インドのエレクトロニック・ミュージック

2024年03月27日

インドのエレクトロニック・ミュージックの現在地 SandunesとDualist Inqiry


インドの音楽シーンに焦点をあてていろいろ書いてきて気がついたことがあって、それは、優れたアーティストを紹介しようと思った時に、書いやすいジャンルと書きにくいジャンルがはっきりと分かれているということだ。

書きやすいのは、例えばヒップホップ。
ビートやフロウがインドっぽかったり、扱っているメッセージがインドならではだったりすることが多く、地域性も豊かで、最近は純粋にかっこいい曲も非常に多いので、インドのヒップホップについてならいくらでも書けると思えるくらいだ(読みたい人がいるかは別にして)。
ロックみたいな、もともとカウンターカルチャー的な意味合いの強かったこのジャンルが(インドでどんなふうに解釈され、実践されているかというのも記事にしやすい。
伝統音楽や古典音楽を取り入れた、インドでフュージョンと呼ばれるジャンルも紹介のしがいがある。

では、逆に書きにくいのはどんなジャンルかというと、ダントツで、無国籍で音響至上主義的なタイプの電子音楽だ。
電子音楽でも、トランスみたいに思想の強いジャンルだったり、最近書いたインド独自のヒンドゥー的ハードコアみたいな独自性の強いものはまだいい。
そうではなくて、純粋に音の響きのセンスや美しさを追求しているようなタイプの電子音楽となると、今では世界中でどこで誰がやっていても不思議ではないし、またPCさえあれば場所や文化に関係なく同じものが作れてしまうので、地域性も生まれにくい。
そもそも自分があんまり聴いてこなかったジャンルだという理由もあって、これまでこのブログでは、インドの無国籍風電子音楽をほとんど紹介してこなかった。

だが、このジャンルでもインドには優れたアーティスがたくさん存在している。
今回は、その中でも高い評価を得ている2人を紹介したい。

まず紹介するのはムンバイ出身で現在はロスアンジェルスを拠点に活動しているSanaya Ardeshirによるソロプロジェクト、Sandunes.
最新作は昨年リリースされた"The Ground Beneath Her Feet"で、この作品は彼女のパートナーでもあるベーシスト兼ミックスエンジニアのKrishna Jhaveriと南インド各地を旅する中で生まれたという。



Sandunes "Mother Figure ft. Peni Candra Rani"


Sandunes "Feel Me from Inside"


Sandunes "Pelican Dance"


アルバムを通して、エレクトロニカっぽかったり、ドラムンベースっぽかったり、こういう音楽をどう言葉にしたら良いのかよく分からないのだけど、電子音と生演奏が織りなす緻密なサウンドは、非常に映像的というか、乗り心地の良い列車に乗って次々と変わりゆく車窓の景色を眺めているような感覚が味わえる。
ヴォーカル入りトラックも何曲か入っている多彩な作風だが、どんな楽曲でも、美しく、繊細されているのがこのアルバムの特徴だろう。
(個人的には、ちょっと洗練されすぎているかなと思わないでもないが、それはたぶん好みの問題)

彼女が様々な媒体で答えたインタビューによると、アルバムタイトルはアメリカのインド系作家のサルマン・ラシュディの小説から取られているそうで、制作期間に新型コロナウイルスの流行していたことの影響も受けているらしい。
"Earthquake"とか"Tsunami"とか"Cyclone"なんていう曲名もあるので、たぶんパンデミックによる社会不安や精神的危機をテーマにしている部分もあるのかもしれない。

彼女はこれまでに、ロンドン出身のジャズドラマーRichard Spavenとの共作アルバムを発表したり、カリフォルニア在住のタミル系R&B/カルナーティックシンガーのSid Sriramや同郷のシンガーソングライターLandslandsをゲストに迎えるなど、多様な人脈とのコラボレーションも行っていて、それぞれ興味深い仕上がりになっている。


Spaven X Sandunes "1759" (Outro)


Sandunes, Landslands "Eleven, Eleven"


