インタビュー

2020年05月19日

ロックダウン中に発表されたインドの楽曲(その2) Hirokoさんインタビューと国境を超えたコラボレーション



前回の記事で、ロックダウン下のインドで発表された楽曲たちを紹介した。
今回は、インドのミュージシャンたちとコラボレーションしてZARDの『負けないで』のカバーを発表したムンバイ在住のシンガー/ダンサーのHirokoさんのインタビューをお届けする。
Hirokoさんに聞いた製作裏話や現在のムンバイの状況と、コロナウイルス禍のなかで、国境を越えて行われた共演の数々を紹介したい

Hirokoさんへのインタビューの前に、改めてタブラ・バージョンのカバーを聴いてみよう。


−お久しぶりです。軽刈田です。さっそくですが、今回のコラボレーションの経緯を教えてください。

「2月末〜3月上旬にかけて日本やインドでCovid-19感染者が出始め、インド政府が日本人へのビザを一時無効としたことで、私を含めたインドを愛する日本人の間で動揺が広がりました。
ムンバイ在住の私も、日本に自由に行くことができなくなりました。
実はこの頃に日本に住んでいた姉が急逝したのですが、私は日本に行けないため最期のお別れもできませんでした。
そうこうしているうちにインドでもCovid-19の感染者が増え始め、ムンバイでは3月21日から、インド全土では3月25日からロックダウンが始まり、自宅に引きこもる軟禁生活が始まりました。
日本やインドや世界中でCovid-19が蔓延していく様子が毎日ネットを通じて目に入ってきて、私自身も不安な気持ちが大きくなってきたのですが、このままだといけないなと自分自身を元気づけるために毎日自宅で一人で歌っていたのが、ZARDの『負けないで』でした。
もともとZARDの坂井泉水さんの歌は大好きだったのですが、ロックダウンの軟禁生活のなか『負けないで』を歌っていたらとても元気が出たんです。
この元気になる歌を私の声で歌って、リスナーの皆さんに少しでも元気をおすそわけできたら良いなと思い、カバー曲を制作することを決めました。
せっかくインドにいるのだからインド要素を取り入れたカバー曲にしたいなと思って、友人のインド人アーティスト達にコラボを提案してみたら、みんな賛同してくれてプロジェクトが始動しました。」

さらりと話しているが、コロナウイルスによる異国でのロックダウンという災難に加えて、お姉さんの急逝という悲劇まで重なってしまっていたとは…。
『負けないで』という選曲は、世界中の同じ状況下にいる人々への応援歌というだけではなく、自分への励ましでもあったのだ。
それを知ったうえで改めて聴くと、Hirokoさんの歌声からまた違った印象が感じられる。


−プロデューサーのKushmirとキーボードのSamuelはHirokoさんと同じムンバイですが、タブラのGauravはデリーからの参加ですね。

「はい、本プロジェクトチームはムンバイだけでなく、デリー、日本からのメンバーで、全員WFH (Work From Home) で制作しました。
ミュージックプロデューサーのKushmirとVideo EditingのIan (Ibex名義でラッパーとしても活動)はもともとの友人で、以前ブログでも紹介していただいた『ミスティック情熱』のメンバーです。
PianistのSamuelはKushmirの友人、Sound Mixing & Masteringの石山さんは私のソロ曲「Arigatou」でもお世話になったサウンドエンジニアさん。
そして、タブラのGaurav Chowdharyは昔ムンバイに住んでいて、私が初めてムンバイに来てダンス修業をしていた時に知りあった古くからの友人です。Gauravはアクターでもあり、『Teen Taal』というヒンディー映画にも出演しています。」

Hirokoさんから教えてもらったパーソネルは以下の通り。

Vocalist : Hiroko (Mumbai)
Music Producer : Kushmir (Mumbai)
Pianist : Samuel Jubal D’souza (Mumbai)
Tabla Player : Gaurav Chowdhary (Delhi)
Sound Mixing & Mastering : Aki Ishiyama (Japan)
Video Editing : Ian Hunt (Mumbai)
 
Hirokoさんが以前リリースした"Mystic Jounetsu"(『ミスティック情熱』)についてはこちらの記事を参照してほしい。
日本のカルチャーや音楽がどのようにインドに影響を与えているかが分かる興味深いインタビューになっている。 
 


ちなみに"Mystic Jounetsu"にも参加していたビートメーカーのKushmirは、ソロのWFH(Work From Home)作品も発表している。


彼は、最近では、日本の映像クリエイター入交星士(Seishi Irimajiri)とコラボレーションした作品も発表しており、こちらも非常に興味深い仕上がりだ。


Hirokoさんが語っているGauravが出演した映画『Teen Taal』は、彼の亡くなったお父さん(タブラ奏者)の実話をもとにしたストーリーで、Gaurav自身が脚本も書いているとのこと。
Gauravはタブラ奏者、俳優、脚本というマルチな才能を持った人物のようだ。 


キーボードのSamuelも、ロックダウン中に自宅からNicole C. Mullenの"Redeemer"のカバー曲を発表している。

歌っているのは彼の奥さん。
彼は敬虔なクリスチャンのようで、この動画には「こんな時でも、イエスは見守ってくれているということを思い出して欲しくてこの曲を演奏していると決めた。彼は我々が思うよりもずっと近くで、その手で包んでくれている」というメッセージが添えられている。

−今回は完全にオンライン上でのコラボレーションになったと思いますが、どのような進め方で製作したのでしょうか?苦労した点はありますか?

「楽曲については、インド要素を取り入れつつも、オリジナルのZARDのイメージは大切にしたかったので、今回はタブラを入れたアレンジにしました。
まずKushmirに『負けないで』のオリジナル楽曲を聴いてもらい、ビート制作を依頼しました。
KushmirのビートにSamuelのピアノを乗せたインストをGauravに送り、それに合わせてタブラを録音したデータを私に送ってもらいました。
並行して、私のボーカルを自宅で録音しました。
そして、インストのステム、タブラトラック、ボーカルトラックをサウンドエンジニアの石山さんに送り、ミキシング・マスタリングをしてもらいました。
ミュージックビデオは、出演アーティスト4名がそれぞれ自宅でスマホで動画を撮影し、私がまとめてビデオエディット担当のIanに送り、エディットしてもらいました。
WFHでコラボしているイメージをお見せしたかったので、4名が同時にパフォーマンスしている映像にしました。」

タブラ・バージョンでのカバーということで、もっとインドの要素が入ってくるかと思っていたのだが、オリジナルを大切にしたうえでのアレンジだったようだ。
Hirokoさんのコメントは続く。

「このように、基本的なやりとりはWhatsAppやメールで問題なく進められましたが、一番苦労したのはレコーディングでした。
ロックダウン中でスタジオに行けないので、自宅でのレコーディングでしたが、自宅にスタジオマイクが無いのでなんとスマホでレコーディングしました。
Naezyがまだ有名になる前にスマホでレコーディング・撮影したという話を思い出しながら。(笑)
スマホでのレコーディングですから音質は良くなくて、サウンドエンジニアの石山さんもかなり苦労されたようです。
それでも、聴いてくださったリスナーの皆さんから「元気が出ました!」というコメントをたくさんいただいて、嬉しかったです。」

さすが、日本よりもインドのほうが落ち着くと公言してはばからないHirokoさん。
スマホでレコーディングしてしまうという、あるモノで、できる範囲でやってしまおうという精神は、まさにインディアン・スピリッツ。
コメントにあるNaezyのエピソードは、ムンバイのスラム出身で、今ではインドを代表するラッパーの一人となったNaezy(昨年インドの映画賞を総なめにした『ガリーボーイ』の主人公のモデルだ)が注目されるきっかけとなった楽曲"Aafat!"をiPadのみで製作・撮影したことを指している。



−さて、ロックダウンが長く続いていますが、ムンバイの様子はどうですか?

「ロックダウンももう53日(ムンバイは55日 ※5月16日現在)続いており、自宅軟禁生活もすっかり慣れました。
食材の買い出し以外は外出禁止なので、基本的に家に引きこもって、在宅で仕事をしたりWebinar(ウェブセミナー)を開催したり、ダンスのオンラインクラスを受講したり逆に教えたり、次の音楽プロジェクトの作詞作曲をしたり、料理を楽しんだりしています。
ムンバイはインドで一番感染者が多く、ホットスポットが多いレッドゾーンとなっており、ロックダウンはまだまだ延長されそうです。
もともとムンバイは人口が多く密集度が高いのですが、特にアジア最大のスラム ダーラーヴィー地区での感染が広がっているのがとても心配です。」

ダーラーヴィー(ダラヴィ)は、映画『スラムドッグ$ミリオネア』や『ガリーボーイ』 の舞台にもなったスラム街だ。
貧しい人々が多く暮らすスラムは、衛生環境も悪いうえに、人口も多く住居も過密状態であり、こうしたエリアでコロナウイルスが蔓延してしまうと、いったい収束にはどれくらいかかるのか、想像もつかない。

「また、私もチャリティーライブなどで参加させてもらっているワダーラー・ゴワンディー地区のスラムの子供達ともメッセージで話したのですが、政府からの食料配給がなかなか行き届いておらず、私からムンバイポリスやボランティア団体にTwitterで直訴して支援していただけるようお願いしたりもしました。
ムンバイ以外のエリアでも、ロックダウンによって大変な影響を受けている貧困層や出稼ぎ労働者、会社から給料を払ってもらえないミドルクラスなどがたくさんいます。
これらに対してインド政府は色々な経済支援策を出しており、また、多くの富裕層が寄付をしたり、ボランティア団体が貧困層をサポートしたりしています。それでもまだまだ足りないのですが。
一日も早くCovid-19の件が終息して、またスラムの子供達の元気が姿が見たいですし、音楽やダンスのステージライブがしたいです。」 

Hirokoさんはワダーラー地区でダンスと音楽を教える活動を行なっている。
その教室で育った青年のなかには、現在ではラッパーになった者もいる。
音楽がスラムの若者たちの力と誇りとなり、それが引き継がれてゆく一例だ。
ワダーラー地区の様子とその青年、Wasimのラップはこの映像で見ることができる。


−このあともHirokoさんは音楽活動の予定がたくさんあるようですが、教えてもらえますか?

「『ミスティック情熱』チームでの日本語・英語ラップ曲次回作、ヒンディー語楽曲など、コラボプロジェクトがいくつか進行しています。
ロックダウンが終わって最初に行きたいのは、レコーディングスタジオかな(笑)
日本の皆さんも緊急事態宣言で外出の自粛要請をうけて、色々と制限された生活を送られていることと思います。
ですが、日本もインドもみんなで負けないで乗り切りましょう!」

…と、Hirokoさんはどこまでもポジティブに先を見据えているようだ。
ムンバイの状況が落ち着いて、進行中のプロジェクトがリリースされることを楽しみに待ちたい。


Hirokoさんの『負けないで』のような、インドと海外のアーティストによる国境を超えたコラボレーションは、他にも行われているようだ。
デリーのロックバンドCyanideのヴォーカリストでシンガーソングライターRohan Solomonは、5大陸9カ国の20都市のアーティストと、ロックダウンの孤独をテーマにした楽曲"Keep Holding On"をリリースした。

Rohan Solomonは、Anderson Paakによるグラミー賞(最優秀ラップ・パフォーマンス)受賞曲"Bubblin"にアシスタント・エンジニアとして関わるなど、裏方としても活躍している。
この楽曲でも、"We Are The World"形式のアレンジで、ロックダウンの孤独のもとでも自分にとって大切なものを保ち続けようというメッセージをドラマチックに聴かせてくれている。

ムンバイのジャズギタリストであるAdil Manuelは、フランス領レユニオン諸島のバンドTincrès Projektとインド洋をはさんだコラボレーションによる楽曲"Hope"を発表。

これまでに何度も共演経験があったとのことで、息のあったパフォーマンスを聴かせてくれている。

ムンバイのアコースティック・デュオSecond Sightは、2021年にリリース予定だったニューアルバムのプランを、このロックダウンにともなって変更し、世界中のミュージシャンとのコラボレーションによるラテン・ジャズに仕上げた。
この“Shallow Waters”には、キューバのパーカッショニスト、スリランカのベーシスト、そしてブラジルのピアニストが参加している。

曲のテーマは、「政府に対して疑問を持つことが、まるで国を憎んでいるかのように思われてしまうという考えが広まっているということ」だという。
インドのみならず、日本でも同じような状況があるのではないだろうか。


ロックダウン下でのインドのインディーミュージシャンたちの活動は、音楽メディアのRolling Stone Indiaが各種SNSで'#ArtistsWFH'というSNSで発信している。
また、古典音楽の大御所たちにも、様々なパフォーマンスを日々配信している人たちか多い。

一刻も早くこの状況が落ち着くことを願うばかりだが、こうした状況にもめげずに、またこうした状況だからこそできる活動を模索しているアーティストたちを見ていると、元気が湧いてくるのも確かだ。
今しばらく、こうした状況ならではのパフォーマンスを楽しみつつ、コロナウイルスの収束を待ちたい。



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goshimasayama18 at 19:27|PermalinkComments(0)

2020年02月11日

Daisuke Tanabe氏にインドのクラブシーンについて聞く!

おそらくは、日本のコンテンポラリー・ミュージックの世界で、最も多くインドでの活動を経験しているミュージシャンだろう。

Daisuke Tanabe — 世界的に活躍する電子音楽アーティストである彼は、2016年を皮切りに、これまでに3度のインドツアーを行っている。
のみならず、2018年にはムンバイのエレクトロニカ系レーベルKnowmad RecordsからEP "Cat Steps"をリリースするなど、彼とインドのシーンとのつながりは、非常に深いようである。
つい先月もインド4都市でのライブを行ったばかりのTanabe氏に、メールでインドのクラブミュージックシーンについて聞いてみた。

DaisukeTanabe

Tanabe氏とインドの音楽シーンとの最初の接点は、2016年にムンバイのエレクトロニカ・アーティストKumailのリミックスを手掛けたことだったという。
Kumailと「いつかインドでライブができたらいいね」と話していたところ、さっそくその年に最初のインドツアーが決定した。
Daisuke Tanabe、初のインドツアーは、'Magnetic Fields Festival'への出演と、ムンバイ、ベンガルール、プネーの3都市を回るものだった。
実際に訪れてみると、インドにはすでに彼の音楽を長く聞いているリスナーが大勢おり、大歓迎を受けたという。
これまで何度もこのブログで書いてきた通り、コアなファンを持つジャンルや、「音の響き」そのものが重視される音楽では、国籍や国境はあまり意味を持たない。

Tanabe氏自身も意外だったという大歓迎は、彼の音楽のスタイルと、そして質の高さが、国や文化の壁を軽々と超えるものだということの証明と言えるだろう。
ちなみに彼以外にインドでのライブを経験している日本人アーティストには、フィールドレコーディングによる音源を再構築してユニークなサウンドを作るYosi Horikawa、ポストロックのMono、デスメタルの兀突骨などがいる。
いずれも唯一無二の「音の個性」を持ったアーティストばかりである。

Knowmad RecordsからリリースされたEP"Cat Steps".

