地域別音楽シーン事情(北東部以外)

2024年03月10日

どこにでもラッパーがいるインド 地方都市のヒップホップシーン(南インド編)



前回に続いて、今回は南インドの地方都市のラッパーを紹介する。
YouTubeでひたすら「都市名 rapper」で検索して気がついたことがひとつあって、それは南インドには北インドほどラッパーがいないということだ。

その理由は複数考えられるのだが、まず第一に南インドには北インドほど大きな都市がないということ。
前回の記事で、「YouTubeで、英語で『インドの都市名(スペース)rapper』で検索すると、人口規模100位くらいまでの街であれば確実にラッパーを見つけることができる」と書いたが、インドの人口規模100位までの都市に、南インド5州(アーンドラ・プラデーシュ、テランガーナ、カルナータカ、タミルナードゥ、ケーララ)が占める割合は20ほどしかない。

二つ目の理由は、北インドのヒップホップ受容で大きな役割を果たしたパンジャーブ系のような人々が、南インドには存在しないということだ。
もう何度も書いたことなのでざっくりと書くが、インド北西部に位置するパンジャーブ地方は、イギリスや北米への移住者が多く、彼らはヒップホップや欧米のダンスミュージックを、郷土の伝統音楽のバングラーと融合し、母国へと輸入する役割を果たした。
南インドからも海外への移住した人々は多いが、伝統的にタミル人はマレーシアやシンガポールへの移民が多く、ケーララからはUAEなどのペルシア湾岸諸国に渡る人が多い。
こうした理由から「本場のヒップホップに衝撃を受けて逆輸入する」という事象が北インドに比べて少なかった可能性はあると思う。

理屈はこれくらいにして、まずは南インドの西岸側からヒップホップの旅を始めてみたい。
古くはヒッピーたちの楽園として知られ、現在はインド人ミドルクラスのイケてるリゾート地となっている旧ポルトガル領の街、ゴアのラッパーを紹介する。


Tsumyoki x Bharg "Pink Blue"



この楽園っぽいポップさはまさにゴアのイメージにぴったり。
TsumyokiことNathan Joseph Mendesは若干23歳の若手ラッパーで、影響を受けたアーティストにXXXTentacionやJuice WRLDの名前も挙げている現代派。
ラッパーといいながらもラップじゃない(歌モノ)だっていうところも今っぽい。
彼はソロアーティストとしてムンバイのDIVINEのGully Gangレーベルと契約しており、また地元のラッパーたちと結成したGoa Trap Cultureというユニットでも活動をしている。
Tsumyokiという不思議なMCネームは日本文化の影響があるそうで、2019年にリリースしたThe Art Of Flexingには"Tokyo Drift!"(Teriyaki Boyzの曲とは無関係っぽい)とか"Super Saiyan!"という曲もやっている(SoundCloudで聴ける)。
この"Pink Blue"で共演しているBhargは北インドのデリー出身の同世代のラッパーで、Tsumyoki同様にポップなスタイルで人気を博している。
こうした地域を超えた新世代のコラボレーションは今後も増えて行きそうだ。


続いては、インド西岸を南に進み、カルナータカ州のマンガロール(現在の正式な名称はマンガルール)に行ってみよう。
マンガロールといえば銀座にあるマンガロール料理店「バンゲラズ・キッチン」がけっこう有名だが、料理だけじゃなくてラップもなかなかウマい街だった!

D.O.C "Coast Guards"


ユニット名のD.O.CというのはDepartment of Cultureの略だそうで、"Coast Guard"というタイトルはいかにも港湾都市マンガロールにふさわしい。
古い映画音楽をサンプリングしたらしいビートは地元のVernon Tauroなるプロデューサーによるもので、やはり彼が作ったビートに乗せたこの地元ラッパーたちのサイファーもなかなかかっこいい(最初に出てくる髭のラッパーがシブい!)。
マンガロールはD.O.Cのメンバーをはじめとして結構いいラッパーがいそうだが、YouTubeでの再生回数はいずれも数万回程度。
彼らがどの言語でラップしているのかは分からないが、この地域の母語はトゥル語という話者数200万人程度の比較的マイナーな言語であるため、もしかしたらあまり聴かれていないのは彼らが話者数の少ないトゥル語でラップしているからなのかもしれない。


さらにインド西岸を南下し、ケーララ州に突入。
タイトルは南インドの野菜スープカレー"Sambar"だ!

ThirumaLi x Thudwiser x Fejo x Dabzee "Sambar" 


以前も書いたことがあるが、インドのラッパーはやたらと食べ物のことをラップする。

この映像はヒップホップのミュージックビデオと料理番組の融合みたいになっていて、英語字幕をオンにするとひたすら料理のことをラップしているのが分かる。
ふざけた曲だがDef Jam Indiaからのリリース。
やはりインドでは食とヒップホップは切り離せない、のだろうか。
途中で聖書に関するリリックも出てくるのがキリスト教徒が多いケーララらしい。
最初にクレジットされているThirumaLiは、識字率100%を達成したことでも知られる汽水性の入江の街コッタヤムの出身、共演のラッパーFejoとDabzeeはさらに南の海辺の都市コチの出身だ。
ビートメーカーのThudwiserもケーララ出身のようだが、どこの街かは分からなかった。


続いて、インド最南端のカニャクマリを通ってインド南部の東側、タミルナードゥ州に入ろう。
ここでは中小都市のかっこいいラッパーが見つけられなかったので、州都チェンナイのいかにもタミルらしいラッパーを紹介する。

Paal Dabba "170CM"


昔のマイケル・ジャクソンかってくらい曲が始まるまでが長いが(曲は2:30から)、映像の色彩や雰囲気が急にタミル映画っぽくなったのが面白い!
タミル語らしさを活かしたフロウと今っぽい重いベースとホーンセクションのビートの組み合わせがかっこよく、ゲームっぽい世界から最後はルンギー(腰布)&サリーのダンスになるのが最高だ。



次はチェンナイから北に向かい、南インド内陸部のテランガーナ州の州都ハイデラバードへ。
ここから『バーフバリ』や『RRR』で日本でも知られるようになったテルグ語圏に入る。

MC Hari "Khadahhar"


このミュージックビデオは、ハイデラバードの下町エリアのラッパーのライフスタイルを表現しているとのことで、ギャングスタ的な内容なのかと思って見てみたら、ひたすらフライヤーを撒いてサイファーをするという健全なものだった。
2:17に「選手権」という謎の日本語がプリントされたTシャツを着た男が出てくるが、ラップのチャンピオンシップっていうことなのか、偶然なのか。

面白いのはたまに映像の雰囲気がテルグ語映画っぽくなることで、例えばこのNiteeshというシンガーをフィーチャーした"Raaglani"のミュージックビデオなんて、かなりテルグ語映画っぽい雰囲気になっていると思う。

MC Hari "Raagalani(Ft. Niteesh)"



ハイデラバードから東南東に150キロほど行ったところにあるテランガーナ州の小さな街、ミリャラグダ(Miryalaguda)という街にもかっこいいラッパーを見つけた。

Karthee "Miryalaguda Rap"


タイトルからして地元レペゼンがテーマのようで、いかにも田舎町って感じの市場とか空き地とかでラップしているのがたまらない。
そして彼のビートもまた伝統とヒップホップのミクスチャー加減がいい具合で、テルグ語の響きを活かしたフロウも多彩で、かなり実力のあるラッパーと見た。
YouTubeでの再生回数は約2ヶ月で10万回弱。
この街の規模ではかなり健闘していると言えるだろう。
Kartheeという名前をインド全国区の音楽メディアで見る日が遠からず来るかもしれない。


最後はテランガーナ州から東へ。
インド海軍の拠点都市でもあるアーンドラ・プラデーシュ州のヴィシャーカパトナムのラッパーを紹介する。

Choppy Da Prophet "Voice of the Street"


いきなり出てくるタバコ咥えたバアさんが超シブい。
若者がスリやひったくりといったセコい犯罪を繰り返すミュージックビデオは演出なのかリアルなのか。
ラップはちょっと単調だが、ビートの勢いとミュージックビデオの下町の雰囲気が良い。



というわけで、南インドの地方都市のラッパーたち(一部チェンナイやハイデラバードといった大都市を含むが)を紹介してきた。
北インド同様に、というかそれ以上に各都市の特徴や地元レペゼン意識(≒郷土愛)が強く感じられるラッパーが多く、またそれぞれにラップのスキルも高くて、改めてインドのヒップホップシーンの広さと深さを感じた。

今回はかっこいいと思えるラッパーを中心に紹介したのだが(あたりまえか)、中には垢抜けなくてヘタだけど、2周くらい回って結果的に面白いことになっているこんなラッパーもいたりして、インドのヒップホップシーンは本当に底辺が広がってきている。

Royal Telugu "Bhai"



テランガナ州のオンゴールという街のラッパー。
ラップにトランスみたいなビートを取り入れていたり、時代と共鳴している部分もあるのだが、狙ってやったというよりは、たまたまそうなってしまったような面白さがある。
いい意味でのガラパゴス状態のまま、彼が成長していったらどんな魅力的な音楽が生まれるのだろうか。

今後も地方都市のシーンはちょくちょくチェックして紹介してゆきたいと思います。




--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」

更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay

Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり



軽刈田 凡平のプロフィールこちらから

2018年の自選おすすめ記事はこちらからどうぞ! 
2019年の自選おすすめ記事はこちらから2020年の軽刈田's Top10はこちらから
2021年の軽刈田's Top10はこちらから
2022年の軽刈田's Top10はこちら
2023年の軽刈田's Top10はこちら




goshimasayama18 at 20:40|PermalinkComments(0)

2024年03月05日

どこにでもラッパーがいるインド 地方都市のヒップホップシーン(北インド編)



このブログでは「2019年の映画『ガリーボーイ』以降、インドのヒップホップシーンは急速に成長している」 なんてことをしょっちゅう書いているのだけれど、自分でも気になっているのが、取り上げているラッパーが大都市に偏っているということ。
いつも紹介しているのはムンバイとデリーのラッパーがほとんどで、他にはベンガルール、コルカタと、あとチェンナイが少々。
いわゆるインド5大都市というやつだ。

確かに大都市のラッパーは洗練されているし、またムンバイやデリーあたりだとメディアの注目度も高いので、インドのシーンをチェックしていて目につきやすい。
上記の5大都市はそれぞれ公用語も違うので、このへんを押さえておけば多様性の観点からもオッケー!と思ってしまいがちなのだが、当然ながら5大都市だけがインドではない。

現在のインドでは、こうした大都市でなくても、どこにでもラッパーがいる。
YouTubeで、英語で「インドの都市名(スペース)rapper」で検索すると、人口規模100位くらいまでの街であれば確実にラッパーを見つけることができるし、もっと下位の都市でも、下手だろうがダサかろうが、ほとんどの街でラッパーがアップしたローカル感満載のミュージックビデオを見つけることができる。

というわけで、今回はインド国内でも地元以外ではほとんど注目されていない、地方都市のラッパーを特集してみたい。
調べてみる前は、あか抜けない曲をたくさん紹介することになるのだろうなあと思っていたのだが、意外にもかなりかっこいいラッパーがたくさんいて、インドのヒップホップの全国的な発展を思い知らされることになった。
(「いや全然あか抜けてないじゃん」と思う人もいるかもしれないが、インドの田舎町のラッパーをチェックしまくった後だと、今回紹介するラッパーは十分にかっこいい部類に入る。念の為)

今回は、アーティスト名と曲名に加えて、都市名と州の名前も書いておくので、興味がある人は地図でチェックしてみてください。


Hukeykaran "Slangs feat. JAACKYA" (Surat, Gujarat)


まずはインド西部グジャラート州第二の都市、スーラトから。
グジャラート州はインドの国父とされるマハトマ・ガンディーのルーツでもあり、土地柄なのか宗教的な理由なのか、飲酒が禁止されているという保守的な州だ。
最近は州都アーメダーバードからはDhanjiという突然変異的な才能が登場したものの、あまりヒップホップがさかんな印象はない。
(Dhanjiについてはいずれ個別に記事を書くつもり)

そんなグジャラートの第二の都市スーラトにも、ちゃんとかっこいいラッパーがいた。
このHukeykaran(読み方分からない)というラッパー、いかにもインドっぽいタブラの音を使ったビートに乗せて、21世紀の世界標準とも言える3連のラップから始まって、なかなか小粋で多彩なフロウを披露している。
フィーチャリングされているJaackya(彼もまた読み方分からない)も雰囲気のあるラッパーで、2:09あたりで、画面にルピーの記号が出るタイミングでGhandi Ji(ガンディーさん)と言っているのは、紙幣に印刷されたガンディーの肖像から転じてカネという意味だろう。
日本語ラップでユキチと言うのと同様だ。
ミッキーマウスのスウェットにゴールドのチェーンというセンスもなかなかに最高だと思うが、いかがだろうか。
かっこいいかどうかということではなくて、このなんとも言えないリアルさがたまらない。



次の街は、スーラトから南東に200キロに位置するマハーラーシュートラ州のナーシク。
ナーシクは、同州の州都であるインド最大の都市ムンバイや、MC STANを輩出しセンスの良いロックバンドも多い学園都市プネーと比べると目立たない街だが、地味な街にも結構いい感じのラッパーがいるというのが今のインドのリアルである。

Tezzz Music "MH 15 Firse (Nashik City)"


最近あまり見なくなった『ガリーボーイ』っぽい雰囲気のミュージックビデオで、伝統楽器の大太鼓ドールや子どもたちがたくさん出てくるところが微笑ましい。
このTezzz Music、ラップは結構上手いし、彼もまた伝統楽器のリズムをビートに導入しているところが良い。
インドのラッパーやビートメーカーは、ルーツやコミュニティをレペゼンするときに自分たちの伝統を引用しているところが素敵だなあといつも思う。
仲間たちと踊るシーンは結果的にインドの田舎版『チーム友達』みたいに見えなくもない。
タイトルの'MH15は'ナーシクの郵便番号。
USや日本のラップでも市外局番で街を表すことがあるが(Ozrosaurusの'045'とか)、それと同じノリだろう。
インドではムンバイのNaezyMC Altafが自分が暮らすエリアのピンコード(郵便番号)を曲名に使っており、またラージャスターン州ジョードプルには街のコードをユニット名に冠したJ19 Squadというグループもいる。


今度はナーシクからさらに東北東に600キロ、インドのほぼど真ん中に位置する街ナーグプルにもこんなに今っぽいラッパーがいた。

SLUG "BADSHA"


ナーグプルはマハーラーシュトラ州東部に位置し、被差別階級からインドの初代法務大臣にまで登りつめたアンベードカル博士が、同胞のダリット(いわゆる「不可触民」とされる人々)たちとともにヒンドゥーから仏教徒へと集団改修したことでも知られる街だ。
ご覧の通り、このSLUGというラッパーはマンブルラッパー的な痩せ型の短めのドレッドロックス。
世界的な視点で見れば彼のスタイルはとくに目新しくないが、マッチョ風なラッパーが多いインドのヒップホップシーンではまだまだ新鮮だ。
あまり華やかなイメージのないナーグプルに彼のようなスタイルのラッパーがいるとは思わなかった。
彼は間違いなくプネーのMC STANの影響下にありそうだ。

この曲もビートにタブラの音が使われているところがポイント高い。
タイトルの"BADSHA"は、おそらくデリーの人気ラッパーBadshahとは関係なく、ペルシア語由来の「皇帝」を表す言葉だろう。



今度はナーグプルからぐーっと北に1200キロほど上ったところにある、ウッタラカンド州の州都デラドゥン(でヘラードゥン)のラッパーを紹介したい。

MOB D "Motorcycle"


