シレティ

2021年08月28日

8/28(土) としま未来文化財団「バングラデシュの詩とラップ」

昨日、としま未来文化財団さんによるイベント「バングラデシュの詩とラップ」で『タゴール・ソングス』の佐々木美佳監督とのトークイベントを行ってきました。

このコロナ禍と猛暑にもかかわらず、2回の映画上映会も、その合間に行われたトークイベントも全て満席!
正直、かなりニッチなテーマなので、お客さん集まるかなー、とちょっと心配だったのですが、多くの方にお越しいただき、ありがたい限りでした。

満席となってしまったため、そして何より、感染状況を考慮して、会場にお越しできなかった方々のために、当日紹介した曲をブログでもご案内したいと思います。
当日時間の都合で紹介できなかった曲を含めて大盤振る舞い!

一部、動画がブログ内で再生できない楽曲もあるので、その場合はリンク先のYouTubeでご覧ください。



最初に紹介したのは、『タゴール・ソングス』にも登場したダッカのラッパーNizam Rabby.
ダッカのストリートラッパーである彼は、映画の中でも語っていた通り、タゴールの詩に影響を受け、タゴールのように社会に影響を与えうる表現者になることを目指しているという。
このミュージックビデオは、ダッカのラッパーたちによるマイクリレーの中のNizamのパート。

"#BanglarBagh" Nizam Rabby

いかにもストリートラッパー然とした佇まいの彼は、フリースタイルを得意とするラッパーであると同時に、社会的、政治的かつ詩的な要素のあるリリックを書くアーティストでもある。
彼の新曲が、この"KKK"。


“KKK” Nizam Rabby
佐々木監督によると、この曲は汚職や政治を批判する内容とのこと。

ニューヨークのブロンクスでアメリカの黒人文化として生まれたラップ/ヒップホップは、世界中に広がり、抑圧された立場の人々が社会に対するメッセージを発する手段となった。
バングラデシュも例外ではなく、ラップは韻律のある詩の伝統とも結びつき、ローカルな魅力もたたえた新しい文化としての存在感を放っている。
 


"Gully Boy 1" Tabib Mahmud, Rana

バングラデシュのヒップホップにおいて特筆すべき点はその社会性で、 この曲では少年ラッパーの視点を通して、社会の矛盾を指摘している。
(タイトルの通り、この曲は2019年に公開された映画『ガリーボーイ』に大きな影響を受けている)

この少年ラッパーRana君は、田舎で働く父を残して、母と兄弟とともにダッカに上京し、ストリートで花を売って家計を助けているという。
学校は1年生までしか通っておらず、ヒップホップダンススクールでラップに出会ったそうだ。(『ガリーボーイ』の舞台となったダラヴィのように、貧しい子供たちにヒップホップを通して誇りを持ってもらうためのフリースクールがダッカにもあるのだろう)
そこでRanaはラッパーのMahmud Hasan Tabibに見出され、本格的にラップを習い始めた。
Tabibはダッカのストリートラッパーであると同時に、ダッカ大学でアラビア語専攻の学生であり、詩人でもあった。 
たった1日で、ほぼコンピューターとマイクとヘッドフォンだけで録音されたこの曲は、YouTubeで旋風を巻き起こし、Ranaに1,700ドルの収入をもたらしたという。

RanaとTabibのメッセージは1曲だけで完結するものではなかった。
彼らは次々と"Gully Boy"シリーズの楽曲をリリースしてゆく。



2作目では、ストリートには数多くのRanaと同じ境遇の子どもたちがいるということが語られ、自分の将来のためだけに教育を受ける裕福な若者たちが批判されている。
3作目では、国家予算のほんの一部でも子どもたちのために使うことができれば、状況は改善され、バングラデシュはさらなる豊かな国になるだろうということがラップされる。

あまりにも社会的で大真面目なリリックだが、前半で子どもの視点から現状の問題点が語られ、後半で大学生のTabibからその解決のための方法が説明されるという構成はよく考えられていて面白い。

Tabibはラップを教育に活かそうというビジョンがあるようで、子どもたちが世界の通貨を覚えるためのこんな曲もリリースしている。



"International Currency Rap Song" Tabib Mahmud

学研や進研ゼミの「歌で覚える掛け算九九」みたいなものなのか、最後に教材の宣伝が入るし、なんだか思わず笑ってしまいそうになるが、彼は大真面目だ。
ラップという手段を通して社会や教育をより良くしようという、これ以上なく健全なヒップホップの実践とも言えるだろう。


ここから先は都市別のラッパー紹介コーナー。
ダッカをレペゼンするJalali Setについては、イベントでは"Dhaka City"という曲を紹介したので、ここでは別の曲を紹介したい。

