インドのその他の音楽

2020年08月26日

『懐かしい』『旅』『認識』『生きがい』『物語』… インドで生まれた日本語タイトルの楽曲たち!



インドの音楽シーンを見ていると、日本語のタイトルを冠した曲を目にすることがたまにある。
アニメやマンガに代表される日本のサブカルチャーは、インドでも刺激的な新しい文化に敏感な都市部の若者を中心に人気があり、サブカルチャー経由で日本に興味を持つアーティストも多い…ということが、この現象の理由のようだ。
それだけでも日本人としてうれしいが、さらにうれしいことに、日本語タイトルの曲は、音的にも興味深い作品が多いので、今回、まとめて紹介してみます。

まず最初に紹介するのは、以前に特集したこともあるニューデリーのオーガニック・ソウルシンガーSanjeeta Bhattacharyaの"Natsukashii".

考えてみれば、「懐かしい」にあたる言葉って外国語にないのかもしれない。
Nostargicとも少し違うし…。
日本語が使われているというだけではなく、曲ポップで歌っているSanjeetaもとてもチャーミングなので、日本でももっと聴かれてほしい1曲だ。
彼女はアメリカの名門バークリー音楽大学の出身。
スペイン語の歌を歌っていたりもするので、おそらくバークリーで世界中の様々な言語やカルチャーに触れ、「懐かしい」という言葉をタイトルにつけるに至ったのだろう。



曲名だけではなく、アーティスト名に日本語を採用しているアーティストもいる。
ジブリ作品など日本のカルチャーの影響を大きく受けているデリーのエレクトロニカ・アーティスト'Komorebi'ことTarana Marwahだ。
先日リリースした、他のアーティストによる彼女の作品のリミックス集のタイトルは"Ninshiki"(認識)。
彼女のFacebookによると、「'Ninshiki'は日本語で'In Dreams'という意味」と語っていて「うーん、ちょっと違う」と言いたいところだが、他人によって解釈された作品を『認識』と名付けるのは間違っていないし、なかなか良いセンスだと思う。
ここでは、"Ninshiki"に収録された"Rebirth(Psychonaut Remix)"と、原曲(アニメになったKomorebiがインドと東京を行ったり来たりするミュージックビデオが面白い!)を両方紹介してみたい。





日本語の名前を持ったアーティストといえば、前回も紹介したムンバイのアンビエント/エレクトロニカアーティストRiatsuも、漫画/アニメの" Bleech"に出てくる霊的エネルギー「霊圧」から名前も取っている。
先日の記事でも触れた"Kumo"(蜘蛛)は朝露に輝く蜘蛛の巣のきらめきを思わせる美しい曲。
彼は"Tabi"(旅)という曲をリリースしたこともある。


新型コロナウイルスによるロックダウン中に発表された"Tabi"は、25分におよぶ、内的宇宙への旅とも言える静かな大曲だ。



バンガロールのジャズ/ヒップホップバンドFakeer and the Arcが今年5月にリリースしたアルバムのタイトルは、"Ikigai".

ちょうどこの記事を書いているときに、「インドのヨガ講師がIkigaiという言葉を使っていた」というツイートを読んだばかり。
'Ikigai'という言葉は、スペイン出身で日本在住の作家Hector Garciaによるベストセラーのタイトルになっており、インドの書店にも平積みされていて、インド制作のNetflix作品『マスカ 夢と幸せの味』(原題"Maska")でも使われているという。(ちなみにHector Garciaは"Ichigo Ichie"という著書も書いている。)
「生きがい」はグローバルな言葉になりつつあるようだ。


コルカタのテクノユニットHybrid Protokolによる"Tetsuo"は、『アキラ』のキャラクターではなく、塚本晋也監督による「日本最初のサイバーパンク映画」である『鉄男』(Tetsuo the Iron Man)から取られたものだという。

コルカタは古くはアジア初のノーベル賞受賞者である詩人のタゴールや映画監督のサタジット・レイらを輩出した文化の薫り高い都市だが、現代のテクノアーティストが1989年の日本のカルト映画にまで行き着くとは思わなかった。
どこか90年代テクノの影響を感じさせるサウンドが、映画の世界観にも合致しているように感じられる。



インド北東部のアコースティック・ポップバンドLai Lik Leiによる"Eshei"は、曲名こそ日本語では無いが、"Iriguchi"という映画のテーマ曲として作られている。

マニプル州は、無謀な進軍で多大な犠牲者を出した旧日本軍のインパール作戦の戦場となった土地だ。
この曲に日本語のタイトルが採用されている理由は、こうした悲劇的な歴史によるものかもしれないが、モンゴロイド系の民族が暮らすインド北東部では、ナガランド州で日本のアニメのコスプレがブームになるなど、東アジアのカルチャーへの親和性が高い土地でもある。

民族的にも宗教的にもインドのマジョリティーとは異なる北東部の人々にとって(インド北東部はクリスチャンが多い)、日本や韓国のカルチャーは、ボリウッドなどのインドの現代文化よりも身近に感じられるのかもしれない。


ムンバイのビートメーカーKaran Kanchanは、NaezyやDIVINEなど、インドを代表するラッパーたちのトラックを制作するかたわら、ソロ作品では日本文化の影響を大きく取り入れた'J-Trap'なるジャンルの楽曲を多く発表している。
(このJ-Trapというジャンルは、日本発祥ではなく、このKaran Kanchanが提唱しているものだ)
6月に発表した最新作"Monogatari"では、日本の三味線奏者の寂空(Jack)とのコラボレーションにより、よりユニークな世界観を表現している。


じつは、このコラボレーションのきっかけになったのは、私、不肖軽刈田。
以前インタビューしたことがあるKaran Kanchanから「三味線奏者を紹介してほしい」という相談を受け、SNSで声をかけたところ、世界ツアーの経験もある寂空が応えてくれたのだ。
今作では寂空はナレーションのみの参加だが、今後、三味線でのコラボレーションも計画されているそうで、期待は高まるばかりだ。

インドと日本のコラボレーションとしては、以前このブログでも大々的に紹介したムンバイ在住のダンサー/シンガーのHirokoさんと現地のラッパーIbex, ビートメーカーKushmirによる『ミスティック情熱』も記憶に新しい。


Hirokoさんも現地のミュージシャンとの新しいコラボレーションの計画が進行中だそうで、今後、日印共作による面白い作品がどんどん増えてゆくのかもしれない。


と、ざっと日本語のタイトルを持つ曲や、日本との関わりのある曲を紹介した。
面白いのは、「懐かしい」や「生きがい」といった、日本独特の心のあり方をタイトルに採用した曲が多いということ。
かつて、ヨガやインド哲学に代表されるインドの精神文化は、西洋的な消費文化に対するカウンターカルチャーとして、欧米の若者たちに大きな影響を与えた。
また、インドは仏教のルーツとして、日本文化の源流となった国でもある。
それが今日では、欧米的な生活をするようになったインド都市部の若者たちが、日本の文化をその作品に引用しているというわけで、この現象は、世界的なカウンターカルチャーや精神文化の動向という意味でも、なかなか興味深いものがある。

今後も、極東アジアと南アジアの文化の影響のもとで、どんな素晴らしい作品が生まれてくるのか、興味は尽きない。
また何か面白い作品を見つけたら紹介したいと思います!




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goshimasayama18 at 18:40|PermalinkComments(2)

2020年07月27日

インドのLGBTQ+ミュージックビデオとミュージシャン(その1)

完全にタイミングを逸したが、6月は世界中でセクシュアル・マイノリティーの権利や文化への支持を示す'Pride Month'とされ、LGBTQ+への共感を示すさまざまな企画がオンライン上で行われていた。
改めて説明するまでもないが、LGBTQ+とは、同性愛者、バイセクシュアル、トランスジェンダー(身体の性別と内面の性別が異なる)、男女どちらでもないと感じている人、自身の性自認や性的指向が決まっていない人などの性的少数者の総称だ。

インドのLGBTQ+事情と言えば、伝統的にM to Fのトランスジェンダー(肉体的には男性だが、性自認は女性)の人々の集団「ヒジュラー(Hijra)」が有名だ。(ひょっとしたら、バイセクシュアルやゲイの人たちもこの中に含まれているのかもしれない)
彼らは、家族を捨てて、ヒジュラーのコミュニティーの中で疑似家族的な関係を結び、宗教的儀礼(新生児誕生の祝福など)、物乞いや借金の取り立て(ヒジュラーがその陰部を露出することは、最大級の侮辱行為とされているため「お金を払わなければ、見せるわよ」という脅し文句が成立する)、売春などで生計を立てているという。
ヒジュラーを制度として見たとき、性的少数者をキリスト教やイスラーム教の伝統社会のように罪悪として扱うのではなく、社会のなかに一定の居場所が与えられているという見方もできるが、ヒジュラーの扱いはあくまで「賎民」だ。
インド社会でも、LGBTQ+の立場は極めて弱いものであることに変わりはない。

LGBTQ+が人口に占める割合は、調査方法や国によって大きく異なるが、少なければ1.5%程度、多ければ10%以上にも及ぶことがあるようだ。
13億人を超える人口を誇るインドにこの割合を当てはめれば、2000万人から1億人以上のLGBTQ+が暮らしているということになる。
インドに行ったことがある人は、想像してみてほしい。
インドには、少なくともシク教徒と同じくらいの数、多ければムスリムと同じくらいの数の性的少数者が暮らしているはずなのだ。
彼らのほとんどが、可視化されていないのは言うまでもない。

それでも、2000年以降、インドにおけるLGBTQ+への理解は、少しずつ高まってきている。
2006年には、グジャラート州のマハラジャの末裔Manvendra Singh Gohil王子がゲイであることをカミングアウトした。
王子は性的少数者を支援する財団を立ち上げると、アメリカのオプラ・ウィンフリー・ショーに出演するなど、大きな注目を集めた。
ボリウッドでも同性愛をテーマとした作品が作られるようになってくる。
2014年には障害を持ったバイセクシュアルの女性が主人公の『マルガリータで乾杯を!(原題:"Margarita With A Straw")』、2015年にはゲイであることを理由に大学教授の職を追放された実話をもとにした"Aligarh"、2020年には男性同性愛をテーマにしたロマンティックコメディ"Shubh Mangal Zyada Saavdhan"が公開されている。
2018年には、イギリス統治時代の1861年に制定された、同性間の性行為を違法とする悪法「セクション377」が最高裁によって廃止され、インドでは、少なくとも法的には同性愛は罪とは見なされなくなった。