デラドゥンはヒマラヤ山脈の麓に位置する標高約450mの街で、全寮制の名門男子校ドゥーン・スクールがあることでも知られている。
60年代には、近郊のリシケーシュに滞在していたビートルズのメンバーがこの街の楽器店を訪れたこともあったという。
そういったエピソードはともかく、実際のデラドゥンは山あいの鄙びた街といった印象である。
その鄙びた街でオートチューンを効かせまくったラップをやっているのがこのMOB D.
「俺はバイクに乗るぜ、車はいらない」というどうでもいいリリックは、「こういう曲はこういう歌詞でいいんだろ」みたいな適当な雰囲気だが、彼の場合それがけっこうサマになっているんじゃないでしょうか。
こういうタイプのヒップホップがナーグプルやデラドゥンでも受け入れられていると思うとなかなか感慨深い。


だいぶ北のほうに来てしまったので、そこから南東に600キロほど下ってみよう。
もはや地図なしで読んでいる人は自分がインドのどのへんにいるのか分からないと思うが、ここは北インド内陸部の真ん中あたり、ウッタルプラデーシュ州のカーンプルという工業都市である。
ちょうどさっきのナーグプルから700キロほど北に位置する街だ。

Aryan & Iniko "Ain't Nobody Here"


ウッタルプラデーシュ州は前回の記事で書いたヒンドゥー右派テクノ「バクティ・ヴァイブレーション」発祥の地で、人口こそ多いエリアではあるものの、比較的貧しい農村地帯が広がっているというイメージが強い地域である。
カーンプルはいちおうインドのスマートシティランキングなるもので11位にランクインしているそうなのだが、ミュージックビデオを見る限り、典型的な地方都市といった感じで、日本でいう田舎の県庁所在地みたいな街のようだ。
このAryan & Inikoという長髪のラッパー2人組の、いかにも地方都市の不良という雰囲気がたまらない。
盗んだ金を持ち込んでパーティーしている郊外の空き家っぽい場所なんて、すごくリアリティがある。
今っぽい雰囲気のラップも上手いし、カーンプルではめちゃくちゃイケてる兄ちゃんたちなのだろう。
彼らがスプレーで壁に書いているUP78というのはカーンプルのピンコード(郵便番号)。
インドのラッパー、みんな郵便番号大好きだな。
なにも自分の街に自分の街の郵便番号を書かなくてもいいと思うんだけど。
何のためのタギングなんだ。



今度は広大なウッタルプラデーシュ州の東側、ジャールカンド州のジャムシェドプルという街のラッパーを紹介したい。

Abhishek Roy "Bojh Bada"

ジャールカンド州は北インドにアーリア人が来る前(つまり紀元前1000年頃?より前)から住んでいた先住民族が多い地域で、近隣のビハール州と並んで、インドのなかでもとくに貧しい田舎の地域という印象を持たれがちなエリアだ。
州都ラーンチーにはTre Essという突然変異的な才能のラッパーがいるものの、正直ヒップホップが盛んな印象はない。
ところが、同州南東部のジャムシェドプルという街は、どうやらヒップホップシーンがかなり発展しているようなのである。
調べてみると、この街の近くには炭田と鉄鉱山があり、街の中にはインド最大ともされる鉄工所があるそうで、人口では州都のラーンチーを上回っているという。
炭鉱と製鉄の街と聞いて、なんとなく荒っぽいイメージを抱いていたのだが、ジャムシェドプルは2019年にインドで最も清潔な都市に選ばれたことがあるそうで、意外と、と言っては失礼だが、けっこう洗練された文化があるのかもしれない。
ちなみにジャムシェドプルという街の名前は、製鉄所を経営しているターター財閥の創始者に由来しているという。
この街のラッパーAbhishek Royは、ラップに自信が満ち溢れていて、余裕綽々って感じなのがかっこいい。
それにしても、クリケットの国インドで、なぜ野球のバットを持っているのか謎である。

ジャムシェドプルを中心にしたラッパーたちによるサイファーがこちら。

Rapper Blaze, Abhishek Roy, Shinigxmi, Arun Ydv, Dzire, Mr.Tribe, Gravity, Rapture, Raajmusic  "Johar Cypher" Prod. By Fuzoren Beats


続けて聴くとさすがにちょっと飽きるが、この伝統音楽っぽいビートが非常にかっこいい。
コルカタやムンバイのラッパーも参加しており、この街のシーンは北インドの他の地域のラッパーたちとも交流があるようだ。



最後に、「インドのロックの首都」とも言われるメガラヤ州の州都シロンのフィメールラッパーを紹介したい。
クリスチャンが多いインド北東部は、辺境地帯ではあるものの、そのためかロックをはじめとする西洋のポピュラー音楽の受容が早かった地域である。
先日シロンでパフォーマンスを行ったムンバイのHirokoさんから教えてもらったこのRebleというラッパーが、めちゃくちゃかっこよかった。

Reble "Opening Act"


まだ20歳そこそこらしいが、8歳頃からラップしていたという筋金入り。
インド北東部は少数民族が数多く暮らしており、そのためか英語で楽曲をリリースするアーティストが多く、その英語のラップや歌唱がまた非常にこなれている。
彼女は本国・ディアスポラを問わずインド系の才能あるアーティストを紹介しているロンドンのKamani Recordsというレーベルと契約しているようで、今後の活躍が期待されるアーティストの一人だ。
この"Opening Act"はジャールカンド州ラーンチーのTre Essによるプロデュースで、地方都市同士のコラボレーションに胸が熱くなる。

同郷のシロン出身の男性ラッパーDappestとのコラボレーションもなかなかかっこいい。

Reble x Dappest "Manifest"



もうずいぶん長い記事になってしまったので、今回はこのへんにして、次回は南インド編を紹介したい。
それにしても、日本とかアメリカでもそうだけど、地方出身のラッパーってなぜかそれだけで3割増しくらいにかっこよく見えてしまうのはなぜだろうね。



--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」

更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay

Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり



軽刈田 凡平のプロフィールこちらから

2018年の自選おすすめ記事はこちらからどうぞ! 
2019年の自選おすすめ記事はこちらから2020年の軽刈田's Top10はこちらから
2021年の軽刈田's Top10はこちらから
2022年の軽刈田's Top10はこちら
2023年の軽刈田's Top10はこちら




goshimasayama18 at 20:07|PermalinkComments(0)

2024年02月26日

インドの田舎の謎ジャンル ヒンドゥーナショナリズム的エレクトロニック音楽 Bhakti Vibrationとは何か? (そしてムスリムたちによるMiya Bhai Electronica)





前回、農業を主な産業とする北インドの後進地域で、謎のハードコア・テクノ的音楽が流行していることを取り上げた。
まるでインドの田舎のルサンチマンを煮詰めてぶちまけたような、ノイジーでヘヴィで速くて激しいビートに、しばしばヒンドゥー教のモチーフが引用された超ユニークな音楽が、クラブすらもほとんどなさそうな地方で人気を得ているらしい。





と、ここまではめちゃくちゃ面白い話なのだが、じつはこの田舎ハードコアテクノ、かなりデリケートな要素を含んでいる可能性があり、あまり手放しで礼賛できない部分がある。
このジャンルには、どうやらヒンドゥー・ナショナリズム的な、つまり、ムスリムやクリスチャンといったインドの外で生まれた宗教を排斥しようという思想と結びついている部分があるかもしれないのだ。

「あるかもしれない」という曖昧な書き方をしたのは、CNNでそういった報道がされているものの、実際、どれくらい排外主義がこの地域のシーンに蔓延しているのかは、正直、ちょっと分からないからだ。



記事によると、ヒンドゥーナショナリズム的なクラブミュージックは、バクティ・ヴァイブレーション(Bhakti Viberation)と呼ばれているらしい。
「バクティ」とは、ヒンドゥー教で神への絶対的な帰依を表す言葉だが、バクティ・ヴァイブレーションの曲では、この「バクティ」をテーマにした宗教歌や、モディ首相らヒンドゥー・ナショナリズム的とされる政治家の演説、ムスリムへの排外主義的な主張などがミックスされているという。

そういえば、以前ブログで取り上げたドキュメンタリー映画『燃えあがる女性記者たち』にも、ウッタル・プラデーシュ州の田舎町で、ヒンドゥー至上主義者の貧しい若者たちが、宗教パレードでDJに合わせて踊りまくるシーンが出てきた。
あれもバクティ・ヴァイブレーションだったのだろうか?

とはいえ、このCNNの記事以外、バクティ・ヴァイブレーションに関する記述は見られず、結局のところ実態はよく分からない。
記事に挙げられているDJの音源を聴く限り、確かにヒンドゥーモチーフの曲が多いようである。


まず記事に書かれていたDJ Sandeepについて調べてみたのだが、Sandeepという名前は珍しくないので、同名のYouTubeチャンネルが多数存在していて、結局どれが記事で触れられている人なのかは分からなかった。
驚いたのは、かなりの数のSandeepという名前のDJが、ヒンドゥーの神々をモチーフにしたミックスをアップロードしていたということ。これは宗教歌にシンプルに低音を足しているタイプのSandeep.


こちらはまた別のDJ SandeepであるSandeep Kumar.
このSandeepは伝統的な宗教歌っぽい曲に、エレクトロニックポップ的なコード進行をミックスしている。


スペル違いのDJ Sandipは、やはりシンプルだが、いちばんハードコア的というか、激しいスタイルだ。


こちらも記事に名前のあったウッタルプラデーシュ州のイラーハーバード(改名され現在の名前はプラヤグラージ)のDJ Deepuによるハヌマーン神をテーマにしたバクティ・ヴァイブレーション・ミックス。
ハヌマーンは叙事詩ラーマーヤナに出てくる猿の姿をした神で、ヴィシュヌ神の化身であるラーマ王子への献身で知られ、ヒンドゥー教の守護や、信仰への絶対的な帰依の象徴としての意味も持つ(そのため、ヒンドゥーナショナリズム的な文脈で扱われることも多い)。

聴いてもらって分かる通り、バクティ・ヴァイブレーションの曲の多くは、音楽的なクオリティとしては、インドでも耳の肥えた(そしてあまり信心深くない)都市部のリスナーを踊らせるにはちょっと厳しいかな、というものが多い。
じっさい、DJ SandeepやDJ DeepuのYouTube再生回数は1万回に満たない。
率直に言って、これで盛り上がるには信仰心でよほど気持ちをブーストする必要があるのではないだろうか。
それだけに、CNNの記者はよく彼らを見つけてきたな、と思うし、逆に、もし無名なDJたちが作る音楽を深刻な社会問題のように報じているのだとしたら、少々過剰反応なような気がしなくもない。
(とはいえ、現象として報道に値するものだとは思うが)

今ひとつ実態の分からないバクティ・ヴァイブレーションだが、なかにはそれなりに人気のあるDJもいるようで、やはりCNNの記事に名前のあったDJ Luckyのガネーシャ神を讃えるこのミックスは27万回再生。


比較的人気なだけあって、たたみかけるパーカッシブなビートは他のDJよりも完成度が高いが、再生回数を見る限り、最近ではYouTubeで数百万回、数千万回再生されることも多いインドのインディーミュージック(メインストリームである映画音楽にくらべてオルタナティブなジャンル)と比べても、その人気はかなり限定的だと言えそうだ。

ヒンドゥー教モチーフの曲をプレイしているという共通点はあるものの、前回紹介したTapas MTのようなDJが、CNNが報道したバクティ・ヴァイブレーションと同じシーンに属しているのかという点もよく分からない。


言うまでもなく、排他的ではない純粋なヒンドゥーの信仰心は守られるべきだし、彼らが宗教的な音楽と現代的なダンスミュージックと融合したとしても、誰にも責められるべきものではない。
ヒンドゥー教の神さまやお祭りをモチーフにしたダンスミュージックが、他宗教を排撃するニュアンスを持っているのか、純粋な信仰心を表現したものなのか、それとも単なるパーティーミュージックなのかは我々には知りようがないし、もしかしたらそれはDJ側ではなく、聴く側の立場や信条に委ねられているのかもしれない。

CNNの記事によると、バクティ・ヴァイブレーションのDJたちは、自身がナショナリズム的な思想を持っているというわけではなく、単にオーディエンスが喜ぶ曲を作っているだけで、憎悪を助長する意図はないのだという。

おそらくだが、バクティ・ヴァイブレーションと排他的ヒンドゥー・ナショナリズムの関係は、ヒップホップとミソジニーやホモフォビアとか、Oiパンクとナショナリズムみたいな関係なのだろう。
マイノリティの音楽として生まれたヒップホップには、女性や男性同性愛者を蔑視してきたという負の側面もあったし、労働者階級の反抗の音楽だったOiパンクには、白人至上主義やナチズムとの関わりを指摘されるバンドもいた。

もちろんシーンにはそういう姿勢と距離を置いたり、明確に批判するアーティストもいたわけだが、なんとなく「このジャンルならそういうアティテュードも仕方ない」という空気感があったのもまた事実。
バクティ・ヴァイブレーションの場合も、表現者にもリスナーにも、マジの差別主義者もいれば、たいして考えずに、スタイルとして、あるいはイキがって、なかば無自覚に差別主義的な表現をしている連中もいるんじゃないか、というのが私の見立てだ。

バクティ・ヴァイブレーションの思想には全く賛同できないが、ムーブメントとして見たときに、必然性のあるものなのだろうなあと思う。
「持たざるものたち」がインテリの理想主義や洗練されたセンスでは掬いきれない感情や衝動を抱えるのは当然だし、前述のヒップホップやOiパンクの例のように、その矛先がさらに弱いものに向いたり、属性への陳腐なプライドに転化することだって珍しくはない。

それでも、音楽が差別の道具に使われているのを見るのはいやなものだ。
音楽は、信仰や出自に関係なく抑圧に立ちうかうための手段になってこそ、その存在意義があると思うのだが、きっとこういう理想論とは違うリアリティが現地には存在しているのだろう。


ご存じの通り、ヒップホップシーンは、その後フィメール・ラッパーたちや「コンシャス」なラッパーたちによって内側から改善されていった。
パンクロックも一部のバカ以外は基本的にはリベラルな考えに基づいている。
この北インドの田舎のエレクトロニック音楽シーンも、より穏当な形に変わってゆくことができるのだろうか。

CNNの記事で面白かったのが、ヒンドゥー・ナショナリズム的なバクティ・ヴァイブレーションだけでなく、イスラーム至上主義的なミヤ・バイ・エレクトロニカ(Miya Bhai Electronica)というジャンルもあるということ。
専門家が言うには「どちらも非常に危険」なものの、ミヤ・バイ・エレクトロニカのシーンは、ヒンドゥー教徒に比べてムスリムがマイノリティであるため、さらに小さいものになるらしい。
ちなみに'Miya Bhai'は南アジアのムスリムたちに幅広く使われているウルドゥー語(ヒンディー語と非常に近い言語だが、文字や語彙が異なる)で「ムスリムのブラザーたち」といった意味の言葉だ。

試しにミヤ・バイ・エレクトロニカの代表例とされる音楽を聴いてみたが、何だよ、バクティ・ヴァイブレーションとほとんど変わらないじゃないか。
だったらお前ら仲良くやったらどうなんだ、というのは、やっぱり距離的にも文化的にも遠い日本にいるから思えることなんだろうなあ。


今回紹介したような音楽は、都市部のリベラルなミュージシャンたちにとっては「こんなのをインドの音楽として記事にするのはやめてくれ」と言いたくなるようなものかもしれない。
だが、これはこれでやっぱりインドのリアルなのであって、超傍流かもしれないが、確かに存在している音楽なのだ。

最後に、いくつか収集したバクティ・ヴァイブレーションとミヤ・バイ・エレクトロニカと思われる音源を貼っておきます。
どっちがどっちか、分かるかな?









こうしてヒンドゥーあるいはイスラームに関連したインドの田舎ハードコアテクノを掘ってみて思ったのは、やはりほとんどのDJたちは、宗教感情はあくまでもリスナーを盛り上げるためのスパイスとして使っているに過ぎなくて、あくまでも彼らの目的は、ノリのいい音楽を作るということなんじゃないか、ということ。
彼らがYouTubeチャンネルで公開している曲をみる限り、そこまで思想の一貫性がなさそうだったり、宗教感情とはかけ離れたナンパな感じの曲をやっていたりもするからだ。
まあでも、そういう日常的な感情と排他的な宗教感情というのは容易に両立するものだから、実際のところはどうなのか、本当によく分からない。




--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」

更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay

Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり



軽刈田 凡平のプロフィールこちらから

2018年の自選おすすめ記事はこちらからどうぞ! 
2019年の自選おすすめ記事はこちらから2020年の軽刈田's Top10はこちらから
2021年の軽刈田's Top10はこちらから
2022年の軽刈田's Top10はこちら
2023年の軽刈田's Top10はこちら





goshimasayama18 at 23:50|PermalinkComments(0)

2023年08月31日

2023年秋 インドのフェス事情!


