エクスペリメンタルヒップホップ

2018年07月29日

革新者の覚悟!ジャールカンドの天才ラッパー Tre Essのインタビュー!

お待たせしました!
以前このブログで紹介したところかなり反響があった、後進地域ジャールカンド州出身の天才ラップアーティスト、Tre Essに送っていた質問の答えが届きました。
(彼について紹介した記事はこちらから)


今回はそのメールインタビューの様子を紹介します!
音楽制作について、地元について、ミュージシャンとしてのキャリアについて、非常に真摯に包み隠さず語ってくれたTre Essに改めて感謝!


ーあなたの音楽はとても独特だけど、今までラッパーとして、あるいはトラックメイカーとして誰に影響を受けてきたか教えてくれる? 

「そうだな、日常的にいつも何かしらの影響は受けているよ。でも、やっとわかったことなんだけど、アーティストとして他の誰かに必要以上に憧れるべきじゃないと思う。そんなふうに憧れることに意味があるのか俺には分からないな。俺が受けた影響は多岐にわたるよ。音楽を始めた頃はドラマーだったから、その頃はLinkin Parkとか、他のメインストリームのロックバンドに影響を受けたよ。じきにヒップホップに出会って、自分の可能性を音楽で解き放ってみたいと感じるようになったんだ。実験的(エクスペリメンタル)って言われるようなことをたくさんバンドでしてみたかった。そういう何でもありって感じがヒップホップの魅力だね!
もしかつて僕がしたみたいに、時間をかけてヒップホップを理解しようとすれば、『ヒップホップ』っていうあいまいなジャンルのもとに、いかにエクスペリメンタルな音楽がたくさんあるか分かるはずさ。
ヒップホップはアートとしての価値が低いって批判する人も多いけど、あらゆる物事には2つの面があるんだよ。分かる?
2018年にヒップホップを作ることは簡単だし、人気はあるけどゴミみたいな音楽もたくさんある。でも今や第三世界のキッズたち(註:自分を含めて、ということだろう)だって、今まで以上にいろんな音楽にアクセスすることができる。最初の頃、俺はすごくオールドスクールだった。その頃はNas, Biggie, Redmanがお気に入りのアーティストだった。でもプロダクションがどんどん良くなってゆく中で、ヒップホップがどれだけ進化したかを理解したんだ。
かつて物事はすごく一面的だった。でもいつまでも古いアーティストばかりにこだわるべきじゃないんだ。それじゃあ影響の源が限られてしまう。今現在のベストなミュージシャンとしては、Vince Staples, Isaiah Rashad, Earl Sweatshirt, Anderson Paak, Big K.R.I.TとかFreddie Gibbsなんかを考えているよ。
でも繰り返すけど、影響は毎日のように受けているんだ。ある日はレッチリだったり、ある日はCharles Bradelyだったり」

と、いきなり熱を込めて回答してくれた。
当方の翻訳力不足で、意味が取りにくいところもあるかもしれないが、大意はつかめると思う。
ここで注目すべきは、彼がヒップホップをエクスペリメンタル(実験的)な要素のある進化しつづける音楽と定義していることだろう。
ジャールカンドのタフな暮らしを綴ったリリックにも特徴があるTre Essだが、ヒップホップの本質としてコトバよりも音楽的革新性を挙げていることに、彼のサウンドクリエイターとしての矜持が伺える。
また、この手の質問に「Eminemに影響を受けてラップを始めたんだ」とか答えるラッパーが多いなかで、表現者として他のアーティストに過剰な憧れを持ち続けることに疑問を持つ姿勢はとても印象的だ。
彼はキャリアの早い段階から、自分自身のことも「エクスペリメンタルな革新を続ける表現者の一人」として位置づけていたのだろう。
続いては、気になる地元のシーンについて。
Tre Essを紹介した記事でも書いた通り、ジャールカンド州はインドの中でも貧しい地域であり、有名ミュージシャンを多く輩出している都市部とは大きく環境が異なる。
都市部を離れれば、インド社会の中で被差別的な立場を強いられてきた先住民族が支配する地域もあり、特有の社会問題もある州だ。

ー正直に言うと、あなたがジャールカンドのラーンチー出身ということにかなり驚いたんだ。なぜかって、インドのコンテンポラリーなミュージシャンはほとんどがデリーとかムンバイみたいな大都市の出身だから。ジャールカンドの音楽シーンについて教えてくれる?

