カルナーティック

2020年03月28日

『世界はリズムで満ちている』は音楽映画の傑作!

先日、タミル映画『世界はリズムで満ちている』(原題"Sarvam Thaala Mayam", 英語では"Madras Beats"というタイトルがつけられている)の日本語字幕つきDVD発売記念試写会に行く機会があった。
この映画は2018年の東京国際映画祭ワールドプレミア上映されたものの、その後日本での一般公開はされていない、いわば「幻の名作」。
私も映画祭のときに見ることができず、今回が初見だったのだが、これが大変素晴らしかった!

監督はラージヴ・メーナン(Rajiv Menon 以下日本語表記は東京国際映画祭のときのもので記載)。
メーナンは1995年のマニ・ラトナム監督の名作映画『ボンベイ』や日本でも撮影が行われた2020年公開予定の"SUMO"など多くの作品で撮影監督を務めている人物で、監督としては前作からほぼ20年ぶりの3作目となる。
主演のG.V.プラカーシュ・クマール(G.V. Prakash Kumar)は、この映画の音楽監督を務めるA.R.ラフマーン(A.R.Rahman)の姉の息子で、映画のプレイバック・シンガーなども務める音楽畑出身(自作曲も歌う)の俳優。この映画で国内のいくつかの映画賞の主演男優賞にノミネートされるなど、高い評価を得た。
主人公の師匠役には数多くの出演作品・受賞歴を誇るベテラン俳優ネドゥムディ・ヴェーヌ(Nedumudi Venu)、ヒロイン役にアパルナー・バーラムラリ(Aparna Balamurali)。
ちなみにこの作品はタミル語映画だが、監督はタミル・ナードゥではなくケーララ州出身であり、ヴェーヌとバーラムラリもケーララ出身でマラヤーラム語映画をメインに活躍しているようだ。

…と、さも詳しそうに書いているものの、インド映画に疎い私は、ラフマーン以外は全くの初耳。
全くよく分からない状態で見たのだが、どの役者も素晴らしく、とくに演奏シーンはまったく違和感なく超絶技巧を演じていて圧巻の一言。
私同様に、インド映画に疎い人も安心して見てほしい。


今回発売されるDVDの日本語字幕は、南インドの映画やカルチャーの発信拠点としても有名なインド料理店「なんどり」さんと、南インド研究者の小尾淳(おび・じゅん)さんによるもので、DVDは「なんどり」さんで購入できる。
通販でも買えるが、このお店、南インド料理も絶品で、そしてお酒の品揃えも素晴らしいので、お近くの方はぜひ直接お店を訪れることをお勧めする。
(「なんどり」さんはJR宇都宮線/高崎線の「尾久駅」から徒歩5分、都電荒川線(さくらトラム)「荒川遊園地前」「荒川車庫前」停留所から徒歩3分。)
と思っていたら、大好評につき初回入荷分はすでに売り切れとのこと!今後の入荷予定はなんどりさんからの情報をチェックしてみてください!



タミル語の予告編はこちら。
この予告編、個人的にはこの映画の魅力を全然伝えきれていないと思うのだけど、一応貼り付けておきます。


私はインド映画同様に、この映画のモチーフである南インドの音楽にも疎いので、もしついていけなかったらどうしようと少しだけ心配していたのだが、結論から言うとその心配は全くの無用だった。
とくに、音響に定評のあるチュプキ・タバタ(試写会場)で見ることができたのは幸運だった。
というのも、この映画の実質的な「主役」は、カルナーティック音楽で使用される両面太鼓「ムリダンガム」の大迫力かつ繊細なリズムそのものだからだ。

