シッキム

2018年05月03日

Girish and the Chronicles インドのロックシーンを大いに語る!

以前予告していたように、インド北東部シッキム州出身のハードロックンロールバンドGirish and the Chronicles(以下「GATC」)にインタビューを申し込んだところ、ありがたいことに二つ返事で引き受けてくれた。
今回はその様子をお届けします。 

ちょうど彼らがドバイへのツアー中だったので、メールインタビューという形になったのだが、音楽への愛、インドやシッキムのロックシーンについて、存分に語ってくれた。(そして例によってそれがまたいろいろと考えさせられる内容だった)

 

インタビューに移る前に、
Girish and the Chronicleの音楽を紹介したページはこちら
インド北東部のヘヴィーメタルシーンについてはこちら
(今回のGATCの故郷シッキムは、ここで紹介している「北東部7姉妹州」には含まれていないが、地域的にも非常に近く、非アーリア系の東アジア系の人種が多いこと、いわゆるインド文化の影響が比較的薄いことなど、7姉妹州とよく似た状況にある。デスメタルバンドAlien Nation, Sacred SecrecyのTanaや、Third SovereignのVedantへのインタビュー記事も良かったらどうぞ)

インド北東部地図NEとシッキム インド北東部地図拡大
シッキム州と7姉妹州との位置関係はご覧の通り。南北に長いウエスト・ベンガル州に隔てられているが、一般的には7姉妹州同様に「インド北東部」(地図上の赤く塗られた部分)として扱われる。ちなみにシッキムと7姉妹州の間の空白には、ブータンがある。

前置きが長くなった。
インタビューに答えてくれたのは、バンドの創設者にしてフロントマン(ギター/ヴォーカル)のGirish.
質問に答える前に、こんなありがたいメッセージを寄せてくれた。

「まず最初に、コンタクトしてくれてありがとう。
何よりも、日本は僕にとってもバンドのメンバーにとっても、ずっと夢の場所だったってことを言わないといけないね。僕らはブリーチやNARUTO、ドラゴンボールZみたいなアニメの大ファンなんだ。
このインタビューのおかげで君の美しい国と僕らが近づける気がしてうれしいよ。」

とのこと。

ありがとう!
それではさっそくインタビューの様子をお届けします!


凡「今プレイしているような音楽には、いつ、どんなふうに出会ったの?Facebookでは、レッド・ツェッペリン、AC/DC、ディープ・パープル、ガンズ・アンド・ローゼス、エアロスミス、ブラックサバス、ジューダス・プリースト、アイアン・メイデンをお気に入りとして挙げているよね。最初に聞いたバンドはどれだった?

G「最初に音楽に真剣に向き合おうって気持ちにさせてくれたバンドはイーグルスだな。とくに彼らの曲”Hotel California”だよ。そのあと、もっといろんな音楽とかもっとヘヴィーな音楽を聴くようになった。Bon Jovi、Aerosmith、Iron Maiden、Judas Priestとか、もっと他にもたくさんあるけど、彼らには歌うことに関しても影響を受けたよ。そのあとでもっとブルース色のある音楽を聴くようになった。たとえばツェッペリンとか」

イーグルスから80年代のメタル、ハードロックに進んだあと、さらに現代的な方向には進まずに、また70年代のツェッペリンに戻ったってのが面白い。
また、Girishの好みが一貫してメロディーを大事にするバンドにあるということも印象的だ。GATCの音楽性からも分かることだが、「スラッシュメタル以降」のヘヴィーミュージックは好みでは無いようだ。

次に、以前から気になっていた、シッキムはロックが盛んなのか?という質問をしてみた。

 

凡「地元シッキムのロックシーンについて教えて。じつは20年前にシッキム州のガントクやルムテクに行ったことがあるんだ。その頃、インドの中心地域(メインランド)ではロックファンなんて一人も会わなかったけど、シッキムにはロック好きが何人かいたのを覚えてる。シッキムではメインランドよりもロックが盛んなの?」

G「そうだな。20年前はその傾向がより顕著だったと言えるかもしれない。子どもの頃、素晴らしいロックのカセットを何本か持ってたってこととか、Steven Namchyo Lepcha率いるお気に入りのバンドCRABHのライブを見たのを覚えてるよ。
僕が思うに、シッキムだけってよりも、シッキムを含む北東部全体について考える必要があるんじゃないかな。シッキムよりも、メガラヤ州とか、ナガランド州にはこういう音楽の有名なプロモーターがいて、すごくいいフェスティバルを開催していたりするよ。
でも最近はエレクトロニック・ミュージックやボリウッドに国じゅうが侵略されてしまっていて、悲しいことにこういうタイプの音楽はずいぶん減ってしまったよ。僕の周りで今でもこういう音楽に携わっている場所はほんの一握りになってしまって、シッキムでさえも、崖っぷちだよ。いくつかの熱心なアーティストやバンドがシーンを生き長らえさせているって感じさ。僕らもそのうちのひとつだけど、実をいうと僕ら最近はバンドとしては拠点をバンガロールに移しているんだ。裕福な街だし、優れたロックミュージシャンや大勢のオーディエンスもいるからね」

これは皮肉な話だ。

インターネットの発達で音楽を取り巻く状況は大きく変わり、どこにいてもいろんな場所の音楽に触れられるようになった。

だからこそ、日本にいながらこうしてインドのロックを聴くことができて、「インド北東部は昔も今もロックが盛んだなあ!」なんてことを見つけることができるのだけど、当のインド北東部では、いろいろな音楽を聴けるようになったことで、かえってインド中心部の音楽文化の影響が強くなり、地元のシーンは風前の灯火になってしまった。そして彼らは北東部を離れ、南部の大都市に拠点を移した。
グローバリゼーションによる文化の均質化の光と闇といったら大げさだろうか。 

