インドのヘヴィーメタル

2019年05月19日

混ぜるな危険!(ヘヴィーメタルとインド古典音楽を) インドで生まれた新ジャンル、シタール・メタルとは一体何なのか


突然だが、みなさんは「インド音楽」と聞いて何を想像するだろうか。
今日では歌って踊る映画音楽が広く知られているが、インド映画が広く知られるようになる前であれば、インドの音楽といえば、古典楽器シタールの調べを思い浮かべる人が多かったはずである。
悠久の時間を感じさせるゆるやかなリズムの上を、異国情緒たっぷりの音色がたゆたうような旋律を奏でる。
そんなシタールの響きは、当時の人々がインドに抱いていた神秘的なイメージにぴったりだった。
(実際はインドの古典音楽は結構激しかったりするんだけど)

シタールは、古参のロックファンにとっては、60年代にジョージ・ハリスンやブライアン・ジョーンズがバンドサウンドにサイケデリックな響きを導入するために演奏した楽器としても有名だ。

1967年のモントレー・ポップでのラヴィ・シャンカルの演奏を聴けば、インド古典音楽(これはヒンドゥスターニー音楽)がロックファンをも魅了するダイナミズムと美しさ、そして即興の妙を持っていることが分かるだろう。

モントレー・ポップ・フェスティバルから五十余年。
いつもこのブログに書いているように、インドの音楽シーンも激変した。
そして今、かつてロックファンを虜にしたシタールの音色を、あろうことかロックのなかでも最も激しくうるさい音楽であるヘヴィーメタルと融合したバンドが登場したのである。
それも、1バンドだけではなく、複数のバンドがほぼ同時に出てきたというから驚かされる。
というわけで、今回は、インドだけが成し得た究極のキメラ・ミュージック、「シタール・メタル」を紹介します。

まず最初に紹介するバンドはMute The Saint.
古典音楽一家に生まれたシタール奏者Rishabh Seenを中心とするプロジェクトである。
2016年にリリースされたファーストアルバムから、"Sound of Scars".(曲は45秒あたりから)
 
ものすごいインパクト。
 速弾きから始まり、リフを弾いているあたりまでは、ギター風のフレーズを単にシタールで弾いているだけのような印象を受けるが、シタール特有の大きなベンディングやビブラートが入った旋律を演奏し始めると、曲の雰囲気は激変する。
硬質なメタルサウンドのうえで波打つようなシタールの響きが、唯一無二な音世界を作り上げているのが分かるだろう。
直線的なギターの音色と大きな波を描くシタールの対比も面白い。
この1曲だけで、シタールという楽器の特性と可能性を十分すぎるほどに理解できるはずだ。 

インド人のリズム隊とアメリカ人のギタリストに声をかけて制作されたこのアルバムは、なんとメンバーが一度も顔を合わせずに作られたという。
それぞれの場所で演奏するメンバー4人を映したこの"The Fall Of Sirius"では、より古典音楽色の強いシタールを聴かせてくれている。


Rishabh Seenは、もともと大好きだったMeshuggahやAnimals As Leadersといったテクニカルなメタルバンドの曲をシタールでカバーして、インターネット上で注目を集めていた。

Rishabhは、ムンバイのシンフォニック・デスメタルバンドDemonic Resurrectionによるヴィシュヌ神の転生をテーマにしたアルバム"Dashavatar"でもシタールを披露している。
インド広しと言えども、ヘヴィーメタルに合わせてシタールを弾くことに関しては間違いなく彼が第一人者だろう。
「メタルdeクッキング!メキシコ料理編(しかも健康に良い) Demonic Resurrection!」この記事で紹介している"Matsya"のシタールがRishabによるものだ。余談だがDemonic ResurrectionのヴォーカリストDemonstealerは料理番組の司会者兼料理人も務めている変わり種。興味がある方はご一読を)

そんなRishabが、満を持して自分のやりたい音楽、すなわちシタールとヘヴィーメタルの融合のために始めたプロジェクトが、このMute The Saintということになる。
彼らについては、日本の音楽サイト"Marunouchi Muzik Magazine"が非常に丁寧に紹介とインタビューを行なっているので、詳しく知りたい方はぜひこちらを参照してほしい。
Marunouchi Muzik Magazine 'NEW DISC REVIEW + INTERVIEW 【MUTE THE SAINT : MUTE THE SAINT】'
彼が「音楽的にはメロディック、リズム的にはダイナミック」と指摘するインド古典音楽とプログレッシブ・メタルの共通点は、インドでプログレッシブ系のロック(ポストロックやマスロックなどを含めて)が盛んな理由を読み解く鍵といえるかもしれない。
例えば、ソロの応酬や変拍子のキメ、深遠な精神性など、インドの古典音楽とプログレッシブ・ロックには、意外にも共通する特徴がいくつもあるのだ。
余談だが、このMarunouchi Muzik Magazineはヘヴィーミュージックを中心に多くのアーティストを紹介しており、以前当ブログでも紹介したプログレッシブメタル/インド古典音楽/ジャズ/EDMを融合した超絶バンドPineapple Expressにもインタビューを行うなど、インド方面にもかなり目配りが効いた内容になっている。
この手の音楽が好きな方はぜひチェックしてみるとよいだろう。

Rishabhが現在取り組んでいるバンドの名前は、その名もずばりSitar Metal.
音源のリリースこそまだしていないが、アメリカの技巧派インストゥルメンタル・ロックバンドPolyphiaのインド公演のサポートを務めるなど、早くも注目を集めている。

「リミットレスなインドの楽器シタールをフロントに据え、ヒンドゥスターニー音楽とヘヴィーメタルの融合を目指す世界初のバンド」というコンセプトのもと、今回は遠隔地のミュージシャンたちによるプロジェクトではなく、ライブパフォーマンスも行うバンドとして活動をしてゆくようだ。

古典音楽のエリートがここまでヘヴィーメタルに入れ込むというのはかなり突飛な印象を受けるが、Talvin SinghやKarsh Kaleといったタブラ奏者たちが「究極のリズム音楽」であるドラムンベース的なアプローチでエレクトロニカに挑戦したことを考えれば、シタール奏者が「究極の弦楽器音楽」であるヘヴィーメタルに取り組むというのも十分に理解できるような気がしないでもない。
(ここでいう「究極」は「音数が多い」という意味と理解してください。ちなみにRishabhはそのTalvin Singhとの共演を行うなど、メタル界にとどまらないジャンルレスな活躍をしている)
Sitar Metalは2019年にはアルバムリリースも予定されており、今年もっとも活躍が楽しみなアーティストのひとつだ。


もうひとつ紹介するバンドはParatra.
Samron Jude(2003年結成のムンバイの重鎮スラッシュメタルバンドSystemHouse 33のギタリスト)によって2012年に結成された、シタール奏者Akshat Deoraとの二人組ユニットである。
シタールの音色だけでなくエレクトロニック的なサウンドも取り入れた、これまた唯一無二な音楽を演奏している。
 
Akshatのプレイスタイルは、エキゾチックな音階を弾いてはいるものの、Rishabh Seenとは異なりファンキーなリズムを感じさせるより現代的な印象のものだ。

彼らが2017年にリリースしたアルバム"Genesis"(vol.1とvol.2の同時リリース)では、同じ楽曲をエレクトロニック・バージョンとメタル・バージョンでそれぞれ発表するという非常に面白い試みをしている。
エレクトロニック・バージョンのほうは、欧米の音楽シーンでサイケデリックを表す記号として長年いいように使われて来たインドからの、なんというかお礼参りみたいな印象を受ける音楽だ。

ビデオ・ドラッグ(古すぎるか)みたいな映像と合わせて彼らのサウンドを聴いていると、オールドスクールな感じのトリップ感覚が味わえて、なかなかに気持ちがいい。

彼らはメタルバンドであるにも関わらず、アジア最大(そして世界で3番目!)のエレクトロニック・ミュージックのフェスであるプネーのSunburn Festivalへの出演経験もあり、古典とメタルだけでなく、ダンスミュージックとの間にある壁も軽々と乗り越えている。

DJブースにはシタール奏者とヘヴィーメタルギタリスト、さらに脇には生ドラムという、なんだかもうわけが分からない状況だが、観客は大盛り上がりだ。

昨年はシッキム州出身の実力派ハードロックヴォーカリストGirish Pradhanをフィーチャーしたヨーロッパツアー(ノルウェーのゴシックメタルバンドSireniaのサポートとして)も行なっており、一部では世界的な注目を集めているようだ。

タイプこそ異なるが、唯一無二であることに関しては甲乙つけがたいインドのシタール・メタルバンド2組。
いずれもが、古典音楽とさまざまな音楽のフュージョンを躊躇なく行ってきたインドが生んだ新たなる傑作と呼ぶにふさわしく、ぜひとも日本でもその雄姿を見てみたいものである。
フェスとかで来日したら盛り上がると思うんだけどなあ。


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2019年05月04日

インドのインディーズシーンの歴史その13 ケーララから登場!カルナーティック・メタルバンド、Motherjane!

インドのインディー音楽シーンの歴史的名曲を辿ってゆくこの企画、13回めの今回は、ケーララ州出身のロック/ヘヴィーメタルバンドMotherjaneを紹介します。
VH1INDIAによるインドのインディー100曲
これまで、この企画で紹介して来たアーティストは、在外インド人アーティストが6組、ムンバイを拠点とするアーティストが5組。
残りの1組はデリー出身なので、ここで初めて南インド出身のバンドが登場して来たことになる。

以前紹介した通り、ここケーララ州はインドのなかでもロックが盛んな土地。
「ケーララ州のロックシーン特集!」
伝統的に州政府が教育に力を入れてきたケーララ州は、インドの中でも高い識字率、インターネット普及率を誇る。
また、伝統的に海外への出稼ぎ労働者も多い地域であるため、欧米文化へのアクセスが他州に比べて容易な環境でもあった。
こうした背景が、州の規模に不釣り合いなロック普及の要因となったようだ。
インド北東部の諸州と同様にキリスト教文化が根付いていることも、欧米文化との親和性の高さの一因と言えるかもしれない。
(ただし、北東部は20世紀に入ってから布教されたプロテスタントの信者が多いのに対して、ケーララ州は早くも1世紀には聖トマスによってキリスト教が伝来したと伝えられており、また大航海時代にポルトガルの貿易拠点であった歴史もあることから、カトリックの信者が多い)

今回紹介するのは、1996年結成のMotherjaneが2007年に発表した楽曲"Broken".

