インドのR&B

2019年11月21日

Faridkotのファンキーでオシャレな「ターバン・ポップ」!


前回まで、「謎のインド人占い師ヨギ・シン」の話題ばかり書いていたので、私自身もすっかり忘れていたのだが、このブログはインドの最近の音楽(ロックとかヒップホップとか)を紹介するブログなんだった。
というわけで、今日からひとまず平常運転に戻ります。
とはいえ今回は前回からの流れでシク教にまつわる話。

シク教徒の男性ってオシャレだなあ、と思う。
体格がいい人が多いせいもあるが、スーツを着ても民族衣装を着ても、だいたいバッチリ決まって見えるし、何よりもターバンの着こなし(かぶりこなし)がとても粋なのだ。

「ターバン」というと伝統的なものという印象が強く、あまりファッショナブルなイメージはないかもしれないが、シク教徒の男性たちは、じつはターバンを含めたコーディネートにとても気を遣っているオシャレさんたちなのだ。
その日のファッションやTPOに合わせて、白や薄い水色みたいなシンプルなものから赤や黄色などのド派手なものまで、いろんな種類のターバンを使い分けているのも素敵だし、額の部分にちらっと見えるターバンの下にかぶるやつ(名前知らない)を差し色にしたりするのなんて、本当に粋だなあと思う。


なぜ急にこんな話をしたかというと、Faridkotというバンドが今年4月にリリースした"Subah"という曲のビデオで見たとてもクールなターバンを、とにかく紹介したかったからなのである。 

私はモノトーンの太いストライプのターバンというものを初めて見た。
このすごく個性的なターバンを、レトロな丸いサングラスと合わせるなんて最高ではないか。
音楽的にも、どこか80年代っぽいエレクトロニックなビートに、ファンキーなギターのカッティングがとても心地良い。
ちょっと"Random Access Memories"の頃のDaft Punkを思わせる雰囲気もある。
そこだけ古典音楽の影響を感じさせる女性ヴォーカルがまたいいスパイスになっている。 
この曲では、衣装も音楽性も、インド人が得意な、伝統的なものを現代的にアレンジするセンスが、素晴らしくクールかつポップな形で結晶しているのだ。
これはまさに、アーバン・ポップ(Urban Pop)ならぬターバン・ポップ!(Turban Pop)

FaridkotはヴォーカルのIP SinghとギターのRajarshi Sanyalのデュオ。
現在は二人組だが、もともとは2008年に5人編成のバンドとしてデリーで結成された彼らは、自身の音楽を、親しみやすいメロディーとブルージーなギターが融合した'Confused Pop'と定義している。
Faridkotというのはパンジャーブ州にある街の名前のようで、アメリカのバンドでいうとBostonとかChicagoみたいなバンド名ということなのだろう。

面白いのは、いくつかの記事で、彼らの音楽を表すときに「スーフィー(Sufi)音楽」という言葉が使われているということだ(彼らは自分たちでもスーフィー音楽の影響を公言している)。
スーフィー/スーフィズムは、「イスラーム神秘主義」と訳され、修行によって神との究極的な合一を目指す思想とされる。
音楽ではヌスラト・ファテー・アリー・ハーンらに代表される「カウワーリー」が有名だ。
 以前からパキスタンなどには、スーフィー音楽とロックを融合した「スーフィー・ロック」というジャンルがあったが、当然ながらそれはムスリムによって演奏される音楽ジャンルだった。
ところが、Faridkotのメンバーは、IP Singhはどう見てもシク教徒だし、Rajarshi Sanyalは名前からするとヒンドゥーのようである。
私は「スーフィー」というのは、音楽のスタイルである前に、ムスリムであることを前提とするものだと思っていた。
だがどうやらそうではなく、たとえ異なる信仰を持っていても、その力強く恍惚的な音楽性から影響を受けたなら、自由に自分の音楽に取り入れて、それを公言しても良いものらしい。
なんともおおらかな、いい話ではないか。

彼らは2011年にリリースしたファーストアルバム"Ek"がラジオで高く評価され、2014年にはユニバーサルに移籍してセカンドアルバム"Phir Se"を発表した。
変わったところでは、スタローンやシュワルツェネッガーが出演した『エクスペンダブルズ3』のヒンディー語版テーマ曲も担当したようだ。
彼らの楽曲のミュージックビデオは、ショートフィルム風で見応えがあるものも多い。
 
少年の淡い恋と友情を描いた"Mahi Ve" 

インドの子どもたちってどうしてこんなにかわいいんだろう。
シク教徒の男の子のおだんごターバンもとってもキュートだ。

貧しい青年の一途な片思いを描いた"Laila"のミュージックビデオは、インド映画でもよくあるちょっとストーカーっぽい純愛もの。

これはちょっとどういう感情になったらいいのか分からない。

というわけで、今回はI.P. Singhのツートンカラーのターバンが印象的なFaridkotを紹介してみました。
シクのミュージシャンのターバン事情については、まだまだ興味深い例が多いので、次回はさらに掘り下げて書いてみたいと思います!