近年では、都市部のリベラルな知識人階級を中心に、欧米の先進国同様に彼らの権利を認めるための動きも盛んになってきているようだ。
音楽シーンにもそうした風潮が見られ、最近では、プネー出身の電子音楽系プロデューサーRitvizの"Raahi"や、ムンバイを拠点に活動するシンガーソングライターRaghav Meattleの"Bar Talk"のミュージックビデオで同性のカップルが描かれている。
彼らはとくに同性愛をテーマにして活動しているミュージシャンではないから、これらの作品は「同性愛も異性愛も同じ人間同士の愛」という彼らの考えを表したものだと理解できる。

このミュージックビデオは、Prateek Kuhadの"Cold/Mess"など、インドのミュージックビデオを何本か手掛けているウクライナ出身の女性監督Dar Gaiによるもの。

この曲は2018年にリリースされたアルバム"Songs from the Matchbox"の収録曲だが、今年7月になって突然このミュージックビデオが発表された。
いずれの作品も、YouTubeのコメント欄には肯定的なコメントが溢れている。

さらに、インドのインディー音楽シーンでは、本人がLGBTQ+であることを公言しているミュージシャンも、複数活躍している。

その代表的な存在が、ビハール州の州都パトナで生まれ、ムンバイを拠点に活動しているPragya Pallaviだ。
彼女はヒンドゥスターニー声楽(北インド古典声楽)を学んで育ち、EDM、R&B、ジャズ、ヒップホップなどのジャンルの影響を受けたシンガーソングライターで、自身が'gender fluid lesbian'(性的な志向が完全に定まっていないレズビアン)であることを公表している。
彼女が昨年の「国際反同性愛嫌悪・トランスジェンダー嫌悪・バイセクシュアル嫌悪デー(International Day Against Homophobia, Transphobia, Biphobia)」である2019年5月17日にリリースしたアルバム"Queerism"は、インド初のLGBTQ+アルバムとして国内外の多くのメディアに取り上げられた。

このアルバムで、彼女はこの"Queer It Up"のようなLGBTQ+のためのアンセムのみならず、女性賛歌である"Girls, You Rule"、同性愛と家族関係をテーマにした"Mama I Need You"など、多様なテーマを取り上げている。



ディスコ調の"Queer It Up"とは対照的に"Girls You Rule"はアコースティック、"Mama I Need You"は古典声楽の影響も感じられる曲調だ。
さらに彼女のデビュー曲の"Lingering Wine"はラテンポップ調だし、直近のリリース"Jazzy Wine"はそのジャズアレンジだ。
こうしたジャンルの多様性は、彼女の音楽的なルーツの多彩さを表しているだけではないようだ。
ニュースサイトMediumのインタビューで彼女は「どんなジャンルの芸術でも、流動性/可変性(Fluidity)は、よりエキサイティングで、楽しものよ」と語っている。
この'Fluidity'は、彼女自身が'gender fluid lesbian'であることを意識して使った単語だろう。

英語とヒンディー語で歌うPragyaだが、この"Lingering Wine"のビデオはケーララ州で撮影されており、今後、さまざまな文化や言語とのコラボレーションも視野に入れているという。
彼女は、インドの多様性を積極的に取り入れることで、そのメッセージをより多くの人々に届けるだけでなく、性の多様性に対する寛容さをも訴えているのかもしれない。
このミュージックビデオに関して、彼女は、インドではまだ「良くないこと」とされている同性愛の美しさや女性同士のキスを見せることは、彼女にとってとても大事なことだと語っている。

Pragyaは「多くのLGBTQ+のティーンエイジャーにとって、あこがれることができる大人が必要なの。それはロールモデルである以上に、ライフラインなのよ」とも語っている。
Pragyaにとって、そういう存在はいなかったのだ。
言外に、彼女がいかに孤独なティーンエイジを過ごしてきたかを語っているというわけである。

それでも彼女は「インドでもインターネット・ネイティブのミレニアル世代には、新しいパワーや考えやアイデアがある」とも語っている。
ムンバイには小さいもののLGBTQ+のシーンがあるという。
インターネットにさえアクセスできれば、インドじゅうの肩身の狭い思いをしている性的マイノリティーたちも、ムンバイで、生き生きと自分のメッセージを発信している彼女の姿を見つけることができるだろう。
LGBTQ+を自然に受け入れている都市部の若い世代と、まだまだ忌避感を強く残す地方の人々の価値観の間の格差は広がる一方のようにも思えるが、それでも彼ら/彼女らにとって、自分らしく生きる場所があるというメッセージには、途方もなく大きな意味がある。

まだまだ保守的な部分を強く残しているインドの社会だが、だからこそ、Pragya Pallaviのメッセージや姿勢や強い輝きを放っている。
ブラックミュージックが、アメリカ社会でマイノリティーであることに直面しつつも、常に普遍的な魅力のある音楽を作ってきたように、LGBTQ+シーンの音楽も、当事者以外にも大いなる希望となりうるポテンシャルがあるように思う。

まだまだ新しく、小さなシーンかもしれないが、今後ますます注目したいジャンルである。



参考サイト:
https://medium.com/@jessicasecmezsoyurquhart/interview-pragya-pallavi-the-queer-musician-making-waves-in-india-cb203b59e94e

https://www.thehindu.com/entertainment/music/pragya-pallavi-on-indias-first-openly-queer-themed-music-album-queerism/article27619907.ece



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goshimasayama18 at 21:17|PermalinkComments(0)

2020年05月19日

ロックダウン中に発表されたインドの楽曲(その2) Hirokoさんインタビューと国境を超えたコラボレーション



前回の記事で、ロックダウン下のインドで発表された楽曲たちを紹介した。
今回は、インドのミュージシャンたちとコラボレーションしてZARDの『負けないで』のカバーを発表したムンバイ在住のシンガー/ダンサーのHirokoさんのインタビューをお届けする。
Hirokoさんに聞いた製作裏話や現在のムンバイの状況と、コロナウイルス禍のなかで、国境を越えて行われた共演の数々を紹介したい

Hirokoさんへのインタビューの前に、改めてタブラ・バージョンのカバーを聴いてみよう。


−お久しぶりです。軽刈田です。さっそくですが、今回のコラボレーションの経緯を教えてください。

「2月末〜3月上旬にかけて日本やインドでCovid-19感染者が出始め、インド政府が日本人へのビザを一時無効としたことで、私を含めたインドを愛する日本人の間で動揺が広がりました。
ムンバイ在住の私も、日本に自由に行くことができなくなりました。
実はこの頃に日本に住んでいた姉が急逝したのですが、私は日本に行けないため最期のお別れもできませんでした。
そうこうしているうちにインドでもCovid-19の感染者が増え始め、ムンバイでは3月21日から、インド全土では3月25日からロックダウンが始まり、自宅に引きこもる軟禁生活が始まりました。
日本やインドや世界中でCovid-19が蔓延していく様子が毎日ネットを通じて目に入ってきて、私自身も不安な気持ちが大きくなってきたのですが、このままだといけないなと自分自身を元気づけるために毎日自宅で一人で歌っていたのが、ZARDの『負けないで』でした。
もともとZARDの坂井泉水さんの歌は大好きだったのですが、ロックダウンの軟禁生活のなか『負けないで』を歌っていたらとても元気が出たんです。
この元気になる歌を私の声で歌って、リスナーの皆さんに少しでも元気をおすそわけできたら良いなと思い、カバー曲を制作することを決めました。
せっかくインドにいるのだからインド要素を取り入れたカバー曲にしたいなと思って、友人のインド人アーティスト達にコラボを提案してみたら、みんな賛同してくれてプロジェクトが始動しました。」

さらりと話しているが、コロナウイルスによる異国でのロックダウンという災難に加えて、お姉さんの急逝という悲劇まで重なってしまっていたとは…。
『負けないで』という選曲は、世界中の同じ状況下にいる人々への応援歌というだけではなく、自分への励ましでもあったのだ。
それを知ったうえで改めて聴くと、Hirokoさんの歌声からまた違った印象が感じられる。


−プロデューサーのKushmirとキーボードのSamuelはHirokoさんと同じムンバイですが、タブラのGauravはデリーからの参加ですね。

「はい、本プロジェクトチームはムンバイだけでなく、デリー、日本からのメンバーで、全員WFH (Work From Home) で制作しました。
ミュージックプロデューサーのKushmirとVideo EditingのIan (Ibex名義でラッパーとしても活動)はもともとの友人で、以前ブログでも紹介していただいた『ミスティック情熱』のメンバーです。
PianistのSamuelはKushmirの友人、Sound Mixing & Masteringの石山さんは私のソロ曲「Arigatou」でもお世話になったサウンドエンジニアさん。
そして、タブラのGaurav Chowdharyは昔ムンバイに住んでいて、私が初めてムンバイに来てダンス修業をしていた時に知りあった古くからの友人です。Gauravはアクターでもあり、『Teen Taal』というヒンディー映画にも出演しています。」

Hirokoさんから教えてもらったパーソネルは以下の通り。

Vocalist : Hiroko (Mumbai)
Music Producer : Kushmir (Mumbai)
Pianist : Samuel Jubal D’souza (Mumbai)
Tabla Player : Gaurav Chowdhary (Delhi)
Sound Mixing & Mastering : Aki Ishiyama (Japan)
Video Editing : Ian Hunt (Mumbai)
 
Hirokoさんが以前リリースした"Mystic Jounetsu"(『ミスティック情熱』)についてはこちらの記事を参照してほしい。
日本のカルチャーや音楽がどのようにインドに影響を与えているかが分かる興味深いインタビューになっている。 
 


ちなみに"Mystic Jounetsu"にも参加していたビートメーカーのKushmirは、ソロのWFH(Work From Home)作品も発表している。


彼は、最近では、日本の映像クリエイター入交星士(Seishi Irimajiri)とコラボレーションした作品も発表しており、こちらも非常に興味深い仕上がりだ。


Hirokoさんが語っているGauravが出演した映画『Teen Taal』は、彼の亡くなったお父さん(タブラ奏者)の実話をもとにしたストーリーで、Gaurav自身が脚本も書いているとのこと。
Gauravはタブラ奏者、俳優、脚本というマルチな才能を持った人物のようだ。 


キーボードのSamuelも、ロックダウン中に自宅からNicole C. Mullenの"Redeemer"のカバー曲を発表している。

歌っているのは彼の奥さん。
彼は敬虔なクリスチャンのようで、この動画には「こんな時でも、イエスは見守ってくれているということを思い出して欲しくてこの曲を演奏していると決めた。彼は我々が思うよりもずっと近くで、その手で包んでくれている」というメッセージが添えられている。

−今回は完全にオンライン上でのコラボレーションになったと思いますが、どのような進め方で製作したのでしょうか?苦労した点はありますか?

