インドよもやま話

2023年12月10日

二人めのヨギ・シンとの再会


前回の記事で書いた今年2人めのヨギ・シン(本名不明)は、その後も丸の内近辺での「占い」を続けているようだった。
それならまた会いに行ってみよう。
遭遇から1週間後の日曜日、私は自宅から再び東京駅へと向かった。

幻の占い師に簡単に会えるようになった現状を、以前「ツチノコから地域猫レベルになった」と書いたが、結論からいうと、この日もまた簡単に会えてしまった。

今回そのターバン姿の男の姿を見かけたのは、東京国際フォーラム近くの横断歩道だ。
気づかれないように彼の様子を伺うと、クリスマスのイルミネーションに彩られた丸の内仲通りで何人かの通行人に声をかけ、いずれも断られていた。
声をかけた相手は一人で歩いている人ばかり。
二人連れやグループに声をかけると、紙をすり替えるトリックを見破られるリスクがあるからだろう。

彼が他の人に占いをする様子を観察してみたくもあったが、どうやら見込みは薄そうだ。
さりげなく彼の隣を歩くと、案の定、私に声をかけてきた。
この日の第一声は「You have a lucky face」ではなく「You are lucky」。

「私はサイババの弟子なのだが、あなたには来年良いことがある。でも少し考えすぎるところがあるようだ。あなたの仕事は?」

前回とは若干違うパターンだ。

「オフィスワーカーだ」と適当に答えると、ほら当たったと言わんばかりに「だから考えすぎるんだろう」と返してきた。
この「あなたは考えすぎる」はヨギ・シンの定番フレーズだが、彼らは落語の修行みたいに一言一句同じ言葉を伝承されるのだろうか。
サイババの弟子だというのも初めて聞くパターンだ。
前回会った時に彼が見せてきたシルディ・サイババの絵に私が反応したので、サイババが日本でも有名だと思っているのかもしれない。

ShirdiSaiBaba

彼はまず私の手相を調べた。
そういえば、彼は前回も手相を見て「生命線が長いので長寿の相がある」とか誰でも言えるようなことを言っていた。
今回は手相を見てもコメントなし。
ここで気の利いたことが言えると大幅に説得力がアップすると思うのだが、それができないのが彼の至らない点だ。
(とうとう自分はヨギ・シンの批評までするようになってしまった)

今にして思えば、この手相見は、お馴染みのトリックを行うために手を出させる方便なのだろう。
次に彼がした行動は予想通り。
手帳から取り出した紙片に何かを書きつけて、それを私に握らせてきた。
「あなたの好きな花は?」
お決まりの質問である。
1週間前に同じやりとりをしているのだが、彼は私のことをまったく覚えていないらしい。
ここで私は、最も回答する人が多いと言われている「ローズ」と答えてみた。

続いての質問は「1から5の間で好きな数字は?」
これを聞いて、私はもしやと思った。
これは山田真美さんの本『インド大魔法団』に書かれていたトリックと全く同じやり方だ。
「1から5の間で」と言われると、多くの人が無意識に3と答えてしまうというのだ。
あえて引っかかったふりをして「3」と答えると、彼はしてやったりという顔を見せた。

3つめの質問は、「あなたの望みは?」。
「グッドヘルス」と回答すると、彼は前回のように「紙を握った手を額にあてて、その後で息を吹きかけろ」とは言わずに、すぐに紙を広げろという。
つまり、紙のすり替えはしないということだ。

言われたとおりにすると、はたして、そこには、Roseという文字と、3という数字、そして何やらわからないアルファベットの羅列が書かれていた。

「見ろ、好きな花は薔薇、選んだ数字は3」
次に彼は、アルファベットの羅列を指して、「このGはグッドヘルス、Lは長寿(long life)という意味だ」と言った。

GHと2文字だけ書かれているならともかく、どうしていくつかの文字列の中のGがグッドヘルスを意味することになるのか、それにそもそも長寿なんて言っていないじゃないか、とつっこみたいのはさておき、これはなかなかよくできた技法だと思った。
Gと書いておけば、「グッド○○」というときに必ず使えるし、Lもロングライフとかラブとかラックとか、いろいろな言葉に応用できる。
この紙は、このあとすぐ「手帳に挟んでくれ」と言われて回収されてしまったので、手もとに残っていないのだが、そういえば前回もらった紙にも同じような文字が書かれていた。
これは彼らの常套手段なのだろう。
IMG_2023-11-18-17-35-36-690_20231124003545
前回の紙のいちばん下の行にもG'n'Lと書かれているように見える。

ともかく、これで彼らが使うトリックの全貌がわかった。
彼らが最初に握らせる紙にはRose, 3、そしてGとLを含むいくつかのアルファベットが書かれている。
運良く相手が薔薇と3と回答したときにはそのまま紙を開かせて、違う花や数字を言ったときには、紙をすり替えるのだ。
面白いパフォーマンスを見せてもらった対価として彼に1,000円を支払う。

もう正体をばらしてもいいだろうと思って「前に会ったことがある。覚えているか?」と聞いたが、返事は「ノー」。
「どこで会ったんだ?」と逆に聞き返されてしまった
「向こうのほうの大手町のエリアで、先週の土曜日に会った」と答えて、しばらく会話を続けると、ようやく思い出してくれた。
今回もいろいろな質問を浴びせたが、彼は自分の占いにトリックはなく、プラディープのことは知らないし、自分がやっているのは占いではなくメディテーションだという主張を崩さなかった。

親や兄弟もこのトリックをするのか?と聞いたところ、「自分は天涯孤独だ」とのこと。
これもプラディープと同じ答えだが、仲間に迷惑をかけないように、質問されたらそう答えるという取り決めがあるのかもしれない。

孤児たちが師匠からこの怪しい「占い」の技術を教え込まれてヨギ・シンになり、世界中の都市で集めたお金で寺院(孤児院)を運営し、そしてまた新たなヨギ・シンを育ててゆく。
この話が本当なら非常に面白いのだが、その可能性は限りなく低そうだ。
シク教徒のなかのとあるコミュニティ(シク教にはカーストは存在しないことになっているが、実質上のカーストと考えて良い)が路上での占い師をしている(おそらくヨギ・シンのことを指している)と書かれた論文を読んだことがあったし、大谷幸三さんの『インド通』という本にも、辻占の家系に生まれた占い嫌いの男が、生きるために占い師になって海外での辻占でお金を稼ぐ(ヨギ・シンを想起させる記述が出てくる)というエピソードが書かれていた。
インドの伝統を考えれば、家業は血縁によって継承されてゆくと考えるのが自然である。
(最近はそうではないのだが、よそのコミュニティからわざわざヨギ・シンになりたがる人はいないだろうし、彼らがよそ者を受け入れるとも思えない)

ちなみに今回、彼は「孤児院」の写真を見せてこなかった。
日本では路上でいきなり寄付を募るというやり方は受け入れられにくい。
日本人の反応を見ながら、少しずつやり方を変えているのかもしれない。

「シルディ・サイババはずいぶん昔に亡くなっているけど、今のあなたの師匠は誰?」と聞くと、彼はヒンドゥーの導師を意味するSwamiから始まる名前を挙げた。
(彼に書いてもらったその名前はSwami ParmanandもしくはParmadhanと読めるが、アルファベットのクセが強くて判読不能。前者だとすれば、19世紀に生まれ1940年に亡くなった人物なので、また適当にあしらわれたのかもしれない)
「あなたはシクだけど、導師はヒンドゥーなのか?」と尋ねたところ「師匠は宗教には関係のない精神的な指導者だ」とのことだった。
インドには、古くは15世紀のカビール、2011年に亡くなった自称二代目のサティヤ・サイババなど、宗教にかかわらず崇拝されている導師も多い。
彼らがそうした導師を崇拝しているとしても、あり得ない話ではない。
その信仰が本物なのか、神秘的なキャラクター付けを行うための演出なのかは分からないが、後者の可能性が高いと見ている。
シルディ・サイババのようなまともな人気のある導師が、こういった怪しい組織を抱えているということはないだろう。
もし本当に信奉しているのだとしても、教団のような組織だった形ではなく、彼らが勝手に崇拝しているだけで、この「占い」の継承とは関係がないものと思われる。

話をした後で、「もう1,000円払うから、何か別のことを当てて見せてよ」と言ってみたが、彼は決して占ってはくれなかった。

ターバン姿のヨギ・シンと別れた後、東京駅方面に向かう彼の様子をしばらくみていると、何人かに声をかけ、そしてまた全員に断られていた。
少しだけ話を聞いてくれた人もいたが、紙を握らせるトリックまで持ち込むことができた相手は一人もいなかった。

プラディープとこのターバン姿の初老の男性、二人に会ってみて、分かったことをまとめてみる。
まず、2019年に現れたヨギ・シンも含めて、彼らが全員大手町から日比谷のエリアで活動しているということ。
銀座での報告も稀にあるが(今年の4月にも単発の遭遇報告があった)、おそらく、これは「日本で活動するならこのエリアがベスト」という教訓が彼らに伝わっていることを意味しているのだろう。
今回のヨギ・シンは日英対訳のついた自己紹介の紙を持っていたし、ターバンの男もプラディープも巣鴨に滞在していると言ったのも気になる。
日本で彼らの行動をサポートしている人物がどこかにいるという可能性は高そうだ。

彼らの占いの技法や話す言葉の共通点も確認できた。
「You have a lucky face」や「You are lucky」という声かけ、「あなたは考えすぎるところがある」というフレーズ、紙を使った占いの方法は言わずもがなで、師匠や孤児院の写真を見せること、寺に所属しているという体裁になっていること、アムリトサルから来たということなど、明らかに彼らは同じノウハウに基づいて活動している。

一方で、ターバンのヨギ・シンが独自に思いついたと考えられることもあった。
彼はよく大手町の将門塚に出没していたのだが、ここは高層ビルが立ち並ぶオフィス街のなかで、参拝者が絶えないスポットだ。
オフィス街のなかで小さな祠に手をあわせるビジネスマンたちを、かれらがスピリチュアルなことに関心がある良いカモだと考えたとしても、不思議ではない。

これで、10月のプラディープから11月に現れたターバン姿の男まで、ヨギ・シンが2ヶ月ほど継続して東京で活動しているということになる。
SNSで読んで笑ってしまったのが、近くの「この付近にターバン姿の詐欺師が出没しているので気をつけるように」と朝礼で注意喚起していたいた会社もあったという。
いったい彼らはいつまで東京にいるのだろう。
日本で年を越すつもりなのだろうか?

詐欺被害を肯定するわけではないが、声をかけても誰にも相手にしてもらえない初老のヨギ・シンの後ろ姿を思い出すと、彼が目標金額を獲得して、無事祖国に帰れる日が早く来るよう祈りたくなってしまう。
おりを見て、また彼らが出没するエリアに足を運んでみたい。




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2023年11月28日

二人目のヨギ・シンとの対話


ターバン姿の初老のヨギ・シンからの「You have a lucky face.」というお決まりの問いかけに、私はとぼけてこう尋ねた。

「何のことを言っているんだ?」

「あなたの額から良いオーラが出ている」

予想通りの答えだ。
私は「意味が分からないがあなたの話を聞くつもりはある」という表情を作って足を止めた。
彼にとって望ましい、ごく自然なリアクションだろう。

「自分はメディテーションをやっているのでそれが分かった。来年良いことがある。あなたにとって『良い花』をひとつ挙げてほしい」

小さな紙を出す前に質問してくるのが意外だったが、私はプラディープに聞かれたとき同様に「チェリーブロッサム」と答えることにした。
ところで、この問いに対する最も多い答えは「ローズ」だそうで、もしそう答えたら何か別の展開があったのだろうか。
(この謎はそう遠くないうちに明らかになるのだが、このときはまだそれを知らない)

ターバンの男は、プラディープのように「あなたの心を読んでみせよう」とは言わず、無言で手帳を取り出した。
そこにはおなじみの5センチ四方くらいの白い紙がたくさん挟まれている。
そのうちの一枚を丸めて私に握らせると、例によって脈絡のない質問を投げかけてきた。

「1から9で好きな数字は?」

「8」

「名前は?」

本名を答える。もちろんアルファベットの綴りも伝えなければならなかった。

「年齢は?」

「45歳」

「子どもは何人いる?」

「2人」

「望みは?」

「健康」


彼は手帳を下敷きがわりに、手元の紙に私の答えを書き込んでいるようだ。
この間、最初に渡された紙はずっと私が握ったままだ。

この後の展開は分かっている。
隙をついて私が握っている紙をすり替えるつもりなのだろう。
それなら、意表をついてこの紙をすぐに開いてやろうかと手を広げた瞬間、彼は、
「紙を握った手を額に押し当てて、その手に息を吹きかけろ」と言いながら、私の手にある紙をつまんで私に見せた。
やられた!
ほんの一瞬だったが、彼が「この紙をそうするんだ」と言わんばかりにごく自然に紙をつまんだときに、手の中にあったもう一枚の紙とすり替えたのだ。

言われた通りにまた紙を握り額にあて、息を吹きかけると、彼はようやくそれを開くように言った。

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「好きな数字は8、あなたの名前はこれ、年齢は43歳、好きな花はチェリーブロッサム、子どもは2人、望みはグッドヘルス。あなたの答えが全てここに書かれているだろう」

思った通りのトリックだ。
急いだせいか、彼の手元の紙の文字は乱れており、自分で書いた5を3と読み間違えて「43歳」と言ってしまっている。
それにプラディープのときと同様に最後の「健康(good health)」は判読できない。
あえて指摘はしなかったが、この男の「占い」はちょっと雑だなと思った。

「二人の子ども」を示すところにC-2とあるのは、Childrenの略と思われる。
わざわざCと書いた理由は、この数字が何を意味しているのか自分で忘れないようにするためだろう。

「答え合わせ」が終わると、彼は再び手帳を開いた。
ここまでの手順は、先月会ったプラディープとほとんど同じだが、次に彼が見せたのは、オレンジの装束に長髪を垂らしたグルの写真ではなく、シルディ・サイババの肖像画だった。
1838年に現在のマハーラーシュトラ州のシルディという街に生まれたこの「初代」サイババは、今でも精神的指導者としてインドじゅうで崇拝されている。

ShirdiSaiBaba
(この画像は彼が見せたものと全く同じではないが、このようなシルディ・サイババの肖像画は、今でもインドでたくさん売られている)

サイババといえば、1990年代に一世を風靡したアフロヘアーの男が有名だが、あの「プッタパルティのサイババ」は、このシルディ・サイババの生まれ変わりを自称していた人物である。
20世紀初めに亡くなった人物を「師匠」として挙げるのは日本人の感覚からすると違和感があると思うが、インドの感覚ではそんなに不思議なことではない。
(ちなみに文脈から「師匠」という日本語をあてているが、彼もプラディープ同様にteacherという単語を使っていた)

男は次に、早口の英語でごく短い祈りの言葉のようなものを唱えた。
内容は忘れてしまったが、私の名前と、グッドヘルスという言葉、あと家族がどうとか言っていたように思う。

