インドのレーベル紹介

2019年07月05日

大注目レーベル NRTYAの多彩すぎるアーティストたち

突然だが、これまでこのブログで紹介して来たアーティストの中でも、とくに面白い何人かをピックアップしてみる。
  • ムンバイのキャリアウーマンのブルースを歌う、カルナーティックの素養を持つジャズ/ソウルシンガーAditi Ramesh.
  • 凄腕ギタリストにして、タブラでも少年時代から天才的な腕前を持っていたコルカタ出身のマルチプレイヤー、Rhythm Shaw.
  • インドの中でも後進的なジャールカンド州からユニークなサウンドを発信するヒップホップアーティストTre Essと、彼の相棒でブルースからエレクトロニカまで変幻自在のギタリストThe Mellow Turtle.
  • バンガロールのテクノ/ドラムンベースアーティストで、日本人にはびっくりのアーティスト名を持つWatashi.
様々なジャンルや活動拠点で活躍する彼らには、じつはひとつの共通点がある。
(もちろん、インド人のインディーミュージシャンだということ以外でだ)

それは、ムンバイを拠点とする新進レーベル"NRTYA"から楽曲をリリースしているということ。
このNRTYAは、インドのインディー音楽界のいたるところでその名前を目にする、今インドでもっとも注目すべきレーベルだ。
今回は、この新進レーベルNRTYAについて紹介します。

NRTYAは、Raghu Vamshi, Sharan Punjabi, Parth Tacoの3名によって2017年に立ち上げられた、まだ新しいレーベルだ。
VamshiとPunjabiの二人は、自身もTansane名義でエレクトロニカ・アーティストとしても活動しており、Tacoは音楽プログラマーとしても活躍している。
根っからの音楽好きでもあり、自身も表現者として、また制作者として音楽に関わっている人たちが運営するレーベルなのだ。

NRTYAは2017年の発足以来、ものすごい勢いで作品をリリースしており、これまでに扱ったアーティストは70近く、200曲以上のトラックをSoundcloudなどのメディアで発表している。
カバーするジャンルは電子音楽を中心に多岐にわたり、これまでテクノ、アンビエント、トリップホップ、ヒップホップ、アシッドジャズ、メタルなどの作品をリリースしてきた。
また、Aditi Ramesh, Rhytm Shaw, The Mellow Turtle, Tre Ess, Easy Wanderlingsといったアーティストのマネジメントも担当しており、作品のリリースだけでなく、所属アーティストによるイベントを各地で企画するなど、インドのインディーミュージックシーンを活性化すべく様々な活動を行なっている。

これは私の企業秘密なのだが、インドのインディー音楽で面白いアーティストを探そうと思ったら、まずこのレーベルをチェックすれば必ず誰か見つかるという、インド音楽を紹介する自分にとって非常にありがたい存在でもある。
あまりにも多すぎるリリース作品の中から、これまで紹介して来たアーティストを含めて、何人かを紹介してみたい。

ジャズ/ブルースシンガーのAditi Rameshは女性のみで結成されたバンドLadies Compartmentの一員としても活躍している。
最新の音源ではジャズと古典音楽を自在に息器するヴォーカリゼーションを聴かせてくれた。


エレクトロニカ・アーティストのPurva Ashadha and Fuegoによるこのアンビエントの清冽さはどうだ。

Mohit RaoのトラックにTre Essのラップを乗せたこの楽曲は、インドのアンダーグラウンドヒップホップのサウンド面の追求のひとつの到達点と言えるか。

古典音楽の要素を現代風にアレンジした楽曲もちらほら。ジャールカンドのThe Mellow Turtleの"Laced".