変わったところでは、曹洞宗の僧侶で折り紙作家としても知られた内山興正の著書の影響を受けた'Handful of Thought'という生演奏のパフォーマンスをしたことがある。
これまでにデンマークの大規模フェスRoskilde Festivalや、ワールドミュージックの祭典として名高いWomad Festivalでの演奏経験があり、日本でもRichard Spavenとの共演作がele-kingのウェブサイトで紹介されたことがあるなど、彼女はそれなりに海外からの注目も集めているようだ。
なかなか商業的な成功を収めるのは難しいスタイルかもしれないが、例えば、彼女がインドであれ、他の国であれ、映画音楽を手掛けたりするとすごく面白いと思うのだけど、どうだろうか。



続いて紹介するのは、「心身二元論者相談窓口」というなんともミステリアスなアーティスト名のDualist Inquiry.
デラドゥンの名門ドゥーン・スクールを卒業したのち、カリフォルニアへの音楽留学を経てインドで活動しているSahej Bakshiによるソロプロジェクトだ。
今年2月にリリースされた"When We Get There"は、Sandunes同様に、やはり映像的な感性を感じられる優れた作品である。




Dualist Inqury "Days Away"


Dualist Inquiry "All There Is"


Sandunesの最新作がどこか自然の美を感じさせる作風だったのに対して、Dualist Inquiryのニューアルバムからは都会的な美しさが感じられる。

以前はもっとエレクトロニックポップ的なスタイルで活動していて、それはそれでかっこよかった。

Dualist Inquiry "Lumina"


これは10年前に作品で、インド系アメリカ人の映像作家Isaac Ravishankaraがミュージックビデオを手掛けている。
Dualist Inquiryは現在ゴアを拠点に活動していて、なるほどゴアの欧米とインドが混ざり合った風土はいかにも彼の音楽とよく合っている。



今回紹介した彼らの音楽は、無国籍で(とはいえ確かに西洋ルーツなのだが)、知的でセンスがよく、深みがあり、破綻や下世話な部分がない。
その音像は、現代的で国際的なインド人像、つまり、英語を第一言語として、英語が通じる場所なら国や地域にこだわりなく生きる、教養あるミドルクラスの若者たちを想起させる。
国籍や文化のくびきから解き放たれたような彼らの音楽を聴いていると、なんだか自分がインドという国やルーツにこだわって音楽を紹介しているのがマヌケに思えてしまうが、これも確かに現代の「インドらしい」音楽なのだ。

今回注目したSandunesとDualist Inquiryは10年以上のキャリアを持つベテランだが、こうしたタイプのアーティストは、その後もインドで続々と登場している。
どこかもうひとつ突き抜けた部分を持つアーティストが出てくると、インドの無国籍電子音楽も世界的な評価が得られるんじゃないかと思う。
その中の誰かが、いつかフェスとかでしれっと来日したりする日も遠くないんじゃないかな。


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2024年02月26日

インドの田舎の謎ジャンル ヒンドゥーナショナリズム的エレクトロニック音楽 Bhakti Vibrationとは何か? (そしてムスリムたちによるMiya Bhai Electronica)





前回、農業を主な産業とする北インドの後進地域で、謎のハードコア・テクノ的音楽が流行していることを取り上げた。
まるでインドの田舎のルサンチマンを煮詰めてぶちまけたような、ノイジーでヘヴィで速くて激しいビートに、しばしばヒンドゥー教のモチーフが引用された超ユニークな音楽が、クラブすらもほとんどなさそうな地方で人気を得ているらしい。





と、ここまではめちゃくちゃ面白い話なのだが、じつはこの田舎ハードコアテクノ、かなりデリケートな要素を含んでいる可能性があり、あまり手放しで礼賛できない部分がある。
このジャンルには、どうやらヒンドゥー・ナショナリズム的な、つまり、ムスリムやクリスチャンといったインドの外で生まれた宗教を排斥しようという思想と結びついている部分があるかもしれないのだ。

「あるかもしれない」という曖昧な書き方をしたのは、CNNでそういった報道がされているものの、実際、どれくらい排外主義がこの地域のシーンに蔓延しているのかは、正直、ちょっと分からないからだ。