日本では音楽フェスのシーズンといえば夏だが、インドでは過ごしやすい気候の冬に多くの音楽フェスが開催されている。

インドはいまやアジアを代表するフェス大国で、アメリカ発祥の世界的ロックフェスLollapaloozaがアジアで初めて行われたり、世界で3番目の規模のEDMフェスティバルSunburnが開催されるなど、海外の大物アーティストが参加するものから、国内アーティスト中心のものまで、フェスの数は年々増える一方。
(これまでに紹介したインドの注目フェス情報は最後にまとめてリンクを貼っておきます)
今回は、本格的なシーズン到来を前に、2023年の秋に行われる面白いフェスを2つほど紹介させてもらいます。

まず紹介するのは、ノルウェーのハウス/EDMプロデューサー、Kygo(カイゴ)が主催するPalm Tree Music Festival.
去年Lollapaloozaの会場にもなったムンバイの競馬場Mahalakshmi Race Courseで、11月3日から5日にかけて開催される。

Palm Tree Music Festivalはこれまでヨーロッパやアメリカ、オーストラリアなどで開催されていて、アジアではバリ島で開催されたことがある。

南アジアでの開催は初めてで、ムンバイの1週間前には、エジプトのカイロでの開催も発表されている。
カイロ会場は500名限定の超VIP向けフェスとして開催されるようで、販売されるチケットはもっとも安い入場券でも1,111米ドル。
このチケットには、4つ星ホテルへの1泊と、ピラミッドやスフィンクス散策、ピラミッド周辺でのキャメルライド、ビールとワイン飲み放題などが含まれている。
もっとも高い個人向けチケットは7,777米ドルで、これには5つ星ホテルへの3泊、24時間の執事サービス、シャンパンボトル、出演アーティストとのウェルカムディナー、ピラミッド内の「王の間」ツアー(!)、空港への送迎などが含まれていて、さらに豪華な4名分34,998ドルのチケットもある。

おそらくカイロでのフェスは、このバリ会場のような雰囲気で行われるのだろう。



より大規模な会場で行われるムンバイでのフェスは、おそらくこのニューヨーク郊外のハンプトンズで行われたような形になるものと思われる。


インドでもEDM系のフェスティバルは非常にさかんで、例えばラージャスターン州の宮殿で行われるMagnetic Fields Festivalは、カイロのPalm Tree同様にかなりセレブっぽい路線で行われている。
てっきりムンバイのPalm Treeも同じようなスタイルで行われるものだと思っていたら、チケット代は1,500ルピー(2,660円)からとのことで、結構リーズナブルな価格に抑えられているようだ。
(ただし、2万ルピーの高級チケットもある)

出演者には、KygoのほかKungs(フランス)、Sam Feldt(オランダ)、Kidnap(イギリス)、Edward Maya(ルーマニア)、Forester(アメリカ)らの欧米のEDM系DJのみ。
インドで開催されるのにインド人アーティストが一人もいないのがちょっと感じ悪い気もするが(他の国内のEDM系フェスには、少なからずインド人のDJも出演している)、インドではかつての日本のように、「洋楽のほうが進んでいてカッコイイ」という価値観がまだ根強いので、要はそういうオーディエンスを対象にしたフェスということなのだろう。
(あるいは、オーガナイザーのKygoが、単にインドのDJ/プロデューサーを知らなかったのかもしれない)



Palm Tree Music Festivalとは逆に、インド国内のアーティストに特化したフェスも行われる。
9月2日にムンバイ、9月16日にデリーで開催されるSouth Side Storyは、出演者を南インドのアーティストに限定しているという、非常に面白いイベントだ。


このイベントの特異さを説明するために、一応地図をのっけておきます。
india-map
(出典:https://www.mapsofindia.com/my-india/india/the-new-india-28-states-and-9-union-territories-maps-and-facts


一般的に南インドと言われるのは、タミルナードゥ(タミル語圏)、ケーララ(マラヤーラム語圏)、カルナータカ(カンナダ語圏)、アーンドラ・プラデーシュとテランガーナ(テルグ語圏)の5つの州のこと。
South Side Storyが行われるデリーとムンバイは、同じ国内でも文化や言語体系がまったく異なる北インド文化圏の大都市だ。
いずれもインディーミュージシャンがたくさんいる地域なので、あえて地元アーティストを出さずに、地理的にも文化的にも遠く離れたサウスにこだわった音楽フェスが開催されるというのは非常に珍しい。
古典音楽とかだとあるのかもしれないが、少なくともインディーズ系の音楽では聞いたことがない。
South Side Storyは昨年に続いて2回目の開催だそうで、昨年の様子を見る限り、単なる音楽フェスティバルではなく、伝統芸能や食文化体験(バナナの葉に盛り付ける南インドの定食ミールス)などを含めたイベントらしく、さらに面白そうだ。


デリーやムンバイの人たちにとってはエキゾチックな体験ができて、サウスの出身者にとっては懐かしというところを狙っているのだろう。
参加アーティストもいかにも南インドらしい濃いメンツが揃っているので、何組か動画で紹介したい。


Thaikkudam Bridge "One"


ムンバイでのヘッドライナーは、昨年も出演してアフタームービーにも曲が使われているケーララ州のThaikkudam Bridge.
このケーララ州の観光プロモーションのようなミュージックビデオを見ていただければ分かる通り、彼らは地元の文化を非常に誇りしていて、魚をよく食べる食文化から自分たちの音楽を'fish rock'と称している。


ThirumaLi "Rap Money"

デリーのヘッドライナーは、ケーララのラッパーThirumaLi.
ヒンディー語圏のデリーで、しかもリリックが重要な意味を持つラップで、全く異なる言語系統のマラヤーラム語のラッパーがヘッドライナーを飾ることは、このコンセプトのフェス以外ではまずない。
ほとんどのデリー出身者にとって、マラヤーラム語は理解できないはずで、これはかなり画期的なことだ。
ミュージックビデオを見る限り、ラップのスキルもしっかりしていて、音もかっこいいので、これでパフォーマンスが良ければきっと大いに盛り上がることだろう。
デリー会場は他にもラッパーが多くて、チェンナイ(タミルナードゥ州の州都)のArivuやベンガルールのHanumankindなどが出演する。




Agam "Mist of Capricorn (Manavyalakincharadate) "

ムンバイに出演するベンガルールで2003年に結成されたAgamは、南インドの古典であるカルナーティック音楽を導入したカルナーティック・プログレッシブロックを標榜するバンド。
この曲は18〜19世紀の音楽家でカルナーティックの楽聖の一人とされているティヤーガラージャをもとにしているとのこと。
フジロックで来日したJATAYUでカルナーティック・フュージョンを知った人も多いと思うが、変拍子や複雑なリズムを含んだカルナーティック音楽はプログレッシブ・ロックとの相性も抜群で、その先駆け的な存在であるAgamは、JATAYUのメンバーもインタビューで「カルナーティックとロックの融合に大きな貢献を果たしたバンド」と高く評価している。



AATTAM KALASAMITHI & THEKKINKAADU BAND "Deva Shree Ganesha"



AATAM KALASAMITHI & THEKKINKAADU BANDはケーララの大所帯パーカッション・グループで、同郷ケーララの人力トランスバンド、Shanka Tribeにも似た感じの音像だが、こちらはぐっとインドっぽい要素が強いで、この曲は象頭の神ガネーシャを讃えるタイトルが付けられている。
人数が多すぎて難しいかもしれないが、フジロックとかで来日したら盛り上がるだろうなあ。


ムンバイ、デリーに住んでいる方、この時期に行かれる予定の方、どちらのフェスも、もし参加されたら感想など教えてください。



記事中にもいくつかリンクを貼りましたが、インドのフェス充実ぶりがわかる他の記事も改めてここに貼っておきます。


今年は記事を書かなかったが、いかにもインド的なフェスとしては、色のついた水や粉をぶっかけあいながら春の訪れを祝うお祭り「ホーリー」と一体とフェスなんかも充実している。
これはコロナ禍の真っ只中の2021年に書いた記事(下の方に正常時のフェスを紹介した記事へのリンクもあります)。


バンガロール(ベンガルール)のEchoes of Earthもかなり雰囲気の良さそうな行ってみたいフェスだ。


かと思えば、辺境の地インド北東部にはメタル好きの血が騒いでしまうフェスもある。


インドのなかでもインディーミュージックが盛んな北東部には、かなり奥地でのこんな超インディペンデントなフェスも行われている。
これ、毎年ラインナップも良くてめちゃくちゃ行ってみたいんだよなあ。



国内と海外のアーティストがどちらも出演するNH7 Weekender.




--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」

更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay

Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり



軽刈田 凡平のプロフィールこちらから

2018年の自選おすすめ記事はこちらからどうぞ! 


goshimasayama18 at 00:16|PermalinkComments(0)

2023年07月18日

ベンガル語ヒップホップがどんどんかっこよくなっている! バングラデシュとコルカタのラッパー特集 2023年度版




インディーズ系音楽を扱うインドのメディアをちょくちょくチェックしているのだが、そうしたメディアに掲載されるのは、デリーやムンバイといったヒンディー語圏のアーティストや楽曲が多く、東インドのベンガル語圏(コルカタあたり)はめったに取り上げられない。
(あと南インドの言語で歌うアーティストの情報もあまり掲載されない傾向がある。インドの大まかな言語分布についてはこの地図を見てみてください)



そんなわけで、コルカタあたりのベンガル語のラップについても、こちらから情報を取りにいかないかぎり、なかなかチェックできないわけだが、以前のベンガリラップ特集からはや3年。
ここに来て、ちょっと垢抜けなかったベンガル語ラップが、かなりかっこよくなっていることに気がついた。
しかも、そのかっこよさの質は、例えばインドの言語の最大勢力であるヒンディー語ラップとは、まったく異なる方向性のものなのだ。

比較対象としたヒンディー語ラップに関して言えば、2010年代中頃にストリートラップのムーブメントが発生し、そのシーンは2019年のボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』以降、爆発的な成長を見せている。
20年遅れの90年代USヒップホップ的なスタイルで始まったヒンディー語ストリートラップは、10年足らずの間のトラップやオートチューンやローファイなどの要素を取り入れ、世界のヒップホップのメインストリームに3倍速で追いついている。
今のヒンディー語ラップシーンを代表するMC STΔNやSeedhe Mautを聴けば、彼らがこの時代の世界標準的なサウンドを鳴らしていることが分かるはずだ。

ところが、ベンガル語ラップの発展過程はヒンディー語とは大きく異なる。
2010年代中頃に90年代USヒップホップ的なスタイルで始まったところまではヒンディー語ラップと同様だったものの、その後、積極的に新しい要素を取り入れることなく、今も90年代的なスタイルを核に持ち続けており、進化というよりも深化しているのだ。


前置きが長くなった。
さっそく最近のベンガル語ラップを紹介してみたい。

ベンガル語ラップで真っ先にチェックすべきレーベルが、コルカタのJingata Musicだ。
Jingata Musicはインドにおけるジャジー・ラップの金字塔、Cizzyの"Middle Class Panchali"などをリリースしてきた、コルカタを代表するヒップホップレーベルである。
このレーベルが、最近同じベンガル語圏である隣国バングラデシュのラッパーたちをリリースし始めているのだが、これがかなり良い。

バングラデシュといえば、Jalali Setをはじめとする90年代スタイルのラッパーを多く抱えている国だが(なんてことをチェックしているのは俺だけか…)、バングラデシュよりも少し進んだコルカタからの目線で選ばれたバングラデシュのラッパーたちは、なんだかすごくいい感じなのである。


Shonnashi x The Melodian "Gonna BE Alright"


あごひげ長めのムスリムスタイルのラッパーShonnashiと、スムースなファルセットを聴かせてくれるThe Melodianのコラボレーション。
コルカタのレーベルからのリリースだが、全てバングラデシュの首都ダッカの制作陣によって作られた楽曲のようだ。

Shonnashiのラップは、こんなふうに↓英語混じりのベンガル語(何を言っているのかは分からないが)。

ঠিক ঠাক সব will be fine / যত থাকুক সীমানা wanna cross the line
হোক ভুল its cool তাতে কার কি যায় / প্রতিদিন নোয়া feel এই মনটা চায়

90’s的なヴァイブを持ちながらも、K-Popにも近いようなポップ感覚を備えていてとても今っぽい。
ラッパーのShonnashiと楽曲を手掛けたsleekfreqは、Underrated Bangladeshというクルーに所属しているらしいが、まさにunderrated(過小評価、というより存在自体知られていないのかもしれないが)なバングラデシュのヒップホップシーンにふさわしいクルー名と言える。


Critical Mahmood "Life Goes On"



バングラデシュらしいストリート・スタイルで気を吐くのはCritical Mahmood.
ストリートのリアルを子どもたちとともに訴えるスタイルは、インドでは初期の「ガリーラップ」(ムンバイスタイルのストリートラップ)以降、あまり見かけなくなってしまったが、バングラデシュではまだまだ健在。
インドでもバングラデシュでも、経済成長の一方で、格差のしわ寄せが子どもや弱者に行ってしまう現実は今も変わらない。
このコンシャスネスはバングラデシュのラップシーンの美徳のひとつと言えるだろう。



Critical, GxP, Crown E, Lazy Panda, Shonnashi, UHR, SleekFreq "Bat Ey Ball Ey"



Critical Mahmood, GxP, Crown E, Lazy Panda, Shonnashiら、バングラデシュのラッパー総出演の"Bat Ey Ball Ey"は、どうやら国民的スポーツであるクリケットをテーマにした楽曲。
ムンバイあたりだと、どうせ知らないだろうにメジャーリーグの野球チームのシャツやキャップでキメたラッパーもちらほら見かけるが、バングラデシュでは「クリケットってあんまりヒップホップっぽくないんじゃないか」なんてことは気にせずに、ナショナルチームのユニフォームでマイクリレー!