「楽曲については、インド要素を取り入れつつも、オリジナルのZARDのイメージは大切にしたかったので、今回はタブラを入れたアレンジにしました。
まずKushmirに『負けないで』のオリジナル楽曲を聴いてもらい、ビート制作を依頼しました。
KushmirのビートにSamuelのピアノを乗せたインストをGauravに送り、それに合わせてタブラを録音したデータを私に送ってもらいました。
並行して、私のボーカルを自宅で録音しました。
そして、インストのステム、タブラトラック、ボーカルトラックをサウンドエンジニアの石山さんに送り、ミキシング・マスタリングをしてもらいました。
ミュージックビデオは、出演アーティスト4名がそれぞれ自宅でスマホで動画を撮影し、私がまとめてビデオエディット担当のIanに送り、エディットしてもらいました。
WFHでコラボしているイメージをお見せしたかったので、4名が同時にパフォーマンスしている映像にしました。」

タブラ・バージョンでのカバーということで、もっとインドの要素が入ってくるかと思っていたのだが、オリジナルを大切にしたうえでのアレンジだったようだ。
Hirokoさんのコメントは続く。

「このように、基本的なやりとりはWhatsAppやメールで問題なく進められましたが、一番苦労したのはレコーディングでした。
ロックダウン中でスタジオに行けないので、自宅でのレコーディングでしたが、自宅にスタジオマイクが無いのでなんとスマホでレコーディングしました。
Naezyがまだ有名になる前にスマホでレコーディング・撮影したという話を思い出しながら。(笑)
スマホでのレコーディングですから音質は良くなくて、サウンドエンジニアの石山さんもかなり苦労されたようです。
それでも、聴いてくださったリスナーの皆さんから「元気が出ました!」というコメントをたくさんいただいて、嬉しかったです。」

さすが、日本よりもインドのほうが落ち着くと公言してはばからないHirokoさん。
スマホでレコーディングしてしまうという、あるモノで、できる範囲でやってしまおうという精神は、まさにインディアン・スピリッツ。
コメントにあるNaezyのエピソードは、ムンバイのスラム出身で、今ではインドを代表するラッパーの一人となったNaezy(昨年インドの映画賞を総なめにした『ガリーボーイ』の主人公のモデルだ)が注目されるきっかけとなった楽曲"Aafat!"をiPadのみで製作・撮影したことを指している。



−さて、ロックダウンが長く続いていますが、ムンバイの様子はどうですか?

「ロックダウンももう53日(ムンバイは55日 ※5月16日現在)続いており、自宅軟禁生活もすっかり慣れました。
食材の買い出し以外は外出禁止なので、基本的に家に引きこもって、在宅で仕事をしたりWebinar(ウェブセミナー)を開催したり、ダンスのオンラインクラスを受講したり逆に教えたり、次の音楽プロジェクトの作詞作曲をしたり、料理を楽しんだりしています。
ムンバイはインドで一番感染者が多く、ホットスポットが多いレッドゾーンとなっており、ロックダウンはまだまだ延長されそうです。
もともとムンバイは人口が多く密集度が高いのですが、特にアジア最大のスラム ダーラーヴィー地区での感染が広がっているのがとても心配です。」

ダーラーヴィー(ダラヴィ)は、映画『スラムドッグ$ミリオネア』や『ガリーボーイ』 の舞台にもなったスラム街だ。
貧しい人々が多く暮らすスラムは、衛生環境も悪いうえに、人口も多く住居も過密状態であり、こうしたエリアでコロナウイルスが蔓延してしまうと、いったい収束にはどれくらいかかるのか、想像もつかない。

「また、私もチャリティーライブなどで参加させてもらっているワダーラー・ゴワンディー地区のスラムの子供達ともメッセージで話したのですが、政府からの食料配給がなかなか行き届いておらず、私からムンバイポリスやボランティア団体にTwitterで直訴して支援していただけるようお願いしたりもしました。
ムンバイ以外のエリアでも、ロックダウンによって大変な影響を受けている貧困層や出稼ぎ労働者、会社から給料を払ってもらえないミドルクラスなどがたくさんいます。
これらに対してインド政府は色々な経済支援策を出しており、また、多くの富裕層が寄付をしたり、ボランティア団体が貧困層をサポートしたりしています。それでもまだまだ足りないのですが。
一日も早くCovid-19の件が終息して、またスラムの子供達の元気が姿が見たいですし、音楽やダンスのステージライブがしたいです。」 

Hirokoさんはワダーラー地区でダンスと音楽を教える活動を行なっている。
その教室で育った青年のなかには、現在ではラッパーになった者もいる。
音楽がスラムの若者たちの力と誇りとなり、それが引き継がれてゆく一例だ。
ワダーラー地区の様子とその青年、Wasimのラップはこの映像で見ることができる。


−このあともHirokoさんは音楽活動の予定がたくさんあるようですが、教えてもらえますか?

「『ミスティック情熱』チームでの日本語・英語ラップ曲次回作、ヒンディー語楽曲など、コラボプロジェクトがいくつか進行しています。
ロックダウンが終わって最初に行きたいのは、レコーディングスタジオかな(笑)
日本の皆さんも緊急事態宣言で外出の自粛要請をうけて、色々と制限された生活を送られていることと思います。
ですが、日本もインドもみんなで負けないで乗り切りましょう!」

…と、Hirokoさんはどこまでもポジティブに先を見据えているようだ。
ムンバイの状況が落ち着いて、進行中のプロジェクトがリリースされることを楽しみに待ちたい。


Hirokoさんの『負けないで』のような、インドと海外のアーティストによる国境を超えたコラボレーションは、他にも行われているようだ。
デリーのロックバンドCyanideのヴォーカリストでシンガーソングライターRohan Solomonは、5大陸9カ国の20都市のアーティストと、ロックダウンの孤独をテーマにした楽曲"Keep Holding On"をリリースした。

Rohan Solomonは、Anderson Paakによるグラミー賞(最優秀ラップ・パフォーマンス)受賞曲"Bubblin"にアシスタント・エンジニアとして関わるなど、裏方としても活躍している。
この楽曲でも、"We Are The World"形式のアレンジで、ロックダウンの孤独のもとでも自分にとって大切なものを保ち続けようというメッセージをドラマチックに聴かせてくれている。

ムンバイのジャズギタリストであるAdil Manuelは、フランス領レユニオン諸島のバンドTincrès Projektとインド洋をはさんだコラボレーションによる楽曲"Hope"を発表。

これまでに何度も共演経験があったとのことで、息のあったパフォーマンスを聴かせてくれている。

ムンバイのアコースティック・デュオSecond Sightは、2021年にリリース予定だったニューアルバムのプランを、このロックダウンにともなって変更し、世界中のミュージシャンとのコラボレーションによるラテン・ジャズに仕上げた。
この“Shallow Waters”には、キューバのパーカッショニスト、スリランカのベーシスト、そしてブラジルのピアニストが参加している。

曲のテーマは、「政府に対して疑問を持つことが、まるで国を憎んでいるかのように思われてしまうという考えが広まっているということ」だという。
インドのみならず、日本でも同じような状況があるのではないだろうか。


ロックダウン下でのインドのインディーミュージシャンたちの活動は、音楽メディアのRolling Stone Indiaが各種SNSで'#ArtistsWFH'というSNSで発信している。
また、古典音楽の大御所たちにも、様々なパフォーマンスを日々配信している人たちか多い。

一刻も早くこの状況が落ち着くことを願うばかりだが、こうした状況にもめげずに、またこうした状況だからこそできる活動を模索しているアーティストたちを見ていると、元気が湧いてくるのも確かだ。
今しばらく、こうした状況ならではのパフォーマンスを楽しみつつ、コロナウイルスの収束を待ちたい。



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goshimasayama18 at 19:27|PermalinkComments(0)

2020年05月17日

ロックダウン中に発表されたインドの楽曲(その1) ヒップホップから『負けないで』まで



今回の世界的な新型コロナウイルス禍に対して、インドは3月25日から全土のロックダウン(必需品購入等の必要最低限の用事以外での外出禁止)に踏み切った。
これは、日本のような「要請」ではなく、罰則も伴う法的な措置である。
インド政府はかなり早い時期から厳しい方策を取ったのだ。

当初、モディ首相によるこの速やかな判断は高く評価されたものの、都市部で出稼ぎ労働者が大量に職を失い、故郷に帰るために何百キロもの距離を徒歩で移動したり、バスに乗るために大混雑を引き起こしたりといった混乱も起きている。
貧富の差の激しいインドでは、ロックダウンや経済への影響が弱者を直撃しており、多様な社会における対応策の困難さを露呈している。
こうした状況に対し、政府は28兆円規模の経済対策を発表し、民間でもこの国ならではの相互扶助がいたるところで見られているが、なにしろインドは広く、13億もの人口のすみずみまで支援が行き渡るのは非常に難しいのが現実だ。

当初3週間の予定だったインドのロックダウンは、その後2度の延長の発表があり、現時点での一応の終了予定は5月17日となっているが、おそらくこれで解除にはならず、もうじき3度目の延長が発表される見込みである。
インド政府は感染者数によって全インドをレッド、グリーン、オレンジの3つのゾーンに分け、それぞれ異なる制限を行なっているが、ムンバイ最大のスラム街ダラヴィ(『スラムドッグ$ミリオネア』や『ガリーボーイ』の舞台になった場所だ)などの貧困地帯・過密地帯でもコロナウイルスの蔓延が確認されており、日本同様に収束のめどは立っていない。

このような状況下で、インドのミュージシャンたちもライブや外部でのスタジオワーク等の活動が全面的に制限されてしまっているわけだが、それでも多くのアーティストが積極的に音楽を通してメッセージを発表している。

デリーを代表するラッパーPrabh Deepの動きはかなり早く、3月26日にこの "Pandemic"をリリースした。

デリーに暮らすシク教徒の若者のリアリティーをラップしてきた彼は、これまでもストリートの話題だけではなく、カシミール問題などについてタイムリーな楽曲を発表してきた。
彼の特徴である、どこか達観したような醒めた雰囲気を感じさせるリリックとフロウはこの曲でも健在。
ロックダウン同様の戒厳令が続いているカシミールに想いを馳せるラインがとくに印象に残る。
以前は名トラックメーカーのSez on the Beatとコラボレーションすることが多かったPrabh Deepだが、Sezがレーベル(Azadi Records)を離れたため、今作は自身の手によるビートに乗せてラップしている。
Prabh Deepはラッパーとしてだけではなく、トラックメーカーとしての才能も証明しつつあるようだ。



ムンバイの老舗ヒップホップクルーMumbai's FinestのラッパーAceは、"Stay Home Stay Safe"というタイトルの楽曲をリリースし、簡潔にメッセージを伝えている。