ちなみに、ターバンは教義として着用することになっているシク教徒以外でも、ラージャスターン州などでは伝統的に広く用いられており(デザインや巻き方が異なる)、また王侯や戦士の正装としても使われてきた。
シク教徒でも、最近は若い人たちを中心にターバンを巻かない人が増えてきており、また宗派によっては着用の義務がないこともあるようだ。
…という通りいっぺんのターバンの説明を念のためここにも書いておきます。



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goshimasayama18 at 21:48|PermalinkComments(0)

2019年04月14日

日本と関わりのあるインドのアーティストの新曲情報と、インディーミュージシャンの懐事情

前々回に続いて、日本と関わりのあるアーティストの話題をもう少し。
宮崎駿などの日本のアニメに影響を受けている女性エレクトロニカ・アーティストのKomorebiことTarana Marwahは、2017年のアルバム"Soliloquy"から"Little Ones"のビデオを発表した。
 
コマ撮りが印象的なこのビデオは、インドのアーティスト向けクラウドファンディングプラットフォーム'Wishberry'を活用して製作されている。
彼女によるとこの曲は自身の弟に捧げられたパーソナルな内容のものとのこと。
叙情的な映像は、Parekh and Singhのミュージックビデオでウェス・アンダーソンへのオマージュ的な画を撮っていたことも記憶に新しいMisha Ghoseによるもの。
今作でもTaranahのノスタルジーと心象風景を美しく映像化することに成功している。
印象的なギターはムンバイのブルースバンドBlackstratbluesで活躍するWarren Mendosaで、ジャンルを超えた心地よい音の共演が実現した。


続いて紹介するのは、日本語の歌詞を持つ"Natsukashii"をリリースしたシンガー・ソングライターのSanjeeta Bhattachrya.
「バークリー出身の才媛が日本語で歌うオーガニックソウル! Sanjeeta Bhattacharya」
彼女もまたWishberryを通じたクラウドファンディングで製作した"You Shine"を発表した。
 
今までのオーガニックソウルやカルナーティック的なルーツを感じさせる楽曲ではなく、ジャジーでメランコリックなこの曲は、2017年に命を絶ったLinkin ParkのChester Benningtonと、やはり同じ年にムンバイで死去したバンガロール出身の若手キーボードプレイヤー、Karan Josephに捧げられたもの。
ミュージックビデオは華やかなショウビズの世界とその裏側の孤独、そこから立ち直るための親しい人々との絆がテーマになっている。

Karan Josephについては日本ではほとんど知られていないと思うが、Sanjeetaと同じくボストンのバークリー音楽院で学んだ若手有望キーボーディストだった。
この動画を見れば彼がいかに才能豊かなミュージシャンであったかが少しでも伝わると思う。

彼の死は自殺とされているが、その背景にはムンバイの有力プロモーターとの確執があるとされ、スキャンダル的な話題にもなったようだ。
いずれにしても、成長著しいインドのミュージックシーンで今後ますます活躍したであろう若い才能の死はあまりにも惜しい。

インドのインディーミュージックは、多くのアーティストの熱意と表現衝動に支えられて急成長をしている最中だが、SanjeetaやKaran Josephのように海外で一流の音楽を学んだミュージシャンがきちんと評価され、活躍できる環境が整備されているとはまだまだ言い難い。
SanjeetaがWishberryのサイトでクラウドファンディングを募るために語っていた内容が興味深いので、ここで少し紹介したい。

「私はインディーミュージックの世界ではやっと1歳になったばかり。毎日素晴らしいミュージシャンや人々に会っているわ。彼らはみんな音楽にハートとソウル、時間やお金やたくさんの努力をつぎ込んでいるの。インディーミュージックシーンは急成長しているけど、もっと大勢の人に注目される必要があるし、もっと多くのスポンサー、後援、リスナーやサポートも必要だわ。あまりにも長い間、インディーミュージックは隅に追いやられていて、ミュージシャンたちは(自分の表現したいものではなくて)大衆が喜ぶような、ラジオでかかるようなコマーシャルな音楽を演奏しなければならなかった。もし誰かアーティストの心の声を聴いてくれる感受性と勇気のある人がいたら、その声をみんなに広めて欲しいの。

私の音楽と同じくらい素晴らしいミュージックビデオを作るためには友達や家族やリスナーのみなさんの協力が必要で、だからクラウドファンディングを募ることを選んだの。今までにやったことはないけど、何だって初めてってことはあるし、これが将来より多くの人たちに音楽を聴いてもらう助けになることを願っているわ。私はインディーミュージシャンだからいつも資金不足に悩んでいるし、これがミュージックビデオを完成させるためにできる最良の方法だと思うの。」