さっきの肖像画に対して「シルディ・サイババだね」と伝えたが、彼は「そうだ」と生返事をして、手帳から10才くらいの子どもたちが並んだ写真を取り出して見せた。
日本でシルディ・サイババを知っていて反応する人は珍しいだろうから「知っているのか?」とか「君も彼を信じているのか?」とか聞いてくれても良さそうな気がするが、余計なことを言わないのは段取り通りに早く進めたいからだろう。
子どもたちの写真はプラディープが見せたものとは別のもので、子どもたちが並んだ後ろには'○○ foundation'と何かの団体名が書かれているのが見える。

「これは私の寺だ。父母のいない子どもたちを助けるためにお金をくれないか」

予想通りの言葉だ。
私が1,000円札を差し出すと、彼はそれを手帳に挟んでしまい込んだ。
その時、彼の手帳に英語のフレーズと日本語の対訳が書かれた紙が挟まれているのがちらっと見えた。
どうやら自己紹介のときに見せて使うためのものらしい。
日本語が達者な協力者がいるのだろうか。

1,000円しか渡さなかった私に対して、彼は「子どもが二人いるなら、二人分で2枚の紙幣を出してくれ」と要求してきた。
たった2,000円しか要求しないとは、ずいぶんと謙虚なヨギ・シンである。
手練のヨギ・シンなら、間違いなく「1,000円なんて馬鹿にするな。最低でも10,000円だ。他の人は貧乏人でも10,000円は払ってくれているぞ」とか言うところだ。
彼にはインド人特有の押しの強さがなく、「2枚くらい貰えないかな」と言うのをはっきりと断ると、思いのほかあっさりと引き下がってくれた。
しつこくないのはありがたいのだが、率直に言って、今回の彼からはあまりやる気が感じられない。
占いも祈りも雑だったし、がめつくもない。
彼はヨギ・シン界の窓際族なのだろうか?
ともあれ、ここからは私が質問する番だ。

「インドには何度も行ったことがある。あなたはパンジャーブから来たのか?」

「そうだ。インドのどこに行った?」

「デリー、アーグラー、ヴァーラーナシー、ムンバイ、他にも色々あるけど、残念ながらパンジャーブには行ったことがない。あなたはパンジャーブのどこから来たの?」

「アムリトサル」

「シク教の聖地だね。あなたの寺の名前は?」

「ゴールデン・テンプルだ。そこではたくさんの料理を調理して、みんなに振る舞っている。今度インドに来るときは、ぜひ私の寺にも来てほしい。」

ゴールデン・テンプルとは大きく出たものだ。
黄金寺院はシク教の最大の聖地である。
グルドワラと呼ばれるシク教寺院では、参拝者に料理をふるまい、一同に会して食事する儀礼的習慣がある。
これは異なるカースト間で食事をともにしないヒンドゥー教徒に対して、シク教が平等を重んじることを意味していて、黄金寺院では毎日10万食ものカレーが調理されているという。

「知ってる。映画で見たよ(『聖者たちの食卓』)」
と答えると、彼は「あ、そう」とあまり興味のなさそうな反応を返してきた。
最初に会ったときのプラディープもこんな感じだったが、彼らの間では、「会話に夢中になって自制心を失うな」というような教えがあるのだろうか。
そういえばプラディープも「次にインドに来る時は自分の寺に来てほしい」と言っていた。
これはどうせ来ないと見越して、自分の発言に真実味を持たせるためのレトリックなのだろう。
人は信心深い人を信用しやすい。
私が調べた限りでは、黄金寺院には児童養護施設のような場所は併設されていないようだった。

「グルドワラ(シク教寺院)は礼拝に来た人に料理をふるまうんでしょう。東京にもグルドワラがあるんだよ」

「本当か? どこにあるんだ?」

「茗荷谷っていうところ」

茗荷谷という街の名前は日本語になじみのない彼には難しかったらしく、何度か確認されたがうまく伝わらなかったので「『東京 グルドワラ』で検索したら出てくるよ」と教えた。
彼らは東京で暮らす同じコミュニティの仲間と繋がっているのではないかと考えていたのだが、このリアクションを見る限り、都内の敬虔なシク教徒と強い繋がりがあるわけではなさそうだ。

「じつは先月もあなたのような占い師にこのあたりで会ったんだ」

ポーカーフェイスを貫いていた彼の顔に、少し驚きの色が現れたように見えた。

「この人なんだけど、知ってる?名前はプラディープ」

スマホの写真を覗き込み、「知らない」と答えた彼の反応は、嘘をついているようには見えなかった。
彼とプラディープは、別々のグループのヨギ・シンなのか。


「あなたみたいな占い師が世界中にたくさん出没しているらしいけど、みんな同じコミュニティなの?」

「コミュニティじゃない。ネイションだ」

「ネイション?同じ地域から来たということ?」

「そうではない。私たちはネイションなんだ」

「それはジャーティー(同じ職能の一族や集団。いわゆるカースト。シク教では表向き、カーストによる序列は否定されている)ということ?」

「ジャーティーではない。私たちはネイション。私はメディテーション・スチューデントだ」

彼が繰り返す「ネイション」という言葉の意味がいまひとつつかみきれないが、シク教の同じ信仰を持つ仲間という意味だろうか。
中年から初老の域に差し掛かっている彼は、studentという言葉のイメージからは程遠く、これは「修行者」程度の意味なのだろう。

「シク教徒の全員がこういう占いをするわけではないでしょう?」

「全員ではない」

「こういう占いができる人は世界中に何人くらいいるのか?」

「世界中に200人から300人くらいいる。たくさんの寺があるから正確な数は分からないが、それくらいだろう」

プラディープも言っていたように、彼らは「寺」に所属しているという建前になっているらしい。
判で押したような同じ「占い」の技術を全員が持っているということは、寺かどうかは別にして、体系化された技術を教えるシステムがあるのは事実なのだろう。

「はっきり言うと、あなたがさっき紙をすり替えるのを見た。先月会った男も同じことをやっていた。これはマジックの一種でしょう」

「違う。これはメディテーションだ」

プラディープ同様、彼は自分の行う術をマジックと呼ばれることを否定し、占い(フォーチュンテリング)とも言わずに、メディテーションと定義しているらしい。
日本人が考える瞑想とはずいぶんイメージが違うが、ここにもなにかこだわりがあるようだ。

「ヨギ・トリック(例によってこれは仮名だが、実際には本当の名称を言っている)というマジックの技を知っているか?」

私がこう聞いた時、彼はあからさまに不快そうな顔をして、「知らない」と回答した。

「ヨギ・トリックはあなたのような占い師が使うトリックで、19世紀にイギリスで書かれたマジックの本にも書かれていると聞いている。どっちにしろ私は気にしないが、本当に知らないのか?」

「何も知らない」

彼の反応を見る限り、やはりトリックに関する話題には答えないようだ。
すこし聞き方を変えてみる。

「あなた方はどれくらい前から存在しているんだ? つまり、19世紀から同じようなことをしているのか?」

「19世紀なんかじゃない。200年前からだ」

こう答えたときの彼は、これまでの感情が読めない話し方とは異なり、誇らしげな様子に見えた。
インチキとはいえ、やはり自分たちの伝統にはプライドがあるのだろうか。
今から200年前でも19世紀じゃないか、と思ったが、それは言わなかった。

「それじゃあ。良い1日を」

話を切り上げて立ち去ろうとするのを引き止めて「まだ聞きたいことがある」と言うと、彼は少し迷惑そうな表情を見せたが、一応、質問に答えてはくれるようだった。

「このあとどこに行くつもり?」

「マロチ」

「丸の内のこと?」

「そうだ。マルノウチ」

並んで歩きながら、歩きながら、質問を続ける。

「今どこに滞在しているの?」

「カロヤシ」(そう言っているように聞こえた)

何度か聞いたが、彼は日本語の地名を覚えるのが苦手らしく、結局どこのことか分からなかった。
東京駅から45分くらいかかる場所とのことである。

「あなたのような占い師は東京に来ると必ずこのエリア(丸の内・大手町)に来るけど、どうして?」

「英語を話せる人が多いからだ。東京は英語が話せる人が10%くらいしかいない。どこに行ったらもっと英語が話せる人がいるんだ?」

「それなら六本木に行ってみたらいいと思う。外国人ツーリストとか英語を話せる人もたくさんいるし、リッチな人も多い街だから」

彼は六本木という地名も覚えることができず、彼が差し出した紙にローマ字で綴りを書いて、そこにサブウェイの日比谷ラインと大江戸ラインで行けると付け加えた。
まさか自分がヨギ・シンの商売道具の「小さな紙」に何か書くことになるとは思わなかった。
だが、この後彼が六本木に出没したと言う情報はない。
よく分からない日本人のアドバイスよりも、彼らのコミュニティで伝わっている「占いするなら丸の内」というルールのほうが信用に値すると思っているのだろう。

「東京にはどれくらい滞在しているの?」

「3週間。1週間前に着いて、あと2週間いる」

「日本のあとはどこか別の国に行くのか? 他に国にも行ったことがある?」

「インドに帰る。他にはドイツと香港に行ったことがある」

世界中を旅して占いをしているヨギ・シンにもかかわらず、彼の年齢で日本以外2カ国しか行ったことがないというのは、ちょっと少ない気がする。
21歳のプラディープですら、すでに台湾とスイスとドイツとフランスに行ったと話していた。
このターバンの男は、たまにしか占いをやらないパートタイム・ヨギ・シンなのかもしれない。

「この後また別の人に声をかけるのか?」

「メディテーションでオーラを見て、幸運な人に声をかけているんだ」

一応返事はしてくれているが、彼の態度からは、はやく話を切り上げたいという気持ちがありありと伝わってきた。
こうなったら会話が途切れないように手当たり次第に質問をしてやろう。

「あなたは何歳?」

「59歳」

「東京だとこの占いで1日にいくらくらい稼げるの?」

「稼いでいるのではない。寺のためにお金を集めているんだ」

「ソーリー。で、いくらくらいのお金が集められるの」

「5,000円から8,000円くらいだ」

これは思ったより少ない。
1日5時間から8時間占いをやるとして、1時間に1人、1,000円払ってくれる人にようやく出会えるかどうかという計算だ。
東京に現れたヨギ・シンが「poor 10,000 middle 20,000 rich 30,000」と書いた紙を見せこともあるようだが、やはりそんなに払う人は滅多にいないのだ。
往復の航空運賃と滞在費を考えたら赤字だろう。

「あなた方の占いを詐欺だと呼ぶ人もいる。それについてはどう思う?」

この質問には、彼はあからさまに不快そうな表情を見せ、「これはメディテーションだ」と繰り返した。

彼らが使うメディテーションという言葉には、「タネも仕掛けもない」といった気持ちが込められているようだ。

「もしトリックがあったとしても、私は気にしない。あなた方の伝統をリスペクトしている」

と言うと、彼はほっとしたような表情を見せた。
そうこうしているうちに、気がつけば東京駅のすぐ近くまで来ていた。

前回書いた通り、私はこの日は仕事帰りで疲れていて、こんなに簡単にヨギ・シンに会えると思わなかったので、質問もほとんど用意していなかった。
今にして思えば、もっと聞きたいことはたくさんあったのだが、彼の「あまり深入りしてくれるな」と言う態度もあり、私はこのへんで会話を終えることにした。

ヨギ・シンは駅前の雑踏に姿を消し、私は東京駅に向かい、大急ぎでいまのやりとりの一部始終をメモした。
二人目のヨギ・シンとの遭遇はこうして終わった。

その後について少し触れておく。
2019年に遭遇したヨギ・シンは、こちらから話しかけて正体を探ろうとしたら態度を硬化させて、その後二度と現れなくなってしまったが、このターバンの男は、その後も大手町〜丸の内〜日比谷エリアで占いを続けているようである。
その後もXでは目撃情報が寄せられている。

彼が言ったことが本当ならば、12月初め頃まで東京にいるはずだ。

そういえば、彼にWhatsappの番号を聞こうとしたら「やってない」と断られてしまったのだが、後日彼に遭遇したという人の話では、別れ際に「何かあったら連絡してくれ」とWhatsappの番号を渡されたという。
よほど私と関わり合いたくなかったのだろう。
怪しい占い師に怪しいやつだと思われた私の立場がないが、改めて読み返してみたら、そう思いたくなる気持ちも分かる。
ちょっとぐいぐい行きすぎたのかもしれない。

(続く)




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2023年11月24日

新たなるヨギ・シンの襲来!


(これまでのヨギ・シンに関する記事)



一応書いておくと、この「アッチャー・インディア」は、本来インドのインディー音楽を紹介するブログである。
ここ1ヶ月以上、謎のインド人占い師のことばかり書いているが、こうしている間にもインド本国では紹介すべき新曲やアルバムがどんどんリリースされていて、ネタが大量に溜まってきている。
12月には今年1年のシーンを振り返る記事も書きたい。

「謎のインド人占い師、ヨギ・シン」は生涯をかけて付き合っていきたいテーマだが、自分はもともと音楽について書きたい人間なのだ。
プラディープも帰国したし、また本腰を入れて音楽の記事を書こう。

そう思った私のもとに、あろうことか、また新たなヨギ・シンが出没したという情報が寄せられた。
ブログへのコメントを転載すると、こんな感じである。

先程会いました
2023/10/27 20:26
丸の内スタバ前!
お話をして、赤い木の実をもらいました。調べたところ菩提樹の実のようです。
特徴を検索したらここに至りました。ありがとうございます。
お布施もしましたが、よい時間でした。ナマステ
2023/11/13 19:41
今日の午後2時ごろに神田小川町交差点付近で声を掛けてきたおじさんが「ラッキーな顔だ。オーラが出ている」と近づいてきました。無視しましたが、これだったのですね。

Xにもこんな目撃情報が投稿されているのを見つけてしまった。





目撃した何人かとやりとりをしたところ、今度のヨギ・シンはターバンを巻いた中年男性であるという。
あきらかにプラディープとは別の人物だ。
これまでヨギ・シンの出没情報は神田や大手町ばかりだったが、今度は神田方面にも出没しているらしい。
徒歩圏内とはいえ、どうやら活動範囲を北に拡大しているようだ。


本来であれば、新しいヨギ・シンの出現は、その謎を追求している自分にとって願ってもいないチャンスのはずである。
彼らと実際に遭遇し、話をすることができる機会は滅多に得られないからだ。

とはいうものの、正直に言って、私は相手のペースに合わせて動かなきゃならないヨギ・シンの捜索に、ちょっと疲れてきていた。
いい加減そろそろ音楽について書きたいし、東京に来てくれるのはありがたいんだけど、できたら半年後くらいにしてもらえないかな。


ヨギ・シンに対して、こんなふうに思う日が来るなんて思ってもいなかった。
恋と同じで、相手のことをよく分からないまま追いかけているときが、いちばん楽しかったのかもしれない。
かつてのヨギ・シンはツチノコやネッシー級のミステリアスな存在だったが、今ではもう地域猫くらいの扱いである。
どこらへんに行けば会えるかだいたい分かっているけど、会えないときもある。
エサ(金)を渡せば一応相手はしてくれるが、完全に懐いて信頼してくれる訳ではない(エサ=金を渡し続ければ別かもしれないが)、という感じだ。