かなり具体的に手洗いやマスクの重要性を訴えているこのビデオは、ストリートに根ざしたムンバイのヒップホップシーンらしい率直なメッセージソングだ。
シーンの重鎮である彼が若いファン相手にこうした発信をする意味は大きいだろう。



バンガロールを拠点に活動している日印ハーフのラッパーBig Dealは、また異なる視点の楽曲をリリースしている。
彼はこれまでも、少数民族として非差別的な扱いを受けることが多いインド北東部出身者に共感を寄せる楽曲を発表していたが、今回も北東部の人々がコロナ呼ばわりされていること(このウイルスが同じモンゴロイド系の中国起源だからだろう)に対して強く抗議する内容となっている。

Big Dealは東部のオディシャ州出身。
小さい頃から、その東アジア人的な見た目ゆえに差別を受け、高校ではインド北東部にほど近いダージリンに進学した。
しかし、彼とよく似た見た目の北東部出身者が多いダージリンでも、地元出身者ではないことを理由に、また差別を経験してしまう。
こうした幼少期〜若者時代を過ごしたことから、偏見や差別は彼のリリックの重要なテーマとなっているのだ。




インドでの(そして世界での)COVID-19の蔓延はいっこうに先が見えないが、こうした状況下でも、インドのヒップホップシーンでは、言うべき人が言うべきことをきちんと発言しているということに、少しだけ安心した次第である。

ヒップホップ界以外でも、パンデミックやロックダウンという未曾有の状況は、良かれ悪しかれ多くのアーティストにインスピレーションを与えているようだ。
ムンバイのシンガーソングライターMaliは、"Age of Limbo"のミュージックビデオでロックダウンされた都市の様子をディストピア的に描いている。
 
タイトルの'limbo'の元々の意味は、キリスト教の「辺獄」。
洗礼を受けずに死んだ人が死後にゆく場所という意味だが、そこから転じて忘却や無視された状態、あるいは宙ぶらりんの不確定な状態を表している。 
この曲自体はコロナウイルス流行の前に作られたもので、本来は紛争をテーマにした曲だそうだが、期せずして歌詞の内容が現在の状況と一致したことから、このようなミュージックビデオを製作することにしたという。
ちなみにもしロックダウンが起きなければ、Maliは別の楽曲のミュージックビデオを日本で撮影する予定だったとのこと。
状況が落ち着いたら、ぜひ日本にも来て欲しいところだ。

ロックダウンのもとで、オンライン上でのコラボレーションも盛んに行われている。
インドの古典音楽と西洋音楽の融合をテーマにした男女デュオのMaati Baaniは、9カ国17人のミュージシャンと共演した楽曲Karpur Gauramを発表した。



インド音楽界の大御所中の大御所、A.R.Rahmanもインドを代表する17名のミュージシャンの共演による楽曲"Hum Haar Nahin Maanenge"をリリース。

古典音楽や映画音楽で活躍するシンガーから、B'zのツアーメンバーに起用されたことでも有名な凄腕女性ベーシストのMohini Deyまで、多彩なミュージシャンが安定感のあるパフォーマンスを見せてくれている。

以前このブログで紹介した日印コラボレーションのチルホップ"Mystic Jounetsu"(『ミスティック情熱』)を発表したムンバイ在住の日本人ダンサー/シンガーのHiroko Sarahさんも、以前共演したビートメーカーのKushmirやデリーのタブラ奏者のGaurav Chowdharyとの共演によるZARDのカバー曲『負けないで』を発表した。



インドでも、できる人ができる範囲で、また今だからこそできる形で表現を続けているということが、なんとも心強い限り。

次回は、Hirokoさんにこのコラボレーションに至った経緯やインドのロックダウン事情などを聞いたインタビューを中心に、第2弾をお届けします!

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goshimasayama18 at 15:14|PermalinkComments(0)

2020年03月28日

『世界はリズムで満ちている』は音楽映画の傑作!

先日、タミル映画『世界はリズムで満ちている』(原題"Sarvam Thaala Mayam", 英語では"Madras Beats"というタイトルがつけられている)の日本語字幕つきDVD発売記念試写会に行く機会があった。
この映画は2018年の東京国際映画祭ワールドプレミア上映されたものの、その後日本での一般公開はされていない、いわば「幻の名作」。
私も映画祭のときに見ることができず、今回が初見だったのだが、これが大変素晴らしかった!

監督はラージヴ・メーナン(Rajiv Menon 以下日本語表記は東京国際映画祭のときのもので記載)。
メーナンは1995年のマニ・ラトナム監督の名作映画『ボンベイ』や日本でも撮影が行われた2020年公開予定の"SUMO"など多くの作品で撮影監督を務めている人物で、監督としては前作からほぼ20年ぶりの3作目となる。
主演のG.V.プラカーシュ・クマール(G.V. Prakash Kumar)は、この映画の音楽監督を務めるA.R.ラフマーン(A.R.Rahman)の姉の息子で、映画のプレイバック・シンガーなども務める音楽畑出身(自作曲も歌う)の俳優。この映画で国内のいくつかの映画賞の主演男優賞にノミネートされるなど、高い評価を得た。
主人公の師匠役には数多くの出演作品・受賞歴を誇るベテラン俳優ネドゥムディ・ヴェーヌ(Nedumudi Venu)、ヒロイン役にアパルナー・バーラムラリ(Aparna Balamurali)。
ちなみにこの作品はタミル語映画だが、監督はタミル・ナードゥではなくケーララ州出身であり、ヴェーヌとバーラムラリもケーララ出身でマラヤーラム語映画をメインに活躍しているようだ。

…と、さも詳しそうに書いているものの、インド映画に疎い私は、ラフマーン以外は全くの初耳。
全くよく分からない状態で見たのだが、どの役者も素晴らしく、とくに演奏シーンはまったく違和感なく超絶技巧を演じていて圧巻の一言。
私同様に、インド映画に疎い人も安心して見てほしい。


今回発売されるDVDの日本語字幕は、南インドの映画やカルチャーの発信拠点としても有名なインド料理店「なんどり」さんと、南インド研究者の小尾淳(おび・じゅん)さんによるもので、DVDは「なんどり」さんで購入できる。
通販でも買えるが、このお店、南インド料理も絶品で、そしてお酒の品揃えも素晴らしいので、お近くの方はぜひ直接お店を訪れることをお勧めする。
(「なんどり」さんはJR宇都宮線/高崎線の「尾久駅」から徒歩5分、都電荒川線(さくらトラム)「荒川遊園地前」「荒川車庫前」停留所から徒歩3分。)
と思っていたら、大好評につき初回入荷分はすでに売り切れとのこと!今後の入荷予定はなんどりさんからの情報をチェックしてみてください!



タミル語の予告編はこちら。
この予告編、個人的にはこの映画の魅力を全然伝えきれていないと思うのだけど、一応貼り付けておきます。


私はインド映画同様に、この映画のモチーフである南インドの音楽にも疎いので、もしついていけなかったらどうしようと少しだけ心配していたのだが、結論から言うとその心配は全くの無用だった。
とくに、音響に定評のあるチュプキ・タバタ(試写会場)で見ることができたのは幸運だった。
というのも、この映画の実質的な「主役」は、カルナーティック音楽で使用される両面太鼓「ムリダンガム」の大迫力かつ繊細なリズムそのものだからだ。

伝統音楽というと小難しく聞こえるが(そして、実際にインド古典音楽は極めて複雑で深淵な理論に基づくものだが)、この映画を見る前に事前知識は全く不要。
日頃、電子音楽やロックやヒップホップを中心に聴いている耳にも、ムリダンガムのリズムはとにかくめちゃくちゃ凄くてカッコいい。
かつてタブラの演奏を指して「人力ドラムンベース」という表現が使われていたが、この映画を見れば、インド古典楽器のリズムはドラムンベース以上のダイナミズムと繊細さを持ち、そして打ち込みのリズムを上回る恐るべき音数と正確さで組み立てられていることがわかるはずだ。
とにかく、音楽が好きな人だったら、見て損をすることは絶対にないことを保証する。
必ず楽しめるし、素晴らしい音楽映画だけが与えてくれる爽快感が味わえる作品である。


【あらすじ】
主人公のピーター・ジャクソンは、ムリダンガム職人の家の一人息子の大学生。
タミル映画の大スター、「ヴィジャイ」の熱狂的なファンで、映画に入れ込むあまり、勉強にも打ち込めずに過ごしていた。
ある時、ピーターはムリダンガムの巨匠ヴェンブ・アイヤルの演奏を間近で見たことで、この楽器の素晴らしさに開眼する。
ピーターはヴェンブへの弟子入りを熱望するが、伝統音楽のカルナーティックはもともと寺院で演奏される神聖な音楽であり、低いカースト出身の彼は、ブラーミン(バラモン)中心の師匠や弟子たちに拒絶されてしまう。
やがて、そのたぐいまれなセンスと熱意をヴェンブに認めてもらい、なんとか弟子入りを許されたピーターだったが、彼の弟子入りを快く思わない先輩から嫌がらせを受けることになる。
ヴェンブはテレビのショーや映画音楽を認めない、伝統を重んじる演奏家だった。
ところが、ちょっとした行き違いからピーターはテレビの古典音楽のリアリティー・ショーに出ることになり、そこで起こしたトラブルから破門されてしまう。
音楽家としての夢を否定され、家庭にも居場所をなくしたピーターは、失意に陥るが…。




はっきり言ってストーリーはツッコミどころ満載だし(インド映画にこれを言ってもしょうがないが)、映画スターへの信仰にも似た崇拝や、恋人へのストーカーっぽい愛情表現など、インド映画にありがちな「クセの強さ」にちょっと引いてしまう人もいるかもしれない。
さらにはカースト差別というインド特有のテーマも描かれた社会派の側面も強い映画でもあるが、この映画の本質を一言で表すとしたら、それは「音楽や芸術の普遍性」ということになるだろう。


その話をする前に、映画のストーリーの中で匂わされるものの、明言はされない設定について、少し書いておきたい。
(この先、ストーリーの一部に触れているところがある。すでに書いた通り、この映画の実質的な主人公は音楽そのものであり、ネタバレが作品の楽しみを損なうタイプの映画ではないと思っているが、気にされる方はここでお引き返しを。)