音が徐々に重なってゆき、魔法のようなハーモニーを奏でるドリームポップ。Topsheの"1,000 AQI".
このチープなビデオに出てくる、インドのどこにでといそうな兄ちゃんがこの素晴らしい音楽を作っていると思うと、インドの奥深さを改めて感じる。

NRTYAに所属する天才プレイヤーRhythm Shaw. 今回はマヌーシュ・スウィングスタイルのギターでお父さんのNepal Shawと共演する動画を紹介。
彼の多才っぷりを見るたびに、インドの音楽英才教育の恐ろしさを感じる。


なんとも形容しがたい音楽性の4人組バンドApe Echoes(しいて言えばフューチャー・ファンクか)のサウンドは完全に無国籍なセンスの良さ。
センスの良いミュージックビデオは、ジャイプル出身の人気シンガーソングライターPrateek Kuhadが昨年リリースした"Cold/Mess"と同じウクライナ人監督監督Dar Gaiとインド人俳優Jim Sarbhによるものだ。

バンガロールのテクノアーティストWatashiによるハードな質感のこの楽曲。テクノは扱ってもEDMは扱わないところに、インディーレーベルとしての矜持のようなものを感じる。

創設者2人によるTansaneがトラックメーカーとなって、Aditi RameshのスキャットとラッパーThe Accountantをフィーチャーした"Campus Recruitment"はインドの大学での就職活動をテーマにした楽曲。
Tansaneの名前は16世紀のインドの大音楽家Tansenから取ったものだろうか。

NRTYAからのリリースではないが、The Mellow TurtleとTre Essのジャールカンド州の2人は、盲目の少年シンガーDheeraj Kumar Guptaをフィーチャーした楽曲"Dil Aziz"をプロデュースした。
作曲は同じ盲学校に通う14歳少年Subhash Kumar.
イノセントさと深みを兼ね備えた歌声が素晴らしい。
シンプルながらも古典的なものを古く聴こえさせないトラック、そしてソウルフルなギターソロもさすがだ。
インディーのNRTYAではなく、インドの大手音楽配信サイトJioSaavnからのリリースなのは、少しでも多くの人の耳に届くようにという親心か。
これは以前The Mellow Turtleがインタビューで語っていた、ソーシャルワーカーとしての盲学校で音楽を教える活動が形になったもので、すでに各種サイトで多くの再生回数を集め、高い評価を得ているようだ。
「The Mellow Turtleインタビュー!驚異の音楽性の秘密とは?」

NRTYAにはインド全土からアーティストの音源が送られてきており、その中で優れたものを世に出しているそうだ。
ジャールカンドのようなインディーミュージックが盛んでない地域からも、The Mellow TurtleとTre Essのような優れた才能を発掘し、彼らがまた次の才能を育てて世の中に送り出すという好循環が生まれている。
こんなふうに、音楽の分野だけにとどまらない才気と気概を感じさせられるアーティストが多いのも、インドの音楽シーンの素晴らしいところだ。

ちなみにレーベル名の5文字のアルファベット"NRTYA"、覚えにくいなと思っていたのだが、これはPunjabiによると、「永遠のエネルギーの5つの元素、すなわち想像、維持、破壊、幻影、解放を含む宇宙の舞踊」を意味しているという(と言われてもよくわからないが)。
おそらく読み方は「ヌルティヤ」でよいのだと思うが、私はCharがやってる江戸屋レーベルみたいに「成田屋」と読んでいる。
この成田屋、もといNRTYA、現代インドの音楽シーンの多様性と勢いをもっとも象徴するレーベルである。

みなさんも、「インドの最新の面白い音楽を紹介してほしい」と聞かれることがあったら(あんまりないとは思うけど)、まずはこのレーベルをチェックしてみることをお勧めする。
それでは!


