インドのエレクトロニック・ミュージック

2020年09月15日

これはもう新ジャンル 「インディアンEDM(もしくは印DM〈InDM〉)」を大紹介!


以前の記事で、無国籍なサウンドで活動していたインドのEDM系アーティストが、ここ最近ぐっとインド国内に寄せた楽曲をリリースするようになったことを紹介した。


その後も彼らの新曲をチェックしていると、これはもうEDMと従来のインディアン・ポップスを融合させた新しいジャンルが確立ているという確信を得てしまった、というのが今回のテーマ。

その新しいジャンルをインディアンEDMと呼びたいのだけど、長いので印DM(InDM)と呼ばせてもらうことにする。
このジャンルの特徴を挙げると、ざっとこんな感じになる。
  • EDM系のプロデューサーが手掛けており、ダンスミュージックの要素を残しつつも、インド的な要素(とくに歌やメロディーライン)を大幅に導入している。
  • 歌詞は英語ではなく、ヒンディー語などの現地言語であることが多い。
  • ミュージックビデオにも、インド的な要素が入っている。(インド人プロデューサーが手掛ける無国籍なEDMの場合、ローカルな要素はミュージクビデオから排除されていることが多かった)
ボリウッド的メインストリームが新しいダンスミュージックを積極的に取り入れる一方で、EDM系のアーティスト達もインド的な要素を導入していった結果、もはやどこに境目があるのか分からないような状況になってしまっているのだ。

かつてはゴリゴリのEDMを作っていたLost Storiesの新曲"Heer Ranjha"は、この王道ボリウッドっぷり。

目を閉じると、主人公とヒロインが離れた場所から見つめ合いながら手を伸ばして、届きそうだけど届かない、みたいな場面から始まるミュージカルシーンが浮かんできそうな曲調だ。
ブレイク部分でのEDMっぽいアレンジのセンスの良さはさすが。

もうちょっとダンスミュージック寄りの曲調なのがこの"Noor".
ミュージックビデオがなぜパンダなのか謎だが、たぶん理由は「かわいいから」だろう。

クレジットには同じくインドの人気EDMプロデューサーのZaedenの名前も入っている。

そのZaedenの最近の曲は、もはやエレクトロニック・ミュージックの要素すらほとんどない普通のヒンディーポップだ。
1年前の曲がコレ。


最新の曲は、デリーのシンガーソングライターPrateek Kuhadのカバー。
彼はエレクトロニック系のプロデューサーから、オーガニックな曲調のシンガーソングライターへの転身を図ろうとしている真っ最中のかもしれない。

原曲は今年の7月にリリースされたばかりで、ここまで新しい曲のカバーというのは異例だが、Zaedenがこの曲を大いに気に入ったために制作されたものらしい。
Prateek Kuhadによるオリジナル・バージョンのミュージックビデオも大変素晴らしいので、ぜひこちらから見てみてほしい。



2013年のデビュー当初から印DMっぽい音楽性の楽曲をリリースしていたのが、プネー出身のシンガーソングライター/プロデューサーのRitvizだ。
彼は幼少期から古典音楽(ヒンドゥスターニー音楽)を学んで育ち、またEDMやヒップホップだけでなく、A.R.ラフマーンのファンでもあるようで、そうした多彩な音楽的背景が見事に結晶した音楽を作っている。
彼の曲のミュージックビデオはインドの日常を美しい映像で描いたものが多く、それがまた素晴らしい。




ラム酒のバカルディのロゴが頻繁に出て来るのは、バカルディ・ブランドによるインディー音楽のサポートプログラムの一環としてミュージックビデオが制作されているからのようだ。
インドではヒンドゥーでもイスラームでも飲酒はタブー視される時代が長く続いていたが、新しい価値観の若者たちに売り込むべく、多くのアルコール飲料メーカーがインディーズ・シーンをサポートしている。

今年に入ってからは、デリーのラップデュオSeedhe Mautとのコラボレーションにも取り組むなど、ますますジャンルの垣根を越えた活動をしているRitviz.
これからも印DMを代表する存在として目が離せない。

ハードコア・ラッパーとしてのイメージの強かったSeedhe Mautにとっても新機軸となる楽曲だ。


1998年にインド古典音楽のリズムとダンスミュージックを融合したユニットBandish Projektの一員としてデビューし、のちにベースミュージック的な印DMに取り組んでいるのが、タージ・マハールで有名なアーグラー出身のUdyan SagarことNucleyaだ。
彼が2015年にリリースした"Bass Rani"は、インドの伝統音楽とエレクトロニック・ミュージックの融合のひとつの方向性を示した歴史に残るアルバム。


この曲ではガリーラップ界の帝王DIVINEとコラボレーションしている。(この共演は『ガリーボーイ』のヒットのはるか以前の2015年のもの)

この2人の組み合わせは2017年のボリウッド映画"Mukkabaaz"(Anurag Kashyap監督、Vineet Kumar Singh主演)で早くも起用されており、インド映画界の新しい音楽への目配りの早さにはいつもながら驚かされる。

ポピュラー音楽のフィールドでの評価や知名度という点では、このNucleyaが印DM界の中でも随一と言って良いだろう。


ベースミュージック的な印DMに、レゲエやラテンの要素も加えた音楽性で異彩を放っているのが、このブログの第1回でも紹介したSu Realだ。


この"Soldiers"ではルーツ・レゲエとEDMの融合という意欲的すぎる音楽性でインド社会にはびこる保守性を糾弾している(興味深いリリックについては上記の第1回記事のリンクをどうぞ)。




この"EAST WEST BADMAN RUDEBOY MASH UP TING"では、映像でもインド的な要素をポップかつクールに編集していて最高の仕上がり。
長年、欧米のポピュラー音楽から「エキゾチックやスピリチュアルを表す記号」として扱われてきたインドだが、ここ最近インド人アーティストたちは西洋と自分たちのカルチャーとのクールな融合方法を続々と編み出しており、印DMもまさにそうしたムーブメントのなかのひとつとして位置付けることができる。

新曲"Indian Wine"のミュージックビデオでは、レゲエを基調にしたビートに、レゲエダンサーとインド古典舞踊バラタナティヤムのダンサーが共演するという唯一無二の世界観。

こうした融合をさらっと行ってしまえるところが、インドの音楽シーンの素晴らしいところだ。


このように、ますます加熱している印DMシーンだが、今回紹介した人脈同士でのコラボレーションも盛んに行われている。
この曲はSu RealとRitvizの共作による楽曲。


これはRitvizの曲をNucleyaがRitvizの"Thandi Hawa"をリミックスしたもの。


世界的にEDMの人気は落ち着きを見せてきているようだが、それに合わせるかのようにインドで勢いづいてきている印DMは、「ダンスミュージックにインドの要素がほしいけど、既存のボリウッドの曲はちょっとダサいんだよな…」というような若者たちを中心に支持を広げているのだろう。
インドのメインストリームである映画音楽と、インディーミュージックシーンを繋ぐミッシングリンクの最右翼と言えるのが、この印DMだと言える。

今後、EDMブームが過去のものになってしまうとしても、このブームが生み出した印DMという落とし子は、今後ますます成長してゆくはず。
ヒップホップやラテン音楽への接近など、目が離せない要素が盛り沢山の印DM。
これからも取り上げてゆきたいと思います!




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goshimasayama18 at 18:07|PermalinkComments(0)

2020年08月26日

『懐かしい』『旅』『認識』『生きがい』『物語』… インドで生まれた日本語タイトルの楽曲たち!



インドの音楽シーンを見ていると、日本語のタイトルを冠した曲を目にすることがたまにある。
アニメやマンガに代表される日本のサブカルチャーは、インドでも刺激的な新しい文化に敏感な都市部の若者を中心に人気があり、サブカルチャー経由で日本に興味を持つアーティストも多い…ということが、この現象の理由のようだ。
それだけでも日本人としてうれしいが、さらにうれしいことに、日本語タイトルの曲は、音的にも興味深い作品が多いので、今回、まとめて紹介してみます。

まず最初に紹介するのは、以前に特集したこともあるニューデリーのオーガニック・ソウルシンガーSanjeeta Bhattacharyaの"Natsukashii".

考えてみれば、「懐かしい」にあたる言葉って外国語にないのかもしれない。
Nostargicとも少し違うし…。
日本語が使われているというだけではなく、曲ポップで歌っているSanjeetaもとてもチャーミングなので、日本でももっと聴かれてほしい1曲だ。
彼女はアメリカの名門バークリー音楽大学の出身。
スペイン語の歌を歌っていたりもするので、おそらくバークリーで世界中の様々な言語やカルチャーに触れ、「懐かしい」という言葉をタイトルにつけるに至ったのだろう。



曲名だけではなく、アーティスト名に日本語を採用しているアーティストもいる。
ジブリ作品など日本のカルチャーの影響を大きく受けているデリーのエレクトロニカ・アーティスト'Komorebi'ことTarana Marwahだ。
先日リリースした、他のアーティストによる彼女の作品のリミックス集のタイトルは"Ninshiki"(認識)。
彼女のFacebookによると、「'Ninshiki'は日本語で'In Dreams'という意味」と語っていて「うーん、ちょっと違う」と言いたいところだが、他人によって解釈された作品を『認識』と名付けるのは間違っていないし、なかなか良いセンスだと思う。
ここでは、"Ninshiki"に収録された"Rebirth(Psychonaut Remix)"と、原曲(アニメになったKomorebiがインドと東京を行ったり来たりするミュージックビデオが面白い!)を両方紹介してみたい。





日本語の名前を持ったアーティストといえば、前回も紹介したムンバイのアンビエント/エレクトロニカアーティストRiatsuも、漫画/アニメの" Bleech"に出てくる霊的エネルギー「霊圧」から名前も取っている。
先日の記事でも触れた"Kumo"(蜘蛛)は朝露に輝く蜘蛛の巣のきらめきを思わせる美しい曲。
彼は"Tabi"(旅)という曲をリリースしたこともある。


新型コロナウイルスによるロックダウン中に発表された"Tabi"は、25分におよぶ、内的宇宙への旅とも言える静かな大曲だ。



バンガロールのジャズ/ヒップホップバンドFakeer and the Arcが今年5月にリリースしたアルバムのタイトルは、"Ikigai".