主人公のピーター・ジャクソンというインド人らしからぬ名前や、冒頭の教会のシーンからも分かる通り、彼の一家はクリスチャンである。
両面太鼓のムリダンガム作りは、動物の皮を材料として扱う。
動物の皮革、すなわち動物の「死」と関わる彼らの生業は、「汚れた仕事」とされ、カーストの最底辺のひとつとされている。
ヒンドゥー教に基づく序列であるカーストのくびきから逃れるために、おそらくピーターの一家はキリスト教に改宗したのだろう。
主人公の名前がピーター・ジャクソンで、彼の父の名がジャクソンというのがなんだか紛らわしいが、これはタミルには伝統的に苗字という概念がなく、父親の名前が苗字のように使われているからである。
父の名前には苗字にあたる部分がないので、ひょっとしたら父の代にチェンナイに出てきて改宗したのかもしれない。

大都市チェンナイの生活では、表向きはカースト差別はないことになっているのだろう。
病院で献血すれば手放しで喜ばれるし、屋台でも他のお客とおなじようにコーヒーを提供してくれる。(輸血の相手がヒンドゥーでなくムスリムだったのが意味深な気がしないでもないが)
クリスチャンのコミュニティで成長してきたピーターは、これまで理不尽な差別をさほど経験せずに暮らしてきたようでもある。
だが、一歩保守的な世界に足を踏み入れると、ピーターはその差別に直面することになる。
師ヴェンブのもとでは、伝統主義にこだわる兄弟子に疎まれ、父の故郷の屋台では、ガラスではなくプラスチックのコップでチャイを出されてしまう。
いくらキリスト教に改宗したといっても、カーストの呪縛から逃れることはできないのだ。

タミルのブラーミン(バラモン)は、伝統を重んじていることで知られている。
今なお菜食主義を守り、酒も口にせず、掟に忠実に「清浄に」生きている人々も多く、映画に出てくる伝統音楽の演奏者たちも、そのような暮らしを守っている。
いっぽうで、クリスチャンにとっては、肉食(ヒンドゥー教の聖なる動物である牛肉も含めて)も罪ではないし、アルコールも嗜むことができる。
ピーターが先輩のマニに、「酔っぱらい」と見下されたり、師匠から菩提樹の実をもらったときに「これを身につけているときは酒や肉を口にするな」と言われたりするのは、こういう理由からである。
とにかく、この映画のなかで彼が会う苦難は、ほぼ全てが「低いカースト出身である」ということに基づいている。

話を本題に戻すと、彼の才能に嫉妬した元兄弟子の奸計と、カーストに対する偏見への怒りから、ピーターは大きなトラブルを起こし、破門されてしまう。
師匠からも家族からも見放された失意のピーターは、あるきっかけから、リズムは師匠からだけではなく、森羅万象から学ぶことができると気づく(このあたり、かなり強引な展開だったが、まあいい)。
旅に出たピーターは、インド北東部(メガラヤ、ナガランドあたりか)の音楽や、パンジャーブのバングラー、ラージャスタンのマンガニヤール音楽、ケーララの太鼓チェンダなど、インド各地のリズムを学んでゆく。
(とくに説明のないシーンなので、分からなくても問題はないのだが、風景や民族衣装からこうした背景を理解できれば、この映画の味わいはさらに増すことになる)
こうしてインドじゅうで学んだリズムが、クライマックスで大きな意味を持ってくる。

この映画は、カースト差別という社会問題をモチーフにしながら、芸術の真髄とは伝統を守ってゆくことなのか、それとも芸術は万人に開かれ時代とともに更新されてゆくべきものなのか、という問いをメインテーマとして扱っている。
クリスチャンで、なおかつアウトカーストであるピーターが伝統に基づいたカルナーティック音楽にインドじゅうで学んだリズムを取り入れてゆくクライマックスは、音楽の「普遍性」は保守的な伝統(差別的な因習を含む伝統)を上回り、それこそが芸術の本来あるべき姿である、というメッセージを伝えている。
クライマックスまでに伝統的なカルナーティック音楽のリズムの素晴らしさがたっぷりと描かれているから、多少強引なストーリー展開であっても、このメッセージは単なる伝統の軽視ではなく、じゅうぶんな説得力を持って我々に刺さってくる。

さらに言うと、この映画の序盤に出てくる映画スターへの異常なほどの崇拝や、好きになった女性や師匠へのストーカーのような愛情表現、そして、音楽に対する果てしのない求道心といった様々な要素は、宗教を超えて南アジアに共通する「究極的な存在(例えば神)に近づこうとする気持ち」のひたむきさともつながっているようにも思える。
(劇中歌の歌詞にも注目)
憧れや愛情といった「思い」、そして音楽や芸術の普遍性というテーマが、冒頭からラストまで、この作品には通底しているのである。


この映画の「本当の主役」であるムリダンガムという楽器については、この動画を見ればよく理解できるだろう。
とにかく、シンプルだが無限とも言える可能性のある楽器なのだ。
 

なにやら理屈っぽいことをいろいろと書いたが、この映画のそこかしこに出てくるムリダンガムの超絶のリズムを全身で浴びれば、それだけでもう十二分にこの作品を楽しめるはずだ。
同じ「打楽器師弟もの」 の映画として、『セッション』(原題"Whiplash",2014年米)あたりと比較してみるのも面白いと思う。

なかなか外に出られない昨今、鬱々と過ごすことも多い毎日に、とくにオススメの作品です。
見るべし!



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goshimasayama18 at 20:59|PermalinkComments(0)

2020年03月02日

インディアン・カウボーイ!インド人カントリー歌手Bobby Cashのビリヤニ・ウエスタン!


「インディアン・カウボーイ」という言葉を聞いて、どんな人物を思い浮かべるだろうか?
おそらく、ほとんどの人が、頭に羽飾りをつけたアメリカ先住民のカウボーイを想像するのではないかと思う。
ひょっとしたら、1970年代のB級マカロニ・ウエスタンにそんな映画があったかもしれない。
ところが、今回紹介するインディアン・カウボーイの「インディアン」はアメリカ先住民ではない。
このインディアン・カウボーイは正真正銘のインド人。
なんと、インド生まれのカントリー歌手がいるのである。

この一度聞いたら忘れられない異名を持つ男の名前は、ボビー・キャッシュ。
百聞は一見に如かず。
さっそく彼の音楽を聴いてもらおう。



どうだろう。
私はカントリーというジャンルには全く詳しくないが、それでもこのサウンドを聞けば、彼が決してイロモノではない、本格派のカントリー・ミュージシャンであることが分かる。
それに彼のファッションがまた堂に入っている。
テンガロンハットにウエスタン風のシャツ。
あまりインドには売っていなさそうなデザインの衣装は、本場で仕入れたのか、それともインドで仕立てて作ってもらったのだろうか。

この突然変異的なアーティストは、いったいどのように誕生したのだろう。
ボビー・キャッシュことBal Kishoreは、1961年、ヒマラヤをのぞむウッタラカンド州の街、クレメントタウンに生まれた(インドの片田舎にこんな英語の名前の街があったということにも驚いた)。
Kishore一家には、カントリーの本場テネシー州のナッシュビルに移住した叔母がいて、幼い頃から毎月彼らに最新のカントリーのヒット曲を送ってくれていたという。
幼いBalは、叔母が送ってくれる音楽に夢中になった。
やがて、彼らは叔父が作ってくれたギターで姉妹や従兄弟たちと演奏を始めるようになる。
彼の従兄弟は、小さい頃にインドを訪れたビートルズが、ヨガの聖地リシケシュに行くために彼らの住んでいた街を通り過ぎたことをきっかけに、ロックに目覚めたのだそうだ。
彼らがこのかなり早い時代に欧米の音楽に夢中になった理由のひとつに、ナッシュビルの叔母の存在に加えて、Balの曽祖父の代に彼らがクリスチャンに改宗していたということが挙げられるだろう。
やがてBalは、父が彼をBabuと呼んでいたことから、名をBobbyと改め、キショール(Kishore)というファミリーネームを英語風にCashに変えて、英語風にBobby Cashという名前での音楽活動を始める。
みるみるうちにギターの腕を上げたボビーだったが、クレメント・タウンにはプロのミュージシャンとして活躍する場などない。
彼は音楽教室を開いたり、インド軍を相手に演奏したりして活動していた。
カントリーを一緒に演奏する仲間がいなかったことが、プラスに作用することもあった。
彼は、ベースラインをギターで再現する独特のプレイスタイルを編み出したのだ。

彼の生き方もまた、本場のカントリー歌手のようなところがある。
家族想いで律儀な男なのだろう。
ボビーは、1995年に父親が亡くなるまで、故郷のクレメントタウンで過ごしていた。
父の死後、ミュージシャンとしてのキャリアを本格的に追求すべく、彼は初めて首都デリーに出てくる。

だが、首都とはいえ、当時のデリーにも、やはりカントリー音楽の需要などなかった。
私が初めてインドを訪れたのは1997年のことだったが、デリーのカセットテープ屋(当時のインドでは、主要な音楽メディアはCDではなくカセットだった)のオヤジでもロックというジャンルを理解していなかったのを覚えている。
世界的にとっくに流行の過ぎ去った時代遅れのカントリーミュージックとなれば、知らないのはなおさらのことだろう。
仕方なく彼は、ヒンディー語のポップスのアルバムを発表する。

当時台頭してきていた、'Indi-Pop'と呼ばれる非映画音楽のポップミュージックを志したものだったが、ボビーはやはり、カントリー音楽への情熱を捨てきることはできなかった。

数枚のアルバムを発表した彼は、デリーの5つ星ホテル、オベロイで演奏するなどして、なんとかミュージシャンとしての活動を続けていた。
だが、そんな彼にも転機が訪れる。
オーストラリア人の映像プロデューサーが、オベロイで演奏している彼を見て、地元のカントリー音楽フェスに招待し、その様子を撮影することにしたのだ。
2003年1月、ボビーがオーストラリアのニューサウスウェールズで行われたTamworth Country Music Festivalに出演したのは、41歳になってからのことだった。

果たして、本格的カントリーミュージックを演奏するインド人のニュースは、またたく間に話題となった。
この時の様子は、地元のテレビ局によって"The Indian Cowboy...One in a Billion"というドキュメンタリー番組として放送されている。


ボビーの幸運は続く。
彼の演奏を聴いたオーストラリアの裕福な農家が、アルバム制作の話を持ちかけたのだ。
こうして、彼は2004年に、オーストラリアのレーベルから、最初のカントリーアルバム、"Cowboy at Heart"をリリースする。
"Cowboy at Heart"、なんともいいタイトルではないか。
アメリカから遠く離れたインドに生まれ、西部のカウボーイとして生きているわけではないけれど、カントリーミュージックを愛する俺の心はカウボーイなのさ。
そんなボビーの心意気が伝わってくるようなタイトルのこのアルバムは、オーストラリアのカントリー音楽チャートに入っただけでなく、本場アメリカでも高く評価され、ナッシュビルのカントリーミュージック協会のベスト海外アーティストにもノミネートされた。
受賞こそ逃したものの、ブロードウェイでのパフォーマンスはスタンディングオベーションで称えられたという。

その後、彼は家族と故郷クレメントタウンで暮らしながらも、カントリーミュージシャンとしてはオーストラリアを拠点に活動し、何枚かのアルバムを発表している。

それにしても、世界的にメインストリームであるEDMやヒップホップのミュージシャンがインドにもいるのは分かるけど、カントリーのような、アメリカの伝統芸能とも言えるジャンルにも優れたインド人ミュージシャンがいるということには驚かされる。
ボビー・キャッシュの音楽を初めて聴いたときのアメリカ人やオーストラリア人の驚きは、きっとチャダやジェロの演歌を聴いた時の日本人と同じようなものだっただろう。
カントリーはなんとなく保守的な人たちが聴く音楽という印象を持っていたが、

彼がヒンディー語で発表した楽曲のなかには聴くべきものが少ないが、なかにはタブラとカントリースタイルのギターが融合したこんな楽曲もある。
この歌はどうやらヒンディー語のゴスペルのようだ。

カントリー調の歌声にタブラを合わせた驚くべき音楽性は、マカロニ・ウエスタンならぬビリヤニ・ウエスタン!