ムンバイ的なスタイルも嫌いではないが、やっぱりこういう音楽においてはリアルであることがいちばん大事なんじゃないだろうか。
この衒いなく素直な感じ、最高じゃないですか。

ちなみにここまでに紹介した3曲のビートを手掛けたのはすべてsleekfreq.
Jingata Musicからリリースされているバングラデシュのラッパーの曲は軒並み彼が手掛けているようで、シーンのカラーを作るのって、ラップのスタイルだけじゃなくてビートメーカーの存在もかなり大きいんだなあ、というヒップホップ初心者としての感慨を新たにした次第です。

Jingata Music以外にもかっこいい曲はたくさんある。
この"NEW IN DHAKA"のミュージックビデオは、4月にリリースされたのち、現在まで2000万回近く再生されている大ヒット。

Siam Howlader, Mr. Rizan "NEW IN DHAKA"

 
ベンガルの伝統楽器ドタラを使ったビートと会話に近いラップのフロウは、口上っぽい感じもあるが、これはこれでかなりかっこいい。
それにしても、Jingata Musicのミュージックビデオの再生回数が軒並み10万回程度なのに比べると、この曲の人気は文字通り桁違い。
バングラデシュでは、やはりこうした伝統的な要素を持った曲のほうが受け入れられやすいのだろうか。


ここで少しベンガル語圏全体についての話をしてみたい。
バングラデシュとインドの西ベンガル州で話されているベンガル語の話者数は、統計によって差があるが2億5千万人前後いることになっている。
地域別に見ると、ベンガル語話者はインド東部に位置する西ベンガル州が9,000万人強で、バングラデシュが1.7億人弱。

インド東部にあるのに「西ベンガル州」というのは分かりにくいが、それは西ベンガル以東、つまり「東ベンガル」に相当する地域がバングラデシュという別の国になっているためだ。
イギリスから独立するときに、ヒンドゥー教徒が多い西ベンガルはインドの一部となり、ムスリムが多い東ベンガルは、東パキスタンとなったのちに、パキスタンから再び独立してバングラデシュになった。


西ベンガル州の中心都市、コルカタのラッパーたちも、ここ数年でめちゃくちゃかっこよくなってきている。
コルカタを代表するラッパーCizzyの最近のリリースでしびれたのはこの曲。

Cizzy & AayondaB "Number One Fan"


冒頭とアウトロの歌メロ以外は英語ラップだが、このビートといいコード進行といいリリックといい、超エモい。
「自分の最高のファンは自分自身。金や名誉のためじゃなく、自分自身のために音楽を作っているんだ」というメッセージは普遍的で、自身でラップしている通り("Middle Class Panchali")ミドルクラスのアーティストの創作態度としてもっとも誠実なものだろう。
ビートメーカーはAayondaB.
おそらく彼は今コルカタでもっとも勢いのあるビートメーカーで、彼が手掛けた曲はあとでまたちょっと紹介する。

話をCizzyに戻すと、最近の彼はJingata Musicからでなく、完全インディペンデント体制でリリースをしているようだが、その楽曲のクオリティはまったく落ちていない。
コルカタのラッパーShreadeaとAvikと共演したこの曲では、三人ともリラックスした雰囲気ですごい勢いのラップを吐き出している。

Cizzy, Shreader, Avik "Baad De Bhai"


地元で仲間とつるみながらラップスキルの腕比べしてる感じがすごくいい。
ベンガル語ラップはイスラーム圏であるバングラデシュのみならず、コルカタでも女の子が全然出てこないのが特徴で(ムンバイとかデリーのパンジャービー・ラッパーだと、インドで可能な限りのセクシーな女性ダンサーが出てくることがよくある)、このミュージックビデオだと橋のたもとで垢抜けない女の子が二人いっしょにわいわいやってるのがなんだかほほえましい。
この曲のオールドスクールなビートはCizzy自身によるもの。


Cizzyが最高なのは、いつも地元コルカタのことをラップしていることで、タイトルも最高な"Make Calcutta Relevent Again"はローカルなポッドキャストのテーマ曲として作られた曲らしい。
カルカッタは言うまでもなくコルカタの旧名(2001年に改称)で、訳すなら「またコルカタをいい感じにしようぜ」だろうか。


Cizzy "Make Calcutta Relevant Again"


英語とベンガル語で自在に韻をふむフロウもかっこいいが、何より粋なのは彼らが着ているチャイの柄のTシャツだ。


ここで目下コルカタのNo.1ビートメーカーと目されるAayondaBが手がけたCizzy以外の曲をいくつか紹介したい。

WhySir "Macha Public"


曲は1:15頃から。
Cizzyの"Number One Fan"とはうってかわって無骨でヘヴィなビートにWhySirのフロウがいい感じに絡む。
コルカタとはまた違う郊外を映したミュージックビデオがいい感じだ。
西ベンガルのラッパーは、デリーやムンバイと違って、ギャングスタ気取りのコワモテではなくじつに楽しそうにラップしている人が多くて、そこがまたなんか好感度が高い。


 Flame C "DA VINCI"


これはまた違った感じの面白いビートの曲。
このFlame Cというラッパーもまた相当なスキルで、ヒンディー語圏だったらもっと有名になっていても良いはずだが、2年前のこの曲の再生回数はたったの1万回くらい。
ベンガル人、もっとラップを聴くべきだ。

AayondaBはYouTubeチャンネルでは地道にタイプビート(有名アーティストに似せたビート)を発表したりしているが、その再生回数は決して多くはない(数十回とか)。
ヒンディー語圏だったらもっともてはやされて良い才能だと思うが、やはりこうしたところにも都市や地域や言語の格差が出てきてしまうのが、インドの面白いところでもあり、少し悲しいところでもある。

ずいぶん長くなった。
この記事もそろそろ終わりに近づいてきたので、CizzyとAayondaBのコラボレーションをもう1曲紹介したい。

Cizzy "Good Morning, India"


ベンガル語ラップの響きも最高だが、この二人によるポップな英語ラップのエモさはちょっと尋常じゃないな。
"I REP"みたいだって言ったら言い過ぎだろうか。
コルカタをはじめとするインド各地を映した映像も最高にエモい。
それにしても、2年前にリリースされたこの曲の再生回数が3,700回以下って、ほんともっとみんなベンガルのラップを聴くべき!(耳ヲ貸スベキ)


さっきもちょっと書いたが、ベンガル語ラップのシーンは話者数のわりにまだまだ小さくて、相当かっこいい曲でも数十万回くらいしか再生されていなかったりすることが多い。
ヒンディー語でラップされてたら10倍から100倍くらい再生されてもおかしくないクオリティの曲でも、なかなか日の目を浴びない現実があるのだ。


今回はバングラデシュと西ベンガルに分けてラッパーを紹介したが、両地域のヒップホップシーンには、国境を越えた交流が存在している。
上述のようにコルカタのJingata Musicはバングラデシュのラッパーもリリースしているし、雑誌TRANSITのベンガル特殊号(TRANSIT59号 東インド・バングラデシュ 混沌と神秘のベンガルへ)に掲載されているCizzyのインタビュー(インタビュアーはU-zhaanさん)でも、彼はバングラデシュにお気に入りのラッパーがいると語っている。

実際に両地域のラッパーによるコラボレーションも行われている。
コルカタのWhySirは、佐々木美佳監督のドキュメンタリー映画『タゴール・ソングス』にも登場したダッカのラッパーNizam Rabbyと共演していて、プロデューサーはなんとCizzy!

WhySir "Shomoy" ft. Nizam Rabby


宗教の違いや経済格差など、さまざまな理由によって、共通する文化や言語を持ちながらも微妙な関係の西ベンガルとバングラデシュだが、こうしてヒップホップという新しいカルチャーによる交流が進んでいるのだとしたら、こんなに美しいことはない。
ベンガル語ラップシーンについては、またちょくちょく紹介してみたいと思います。



--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」

更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay

Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり



軽刈田 凡平のプロフィールこちらから

2018年の自選おすすめ記事はこちらからどうぞ! 


goshimasayama18 at 20:58|PermalinkComments(0)

2022年07月05日

Sidhu Moose Walaはインドの2Pacだったのか? 知られざるパンジャービー・ギャングスタの世界(その2)



前回の記事では、人気バングラー・ラッパーSidhu Moose Wala射殺事件とその犯人像を通して、パンジャーブの社会で暗躍するギャングたちの実態を紹介した。


その後の報道によると、主犯格とされるLawrence Bishnoiとつながりのある元カバディ選手のギャングスタJaggu Bhagwanpuriaの関与が疑われ始めるなど、捜査の手はさらに広がっているようだ。

Sidhu-Moose-Wala2
Sidhu Moose Wala

今回の記事では、パンジャービー・カルチャーとギャングスタ・ラップの関係、そしてパンジャービー・ギャングのルーツにより深く迫ってみたい。



パンジャービーとギャングスタ・ラップ


Sidhu Moose Walaのみならず、パンジャーブにはある種のヒップホップと親和性が高いラッパーやシンガーが多い。
「ある種のヒップホップ」というのは、今となっては前時代的な感もある「金、力、オンナ、クルマ、暴力、パーティー、名声」といった、マチズモ的な価値観を持ったヒップホップのことだ。

これはステレオタイプ的な話でもあるので話半分で聴いてほしいのだが、インドの中でのパンジャーブ人のイメージというのは、「騒がしくてときに毒舌、パーティー好きで踊り好き、酒飲み(ときにドラッグも)、見せびらかすのが好きで、タフでマッチョ」といったものだそうだ。
端的に言うと、パンジャーブ人はもとからヒップホップな感じの人たちだったのである。
(他にも、大食いとか、バターチキン好きとか、乳製品好きとか、南インド嫌いとか、パンジャーブ人にはいろいろな先入観があるようだが、こうした偏見をパンジャーブの人たちがあまり快く思っていないことには留意したい)

また、パンジャーブ人の多くが信仰するシク教では、男性は信仰を守るための戦士だとされている。
これはシク教の教義が成立した時代に、パンジャーブ地方がイスラーム王朝の侵略に晒されていたために生まれたアイデンティティなのだが、この意識ゆえに、今でもシク教徒たちには軍人になるものが多い。
こうした男らしさや強さへの志向が不良性を帯びると、銃への偏愛やギャングスタ的な価値観へと変容するのだろうか。

彼らは英国統治時代からその武勇を買われて警察官や軍人として重用され、当時のイギリス領だった海外へと渡っていった。
シク教徒はインド全体の人口の2%以下のマイノリティだが(パンジャーブ州に限れば6割程を占めるマジョリティ)、彼らが早くから海外に進出していたために「インド人といえばターバン 」というイメージができ上がった。
独立後も、数多くのシク教徒たちが、よりよい職を求めて、地縁や血縁を頼って外国へと渡っている。
海外に移住してもなお彼らの絆は強く、外国からの送金は、母国に暮らす親族の経済的な支えになっている。

だが、海外に渡れば、パンジャービー/シク教徒はさらなるマイノリティである。
そこでの生活は、夢を追うだけではなく、偏見や差別と戦いながら過酷な労働に耐えるものでもあった。
もともと持っていたマッチョな価値観と移住先の生活の中でのストラグルが、ヒップホップ的なアティテュードと結びついてゆくのは、ごく自然なことだったのかもしれない。

ここでは、ギャングスタ的な要素を多分に含んだパンジャービーたちのミュージックビデオを紹介してみたい。
まずは、この記事の主役であるSidhu Moose Walaから見てみよう。


Sidhu Moose Wala "GOAT"


Sidhuは大学卒業後にカナダのブランプトンという街に渡り、そこでバングラー・ラッパーとしての才能を開花させた。
カナダはとくにパンジャーブ系移民の多い国のひとつだが、このミュージックビデオは、まさにパンジャーブ系国際ギャング団の雰囲気を醸し出している。

そもそも、彼が人気を集めるきっかけとなったこの"So High"からしてこのギャングスタっぷり。


ヒップホップのビートを使い、ヒップホップのファッションに身を包みながらも、シク教徒の誇りであるターバンを巻き、バングラーのスタイルで歌うSidhuは、北アメリカ的ストリートカルチャーとパンジャービーのルーツの最高にクールに融合だった。
この"So High"は、YouTubeでなんと5億再生越えというすさまじい人気を誇っている。
世界中のパンジャービー語の話者数は、約1億2000万人。
パンジャービーたちの中には、ギャング的な価値観を好まない人も多いだろうから、言語的に近いヒンディー語話者数(6億人くらい)を考慮に入れても、彼が圧倒的な支持を受けていたことが分かる。


さっき、パンジャービー・ラップの価値観は「金、力、オンナ、クルマ、暴力、パーティー、名声」と書いた。
同じパンジャービー系でもYo Yo Honey Singhのようなパーティー・ラッパーは、この中で「女、金」の要素が強いが、ギャングスタ系のラッパーたちのミュージックビデオは「暴力」(とくに銃)の割合が圧倒的に高い(直接的な暴力描写はなくても、怖そうな人たちがいっぱい出てくる)。
そんなSidhuが"Me and My Girlfriend"というかわいらしいタイトルの曲をリリースしていたので、どんな曲かチェックしてみたら、ガールフレンドはなんと銃でした。


ちなみにギャングスター系のSidhuらが伝統的なバングラーの歌い方を大事にしているのに対して、パーティー系ラッパーはもっとラテンやEDMっぽいスタイルを取ることが多い。
ここでは趣旨から逸れるので詳しくは書かないが、興味がある人はこのあたりの記事を読んでほしい。
(最近はパンジャーブ系パーティー・ラッパーの本格ヒップホップ化という興味深い現象も起きているのだが、それはまた別の機会に)




次に紹介するのは、Sidhu Moose Walaと人気を二分するDiljit Dosanjh.
曲名はSidhuとおなじく"G.O.A.T.".


Sidhuがストリート・ギャング的な雰囲気だったのに対して、こちらはタキシードに身を包んだマフィアの首領の風格。
ただしDiljitはもともとはギャングスタのイメージで売っているラッパーではないので、この曲以外ではオネーチャンがいっぱい出てくるチャラいミュージックビデオも多い。
この曲も2億回再生という人気っぷりだ。



Karan Aujla ft. YG "Gangsta"


バングラー・ラッパーのKaran Aujlaがギャングスタ・ラップの本場であるL.A.のコンプトン出身のラッパーYG(ちなみに彼のステージネームもYoung Gangstaの略)と共演した、その名もズバリ"Gangsta"では、YGが「ギャングスタ、ギャングスタ」と連呼しまくる。
ローライダーだけでは満足できず、戦闘機の前でラップしているのには笑っちゃうが、この力への志向がインフレーションを起こしているところなんかは非常にヒップホップ的でもある。
億超えの再生回数も珍しくないSidhuやDiljitの前では霞むが、この曲も堂々たる2000万再生。
パンジャービー語のバングラーに海外のラッパーによる英語のラップをフィーチャーするというのはここ数年のトレンドの一つで、ラップが入ったレゲエの曲みたいなつもりで聴くと良いのかもしれない。


カリフォルニア出身のパンジャービーBasi The Rapperは、バングラーではなくヒップホップ的なフロウでラップするスタイル。
"So Hood"


おっかないギャングスタ・ラップのミュージックビデオは多いが、こんなに堂々と銃を持ってたむろしているやつらは他では見たことがない。
本当に銃が好きなんだな、としみじみ思うが、Sidhu射殺事件の後にこういう映像を見ると、これが決して単なる演出ではないのだと背筋が寒くなる。
パンジャーブ人ミュージシャンとギャングとのつながりが、ミュージックビデオのフィクション的な表現だけではなく、リアルなものであることは、前回の記事で書いた通りだ。
Sidhu Moose Walaは、超人気歌手であると同時にギャング団の一員であり、過去に対立組織のメンバーの殺害事件に関わっていたとすら言われている。
そしてその報復として殺されたSidhu襲撃を指示した男の一人は、カナダ在住のパンジャーブ人ギャングスタだったという。




国際的パンジャービー・ギャング団の歴史

バングラー・ラップとギャングスタ的価値観の親和性については、ここまでで十分にお分かりいただけたことと思う。
それでは、Sidhu Moose Wala殺害事件でも暗躍していたとされる、パンジャービー国際ギャング団は、いったいいつ、どのように形成されたのだろうか。

70万人ものパンジャーブ系住民(その多くがシク教徒だ)が暮らすカナダでは、パンジャーブ系ギャングはイタリア系マフィア、中国系マフィアについで3番目の規模の犯罪組織だという。
パンジャービー・ギャングを構成しているのは、おもに移民の2世や3世たちだ。
移民たちが社会に馴染めず犯罪に走るというのは世界中のどこにでもある話だが、パンジャーブ系のギャングスタたちは、もともとは現在のような凶悪極まりないマフィア組織ではなく、路上犯罪などを行う「不良集団」程度の存在だったようだ。
彼らがより危険な「ギャング団」となったきっかけは、1984年に当時のインディラ・ガーンディー首相が軍隊を指揮してシク教徒の聖地「黄金寺院」を攻撃した「ブルースター作戦」だったという。
この作戦は、黄金寺院に立てこもった武装した過激派シク教徒を掃討するための行動だったのだが、シク教徒たちの中には、聖地への攻撃を彼らの信仰全体への冒涜だと受け取ったものも多かった。
インディラ・ガーンディーは、同年10月に、この事件の報復としてシク教徒の護衛に暗殺されている。
首相の暗殺というショッキングな事件を受けて、インド国内ではマジョリティであるヒンドゥー教徒の一部が暴動を起こし、シク教徒を迫害した。

こうした一連の動きは、カナダ在住のパンジャービーたちにも衝撃を与え、彼らのなかにシク教徒の独立国家建国を支持する運動が生まれた。
この運動の資金を得るために、彼らは非合法な組織犯罪に手を染めるようになり、これが、パンジャービー・ギャング興隆につながったのだという。
Sidhuもまたシク教徒による国家建国の支持を表明していたが、彼がこうした主義に傾倒したのもパンジャービー・ギャングの思想からの影響だったのかもしれない。

パンジャービー・ギャングたちはドラッグの売買などで富を得るようになり、やがて人種間の対立やコミュニティ内の抗争を銃によって清算する暴力的な組織へと変容していった。
1990年代には、「史上最も有名なパンジャービー・ギャング」Bindy Johalが、以前のボスであったJimmy Dosanjhが仕向けてきた殺し屋を買収して、Jimmyを返り討ちに殺害するという事件が発生。
この事件ののち、テレビ番組でBindyがJimmyのことを「自分で手を下すことができない臆病者」だと罵る姿が放映されると、Jimmyの弟Ron Dosanjhは「もしBindyが今ここにいるなら眉間を撃って殺す」と応酬。
パンジャービー・ギャングたちの抗争はにわかに注目を集めるようになった。
のちにBindy JohalもRon Dosanjhも銃によって命を落とすことになるのだが、Bindyは生前、自らの死を予見するかのように、「生き急ぎ、若く美しく死ぬ(Live fast, die young, have a good looking corpse)」と自らの哲学を語っていたという。
彼らの暴力的で刹那的な生き方と、非合法な手段で稼いで羽振りよく暮らす姿は、移住先の社会に不満を持つ若者たちの憧れの対象になっていった。

パンジャービー・ギャングたちは、ただの荒くれ者ではなかった。
彼らはインドの故郷の村のスポーツ大会のスポンサーになったり、村の寺院に寄付するなど、慈善行為も熱心に行っていたのだ。
海外で「活躍」して故郷に貢献する彼らの男気に、パンジャーブで暮らす若者たちまでも憧れを抱くのは想像に難くない。
Sidhuのようなギャングスタ・バングラー・ラッパーの存在も、ギャングへの憧憬を喚起する要因のひとつになっているのだろう。
こうして、パンジャービー・ギャング団は、遠く太平洋を越えてカナダとインドに蔓延ることとなった。



Sidhu Moose Walaはインドの2Pacだったのか?