実際、しばらく新しい地域猫、じゃなかったヨギ・シンを放置していたのだが、SNSやブログへの情報は途絶えず、どうやらいっこうにインドに帰る気配がないようなので、11月18日の土曜日、休日出勤の仕事を終えた私は、若干めんどくさいなと思いながらも東京駅へと足を向けた。
別に行かなくても良いのだが、気にならないといえば嘘になる。
こんな気持ちは初恋以来かもしれない。


丸の内改札を出て、プラディープと遭遇したレンガ駅舎前の広場を見渡したが、それらしき姿はない。
これまでになかった神田方面への出没情報が気になるので、ひとまず丸の内から大手町を経由して、神田まで歩きながら捜索してみることにした。

この日はやたらと風が強く、薄手のコートではかなり肌寒かった。
こんなに風が強かったら、ヨギ・シンの商売道具の小さな紙はすぐ飛ばされてしまうだろう。
それにこの寒さは、歩いている人々の足を止めて屋外で占いをするには決してよい天気とはいえない。
時刻は16時半過ぎ。
彼はもういないんじゃないだろうか。
仕事で疲れていた私は、神田駅まで歩いてさっさと帰ろうと思いながら、ひとまず出没情報のあった将門の首塚に向かうことにした。

土曜日の大手町は人通りも落ち着いていた。
天気はともかく、ヨギ・シンのタネも仕掛けもある占いをするには、人の多い丸の内よりもやりやすそうではある。
将門塚の清掃員がヨギ・シンを目撃しているようだから、話を聞いてみようか。
でも土曜のこの時間じゃ、いないだろうな。
そんなことを考えながら、紀伊国屋書店と読売新聞本社の交差点を左に曲がり、高層ビルの合間にそこだけぽっかりと空いた将門塚のほうを見ると、所在無げに立っているジャンパー姿の男がいた。
清掃員か警備員かなと思ってよく見てみると、なんと男は臙脂色ターバンを巻いている!
ターバン姿の男は、中年から初老といった年齢で、白髪混じりの長い髭を蓄えた、どう見てもかなりヨギ・シンっぽい風貌である。

まさかの、いきなりの遭遇。
私は将門塚の道を隔てた向かい側で、さっきまで面倒臭いと思っていたのも忘れて、高鳴る鼓動を抑えつつ、気づかれないように男を目で追った。
そのターバン男は、人気のない将門塚から西側に歩くと、赤信号の横断歩道の前で立ち止まった。
どうやらこちらに道を渡って来ようとしているようだ。
ターバンに長い髭のシク教徒は、インドでは珍しくもなんともないが、東京のオフィス街ではかなり目を惹く格好だ。
首から上が特徴的なのに対して、服装はこれといって特徴のないグレーのジャンパーにスラックス。
場外馬券売り場にでもいそうな、地味でこだわりのなさそうな格好である。


信号が青になり、男が歩き始めた。
横断歩道で何人かとすれ違うとき、男は見定めるように視線を走らせたが、さすがに道の真ん中で声をかけるのをためらったのか、誰にも声をかけず、そのまままっすぐ進んでゆく。
気づかれないよう、彼の数メートル後ろから尾行する。
決して人通りの多い通りではないが、声をかけるのに困らないくらいの人は歩いている。
ヨギ・シンにとってはやりやすい環境だろう。

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彼はターゲットを物色するようにゆっくりと歩いてゆき、10メートルほど進んだところですれ違った男性に声をかけた。
ターバン姿の男は、自分の額を指さしながら何か話している。
おそらく「あなたの額からオーラが出ていた」とでも言っているのだろう。
間違いなくヨギ・シンだ。
声をかけられた男性は、胡散くさいと思ったのか、拒否のジェスチャーを示すと、足早に立ち去って行った。

彼は次のターゲットを探している。
今がチャンスだ。
私は歩くスピードを上げ、さりげなく彼と並んで歩く。
すると、予想通り彼は声をかけてきた。
「You have a lucky face.」

(つづく)



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2023年11月18日

ヨギ・シンとの遭遇を終えて


前回の記事:


若きヨギ・シン(そうは名乗らなかったが)ことプラディープとの遭遇を終えて改めて思ったのは、「結局よく分からなかった」ということである。
いろいろなことが聞けたものの、彼が言ったことが真実だったのかどうかは、分かりようがなかった。

最大の収穫は、彼の「トリック」が分かったことだ。
知ってしまえばなんてことのないトリックだが、その手法はじつに洗練されていた。
とくに、ずっと握っていた紙をすり替えたあとに、その紙をまた握らせて額にあてたり、息を吹きかけたりさせるところは秀逸だ。
いかにも不思議な力を発揮しているような印象を与えて、すり替えた時の動きを忘れさせる効果を生み出しているからだ。
ヨギ・シンが「この紙をずっと握っていたね」と一瞬紙を摘み上げたことを記憶していた人は、私の知る限りでは一人もいなかった。
プラディープ以外のヨギ・シンが別のトリックか本物の超能力を使っている可能性も否定できないが、いずれにしても非常によくできた心理学的手法である。


驚いたのは、プラディープが、かつて私が「ヨギ・トリック」(仮名)として紹介したマジックの手法を使わなかったことだ。
このトリックは19世紀のイギリスのマジックの本にも記録されており、その技の名前から、ヨギ・シンと関連がある技術であることはほぼ間違いない。
(誰もが見られるネット上でマジックの種明かしをするのは本意ではないので、テクニックの名前は仮名にしている)
もしこのトリックを使えば、彼はもっと簡単に相手の心を読む(ように見せかける)ことができるのだが、彼はまだ未熟でこの技を使うことが許されていないのだろうか。
それとも、ヨギ・シンは今ではもうこの技は使っていないのだろうか。

もうひとつ驚いたのは、かつてmixiに書かれていたヨギ・シンのテクニックに対する推察がほとんど正しかったということだ。
その内容を改めて抜粋しよう。

占い師は客の答えを、いちいち紙にメモしていきます。答え合わせの時に必要だからというのが建前ですが、目的は別にあります。答えを2回書いて、2枚のメモを作るのです。そのうち一枚を丸めて、客の手の中の紙と、こっそりすりかえます。

これはまさにプラディープが行っていたテクニックだ。
手で握っている紙をこっそりすりかえるなんてできるのか、とその時は思ったものだが、それを可能にするのが、前述の仕掛けである。

この時私は「答え合わせのときに必要だからと言ってヨギ・シンが答えをあからさまにメモするという話は聞いたことがない」と書いているのだが、間違っていたのは私の方だった。
実際、ヨギ・シンが答えを聞きながら紙にメモを取っていたという証言は、私の知る限りではない。
おそらくだが、「占い」が的中した驚きで、紙にメモを取るというあたりまえの行動の記憶はかき消されてしまうのだろう。
ここにも、彼らの巧みな心理的トリックがある。

ちなみにこのmixiに書き込んだ人物は、ヨギ・シンが性格判断として「あなたは考えすぎる」と言うとも書いていた。
これはまさに今回私がプラディープに言われた言葉だ。
2012年にヨギ・シンの秘密に相当迫っていた人物がいたのだ。
どこの誰かは存じ上げないが、ぜひ一度ゆっくり話してみたいものである。




話をプラディープに戻そう。
その後、彼の出身地だという「ファテガル・サーヒブ」を調べてみたところ、そこはシク教の巡礼地となっている有名な寺院だった。

「君が住んでいるのはここ?」とその寺院のページのリンクをつけて送ってみたところ、彼の返事は「No」。
別の街の名前が送られてきた。
鉄工業が盛んな以外これといって特徴のない郊外の街である。
彼は適当な街の名前を言っていたのだろうか。

よくよく調べて見ると、どうやらファテガル・サーヒブというのは寺院の名前であると同時に、その寺院がある街の名前でもあり、さらにその街がある県(district)の名前でもあるようだ。
彼が住んで街はファテガル・サーヒブ県の別の街で、その意味で「ファテガル・サーヒブ在住」と言ったのだろう。
とはいえ、その郊外の街に住んでいるというのが真実だという根拠もない。
結局は何も分からないままなのだ。

そういえば、彼とwhatsappの連絡先を交換した後、それまでほとんどなかった迷惑メッセージが続けて送られてきた。
インドとアメリカから、英語での求人を装ったメッセージと知り合いを装ったメッセージが3件来たのだだが、全てブロックしたところもう届かなくなった。
これが偶然だったのか、プラディープを通じて詐欺師に情報が漏れたのかは分からない。
分からないことだらけだ。

彼が住んでいる街についてのやりとりを終えた後も、プラディープに何度かメッセージを送ったのだが、今の所返事はない。
確かに、金ヅルでもなく、「占い」を信じているわけでもない私と連絡を取り合うメリットは彼にはない。
私が一瞬信じかけた「友情」は気のせいだったのだろうか。
それでも、ダメモトでたまに連絡をするようにしている。
そのうちまた気が変わって、返事が来ることがあるかもしれない。


ところで、最初に情報をくれたSIさんが仲の良いインド人に聞いたところによると、ヨギ・シンは「インド人コミュニティ界隈でも詐欺師として有名で、東京の警察には何度も通報されている」らしい。
東京在住のインド人にヨギ・シンのことを何度か尋ねたことがあるのだが、私のまわりでは誰も知らなかったので、この情報にもびっくりした。
まともに仕事をして海外で暮らしているインド人にとっては、やはり同胞の評判を下げるヨギ・シンは迷惑な存在なのだろう。
こうした評価を彼らがどう受け止めているのか、気になるところではある。



最後に、休日に「ちょっと謎の占い師探してくるわ」と言って外出する私を快く送り出してくれた家族と、プラディープとのアポイントのために早退させてくれた職場(さすがに理由は言ってないけど)のみなさんに感謝します。
直接言えっつう話ですが。


…と、ここで終わるはずが、事態は衝撃の展開を迎えた。
私のブログに、またしてもヨギ・シンらしき占い師と東京で遭遇したという報告が寄せられたのだ。

プラディープがインドに帰国したはずの10月16日から10日以上過ぎた10月27日、そして11月13日、さらにこれを書いている11月16日に、丸の内エリア、そしてこれまでに出没情報のなかった神田でヨギ・シンと思われるインド系の占い師に声をかけられたコメントやメッセージが相次いで届いている。
今度のヨギ・シンはターバンを巻いた中年だそうで、プラディープとは明らかに別人だ。

プラディープはかたくなに「一人で来日した」と言い張っていたが、もしかして彼は嘘をついていたのではなく、たまたま同時期にもう一人(あるいはもうひとグループ)のヨギ・シンが来日していたのだろうか。
それとも、プラディープが帰国してもなお日本で活動している同じグループのヨギ・シンがいるのだろうか。
もしかして、彼らは日本に住んでいる?

ますます謎は深まり、調査は続く。
だんだん音楽ブログであることを忘れてしまいそうになるが、いずれにしても乞うご期待!



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2023年11月06日

ヨギ・シンとの対話(後編)


前回の記事



ヨギ・シンたちは世界中を渡り歩いて、路上で人の心を読む「技」を披露する。
魔法のように見えるその技にはもちろんトリックがあるのだが、彼らは、それは瞑想による特殊能力で、マジックではなく本当に心を読んでいるのだという。
その主張を100%信じるならば、彼らはパンジャーブの寺で貧しい子ども達を養っていて、世界中で占いをしながら寄付を募っているのだ。

…冷静に考えると、かなり無理のある話だが、プラディープとの会話を通して、彼らはたとえそのトリックを見破られても「そういうことをする愚か者もいるが、俺は違う」と、その設定を絶対に崩さないことがわかった。
彼らの技は、あくまでもリアルだというのだ。

この感覚、どこかで覚えがあると頭をひねっていたら、思いあたるものがあった。
それはプロレスだ。
プロレスは、選手同士がお互いの協力のもと技を掛け合って見せるという極めてエンターテイメント性の強い「格闘技」(というか、格闘技の形を借りたエンターテイメント)だが、あくまで「真剣勝負」としてリング上で演じられる。
プロレスラーたちは、ときにスーダン生まれの「黒い呪術師」とか「シカゴのスラム街の用心棒」とか、現実とは異なる荒唐無稽なキャラクターを演じて、ファンを沸かせる。(ちなみに前者はアブドーラ・ザ・ブッチャー、後者は名タッグのロード・ウォリアーズ。彼らの出身地も肩書きも完全なフィクションだ)

現実にはありえない離れ業をリアルとして見せ、現実とは異なるキャラクターを演じ切るという意味で、ヨギ・シンはプロレスと全く同じなのである。

プロレスに関して言えば、総合格闘技ブームとミスター高橋による暴露本(プロレスには勝敗や筋書きの取り決めがあり、それがどのように決められるかを詳述した)によって、いわゆる「リアルファイト」ではないことがファンに知れ渡ることになった。
だが、それでプロレスというジャンルが滅びることはなく、ファンは今では「お約束」を分かった上で楽しむものとして受け入れている。

ヨギ・シンをプロレスに例えるなら、彼らが行っているのは、そうした裏を知られることなく、ファンに「最強の格闘技」だと信じられていた昭和の時代のプロレスということになるだろう。
当時からプロレスを八百長だと批判する人がいたように、ヨギ・シンもまた、彼らの世界観を共有しない世界中の人たちから、「詐欺」として非難されている。
確かに、頼んでもいない占いをいきなりしてきて、法外な金を請求されたら気分が悪いのも分からなくもない。
とはいえ、こうしたグレーゾーンの不思議さを味わう余裕なく詐欺師呼ばわりするのはなんだかちょっと悲しい気がする。
私がプロレスファンだからだろうか。

私はヨギ・シンの正体を暴き、そのトリックをネット上で晒してしまったわけだが、決して暴露本を書いたミスター高橋になりたいわけではない。
まだプロレスがうさんくさくていかがわしいものと思われていた(しかしファンは最強の格闘技だと信じて疑わなかった)1980年代に『私、プロレスの味方です』という本を出版した、作家の村松友視になりたいのだ。
いくらその謎を解いても、プロレスにもヨギ・シンにもなお到達できない永遠の謎がある。
夢が覚めても、夢が終わるわけではない。
だんだん何を書いているのかわからなくなってきたが、プラディープとの会話はまだまだ続く。



「それじゃあ君はメディテーションをして、カレッジで学んで、ときに海外に出かけて占いをして、お寺のためにお金を稼いでいるってわけ?」

「うん。コロナのときは大変だった。世界中でコロナが流行していたからね」

パンデミックの時期には海外に行くことができず、占いで稼ぐことができなかったと言っているのだろう。
まだ若い彼は、コロナ禍の頃は占い師ではなかったと思うが、コロナは彼の「デビュー」の時期にも影響を与えたのだろうか。

「じつはコロナの前、2019年にもこのあたりで君のような占い師に会ったことがあるんだ」

「日本でってこと? それはどんな人だった?」
と聞く彼に、当時遭遇報告をくれた人から送ってもらったターバン姿の男の画像を見せた。

「この右側に写っているターバンの人、知ってる?」

プラディープはしばらく私のスマホを凝視した後、

「知らないな。でも僕の先生なら知っているかもしれないから、聞いてみるよ。もし知ってたらあなたに伝える。この画面の写真撮ってもいい?」と彼は私のスマホの画像を撮影した。
撮影した目的は「自分たちが怪しまれて詮索されている」もしくは「自分たちとは別のグループが東京で活動していた」という事実をリーダー的な人物に報告するためだろう。
この写真を入手した経緯を伝えると、誰が撮影したのかと尋ねてきた。