次に、インドではとても珍しいと感じていた、彼らのようなハードロックのシーンについて尋ねてみた。

 

凡「最近インドのメタルバンドをいろいろ聴いているんだけど、デスメタルタイプのバンドが多いよね。GATCみたいなハードロックンロールタイプのバンドは他にもいる?ケララのRocazaurusは知ってるんだけど」

G「僕が知ってるのは、Still Waters(シッキム州ガントク)、Gingerfeet(ウェストベンガル州コルカタ)、Thermal and a Quarter(カルナータカ州バンガロール)、Skrat(タミルナードゥ州チェンナイ)、Soulmate(メガラヤ州シロン)、Mad Orange Fireworks(バンガロール)、 Perfect Strangers(バンガロール)、Junkyard Groove(チェンナイ)。もっと古いバンドだと、Parikrama(デリー、91年結成)、Motherjane(ケララ州コチ、96年結成)、Baiju Dharmajan(コチ出身のギタリストで元Motherjaneのメンバー)Syndicate(ゴア?)、Pentagram(マハーラーシュトラ州ムンバイ、1994年結成)、Indus Creed(ムンバイ、1984年結成!)がいる。最近じゃもっといろんなバンドがいるよ。

と、たくさんのバンドを挙げてくれた。

チェックしてみたところ、これらのすべてがGATCのようなハードロックというわけではなく、レッチリやデイヴ・マシューズ・バンドに影響を受けたバンドもいれば、ファンク系、ブルースロック系のバンドもいる。
共通しているのはいずれも「90年代以前の洋楽」的なサウンドを志向しているバンドだということだ。Baiju Dharamjanだけはもっとインド古典色の強いプレイスタイルだが、GirishとはSweet Indian Child of Mineというガンズのインド風カバーで共演している。



凡「楽曲を書くとき、特定の昔のバンドをイメージしてたりする?たとえばGATCの曲のなかで”Revolving Barrel”はツェッペリンっぽいし、”Born with a Big Attitude”はガンズみたいに聴こえるよね。パクリだって言いたいわけじゃなくて、影響を受けたバンドへのオマージュってことなの?」

G「うん、まさにそうだよ!アルバム全体が(註:2014年にリリースしたアルバム”Back on Earth”のこと)小さい頃に聴いてきたバンドへのトリビュートなんだ。実際、アルバムカバーのイメージはアイアン・メイデンへのオマージュで、タイトルそのものはオジー・オズボーンの曲から取ったんだ。
最近のキッズはこういったバンドを全然しらないからびっくりしていたんだ。だから僕らがこういう音楽に夢中になったように、彼らにも素晴らしい気分を味わってもらうっていうのはいいアイデアだと思った」

GATC_BackOnEarth 

なるほど。確かにアイアン・メイデンのマスコット的キャラクター、エディーを思わせるジャケットだ。
オジーの曲で“Back on Earth”というのは聞いたことないぞと思って調べてみたら、1997年リリースのベスト盤”Ozzman Cometh”収録の未発表曲だった。マニアックなところから持ってくるなあー。

引き続き、彼らが影響を受けたバンドについて聞いてみよう。

凡「オリジナル曲も素晴らしいけど、GATCのカバー曲もとても良いよね。とくに、AC/DCのマルコム・ヤングのトリビュート・メドレーは最高!今じゃマルコムは亡くなってしまって、ブライアン(ヴォーカリスト)はツアーから引退してしまったけど、AC/DCの思い出があったら聞かせてくれる?

G「AC/DCから逃れる方法はひとつも無いみたいだな。ハハハ。最近のバカテクなギタリストやバンドは、彼らのヴォーカルやギターのスタイルがすごく難しいことを理解しようとしないで、彼らがやっていることを単純だと思って無視してるみたいだけどね。僕が言いたいのは、僕らの世代にとって初めて聴くハードロック・アンセムは、いつだって「Highway to Hellだってことさ。
実際、2009年から僕らはAC/DCをシンプルでタイトなリフのお手本にし始めた。昼も夜もホテルの部屋でずっとAC/DCの曲をジャムセッションしていたものさ!」


まわりの部屋の人たちはさぞうるさくて迷惑だったはずだ。
ちなみに「バカテクなギタリスト」と訳した部分、実際はGuiter Shredderという言葉を使っていた。
”Highway to Hell”は1979年にリリースされたAC/DCのアルバムのタイトル曲だから、世代的には彼らのリアルタイムであろうはずがないが、それだけ長く聞かれ続けてきた曲ということなのだろう。
インドのメインランドが自国の映画音楽ばっかり聴いている一方で、北東部では70年代の名曲をアンセムとするロックシーンが存在していたのだ。

 

凡「インドやいろんな国をツアーしてるよね。オーディエンスやリアクションに違いはある?」

G「うん。簡単に言うと、本当のロックファンはステージに立てばすぐに分かる。ロックを全く知らない人もいるけど、彼らもすぐにフルタイムのロックリスナーに変わるね」


凡「これは聴くべき、っていうインドのバンドやミュージシャンを教えてくれる?どんなジャンルでも構わないよ」

G「さっき挙げたようなバンドだな。他には、Kryptos(バンガロール)、Avial(コチ)もいる。ヴォーカリストとしては、僕のお気に入りのロックシンガーをチェックすることをお勧めするよ。Abhishek Lemo Gurung(Gingerfeet/Still Waters)、Siddhant Sharma(コルカタ)、SoulmateのTipriti、Alobo Naga(ナガランド)だね。あんまり他のアーティストを知らないんだけど。ハハハ。”Bajai De”ていうのも聴いてみるといいよ。これはインドじゅうのいろんな地域のギタリストのコラボレーション動画なんだ」