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2019年08月16日

インドのヒップホップをネクストレベルに押し上げるデリーの新進レーベル、Azadi Records

これまで何度も紹介しているように、現在のインドのヒップホップの中心地は、間違いなくムンバイだ。
しかし、インドのヒップホップ人気はムンバイだけでなくすでに全国に達しており、当然ながら首都デリーにも、ストリートのリアルを体現した独自のシーンがある。
今回は、インドのアンダーグラウンド・ヒップホップの最重要レーベルと言っても過言ではない、デリーのAzadi Recordsを紹介する。

Azadi Recordsは2017年に発足した新しいレーベルだ。
創設者はイギリスで長く音楽業界に関わっていたMo JoshiとジャーナリストのUday Kapur.
Joshiはイギリスで最初期のヒップホップグループの一員として音楽キャリアをスタートさせ(このグループについては詳細な情報は得られなかった)、その後音楽フェス関連の仕事や、Joss Stoneなどの有名ミュージシャンとの仕事をしたのち、2014年にインドに帰国。
国内外のインド系ヒップホップアーティストを扱うウェブサイト、DesiHipHop.comでの勤務を経て、2017年にKapurとAzadi Recordsを立ち上げた。
国内外のヒップホップを知り尽くした二人が、満を持して発足したレーベルが、このAzadi Recordsというわけだ。

Azadi Recordsの記念すべき最初のリリースは、デリーのシク教徒のラッパー、Prabh Deepの"Kal".

パンジャービー系ながら、バングラー的なパーティーラップではなく、抑制の効いたディープなトラックに乗せてリアルなストリートの生活をラップするPrabh Deepは、あっという間に注目を集める存在となった。
(これまで、シク教徒を中心とするパンジャーブ系のラッパーは、伝統音楽バングラーのリズムにヒップホップやEDMを融合した派手なパーティースタイルのラップをすることが多かった。詳しくはこの記事を参照してほしい「Desi Hip HopからGully Rapへ インドのヒップホップの歴史」)

トラックを手がけているのは同じくデリー出身のSez on the Beat.
彼は、映画『ガリーボーイ』にもフィーチャーされたDIVINEとNaezyの"Mere Gully Mein"やDIVINEの"Jungli Sher"などにも携わっており、アグレッシブな典型的ガリーラップサウンドを作り上げた立役者でもある。
昨今ではより抑制的なビートとユニークな音響重視のトラックを作っており、インドのヒップホップの新しい局面を切り開いている。
Azadi Recordsがサウンド面でも高い評価を得ている理由は、このSezによるところも大きい。

"Kal"に続いてAzadi RecordsからリリースされたPrabh Deepのファースト・アルバム"Class-Sikh"は、Rolling Stone Indiaの2017年度最優秀アルバムに輝くなど、幾多の高評価を受け、文字通りインドのヒップホップのクラシックとなった。
同アルバムから"Suno"('Listen'という意味)


このアルバムの成功によって、Azadi Recordsは一躍インドのヒップホップシーンの台風の目となる。
レーベル名の'Azadi'は「自由」を意味するヒンディー語。
レーベルのFacebookページによると、彼らは「現代の差し迫った問題に批判的に関与し、意見を述べる、先進的で政治的意識の高い(consciousな)音楽をリリースするためのプラットフォームを南アジアのアーティストに提供する」ことを目的としており、「アンダーグラウンドであることを目指すのではなく、メインストリームによって無視されがちなストーリーに注目し」「世界中の多様なコミュニティ間の対話を始めるための新しいサウンドやビジュアルを探求する」という趣旨のもと活動しているという。
https://www.facebook.com/pg/azadirecords/about/

Prabh Deepに続いてAzadi Recordsがリリースしたのは、デリーのラッパーデュオSeedhe Maut.
トラックを手がけているのはやはりSez.