「2019年のことだし、直接交流がある人じゃないから誰なのかは分からない。その人が君たちについてネガティブなことを言っていたわけじゃないよ。
でも、君のような占い師についてインターネットで調べると…そうだな、例えばグーグルで『シク 占い師』と検索すると、詐欺だと言っている人がたくさんいる。私はこういう状況が悲しいんだ」

「それ、見せてもらえる?」と身を乗り出した彼に、私は適当に検索して、ロンドンで、ターバン姿の占い師たちを詐欺として告発しているtiktokの映像を見せた。

「これは誰が言っているの?」

「分からないけど、ロンドンにいる人みたい。シクの占い師の詐欺だと言っている」

「これはシク教徒じゃないと思う。別の人たちだよ」

「とにかく、こういうのをシク教徒の占い師の詐欺だと言っている人もいるんだよ。
悲しいことだよ。あなたのことを詐欺師だといいたいわけじゃないけど」

「うん。こういう詐欺をする人もいるってことは知っている。寺もなければ先生もいないような人たちが、こういうことをしてお金を騙し取るんだ。明日国に帰ったら、寺の写真を撮って送るよ」

結論から言うと、彼からその写真は送られてこなかった。
論理的に考えれば、仮に彼から寺の写真が送られてきたとしても、それで彼のやっていることが詐欺ではないという証明にはならない。
彼の主張は「プロレスは八百長なんですよね?」と聞かれたときに、デスマッチでできた体じゅうの傷を見せて「この傷を見ろ!これでも八百長だって言うのか!」と答えた大仁田厚と同じ論法である。
大仁田の傷が本物だからといって、試合の勝敗が事前に決められていなかったことにはならないし、彼が寺の写真を送ってきたからといって、彼が本当のことを言っているかどうかは分かりようがない。

ここで注目したいのは、少し前に彼が「詐欺師たち」を「別の寺の人たち」だと言っていたのにもかかわらず、今度は「詐欺師たちはシク教徒ではなく、寺も師匠もない人々だ」と言っていることだ。
彼は、自身も(そう呼びたくはないが)詐欺師であるにもかかわらず、詐欺師の悪評をできるだけ自分のコミュニティから遠ざけようとしているのだ。
ナイーブすぎるかもしれないが、この言葉には少し胸が痛んだ。
プロレスに例えれば「なかには八百長をする選手もいる。うちの団体にはいないけどね」と言わざるを得ないプロレスラーの心境といったところだろうか。
別に悪いことをしているわけではないのだが、思わず彼をフォローする言葉を発してしまった。

「あなたを詐欺師だって言いたいわけじゃない。あなたは誠実な人でしょう」

「オーケー」

「あなたはまだ若い。上の世代の占い師は変われないかもしれないけど、あなたはこれから他のものになることだってできる」

率直に言うと君はいい奴だし、君みたいな人が詐欺師呼ばわりされるのは私も辛い、と続けようとしたのだが、彼は遮って、

「上の世代にはすごく力のある人たちもいる。何も必要としないで、ただ見るだけで相手のことが分かる人もいるんだ」

と自信を持って返してきた。
私にトリックを見破られているのに、彼は「自分たちの占いはリアルだ。俺はしくじったかもしれないが、先輩たちは本当にすごいんだ」と答えたのである。
総合格闘技の試合に負けたときのプロレスラーのような発言である。
それとも、もしかしたら本当に超能力が使える占い師がいるのだろうか?

「本物の占い師もいるのは分かるよ」

「うん」

「でも、他に詐欺師もいるでしょ」

「いろんな人がいる」

「ところで、どうして占いをする場所としてここを選んだの?」

「日本ってこと?」

「いや、このエリア(丸の内・大手町)のこと。はっきり言って、ここはベストな選択だよ。このあたりには大きい会社も多いし、お金持ちの人も多い。誰かがアドバイスしたの?」

2019年にこのエリアにヨギ・シンが出没した時から、私は日本に彼らをサポートし、助言している存在がいるのではないかとにらんでいた。
おそらくそれは、彼らと同じコミュニティ出身の、別の仕事をしている(例えばIT系のエンジニアとか)仲間なのではないかと考えている。
パンジャーブにルーツを持つシク系移民は世界中に散らばっている。
この説には自信があるのだが、プラディープは尻尾を掴ませるようなことは言わない。

「このあたりは英語を話せる人が多いからね。他の地域にも行ったけど、他の地域では英語を話せる人はほとんどいないから」

彼はこう答えたが、私が知る限り、これまで日本で丸の内、大手町、銀座以外の場所でヨギ・シンの出没報告が寄せられたことはない。
彼らは試行錯誤せず、最初から丸の内を選んでいた。
ここがベストだと彼らに助言した、東京に詳しい人間が背後にいるはずなのである。
彼らの「仲間」について、もう少しつっこんで聞いてみる。

「今回、日本には一人で来たの?」

「そうだ」

前回会った時と同じ回答だが、これは明確に嘘である。
彼の出没とほとんど時を同じくして、このエリアで中年のターバンを巻いた占い師との遭遇報告も寄せられている。

「この近くで、もっと年配のターバンを巻いた別の占い師を見たって言う人もいるよ。君の家族か友達じゃないの?」

「知らないな。さっきの写真の人のこと?」

「違うよ。あれは2019年に撮られた写真だ。写真は持ってないけど、最近そういう占い師に会ったって言っている人がいる。
50歳か60歳くらいのターバンを巻いた人に会って、貧しい人は5,000円、ミドルクラスは10,000円とか書いた紙を見せられたって。それで1万円払ってルドラクシャ(菩提樹の実)をもらったっていう人がいるんだよ。あなたの知り合いじゃないの?」

「いや、まったく知らないね」

「本当に?」

「本当だ。まったく知らない。このエリアで会ったのか?」

「そう。このエリアでターバンを巻いた占い師に会ったっていう人がいるんだ。SNSで見かけたんだよ」

「オーケー」

ここで私は、彼がオーケーと答えるとき、どこか自信のなさが漂っているということに気づいた。
「もしその人の写真があるなら、先生に聞いてみる。写真はあるの?」

「その人の写真はないんだけど、その人がくれたルドラクシャ(菩提樹の実)の写真はアップされているよ」

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その遭遇者の方は、数日前に丸の内で会ったターバンを巻いた占い師に1万円を払い、このルドラクシャを「寝室に置くように」と渡されたのだという。
プラディープはこの画像も自分のスマホで撮影していた。

これ以上この話題を突き詰めても得られるものがなさそうなので、先日彼が見せてくれた「先生」の写真について、気になっていたことを聞いてみた。

「こないだ見せてくれた君の先生の写真だけど、ターバンを巻いていなかったよね? シク教徒っぽくなかったけど彼はヒンドゥーなの?」

「彼らは宗教を持っていないと言っている。ヒンドゥーでもシクでもないんだ。だから僕も先生がヒンドゥーなのかシクなのかムスリムなのか知らない。
人間は、生まれた時はシクとかヒンドゥーとかムスリムとか関係なく、ただの人間だ。でも人々には寺があって、ある人はシクだとか、ある人はヒンドゥーだとか、ある人はムスリムだとかいう。まるでジャーティーみたいにね」

プラディープは最初に「彼ら(they)」と言ったが、確かにインドにはこうした特定の宗教に依拠しない精神的指導者がいる。
彼の師匠もそうした導師の一人だと言いたいのだろう。
「ジャーティー」というのはカーストに基づく職能集団のことで、インドには、これによって優越感を持ったり差別したりする因習(われわれがイメージするいわゆるカースト制度)がいまだに残っている。

「じゃあこの先生は、宗教の指導者ではなく、精神的な指導者ってことだね」

「そう。彼らは神はひとつだと言っている」

「そういう考え方は好きだな。特定の宗教は信じてないけど、神の存在は信じているから」

「うん、いい考え方だね」

彼の精神的な「師匠」が実在するのかどうかは分からないが(それっぽい適当な写真を使っている可能性も高い)、このあたりの考え方には彼の本音が見え隠れしているようにも聞こえる。
インドの伝統的な思想のひとつであり、また現代的に言えばかなりリベラルでもあるこうした考え方は、彼の雰囲気に合っているように感じた。
ここでもうひとつ、以前からずっと気になっていたことを聞いてみた。

「ところで、君たちみたいな占い師は、ほとんどの人がヨギ・シンと名乗っているよね」

「ヨギは『ヨガをする男』(ヨガ・マン)という意味だ。それは名前じゃなくて、ただのヨガという意味だよ」

「つまり本当の名前じゃないってことだね」

「そうだ」

「シンはシク教徒の男性がみんな名乗る名前だね」

「そう。つまりヨガ・マンという意味だ。名前じゃなくて、ヨガをやっている、メディテーションをやっているということだ」

「ヨギ・シンというのがこの占いをするシク教徒の名前だと思っている人はたくさんいるよ」

「あなたはスマホやインターネットでいろんなことを見て詐欺だと思っているようだね。僕も先生から詐欺をする人もたくさんいると聞いているよ」

ところで、今気づいたのだが、彼が使っている「瞑想(メディテーション)」という言葉は、「ヨガ」の訳語なのではないだろうか。
ヨガはもともと哲学であり瞑想法だが、日本や西洋ではエクササイズとしてのイメージが強い。
このあたりの誤解を招かないように、彼はメディテーションという言葉を選んでいるのかもしれない。
そのことに気づいている彼は、ヨギ・シンと名乗らなかったのではないか。
ヨギ・シンという名前についての会話から、話題はだんだんと彼の出自へと移っていった。

「君はずっと寺に滞在しているの?」

「うん。僕は寺で生まれた」

「それで君は今も寺のために働いているというわけだね」

「そう。そこは保護施設(シェルター)のようなところでもあるんだ」

「子ども達のための保護施設っていうこと?」

「そうだよ」

「デリケートな話題でごめん、君は両親なしで育ったの?」

「うん。両親ともいなかった。僕は両親を知らないんだ」

「それは大変だったね」

「今はそう感じていないけどね」

昨日は「占いは先祖代々の家業だ」と言っていたプラディープが、今日は自分は孤児だったと主張している。
どちらが真実かは分からないが、身寄りのない子どもたちが瞑想による超能力を身につけた導師がいる寺で育ち(じつはそれはトリックのある技術なのだが)、その技を身につけて世界中を旅して寺院の運営資金を集めているというのは、なんだかタイガーマスクみたいな話ではある。
しかし、この話を続けていると、そのうちお金を要求されそうなので、話題を変えてみる。

「そういえば、カナダでシク教のリーダーが殺されて、インドとカナダの間で国際問題になっているよね。インド政府が彼を殺したと言っている人もいるみたいだね」

今年6月にカナダで起きたシク教指導者ハルディープ・シン・ニジャールの暗殺事件について、彼に話を振ってみた。
この事件を受けて、カナダのトルドー首相は、ハルディープ師が「カリスタン運動」に関与していたためにインド政府によって暗殺されたとほのめかし、両国の関係は一気に険悪化した。
カリスタン運動とは、パンジャーブにシク教徒の独立国家建設を目指す動きのことだ。
この運動の支持者にはテロ行為も辞さない過激派もいて、彼らは1984年には弾圧への報復として時のインド首相インディラ・ガーンディーを暗殺し、1985年に329人が犠牲になったエア・インディア182便爆破事件を起こしている。

「そうだ。シク教徒を殺したと言ってカナダ政府がインドを批判したことで、問題になっている」

「このことについてどう思う?」

「カナダ人のこと? カナダの政府には好感を持っているよ。インドの政府は、シク教徒やムスリムを殺して、インドに住んでいいのはヒンドゥー教徒だけだと言っている。これは良いことじゃない」

インドの与党であり、モディ首相が所属するインド人民党(BJP)はヒンドゥー至上主義を基盤としており、とくにムスリムを排斥する傾向があるとして国内外からの批判を受けている。
しかしシク教とBJPの関係は決して険悪ではないと聞いていたので、この辛辣な批判には驚いた。

「BJPはかなりヒンドゥー至上主義的な政党だよね」

「うん。だから僕らはカリスタン(シク教徒による独立国家)が欲しいんだ。ヒンドゥスタン(インド)とパキスタンが分離したようにね。
パキスタンとヒンドゥスタンが分裂したとき、僕たちシク教徒は新しい国を作ることもできた。でも僕らは断ったんだ。インドと別々になりたくはないと言ってね。でも今になってインド政府はヒンドゥーこそが宗教だという。だから僕らはインドからカリスタンを分割したいと思っているんだ」

カナダのシク教徒ギャング団による資金が、カリスタン運動に流れているという話もある。
海外でグレーな活動に手を染めるヨギ・シンの一派も、こうした思想を持っているのだろうか。

「あなたはカリスタン運動を支持しているの?」

「いや、支持しているわけじゃないよ。僕がインドに住んでいること自体はとてもいいことだ。でももし政府がヒンドゥー教だけが宗教だと言ったら、それは良くないことだ。
僕らが政府に言っているのは、宗教はヒンドゥーだけじゃないということ。僕らは一つだ。シクもムスリムも平等だと言っている。宗教なんて意味はない。みんな人間だ」

今ひとつ彼の思想がわかりにくいが、前半の発言は、シク教徒の一般論としてのカリスタンに対する考え方で、後半が彼の個人的な意見ということだろうか。
それとも、思わず出てしまったカリスタン支持を隠そうとしているのかもしれない。

「1947年の分離独立のときにパンジャーブ地方も印パ両国に分割されたよね。分離独立の時、たくさんのシク教徒がパキスタン側からインドに移り住んだって聞いている」

「そうだ。僕もパキスタンから来た」

21歳の彼がパキスタンから移住してきたとは考えにくいから、彼の両親や祖父母がパキスタンから来たと言いたいのだろう。
だが、少し前に「両親を知らない」と言ったこととの矛盾に気がついたのか、彼はこう言い直した。

「僕の、僕の、えーと、僕の先生は、僕らはパキスタンから来たと言っている」

「僕ら」というのが、彼のコミュニティを指しているのかどうか定かではないが、これは興味深い情報だ。
なぜなら、ヨギ・シンの正体と目される'B'というコミュニティは、もともとその多くが現パキスタン領内にあるシアールコートという街に住んでいたと言われているからだ。

「パキスタンのどこから来たの?シアールコート?」

「いや、いや。分からない。ただ、僕の先生は僕らはパキスタンから来たと言った。
僕の両親もそんな感じだと言っていた。でも僕は両親は知らないから」

彼の回答はあいかわらず要領を得ないが、私が少し質問を急ぎすぎたのかもしれない。
昨日会ったときから、彼は明確に'B'のコミュニティの一員であることを否定していた。
私の質問の意図を感じ取って、うまくかわした可能性もある。