Kryptosは、Girishが挙げたバンドの中で唯一スラッシュ/デスメタル的なスタイルの(つまり、ヴォーカルが歌い上げるのではなく、がなるようなスタイルの)バンドだが、リフやサウンドそのものは「スラッシュメタル以前」の非常にクラシックなスタイルのユニークなバンドだ。ドイツのヴァッケン・オープンエアー・フェスティバルでの演奏経験もある実力派でもある。
AvialはMotherjaneを脱退したギタリストが作ったバンド。

“Bajai De”、これはギターをやっている人には面白いかもしれない。


凡「インドのライブハウスとかお店とかで、ロックファンは絶対行かなきゃ、って場所を教えてくれる?バンガロールでもガントク(シッキム州の州都)でも他の街でもいいんだけど」

G「知ってるのはライブハウスくらいだけど、お気に入りを挙げるなら、こんな感じかな。
バンガロール: B flat、Take 5、 Hard Rock Café、The Humming Tree
ガントク: Gangtok groove、 cafe live and loud
コルカタ: Some Place Else
シリグリー: Hi spirits
プネー: Hi spirits、 Hard Rock Cafe
インドで見るべき素晴らしいフェスティバルとしては、どこの街でもいいけどNH7 Weekender(註:このフェスはいろんな街で行われている)、Bangalore Open Air、ナガランドのHornbill Festivalかな」

インドを訪れる機会があればぜひ立ち寄ってみてほしい。
NH7 WeekenderはOnly Much Louderというプロモーターがインドじゅうのいろいろな街で行っているフェスで、洋楽ハードロック/ヘヴィーメタルではスティーヴ・ヴァイ、メガデス、フィア・ファクトリー等が出演してきた。他のジャンルでも、モグワイ、マーク・ロンソン、ベースメント・ジャックス、ウェイラーズ等、多様なジャンルのトップアーティストを招聘している。Hornbill Festivalは、伝統行事やスポーツやファッションやミスコンなどを含めた、毎年12月に10日間にわたって開催されるお祭りで、その一環としてHornbill International Rock Festivalが行なわれている。80年代〜90年代に活躍した欧米のバンドも多く参加しており、非常に面白そうなので、このブログでも改めて取り上げる機会を持ちたい。

 

凡「今のインドのロックシーンについて教えてくれる? 僕が思うに、多くのバンドが自分たちで音楽をリリースしているよね。インディーズレーベルと契約するようなこともしないみたいだけど、実際どう?」

G「そうだね。とくに英語でパフォームするバンドについてはそうだと言える。もしレーベルとの契約にサインしたとしても、なにかメリットがあるとは思えないしね。実際、熱心なバンドにとっては支障になるだけだよ。うん、誰もレーベルと契約することなんて気にしちゃいないね。
僕らはしたいことをするだけだし、それでどうなるかも分かってる。英語じゃなくて、地元の言語とかヒンディー語で歌ってるバンドについてはもちろん別の話だと思うけど」

 

なるほど。レーベルというのは形のあるCDやカセットテープを流通させるためのもの。
より地域に根ざした地域言語で歌うアーティストならともかく、インド全土や世界中をマーケットとすることができる(=英語で表現する)アーティストにとっては、自分たちでインターネットを通じて楽曲をリリースするほうが効率的かつ効果的なのだろう。
物流が未成熟であるというインドの弱点が、インディーズレーベルさえも不要という超近代的な音楽流通形態を生み出しているのかもしれない。
実際、GATCのような70〜80年代的なハードロックというのは、現代のシーンの主流ではないし、また今後ふたたび主流になることも難しいジャンルだとは思うが、インドじゅう、世界中を見渡せばそれなりに愛好者はいるジャンルだ。
レーベルを介することで物流に制限が生じたり、自分たちの利益が減ってしまうより、自分たちで音楽を配信するほうがメリットが大きいというのはうなずける。

 

最後にGirishはこんなことを言ってくれた。

G「アリガトウゴザイマス!夢は叶うっていうけど、僕らの夢は日本でライブをすることなんだ。それから次のアルバムはヒマラヤのエスニックな要素とロックが合わさったものになるってことも伝えたいよ」

どこまでもロックを愛する好青年なGirishなのだった。
ところで、Girishが教えてくれたバンドを1つ1つチェックしてみて、感じたことがある。

それは、インターネットの発展とロックの普及がほぼ同時に起こったインドでは、「ロックは時代とともに変化してゆくジャンルでは無い」ということ。

どういうことかというと、プレスリーやビートルズから樹形図のように表される発展を経て「今のロック」があるのではなく、インドのシーンではこれまでの時代に生まれて(そして消えて)きた様々なジャンルが並列に、平等に並べられているということだ。

インドではロックの歴史は流れずに積み重なっている(ちょうど「百年泥」のように!)。
70年代のロックも、90年代のロックも、2000年以降にインターネットといっしょに同時にやってきたからだ。
その積み重なったロックを横から眺めて、めいめいのバンドやミュージシャンが、自分の気に入った音楽を選び取って演奏している。