インドロック界の名ギタリストと称されるBaiju Dharmajanによる古典音楽由来のフレーズが全編に散りばめられた楽曲だ。Motherjaneは南インドの伝統音楽とロックの融合に関しても先駆的なバンドである。

ケーララ州の都市コチで結成されたMotherjaneは、カレッジでのフェスティバルなどで演奏活動を開始した。
1999年にBaijuが加入すると、バンドは活躍の場を広げてゆき、2002年にデビューアルバムの"Insane Biography"を発表する。
このアルバムに収録された"Soul Corporations"という楽曲は、日本のヘヴィーメタル評論家の和田“キャプテン”誠が監修した「劇的メタル」というコンピレーションにも収録されており、さらに2003年にはAsian Rock Rising Festivalというイベントでなんと来日公演も実現している。
今回彼らのことを調べてみるまで、昨年来日したデスメタルバンドのGutslit以前に来日公演を行ったインドのメタルバンドがいたとは全く知らなかった。

そのコンピレーション盤に収録されていた、おそらくは日本に紹介された最初のインドのヘヴィーメタルということになる、"Soul Corporations".

この楽曲ではカルナーティック的な要素はギターソロに少し見られるくらいで、QueensrycheやDream Theaterの影響が感じられるプログレッシブ・メタル的な曲調だ。

彼らがカルナーティック音楽の要素を大きく取り入れたのは2008年にリリースされたセカンドアルバム"Maktub"から。
このアルバムではBaijuの独特のカルナーティック的ギターフレーズとともに、ケーララ州の伝統的な太鼓であるチェンダを取り入れるなどローカル色を全面的に打ち出し、彼らの個性を開花させた作品となった。

"Maktub"収録の"Mindstreet"では、正統派プログレッシブ・メタル的な音楽性を維持しながら随所にカルナーティック的な旋律が散りばめられている。
このアルバム発表後、彼らはインドを代表するメタルバンドとして、MegadethやMachine Head, Opethといった海外のバンドのインドでの公演のオープニング・アクトを務めるなど、さらに活躍の場を広げることになった。

その後、2010年にBaijuは自身のバンドWrenz Unitedを結成するためにバンドを脱退したが、その後も本家Motherjaneともども活躍を続けている。

Wrenz Unitedが5拍子のカルナーティック的フレーズが入ったリフを導入したKing and Pawn.

2:28からのギターソロも、他のギタリストでは思いつかないようなフレーズが飛び出してくる。

Baijuが以前紹介した北東部シッキム州のハードロック・ヴォーカリストGirish Pradhanと共演したGuns and Rosesの"Sweet Child of Mine"のカルナーティック風カバー。

インド南北の実力派ヴォーカリスト/ギタリストによる素晴らしいコラボレーションだ。

本家Motherjaneが昨年リリースした楽曲"Namaste"のビデオは二人組ダンサーUllas and Bhoomiをフィーチャーしたもの。

すっかりオーセンティックなハードロックに回帰しており、彼らが持っていたカルナーティックの要素はBaijuによってもたらされたものだったことが分かる。

2000年代、インドのインディーミュージックシーンは北部の大都市のみならず、全土に広がってゆく。
次回のこの企画で紹介するThermal and a Quarterは南部カルナータカ州のバンガロール出身。
お楽しみに!


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2019年01月30日

ケーララのブラックメタルバンド"Willuwandi"が叫ぶ「アンチ・カースト」!

以前特集したケーララの音楽シーンのなかで、また面白いバンドを見つけた。
2009年に結成された同州の都市コチのブラックメタルバンド"Willuwandi"だ。

前にも説明したが、ブラックメタルはヘヴィーメタルをさらに過激にした音楽だ。
ヴォーカルはもはや音程を放棄してひたすら絶叫し、ドラムはブラストビートと呼ばれるやけっぱち的な高速のリズムを叩き、ギターはそれにあわせて不穏なメロディーを奏でるという、大衆性皆無なヘヴィーメタル界の極北ともいえるジャンルだ。
音楽性よりもさらに特異なのはその思想で、ブラックメタルはヘヴィーメタルが演出として取り入れていたオカルトや悪魔崇拝に本気 (マジ)で傾倒することを趣旨とし、なかには教会に放火したり殺人を犯すようなとんでもない連中もいるのだ。
最近はブラックメタラーによる凶悪犯罪のニュースはあまり聞かなくなったし、さすがに馬鹿らしくなったのか、悪魔崇拝をテーマにしたバンドも減っているようだが、今でも多くのブラックメタルミュージシャンが反キリスト教、反宗教のスタンスを表明している。

今回紹介するこのWilluwandi、歴史的にクリスチャンの多いケーララ州でアンチキリスト的な音楽とはおだやかでないが、彼らはいったいどんなことをアピールしているバンドなのか。
インドのなかでは教育がゆきとどき、貧富の差も少ないとされるケーララで、彼らはいったい何を主張しているのだろうか。

Willuwandi

これがそのWilluwandiのアーティスト写真。
禍々しくも馬鹿馬鹿しい、ブラックメタル特有の白塗りのメイクは「コープスペイント」と呼ばれ、死体を模したものとされる。
どうして死体を模したメイクで反宗教を歌わなければいけないのかよく分からないかもしれないが、とにかくブラックメタルとはそういうものなのだ。

彼らの音楽性も正統派のブラックメタルのそれだ。

ブラックメタルをよく知らない人からしたら、何が正統派なのか分からないかもしれないが、まあこういうのが正統派なわけである。
(どうでもいいが、テレキャスターでブラックメタルを演奏するバンドを見たのは初めてかもしれない)

彼らのバンド名のWilluwandiとは、ケーララ州の言語マラヤーラム語で「牛車」を意味する言葉だ。
なぜブラックメタルバンドの名前が「牛車」なのかというと、それには少し長い説明が必要となる。

まず最初に「カースト制度」から話を始めることになるのだが、この浄・不浄の概念をもとにした身分制度は、インドの歴史の中で、いつ始まったか分からないほどの大昔から続いてきた。
司祭階級であったブラーミン(バラモン)を最も清浄な存在とし、以下、武士階級(クシャトリヤ)、商人階級(ヴァイシャ)、職人階級(シュードラ)と続くこの4つの階級を、ヴァルナ(四姓制度)と呼ぶ。

この4つの身分の下に、さらに最下層の身分として「アウトカースト」や「不可触民(英語でUntouchable)」と呼ばれる被差別階級が存在している。
汚れを扱うとされる仕事(屠畜、皮革加工、掃除夫、洗濯屋など)を生業としていた人々などがこれにあたり、今日では「抑圧された者」を意味する「ダリット(Dalit)」という名称で呼ばれることが多い。
彼らは共同体の井戸の使用や寺院への立ち入りを禁じられ、カーストヒンドゥーと同じ場所にいることや、ブラーミンの視界に入ることすら禁じられるなどの激しい差別を受け、虐げられてきた。
もちろん現在のインドではこうした差別は憲法で禁止されており、今日では彼らは法のもとで指定カースト(Scheduled Caste)と位置づけられ、進学や就職で一定の優遇枠を維持されるなど保護の対象となっている。
だが、長年の人々の心に染み付いた汚れの意識、差別意識は簡単にはぬぐえず、今なお差別感情に基づく暴力や殺人事件、嫌がらせの犠牲となるダリットは少なくない。
指定カーストとされる人々は、実にインドの人口の16.6%にものぼる。

じつは、Willuwandiは、メンバー全員がこのダリット出身のバンド。
そう、彼らは、あの過激な音楽で、この伝統的な身分制度や、その基盤となった宗教に基づく社会制度への反対を訴えているというわけなのだ。

先ほど紹介した"Black God"も、曲の内容はダリットから身を起こし、コロンビア大学への留学を経てインドの憲法を起草した、初代法務大臣にまで登りつめた英雄的人物ビームラーオ・アンベードカル博士を讃えるものだという。
オカルティックなメイクをして悪魔主義的な音楽を演奏してるが、彼らはRage Against The Machineに影響を受けた、極めて真面目な社会派バンドなのである。

せっかくの社会派の歌詞も、あんな歌い方じゃあ何を言っているか分からないじゃないか、という至極まっとうな意見もあるかもしれないが、それはひとまず置いておく。

バンドの創立者でギター&ヴォーカルのSethuは語る。
「インドは俺たちの土地でもある。俺たちはそれを取り戻したいんだ。俺たちの最大の夢は、NagpurのDeeksha Bhoomiで演奏することさ」

カースト制度による差別の由来は諸説あるが、インドにもともと住んでいた色黒のドラヴィダ人をペルシア方面から侵入した色白のアーリア人が支配する過程で生み出されたものだという説がある。
(そのせいか、今もインドでは色白こそ美の条件とされ、ご存知のように美男美女の映画俳優にはかなり色白な人が多い)
「俺たちの土地を取り戻す」という言葉や、"Black God"の冒頭に出てきた"Real History of India is the war between Aryans and Dravids"というフレーズは、このことを念頭においているものと思われる。
Deeksha Bhoomiとは、アンベードカルがヒンドゥーの因習であるカーストのくびきから脱却すべく、60万人のダリットたちと仏教へ集団改修した聖地のこと。
こんな音楽を演奏されちゃあアンベードカルもさぞびっくりすると思うが、彼らはいたって真面目なのだ。