ちょうどこの記事を書いているときに、「インドのヨガ講師がIkigaiという言葉を使っていた」というツイートを読んだばかり。
'Ikigai'という言葉は、スペイン出身で日本在住の作家Hector Garciaによるベストセラーのタイトルになっており、インドの書店にも平積みされていて、インド制作のNetflix作品『マスカ 夢と幸せの味』(原題"Maska")でも使われているという。(ちなみにHector Garciaは"Ichigo Ichie"という著書も書いている。)
「生きがい」はグローバルな言葉になりつつあるようだ。


コルカタのテクノユニットHybrid Protokolによる"Tetsuo"は、『アキラ』のキャラクターではなく、塚本晋也監督による「日本最初のサイバーパンク映画」である『鉄男』(Tetsuo the Iron Man)から取られたものだという。

コルカタは古くはアジア初のノーベル賞受賞者である詩人のタゴールや映画監督のサタジット・レイらを輩出した文化の薫り高い都市だが、現代のテクノアーティストが1989年の日本のカルト映画にまで行き着くとは思わなかった。
どこか90年代テクノの影響を感じさせるサウンドが、映画の世界観にも合致しているように感じられる。



インド北東部のアコースティック・ポップバンドLai Lik Leiによる"Eshei"は、曲名こそ日本語では無いが、"Iriguchi"という映画のテーマ曲として作られている。

マニプル州は、無謀な進軍で多大な犠牲者を出した旧日本軍のインパール作戦の戦場となった土地だ。
この曲に日本語のタイトルが採用されている理由は、こうした悲劇的な歴史によるものかもしれないが、モンゴロイド系の民族が暮らすインド北東部では、ナガランド州で日本のアニメのコスプレがブームになるなど、東アジアのカルチャーへの親和性が高い土地でもある。

民族的にも宗教的にもインドのマジョリティーとは異なる北東部の人々にとって(インド北東部はクリスチャンが多い)、日本や韓国のカルチャーは、ボリウッドなどのインドの現代文化よりも身近に感じられるのかもしれない。


ムンバイのビートメーカーKaran Kanchanは、NaezyやDIVINEなど、インドを代表するラッパーたちのトラックを制作するかたわら、ソロ作品では日本文化の影響を大きく取り入れた'J-Trap'なるジャンルの楽曲を多く発表している。
(このJ-Trapというジャンルは、日本発祥ではなく、このKaran Kanchanが提唱しているものだ)
6月に発表した最新作"Monogatari"では、日本の三味線奏者の寂空(Jack)とのコラボレーションにより、よりユニークな世界観を表現している。


じつは、このコラボレーションのきっかけになったのは、私、不肖軽刈田。
以前インタビューしたことがあるKaran Kanchanから「三味線奏者を紹介してほしい」という相談を受け、SNSで声をかけたところ、世界ツアーの経験もある寂空が応えてくれたのだ。
今作では寂空はナレーションのみの参加だが、今後、三味線でのコラボレーションも計画されているそうで、期待は高まるばかりだ。

インドと日本のコラボレーションとしては、以前このブログでも大々的に紹介したムンバイ在住のダンサー/シンガーのHirokoさんと現地のラッパーIbex, ビートメーカーKushmirによる『ミスティック情熱』も記憶に新しい。


Hirokoさんも現地のミュージシャンとの新しいコラボレーションの計画が進行中だそうで、今後、日印共作による面白い作品がどんどん増えてゆくのかもしれない。


と、ざっと日本語のタイトルを持つ曲や、日本との関わりのある曲を紹介した。
面白いのは、「懐かしい」や「生きがい」といった、日本独特の心のあり方をタイトルに採用した曲が多いということ。
かつて、ヨガやインド哲学に代表されるインドの精神文化は、西洋的な消費文化に対するカウンターカルチャーとして、欧米の若者たちに大きな影響を与えた。
また、インドは仏教のルーツとして、日本文化の源流となった国でもある。
それが今日では、欧米的な生活をするようになったインド都市部の若者たちが、日本の文化をその作品に引用しているというわけで、この現象は、世界的なカウンターカルチャーや精神文化の動向という意味でも、なかなか興味深いものがある。

今後も、極東アジアと南アジアの文化の影響のもとで、どんな素晴らしい作品が生まれてくるのか、興味は尽きない。
また何か面白い作品を見つけたら紹介したいと思います!




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goshimasayama18 at 18:40|PermalinkComments(2)

2020年08月22日

インディアン・アンビエント/エレクトロニカの深淵に迫る!

インドにはアンビエント/エレクトロニカ系のアーティストがかなり多く存在している。 
それも、都会的な洒落たセンスよりも、深遠かつ瞑想的なサウンドを追求している、いかにもインド的なアーティストがじつに多いのである。

あらかじめ正直に言っておくと、私はアンビエントやエレクトロニカには全く詳しくない。
だから、ひょっとしたらこれから書くことは、インドに限らない世界的な傾向なのかもしれないし、どこか別の国にこのムーブメントのきっかけとなったアーティストがいるのかもしれない。
(もしそうだったらこっそり教えてください)
さらに、インドというとなにかと深遠とか哲学的とか混沌とか言いたくなってしまうという、よくあるステレオタイプの罠にはまっているのかもしれないが、それでもやっぱりインド特有の何かがある気がして、この記事を書いている。

インドといえば古典音楽が有名だが、(またしても詳しくないジャンルを印象で語ることになってしまうが)インドの古典音楽は、声楽にしろ器楽にしろ「全宇宙を内包するような深みがある一音を出すこと」を非常に重視しているように感じられる。
インド音楽には和音(コード)の概念が無いとされているが、その分、一音の響きと深みに、比喩でなく演奏者の全人生を捧げているような、そんな印象受けることがあるのだ。

もしかしたら、インド人には、ジャンルに関係なく、深みのある音を追求することが運命づけられているのではないか。
インドのアンビエント/エレクトロニカを聴いていると、そんな考えすら浮かんでくる。
そんないかにもインド的な電子音楽を、ここでは仮にインディアン・アンビエント/エレクトロニカと呼ぶことにする。

典型的なインディアン・アンビエント/エレクトロニカは、寺院の中で反響するシンギングボウルのような、倍音豊かな音色が鳴り続けているということ、そして、あくまでも柔らかなビートと、ときに生楽器を混じえたオーガニックな音や、古典楽器やマントラの詠唱のようなインド的な音響が混じることを特徴としている。
(「それ、普通のアンビエントじゃん」という気もするが、ひとまず先に進めます)

YouTubeの再生回数を見る限り、インディアン・アンビエント/エレクトロニカで最も有名なアーティストは、このAeon Wavesだろう。
彼らの楽曲は、この"Into The Lights"をはじめとする数曲が、世界中のアンビエント・ミュージックを紹介しているyoutubeの'Ambient'チャンネルで紹介されており、いずれも再生回数は10万回を超えている。


この"Voices"では民族音楽風のパーカッションとマントラのようなサウンドを導入して、エスニックかつスピリチュアルな雰囲気を醸し出している。
Aeon Wavesは北西部グジャラート州のアーメダーバード出身のKanishk Budhoriによるソロプロジェクト。
アーメダーバードといえば、ポストロックバンドのAswekeepsearchingを輩出した都市だが、なにか音響へのこだわりを育む土壌があるのだろうか。


このPurva Ashadha and Feugoも、いかにもインディアン・アンビエント/エレクトロニカらしいサウンドを聴かせてくれる。

ビートレスのまま長く引っ張ってゆくサウンドは思索の海を漂っているような瞑想的な響きがある。
Purva Ashadhaはアッサム州出身で現在はムンバイを拠点として活動しており、Feugoはクリシュナ寺院の門前町として知られベジタリアン料理で名高いウドゥピ出身でバンガロール育ち。
決して中心部の大都市出身ではないアーティストが多いのもこのシーンの特徴と言えるだろうか。

この二人のユニットには、のちにFlex Machinaという名前がつけられたようだ。
よりダンス・ミュージック的なアプローチをすることもあるが(例えばこの動画の5分半頃〜)、そのサウンドは、あくまでも、深く、柔らかい。

RiatsuはムンバイのメタルバンドPangeaの元キーボーディストという異色の経歴のアンビエント・アーティスト。
不思議なアーティスト名の由来を聞いたところ、日本の漫画/アニメの"Bleech"に出てくる精神的パワー「霊圧」から名前を取ったという。

この曲のタイトルの"Kumo"は日本語で、雲でなく「蜘蛛」。
朝露にきらめく蜘蛛の巣の美しさを思わせるトラックだ。
最近ではアメリカのエクスペリメンタル・トランペッターJoshua Trinidadとのコラボレーションにも取り組んでいる。

ムンバイのThree Oscillatorsも、金属的だが柔らかい反響音が印象的な心地よいトラックを作っている。

彼は今年1月のDaisuke Tanabeのインドツアーのムンバイ公演にも地元のアーティストとしてラインナップされていた。

バンガロールのEashwar Subramanianは、アンビエントというよりも、ニューエイジ/ヒーリングミュージックと言ってもよさそうな優しい音像を作り出すミュージシャンだ。


Shillong Passでは、チベタン・ベルを使って瞑想的なサウンドを作り出している。

同じくバンガロールのAerate Soundはヒップホップカルチャーの影響を受けたビートメーカーだが、そのサウンドはアンビエント的な心地よさに溢れている。


バンガロールはインドのポストロックの中心地でもあり、音響的な魅力のある多くのミュージシャンが拠点としている都市で、アンビエント/エレクトロニカ系のアーティストも多い。
地元言語カンナダ語のかなりワイルドな印象のヒップホップシーンもあるようだが、Aerate SoundはSmokey The Ghostらのよりチルホップ的傾向の強いラッパーとの共演を主戦場としている。


こちらもバンガロールの男女2人組、Sulk Stationは、トリップホップ的なサウンドに古典音楽的なヴォーカルを導入して、インドならではのチルアウト・ミュージックを作り上げている。

彼らはインドで盛んな古典音楽とのフュージョン・ミュージックとして語ることもできそうだ。

先日リリースした"Perpetuate"で、日常にサイケデリアを融合した素晴らしいミュージックビデオをリリースしたOAFFも、インド古典音楽を取り入れた"Lonely Heart"でインド古典声楽を導入している。


OAFFはムンバイを拠点に活動するKabeer Kathpaliaによるエレクトロニック・ポップ・プロジェクトだ。

こちらもムンバイから。
Hedrunの"Chirp"は自然の中にいるかのような心地よさを感じることができるサウンド。

HedrunはPalash Kothariによるエレクトロニカ・プロジェクトで、彼は私のお気に入りでもあるムンバイのアンビエント/エレクトロニカ系レーベル'Jwala'の共同設立者のうちの一人でもある。


ゴア出身のテクノ・アーティストVinayak^Aも、インド声楽を導入したトラックをリリースしている。
トランスの聖地ゴア出身の彼は、早い時期からにテクノ/トランス触れていたようで、この "Losing Myself"のリリースは2011年。
インド系のクラブミュージックとしては2000年ごろに出現したデリーのMidival PunditzやUKエイジアンのTalvin Singh, Karsh Kaleらに続く第二世代にあたる。

彼はSitar MetalのRishabh SeenやTalvin Singh(タブラで参加)と共演して本格的に電子音楽とインド古典音楽の融合に取り組むなど、意欲的な活動をしている。


OAFFやVinayak^Aのサウンドは、前述のインディアン・アンビエント/エレクトロニカの定義には当てはまらないかもしれないが、いずれも欧米のミュージシャンがエスニック・アンビエントやトランスに導入してきたインド的な要素を、インド人の手によって逆輸入した好例と言えるだろう。


最後に紹介するのはデリーのアンビエント・レーベルQilla Recordsを主宰するKohra(このアーティスト名はウルドゥー語で「霧」を意味しているとのこと)。
7月にリリースしたニューアルバム"Akhõ"は、17世紀のグジャラート州の神秘詩人/哲学者の名前から名付けたものだ。
彼はこの詩人からの影響をアルバムに込めたという。
 

彼がRolling Stone Indiaに語ったインタビューの内容がまた面白い。
なんと彼は、2年前から始めた瞑想の影響で、クラブミュージックから出発したアーティストなのに、「パーティーは完全にやめてしまった」そうだ。

「鍛錬や瞑想を始めから、パーティーみたいなことは完全にやめてしまったんだ。たとえ自分のライブをやっていて、他の人たちがパーティーをしていてもね。おかげで、完全に違う心境にたどり着くことができたよ。自分が作っているような音楽に合った状態でいたかったしね。」
(出典:https://rollingstoneindia.com/kohra-new-album-akho/

瞑想によってクラブ・ミュージックを追い越してしまった彼が、これからどんな音楽を作ってゆくのか、興味は尽きない。

インドのアンビエント/エレクトロニカの独特の音世界には、音楽に楽しさや心地よさ以上のものを込めようとする彼らの哲学が込められているのかもしれない。

今回紹介したアーティストに限らず、インドにはさらに様々なタイプのアンビエント/エレクトロニカ系のアーティストがいる。
もっと聴いてみたければ、手始めにデリーのQilla RecordsやムンバイのJwalaレーベルあたりからチェックしてみると良いだろう。





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goshimasayama18 at 20:26|PermalinkComments(0)

2020年07月05日

インディー音楽の新潮流「レトロ風かつマサラ風」はインドのヴェイパーウェイヴか?