そのことは、例えばRolling Stone Indiaのような尖った雑誌が選んだ2017年のベストアルバムのうち、1位がヒップホップアーティスト、2位がジェフ・ベック風ギターインスト、6位がデスメタルというラインナップであることからも伺える。
「その時代のサウンド」であるかどうかよりも、「良いものは良い」として評価されているのだ。

もちろん、過去のロックに非常に忠実なサウンドを演奏するバンドは他の国にもいるが、欧米や日本では、彼らはよりマニアックなシーンに属している。
でも、インドの場合、シーンがまだ小さいが故に、ひとつの大きな枠組みの中であらゆるバンドを見ることができる。
欧米の音楽シーンとは地理的にも文化的にも距離があるということも、こうしたシーンの特殊性の理由のひとつだろう。

そして、インドの地理的な広大さ、文化的な多様さが、80年代の享楽的なロックに共感する人も、90年代の退廃的なロックに共感する人も、2000年代以降のよりモダンな音楽に惹かれる人も共存しうる稀有なシーンを作り出している。

外から眺めると、それはむしろ健全なことのようにも思えるのだけど、その中で演奏するアーティストにとっては、依然としてメインストリームである映画音楽などの存在が大きく、厳しい状況であるようだ。

 

GATCもまた、自分たちが大好きな音楽をただひたすらに演奏するミュージシャン。
バンドメンバー、とくにヴォーカルのGirishの力量は非常に高いものを感じる。
彼らが演奏しているようなジャンルがインドでも世界中でも主流ではないとしても、愛好家はあらゆる国にいるだろう。
ドバイ等のツアーも成功させている彼らではあるが(ドバイはインド系の移民労働者も多く、ドバイでのオーディエンスが地元の人中心だったのか、インド系移民中心だったのかは気になるところだ)、より多くの国や地域の人々に受け入れられることを願わずにはいられない。

 

それでは今日はこのへんで!



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2018年04月25日

原点、っていうか20年前の思い出。シッキムにて。

インドによく通ってた20年ほど前、今となっては前世紀末の話。

当時はデリーやコルカタやムンバイといった大都市でも、街角から流れてくるのはインド映画の音楽や宗教歌ばかり。

ロックやヒップホップなんて洋楽も国産のも全然聴こえてこなかったし、カセットテープ屋さん(当時、インドの主流音楽メディアはCDではなくカセットだった)に行ってもほとんど映画音楽や古典音楽しか並んでいなかった。

当時、アタクシはインドとロックが三度のメシより好きな若者だったので、インド感たっぷりのインドのロックバンドってのがあったら聴きたいなあ、と思っていたものだった。
その頃、ラヴィ・シャンカルの甥のアナンダ・シャンカルがロックの名曲をシタールでカバーしたアルバムがCDで再発されていたのだけど、B級趣味の企画盤っぽくてあんまり好みじゃなかったし。
前にも書いたけど、デリーのカセット屋で「インドのロックをくれ」と言ったら、出てきたのはジュリアナ東京みたいな音楽だった。
 インドのロック好きの人たちが本気でやっているロックバンドは無いものか、と探していたけどどこにも見つからなかったし、そもそも見つけ方が分からなかった。仕方なく、イギリスのインドかぶれバンドのクーラシェイカーあたりを「なんか現地のノリと違うんだよなあ」とか思いながら聴いていたものだった。

これはインド北東部、シッキム州を訪れたときのお話。

シッキムはネパール国境の東にちょこんとあるごく小さな州で、1975年まで「シッキム王国」という独立国だった歴史を持つ。
Sikkimmap
シッキム州の場所

シッキムの住民はネパール系やチベット系の、日本人と似た、いわゆる「平たい顔族」の人たちが多い。
どこを開いてもアーリア系やドラヴィダ系の濃い顔ばかりの「地球の歩き方 インド」の中で、薄い顔の人たちが民族衣装を着て微笑んでいるシッキムのページに、どことなく安心感と懐かしさを感じたものだった。

sikkimesepeople
シッキムの人々

シッキムの州都ガントクから乗り合いバスで山あいのルムテクという村に向かったときのこと。

ルムテクはチベット仏教の大きな僧院が有名(っていうかそれしかない)な小さな村で、オフシーズンだったせいか、1軒だけある宿にも英語が分かる人がおらず、「ここ泊まる。食事する」と身振り手振りでなんとかチェックインを済ませた。

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ルムテクのゴンパ(僧院)

ルムテクは素朴な雰囲気の村で、とてもリラックスして過ごすことができた。

僧院も素晴らしく、おおぜいの少年僧たちがめいめいに暗唱するお経は、伽藍の高い天井に反響して、不思議な音楽的な響きが感じられた。

さて、翌日。

他に見る場所もないので、ガントクに帰るバス乗り場に行くと、もうその日のバスは全て出た後だという。
途方に暮れていると、こぎれいな車に乗ったインド人男性がやって来て、「これからガントクに行くんだけど、よかったら一緒に乗っていかないか」と誘ってくれた。

「観光客に向こうから声をかけてくる奴はほぼ悪者」というインドの大原則があるのだけど、このあたりは素朴な人たちばっかりだったし、オフシーズンのこんな小さな村に観光客相手の詐欺師もいないだろうと判断して、ありがたく乗せてもらうことにした。

彼の名前はパサンサン。カリンポンという街で自営業をしているという。
ドライバーが運転する車の後部座席で、パサンサンとの会話は大いに盛り上がった。

何故か。それは彼がインドで初めて出会ったロック好きだったから。

「ディープパープルがデリーに来た時には3日かけて見に行ったんだ。スティーヴ・モーズは凄いね。リッチーのプレイを再現するだけじゃなくて、自分のフレーズも弾けるんだ」「ブータンに行った時に、旅行で来ていたミック・ジャガーに会ったことがあるんだよ」なんて話がまさかこんなところで聞けるとは!