彼らのバンド名、Willuwandi(牛車)は地元ケララのダリット解放の英雄、Ayyakaliへのオマージュとしてつけられたものだ。
かつて、彼らの土地では牛車を使うことができるのは豊かなカースト・ヒンドゥーに限られ、ダリットは彼らが乗る牛車が来ると道を譲らなければならなかった。
その状況に抗議すべく、Ayyakaliはダリットであるにも関わらず、自ら牛車を手に入れて市場などへ乗りつけることで、差別への反対を表明した。
彼の勇気ある行動のおかげで、20世紀初めごろまでには、地元のほとんどの道をダリットも使うことができるようになったという。
このWilluwandi(牛車)こそが高位カーストの無慈悲さへの抗議の象徴であり、社会運動を推進させるものとして、彼らは自らのバンドに命名しているのだ。
彼らのバンドのロゴには、'wagon of justice, freedom and enlightenment'(正義と自由と啓蒙の乗り物)とある。

Willuwandiの楽曲は、全てが差別や迫害に対する強烈なプロテストだ。

激しいアジテーションのあとに演奏されるこの曲"Eat Me Brother"はデリーの名門大学JNU(Jawaharlal Nehru University)で、ヒンドゥー原理主義団体に所属する学生たちとの口論の後、行方不明となったダリットの学生のことを歌ったもの。

この"From Shadows To Light"は、ハイデラバード大学の研究者として"Caste Is Not A Rumour"を著したのち、やはり同じヒンドゥー原理主義団体からの抗議を受け、自殺したダリットに捧げたものだ。

どこかの公民館のようなところで演奏する映像はあまりに粗く、もともとまっとうな音楽の形態から大きく逸脱した彼らの演奏を伝えるには不十分なものだが、その活動の雰囲気を味わうことは十分にできる。
過激なブラックメタルのライブ映像にいきなり子どもが出てきてびっくりするが、これも彼らの音楽が「既存の倫理や社会に反抗する若者たちのためだけの音楽」ではなく、「コミュニティーの怒りを代弁する音楽」であることの証と見ることができるだろう。

彼らが代弁する「抑圧されたもの」はダリットに限らない。
「俺たちのバンドは闘争そのものだ。ダリットや他のマイノリティー、最近じゃムスリムたちもひどい差別を受けている」
とSethuは語る。
今回紹介した曲からも分かる通り、彼らはインドに蔓延するヒンドゥー至上主義的な空気に異議を唱えているのだ。
とはいえ、彼らは信仰としてのイスラム教や仏教に肩入れしているというわけではない。
「俺たちの音楽はどんな宗教とも関係ない。人々に、自分の神は自分自身なんだと伝えることを目的にしているんだ」とは、宗教を否定するブラックメタルミュージシャンらしい言葉だ。

それにしても、この思想も主義主張も、極めてノイジーな演奏と絶叫ではなかなか社会に伝わらないのではないかと心配になってしまうが(余計なお世話か)、彼らの活動を見ていると「誰が、どんなことを、どんな方法で主張しても構わない」という表現の自由の本質を感じさせられるのもまた確かだ。
それに、長年にわたり被抑圧者として虐げられてきた彼らの絶望や憤りは、このブラックメタルというジャンルこそふさわしいようにも感じる。

今回紹介したWilluwandiは、これまでに紹介してきたアーティストのなかでも極めてマイナーかつローカルで異色な存在だが、富裕層やエリートが多いインドのインディーミュージックシーンで、抑圧された者たちの怒りや苦痛を代弁するという、非常に「ロック的に正しい」姿勢に感銘を受け、紹介してみた次第です。

最後はこの言葉で締めくくりたい。
Jai Bhim!
(「ビームラーオ・アンベードカル万歳!」といった意味で、インドの平等主義者のかけ声として使われる言葉)

参考サイト:
Round Table India 'Willuwandi Band-A Musical Revolt From Kerala Against Brahminism'
Homegrown 'Meet The Black Metal Band From Kerala Fighting Against India's Casteism'
Financial Express: 'A different tune'


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2018年10月21日

特集ナガランドその2 神の国となりし首刈りの地に悪魔の叫びが木霊する!悪魔崇拝とブラックメタル


前回
紹介したように、ナガランドの近現代史を象徴する3つの要素といえば、「首刈り」「キリスト教」「独立闘争」ということになる。
 ナガの人々は、キリスト教への改宗によって首刈りを野蛮な風習として取りやめ、今では人口の9割がクリスチャンとして暮らしている。
プロテスタントのバプテスト派が多い。
激しい独立闘争もひとまず影をひそめ、信仰のもとに平和な生活が戻ったかに思われたナガランドに、近年新たな社会問題が発生している。

それは、「悪魔崇拝」(サタニズム)だ。 
キリスト教が圧倒的なマジョリティーを占めるナガランドで、反キリストの悪魔崇拝が若者の間で流行し、深刻な問題になっているというのだ。
現地のニュースサイトによると、州都コヒマだけで、10代や20代を中心に、3,000人以上のサタンの崇拝者がいるとのこと。

コヒマは、ナガの16部族のうち、アンガミ族が多く暮らす人口27万人ほどの街だ。
この街で3,000人以上というのことは、人口比にして1%以上。
東京で言えば10万人以上のサタニストがいるというのと同じことで、確かにこれは無視できない問題に違いない。
コヒマは前回紹介した映画「あまねき旋律」の舞台となったPhekからも30キロ程度の場所にある。
おどろおどろしい悪魔崇拝が、あののどかな農村のすぐそばまで迫っているのだ。

サタニスト達は何をしているのかというと、地元紙の記事によると「血をすするような儀式、自傷行為、墓地での真夜中の礼拝」などを行い、「聖書を燃やしたり、生の肉を食べたり」して、さらには「空中浮遊のような超常現象」をも起こしていると言われているらしい。
ほんとかよ…。
(参考サイト:http://morungexpress.com/naga-society-faced-teenagers-satanism/
       http://morungexpress.com/satanism-in-nagaland-putting-it-into-perspective/

心配した両親たちは、子どもたちを取り戻すための「十字軍」を結成し、祈りの戦士(prayer warrior)やスピリチュアル・カウンセラーの力によって、彼らをもとの信仰へと連れ戻そうとしているという。
そりゃ、子どもたちがそんな不気味な儀式を始めたら親じゃなくても心配するよな。
それに生肉を食べるってのは何だろう。
お腹こわしたりしないんだろうか。

「十字軍」のカウンセラーたちは、サタニストの少年が「ルシファーこそ我が王なり」と叫んで床をかきむしりながら神を罵倒しているところに神の愛を説きながら改心を呼びかけるという、映画「エクソシスト」さながらの悪魔払いを行っているという。

我々取材班は、とあるルートからナガランドで実際に行われている悪魔祓いの儀式を撮影した映像を入手した。
(まあ、ふつうにYoutubeにあったんだけど。単にこれが言ってみたかった)


かなりショッキングな映像だが、これは実際にナガランドで行われていることである。
上記の記事によると、サタニストたちの自傷行為が避けられない場合には、手錠と足枷で拘束することもあるという。

ここで見られる「サタニズム」は、欧米社会でのそれのように、社会やキリスト教的倫理への反発、あるいはオカルト趣味に基づくものではなく、かつての日本の「狐憑き」のような、今日では精神疾患の概念で説明すべきもののようにも思える。
(欧米のサタニズム、例えば、アントン・ラヴェイの「悪魔教会」は、オカルティックなものではなく、それなりに洗練された独自の宗教倫理を標榜している)

この映像を見て、私は上田紀行氏の名著「スリランカの悪魔祓い」を思い出した。
この本は、スリランカの農村部を舞台に、鬱や自閉のような状態に陥った「患者」に対して「悪魔祓い」を行い、悪魔を説得して帰らせる儀式を村全体で行うことでその「症状」を治療する、癒しのプロセスを取り上げたノンフィクションだ。
スリランカでは悪魔は孤独な人に憑くと言われており、ナガでは悪魔崇拝に走る若者たちは家庭に問題を抱えている者が多いとも報じられている。
先進国であれば鬱などの精神疾患の原因となりうる環境が、ナガランドやスリランカでは「悪魔憑き」を引き起こすというわけだ。
仏教社会であるスリランカと、キリスト教社会であるナガランドでの「悪魔憑き」「悪魔祓い」の共通点や相違点は、比較社会学的にも面白いテーマになりそうだ。

「十字軍」の必死の努力もむなしく、ナガランドのサタニストは若者たちの間で増加傾向にあるらしい。
彼らはどうやって仲間を増やしているのかというと、その手段はなんとFacebookのようなSNSとロック・ミュージックだという。
ナガランドでは、ロックミュージシャンの言動に影響を受ける若者が多く、悪魔主義的な音楽やミュージシャンの影響でサタニストになる例が多いそうだ。
そしてサタニストたちはSNSで連絡を取り合い、墓地で不気味な儀式を行ったりしているというわけだ。

悪魔主義的なロックといえば、それはブラックメタル。
ヘヴィーメタルにおける猟奇趣味的演出だった悪魔崇拝を「本気」(マジ)で取り入れた彼らは、キリスト教的価値観を規範とする欧米社会で暮らす鬱屈とした若者たちに大きな影響を与えた。
本気のアンチクライストを掲げたブラックメタラーたちは、北欧で教会への放火や殺人といったシャレにならない事件を引き起こし、大きな社会問題となった。

その後、欧米ではブラックメタルはさらに多様なジャンルに進化、発展して現在に至っている。
例えば、ヨーロッパにおけるキリスト教伝来以前の伝統復古を歌うペイガン・メタルや、ナチズムを賛美する国家社会主義ブラックメタル(National Socialist Black Metal=NSBM)、鬱的な精神状態を表現する鬱自殺系ブラックメタル(Depressive Suicidal Black Metal=DSBM)などだ。
彼らは、結局はキリスト教の中の概念に過ぎない「悪魔崇拝」に早々に見切りをつけ、それに代わる新しい価値観として、古代の伝統やファシズムや虚無主義を見出したというわけだ。

実際にナガランドのブラックメタルバンドを聴いてみよう。
例えばこのAguares.
曲名はその名も'Storm of Satanic Cult'

歌詞は例によって何を言っているのかさっぱり分からないがとにかく邪悪で暴力的な雰囲気は十分に伝わって来る。
タイトルからして、直接的に悪魔崇拝を賛美しているのだろう。