「じゃあ君は、自分のジャーティーを知らないんだね」

「そうだ。でも僕の先生は僕はシク教徒だと言った。だから僕は髪を切ってないんだ。髭は短くしているけどね」

彼の髪は肩くらいまでの長さで、髭は5ミリくらいに揃えられている。
シク教には、髪も髭も神から与えられたものであるから切ったり剃ったりしてはいけないという戒律がある。
今では全員が厳密にその教えを守っているわけではないが(髭や髪の手入れをしている人も多い)、彼が「髪を切っていないんだ」と言ったとき、その言葉は誇らしげに聞こえたし、「髭は短くしているけど」と言った時はすこしバツが悪そうに見えた。
「グッドルッキングだよ」というと、彼は照れくさそうにありがとうと言った。

ふと腕時計を見ると、彼がここを離れる時間だと言っていた17時を回っていた。
まだまだ聞きたいことはあったが、これから飛行機に乗って帰国するという話が本当なら、あまり引き止めるわけにはいかない。

「もうそろそろ行かなきゃいけないんじゃない?」

「あと5分くらいは大丈夫だよ」

この返事には正直驚いたし、ちょっと感動した。
私は彼に占いを見破ったと言い、彼が隠そうとしていることをあの手この手で暴こうとしている。
私が彼の立場だったら、一刻も早く立ち去ろうとするだろう。
プラディープは私に、少しは親しみや安心感を感じてくれているのだろうか。
残りの時間で、聞きたかったことをできるだけ聞いてみよう。

「女の人は君みたいな占いはしないの?」

「女の人?しないね。僕の寺では女の人はしない。他の寺は知らないけど。あなたは女性の占い師の写真を持っているの?」

「いや、持ってないし私も知らない。ニューヨークとかシンガポールとかロンドンであなたみたいな占い師に会ったという人は、みんな男性だったというから聞いたんだ」

「そう、男の占い師だけだ。ロンドンに行ったことある?」

「ないよ。インドには5回行ったことがあるけど、ヨーロッパには行ったことはない。インドのほうが好きだな」

「ナイス。いつインドに来るの?」

「次?たぶん来年かな。最後に行ったのは10年くらい前だから、もうずいぶん前になる。今度は家族も連れて行きたいよ」

「いいね」

「インドからいろんなことを学んだよ。日本にはインドの文化が好きな人がたくさんいるよ。ボリウッド映画のファンもね」

「日本人はインド人が好きなの?」

「うん。たくさんのインド料理屋さんもあるし、インド映画のファンもたくさんいる。最近『パターン』っていう映画を見たよ」

「シャー・ルク・カーンだね」

インド映画やK-Popについての本当に他愛のない話をしているうちに、いよいよ彼が立ち去らなければいけない時刻が来てしまった。
別れの挨拶の前に、リラックスして雑談できたのは、良かったと思う。

「ありがとう。会えてよかった。ペンもありがとう」

「これからも連絡を取り合おうね」

「ハバナイスデイ、グッバイ」

雑踏に消える彼を見て、私ははっと気づいた。
彼は今日、一度もお金の要求をしなかった。
お金のためでないなら、どうして私に会ってくれたのだろう。
彼の正体を探ろうとしている人物に会っても、彼にメリットはひとつもない。
途中で話を切り上げて去ることだってできたはずだ。
もしかして、プラディープは本当に友情のためだけに会ってくれたのだろうか。
そんなふうに考えるのはさすがにナイーブすぎると思うが、もしかしたら。

21歳の若さで、自分の腕とハッタリだけを頼りに異国な街でグレーな仕事をして生きる彼の心境を想像してみる。
警察沙汰になるリスクもあるし、うまくいっても詐欺師呼ばわりされる仕事は、決して誇らしいわけではないのだろう。
5年後、10年後も、彼はまだこの家業を続けているのだろうか。
ヨギ・シンという存在が世界中からいなくなってしまう未来を想像するとさみしい気持ちになるが、プラディープにずっとこの生き方をしてほしいとは思わない。
インドに帰った彼は、東京をどう思い出すのだろう。



ところで冒頭部分で、プロレスの本質はエンタメであると書いたが、ではプロレスには戦いがないのかというと、そんなことはなくて、それは間違いなく存在している。
(もうこの話題はいいよと思っている人がほとんどだろうが、もう少し続けさせてもらう)
プロレスの根底にはガチの格闘技がある。
華麗な空中殺法でファンを魅了した初代タイガーマスク(佐山サトル)はその後シューティング(リアルファイト)へと進み、日本にアメリカ的ショープロレスを持ち込んだ第一人者である武藤敬司は道場でのガチンコ勝負でもめっぽう強かったという。
世界各地に出没しているヨギ・シンのほとんどが、占い師としてはフェイクだったとしても、彼らの中には本物の超能力者もいるのかもしれない。
「上の世代にはもっとすごい人もいる」
と断言したプラディープの言葉には、もしかしたらと思わせる力強さがあった。
はたして、さらなる強力なヨギ・シンが来日することはあるのだろうか。

(つづく)


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2023年10月29日

ついに実現! 若きヨギ・シンとの対話


前々回の記事:



前回の記事:


これまでのヨギ・シン関連記事:



若きヨギ・シンことプラディープ君(仮名)とのアポイントは結局日曜日では都合がつかず、月曜の午後3時半に、前回と同じ東京駅前で再会することになった。
午後10時羽田発の飛行機に乗るという彼がその前に時間を作ってくれたのだ。
東京駅にしたのは、きっと今日も丸の内〜大手町エリアで「占い」をしている彼が来やすいようにと気遣ってのことである。
ほぼ詐欺師の占い師に気を遣うのもバカバカしいが、「めんどくさいからやっぱり会うのやめた」と思われてはかなわない。
自分はこの機会を10年待っていた。
とはいえ、夢にまで見たヨギ・シンとの再会の約束を喜んでいたのは前日までの話だ。

東京駅に向かう私は、すっかり憂鬱な気持ちになっていた。
会えば必ずまたお金の要求をされるだろう。
前回は不意打ちのような形でいろいろ聞き出すことができたが、今回は向こうも十分に心の準備をしてくるはずだ。
彼が私に会う理由はひとつしかなく、それは私を金ヅルだと思っているからだ。

whatsappで約束の日時を調整している間も、彼は「会ったら私の寺を助けてくれるか?」とか「会ったら贈り物をくれるよね」というメッセージを送ってきていた。
ノーと答えれば来ないだろうし、イエスといえばしつこく要求してくるだろう。
「考えておくよ」とか「会えるのを楽しみにしてるよ」とか適当にはぐらかしたものの、この曖昧な返答が彼の中でイエスと解釈されている可能性もある。
さらには「どうして僕に会いたいんだ?」という至極もっともな質問もしてきた。
「こないだも言ったけど、私はインドもインド人も好きなんだ。君が生まれる前のインドで撮った写真も見てもらいたい。つまり友情のためだよ」
と送ると、彼は初めて笑顔とグッドサインの絵文字を返してきた。

このやりとりの過程で、彼がまだ21歳であることも分かった。
「私はその歳の頃にインドに行ったんだ」
と伝えたのは、インチキ占い師である彼に、自分が運命論的なものを信じているように見せて、関心を持ってもらう(要は、インチキ占いを信じる可能性があると思ってもらう)ためだ。
いろいろ聞かせてもらう代償に、まったくお金を払わないというわけにもいかないだろう。
今回は財布の中に千円札を3枚だけ残して、残りをかばんの奥にしまっておいた。


日本人らしく定刻前に東京駅に着いた私は、プラディープに駅前で待っているというメッセージを送った。
しかし10分待っても20分待っても返信はなく、返信がないどころか既読にすらならならない。
相手はインド人だし、待たされるのは覚悟していたが、ここまで無視されるとさすがに不安になる。
「今どこ?」と送っても、通話機能で連絡をしても、なんの返事もない。

「東京駅前」というかなりざっくりした場所を指定した自分が悪かったのだろうか?
Wi-Fiが繋がらなくて連絡がつかないとか?
駅前広場をくまなく探してみたが、やはり姿はない。
30分を過ぎた頃、ようやくスマホが振動した。
「今どこにいる?」
プラディープからのメッセージだ!
周囲の画像を撮って「ここにいるよ」と送ってからさらに数分が経った頃、先日と同じ人懐っこい笑顔でプラディープがやってきた。
今日も片手に革の手帳(例の占いの時に使ってたやつだ)だけを持ったほぼ手ぶらスタイルだ。

通り一遍の挨拶のあと、さっそく気になった点を尋ねてみた。

「今日、日本を発つんだよね? ところで荷物は?」

「部屋に置いてある」

「近くのホテルに滞在してるの?」

「ここから2、3駅のところ。巣鴨のホステルに泊まってる。今4時半だから、5時には行かないと」

「それなら宿に近い巣鴨で話そうか?」

「5時にこの近くで別の人に会わないといけないんだ。だからこのへんで話そう」


東京駅から羽田空港に行かなきゃいけないのに、巣鴨に戻るのは逆方向だ。
この日に日本を発つという話や、5時に別の約束があるというのが本当なのか、ちょっと怪しい。
でも「ホテルに泊まっているのか?」という問いにわざわざ「ホステル(安宿)」と答えている点には若干のリアリティがある。

初めに書いておくと、私の質問に対する彼の回答は、どこまでが真実で、どこまでが嘘なのか、いまひとつ分からない。
明確に嘘だと分かる発言もあれば、もしかしたら本当かもと思わせる部分もあったし、これは真実だろうと確信できる部分もあった。
今回のインタビュー(というか会話)は、まずは彼の言葉を否定せず、私の質問に対してどう答えるのかを探るという趣旨で行った。
できれば彼とは今後も関係を維持して、ヨギ・シンのさらなる真実が知りたい。
明らかな嘘であっても、今回はそこを追求するのではなく、彼が何を隠そうとしているのか、どうはぐらかすのかをまずは知りたかった。
ともあれ、2日前と同じように、東京駅前広場のベンチに腰を下ろして、会話が始まった。


「これはすごく小さな贈り物だけど、このペンはすごくスムースに書ける。
君は占いのときに心を読んで紙に書くでしょ。だからこれ使って」

「ありがとう」

彼からの「贈り物をくれるよね」という要望に、若干の皮肉を込めてジェットストリームの4色ボールペンを渡したところ、思いのほか素直な反応が返ってきた。
「これだけか? 他にはないのか?」とか言われると思っていたので、これは肩透かしだった。
このプレゼントは今日の対面が物やお金の要求に終始するのか、それともまともな会話ができるのかを探る試金石のつもりだったのだが、これはいい兆しだ。
続いてもう一つ、反応を探るための質問をしてみた。

「もう一度君の寺の写真を見せてもらって良い? 寺の名前を教えてもらえる? 情報をみんなにシェアしたいんだ。お寺のウェブサイトはあるの?」

「(田舎にある)村の寺だからウェブサイトなんてないよ。でもFategarh Sahibで検索してくれたらいい。その近くにある寺だよ」

彼はおととい見せてくれた子どもたちとターバンの男たちが写った写真を見せてくれた。
聞いたことがない地名が出てきたので、手元のノートに綴りを書いてもらう。
ヨギテンプル

「ファテガル・サーヒブね。これはアムリトサルにあるの?」

「そうだ。アムリトサルの近くだよ」

「この写真、撮影させてもらっていい?」

「なんで僕の寺の写真を撮りたいんだ?」

「ツイッターとかインスタでシェアしたいんだよ」

「そうか。この写真はシェアしてもOKだけど…他の情報はインターネットでシェアしないでくれ」

申し訳ないが、そう言われたけどいろいろ書いてしまっている(本名や彼の写真を載せるつもりはないけれど)。
もし彼が本当にまっとうな寺や孤児院のための寄付を募っているのなら、訝しんだりしないで、寺の名前や情報、寄付の方法などを喜んで教えてくれるはずだ。
もともと寺への寄付というのは作り話だろうと思っていたが、やはり嘘なのだろう。
あとで調べたところ、ファテガル・サーヒブという街は実際に存在していて、シク教の巡礼地になっている同名の大きな寺院がある。
しかし実際はその街はアムリトサルからは200キロも離れていて、とても「アムリトサルの近く」と言える場所ではない。
前回彼はアムリトサル出身だと言っていたので、これは明らかに矛盾している。
出身地については毎回その場しのぎの適当なことを言っているのだろう。
そして、「他の情報をインターネットに書き込まないでくれ」と言っているということは、彼は自分たちの行動を「知られては困ること」だと自覚しているのだ。

あまり突っ込みすぎても警戒されるだけだろうから、事前のやりとりで伝えていたように、学生時代にインドで撮影した写真を見てもらいながらしばし雑談に興じてから、また質問を続けてみた。

「日本の次はどこに行くの?」

「インドに帰る」

「パンジャーブに帰るの? 君の村に?」

「そうだ。寺に帰る。アムリトサルの近くの」
(前述の通り、彼の寺はファテガル・サーヒブはアムリトサルからは遠い)

「君は寺に住んでいるの?」

「そうだ。寺に住んでいる」

「そこで瞑想をしてるの?」

「そうだよ」


この部分もかなり怪しいと思っているのだが、彼にとって「寺で暮らし、瞑想に生きる男」という設定は譲れない部分らしい。
ここで以前から聞きたかった質問をぶつけてみた。


「世界には君みたいな占いができる人は何人ぐらいいるの?」

「世界中で? わからないなあ。僕らの寺はひとつだけじゃないからね。
ある人は別の寺に所属しているし、またある人は別の寺に所属している。
僕らの寺には瞑想や他の術ができる人が5人いる」

前回同様、私は彼の「占い」のことを英語でフォーチュンテリングと呼んでいるが、彼はずっとメディテーションという言葉を使っている。
ここにも彼のこだわりがあるようだ。

「君の家族には何人くらい占いができる人がいるの?」

「僕の家族? できる人はだれもいないよ。
僕は寺に住んでいる。僕らは寺で生まれた。別のところに住んでいる先生や友達がいるんだ」

「お父さんは占いをしないの?」

「僕は父を知らない。僕は寺で暮らしている」

「他の瞑想を学んでいる生徒たちは占いができるの?」
(彼が使っていたメディテーション・スチューデントという言葉を使ってみた)

「何人かの敬虔な(holy)魂を持っている人は、瞑想をすると祝福されて(blessed)、この技術が使えるようになる」


彼が本当に寺で暮らしているかどうかは不明だが、何人もこの「占い」の師匠(彼はティーチャーと呼んでいた)がいて、プラディープの寺(派閥)には5人のヨギ・シンがいるというのは、なんだかありそうな話に聞こえる。
一方で、彼の父親を知らないという発言は、前回の対面時に聞いた「この占いは代々の家業(puchtani)」という話と明らかに矛盾する。
前回の話が真実だったとすれば、彼に家族と占いとの関係を隠す意図があるということだ。

「君はとても若いよね。今21歳?」

「そう」

「これから君は何をするの? 君はカレッジにも通っている?」

「どんなカレッジのこと?」

「つまり、カレッジに通って瞑想以外のことも学んでいるの?」

「僕は薬学とか物理学も学んでいるよ」

正直に書くと、プラディープがここでPharmacy(薬学)あるいはPharma(製薬)と言っていたのを、私は農家(farmer)と聞き違えていたようだ。
そのため私は「農業はパンジャーブの文化だよね」とか「ファーマーになるんだね」とかトンチンカンな発言をしてしまい、彼もイエスと答えながらもちょっと困惑していたようだった。
間違いに気がついたのは後になってからのことだ。