バンクーバーのミュージシャン/ラジオDJのNick Chowliaによると、Sidhu  Moose Walaは「我々の2Pac」だったという。
「我々の」というのは、広く「インドの」という意味ではなく、「パンジャービーにとっての」という意味だろう。

実際にSidhuは11歳のときに初めて2Pacを聴いて以来、ヒップホップやギャングスタ的な生き方に憧れを抱き続けていたのだという。
彼は大学卒業後にカナダに進学し、そこで自らの故郷をレペゼンする'Sidhu Moose Wala'(ムーサの男、Sidhu)という名前で音楽活動を開始した。

2Pacは警官への発砲や敵対するラッパーへの口汚いディスで悪名高いラッパーだが、Sidhuがブランプトンで撮影したこの"Badfella"のミュージックビデオは、2Pacのセンセーショナルさをそのまま引き継いだかのような過激さだ。



暴力的な言動や銃による悲劇的な最期ばかりが注目されがちな2Pacが、じつは人種差別の撤廃や母への感謝をラップする愛情深い人物だった(とも言われている)ように、Sidhuもまた、単なる悪徳の男ではなかった。
彼はカナダでは警察を挑発するミュージックビデオを作りながら、故郷パンジャーブでは慈善活動を熱心に行い、COVID-19の流行時には州警察の啓蒙キャンペーンに協力さえしていた。
彼もまた、パンジャービー・ギャングの流儀に忠実な男だったのだ。

パンジャーブ在住の作家で元ジャーナリストのDaljit Amiは、Sidhuのこうした二面性について「全て一つの人格から来ているものだ」と語っている。
「彼の音楽は、自身の力を誇示するためのものだった。自分の力を主張するために、敵を撃ち殺すこともあれば、チャリティーをすることもある。どちらの場合も、Sidhuは自身の有り余る力を誇示したかった。彼は自身の正義を貫き通す男でいたかったんだ」。


2Pacに憧れたSidhuは、パンジャーブ音楽とトラップ・ビートを融合し、パンジャーブの誇りを過激に表現して2Pacさながらのカリスマ的な人気を得た。
その生き様だけでなく、対立するギャングによって射殺されるという死に様まで2Pacと同じ運命を辿ってしまうとは、皮肉としか言いようがない。

そして死後も、Sidhu Moose Walaは世界中のパンジャービーたちのヒーローとして、彼が憧れた2Pacのように伝説化してゆくのだろう。
海外に暮らすパンジャービーたちにとっては、自らのルーツに対する誇りを喚起し、社会の不条理に対して強烈な異議を申し立てた人物として。
そして母国で暮らすパンジャービーたちにとっては、海外のクールなカウンターカルチャーと彼らのルーツをつなぎ、故郷に名実ともに貢献した人物として。

ボリウッドと裏社会のつながりがたびたび指摘されていることからも分かるように、インドでは、ギャング的な組織の話題は決して珍しくはない。
しかし、遠く海を隔てたカナダとも繋がり、さらにはヒップホップカルチャーともリンクした犯罪集団というのは、いかにもパンジャービーらしいギャングのあり方だと言える。
犯罪組織である彼らをむやみに称賛するつもりはないが、彼らを批判する前に、彼らを生み出した社会の闇にこそ向き合うべきだろう。
彼らの社会的な功罪はともかく、インドの音楽シーンにとっては、Sidhuの死はあまりにも大きな損失だった。
Sidhuという大きすぎる存在を失った今後、パンジャービーたちのギャングスタ・ラップは、今後どう変化してゆくのだろうか。

あらためて、パンジャーブが生んだ偉大な才能の死を悼む。
R.I.P. Sidhu Moose Wala.




参考サイト:
https://theprint.in/opinion/security-code/khalistan-on-the-pacific-how-the-gangs-of-punjab-were-born-in-canada/980176/

https://theprint.in/india/crime-cult-status-young-death-moose-wala-killing-brings-focus-on-punjabs-brutal-gang-feuds/977220/

https://www.ndtv.com/india-news/sidhu-moose-wala-murder-cctv-of-man-who-took-selfie-with-singer-probed-3041951

https://www.indiatoday.in/india/story/goldy-brar-sidhu-moose-wala-killed-punjab-singer-politician-1956263-2022-05-31

https://en.wikipedia.org/wiki/Indo-Canadian_organized_crime

https://www.ndtv.com/india-news/how-a-small-clue-helped-cops-crack-sidhu-moose-wala-murder-case-3075400

https://www.tribuneindia.com/news/punjab/punjab-gang-wars-means-a-bullet-for-a-bullet-399790

https://theprint.in/india/who-is-lawrence-bishnoi-farmers-son-who-threatened-salman-now-in-news-for-moose-wala-killing/982580/

https://www.hindustantimes.com/india-news/shooter-suspected-to-be-linked-to-moose-wala-killing-held-in-pune-report-101655081211967.html

https://www.indiatoday.in/india/story/sidhu-moose-wala-murder-lawrence-bishnoi-tihar-jail-goldy-brar-1963093-2022-06-16

https://www.hindustantimes.com/india-news/sidhu-moose-wala-murder-2-main-shooters-arrested-says-delhi-police-101655722467567.html

https://www.bbc.com/news/world-asia-india-61862038

https://www.cbc.ca/news/entertainment/sidhu-moose-wala-music-industry-1.6476578

https://timesofindia.indiatimes.com/city/delhi/sidhu-moose-wala-murder-punjab-police-arrests-gangster-jagdeep-bhagwanpuria-from-delhi/articleshow/92545276.cms

https://en.wikipedia.org/wiki/Bindy_Johal

https://www.theglobeandmail.com/canada/article-punjabi-canadian-rap-star-sidhu-moose-wala-was-our-tupac/

https://rollingstonejapan.com/articles/detail/27167


--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay

Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり



軽刈田 凡平のプロフィールこちらから

2018年の自選おすすめ記事はこちらからどうぞ! 
2019年の自選おすすめ記事はこちらから
2020年の軽刈田's Top10はこちらから
2021年の軽刈田's Top10はこちらから

ジャンル別記事一覧!
 

goshimasayama18 at 20:25|PermalinkComments(0)

2022年06月29日

Sidhu Moose Walaはインドの2Pacだったのか? 知られざるパンジャービー・ギャングスタの世界(その1)



言うまでもないことだが、ひとつの文化やコミュニティについて書くとき、どこに焦点を当てるかによって、読者が受ける印象は全く異なったものになる。
なぜこんなあたりまえのことを最初にことわっているのかというと、これから、先日のSidhu Moose Wala射殺事件以降、インド国内でにわかに注目を集めているパンジャーブ系国際ギャング組織について書こうとしているからだ。
日本ではあまりなじみのないパンジャーブの文化やシク教を扱うにあたって、特異な先入観や暴力的な印象を与えてしまうのは本意ではない。
私の知る限り、インドで出会ったシク教徒はいい人ばかりだったし、ただでさえターバンという分かりやすい特徴があるがゆえに、海外で好奇の目で見られがちな彼らに悪い印象を与える意図は、あたり前だがまったくない。
だが、どんな文化にも善い人もいれば悪い人がいて、慈善家もいれば犯罪者もいるというのもまた真実だ。
「○○人はみんな素朴でやさしい」みたいな見方をするのも、それはそれで理想化したエキゾチシズムの押し付けではないかと思う。
治安が良いとされる日本にも暴力団がいるように、これから書く内容も、パンジャービーたちの社会における、ある一部を照らした真実なのである。
もちろん、それはあくまで一部であって、全部ではないことは言うまでもない。


ギャングスタ・ラップ・イン・インディア?

sidhumoosewala_facebook


5月29日に、人気シンガー/ラッパーのSidhu Moose Walaが彼の故郷に程近いパンジャーブ州マンサ郡で射殺されたという衝撃的なニュースは、インドの音楽シーンを震撼させた。
遠く離れた日本でインドのヒップホップをdigしている自分にとっても、あまりにもショックな出来事だった。




世界中のあらゆる国のヒップホップシーンがそうであるように、インドのヒップホップシーンにも、ある種の「不良性」があるのは確かだ。
他のラッパーを口汚く罵るビーフも盛んだし、いまやインドを代表するラップスターとなったDIVINEは、かつてドラッグの売人だったことを公言している。
デリーのシク教徒ラッパーPrabh Deepは、自らが育った環境にはびこる暴力や犯罪をテーマにしたミュージックビデオを作っているし、ムンバイの多言語ラップグループDopeadeliczのテーマは大麻の解禁だ。

それでもインドのヒップホップシーンは、90年代にアメリカで勃発したヒップホップ東西抗争のようなリアルなギャングの犯罪とは無縁だと感じていた。
例えば、ラージャスターンのラップデュオJ19 Squadは、仲間と銃を打ちまくる過激なミュージックビデオを作っているが、「これってあなたたちのリアルな生活なの?」と尋ねたところ、慎重に言葉を選びながら「俺たちはもっと普通に暮らしているよ。これがフィクションなのか実際に起きうることなのかっていうのは言えないな。俺たちはとても慎ましくて親切だけど、もし誰かが楯突こうっていうんなら、痛い目に合うことになる」と、ギャング的な生活が必ずしもリアルではないことをほのめかしていた。

インドにおけるヒップホップの地域抗争といえば、2019年にケーララ州のラップグループStreet Academics(ケーララの言語であるマラヤーラム語でラップする)がベンガルールでライブをしたときに、地元言語のカンナダ語の曲を求める観客たちによって無理やりステージから降ろされてしまうという事件があった。
しかしこのときも、ライブハウスのスタッフがステージの電気を落としてしまうという、まあまあ陰湿ではあるが、暴力的ではまったくない顛末だったようだ。
そんなわけで、インドのヒップホップシーンは過度の暴力性や銃犯罪とは無縁なものと思っていたのだ。
ところが、インドで最も人気のある若手ラッパーが殺害される事件が起きてしまった。
今回の記事では2回に分けてその背景を探る。


何度も書いていることだが、インドのラップには2つのルーツがある。
ひとつめは、古くから海外に渡っていたおもにシク教徒のパンジャーブ系移民が、欧米のダンスミュージックと自身の伝統音楽である「バングラー」を融合させて生まれたバングラー・ラップ。
これはインド社会ではラップとして扱われることが多いが、どちらかというとバングラーのコブシの効いた演歌みたいな歌い回しが目立つスタイルの音楽である。
ふたつめは、2010年代以降にインターネット経由で本場アメリカのラップの影響を受けた若者たちによって形成された、より「ヒップホップ的」なラップだ。

Sidhu Moose Walaは前者のバングラー・ラップに属するラッパーだが、彼はバングラーのフロウに本格的なヒップホップのビートを導入した革新的なスタイルで人気を博していた。

後者の「新しい」ヒップホップに関して言えば、そこに属するラッパーたちは、ネット環境が持てる程度には裕福で、英語のラップが理解できるだけの語学力がある層が中心ということになる。
先に名前を挙げたDIVINE, Prabh Deep, Dopeadelicz, J19 Squad, Street Academicsはこちらのシーンに位置づけられる。
端的に言えば、カーストや生まれた場所によるハンディキャップや苦悩はあるにせよ、彼らは決して社会の最底辺の存在というわけではない。
彼らの痛みを軽視するつもりはないが、家すらなく路上で生活する人々や、ヒップホップという存在を知ることすらできない、電気も水道もない地方で暮らす人々と比べれば、「比較的」ましな状況であることは否定できないだろう。
つまり、インドの「新しいヒップホップ」シーンは、基本的には教養と、それに基づくコンシャスさを備えていたアーティストによって形成されていたと言える。


では、バングラー・ラップのシーンに所属していたSidhuの周辺はどうだったのだろうか。

今回のSidhu Moose Wala射殺事件は、30発もの銃弾を打ち込むという手口といい、カナダを拠点とする国際的ギャング団が関わっているという報道といい、本場アメリカのギャングスタ・ラッパー(それも抗争がいちばんヤバかった90年代の)顔負けの凶悪っぷりだ。
現地では、Sidhuは彼が常日頃語っていた「銃によって生き、銃によって死ね(live by the gun and die by the gun)」というアティテュードに殉じたという見方もされているという。

Sidhuが銃に執着していたということは知っていたが、それはあくまでもスタイルというか、表現の仕方としてギャングを模倣していただけだと思っていた。
(ちなみにこの記事の最初のほうに上げた彼の写真は、ことさら銃のイメージを持たせるものを探してきたわけではなく、本人のFacebookのプロフィール写真を拝借してきたものだ)
 

バングラー・ラップのシーンには、2015年頃から勃興した、コンシャスでそれなりに平和的なストリートラップとは別の、何か暴力的な背景が存在しているのだろうか?
いったい、Sidhu Moose Walaのまわりでは何が起きていたのだろうか?