映画音楽や古典音楽以外の音楽マーケットが十分に成長する前にインターネットの時代を迎えたインドでは、インディー・ミュージックを支える構造(レコード会社、プロモーター、演奏の場など)が十分に整備される前に、誰もが動画サイトや音楽ストリーミングサイトを通して自分の演奏したい音楽を発表できる環境が整ってしまった。
優れた楽曲を制作しても、それを収入に結びつけるシステムが圧倒的に不足しているのだ。
そのため、本来はカウンターカルチャーであるはずのロックやクラブミュージックのアーティストも、裕福な若者たちばかりという状況になってしまっている(これは富の不均衡の問題でもあるが)。
このブログで紹介しているように素晴らしいアーティストもたくさんいるのだが、彼らとていつまでも情熱だけで音楽を続けてゆけるわけではない。

作り手の才能をファンの良心が支えるクラウドファンディングは、こうしたインドのインディーミュージックシーンの現状が生み出した新しいサポートの方法だと言える。
(そういえば、昨年来日公演を含むアジアツアーを行ったムンバイのデスメタルバンドGutslitも、ツアーの資金集めにクラウドファンディングを活用していた)
音楽ストリーミングや動画サイトの普及によって、誰もが音楽を自由に発表できるかわりに、音楽はほぼ無料で楽しめるという傾向は、世界中でますます加速してゆくだろう。
インドのインディーミュージックシーンを取り巻く状況は、一週遅れのようでいて、実は世界でもっとも新しいものなのかもしれない。

最後に、Sanjeeta Bhattacharyaの"Natsukashii"をもう一度。
この日本語を大々的にフィーチャーしたポップチューンはもっと日本で聴かれるべきだと思う。

国境を超えてお気に入りのインディーアーティストをサポートしあう世界が、もうすぐそこまで来ている。


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goshimasayama18 at 17:48|PermalinkComments(0)

2019年01月20日

バークリー出身の才媛が日本語で歌うオーガニックソウル! Sanjeeta Bhattacharya

その言語でないと表現することが難しい言葉というものがある。
例えば、インドの言葉で代表的なのはサンスクリット語の「シャンティ(Shanti)」。
これは平和・静寂・至福などを表す言葉で、ヨガの世界などで使われる。
ピースフルな状態を表すこの言葉は、あのマドンナも曲名にしたことがある。
日本語で代表的なのは、ノーベル平和賞を受賞したケニアのワンガリ・マータイが提唱したことでも有名な「Mottainai=もったいない」だろう。

今回紹介する曲のタイトルも、日本語でないと表現が難しい感覚と言っていいのだろうか。
インドの若手女性シンガー、Sanjeeta Bhattacharyaが先ごろ発表した曲のタイトルは、なんと"Natsukashii(懐かしい)"
 
ホーリーの粉、サイクルリクシャー、ブランコにシャボン玉。
タイトルの通り懐かしい雰囲気の映像に乗せて、過ぎ去った恋の思い出の甘さと苦さがポップに歌われる。
決して後悔しているわけでもあの頃に帰りたいわけでもないが、束の間、過去を思い返して思い出に浸る。
確かに「懐かしい」はノスタルジックとも違う日本語独特の表現なのかもしれない。

これまで、日本の文化に影響を受けたアーティスト(ロック編エレクトロニカ編)とか、日本語の名前を持つアーティストというのは紹介してきたけど、冒頭だけとはいえインドではほとんどの人が知らない日本語で歌うアーティストというのは珍しい。
しかも、サウンドは心地よいオーガニックソウルで、曲名以外これといって日本的なわけでもないし。
いったい彼女はどこで「懐かしい」という日本語を見つけたのだろうか。

Sanjeeta Bhattacharyaを語る上で、もうひとつ注目すべき点は、彼女がアメリカの名門音楽学校、バークリー音楽院の出身だということだ。
このブログでなんども書いてきたように、インドのインディーミュージックシーンは2000年代から急速な発展を遂げた。
映画音楽一辺倒だったインドにロックやダンスミュージックなどの新しい音楽を紹介したのは、欧米に暮らす在外インド人や、海外で青春時代を過ごした「帰国子女」たちだった。
今ではそこからさらに発展して、海外の名門音楽学校に留学したアーティストが帰国して活躍する時代を迎えたというわけだ。


インドのウェブサイトIndianwomenblog.orgに掲載されたインタビューによると、Sanjeethaはインドの多くのシンガー同様、幼少期からインドの古典音楽(ヒンドゥスターニー、カタック)を学んでいたそうだ。
バークリーでは世界中の音楽を学んだが、それでも彼女の音楽のルーツはインド古典だと語っている。
最近のオーガニックソウル調の曲からはあまり古典の要素は伺えないが、ヒンディーで歌った曲からは、そんな彼女のルーツが十分に感じられる。