インドのインディー音楽の歴史は、エンターテインメントのメインストリームである「ボリウッド的なもの」への反発の歴史だった。
…とまで言ったら言い過ぎかもしれないが、「ボリウッド的なものを避けてきた」歴史だったことは確かだろう。

かつて日本のインディーズバンドが「歌謡曲」的なベタさを仮想敵としてきたように、インドのインディー音楽も、ドメスティックな大衆文化であるボリウッドとは距離を置いた表現(例えば「洋楽的」なクールさを持つもの)を追求してきた。
例えば、近年成長著しいインドのストリートラップは、早くからボリウッドに取り入れられてきたバングラー・ビート(インド北西部パンジャーブ州をルーツとするバングラーのリズムや歌を取り入れたダンスミュージック)ではなく、よりアメリカのブラックミュージックに近いスタイルを取ることが多い。
新しい表現衝動には、既存の商業音楽とは異なるスタイルが必要なのだ。

ところが、ここ最近、インドのインディーミュージックシーンで、「あえて」ドメスティックど真ん中の往年のボリウッド的なビジュアルやサウンドを取り入れて、「ダサかっこいい」演出をするアーティストが増えてきている。
これは、以前からインドで見られた「古典音楽と西洋音楽のフュージョン」とか、「伝統衣装を現代風におしゃれに着こなす」といったものとは似て非なる、全く新しい風潮だ。
簡単に言うと、古いもののかっこよさの再発見・再評価ではなく、古くてダサいものを、古くてダサいまま愛でよう、という、より高度に屈折した見せ方ということだ。

こうした傾向は、2010年代に爆発的な広がりを見せたヴェイパーウェイヴなどのレトロフューチャー的なムーブメントの、インド的な発展とも言える。
(ヴェイパーウェイヴを定義するならば「80年代的な大量生産/大量消費の大衆文化を、ノスタルジーと皮肉と空虚さを込めて再編集した音楽と映像」。検索するとくわしい解説記事がたくさんヒットします)。
成長著しいインドの若手アーティストにとって、20年以上前の娯楽映画や大衆音楽は、もはや避けるべきダサいものではなく、別の時代、別の世界の作品であり、格好の「ネタにすべき素材」になっているのだ。
インドのポピュラーミュージック市場では、まだまだ映画音楽の市場規模が圧倒的に大きいとはいえ、インディーミュージックも急速に発展を続けており、メインストリームを面白がる余裕が出てきたとも言えるだろう。

まず紹介するのは、Rolling Stone Indiaが選ぶ2018年のベストミュージックビデオ10選にも選ばれた、チャンディーガル出身のガレージロックバンドThat Boy Robyの"T".
サイケデリックなサウンドに合わせて中途半端に古い映画の画像が繰り返される、無意味かつシュールで中毒性の高い映像になっている。

本来の映画の内容から離れて、インド映画の強烈な映像センスを「サイケデリックなもの」として扱う感覚が、インド国内でも育ってきているのだ。


続いて紹介するのは、ネパール国境にほど近い西ベンガル州の街シリグリー(Siliguri)出身のレトロウェイヴ・アーティストのDreamhourが先ごろリリースしたアルバム"PROPSTVUR"から、"Until She".
このレトロなシンセサウンドも驚愕だが、よくこんなにレトロフューチャー的なインド人女性の画像(時代を感じさせるメイクと衣装のラメ感!)を探してきたなあ、ということに感心した。

ムンバイやバンガロールのような国際的な大都市ではなく、「辺境の片田舎」であるシリグリーでこの音楽をやっているというのも味わい深い。
彼のセンスが地元の人々にはどう受け入れられているのか、若干気になるところではある。
彼のアルバムは全編通してレトロなテイストが満載で、まるで冷凍睡眠から覚めた80年代のダンスミュージックのプロデューサーが作り上げたかのような面白さがある。


ムンバイとバンガロールを拠点とするトラックメーカーのMALFNKTIONとRaka Ashokは、タミル語映画を中心に1970年代から活躍する映画音楽家Illaiyaraaja(イライヤラージャ)の音源をベースミュージックにリミックスした"Raaja Beats"を発表。

イライヤラージャは、電子音楽などを導入して、当時としては非常に斬新なサウンドを作り上げた音楽家だ。
今となってはレトロなそのサウンドを新しいビートで生まれ変わらせたこの試みは、意外性を狙っただけではなく、彼らの音楽的ルーツを振り返るものでもあるのだろう。


同じような試みをしているのは彼だけではない。
このP.N.D.A.というアーティストは、詳細は不明だが、Bollywood LofiとかDesi Waveというジャンル名で、古い映画音楽をヴェイパーウェイヴ的に再編集した作品をたくさんYouTubeにアップしている。

ヴェイパーウェイヴのアーティストたちの音楽的ルーツの深層に80年代の商業音楽があるように、現在インドの音楽シーンで活躍しているミュージシャンたちも、インディーミュージックに目覚める前の原体験として、このような映画音楽が刻み込まれているのだろう。
そうした音楽は、個々のインディペンデントな表現衝動とは何の関係もない、むしろ商業的で空虚なものなのだが、だからこそノスタルジーと自分自身を含めた時代への皮肉を込めた表現として両立するのである。

この「インド版ヴェイパーウェイヴ」は、例えば「インド最古の音楽レーベル」であるHindusthani Recordsの音源をヒップホップのビートに流用したコルカタのSkipster aka DJ SkipとラッパーCizzyのような、自身のルーツへの直接的なリスペクトの表明ともまた違う。

これはこれで、温故知新的なかっこよさがたまらない。

今回紹介したような屈折した表現の登場に、インドの音楽シーンの成熟を改めて感じさせられた。
そして、80年代の日本や欧米のカルチャーと比べても、格段にアクの強いサウンドやビジュアルを、よくもまあクールに再定義したものだと、大いに感心した次第である。

こうした傾向はこれからも続きそうで、まだまだ面白いサウンドが登場しそうなので、要注目です!
それでは!


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goshimasayama18 at 17:29|PermalinkComments(0)

2020年06月01日

インドのEDM系アーティストがなにかと面白い! KSHMR, Lost Storiesらのインド風トラック!



意外に思われるかもしれないが、ダンスが大好きなインド人の間では、EDM系の音楽の人気がとても高い。
主要なリスナー層は、都市部の中産階級以上の音楽の流行に敏感な若者たちに限られるのだろうが、それでも13億の人口を誇るインドでは、相当数のファンがいるということになる。
インドではアジア最大の(そして世界で3番目の規模の)EDMフェス"Sunburn"が開かれているし、国際的に活躍しているインド人アーティストもいる。


EDMというジャンル自体、すでに人気のピークを過ぎた感もあるし、そもそもコロナウイルス禍でフェスティバルやパーティーが開けない状況が続くと、シーン自体がどうなってしまうのか心配ではあるが、インドにおけるEDM人気の根強さは、今のところ我々の想像をはるかに超えているのである。

今回は、そんな「ダンス大国」インドのEDMアーティストたちが、グローバル市場向けのゴリゴリのダンストラックとは別に、国内リスナー向けにかなりインドっぽい楽曲を製作しているというお話。

以前の記事でも取り上げたムンバイ出身のEDMデュオ、Lost Storiesが、プレイバックシンガーとして活躍するJonita Gandhiと共演したこの"Mai Ni Meriye"は、彼らがこれまでに発表してきたトランス系テクノやEDMとは大きく異なるボリウッドっぽい1曲。
(Lost Storiesがこれまでに発表してきたダンストラックについては、この記事を参照してほしい。"Tomorrowlandに出演するインド人EDMアーティスト! Lost StoriesとZaeden!"


原曲はヒマーチャル・プラデーシュ州の伝統音楽のようだ。
Jonita GandhiはYouTubeにアップした歌声がきっかけでA.R.Rahmanに見出されたカナダ在住のシンガーで、2013年以降様々な映画のサウンドトラックに参加している。(昨年11月にNHKホールで行われた「ABUソングフェスティバル」にも、インド代表としてラフマーンとともに来日していた。)
Lost Storiesの洗練されたトラックに彼女の古典音楽風の節回しの歌が乗ることで、あたかも最近のボリウッドの映画音楽のような仕上がりになっている。

Lost StoriesがKSHMR(カシミア)と共演した"Bombay Dreams"のミュージックビデオは、サウンドだけでなく映像も映画のような魅力を持っている。

エスニックなメロディーラインが印象的だが、エレクトロニック系の曲だとこの手の旋律は国籍に関係なくよく使われているので、もはやどこまでがインドでどこからがEDMなのかさっぱり分からなくなってくる。
それはともかく、このミュージックビデオで注目すべきは、音楽よりもマサラテイストかつ甘酸っぱいストーリーのほうだろう。
「イケてない太めの男子」と「古典舞踊を習う女子」というEDMのイメージとは距離のありすぎるキャラクターたちが繰り広げる淡い恋模様は、まるで青春映画の一場面のようだ。

この曲でLost Storiesと共演しているKSHMRはカリフォルニア州出身のインド系アメリカ人で、その名前の通りカシミール地方出身のヒンドゥー教徒の父を持つEDMミュージシャン/DJだ(母親はインド系ではないアメリカ人のようだ)。
彼はもともとCataracsというダンスミュージックグループに在籍しており、いくつかの曲をヒットさせていたが、Cataracs解散後の2014年にKSHMR名義での活動を開始すると、Coachella, Ultra Music Festival, Tommorowland等の主要なフェスに軒並み出演し、2016年にはDJ MagazineのTop 100 DJs of the yearの12位とHighest Live Actに輝くなど、名実ともにトップDJの座に躍り出た。

KSHMRがベルギー人DJのYves Vと共演したこの"No Regrets (feat. Krewella)では、音楽的にはインドの要素はほぼ無いものの、インドの伝統格闘技クシュティをテーマにしたミュージックビデオを製作している。

冒頭で歌われているのはハヌマーン神へを讃えるヒンドゥーの聖歌らしく、こちらもまるでインド映画のような仕上がりになっている。

インドのインディー系ミュージシャンには、インドのポップカルチャーの絶対的な主流であるボリウッドに対して「ドメスティックでダサいもの」という反感を持っている者が多いという印象を持っていたので(かつて日本のロックミュージシャンが歌謡曲に抱いていたような感情だ)、こうしたEDM系のアーティストたちが、ボリウッドっぽさ丸出しの楽曲をリリースしているということに、非常に驚いてしまった。
グローバルな成功を収めている彼らにとっては、ローカルなボリウッドは仮想敵とするようなものではなく、むしろ冷静にマーケットとして見ているということだろうか。
(日本でいうと、石野卓球あたりがJ-Popのプロデュースやリミックスを手がけているのと同じようなものかもしれない)