事件の背景

これまでに分かっているSidhu Moose Wala殺害事件の背景を辿ってみたい。
5月29日、SidhuはSUVを運転しているところを複数の男たちに襲撃され、30発もの銃弾を受けて死亡した。
(彼が受けた銃弾の数は報道によってばらつきがあるが、30発近い銃撃がされたことは間違いないようだ)
おりしもパンジャーブでは、1984年に黄金寺院(シク教の聖地)に立て篭もった過激派シク教徒を政府軍が武力攻撃した「ブルースター作戦」の記念日を控えた警備体制が敷かれており、著名人である彼もまた警護の対象となっていた。
だが、その日に限って警備は手薄だった。
報道によると、犯人グループは、銃撃の少し前にファンを装って車に近づき、Sidhuとセルフィーを撮影していたという。
護衛がなく、車両が防弾仕様でもないことを確認した一味の男は、犯行が行える状況であることを仲間の銃撃犯に連絡。
そして凶行が行われた。

捜査は難航するかに思われたが、犯人が乗り捨てた車の中にあったガソリンスタンドのレシートから、防犯カメラの映像を辿り、犯行グループが特定された。
媒体によって情報が異なるが、これまでに2名ないし3名の犯人が逮捕されているようだ。

この犯行に当初から関わっていると噂されていたのが、カナダ在住のGoldy Brarと、現在デリーのティハール刑務所に服役中のLawrence Bishnoiだ。
いずれもパンジャーブ系ギャングとされる男である。

LawrenceBishnoigoldy_brar
Lawrence Bishnoi(黒いフード付きダウンジャケット)とGoldy Brar(赤いバンダナ)

Goldy BrarはSidhuが亡くなってまもなく、Facebookに犯行声明とも取れるコメントを投稿していた。
曰く、昨年パンジャーブで殺害された仲間のVicky Middhukheraと弟のGurlal Brarの復讐として、Sidhuを殺したとのこと。

その犯行を直接指示していたのが、服役中のLawrence Bishnoiだったようだ。
Bishnoiは当初関与を否定していたものの、今では主犯であることを認めているという報道もある。
刑務所内からどうやって犯行を指示したのかという疑問は残るが、大物ギャングともなれば、いくらでも手段はあるのだろう。

一部報道によると、今回の事件の背景には、Bishnoiのグループと対立するギャング団との抗争があったようだ。
SidhuはLucky Patialという男が率いるBishnoiの対立組織と関係があり、なんと彼のマネージャーにVicky Middhukhera, Gurlal Brarの殺害を指示していた(!)というのだ。
それだけでなく、Sidhuは歌詞でも対立組織を挑発していたというから、まさにアメリカのギャングスタ・ラッパーを地で行くような話だ。(パンジャービー語のリリックは分からないので真偽の程は不明)

主犯格の二人であるLawrence BishnoiとGoldy Brarの交際は学生時代に始まった。
今では700人を超えるギャング団のボスとされるBishnoiは、農家の息子として生まれ、カレッジ(インドではUniversityの前の過程にあたる短大的なものを指すことが多い)時代は優秀な陸上選手だった。
続いて進学したパンジャーブ大学(Punjab University)では、学生会長まで務めていたというから、目立った学生だったのだろう。
だが、日本では優等生か左翼思想のイメージがあるこのポジションは、ここでは犯罪の道への入り口だったようだ。
彼はパンジャーブ大学の学生会選挙で、友人Brarの対立候補を殺害(!)した罪で逮捕され、2ヶ月後に保釈されている。
保釈後も彼は落選したBrarの復讐のために、当選者の弟に発砲したり、学生会選挙で暴行騒ぎを起こしたりしているようで、パンジャーブの大学生活、いくらなんでも荒れすぎじゃないだろうか…。
やがて大学を離れたBishnoiは、その後もパンジャーブ州内で政治絡みの暴力犯罪を何件か犯している。
彼は政治的にはシク教徒の政党である「アカーリー党」と関係が深いようだが、一方のSidhuは全国政党の「国民会議派」から州議会選挙に出馬したことがある。
彼らの対立には政治が関係しているのかもしれないし、またどの政党も多かれ少なかれ黒に近いグレーの部分があるのかもしれない。

その後Bishnoiは外国製武器所持の疑いで逮捕されるのだが、有罪となって収監された後も、彼の権力はますます強まっていった。
彼は刑務所内から恐喝や有名人への身代金要求などに関わったと言われていて、その中にはあのボリウッドの大スター、Salman Khanも含まれているという。
もはやここまでくるとヒップホップ的なストリートギャングというよりも、ほとんどゴッドファーザーみたいなマフィアの世界である。

長くなってしまったので、今回はここまで。
次回はパンジャービー・ギャングスタラップの世界と国際的パンジャービー・ギャング団の歴史に迫りたい。




参考サイト:
https://theprint.in/opinion/security-code/khalistan-on-the-pacific-how-the-gangs-of-punjab-were-born-in-canada/980176/

https://theprint.in/india/crime-cult-status-young-death-moose-wala-killing-brings-focus-on-punjabs-brutal-gang-feuds/977220/

https://www.ndtv.com/india-news/sidhu-moose-wala-murder-cctv-of-man-who-took-selfie-with-singer-probed-3041951

https://www.indiatoday.in/india/story/goldy-brar-sidhu-moose-wala-killed-punjab-singer-politician-1956263-2022-05-31

https://en.wikipedia.org/wiki/Indo-Canadian_organized_crime

https://www.ndtv.com/india-news/how-a-small-clue-helped-cops-crack-sidhu-moose-wala-murder-case-3075400

https://www.tribuneindia.com/news/punjab/punjab-gang-wars-means-a-bullet-for-a-bullet-399790

https://theprint.in/india/who-is-lawrence-bishnoi-farmers-son-who-threatened-salman-now-in-news-for-moose-wala-killing/982580/

https://www.hindustantimes.com/india-news/shooter-suspected-to-be-linked-to-moose-wala-killing-held-in-pune-report-101655081211967.html

https://www.indiatoday.in/india/story/sidhu-moose-wala-murder-lawrence-bishnoi-tihar-jail-goldy-brar-1963093-2022-06-16

https://www.hindustantimes.com/india-news/sidhu-moose-wala-murder-2-main-shooters-arrested-says-delhi-police-101655722467567.html

https://www.bbc.com/news/world-asia-india-61862038

https://www.cbc.ca/news/entertainment/sidhu-moose-wala-music-industry-1.6476578





--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay

Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり



軽刈田 凡平のプロフィールこちらから

2018年の自選おすすめ記事はこちらからどうぞ! 
2019年の自選おすすめ記事はこちらから
2020年の軽刈田's Top10はこちらから
2021年の軽刈田's Top10はこちらから

ジャンル別記事一覧!



goshimasayama18 at 22:06|PermalinkComments(0)

2022年05月28日

北チェンナイはタミルのブロンクスかニューオーリンズか Casteless Collectiveの熱すぎるリズムそしてメッセージ



「カースト」のことを書くのはいろいろな意味で気が重いのだが、今回は、インドが持つ最大の負の遺産であるカースト制度に真っ向からプロテストを訴えているバンド、その名もCasteless Collectiveを紹介したい。
CastelessCollective


カーストについて語るのは非常にやっかいだ。
カーストがどのような意味を持つかは、その人が暮らしている環境やコミュニティによって大きく異なるからだ。
海外や都市部で「先進的な」暮らしをしているインド人のなかには「カースト差別はすでに過去のもの」という意見を持つ人もいる。
私は1990年代にすでにそういう意見の人に会ったことがあるのだが、その人はインドの印象を良くしたいとかではなく、心からそう思っているふうだった。
彼にとっては、それが「真実」だったのだろう。
だが、インドの田舎や保守的なエリアに生まれた人にとっては、カーストの影響を受けずに育つことは難しい。(その結果が差別意識であれ、問題意識であれ)

日本人には理解が難しい「カースト差別」をごく単純に説明すると、伝統的な世襲制職業コミュニティ(「ジャーティ」と呼ばれる)の「清浄」と「ケガレ」の感覚に基づく差別と言えるだろうか。
カーストの階層のなかでは、司祭階級にルーツを持つバラモン(ブラーミン)がもっとも清浄であるとされ、死(葬儀、と畜など)や汚れ(清掃、洗濯など)を扱う者たちは、カースト枠外の最下層の存在とされてきた。
最下層とされた人々は、ケガレが移るという理由で、カースト内の人々と触れたり、食事をともにしたり、視界に入ることすら禁じられ、長い間、非人間的な差別を受けてきた。(「不可触民」と呼ばれて蔑視されてきた彼らは、今では「抑圧されたもの」を意味する「ダリット」と称されることが多い)

今なお深刻なカースト差別の最悪な形のひとつが「名誉殺人」だ。
これは、低カーストの男性と交際している高位カーストの女性が「一族の名誉を守るため」という理由で親族から殺されてしまうという恐ろしい犯罪で、池亀彩著『インド残酷物語 世界一たくましい民』によると、2014〜16年の3年間で、タミル・ナードゥ州だけで92件もの名誉殺人が起きているという。
その被害者の8割がカースト・ヒンドゥー(ダリット以外のヒンドゥー教徒)の女性で、残りの2割は相手のダリットの男性だ。
これはあくまでも氷山の一角で、同じ時期に発生した名誉殺人の疑いのある不審死まで含めると、タミルナードゥ州内だけでも174件にものぼる。
インド全体で考えれば、この数字は何倍にも膨れ上がるはずだ。
ビリー・ホリデイの『奇妙な果実(A Strange Fruits)』は、リンチを受けて殺され、木に吊るされた黒人のことを歌った曲だが、インドではいまだに同じようなことが行われているのだ。

私がインドの社会や音楽シーンに興味を持ち続ける大きな理由のひとつは、こうした差別や格差に対して、音楽がどんな役割を果たせるか見届けたいという思いがあるからだ。

20世紀前半から、アメリカの黒人たちは、独自の文化をルーツとした素晴らしい音楽を生み出し、差別や過酷な環境に生きる彼ら自身をエンパワーしてきた。
ブルース、ソウル、ファンク、そしてヒップホップ。
1960年代の公民権運動から2010年代のブラック・ライヴス・マターまで、その音楽が社会のなかで大きな役割を担ってきたことは衆知のとおりだ。
泥水から美しい花を咲かせるように、彼らの音楽はその普遍的な魅力で、今日のポピュラーミュージックの礎となってきた。

いまも苛烈な差別が続くインドでも、音楽は社会の中で大きな役割を持つことができるのではないか?
あるいは、過酷な環境のなかから、新たに力と普遍的魅力を持った音楽が生まれてくるのではないか?
カーストに起因する問題が全て音楽で解決すると考えるとしたら、それはあまりにも能天気すぎるが、このブログでも何度も書いているように、実際にインドでもすでに音楽によるエンパワーメントは始まっている。

前置きが長くなったが、今回紹介するCasteless Collectiveはまさにその好例だ。
インド南部、タミルナードゥ州の州都チェンナイで結成されたCasteless Collecriveは、メンバー全員がダリット出身。
このバンドは、同じくダリット出身の映画監督Pa. Ranjitが設立したニーラム文化センター(Neelam Panpaatu Maiyam)に集まる若者たちによって、2017年に結成された。


(Pa.Ranjitがメガホンを取り、タミル映画界のスーパースター、ラジニカーントが主演した映画"Kaala"については、この記事で詳しく紹介している。格差や差別やナショナリズムへの抗議と怒りに満ちた素晴らしい作品だ)


Casteless Collectiveは12〜19人のメンバーで構成されたバンドだ(記事や媒体により人数の表記が異なっている)。
その中には、ドラムやギター、男女のヴォーカルやラッパーといった馴染みのあるパートに加えて、ガーナ(Gaana)と呼ばれるタミルの伝統音楽のミュージシャンたちも含まれている。
Casteless Collectiveは、ファンクやブルースとガーナをかけ合わせたフュージョン・ロックバンドなのだ。


「ガーナ」とは、もともと彼らが拠点とする北チェンナイの葬儀でダリットたちが演奏する音楽だった。
(北インドのヒンディー語などの言語では、'Gaana'は歌全般を意味する言葉だが、少なくとも北チェンナイのタミル語では、Gaanaというとこの葬送にルーツをもつ音楽を指すようだ)


2022.7.6追記:タミル文化に詳しい方から、「ガーナ」は必ずしも葬儀で演奏される音楽でも被差別階級の音楽でもなく、ストリートミュージック全般を指すのではないか、というご指摘をいただいた。私は南インドの文化にはまったく詳しくないので、これはおそらく私に誤解があり、その方の指摘が正しいものと思う。北チェンナイ発祥の「ガーナ」は、その発端には被差別階級や葬儀との関連があったかもしれないが、少なくとも現在はそうしたテーマとは関係なく親しまれている音楽であるようだ。私が書いた内容は、間違いではなくても、例えば、現代のポップミュージックを紹介するときに「R&Bは過酷な黒人差別の中から生まれた音楽だ」と書くくらいに唐突だった可能性がある。ただ、以下のVICE Asiaのインタビューを見れば分かる通り、Casteless Collectiveの音楽を紹介する文脈では、ガーナはやはり被差別の苦しみから生まれた音楽と理解して間違いなさそうなので、こうした現状をふまえた上で記事を読んでもらえるとありがたいです。



20世期初頭に南インド各地から仕事を求めてチェンナイ北部にやってきたダリットたちが生み出したガーナは、葬送音楽らしからぬ派手なパーカッションとリズミカルな歌が特徴の音楽だ。
1980年代頃からポップスとしても消費されはじめ、今ではポピュラー音楽のメインストリームである映画音楽にも使われるようになった。
まるでニューオーリンズのジャズ葬から生まれたセカンドラインのようなエピソードだ。

このニューオーリンズのような音楽文化を生んだ北チェンナイは、南インド各地から来た貧しい労働者が数多く暮らす地域でもあり、「治安が悪く犯罪が多発」というヒップホップ発祥の地、ニューヨークのブロンクスみたいなイメージを持たれている場所でもある。

(ニューオーリンズで黒人たちの葬送のための音楽として生まれたセカンドラインは、ジャズやファンクのいちジャンルとなり、ポップミュージックにも導入さている。ヒップホップ創成期のブロンクスはカリブ地域から渡った黒人やヒスパニック系の移民が多く暮らす犯罪多発地域だった)

こうした文化的背景のせいか、Casteless Collectiveの音楽は、音楽性のみならず、その精神性においても、アメリカのブラックミュージックのような力強いメッセージを持った非常に面白いフュージョンになっているのだ。
「北チェンナイ」を意味する"Vada Chennai"は、地元をレペゼンしつつ抑圧に対する怒りを訴える、彼らの醍醐味が存分に味わえる曲だ。



本当のチェンナイ北部を知っているのか?
奴らは美しいものを全て破壊し、真実を埋めてしまった
俺たちは奴らに奪われた土地を取り戻す必要がある
さあ、戦おう、第二の独立のために


1947年にイギリスからの独立を果たしてから75年の歳月が過ぎたが、ダリットの人々にとっては、自身の尊厳を取り戻す本当の意味での「独立」はいまだに達成されていないと訴えることからこの曲は始まる。

このいかにもインドらしい(そしてタミルらしい)プロテスト音楽を奏でる彼らのことを手っ取り早く彼らを知るには、Vice Asiaが作ったこのドキュメンタリーが最適だ。


彼らの言葉に耳を傾ければ、その思想と理想が理解できるだろう。

「Casteless Collectiveのサウンドはチェンナイの土壌から生まれた音だ。チェンナイの血と汗なんだ。Casteless Collectiveは、人々が抱えている問題や苦労や必要なものを伝え、平等をもたらすために存在している。大事なのはカーストに関する全ての考えを根絶すること。カーストのない社会にすることだよ。それがCasteless Collectiveなんだ」

インドには、明確に思想を表明しているインディーミュージシャンも少なくないが(例えばSka VengersのTaru Dalmia)、考えてみれば彼らほどその思想を直接的にバンド名に冠したアーティストは他に思いつかない。
彼らのソウルミュージックでもある「ガーナ」について語っている内容も興味深い。

「ガーナは俺たちの心の痛みから生まれる音楽だ。ガーナのミュージシャンたちは長い間搾取されてきた。ガーナは理論的なものじゃないから、学ぶことはできない。フィーリングなんだ」
「ガーナはブルースみたいなものだ。タミルのブルースさ。ヒップホップが持つ痛みと同じようなところから生まれた。ヒップホップとガーナを融合させるのは難しかったけど、メンバーのArivuはラップもできて、ガーナ音楽も歌えたのさ」