古典音楽風の繊細な節回しとジャズ/ソウル的な抑揚が魅力的なこの曲は、トルコ系イギリス人の女性作家、Elif Shafaqの本'40 Rules of Love'にインスパイアされたもの。
曲のタイトル'Shams'はこの本に出てくるスーフィー(イスラーム神秘主義の行者)の名前で、歌の内容は「私に必要なのは師匠でも弟子でもなく、友であり仲間だ。ともに座ってみれば、私たちの内面には見た目以上に多くの調和があるはずだ」という、現代社会で深い意味を持つメッセージ。

バークリーでは、ジャズだけでなくバルカン音楽やフラメンコ、ラテン音楽など世界中の音楽を学んだという彼女がスペイン語で歌うこの曲は'Menos es mas'

インド人である彼女がスペイン語の歌い回しを見事にものにしているのを聴いて、フラメンコの担い手であるロマ(ジプシー)のルーツはインドのラージャスタン州のあたりに遡るということを、ふと思い出したりもした。

彼女が尊敬するミュージシャンとして挙げるのはエリス・レジーナとビリー・ホリデイ。
ブラジル音楽とジャズの、伝説的なシンガーだ。
ジャズとインド古典音楽は即興において似た部分があると話す彼女は、今までに触れたあらゆる文化や音楽の影響を、自分なりに咀嚼して表現している。
そのアンテナに、きっと日本語の「懐かしい」もひっかかったのだろう。
おそらくは、世界中からミュージシャンの卵が集まるバークリーで、日本人から耳にした言葉だったのではないだろうか。

ちなみにバークリーで学ぶインド人アーティストは多く、女性シンガーではパティ・スミスを連想させるグランジ系フォークロックのAlisha Batthや、日本で活動しているジャズ/ソウルシンガーのTea (Trupti)などが活躍している。
彼女たちもそれぞれ独特の世界観をもっている興味深いミュージシャンなので、いずれ紹介したいと思います。

それでは!


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2018年12月26日

新世代R&Bクイーン、Anushqa!

このブログを始めてちょうど1年が経ったのだけれども、少し困っていることがある。
紹介するアーティストに、インド古典音楽の要素と欧米のロックの要素が入り混じったバンドが増えてきたので、先日記事のカテゴリーに新しく「フュージョン・ロック」というのを増やしたのだけど、ここに来て、今度はR&Bの分野でも、インド古典の要素を取り入れたアーティストが結構いることに気がついてしまったのだ。

ここはひとつ、新たに「フュージョンR&B」というカテゴリーを作るべきだろうか。
でもそれをやり始めると、「フュージョン・ エレクトロニカ」も「フュージョン・レゲエ」も作らなきゃいけなくなって、きりが無くなってしまうんだよなあ。
どうしたものか。

今回紹介するAnushqaは、まさにフュージョンR&Bと言えるサウンドを作り上げているアーティストだ。
まずは彼女のデビューシングル"Ecstacy"を聴いてみてください。

彼女の場合、インド的な要素は主にトラックのみで、歌唱についてはほぼインドの要素ナシというタイプだけど、ラップの部分のフロウには若干のインドらしさが感じられる(ような気がする)。

このAnushqaは、2015年にヴォーカリスト発掘をテーマにしたテレビ番組'The Stage'のシーズン1のファイナリストに残ったことをきっかけに音楽の世界に入ったという経歴の持ち主。
本名のAnushka Shahaneyとしてボリウッド映画のプレイバックシンガー(つまり女優が口パクで演じるミュージカルシーン専用の歌手)としても活躍していて、インドのベストセラー小説家チェタン・バガット(Chetan Bhagat)原作の映画、'Half Girlfriend'の挿入歌でその名を上げた。
映画を離れてソロのシンガーソングライターとして活動するときには、名前のkをqに変えて、Anushqaという名義を使っているようだ。
このユニークな綴りは、インドではよくあるアヌーシュカという名前をより識別されやすくするためだろう(ネット検索のときも便利!)。

こうした経歴からもわかるとおり、彼女はこのブログでいつも紹介しているインディーズ系のミュージシャンとは一線を画す、インドのショービジネスのかなりメインストリームに近いところで活動をしているアーティストということになる。

彼女のデビューのきっかけとなったようなオーディション番組は、インドでもかなりの人気を集めているようで、Slumdog Millionaireの原作者でもあるヴィカス・スワループの小説'Accidental Apprentice'でも、主人公の美人の妹がテレビのオーディションに出演するエピソードが出てくる。
オーディション番組でスター歌手になるというサクセスストーリーは、ちょうど70年代日本の「スター誕生!」みたいに、インドの新しい世代の憧れとして認識されているのだろう。
先天的な美貌がないと務まらない役者の世界と違って、「歌さえ上手ければ…」という夢を見させてくれるところも人気の秘密なのではないかと思う。
(その小説では、オーディション番組の裏側はセクハラやパワハラが横行するずいぶんとダーティーな世界として描かれていたけれど、実際のところはどうなんだろう。秋元康プロデュースのムンバイのMUM48も、プロジェクトが発表されたのち全く音沙汰がないが、インド芸能界のこうした闇の部分によって頓挫してしまっているのだろうか)

話をAnushqaに戻そう。
彼女は幼少期からムンバイで(西洋の)クラシック音楽を学んで育った。
インドの先進的ミュージシャンの常で、彼女もまた海外への留学を経験している。
カナダの大学で心理学を学んでいたそうだが、音楽のキャリアを追求したいという気持ちが強くなり、'The Stage'へのエントリーへとつながったようだ。

彼女のインターナショナル・デビューとなったのはこの曲、'Something in Common'.