彼のことを扱ったドキュメンタリー番組のタイトル"Indian Cowboy...One in a Billion"同様、インディアン・カウボーイはインド広しと言えども、10億に一人の存在だろう。
インターネットの普及でさまざまな音楽に触れる機会が爆発的に増えてきたインドで、これからも、びっくりするようなジャンル(例えば、タンゴとかケルト音楽とか)で素晴らしい才能が出てくることが、ひょっとしたら、あるのかもしれない。

最後に、ボビー・キャッシュが演奏するエルビス・プレスリーの名曲をお届けして、今回の記事を終わりにしたい。



追記:
ちなみに彼のことを教えてくれたのは、以前このブログでもインタビューをお届けした、ムンバイ在住のPerfumeファンのインド人、Stephenです。ありがとう!


それからコルカタには、こんな本格的なブルース・バンドがいます。
いやはやインドは広い!



さらに追記:この原稿を書いた後に思いついた「ビリヤニ・ウエスタン」という呼び方が気に入ったので、タイトルと本文をちょっと変えてみました。

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goshimasayama18 at 19:56|PermalinkComments(0)

2019年12月13日

またインドのアーティストが知らないうちに来日していた!女性ドリーミー・ポップデュオ Gouri and Aksha


またしても知らないうちにインドのアーティストが来日公演を行っていたことが判明!
これまた少し前の話になるが、Rolling Stone Indiaの記事によると、ムンバイのソウル/ポップデュオのGouri and Akshaが今年5月に大阪のいくつかの会場でライブを行なったとのこと。

彼女たちは、その後9月にデビューシングル"Look Inside"をリリースしたばかりの新人アーティスト。
前回紹介したEasy Wanderlingsの"My Place To You"を思い起こさせるような、美しいアニメのビデオが印象的なこの曲は、フォークを基調にしながらも、生演奏とエレクトロニックサウンドが融合した叙情的な一曲。



最小限の画面の変化ながら、浮遊感あふれるサウンドとあいまって、幻想的な視覚効果が強く印象に残る映像だ。

Rolling Stone Indiaの記事によると、Gouri and Aksha ーすなわちGouri RanjitとAksha Kiniー はミュージカル『アラジン』のムンバイ公演のリハーサルで出会い、二人で好きな曲を歌ったりハモったりするようになったという。
やがて、デリーでの1ヶ月の公演の間に、ホテルの部屋をシェアして、一緒に曲を書くようになったそうだ。
印象的なアニメーションビデオは、プネーの若手女性アニメ作家Anusha Menonによるもの。
湖畔に座る少女は、彼女たちのうちの一人をモデルにしたものだと思うが、私はそこに、彼女の衣装のせいだけでなく、極めてインドらしからぬものを感じた。

そのことを説明する前に、彼女たちがYouTubeにアップしている他の曲も聴いてみよう。
ピアノとヴォーカルのデュオスタイルで披露される楽曲たちは、ちょっとキャロル・キングを思わせるような情感がある。


ここで、ピアノを弾きながら歌っている方(GouriとAkshaのどっちだろう?)の髪型に注目してほしい。
お分かりだろうか。
彼女にはなんと、前髪がある!
90年代以降、インドの社会は急激に変化しつづけているが、今でもインドの女性の髪型はほとんどがロングのワンレングスだ。
それがもっともインド女性に似合う髪型だからということもあるのだろうが、ロックやヒップホップなどのジャンルで活躍する女性アーティストたちも変わらない。
(おそらくだが、インドの成人女性に前髪のある髪型が好まれないのは、「子どもっぽく見える」という理由からなのではないかと思う)
髪型一つからも、彼女たちが新しい感性を持った世代のアーティストだということが伝わってくるというものだ。

そんな彼女たちに、さっそくメールでインタビューを申し込んでみた。


凡平「とても独創的な音楽を演奏していますが、どんな音楽的な影響を受けているか教えてください」

G&A「たくさんの影響を受けているわ。例を挙げるとしたら、Fiona Apple, Sara Bareilles, Hiatus Kayoteとか。Moses SomneyとかMaroなんかの新しくて素晴らしい音楽からも学んでいるの。これまでにいろんな音楽から学んできたことが、無意識のうちに私たちのソングライティングに現れていると思うわ」


凡平「"Look Inside"はエレクトロニックな音と生演奏が融合したサウンドですが、YouTubeにアップされている他の曲はアコースティックですね。今後はどんなタイプの曲を作っていくつもりですか?」

G&A「曲を作っている時には、ジャンルのことはあんまり考えてないの。どんなものからもインスピレーションを得られるわ。ちょっとした出来事とか、新しく見つけたAbeltonのプラグインとか、私たちの好きなコードの響きとか。そうしたら、アイデアや気持ちを制限したり決めつけたりしないで、自由に羽ばたかせて曲を作るの。
そうは言っても、"Look Inside"は、今のところ私たちがプロデュースした唯一の曲よ。私たちは他の曲をプロデュースしているところなの。YouTubeやSoundcloudにアップしてあるアコースティックバージョンの曲をね」


凡平「Anusha Menonによる"Look Inside"のミュージックビデオが本当に素晴らしいですね。どうやって彼女とコラボレーションすることになったのでしょうか?」

G&A「彼女にコンタクトする前から、私たちは彼女をインスタグラムでフォローしてたの。正直に言うと、私たちはちょっとだけアニメの要素が入ったシングルフレームの絵が欲しかっただけだったの。でもAnushaが曲を聴いたらインスパイアされて、1曲分のきちんとした映像を作ってくれたの。
この曲はもともと内省的なものだったから、ダークで夜の要素が欲しかった。私たちはとくにAnushaの作品の『ワビ・サビ』スタイルな部分が好きだったから、そういうものをお願いしたわ。あとは全部Anushaがやってくれたのよ。私たちが飼っている2匹の猫、ObitoとPakaluを登場させるっていうアイデアもAnushaのものよ。2匹とも、私たちの内面的なパートナーでもあるから(ハートマーク)」


凡平「日本ツアーをすることになったきっかけは?」

Aksha「実は私は今、短期契約で日本で働いているのよ。
こっちに来たとき、いくつかのライブ会場にコンタクトして、私たちの音源をシェアしてみたの。そうしたら、驚くことにたくさんの場所からライブをやってほしいっていう連絡が来たわ。
だからGouriに日本に飛んで来てもらって、彼女が日本にいるうちに、できるだけ多くのギグをしたの」


凡平「ライブはどんなところで行いましたか?大阪だけ?」

G&A「ええ、Akshaの仕事があったから、遠くでライブをするってわけにはいかなかったの。だから、大阪の、全然違う雰囲気の素敵な3つの会場でライブをしたのよ。
1つめは、Art and Nepalっていうアートギャラリー兼カフェ。
2つめは、Soundgarden Bar and Cafe. ここは心斎橋のど真ん中にあって、ツインピークスみたいな不思議な魅力がある場所。
3カ所目は、El Nagueっていう白い素敵なアップライトピアノがあるイタリアンレストランよ。」


なんと、来日公演の理由が日本で働いていたからだということに驚いた。
彼女たちもまた、昨今のインドのインディー音楽シーンで目立つ多くの国際派アーティストと同様に、インドという枠組みの中だけで捉えるのではなく、グローバルなインディーミュージックシーンのなかに位置づけられるべきアーティストなのだろう。
欧米の音楽に影響を受け、当たり前のようにデビュー前に海外でライブを行う、新しいインドのアーティストたち。
彼女の前髪は、そうした新しい世代の姿勢を表す象徴でもあるのだ。(もちろん本人はそんなことは意識していないだろうが)

アコースティックなサウンドを基底に持ちつつ、現代的なアプローチも積極的に取り入れるGouri and Akshaの活動に、これからも注目していきたい。



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2019年12月02日

インド音楽シーンのオシャレターバン史

先日紹介した白黒二色ターバンのFaridkotに続いて、他のシク教徒のアーティスト達(のターバン)も見てみよう。

まずは古いところから、80年代から活躍するパンジャービー・ポップ・シンガー、Malkit Singhの"Chal Hun"のビデオをご覧ください。
 
オールドスクールなバングラー歌謡といった趣きのサウンドと、コミカルなタッチで民族衣装の人々が集ったパーティーを描いたビデオがレトロで良い。
この時代のシク教徒のポップシンガーは、このMalkit Singhのように赤やピンクや水色などのド派手で大ぶりなターバンを巻いていることが多かった。
シク教徒は本来は神から与えられた髪や髭を切ったり剃ったりしてはいけないことになっており、彼らのターバンのサイズが大きいのは、ターバンの下に長髪を隠しているからなのかもしれない。

現代のド派手系ターバンの代表としては、バングラー・ポップ・シンガーのManjit Singhを挙げてみたい。
彼が先日リリースした、"Top Off"のミュージックビデオは現代的なオシャレターバンの見本市だ。
 
鮮やかなボルドーカラーのターバンと、額の部分に衣装に合わせた黒い下地をチラ見せする着こなし(かぶりこなし)はじつに粋だ。
同系色が入ったジャージや黒いジャケットにはボルドーのターバン、カジュアルなジーンズには黄色のターバン(ここでも、黒いスタジャンに合わせてターバン下地の色は黒)とかぶり分けているのもポイントが高い。
後半に出て来る派手なシャツに赤いターバンを合わせているのも(よく見るとボルドーとはまた違う色)、最高にキマっている。
最近ではシク系シンガーでも、ターバンをかぶらない人が増えているが(例:バングラー・ラッパーのYo Yo Honey SinghやBadshah)、このManjitを見れば、単純に「ターバンはかぶったほうがかっこいい」ということが分かってもらえるだろう。