繊細かつ自由。
リズム、ハーモニー、ノイズが気まぐれに、しかし美しく展開する作風はまさにCat Stepsのタイトルにふさわしい。

Kumailの"Bottom Feeder"のDaisuke Tanabe Remixは、叙情と混沌と美の2分半だ。

Daisuke Tanabeのインドでの最初のライブは、ラージャスターン州の砂漠の中の宮殿で行われる電子音楽系のフェス、Magnetic Fields Festivalだった。
インドらしい異国情緒と国内外の先端的な音楽が融合した、かなりユニークなフェスティバルだ。
Sunburn, VH1 Supersonic, NH7 Weekenderなど、近年大規模な音楽フェスが増えているインドだが、ローカルの伝統文化と新しい音楽を融合するという発想のフェスは珍しい。
彼が出演した2016年のアフタームービーからも、その独特な雰囲気が感じられる。


このMagnetic Fields Festivalは、チケットがかなり高額なフェスであるため、Tanabe氏曰く、客層は裕福そうな人が多く、オーディエンスのマナーもとても良かったとのこと。
日本では音楽ファンにもインド好きにもまだほとんど知られていないイベントだが、伝統的なインドと最先端の音楽シーンをかなり面白い形で体験できる、素晴らしいフェスティバルのようだ。
(かつての記事でも少し紹介しているので、興味のある方はこちらもどうぞ)


2018年の9月には、リリースしたばかりの"Cat Steps"を引っさげて、ニューデリー、ムンバイ、バンガロール、プネーを回る2度目のインドツアーを挙行。
今年1月のツアーでは、ムンバイ、バンガロール、ニューデリーに加えて、ゴアでのライブも行った。

Tanabe2018tour
和の要素を感じさせるフライヤーがクールだ。
Tanabe2020Tour

ヨーロッパ各国や中国など、さまざまな国でのライブ経験のあるTanabe氏に、インドのオーディエンスの印象について聞いてみたところ、「最初から最後までとにかくよく踊る」とのこと。
国によってはアーティストの動きにかぶりつくところもあれば、じっと音楽に耳を澄ますオーディエンスが多いところもあるそうだが、「インドはとにかく反応が良い」そうだ。
インド映画を見れば分かる通り、インド人は筋金入りのダンス好きだ。
インドに行ったことがある人なら、子どもたちがラジカセから流れる映画音楽に合わせて、キレキレのダンスを踊っているのを見かけたことがある人も多いだろう。
インドでは、大衆映画のファンから、クラブに来るような新しい音楽のファンまで、とにかく踊りまくる。
すばらしい国ではないか。

インドの都市ごとのシーンの印象について聞いてみたところ、あくまでも彼がライブを行った場所の印象だとことわったうえで、こう語ってくれた。

「ムンバイはインドの中でも特にパーティ好きと言うか、眠らない街という印象」、「デリーも大都市の雰囲気があるが、シーンに関してはムンバイよりある意味で大人な雰囲気」、そして「バンガロールはインドのローカルアーティストに聞くと、こぞって実験的な音楽に対しても耳を開いているという返事が返ってくる」そうで、今回初めて訪れたパーティーシーズンのゴアは、「オーディエンスの外国人率が他の都市と比べてダントツに高く、緩い雰囲気ではあるものの、やはり真剣に聴いてくれる印象」とのことだった。

このコメントは非常に面白い。
というのも、Tanabe氏が語るそれぞれの都市の印象が、各都市の歴史的・文化的な特徴とも重なっているように思えるからだ。
ムンバイはインド最大の都市であり、娯楽の中心地。ボリウッドのようなメインストリームの音楽からアンダーグラウンドなヒップホップ、エレクトロニック系、ハードコアまで様々なサウンドが生まれる土地である。
首都デリーは、古くから様々な王朝が栄えた文化的都市。インドで最初の国産電子音楽ユニットであるMIDIval Punditzやインド発のレゲエユニットReggae Rajahsなど、洗練されたセンスを感じさせるアーティストを多く輩出している。
バンガロールは20世紀末からIT産業によって急速に発展した国際都市で、音楽的にはポストロックなど、実験的なバンドが多い印象である。
そして、ゴアは古くから欧米人ヒッピーたちに愛されたリゾート地で、言わずと知れたゴア・トランスの発祥の地だ。

「ゴアは未だにトランスのパーティーも盛んなようで、興味深かったのは土地柄的にインドの人が最初に耳にする電子音楽はトランスが多い」というコメントも面白い。
ゴアはかつて西洋人のヒッピー/レイヴァーたちのトランスパーティーの世界的な中心地だったが(今でもHilltopやShiva Valleyというトランスで有名なヴェニューがある)、2000年頃からレイヴへの規制が強化され、外国人中心のパーティーと入れ替わるように、インドの若者たちが自分たちの音楽文化を作りあげてきたという歴史を持っている。

(ゴアの音楽シーンの歴史については、この3つの記事にまとめている) 



Tanabe氏は「実は以前はトランスも聴いていたので、インドでの人気の理由にはそこら辺の根っこの部分で近いものを感じ取っているのかもしれない」と述べている。
彼の有機的かつ刺激的なサウンドのルーツに実はトランスがあって、それがインドのオーディエンスにも無意識的に伝わっているとしたら、偶然なのか必然なのかは分からないが、音の持つ不思議な「縁」を感じさせられる話ではある。

また、Tanabe氏から聞いた各都市の「風営法」についての情報も興味深かった。
ムンバイでは、クラブイベントは深夜2時ごろまでに終了することが多いようだが、近々条例が改正され、さらに長時間の営業が可能になる見込みだという。
一方、バンガロールでは、つい最近まで音楽イベントに対する規制がかなり強かったようで、現在では緩和されているものの、そうした事情を知らない人も多く、イベントを行うこと自体が難しい状況もあるという。
バンガロールでは、昨年、地元言語であるカンナダ語以外の言葉でラップしていたミュージシャンが、観客からのクレームで強制的にステージを中止させられるという事件も起きている。
ITバブル以降急速に発展したバンガロールでは、実験的な音楽が好まれるシーンがある一方で、まだまだ保守的な一面もあるということがうかがえる。

インドの音楽シーンを俯瞰すると、中産階級以上の新しいもの好きな若者たちが新しい音楽を積極的に支持している反面、宗教的に保守的な層(ヒンドゥーにしろ、イスラームにしろ)は、享楽的な欧米文化の流入に強い危機感と反発を抱く傾向がある。
実際、EDM系の大規模フェスであるSunburn Festivalはヒンドゥー原理主義者からの脅迫を受けているし、人気ラッパーのNaezyは父親から「ラップはイスラーム的に許されないもの」と言われていたようだ。(Naezyの場合、結局、ラップはイスラームの伝統的な詩の文化に通じるもの、ということで、お父さんには理解してもらえたという)
こうした文化的な緊張感が、様々な形でインドの音楽シーンに影響を与えているようだ。


Daisuke TanabeがムンバイのKnowmad Recordsから"Cat Steps"をリリースした経緯については、こちらのblock.fmの記事に詳しい。

「リリースして誰かに聴いてもらうということには変わりないし、今はもうどこの国からリリースしたっていうのはほとんど関係ない時代」という言葉が深い。
インターネットで世界中がつながった今、優れた音楽であれば、あらゆる場所にファンがいるし、またコアな愛好家がいるジャンルであれば、あらゆる場所にアーティストがいる。
Tanabe氏はこれまで、日本のCirculationsやイギリスのBrownswood、ドイツのProject: Mooncircleといったレーベルから作品をリリースしてきたが、今回のKnowmadからのリリースによって、インドのファンベースをより強固なものにすることができたようである。
勢いのある途上国のレーベルからリリースすることは、メリットにも成りうるのだ。

Tanabe氏は、特段インドにこだわって活動しているというわけではなく、ファンやプロモーターからのニーズがあるところ、面白いシーンがあるところであれば、国や地域の先入観にとらわれず(つまり、欧米や先進国でなくても)、どこにでも出向いてゆくというスタンスなのだろう。
そんな活動のフィールドのなかに、当たり前のようにインドという国が入ってくる時代が、もう到来しているのだ。

Tanabe氏とのやりとりで印象に残った言葉に、「インドのアーティストやプロモーター、オーディエンスと会話すると、海外からのステレオタイプなインド像を覆してやるという気概みたいなものもよく見受けられる」というものがあった。

インドの音楽と聞いてイメージするものといえば、映画音楽か伝統音楽という人がほとんどで、電子音楽やポストロック、メタルなどを思い浮かべる人はとても少ない。
今では、インドにもこうしたジャンルの面白いアーティストがいるし、熱心なファンもいる。
彼らには新しいインドの音楽シーンを作っていこうという熱意と気概があり、すでにMagnetic FieldsやSunburnのような大きなイベントも行われている。

何が言いたいのかというと、日本の音楽ファンやアーティストも、インドをはじめとする途上国のシーンにもっと着目したほうが面白いのではないか、ということだ。
まだ形成途中の、熱くて形が定まっていないシーンに触れられることなんて、日本や欧米の音楽だけを聴いていたら、なかなか味わえないことだ。
まして、インドは「とにかく踊る国」である。
こんな面白い国の音楽シーンを、放っておく手はない。



…と、ここで記事を終わりにしても良いのだけど、とは言っても、いざ現地の音楽シーンを体験しに行こうにも、どこに行ったらよいのか分からないという人も多いだろう。
インドには、ヒップホップやテクノがかかるクラブもあれば、ボリウッド映画のダンスチューンがかかりまくるディスコみたいな店(これはこれで面白そうだが)もある。

というわけで、最後に、Tanabe氏に聞いたインド各地のクラブ情報をお届けしたいと思います。


まずは、ムンバイから。
「どの都市にもライブ会場があり、僕が初めて訪れた時(25年ほど前とのこと)には想像もできなかった都市にもクラブがあったりします。お隣の国のネパールでもフェスティバルがあったりと、まだまだ行ってみたい会場や国はたくさんですが、知っている都市の中ではムンバイが特にクラブに対して非常に精力的な印象でした。
僕が今回プレイしたAnti Socialという会場は他の都市にも支店ができて居るようで、情報も得やすいかもしれません。

他にもBonoboもよく名前を聞く会場の一つです。」



「デリーではSummer House cafeという会場でライブしましたが、こちらも音も良く、また料理も美味しいものが食べられます。」

(註:このSummer House Cafeはデリーの若者たちが集う、音楽や新しいカルチャーの中心地Hauz Khasに位置している)
 

「バンガロールでは前回、今回ともにFoxtrotという会場でライブしましたが、こちらも他の会場と同じく非常に良い雰囲気の中で、料理や飲み物が楽しめます。」



「ゴアは街を歩けばイベントのポスターが至る所に貼ってあるので、イベントを探すのは最も簡単だと思われます。ただイベントが多いのでお気に入りの場所を探すのには多少時間を要するかもしれません。

どの街も全く違った顔を持って居るのでどれか一つは選べないので、とりあえず今回訪れた会場を挙げてみました。」


とのこと!
インドでは、日本のような音楽がメインのクラブやライブハウスというものはあまり無いようで、どこもレストランバーやカフェバー的な、食事と飲み物も楽しめるようなお店になっている。
今回紹介したようなお店は、現地ではオシャレスポットなので、いかにもバックパッカーのようなヨレヨレの格好で行くのは控えたほうが良いかもしれない。
 
お店にもよるが、イベントによっては、ロックやヒップホップ、はたまたスタンダップコメディの日なんかもあるみたいなので、訪れる前にホームページをチェックして、好みのジャンルのイベントを狙って行くことをオススメする。
ムンバイに関しては、現地在住のHirokoさん、ラッパーのIbex、ビートメーカーのKushmirに聞いた情報も参考になるはず。(この記事で紹介されています)


次にインドを訪れるなら、ぜひ現地の音楽シーンの熱さも味わってみては!



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goshimasayama18 at 22:55|PermalinkComments(0)

2019年12月07日

プネーのドリームポップバンド Easy Wanderlingsの素晴らしい新曲とミュージックビデオ


少し前の話題になるが、以前もこのブログで紹介したプネー出身のドリームポップバンド、Easy Wanderlingsが9月にリリースした"My Place To You"がたいへん素晴らしかった。

以前の紹介記事 :


この作品は、"Beneath the Fireworks"と"Madeline"の2曲によって構成されており、プレスリリースによると、2曲とも、愛する人のために、自分の生活を惜しみなく捧げている人々をテーマにしているそうだ。
それぞれが全く異なる雰囲気の楽曲ながら、2曲はシームレスにつながっているものでもあるという。

彼ららしい心地よい音色と上質なメロディーに加えて、今作ではCGアニメーションによる素晴らしいミュージックビデオも制作されている。
楽曲とマッチした幻想的かつエモーショナルな映像はとても美しく、正直に言うと、初めて見た時には感動のあまり涙が出たくらいだ。

まずは、1曲めに収録されている"Beneath the Fireworks"のミュージックビデオをご覧いただきたい。


幻想的でありながら、どこか日常の感情を想起させる世界観が素晴らしい。
登場人物の動きは最小限だが、レイヤーされたイラストをうまく使って広がりのある視覚効果を実現しており、音楽に合わせた情感豊かな映像の美しさは息を呑むばかりだ。

それにしても、この不思議な映像はいったい何を表しているのだろうか。
なぜ、男は輪郭のみで描かれているのだろうか。
通常、白いサリーは寡婦が着るものとされている。
ということは、輪郭で描かれた男はすでに死んでしまっているということなのだろうか。
歌詞もまた、さまざまな解釈ができそうな内容だ。
例えば1番の後半からサビでは、このような歌詞が歌われている。

Get a rope and tie me up
Coz if I walk out this door, I fear I might be gone. 
To this world that’s calling me, to live on the edge of the river, 
Sitting here on the fence thinking what the fireworks are for?   
ロープを取って縛り付けてくれ
ドアの向こうへ行ってしまったら 戻れなくなるのが怖いんだ
私に呼びかけるこの世界へと 川のふちでの暮らしへと
フェンスに座って考えている この花火はいったい何のためなのかと

(歌詞は、例えばこのサイトから読むことができる。https://www.metrolyrics.com/beneath-the-fireworks-lyrics-easy-wanderlings.html

この曲に続く"Madeline"もまた曲、映像ともに美しく、とてもエモーショナルだ。


幻想的な世界に遊ぶ母子が詩的に表現されている。
指先から放たれる光線は、想像力のメタファーなのだろうか。
穏やかな夜に見る夢のような美しい楽曲と映像だ。

これらの素晴らしい作品について、Easy Wanderlingsの中心人物のSanyことSanyanth Narothにメールで聞いてみた。


凡平「この美しいアニメは誰が作ったものなんでしょう。ちょっと宮崎駿を思わせるところもありますよね。このアニメ作家とコラボレーションするようになった経緯を教えてください。」

Sany「ビデオを楽しんでくれて嬉しいよ。これらの作品は、二人のインドでとてもよく知られたアニメーターのSailesh Gopalan とPreetham Gunalanが手がけたんだ。
Saileshは、"Brown Paper Bag Comics"という作品で知られていて、インスタグラムで読むことができる。たくさんのフォロワーがいる作家なんだ。彼は日本のアニメをたくさん見ていて、すごく影響を受けているんだよ。僕も日本のアニメが大好きだから、彼に頼んだってわけ。アニメで流れている音楽も大好きで、僕は久石譲の大ファンなんだ。
つまり、日本のアニメ好きっていう点で僕らは繋がることができて、彼には自由にコンセプトを考えて作品を作ってもらうことにした。とても楽しいプロセスだったし、みんなに気に入ってもらえてうれしいよ。」

Saileshの"Brown Paper Bag Comics"は、幻想的なミュージックビデオとはうってかわって、社会風刺的な四コマ漫画だ。
https://www.instagram.com/brownpaperbagcomics/
服飾産業が児童労働を黙認していることを激しく批判しながら、幼い使用人を酷使する富裕層を皮肉るなど、インド社会の矛盾を指摘した作風は、ユーモラスではあるが、はっとさせられる。
ちなみにSaileshが最も影響を受けた作品は、『ONE PEACE』とのこと。
Sanyが久石譲のファンだというのも、この2曲のイントロの美しいアレンジを聞けば納得だ。


凡平「"Beneath the Fireworks"のビデオでは、父親は透明人間として描かれていて、母親は白いサリーを着ていますよね。これは、『じつは父親は死んでしまっているけれど、彼の魂はまだ家族のために働いている』ということを意味しているのでしょうか。それとも、これは『愛する人に無償の愛を捧げる』ということのメタファーですか?」

Sany「このビデオでは、伝統的なシステムの中で結婚した女性を描いている。彼女はパートナーの要求を全て満たすために、自分のしたいことや幸せを犠牲にして、人生の全てを捧げているんだ。そして、長い間ともに暮らした夫が亡くなったとき、彼女は自分が誰なのか、何が彼女を幸せにしてくれるのか、わからなくなってしまう。
この曲では、全ての女性に、いったん立ち止まって、じぶんがしている素晴らしいことを振り返って、自分自身と自分の幸福のために時間を使ってほしいっていうことを訴えかけているっていうわけさ」


つい男性側の立場で考えてしまったが、これは女性の視点からの物語でもあったのだ。
インドでは、伝統的に夫に先立たれた女性は不吉な存在とされ、派手な色の服を着ることや、装飾品を身に付けること、さらには甘いお菓子を食べることすら禁じられた極めて低い地位に甘んじることになる。
ここでは、こうした価値観のもとで嫁ぐこと自体が、寡婦として生きるのと同じように、自分の希望を殺して生きることでもあると表現しているわけだ。


凡平「"Beneath the Fireworks"の歌詞はとても深いですよね。哲学的なようにも聞こえます。花火(Fireworks)は何かのメタファーなのでしょうか?例えば『この世界に生きる喜び』とか?」

Sany「ありがとう。この曲の歌詞は、『実存的危機』についてのものなんだ。『犠牲と責任』というもっと大きなテーマにも関わってくる。
犠牲ということに関しては、誰かが自分の夢や情熱をあきらめているおかげで、彼らが愛している人が自分の夢を追求できているっていうことなんだよ。 きっとみんな個人的なレベルで、自分との関わりを感じてもらえるテーマじゃないかな。誰かの無言の努力を受け取る側にいるとしても、誰かのために努力を捧げる側にいるとしても。
『花火』は誰もが誰かの努力や奮闘のもとで生きているという意味に捉えることができる、って僕は感じているよ」