おそらくは海外のマーケットを意識してエキゾチックな雰囲気のビデオにしたのだろうが、ここで見られるエキゾチックさはインド独自のものではなく、イメージ優先のなんちゃってエキゾチック(だと思う。ちょっとどこかの部族の民族衣装っぽくも見えるけど、監督はイギリス人のようなのでそこまで意識していなさそう)。
結果的にMajor Lazer & DJ Snake feat. MØの'Lean On'にそっくりになっているんじゃないかっていう指摘もされているようだが、インドらしさでいえばむしろ'Lean On'のほうが上だ('Lean On'のほうはロケ地もインドのどっかのお城だし)。

とはいえエキゾチックなのはビデオだけで、彼女の歌唱については、今回もインドらしさよりも直球のR&Bテイストで勝負している。
このあたり、カルナーティック音楽をルーツにもつRaja KumariAditi Rameshとの明確な違いと言ってよいだろう。

映画'Half Girlfriend'の挿入歌'Stay A Little Longer'.
 
この曲は作詞は彼女が手がけているけど作曲は別の人。
バラード調の曲調に、サーランギーっぽい擦弦楽器の音が絶妙なインド風味を醸し出している。
お聴きの通りインドの映画挿入歌、すなわちメインストリームポップスもここ数年で大きく変わってきていて、一昔前のYo Yo Honey SinghやBadshahみたいなクサイ(もっとストレートに言うとちょっとださい)曲調からだいぶ垢抜けてきた。

このAnushqa、これからもシンガーソングライターとプレイバックシンガーの二足のわらじを続けるのかどうかは不明だが、いずれにしても新しい時代のインドの歌姫として活躍していくことと思う。
日本での公開が増えてきているインド映画でもその歌声を聴く機会があるかもしれないので、要注目です。

今回はここまで。
それでは!


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2018年11月06日

MTV EMA2018最優秀インド人アーティスト発表!Big-Ri & Meba Ofilia

MTV EMA (Europe Music Awards)2018がスペインのビルバオで開催され、各部門の受賞アーティストが発表された。
ヨーロッパといいながら、なぜかたくさんの国のベストミュージシャンが選ばれるこのイベント。
今年のBest India Music Actに選ばれたのは、R&B/ヒップホップアーティストのBig-Ri & Meba Ofiliaによる楽曲'Done Talking'だった。

Big-Riは2009年に結成されたメガラヤ州のヒップホップグループKhasi Bloodzのメンバーの一人。
メガラヤ州はこのブログでも何度も紹介してきた、独特の文化と高い音楽性を誇るインド北東部8州(セブン・シスターズ+シッキム)の1つだ。
Khasiとはメガラヤ州に住む先住民族の名称で、彼らもまた自分たちのルーツに誇りを持ったアーティストであることが分かる。
Khasi Bloodzはインドらしからぬこなれた英語のラップを聴かせる実力派ラッパー集団で、ここでもBig-Riは安定したラップを披露しているが、何しろ圧巻なのは同じくメガラヤ州出身の女性シンガー/ラッパーのMeba Ofiliaだ。
情感のこもった歌唱から小気味いいラップまで、独特のハスキーヴォイスで素晴らしい歌声を聴かせてくれている。
Mebaはまだメガラヤの州都Shillongで法律を学んでいる大学生。
オリジナル曲もほとんどなく、1年前にKhasi Bloodzと共演した楽曲ではまだまだ実力を発揮できていなかったが、この'Done Talking'で急速に成長した姿を見せつけることになった。
こう言っては大変失礼だが、インドの山奥から出てきたとはとても思えない堂々たるパフォーマンスで、この曲の素晴らしさの8割方が彼女によるものと言っても過言ではないと思う。
大都市や国際都市があるわけでもなく、人口も少ない北東部だが、ここの人々のロックやヒップホップ偏差値の高さにはいつもながら本当に驚かされる。

ちなみにこの賞を受賞した北東部のアーティストとしては、他には先日のナガランド特集で紹介したAlobo Nagaがいる。
北東部のミュージシャンはその音楽的才能の高さに比べて、民族的にマイノリティーであることもあって、なかなかインドの音楽シーンの主流には食い込めていないような印象を持っているのだけど、こうした海外の賞ではきちんと評価されているんだなあ、と思うと感慨深い。

今年ノミネートされていた他のアーティストはこちらのみなさんです。
Raja Kumari ft. Divine 'Roots'.
 