続いては、このManjit Singhが、パンジャーブ系イギリス人シクのManj Musikと共演した"Beauty Queen"を見ていただこう。
Manji Musikは、映画『ガリーボーイ』の審査員役として、Raja Kumariらとともにカメオ出演していた音楽プロデューサーだ。


今回も、Manjit Singhは、黒ターバンに赤の下地チラ見せ(赤いアロハシャツとコーディネート)、黄色いターバンに黒い下地チラ見せ(黄色系統のド派手なシャツと)と、完璧なかぶりこなしを見せているが、ここで注目したいのはもう一人のManj Musikだ。
Manjit Singhのように、ターバンが額で「ハの字」になるかぶり方は、下地とのコーディネートが楽しめるし、ターバンの存在感をアピールできる一方、ターバンが目立ち過ぎてしまい、場合によっては野暮ったく見えてしまう危険性がある。
そこで、在外シク教徒のミュージシャンを中心に、カジュアルかつすっきり見せるために流行している(多分)のが、このManj Musikのように、額でターバンが水平に近い形になるかぶり方だ。
(このかぶり方自体は、パンジャーブの老人がしているのも見たことがあるので以前からあるスタイルのようだが)
このかぶり方だと、ターバンのシルエットがだいぶすっきりとして、ドゥーラグや80年代のアメリカの黒人ミュージシャンがよくかぶっていた円筒形の帽子(これも名前は知らないが、よくドラムやパーカッションの人がかぶっていたアレ)のような雰囲気もある。
 
例えば、初期Desi HipHop(南アジア系のヒップホップ)を代表するアーティストである、パンジャーブ系イギリス人の三人組のRDBを見てみよう。
彼らはほぼいつもこのかぶり方をしていて、インド系ラッパーのJ.Hindをフィーチャーした"K.I.N.G Singh Is King"(2011年)のミュージックビデオでもその様子が見て取れる。

このかぶり方の場合、ほとんど必ず黒が選ばれているということは抑えておきたい。
楽曲としては、トゥンビ(バングラーで印象的な高音部のシンプルなフレーズを奏でる弦楽器)のビートとラップをごく自然に合わせているのが印象深い。

インド国内でも、2018年にデビューして以来、デリーのヒップホップシーンをリードしているストリートラッパーのPrabh Deepも常に黒いターバンでこの巻き方を堅持している。

かなりタイトフィットな彼のスタイルは、一見ドゥーラグかバンダナのようにも見えるが、上部や後ろ姿が映ると、まぎれもなくターバンであるということが分かる。
ストリートラップという新しいスタイルの表現を志しながらも、ヒップホップ・ファッションとターバンを融合し、自身のルーツを大事にしようとする彼の意気が伝わってくる。
(ちなみに彼のファーストアルバムのタイトルは、「歴史的名作」を意味する'Classic'と、シク教の'Sikh'をかけあわせた"Class-Sikh")
リズム的にはバングラーの影響はほぼ消失しており、完全なヒップホップのビートの楽曲だが、彼が見せるダンスは典型的なバングラーのものであるところにも注目したい。

一方で、ムンバイのブルータル・デスメタルバンドGutslitのリーダーでベーシストのGurdip Singhは、ジャンルのイメージに合わせて常に黒のターバンを身につけているが、その「巻き方」には、より伝統的な額が「ハの字型」になるスタイルを採用している。


これは、海外ツアーなども行なっている彼らが、「ターバンを巻いたデスメタラー」という非常にユニークなイメージを最大限に効果的に活用するためだろう。
インドのバンドというアイデンティティーを強く打ち出すためには、ドゥーラグやキャップのように見えるスタイルではなく、伝統的なイメージでターバンを巻くほうが良いに決まっている。
実際、彼らは自分たちのイメージイラストにも積極的に「ターバンを巻いた骸骨」を用いている。
GutslitLogo
Gutslitはサウンド面でも非常にレベルの高いバンドであるが、もしターバン姿のメンバーがいなかったら、彼らがここまでメタルファンの印象に残ることも、毎年のように海外ツアーに出ることも難しかったかもしれない。


インド国内人口の2%に満たないシク教徒が、国内外のインド系音楽シーンで目立っているのには理由がある。
シク教は16世紀にパンジャーブ地方で生まれた宗教で、ごく大雑把にいうと、ヒンドゥーとイスラームの折衷的な教義を持つとされる。
パンジャーブ州では今でも人口の6割近くがシク教徒であり、世界中で暮らすシク教徒たちも、ほとんどがこの地域にルーツを持っている。
シク教徒たちは勇猛な戦士として知られ、英国支配下の時代から重用されており、海外へと渡る者も多かった。
またパンジャーブ地方はインド・パキスタン両国にまたがる地域に位置しているため、分離独立時にイスラーム国家となったパキスタン側から大量の移民が発生し、多くのパンジャービー達が海外に渡った。

やがて、海外在住のパンジャービーたちは、シンプルなリズムを特徴とする故郷の伝統音楽「バングラー(Bhangra)」と欧米のダンスミュージックを融合させた「バングラー・ビート」という音楽を作り出した。
複雑なリズムを特徴とする他のインド古典音楽と違い、直線的なビートのバングラーは、ダンスミュージックとの相性が抜群だったのだ。
90年代から00年代にかけて、バングラー・ビートはパンジャービー系移民の枠を超えて世界的なブームを巻き起こした。
バングラー・ビートはインドにルーツを持つ最新の流行音楽としてボリウッドに導入されると、ヒップホップやEDM、ラテン音楽などと融合し、今日までインドの音楽シーンのメインストリームとなっている。
彼らが持つ伝統的なリズムと、歴史に翻弄された数奇な運命が、シクのミュージシャンたちを南アジア系音楽の中心へと導いたのだ。

現在では、前回紹介したファンク・ロックのFaridkotや、今回紹介したPrabh Deepのように、典型的なバングラーではなく、さまざまなジャンルで活躍するシクのアーティストたちがいる。

最後に、今回ファッションとターバンについて調べていた中で見つけた、とびきり素敵な画像を紹介したい。
おしゃれターバン
https://news.yale.edu/2016/11/21/under-turban-film-and-talk-explore-sikh-identityより。A scene from "Under the Turban," about members of the fashion world in Londonとのこと)
イギリスのオシャレなシク教徒たち。
カッコ良すぎるだろ! 
先頭の男性の、伝統的なスタイルに見せかけて、ドレープ感を出した巻き方も新しい。

個人的には、少し前に話題となったコンゴのオシャレ集団サプールの次に注目すべきローカル先端ファッションは、オシャレなシク教徒ではないかと思っている。
みなさんも、ぜひシク教徒たちのオシャレなターバンに注目してみてほしい。
それでは!

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goshimasayama18 at 00:00|PermalinkComments(0)

2019年08月19日

Sarathy Korwarの"More Arriving"はとんでもない傑作なのかもしれない

イギリス在住のタブラプレイヤー/ジャズパーカッショニストのSarathy Korwarのセカンドアルバム"More Arriving"が素晴らしい。
すでに先日の記事でも、このアルバムからムンバイの先鋭的ヒップホップグループSwadesiが参加した楽曲"Mumbay"を紹介させてもらったが、改めてアルバム全体を聴いて、その強烈な内容に衝撃を受けた。

タイトルで、とんでもない作品「かもしれない」と書いたのは、内容に対する疑問ではない。
内容は文句なしに素晴らしいのだが、このジャンル不明の大傑作が、世界的にはニッチな存在となっている(世界中の南アジア系住民以外にはなかなか届かない)'Desi Music'の枠を超えた、現代ジャズの名盤として歴史に名を残す可能性があるのではないか、という気持ちを込めたものだ。
個人的には、この作品はKamasi Wahingtonあたりと同等の評価を受けるに値する内容のものだと考えている。

改めて、ここで"Mumbay"を紹介する。


アメリカで生まれ、インド(アーメダーバードとチェンナイ)で育ったSarathy Korwarは、10代からタブラの練習を始め、ほどなくコルトレーンらのスピリチュアル・ジャズにも興味を持つようになった。
その後もタブラの修行とジャズの追求を続け、進学のために移ったプネーでドラムを始めると、セッションミュージシャンとして音楽の道を目指すようになる。
その後、より本格的にタブラを追求するためにイギリスに渡り、SOAS(東洋アフリカ研究学院)のSanju Sahaiに師事。
ジャズミュージシャンとしてのキャリアも続け、2016年にクラブ・ミュージックの名門レーベルNinja Tuneからファーストアルバム"Day To Day"をリリースした。

彼の音楽性をごく簡単に説明すれば、「ジャズとインド古典音楽の融合」ということになるだろう。
これまでもジャズとインド音楽の融合は、東西のさまざまなアーティストが試みているが(例えばジョン・マクラフリンとザキール・フセインらによるプロジェクト'Shakti'や、ドキュメンタリー映画"Song of Lahore"にもなったパキスタンのSachal Jazz Ensembleなど)、いずれもが異なる音楽的要素を混合することによる、純粋な音響的な表現の追求にとどまるものだった。
つまり、実験的で純音楽的な試みではあっても、その時代の最先端のロックやヒップホップのような、同時代的なものではなかったということだ。
Sarathy Korwarのファースト・アルバムも、こうした枠のなかの作品のひとつとして捉えられるものだった。 
(もちろん、それでもここに挙げたアルバムが普遍的な音楽作品として十分に素晴らしいことは言うまでもない。また、それぞれのプロジェクトには社会的・時代的な必然性があったというのも事実だが、少なくとも同時代へのメッセージ性を強く持ったものではなかった)


ところが、The Leaf Label(これまでに、Four TetやAsa-Chang&巡礼の作品を取り扱っているヨークシャーのレーベル)からリリースされた彼のセカンドアルバム"More Arriving"は、こうした作品群とは全く違う次元のものだった。
Sarathyは、このアルバムに、SwadesiやPrabh Deepらの発展著しいインドのヒップホップ勢を参加させることで、インドの古典音楽とジャズという、「あまりにも様式として完成されてしまっているが故に、決して現代的にはなり得ない音楽ジャンル」に、極めて今日的な緊張感と魅力を付与することに成功した

このアルバムで、Sarathyは 2019年のセンスでジャズを解体再構築している。
いや、というよりも、むしろ2019年のセンスでジャズ本来の精神を解放しているといったほうが良いかもしれない。
つまり、都会の不穏さと快楽を音楽に閉じ込めるとともに、音そのもので、抑圧的な社会からの魂の自由を表現しているのだ。
それも、タブラプレイヤーでもあるインド系ジャズパーカッショニストだけができるやり方で。