伝統音楽というと小難しく聞こえるが(そして、実際にインド古典音楽は極めて複雑で深淵な理論に基づくものだが)、この映画を見る前に事前知識は全く不要。
日頃、電子音楽やロックやヒップホップを中心に聴いている耳にも、ムリダンガムのリズムはとにかくめちゃくちゃ凄くてカッコいい。
かつてタブラの演奏を指して「人力ドラムンベース」という表現が使われていたが、この映画を見れば、インド古典楽器のリズムはドラムンベース以上のダイナミズムと繊細さを持ち、そして打ち込みのリズムを上回る恐るべき音数と正確さで組み立てられていることがわかるはずだ。
とにかく、音楽が好きな人だったら、見て損をすることは絶対にないことを保証する。
必ず楽しめるし、素晴らしい音楽映画だけが与えてくれる爽快感が味わえる作品である。


【あらすじ】
主人公のピーター・ジャクソンは、ムリダンガム職人の家の一人息子の大学生。
タミル映画の大スター、「ヴィジャイ」の熱狂的なファンで、映画に入れ込むあまり、勉強にも打ち込めずに過ごしていた。
ある時、ピーターはムリダンガムの巨匠ヴェンブ・アイヤルの演奏を間近で見たことで、この楽器の素晴らしさに開眼する。
ピーターはヴェンブへの弟子入りを熱望するが、伝統音楽のカルナーティックはもともと寺院で演奏される神聖な音楽であり、低いカースト出身の彼は、ブラーミン(バラモン)中心の師匠や弟子たちに拒絶されてしまう。
やがて、そのたぐいまれなセンスと熱意をヴェンブに認めてもらい、なんとか弟子入りを許されたピーターだったが、彼の弟子入りを快く思わない先輩から嫌がらせを受けることになる。
ヴェンブはテレビのショーや映画音楽を認めない、伝統を重んじる演奏家だった。
ところが、ちょっとした行き違いからピーターはテレビの古典音楽のリアリティー・ショーに出ることになり、そこで起こしたトラブルから破門されてしまう。
音楽家としての夢を否定され、家庭にも居場所をなくしたピーターは、失意に陥るが…。




はっきり言ってストーリーはツッコミどころ満載だし(インド映画にこれを言ってもしょうがないが)、映画スターへの信仰にも似た崇拝や、恋人へのストーカーっぽい愛情表現など、インド映画にありがちな「クセの強さ」にちょっと引いてしまう人もいるかもしれない。
さらにはカースト差別というインド特有のテーマも描かれた社会派の側面も強い映画でもあるが、この映画の本質を一言で表すとしたら、それは「音楽や芸術の普遍性」ということになるだろう。


その話をする前に、映画のストーリーの中で匂わされるものの、明言はされない設定について、少し書いておきたい。
(この先、ストーリーの一部に触れているところがある。すでに書いた通り、この映画の実質的な主人公は音楽そのものであり、ネタバレが作品の楽しみを損なうタイプの映画ではないと思っているが、気にされる方はここでお引き返しを。)


主人公のピーター・ジャクソンというインド人らしからぬ名前や、冒頭の教会のシーンからも分かる通り、彼の一家はクリスチャンである。
両面太鼓のムリダンガム作りは、動物の皮を材料として扱う。
動物の皮革、すなわち動物の「死」と関わる彼らの生業は、「汚れた仕事」とされ、カーストの最底辺のひとつとされている。
ヒンドゥー教に基づく序列であるカーストのくびきから逃れるために、おそらくピーターの一家はキリスト教に改宗したのだろう。
主人公の名前がピーター・ジャクソンで、彼の父の名がジャクソンというのがなんだか紛らわしいが、これはタミルには伝統的に苗字という概念がなく、父親の名前が苗字のように使われているからである。
父の名前には苗字にあたる部分がないので、ひょっとしたら父の代にチェンナイに出てきて改宗したのかもしれない。