このブログでも取り上げたカリフォルニア出身の米国籍のテルグ系ラッパーRaja Kumariと、ムンバイのヒンディー語ラッパーDivineによる2度目のコラボレーション。
トラックもかっこいいし、ラップもさすがのテンションだけど、この二人はいつもこんな感じなので、ここに来てまたインド人としてのルーツを誇るみたいなテーマはちょっと新鮮味が無いような気もする。
ちなみに彼女は昨年に続いて2度目のノミネートだった。

Monica Dogra &Curtain Blue 'Spell'

Monica Dograはボルティモア出身のインド系(北西部ジャンムー系)シンガー兼女優で、MTV EMAでは2015年、2016年に続いて3度目のノミネート。
この曲ではデリーのバンドThe CircusのヴォーカリストAbhishek BhatiaのソロプロジェクトであるCurtain Blueとのコラボレーションとなっている。

Skyharbor 'Dim'

Skyharborはインド系のメンバーによるオルタナティブ/プログレッシブ・メタルバンドで、デリー、ムンバイ、アメリカのクリーブランドなど、さまざまな土地の出身者で構成されている。
2010年結成。
日本の音楽シーンとも縁があり、BabymetalのUSツアーのオープニングアクトを務めたり、マーティ・フリードマンのJ-Popカバーアルバムに参加したりもしている。


Nikhil 'Silver and Gold'
 
Nikhil D'souzaはムンバイ出身のシンガー・ソングライター。
'Silver and Gold'はジェフ・バックリィやスティングらの影響を受けて曲を作り始めた彼のソロデビュー曲。
アコースティックに始まって徐々に盛り上がるアレンジもよく出来ているし、力強くも繊細なヴォーカルも素晴らしい。
やけに貫禄がある歌いっぷりだと思ったら、どうやら彼は長らくボリウッド映画のプレイバック・シンガーとして活躍していたようで、いまでは拠点をイギリスに移して活動している様子。
古城で撮られたビデオも美しい。


どれも完成度の高い楽曲ではあるけれども、いったいどうやってこの5曲が選ばれたのか、謎だなあ。
そもそもRaja KumariやMonica Dograはアメリカ国籍だし、Nikhilは今ではイギリスを拠点に活動しているみたいだし。
共通項はメジャーレーベルからリリースされている作家性の強い英語の楽曲ということくらいか。
欧米の音楽シーンとの親和性も求められているセレクションのような気もする。
この賞は、2013年、2014年はYo Yo Honey Singh、2015年は女優でもあるPriyanka Chopraと、よりポップな(まあ、なんつうか下世話な)曲が選ばれたこともあり、インディー色の強いRolling Stone Indiaのベストアルバムなんかと比べるとこれはこれで個性があって面白い。

そのうちそれぞれのアーティストについても、深く紹介してみたいと思います!
ところで、インドにも増してさらに謎なのは、Best Japan Act.
今年のノミネートはLittle Glee Monster、Daoko、Glim Spanky、水曜日のカンパネラ(英語名称はWednesday Campanella)、Yahyelで、受賞はLittle Glee Monsterだって。
別に異存はないけど、インド系移民はヨーロッパにも多いのでBest India Actはまあ分かるとしても、Best Japan Actはいったいどういう基準で選んでいるんだろう。
Chaiとかは入らないのか。
うーん、謎。

まあいいや、それでは今回はここまで!



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2018年08月08日

インドのエリートR&Bシンガーが歌う結婚適齢期!Aditi Ramesh

「インドの女性に関する話題」と言えば、ここ日本で報道されるのは、首都デリーや地方でのレイプ被害だとか、結婚のときの持参金で揉めて花嫁が殺されたとか、顔に硫酸をかけられたとか、悲惨なものばかり。
あるいは、インディラ・ガンディー首相やタミルナードゥ州のジャヤラリタ州首相のような、いわゆる「男まさり」な女性政治家たちや、女性美をとことん強調したボリウッド女優など、いずれにしてもかなり極端なものばかりであるように思う。
もちろん、そのいずれもが注目すべきトピックではあるのだけれども、こうした話題とは直接的に関係なく暮らす女性たちがたくさんいるのも事実。

というわけで、今回は、女性R&Bシンガー、Aditi Rameshが歌う現代インドのキャリアウーマンの切実な悩み、っていうテーマでお届けします。

今回の記事の主役、Aditi Rameshはムンバイで活躍する実力派女性シンガーソングライターで、例えばこんな楽曲を歌っている 。

お聴きいただければ分かるとおり、この曲はインド要素ゼロ。フランスの女性シンガーZazを思わせるジャジーな楽曲だ。


もっとミニマルでエクスペリメンタルな曲も。ちょっとZap Mamaみたいなアフリカにルーツのあるアーティストに似た雰囲気のある楽曲で、中間部ではカルナーティック的な歌い回しも出てくる。