とくに、冒頭の"Mumbay"から"Coolie"(デリーのラッパーPrabh Deepとレゲエシンガー&DJのDelhi Sultanateが参加)、そして"Bol"(アメリカ在住のカルナーティック・フュージョンのシンガーAditya Prakashと、インド系イギリス人でポエトリー・スラムのアーティストZia Ahmedが参加)に繋がる流れは素晴らしい。
とくに、"Bol"では、インドの伝統音楽が、ほぼそのままの形を保ちながら、すべて生音であるにもかかわらず、恐ろしいほど現代的に表現されている。
しかも、ここまでヘヴィに、緊張感を保ったままでだ。

"Bol"というタイトルは「発言」や「会話」という意味。
歌詞にもビデオにも、今日の英国社会での南アジア系住民へのステレオタイプな偏見に対する皮肉を含んだメッセージが込められている。
この動画は4分程度のシングル・バージョンだが、9分以上あるアルバム・バージョンはさらに素晴らしい。


アルバム全体もYoutubeで公開されているので、紹介しておく。
コンセプトや構成がしっかりしたアルバムなので、ぜひ通しで聴いてもらいたい。

"More Arriving"には、他にもムンバイのラッパーのTRAP POJU(a.k.a. Poetik Justis)やカルカッタの女性古典(ヒンドゥスターニー)シンガーのMirande, さらには在外インド人作家のDeepak Unnikrishnanなど、多彩なメンバーが参加している。

最後に、このアルバムへのSarathyのコメントやレーベルからの紹介文と、各メディアによる評価を紹介したい。

「このアルバムには、たくさんのラッパーや詩人などが参加していて、南アジアの様々な声をフィーチャーすることを目指しているんだ。それは単一のものではなく、ブラウン(南アジア系の人々)の多様なストーリーやナラティブによって成り立っているっていうことを強調しておくよ。"More Arriving"というタイトルは、人々の移動(ムーブメント)を表している。この言い回しは、恐怖や、望まざる競争、歓迎せざる気持ちなどがより多くやってくるという今日の状況を取り巻くものなんだ。」
(Sarathy Korwarのウェブサイトhttp://www.sarathykorwar.comより)

「我々は分断の時代を生きている。多文化主義(multiculturalism)は人種間の緊張と密接な関係があり、政治家は人々の耳に複雑なメッセージを届けることすらできないほどに無力だ。別な視点を持つべき時がやってきた。
このアルバムで、Sarahty Korwarは彼自身の鮮やかで多元的な表現を、世界に向けて撃ち放った。これは必ずしも調和(unity)のレコードではない。分断したイギリス社会でインド人として生きるKorwarの経験を率直に反映したものだ。イギリスとインドで2年半にわたってレコーディングされ、ムンバイとニューデリーの新しいラップシーンと、彼自身のインド古典音楽とジャズの楽器が取り入れられている。これは、対立から生まれた、対立の時代のためのレコードだ。」

(The Leaf Labelのウェブサイトhttp://www.theleaflabel.com/en/news/view/653/DMより)

「稀有な才能… 彼のリズムの激しさ、魅惑的なビジョンは、インドとジャズの融合の歴史に新しいスピンを加えた。★★★★★」(MOJO)

「絶対的な瞬間。民族的アイデンティティーを扱った、サイケデリックで、強烈なジャズのオデッセイ。素晴らしい。★★★★」(Guardian)

「2019年を定義するアルバムのうちのひとつ。Sarathyのニューアルバムはここ1年でもっともエキサイティングなもの…カゥワーリーからモダンジャズ、ムンバイ・ヒップホップ、インド古典音楽にいたるまでのワイルドな相乗効果だ。だがこれは、まさに今イギリスで起こっていることに関するレコードでもある」(Pete Paphides, Needle Mythology podcast)

「素晴らしい… アドレナリンに溢れ、パーカッションに導かれた、意識(consciousness)を高めるスリリングな冒険」(Electronic Music)

「アジア系ラッパーや詩人をフィーチャーしたインド音楽とジャズのスリリングな融合であり、いいかげんなステレオタイプや、東西文化のナラティブを変える必要性などのテーマに取り組んでいる。これは分断の時代のタイムリーなサウンドトラックだ」(Songlines)

「Korwarは、公民権を剥奪された人々の声という、ジャズの政治的でラディカルな歴史を取り入れ、それを現代イギリスにおけるインド人ディアスポラの体験に応用している」(The Vinyl Factory)

(以上、各媒体からのコメントは、The Leaf Labelのウェブサイトhttp://www.theleaflabel.com/en/news/view/653/DMから引用)


近年、独自の発展を続けてきた在外インド系アーティストと、急速に進化しているインド国内のアーティストの共演が盛んに行われているが、またしても、国境も、ジャンルも超えた名盤が誕生した。
"Sarathy Korwar"の"More Arriving"は、インド系ディアスポラとインド本国から誕生した、極めて普遍的かつ現代的な、もっと聴かれるべき、もっと評価されるべき作品だ。

インドの作品にしては珍しく、フィジカルでのリリース(CD、レコード)もされるようなので、ぜひ実際に手に取って聴いてみたいアルバムである。


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goshimasayama18 at 15:31|PermalinkComments(0)

2019年08月13日

ここ最近の面白い新曲を紹介!Karsh Kale feat. Komorebi, Aswekeepsearching, Swarthy Korwar feat. MC Mawaliほか

ここ最近、以前紹介したアーティストを中心に面白いリリースが相次いでいるので、今回はまとめて紹介してみます。

以前「インドのインディーズシーンの歴史的名曲レビュー」でも取り上げたタブラプレイヤー兼フュージョン・エレクトロニックの大御所Karsh Kaleは、日本のカルチャーの影響を受けた女性エレクトロニカアーティストKomorebiをフィーチャーした新曲をリリース。
Karsh Kale feat. Komorebi "Disappear" 
 
両方のアーティストの良さが活きた素晴らしい出来栄えの楽曲。
Komorebiはここ1〜2年でどんどん評価を上げており、ついにフュージョン音楽(ここで言うフュージョンはインド伝統音楽と現代音楽の融合のこと)のパイオニアの一人で、メインストリームの映画音楽でも活躍するKarsh Kaleに抜擢されるまでになった。
映像から音作りまで、非常にアーティスティックな彼女が今後どのような受け入れられ方をするのか、注目して見守りたい。

バンガロールを拠点に活躍するポストロックのAswekeepsearchingは、よりロック色の強い新曲"Rooh"(ウルドゥー語で「精神」という意味の単語か)をリリース。

今作では、ひとつ前のアルバム"Zia"で見られたエレクトロニックの要素は見られず、よりロック的な音作りの楽曲となっているが、演奏はともかくヴォーカルがLUNA SEAの河村隆一っぽく聴こえるところが好みが分かれそうだ。
彼らは新曲と同名のニューアルバムを準備中とのこと。
インドのポストロックシーンの代表格である彼らが、どんな新しいサウンドを届けてくれるのだろうか。


アメリカ出身のインド系女性シンガーMonica Dograは、フュージョンヒップホップ的な楽曲"Jungli Warrior"をリリース。

Divineらのガリー・ラップ以降、なんの変哲も無いインドの日常風景やそこらへんのオヤジをかっこよく撮るのが流行っているようだが、このビデオでもボート漕ぎのおっさんが非常にクールな質感で映されている。
オシャレで絵になるもののみを映すのではなく、日常を「リアルでかつクールなもの」として再定義するこの傾向は、かっこいいし面白いし個人的にも大好きだ。
タイトルはの"Jungli Warrior"は「ワイルドな戦士」といった意味。
余談だが英語でも日本語でも通じる"Jungle"はインド由来の言葉である。

在英インド系タブラ奏者/ジャズ・パーカッショニストのSarathy Korwarは、ムンバイのアンダーグラウンドヒップホップクルーSwadesiのMC Mawaliをフィーチャーした"Mumbay"をリリース。
 
ひたすらムンバイの街と人々を映した映像は、まさに日常をクール化する作風の具体例と言っていいだろう。
ムンバイの映像に合わせて、もろジャズなトラックに、ラップと呼ぶにはインド的過ぎるMawaliの語りが乗ると、まるでニューヨークあたりのように、不穏かつスタイリッシュに映るのが不思議だ。
冒頭に映画『ガリーボーイ』で有名になったフレーズ'Apna Time Aayega'がプリントされたTシャツや、ダラヴィのラッパーたちが少しだが映っている。
音楽的には変拍子が入ったノリにくいリズムが、不思議な緊張感を醸し出していて、大都会ムンバイの雰囲気が伝わってくるかのような楽曲に仕上がっている。

Sarathy Korwarは、2016年に名門Ninja Tuneから、デビュー・アルバム"Day to Day"をリリースしたアーティスト。
ジャズにインドに暮らすアフリカ系少数民族Siddi族の音楽を取り入れた音楽性がジャイルス・ピーターソンやフォー・テットにも高い評価を受け、その後はカマシ・ワシントンらのオープニング・アクトを務めるなどヨーロッパを中心に活躍している。
"Mumbay"は彼のセカンド・アルバム"More Arriving"からの楽曲。
Sarathyは「これまでにイギリスで考えられてきた典型的なインドのサウンドではなくて、本国とディアスポラ双方の2019年の新しい音楽のショーケースを見せたかったんだ」と述べている。
アルバムの他の楽曲にはデリーの大注目ラッパーPrabh Deepや闘争のレゲエ・アーティストDelhi Sultanateも参加している。
新しい世代の在外インド人系フュージョン・アーティストとして要注目だ。

この"Mumbay"という楽曲は、「ムンバイ(ボンベイ)という都市へのラブレターのようなもの」で、この街の二重性や相反する物語を表すもの」だそう。
https://www.vice.com/en_in/article/xwndb7/stream-sarathy-korwars-new-single-mumbay-ft-mc-mawali-of-swadesi) 
以前紹介したDIVINEの"Yeh Mera Bombay"とも似たテーマを扱っているようにも思える。

ちなみにムンバイの老舗ヒップホップクルー、Mumbai's Finestによると「ムンバイは名前で、ボンベイは感情だ。同じように聴こえるかもしれないけど、ボンベイには意味があるんだ(欠点もね)」(Mumbai is the name and Bombay is a feeling, It may sound the same, but Bombay is the meaning (demeaning)!)とのこと。

この街の文化的な豊かさやいびつさが、今後ますます素晴らしい作品を生むことになりそうだ。



今回紹介したアーティストを過去に取り上げた記事はこちらから。








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