誰かのために人生を捧げることを、自らを犠牲にして鮮やかな閃光で暗闇を照らす花火に例えるとは、とても詩的な表現だ。


凡平「"Beneath the Fireworks"の最後に、母親が指から光線を出し始めます。これは亡くなった人との精神的な繋がりのようなものですか?」

Sany「この曲の最後に出てくる光線は、"Madeline"の母子が不思議な世界を作り出す時に使っていた光線と同じものなんだ。"Beneath the Fireworks"では、"Madeline"に出てきた子どもが成長して、都市で平凡で活気のない生活をしている。彼が再び『描くこと』に対する情熱を見出すまではね。
この曲の最後で、『光線』が再び彼を見つけ出して、彼は再び子どもの頃に描いたのと同じ絵を描こうと決意したんだ」


凡平「"Madeline"のビデオはまるで夢のようにシュールですよね。ここでも最後に、息子が透明人間になってしまいます。これは何を意味しているんですか?」

Sany「小さな町や村で暮らしていた人が、故郷を出て、夢を追って新しい人生のために大都市に行くっていうのはよくあることさ。この息子は、魔法のような世界と母親のもとを離れ、大都市に移ってキャリアを追求するんだけど、その中で彼は喜びを失い、生気を感じられなくなってしまう。だから彼をチョークの輪郭で描いているのさ」


…と、私の解釈はことごとく外れていたが、これでこの曲が表現している内容がはっきりと理解できた。
曲順でいうと、"Beneath the Fireworks"が先になっているが、ストーリーとしての時系列は"Madeline"が先なのだ。
母の愛情のもとで、自由に想像の世界に遊び、絵を描いていた男の子は、やがて成長し、所謂「社会的な成功」を求めて大都市へと出てゆく。
だが、そこでの生活は毎日が同じことの繰り返し。
無味乾燥で喜びの失せたものだった。
単調な日々にうんざりしつつも、日常を捨てて夢に生きることを躊躇いながら暮らしていた。
ある日、彼は仕事帰りに子どもたちが自由に描いた絵を目にして、幼い頃の描くことの喜びを思い出す。
そして、彼は自分を育ててくれた母の半生に想いを馳せる。
読書と自然を愛していた若い頃の母は、結婚によって自分自身のための喜びを全て手放し、全ての愛情を家族に注いで生きてきた。
彼が大好きだった絵を描くための想像力も、母からもらったものだ。
(ところで、"Beneath the Fireworks"の冒頭の写真にも出てくる少女二人は、彼の妹たち、もしくは彼の恋人とその妹だろうか)
母の無償の愛、そして、自身の生活の虚しさに気づいた彼は、再び想像力を自由に羽ばたかせ、絵を描くことを決意する。

本来の意味など理解しなくても、詩的な歌詞と映像はじゅうぶんに感動的なものだが、こうしてストーリーを理解すると、まるで一本の映画を観終わったかのような充足感が感じられる。

この楽曲のような「女性の生き方」というテーマは、最近ではインドの映画でも頻繁に扱われており、都市で暮らすリベラルな中産階級にとっては、非常にアクチュアルなものなのだろう。
こうした社会的なテーマを、単に啓蒙的なメッセージとして伝えるだけではなく、詩的にもストーリー的にも情感豊かな作品に仕上げたEasy Wanderlingsと、アニメーターのSailesh Gopalan, Preetham Gunalanの力量には唸らされるばかりだ。

楽曲の素晴らしさに関しては説明の必要はないだろう。
キャッチーなメロディーと、ナチュラルで心地よいアレンジはあいかわらず冴え渡っているが、個人的にはみずみずしいエレキギターの音色の美しさに注目したい。
歌声同様、決して派手ではないかもしれないが、じつに巧みで上質なものだ。

彼らの音楽は、この2曲のアニメーションのように、どこかあたたかく、誰が聴いても懐かしさを感じさせるような不思議な魅力がある。
彼らの音楽は、ここ日本でも、世界でももっと広く受け入れられる可能性を秘めているはずだ。
彼らも、インタビューのたびに日本での成功を望んでいると語っている。
日本の音楽関係者のみなさん、Easy Wanderlingsの音楽はいかがですか?


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goshimasayama18 at 18:01|PermalinkComments(0)

2019年04月09日

ただただ上質で心地よいメロディーとハーモニー! Easy Wanderlings

インドっぽいサウンドやテーマのミュージシャンを紹介することが多いこのブログだが、インドには、インドらしさの全くない無国籍でオシャレなサウンドを追求しているアーティストもたくさんいる。
しかしながら、彼らの音楽を欧米のトップミュージシャンたちと比較すると、まだまだ匹敵するクオリティーのものは少ないのもまた事実。
結果的に、インドらしさのある音楽のほうが、日本に住む我々から見るとユニークだったりかっこよかったりするので、どうしても紹介するアーティストの多くがインドっぽい要素を持つ人たちになってしまうのだ。

そんな中、今回紹介するアーティストは、インドらしさ皆無にして、同時に素晴らしく質の高いポップミュージックを作っている。
そのバンドの名前は、Easy Wanderlings.

バンドのFacebookによると、マハーラーシュトラ州の学園都市プネーを拠点に活動するドリームポップ/インディー/ソウルバンドとある。
さっそくその音楽を聴いてみよう。

彼らが2017年にリリースしたアルバム"As Written in the Stars"から、"Enjoy It While It Lasts"

どうだろう。
まるで淡い水彩画のような美しい音楽。
シンプルなようでいてじつに緻密に、必要な音が必要な場所に、過剰な主張をせずに置かれている。

同じアルバムから"Dream To Keep Us Going".

このビデオは、彼らの地元プネーで行われたNH7 Weekender Festivalのドキュメンタリーを兼ねた作りになっている。
静かなイントロから温かい音色のエレキギターのフレーズが始まり、男女のヴォーカルの掛け合いやハーモニーが続くドラマティックな構成の曲だが、聴き心地はあくまでもメロウでソフト。
音が余計な邪魔をしない、居心地の良いカフェのような音楽だ。

彼らは、自分たちの音楽を「1日の仕事を終えた後のような、日曜日にのんびりと窓の外を眺めているような、あるいは真夜中の散歩をしているときのような気分を作るもの」と語っているが、まさにそんな時間に聴くのにぴったりのすばらしいサウンドだ。
私も最近は、帰りに一駅分夜道を歩きながら聴いたり、車窓の風景をぼんやりと眺めながら聴いたりしているが、そうすると日常を流れる時間の心地よさがぐっと増すような、そんな不思議な魅力が彼らの音楽にはある。

Easy Wanderlingsの音楽を紹介する記事には、ソウルフル、ドリーミー、ソフト、ポップといった言葉が並ぶ。
彼らの音楽はインドでも高い評価を得ていて、まだ活動開始後間もないにも関わらず、VIMA Music AwardsのChill Song of the Yearや、Beehype Magazineの2017年ベストアルバムなど、数々の賞を受賞している。

この叙情的でありながらも押し付けがましさの全くない音楽には、 彼らの独特の哲学が反映されているようだ。
彼らは「音楽こそが主役であり、表現者が注目を集めるべきではない」という思想のもとに活動しているらしく、その哲学に関しては、Facebookのページにもメンバー名すら載せていないほどの徹底ぶりだ。 
(同じようなコンセプトに基づいて作られた名盤といえば、イギリスのロックバンドTravisが2001年に発表した"Invisible Band"を思い出す。Travisのほうがサウンドはよりロックだが、聴き心地の良さの質感はEasy Wanderlingsともよく似ているように思う)

そんな彼らなので、ウェブ上で得られた情報は非常に少なかったのだが、どうやらEasy Wanderlingsはフルートやバイオリンを含めた8人組のバンドのようだ。
彼らは2015年にサンフランシスコでギターのSanyanthとベースのMalayによって結成され、現在はプネーを拠点に活動を続けているらしい。

ただ、コロンビアのボゴタに滞在していた時に作った曲や、海外を拠点にしているメンバーもいるという情報もあり、単にインドのバンドという一言では片付けられない一面もある。

そのボゴタで作ったという曲。


I'm 25 tomorrow, should I be worried?
 明日で僕は25歳になる 僕は悩むべきなんだだろうか
Half my life is gone past, incomplete resolutions
 人生の半分が過ぎても、分からないことだってまだまだある
Tired of fighting myself, it's together from now on. 
自分との戦いにはもううんざりだ これからは自分と仲良くやってゆくよ
I’m getting off this treadmill and walk the stony road.
ランニングマシンを降りて、石造りの道を歩くんだ

個人的であると同時に共感を覚えることができる歌詞は、彼らのサウンド同様に、エモーショナルだが、やわらかく、あたたかい。

さらにはアコーディオンの音色が印象的なこんな曲もある。


バラエティーに富んだ上質なポップミュージックを生み出すEasy Wanderingsとは、いったいどんなグループなのか。
彼らの結成の経緯について、音楽の秘密について、現在の活動について、メールでバンドの創設者Sanyanthに聞いてみた。

凡平「サンフランシスコでSanyanthとMalayでバンドを結成したと聞いたんですが、どんなふうに音楽を始めたんですか?」

Sanyanth「僕がサンフランシスコで社会起業論(social entrepreneurship)の修士課程にいた頃、Malayはインドにいて、Satyajit Ray Film and Television Instituteで音響を学んでいたんだ。その頃はミュージシャンになるつもりなんてなかったんだけど、サンフランシスコにいた最後の数ヶ月に、ちょっと曲を書いてみようかなと思って試してみた。そうしたらルームメイトがその曲を聴いて、これはリリースすべきだって言ったんだ。それからインドに戻って、ずっと親友だったMalayに会ったら、彼はこの曲を僕たちでレコーディングして世に出すべきだって言った。そういうわけで2015年の中頃にEasy Wanderlingsを結成したんだ。彼は僕にシンガーのPratika(女性ヴォーカル)を紹介してくれて、別の友達を通して他のメンバーもみんな集まって、音楽を作ってゆくことになったんだよ」


凡平「Easy Wanderlingsはバンドというよりも、理想の音楽を演奏するためのプロジェクトに近いと書かれている記事を読んだのですが、あなたたちは固定メンバーで活動するバンドですか、それともプロジェクト的なものですか?」

Sanyanth「はっきりとバンドだと言えるよ。ここ3年の間、メンバーは増え続けていて、今は8人の放浪者たちがいるんだ(註:Sanyanthはメンバーのことを「放浪者たち(wanderlings)」と呼んでいる)彼らは他のプロジェクトもやっているから、全員でパフォーマンスできないこともあるけど、できるだけ8人でステージに立てるようにしてる。たまには他のミュージシャンや友達とステージで共演することもあるよ。
これが今のメンバー8人だ。
Sanyanth Naroth – Composer/ Songwriter / Vocalist 
Sharad Rao - Electric Guitar / Vocalist
Malay Vadalkar - Bass
Pratika Gopinath - Female Vocalist
Nitin Muralikrishna - Keyboard
Siya Ragade - Flute
Shardul Bapat- Violin
Abraham Zachariah - Drums 」


凡平「ずいぶんいろんなタイプの曲を書いていますが、曲作りはどうやって?」

Sanyanth「単に人生経験をもとに曲を書いているんだ。会話したこととか、見たこととか。人生にはいろんなことがあるから、僕たちはいつもいろんなことを話しているし、音楽的にも特定の雰囲気にこだわるつもりはない。曲作りのプロセスは、だいたい僕が作曲して歌詞を書いて、それから残りの放浪者たちで演奏するんだ。みんなからのフィードバックをもとに、メンバーといっしょにいい感じになるまで一音づつ作っていくんだよ。
曲作りのインスピレーションは、注意を払ってさえいればどこにでもある。それは心の中でどう感じるかということとも関係がある。人生に夢中になって、興味のあることや好きなことをすればするほど、想像力を刺激する新鮮な気持ちでいられるよ。」


凡平「コロンビアのボゴタにいたと伺いましたが」

Sanyanth「うん。ボゴタには友達を訪ねに行ったんだ。それからしばらく学校で社会革新(social innovation)について教えたり、社会起業家と働いたりしていたよ」


凡平「プネー、チェンナイ、コペンハーゲン、バレンシアにも仲間がいると伺いました。今も演奏するために世界中から集まってくるのですか?」

Sanyanth「コペンハーゲンの友人Vilhelm Juhlerがプネーで学んでいた時に、一緒にステージに立ったり、アルバムで演奏してもらったりしたよ。キーボードのNitin MuralikrishnaはバレンシアのBerlkee College of Musicで音楽制作、テクノロジー、イノベーションの修士号を取ったんだ。アルバムをレコーディングのときは、彼のパートはそこでレコーディングして送ってもらったんだよ。今は彼はインドに戻ってきて、プネーのGrey Spark Audioっていうスタジオでチーフエンジニアとして働いている。面白いミュージシャンに出会ったら、いつも一緒にやってみて、彼らがテーブルに何をもたらすことができるのか、そしてそれが音楽にどんなスパイスを加えてくれるか試してみるんだ。本当にわくわくするよ。
僕たちはアートワークのためにも多くのアーティストとコラボレーションをしている。それから#iwandereasyっていう楽しみも始めた。インスタグラムで僕らとみんなのお気に入りのふらっとでかけている(wander)時間を共有するために、世界中の人たちに呼びかけているんだ。僕らのファンが送ってくれる美しい場所やすばらしい瞬間を見るのはすごく素敵なことだよ。」
(その様子は彼らのウェブサイトhttps://easywanderlings.com/%23iwandereasyで見ることができる)


凡平「アーティストではなく、音楽そのものにフォーカスする姿勢だそうですね。でも、あなたたちの美しい音楽を聴いたら、どんな人が作っているのか気になってしまうと思うんです」

Sanyanth「僕たちが音楽に焦点をあてたかったのは、みんなに音楽の質について判断してもらうべきだと考えたからなんだ。僕らのことがもっと知りたかったら、いつでもメールをくれたりライブを見にきたりして構わないよ。
日本にも近いうちに演奏しに行けたらいいなあ。ぜひバンドと一緒に行ってみたい国のひとつなんだよ。」


自分たちの存在よりも音楽そのものを重視する彼らは、決して頑固なわけではなく、純粋に音楽を大事にするアーティストたちだった。

彼らの音楽同様に興味深いのはそのバックグラウンドだ。
南アジア系の人々が海外で欧米の文化を取り入れ、グローバルなネットワークで作り出した音楽といえば、90年代には自身のルーツに根ざしたバングラ・ビートやエイジアン・アンダーグラウンドがあった。
それが2010年代も後半になると、インドのグローバル化を反映するかのように、インドのルーツから遠く離れた、こうした普遍的で非常に質の高いポップミュージックまでもが生み出されるようになったというわけだ。

個人的な感想だが、今はインディペンデントシーンで活動している彼らだが、その美しく映像的な音楽は、近年の垢抜けた作風のインド映画にもぴったりだと思う。
昨今インドでは映画音楽とインディーズシーンの距離がますます縮まっており、インドのエンターテインメントのメインストリームである映画業界からのオファーが来る可能性も高いのではないだろうか。

日本でのライブもぜひ実現してもらいたい。
インドのアーティストの来日公演は、まだまだ古典音楽やコアなジャンル(昨年来日したデスメタルバンドのGutslitとか)に限られているが、もうじき彼らのようなインド産の上質なポップアーティストが日本で見られる日が来るかもしれない。
まずはフジロックあたりで呼んでくれないかな。
苗場の自然の中で彼らの音楽が聴けたらさぞ気持ちいいと思うんだけど。

インドの音楽シーンはますます豊かに、面白くなってゆくばかりだ。


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goshimasayama18 at 20:57|PermalinkComments(0)

2019年04月01日

電気グルーヴとインド古典音楽をリミックスして石野卓球にリツイートされたムンバイのJ-popファン


今回の記事は少し個人的な内容かもしれない。
今回紹介するのは、プロのミュージシャンではなく、ムンバイに住んでいる私の友人、Stephenだからだ。
大のPerfumeファン、J-PopファンでPerfume India  🇮🇳 | परफ्यूम インド@prfmindia)という名前でtwitterをやっている彼は、どういうわけかかなり早い段階で私のブログを見つけてくれて、Google翻訳を使ってこのブログを読んでくれていた。
彼はいつも日本の音楽(主にPerfume)について英語でツイートしていて、私はいつもブログに日本語でインドの音楽のことを書いている。
いわば日本とインド、それぞれの国で、正反対に同じようなことをしているのだ。

そんな彼なので、もちろんピエール瀧に何が起きて、日本のレコード会社がそれに対してどう反応したのかも知っている。
なにせ、インドでサービスが開始されたばかりのSpotifyから、彼らの楽曲が全て削除されてしまったのだから。
(ちなみに電気グルーヴの名前はPerfumeと共演したことで知ったらしい)

私も電気グルーヴのファンだったので、今回の逮捕とその後の過剰な自粛に胸を痛めていたのだが、そんなときに彼が電気の初期の名曲「電気ビリビリ」に南インドのリズム「コナッコル」(Konnakol)をかぶせたリミックスをtwitterに投稿してくれた。
スクリーンショット 2019-03-30 14.38.28
コナッコルは南インド古典音楽のラップ的に口でリズムを取る歌唱方法で、とにかくその速くて複雑なリズムがすごい。
似たものに北インドの古典音楽で用いられるボル(Bol)というものもあるので、よってこのmixは名付けて"Denki Biribol".
「このビートが気に入ったから、ガラムマサラをちょっと加えてみた」っていうコメントもイカす!
この曲がPerfumeのあ〜ちゃんのお気に入りっていう彼ならではの情報も面白い(Perfumeのメンバーがこんなヤバい曲が好きっていうのは意外!)が、とにかくアクの強い初期電気の楽曲に、インド古典音楽っていう意外すぎる要素が驚くほどハマっている。


なんというか、このタイミングで外国の電気ファンが、それも彼らがライブを行ったことがあるドイツとかじゃなくて、インドのファンがこういうポストをしてくれたことがすごく温かくて、うれしかった。
それに単純にこのmixがすごく面白くてかっこよかったので、勝手にリツイートしまくっていたら、なんとそれが石野卓球氏の目にとまったらしく、卓球氏が彼のポストをリツイートしてくれたのだ。
スクリーンショット 2019-03-30 14.49.42
瀧の逮捕とそれにともなう活動休止以降、電気ファンにとって唯一の彼らとの接点である卓球氏のtwitterで取り上げてもらえるなんて、私も彼もとてもうれしかった。
このツイートはまたたく間に広まり(2019年3月30日現在7059いいね、1390リツイート)、彼は「Daokoが『いいね』してくれた!うれしくて泣けたよ!」とか、さらにJ-popマニア全開なリアクションをツイートしていた。

というわけで、今回は電気ファンの間でも存在が知られるようになったこのインドいちのJ-popファン(多分)である彼に、日本の音楽のこと、インドの音楽のことをいろいろ聞いてみました!