記事によると、ヒンドゥーナショナリズム的なクラブミュージックは、バクティ・ヴァイブレーション(Bhakti Viberation)と呼ばれているらしい。
「バクティ」とは、ヒンドゥー教で神への絶対的な帰依を表す言葉だが、バクティ・ヴァイブレーションの曲では、この「バクティ」をテーマにした宗教歌や、モディ首相らヒンドゥー・ナショナリズム的とされる政治家の演説、ムスリムへの排外主義的な主張などがミックスされているという。

そういえば、以前ブログで取り上げたドキュメンタリー映画『燃えあがる女性記者たち』にも、ウッタル・プラデーシュ州の田舎町で、ヒンドゥー至上主義者の貧しい若者たちが、宗教パレードでDJに合わせて踊りまくるシーンが出てきた。
あれもバクティ・ヴァイブレーションだったのだろうか?

とはいえ、このCNNの記事以外、バクティ・ヴァイブレーションに関する記述は見られず、結局のところ実態はよく分からない。
記事に挙げられているDJの音源を聴く限り、確かにヒンドゥーモチーフの曲が多いようである。


まず記事に書かれていたDJ Sandeepについて調べてみたのだが、Sandeepという名前は珍しくないので、同名のYouTubeチャンネルが多数存在していて、結局どれが記事で触れられている人なのかは分からなかった。
驚いたのは、かなりの数のSandeepという名前のDJが、ヒンドゥーの神々をモチーフにしたミックスをアップロードしていたということ。これは宗教歌にシンプルに低音を足しているタイプのSandeep.


こちらはまた別のDJ SandeepであるSandeep Kumar.
このSandeepは伝統的な宗教歌っぽい曲に、エレクトロニックポップ的なコード進行をミックスしている。


スペル違いのDJ Sandipは、やはりシンプルだが、いちばんハードコア的というか、激しいスタイルだ。


こちらも記事に名前のあったウッタルプラデーシュ州のイラーハーバード(改名され現在の名前はプラヤグラージ)のDJ Deepuによるハヌマーン神をテーマにしたバクティ・ヴァイブレーション・ミックス。
ハヌマーンは叙事詩ラーマーヤナに出てくる猿の姿をした神で、ヴィシュヌ神の化身であるラーマ王子への献身で知られ、ヒンドゥー教の守護や、信仰への絶対的な帰依の象徴としての意味も持つ(そのため、ヒンドゥーナショナリズム的な文脈で扱われることも多い)。

聴いてもらって分かる通り、バクティ・ヴァイブレーションの曲の多くは、音楽的なクオリティとしては、インドでも耳の肥えた(そしてあまり信心深くない)都市部のリスナーを踊らせるにはちょっと厳しいかな、というものが多い。
じっさい、DJ SandeepやDJ DeepuのYouTube再生回数は1万回に満たない。
率直に言って、これで盛り上がるには信仰心でよほど気持ちをブーストする必要があるのではないだろうか。
それだけに、CNNの記者はよく彼らを見つけてきたな、と思うし、逆に、もし無名なDJたちが作る音楽を深刻な社会問題のように報じているのだとしたら、少々過剰反応なような気がしなくもない。
(とはいえ、現象として報道に値するものだとは思うが)

今ひとつ実態の分からないバクティ・ヴァイブレーションだが、なかにはそれなりに人気のあるDJもいるようで、やはりCNNの記事に名前のあったDJ Luckyのガネーシャ神を讃えるこのミックスは27万回再生。


比較的人気なだけあって、たたみかけるパーカッシブなビートは他のDJよりも完成度が高いが、再生回数を見る限り、最近ではYouTubeで数百万回、数千万回再生されることも多いインドのインディーミュージック(メインストリームである映画音楽にくらべてオルタナティブなジャンル)と比べても、その人気はかなり限定的だと言えそうだ。