最初ちょっと警戒したことも忘れ、すっかり打ち解けた私に、彼は「ローリング・ストーンズのYou Can’t Always Get What You Wantをインド風にカバーしたこともあるんだ」と言うと、おもむろに歌い出した。

 

「まずイントロはシタールから入るんだ」

“I saw her today at the reception

A glass of wine in her hand

 

「ここでタブラが入ってくる」
タブラ の音色を真似ながら、パサンサンは歌い続ける。

“I knew she would meet her connection

At her feet was a footloose man

 

「ここでギターが入って、サビだ」

“You can’t always get what you want

 

これには本当にびっくりした。
なぜって、これこそがまさに当時の自分が聴きたかったインドのロックそのものだったから!

すっかり意気投合したパサンサンは、その日1日、ガントクの街を案内してくれた。

晩御飯はパサンサンの奢りでビールを飲みながらまたロック談義。

当時の日記によると、ビートルズ、レッド・ツェッペリン、ストーンズ、ザ・フー、ジェスロ・タル、ジャニス・ジョプリン、ボブ・ディラン、エリック・クラプトン、スコーピオンズ、テン・イヤーズ・アフター、ゴダイゴなんかの話をしたとある。

インターネットも一般的になる前、西洋の音楽の音源もほとんど流通していないインドで、彼はどうやってこんなに(当時から見ても)昔のバンドの知識を得たんだろう。

その日は二人ともガントクに泊まって、次の日一緒にカリンポンを案内してくれることになった。ロックをインド風にカバーした音源も聴かせてくれるという。

 

ホテルに帰る前、パサンサンが言った。

「今日ドライバーに給料を支払わないといけないんだけど、今日は銀行が休みなんだ。800ルピー貸してくれないか?」


おっと。

これはインドでは絶対にお金を貸してはいけない場面。貸したら絶対に返ってこない。
ガイドブックにも、大学教授を名乗る身なりのいい家族連れにお金を騙し取られたとか、そういう体験談がわんさと載っている。 

でも。アタクシは思った。

あんな小さな村でたまたま会って、ここまで趣味が一致して意気投合した男が、さらに詐欺師だなんて、いくらなんでもそんな偶然は無いんじゃないだろうか。

それに800ルピーは当時の日本円で2,000円くらい。

インドでは大金とはいえ、ドライバーを雇えるくらいの男がかすめ取ろうとする金額ではないだろう。

翌日に返してもらうことを約束し、その日はパサンサンが紹介してくれた、ふざけた名前の「ホテル・パンダ」に宿泊。酔いも手伝って心地よい眠りについた。

 

翌日。

約束していた朝9時にホテルのフロントに行くと、パサンサンはまだ来ていない。まあ、インド人だしな…と思いながら10分、20分、30分。

さすがにおかしいと思ってパサンサンが宿泊していた部屋をノックしてみたが返事がない。

よく見ると、鍵は外からかかっている。

やばい!と思ってホテルのフロントで聞くと、「その男ならもうとっくにチェックアウトしたよ」とのこと。

 

やられた!

信じた俺がバカだった!

800ルピーも惜しいけど、彼がカリンポンで聴かせると約束してくれた、インド風にカバーしたロックの名曲の数々が聴けなくなってしまったことが何よりも残念だった。

 

ホテルの前で困った顔をしていると、映画俳優のようにハンサムな向かいのオーディオ屋の兄ちゃんが「どうした?」と声をかけてきた。

「昨日ここに泊まってたロック好きのパサンサンって男を知ってるか?」

と聞くと、「おー、君もロック好きなのか!」と大音量でボンジョビやドアーズやエルヴィス(すごい組み合わせ!)をかけながらロックの話をしてくる。

音が大きすぎて通りの人はみんなこっちを不快そうに見てくるし、そもそも会話がままならないくらいのヴォリュームだ。

「で、昨日俺が800ルピー貸したパサンサンって男、知ってる?」

「いや、知らない。よく知らない人にお金を貸したらいけないよ」

知らないんなら早く言ってくれよ!

それにシッキム、どうしてこんなにロック好きが多いんだよ!

 

情けないやら悔しいやらで、その日は一日中、前日にパサンサンに案内された場所を巡りながら彼の消息を探したけど、結局何も分からないまま。

彼を探すことはあきらめて、次の目的地のネパールに向かうことにした。

 

それ以降、インドの旅の中であんなにロックが好きな男に会うことは無かった。

ゴアにはトランスのCDを売るインド人がいたし、ネパールのポカラでは、欧米人ツーリスト向けに当時流行ってたオアシスの曲をカバーしているバンドを見かけたけど、どちらも「仕事としてやってる」って感じで、心からの音楽好きであるようには見えなかった。

 