KSHMRは、2015年から2017年まで、「アジア最大のEDMフェス」Sunburnのオフィシャルミュージックを手がけており、EDMやトランスに開催地であるインドの要素を融合させた楽曲をリリースしたりもしている。




これらの曲を聴けば、彼が自身のルーツであるインドの要素をいかに巧みにダンスミュージックに取り入れているかが分かるだろう。
このどこまでも享楽的なサウンドは、かつて欧米や日本のトランスDJたちが、インド音楽をサイケデリックで呪術的な要素として使ってきたのとは対照的で、長らくインドの音楽をミステリアスなものとして借用してきた西洋のポップ・ミュージックに対するインド人からの回答として見ることもできそうだ。

パーティーミュージックのプロデュースにかけては一流の評価を得ているKSHMRが、そのサウンドに反して極めてシリアスなメッセージを伝えようとしているミュージックビデオがある。
彼の故郷の名を冠した"Jammu"という曲である。
Jammu(ジャンムー)とは、彼の名前の由来になったカシミールとともにジャンムー・カシミール連邦直轄領を構成する地域の名前だ。
この地域は、1947年のインド・パキスタンの分離独立以来、両国が領有権を主張し、たびたび武力衝突が起きている南アジアの火薬庫とも言える土地である。
カシミール地方では、「ヒンドゥー教徒がマジョリティーを占める世俗国家」であるインドにおいて、例外的にムスリムが多数派を占めるという人口構成から、インド建国間もない時期から独立運動も行われており、この地を巡る状況は非常に複雑になってしまっているのだ。
こうした歴史から、かつては「世界で最も美しい場所」とまでいわれていたカシミールでは、テロや紛争、独立闘争やその過酷な弾圧のために、数え切れないほどの血が流されてきた。


戦乱で母を失った少年がテロリストになるまでを描いたストーリーは、欧米やヒンドゥー側から見たムスリムのステレオタイプ的なイメージという印象も受けるが、現実に起こっていることでもあるのだろう。
(ちなみにKSHMRは"Kashmir"という楽曲もリリースしているが、この曲ではミュージックビデオは作られていない)

このミュージックビデオがリリースされたのは2015年。
その頃は州としての自治権を有していたジャンムー・カシミール地域は、2019年8月にインド政府によって自治権を剥奪され、大規模な反対運動にも関わらず、連邦政府直轄領となることが決定した。
これにともなって、ジャンムー・カシミール地域では、混乱や暴動を避けるという目的で、長期間にわたるインターネットの遮断や外出禁止が行われ、外部との連絡が絶たれた中で治安維持の名目での暴力行為もあったという。 
デリーのラッパーPrabh Deepは、コロナウイルスによる全土ロックダウン時にリリースされた楽曲で、外出禁止が続くカシミールに想いを馳せる内容のリリックを披露している。


KSHMRによるインド色の強いミュージックビデオは、インド国内のマーケット向けというだけではなく、自身のルーツとなっているカルチャーや歴史を広く世界に知ってもらいたいという意図も持って作られたのだろう。
インド国内のアーティストが、ミュージックビデオでインド文化をできるだけ洗練されたものとして描く傾向があるのに対して、ステレオタイプ的な描写が多いのは、彼が母国を遠く離れた欧米で生まれ育ったこととも関係がありそうだ。
いずれにしても、KSHMRのこうした映像作品は、YouTubeのコメント欄を見る限りでは、インドのリスナーに好意的にはかなり受け入れられているようである。
彼はDJセットにおいてもインドの楽曲をサンプリングすることが多く、それが彼のDJの文字通り巧みなスパイスになっている。

以前紹介したZaedenも、ヒンディー語楽曲をいくつか発表しているが、今回はインド系バルバドス人のRupeeが2004年にスマッシュヒットさせた'"Tempted to Touch"のリメイクを紹介したい。

ほぼ忘れられかけていた一発屋をこうしてリメイクするという取り組みも、世界で活躍するインド系アーティストへの絆を感じさせるものだ。

無国籍なサウンドとなることが多いダンスミュージックに、インド系のアーティストがこれだけ自身のルーツの要素を取り入れているということは、かなり面白いことだと感じる。
これは欧米が主流のシーンに対する自己主張であるだけでなく、全てを取り入れて混ぜ込んでしまうインド文化のなせる業なのだろうか。



エレクトロニックミュージックとインド的要素の融合については、非常に面白いテーマなので、まだまだ書いてゆきたいと思ってます。
それでは今回はこのへんで!




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goshimasayama18 at 19:16|PermalinkComments(0)

2020年02月11日

Daisuke Tanabe氏にインドのクラブシーンについて聞く!

おそらくは、日本のコンテンポラリー・ミュージックの世界で、最も多くインドでの活動を経験しているミュージシャンだろう。

Daisuke Tanabe — 世界的に活躍する電子音楽アーティストである彼は、2016年を皮切りに、これまでに3度のインドツアーを行っている。
のみならず、2018年にはムンバイのエレクトロニカ系レーベルKnowmad RecordsからEP "Cat Steps"をリリースするなど、彼とインドのシーンとのつながりは、非常に深いようである。
つい先月もインド4都市でのライブを行ったばかりのTanabe氏に、メールでインドのクラブミュージックシーンについて聞いてみた。

DaisukeTanabe

Tanabe氏とインドの音楽シーンとの最初の接点は、2016年にムンバイのエレクトロニカ・アーティストKumailのリミックスを手掛けたことだったという。
Kumailと「いつかインドでライブができたらいいね」と話していたところ、さっそくその年に最初のインドツアーが決定した。
Daisuke Tanabe、初のインドツアーは、'Magnetic Fields Festival'への出演と、ムンバイ、ベンガルール、プネーの3都市を回るものだった。
実際に訪れてみると、インドにはすでに彼の音楽を長く聞いているリスナーが大勢おり、大歓迎を受けたという。
これまで何度もこのブログで書いてきた通り、コアなファンを持つジャンルや、「音の響き」そのものが重視される音楽では、国籍や国境はあまり意味を持たない。

Tanabe氏自身も意外だったという大歓迎は、彼の音楽のスタイルと、そして質の高さが、国や文化の壁を軽々と超えるものだということの証明と言えるだろう。
ちなみに彼以外にインドでのライブを経験している日本人アーティストには、フィールドレコーディングによる音源を再構築してユニークなサウンドを作るYosi Horikawa、ポストロックのMono、デスメタルの兀突骨などがいる。
いずれも唯一無二の「音の個性」を持ったアーティストばかりである。

Knowmad RecordsからリリースされたEP"Cat Steps".

繊細かつ自由。
リズム、ハーモニー、ノイズが気まぐれに、しかし美しく展開する作風はまさにCat Stepsのタイトルにふさわしい。

Kumailの"Bottom Feeder"のDaisuke Tanabe Remixは、叙情と混沌と美の2分半だ。

Daisuke Tanabeのインドでの最初のライブは、ラージャスターン州の砂漠の中の宮殿で行われる電子音楽系のフェス、Magnetic Fields Festivalだった。
インドらしい異国情緒と国内外の先端的な音楽が融合した、かなりユニークなフェスティバルだ。
Sunburn, VH1 Supersonic, NH7 Weekenderなど、近年大規模な音楽フェスが増えているインドだが、ローカルの伝統文化と新しい音楽を融合するという発想のフェスは珍しい。
彼が出演した2016年のアフタームービーからも、その独特な雰囲気が感じられる。


このMagnetic Fields Festivalは、チケットがかなり高額なフェスであるため、Tanabe氏曰く、客層は裕福そうな人が多く、オーディエンスのマナーもとても良かったとのこと。
日本では音楽ファンにもインド好きにもまだほとんど知られていないイベントだが、伝統的なインドと最先端の音楽シーンをかなり面白い形で体験できる、素晴らしいフェスティバルのようだ。
(かつての記事でも少し紹介しているので、興味のある方はこちらもどうぞ)


2018年の9月には、リリースしたばかりの"Cat Steps"を引っさげて、ニューデリー、ムンバイ、バンガロール、プネーを回る2度目のインドツアーを挙行。
今年1月のツアーでは、ムンバイ、バンガロール、ニューデリーに加えて、ゴアでのライブも行った。

Tanabe2018tour
和の要素を感じさせるフライヤーがクールだ。
Tanabe2020Tour

ヨーロッパ各国や中国など、さまざまな国でのライブ経験のあるTanabe氏に、インドのオーディエンスの印象について聞いてみたところ、「最初から最後までとにかくよく踊る」とのこと。
国によってはアーティストの動きにかぶりつくところもあれば、じっと音楽に耳を澄ますオーディエンスが多いところもあるそうだが、「インドはとにかく反応が良い」そうだ。
インド映画を見れば分かる通り、インド人は筋金入りのダンス好きだ。
インドに行ったことがある人なら、子どもたちがラジカセから流れる映画音楽に合わせて、キレキレのダンスを踊っているのを見かけたことがある人も多いだろう。
インドでは、大衆映画のファンから、クラブに来るような新しい音楽のファンまで、とにかく踊りまくる。
すばらしい国ではないか。

インドの都市ごとのシーンの印象について聞いてみたところ、あくまでも彼がライブを行った場所の印象だとことわったうえで、こう語ってくれた。

「ムンバイはインドの中でも特にパーティ好きと言うか、眠らない街という印象」、「デリーも大都市の雰囲気があるが、シーンに関してはムンバイよりある意味で大人な雰囲気」、そして「バンガロールはインドのローカルアーティストに聞くと、こぞって実験的な音楽に対しても耳を開いているという返事が返ってくる」そうで、今回初めて訪れたパーティーシーズンのゴアは、「オーディエンスの外国人率が他の都市と比べてダントツに高く、緩い雰囲気ではあるものの、やはり真剣に聴いてくれる印象」とのことだった。

このコメントは非常に面白い。
というのも、Tanabe氏が語るそれぞれの都市の印象が、各都市の歴史的・文化的な特徴とも重なっているように思えるからだ。
ムンバイはインド最大の都市であり、娯楽の中心地。ボリウッドのようなメインストリームの音楽からアンダーグラウンドなヒップホップ、エレクトロニック系、ハードコアまで様々なサウンドが生まれる土地である。
首都デリーは、古くから様々な王朝が栄えた文化的都市。インドで最初の国産電子音楽ユニットであるMIDIval Punditzやインド発のレゲエユニットReggae Rajahsなど、洗練されたセンスを感じさせるアーティストを多く輩出している。
バンガロールは20世紀末からIT産業によって急速に発展した国際都市で、音楽的にはポストロックなど、実験的なバンドが多い印象である。
そして、ゴアは古くから欧米人ヒッピーたちに愛されたリゾート地で、言わずと知れたゴア・トランスの発祥の地だ。