やはりというべきか、彼らとガーナの関係は、アフリカ系アメリカ人と黒人音楽の関係になぞらえて理解することができるもののようだ。
ブルースのように、やるせない境遇の憂鬱をぶっとばすためのものであり、ヒップホップのようにそこにメッセージを乗せて伝えることもできる。
彼らがアメリカの音楽に影響を受けていることも確かだろうが、似たような環境で生まれた音楽であるがゆえのシンクロニシティーがあるのだろう。
ちなみにアメリカ合衆国におけるアフリカ系市民の割合は12.6%だそうだが、インドのダリットの割合は16.6%とされている。
とくに地方においては、インターネットや電力へのアクセスすらままならないダリットも多く、根深い社会構造的な問題からそのエンパワーメントは容易ではないが、人口規模を考えれば、彼らの生み出すブルース/ヒップホップ的な音楽がインドで大きなうねりを生み出すことも夢ではないのかもしれない。

今度は、ラッパーであるArivuの言葉に注目してみよう。

「祖父たちがよく話していたよ。俺たちには土地なんてなかったんだ。人の家に表玄関から入ることも許されなかったし、コップから水を飲むことも許されなかった。何千年もそんなことが続いているんだ。俺は大学で勉強して、カーストの抑圧がいかに大きいものかを学んだ。今でも差別は続いている。ここじゃ人々は土地なんてもっていない。手でゴミを拾っている人たちの子供は、同じ仕事をするしかない。カーストは目に見えないかもしれない。居心地の良い場所でこの話を聞いている人は、きっと先祖が土地持ちかなんかで、いろんな人を抑圧してきたんだろうよ。私立の学校やインターナショナル・スクールに行ってる奴らが『カーストなんてもうない』なんて言うのは馬鹿げているよ」

冒頭に書いたように、カーストをめぐる状況はインドでもさまざまだが、チェンナイ北部のダリット出身である彼のこの発言には痛みをともなうリアリティがある。

「俺はストリートのリアルを伝えるアーティストになりたかった。俺は大学に入ってから、詩を書くようになった。歌を通して、自分の痛みを表現したかったんだ。そうしたら友達が『まるでラップみたいだな。続けたらラッパーになれるよ』と言ってくれた。ラップシーンに入ってから、ラップの歴史を知ったよ。抑圧に対する声だということをね。そのことを知ってすごく嬉しかった。よし、ラップを通して俺たちの生活を伝えてみよう、って思った」

ヒップホップというカルチャー、ラップというアートフォームの普遍性を感じるエピソードだ。
彼らのこうした主張は、その楽曲に色濃く反映されている。

"Jaibhim Anthem"は、ダリット解放運動の活動家であり、インド憲法を起草した法学者・政治家でもあるビームラーオ・アンベードカル(1891−1956)を称える歌。


俺の話をちゃんと聞けばわかるはずさ
この国はカーストの偏見に溢れている
俺たちは学校にも入れてもらえないし、寺院も魂を救ってくれない
道路も歩けないし、殺されることだってある
何千年もこんなことが続いてきた
変わったというけれど、だれが保証してくれるんだ?
歴史を振り返ってみれば、誰が俺たちのストーリーを変えてくれたか分かるだろう
ジャイ・ビーム 声を挙げよう カーストなんていらない 喜びの声を



アンベードカルは晩年に50万人のダリットたちを率いて、カースト差別の根源であるヒンドゥー教と訣別し、仏教徒に改修した、インドにおける仏教復興運動の祖でもある。
こうした経緯から平等主義に比重を置くことが多い彼らは、新仏教(Neo-Buddhist)と呼ばれることも多いが、この名称は結局彼らの出自に注目したものだとして、必ずしも歓迎されている呼び方ではない。
「ジャイ・ビーム」の叫びは、現代まで続くダリット解放運動の父であるアンベードカルへの共感とリスペクトを表す合言葉であり、平等や権利を訴える場面で広く使われている。
(前述の映画"Kaala"やSka VengersのTaru Dalmiaを取り上げたドキュメンタリーでもこの言葉を唱えるシーンがある。詳しくはリンク先の記事を参照)

長い間被差別階級に甘んじてきたダリットたちは、公立学校への入学や公務員への就職の際に、一定の枠が与えられている。
こうしたクォータ制度(インドではreservation=留保制度と呼ばれることが多い)に対する彼らのステートメントがこの曲だ。



お前らの先祖は俺たちの先祖を虐げてきた
だから俺たちにクォータ制度が割り当てられているんだろ?
欲しいものをいつも手に入れてきたからって威張るなよ
俺たちは先祖とは違う、俺たちはもうおとなしくしないからな

(冒頭の部分。原語はタミル語)

ヘヴィロック的なサウンドに乗せて歌われるメッセージはまるでボブ・マーリーのような熱いプロテストだ。
留保制度は様々な問題をはらんでいて、この制度で高等教育に進学したダリットの学生が学業についていけずドロップアウトしてしまうこともあり、また上位カーストの学生が逆差別だと抗議の自殺をするなど、けっして万能の解決策ではない。
だが、それでもこの制度がインド社会の歴史的負債とも言える格差是正に大きな役割を果たしてきたことは間違いない。
そうした批判もふまえた上での主張が、この"Quota"だというわけだ。


Arivuはソロのラッパーとしてもバンドと同様のメッセージを発信している。
ビートメーカーのofROとタッグを組んだ"Anti Indian"もまた強烈な一曲。




なんだって?俺がアンチ・インディアンだっていうのか?
なんだって?俺はただタミル人として投票しているだけ
俺はあんたみたいなただの人間さ

なのに俺の夢も希望も潰されてしまった
目を閉じて俺の話を聞いてくれ
おまえは俺の土地を滅ぼし 俺の家を燃やそうとした
おまえは俺たちの森に戦争を持ち込んだ
歴史は偽りに満ちている
おまえは俺を生贄にして 俺の国を滅ぼした 数十万もの人々だ
それでも俺はおまえたちと一緒になった
俺の夢をおまえが叶えてくれることを望んでいた
俺はひとつになることを望んだが おまえは俺たちの分断が続くことを望んでいる
言語や宗教や人種や生まれによる分断のことさ
教育で分断し 見えない線で分断し 肌の色で分断する
俺の土地は自分の血で血まみれだ
この戦いは俺たちの世代でもまだ続いている
おまえに俺の痛みは分からない


"Anti Indian"は、日本で言うと「反日」とか「売国」に近いようなニュアンスの言葉だと考えてよいだろう。
チェンナイに暮らす彼らは、カースト差別とは別に、北インドの南インドの構造的格差の当事者でもある。
インドという国は、伝統的に首都デリーを中心とした北インドのヒンディー語圏のアーリアの人々が支配的であり、彼らとは全く別の言語体系・人種的ルーツを持つドラヴィダ系の南インド人はなにかと低く見られがちだ。
こうした状況のなかで、チェンナイを州都とするタミルナードゥ州は、とくに自らの文化への誇りが強い土地であり、北インド的な価値観の押し付けに対する強い対抗意識を持っている。
だが、タミル的なアイデンティティというのものも一枚岩ではなく、例えばそれはタミルの中の上位カーストの価値観に依拠していることもあるから一筋縄ではいかない。
例えば、カースト・ヒンドゥーのタミル人たちは、自分たちの牛を誇りとして大切にする文化を持っているが(たとえばこの記事を参照「タミルのラッパーのミュージックビデオがほぼインド映画だった話 Hiphop Tamizhaとタミルの牛追い祭り」)、ダリットたちにとって牛は貴重な食材のひとつである。

"Anti Indian"のミュージックビデオで、Arivuはライブの途中で曲を止めて、観客にこう語りかける。

「曲を止めてすまない。ちょっと言いたいことがある。
俺たちがタミル人でもインド人(ここでは北インド出身者のことか)でもマラヤーリー(タミルナードゥ州の西隣ケーララ州にルーツを持つ人々)でも関係ない。俺たちは人間だ。
ただの人間、それだけだ。
最後に残るのは人間愛(humanity)だ。人間であること(humanity)だけが永遠なんだ。
俺たちはひとつだ。人間であるってことは、俺たちを結びつける力なんだ」

このメッセージのあまりの誠実さに、正直、書いていてちょっと背筋が伸びた。
社会的、政治的であることから全く逃げずに、こんなにも真摯な姿勢を貫いているアーティストは世界的に見ても稀有な存在だろう。

Arivuはラッパーとしての技量も非常に高く、この"Kallamouni"の2:10からの凄まじい勢いの鬼気迫るラップを聴いてみてほしい。



Casteless Collectiveのメンバーたちも語っているように、これまで、ダリット自身が主人公となって、自分たちを虐げてきた人々や制度を公然と批判できる音楽は彼らのコミュニティに存在しなかった。
音楽的にも文化的にも自らのルーツを誇りつつ、強烈なプロテストを繰り広げる彼らは、遠く日本から見ていても胸がすくようなすがすがしさと熱さがある。
北チェンナイのダリット・コミュニティから生まれた彼らの音楽が、その熱さと真摯さで、ファンクやヒップホップのように、より多くの人をエンパワーすることも、決して夢ではないと信じている。




--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay

Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり



軽刈田 凡平のプロフィールこちらから

2018年の自選おすすめ記事はこちらからどうぞ! 
2019年の自選おすすめ記事はこちらから
2020年の軽刈田's Top10はこちらから
2021年の軽刈田's Top10はこちらから

ジャンル別記事一覧!
 

goshimasayama18 at 20:20|PermalinkComments(0)

2021年10月24日

あらためて、インドのヒップホップの話(その5 タミル編 ルーツへの愛着が強すぎるラッパーたち)



TamilRappers

これまで、ムンバイ編デリー&パンジャービー編ベンガルール編コルカタ&その他北インド編と4回に分けてお届けしてきたインドのヒップホップの歴史。
今回は満を持してサウスのヒップホップを紹介!

ここでいう「サウス」は、当然ながらアトランタやマイアミのことではなく、南インドのことで、今回は南インドのなかでもタミルのラッパーたちを特集する。
インド南部のタミルナードゥ州は、あの「スーパースター」ラジニカーント(『ムトゥ 踊るマハラジャ』他多数)の故郷であり、自分たちの文化への強い誇りを持つことでも知られている(まあインドはどこもたいていそうだけど)。
また、同州の公用語タミル語でラップするラッパーたちは、海外でも自身のアイデンティティを守り続けている。


タミル語ラップの歴史は古く、1994年の映画"Kadhalan"の挿入歌であるこの曲は、インドのラップ史の最初期の名曲とされている。

Suresh Peters "Pettai Rap" (from "Kadhalan")

コミカルな曲調ながらもオールドスクールなビートとフロウにセンスを感じるこの曲は、インド映画音楽シーンの神とも言えるA.R.ラフマーンの手によるもの。
ラップしているのは映画のプレイバックシンガーなどで活躍しているSuresh Peters.
この曲を聞けば、いかにもな映画音楽的な曲調で知られるラフマーンが、じつは同時代の西洋ポピュラーミュージックにもかなり造詣が深いことが分かる。
(そういえば、後ラフマーンがミック・ジャガーやレニー・クラヴィッツらと結成したスーパーバンド、Super Heavyもかなりかっこよかった)

実際、タミル系のルーツを持つバンガロールのBrodha Vはこの曲に大きな影響を受けているという。


あのラフマーンがインドのヒップホップシーンにも大きな影響を与えていたとは驚きだが、しかしこの曲はあくまでも例外中の例外で、このあとタミルナードゥ州内でヒップホップが爆発的に流行するということにはならなかった。
タミル語ラップのシーンもまた、その黎明期は海外在住のアーティストたちによって牽引されていた。

タミル人には、イギリス統治時代から、労働者としてマレーシアやシンガポールなどの東南アジア地域に移住した者たちが多い。
その中でも、マレーシアに暮らすタミル人は、貧困のなかで暮らしている人々が多いようで、そうした境遇からもヒップホップカルチャーへの共感が大きく、首都のクアラルンプールは「タミル語ヒップホップの首都」とまで呼ばれているという。


1996年にクアラルンプールで結成されたPoetic Ammoの中心人物Yogi Bが2006年にリリースしたアルバム"Vallavan"はタミル語ラップ黎明期の名盤とされている。
その収録曲"Madai Thiranthu"のミュージックビデオがかなりかっこいいのだが、YouTubeの動画が直接貼り付けられない仕様になっているようなので、リンクを貼っておく。

アフリカ系アメリカ人の文化では、床屋(barber shop)はコミュニティの交流の場としても意味を持ってきたことが知られているが、これはそのマレーシア系タミル人版!
ヒップホップカルチャーの見事なタミル的翻案になっている。


こちらは'00年代からカジャンの街を拠点に活動しているラップグループK-Town ClanのRoshan Jamrockと、同じくマレーシア出身のYoung Ruff(いずれもタミル系)の共演で、その名も"Tamilian Anthem".

Young Ruff "Tamilian Anthem" Produced by Roshan Jamrock



マレーシアからシンガポールに目を移すと、2007年にデビューしたタミル系フィメールラッパーのLady Kashがいる。

Lady Kash "Villupaattu"
この曲は、タミルの伝統的な物語の形式(音楽にあわせて語る)'Villupattu'をタミル人にとってのラップのルーツの一つとして讃えるというコンセプト。
マレーシアのラッパーたち同様に、彼女がタミル人としてのアイデンティティを大事にしていることが分かる。
シンガポールはインド系住民が多いが、その半分以上がタミル人で、あの『ムトゥ 踊るマハラジャ』も、シンガポールのリトルインディアで江戸木純によって「発見」されている。
シンガポールのタミル系ラッパーでは、他にも若手のYung Rajaなどが活躍している。


東南アジア以外では、インドのすぐ南、スリランカにも多くのタミル人が多く暮らしている。
スリランカは人口の約75%をシンハラ人、約15%をタミル人が占めており、民族対立による内戦が2009年まで続いていた。

世界で最も有名なタミル系のラッパーを挙げるとすれば、それは間違い無くスリランカのタミル人をルーツを持つイギリス人のM.I.Aということになるだろう。
スリランカで生まれ、幼い頃にイギリスに移住した彼女のラッパーネームは「軍事行動中に行方不明になった人物」(Missing In Action)を表しており、「タミルの独立を目指す活動のなかで消息不明になった父のことを指している」と説明されることが多いが、実際には行方不明になったのは父親ではなくイトコらしい。

彼女がタミルらしさを強く打ち出したアルバム"Kala"からのこの曲を聴いてもらおう。

M.I.A "Birdflu"

UKの南アジア系音楽シーンに詳しい栗田知宏さんによると、この曲には、タミル語映画Jayam(2003年)の劇中曲 "Thiruvizhannu Vantha" のウルミ(両面太鼓)のビートが用いられており、曲中に入っている子どもの声はタミルの手遊び歌とのこと。
夜のシーンの背景に見られるトラのマークは、スリランカで武装闘争を繰り広げていた「LTTE(タミル・イーラム解放の虎)のロゴ」だという説もあるそうだ。

M.I.Aは2000年にデビューすると、そのラディカルな姿勢と斬新な音楽性で一躍注目を集め、MadonnaやNicki Minajと共演するなど、業界内でも高い評価を得た。
しかしながら、彼女のインド国内への影響は、そこまで大きくはなさそうで、私の知る限りでは、インド国内のミュージシャンから、影響を受けたアーティストとして彼女の名前が上がったり、インド国内の音楽メディアで彼女が大きく取り上げられているのを見た記憶はない。
その理由は、おそらく彼女のルーツがインドではなくスリランカであること、彼女がタミル語ではなく英語でラップし、タミル系コミュニティのスターというより、世界的な人気ラッパーである(つまり、自分たちのための表現者ではない)といったことではないかと思う。

また、彼女がいつもタミル的なサウンドにこだわっているわけではなく、普段は非常に個性的ではあるが、特段南アジア的ではないスタイルで活動していることも、インドでの注目の低さと関係しているかもしれない。(例えば、テルグー系アメリカ人フィメール・ラッパーで、最近活動の拠点をインドに移しているRaja Kumariは、ビジュアルやサウンドで常にインド的な要素を表出している)
もっとも、M.I.Aのデビュー当時の'00年代には私はインド国内のシーンに注目していなかったので、その頃にインドでも大きな話題となっていた可能性はある。
また、インド国内の音楽メディアはどうしてもムンバイやデリーのシーンを中心に取り上げる傾向があるので、もしかしたらタミルナードゥでは彼女は根強い人気があるのかもしれない。