欧米のロックをインド風にカバーした音楽なんてものも聴く機会は無かった。

当時そんなことをやっていたのはパサンサンとその仲間くらいだったんだろうか。

インターネットが発達した時代になり、インドでもロックバンドが増えてきていて、遠く離れた日本でも彼らの音楽が容易に聴けるようになった。

それでも、あの日パサンサンから聞いたようなアプローチで洋楽のロックを演奏しているバンドにはいまだにお目にかかったことがない。

今でも、彼の音源が聴いてみたいと思う。

そして、あのとき感じた「インドのロックが聴いてみたい」という気持ちが、このブログを書くきっかけのずっと根っこのほうにあるのかな、とも少しだけ思う。


それにしてもパサンサン、晩飯もホテル代も出してくれて、1日潰してまで800ルピー騙し取るって、彼の暮らしぶりを考えたらずいぶんわりに合わないペテンだったと思うけど、あれは本当になんだったんだろう。
思うに、彼も最初は純粋にロック談義を楽しんでいたのだろうけど、途中で間抜けな日本人が完全に気心を許してるのを感じて、「これくらいの金なら掠め取ってもいいかな」と考えたんじゃないだろうか。

次回あたりで、この20年前からロックが盛んな(?)シッキム州出身のロックンロールバンド、先日紹介したGirish and the Chroniclesのインタビューがお届けできそうです。

本日はこのへんで。

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2018年04月14日

ついに発見!ロックンロールバンド!Girish and the Chronicles! Rocazaurus

何度も書いてきた通り、インドでロックバンドができる層は人口全体から見るとまだまだごく一部。
エレキギター、ベース、アンプ、ドラムセットと買い集めて、インドに練習用のスタジオがあるのか自宅のガレージでやるのかしらないけど、バンドでリハーサルするだけで結構な出費になることだろう。
そんなことができる彼らは必然的にいわゆる富と教養がある層ということになるので、インドではロックバンドといえばメタルやプログレハードのようなジャンルで技巧を競ったり、ポストロックでセンスと音響を磨いたりというのが主流になっている。
逆に、メタル/ハードロック系で言えばAC/DCやガンズアンドローゼス、パンクで言えばラモーンズのような、愚直こそが美学というような、直球のロックンロール系のバンドというのは極めて少ない。
パンク系のバンドでも、社会風刺的なやつだったりするしね(それはそれで良いのだけど)。

ところで、小生は愚直なロックが大好きだ。
そりゃあ、難しいことも深遠なことも表現できるのがロックの素晴らしさではあるけれども、本質的なことを言えばスリーコード、エイトビート、それさえあれば十分じゃねえか。
インド人はなぜそれが分からないのか!と歯がゆく思っていたところ、ついに見つけました。ロックンロール系のバンドを。

どちらかというとメタル寄りのバンドではあるけれども、こまっしゃくれた変拍子とか早弾きや早叩き(って言わないけど)なんてしない。彼らの目指すところは間違いなくロックンロール。
インド北東部シッキム州のバンド、Girish and the Chronicles、略称GATC!
まずは1曲聴いてください。じゃなくて聴きやがれ!その名も"Born with a Big Attitude"


GATCは2009年にヴォーカリスト兼ギタリストでソングライターのGirish Pradhanを中心にインド北東部のシッキム州結成された(シッキムは以前紹介したラッパーのUNBの故郷です)。
シッキム州で最初にして唯一の全インドツアーと海外でのライブ(調べた限り、香港や韓国、ヨーロッパのモンテネグロのイベントに参加したようだ)を成功させたバンドだという。
バンド名の頭にGirishの名前が入っていることからも分かる通り、とにかく強烈なのはそのヴォーカル!
この曲ではかなりガンズのアクセルっぽく聴こえるが、他の曲も聴いてみてもらおう。
80年代のアメリカのバンドを思わせるスケールの大きい””The Endless Road"


トラックの荷台で演奏するメンバー、バイクで旅する長髪の若者、壮大なコーラス。
インドらしからぬ非常にアメリカンな世界観。
砂漠から手を振るとそこにはオート三輪のトラックに乗ったインドの人々が!アメリカンロックとインドの遭遇といった感じのこのビデオ、好きだなあ。
こういうビデオが撮れる場所があるっていうのも、インドの広さを改めて感じる。

続いてアップテンポなナンバーはどうだ!その名も"Ride to Hell".
前奏が長いぞ。歌は2分あたりからだ!

この曲はヴォーカルも含めてMr.Bigみたいな雰囲気!

元ネタになってるバンドが分かってしまうところがちょっと微笑ましくて、次はツェッペリン風の"Revolving Barrel"


こういうバンドに欠かせないバラードもちゃんとある。"Yesteryears"


なんだろう、このまるでインドを感じさせない、中高生のころに聴いてたバンドみたいな感覚は。
彼らはカヴァー曲のセンスも最高で、AC/DC、エアロスミス、ガンズなんかを完コピしている。

全部貼ってるときりがないので、ここはアタクシが敬愛してやまないAC/DCのマルコム・ヤングに捧げるメドレーを。


ヴォーカルを含めて完コピ!
リズムでちょっとオリジナルとの違和感を感じるところもあって、それはそれで本家の偉大さを感じる。
インタビュー記事によると、影響を受けたバンドとしてLed Zappelin, Deep Purple, Black Sabbath, Iron Maiden, Judas Priest, Aerosmith, Guns and Roses, AC/DCといった70年代〜80年代のハードロックやメタル系のバンドの名前を挙げていた。(ちなみにインド国内のバンドではParikrama、Soulmateとのこと)

インド北東部の最果ての地、シッキムにこんなロックンロールバンドがいるなんてなあ、と感激していたら、おや、Youtubeの右側んとこにまた別のロックンロールっぽいインドのバンドが出てきているではないか。

