この曲はポレポレ東中野でも映画の上映前に流されていた。 

続いて紹介するのは、彼らの伝統音楽をジャズやファンクと融合した音楽性のPurple Fusion.
'Tring Tring'というこの曲はナガの戦士や首刈りをテーマにした曲のようだ。
かつての「首刈り」の習慣は偏見のもとにもなっているようだが、彼らにとって勇壮な戦士の伝統は誇りでもあるのだろう。
このミュージックビデオのドラマ部分はちょっと牧歌的にすぎるように思うけど。

伝統音楽を離れて、ナガランドで最も成功しているミュージシャンといえばAlobo Nagaだろう。
洗練された音楽性で2012年にMTV EuropeのBest Indian Actに選ばれた彼は、昨年ムンバイで開催されたArtist Aloud Awardでもベストソング賞、ベスト英語楽曲賞、 ベスト北東部アーティスト賞を受賞した。

ANTB(Alobo Naga And The Band)名義で5月にリリースされた新曲'Come Back Home'
この曲ではアメリカ人ギタリストのNeil Zazaがフィーチャーされている。
Neil Zazaといっても知らない人が多いだろうが、マイナーながら20年以上前には日本盤もリリースされていたロックギタリストで、私はこの人のCDを高校時代に買ったことがある。
まさかこんなところで会うことになるとはねえ。

現地の言葉で歌われたAchipiu Mlahnni.
この曲は、ナガの人々に対して、誠実であれ、善良であれ、子供達に質の高い教育を与えよう、より良い未来のために尽くそう、クリーンな選挙で信頼できるリーダーを選ぼう、と訴えかける内容だ。
Alobo Nagaはネット環境が不安定なナガの人々のために、USBメモリ形式で音源を発売したりもしているとのこと。

その名の通りクリスチャン・バンドであるDivine Connectionはふた昔前のシンガポールあたりのバンドのような佇まい。

佇まい同様、サウンドも時代を感じさせない聴き心地の良いAORサウンドだ。

爽やか系ハードロックのIncipit.


今年デビューしたばかりのTrance Effectは女性ボーカルのギターロックバンド。


と、多様な音楽性を誇るナガのバンドたちだが、あえて共通点を上げるとしたら、美しい自然の中で撮影されたビデオが多いのが特徴だろうか。
自然豊かな故郷は彼らにとっても誇りなのだろう。
今回も長くなりました。

とにかく映画は素晴らしかった。
ナガの丘では今日もカメラの回っていないところで、誰に記録されるでもなく、生活や労働の中で美しいもの(歌と詩)が吐き出されては消えてゆくのかと思うと、翻って自分の暮らしにそういう要素はあるだろうかと考えてしまう。

次回は、この自然豊かな地に忍び寄る新たな暗部にフォーカスを当ててみたいと思います。
それでは!

特集ナガランドその2 神の国となりし首刈りの地に悪魔の叫びが木霊する!悪魔崇拝とブラックメタル

特集ナガランドその3 ナガの地で花開く日本文化 ナガランドのオタク・カルチャー事情とは?

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goshimasayama18 at 00:01|PermalinkComments(0)