スリランカ本国のタミル系ラッパーでは、Krishan Mahesonが有名だ。
彼は90年代から活躍していたスリランカのラップグループBrown Boogie NationやRude Boy Republic(いずれも英語でラップしていた)らの影響を受けてラッパーとなり、2006年にリリースした"Asian Avenue"は、世界中のタミル人に受け入れられたという。
最近ではインド国内のタミル映画のサウンドトラックでの活躍も目立っているが、正直あまりピンとくる曲を見つけられなかったので、今回は楽曲の紹介を見送る。



…思わず在外タミル系ラッパーの紹介に力が入ってしまったが、とにかくこうした東南アジアやスリランカのアーティストたちが、タミル語ラップ(あるいはタミル系のアイデンティティを表現した英語ラップ)を開拓し、インターネット等を通してタミルナードゥの若者たちにも影響を与えたことは確かだろう。

同じインド人でも、タミルのラッパーたちが思い描く「世界地図」は、たとえばイギリスや北米への移民が多い北インドのパンジャービーたちとは、おそらく全く別のものになるということは、インドのカルチャーを考える上でちょっと頭に入れておきたい。


インド国内、タミルナードゥ州内のラッパーでは、チェンナイを拠点に活動している二人組Hip Hop Tamizhaが古株にあたる。
彼らのユニット名はそのものずばり「タミルのヒップホップ」を意味しており、2015年にリリースしたこの"Club Le Mabbu Le"で注目を集めた。

Hip Hop Tamizha "Club Le Mabbu Le"
率直に言うと結構ダサいのだが、単に欧米や在外タミル人ラッパーの模倣に終わるのではなく、たとえダサかろうと自分たちならではのローカルっぽさをちゃんと混ぜてくれるところが、彼らのいいところかもしれない。
ちなみにこの曲は「女性への敬意を欠く」いう昔のヒップホップにありがちな批判を受けたりもしている。
批判したのは同郷のフィメール・ラッパーSofia Ashraf.
社会問題を鋭く批判するリリックで知られた存在で、以前この記事で特集しているので、興味がある人はぜひ読んでみてほしい。



Hip Hop Tamizhaは、その名の通りタミルへの誇りが強すぎるラッパーたちで(まあ今回紹介しているアーティストは全員そうだが)、タミル人たちの伝統である「牛追い祭」である「ジャリカットゥ」をテーマにした"Takkaru Takkaru"のミュージックビデオでは、もはやヒップホップであることをほとんど放棄して、タミル映画まんまの映像とサウンドを披露している。
(こちらの記事参照。インド映画や南アジアに興味があるなら、見ておいて損はない)



チェンナイのMC Valluvarは、そこまで人気があるラッパーではないようだが、地元のストリート感覚あふれるこのミュージックビデオは最高で、以前からの個人的なお気に入りの一つ。

MC Valluvar "Thara Local"
とくに後半、道端で唐突に始まるダンスのシーンで、何事かとそれを眺めるオバチャンや子どもたちがリアルですごくいい。


古都マドゥライのラップグループ、その名もMadurai Souljourも郷土愛が溢れまくっていて、ごく短いこのトラックは、彼らの名刺がわりの一曲。
Madurai Souljour "Arimugam"



ところで、タミル文化の面白いところは、メインカルチャーとカウンターカルチャーが渾然一体となっているところだと思っている。
インド最大の話者数を誇る北インドのヒンディー語圏では、ラップやインディーロックのようなカウンターカルチャーを実践する若者たちは、エンターテイメントの主流にして王道であるボリウッドの商業的娯楽映画をちょっとバカにしているようなところがある。
例えば、ミュージシャンがインタビューで「ボリウッド映画の音楽なんてやりたくないね。自分は金のために音楽をやっているんじゃないんだ」みたいに言っているのを目にすることがたびたびあるのだ。

ところが、タミルの場合、映画は彼らの誇りや文化の一部であり、カウンターカルチャーとかインディペンデントのアティテュードとか関係なく、そこに参加することは、表現者にとって最大の名誉だと考えられているようなフシがある。
インド国外のラッパーを含めて、ここまでにこの記事で紹介したラッパーのほぼ全員が、タミル映画のサウンドトラックに参加しているし、M.I.Aでさえも、上述の通り非常にタミル映画っぽいテイストのミュージックビデオを作ったりしている。
もしスーパースター(ご存知の通り、比喩ではなく、オフィシャルな「別名」が「スーパースター」)であるラジニカーントの映画に参加できたりしたら、もうこの上ない僥倖で、たとえ両親がラッパーになることに反対していたとしても、一族の誇りとして泣いて喜んでくれることだろう。

例を挙げるとすれば、タミル人が多く暮らすムンバイの最大のスラム「ダラヴィ」を舞台にした映画"Kaala"(日本公開時の邦題は「カーラ 黒い砦の闘い」。主演はスーパースター!)のサウンドトラックには、実際にダラヴィ出身のタミル系ラップグループDopeadeliczや、マレーシアのYogi BやRoshan Jamrockも参加している。


"Semma Weightu"


Music: Santhosh Narayanan
Singers:  Hariharasudhan, Santhosh Narayanan
Lyrics/Rap Verses: Arunraja Kamaraj, Dopeadelicz, Logan"Katravai Patravai"

Music: Santhosh Narayanan
Lyrics :  Kabilan, Arunraja Kamaraj, Roshan Jamrock
RAP : Yogi B, Arunraja Kamaraj, Roshan Jamrock
(詳しくはこちらの記事から)


タミルのラッパーが映画音楽に参加している例は他にもかなりありそうなのだが、きりがないので今回は割愛。


以前、マサラワーラーの武田尋善さんが「タミル人にとってのラジニカーントはJBみたいな存在」と言っていたのを聞いて、ああなるほどと思ったのだが、黒人の誇りを力強く鼓舞したジェームス・ブラウンのように、ラジニカーントもまた「タミル庶民の誇り」みたいに扱われているフシがある。(ちなみに彼自身はタミル人ではなく、マラータ系)

タミル人のなかには、北インドの言語や人々が幅をきかせているインドの現状に対する反発みたいなものが存在していて、それがメインカルチャーとかカウンターカルチャーとかに関係なく、一枚岩のアイデンティティにつながっているのだろう。


ところで、先ほど紹介した"Kaala"の監督Pa.Ranjithは、2017年にCasteless Collectiveというバンドを結成している。
彼はもともとカースト制度の枠外に位置づけられ、過酷な差別の対象となってきた「ダリット」の出身である。
Casteless Collectiveは、彼がダリットのミュージシャンを集め、その名の通りカースト制度などのあらゆる抑圧を否定するというコンセプトのバンドなのだ。

Casteless Collective "Vada Chennai"

タミルの伝統音楽である'Gaana'とラップやロックなどを融合した彼らの音楽は、サウンド的にはヒップホップとは呼べないかもしれないが、ルーツを大事にしつつもマイノリティを勇気付ける彼らのアティテュードには、かなりヒップホップ的な部分があると言ってもいいだろう。
音楽ジャンルやアートフォームとしてのヒップホップはアメリカで生まれたが、ヒップホップ的な感覚は時代や場所を問わず遍在している。
逆説的に言えば、だからこそ、その感覚を純化させ具体化したヒップホップというジャンルはすごいということになる。


Casteless Collectiveは12人にもなる大所帯バンドだが、その中のラッパーArivuは、同様のテーマのソロ作品を通して、よりヒップホップ的なスタイルの表現も追求している。

Arivu x ofRo "Kallamouni"

このCasteless Collective一派の活動には、これからも注目していきたいところ。
Netflix Indiaでは南インドのヒップホップシーンをテーマにしたドキュメンタリー"Namma Stories"も公開され、「サウス」のヒップホップはこれからますます熱くなりそうだ。


最後に、カナダ在住のタミル系ラッパー(スリランカにルーツを持つ)Shah Vincent De Paulを紹介したい。
彼はタミルの伝統楽器ムリダンガムのリズムとラップの融合という新しい試みに取り組んでいる。

在外タミル人と国内との文化の還流も、今後ますます注目すべきテーマになりそうである。



--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay

Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり



軽刈田 凡平のプロフィールこちらから


  


goshimasayama18 at 17:20|PermalinkComments(0)

2021年09月11日

あらためて、インドのヒップホップの話 (その4 コルカタ、北東部、その他北インド編)



インドのヒップホップを地域別に紹介するこの企画、今回はコルカタとインド北東部、さらにその他北インドのラッパーを特集!

今回紹介する各地域の所在地はこちらの地図でチェック!
IndiaMap(states)
(出典:https://en.wikipedia.org/wiki/File:India_-_administrative_map.png


地域のくくり方が急に雑になったな… 、と思った方もいるかもしれないが、これまでちょくちょく書いてきたエリアが多いので、まとめて紹介させてもらいます。

コルカタをはじめとするベンガルのアーティストに関しては、昨年から何度も特集しているので、こちらから過去の特集記事をどうぞ。





コルカタを代表するラッパーといえばCizzy.

Cizzy "Middle Class Panchali"


お聴きの通り、非常にセンスの良い出来なのだが、インドでは他地域に話者がほとんどいないベンガル語でラップしているせいか、彼は全国的には無名な存在だ。
コルカタのヒップホップシーンは、ほとんどのラッパーがベンガル語でラップしているがゆえに、ヒンディー語でラップするムンバイやデリーのラッパーのような注目を集めることが少ないのである。

ところが、ここに来てCizzyがインド全体を意識したような英語の楽曲をリリース。
はたして、Cizzyは全国的な成功を手にすることができるのだろうか?

Cizzy "Good Morning, India"



ところで、コルカタが位置する州の名前はウエスト・ベンガル州。
じゃあ東ベンガルはどこにあるのかというと、それはバングラデシュという別の国。
19世紀末、インドを支配していたイギリスは、民族運動がさかんだったベンガル地方を効率的に統治するため、宗教間の対立感情を巧みに利用して、この地域をヒンドゥー教徒が多い西ベンガルとムスリムが多い東ベンガルに分断した。
結果として、ベンガル地方東部はヒンドゥー教がマジョリティを占める世俗国家となったインドと袂を分かち、はるか遠くインドの西に位置するパキスタンの一部として独立することを選んだ。
しかしながら、地理的にも離れているうえに、文化的にも言語的にも差異の大きい東西パキスタンはさまざまな折り合いがつかず、東パキスタンは独立運動の末、1971年にバングラデシュとして再独立を果たすことになった。

というわけで、隣国にはなるが、コルカタと同じベンガル語を話すバングラデシュのラッパーを特集した記事はこちら。


同じベンガル語圏でも、文学的かつ詩的な香りのただようコルカタとは異なり、バングラデシュのラッパーはより政治的かつ社会的な主張をリリックに盛り込んでいるという印象。
東西ベンガルのラップの傾向の違いが、それぞれの国の歴史や政治や文化の違いによるものなのか、はたまた宗教の違いによるものかは分からないが、なかなか興味深いところではある。



首都デリーとコルカタを結ぶ線上には、タージマハールがあるアーグラー、男女交歓像で知られるカジュラーホー、ガンジス河の聖地ヴァーラーナシー、ブッダが悟りを開いたブッダガヤー(ボードガヤー)といった有名な観光地が点在している。
だが、これらの地域(州でいうとウッタル・プラデーシュ、ビハール、ジャールカンドなど)は人口こそ多いものの、経済的には貧しく、端的に言って「後進的」な地域だ。

したがって、ヒップホップのような新しいカルチャー不毛の地なのだが、それでも、突然変異のようなきらめきを放つアーティストが登場することがある。

例えば、先日紹介したビートメーカーのGhzi Purがその一人だ。
地理的に大都市のシーンから隔離されているからだろうか、狂気を煮詰めたようなサウンドは、あまりにも強烈な個性を放っている。
(そういえば、メールインタビューの返事、待たされたままこないな…)



ジャールカンド州には、これまた驚くべきラッパーTre Essがいる。
以下のふたつ目のリンクの記事は彼へのインタビューだが、彼が語ったヒップホップをエクスペリメンタルなジャンルとして定義づける姿勢と、地方都市のアーティストならではの苦悩は強く印象に残っている。






インドのなかでももっとも貧しい州のひとつとして知られるビハール州にも、ユニークなラッパーがいる。
彼の名はShloka.
ヒンドゥー教の伝統的なモチーフを大胆に導入したそのスタイルは、まさにインドのヒップホップ!

 Shlokaというラッパーネームはインドの古い詩の形式の名前から取られている。
インドでは古典音楽とラップの融合は珍しくないが、彼のようなスタイルは唯一無二だ。


そのまま東に進んでウエスト・ベンガル州を越え、さらにバングラデシュを越えると、そこはインド北東部。
「セブン・シスターズ」と呼ばれる7つの小さな州が位置する地域だ。
このエリアには、アーリア系やドラヴィダ系の典型的なインド人ではなく、東アジア、東南アジアっぽい容姿のさまざまな少数民族が暮らしている。
インドのマジョリティとは異なるルーツを持った少数民族であるがゆえに、インド国内では被差別的な立場に置かれることも多い彼らは、自らの誇りをラップを通して訴えている。

北東部は、話者数が少ない地元言語よりも、多くの人に言葉を届けられる英語でラップするアーティストが多い土地でもある。
彼らについてはこの記事で詳しく特集している。


ベンガルール編で紹介した日印ハーフのラッパーBig Dealも、北東部の人々同様に見た目で差別されてきた経験を持つからだろう、彼らに想いを寄せた曲をいくつも発表している。
上記の記事では、USのラッパーのジョイナー・ルーカスの"I'm Not Racist"を下敷きに北東部出身者への偏見をテーマにした"Are You Indian"、を紹介したが、この曲では北東部ミゾラム州のラッパーG'nieと共演して、「チンキー」という差別語で呼ばれる現実をラップしている。


インドの東の果てまで来てしまったが、今度は西側にぐっと戻って、タール砂漠が広がるラージャスターン州に目を移そう。
褐色の大地に色鮮やかな民族衣装が映えるこの地は、インドのなかでもとくにエキゾチックな魅力にあふれ、観光地としても国内外の人気を集めている土地だが、ポップカルチャーの世界では存在感の薄い地域である。

だが、全国的な知名度こそなくても、この地域にはインドらしい個性があふれるラッパーたちがいる。
砂漠の街のギャングスタ、J19 Squadとラージャスターンのラッパーについては、ぜひこちらの記事からチェックしてみてほしい。




カリフォルニアのチカーノ・ラッパーたちが自慢のローライダーを見せびらかすように、とっておきのラクダを見せびらかすヒップホップミュージックビデオなんて、最高としか言いようがない。



最後に、インド北部、パキスタンとの国境紛争や独立運動に揺れるカシミール地方にも、ラップでメッセージを発信しているラッパーがいた。
世界中の人に言葉が届くようにと英語でラップしているMC KASHがその代表格で、彼が2010年に発表した"I Protest"は、中央政府による弾圧に抗議するこの地方の人々の合言葉となった。
この地方の概要と彼については、この記事で紹介している。



最近では、デリーのAzadi Records所属のAhmerもカシミーリーとしてのリアルをラップしている(彼の場合、言語が英語ではないのでリリックの内容はわからないが、このミュージックビデオのアニメーションからも現地の厳しい状況が想像できる)
 
今回は北インドのいろんな地域のヒップホップを急ぎ足で見てきたが、とにかくいろんな場所でいろんなラッパーがいろんな主張やプライドをリリックに乗せて発信しているのがたまらなく魅力的だし、ぐっとくる。
これでもまだ紹介できていない地域があるのだからインドは奥が深い。

さて、次回はまだ紹介しきれていない南インドを掘ってみます。



--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay

Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり





2018年の自選おすすめ記事はこちらからどうぞ! 
2019年の自選おすすめ記事はこちらから

2020年を振り返る独断で選んだ10曲はこちらから


ジャンル別記事一覧!




goshimasayama18 at 21:56|PermalinkComments(0)