Seedhe Mautによる"Shaktimaan"というインドの特撮ヒーローをタイトルにした楽曲。


最近では、ジャンムー・カシミール州スリナガル出身のラッパーAhmerとSezによるアルバム"Little Kid, Big Dreams"をリリース。
Prabh Deepも参加したこの"Elaan"では、紛争の地カシミールに生まれたがために、自由や命の保証すらない現実と、それに対するフラストレーションがリアルにラップされている。
 

分離独立やパキスタンとの併合を求める運動が絶えないカシミールでは、先日のインド中央政府による強権的な自治権剥奪にともない、通信が遮断され、集会が制限されるなど、緊張状態が続いている。
この緊迫した状況下で故郷スリナガルに帰るAhmerのメッセージを、つい先日レーベルのアカウントがリツイートした。

「故郷に帰る。今日から封鎖の中に行くから、存在しなくなるのも同じさ。カシミールのみんなと同じように、包囲の中、暴力的な体制の中、専制の中、抑圧の中で過ごすんだ。自分の家族が無事でいるかどうか分からない。そうであってほしいけど。カシミールの外にいるみんな、無事でいてくれ。俺たちは奴らには負けない」
「明日から俺は存在しなくなる。生きているかどうか、誰にも分からないだろう」

無事を伝える通信手段すら確保できない故郷に、それでも帰る彼の気持ちはいかばかりだろうか。
Ahmerの無事を祈らずにはいられない。
(カシミールのリアルを伝えるラッパーには、他にMC Kashがいる。彼らについてはこちらの記事から「バジュランギおじさん/ヒンドゥー・ナショナリズム/カシミール問題とラッパーMC Kash(後半)」)

こうしたアーティストの楽曲のリリースは、まさに「メインストリームによって無視されがちなストーリーに注目し」「現代の差し迫った問題に批判的に関与し、意見を述べる、先進的で政治的意識の高い(consciousな)音楽をリリースする」というこのレーベルの目的に合致したものと言えるだろう。

Azadi Recordsは、通常のインドのレーベルでは売り上げの4〜7%しかアーティストが得られない契約であることに対して、アーティストとレーベルとで50%ずつの取り分としており、また大手レーベルが最大で30年間保有する著作権を、5年間のみの保有とするなど、アーティストの権利を尊重した契約をすることにしているという。

Mo Joshiは、現在のインドのエンターテインメントシーンについてこう語っている。
「ヒップホップはカルチャーなんだ。単にラップをしているだけはヒップホップとは言えない。ボリウッドにはラップこそあるけど、ヒップホップは存在していないよ」。
https://www.musicplus.in/all-things-hip-hop-with-mo-joshi-co-founder-azadi-records/) 
これは今年2月にインドで『ガリーボーイ』が公開された以降のインタビューだから、当然この映画の成功を意識した上での発言だろう。
インドのヒップホップシーンが『ガリーボーイ』に概ね好意的な反応を示しているなかで、かなり手厳しい意見だが、それだけピュアなアティテュードを持ったレーベルということなのだ。
 
Azadi Recordsの最新のリリースは、Prabh Deep feat. Hashbass & Tansoloの"KING"という楽曲。

インドのヒップホップにかなり早い時期から注目していた鈴木妄想さんをして「Prabh Deepの新曲が凄い。不穏な始まりからアブストラクトで浮遊感あるブリッジを経て、メロウな歌モノに展開。この人のトラックメイキングほんとに凄い。間違いなく俺の好きなヒップホップはこういう音だよ。」と言わしめた完成度(鈴木妄想さんのTwitterより。この楽曲を完璧に表現していて、もう何も付け加える言葉がない!)。
 

Azadi Recordsが取り上げるアーティストはデリーだけに止まらない。
ムンバイを拠点に政治的かつ社会的なラップを発表してきたユニットSwadesiも、Azadi Recordsと契約し、独特のアートで知られる先住民族ワールリーの立場を代弁する楽曲を発表している。


ムンバイで、ガリーラップとは一線を画すメランコリックなスタイルの楽曲を発表していたTienasも、Azadi Recordsから新曲"Juju"を発表したばかり。