ブラックメタルではないが、コヒマのデスメタルバンド、Syphilectomyもナガランドのエクストリーム・メタルを代表するバンドのひとつだ。

安っぽい甲高いスネアの音がB級っぽさを醸し出しているが、演奏技術は非常に高いものを持っているようだ。
反道徳的な曲のテーマも宗教的規範への反発と捉えてよいだろう。

こうした音楽で表現されている欧米風のサタニズムは、先ほど紹介した「民俗学的悪魔憑き」とはだいぶ趣きを異にしているように思えるが、ナガランドには「精神疾患系」と「反社会系」の2つのタイプの悪魔崇拝が共存しているのだろうか。

そもそも、ナガランドでサタニズムを標榜するというのはどういうことを意味しているのだろう。
ナガランドでは、キリスト教への信仰心は政治的アイデンティティとも深く結びついていて、革命を目指し独立闘争を戦う組織までもが「キリスト教による統治」を掲げている。
つまり、この地で反キリスト教を主張するということは、インド中央政府の支配に対するナガのアイデンティティーをも否定した、二重の反抗を表明するということになる。
これは、むしろニヒリズムに近い思想だと言えるだろう。
サタニストたちが悪魔崇拝の儀式を行っているのは、インパール作戦の激戦地だったコヒマの戦没者墓地だという。
そこは、日本兵やインド兵だけでなく、ナガランドの独立を信じて戦った地元の兵士たちもが眠っている場所だ。
サタニストたちは現在のナガ社会の信仰だけでなく、独立闘争にも、歴史にも、何もかもに対してNoを突きつけているというわけだ。

また、ナガランドは「黒魔術」が盛んな土地でもある。
この「黒魔術(black magic)」は反キリスト教的なサタニズムとは直接関係のないものなのだが、キリスト教伝来以前の精霊信仰、呪術信仰にもとづく超自然的な占いやまじないが今日ではそう呼ばれていて、今でも復讐や恋愛相手の気をひくために利用されているという。
(といっても、このご時世、「黒魔術」は地下でひそかに行われているのではなく、例えばGoogleで「Nagaland black magic」で検索すると、すぐに黒魔術師の連絡先を探すことができる)

こうした様々な状況を考えると、ナガランドの若者たちがサタニズムに傾倒するのも無理のないことのように思える。

キリスト教的な倫理観が支配的な社会への反抗。
誰もがインドからの独立を望みながらも、どうにも叶えられそうにない閉塞した状況。(それどころか、中央政府が派遣した軍隊による令状なしの暴力行為すら許されている)
キリスト教社会であるがゆえのロックやメタルといった欧米の音楽文化への親和性の高さ。
キリスト教伝来以前の呪術信仰という素地。

こうした社会的、文化的背景があるナガランドでは、希望が持てない若者の選択肢としてサタニズムが存在感を持つのは必然なのだろう。
今後、ますます増え続けるサタニストたちはより深刻な社会問題となってゆくのか。
それとも「十字軍」による「再教化」が成功を収め、もとのキリスト教的社社会を取り戻すことができるのか。
そのなかで「音楽」は、どのような役割を果たしてゆくのか。
ナガランドには、前回紹介したように、クリスチャンロックバンドもいる土地柄だ。
例えば、欧米にはブラックメタル同様のブルータルなサウンドに乗せてキリスト教的な主張を歌う「Holy/Unblack Metal」という訳がわからないジャンルの音楽があるが、今のナガランドの状況を見ていると、そのような突拍子もないバンドが出てきたりすることも十分にあり得るように思える。

シャレにならない要素を孕んでいると分かりつつも、今後ナガランドの悪魔主義的音楽がどう展開してゆくのか、かなり興味がある。

今回は北斗の拳か横溝正史のようなタイトルをつけてしまってちょっと反省。
次回は、サタニズムとはまた別の、驚愕のナガランドの流行を紹介します!

特集ナガランドその1 辺境の山岳地帯に響く歌声 映画「あまねき旋律」

特集ナガランドその3 ナガの地で花開く日本文化 ナガランドのオタク・カルチャー事情とは?


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2018年10月14日

インドのインディーズシーンの歴史その8 インドのMetallica! Brahma!

インドのインディーズシーンの歴史を紐解くこの企画。
これまで、1980〜90年代にかけてのインドの音楽シーンを、大きく分けて2つの潮流から紹介してきた。
ひとつめは、当時の流行音楽とインドの伝統を融合することで、世界じゅうのどこにもない音楽を作ってきた在外インド系のミュージシャン。
もう一方は、海外の模倣から徐々にオリジナリティーを獲得し、自分たちの音や言葉を獲得してきたインド国内のミュージシャンだ。
VH1INDIAによるインドのインディー100曲
とはいえ、まだまだこの時代のインドのロックは発展途上段階。
今日の1曲も、またしても海外の有名アーティストの「模倣」 のような音楽性なのだった。
今回紹介するのは、インド初の?ヘヴィーメタルバンド、Brahmaが2003年に発表したセカンドアルバムから、'Bomb'という曲。
まあとりあえず聴いてみてください。
 
どうでしょう。
曲作り、声、歌い回し、衣装に至るまで、もろMetallica!って感じじゃないですか。

彼らは1993年にムンバイで結成されたバンドで、メンバーはDevraj Sanyal(ヴォーカル)、John Ferns(ギター)、Vince Thevor(ベース)、Cyrus Gorimar(ドラム)の4人組に、2011年に新たにギターのFerzad Variyavaが加入した。

バンド名のBrahmaは、ヒンドゥー神話上の「創造の神」の名前。
ブラフマーはヒンドゥー教の三大神(Trimurti)として、維持の神ヴィシュヌ、破壊と再生の神シヴァと並び称されている重要な神だ。
とはいえ、神としてのブラフマーは、厚く信仰されているヴィシュヌやシヴァと比べると非常に地味な存在で、主神として祀られている寺院もラージャスタン州のプシュカルにあるのが有名なくらいで、その存在の重要性に対して、かなり人気にない神様だ。
不人気の理由は、多くの民間伝承と習合して人間味あふれる神話を多く持つヴィシュヌやシヴァと比べると抽象的、観念的な存在であるからとも、自らの体から作り出した女神サラスヴァティーを娶ったとされる神話が近親相姦的であると忌避されているからとも聞くが、果たして。
名前からすると、オリジナルメンバーのうち3人はクリスチャンのようだが、(あとから加わったFerzadはゾロアスター教徒の名前だ)そんな彼らがヒンドゥーの神の名前を名乗っているというのはなかなかに興味深い。

それはさておき、このほぼMetallicaみたいなあまりオリジナリティーの感じられないバンドがこのリストに入っているのにはおそらく理由がある。
思い返せば20世紀末にインドやネパールを訪れた時、原地の「ロック好き」(このエピソードに書いた以外にも何人か会った)が好んで聴いていたのは、不思議とジミヘンやボブ・マーリーやディープ・パープルなどの60〜70年代のロックだった。
ロック好きの不良っぽい少年なんかに「メタリカとかは聴くの?」と尋ねても「そういうバンドがいるのは知ってるけど」とあまり好みではないような反応だった。
あの頃の南アジアでは、60年代や70年代のロックで十分に反体制でカッコよく、きっと過剰にヘヴィーな音楽は求められていないのだろうなあ、と思ったものだった。
何が言いたいのかというと、93年にこの音楽性でバンドを結成したBrahmaは、かなり「早かった」ということである。
今では実力あるデスメタルバンドをたくさん輩出しているインドだが、彼らこそインドにおけるスラッシュメタルやグルーヴメタルといった現代的ヘヴィロックバンドの先駆けだったというわけだ。

ところでこの曲、このリストでもYoutubeでも'Bomb'と紹介されているが、ウェブサイトによっては'Bomb the !!!!!!!!'と書かれている。「!」のところは隠語のようだ。
調べてみると、どうやら本当の曲名は'Bomb the Bastards'、(クソッタレどもに爆弾を落とせ)というものらしく、過激すぎるという理由で省略されたタイトルで表記されているのだろう。
気になって歌詞を調べてみたら、なんとももやもやすることになった。

歌詞を簡単な対訳とあわせて紹介すると、こんな感じだ。

We've spent so much time trying to talk 長い時間を対話に費やしてきた
All I think we got in turn was flak 帰ってきたのは砲弾ばかりじゃないか
Politicians being good to get their votes 政治家どもは票を得るために善人ぶっている
This country's nothing but a fucking joke この国はクソみたいな冗談でしかない

Be good to thy neighbor was what the lord said 神は汝の隣人を愛せというが
But the lord didn't see the neighbor stab us dead 神は隣人が俺たちを殺したのを見ていなかったんだ
Bomb them all to make them hear our talk 奴らに俺たちの言い分を聞かせるために爆弾を落とせ
Talk our talk, walk our walk 俺たちが思い通りに語り、ふるまうために

Bomb the bastards make them pay クソッタレに爆弾を落とせ、奴らに代償を払わせろ
It's the only language they'll take to their graves 奴らが墓場に持っていく言葉はこれだけだ
The government's too weak to take a stand 政府は弱すぎてはっきりと言うこともできないが
We ourselves have to release god's hand 俺たち自身で神の手を解き放つんだ

これでもまだ途中までだが、こんな歌詞が続く。
ここでまず気になるのは「隣人」という言葉。
対話、政治家、国、砲弾、爆弾という言葉から容易に想像がつく通り、ここで歌われている「隣人」は、隣国パキスタンのことを指していると考えて間違いない。

最後のラインのgod's hand, 神の手というのはおそらく核兵器のことだろう。
インドは1998年にヒンドゥー至上主義的な思想を持つインド人民党(BJP)政権のもとで、2度目の核実験を行った。
パキスタンもこれに対抗して核実験を挙行し、反目し合う印パ両国は、双方ともが核保有国として緊張を高め合うこととなった。

ヒンドゥー教徒の中には、いわゆるヒンドゥー・ナショナリズムとして反イスラム、反パキスタン的な感情を持つ人もいるが、クリスチャンである彼らが隣国に対してここまでの強い表現をするということに正直驚かされた。
(インド人の場合、たまにクリスチャンでなくても英語風の名前をニックネームとして名乗ることがあるので、彼らもそうなのかとも思ったが「汝の隣人を愛せ」の歌詞からも分かるように、おそらく彼らは本当にクリスチャンなのだろう)

憎悪でも破壊衝動でも、音楽でネガティブな感情を表現することを否定するつもりは全くないが、特定の国家に属する人たちに対するここまでのいわゆる「ヘイト表現」というのは、異国のこととはいえ、正直いってかなり引いた。
とはいえ、これもまたインドのリアルな一側面ということなのだろう。
Youtubeの動画のコメントが彼らのサウンドに関することばかり(Metallicaだけでなく、TestamentやMetal Church、Megadethとの類似を指摘する声もあった)で、歌詞の内容に共感するような声がなかったことに救われた気分になった。
彼らの評価は純粋に音楽面でのインドにおけるヘヴィロックのパイオニアとしてのものなのだろう。

いずれにしても、こうしてインドのロックにまた新しい段階のヘヴィネスが加わったというお話でした。
それでは!