凡平「Hi Stephen. お願いがあるんだけど、ちょっとインタビューさせてくれる?石野卓球がリツイートしてくれて、大勢の日本人が君の『Denki Biribol』を聴いてくれたことだし、インドにいる日本の音楽のファンとしてぜひ君のことを紹介したいんだ」

Stephen「ハハハ、僕は特別な人間じゃないし、なんか変な感じだけど、ぜひ協力させてもらうよ」

凡平「ありがとう。今じゃ君は日本の電気グルーヴファンにとって特別だよ。それじゃあさっそく最初の質問。そもそもどうしてJ-popを聴くようになったの?」

Stephen「正確に言うのは難しいけど、ほとんどは小さい頃見たアニメを通して知ったって言えるかな。最初の頃聴いたJ-popはアイドル音楽に限られていたけど、後になって他にもいろいろあるのを見つけたんだ」

凡平「日本の若者と同じような感じだね。どんなアニメを見てたの?」

Stephen「最初に知ったのは『ナルト』と『デスノート』。実際のところ、アニメの大ファンってわけじゃないから、すごくたくさん見たわけじゃないけど。『ナルト』『鋼の錬金術師』『Devil May Cry』を少し見てたよ。完全に見たのは2つだけで、『デスノート』と『NHKにようこそ』だね。この2つは大好きだった。実際、『NHKにようこそ』でかなり日本の音楽に興味を持つようになったんだ」

恥ずかしながら、『NHKにようこそ』という作品のタイトルは聞いたことがあったが、英語で"Welcome to NHK"と言われた時にこの作品名の英訳だとすぐに分からず、この時てっきりNHKでアニメを見ていたのだと誤解していた。ちなみにこの作品タイトルの'NHK'は放送局ではなく「日本ひきこもり協会」の略で、青年がひきこもりから立ち直る過程を描いたライトノベルが原作のアニメ。

凡平「NHKの国際放送とかケーブルテレビで見てたの?」

Stephen「いや、うちの地域じゃ見られないから、インターネットで見てたんだ」

凡平「なるほど。インドでも日本のアニメは人気って聞いたけど、インドの人たちもみんなそんな感じでアニメを見ているの?」

Stephen「アニメはインドではびっくりするくらい人気があるよ。アニメファンが集まるためのカフェもあるんだ。ムンバイに'Leaping Window'っていうマンガのライブラリーがあるレストランまであるんだ。さすがにそういう場所は町中でここだけじゃないかな。アニメキャラのタトゥーやなんかをした人を見かけることだってあるよ」

と、思ったより盛り上がっていそうなムンバイのアニメ事情。
これがそのLeaping Windowの様子だ。
日本のマンガ喫茶とは違って、料理もかなり本格的でオシャレなものを提供してくれるお店のようだ。
行ってみたい!
LeapingWindow
(画像は'Things To Do In Mumbai'のFacebookページから)

Stephen「Cool Japan FestivalやComic Conではコスプレイヤーもたくさん集まるよ。かなり真剣にやってるほとんどプロみたいな人たちもいる。」

ムンバイのCool Japan Festivalのコスプレイヤーたちはこんな感じ。
CoolJapanFestivalMumbai
(画像はCool Japan Festivalの Twitterから)
(関連記事:「特集ナガランドその3 ナガの地で花開く日本文化 ナガランドのオタク・カルチャー事情とは?」「日本とインドのアーティストによる驚愕のコラボレーション "Mystic Jounetsu"って何だ?」)

凡平「J-popに話を戻すと、それからPerfumeを見つけたってこと?」

Stephen「それを話すにはちょっと長くなるかな。最初に坂本龍一の音楽を見つけて、彼の音楽にはまったのが日本の音楽を好きになった最初のきっかけだよ。彼の"Seven Samurai"っていう曲があるんだけど、それが今まで聴いた曲で一番のお気に入りだよ。彼の曲を聴き続けているうちに、もっと日本の音楽を聞きたいと思うようになって、ある日Youtubeで'Japanese music'だったか、そんな感じで検索してみた。そうしたら、確か'top 100 Japanese songs'みたいなビデオを見つけたんだ。間違ってなければその最初の曲がPerfumeの『ポリリズム』で、それで一気にはまっちゃって、もっと聴かなきゃって思ったんだ。」

凡平「Perfumeは、君にとってどんなふうに特別だったの?」

Stephen「僕の場合いつも音楽こそが第一なんだけど、中田ヤスタカの音楽の作り方がすごく素晴らしくて大好きになったんだ。彼はシンプルなダンスミュージックをより複雑なものにしている。多くの欧米のアーティストは音楽をよりシンプルなものにしたがるけど、彼は反対のことをやっているんだ。
それに加えて、ライブの映像を見て3人のメンバーがまた素晴らしいことを発見したんだよ」

凡平「お気に入りのPerfumeの曲を教えてくれる?」

Stephen「うーん、ハハハ、お気に入りはたくさんあるからなあ。順序はともかく、僕のトップ5を挙げるとしたら、ポリリズム、シークレットシークレット、NIGHT FLIGHT、Have a Stroll、FAKE ITだね」

凡平「じゃあ、Perfume以外で好きなアーティストは?」

Stephen「これもすごく難しいなあ、いつも新しいクールな音楽を見つけているから。常に変わり続けてはいるけど、今現在のトップ5を挙げるとしたら、坂本龍一、YMO、中田ヤスタカのソロとcapsule、天地雅楽、吉田兄弟」

凡平「本当にいろんなジャンルを聴いてるんだね。日本の音楽をインドの音楽とか欧米の音楽、K-popみたいな他のアジアの音楽と比べて、どこが気に入ってくれているの?」

Stephen「J-Popとか日本の音楽は一般的に他の国の音楽よりもユニークなサウンドを持っているよね。日本の音楽シーンは新しいことに挑戦することを全く恐れていないみたいだよね。例えばU-Zhaanみたいなアーティストはタブラ(ご存知、インドの打楽器)でダブステップの曲を作ったりする。僕はそんなことができるなんて想像したこともなかったけど、彼はとてもうまくやっていた。日本のミュージシャンやアーティストは世界中のあらゆる要素を最大限に活用して自分たちの音楽を作る方法を本当によく知っている。日本は音楽を融合させることに関しては最高だよ。だから日本の音楽はすごく魅力的なんだ」

凡平「ありがとう。音楽のフュージョンに関しては、インドも素晴らしいセンスを持っているよね。というわけで、"Denki Biribol"の話。本当に気に入っているんだけど、どんなふうにあのリミックスを作ったの?」

Stephen「ハハハ、じつは電気グルーヴを聴き始めたのはピエール瀧のニュースを聞いてからなんだ。インドで電気グルーヴの音楽を探すのは難しかったよ。インドでもSpotifyのサービスが始まったところだったから、彼らのいくつかのアルバムを楽しむことができたんだ。それで『電気ビリビリ』のビートが本当に気に入ったんだ。
そのビートを聞いているうちにおかしなことを思いついて、そこにコナッコルをかぶせてみようと思ったんだよ(笑)。ちょっとクールで面白いとおもったからね。それでYoutubeでビデオクリップを見つけて、一緒にしてみただけだよ。こんなに多くの人が見たり聴いたりしてくれるなんて全然思わなかったよ(笑)」


ちなみに『電気ビリビリ』とmixしたコナッコルのもとの動画はこちら!
完成品を見ると違和感なく電気meetsインドになっているけど、これを電気ビリビリに合わせようと思った発想は凄い!

凡平「日本の電気グルーヴファンはみんな『Denki Biribol』を気に入ったはずだよ。瀧の逮捕以来、辛い時期だったから、インドからこうして応援してくれるのはうれしかったね。知っての通り、レコード会社が彼らの曲を全部ストリーミングサービスから削除してしまった。我々はみんな、こんなのはやりすぎでおかしいと思っているんだけど、君はどう思う?同じようなことって、インドでも起こりうるの?」

Stephen「音楽の販売やストリーミングをやめるのはアンフェアだと思うね。人々が彼らの音楽を見つけることは許されるべきだよ。例え事件をきっかけに彼らを見つけるんだとしても。僕も今回の事件をきっかけに彼らの音楽を聴き始めたけど、もうこれ以上聴くことができなくなってしまった。別に瀧がしてしまったことや、ドラッグを使うことをサポートしようってわけじゃなくて、ただ音楽を楽しみたいだけなんだからね。インドでもドラッグの問題でつかまった有名人はいたと思うけど、ファンたちは彼らを応援し続けるのか、やめるのか、自分たちで決める自由が許されているよ。」

凡平「日本はまったくおかしな状況になってしまっているよ。ところで、石野卓球がリツイートしてくれて、このポストがどんどん広まっていったのはどんな気持ちだった?Daokoみたいなアーティストを含む多くの日本人が『いいね』をしたんだよ」

Stephen「ハハハ、すごく幸せだったよ。信じられなかったよ。実を言うと、ちょと泣いたね。日本のアーティストたちはインドにファンなんかいないと思ってるんじゃないかと感じてた。だから、ここにもファンがいるんだよって分かってもらえてうれしかったんだ」

凡平「僕ら日本のファンも、インドにもファンがいるって知ることができてうれしかったよ。
それから君のもう一つのremixの"Gully Bully"も気に入ってる。"Denki Biribol"も"Gully Bully"もインド音楽の複合的なリズムがオリジナルの楽曲のデジタルなビートをもっと魅力的にしていると思う。これはどうやって作ったの?」

"Gully Bully"はStephenが作ったPerfumeの"Hurly Burly"と映画Gully Boyでも使われたヒンディー・ラップの名曲"Mere Gully Mein"(「俺のストリートで」の意味)のマッシュアップ。
スクリーンショット 2019-03-31 3.07.36
ミックスしたそれぞれの曲が全く新しい印象になっていてこれまたかっこいい!
ちなみにRemixされた"Mere Gully Mein"の原曲はこんな曲。


Stephen「Perfumeに何かインドの要素をミックスしてみたかったんだよ。音楽的なことはべつに何もしていなくて、"Gully Boy"が大流行していたから、この映画の曲をPerfumeとミックスしたら、インドの人も日本のにとも面白いと思ってくれるんじゃないかと考えたんだ。だから"Mere Gully Mein"を選んで、単なる冗談なんだけど、"Gully"とPerfumeの"Hurly Burly"が似た響きだったから一緒にしてみた。そうしたら、なんとPerfumeの曲に完璧に小節やビートを合わせることができたんだ」

凡平「なるほど。ところでどうやってインドで日本の音楽の情報を得ているの?」

Stephen「おかしな話なんだけど、別にいつも探そうとしているわけではないのに、新しいものに出会ってしまうんだよ(笑)。とくにお気に入りになりそうなアーティストを探すときは、だいたい好きなアーティストのカバーやコラボレーションを探すことが多いかな。それで気がついたらファンになってるんだ。インドでもSpotifyが使えるようになったから、より簡単に探せるようになったよ。」

凡平「インタビューにつきあってくれてありがとう。では最後の質問。ご存知の通り僕はインドの最近の音楽についてブログを書いているんだけど、インドの音楽シーンについてはどう思う?例えばボリウッドとか、インディー音楽とか。」

Stephen「最近のインドの音楽シーンはすごくエキサイティングで、今までで一番いい状況だよ。だから今後についてもすごく楽しみにしている。みんながインドの音楽を思い浮かべる時、それはボリウッドか伝統的な古典音楽だと思う。でも少しずつ、みんながインドの(新しい)サウンドに気付き始めていて、それはいずれ世界中に影響を与える可能性だってあると思うんだ。なにしろフレッシュで新しいものだからね」

凡平「僕もそう思うよ。これからも日本の音楽のサポートをよろしくね!」


Stephenは現在26歳で、10代の頃は家族とともにドバイに暮らしていたそうだ。
その頃はMTVで流れるような音楽を主に聴いており、その後ヘヴィーメタルを聴いていた時期もあったとのこと。
そういう意味では、典型的なインド生まれインド育ちのインド人とは少し異なるバックグラウンドなのかもしれないが、今日のインドでは彼のようにUAEなどの湾岸諸国や欧米で生まれ育って母国に戻ってくる若者も珍しくなく、インド人としてのアイデンティティーと国際的な感覚をあわせ持つ彼らは、インドのユースカルチャーをリードする存在でもある。

彼はプロのミュージシャンではなく、いち音楽ファンに過ぎないから、"Denki Biribol"も"Gully Bully"も技術的には単純なミックスかもしれないが、そのサウンドが新しくて面白いのは否定しようがない事実だ。
インドの音楽シーンでさかんに行われているインド音楽と欧米のポピュラー音楽との融合は、彼のような自由な発想がその源泉となっているのだろう。

こうした「国境なき世代」がこれからどんな音楽を作ってゆくのだろうか(彼のように海外在住経験がなくても、インターネットが発達し英語力も高いインドの都市部では、こういう若者たちがそこかしこにいる)。
そこには何度もこのブログでも紹介しているように、日本のカルチャーが少なからぬ影響を与えることもありそうで、いろいろな意味で非常に楽しみだ。

それでは今日はこのへんで!




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goshimasayama18 at 00:49|PermalinkComments(0)

2019年02月15日

日本とインドのアーティストによる驚愕のコラボレーション "Mystic Jounetsu"って何だ?

このブログではこれまでも日本のカルチャーの影響をうけたインドの音楽を紹介してきたが、ここに来てその究極とも言える楽曲がリリースされた。

ムンバイを拠点に活動するラッパーIbexが、現地でインドの伝統舞踊カタックのダンサーとして活躍するHiroko Sarah(この曲ではコーラスを担当)とコラボレーションし、ビートメーカーのKushmirがトラックを作った曲の名前は"Mystic Jounetsu(ミスティック情熱)"!!

以前からこのプロジェクトについて、日印の文化が融合したものになると聞いてはいたのだが、まさかこう来るとは!
様々な言語のラッパーが活躍するインドで、ここまで本格的に日本語でラップしたのはIbexが初めてではないだろうか。
アゲアゲなトラックが多いインドのヒップホップシーンのなかで、この曲ではKushmirのチルホップ寄りのトラックにHirokoが歌うどことなく和風なメロディーがきれいにはまっている。

リリックはこちら(https://genius.com/Ibex-mystic-jounetsu-lyrics-lyrics)からご覧いただけるが、なんといきなり故Nujabes(チルホップの創始者とされる日本のアーティスト)への追悼から始まる。
お聴きの通り日本語の単語がほとんど全てのラインに入っていて、Ibexの日本のカルチャーへの愛着が感じられるものになっているので、聴くだけではなく、ぜひ読んでみてほしい。

さっそくIbex, Hiroko, Kushmirの3人にインタビューを申し込み、この曲が生み出された背景やインドのヒップホップシーン、そしてインドにおける日本文化についてたっぷり語ってもらった。
今回はその様子をお届けします。
読み応えあり!