現在28歳のAditiは、少女時代をニューヨークで過ごした。
ニューヨークとはいえ、やはり以前紹介したRaja Kumariのように、インド人コミュニティとの繋がりが強かったのだろう、クラシックピアノだけでなく、南インドのカルナーティックの古典声楽を習っていたという。
15歳のときに家族とともにインドのバンガロールに引っ越し、その後大学で法律を修めたのち、インドでもトップクラスの法律事務所で弁護士としてキャリアをスタートさせた。
この経歴を見てわかる通り、彼女はミュージシャンである以前に、裕福な家庭で育った極めて優秀なエリートでもあるわけだ。

そんな彼女が再び音楽と向き合うことになったのは2016年。
友人にキーボードをもらったことをきっかけに、彼女はまた音楽にのめり込んでゆく。
翌年に最初の音源をリリースすると、ジャズやブルース、ヒップホップ、それにほんの少しのカルナーティックの要素を融合した彼女の音楽は、あっという間にインドの若いリスナーの心をつかんだ。
今では弁護士の仕事を辞めて、音楽一本で生活しているとのこと。

何不自由なく育ったお嬢さんがブルースねえ、と皮肉りたくもなるが、15歳という多感な時期にインドに戻ってきた彼女は、母国であるはずのインドでの暮らしになかなかなじめず、両親ともうまくいかない時期を過ごした。
彼女が法律の道に進んだのも、両親のように薬学や工学を学びたくないという理由からだったという。 

音楽活動に真剣に取り組み始めた当初、彼女のいちばんのモチベーションは、人間性を無視してまで働かざるをえない環境への不満を表現すること。
仕事に対する怒りをブルースの形でぶつけた"Working People's Blues"という曲でムンバイのシンガーソングライターのコンペティションで優勝したことが、デビューのきっかけになった。
これがその曲で、歌は30秒頃から。かなり本格的なブルースソングだ)
はたから見れば裕福で悩みなんかなさそうに見える境遇でも、 当然ながら相応の苦労や憂鬱があるってわけだ。

さて、今回注目するのはこの曲。
"Marriageble Age"


現代的なR&Bを思わせるミニマルなトラックにフィーメイル・ラッパーDee MCのラップを大きくフィーチャーした楽曲で、ところどころにカルナーティック的な歌い回しが顔を出す。
ジャジーな部分やR&Bっぽい部分はインドらしさ皆無なのに、ラップになるとアメリカの黒人やジャマイカン的なリズムではなく、インドのリズム由来のフロウになっているところに、このリズムがDNAレベルでの浸透していることを感じる。

サウンド面でも非常に興味深い楽曲だが、今回注目する歌詞の内容はこんな感じだ。
(英語の歌詞全体はこちらからどうぞ。"show more"をクリック!)

あなたはいくつになったの?25?26?
家族はいつ身を固めるのかと聞いてくる
いつ赤ちゃんを産んでくれるの?
あなたの体内時計はどんどん時を刻んでゆくのに、どうして私を困らせるの?
いつ落ち着くつもりなの?
どうしていい人を探さないの?男の人はたくさんいるのに

分からないの?そんなことが私のしたいことの全てってわけじゃない
私には自分のしたいことがある、無関心だなんて言わないで

でもあなたはもう結婚適齢期、20代ももう下り坂
あなたは結婚適齢期、もう十分自由を満喫したでしょう?
どうして動き回っているの?あなたの人生で何をやっているの?
今すぐに誰かの奥さんにならないんだったら
誰にも見つけてもらえない落し物みたいになるわ

(ここからラップパート)
時は流れてゆくのに、どうして遊びまわっているの?
美貌は衰えてゆくのに、自分だけは別だと思ってる
あなたは正気を失ってるの 結婚する時期よ
気分を切り替えなさい 夢見る時は終わったの

私たちのおせっかいは終わらないわ
こういうものなの 逆らえないの
イヤって言えば言うほどしつこくするわよ
それだけが目的なの 理由は聞かないで

あなたはインドにいるの ここはアメリカじゃない
一度無くした若さは戻らないわ
また結婚の申し込み(rishtaa)があったわ、今度は文句ないでしょう
最高の巡り合わせなのに、どうしてまだ待つなんて言うの?
娘よ、手遅れになる前に決めなきゃ
これ以上自由でいるあなたを見たくはないわ

私の古い考えを変えることはできないわ
男とハグしたりキスしたりするのは結婚してからにしなさい
結婚証明こそが生きてゆくためのライセンスなのよ
どうして理解できないの?あなたには責任があるの
まだ子供時代が過ごしたいの?
あなたの叔母さんが送ってくれた写真を見てみなさい
目をそらさないで この人の奥さんになりなさい
仕事が終わったら彼のために料理を作って彼を幸せにするの
向こうのご両親も待っているわ 年相応になりなさい