ともかく、彼がカレッジで薬学や物理学を学んでいるというのは、リアリティがあるように思える。
もし彼が神秘的な占い師としての印象を強くしたいのなら、ずっと寺で瞑想をしているという回答をしたはずだ。
カレッジで学んでいる内容について詳しく聞かれるかもしれないのに、ここで嘘をつくメリットは彼にはない。
そして何より、彼のたたずまいは、流浪の占い師ではなく、ふつうのインドの大学生っぽかった。
ずっと路上で後ろ暗い生き方をしてきた者が持つ影が、彼には全くない。
ここで私はズバッと、彼の最大の秘密を知ってしまったことを伝え、そのリアクションを観察してみることにした。

「悪く思わないでほしいんだけど、私には君の占いのトリックが分かってしまった。
おとといの占いの時、君が私の手の上で紙をすり替えるのを見たんだ」

世界中で「占い」をしてきたヨギ・シンたちが、ずっと見破られなかった秘密を本人に突きつける。
さすがに逃げられてしまうかもしれない。
そうしたらどう引き止めて会話を続けようか。
だが彼は立ち去ることも沈黙することもなく、あまり表情を変えずに、すぐにこう答えた。

「Oh. いったいどうやってすり変えたっていうんだ?」

「私が紙を握ったあと、君に名前や誕生月や望みを教えたね。そのあと、私が手を開いたときに、君は『これがあなたが握っていた紙だね』と言って一度その紙を手に取った。そのときに君が紙をすり変えたのを見たんだ」

彼はあからさまにうろたえたりはしなかったが、どうにかして内心の動揺を隠しているように見えなくもない。

「いや、そんなことはしていない。
私たちには2種類の人間がいる。ある人たちはそういうことをするけど、他の人たちはしない。僕はしないんだ。さっき言った通り、たくさんの寺があって、いい寺もあるし、そうじゃない寺もある」

明らかに手の内がバレてしまっている状況でも、彼はあくまでも瞑想によって人の心を読むことができるというキャラを変えるつもりはないようだ。
こちらも、そういうリアクションをするのだということが分かれば、ひとまずは十分だ。
必要以上に警戒されることは望んでいない。

「悪く思わないでくれ。どっちにしろ私は別に気にしていないから」

「オーケー」

「私はただ、君みたいな占い師が世界中に出没していると知って、いったい何者なのか、何人くらいいるのかを知りたいだけなんだ」

「オーケー。アムリトサルに来て、僕の寺を見たらいいよ」

彼のオーケーという返事にあまり元気がないように感じたが、会話を打ち切って逃げられてしまうようなことはなさそうだ。
どうやら、彼は自分の占いのトリックが見破られているにも関わらず、「自分は良い占い師で、他に悪い奴もいる」というストーリーでこの状況を乗り切ろうとしているようだ。


(つづく)


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2023年10月22日

ヨギ・シンとの対決(その2)


(前回までのあらすじ)
世界中に出没する謎のインド人占い師ヨギ・シンが再び東京に出没したという情報を得た私は、捜索の末、ついに本人との遭遇を果たした。
そして、世界を騙し続けて来た彼のトリックを見破ることに成功する。

前回の記事:



「見てくれ、これがインドにいる僕の瞑想(メディテーション)の先生だ」
(グルという言葉ではなく、ティーチャーという英単語を使っていたと記憶している)

彼が手帳から取り出した写真には、長髪に長い髭をたくわえたインド人男性が映っていた。
ターバンも巻いておらず、ヒンドゥー教の行者のように見えるが、額にシヴァ信仰やヴィシュヌ信仰を示す印はない。
インドでは決して珍しくはない修行僧風の格好だが、知らない人にとっては何かすごい仙人のように見えないこともないだろう。
要するに、彼はこの師匠のおかげで人の心が読めるようになったと言いたいらしい。

ここまでは彼のペースで話に付き合ってきたが、そろそろこちらが質問する番だ。
怪しまれないように、基本的なことから確認する。

「君はインド人なんだね?」
「そうだ」
「私はこれまで5回、インドに行ったことがある」

これは、今まで多くのインド人と話してきたやりとりだ。
彼が不審がることはないだろう。
案の定、彼は他のインド人と同じように私に聞き返してきた。

「行ったことがある場所は?」

「デリー、アーグラー、ヴァーラーナシー…」
訪れたことがある街の名前を羅列し始めると、彼はすぐにさえぎって、「僕はデリーの近くから来た」と答えた。
感じの良い笑顔を浮かべているものの、会話を楽しみたいというより早く話を先に進めたいようだ。
気づかないふりをして質問を続けた。

「デリーの近くってどのあたり?」
「パンジャーブだ」
「へえ、パンジャーブは行ったことがないな。いつか行ってみたいよ」

その言葉には答えずに、彼は手帳からもう1枚の写真を取り出した。
大勢の子供たちのまわりに、ターバンの男たちが映っている。

ヨギテンプル



「これが僕の寺院(マイ・テンプルと言っていた)。ここで親のいない子どもたちを支援している」

お決まりの展開だ。
彼が寄付を募ってくることは分かっていたが、こちらにも聞きたいことはたくさんある。

「あなたはシク教徒なの?」
「そうだ」
「つまり、この寺院(テンプル)はグルドワラ(シク寺院)なんだね」

グルドワラという、普通の日本人がなかなか知らないような単語を言ったらどんな反応をするか試してみたのだが、彼はペースを崩さず、

「そうだ。彼らはターバンを巻いているだろう」

と応じた。
シク教はパンジャーブで生まれた宗教で、男性が巻くターバンはそのシンボルだ。
しかしこの話を続けるつもりはないらしい。

彼は話の流れを無視してメディテーションやカルマの話題を出すと、口の中で私の名前が入った短い呪文のようなものを唱えた。
はっきりとは聞き取れなかったし、そもそもシク教の祈りの言葉がどんなものか私は知らないのだが、その祈りには、シヴァとか、いくつかヒンドゥー教っぽい単語が含まれていたように思えた。
私のために祈ったということなのだろうが、その短い祈りはいかにもとってつけたようで、説得力もありがたみも感じられなかった。

「ぜひ僕の寺院のために喜捨をしてほしい。お金を払ってくれたら、あなたにもっと大きな幸せが戻ってくる」

予想通りだ。
彼の機嫌を損ねないため、そして彼の「芸」へのリスペクトとして、多少のお金を払う覚悟はできていた。
一方で、いくら払ったとしても、彼がそれ以上の金額を要求してくることも分かっていた。
そこで私は、あらかじめ余分な紙幣をかばんの奥にしまって、千円札1枚だけを財布に残していた。

「今これしかないんだ」

と財布の中身が見えるように千円札を取り出して渡すと、彼は手帳を開いて、

Poor 30,000   Middle 60,000   Rich 90,000

と書かれたページを示した。

「貧乏人でも30,000円が相場だ」

人懐こい笑顔のままそう主張する彼を見て思った。

彼はまだ未熟なのだ。
手練の詐欺師や商売人なら、ここはいかにも不満そうに「インドのありがたい秘術に対してこれっぽっちか。お前は何と言う失礼なやつなんだ」という態度を取るところだ。
相手に後ろめたい気持ちを植え付けて、もっとお金を払わせるためだ。
もし彼が、今の人あたりの良さとそういった図太さをうまく使い分けられたら、かなり手強いヨギ・シンになれそうなのだが、残念なことに(私にとっては幸運なことに)今の彼にその技量はない。
それにしても、この貧乏人、中流、金持ちと3パターンの勝手な値段を示すやり方、勝手に祈って寄付を募るインドのインチキ宗教家の常套手段なのだが、教科書でもあるのだろうか?

「今これしか持ってないんだよ」

「1,000円ではほんの小さな支援しかできない。もっと継続した支援が必要なんだ。なぜ他の人ではなくあなたに声をかけたか分かるか? あなたの額から良い人のオーラが出ていたからだ。キャッシュマシーンでお金をおろしてきてくれないか」

「いや1,000円で十分だろう。そもそも貧乏人でも30,000円払うなんてありえない」

「カルマを知っているか? この寺院に寄付をすれば、それは良いカルマになって戻ってくる。もしあなたのお母さんの名前を当てることができたら、30,000円払ってくれるか?」

全て予想通りの言葉だ。
ここであまりにも明確に拒絶したら彼は立ち去ってしまうかもしれないし、払うかどうか悩んでいる様子を見せたら逆につけこまれるだろう。
だが、彼はまだ若く、手練のインド商人のようなしたたかさはない。
もっとこちらのペースで話を進められるかもしれない。

「いくつか質問をさせてもらえるかな? 君の名前は?」

私は、当然彼が「ヨギ・シン」と答えることを予想していたのだが、彼が名乗った名前はまったく別の、あるミュージシャン(彼もシク教徒だ)と同じ名前だった。

ところで、私の目的は悪質な外国人詐欺師への注意喚起ではなく(私は彼らの行動を詐欺だとはあまり思っていない)、純粋な好奇心なので、ここで彼の本名かもしれない名前を晒すのは本意ではない。
彼の名前を仮にプラディープとしておく。

「プラディープ、君は日本に住んでいるの?」

「世界中を旅している。月曜日には東京を発つんだ」

本当かどうかはともかく、彼は聞いたことには答えてくれるようだ。
ここで思い切って核心をつく質問をしてみた。

「じつは君みたいな占い師に会ったという人が世界中にいると聞いていて、自分も会ってみたいと思っていた。君たちは世界中でこういうことをやっているんだろう? 君はシンガポールやメルボルン(どちらもヨギ・シンの出没がよく報告される)にも行ったことがある?」

この質問に対して、彼はあからさまに狼狽するようなことはなかったが、ちょっと困惑した様子で「ノー」と答えた。

「ずっと旅しているわけではなく、いつもは寺でメディテーションをしている」

「それで世界中を旅して、寄付(donation)を募っているの?」

「いや、寄付を求めているんじゃない。人々を導いているんだ」

どんなこだわりがあるのか分からないが、寺院や子どもたちへの寄付を募ることが目的なのではなく、瞑想を通して人々を導くことが大事なのだというのが彼の理屈のようだ。

「なぜ東京を選んだの?」

「美しい場所だと聞いていたから」

「これまでに行ったことがある場所は?」

「台湾とヨーロッパ。スイスとドイツとパリに行ったことがある」

じゃあ、記念に一緒に写真を撮ろうと言うと、一瞬躊躇したようにも見えたが、断るのも不自然だと思ったのだか、セルフィーに応じてくれた。
彼にとって写真を撮られるのは望ましくないはずだ。
ネットで公開されたり、警察に届け出られたりするリスクがあるからだ。
前述の理由(晒すのが目的ではない)で、やはりここには載せないが、あとで見たら笑顔で写っている自分とは対照的に、彼はこわばった表情をしていた。

「パンジャーブから来たと聞いたけど、パンジャーブのどこの出身?」

「アムリトサル」

「黄金寺院(ゴールデン・テンプル)があるシク教の聖地だね」

「そう。ハリマンディル・サーヒブ(黄金寺院のパンジャービー語名)がある」

彼の答えが本当かどうか知るすべはないが、私は否定せずに聞きながら、彼ら(つまりインド人、シク教徒、そして、ヨギ・シン)に理解があることと、敵意がないことを示そうとしていた。
ここまでの反応を見る限り、どうやら彼が急に心を閉ざして立ち去ってしまうということもなさそうだ。
そう判断して、勇気を出していちばん聞きたかったことを聞いてみる。
彼の出自、正体だ。

「ところで、君は'B'というコミュニティの出身なのか?」

しばしの沈黙ののち、彼は「ノー」と答えた。

'B'というのは、以前の調査で判明したヨギ・シンの正体と目される、もともと路上の占い師をしていたと言われるシク教徒のコミュニティ(いわゆるカースト)である。
シク教は本来はカースト制度を認めていないのだが、実際にはカーストにあたるコミュニティごとの順列があり、'B'は低い地位とみなされているらしい。
こうしたインドの伝統的な身分制度にかかわる話題はデリケートなので、カーストという言葉は使わなかった(そのため、ここでもそのコミュニティ名は伏せ字とする)。

ノーと答えた後で、彼は独り言のように「'B'...」(コミュニティ名)と復唱すると、こう聞き返してきた。

「なぜそんなことを聞くんだ?」

この反応が、「どうしてそのことを知っているのか」という狼狽を意味するのか、それとも私の質問が的はずれで戸惑っていただけなのかは分からない。

「じつは、君のような不思議な占い師が世界中に出没していると聞いて、とても興味が湧いたんだ。そこで本やインターネットで何年もかけて調べた。そこで、あなたのような占い師が'B'というコミュニティ出身らしいということを知った。悪く言うつもりはない。すごいことだし、興味深いと思っている」

私が「調査(リサーチ)した」という言葉を発した時、彼はまた先程と同じように「リサーチ…」とつぶやいた。
単に繰り返しただけなのか「まさかそこまで調べたのか」という意味だったのかは、やはり分からない。
'B'ではないと言う彼に、質問を続けた。

「では、君のコミュニティはみんなこういった占いをするのか」

「これは自分の信仰(レリジョン)なんだ」

私は彼が道端で行っているテクニックに対して「占い(フォーチュンテリング)」という単語を使っていたが、彼は一度も「フォーチュンテリング」とは言わずに、最後まで「メディテーション」という言葉を使い、こでは宗教/信仰(レリジョン)と回答した。
率直に言って彼がいつも寺院で瞑想をしているというのは嘘だと思うが、この言葉選びには何かこだわりがあるのかもしれない。


「シク教徒全員がこういう占いをするわけではないだろう? あなたみたいな占い師が100年前から世界中に出没していると聞いている。あなたのお父さんも、そのお父さんも、ずっとこの占いをやっているのか?」

「そうだ。父も。その父も。これは…(聞き取り不能)だ」

彼が聞いたことのない単語を発したので、アルファベットの綴りを書いてもらったところ、それは'puchtani'という、パンジャービー語の言葉だそうだ。
あとで検索してみると、ヒンディー語の「先祖から伝わる伝統」「生まれ育った故郷」という意味の単語がヒットした。
パンジャービー語とヒンディー語は近い言語なので、同じような意味の可能性が高い。

「東京にはどれくらい滞在しているの?」

「10日間」

これもあとで調べて分かったことだが、X (旧twitter)上で、東京でのヨギ・シンとの遭遇と思われるもっとも早い投稿は10月7日だった。
この日が10月14日、彼が東京を発つと言っていた月曜日は10月16日なので、これは本当のことを言っているようだ。

「一人で来ているの? それとも家族と来ているの?」

「一人だ」

これはおそらく事実ではない。
ここ数日の間に、この界隈で彼とは別にもう一人、中年でターバン姿のヨギ・シンが目撃されている。
なぜ彼がここで嘘をついたのかは分からない。
余計な詮索から仲間を守ろうとしたのだろうか。