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goshimasayama18 at 23:17|PermalinkComments(0)

2018年10月10日

インドのデスメタルバンド、Gutslit初来日!超ハードなツアーの感想は?

もう1週間前になるが、再三お伝えしていたGutslitの来日公演が10月5日(金)に西荻窪flatで行われた。
以前書いたように私は見に行けなかった訳だが、twitterを見る限りだと、「すげえ良かった」とか「くそかっこよかった」といった賛辞が並んでいたので、素晴らしいライブだったものと思う。
gutslitメンバー

メンバーがテレビの「Youは何しにニッポンに?」の取材を受けていたという情報もあり、インドのデスメタルバンドの初来日公演にしてTVデビューなんてことにもなるのかもしれない。

GuttedAtBirthTour

そして、ご覧のように毎日のように国境を越えたこの過酷なツアーも10月7日(日)のタイ・バンコク公演で無事終了!
彼らのFacebookにツアーを終えての感想が投稿されていた。

スクリーンショット 2018-10-11 21.09.53
スクリーンショット 2018-10-11 21.10.41
一緒にツアーしていたドイツのブルータルデスメタルバンド、Stillbirthとの1枚。ベーシストのGurdipはやっぱりターバン姿!

「やったぜ!ついにやり遂げた!
バンコクはこの容赦無く最高で肉体的にはメチャクチャ消耗するツアーの最終地として完璧だ。地球の向こう側からやってきた最高の仲間、Stillbirthと一緒じゃなかたらできなかったかもしれない。
俺たちは泣いているんじゃない。お前たちが泣いているんだ。
16日間で、11の国で13回のショー。
俺たちはやってきて、ぶちかまして、成し遂げた!ライブに来てくれたり、グッズを買ってくれたりしたみんなにお礼を言うよ。」
(その後、肉屋がどうしたとか書いてあるけど、タイマッサージ以外は何言ってるんだか分かんねえ)
とのこと。 

よくもまあこんなに激しい音楽なのにこんなにタイトなスケジュールでツアーを組んだものだと思っていたけど、やっぱりキツかったのね。

インドのデスメタルのレベルの高さは何度も書いている通り。
次に来日するとしたら、キャッチーでインド的な要素も多く、ヨーロッパツアーの経験もあるDemonic Ressurectionあたりか。
北東部にもレベルの高いバンドが多く、以前インタビューに協力してくれたThird SovereignSacred Secrecyもぜひ見てみたい。 

引き続きインドのエクストリーム・メタルには注目していきたいと思います!
では。 

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goshimasayama18 at 21:40|PermalinkComments(0)

2018年09月19日

本当に来日!インドのデスメタルバンドGutslit!

以前、ムンバイのデスメタルバンドGutslitが来日公演を計画しているという記事を書いたのを覚えているだろうか。
調べてみたら、今年の4月30日のことだった。

Gutslitは、最新アルバムAmputheatreが2017年のRolling Stone Indiaが選ぶアルバムベスト6に選ばれたインド屈指の実力派ブルータルデスメタルバンドだ。
いつも黒ターバンでキメているベーシストのGurdip Singh Narangが中心メンバーを務めている。
gutslitメンバー

そのときの計画だと、彼らの公演は休み無しでほぼ毎日違う国を回るという、彼らの音楽同様に超ハードかつヘヴィーなスケジュールで、しかもツアーの資金はこれからクラウドファンディングで調達するという無計画っぷり。
前回の記事を書いた時点では、まだクラウドファンディングは目標の1割程度しか集まっておらず、その後も遅々として資金集めは進んでいないようだった。
私は、彼らのこの見切り発車かつ出たとこ勝負なツアー計画に非常に心を動かされながらも、ああ、今回彼らが日本に来てくれることは無いのかもしれないな、と心のどこかで思っていた。

これがそのときに掲載したツアーのフライヤーとスケジュールで、これを見ればいくらなんでもムチャなスケジュールであることが分かるだろう。
GutslitTour

21st September Friday - DUBAI 
22nd September Saturday - TBA
23rd September Sunday - MUMBAI, INDIA
24th September Monday - DELHI, INDIA
25th September Tuesday - NEPAL
27th September Thursday - CAMBODIA
28th September Friday - Ho Chi Minh, VIETNAM
29th September Saturday - TBA 
30th September Sunday - TBA 
1st October Monday - TBA 
2nd October Tuesday - Manila, THE PHILIPPINES
3rd October Wednesday - Cebu, THE PHILIPPINES
4th October Thursday - TAIWAN
5th October Friday - Tokyo, JAPAN
6th October Saturday - SOUTH KOREA 
7th October Sunday - Bangkok, THAILAND
 
これ、ライブしないで普通に回るだけでも、相当ぐったりするような行程だ。
まして、連日、この地球上で最も激しい音楽であるデスメタルの演奏を各地で繰り広げながらツアーするなんて、完全に自殺行為なんじゃないだろうか。

フライヤーを見ていただくと分かるとおり、この東アジアツアーは、かつてGutslitと一緒にヨーロッパをツアーしたことがあるドイツのデスメタルバンドStillbirthとのスプリットツアーという形態になっている。
たとえ計画倒れに終わってしまうとしても、遠く離れた国でエクストリームメタルを愛し奏でる2つのバンドが、東アジアの同好の士に自分たちの音楽を届けるべく、こんなムチャクチャなツアーを企画していると考えると、なんだかちょっと胸が熱くなるのも確かなのだった。
でも、いくらなんでもこりゃさすがに無理。
金も体力も続くわけがないって。
来日公演の会場決定!みたいな続報を書くこともなく、このまま忘れ去られてゆくだろうなあ、と思っていた。

実際、インド人の音楽ジャーナリストも、当時こんな見切り発車の計画を行う彼らに呆れ果てていて、「面白いじゃん、これぞロックンロール」みたいなことを言っていた私は「そうは言っても、ツアーを信じてなけなしのお金をクラウドファンディングにつぎ込む真剣なファンのことを考えてみたら、こんなことすべきじゃないって」とたしなめられたものだった。

ところがだ。

Gutslitさん、本当にごめんなさい。
ちょっとナメていたのかもしれません。
あなたの誠実さを疑っていた私が間違っていました。

彼らの来日公演が本当に決まりました。
これが証拠のフライヤーです。
gutslit来日

例によって触ったらケガしそうなトゲトゲしたロゴは読めないが、日本のデスメタルバンドWorld End ManとStrangulationの共同企画によるライブイベントで、彼らとInfested Malignancyが日本からGutslitとStillbirthを迎え撃つ。

場所は西荻窪flat
小さなライブハウスみたいだけど、会場の大きさの問題じゃねえんだ!
日本のエクストリームメタルバンドとしては、兀突骨とDefieledがインドツアーを成功させているが、インドのメタルバンドの来日はおそらく初めて!
記念すべきインディアンメタル初来日公演というわけなのです!

ちなみに最新のツアースケジュールをチェックしてみたところ、多少の変更はあったようで、ツアー前半では9/27のカンボジア、9/29〜10/1までの未決定だったところはキャンセルになったようだ。
ツアー後半でもフィリピンは結局10/3のマニラ公演だけになり、日本の翌日10/6の韓国公演もキャンセルになった模様。
でもよかったよ。これくらいじゃないと本当に死んじゃうよ。
デスメタルってそういう意味じゃないから。

とはいえ、日本公演はフィリピン、台湾と続く3カ国3日連続公演の3日目!
疲労困憊であろう彼らがどんなパフォーマンスを見せてくれるのか、Gutslitの命がけのライブを見逃すな!

と、力を込めてみたところで水を差すようでなんなんですが、FacebookでGutslitが作っているイベントページによると、どうもここ日本のライブだけ、明らかに興味を持ってる人が少ないみたいなんですな。
スクリーンショット 2018-09-20 0.04.24
スクリーンショット 2018-09-20 0.05.15
日本以外だと台湾も少ないけど、この2カ国って、メタルシーンがわりと内向きなんだろうか。

遠路はるばる来ていただくのに、これじゃあさすがに申し訳ない。
せっかくのインドのメタルバンドの初来日公演、ぜひみなさんで盛り上げて行きたいところです。

じゃあ当然お前も行くんだよな、という声が聞こえてきそうだけど、じつはその日は私、仕事でどうしても職場に貼り付いていなければならない用事があり…モゴモゴ(本当)。

大変残念なことに、涙を飲んで参戦保留。
くーっ、久しぶりに暴れたかった!
どなたか行かれる(あるいはイカレる)人がいらっしゃったら、ぜひレポートをお待ちしています!

以上、軽刈田 凡平でした。

goshimasayama18 at 16:37|PermalinkComments(0)

2018年08月12日

プログレッシブ・古典ミクスチャー・メタル? Pineapple Express!