彼らの名前はRocazaurus.
さっそく聴いてみようじゃないか。"The Punk". 曲はメタルだけど。


おお!これはまたゴキゲンな。
さっそく調べてみたら、彼らのFacebook のページにはこんなことが書かれていたよ。

Rocazaurus is a unique rock band. Just like dinosaurs, the genre pure rock is also getting extinct. We are not going to stand aside watch it turn into fossil. So Rocazaurus is the few among the last to keep up the spirit of rock. Musically upfront with hard rock and general metal. The band is enjoying the good times of music wonders and rediscovering process of rocking out. 
Rocazaurusはユニークなロックバンドだ。恐竜のように、ピュアなロックもまた絶滅しかけている。俺たちはロックが化石になってゆくのをただ黙って見ているつもりはない。そう、Rocazaurusはロックの魂を伝えるために選ばれし者たちなのだ。音楽的にいうと、俺たちはストレートなハードロックや王道のメタルだ。俺たちは音楽に奇跡があった良き時代とロックンロールの素晴らしさを再発見して楽しんでいるぜ。

いいなあ!なんて暑苦しい所信表明なんだ!
次は、すばらしすぎるタイトルの曲"All I Want Is Rock And Roll".


Rocazaurusはインド南部のケララ州出身のバンド。
メンバーの名前(Vocals/Lead guitar - Fredy JohnBass/Vocals - Lesley Rodriguez, Drums - Alfred Noel)を見ると全員クリスチャンのようでもある。
そうした彼らの出自がこのアメリカンなサウンドと何か関係があるのだろうか。

余談だが、ケララは大航海時代から栄えた港町のコチン(コチ)を擁する州ではあるが、この土地のキリスト教の歴史はザビエルら大航海時代の伝道師の来訪よりもはるかに古く、なんと12使徒の1人、聖トマスが西暦52年ごろにキリスト教を伝えたと言われている。
india_map州都入り
それ故に、ケララのキリスト教はもはやインド文化の一つといった様相を体していて、北東部のように特段西洋文化の受け入れに積極的といったイメージも無い土地なんだけど。
ただ、古くから教育に力を入れていた州であり、これといった産業が無いにもかかわらず安定した成長を続けた州の体制は「ケララ・モデル」として知られており、ある種の文化的近代化が(とくに人口は多いが保守的な北部の州に比べて)なされていると言えるのかもしれない。

それにしても、遠く離れたインドの北の果て(ネパールの西側)のシッキムと南の果て(最南部の西側)のケララで、インドでは珍しいロックンロール系のバンドが見つかるっていうのが面白い。
北東部の音楽的な先進性はメタルやヒップホップを通して見てきたけれども、南部ではケララにもこの手のインドらしからぬバンドがいるというのは注目に値する。
ケララは先日紹介したスラッシュメタルバンドのChaosとか、他にも気になるバンドが満載の地で、ちょっと深掘りしてみたいところだ。 

それはまたいずれ書きたいと思います。
では! 

goshimasayama18 at 21:39|PermalinkComments(0)

2018年03月30日

ダージリン茶園問題とグルカランド シッキムのラッパーUNBの問題提起!

今年もダージリンの茶園でのストライキのニュースがヤフーのトップニュースにも掲載されていた。
昨年も同様の報道があったのを覚えている人もいるかもしれないが、どうもここ日本では「ストライキのせいでダージリンティーが飲めなくなるかもしれない」という視点で報道されることが多く(今回の記事は背景や原因までしっかり書かれていて好感!)、あまり深いところまではなかなか報じられていないのだけれども、この問題は単なる労働問題ではなく、言語、民族、差別、教育、自治権といった様々な課題が複雑に絡み合っている。
そしてこの問題について物申している地元のラッパーなんかもちゃんといたりする。

まずは、インドの地図でダージリンがあるウエストベンガル州の位置を見てもらいましょう。
location_map_of_west_bengal

ウエスト(西)ベンガルっていう名前なのに、なんでインドの東部にあるかっていうと、もともとのベンガル地方の東半分は、現在はバングラデシュとして別の国になってるから。
バングラデシュのさらに東は、このブログではデスメタルが盛んだったり、ラッパーのBK(Borkung Hrankhawl)がいたりすることで有名な「インド北東部七姉妹州」Seven Sisters Statesだ。
イギリスによる植民地時代から、ヒンドゥー教徒の多い西ベンガルとムスリムの多い東ベンガルの分割統治が行われるようになり、結局1947年のインド独立のときに東ベンガルはインドには帰属せず、イスラム国家であるパキスタンの一部の東パキスタンにとして独立することを選んだ。
ところが同じ宗教を持っているとはいえ、距離も離れているし、言語も違う(パキスタンはウルドゥー語、バングラデシュはベンガル語)、文化も違う、経済の格差もあるってんで、結局は上手くいかず、東ベンガルはバングラデシュとして1971年に再独立することになる。
バングラデシュ独立時に発生した大量の難民を救うために、ジョージ・ハリスンが呼びかけて、クラプトン、リンゴ・スター、ボブ・ディラン、レオン・ラッセルなんかが参加したコンサートのアルバムがまた名盤だったりするのだけど、それはまた別のお話。

それでは今度はウエストベンガル州の地図を見てみましょう。
WestBengalDistricts_numbered
難民問題は大変だったろうけどヒンドゥー教徒の多いウエストベンガルがインドに帰属できてよかったね、と単純にならないのがインドの難しいところ。
ご覧のようにこのウエストベンガル州、南北に長い形をしています。
ウエストベンガル州の州都はこの地図上の南のほうにある、17番のコルカタ。昔の名前で言うとアタクシの苗字とおんなじカルカッタですな。
で、ダージリンはこの地図の一番上、最北の1番の場所。