凡平「このプロジェクトを始めたきっかけを教えてください。そもそも誰の発案だったのでしょうか?」

Ibex「俺は基本的にはラッパーだけど、ミキサーもやっているんだ。
あるときクライアントの一人がチルホップのビートにあわせてレコーディングしていて、それがきっかけでチルホップというジャンルに興味を持った。
そこから掘り下げて聞いているうちに、チルホップのパイオニアの今は亡きNujabesサンを見つけたんだ。
俺は大のアニメファンでもあって『サムライ・チャンプルー』を見ていたんだけど、あとになってこのアニメの曲は全部Nujabesサンがやっていたって気がついたよ。
ラッパーにとってチルホップのビートに合わせて曲を作るのは本当にクールなこと。
このジャンルは日本で生まれたわけだし、日本の要素を入れることでこの曲をさらなるレベルに高められると思ったんだ」

チルホップ(Chill-hop)やローファイ・ヒップホップ(Lo-Fi Hiphop/Lo-Fi Beats)と呼ばれるジャンルはここ数年世界的なブームになっていて、興味深いことに世界中のこのジャンルのトラックメイカーたちが、ヴィジュアルイメージに日本のアニメを取り入れている。
(例えばこんな感じ。このジャンルについてはこの記事に詳しい。beipana: Lo-Fi Hip Hopはどうやって拡大したか

もともと典型的なバッドボーイ文化だったヒップホップと、オタク・カルチャーであるアニメがこんなふうに結びつくというのは非常に面白い現象だ。
Beipanaの記事にも、アニメ『サムライ・チャンプルー』がこの2つを結びつけたきっかけのひとつだと書かれているが、このIbexの回答はそれを裏付けるものだ。


凡平「3人はどうやって出会ったんですか?HirokoとIbexが最初に知り合って、そのあとにこのトラックを作るためにKushmirを見つけた、と聞きましたが…」

Hiroko「Ibexは昔からドラゴンボールやジブリのアニメとか、ゲーム、寿司や日本食、日本文化が大好きで、私が日本人だからということと、二人ともムンバイをベースにアーティスト活動と会社勤めをしているという状況が似ていたので、意気投合して、そのうち何かコラボで作品が作れたら良いねーと話していたんです。
そんななかで、Ibexが日本語ラップの作品を作りたいとアイディアを出して、私がそれに賛同してこのプロジェクトが始動しました。
私はIbexに日本語を教えたり、作詞を手伝ったり、そしてコーラスもすることになったんです」
 
Ibex「こういうジャンルはインドでは全く新しいものだったから、プロデュースしてくれるアーティストを探していたんだ。日本人のアーティストも探したよ。
そのときにKushmirのアルバムを聴いたんだ。それはアンビエントだったんだけど、まさに15分間の至福だった。
アンビエントとチルホップは近いジャンルだし、彼こそが俺たちの曲をプロデュースするのに最適だと感じた。そしたら彼もこのアイデアを気に入って、すぐにこのプロジェクトに入ってくれたんだ」

Hiroko「実は、『ミスティック情熱』は三年越しのプロジェクトなんですよ。
最初にIbexと私で日本語で歌詞を作って、Nujabesのビートにラップとコーラスを乗せたデモテープを作り、それをベースにしてビートメイカーを探しました。
インドではchillhopはメジャーではないので、ビートメイカーは海外か日本で探していたんですが、なかなか決まらなくて。そんな時にIbexのひらめきでKushmirに打診したら、快諾してくれて、ようやくビート制作が始動しました。
ビートが完成して、私が日本に一時帰国中に歌のレコーディングと日本のシーンの撮影を行ったんです。
そしてラップと歌を乗せてミックス・マスタリングした曲が完成し、ムンバイでのMV撮影を計画したんですが、DOPの人が忙しかったり、ムンバイの長いモンスーンシーズン(雨期)に入って撮影ができなかったりで、延び延びになってしまって。その後数ヶ月して、ようやく撮影が完了し、映像編集へ入れました。
しかし、またまた依頼していたエディターが忙しくて進まず、結局Ibex自身が映像編集をすることに決めたんです。
会社の仕事や次の音楽プロジェクトと並行しての映像編集はかなり大変だったと思いますが、Ibexは諦めず、頑張ってベストな作品を作ってくれました。
映像編集をするときには、元ウェブデザイナー、グラフィックデザイナーでもある私がカラーコレクションのアドバイスをしました」


ここで少し補足すると、映画音楽や伝統音楽以外の音楽シーンがまだまだ発展途上のインドでは、音楽だけで生計を立てているミュージシャンというのは本当に少ない。
ほとんどのミュージシャンが、昼は別の仕事をしながら、限られた時間を音楽制作に充てているという現実がある。
インドでは映画音楽などの商業音楽でない限り、「音楽で食べてゆく」というのは極めて難しい。
難しいというよりも、「インディーミュージシャンからプロになる」という道筋が、いまだにきちんと整備されていないのが現状なのだ。
日本に例えると、バンドブーム以前の状況を思い出してもらえれば少し近いかもしれない。
ストリートラッパーのDivineやNaezyの半生をモデルに"Gully Boy"という映画がとても話題になっているが、これは逆説的に音楽で成り上がることが本当に珍しいということの証でもある。
音楽制作が必ずしも成功というゴールに繋がっていない中で、これだけの時間と労力をかけて音楽を作ってゆくインドのミュージシャンたちの情熱には感服するしかない。

楽曲だけでなくミュージックビデオにおいても、イメージの決定、撮影場所の選定、画面の構図、衣装、編集など全てをHirokoとIbexが行ったという。

Hiroko「そんなこだわりに対して、協力してくださった皆様には本当に感謝しています。
また、日本の伝統文化を紹介するために、インド ムンバイにある日本山妙法寺の森田上人、ムンバイ剣道部の皆様にもご協力いただきました。
お陰様でとてもクールな映像を撮ることができたと思います。
今回のMVには神社やお寺のシーンも出てきますが、どの場所でもまず最初にきちんとお参りしてから、撮影をしたんです。私の神仏への礼儀、こだわりですね(笑)」

日本で撮ったように見えるIbexのシーンが全てインドで撮られていると聞いてびっくり。
ちなみにビデオの最初にABBAのレコードが出てくるが、ABBAがサンプリングされているわけではなく、この曲のためにシーケンスを組んだビートが使われている。

凡平「IbexとKushmirに聞きたいのですが、いつ、どんなふうにヒップホップと出会ったんですか?影響を受けたアーティストや、どうやってパフォーマーになったかを教えてください」

Ibex「学校に通っていた1998年頃に、Eminemで最初にヒップホップに触れたんだ。自分にとって最初に覚えたラップの曲はLinkin Parkの"The End"だよ。
最初に聴いたのはEminemだけど、影響を受けたのはSean PaulとかDamian Marleyだな。俺の曲はジャンル的にはダンスホールだから。
たくさんのローカル・ギグをクラブでやるようになって、そのまま止まらずにここまで来たって感じだよ。俺たちは情熱があるから、続けられているんだ」

ダンスホールスタイルのIbexの曲。こっちが本業ということらしい。


Kushmir「俺の場合はMTVでいろんなヒップホップのビデオを見ていたんだ。大学時代に友達がTupac Shakurのアルバムをくれて、それからだんだんこのジャンルにのめり込んでいった。
影響を受けたのはNotrious BIGとKanye Westだな。
Kanye WestがMPC(リズムマシン)でパフォーマンスしているのを見て、すごく影響を受けた。次の日には自分で買って来て、自分で音楽を作り始めたってわけ」


凡平「Ibexが日本語でラップしているのを聴いて驚きました。日本語のリリックはどうやって作ったんですか?」

Ibex「このことについては、リリックの名義は全部Hirokoサンにしないといけないな。翻訳サイトを使おうと思って検索もしてみたんだけど、彼女の手助けがなかったらちょうどいい言葉やセンテンスを見つけられなかったよ。
彼女のおかげで日本語のリリックがずいぶんスムースに進んだんだ。Hirokoサンにアリガトウ、だよ」

Hiroko「日本語ラップ部分は、Ibexが英語で歌詞を書いてそれを私が日本語に訳したり、Ibexから指定された言葉と韻をふめる日本語の単語を私が調べて送ったりして作りました。
私の歌パートの歌詞も、Ibexが英語でイメージした文章を作って、それを私が日本語に訳しながら、こう変えたらどう?とアドバイスして変えていき、今回の歌詞になりました。
あと、レコーディング前にIbexに日本語の発音の特訓をしたんです。かなりスパルタに(笑)
スパルタレッスンの甲斐あって、Ibexの日本語ラップはかなりスムースなflowに仕上がったと思います。
Ibexはもともと英語・ヒンディーでのラップは上手くてスムースなフロウなのですが、日本語ラップは初めてだったので、レコーディング前にたくさん練習したと思います。
私の声で日本語ラップ部分をモバイルで録音して、そのデータを発音の参考としてIbexに送ったり。
私はラップはできないんですけどね(笑)」


凡平「リリックは日本語と英語のミックスということで、一般的なインド人や英語圏のリスナーには意味が伝わりにくいと思うのですが、そこは雰囲気や響きを重視したということですか?
インドだと、いろんな言語のラップや音楽があるので、言葉の一部がわからなくても雰囲気や響きで楽しめる、みたいなこともあるのかなあ、と思ったのですが」

Ibex「うん。俺は最初は日本だけをターゲットにしようとしたんだけど、この曲が英語と日本語のミックスになったことで、世界中にいる多くのチルホップのリスナーにより届けやすくなったと気づいたんだ。
インドのリスナーに関してはラウドでアップビートなボリウッドの曲のようには楽しんでくれないかも、とも思っていた。
でもリリースしてみたら、インド人の友達やファンもみんなこの曲をとても気に入ってくれて驚いたよ。
大勢の人からリリックの訳について聴かれたけど、Youtubeの英語翻訳つきの字幕とかで解決する問題さ。
リスナーがリリックの意味を理解できなくても、雰囲気やサウンドを重視して聴いたりするだろ?
理想を言えば、俺はみんなに最初は楽曲と映像を楽しんでもらって、次に歌詞に注目してほしい。Youtubeを字幕付きで見るとかしてね。
genius.comで歌詞を読むこともできるよ。
テレビやパーティーやYoutubeで海外の曲を楽しむことも多いと思うけど、例えば有名なスペイン語の曲の"Taki Taki"は、意味はわからなくても世界中のたくさんの国でヒットして楽しまれているだろ。
インドにはいろんな言語の音楽やラップがある。だから部分的に言葉がわからなくても、雰囲気やサウンドを楽しむことができると思うんだ。
インドは多様性があって、全ての州にそれぞれのスタイルの伝統音楽や文化がある。
インドはこんなふうに多様性に富んだ国だから、あらゆる形式の音楽や文化を受け入れて楽しむことができるんだ。たとえそれが海外のものでもね。
日本は俺を含めて多くのインド人にとって憧れの場所だよ。音楽もとても進んでいるし。
サウンド、音楽性、ビジュアルの要素がうまくいっていれば、言葉がわからなくても曲は楽しめると思うんだ」

Hiroko「私達日本人がヒンディー語映画の歌を意味がわからなくても楽しめるように、海外のリスナーも日本語の意味がわからなくても、音楽や雰囲気が良ければ楽しんでもらえるのではないかと考えました。
ただ、インドでは英語ラップよりヒンディー語ラップがより好まれる傾向にありますね。
IbexもDIVINEと同様クリスチャンで、母語は英語ですが、ヒンディー語でのラップ作品も制作しています」
  
Ibexの「インドのリスナーに関してはラウドでアップビートなボリウッドの曲のようには楽しんでくれないかも」という心配は、インドの音楽シーンでは派手なボリウッド映画のミュージカルナンバーが主流で、こうしたサウンドのヒップホップはまだまだアンダーグラウンドなものだということを意味している。
今度はインドのヒップホップシーンの現状について聞いてみた。


凡平「インドのヒップホップはどんどん成長して来ているようだけど、それについてどう思います?」

Ibex「その通りだね。2008年ごろからヒップホップシーンにいるけど、その頃は全然シーンは大きくなかった。アンダーグラウンドラップは、みんなが集まるパーティーで聴いて楽しむような音楽だとは思われていないんだけど、商業的な映画のGully Boyが公開されて、今まさにそれが変わろうとしているところなんだ。
インドのアンダーグラウンドなヒップホップやラップも、レストランやクラブや結婚パーティーでプレイされるようになってきた。
インド中に広く知れ渡って、受け入れられて来ているところだよ」

Kushmir「今はインドのアンダーグラウンド・ヒップホップシーンの黄金時代だね。アンダーグラウンドのヒップホップアーティストにとって、才能を見せつけるいい機会だよ」


ここでいう「アンダーグラウンド・ラップ」は、ボリウッド的なラップミュージック(例えばYo Yo Honey Singhとか)に対比して言われているものだ。
日本でいうと、DA PUMPのような音楽と、漢とかKOHHがやっているヒップホップの違いを想像してみると近いかもしれない。


凡平「インドのレゲエ・シーンはどうですか?Ibexはダンスホールに合わせてラップしたりもしていますよね。Reggae RajahsとかSka Vengers以外でオススメのアーティストがいたら教えてください」

Ibex「Reggae RajahsとSka Vengersはインドじゅうにレゲエやダンスホールを行き渡らせたパイオニアだね。
Reggae RajahsのメンバーのGeneral Zoozがムンバイでダンスホールを流行らせた中心人物だよ。
DJ Bob Omuloもレゲエでラップしたり歌ったりしている。彼はヒップホップアーティストとしてのほうが有名ではあるけど。
レゲエ/ダンスホールならDJ Major Cがトップ・セレクタ(註:レゲエにおけるDJ)だね。
King Jassimも注目すべきレゲエアーティストだ。
Apache Indianは今や国際的なスターだけど、運が良ければムンバイのClub Raastaで彼のライブが見られるよ」


凡平「『Mystic Jounetsu』はチルホップということですが、インドでも最近Smokey The GhostとかTienasとかTre EssとかEnkoreみたいに、チルホップ/ローファイ・ヒップホップっぽいトラックを作るアーティストが増えて来ているように感じます。インドのヒップホップシーンのトレンドはどんな感じですか?」

Ibex「うん。今名前を挙げたようなアーティストは俺たちがいるアンダーグラウンド・ヒップホップシーンに属している。チルホップやローファイは、次にインドじゅうで流行するものになるかもしれないね。(註:今はまだ流行っていないということだろう)
俺たちインドのアンダーグラウンド・シーンは、もともと英語でラップを始めたんだけど、今の流行はヒンディー・ラップだ。ヒンディーはインドじゅうで話されている主要言語だから、そのほうがより理解してもらえて、受け入れてもらえるんだ。
英語や他の言語のラップがインドで流行するにはまだ時間がかかるかもしれないけど、英語や他の外国語のラップや音楽がインドじゅうで受け入れられる日が来ると思うよ。俺たちは好きなこと、情熱を注げることをやり続けるよ」

Kushmir「チルホップやローファイはまだまだニッチなリスナーのものだな。でも世界中で少しずつ成長して来ているよ」

ちなみに二人にインドでおすすめのラッパーを聞いたところ、Emiway, Seedhe Maut, Enkoreの名前が挙がった。


凡平「ここで少し話題を変えて、IbexやKushmirも日本の文化(アニメやゲーム)が好きだと聞きました。
インドにも日本の文化の影響を受けているミュージシャンはいるようですが(エレクトロニカのKomorebiや、ロックバンドのKrakenなど)、日本文化ってインドでも存在感、あるんでしょうか?」

Ibex「ああ。日本に関するものをずっと楽しんできたよ。とくにビデオゲームを小さい頃から日本のものだとは気づかずにずっと楽しんできたんだ。
例えばカプコンの『ストリートファイター』とか、Neo Geoの『キング・オブ・ファイターズ』とか、ニンテンドーのファミコンの8-bitゲームとか。
日本のカルチャーに影響を受けているうちに、アニメや映画の音楽も楽しむようになったんだ。
まだまだニッチではあるけど、もし日本文化が好きなら、インドでも見つけたり体験したりできるようになってきたよ。
ありがたいことに、ムンバイでは日本にいるみたいな気分になれる場所がたくさんある。レストランとか、クールジャパンフェスティバルとか、コスプレ、アニメや映画、カフェ、日本映画のフェスティバルとかね」

Kushmir「俺もビデオゲームやアニメを見て育ってきたから、それらは俺の人生の大きな部分を占めているよ。とくに『鋼の錬金術師』だな。見てると涙が出てくるよ。あとは『デスノート』。ビデオゲームだと『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』と『ストリート・ファイター』だな。日本文化に影響を受けているインド人ミュージシャンは多いよ。
ドラゴンボールのフィギュアのコレクションも持ってる」

『Mystic Jounetsu』のミュージックビデオ(3:09頃)にも出てきたスーパーサイヤ人の悟空のフィギュアもKushmirのものだそうで、ビデオの中の折り鶴はIbexとHirokoが折ったものだとのこと。

Hiroko「日本人目線で見ても、インドの人達は日本人に対してとても友好的で、特にムンバイは私にとって居心地が良い場所です。
日本の文化や日本のテクノロジーはインドでも評価が高くて、日本人は親切で礼儀正しいというイメージが浸透していますね。
ムンバイとデリーで不定期に開催される『クールジャパンフェスティバル』では、たくさんのインド人アニメファンやコスプレイヤーが集まって盛り上がっています」