「ゴアは未だにトランスのパーティーも盛んなようで、興味深かったのは土地柄的にインドの人が最初に耳にする電子音楽はトランスが多い」というコメントも面白い。
ゴアはかつて西洋人のヒッピー/レイヴァーたちのトランスパーティーの世界的な中心地だったが(今でもHilltopやShiva Valleyというトランスで有名なヴェニューがある)、2000年頃からレイヴへの規制が強化され、外国人中心のパーティーと入れ替わるように、インドの若者たちが自分たちの音楽文化を作りあげてきたという歴史を持っている。

(ゴアの音楽シーンの歴史については、この3つの記事にまとめている) 



Tanabe氏は「実は以前はトランスも聴いていたので、インドでの人気の理由にはそこら辺の根っこの部分で近いものを感じ取っているのかもしれない」と述べている。
彼の有機的かつ刺激的なサウンドのルーツに実はトランスがあって、それがインドのオーディエンスにも無意識的に伝わっているとしたら、偶然なのか必然なのかは分からないが、音の持つ不思議な「縁」を感じさせられる話ではある。

また、Tanabe氏から聞いた各都市の「風営法」についての情報も興味深かった。
ムンバイでは、クラブイベントは深夜2時ごろまでに終了することが多いようだが、近々条例が改正され、さらに長時間の営業が可能になる見込みだという。
一方、バンガロールでは、つい最近まで音楽イベントに対する規制がかなり強かったようで、現在では緩和されているものの、そうした事情を知らない人も多く、イベントを行うこと自体が難しい状況もあるという。
バンガロールでは、昨年、地元言語であるカンナダ語以外の言葉でラップしていたミュージシャンが、観客からのクレームで強制的にステージを中止させられるという事件も起きている。
ITバブル以降急速に発展したバンガロールでは、実験的な音楽が好まれるシーンがある一方で、まだまだ保守的な一面もあるということがうかがえる。

インドの音楽シーンを俯瞰すると、中産階級以上の新しいもの好きな若者たちが新しい音楽を積極的に支持している反面、宗教的に保守的な層(ヒンドゥーにしろ、イスラームにしろ)は、享楽的な欧米文化の流入に強い危機感と反発を抱く傾向がある。
実際、EDM系の大規模フェスであるSunburn Festivalはヒンドゥー原理主義者からの脅迫を受けているし、人気ラッパーのNaezyは父親から「ラップはイスラーム的に許されないもの」と言われていたようだ。(Naezyの場合、結局、ラップはイスラームの伝統的な詩の文化に通じるもの、ということで、お父さんには理解してもらえたという)
こうした文化的な緊張感が、様々な形でインドの音楽シーンに影響を与えているようだ。


Daisuke TanabeがムンバイのKnowmad Recordsから"Cat Steps"をリリースした経緯については、こちらのblock.fmの記事に詳しい。

「リリースして誰かに聴いてもらうということには変わりないし、今はもうどこの国からリリースしたっていうのはほとんど関係ない時代」という言葉が深い。
インターネットで世界中がつながった今、優れた音楽であれば、あらゆる場所にファンがいるし、またコアな愛好家がいるジャンルであれば、あらゆる場所にアーティストがいる。
Tanabe氏はこれまで、日本のCirculationsやイギリスのBrownswood、ドイツのProject: Mooncircleといったレーベルから作品をリリースしてきたが、今回のKnowmadからのリリースによって、インドのファンベースをより強固なものにすることができたようである。
勢いのある途上国のレーベルからリリースすることは、メリットにも成りうるのだ。

Tanabe氏は、特段インドにこだわって活動しているというわけではなく、ファンやプロモーターからのニーズがあるところ、面白いシーンがあるところであれば、国や地域の先入観にとらわれず(つまり、欧米や先進国でなくても)、どこにでも出向いてゆくというスタンスなのだろう。
そんな活動のフィールドのなかに、当たり前のようにインドという国が入ってくる時代が、もう到来しているのだ。

Tanabe氏とのやりとりで印象に残った言葉に、「インドのアーティストやプロモーター、オーディエンスと会話すると、海外からのステレオタイプなインド像を覆してやるという気概みたいなものもよく見受けられる」というものがあった。

インドの音楽と聞いてイメージするものといえば、映画音楽か伝統音楽という人がほとんどで、電子音楽やポストロック、メタルなどを思い浮かべる人はとても少ない。
今では、インドにもこうしたジャンルの面白いアーティストがいるし、熱心なファンもいる。
彼らには新しいインドの音楽シーンを作っていこうという熱意と気概があり、すでにMagnetic FieldsやSunburnのような大きなイベントも行われている。

何が言いたいのかというと、日本の音楽ファンやアーティストも、インドをはじめとする途上国のシーンにもっと着目したほうが面白いのではないか、ということだ。
まだ形成途中の、熱くて形が定まっていないシーンに触れられることなんて、日本や欧米の音楽だけを聴いていたら、なかなか味わえないことだ。
まして、インドは「とにかく踊る国」である。
こんな面白い国の音楽シーンを、放っておく手はない。



…と、ここで記事を終わりにしても良いのだけど、とは言っても、いざ現地の音楽シーンを体験しに行こうにも、どこに行ったらよいのか分からないという人も多いだろう。
インドには、ヒップホップやテクノがかかるクラブもあれば、ボリウッド映画のダンスチューンがかかりまくるディスコみたいな店(これはこれで面白そうだが)もある。

というわけで、最後に、Tanabe氏に聞いたインド各地のクラブ情報をお届けしたいと思います。


まずは、ムンバイから。
「どの都市にもライブ会場があり、僕が初めて訪れた時(25年ほど前とのこと)には想像もできなかった都市にもクラブがあったりします。お隣の国のネパールでもフェスティバルがあったりと、まだまだ行ってみたい会場や国はたくさんですが、知っている都市の中ではムンバイが特にクラブに対して非常に精力的な印象でした。
僕が今回プレイしたAnti Socialという会場は他の都市にも支店ができて居るようで、情報も得やすいかもしれません。

他にもBonoboもよく名前を聞く会場の一つです。」



「デリーではSummer House cafeという会場でライブしましたが、こちらも音も良く、また料理も美味しいものが食べられます。」

(註:このSummer House Cafeはデリーの若者たちが集う、音楽や新しいカルチャーの中心地Hauz Khasに位置している)
 

「バンガロールでは前回、今回ともにFoxtrotという会場でライブしましたが、こちらも他の会場と同じく非常に良い雰囲気の中で、料理や飲み物が楽しめます。」



「ゴアは街を歩けばイベントのポスターが至る所に貼ってあるので、イベントを探すのは最も簡単だと思われます。ただイベントが多いのでお気に入りの場所を探すのには多少時間を要するかもしれません。

どの街も全く違った顔を持って居るのでどれか一つは選べないので、とりあえず今回訪れた会場を挙げてみました。」


とのこと!
インドでは、日本のような音楽がメインのクラブやライブハウスというものはあまり無いようで、どこもレストランバーやカフェバー的な、食事と飲み物も楽しめるようなお店になっている。
今回紹介したようなお店は、現地ではオシャレスポットなので、いかにもバックパッカーのようなヨレヨレの格好で行くのは控えたほうが良いかもしれない。
 
お店にもよるが、イベントによっては、ロックやヒップホップ、はたまたスタンダップコメディの日なんかもあるみたいなので、訪れる前にホームページをチェックして、好みのジャンルのイベントを狙って行くことをオススメする。
ムンバイに関しては、現地在住のHirokoさん、ラッパーのIbex、ビートメーカーのKushmirに聞いた情報も参考になるはず。(この記事で紹介されています)


次にインドを訪れるなら、ぜひ現地の音楽シーンの熱さも味わってみては!



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goshimasayama18 at 22:55|PermalinkComments(0)

2020年01月04日

Rolling Stone Indiaが選ぶ2019年のベストミュージックビデオ11選

今年もRolling Stone India誌が選ぶ2019年のベストミュージックビデオが発表された。
例年なら10選であるところ、今回はなぜか中途半端な11選。
二部作になっているものもあるので、そういう意味では12選ということになる。

インドのミュージックビデオは近年加速度的にその質を向上させており、今年も見ごたえのある作品が選ばれている。
例によってとくに順位はつけられていないのだが、ウェブサイトで紹介された順番に、さっそく見ていこう。

The Local Train "Gustaakh"


The Local Trainはデリーを拠点に活動する活動するヒンディー語で歌うロックバンド。
この"Gustaakh"は彼らが2018年に発表したセカンドアルバムからのミュージックビデオとなる。
彼らは毎回ショートフィルム風の凝った映像を作っていて、過去にもロードムービー仕立ての"Khudi"のミュージックビデオが2017年のRolling Stone Indiaのベストミュージックビデオとして選出されている。
今回はコマ撮りによる近未来SFという新機軸で、ムンバイの映像作家Vijesh Rajanによる作品。
日本生まれのカルチャーである「怪獣映画」は、近年ハリウッドでのリメイクが相次いでいるが、その波がインドまで届いていると思うと感慨深いものがある。


Vasu Dixit "Nadiyolage"

Vasu Dixitは映画のプレイバックシンガーとしても活躍するシンガーRaghu Dixitの弟で、ベンガルール(バンガロール)を拠点に活動するバンドSwarathmaのヴォーカリスト。
この曲でもバンドと同様に伝統音楽を現代的/幻想的にアレンジしたフュージョンフォークサウンドを披露している。
Swarathmaとしても、2018年に発表したアルバム"Raah-E-Fakira"がRolling Stone Indiaの年間ベストアルバムに選ばれており、欧米的洗練を評価することが多い同誌にも、その音楽センスは高く評価されている。
この楽曲は、ベンガルールの詩人Mamta Sagarのカンナダ語の詩(「川の詩」という意味らしい)がもとになっているとのこと。
CGアニメーションによる映像は、やはり同郷ベンガルールのアニメ作家Rita Dhankaniによるもので、水や生命をテーマにした幻想的な映像は、一瞬も目が離せないほどに美しい。
この手の映像を作らせるとインドのアーティストは本当に素晴らしい才能を見せるが、それはやはり彼らの哲学や宇宙観によるものなのだろうか。
幻想的なアニメによるミュージックビデオは、先日紹介したEasy WanderlingsGouri and Akshaなども発表しており、最近のインドの音楽シーンのトレンドのひとつになっている。


Black Letters "In My Senses"

Black Lettersはケーララ州出身でベンガルールを拠点に活動しているポストロックバンド。
彼らもまた毎回優れた映像作品を発表していて、2017年にも"Falter"という曲がRolling Stone Indiaが選ぶベストミュージックビデオに選出されている。
このビデオに見られるような、レトロ/ローファイ感覚のサウンドや映像は、インドのインディー音楽シーンの新しいトレンドだ。
シーンの成熟にともなって、古い時代を古臭いダサいものとして扱うのではなく、クールなものとして再定義する感覚が、インドでも芽生えてきているのだ。


Parekh & Singh "Summer Skin"

インドのインディーロックファン(自分とマサラワーラー鹿島さん以外にいるのか不明だが)にはおなじみのコルカタ出身のドリームポップデュオ。
彼らはイギリスのレーベルPeacefrogと契約しており、日本でも高橋幸宏に紹介されるなど、国際的にも高い評価を得ている。
ウェス・アンダーソンを思わせるポップな色使いと世界観はこの"Summer Skin"でも健在で、これまでも彼らのビデオを手がけてきた映像作家のMisha Ghoseが今作も制作している。
Parekh & Singhは衣装から小道具まで、毎回かなりこだわったビデオを作っており、その制作費はどこから出ているのか非常に疑問に思っていたのだが、どうやら「実家がとんでもない大金持ち」というのがその真相らしい。
それでもここまで凝った世界観を構築するのは簡単なことではない。
彼らのこだわり抜いた姿勢にあらためてリスペクトを捧げたい。