このウエストベンガル州の北部には、グルカ(Gorkha)人と呼ばれる、この州のマジョリティーであるベンガル人とはまったく異なる民族が多く暮らしている。
彼らは、彫りの深いアーリア系のベンガル人よりも東洋的な顔立ちをしていて、ベンガル語ではなくてネパール語を話す。
大まかに言うと、彼らは傭兵として有名なネパールの「グルカ族」と同じ民族で(グルカと呼ばれる人たちも実際は様々な民族に分かれている)、ククリというナイフが彼らのシンボルとされている。

昨年報じられた大規模な茶園のストライキは、ウエストベンガル州のすべての教育を全てベンガル語で行うことにするという政策に、ネパール語を母語とするグルカ人たちが反対したために行われたもの。
まだちゃんと調べられていないのだけど、この政策は、州内のマジョリティーであるベンガル人への人気取り的な側面や、州のなかの分断を極力なくそうという意図があって行われたものではないかと思う。

その昨年のストライキで十分な茶葉の収穫ができず、信用や各付けも低下した農園は、労働者への給与の支払いに苦慮するようになり、その待遇に対する抗議として、また収穫期を前にしたストライキが行われている、というのが今年のストの背景のようだ。

そもそも昨年のストライキは地元のグルカ人による政党Gorkha Janmukhti Morcha(GJM)によって呼びかけられたものだ。
GJMはウエストベンガル州からの「ゴルカランド州」の独立を目指している政党だ。
インドはご存知のように極めて多様な民族、言語、宗教、文化を抱えた国家で、州の線引きは(ウエストベンガルのような例外もあるけれども)基本的には言語の違いによってされてきた。
インドの「州」にはかなりの自治権が認められているので、いろんな州内で独立運動(国家としてじゃなくて、州としての独立を望む運動)が行われているのだけど、新しい州の独立は、21世紀に入ってからはずっと認められていなかった。
インドの政治がアイデンティ・ポリティクス(住民が自身の所属するカースト等のコミュニティーの利益を代表する政党を支持する)化した今日、それを認めてしまうと、あらゆる州の独立闘争を刺激して収拾がつかなくなってしまうからだ。

ところが、2013年に当時の中央政府がインド南部のアーンドラ・プラデーシュ州(バンガロールに並ぶIT産業の中心地ハイデラバードを州都とする)から、内陸部のテランガナ州の独立を認めてしまう。
どちらもテルグー語(映画「バーフバリ」の言語)が母語ではあるのだが、伝統的に異なる文化を持った地域で、旺盛な独立運動に応えてのことだった。
この独立は中央政権の人気取り的な側面があったとも言われている。
そして、予想通り、この独立以降、インド各地で州の独立運動が活性化する。
州の中のマジョリティーとは異なる文化、民族、カースト、言語を持つ人々にとって、現実はともかく、州としての独立を勝ち取るこそが、雇用やインフラ、教育等の問題をすべて解決する特効薬であるかのように捉えられるようになった。
今回のストライキやゴルカランド独立運動の背景には、このテランガナ州の独立が影響しているわけだ。
(テランガナ州独立についてはこのブログに詳しいです)

今日は前置きが長かったなあ。
で、このウエストベンガル州最北部のダージリンのさらに北に「シッキム州」という州がある。
シッキム州は、もともとは「シッキム王国」というインドとは別の国家だった地域。
チベット仏教の色合いの濃いまた独特の文化を持ち、やはりグルカ系の住民の多い地域だ。

シッキム州の州都、ガントク出身のラッパーのUNB(本名Ugen Namgyal Bhutia)は、このゴルカランド独立運動をラップにして発表している。
"Jai Jai Khukhuri(Gorkhaland Anthem)"聴いてみてください。


”Jai”は「勝利を!」という意味、「Khukhuri」はグルカのシンボルであるククリ刀のこと。
ネパリ語なので内容は分からないけど、独立闘争を映したビデオといい、ゴルカランド独立への強い思いが伝わって来る。
こうした社会運動と連動した政治色が強いラップも、数多くの問題を抱えつつも「世界最大の民主主義国」であるインドのシーンならでは。
 
各州の運動の背景はそれぞれ異なるが、以前BKを紹介した際にも触れた通り、ことインド北東部に関してはメインランド(インド中心部)からの差別的な扱いを長く受けている、というのことが根底にある。

そうした状況がよくわかる曲。UNBの"Call Me Indian".


同じインド人なのに、見た目がアーリア系やドラヴィダ系ではないというだけで、まるで外国人であるかのように扱われる。
BKと同様に、非常にストレートなメインランドへの感情を吐露した一曲だ。
またこうしたテーマは日印ハーフのラッパー、Big Dealのラップの内容とも重なるところがある。
インドの人気作家Chetan Bhagatは、times of India紙に寄稿したエッセイで、独立自体は良いことだとしても、州が独立しても実際に多くの問題が解決するわけではないし、独立に至るプロセスでの暴力行為や損失こそが憂慮すべき問題であると指摘している。

まあ、そんなこんなで結論があるわけではないけど、っていうか、アタクシごときに結論が出せるようだったらそもそもこんなに揉めてるわけないのだけど、今回はダージリンのストライキ、ゴルカランド独立問題と、その闘争を扱ったラッパーUNBを紹介してみました! 
それでは! 

goshimasayama18 at 23:58|PermalinkComments(0)