おお、これはナガランドのコスプレファンたちが行きたがっていたイベントのことだ。
離れてはいても同じアジアという親近感があるのだろうか。たとえまだニッチな存在だとしても、アメリカやイギリスと比べて、日本文化に影響を受けたアーティストの割合は確実に多いような印象を受ける。 

Hirokoがデザインしたジャケットは、サムライチャンプルーの決めポーズから取ったもの。
mysticjounetsu
彼女が触媒になって、ヒップホップ、アニメ、日本文化がチルホップという象徴的な形でインドで結晶したというわけだ。
だが彼らの間での日印の文化的影響は、一方向だけのものではない。
IbexとKushmirが日本文化に影響を受けているのと同様に、Hirokoもまた豊かなインド文化から、大きな影響を受けている。

凡平「Hirokoさんはもともとダンサーですが、この曲ではすごくきれいなコーラスを聴かせてくれていますね」

Hiroko「
ありがとうございます。
シンガーとしてオフィシャルな作品に参加したのは今回が初めてなんですが、実は5才から10年間ピアノと声楽を学んでいたんです。
子供の頃から歌や踊りや演技が大好きで、ずっと何らかのステージに立ってました。
子供〜学生時代はチアガールをやったり、ピアノと声楽以外にも演劇で舞台に立ったり、合唱部に所属してコンクールに出場したり。
大人になってからは、毎週末クラブ通いをして音楽と踊りを楽しんでました。
日本でベリーダンスを習ったのちにインドでボリウッドダンス、ラジャスターニダンスや古典舞踊のカタックを学び、ステージで踊っています。
今はインドで古典舞踊カタックをメインに踊っていて、時には『ラーマーヤナ』のダンスドラマ内でヒンディー語の台詞で演技をしたり、時々インドのTV CMに演技や踊りで出演したりしています」

なんだかもうすごいバイタリティーだ。
Hirokoさんのこれまでの人生とダンス遍歴は、日経WOMANのこの記事に詳しい。(日経WOMAN「趣味だったインドのダンス 40歳で現地のCM出演へ」) 
クラブ通い時代は
筋金入りのクラバーで、有名DJの友人も多いと伺った。
舞台に立つのが大好きな女の子が大人になってクラバーになり、やがてインドで古典舞踊のダンサーになって現地のラッパーと曲をリリースするようになるって、なんて面白い人生なんだろう。


凡平「古典舞踊とは別にインドのクラブでパフォーマンスをされたりしているようですが、ムンバイのクラブでオススメのところがあったら教えてください」 

Hiroko「Raasta Bombayがオススメですね。
ムンバイには色々なナイトクラブやバーがありますが、ボリウッドやトランスのDJイベントが多いなか、Raastaはボリウッド音楽禁止(笑)で、純粋にクラブミュージックを楽しみたい人が集まる場所です。
レゲエやヒップホップの定例イベントや、Apache Indianのようなスペシャルゲスト出演のイベントなどが開催されています」

Raasta BombayでのHiroko&Ibexの共演したときの映像を教えてもらった。
 

Ibex「ああ。クラブでもやっているよ。もしレゲエやダンスホールが好きなら、ムンバイならRaastaを強くすすめるよ。ヒップホップなら、たくさんあるけど、Hard Rock CafeかBlue Frog, I-Bar, Social Offline, 3-Wise Monkeysかな」

Kushmir「俺はヒップホップとかエレクトロニックミュージックが好きなんだけど、今じゃムンバイにはいろんなタイプのジャンルを楽しめる場所がたくさんあるよ。でも俺が好きなのはThe Denだな。水曜にプレイされるエレクトロニック・ミュージックが素晴らしいよ」


凡平「このメンバーで、ライブをしたり新作を作ったりする予定はありますか?」

Ibex「ああ、この曲をライブでもやってみたいと思ってる。ショーが決まったら連絡するよ。このミスティック情熱チームでもっとたくさんのコラボレーションもしてみたいね」

Hiroko「次はIbexとラップとタブラとカタックダンスのコラボレーションを考えているんです。それか、IbexのラップとKushmirのビートと私のコーラスに、三味線みたいな日本の楽器を入れてみるとか。
ライブについては、実は、MVを観てくださった日本のイベント・音楽関係の方からインドで開催されるクールジャパン的なイベントやDJイベントでのパフォーマンスオファーをいただいたんですよ。とても有り難いお話です。
そのうち日本でも、Ibex feat. Hirokoでパフォーマンスができたら良いなぁと思います。
日本のオーガナイザーさん、是非呼んでください!笑


曲名同様に、音楽やパフォーマンスにかける情熱と、日本文化への愛情が強く印象に残ったインタビューだった。
以前Tre Essを取り上げた時にも思ったことだが、こういう突然変異的な面白いサウンドが出てくることにインドのアンダーグラウンドシーンの自由さや懐の深さをしみじみと感じた。
発展途上のシーンだからこその情熱と自由さがあるように思えるのだ。

日本とインドの音楽をシーンをつなぐきっかけにもなりそうなこの一曲。
Gully Boyの公開という追い風もある中で、この異彩を放つ楽曲がインドでどう受け入れられるかもとっても気になる。
日本でのパフォーマンスもぜひとも実現してほしい。
インドのアンダーグラウンドな音楽が、少しずつ、我々の身近な存在になってきているのを感じる。
さらなるコラボレーションも期待して待ちたい。

この楽曲を聴いたり購入したりは、こちらから!
https://linkco.re/BYyN6ZcD

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凡平自選の2018年度のおすすめ記事はこちらからどうぞ! 


goshimasayama18 at 21:28|PermalinkComments(0)

2018年09月14日

日本の文化に影響を受けたインド人アーティスト! ロックバンド編 Kraken

先日、日本のサブカルチャーからの影響を受けたエレクトロニカ・アーティストとして、宮崎駿のアニメなどからインスパイアされたKomorebiと、カルト・ムービー「鉄男」からタイトルを取ったトラックをリリースしたHybrid Protokolを紹介した。

今回は、ジャパニーズ・カルチャーの影響を受けたアーティスト、ロックバンド編!
彼らの日本のサブカルチャーへの驚くべき愛情を心して読むべし。

そのバンドの名前はKraken。
2014年に結成された6人組のデリーのロックバンドだ。
このブログの熱心な読者の方なら、彼らがRolling Stone Indiaが選ぶ2017年のベストアルバムの第7位に選ばれていたのを覚えているかもしれない。
彼らがどれだけ日本に影響を受けているかは、フライヤーやウェブサイトを見ていただければ一目瞭然!

まずこれがファーストアルバムのウェブ告知。
lushbykraken
箸としゃもじは分かるけど、まるいのはピザ?

続いて最近のツアーのフライヤー。
Krakenフライヤー
お坊さんが「こんなのプログレじゃないぜ」って言ってる。サポートのポストハードコア/マスロックのバンド名、Haiku Like Imaginationというのにも注目。彼らも日本文化の影響を受けてるんだろうか。

 北東部ツアーのフライヤーはこんな感じ。
Krakenフライヤー2

これ、全てインドのバンドがインド国内向けに作ってるチラシです。
五重塔、着物、寿司っていう伝統的な要素に、缶ジュースや公衆電話、カタカナ表記、といかにも「外国人から見た日本」的なテイストだけど、日本文化というとアニメやマンガのイメージが非常に強いインドで、伝統や食文化にまで目配りができているというのはなかなかの日本通ぶりと言える。

バンドの中心メンバーのギタリスト、Moses Koulは実際に日本に一人旅に来たこともあるようで、日本のカルチャーに大きな影響を受けているという(詳細は後述)。

そんな彼らのサウンドをさっそく聴いてみましょう。
2017年にリリースされた彼らのファーストアルバム"Lush"から、"Yooo! It's ALetter From Koi Fish"

"Koi Fish"は魚の鯉のことのようで、「ヨ〜!俺の鯉からの手紙だ!」という日本語表記に脱力するが、これは「恋」と「鯉」がかかっているのかな?
歌詞をみると一応ラブソングのようだし。
バッキングでも派手に動き回るギターや、ハードコアっぽいシャウトが入りつつも、それが暴力性の表現ではなくグルーヴ感を促進するように使われているところなど、日本の音楽専門学校のESP出身のバンドみたいな雰囲気だ(分かるかなあ)。
ビデオもローバジェットで作られているようだけど、日本旅行のお土産なのかな?が並んでいて、ここでも彼らの日本愛が感じられる。

"Bouncy Bouncy Ooh Such A Good Time"

タイトルの訳は「ワクワク楽しいなあ〜」だって。ビデオはジブリの森かな。

"What Will Be, Will Be, Promise Me Kawaii Tea"

今度は「なるようになる、可愛いお茶を約束してくれ」とのこと。
またしても日本の日常を切り取ったビデオと激しいロックが不思議な雰囲気を醸し出している。

なんだか曲調も日本のアニメ(戦うようなやつ)の主題歌っぽく聴こえるが、いったい彼らはどんな日本文化に影響を受けてきたのか。
SNSを通していくつかの質問をしてみました。
最初の質問は、日本の文化にいつ、どんなふうに影響を受けたのかということ。

Kraken 「まず、俺たちの音楽を日本に広める機会を提供してくれてありがとう。日本は大好きで、深い影響を受けた国なんだ。いつ、どんなふうに日本の豊かな文化から影響を受けたかを答えるよ。俺たちのギタリストMoses Koulは十代のときに映画やアートを通して日本の音楽を発見したんだ。 
それで、日本のジャズ・アーティストたちにのめり込んでいた。同じ頃に、たくさんの映画やアートやアニメがインドに入ってきて、インドでも日本文化にもっと深く知ることができるようになった。つまり、 日本のメジャーな輸出文化であるアニメとかJ-Pop以外のものにも触れられるようになったってことだよ。俺たちは、日本のアートの歴史の中で、日本がどうやって西洋文化を受け入れて、そこに独自の要素を加えていったのかを知ることができた。
例えば、すごく日本的に聞こえるメロディーラインってあるよね。それは、そういう音を奏でるミュージシャンたちが、欧米よりも日本のアーティストにより親しんでいるからそういう曲調になるんだってこととかね。
俺たちのキーボーディストのReuben Dasは自作のアニメやマンガにも情熱を注いでいて、これは俺たちが日本のアートや音楽、文化に触れながら育ってきたことを表すアウトプットになっているんだ。
俺たちは日本の映画、アート、音楽にすごくリスペクトと憧れを感じている。子どもの頃から日本の美しい文化にインスパイアされ、影響を受けて育ってきたからこういうことをしているってわけさ。
日本でツアーをして、俺たちの音楽をプレイするのが夢なんだよ。今すぐにでも叶えたいと思っている。そのためにとにかくがんばっているのさ」

ありがとう。
そんなふうに言ってもらえて日本人としてうれしいよ。
それにしても、影響を受けたのが日本のジャズというのは意外だった。
影響を受けた日本のミュージシャンや映画などを具体的に聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

Kraken「俺たちがインスパイアされたり影響を受けたミュージシャンの名前をいくつか挙げると、上原ひろみ、山下洋輔トリオ、きゃりーぱみゅぱみゅ、菊池雅章、Uyama Hirotoだな。それとは別に、日本のヒップホップにも深い影響を受けていて、何人か名前を挙げるとなると、Nujabes、Ken the 390、Gomess。
俺たちが大きく影響を受けた映画監督は、宮崎駿、今敏、岩井俊二だよ。」

この回答にはびっくりした。
だって、かれらの音楽性から、てっきりOne OK RockとかSpyairとかの名前が挙がるものと思っていたから。
映画にしても、宮崎駿はともかくとして、他にはドラゴンボールとかNarutoあたりが挙がるものと思っていた。
この予想以上にマニアックな日本通ぶりにはひたすら驚かされるばかり。
ここに名前が挙がったアーティスト全員を深く知っている人って、日本人でも少ないんじゃないだろうか。
正直、私も日本のジャズやヒップホップにはてんで詳しくないので、存じ上げない方が何人かいた。
菊池雅章(これで「まさぶみ 」と読む)はピアニストで、日本のマイルスとも称される、日本におけるエレクトリック・ジャズのパイオニア。ピアノソロのアルバムや尺八との共演アルバムなんかも作っている。
Uyama HirotoはNujabesとのコラボレーションでも知られるマルチプレイヤー、Gomessは自閉症であることをカミングアウトしているラッパーで、独特の詩世界で知られるアーティストだ。
今敏(こん・さとし)は「Perfect Blue」「東京ゴッドファーザーズ」「パプリカ」などで知られるアニメ映画の監督。
自分の知識の無さを恥入りました。
それにしても、まさかこんな斜め上の回答が返ってくるとは思わなかった。

そのことを正直に伝えると、
「ハハハ、きゃりーぱみゅぱみゅは知ってるだろ?」とのこと。
私もたまにインド人のブログ読者(グーグル翻訳などを使って読んでくれているようだ)から「このアーティストは知らなかった!素晴らしいアーティストを教えてくれてありがとう」とか言われることがあるが、まさかインド人に日本のアーティストを教えてもらうことがあるとは。
今回名前を挙げてもらったアーティストをチェックしてみて、そのセンスの良さに恐れ入りました。
ヘヴィーロックアーティストの名前がひとつも挙がらなかったのが意外だったけど、今後はビジュアル面以外でも、彼らが影響を受けた日本のサブカルチャーの要素が出てくることがあるのだろうか。

すぐにでも日本で演奏したいと語るKraken.
その夢が一刻も早く願うことを心から願わずにはいられない。
少なくとも、ここまで日本を愛してくれている彼らが、日本でもっと有名になってほしいなあと思います。
みなさんも彼らのことを広めてくれたらうれしいよ。

それでは、また! 


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goshimasayama18 at 00:18|PermalinkComments(2)

2018年07月29日

革新者の覚悟!ジャールカンドの天才ラッパー Tre Essのインタビュー!

お待たせしました!
以前このブログで紹介したところかなり反響があった、後進地域ジャールカンド州出身の天才ラップアーティスト、Tre Essに送っていた質問の答えが届きました。
(彼について紹介した記事はこちらから)

今回はそのメールインタビューの様子を紹介します!
音楽制作について、地元について、ミュージシャンとしてのキャリアについて、非常に真摯に包み隠さず語ってくれたTre Essに改めて感謝!


ーあなたの音楽はとても独特だけど、今までラッパーとして、あるいはトラックメイカーとして誰に影響を受けてきたか教えてくれる? 

「そうだな、日常的にいつも何かしらの影響は受けているよ。でも、やっとわかったことなんだけど、アーティストとして他の誰かに必要以上に憧れるべきじゃないと思う。そんなふうに憧れることに意味があるのか俺には分からないな。俺が受けた影響は多岐にわたるよ。音楽を始めた頃はドラマーだったから、その頃はLinkin Parkとか、他のメインストリームのロックバンドに影響を受けたよ。じきにヒップホップに出会って、自分の可能性を音楽で解き放ってみたいと感じるようになったんだ。実験的(エクスペリメンタル)って言われるようなことをたくさんバンドでしてみたかった。そういう何でもありって感じがヒップホップの魅力だね!
もしかつて僕がしたみたいに、時間をかけてヒップホップを理解しようとすれば、『ヒップホップ』っていうあいまいなジャンルのもとに、いかにエクスペリメンタルな音楽がたくさんあるか分かるはずさ。
ヒップホップはアートとしての価値が低いって批判する人も多いけど、あらゆる物事には2つの面があるんだよ。分かる?
2018年にヒップホップを作ることは簡単だし、人気はあるけどゴミみたいな音楽もたくさんある。でも今や第三世界のキッズたち(註:自分を含めて、ということだろう)だって、今まで以上にいろんな音楽にアクセスすることができる。最初の頃、俺はすごくオールドスクールだった。その頃はNas, Biggie, Redmanがお気に入りのアーティストだった。でもプロダクションがどんどん良くなってゆく中で、ヒップホップがどれだけ進化したかを理解したんだ。
かつて物事はすごく一面的だった。でもいつまでも古いアーティストばかりにこだわるべきじゃないんだ。それじゃあ影響の源が限られてしまう。今現在のベストなミュージシャンとしては、Vince Staples, Isaiah Rashad, Earl Sweatshirt, Anderson Paak, Big K.R.I.TとかFreddie Gibbsなんかを考えているよ。
でも繰り返すけど、影響は毎日のように受けているんだ。ある日はレッチリだったり、ある日はCharles Bradelyだったり」

と、いきなり熱を込めて回答してくれた。
当方の翻訳力不足で、意味が取りにくいところもあるかもしれないが、大意はつかめると思う。
ここで注目すべきは、彼がヒップホップをエクスペリメンタル(実験的)な要素のある進化しつづける音楽と定義していることだろう。
ジャールカンドのタフな暮らしを綴ったリリックにも特徴があるTre Essだが、ヒップホップの本質としてコトバよりも音楽的革新性を挙げていることに、彼のサウンドクリエイターとしての矜持が伺える。
また、この手の質問に「Eminemに影響を受けてラップを始めたんだ」とか答えるラッパーが多いなかで、表現者として他のアーティストに過剰な憧れを持ち続けることに疑問を持つ姿勢はとても印象的だ。
彼はキャリアの早い段階から、自分自身のことも「エクスペリメンタルな革新を続ける表現者の一人」として位置づけていたのだろう。
続いては、気になる地元のシーンについて。
Tre Essを紹介した記事でも書いた通り、ジャールカンド州はインドの中でも貧しい地域であり、有名ミュージシャンを多く輩出している都市部とは大きく環境が異なる。
都市部を離れれば、インド社会の中で被差別的な立場を強いられてきた先住民族が支配する地域もあり、特有の社会問題もある州だ。

ー正直に言うと、あなたがジャールカンドのラーンチー出身ということにかなり驚いたんだ。なぜかって、インドのコンテンポラリーなミュージシャンはほとんどがデリーとかムンバイみたいな大都市の出身だから。ジャールカンドの音楽シーンについて教えてくれる?