大都市チェンナイの生活では、表向きはカースト差別はないことになっているのだろう。
病院で献血すれば手放しで喜ばれるし、屋台でも他のお客とおなじようにコーヒーを提供してくれる。(輸血の相手がヒンドゥーでなくムスリムだったのが意味深な気がしないでもないが)
クリスチャンのコミュニティで成長してきたピーターは、これまで理不尽な差別をさほど経験せずに暮らしてきたようでもある。
だが、一歩保守的な世界に足を踏み入れると、ピーターはその差別に直面することになる。
師ヴェンブのもとでは、伝統主義にこだわる兄弟子に疎まれ、父の故郷の屋台では、ガラスではなくプラスチックのコップでチャイを出されてしまう。
いくらキリスト教に改宗したといっても、カーストの呪縛から逃れることはできないのだ。

タミルのブラーミン(バラモン)は、伝統を重んじていることで知られている。
今なお菜食主義を守り、酒も口にせず、掟に忠実に「清浄に」生きている人々も多く、映画に出てくる伝統音楽の演奏者たちも、そのような暮らしを守っている。
いっぽうで、クリスチャンにとっては、肉食(ヒンドゥー教の聖なる動物である牛肉も含めて)も罪ではないし、アルコールも嗜むことができる。
ピーターが先輩のマニに、「酔っぱらい」と見下されたり、師匠から菩提樹の実をもらったときに「これを身につけているときは酒や肉を口にするな」と言われたりするのは、こういう理由からである。
とにかく、この映画のなかで彼が会う苦難は、ほぼ全てが「低いカースト出身である」ということに基づいている。

話を本題に戻すと、彼の才能に嫉妬した元兄弟子の奸計と、カーストに対する偏見への怒りから、ピーターは大きなトラブルを起こし、破門されてしまう。
師匠からも家族からも見放された失意のピーターは、あるきっかけから、リズムは師匠からだけではなく、森羅万象から学ぶことができると気づく(このあたり、かなり強引な展開だったが、まあいい)。
旅に出たピーターは、インド北東部(メガラヤ、ナガランドあたりか)の音楽や、パンジャーブのバングラー、ラージャスタンのマンガニヤール音楽、ケーララの太鼓チェンダなど、インド各地のリズムを学んでゆく。
(とくに説明のないシーンなので、分からなくても問題はないのだが、風景や民族衣装からこうした背景を理解できれば、この映画の味わいはさらに増すことになる)
こうしてインドじゅうで学んだリズムが、クライマックスで大きな意味を持ってくる。

この映画は、カースト差別という社会問題をモチーフにしながら、芸術の真髄とは伝統を守ってゆくことなのか、それとも芸術は万人に開かれ時代とともに更新されてゆくべきものなのか、という問いをメインテーマとして扱っている。
クリスチャンで、なおかつアウトカーストであるピーターが伝統に基づいたカルナーティック音楽にインドじゅうで学んだリズムを取り入れてゆくクライマックスは、音楽の「普遍性」は保守的な伝統(差別的な因習を含む伝統)を上回り、それこそが芸術の本来あるべき姿である、というメッセージを伝えている。
クライマックスまでに伝統的なカルナーティック音楽のリズムの素晴らしさがたっぷりと描かれているから、多少強引なストーリー展開であっても、このメッセージは単なる伝統の軽視ではなく、じゅうぶんな説得力を持って我々に刺さってくる。

さらに言うと、この映画の序盤に出てくる映画スターへの異常なほどの崇拝や、好きになった女性や師匠へのストーカーのような愛情表現、そして、音楽に対する果てしのない求道心といった様々な要素は、宗教を超えて南アジアに共通する「究極的な存在(例えば神)に近づこうとする気持ち」のひたむきさともつながっているようにも思える。
(劇中歌の歌詞にも注目)
憧れや愛情といった「思い」、そして音楽や芸術の普遍性というテーマが、冒頭からラストまで、この作品には通底しているのである。


この映画の「本当の主役」であるムリダンガムという楽器については、この動画を見ればよく理解できるだろう。
とにかく、シンプルだが無限とも言える可能性のある楽器なのだ。
 

なにやら理屈っぽいことをいろいろと書いたが、この映画のそこかしこに出てくるムリダンガムの超絶のリズムを全身で浴びれば、それだけでもう十二分にこの作品を楽しめるはずだ。
同じ「打楽器師弟もの」 の映画として、『セッション』(原題"Whiplash",2014年米)あたりと比較してみるのも面白いと思う。

なかなか外に出られない昨今、鬱々と過ごすことも多い毎日に、とくにオススメの作品です。
見るべし!