他にも、Azadi Recordsはムンバイ在住のタミル語ラッパーRak, バンガロールを拠点に活動する英語とカンナダ語のバイリンガルのフィーメイル・ラッパーSiri, 北東部メガラヤ州のR&BユニットForeign Flowzらと契約を交わしており、首都デリーにとどまらず、インド全土の才能を世に出してゆくようだ。



(これらの楽曲は、以前のリリースであり、Azadi Recordsからのリリースではない。彼らはAzadiとの契約にサインしているが、楽曲のリリースはまだのようだ)

数々の楽曲のリリースのみならず、Mo Joshiは、DivineとRaja Kumariがコラボレーションした楽曲"Roots"のリリックに対して「カースト差別的である」との指摘をするなど、単に音楽業界のいちレーベルに止まらないご意見番としての役割を果たしているようだ。

おそらくは、この楽曲のなかの'Untouchable with brahmin flow from the mother land'(母なる大地から生まれたバラモンのフロウには触れることすらできない)というリリックを、バラモン(ブラーミン)を最も清浄な存在とし、最下層の人々を汚れた「不可触民」(Untouchable)としてきた歴史を肯定的に捉えたものと解釈して批判したものと思われる。

アメリカで生まれ育ったフィーメイル・ラッパーのRaja Kumariは、自身のルーツを示すものとしてヒンドゥー的な表現をよく使用しているが、この指摘は、インドにおける新しい価値観であるべきヒップホップが、旧弊な価値観を引き継いでいることに対する、目ざとい批判と言ってよいだろう。

インドのヒップホップシーンの成長と変化は驚くべきスピードで進んでいる。
これまで、ソニーと契約しているDIVINEらの一部の有名ラッパーを除いて、ほとんどのラッパーが自主的に音源をリリースしていたが、『ガリーボーイ』の主演俳優ランヴィール・シンが'IncInk'レーベルの発足を発表したり、DIVINEもまた新レーベルGully Gang Entertainmentを設立するなど、才能あるアーティストのためのプラットフォームが急速に整いつつある。

そのなかでも、このAzadi Recordsはピュアなアティテュードと感性で、アンダーグラウンドのリアルなヒップホップを取り扱うことで、非常に大きな存在感を示している。
今後の活動がますます注目されるレーベルである。


その他参考とした記事:
https://allaboutmusic.in/mo-joshi/
http://www.thewildcity.com/features/6357-azadi-records-are-taking-no-prisoners
https://scroll.in/magazine/893004/indias-most-exciting-music-label-doesnt-want-to-produce-hits-and-thats-a-good-thing




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goshimasayama18 at 14:22|PermalinkComments(0)

2020年08月22日

インディアン・アンビエント/エレクトロニカの深淵に迫る!

インドにはアンビエント/エレクトロニカ系のアーティストがかなり多く存在している。 
それも、都会的な洒落たセンスよりも、深遠かつ瞑想的なサウンドを追求している、いかにもインド的なアーティストがじつに多いのである。

あらかじめ正直に言っておくと、私はアンビエントやエレクトロニカには全く詳しくない。
だから、ひょっとしたらこれから書くことは、インドに限らない世界的な傾向なのかもしれないし、どこか別の国にこのムーブメントのきっかけとなったアーティストがいるのかもしれない。
(もしそうだったらこっそり教えてください)
さらに、インドというとなにかと深遠とか哲学的とか混沌とか言いたくなってしまうという、よくあるステレオタイプの罠にはまっているのかもしれないが、それでもやっぱりインド特有の何かがある気がして、この記事を書いている。

インドといえば古典音楽が有名だが、(またしても詳しくないジャンルを印象で語ることになってしまうが)インドの古典音楽は、声楽にしろ器楽にしろ「全宇宙を内包するような深みがある一音を出すこと」を非常に重視しているように感じられる。
インド音楽には和音(コード)の概念が無いとされているが、その分、一音の響きと深みに、比喩でなく演奏者の全人生を捧げているような、そんな印象受けることがあるのだ。