 「そうだな、俺たち3人でラーンチーのシーン全体を作ってるみたいなもんだよ。3人ってのは、俺とThe Mellow Turtleと、"ホンモノ(OG)"のJayant Doraiburuのこと。Mellowは俺が考えるインドで最高のブルースアーティストで、また最高のエレクトロニカアーティストの一人でもある。Jayantは、彼にできない音楽は何もないんじゃないか、っていうくらいの奴だよ。彼は俺が見たことがある楽器は何でも演奏できるし、やれって言えばラップも歌もできる。でも実際のところ、彼は素晴らしいサウンドエンジニアでプロデューサーなんだ。
JayantはVikritっていうバンドをやってて、インドやネパールのメタルシーンで活躍してる。俺たちはお互いに違うタイプのサウンドをカバーしていて、しょっちゅうお互いにインスパイアされているってことが気に入っているのさ。
他にもたくさんのアーティストがジャールカンドにはいるけど、彼らは今ひとつ活気や野心に欠けているんだ。昔はそんな状況がいやだったけど、今じゃ自分たちで変えなきゃいけないと思ってるよ。
俺たちはそういう気づきを広げようと努力していて、無料のギグをしたりいろいろしてるけど、このことに関してはそんなに楽観的ってわけじゃないね。俺はコミュニティーを良くしようとしない人間になるのはまっぴらごめんだから、ただ良いことをして、自分が育ったクソみたいな環境をマシにしようとしてるだけってとこさ」

このブログでも大々的に紹介したThe Mellow Turtleに加えて、ラーンチーのミュージックシーンの第3の男として、The Mellow Turtleのインタビューでも名前が挙がったJayant Doraiburuが出てきた。
Tre Essも語っているように、彼はDream TheaterやSymphony Xに影響を受けたプログレッシブ・メタルバンド、Vikritのドラマーも務めている。
彼らのウェブサイトによると、やっているのはこんな曲
確かに、Tre EssともThe Mellow Turtleともまったく違うヘヴィーメタルを演奏している。
ラップ、ブルース/エレクトロニカ、メタルと全然違うジャンルのアーティストが刺激し合っているというのも、狭い街のシーンならではだろう。
彼らに次ぐアーティストは出てくるのだろうか。

続いては、個人的に初めて出会った彼の曲であり、現在のインドのアンダーグラウンドヒップホップシーンを代表する曲ともいえる" New Religion"について聞いてみた。
Tre Essの名義ながら、コルカタ、ムンバイ、ニューヨークのラッパー総勢7名を客演に迎えた意欲作だ。


ー“New Religion”はマルチリンガル・ラップソングっだけど、どうやってインドやニューヨークのアーティストたちを集めたの?
北インドのリスナーたちは、この曲に出てくる英語とヒンディー語とベンガル語がみんな理解できているってこと?(註:南インドは北インドとはまったく違う言語体系の言葉が話されている)

 「ここでフィーチャーした連中のほとんどは友達で、以前共演したことがあったんだ。彼らのうち何人かは初めてコラボレーションしたけど、今後彼らのために何かしらプロデュースすることになってる。
北インドのほとんどの人はヒンディーが理解できるし、英語が理解できる人もいるよ。ベンガル語が理解できるのはもっとベンガル人に限られてくるかな。でも俺にとってそれは大した問題じゃなくて、リスナーには全体のうちちょっとでも伝わればいい。
この曲を気に入っているって言ってくれる人もいるし、俺はフィーチャーした人たちをもっと絞るってことをすべきじゃなかったと思ってる。もしそうしたら完全に良さを失ってしまうんだ。もし言葉が理解できないラッパーがいるとしても、それは君のためにいるんじゃなくて、俺のためにいるんだよ!この曲の全員がそれぞれ異なるグループをレペゼンしているんだ。みんなが別々だと思っているスタイルとか、分けるべきだと思っているジャンルをみんないっしょにして素晴らしいサウンドを作ろうってアイデアなんだよ。
もしこの曲がベンガル語から始まるからって、全体を聴かないで聴くのをやめようって人がいたら、それはそいつらの損失であって俺の損失じゃない。そいつが生きてきた中で最高のインディアン・ヒップホップを聴き逃して嘆くことになるってわけさ」

明確なコンセプトと過剰なまでの自信。
そしてその根底には、新しい試みへの強い意志がある。
例えば既存の欧米のヒップホップとインドの伝統的なサウンドを融合させて、ヒップホップというジャンルをより「拡げて」いるアーティストもいるが、Tre Essはヒップホップを「拡げる」のではなく、「前に進める」という明確な意識を持ったアーティストと言えるだろう。

ー“New Religion”っていうタイトルの意味を教えてくれる?以前インタビューしたヘヴィーメタルのミュージシャン(Third SovereignのVedantのこと。彼へのインタビュー記事はこちら)が、宗教やコミュニティー同士の争いにはうんざりしていて、ヘヴィーメタルこそが新しい宗教みたいなものさ、ってことを言っていたんだ。あなたもヒップホップに関して、同じような意見を持っているの?

 「それはすごく面白いね。俺も似たような意見だよ。俺は音楽全体が新しい宗教だと思ってる。ラップとか、メタルとか、ポップとか、好みはいろいろだろうけど、それは俺が知ったことじゃない。部分的にはそういうアイデアがこの曲のタイトルの背景にあるし、残り半分はみんなのこの曲のパフォーマンスそのものから来てる。
宗教には神々が必要だろ?俺は8人の神の候補者を紹介してるってわけさ。ハハハ。
俺たちをただの若いナルシシストだと思ってる古臭い信心深い連中は腹をたてるだろうけど、俺たちはそういう時代遅れの先入観をからかってるのさ。もし気に入らないってんなら、ふーん、そんならお前が何かやってみせろってことさ」

この既存の価値観に対する強烈な反発!
Brodha Vのように、ヒップホップで成り上がりつつも、ヒンドゥーの神への祈りを忘れないというスタンスや、経験なクリスチャンだというDIVINE、シク教徒であることを全面的に出しているPrabh Deepみたいなアーティストもインドにはいるが、彼はより反権威主義的なスタンスだ。
これは彼がより保守的な地域の出身であることも関係しているのかもしれない。
物質主義、功利主義が浸透している都会であれば伝統的な価値観を見直したくもなるかもしれないが、旧弊な価値観に縛られざるを得ない地域においては、音楽こそが精神の自由をもたらす第一の価値観ということになるのだろう。

 ーThe Mellow Turtleとあなたが共演している曲が本当に気に入ってるんだけど、彼もラーンチー出身だよね。どうやって彼と出会って、共演するようになったの?

「Mellow!俺の唯一の親友さ、ハハハ。俺たちは共通の友達の友だちのJayantを通して出会った。その頃彼は俺たち両方のサウンドエンジニアをやっていたんだ。JayantがMellowの曲を聴かせてくれたから、俺はその曲にいろんなフリースタイルを乗せてみた。そんなにいい出来じゃなかったけど、その時にすでに共同制作の友情が始まってたってわけさ。で、俺たちはそれ以来いろんな優れた曲を作り続けてる」

The Mellow Turtleへのインタビューでも語られていたエピソードだ。
その最初に共演した曲というのがこの"Tangerine".


やがてアルバム"Elephant Ride""Dzong"でも共演し、唯一無二のサウンドを作り上げてゆくのは今までに紹介した通り。
続いて今後の活動について聴いてみた。

ーインドの才能あるミュージシャンのほとんどは、活動拠点をデリーとかムンバイとかバンガロールに移しているよね。あなたもそんなふうに拠点を移したい?それともラーンチーにとどまり続けるつもり?

「ああ、1日だってそのことを考えない日はないよ。いつかは動かなきゃいけないって感じているけど、それがいつかは分からないな。バンガロールには3回ほど行ったことがあるんだけど、大嫌いだったんだよ。俺はああいう街が持ってる雰囲気は好きじゃないんだ。俺はラーンチーもずっと嫌いだった。仕事は早く進まなかったりするし。でもそれが夕暮れ時になるとまったく変わるんだよ。
どんなことかっていうと、例えば友だちと15分か20分ドライブするだけで、みんなが長い時間かけて旅行でもしない限り得られないような静けさを見つけることができる。このへんの自然はすごくきれいなんだ。目に映る全てが美しく、しかもそこにも何一つ人の手で計画されたものなんてないんだ!街の中に、今でも自然のままの森林地帯があるんだよ!俺にとってはそれがいちばん美しいものだよ。
でもすごく皮肉なことに、青々とした森林地帯のうち、どこに銃を構えたナクサライトが潜んでいるか分からないんだよ」

ここまで、ずっと強気で不遜とも言えるラッパー然とした態度を見せてきた彼が、初めてその葛藤を見せた答えだ。
音楽的に成功するための大都会への憧れと、故郷の自然への愛着、アンビバレントな感情。 
だが彼が愛する美しい故郷の自然すらも暴力と無縁ではない。
ナクサライトとは、インドの主に貧困地域で活動する毛沢東主義派のテロリストのことで、以前紹介したジャールカンドゆえの闇を感じる内容だ。


ーあなたのミュージシャンとしてのキャリアのゴールは何?

 「俺は一人でも多くの人々に音楽を届けたい。どれだけ長くかかるかはわからないけど、俺はやらなきゃいけないんだ。他の誰かがやってくれるわけじゃないし、ジャールカンドの音楽シーンは俺が音楽を作るのを止めたら死んでしまう。俺は他の仕事も探しているし、実際に始めてもいる。金をあっちこっちに投資したりもしているし、これからの人生でいつか音楽を止めなきゃいけないかどうかも分からない。でも音楽なしの生活を俺は知らないんだ。将来にことについてそんなに心配はしたくない。だってほとんどの人は思い通りにならないものだから。でも未来のインドのアーティストたちのために、しっかりした基盤を作れたらいいと思ってるよ。彼らが何であれ自分たちの作品以外のことであんまり心配しなくて良いように」

強気な態度で既存の権威に噛みつくラッパー、エクスペリメンタルな要素を取り入れたサウンドクリエイター。
そんな彼の口から「投資」なんて言葉が出てくるところにインドのシーンの特異性を感じる。
Taru Dalmiaのドキュメンタリーでも出てきたテーマだが、インドではヒップホップは「ストリートの音楽」であるが、「大衆の音楽」ではなく「エリートの音楽」というややねじれた存在になっているのだ。
The Mellow Turtleも法律事務所で働くエリートでもある。
でも、彼らがやっていることが決して金持ちの道楽ではなく、極めて真摯に誠実に音楽や表現と向き合っているということは音楽を聴けば分かるはずだ。
自分たちだけでなく、後進のミュージシャンのことまで考えているというのだから推して知るべしだ。

最後にくだらない質問をひとつ。
“Tre Ess”って名前、アメリカン・プロレスのWWEのトリプルHを意識してつけたっていう記事を読んだんだけど、WWEってインドで人気あるの?

「ハハハ、そう、WWEはインドでも大人気だよ。今はもう見ていなくて、MMA(総合格闘技)を見てるけど、以前はずいぶん楽しんだよ」

おお、ここでもやはりインドでWWE大人気説を裏付ける返事が返ってきた。
唐突だが、プロレスにおいて新しい価値観を提唱した人物といえば、日本のマット界ならば前田日明ということになる。
Tre Essのインタビューを終えて、前田日明が80年代にUWFを立ち上げた時に発した言葉「選ばれてあることの恍惚と不安、二つ我にあり」 を思い出した。
(実際は前田自身の言葉ではなく、原典は太宰で、さらにその元ネタはヴェルレーヌなわけだが)
UWFは従来のプロレスとは異なる格闘技的な要素を持った団体で、前田にとってプロレスとは常に過激に進化しつづけるものであり、かつてその姿勢の提唱者だったアントニオ猪木が既存のプロレスの枠の中に収まってしまったことへの強烈なプロテストでもあった。

Tre Essが前田日明なら、当初は革新的だったものの新しい表現を追求しなくなったヒップホップアーティストはアントニオ猪木(その他当時のプロレスラー)にあたる。
保守的、後進的なジャールカンドで革新的なヒップホップを作り続けてゆくことについて、彼もまた恍惚と不安の中にいるのだろう。
今のところ、そうした葛藤や、狭いシーンならではの出会いは、彼の音楽をより魅力的なものにしているように思える。
今後彼は、そしてMellow TurtleやJayantといったラーンチーのミュージシャンたちはどんな音楽を作ってゆくのか。
大都市への進出はあるのか。それとも地元のシーンをさらに発展させてゆくのか。

ジャールカンドのシーンともども、今後も紹介してゆきたいと思います!
それでは!

 
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goshimasayama18 at 17:24|PermalinkComments(0)

2018年06月23日

The Mellow Turtleインタビュー!驚異の音楽性の秘密とは?

先日紹介した、ジャールカンド州ラーンチー出身の驚くべき音楽性を誇るギタリスト/シンガー・ソングライターのThe Mellow Turtle.
インドの中でも後進的な地域の出身ながら、時代もジャンルも超越した先進的なハイブリッドサウンドを奏でる彼の音楽遍歴やバックグラウンドはいかなるものなのか?
想像を超える実態が明らかになった驚愕のメールインタビューの模様をお届けします!
その前に、The Mellow Turtleの紹介記事はこちら

—あなたのFacebookページを読むと、ずいぶんいろんなタイプの音楽を聴いてきたみたいだね(註:彼はおすすめとして、Tom Misch, FKJ, Bonobo, B.B.King, Muddy Waters, Alt J, Ratatat, Ska Vengers, The F16sなど、海外、国内を問わず非常に多様なアーティストを挙げている)。 それにブルースロックだったり、ヒップホップだったり、エクスペリメンタルなものだったり、すごくいろいろなスタイルの曲を書いているけど、いったいどんな音楽的影響を受けてきたのか、教えてもらえる


MT
「最近聞いているのはアフリカのマリのブルースだよ。Ali Farka Toure, Songhoy Blues, Vieux Farka Toureとかだな。 大きな影響を受けたアーティストといえば、The Black Keys, Ratatat, Gorillaz, Chet Faker, Glass Animals, Morcheeba, Thievery Corporation, Muddy Waters, Howlin Wolfあたりってことになる。 最近じゃヒンドゥスターニー(北インド)の古典音楽も聴き始めたよ。」 

マリのブルース!そっちから球が飛んでくるとは思わなかった!
他にも、インディーロック、新世代シンガー・ソングライター、ローファイ、伝説的ブルースマンと、古典から現代まで、センス良すぎるラインナップだ。
さらに地元インドの古典音楽まで聴き始めたとは!
ギタリストにもかかわらず、いわゆるギターヒーロー的なテクニカルなプレイヤーを挙げずに、いろいろなジャンルのグッドミュージックを挙げているのも印象的。
本当に音楽そのものが大好きなのだろう。

 

—マリのブルースって、いったいどこで知ったの?

 MTYoutubeで見つけて、そこからインターネットで調べ始めたんだ。Ali Farka ToureRy Cooderのアルバム「Talking Timbuktu」はチェックすべきだよ。すごく美しい音楽だ」

 

 
Ali Farka Toureのソロアルバムはこちら!

 

Ali Farka Toure、不勉強にして初耳だったのだけど、聴いてみてびっくりした。
なぜって、もはやすっかり伝統芸能として形骸化し、息絶えたと思っていたブルースの「精神」が、彼の音楽に生々しく息づいていたから。
アフリカ系アメリカ人によって生まれ、そのままアメリカで死んだと思われていたブルースは、その精神的故郷アフリカで今も生き残っていた。
そしてインドの後進地域のミュージシャンに影響を与え、さらに新しい音楽の母胎となっている。
なんて素晴らしい話なんだろう!


—いつ、どんなふうにギターの演奏を始めたの?