 「そうだな、俺たち3人でラーンチーのシーン全体を作ってるみたいなもんだよ。3人ってのは、俺とThe Mellow Turtleと、"ホンモノ(OG)"のJayant Doraiburuのこと。Mellowは俺が考えるインドで最高のブルースアーティストで、また最高のエレクトロニカアーティストの一人でもある。Jayantは、彼にできない音楽は何もないんじゃないか、っていうくらいの奴だよ。彼は俺が見たことがある楽器は何でも演奏できるし、やれって言えばラップも歌もできる。でも実際のところ、彼は素晴らしいサウンドエンジニアでプロデューサーなんだ。
JayantはVikritっていうバンドをやってて、インドやネパールのメタルシーンで活躍してる。俺たちはお互いに違うタイプのサウンドをカバーしていて、しょっちゅうお互いにインスパイアされているってことが気に入っているのさ。
他にもたくさんのアーティストがジャールカンドにはいるけど、彼らは今ひとつ活気や野心に欠けているんだ。昔はそんな状況がいやだったけど、今じゃ自分たちで変えなきゃいけないと思ってるよ。
俺たちはそういう気づきを広げようと努力していて、無料のギグをしたりいろいろしてるけど、このことに関してはそんなに楽観的ってわけじゃないね。俺はコミュニティーを良くしようとしない人間になるのはまっぴらごめんだから、ただ良いことをして、自分が育ったクソみたいな環境をマシにしようとしてるだけってとこさ」

このブログでも大々的に紹介したThe Mellow Turtleに加えて、ラーンチーのミュージックシーンの第3の男として、The Mellow Turtleのインタビューでも名前が挙がったJayant Doraiburuが出てきた。
Tre Essも語っているように、彼はDream TheaterやSymphony Xに影響を受けたプログレッシブ・メタルバンド、Vikritのドラマーも務めている。
彼らのウェブサイトによると、やっているのはこんな曲
確かに、Tre EssともThe Mellow Turtleともまったく違うヘヴィーメタルを演奏している。
ラップ、ブルース/エレクトロニカ、メタルと全然違うジャンルのアーティストが刺激し合っているというのも、狭い街のシーンならではだろう。
彼らに次ぐアーティストは出てくるのだろうか。

続いては、個人的に初めて出会った彼の曲であり、現在のインドのアンダーグラウンドヒップホップシーンを代表する曲ともいえる" New Religion"について聞いてみた。
Tre Essの名義ながら、コルカタ、ムンバイ、ニューヨークのラッパー総勢7名を客演に迎えた意欲作だ。


ー“New Religion”はマルチリンガル・ラップソングっだけど、どうやってインドやニューヨークのアーティストたちを集めたの?
北インドのリスナーたちは、この曲に出てくる英語とヒンディー語とベンガル語がみんな理解できているってこと?(註:南インドは北インドとはまったく違う言語体系の言葉が話されている)

 「ここでフィーチャーした連中のほとんどは友達で、以前共演したことがあったんだ。彼らのうち何人かは初めてコラボレーションしたけど、今後彼らのために何かしらプロデュースすることになってる。
北インドのほとんどの人はヒンディーが理解できるし、英語が理解できる人もいるよ。ベンガル語が理解できるのはもっとベンガル人に限られてくるかな。でも俺にとってそれは大した問題じゃなくて、リスナーには全体のうちちょっとでも伝わればいい。
この曲を気に入っているって言ってくれる人もいるし、俺はフィーチャーした人たちをもっと絞るってことをすべきじゃなかったと思ってる。もしそうしたら完全に良さを失ってしまうんだ。もし言葉が理解できないラッパーがいるとしても、それは君のためにいるんじゃなくて、俺のためにいるんだよ!この曲の全員がそれぞれ異なるグループをレペゼンしているんだ。みんなが別々だと思っているスタイルとか、分けるべきだと思っているジャンルをみんないっしょにして素晴らしいサウンドを作ろうってアイデアなんだよ。
もしこの曲がベンガル語から始まるからって、全体を聴かないで聴くのをやめようって人がいたら、それはそいつらの損失であって俺の損失じゃない。そいつが生きてきた中で最高のインディアン・ヒップホップを聴き逃して嘆くことになるってわけさ」