Small Talk "Tired"

このミュージックビデオはムンバイのオルタナティブバンドSmall Talkのデビュー作品で、同郷ムンバイの映像作家兼ミュージシャンのJishnu Guhaが手がけている。
ポップでモダンな都市生活に、少しの空虚さと孤独感を感じさせる作風は、先進国の都市文化に通じる感覚と言えるだろう。
世界的な視点で見ると、けっして新しい種類の作品ではないかもしれないが、こうした感覚の映像がインドでも作られるようになったという意義が評価されてこのリストに選出されたものと思われる。


Parikrama "Tears of the Wizard"

20年のキャリアを誇るデリーのベテランハードロックバンドの初のミュージックビデオ(とRolling Stone Indiaは紹介していたが、私の知る限り、彼らは以前にもミュージックビデオを制作している)。
この作品は、黒い衣装に身を包んで荒野で演奏するという、メタルバンドに非常にありがちなもの。
音楽的にも映像的にも急に古典的なものが入ってくるあたり、やはりインドは一筋縄ではいかない。
この曲調にギターソロではなくバイオリンソロが入ってくるのはインドならではだ(バイオリンはインド古典音楽の楽器として、とくに南インド音楽でよく使用されている)。
やはり「欧米っぽいものをインド人が作った」ことを評価しての選出なのだろうか。


Peter Cat Recording Co. "Floated By"

2009年にデリーで結成された彼らは、強いて言えばオルタナティブ・ポップバンドと呼ぶことができるだろう。
ジプシー・ジャズなどを取り入れ、インドではかなり古くからオシャレでセンスの良いサウンドを聴かせていたバンドのひとつだ。
今作では、バート・バカラックあたりの影響を感じさせる渋谷系的なサウンドを披露している。
昔ながらの結婚式の映像を合わせるセンスは、Black Lettersの"In My Senses"同様に、伝統とモダンの融合を試みたものだ。
ちなみに結婚式のシーンは、ヴォーカルのSuryakant Sawhneyの実際の結婚式の映像が使われているとのこと。
こんなに現代的なサウンドを作るアーティストでも、結婚式は完全に伝統的なスタイルで行っているのが面白い。


The F16s "Amber"

The F16sは2012年結成のチェンナイのインディーロックバンド。
この作品も、前述の通りインドの音楽シーンでトレンドとなっているアニメによるミュージックビデオで、アーメダーバードのアニメーション作家Deepti Sharmaが制作している。
インドのアニメのミュージックビデオでは、スタジオジブリなどの日本のアニメーションの影響を感じる作品も多いなかで、このビデオではアメリカのカートゥーン調の映像が効果的に使われている。
扱われているテーマは、インターネット、パーティーカルチャー、返信願望、孤独感、そして自己の喪失といったグローバルな現代都市文化に共通して見られるもの。
1:56に一瞬寿司が出てくることにも注目!
寿司はここ最近のインドのフィクション作品のなかで、「モダンで奇妙な食べ物」として象徴的に扱われることが多い。
インドでも大都市を中心に寿司店が増えてきているが、「生魚を食べる」というインドとは真逆の食文化は、インド人にとってそれだけインパクトがあるものなのだろう。
それにしても、インドのインディーバンドのミュージックビデオに寿司が出てくるなんて、少し前までは想像もできなかった。


Your Chin "Luv Important"

Your Chinはムンバイのエレクトロニック・ポップアーティストRaxit Tewariによるソロプロジェクト。
彼はオルタナティブ・ロックバンドSky Rabbitの中心メンバーとしても活動している。
シュールな世界観のミュージックビデオはクラブミュージック系の音楽にありがちなものだが、やはりインドのアーティストがこの「ワールド・クラス」の作品を作ったということに意義がある。


Aabha Hanjura "Roshwalla" Part1 and Part2


Aabha Hanjuraは、ベンガルールで活動する女性シンガーで、印パ、ヒンドゥー/ムスリムの対立が続く北部カシミール地方の音楽を現代風にアレンジして歌っている。
衣装や顔立ちからすると、彼女自身もカシミール系のようなので、紛争の難を逃れて活動拠点を南部ベンガルールに移してきたのかもしれない。
コチを拠点にしたプロダクションMadGeniusによるミュージックビデオは、劇中で人形劇が繰り広げられるというメタ構造。
パート1の人形劇では古い価値観の権威に引き裂かれる恋人たちが描かれ、パート2では彼らが愛と意志の力で圧迫を乗り越える様が描かれている。
カシミール地方は、1947年の印パ分離独立にともなって両国に分断されて以来、悲劇にさらされ続けている土地だ。
インド領のカシミールは、全人口の8割をヒンドゥー教徒が占めるインドでは例外的にムスリムが多数派を占める地域となった。
この地域では、カシミールの独立やパキスタンとの併合を目指す運動が盛んに行われ、武装勢力によるテロ行為やその弾圧を目的とした政府側の暴力行為によって、多くの血が流された。
それでも、インド独立以降、この地域はジャンムー・カシミール州として、他州同様の自治権が与えられていた。
ところが、昨年10月、ヒンドゥー至上主義的な傾向を持つBJP(インド人民党)のモディ政権は、ジャンムー・カシミールの州の自治権を剥奪し、連邦直轄領としてしまう。
これに対する抗議運動を抑えるため、中央政府はカシミール地方のインターネットを遮断し、4ヶ月以上にも及ぶ封鎖を続けている。
ロックと伝統音楽と融合した音楽性は今聴くと少し古臭く聴こえるし、映像も選出された他のミュージックビデオに比べると垢抜けなく見えるかもしれないが、Rolling Stone Indiaは、こうした時代背景を考慮したうえで、この楽曲とビデオが持つメッセージが与えうる希望を評価して、ベストミュージックビデオのひとつに選出したという。
こう見えて、じつは社会的なメッセージのある一曲なのだ。


Uday Benegal "Antigravity"

Uday Benegalは、老舗ロックバンドIndus Creedのヴォーカリスト。
Indus Creedの前身は1984年にムンバイで結成されたRock Machineだから、インドのロック史上では最古参と呼べるほどのベテランシンガーということになる。
この楽曲は、インド音楽界の超大物A.R.ラフマーンとボリウッドの音楽プロデューサーClinton Cerejoが立ち上げたデジタルメディア企業Qyukiグループによって立ち上げられた、英語で歌うインド人アーティストを世界に売り出すためのプロジェクト'Nexa Music'の一環としてリリースされたもののようだ(ちなみにこのプロジェクトは日印合弁企業のMaruti Suzukiによって支援されている)。
大手がバックについているだけあって、モダンヘヴィロック風の楽曲も、'antigravity(反重力)'を映像化したミュージックビデオも非常にクオリティが高く、すでに500万回を超える再生回数を叩き出している。
映像はドバイを拠点に活動する映像作家のTejal Patni.
英語話者数ではアメリカに次ぐ人数を誇るインドが、本格的に英語ポピュラーミュージックのマーケットに進出することができるのかどうか、非常に興味深い試みだ。


ざっと11曲を見てみたが、今年は映画『ガリーボーイ』による空前のストリートラップブームが巻き起こっていたにも関わらず、ヒップホップからの選出がゼロだったことに驚いた。
個人的には、Dopeadeliczの"Aai Shapath Saheve Me Navtho"や、MC AltafとD'Evilが共演した"Wazan Hai"(いずれもムンバイ最大のスラムであるダラヴィ出身のラッパー)あたりは選出されても良かったように思う。
(彼らのミュージックビデオは「Real Gully Boys!! ムンバイ最大のスラム ダラヴィのヒップホップシーン その1」参照)
ヒップホップシーンがすでに成熟し、表現が類型化してきたことが「ヒップホップ外し」の理由かもしれないが、この企画は、多分にRolling Stone Indiaの編集方針による恣意的な部分が大きいので(例えば、バングラーラップなどのボリウッド的な大衆性の強いものは例年選出されない)、単に選者の好みなのかもしれない。
それでもこうして11曲を並べて見てみると、インドのインディペンデント系音楽カルチャーのトレンドが読み取れるように思う。

今年とくに目立ったのは、アニメーションの流行だ。
インドでは多くの若手アーティストが日本のアニメを見て育っており、おそらくはその影響が少なからずあるものと考えられる。
(もちろん、インドは映像系アーティストの人材が豊富で、またインディミュージシャンにとっては、予算の都合などで実写では表現できない映像を簡単に作れるという理由もあるだろう)
インドにおける東アジア系カルチャーは、音楽ではK-Popの人気が圧倒的だが、映像においては日本のアニメの存在感が非常に大きい。
なにかと英米志向の強いインド人だが、今後、映像や音楽の分野でアジアのカルチャーの影響がどのように開花するのか、今後も注目して見てゆきたい。

また、「古き良きインド」的なものを、ノスタルジーとしてではなく「キッチュでクールなもの」として描く傾向も近年目立ってきている。
こうした表現は、伝統文化と若者文化の間にある種の断絶があるからこそ可能なものであり、「変わりゆくインド」を象徴するものと言えるだろう。
一方で、「モダンな都市生活」を描くときに、それを憧れの対象としてではなく、虚無感や孤独感をともなったものとして描く作品も目立つようになった。
こうした傾向は今後も加速してゆくものと思われるが、その中で世界的に評価される作品が生み出されるのか、あるいはインドならでは面白さにあふれた作品がとび出してくるのか。
いずれにしても、近年急速に進歩しているインドの音楽シーンやミュージックビデオから、ますます目が離せなくなりそうだ。


過去の映像作品と比べてみるのも一興です!