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goshimasayama18 at 20:59|PermalinkComments(0)

2018年08月29日

フュージョン音楽界の新星! Pakshee

「フュージョン」といえば、前世紀頃の日本では、ジャズとロックの融合的な音楽ジャンルを指していたものだが、インド音楽で「フュージョン」という場合、それは「古典と現代」が融合した音楽ジャンルのことを指す。

今回紹介するデリーのバンド、Paksheeは、北インドのヒンドゥスターニーと南インドのカルナーティックという異なるスタイルの古典声楽をベースに持つふたりのヴォーカリストと、ソウル、ファンク、ジャズの要素の強いバンドメンバーとの絶妙のアンサンブルを聴かせてくれるインド・フュージョンロック界の新星だ。
まだスタジオ音源のリリースは2曲に過ぎないが、そのサウンドからは限りない可能性を感じさせてくれる。

まずは、彼らのデビュー曲、"Raah Piya" を紹介しよう。
Rolling Stone India誌が選んだ2017年のインドのミュージックビデオ・ベスト10の第5位にランクインしたビデオでもある。

タイトなリズムに浮遊感のあるヴォーカルが心地良い。
古典風に歌ってたと思ったら、ジャジーなピアノソロに続いてラップが入ってぐっと曲調が変わり、さらに最後のヴァースでヴォーカリスト2人がメインのパートとインプロヴィゼーションに分かれて掛け合いを始める頃には、あなたにもインドのフュージョン・ロックの魅力が最大限に感じられるはずだ。
インド声楽は慣れないと少しつかみどころがなく感じるかもしれないが、はまってくると独特のヴォーカリゼーションがとても心地よく感じるようになってくる。

続いて、彼らの2本目のビデオ"Kosh".
楽曲もビデオもさらに洗練されてきた!

今度はギターのアルペジオやリズムがちょっとラテンっぽい感じも感じさせる楽曲だ。
スムースな曲調が一転するのが3:20頃からの間奏で、ギターのノイズをバックに緊張感あふれる怒涛のリズムに突入する。
ここからさらにジャズ色の濃いピアノソロを経てヴォーカルに戻ってくる展開は圧巻だ。

"Kosh"のビデオを制作したのはデリーの映像作家Mohit Kapil.
「なぜ愛すのか、誰を愛すのか、どう愛すのか」というテーマで作成された映像は、困難の中にいる人々を扱った3つの独立したストーリーから成り立っている。
仕事と育児に追われるシングルマザー、作品を作りのための意思疎通がうまくいかないダンサーと写真家、衰えや痴呆と否応なしに向き合わされる老夫婦。
それぞれが日常の苦しみのなかから喜びや希望を見出してゆく過程は、計算し尽くされた美しい色調や構成とあいまって、短編映画のような印象を残す。

このPaksheeでユニークなのは、2人いるヴォーカリストのうち、一人はヒンディー語で、もう一人はマラヤラム語(南部ケララ州の言語)で歌っているということ。
全く異なる言語体系の両方の言語が達者な人はインドでもそう多くないはずだが、こうした言語の使い分け方にも何かしらの意図がありそうで、ぜひ彼らに聞いてみたいところだ。

この曲では、2つの言語で、
「いったい誰がミツバチのために花を蜜で満たすのか。誰が花を咲かせるのか」
「蝶は繭から孵るとき、いったいどうやって育ったのか。誰が育て、羽に色をつけたのか」

といった、生命をめぐる哲学的とも言える歌詞が歌われている。
("Kosh"はヒンディー語で「繭」や「宝のありか(金庫)」という意味とのこと)