もしかしたら、インド人には、ジャンルに関係なく、深みのある音を追求することが運命づけられているのではないか。
インドのアンビエント/エレクトロニカを聴いていると、そんな考えすら浮かんでくる。
そんないかにもインド的な電子音楽を、ここでは仮にインディアン・アンビエント/エレクトロニカと呼ぶことにする。

典型的なインディアン・アンビエント/エレクトロニカは、寺院の中で反響するシンギングボウルのような、倍音豊かな音色が鳴り続けているということ、そして、あくまでも柔らかなビートと、ときに生楽器を混じえたオーガニックな音や、古典楽器やマントラの詠唱のようなインド的な音響が混じることを特徴としている。
(「それ、普通のアンビエントじゃん」という気もするが、ひとまず先に進めます)

YouTubeの再生回数を見る限り、インディアン・アンビエント/エレクトロニカで最も有名なアーティストは、このAeon Wavesだろう。
彼らの楽曲は、この"Into The Lights"をはじめとする数曲が、世界中のアンビエント・ミュージックを紹介しているyoutubeの'Ambient'チャンネルで紹介されており、いずれも再生回数は10万回を超えている。


この"Voices"では民族音楽風のパーカッションとマントラのようなサウンドを導入して、エスニックかつスピリチュアルな雰囲気を醸し出している。
Aeon Wavesは北西部グジャラート州のアーメダーバード出身のKanishk Budhoriによるソロプロジェクト。
アーメダーバードといえば、ポストロックバンドのAswekeepsearchingを輩出した都市だが、なにか音響へのこだわりを育む土壌があるのだろうか。


このPurva Ashadha and Feugoも、いかにもインディアン・アンビエント/エレクトロニカらしいサウンドを聴かせてくれる。

ビートレスのまま長く引っ張ってゆくサウンドは思索の海を漂っているような瞑想的な響きがある。
Purva Ashadhaはアッサム州出身で現在はムンバイを拠点として活動しており、Feugoはクリシュナ寺院の門前町として知られベジタリアン料理で名高いウドゥピ出身でバンガロール育ち。
決して中心部の大都市出身ではないアーティストが多いのもこのシーンの特徴と言えるだろうか。

この二人のユニットには、のちにFlex Machinaという名前がつけられたようだ。
よりダンス・ミュージック的なアプローチをすることもあるが(例えばこの動画の5分半頃〜)、そのサウンドは、あくまでも、深く、柔らかい。

RiatsuはムンバイのメタルバンドPangeaの元キーボーディストという異色の経歴のアンビエント・アーティスト。
不思議なアーティスト名の由来を聞いたところ、日本の漫画/アニメの"Bleech"に出てくる精神的パワー「霊圧」から名前を取ったという。

この曲のタイトルの"Kumo"は日本語で、雲でなく「蜘蛛」。
朝露にきらめく蜘蛛の巣の美しさを思わせるトラックだ。
最近ではアメリカのエクスペリメンタル・トランペッターJoshua Trinidadとのコラボレーションにも取り組んでいる。

ムンバイのThree Oscillatorsも、金属的だが柔らかい反響音が印象的な心地よいトラックを作っている。

彼は今年1月のDaisuke Tanabeのインドツアーのムンバイ公演にも地元のアーティストとしてラインナップされていた。

バンガロールのEashwar Subramanianは、アンビエントというよりも、ニューエイジ/ヒーリングミュージックと言ってもよさそうな優しい音像を作り出すミュージシャンだ。


Shillong Passでは、チベタン・ベルを使って瞑想的なサウンドを作り出している。

同じくバンガロールのAerate Soundはヒップホップカルチャーの影響を受けたビートメーカーだが、そのサウンドはアンビエント的な心地よさに溢れている。


バンガロールはインドのポストロックの中心地でもあり、音響的な魅力のある多くのミュージシャンが拠点としている都市で、アンビエント/エレクトロニカ系のアーティストも多い。
地元言語カンナダ語のかなりワイルドな印象のヒップホップシーンもあるようだが、Aerate SoundはSmokey The Ghostらのよりチルホップ的傾向の強いラッパーとの共演を主戦場としている。