「この近くに滞在しているの?」

「そうだ」

順番は多少異なっている可能性があるが、彼との会話はこんなふうに進んでいた。
順調に聞き込みが進んでいるように思えるかもしれないが、彼はこの間にも「もっと払う気はないのか」とか「あなたの母親の名前をあてたら30,000円払ってくれるか?」としつこかった。
それを、「ノー」とか「今お金ないの見せたでしょ」とかかわしながら質問を続けていたのだ。
結局のところ、彼はやっぱりお金が目的なのだろう。

会話のなかで「連絡先を教えてほしい」と頼んでみると、彼はメールアドレスとwhatsapp(インド人がよく使うLINEのようなアプリ)の連絡先を教えてくれた。
2日前にプラディープと思われる占い師との遭遇を報告してくれたSIさんにも、彼は「メールアドレスを伝えるからなにか困ったことがあればまた連絡が欲しい」と伝えていたという。
あわよくば再び会ってお金をもらおうという魂胆があるのかもしれない。
つまり、また別の機会に会って聞くこともできるということだ。
あまりしつこくして、そのチャンスすら失ってしまったら元も子もない。
もしかしたら、彼が帰国した後もwhatsappで情報を得ることができる可能性もある。
今にして思えば、このタイミングでそんな考えが頭をよぎったのは、極度の緊張と駆け引きで疲れてしまっていたからだろう。
何を聞いても一言しか返さない彼に対して、お金の話題を出されないよう、間を空けずに質問を考えながら話すのは、かなり神経を使うやりとりだった。

彼もまた、この男はこれ以上金を払うことはなさそうだという判断をしたのだろうか。
会話のテンポも弾まなくなった頃、どちらからともなく、ごく自然と別れの挨拶が交わされた。

彼は最後まで感じの良い笑顔で手を差し出し、握手をすると、「See you」と言って東京駅のほうへと歩いて行った。

どっと疲れが出て、ため息をつく。
ついさっきまで起こっていたことに、いまだに現実感が湧かない。
世界中に出没する謎の占い師、ヨギ・シンの存在に気づき、彼を探し始めて10年。
とうとうヨギ・シンに声をかけられて、占いを体験し、そしていろいろなことを聞くことができた。
若きヨギ・シンことプラディープとの会話ひとつひとつを反芻する。
パンジャーブ出身。
世界中を旅している。
代々占い師の家系の出身。
このあたりは予想通りと言っていいだろう。

だが、結局のところ、ヨギ・シンとはいったい何者なのだろうか。

彼らは何人くらいいるのか。
彼らはもともとどこから来たのか。
どうしてみんなヨギ・シンと名乗るのか(プラディープはそうではなかったが)。

まだまだ聞けていないことがたくさんある。

連絡先を教えてくれたからと言って、また会えるという確証はない。
質問を送っても無視されるだけかもしれない。
そう思うと、またしても絶好の機会を逸してしまったのだという後悔の念が押し寄せてきて、愕然とした。

今ならまだ彼は近くにいるかもしれない。
急いでwhatsappでメッセージを送る。

「もしまだ時間があるなら、晩ごはんでも食べないか?」

しかし返信が来ないどころか、いつまでたっても既読にすらならない。
whatsappの通話機能で呼びかけてみるが、反応はなく、呼び出し音が鳴るだけだ。

やってしまった!
前回の遭遇のあと、私は次に会うことができたら、なんとかしてヨギ・シンとの関係を構築し、彼らが本当は何を考えているのかを知ろうと決意していた。
あれから4年が経ち、すっかり忘れた頃の急な来日。
さらに、あまりにも簡単に会えてしまったことで、しっかりとしたプランを立てることなく彼との対面を迎え、そして終えてしまった。

返事を待ちながら1時間ほど過ごしたが、全く音沙汰がなく、失意のうちに帰路につく頃、携帯が振動した。
プラディープからの返信だ。

「今日はもう部屋に帰ってしまったから無理だ。明日ではどうだ?」


(つづき)



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2023年10月18日

ヨギ・シンとの対決(その1)


これまでのヨギ・シンに関する記事:



前回の記事:



謎のインド人占い師、ヨギ・シンが再び東京に出没している!
10月12日(木)にその情報を得た私は、翌13日(金)の仕事帰りに、さっそく同エリアを捜索した。
前回同様、遭遇報告は丸の内〜大手町のごく狭いエリアに限られている。
しかし、1時間ほどくまなく歩いても、怪しげな占い師の姿は見あたらない。
これまでの報告では、暗くなってからの遭遇事例はなかった。
時間帯が悪かったのかもしれない。


翌14日、土曜日。
この日は昼過ぎに捜索を開始した。
東京駅の丸の内北口を出た私は、大手町から丸の内エリアを歩き回ったのち、念のため4月に目撃情報があった銀座にも足を伸ばした。
しかし歩行者天国となっている銀座通りはかなりの人出で、また裏道は歩道が狭くて、いずれにしても彼の「占い」が満足にできる環境ではない。

再び丸の内エリアに戻ったが、ここも空振り。
そうこうしているうちに時刻は午後5時半を過ぎ、かなり暗くなってきた。
あきらめて家路に着こうと、東京駅のレンガ駅舎前の広場に続く横断歩道を渡ろうとした、ちょうどその時だった。

視線の先で、インド系の男性がベンチに座っている日本人の若者に声をかけている。
その男は、ターバンは巻いておらず、少し長い髪を後ろで留めていた。
細身で、身長は170センチ程度。
とても若く、歳の頃は二十代前半くらいだろうか、まだ学生のように見え、その手にはヨギ・シンの商売道具でもある手帳を持っている。

その姿は、ブログに情報を寄せてくれたSIさんの報告にあった「身長170〜175センチほどで、ヒゲなし、ターバンなしの清潔感のある好青年」とほとんど一致している。
怪しげな占い師の雰囲気はまったくなく、ハンサムで人の良い若者といった印象で、もしヨギ・シンを探していなければ、彼はフレンドリーな旅行者のように見えたことだろう。
しかし、よく見ると、ポケットには収まらない大きさの革製の手帳を手にしているのにカバンを持っていないのが不自然で、銀座で何人も見かけた南アジア系の観光客とは明らかに異なる雰囲気を醸し出していた。

声をかけられた若者は、困惑しながらも「悪い人ではなさそうだ」と感じたようで、若干こわばった笑顔で応じている。

そっと近づいて、数メートル離れたところに腰掛け、様子を見る。
気づかれないように視線を向けると、このヨギ・シンらしき若い男は、もみあげからあごや鼻の下まで、短く整えられた髭を生やしている。
このヒゲがSIさんの報告と一致しない唯一の点だが、華奢で物腰が柔らかい彼からは「ヒゲ面のインド人」として連想されるような押しが強い印象はまったくない。
彼の短いヒゲがSIさんの記憶に残らなかったとしても、不思議ではない。

座った場所からは二人の会話はかすかにしか聞こえないが、どうやら手帳を手にした男は「メディテーション」とか「カルマ」とか言っているようだ。
さらに彼は革製の手帳を開いて、写真を見せたり、何かを書いたりしている。
ヨギ・シンに間違いなさそうだ。
気づかれないようにするため、直視することも近づくこともできないのがもどかしい。

しばらくすると、日本人の青年が驚いたように「マジックみたいだ」と言うのが聞こえた。
彼がヨギ・シンであることはもう疑いの余地がない。
自分の鼓動が急速に早くなるのが分かった。
何年も探し求めていた光景が目の前で展開されていることが、あまりにも非現実的で、信じられなかった。

前回の遭遇では、こちらから声をかけて詮索したせいで、ヨギ・シンに怪しまれて逃げられてしまった。
今回は絶対に気づかれないようにしなくてはならない。
だが、この若いインド系の男は、目の前の青年と話すのに夢中で、周囲にまで注意が及んでいないようだった。
そっと立ち上がり、東京駅の駅舎と周囲の景色を撮影するふりをして、彼の姿を撮影することに成功。
短い動画も撮影することができた。
できるだけ落ち着いて行動していても、脈拍は階段をダッシュで駆け上がった後のようになっている。

しばらくすると二人は立ち上がり、簡単な別れの挨拶をして、別々の方向に歩いて行った。
日本人の若者が彼にお金を払ったかどうかは分からないが、少なくともしつこい要求に声を荒げたり、機嫌を悪くしたりはしていないようだ。
日本人青年は私の目の前を通り過ぎて信号を渡り日比谷方面へ、そしてインド系の男は反対に駅前広場のほうへ歩いてゆく。

日本人青年に声をかけて、今起きたことを詳しく聞くべきか、それともヨギ・シンらしき若者を追うべきか。
一瞬迷ったが、「本物」と会える千載一遇のチャンス。ここはヨギ・シンを追うしかない。
すっかり暗くなった広場で、気づかれないように、しかし見失わないようにインド系の男を目で追うことにした。

彼は広場の真ん中らへんまで歩くと立ち止まって周囲を見渡し、次に声をかける相手を探しているようだった。
私はさっきの日本人青年が座っていた場所に腰を下ろし、彼の様子を見ながら、退屈そうにスマホをいじるふりをしていた。

やはりこの場所が声をかけやすいスポットだったのだろうか。
他のベンチの近くをひと通り歩き回った彼は、なんとこちらに向かって近づいて来た!
どうやら次のターゲットを私に決めたようだ。
絶対に怪しまれないように、手元のスマホを凝視するふりをする。

ほんの2、3メートルのところまで彼が来た時、まるで今気づいたかのように顔を上げると、彼は人懐っこい笑顔で声をかけてきた。
その第一声は、もちろんあの言葉だ。

「You have a lucky face.」

この唐突な言葉にどう答えるのが正解なのかいまだに分からないが、私は「よく分からないけど、あなたの言葉をポジティブに受け取っているよ」といった感じで

「Thank you.」

と答えた。

彼は、笑顔で自分の額のあたりを指しながら「あなたの額からオーラが出ている」と言うと、「自分はmeditation studentだからそれが分かった。あなたはいい人だが、ときに考えすぎるところがある」
と続けた。

どれも過去の遭遇報告やネット上の投稿で読んだヨギ・シンのフレーズだ。
これは現実なのだろうか。
私は興奮とも緊張ともつかない精神状態だが、当然ながら彼はそのことを知らない。

笑顔だがテンポよく話を進めている彼は、こちらに言葉を挟む余地を与えないようにしているのだろう。
彼の英語にはインド人特有の訛りがあり、慣れていない人にはかなり聞き取りにくいだろうが、幸い私はインド人の英語には慣れているほうだし、何より彼がこれから何を話し、何をするのかを知っている。
次に発した言葉は、これまでの報告で読んだことがないものだったが、彼がしようとしていることはすぐに分かった。

「あなたの目を見せてくれ。あなたのことを読んでみる(caliculate youという表現を使っていた)」

ハンサムで人の良さそうな彼の目に胡散臭さはまったく感じられないが、彼はこれから私を騙そうとしているのだ。
いや、私がそう気づいていることを彼は知らないのだから、私が彼を騙そうとしているのだろうか。
彼は、私の目を見ながら、手帳を下敷きにして何かを書きつけている。
私の心を読んで分かったことを書いているという演出なのだろう。
彼はその紙を丸めて私に渡すと、それを手で握りしめるように言った。

いよいよ彼の「占い」が始まる。

「あなたの名前を教えてくれ(Can I have your good name?)」

この「グッドネーム」という言い方はインド人特有の言い回しで、ヒンディー語のフレーズを直訳したものだと聞いたことがある。

本名を答えると、日本人の名前に馴染みのない彼は、
「K...?」
と尋ねてきた。
「心が読めるなら、綴りも分かるはずだろう」とは言わない。
アルファベットを1文字ずつ発音して伝えると、彼は手帳を下敷きに、それを手元の別の紙に書き留めた。
最初に渡された紙はずっと握ったままで、彼がすり替えそうな兆候はない、。

次に彼は、
「何月生まれだ?」
と尋ねた。 

「1月(ジャニュアリー)」と答えると、彼は「ジャニュアリーだな」と確認してまたメモをする。

続いての質問は「好きな花は?」

何と答えようか迷ったが、バラ(rose)とかよりも文字数の多い花のほうがボロが出るかもしれないと思って「チェリー・ブロッサム」と回答。
彼はまた私の答えを復唱してメモを取る。
最初に渡された紙は、まだ私が握りしめている。

最後に彼は、
「あなたの望みは?」
と尋ねてきた。

「自分は十分幸せに暮らしているので、これ以上の望みはない」

と答えると、
「そうかもしれないが、健康とか、そういった望みが何かあるだろう(他にもいくつか例を挙げていたが、覚えていない)」と食い下がる。

適当に「じゃあ、健康(グッドヘルス)」と答えると、彼はまた確認して、メモを取る。

全ての質問を終えた彼は、わざとらしく、

「あなたは私が質問する前から、ずっとその紙を握っているね」

と聞いてきた。
こんなことを言うのは、彼がまだ若くて技術に自信がないからだろうか。

次の展開がわかっている私は、「イエス」と答えて紙を握っていた手を開いた。
その瞬間だ。
彼は、
「確かにあなたはこの紙をずっと握っていた」
と言って私の手のひらから一瞬紙をつまみ上げ、すぐに私の手に戻した。

このとき、注意深く観察していた私には、彼が手の中にもう一つ小さく丸めた紙を隠しているのが見えた。
そして、握った手の中指の内側のあたりに隠していたその紙を、素早く私が持っていた紙とすり替えたように見えた。

気づかれたことを知らない彼は、ペースを崩さずに「占い」を続けてゆく。
次に彼は、再びまるめた紙を握り、その拳をしばらく額にあてるよう指示した。
言われた通りにすると、今度は紙を握った手に息を吹きかけろと言う。

私が従うと、彼はようやく彼は握った紙を開くよう告げた。

予想通り、そこには1月(January)を意味すると思われるJanという文字、私の本名、そしてCherryという殴り書きと判別不能な3文字?が書かれている。

ヨギシンメモ


彼は自分の手元のメモを見せて、私の手のひらのメモと照らし合わせながら言った。

「ここに書かれているのはあなたの名前。生まれたのは1月。好きな花はCherry。(blossomまでは書かれていなかった)この一番下に書いてあるのは健康という意味だ。あなたが答える前からずっとこの紙を握っていたのに、答えが書かれているだろう」

最後の判読不能な文字について話した時、ちょっと気まずそうにも見えたのは気のせいだろうか。
反応しないのも不自然なので、適当にさっきの青年をまねて「マジックみたいだ」と言うと、彼は、
「マジックじゃない。メディテーションであなたの心を読んだんだ」
と答えた。


もうお気づきだろうが、彼のトリックはこういうことだ。
まず、私の目を覗き込んで、私の心を読んでいるふりをしながら、手元の紙に何かを書く。
当然ながら本当に私の心が読めているわけではないので、この時に書くのは何でもいい。というか、書いているふりだけすれば良い。

その紙を丸めて私に握らせてから、名前、誕生月、好きな花と望みを尋ねる。
彼は私の答えをメモしていたのだが、このときに大急ぎで2枚の紙に答えを書いていたのだろう。
(彼は手帳を下敷きのように使って、手元が見えないようにしていた)
1枚のメモを取るスピードで2枚分のメモを取るには、かなり素早く書かなければならない。
私が握っていた紙の文字が殴り書きで、最後の「健康」に至ってはまったく読めないほどだったのはそのためだ。
メモのひとつを気づかれないように丸めると、彼は私が手を開いた瞬間に「あなたはこの紙をずっと握っていたね」と確認するふりをして、私が握っていた紙とすり替えたのだ。

よくできているのはその後だ。
彼は私にもう一度紙を握らせると、ジェスチャーを交えてその拳を額にあてさせたり、息を吹きかけさせたりした。
この動きは、まるで特別な願いをこめるかのような印象的なものだ。
この一手間には、その前に紙をすり替えるためにした動きの記憶を消す効果がある。
紙を握った手を額に当て、さらにその手に息を吹きかけるという非日常的な動作に比べると、その前の「確かにこの紙を握っていたね」と一瞬手でつまむ動きは、道理にかなっていると言うか、ごく自然なものだから、その印象はすぐに薄れてしまう。

これまでヨギ・シンに会ったと報告した人たちは、みんな「自分はずっと紙を握っていた。すり替えるタイミングはなかった」と言っていた。
私が気づくことができたのは、何が起きるかを知っていたからだ。
彼らが二人以上でいる人に声をかけないのも、このトリックが他の一人に見破られてしまうリスクが高いからだろう。
全てのヨギ・シンがこの技を使うのかは分からないが、私が会ったヨギ・シンは間違いなくこのテクニックを使っていた。
ヨギ・シン、破れたり。

だが、私に見破られたことを知らない彼は、いつもと同じように、手帳に挟んだ写真を私に見せてきた。


(つづきはこちらから)




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goshimasayama18 at 21:28|PermalinkComments(0)

2023年10月16日

ヨギ・シンふたたび東京に出現!