ヒンドゥー教モチーフの曲をプレイしているという共通点はあるものの、前回紹介したTapas MTのようなDJが、CNNが報道したバクティ・ヴァイブレーションと同じシーンに属しているのかという点もよく分からない。


言うまでもなく、排他的ではない純粋なヒンドゥーの信仰心は守られるべきだし、彼らが宗教的な音楽と現代的なダンスミュージックと融合したとしても、誰にも責められるべきものではない。
ヒンドゥー教の神さまやお祭りをモチーフにしたダンスミュージックが、他宗教を排撃するニュアンスを持っているのか、純粋な信仰心を表現したものなのか、それとも単なるパーティーミュージックなのかは我々には知りようがないし、もしかしたらそれはDJ側ではなく、聴く側の立場や信条に委ねられているのかもしれない。

CNNの記事によると、バクティ・ヴァイブレーションのDJたちは、自身がナショナリズム的な思想を持っているというわけではなく、単にオーディエンスが喜ぶ曲を作っているだけで、憎悪を助長する意図はないのだという。

おそらくだが、バクティ・ヴァイブレーションと排他的ヒンドゥー・ナショナリズムの関係は、ヒップホップとミソジニーやホモフォビアとか、Oiパンクとナショナリズムみたいな関係なのだろう。
マイノリティの音楽として生まれたヒップホップには、女性や男性同性愛者を蔑視してきたという負の側面もあったし、労働者階級の反抗の音楽だったOiパンクには、白人至上主義やナチズムとの関わりを指摘されるバンドもいた。

もちろんシーンにはそういう姿勢と距離を置いたり、明確に批判するアーティストもいたわけだが、なんとなく「このジャンルならそういうアティテュードも仕方ない」という空気感があったのもまた事実。
バクティ・ヴァイブレーションの場合も、表現者にもリスナーにも、マジの差別主義者もいれば、たいして考えずに、スタイルとして、あるいはイキがって、なかば無自覚に差別主義的な表現をしている連中もいるんじゃないか、というのが私の見立てだ。

バクティ・ヴァイブレーションの思想には全く賛同できないが、ムーブメントとして見たときに、必然性のあるものなのだろうなあと思う。
「持たざるものたち」がインテリの理想主義や洗練されたセンスでは掬いきれない感情や衝動を抱えるのは当然だし、前述のヒップホップやOiパンクの例のように、その矛先がさらに弱いものに向いたり、属性への陳腐なプライドに転化することだって珍しくはない。

それでも、音楽が差別の道具に使われているのを見るのはいやなものだ。
音楽は、信仰や出自に関係なく抑圧に立ちうかうための手段になってこそ、その存在意義があると思うのだが、きっとこういう理想論とは違うリアリティが現地には存在しているのだろう。


ご存じの通り、ヒップホップシーンは、その後フィメール・ラッパーたちや「コンシャス」なラッパーたちによって内側から改善されていった。
パンクロックも一部のバカ以外は基本的にはリベラルな考えに基づいている。
この北インドの田舎のエレクトロニック音楽シーンも、より穏当な形に変わってゆくことができるのだろうか。

CNNの記事で面白かったのが、ヒンドゥー・ナショナリズム的なバクティ・ヴァイブレーションだけでなく、イスラーム至上主義的なミヤ・バイ・エレクトロニカ(Miya Bhai Electronica)というジャンルもあるということ。
専門家が言うには「どちらも非常に危険」なものの、ミヤ・バイ・エレクトロニカのシーンは、ヒンドゥー教徒に比べてムスリムがマイノリティであるため、さらに小さいものになるらしい。
ちなみに'Miya Bhai'は南アジアのムスリムたちに幅広く使われているウルドゥー語(ヒンディー語と非常に近い言語だが、文字や語彙が異なる)で「ムスリムのブラザーたち」といった意味の言葉だ。

試しにミヤ・バイ・エレクトロニカの代表例とされる音楽を聴いてみたが、何だよ、バクティ・ヴァイブレーションとほとんど変わらないじゃないか。
だったらお前ら仲良くやったらどうなんだ、というのは、やっぱり距離的にも文化的にも遠い日本にいるから思えることなんだろうなあ。


今回紹介したような音楽は、都市部のリベラルなミュージシャンたちにとっては「こんなのをインドの音楽として記事にするのはやめてくれ」と言いたくなるようなものかもしれない。
だが、これはこれでやっぱりインドのリアルなのであって、超傍流かもしれないが、確かに存在している音楽なのだ。

最後に、いくつか収集したバクティ・ヴァイブレーションとミヤ・バイ・エレクトロニカと思われる音源を貼っておきます。
どっちがどっちか、分かるかな?