こちらもバンガロールの男女2人組、Sulk Stationは、トリップホップ的なサウンドに古典音楽的なヴォーカルを導入して、インドならではのチルアウト・ミュージックを作り上げている。

彼らはインドで盛んな古典音楽とのフュージョン・ミュージックとして語ることもできそうだ。

先日リリースした"Perpetuate"で、日常にサイケデリアを融合した素晴らしいミュージックビデオをリリースしたOAFFも、インド古典音楽を取り入れた"Lonely Heart"でインド古典声楽を導入している。


OAFFはムンバイを拠点に活動するKabeer Kathpaliaによるエレクトロニック・ポップ・プロジェクトだ。

こちらもムンバイから。
Hedrunの"Chirp"は自然の中にいるかのような心地よさを感じることができるサウンド。

HedrunはPalash Kothariによるエレクトロニカ・プロジェクトで、彼は私のお気に入りでもあるムンバイのアンビエント/エレクトロニカ系レーベル'Jwala'の共同設立者のうちの一人でもある。


ゴア出身のテクノ・アーティストVinayak^Aも、インド声楽を導入したトラックをリリースしている。
トランスの聖地ゴア出身の彼は、早い時期からにテクノ/トランス触れていたようで、この "Losing Myself"のリリースは2011年。
インド系のクラブミュージックとしては2000年ごろに出現したデリーのMidival PunditzやUKエイジアンのTalvin Singh, Karsh Kaleらに続く第二世代にあたる。

彼はSitar MetalのRishabh SeenやTalvin Singh(タブラで参加)と共演して本格的に電子音楽とインド古典音楽の融合に取り組むなど、意欲的な活動をしている。


OAFFやVinayak^Aのサウンドは、前述のインディアン・アンビエント/エレクトロニカの定義には当てはまらないかもしれないが、いずれも欧米のミュージシャンがエスニック・アンビエントやトランスに導入してきたインド的な要素を、インド人の手によって逆輸入した好例と言えるだろう。


最後に紹介するのはデリーのアンビエント・レーベルQilla Recordsを主宰するKohra(このアーティスト名はウルドゥー語で「霧」を意味しているとのこと)。
7月にリリースしたニューアルバム"Akhõ"は、17世紀のグジャラート州の神秘詩人/哲学者の名前から名付けたものだ。
彼はこの詩人からの影響をアルバムに込めたという。
 

彼がRolling Stone Indiaに語ったインタビューの内容がまた面白い。
なんと彼は、2年前から始めた瞑想の影響で、クラブミュージックから出発したアーティストなのに、「パーティーは完全にやめてしまった」そうだ。

「鍛錬や瞑想を始めから、パーティーみたいなことは完全にやめてしまったんだ。たとえ自分のライブをやっていて、他の人たちがパーティーをしていてもね。おかげで、完全に違う心境にたどり着くことができたよ。自分が作っているような音楽に合った状態でいたかったしね。」
(出典:https://rollingstoneindia.com/kohra-new-album-akho/

瞑想によってクラブ・ミュージックを追い越してしまった彼が、これからどんな音楽を作ってゆくのか、興味は尽きない。

インドのアンビエント/エレクトロニカの独特の音世界には、音楽に楽しさや心地よさ以上のものを込めようとする彼らの哲学が込められているのかもしれない。

今回紹介したアーティストに限らず、インドにはさらに様々なタイプのアンビエント/エレクトロニカ系のアーティストがいる。
もっと聴いてみたければ、手始めにデリーのQilla RecordsやムンバイのJwalaレーベルあたりからチェックしてみると良いだろう。





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