Paksheeのサウンドは、楽器は西洋風、歌はインド風という比較的わかりやすいフュージョンだが、ジャズやロック的なインストゥルメンタルと古典音楽風のヴォーカルが不可分に一体化していて、先日紹介したPineapple Express同様に、フュージョンロックの新世代と呼ぶにふさわしい音像を作り上げている。

インドの要素の入ったロック」は昔から欧米のアーティストも多く作っているけど、この本格的な古典ヴォーカルを生かしたサウンドは本場インドならでは。
演奏力も高く、大きな可能性を秘めている彼らが、インドの市場でどのように受け入れられるのか、はたまた海外でも高く評価される日が来るのか、非常に楽しみだ。
まあどっちにしろ、世間の評価に関係なく私は高く評価しますよ。ええ。

それでは今日はこのへんで! 

goshimasayama18 at 01:00|PermalinkComments(0)

2018年08月12日

プログレッシブ・古典ミクスチャー・メタル? Pineapple Express!

どうもこんにちは。
軽刈田 凡平です。
さて、今回紹介しますのは、バンガロールのとにかく面白いバンド、Pineapple Express.
彼らは今年4月にデビューEPを発売したばかりの新人バンドなんですが、このブログの読者の方から、ぜひ彼らのことをレビューをしてほしい!とのリクエストをいただきました。
どなたかは知らぬが、おぬし、やるな。

Pineapple ExpressはDream TheaterやPeripheryのようなヘヴィー寄りのプログレッシブ・ロックやマスロックを基本としつつ、エレクトロニカからインド南部の古典音楽カルナーティック、ジャズまでを融合した、一言では形容不能な音楽性のバンド。
百聞は一見に如かず(聴くだけだけど)、まず聴いてみてください。彼らの4曲入りデビューEP、"Uplift".

01 - Cloud 8.9 0:00
02 - As I Dissolve 2:58
03 - The Mad Song 7:50
04 - Uplift 14:00

どうでしょう。
プログレッシブ・メタル的な複雑な変拍子を取り入れながらも、メタル特有のヘヴィーさやダークさだけではなく、EDMや民族音楽的なグルーヴ感や祝祭感をともなったごった煮サウンドは、形容不能かつ唯一無二。
結果的にちょっとSystem of a Downみたいに聴こえるところもあるし、トランスコアみたいに聴こえるところもある。
Pineapple Expressは中心メンバーでキーボード奏者のYogeendra Hariprasadを中心に結成された、なんと8人組。
バンド名の由来は、おそらくは2008年にアメリカ映画のタイトルにもなった極上のマリファナのことと思われる。

メンバーは、「ブレイン、キーボード、プロダクション」とクレジットされているYogeendraに加えて、
Arjun MPN(フルート)、
Bhagav Sarma(ギター)、
Gopi Shravan(ドラムス)、
Jimmy Francis John(ヴォーカル。Shubhamというバンドでも歌っている)、
Karthik Chennoji Rao(ヴォーカル。元MotherjaneのギタリストBhaiju Dharmajanのバンドメンバーでもある)、
Ritwik Bhattacharya(ギター)、
Shravan Sridhar(バイオリン。Anand Bhaskar Collectiveも兼任ということらしいが、あれ?以前ABCのことを記事に書いたときから違う人になってる)の8人。

8人もいるのにベースがいなかったり、ボーカルが2人もいたりするのが気になるが、2013年に結成された当初はトリオ編成だったところに、 Yogheendraの追求する音楽を実現するためのメンバー交代を繰り返した結果、この8人組になったということらしい。