明確なコンセプトと過剰なまでの自信。
そしてその根底には、新しい試みへの強い意志がある。
例えば既存の欧米のヒップホップとインドの伝統的なサウンドを融合させて、ヒップホップというジャンルをより「拡げて」いるアーティストもいるが、Tre Essはヒップホップを「拡げる」のではなく、「前に進める」という明確な意識を持ったアーティストと言えるだろう。

ー“New Religion”っていうタイトルの意味を教えてくれる?以前インタビューしたヘヴィーメタルのミュージシャン(Third SovereignのVedantのこと。彼へのインタビュー記事はこちら)が、宗教やコミュニティー同士の争いにはうんざりしていて、ヘヴィーメタルこそが新しい宗教みたいなものさ、ってことを言っていたんだ。あなたもヒップホップに関して、同じような意見を持っているの?

 「それはすごく面白いね。俺も似たような意見だよ。俺は音楽全体が新しい宗教だと思ってる。ラップとか、メタルとか、ポップとか、好みはいろいろだろうけど、それは俺が知ったことじゃない。部分的にはそういうアイデアがこの曲のタイトルの背景にあるし、残り半分はみんなのこの曲のパフォーマンスそのものから来てる。
宗教には神々が必要だろ?俺は8人の神の候補者を紹介してるってわけさ。ハハハ。
俺たちをただの若いナルシシストだと思ってる古臭い信心深い連中は腹をたてるだろうけど、俺たちはそういう時代遅れの先入観をからかってるのさ。もし気に入らないってんなら、ふーん、そんならお前が何かやってみせろってことさ」

この既存の価値観に対する強烈な反発!
Brodha Vのように、ヒップホップで成り上がりつつも、ヒンドゥーの神への祈りを忘れないというスタンスや、経験なクリスチャンだというDIVINE、シク教徒であることを全面的に出しているPrabh Deepみたいなアーティストもインドにはいるが、彼はより反権威主義的なスタンスだ。
これは彼がより保守的な地域の出身であることも関係しているのかもしれない。
物質主義、功利主義が浸透している都会であれば伝統的な価値観を見直したくもなるかもしれないが、旧弊な価値観に縛られざるを得ない地域においては、音楽こそが精神の自由をもたらす第一の価値観ということになるのだろう。

 ーThe Mellow Turtleとあなたが共演している曲が本当に気に入ってるんだけど、彼もラーンチー出身だよね。どうやって彼と出会って、共演するようになったの?

「Mellow!俺の唯一の親友さ、ハハハ。俺たちは共通の友達の友だちのJayantを通して出会った。その頃彼は俺たち両方のサウンドエンジニアをやっていたんだ。JayantがMellowの曲を聴かせてくれたから、俺はその曲にいろんなフリースタイルを乗せてみた。そんなにいい出来じゃなかったけど、その時にすでに共同制作の友情が始まってたってわけさ。で、俺たちはそれ以来いろんな優れた曲を作り続けてる」

The Mellow Turtleへのインタビューでも語られていたエピソードだ。
その最初に共演した曲というのがこの"Tangerine".


やがてアルバム"Elephant Ride""Dzong"でも共演し、唯一無二のサウンドを作り上げてゆくのは今までに紹介した通り。
続いて今後の活動について聴いてみた。

ーインドの才能あるミュージシャンのほとんどは、活動拠点をデリーとかムンバイとかバンガロールに移しているよね。あなたもそんなふうに拠点を移したい?それともラーンチーにとどまり続けるつもり?

「ああ、1日だってそのことを考えない日はないよ。いつかは動かなきゃいけないって感じているけど、それがいつかは分からないな。バンガロールには3回ほど行ったことがあるんだけど、大嫌いだったんだよ。俺はああいう街が持ってる雰囲気は好きじゃないんだ。俺はラーンチーもずっと嫌いだった。仕事は早く進まなかったりするし。でもそれが夕暮れ時になるとまったく変わるんだよ。
どんなことかっていうと、例えば友だちと15分か20分ドライブするだけで、みんなが長い時間かけて旅行でもしない限り得られないような静けさを見つけることができる。このへんの自然はすごくきれいなんだ。目に映る全てが美しく、しかもそこにも何一つ人の手で計画されたものなんてないんだ!街の中に、今でも自然のままの森林地帯があるんだよ!俺にとってはそれがいちばん美しいものだよ。
でもすごく皮肉なことに、青々とした森林地帯のうち、どこに銃を構えたナクサライトが潜んでいるか分からないんだよ」