どうもこんにちは。
軽刈田 凡平です。
さて、今回紹介しますのは、バンガロールのとにかく面白いバンド、Pineapple Express.
彼らは今年4月にデビューEPを発売したばかりの新人バンドなんですが、このブログの読者の方から、ぜひ彼らのことをレビューをしてほしい!とのリクエストをいただきました。
どなたかは知らぬが、おぬし、やるな。

Pineapple ExpressはDream TheaterやPeripheryのようなヘヴィー寄りのプログレッシブ・ロックやマスロックを基本としつつ、エレクトロニカからインド南部の古典音楽カルナーティック、ジャズまでを融合した、一言では形容不能な音楽性のバンド。
百聞は一見に如かず(聴くだけだけど)、まず聴いてみてください。彼らの4曲入りデビューEP、"Uplift".

01 - Cloud 8.9 0:00
02 - As I Dissolve 2:58
03 - The Mad Song 7:50
04 - Uplift 14:00

どうでしょう。
プログレッシブ・メタル的な複雑な変拍子を取り入れながらも、メタル特有のヘヴィーさやダークさだけではなく、EDMや民族音楽的なグルーヴ感や祝祭感をともなったごった煮サウンドは、形容不能かつ唯一無二。
結果的にちょっとSystem of a Downみたいに聴こえるところもあるし、トランスコアみたいに聴こえるところもある。
Pineapple Expressは中心メンバーでキーボード奏者のYogeendra Hariprasadを中心に結成された、なんと8人組。
バンド名の由来は、おそらくは2008年にアメリカ映画のタイトルにもなった極上のマリファナのことと思われる。

メンバーは、「ブレイン、キーボード、プロダクション」とクレジットされているYogeendraに加えて、
Arjun MPN(フルート)、
Bhagav Sarma(ギター)、
Gopi Shravan(ドラムス)、
Jimmy Francis John(ヴォーカル。Shubhamというバンドでも歌っている)、
Karthik Chennoji Rao(ヴォーカル。元MotherjaneのギタリストBhaiju Dharmajanのバンドメンバーでもある)、
Ritwik Bhattacharya(ギター)、
Shravan Sridhar(バイオリン。Anand Bhaskar Collectiveも兼任ということらしいが、あれ?以前ABCのことを記事に書いたときから違う人になってる)の8人。

8人もいるのにベースがいなかったり、ボーカルが2人もいたりするのが気になるが、2013年に結成された当初はトリオ編成だったところに、 Yogheendraの追求する音楽を実現するためのメンバー交代を繰り返した結果、この8人組になったということらしい。

1曲めの"Cloud 8.9"はプログレ的な変拍子、カルナーティック的なヴォーカリゼーション、ダンスミュージック的な祝祭感に、軽やかに彩りを添えるバイオリンやフルートと、彼らの全てが詰め込まれた挨拶代わりにぴったりの曲。
2曲めの"As I Dissolve"はぐっと変わって明快なアメリカンヘヴィロック的な曲調となる。
この曲では古典風のヴォーカルは影を潜めているが、彼ら(どっち?)が普通に歌わせてもかなり上手いヴォーカリストことが分かる。アウトロでEDMからカルナーティックへとさりげなくも目まぐるしく変わる展開もニクい。
3曲めはその名も"The Mad Song". 分厚いコーラス、ラップ的なブリッジ、さらにはジャズっぽいソロまでを詰め込んだ凄まじい曲で、このアルバムのハイライトだ。
途中で彼らの地元州の言語、カンナダ語のパートも出てくる。
こうして聴くとプログレ的な変拍子とカルナーティック的なリズムのキメがじつはかなり親和性の高いものだということに改めて気づかされる。
考えてみればインド人はジャズやプログレが生まれるずっと前からこうやってリズムで遊んでいたわけで、そりゃプログレとかマスロックとかポストロックみたいな複雑な音楽性のバンドがインドに多いのも頷けるってわけだ。
4曲めのタイトルトラック"Uplift"はフォーキーなメロディーが徐々に激しさと狂気を増してゆくような展開。

たった4曲ながらも、彼らの才能の豊かさと表現の多彩さ、演奏能力の確かさを証明するのに十分以上な出来のデビュー作と言える。

デビューEP発売前に出演していたケララ州のミュージックチャンネルでのライブがこちら。

よりEDM/ファンク的な"Money"という曲。
メンバー全員のギークっぽいいでたちが原石感丸出しだが、奏でる音楽はすでに素晴らしく完成されている。

日本でも公開されたボリウッド映画(武井壮も出てる)「ミルカ」ののテーマ曲のカバー、"Zinda"はライブでも大盛り上がり。



Yogheendraはこのバンド以外にも少なくとも2つのプロジェクトをやっていて、そのひとつがこのThe Yummy Lab.
インド音楽とキーボードオリエンテッドなプログレ的ロックサウンドの融合を目指す方向性のようだ。

演奏しているのは"Minnale"という映画の曲で、古典楽器ヴィーナの音色がどことなくジェフ・ベックのギターの音色のようにも聴こえる。

もうひとつのプロジェクトが"Space Is All We Have"というバンド。

このバンドはメンバー全員で曲を共作しているようで、Pineapple Expressとは違いインド音楽の要素のないヘヴィーロックを演奏している。


Pineapple Expressのヴォーカリスト、Jimmy Francis Johnと二人で演奏しているこの曲では、変拍子やテクニックを封印して、叙情的で美しいピアノを披露している。

どうだろう、とにかく溢れ出る才能と音楽を持て余しているかのようじゃないですか。
Yogeendra曰く、インドの古典音楽とプログレッシブ・ロックを融合させることは、意識しているというよりごく自然に出来てしまうことだそうで、また一人、インドのミュージックシーンにアンファン・テリーブル(恐るべき子供)が現れた、と言うことができそうだ。

今後の予定としては、スラッシュメタルバンドのChaosやロックンロールバンドのRocazaurus等、ケララシーンのバンドと同州コチのイベントで共演することが決定している模様。
kochirocks

Pineapple Expressが、少なくともインド国内での成功を収めるのは時間の問題だろう。
彼らのユニークな音楽性からして、インド以外の地域でももっと注目されても良いように思うが、プログレッシブ・メタル、インド伝統音楽、エレクトロニカというあまりにも対極な音楽性を融合したバンドを、果たして世界の音楽シーンは適切に受け止めることができるだろうか。
この点に関しては、試されているのは彼らではなくて、むしろ我々リスナーであるように感じる。
海外のフェスに出たりなんかすれば、一気に盛り上がって知名度も上がるんじゃないかと思うんだけど、どうでしょう。

Pineapple ExpressとYogheendraがこれからどんな作品を作り出すのか、インドや世界はそれにどんなリアクションを示すのか。
それに何より、この極めてユニークな音楽性のルーツをぜひ直接聞いてみたい。
これからもPinepple Express、注目してゆきたいと思います!
それでは! 

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2018年07月21日

Demonic Resurrectionによる驚愕のインド神話コンセプトアルバムの中身とは!

このブログでたびたび紹介しているムンバイのシンフォニック・デスメタルバンドDemonic Resurrection.
今回は、前回の記事で書いた通り、彼らによるインド以外ではありえない驚愕のコンセプト・アルバム"Dashavatar"を紹介します!

その前に、まずインド人の約8割が信仰するヒンドゥー教についておさらい!
ヒンドゥー教は、キリスト教やイスラム教のように特定の開祖を持つ一神教とは大きく異なる特徴を持つ。
ヒンドゥー教は紀元前2,000年〜1,500年頃に現在のイランあたりからインドに進入したアーリア人が起こした「バラモン教」をルーツとし、様々な土着の民間信仰を取り入れながら成立した。
こういった成立過程の宗教だから、輪廻と解脱の概念やカースト制度といった共通項はあるものの、様々な神様が崇められている多神教であり、時代や地域によって人気のある神様が変わったり、信仰する神様によって重要な神話(例えば宇宙の成立過程)が異なっていたりする。

そもそも、「ヒンドゥー」という名称からして、インド人が自ら名乗り始めたものではなく、ペルシア人たちが「インダス川の東に住む人々の信仰」という意味で呼び始めたものであり、単一の信仰を指すものでは無かった。
どちらかというと、仏教やキリスト教のような一神教よりも、「八百万の神」を信仰の対象とする日本の神道に近い成り立ちの宗教と言うことができるだろう。

そのヒンドゥー教で最も人気のある2大神様といえば、シヴァ神とヴィシュヌ神。
とくに、ヴィシュヌ神はさまざまな土着の信仰や神話と融合、合併し、今日では有名なものだけでも10のアヴァター(化身)を持つ神とされている。
この10のアヴァターをサンスクリット語で"Dashavatara"と呼ぶ。 
そう、今回紹介するDemonic Resurrectionのアルバム、"Dashavatar"は、この10の化身ひとつひとつを楽曲の形に昇華した、壮大にして神話的なコンセプトアルバムだというわけだ。

それぞれの曲のタイトルが、ヴィシュヌ神の10の化身のひとつひとつを指していて、曲順もご丁寧にそれぞれの化身がこの世界に登場したと言われる順番になっている。

収録順に見ていくと、

1.Matsya(半人半魚)

伝説によれば、太陽神スーリヤの息子マヌ王が祖先の霊に水を捧げるべく川へ入ると、手の中に角を生やした小さな金色の魚マツヤが飛び込んで来て、大きな魚に食べられないよう守って欲しいと頼んできた。
マヌはその金色の魚を瓶の中に入れて育てたが、魚はすぐに大きくなった。
そのため池へ移されたが、すぐに成長して入りきらなくなるため、川へそして海へと次々に移されていった。
マツヤは7日後に大洪水が起こり全ての命を破壊することを予言した。
マヌは海にも入りきらなくなった巨大魚マツヤがヴィシュヌの化身であることに気づいた。彼に船を用意して七人の賢者と全ての種子を乗せるよう言うと魚は姿を消した。
やがて大洪水が起こり、マツヤ(ヴィシュヌ)は船に竜王ヴァースキを巻きつけてヒマラヤの山頂まで引張った。
こうしてマヌは生き残り人類の始祖となり、地上に生命を再生させた。(Wikipediaより。一部修正加筆。以下同)

2.Kurma(亀)