事態はいつも突然動く。
謎のインド人占い師ヨギ・シンのことである。

詳細は、こちらのリンクを読んでいただくとして(めちゃくちゃ長いのでお時間があるときにどうぞ)、かいつまんで話すと、世界中の都市に、不思議なインド人占い師が出没しているのである。
シク教徒と思われるその占い師は、街中で声をかけた人にまるめた紙を握らせてから、好きな色や好きな数字などを尋ねるという。
答えた後でその紙を開くと、信じられないことに、紙にはさっき回答した質問の答えが書かれているのだ。

「彼」は100年ほど前から世界中に出没していて、会った人の話によると年齢もさまざま。
多くの場合 'You have a lucky face.' と声をかけてくることで知られている。
「占い」のあとに寺院への寄付としてお金を要求すること、パンジャーブ出身の「ヨギ・シン」という名前を名乗ることといった共通点がある。つまり、同じような行為を世界中でおこなっている謎のグループが大昔から存在しているのだ。
私が調べたところでは、少なくともインターネット上や書籍にその謎に深く迫った情報はなかった。
21世紀に、誰も正体を知らない謎の集団がいる。
この不思議な事実に、私はどんどんのめり込んでいき、ブログに記事を書いた。
(このリンク先の1本目と2本目)

最初の事態が動いたのは2019年11月のこと。
彼らのことについて書いたブログに、丸の内で同じようなインド人の占い師に会ったというコメントが寄せられた。
その後数日の間に、多くの方から同様の情報が集まり、どうやら3人のヨギ・シンが丸の内付近で例の「占い」をしているらしいことが判明。
何度も足を運び、彼らの出没地帯の捜索を行ったところ、ついにヨギ・シンと思われる人物に遭遇!
しかし、接触方法を誤った私は、この怪しい占い師に思いっきり怪しまれ、逃げられてしまった。
こちらから声をかけてはいけなかったのだ。
私との遭遇以来、連日のように姿を現していたヨギ・シンたちは、二度と現れることはなかった。
痛恨の失敗である。


彼らとの接触の機会を失った私は、書籍やネットでの調査を開始した。
その結果、彼らのトリックは19世紀の本に書かれているマジックの技法で説明がつくこと(しかもそのトリックには「導師のからくり」を意味するインド由来の名前がつけられている)、彼らがシク教徒の保守的なマイノリティ・グループに属していること、インチキ占いでシク教徒の評判を落としていることに対して、同胞からも快く思われていないことなどが分かった。
しかし、そこで手詰まりである。

世界は新型コロナウイルスの蔓延を迎えた。
見ず知らずの人に至近距離で話しかけ、接触する彼らの「占い」は、感染リスクをともなう。
世界中で人の行き来が制限され、海外の都市で活動する彼らには致命的な状況になった。
果たして彼らはパンデミックを生き延びてくれるのか。
大いに心配だったのだが、コロナが一段落すると、昨年11月にパリで、今年の4月15日には銀座でヨギ・シンに遭遇したという報告が私のもとに届き、ほっと胸を撫で下ろしていた。

銀座の事例は、多くの人から報告が相次いだ丸の内の事例とは異なり、たった一人からの報告しかなく、捜索でも姿を見付けることができなかった。
おそらくはグループではなく単独での来日で、本業ではない小遣い稼ぎ的なものだったのかもしれない。


さて、次に事態が唐突に動いたのはつい先日、2023年10月12日。
ブログに「SIさん」という方から、同日に大手町で、同様の手口で占いをするインド人に遭遇したという報告が寄せられたのだ。
SIさんは、さらにX(旧ツイッター)で別にも同様の占い師に遭遇したという報告があると教えてくれた。
リンクを開くと、2日前の10月10日に、こんな投稿がされていたのだ。



間違いない。
ヨギ・シンだ。
私はSIさんにメールで遭遇時の詳しい状況を聞くと、快く返信してくれた。
ご本人の了解のもと、その内容を転載する。

遭遇場所は大手町の高層オフィスビル。
今回の「ヨギ・シン」は身長170〜175センチほどのターバンをしていない、ヒゲのない清潔感のある好青年といった印象だったそうである。
(一部、会社名や建物名については、軽刈田が固有名詞を変えています)


会議の合間の空き時間に上述のベンチで私は電子タバコを吸いながら休憩しておりました。
目線はスマートフォンにありましたが、人の気配を感じ隣に目をやったところ、すぐ横にはスーツを着たインド人が。
そのオフィスビルには大手商社や外資系IT企業が入っており、インド人が常日頃から出入りがあることはよく見かけておりましたので、なんの疑いもなく単なる人懐っこいタバコミュニケーションとして絡まれたのかと思っておりました。
彼の第一声は「You have a lucky face!」
(やり取りは全て英語でしたが以下日本語で書きます。)
そして続け様に自分の額を指差し、「君の額からいいオーラが出ている。来月良いことが訪れるよ!」と。
なんのことやらと思いながら適当に相槌と謝意を伝えると
「自分はMeditation studentです」と一礼。
どうやらこの類のスピリチュアルなことを学んできたので
オーラを感じることができると言いたいのでしょう。
そしておもむろに茶色い革製の手帳を取り出しました。
「僕のインドにいる師匠だ」と古びた写真を見せてきました。そこには白髪長髪・白髭の爺があぐらをかいて(座禅を組んで?)座っていました。あぐら姿勢でヒゲが股間付近まで伸びており、まるで印風麻原彰晃のようでした。
彼はおもむろに手帳の紙を破き、何かをそこに書き始めました。
そしてそれを渡され、「握りしめて一息吹きかけ、それを一度額にかざせ」と言う。とりあえず従ってやってみる。
何かが書かれた紙切れは右手に握りしめたままでした。
その後、「僕と君は今初めて会ったよね。お互いのこと何も知らないよね」ということを前提としてやたら強調してきます。(確かに1ミリも私はこのインド人のことを知りません)
インド人「名前を教えて」
私「○○(本名の下の名前だけ)です」
インド人「??」
(私の名前、長くて外国人にはやや難関なんです…)
私「スペルはこうかく」(アルファベット1文字ずつ言う)
インド人「次は誕生月を教えて」
私「12月です」
インド人「最後に1〜50の間で任意のラッキーナンバーを教えて」
私「4!」(頭の中で自分の誕生日の4日にするか妻の誕生日の5日にするか少し迷って答えました)
インド人「今教えてもらったことと、握っている紙に書いてることが一致してたら、来月いいことが起こるのは確実だよ」
そして私は手に握った紙を指示通り開いてみると、そこには
「(私の名前)/December/4」と書かれていました。
驚きです。ずっと紙切れは私の握り拳の中でしたし、
すり替えらにしてもどのタイミングですり替える余地があったのか、また、すり替えのためのミスディレクションもいつ行われたのか全く見当がつきません。
私が十分に驚きを見せた後、またまた茶色い革製の手帳を彼は開きました。
見せられたのは小学校低学年程度の子どもたちの集合写真。
それを見た瞬間すぐに察しがつきました。
インド人「僕は52人のインドの貧しい子どもたちを支援している。彼らは学校で勉強をしている。もし、彼らの教材の足しにするためにお金をくれたら彼らは君の幸運のために全員で祈りを捧げます」
正直私はそれが本当であろうが嘘であろうが、楽しませてもらったのでその占い代?手品代?としての対価は払ってもいいと思っていました。せいぜい1,000円程度ですが。
しかし生憎タバコを吸いに行っていただけなので財布を持ち歩いておらず、キャッシュが今ないことを伝えました。
インド人「ATMでおろしてもらえるなら待っている」
私「そもそも財布を持ち合わせていない」
インド人「お金持ち歩かないでどうやって今日一日ここまで来て過ごしていたの?」
私「時代はキャッシュレスでしょ。電子マネーオンリーよ。」
インド人「ではPayPalはやってる?もしくは子どもたちのために何か購入して欲しい」
私「PayPalはやっていない。購入はいいけど、何が欲しいの?」
インド人「彼らが学ぶツールにiPadを使いたいのでそれを買って欲しい。」
私「寄付にしては高すぎる。それは買えない。」
インド人「それ以上の幸運が来月君には返ってくるから、全然高くないよ。」
私「そういう問題ではなく、そもそも価格的にも買えないし、アップルストアに行く時間もない。」
インド人「ではもし私があなたのお母さんの名前を答えられたら買ってくれる?」
私「なぜお母さんの名前?意味がわからないが、そういう問題ではない。もっと手軽に1,000円程度で買えるもの。例えばコーヒー飲みたいとかチョコレートが食べたいとかそういうのだったらビルの中にも店があるし、すぐに買えるよ」
インド人「じゃあセブンイレブンに行かないか?」
私「OKそれならビルの中に入ってる」
やりとりののち、そのビルのB1フロアのセブンイレブンに入りました。
そこで彼はポッキーやキットカットなどと言ったチョコレート菓子を中心にセレクト。
途中途中で子どもが52人いるのでもう少し買ってもいいかと確認を取りながら図々しくカゴに詰めていきました。
最終的な会計は3,400円ほど。
会議の時間にすでに遅刻していた私は電子マネー決済だけして袋詰めの時間を待たず、レシートも受け取らぬままインド人をレジ前に残して足早にオフィスへ戻りました。
時刻は16:35頃。
計15分程度の時間でしたが、最終的な彼の謙虚さのない図々しい振る舞いや、会議までの時間が無いと言っているのに食い下がってくるところにイライラしました。
金額は大したこと無いものの、せっかく買ってあげるなら最後まで気分良く買いたかったものです。
もしかしたらその後レシートとともに返品し、現金化している可能性もなきにしもあらずですが、真相は不明です。
帰り際に、「メールアドレスを伝えるからなにか困ったことがあればまた連絡が欲しい」と言っていたのですが、すでに嫌気がさしていた私は断りをいれました。
軽刈田さんのことを知っていれば聞いておけばよかったなぁとも今は思っております。

'You have a lucky face'という第一声、「君の額からオーラが出ている」という言葉、そしてその後の不思議な「占い」。
さらには慈善団体への寄付を装ってお金の請求をすることなど、最後までヨギ・シンとは名乗らなかったようだが、明らかヨギ・シンの手口である。

さらにX(Twitter)に遭遇報告を上げていたRichardさんにも詳細を聞くと、以下のような返信が返ってきた。


これはターバン・ヒゲ無しで清潔感のある好青年だったというSIさんの報告とは明らかに違う人物だ。
今回も彼らは複数で行動しているらしい。
Richardさんのポストにコメントする形で遭遇報告をしていた「かぐばろん」さんからも返信があった。



これはおそらくSIさんが会ったのと同じヨギ・シンだろう。
「ペンパルがどうたら」というのはおそらくSIさんが書いていた「PayPalでお金を払ってほしい」という内容だと思われる。


今回の出没地点も、2019年同様に、大手町から丸の内のごく狭いエリアに限られているようだ。
この地域を重点的に捜索すれば、必ず会えるはずだ。
待ってろよ、ヨギ・シン。


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goshimasayama18 at 23:51|PermalinkComments(2)

2023年10月15日

ヨギ・シン情報まとめ!

このブログ、過去の記事がとにかく探しづらいんです(すみません)。
この「アッチャー・インディア」は一応音楽ブログなのですが、音楽には全く関係のない謎の占い師「ヨギ・シン」の話題がいちおう最大のシリーズになっています。
ヨギ・シンの情報がここまでまとまっているのは世界でもこのブログだけ!
記事のリンクをまとめてみました。


まずは、とある本をきっかけに彼の存在を知り、その正体についての想いを馳せるプロローグ的な記事がこの2本です。
(100回記念特集)謎のインド人占い師 Yogi Singhに会いたい




その1年後、ヨギ・シンが東京に出没との情報を受けての捜索記、そして遭遇!
あのヨギ・シン(Yogi Singh)がついに来日!接近遭遇なるか?


ヨギ・シンを探して インド謎の占い師捜索記(その1)


ヨギ・シンを探して インド謎の占い師捜索記(その2)


ヨギ・シンを探して インド謎の占い師捜索記(その3)


彼らの「占い」について、インドのマジックという観点から調べて見たところ、これがめちゃくちゃ面白かったという話。
知られざる魔術大国インド ヨギ・シンの秘術にせまる(その1)


知られざる魔術大国インド ヨギ・シンの秘術にせまる(その2)


この日本に、かつてここまでヨギ・シンに迫った人がいた!今にして思えば、彼らの「トリック」についてはほぼここで解明されていたのではないかと思う。
探偵は一人だけではなかった! 「ヨギ・シン」をめぐる謎の情報を追う


インドのマジック続編。
日本語でここまでインド奇術の真髄と悲哀に迫った本があったとはびっくり。
インド魔術の神秘に迫る!山田真美さんの名著『インド大魔法団』『マンゴーの木』


ヨギ・シンはどこから来たのか。彼らはどんな人々なのか、その正体を考察してみたシリーズ。
ヨギ・シンの正体、そしてルーツに迫る(その1)



そして2023年、ついにヨギ・シンとの本格的な接触に成功!


ヨギ・シンとの対話(後編)

ヨギ・シンとの遭遇を終えて

ヨギ・シンとの遭遇から1ヶ月も経たないうちに、新しいヨギ・シンの出没情報が寄せられた!



また書いたら足していきますね。


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