ここまで、ずっと強気で不遜とも言えるラッパー然とした態度を見せてきた彼が、初めてその葛藤を見せた答えだ。
音楽的に成功するための大都会への憧れと、故郷の自然への愛着、アンビバレントな感情。 
だが彼が愛する美しい故郷の自然すらも暴力と無縁ではない。
ナクサライトとは、インドの主に貧困地域で活動する毛沢東主義派のテロリストのことで、以前紹介したジャールカンドゆえの闇を感じる内容だ。


ーあなたのミュージシャンとしてのキャリアのゴールは何?

 「俺は一人でも多くの人々に音楽を届けたい。どれだけ長くかかるかはわからないけど、俺はやらなきゃいけないんだ。他の誰かがやってくれるわけじゃないし、ジャールカンドの音楽シーンは俺が音楽を作るのを止めたら死んでしまう。俺は他の仕事も探しているし、実際に始めてもいる。金をあっちこっちに投資したりもしているし、これからの人生でいつか音楽を止めなきゃいけないかどうかも分からない。でも音楽なしの生活を俺は知らないんだ。将来にことについてそんなに心配はしたくない。だってほとんどの人は思い通りにならないものだから。でも未来のインドのアーティストたちのために、しっかりした基盤を作れたらいいと思ってるよ。彼らが何であれ自分たちの作品以外のことであんまり心配しなくて良いように」

強気な態度で既存の権威に噛みつくラッパー、エクスペリメンタルな要素を取り入れたサウンドクリエイター。
そんな彼の口から「投資」なんて言葉が出てくるところにインドのシーンの特異性を感じる。
Taru Dalmiaのドキュメンタリーでも出てきたテーマだが、インドではヒップホップは「ストリートの音楽」であるが、「大衆の音楽」ではなく「エリートの音楽」というややねじれた存在になっているのだ。
The Mellow Turtleも法律事務所で働くエリートでもある。
でも、彼らがやっていることが決して金持ちの道楽ではなく、極めて真摯に誠実に音楽や表現と向き合っているということは音楽を聴けば分かるはずだ。
自分たちだけでなく、後進のミュージシャンのことまで考えているというのだから推して知るべしだ。

最後にくだらない質問をひとつ。
“Tre Ess”って名前、アメリカン・プロレスのWWEのトリプルHを意識してつけたっていう記事を読んだんだけど、WWEってインドで人気あるの?

「ハハハ、そう、WWEはインドでも大人気だよ。今はもう見ていなくて、MMA(総合格闘技)を見てるけど、以前はずいぶん楽しんだよ」

おお、ここでもやはりインドでWWE大人気説を裏付ける返事が返ってきた。
唐突だが、プロレスにおいて新しい価値観を提唱した人物といえば、日本のマット界ならば前田日明ということになる。
Tre Essのインタビューを終えて、前田日明が80年代にUWFを立ち上げた時に発した言葉「選ばれてあることの恍惚と不安、二つ我にあり」 を思い出した。
(実際は前田自身の言葉ではなく、原典は太宰で、さらにその元ネタはヴェルレーヌなわけだが)
UWFは従来のプロレスとは異なる格闘技的な要素を持った団体で、前田にとってプロレスとは常に過激に進化しつづけるものであり、かつてその姿勢の提唱者だったアントニオ猪木が既存のプロレスの枠の中に収まってしまったことへの強烈なプロテストでもあった。

Tre Essが前田日明なら、当初は革新的だったものの新しい表現を追求しなくなったヒップホップアーティストはアントニオ猪木(その他当時のプロレスラー)にあたる。
保守的、後進的なジャールカンドで革新的なヒップホップを作り続けてゆくことについて、彼もまた恍惚と不安の中にいるのだろう。
今のところ、そうした葛藤や、狭いシーンならではの出会いは、彼の音楽をより魅力的なものにしているように思える。
今後彼は、そしてMellow TurtleやJayantといったラーンチーのミュージシャンたちはどんな音楽を作ってゆくのか。
大都市への進出はあるのか。それとも地元のシーンをさらに発展させてゆくのか。

ジャールカンドのシーンともども、今後も紹介してゆきたいと思います!
それでは!
 
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goshimasayama18 at 17:24|PermalinkComments(0)