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2019年12月16日

ゴアに帰って来たSunburn Festivalと「悪魔の音楽」批判


以前、インド西岸の街ゴアが、西洋人ヒッピーたちの楽園となり、90年代にはゴアトランス発祥の地となったのち、いまではインド人による音楽フェスティバルの一大拠点になるに至った経緯を書いた。

かつての記事はこちらから:




1960年代以降、欧米社会をドロップアウトしたヒッピーと呼ばれる若者たちは、こぞってゴアを目指した。
物価が安く温暖で、かつてポルトガル領だったことから欧米人ツーリストが過ごしやすい文化を持つゴアは、自由とドラッグと音楽を愛するヒッピーたちの理想郷だった。
1990年代に入ると、彼らがビーチサイドで行うパーティーのための音楽として、サイケデリックなテクノに民族音楽を融合した「ゴアトランス」が生まれた。
そのパーティーを目指して集まる者たちは、ヒッピーではなくレイヴァーと自称するようになった。


2000年代以降、無秩序なパーティーに対する規制が強化されるようになると、レイヴァーたちはこの街を去っていった。
そこにやってきたのが経済発展著しいインドの若者たちだ。
レイヴァーの文化的遺産であるパーティー文化はインドの若者たちに引き継がれ、ゴアはインド人たちがもっともクールな音楽フェスを楽しむリゾート地へと変貌した。

その象徴が、2007年に始まったSunburn Festivalだ。
インド人によるEDM/テクノ/ハウス系フェスのさきがけであるSunburn Festivalは、第1回の開催で5,000人の観客を集めると、回を追うごとに動員数を増やし、今では35万人が集う、アジア最大の、そして世界で3番目の規模のEDM系フェスティバルとなった。
世界で3番目ということは、フロリダのUltra Festival、ベルギーのTomorrowlandに次ぐ規模ということだから、その人気ぶりが分かるだろう。

Sunburn Festivalは、2016年以降は、のどかな港町のゴアからマハーラーシュトラ州の学園都市プネーに開催地を移して行われていたが、今年は久しぶりにゴアに戻って来て開催されることとなった。
2月にはSunburn Klassiqueと称して、このフェスティバルがインドの野外パーティーカルチャーの故郷であるゴアへ帰還したことを祝うイベントが行われた。

海外からは、インド系アメリカ人のEDMプロデューサーとして世界的な人気を誇るKSHMR, ベルリンの覆面ハウスDJとして知られるClaptoneらの世界的なアーティストが出演。
インドからも、国内テクノシーンの第一人者であるArjun Vagale、1990年代から活動するインド系クラブミュージックのMidival Punditzなどがラインナップに名を連ねた。

そして、年末の12月27〜29日には、いよいよ本番のSunburn Festival Goa 2019が行われる。
出演者として、マイアミ出身のハウス/テクノDJであるMaceo Plex, ベルギーのハウスDJ/プロデューサーのLost Frequencies、サマソニへの出演も記憶に新しいThe Chainsmokersらの豪華なアーティストたちがラインナップされている。


旅行やビジネスでインドを訪れただけの人には想像しづらいかもしれないが、この映像を見れば、インドにも欧米と同じようなパーティーカルチャーが確実に根付いていることが分かるだろう(とはいえ、こうしたイベントに集う若者たちは、12億人を超えるインドの人口のごく一部でしかないのだが)。
ところが、ゴアに里帰りを果たすSunburn Festivalに対して、宗教的な側面から、かなりトンデモな言いがかりがつけられているのだ。
インド大手紙Times Of Indiaの12月8日付の記事によると、保守的なヒンドゥーの政治家から、フェスの中止を求める声が上がっているという。


トランスミュージックは悪魔の音楽、取り締まるべき:ゴアの前大臣

ゴア最大のEDMフェスティバルが数週間後に迫っている。Siolim地区の立法議会議員で前大臣のVinod Paliencarは、「トランスミュージックはヒンドゥー神話の『乳海攪拌』のときに、悪魔が神々に対して演奏していた音楽である」と主張した。
この立法議会議員は、4ヶ月前までBJP(訳注:インド人民党。ヒンドゥー至上主義的傾向が強いとされる中央政府の現政権与党)内閣の水産大臣を務めており、「ウパニシャッド(ヒンドゥー神話)によると、トランスミュージックがプレイされるときは、常に悪が善を打ち破ることになる」と述べて、トランスパーティーの取り締まりをしようとしていた。
Paliencarの選挙区には、ゴアのナイトライフとゴアトランスで有名なアンジュナとバガトール(訳注:ビーチの名前。前述のレイヴパーティーの動画や今年のSunburnの会場がバガトールであり、アンジュナにはヒッピー向けの宿や店が多い) が含まれている。
(筆者訳、後略) 
若者が熱狂する音楽を「悪魔の音楽」と呼ぶという、1950年代のロックンロールの時代から繰り返された、ずいぶんと古典的な言いがかりである。
「乳海攪拌」とは、ヒンドゥー教における天地創造神話の一部だ。
神と悪魔が激しい戦いの末に、アムリタという霊薬を得るために、ミルクでできた海を攪拌すると、そこから天地のあらゆる存在が湧き出でたきた、という壮大な物語で、インドのみならず東南アジアにも広く伝わっている。
まさかそんな神話が、現代のクラブミュージックに対する批判に使われるとは思わなかった。
さすがにこれはゴアの人口の66%を占めるヒンドゥー教徒の、とりわけ保守的な層に向けた人気取りのための発言だと思うが、もしかしたらこの政治家自身も本気でこのトンデモな理論を信じているのかもしれないと思わせるところが、インドの面白いところでもあり、恐ろしいところでもある。

そもそも、今回のSunburnは決してトランスに特化したイベントではない。
メインはEDMやテクノ/ハウス系の音楽で、いわゆるトランス系のアーティストはSpace CatやLaughing Buddhaなどごく一部だ。
おそらく彼は狭義のトランスというジャンルを批判しているのではなく、クラブミュージック全般を指してトランスと呼んでいるものと思われるが、それはそれでいかにもゴアらしい誤解と言えるだろう。

いずれにしても、以前の記事でも紹介したように、ヒッピー/レイヴァーたちやパーティーカルチャーは、必ずしもゴアの地元民からは歓迎されていなかった。
外国から来た無法者たちによる治安の悪化やドラッグの蔓延は(彼ら自身は「自由を愛する」というつもりだったとしても)、穏やかな暮らしを愛する地元の人々にとっては、むしろ忌むべきものだったのだ。
ポルトガル領時代から暮らすカトリックの住民にとっては、インド併合後のヒッピーやヒンドゥー教徒の流入は歓迎せざるものであり、ポルトガル時代のほうが良かったという声も多いと聞く。
以前の記事では、カトリック系住民からのヒッピー批判をお伝えしたが、今回は、ゴアでも圧倒的多数派となったヒンドゥーの側からの、同様の批判というわけである。
よそ者たちの乱痴気騒ぎを歓迎しないという点では同意見だとしても、あまりにもヒンドゥー・ナショナリズム的なその主張は、異なる信仰を持つ住民たちにはどのように響いているのか、少し気になるところではある。

このVinod Palincarという政治家は、すでに開催が承認されているSunburn Festivalの中止を要求するとともに、「若者たちを守るためには、悪魔の音楽ではなく神々の音楽こそ演奏されるべきだ」とも述べている。
10万人規模のビッグイベントを本気で潰そうとしているのか、それとも人気取りのためのハッタリなのかは不明だが、彼の発言が、あまりにも多くの宗教や主義、価値観が混在する現代インドを象徴したものであることは確かである。


最後に、Sunburn Festival Goa2019にも出演するムンバイ出身のトランスDJ/プロデューサーのDesigner Hippiesを紹介して今回の記事を終わりにしたい。
Designer HippiesはRomeoとDeepesh Sharmaの兄弟によるデュオで、結成は1999年。20年にもわたるキャリアを誇る。
この時期に活動を開始しているということは、おそらくは海外の先進的なカルチャーに触れることのできる富裕層の出身だったのだろう。
20世紀末〜'00年代初頭といえば、イギリスではインド系移民たちによる伝統音楽とクラブミュージックを融合させたエイジアン・アンダーグラウンド・ムーブメント(例えばTalvin Singh, Karsh Kaleら)が勃興し、またインドでもそれに呼応するようにMidival Punditzらが注目され始めた時代。
Designer Hippiesは、彼らのスタイルがいわゆる「インドらしさ」に欠けるものだったからか、こうしたムーブメントに乗ることなく、世界中でコアなファンを持つトランス・シーンを舞台に地道な活動を続けてきた。
彼らは2007年の第1回Sunburn Festivalにも出演しており、他にもオーストラリア、タイ、イスラエル、イビサ、ブラジル、南アフリカ、韓国、日本などでのプレイを経験している。


サウンドは紛うことなきゴア・サウンド直系のサイケデリック・トランス。
彼もまた、ゴアでヒッピー/レイヴァーたちが撒いた種から育ったアーティストの一人と言えるだろう。
今回のSunburn Goaは、このフェスだけではなく、彼らにとってもゴアへの里帰りなのだ。
トランス系のアーティストたちは、このDesigner Hippiesの名が冠されたステージに出演することになっているようで、ヘッドライナーはイスラエルの大御所トランスアーティストであるSpace Catが務めるそうだ。

それにしても、いよいよ目前に迫ったSunburn Goaは、はたして無事に開催されるのだろうか。
ゴアのパーティーカルチャーは、ひとつの文化としてポジティブな側面もあるものだと信じたいし、なんとかして伝統文化や地域文化との共存ができると良いのだが…。





(余談というか追記。本文から削った部分なのですが、一応載っけておきます)

Sunburn Festivalは以前もヒンドゥー至上主義者たちの脅迫を受けている。
こうしたダンス系のフェスティバルはなにかと宗教的保守層からの批判の的になりがちだ。
この手のフェスの主な客層は、近年のインドの著しい経済成長(それは富の偏在や貧富の差を助長するものであったが)の結果として誕生した、外国文化を取り入れることに積極的な新しい富裕層の若者たちである。
インドに急速に流入している新しい消費文化、物質文化は、敬虔で保守的な価値観を重視する人たちの批判の対象となっているのだ。

一方で、レイヴ/パーティーカルチャーは、単なる消費文化ではなく、欧米社会の中ではむしろ過度な物質主義への対抗文化として発展してきた一面もある。
野外で夜通しリズミカルな音楽を聴きながら、自然と生命を祝福するということは、おそらくは歴史が始まる前から行われていたであろう、人間の根源的な営みとも言える。
実際彼らは、ヒンドゥー教のみならず、南米の先住民文化のイメージなども積極的に作品に取り入れていた。
トランスミュージックの野外パーティーは、現代社会のなかに突如として現れた、プリミティブな祝祭の場だったのだ。

過度な物質主義からの脱却を目指したかつての欧米の若者たちと、急速な経済成長の発展にともない、新しい娯楽を見つけることに貪欲なインドの若者たち。
トランスミュージックは、ちょうどその二つが交わる位置に存在している。
レイヴ/パーティーカルチャーの本質とは、プリミティヴィスムと消費文化の奇妙な融合であったということもできるかもしれない。
 

その後、自由の名のもとに行われていた無秩序なパーティーは、ドラッグの蔓延や風紀の紊乱を理由に世界中で取り締まりが強化され、運営のしっかりした大規模な商業レイヴ(Sunburnのような)以外は開催できなくなってゆく。
インドの政治の世界では、BJPの躍進にともないヒンドゥー・ナショナリズムが力を増し、欧米の文化やイスラームに対する批判の声が大きくなってゆく。
今回のトンデモなSunburn Festival批判も、こうした大きな流れの中に位置付けることができるのだが、それはまた、別のお話。
どんどん話がややこしくなり、とても手に負えないのでこのへんでやめておく。


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goshimasayama18 at 23:43|PermalinkComments(0)

2019年08月13日

ここ最近の面白い新曲を紹介!Karsh Kale feat. Komorebi, Aswekeepsearching, Swarthy Korwar feat. MC Mawaliほか

ここ最近、以前紹介したアーティストを中心に面白いリリースが相次いでいるので、今回はまとめて紹介してみます。

以前「インドのインディーズシーンの歴史的名曲レビュー」でも取り上げたタブラプレイヤー兼フュージョン・エレクトロニックの大御所Karsh Kaleは、日本のカルチャーの影響を受けた女性エレクトロニカアーティストKomorebiをフィーチャーした新曲をリリース。
Karsh Kale feat. Komorebi "Disappear" 
 