Kurmaは神話上の乳海攪拌の際、攪拌棒に用いられたマンダラ山を海底で支えた大亀。
もともと『マハーバーラタ』ではマンダラ山を支えたのは長寿で知られる亀王アクーパーラで、ヴィシュヌ信仰とは関係がなかったが、『ラーマーヤナ』以降、ヴィシュヌ神の化身である亀とされるようになった。
(乳海攪拌とは、神話上の神々と悪魔との戦いの中で、神が霊薬「アムリタ」を得るために「乳の海」を攪拌したことを指す。広大な乳海をかき混ぜるために、海底の巨大亀Kurmaの上に大マンダラ山を置き、その山に巻きつけた龍王ヴァースキを引っ張ることで攪拌を行ったそうな。スケールが大きすぎるのとシュールすぎるのとで、だんだんわけが分からなくなってきたと思うけど、先は長いのであんまり気にしないように。あとさっきからロープ代わりに使われてる竜王ヴァースキの扱いが悪くてかわいそう。)

3.Varaha(猪)

Varahaはヒンドゥー教における猪の姿をしたヴィシュヌ神の第3のアヴァターラ(化身)である。大地(プリティヴィー)を海の底へ沈めた、恐ろしきダイティヤ族の王ヒラニヤークシャを打ち破るために遣わされ、1000年にも及ぶ戦いの末、勝利を収める。
ヴァラーハは純粋な猪、もしくは擬人化され、猪の頭を持つ男の姿で描かれた。
後にそれは4本の腕を持ち、2本で車輪と法螺貝、残りの手で矛、剣あるいは蓮を持ち、あるいは祈りの姿勢をとる姿で描写された。
大地は猪の牙の間に握られていた。
このアヴァターラはプララヤ(洪水)からの蘇生及び新しいカルパ(周期)の確立を象徴し、それゆえ創造神話を構成すると考えられる。
(「純粋な猪」とか、「大地は猪の牙の間に握られていた」とか、最後の一文とか、よくわからない要素が増えてきたが、あんまり難しく考えずに次に進もう) 

4.Vamana(小人)

ヴァーマナはヴィシュヌの化身である矮人で、デーヴァの敵、バリ(チャクラヴァルティ)から天と地を全て騙し取った。
ヴァーマナはバラモンの乞食少年を装って3歩歩いた分だけの土地を要求し、バリは師のアスラグル・スクラチャリヤの警告にもかかわらず、それを認めた。ヴァーマナは巨大化し、1歩目で大地を跨ぎ、2歩目で天を踏み、地底世界(パーターラ)はバリのために残しておいた。しかしバリは約束が履行されない事を望まなかった。そのためヴァーマナは3歩目でマハーバリの頭を踏み付けて地底世界へ押し付けることで同意した。バリは不死身にされ、今も地底世界に棲むと言われる。 
(今ひとつ神話の内容が頭に入ってこない理由は、神話のストーリー展開が唐突なだけじゃなくて、名前が馴染みにくいってこともあるよね。「バリ(チャクラヴァルティ)」ってどういう意味か。a.k.a.みたいなことなのか。あと不思議なことに4曲めと5曲めだけ、神話と曲の順番が逆になっている。)

5.Narashimha(獅子面の人間)

ヒンドゥー教におけるヴィシュヌの第4のアヴァターラで、ライオンの獣人(Nara=人, simha=ライオン)である。アスラ族のヒラニヤカシプを退治したといわれる。
ヒラニヤカシプは苦行をブラフマーに認められ、1つの願いを叶えてもらった。その際に願ったのは「神とアスラにも、人と獣にも、昼と夜にも、家の中と外にも、地上でも空中でも、そしてどんな武器にも殺されない体」という念の入ったものだった。ヴィシュヌは実質不死身の体を得たヒラニヤカシプを倒すため、彼の息子でヴィシュヌ信者のプラフラーダに、夕方の時刻に玄関までヒラニヤカシプを誘導してもらい、ヒラニヤカシプが調子に乗って割った柱の中からライオンの頭をした人間の姿、すなわちナラシンハとして飛び出し、地上でも空中でもない彼の膝の上で、ヒラニヤカシプの体を素手で引き裂いて殺した。
(この曲だけちゃんとしたミュージックビデオ風だが、B級映画に出てくる獣人みたいなのがイカす!)

6.Parashurama(聖仙)
斧を持ったリシ(聖仙)のアヴァターラ。一部のクシャトリヤ(戦士たち)が極端に力をもち、己の愉楽のために人々の財産を奪うようになった。斧をもったパラシュラーマが現れ、邪悪なクシャトリヤを滅ぼした。
(この曲はYoutubeになかったのでこちらからどうぞ) 

7.Rama(王子)

インドの叙事詩『ラーマーヤナ』の主人公。シーターを妃とした。
神話上、特にヴァイシュナヴァ派では、ヴィシュヌのアヴァターラ(化身)であるとされる。
ダシャラタ王と妃カウサリヤーとの間に生まれ、異母兄弟にバラタ、ラクシュマナ、シャトルグナがいる。『ラーマーヤナ』によると、彼ら4兄弟はいずれもラークシャサ(羅刹)の王ラーヴァナを倒すために生まれたヴィシュヌ神の4分身であるという。
大聖ヴィシュヴァーミトラの導きによって、ミティラーの王ジャナカを尋ね、そこで王の娘シーターと出会い、結婚する。
しかしバラタ王子の母カイケーイー妃によって、14年の間アヨーディヤを追放された。ダンダカの森でラーヴァナによってシーターを略奪され、これをきっかけにラークシャサ族との間に大戦争が勃発する。
(以前紹介したAnanda Bhaskar Collectiveの"Hey Ram"もこのラーマ神のことだ。とても人気のある神様なので、RamやRamaという名前は「神よ!」というような一般名詞的な呼びかけとしても使われている。)

8.クリシュナ(牛飼い)

ヒンドゥー教でも最も人気があり、広い地域で信仰されている神の1柱であり、宗派によってはクリシュナとして、あるいはヴィシュヌの化身(アヴァターラ)としてスヴァヤン・バガヴァーン(神自身)であるとみなされている。 
(今度はラーマヤーナと並んで有名なインド古典の超大作文学、マハーバーラタの中の主要キャラクター、クリシュナ。細かく紹介するとあまりにも長くなるので割愛!)

9.Buddha(仏陀)
ヒンドゥー教の伝統の多くに於いては、ブッダをダシャーヴァターラ(神の十化身)として知られる最も重要な10の化身の最も新しい(9番目の)化身を演じさせている。これは大乗仏教の教義がヒンドゥー教に取り込まれ、ヒンドゥー教の1宗派として仏教が扱われるようになったためである。後述の通り、偉大なるヴェーダ聖典を悪人から遠ざけるために、敢えて偽の宗教である仏教を広め、人々を混乱させるために出現したとされた。
(Youtubeになかったのでこちらからどうぞ。そう、仏教の開祖である仏陀ことゴータマ・シッダールタは、ヒンドゥー教の中ではヴィシュヌ神の化身のひとつとされているのだ)

10.Kalki(汚辱の破壊者)
翼の生えた白馬とともに現れる最後のアヴァターラ。宇宙を更新するために悪徳の時代カリ・ユガの終わりに登場するとされる。白い駿馬に跨った英雄、あるいは白い馬頭の巨人の姿で現される。
(この曲もYoutubeになかったので、こちらからどうぞ。この世紀末的なKalkiはインド的神秘主義好きに好まれる存在のようで、同じ名前のフランスのサイケデリックトランスアーティストもいる)

と、ついつい全曲背景となる神話を紹介してしまったが、リリックビデオを見てもらえれば分かる通り、インド神話を知らないと何のことやら分からない単語がいっぱい出てくる、まさにインドならではのヘヴィーメタルなのだ。

例えば3曲目のVarahaの歌い出しはこんな感じだ。

”新たなカルパ(劫=宇宙単位の長い時間)の夜明けに
 ブラフマー(インド神話の創造神)がその創造物を作り上げたとき
 ブーミデヴィ(地母神)は波の上に投げつけた… "

と、独特の固有名詞が多すぎて、インド神話の予備知識が無いと何のことだか全然わからない。
いや、インド神話を調べてみたうえで訳してみても、やっぱり難解であることに代わりはないのだけど、なんとなく神話的な雰囲気で楽しめるようにはなってくると思う。
まあとにかく、Demonic Ressurectionのシンフォニック・デスメタルサウンドは、この途方もなく壮大なインド神話の世界を雄弁に語っているわけだ。

このヴィシュヌの10の化身こと"Dashavatara"、インド国民どれくらい深く親しまれているかというと、こんなアメリカのヒーローものみたいなテイストのアニメ映画が作られていたりもする。

 
こんなアルバムを作るなんて、Demonstealerなんて凶々しい名前を名乗ってるけど、きっと敬虔なヒンドゥー教徒なんだなあー。
と思って尋ねてみたら、彼の回答はこんなだった。

「いや、俺は無神論者で、いかなる神も信じていない。俺は宗教はとにかく大っ嫌いで、人間が作り出した最悪のものだと思ってる。神や宗教は人々をコントロールするためのただの道具だね。ヒンドゥー教にいたっては宗教ですらなくて、ただの生活様式だよ。俺に言わせればヒンドゥーはただの馬鹿な連中が信じてる教訓めいた物語で、偶像を作っては崇めてるのさ」

と、気持ちいいほどの全否定っぷり。
考えてみれば、料理番組で牛肉をがんがん料理している彼が敬虔なヒンドゥー教徒なわけがない。
それならば、いったいどうしてこんなヒンドゥー神話をテーマにしたアルバムを作ったのだろう。

「そうは言っても、神話の物語時代は面白いし、俺にとって興味深いものなんだ。実際のところ、俺はこういう物語をすごく笑えるくだらない形で見て育ったんだ。地元のテレビで神話のドラマをやってたんだけど、すごく変だったから、全然興味が持てなかった。でも俺のかみさんがナラシンハ(獅子男)の物語を話してくれた時、それがすごくクールだったから、それ以来はまっちゃったってわけさ」