MT
134歳のころにギターを弾き始めた。理由はギターのサウンドにどっぷりはまっちゃってたから。それでギターのレッスンを始めたんだけど、少しの間だけレッスンを受けて、あとはウェブ上のタブ譜を見ながら練習したよ」 


—お気に入りのソングライターやパフォーマー、ギタリストは誰?

MT
「それは難しい質問だな。ソングライターとしては、Ben Howardが大好きだ。ベスト・パフォーマーを挙げるなら、Anderson Paakってことになるね。お気に入りのギタリストってことなら、B.B.Kingがいちばんだよ」 

Ben Howardは先日紹介したAsterix Majorを思わせる叙情的なフォーク系シンガー・ソングライターだ。
The Mellow Turtle、守備範囲広すぎだろう。


Anderson Paakはカリフォルニアのゲットー出身のアーティスト。アメリカの黒人音楽の誕生から現在までを全て詰め込んだようなラッパー/シンガー/ドラマー。
ケンドリック・ラマーらと並んで、現在のヒップホップシーンで高い評価を得ている。


B.B.Kingは言うまでもないブルースの大御所だ。これは彼が映画ブルースブラザーズ2000でも披露していた代表曲の1つ。
 

こうして彼のお気に入りの音楽を並べてみると、音楽性は様々だが、サウンドやスタイルのかっこよさを追求するだけでなく、魂を込めて真摯に表現しているタイプのアーティストが多いことに気がつく。
とくに彼の黒人音楽の好みに関しては、耐え難きを耐え、忍び難きを忍ばざるを得ないジャールカンドの暮らしの中で育まれた感覚が共鳴するアーティストを挙げているようにも感じる。考えすぎだろうか?


—あなたがTre Essと競演している曲がすごく好きなんだけど、彼もラーンチー出身だよね。いつ、どんなふうに出会って、共作を始めるようになったか教えてもらえる?

MT
「ありがとう!友達のJayantElephant RideEPを作っていたときに、SumitTre Essの本名)もJayantのスタジオでソロアルバムをレコーディングしてたんだ。ある日スタジオに顔を出したらJayantが、僕らの曲に合わせてラップをした奴がいるって言うんだ。それをチェックしてみたらすごく良かったから、そのTangerineって曲のラップをそのまま残しておくことにしたんだよ。その後、僕らはスタジオで顔を合わせて、いっしょにレコーディングするようになった。それで今じゃすっかり大親友になったってわけさ。」 

それがこの曲、Tangerine. Tre Essのラップは2:10頃から。
ラップが入ることで、ブルースロック調の曲がより現代的、立体的になっているのがわかる。



—ラーンチーやジャールカンド州のミュージックシーンについて教えてくれる?ジャールカンドじゃどんなところでライブをしているの?ライブハウスみたいなところとか、フェスとかあるの?

MT
「ラーンチーのシーンは本当に退屈だよ。生演奏が聴ける場所なんてないね。へヴィーメタルとカバーバンドのリスナーがいるだけさ。ラーンチーでライブを企画しようとしたことがあったんだ。でも観客は古いヒンディー語とか英語の曲のカバーばっかりリクエストしてきた。ここで新しいタイプの音楽を聴く人を見つけるのは本当に大変だよ」 

音楽好きがほとんどいない街で、偶然出会った全く違うジャンルの才能あふれるミュージシャン2人。
ムンバイやデリーのような音楽シーンが成熟した大都市だったら、出会わずにすれ違うだけだったかもしれない。
音楽の神様はたまにこうして才能のあるもの同士を引き合わせる。
そして、そんな音楽好きがほとんどいない街で、純粋に自分たちの音楽を追求しつづけるThe Mellow TurtleTre Essには、心からのリスペクトを感じる。
でも、本当に今のままでいいの?

 —インドの場合、多くの才能あるミュージシャンがデリーやムンバイやバンガロールみたいな大都市に活動拠点を移しているよね。あなたも活動拠点を大都市に移したいと思う?それともラーンチーにとどまり続けるつもり?


MT「正直言って、まだなんとも言えないよ。理想を言えば、ラーンチーとムンバイと両方で過ごすことができればいいけど。都会の生活はとても厳しいよね。生活にお金もかかるし、交通状況も最悪で(駐:ラッシュアワーや交通渋滞のことか)移動のためにずいぶん時間を無駄にしなきゃならない。でもボンベイみたいな街に住めば、もっとライブの機会は増えるし、音楽業界の先頭に立っている人たちにも会える。僕の音楽を聴いてくれるファンを増やすこともできると思うし。」

 日本でも、いや世界中でも、同じように感じている地方在住のミュージシャンは多いことと思う。上京して一人暮らしするのだってバカにならないお金がかかる。

都会出身のミュージシャンとは、そもそも前提条件から違うってわけだ。
でも、だからこそ、彼のように地方から大都市のシーンとは関係なく面白い音楽が出てきたりもするのだけど。

 

—あなたのアルバムのタイトル『Dzong』(ゾン)とか、曲名の『Dzongka』(ゾンカ)っていうのは、ブータンの言語の『ゾンカ語』のことだよね?もしそうなら、どうしてこのタイトルをつけたのか、意味を教えてもらえる?

MT「ブータンの言葉だと、『Dzong』っていうのは宗教や行政や社会福祉を全て執り行う城のことなんだ。このアルバムを通して、僕は精神的なことや政治的なこと、社会的なことを表現したかった。それから僕は建物としての『Dzong』にすっかり魅了されてるんだ。すごくきれいなんだよ。そういうわけでアルバムに『Dzong』ってタイトルをつけたんだ。

 これが「Dzong」(ゾン)

PunakhaDzongInSpring
Dzongka』っていうのはブータンの言葉を意味している。この曲では、自分たちの独自のサウンドを追求してみたんだ。ブータンが独自の言語や文化を持っているようにね。『Dzong』をレコーディングしているとき、僕とSumitTre Ess)でブータンに行く機会があったんだ。二人ともブータンの文化や雰囲気がすっかり気に入ったんだよ。僕が今までに見た中で一番美しい国だった。」


今度はブータンと来たか!
アメリカや世界中のグッドセンスな音楽のスタイルに乗せて、地元の街のブルース(憂鬱)を歌う。それだけでも十分なのに、隣国の文化からもインスパイアを受けたという彼らの感受性には恐れ入る。時代も地理的な条件もいっさい関係ないみたいだ。

 

-あなたのFacebookのページによると、ソーシャルワーカーや起業家としても活躍しているみたいだね。音楽以外ではどんなことをしているの?

MT
「父の不動産会社で働いていて、プロジェクトの責任者をしているよ。ソーシャルワーカーとしては、今はSt.Michales盲学校のとても才能あるミュージシャンたちのメンターとレコーディングをしているよ。学校で週に2回、ギターも教えているんだ。学校でセッションのための部屋も作ろうとしているんだ」

 不動産会社はともかく、盲学校でのプロジェクトはとても面白そうだ

初期のブルースマンからレイ・チャールズ、スティーヴィー・ワンダーを経てラウル・ミドンまで、盲目の素晴らしいミュージシャンは数多くいる。
彼の音楽的センスと、インドの土壌から、どんなミュージシャンが出てくるのだろうか。

インタビューを通して感じたのは、彼の音楽全般に対する情熱だ。
地域も時代も超え、あらゆる音楽に興味を持ち、良いものを聴き分ける音楽ファンとしての情熱。
そしてそこから受けた影響を、音楽シーンのない街で世界中のどこにもない自分の音楽として作り、表現する情熱。

また、音楽の普遍性と地域性ということについても考えさせられた。
彼の音楽は、先に述べたような世界中のさまざまな音楽からの影響で成り立っている。
だが、彼の作るサウンドの、ビートの隙間からは、紛れもないインドの地方都市の空気が漂ってくるのもまた事実だ(これは、Tre Essの音楽からも感じることだ)。

ニューヨークの音楽にはニューヨークの、西海岸の音楽には西海岸の空気があるように、彼の作る音楽からは、ジャールカンドの空気感が伝わって来る。
昼の暑さを忘れさせるくらい涼しくなった夜の、排気ガスやどこからともなく漂う煮炊きの匂い、オートリクシャーのエンジンとクラクションの音、暗い街角で行くあてもなく佇む人々の眼差しや息遣いが感じられるような音像だと、私は感じている。

The Mellow Turtle. ジャールカンド州ラーンチーが生んだ稀有な才能。
今後彼がどんな音楽を作り出すのか。
またみなさんに紹介できることを楽しみにしています。



goshimasayama18 at 20:21|PermalinkComments(2)

2018年05月13日

忘れた頃にJ19 Squadから返事が来た!(その1)

このブログの熱心な読者(いらっしゃるのでしょうか…。いたら手を上げてください)なら、かれこれ1ヶ月半くらい前にラージャスタン州のギャングスタ・ラッパー集団J19 Squadを取り上げたことを覚えているかもしれない。

インドの伝統文化を色濃く残す砂漠の土地ラージャスタンの香りをぷんぷんさせながら、同時に平気で銃をぶっ放すとんでもないワルでもあるJ19 Squadに興味津々となったアタクシは、さっそくインタビューを申し込み、いくつかの質問を送った。
その日のうちに彼らから「Much love, bro. すぐに答えるぜ」との返信が来たが、その後の音沙汰がないまま時は流れゆき、そろそろ1ヶ月になろうかというとある日、完全にあきらめかけた頃に彼らから返事が来た。
その回答を読んで、もう少し質問したいことが出てきたので、改めてメッセージを送る。
「Much love, bro. すぐに答える」
…が、またしても返事は来ない。

催促を送ること一度、二度。
「すぐに返事するぜ、bro.」

まだ次の返事は来ていないのだけど、せっかくいただいた1回目の内容をずっと寝かせておくのも何なので、ここでひとまずこれまでのインタビューの模様をお届けします。
その前に、彼らの音楽をおさらい!

彼らの地元「ブルーシティ」ことジョードプルへの愛に溢れた曲。
"Mharo Jodhpur"


ワルさで言えばこの曲が一番"Bandook".
2:30からの英語のセリフ「You know why we are doing this? We are doing for our streert, our people, our city man. Ain't no body gonna stop us. Hahahaha. Yeah, You know who we are, J19 Squad!」ってとこがイカしてる!
最後のSquad!でキメるとこ、好きだなあー。
笑顔で銃をぶっ放す女の子たちも、なんかよく分からないけどキュート!


ボブ・マーリィへのトリビュートと題された、"Bholenath".
やってることはシヴァ神を祀った寺院でのひたすらな大麻の吸引で、ボブはどこ?って感じがするんだけど。それにインドでも大麻は一応違法なはずだけど、こんなに堂々とビデオで吸っちゃってて大丈夫なのだろうか。


これらのビデオを見てわかる通り、彼らの魅力を一言で表すとすれば、ラージャスタン土着の男っぽさと、ヒップホップ由来のの"サグい"(Thug=ワルい)感じの共存。
果たしてそんな彼らの素顔はどんななのか?

質問に答えてくれたのはメンバーのPK Nimbark.
インドのヒップホップシーンの中でも未知の地、ラージャスターニー・ラップの話を存分に聞かせてくれました!

凡「インタビューに協力してくれてどうもありがとう。まず最初に、”J19 Squad”ってどういう意味?
ビデオだと大勢の仲間たちが写ってるよね。
全部で19人のメンバーがいるの?JはジョードプルのJ?」

J「J19 Squadはラージャスタン州、ジョードプルのヒップホップデュオだ。インドのヒップホップシーンの中で、ラージャスタンを代表(represent)している。Young HとPK Nimbarkの2人で結成されたんだ。ビデオに写っているのは地元の俳優やモデルで、彼らはJ19 Squadに所属しているわけではない。そう、JはJodhpurのJで19は俺たちのエリアコード(郵便番号のようなものか?)だ。」

なるほど。
いかにも地元のギャングの仲間って感じだった彼らは役者さんたちで、あくまで演出だったということか。
マジで怖い人たちではないのかも。
ちょっと安心だけどまだ油断はできない。

凡「音楽的にはどんな影響を受けたの?あなた方の音楽はすごくオリジナルだと思うんだけど。もし海外やインドのアーティストの影響を受けていたら教えて」
J「そうだな。俺たちはジョードプルの別々の地域の出身なんだけど、学校に通ってた頃から音楽に夢中だった。磁石のように音楽に引きつけられているんだ。
Young HはアメリカのラッパーのTIにインスパイアされていて、俺はEminemだな」

おお!ここでもエミネムの影響。
TIはサウスのギャングスタラッパーで、トラップの創始者と言われることもあるアーティスト。
やはり二人ともワイルドなイメージがあるラッパーが好みなのか。
DIVINEがクリスチャンラッパーのLacrae、Big Dealがケンドリック・ラマーのようなコンシャスラッパーに影響を受けていることとは対照的だ(まあこの2人もエミネムからの影響は公言してるけど)。

凡「トラックを作って、リリックを書いて、ラップして、って全部自分たちだけでやってるの?」

J「そうだ。俺たちの曲は全部自分たちによるオリジナルの作品だ。Young Hが曲を作っている。彼がミキシングやマスタリングをやっているんだ。歌詞は2人で協力して書いている。”Go Down”と”Raja”は俺たちの曲じゃなくて、”Go Down”はSir Edi、”Raja”はRapperiya Balam(原文ママ)によるプロデュースだ。」

なるほど。
ここで名前が出てきたRapperiya Baalamは朴訥としたフュージョン・スタイル(伝統音楽と現代音楽のミックス)で美しき故郷ラージャスタンについて歌うシンガー。


Rapperiyaの素朴さとJ19 Squadのワイルドさが郷土愛で結びついたこの曲"Raja"は、彼らだけがたどり着くことができたインディアン・ヒップホップのひとつの到達点!と個人的には思います。



さて、そろそろ彼らの最も気になる点について聞かねばなるまい。
彼らのビデオは非常に暴力的。
銃をバンバンぶっ放したりしているけど、これはマジなのか。
確信をついた質問をしてみた。

凡「あなたたちのミュージックビデオがとても気に入っているんだけど、”Bandook”はまさにリアルなギャングスタ・ライフって感じだよね。これはあなたたちの実際の生活がもとになっているの?それともフィクション的なものなの?」

J「そうだな。Bandookはじつにクールなギャングスタ・ソングだが、それが俺たちのライフスタイルってわけじゃない。俺たちはもっとふつうに暮らしているよ。これがフィクションなのか実際に起きうることなのかっていうのは言えないな。実際のところ、このビデオはラージャスタン人のライフスタイルに基づいている。彼らはとても慎ましくて親切だけど、もし誰かが楯突こうっていうんなら、痛い目に合うことになるぜ。ラージャスタンの王族に仕えたラージプートの戦士のようにね。」

彼らの回答に出てきたラージプートは、ラージャスタン州の誇り高き戦士(クシャトリヤ)カーストのこと。7世紀〜13世紀にかけてこの地方に王国を築き、幾度も西方からのイスラム勢力のインド亜大陸への侵入を防いだ勇猛さで知られる。
彼らのミュージックビデオを見てもわかる通り、今でもとにかく地元愛の強い土地柄なのだ。
それと、この回答を聞いて正直ちょっとほっとした。
いくらジョードプルと日本で距離が離れているとはいえ、平気で銃をぶっ放すような連中に「俺たちがフェイクだって言うのか!」とか怒られたらさすがにちょっとビビるからね。

次に、彼らについてもうひとつ気になっていたことを聴いてみた。

凡「あるときはヒンディー語で、あるときはラージャスターニー語でラップしているよね。どうやってラップする言葉を決めているの?」

J「俺たちはヒンディー語でラップを始めた。でもラージャスターニー語はインドのヒップホップじゃ全然使われていなかったから、俺たちがここで本物のラップを紹介しようって決めたんだ。(地元に)ヒップホップミュージックのシーンを作るためにね。実際にいまシーンを作っているところだよ。これからもデシ・ヒップホップのシーンのためにはヒンディーで、地元のシーンのためにはラージャスターニーで、両方の言語で曲を作っていくつもりだ」

なるほど!
彼らは愛する地元ジョードプルに、同じく彼らが心から愛するヒップホップを根づかせるために地元の言語で歌っていたのだ。
ビデオでの暴力的な表現は、ヒップホップのギャングスタ・カルチャーを地元の勇猛なラージプート文化と融合して、ラージャスタン風に翻案したものということなのだろう。
ものすごいギャングスタのように見えて、案外周到に計算された表現様式なのかもしれない。
それからここで出てきたデシ・ヒップホップというのは海外の移民を含めたインド系アーティストのヒップホップを指す言葉。
彼らはラージャスタンにヒップホップを広めるとともに、より大きなマーケットでの成功も視野に入れているようだ。

そんな彼らのインタビューその2がお届けできる日は来るのか?
あまり期待はしないでお待ちください。
20年前からインド人にすっぽかされるのは慣れてるんだけどさ。 

goshimasayama18 at 12:35|PermalinkComments(0)