Sura Target "Jalali Set"
ベンガルの伝統音楽っぽい曲をサンプリングし、典型的なストリートラップのスタイルで聴かせるこの曲のYouTube動画には、ムンバイの「元祖ガリーボーイ」の一人DIVINEからも称賛のコメントが寄せられている。

"Bakruddho" Nawshin
(曲は0:30頃から)


(※会場で動画が紹介できなかったアーティストです)
こちらはダッカのフィメール・ラッパー。

バングラデシュでは女性のラッパーっぽいファッションはまだ一般的ではなく、伝統的な衣装で堂々とラップを披露する姿が印象的。
佐々木監督によると、リリックの内容は「バングラデシュで女性に生まれて、恥や困難を感じるのはなぜ」といったものだそうで、社会の保守性や家父長制に疑問を投げかけるもののようだ。
 
ヒップホップはギャング的な要素も含んだストリートカルチャーなので、マチズモ的、ミソジニー的な要素が批判されることもあるが(インドのパーティー的なヒップホップでもそういう批判がある)、一方で、女性の権利や人権を主張するための手段になっている一面もある。
この曲はそのバングラデシュ的な実践と言えるだろう。



続いて、ダッカ郊外のGazipurのラッパーたちによる曲。
 
"City Gazipur" EliN-3X-Manam-MX MK-YeaH Shah AAmin Ale
 
ダッカから30キロほどの場所にある、東京における八王子のような位置づけの街のようだが、ミュージックビデオが結構凝っている。
路地裏をラッパー仲間で練り歩く映像は、やはり映画『ガリーボーイ』の影響を感じさせられるものだ。


"CYPHER CTG"  Enu Syed x Anwar Hossain x Royal Mash x 5sta Kamrul x Phenol

こちらは南東部の都市チッタゴンのラッパーたちによる曲。
チッタゴンは世界中の老朽化した船舶が解体される「船の墓場」(子どもたちを含めた労働者が裸足で有害物質を扱う劣悪な環境が問題視される)やロヒンギャの難民キャンプで知られる港町。
また、チッタゴン語というベンガル語のなかでも個性の強い方言が話されており、少数民族が多く暮らしている地域でもある。
バングラデシュというと、社会問題や貧困ばかりが強調されがちだが、ミュージックビデオを通して、そこに暮らす若者たちのリアルな暮らしに触れることができるのもヒップホップの面白さのひとつだ。

続いては、北東部シレット地方にルーツを持つラッパーたちの曲。
シレットも独自の言語(方言)を持つ地域である。
この地方の出身者は、19世紀のイギリス統治時代から、 船乗りとして多くが海外に移住しており、今でもイギリスや北米に多くのシレット系住民が暮らしている。
また、インドのアッサム州にもシレット語を話す地域があり、この曲では、アメリカ、バングラデシュ、イギリス、インドの4か国のシレット系ラッパーの共演となっている。
 U. Sylhety Cypher C Let, B. Monk, Arin Dez, Mogze, Rhythmsta, Pollob Vai

シレットは海外からの送金もあり、地方都市にもかかわらず、バングラデシュの中でも裕福な街として知られている。
他の地方のラッパーたちが場末のストリートでミュージックビデオを撮影する中、シレットのラッパーは結構豊かな暮らしをしているようでもある。
この曲では、「ベンガル人」ではなく「シレット人」としてのアイデンティティが強調されている。
「ベンガル人をぶっ潰せ」みたいな過激なリリックも入っているそうだが、これは深刻な民族対立というよりはヒップホップ的なイキリのようなものだろう。


バングラデシュのヒップホップを語る上で、アメリカやイギリスに暮らすバングラデシュ系住民の存在は無視することができない。
彼らは、いち早くヒップホップに触れ、現地のコミュニティ向けに楽曲を発表するとともに、本国へヒップホップを紹介する役割をも果たした。
今では、アイデンティティを強調したディアスポラや母国のマーケット向けの楽曲ではなく、移住先のマジョリティ社会に向けた楽曲をリリースしているアーティストもいる。
このAnik Khanの"Man Down"はその典型と言えるだろう。

"Man Down" Anik Khan 

(こちらも本日紹介できなかった曲)
曲調としてはまったく南アジア的ではないし、歌詞の内容にもベンガル的な要素はなさそうだが、この曲ではダッカ生まれNYクイーンズ育ちのAnik Khanが、ロンドン出身のベンガリ・シンガーのNishとDJ LYANとの国境を超えたベンガル人によるコラボレーションが行われている。
(この曲については、先日『ブリティッシュ・エイジアン音楽の社会学 交渉するエスニシティと文化実践』〔青土社〕を出版した文化社会学者の栗田知宏さんに教えていただいた)