このDashavatar、ヘヴィーメタルのコンセプトアルバムとしての完成度もとても高く、純粋に音楽としてもっと評価されるべき一枚だと思う。
でも、それにも増して、ヘルシー料理のインドにおけるパイオニアにして、あらゆる宗教を否定する無神論者が、奥さんから教わったヒンドゥー神話をもとに作ったデスメタルのコンセプトアルバムって、もうそれだけで面白すぎる要素が盛りだくさんだ。

神話と無神論、ヒンドゥー教と牛肉食も辞さない健康食、背徳的なデスメタルと愛妻っぷりという矛盾する要素が違和感なく1人の表現者、1枚のアルバムの中に収まっている。
Demonic Resurrectionの"Dashavatar"は、音楽的な内容だけでなく、こうしたバックグラウンドをとってみても、現代インドの価値観の多様性を象徴するアルバムになっているのだ。

続いてSahilは、その子どものころみていたというヒンドゥー神話に関するテレビ番組について教えてくれた。

「俺が言っていることはこの番組の様子を見れば分かるはずだよ。アルバムに入ってるのと同じヴィシュヌの化身(Avatar)がどんなに馬鹿げた感じになってるかってね。」
彼が教えてくれた、Matsya(半魚人)の物語の番組はこんな感じ。
 
うーん、人様が信仰の対象にしているものをおちょくるようなことは基本的にはしたくないのだが、10分くらいからの、生身の人間が演じているヴィシュヌ神なんかはやっぱりちょっと無理があるように思うなあ。

さらに続きはもっと凄い。コントの西遊記みたいなことになってる。
途中、何かに配慮してか、モザイクみたいなのも入るけど、気にせず見続けて欲しい。
ヴィシュヌの化身たる聖なる魚、Matsyaが出てきてからが(1:30あたりから)本当にヤバい!
 

「このメイク、衣装、見た目、すべてが馬鹿げててくだらないだろ」
とサヒールは言うが、う、うん。思いっきり同意するしかないね。

さて、そんな彼らは自分たちをどうカテゴライズしているのだろうか。
ヒンドゥー神話をテーマにしたヴェーディックメタルというカテゴリーもあるわけだが。
 
「俺たちは自分たちのことをシンフォニック・デスメタルにカテゴライズしたいね。でも俺たちの音楽の根本にあるのはデスメタルだ。今ではそこにインドの要素が加わってるかもね。昔の作品はもっとストレートなシンフォニック・デスメタルだったんだ」
とのこと。
まあ、そりゃ無神論者だしそうなるわな。
今回紹介したDashavatarのみならず、Demonic DesurrectionやDemonstealerについては、いろんなアルバムがネット上でも聴くことができるので、興味のある人はぜひチェックを!

さて、今回のインタビューに協力してくれたDemonstealerことSahil、ケトン料理研究家としてもますます活躍しており、最近ではこんな本も出版した模様!
ketogenic
そして本業の音楽でも(もはやどっちが本業か分からないが)イギリスの大規模野外メタルフェス、Bloodstockへの出演が決定した模様!
ヘヴィーメタルという枠組みを越えて、国際的な活躍をするアーティストとして、これからも注目してゆきたいと思います。

さらに、彼にはもうひとつ別の顔があり、それはレーベルオーナー。
自身の名を冠したDemonstealer Recordsから、自身のバンドDemonic ResurrectionやThird Sovereign、Albatrossといったインドのメタルバンドだけではなく、Dimmu Borgir、Behemothといった海外の大御所バンドのアルバムもディストリビュートしている。

インドのメタルシーンと健康食シーンという、正反対の二分野で比類なき活躍を続けるSahil Makhija、又の名をDemonstealer.
バンドもますます世界的な評価を得てきていて、やがて来日公演なんかもしてくれるかもしれない。
(してくれたらいいなあ)
その時には、ケトン食で健康的になった体で暴れに行くぜ!

といったところで、また! 


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goshimasayama18 at 23:11|PermalinkComments(0)

2018年07月15日

Demonic Resurrectionの欧州ツアー日記と驚愕のコンセプトアルバム!

先日紹介した、驚愕のヘヴィーメタル料理番組(しかも炭水化物を控えた「ケトン食」)の進行役、Sahil.


その記事
でも書いた通り、彼のもう一つの顔は、ムンバイのシンフォニックデスメタルバンド、Demonic Resurrectionのヴォーカリストだ(ステージネームはDemonstealer!)。

demonicresurrection



先日の記事を書いた後、いつもしている通り、Twitterでブログ更新を呟いたら、 なんとSahil本人がそれを見つけてくれてリツイートしてくれた。
そこで、どうしても気になっていた点を本人に直接聞いてみた。
いったいどうしてあなたは料理番組をやっているのか?栄養士か何かなのか?と。
Sahilによると、
「俺は単に料理が好きだからこの番組を始めたんだ。それが、時間が経つにつれてだんだん変わってきて、ケトン食(keto)のビデオを作ったらすごく人気が出てきたんだよ。だからプロってわけでも栄養士でもないよ」
とのこと。

Demonic Resurrectionは2014年にドイツの有名なメタル系フェス、「ヴァッケン・オープンエア(Wacken Open Air)」への出演を果たしており、昨年もイギリスツアーを行うなど、インドのメタルシーンでは数少ない、国外でも高い評価を得ているバンドだ。
今回はSahilことDemonstealerが語ってくれたヴァッケン・オープンエア、そしてイギリスツアーの思い出を紹介します!

まずは2014年のヴァッケンから!
彼らにとって、ドイツの超大型メタルフェス出演はどんな経験だったのだろうか。

「ヴァッケン・オープンエアは信じられない体験だったよ。俺たちはただ演奏しただけじゃなくて、3日間に渡ってフェスティバルに参加したんだ。インドから来た俺たちは、あんなでかいフェスは経験したことがなかったし、超ビッグなバンドを生で見られるってことも、全体の雰囲気も、すべてが信じられなかったよ」

ヴァッケンは大ベテランから新鋭、ポップなハードロックからエクストリーム系まで、150以上(!)ものメタルバンドが参加する世界最大級のメタル系フェスティバルだ。
彼らが出演した2014年の様子はこんな感じ。
(これはノルウェーの大御所ブラックメタルバンド、Emperorのライブ。この手の音楽でヴォーカルがメガネをかけているというのが斬新だ)


朝から晩まで、ひたすらあらゆる種類のヘヴィーメタルを聴くことができるという、メタル好きには天国のような(そしてそれ以外の人にはたぶん地獄のような)フェスティバルだ。
インドでも欧米の大御所バンドのライブには数千人単位の集客があるようだが、さすがにこの規模のフェスっていうのは、本場ヨーロッパ以外ではあり得ないように思う。
そんなフェスのステージで演奏した感想は?

「ステージでのパフォーマンスは最高に楽しかったよ。お客さんは少なかったけど熱狂的だった。俺たちが演奏したのは最終日の明け方で、Sodom(ドイツの伝説的スラッシュメタルバンド)とArch Enemy(スウェーデンのベテランメロディック・デスメタルバンド)のちょうど間だった。彼らとライブの時間が少し重なってしまっていたんだ(だからお客が少なかったということだろう)。でも、それを考えてもかなり良かったよ」

ヴァッケンでも、他のフェス同様にいくつものステージが同時進行する。
人気のある大御所バンドと時間帯が重なってしまったのはアンラッキーだった。
確かに彼らのライブ映像を見ると、そこまでオーディエンスは多くないようだけど、そういう事情があったのか。


続いて、今年行われたUKツアーについても聞いてみた。

「今年のUKツアーもすごく楽しかったよ。どのライブもイギリスでやった中では今までで最高だった。いくつかの新しい場所にも行けたし、新しいファンも獲得できた。ツアーのハイライトはIncineration Festivalだな。満員の観客にガツンと喰らわせて、でかいモッシュピットができたんだ。グッズもたくさん売れたよ。Wretched Soul(イギリスのスラッシュ/デスメタルバンド)とツアーできたのも楽しかったし、すべての経験がすばらしかったよ」

これがそのジョイントツアーのフライヤー。
どうやらDemonic Resurrectionがヘッドライナーで、Wretched Soulは前座という扱いのようだ。
ヘッドライナーでイギリスツアーなんてすごいじゃん。
ちょっと見づらいが、3公演目のロンドンがそのIncineration Festivalだったようだ。
Incinerationという単語は初めて見たので辞書を引いてみたら、「火葬」だって。
なんつうフェスのタイトルだ。

bHNrZa

そのフェスティヴァルでのライブの模様がこちら。

当然ながらヴァッケンと比べるとずいぶん小さな規模で、他の出ているバンドも聴いたことがないバンドばかりのようだが、それだけにコアなオーディエンスが集まったイベントだったのだろう。

それにしても、なぜ彼らはこんなふうにヨーロッパでのツアーができたのか、仕切ってるのはインドのエージェントなのかと聞いてみた。
「俺たちにはイギリスのエージェントがいるんだ。2017年の12月にイギリスツアーを計画したんだけど、2018年の5月のIncineration Festivalに出演できるチャンスが巡ってきたから、ほかのライブはその前後に入れることにしたんだ。そのほうが意味があるからね」

上のフライヤーにある、UKツアーのタイトルにもなっているDashavatarというのは彼らが昨年リリースしたアルバムの名前なんだが、改めてそのアルバムをチェックしてみて、このアルバムが、あるとんでもない秘密があることに気がついた。
これぞまさに、ヴェーディック・メタルの最高峰と呼ぶべきコンセプト・アルバムだったのだ。
Youtubeで個別に曲を聴いていた時はまったく気がつかなかった。

アルバムには、前回紹介した以外にも、たとえばこんな曲が入っている。
"Kurma"


"Vamana"


"Rama"


いずれも、インド古典音楽の要素が入っていたり、クリーンヴォイスのパートが入っていたりと凝った展開と大仰なアレンジが特徴的だ。
これらの曲を聴いただけで(あるいはタイトルだけで)このアルバムの「秘密」に気がついた人は、なかなかのインド好きかインド神話通!
その詳細は次回!

goshimasayama18 at 00:01|PermalinkComments(0)