両方のアーティストの良さが活きた素晴らしい出来栄えの楽曲。
Komorebiはここ1〜2年でどんどん評価を上げており、ついにフュージョン音楽(ここで言うフュージョンはインド伝統音楽と現代音楽の融合のこと)のパイオニアの一人で、メインストリームの映画音楽でも活躍するKarsh Kaleに抜擢されるまでになった。
映像から音作りまで、非常にアーティスティックな彼女が今後どのような受け入れられ方をするのか、注目して見守りたい。

バンガロールを拠点に活躍するポストロックのAswekeepsearchingは、よりロック色の強い新曲"Rooh"(ウルドゥー語で「精神」という意味の単語か)をリリース。

今作では、ひとつ前のアルバム"Zia"で見られたエレクトロニックの要素は見られず、よりロック的な音作りの楽曲となっているが、演奏はともかくヴォーカルがLUNA SEAの河村隆一っぽく聴こえるところが好みが分かれそうだ。
彼らは新曲と同名のニューアルバムを準備中とのこと。
インドのポストロックシーンの代表格である彼らが、どんな新しいサウンドを届けてくれるのだろうか。


アメリカ出身のインド系女性シンガーMonica Dograは、フュージョンヒップホップ的な楽曲"Jungli Warrior"をリリース。

Divineらのガリー・ラップ以降、なんの変哲も無いインドの日常風景やそこらへんのオヤジをかっこよく撮るのが流行っているようだが、このビデオでもボート漕ぎのおっさんが非常にクールな質感で映されている。
オシャレで絵になるもののみを映すのではなく、日常を「リアルでかつクールなもの」として再定義するこの傾向は、かっこいいし面白いし個人的にも大好きだ。
タイトルはの"Jungli Warrior"は「ワイルドな戦士」といった意味。
余談だが英語でも日本語でも通じる"Jungle"はインド由来の言葉である。

在英インド系タブラ奏者/ジャズ・パーカッショニストのSarathy Korwarは、ムンバイのアンダーグラウンドヒップホップクルーSwadesiのMC Mawaliをフィーチャーした"Mumbay"をリリース。
 
ひたすらムンバイの街と人々を映した映像は、まさに日常をクール化する作風の具体例と言っていいだろう。
ムンバイの映像に合わせて、もろジャズなトラックに、ラップと呼ぶにはインド的過ぎるMawaliの語りが乗ると、まるでニューヨークあたりのように、不穏かつスタイリッシュに映るのが不思議だ。
冒頭に映画『ガリーボーイ』で有名になったフレーズ'Apna Time Aayega'がプリントされたTシャツや、ダラヴィのラッパーたちが少しだが映っている。
音楽的には変拍子が入ったノリにくいリズムが、不思議な緊張感を醸し出していて、大都会ムンバイの雰囲気が伝わってくるかのような楽曲に仕上がっている。

Sarathy Korwarは、2016年に名門Ninja Tuneから、デビュー・アルバム"Day to Day"をリリースしたアーティスト。
ジャズにインドに暮らすアフリカ系少数民族Siddi族の音楽を取り入れた音楽性がジャイルス・ピーターソンやフォー・テットにも高い評価を受け、その後はカマシ・ワシントンらのオープニング・アクトを務めるなどヨーロッパを中心に活躍している。
"Mumbay"は彼のセカンド・アルバム"More Arriving"からの楽曲。
Sarathyは「これまでにイギリスで考えられてきた典型的なインドのサウンドではなくて、本国とディアスポラ双方の2019年の新しい音楽のショーケースを見せたかったんだ」と述べている。
アルバムの他の楽曲にはデリーの大注目ラッパーPrabh Deepや闘争のレゲエ・アーティストDelhi Sultanateも参加している。
新しい世代の在外インド人系フュージョン・アーティストとして要注目だ。

この"Mumbay"という楽曲は、「ムンバイ(ボンベイ)という都市へのラブレターのようなもの」で、この街の二重性や相反する物語を表すもの」だそう。
https://www.vice.com/en_in/article/xwndb7/stream-sarathy-korwars-new-single-mumbay-ft-mc-mawali-of-swadesi) 
以前紹介したDIVINEの"Yeh Mera Bombay"とも似たテーマを扱っているようにも思える。

ちなみにムンバイの老舗ヒップホップクルー、Mumbai's Finestによると「ムンバイは名前で、ボンベイは感情だ。同じように聴こえるかもしれないけど、ボンベイには意味があるんだ(欠点もね)」(Mumbai is the name and Bombay is a feeling, It may sound the same, but Bombay is the meaning (demeaning)!)とのこと。

この街の文化的な豊かさやいびつさが、今後ますます素晴らしい作品を生むことになりそうだ。



今回紹介したアーティストを過去に取り上げた記事はこちらから。








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goshimasayama18 at 23:28|PermalinkComments(0)

2019年07月30日

インドのメタルバンドが知らないうちに来日して帰国していた件。そして一方インドでは…

まったく気がつかなかったのだが、2月にインド南部ケーララ州出身のスラッシュメタルバンドが来日公演を行っていた。
来日したのは、2018年にデビューしたAmorphiaという3ピースバンドで、大阪で開催された'True Thrash Festival'への出演を含む5公演を行ったらしい。
(と、'Rolling Stone India'の記事にあったが、調べた限りでは2/9の江坂Museでの'True Thrash Festival', 2/16高円寺DeLive, 2/17両国Sunrizeの3公演の情報しか見つけることができなかった。まあとにかく、大阪と東京でライブを行ったことは間違いない)

新鋭バンドにもかかわらず、彼らは'Old School Thrash Metal'を自称しており、1980年代〜90年ごろを彷彿とさせるサウンドを信条としているようだ。
インドのメタルバンドはそれなりにチェックしていたつもりだったのだが、正直に言うと彼らのことは全く知らなかった。

 

大阪で行われたスラッシュメタルのイベントTrue Thrash Festivalでは、オーストラリアのHidden Intent, 中国のAncestor, フィンランドのBonehunter, そして主催者でもある日本のRivergeらと共演。
しれっと書いたが、またしても正直に言うと、ここにも知っているバンドはひとつもない。
これまでも何度か書いてきたように、コアな音楽であればあるほど、国籍や国境は意味をなさなくなる。
スラッシュ/デスメタルやハードコアパンクは、どこの国でも決してメインストリームではないが、根強いファンが必ず一定数はいるジャンルだ。
ロック以外では、レゲエやサイケデリックトランスなどにも同様の傾向があるように思う。
記号的とも言えるほどに特徴的なスタイルやリズムを持つ音楽ジャンルは、歌詞ではなくサウンドを重視するファンが多いため、国境や言語を超えた受容がされやすい。
また、1カ国あたりのマーケットも小さいために、アーティストやリスナーが国境を越えたファンベースを形成する傾向もあるのだろう。
(逆に、国境を超えたヒットが最も難しいジャンルが、国内に十分な大きさのマーケットがあり、歌詞の内容が大きな意味を持つ非英語圏のポップスやヒップホップではないだろうか)

Amorphiaの日本ツアーの様子を記録したこの映像を見ると、ステージダイブが続出する熱いライブを繰り広げながらも、オフにはたこ焼きを食べたり、奈良を観光したり、アイドルのフリーライブを楽しんだりと日本滞在を満喫したようだ。

ホテルの浴衣を着てふざけている姿が微笑ましい。

日本ツアーのライブの中から、スラッシュ・メタル界を代表するバンドで、つい先ごろ引退を表明したSlayerのカバー曲"Black Magic".

ところで、ベーシストが見当たらないけど、どこにいるのだろうか。

知られざるメタル大国、インドにはスラッシュメタルバンドも大勢おり、有名どころでは同郷ケーララのChaosや、ベテランのBrahma(現在の活動状況は不明)らがいるが、今回のAmorphiaの来日公演はこうした先輩バンドに先がけてのものとなった。
(インドのスラッシュメタルバンドについては、YouTubeのこちらの動画でたっぷり紹介されているので興味のある方はご覧ください)

改めて感じたのは、このインターネットで世界中が繋がった時代にマニアックな音楽を演奏するミュージシャンついて語る場合、もはや「インドのバンド」とか「どこの国のバンド」という出身地に関する情報は、ほとんど無意味なのではないだろうかということだ。
実際、ツアー中の彼らの様子を見ると、じつに正しくアンダーグラウンドロッカー然としていて、見てくれ以外に彼らがインド人だと感じさせられる場面は全くない。
(唯一、11:40あたりから、ペットボトルに口をつけずに飲むインド人独特の飲み方をしているところ以外は!)

そういえば、こういうブログを始める前は、私もメタルやエレクトロニック系の音楽を聴くときにはアーティストの国籍はあんまり気にしていなかった。
それなのに、インドの音楽シーンにばかり注目しているうちに、無意識のうちに「国籍フィルター」をかけて見るようになっていたらしい。
どういうことかと言うと、「インドのメタルバンドはレベルは高いけど、日本での知名度は低いし、来日はまずないだろう。もし来日するなら必ず自分のアンテナに引っかかるはず」という妙な思い込みがあったのだ。
ところが、一般的な知名度なんか関係なく、Amorphiaの音楽を評価して招聘した人がいて、きちんとライブも盛り上がっていたのだから、スラッシュメタルファンの情報網と慧眼には恐れ入った。
彼らのライブを見れば分かる通り「分かるやつだけ分かればいいが、分かるやつには必ず分かる」クオリティーが彼らにはあり、ファンもそれを熱狂的に受け入れていた。
これで昨年のデスメタルバンドGutslitに続いて、2年連続でインドのエクストリーム・メタル勢が来日したことになる。
いずれにしても、インドもまた、ヨーロッパや南北アメリカ、オセアニアや東アジアのように、いつハードコアなジャンルの優れたアーティストが出てきても不思議ではない時代に入ったということなのだろう。

一方で、インドでは7月25〜28日にかけて、日本人音響アーティストのYosi Horikawaがデリー、ハイデラバード、バンガロール、ムンバイの4都市を巡るツアーを行ったばかり。
彼は、自然や日常のサウンドを再構築して音楽を組み立てているアーティストで、やはりメインストリームの音楽からは大きく離れた活動をしている。
(音楽的にほぼ様式化されているスラッシュメタルとは、全く異なるジャンルだが)



これまでも、MonoDaisuke Tababe, DJ Nobu, Wata Igarashiなど、一般的な知名度ではなく、それぞれのジャンルで国際的な評価の高い日本人アーティストの招聘を行ってきたインドの音楽業界だが、今回もそのセンスの良さを改めて見せつけられた。
このYosi Horikawaも、「日本の音楽シーンを代表するアーティストとして」というより、「世界的に活躍する先鋭的なアーティストとして」インドでの公演を行ったはずである。
国籍に関係なく、こうした実験的かつ個性的な音楽のリスナーがきちんとインドにいて、招聘するプロモーターがいるということに、インドのシーンの成熟を改めて感じさせられた。
(ちなみにメタルバンドでは、数年前に埼玉のデスメタルバンド兀突骨がインド・ネパールツアーを行ったことが記憶に新しい)

今回紹介したのは、まさに音楽のグローバリゼーションを感じさせられる事例だが、こうした国境や国籍を無意味化するような流れの一方で、インドのローカルなシーンがよりユニークに発展してきているというのは、いつもこのブログで紹介している通り。
インドの音楽シーンは、グローバル化の影響を受けて、ますます面白いことになってきているのだ。
次はインドから誰が来日して、日本から誰がインドツアーを行うのか、非常に楽しみだ。

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