英語でラップする海外在住のラッパーでも、ベンガル人としてのアイデンティティを全面に打ち出した曲をリリースしている例もある。
 
"Culture" Sha Vlimpse
ニュージャージーを拠点に活動しているSha Vlimpseは、エミネムの影響を感じさせるフロウが印象的だが、リリックのテーマやミュージックビデオは、自身のルーツへのこだわりを感じさせるものになっている。
バングラデシュのルーツを強調するために、伝統的な表現方法ではなく英語のラップが使われるという文化的な「ねじれ」は、移民2世以降の世代たちのリアリティでもあるのだろう。
 
 
"Matha Ta Fatabo" Bhanga Bangla
Bhanga Banglaはニューヨークのバングラデシュ系ラップグループで、バングラデシュに初めてトラップ(ダークで不穏な雰囲気のビート)を紹介したアーティストとされている。
彼らは在外バングラデシュ系グループだが、バングラデシュ国内のマーケットを意識して楽曲を発表しているようで、結果的に母国に新しいサウンドを紹介する役割を担っていると言えそうだ。

ミュージックビデオは2041年のダッカが舞台で、武力による移民や外国人排斥が現実となったディストピア世界を描いている。
2041年でもカレーを食べていて、女性はサリーを着ているというところに、バングラデシュ人の世界観が感じられて面白い。
彼らにとって、服装や食文化は、海外への移住や数十年先の未来に容易に変わってしまうものでは決してないのだ。

もちろん、ベンガル語のラップはバングラデシュとバングラデシュ系移民だけのものではない。
ベンガル地方の西半分である、インドのウエストベンガル州にも数多くの個性的なラッパーが存在している。



"Middle Class Panchali" Cizzy

ジャジーで落ち着いたビートとラップはいかにもコルカタらしい伝統的なもの。
タイトルのPanchaliとはベンガルの伝統的な民話の表現形式だそうで、韻律などにベンガルの伝統的な要素が見られるとのこと。
ラップでは、バングラデシュはより政治的なテーマが好まれ、ウエストベンガルではより文学的なテーマが好まれる傾向が強いようだ。
こちらはコルカタのフィメール・ラッパー。
"Meye Na" Rialan

女性に対する暴力などの社会問題が軽視される現状を糾弾した曲。
曲のテーマはバングラデシュのフィメール・ラッパーNawshinと共通しているが、ファッション的にはウエストベンガルのほうがぐっと垢抜けているのが印象的。


もうひと組、コルカタのラッパーを紹介したい。
"Nonte Fonte" Oldboy x WhySir

不思議な響きのタイトルは、ベンガル語の子ども向けアニメのタイトルから撮られたようだ。
ミュージックビデオの最後に、インドのウエストベンガルから、バングラデシュや海外のベンガル人に向けて、団結して楽しもうというメッセージが語られている。

国籍や宗教や民族といった伝統的なコミュニティの壁を易々と超えることができるのが、新しいカルチャーであるヒップホップの魅力である。
この曲では、最初に紹介したNizam Rabbyがムンバイの社会派ラッパーと国境を超えたコラボレーションを行っている。

"Brasht" AZAAD FORWARD BLOC ft. NIZAM RABBYジャーナリストの殺害と逮捕、表現の自由の欠如、生命と人権の保護の欠如、政治家の不正、女性に対する暴力などがテーマ。
インドとバングラデシュのラッパーが、国籍を超えてヒップホップというカルチャーと政治・社会への問題意識でつながったコラボレーションだ。


最後に、「ベンガル地方の伝説的な詩人たちのラップバトル」というユニークすぎる設定のミュージックビデオを紹介したい。

"Kazi Nazrul Vs Rabindranath Tagore" Fusion Productions


完全なコメディだが、ベンガルを代表する詩人であるタゴールと、バングラデシュの国民的な詩人カジ・ノズルルが、お互いの作品の一節を引用したりしながらラップバトルするという設定はとにかく面白い。
日本にはここまで広く深く親しまれている詩人はいないように思うし、そもそも文学史上の偉人たちをテーマにラップバトルのミュージックビデオを作ろうという発想も生まれないだろう。

映画『タゴール・ソングス』でも分かるとおり、詩や文学が生活に深く根ざしていることが分かる映像でもある。


佐々木美佳監督は、秋ごろにタゴール・ソングスの撮影をテーマにしたエッセイ的な本を出版する予定だそうで、こちらも期待して待ちましょう!



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goshimasayama18 at 23:12|PermalinkComments(0)