1曲めの"Cloud 8.9"はプログレ的な変拍子、カルナーティック的なヴォーカリゼーション、ダンスミュージック的な祝祭感に、軽やかに彩りを添えるバイオリンやフルートと、彼らの全てが詰め込まれた挨拶代わりにぴったりの曲。
2曲めの"As I Dissolve"はぐっと変わって明快なアメリカンヘヴィロック的な曲調となる。
この曲では古典風のヴォーカルは影を潜めているが、彼ら(どっち?)が普通に歌わせてもかなり上手いヴォーカリストことが分かる。アウトロでEDMからカルナーティックへとさりげなくも目まぐるしく変わる展開もニクい。
3曲めはその名も"The Mad Song". 分厚いコーラス、ラップ的なブリッジ、さらにはジャズっぽいソロまでを詰め込んだ凄まじい曲で、このアルバムのハイライトだ。
途中で彼らの地元州の言語、カンナダ語のパートも出てくる。
こうして聴くとプログレ的な変拍子とカルナーティック的なリズムのキメがじつはかなり親和性の高いものだということに改めて気づかされる。
考えてみればインド人はジャズやプログレが生まれるずっと前からこうやってリズムで遊んでいたわけで、そりゃプログレとかマスロックとかポストロックみたいな複雑な音楽性のバンドがインドに多いのも頷けるってわけだ。
4曲めのタイトルトラック"Uplift"はフォーキーなメロディーが徐々に激しさと狂気を増してゆくような展開。

たった4曲ながらも、彼らの才能の豊かさと表現の多彩さ、演奏能力の確かさを証明するのに十分以上な出来のデビュー作と言える。

デビューEP発売前に出演していたケララ州のミュージックチャンネルでのライブがこちら。

よりEDM/ファンク的な"Money"という曲。
メンバー全員のギークっぽいいでたちが原石感丸出しだが、奏でる音楽はすでに素晴らしく完成されている。

日本でも公開されたボリウッド映画(武井壮も出てる)「ミルカ」ののテーマ曲のカバー、"Zinda"はライブでも大盛り上がり。



Yogheendraはこのバンド以外にも少なくとも2つのプロジェクトをやっていて、そのひとつがこのThe Yummy Lab.
インド音楽とキーボードオリエンテッドなプログレ的ロックサウンドの融合を目指す方向性のようだ。

演奏しているのは"Minnale"という映画の曲で、古典楽器ヴィーナの音色がどことなくジェフ・ベックのギターの音色のようにも聴こえる。

もうひとつのプロジェクトが"Space Is All We Have"というバンド。

このバンドはメンバー全員で曲を共作しているようで、Pineapple Expressとは違いインド音楽の要素のないヘヴィーロックを演奏している。


Pineapple Expressのヴォーカリスト、Jimmy Francis Johnと二人で演奏しているこの曲では、変拍子やテクニックを封印して、叙情的で美しいピアノを披露している。

どうだろう、とにかく溢れ出る才能と音楽を持て余しているかのようじゃないですか。
Yogeendra曰く、インドの古典音楽とプログレッシブ・ロックを融合させることは、意識しているというよりごく自然に出来てしまうことだそうで、また一人、インドのミュージックシーンにアンファン・テリーブル(恐るべき子供)が現れた、と言うことができそうだ。

今後の予定としては、スラッシュメタルバンドのChaosやロックンロールバンドのRocazaurus等、ケララシーンのバンドと同州コチのイベントで共演することが決定している模様。
kochirocks

Pineapple Expressが、少なくともインド国内での成功を収めるのは時間の問題だろう。
彼らのユニークな音楽性からして、インド以外の地域でももっと注目されても良いように思うが、プログレッシブ・メタル、インド伝統音楽、エレクトロニカというあまりにも対極な音楽性を融合したバンドを、果たして世界の音楽シーンは適切に受け止めることができるだろうか。
この点に関しては、試されているのは彼らではなくて、むしろ我々リスナーであるように感じる。
海外のフェスに出たりなんかすれば、一気に盛り上がって知名度も上がるんじゃないかと思うんだけど、どうでしょう。

Pineapple ExpressとYogheendraがこれからどんな作品を作り出すのか、インドや世界はそれにどんなリアクションを示すのか。
それに何より、この極めてユニークな音楽性のルーツをぜひ直接聞いてみたい。
これからもPinepple Express、注目してゆきたいと思います!
それでは! 

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