インドの女性であることは呪わしくもありがたいこと
みんなは私を押さえつけようとするけど私は自由でいたいの
結婚適齢期なのよ 血を絶やそうとしているの?
30歳になるまで待っていられないわ もうすぐなのよ



ところどころ、とくにヒンディーのところはGoogle翻訳なので間違っているかもしれないがご勘弁を。
親族からのプレッシャーを表したすっごく直接的な歌詞にびっくり。
日本だとポップスの曲で、ここまで具体的かつ個人的な不満をぶちまけることってなかなか無いので、ちょっと驚いてしまう。
でもAditiがこういう曲を発表した背景には、これが単なる個人的な不平ではなく、インド社会全体に共通して見られる現象だから。
実際にAditiが親からこういうプレッシャーをかけられているということではなく(それも有りうることだが)、多くのリスナーが共感してくれる内容だからこそ歌にしているのだろう。

Aditiに代表される英語での高等教育を受けた新しい世代は、インド社会でますます存在感を増してきている。
彼らの特徴は、英語を流暢に話すこと(海外在住経験者も多い)、その多くがエンジニアやMBA、法律家や医師などの専門職であること、カースト等の伝統的な価値観への帰属意識が希薄なことなどが挙げられ、インド社会の中で、カーストや地域をベースにした既存の集団とは違う、新しい「階層」を形成している。
しかしながら、今日でも家族をベースにしたコミュニティの団結がとても強いのもまたインド。
こうした新しい考え方と価値観を異にする彼らの両親らの古い世代とのギャップは埋めようがないレベルにまで達している。
その最たるものが結婚に対する意識で、彼らの母親たちの世代では、女性は遅くとも20代前半には両親の決めた相手と結婚し、家庭に入り、子どもを生み育て家を守るのが当然であり、またそれこそが幸福とされていた。
もっとキャリアを追求したい、とか、結婚相手を自分で探して選びたい、とか、結婚のタイミングを自分で決めたい、という若い世代の考え方とはどうしたって相容れない。
これはもうどちらが正しいという問題ではなく、価値観や幸福感のベースをコミュニティーや伝統とするのか、それとも個人とするのかという根本的な考え方の違いなのだ。

世間体や家族の体面のためだけに結婚なんかしたくはないし、それが幸福とも思えない。
それなのに両親や親族からは会うたびに結婚はまだかと聞かれる。
めんどくさくってしょうがない。

と、まあ、この曲は都市部のインドの女性の極めて現実的な悩みを歌ったものなのだ。
そもそもブルースやR&Bは人々の憂鬱や苦労をストレートに歌い飛ばすもの。
特段に悲惨な境遇でなければ歌にしてはいけないなんて決まりはなく、例えば初期のR&Bシンガー、エタ・ ジェイムスの"Mother in Law"という曲では、口うるさい姑への不満が歌われている。
そういう意味で、このAditi Rameshの"Mariageable Age" はまさしく現代のインド都市部の働く女性のためのリアルなブルースと呼ぶことができるだろう。

彼女はソロ名義とは別のプロジェクトや客演も積極的に行っている。

よりジャジーなアプローチを行っているカルテット、Jazztronaut.


音楽の世界における女性の地位向上をテーマにした女性だけのバンド、Ladies Compatment.


Mohit Rao, Adrian Joshua, The Accountantとのユニットではヒップホップ色の強いサウンド。


先日の映画音楽カバーの記事でも紹介したアカペラグループVoctronicaのメンバーの一人でもある。


彼女の音楽は、インドの要素を取り入れていても、どこか都会的でR&Bの空気感が支配的な印象を受ける。
こうした印象は、インド系アメリカ人であるRaja Kumariとも共通しているように感じるが、これはAditiも幼いころを米国で過ごし、アメリカの音楽に本場で親しんでいたことが理由なのだろうか。
(彼女はインタビューでも、両親はミュージシャンでこそなかったが、いろいろな音楽を聴かせてくれたと語っている)
R&Bやジャズをベースにしたサウンドに、ほんの少しのインド音楽の要素。
これは、欧米風の個人主義的な価値観に基づいて暮らしつつも、伝統やコミュニティーから完全には自由になれないインドの新しい世代そのものを表しているようにも感じられる。

というわけで、今回はAditi Rameshの音楽を通じてインドにおける世代間の価値観のギャップを紹介してみました。
彼女の音楽は、こんなふうに歌詞をほじくらなくても、サウンドだけでも十分に素晴らしいものなので、ぜひいろんな曲を聴いてみてください。

いよいよ次回は、読者の方からリクエストをいただいたバンド、Pineapple Expressを紹介してみたいと思います! 
それでは。 



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「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」

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goshimasayama18 at 23:24|PermalinkComments(0)