こうしてヒンドゥーあるいはイスラームに関連したインドの田舎ハードコアテクノを掘ってみて思ったのは、やはりほとんどのDJたちは、宗教感情はあくまでもリスナーを盛り上げるためのスパイスとして使っているに過ぎなくて、あくまでも彼らの目的は、ノリのいい音楽を作るということなんじゃないか、ということ。
彼らがYouTubeチャンネルで公開している曲をみる限り、そこまで思想の一貫性がなさそうだったり、宗教感情とはかけ離れたナンパな感じの曲をやっていたりもするからだ。
まあでも、そういう日常的な感情と排他的な宗教感情というのは容易に両立するものだから、実際のところはどうなのか、本当によく分からない。




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2024年02月20日

インド農村部で突如発生したヒンドゥー・ハードコア・テクノとDJ Competitionという謎カルチャー



インドでは都市部の若者を中心にEDMなどのダンスミュージックの人気が高く、ゴアでは毎年、アジア最大とも世界で3番目の規模とも言われるSunburn Festivalというフェスが行われている。


かつてはヒッピー系の外国人ツーリストたちによるレイヴパーティーのメッカだったゴアは、今ではインドの若者が集まる大規模フェスの街になった。
日本ではあまり知られていないインドの一面だが、インド人たちは総じて踊ることが大好きなので、ここ数十年の経済成長やグローバリゼーションを考えれば、この変化は当然と言えるだろう。

Sunburn Festivalの原型は、もちろん欧米発祥のUltraやTomorrowlandのようなフェスなわけで、結局インドの音楽シーンはミドルクラス趣味の欧米の模倣に収斂していくのかと思うとつまらない気もするのだが、インドはそんなに単純ではない。

楽園ゴアを離れて、農業を主産業とする北インドの後進地域に目を向けると、そこでは伝統音楽とハードコアテクノを悪魔合体させたような音楽が生まれ、流行しているようなのである。

以前『燃えあがる女性記者たち』について書いたときの繰り返しになってしまうのだが、こうしたジャンルに気づいたのはじつは結構前で、2021年11月28日に行われたSOI48のパーティーにオンライン出演したDJ Tapas MTを見た時だった。


DJ Tapas MTは西ベンガル州の小さな街プルリア(Purulia)出身の超ローカルなDJだ。(どうやって探してきたのか本当に謎)
この頃はまだコロナ禍の真っ最中で、パーティーはネットで同時配信されていた。
その日は進行がかなり押していたのだが、そのことを知らないインドのファンたちが「Tapas MTを早く出せ」というコメントを大量に書き込んでいて、途中から配信のコメント欄は異様な雰囲気になっていた。
それも、「早く出演させろ」というセンテンスを投稿するのではなく、ひたすら「DJ Tapas MT」と名前だけが打ち込まれていくのが不気味で、しまいには「このイベントはDJ Tapas MTの名前を騙った詐欺イベントだ」と書きこむ人まで出てくる始末。
インドの片田舎のローカルDJが、日本でそんな集客力あるわけがないのに、彼らは「オラが村のTapas MTは日本でも人気者に決まってる」と思っていたのだろう。
インドの田舎には、面白いシーンがあるのだなあと思ったものだが、ネット上で調べても、こうしたジャンルを扱った記事はまったくヒットしない。

ただ、YouTube上にはそれなりの数の動画が上げられていて、またパーティー(というか祭)の様子を見る限り、相当盛り上がっているようである。
インドの田舎で、いったい何が起きているのだろうか。

Tapas MTがYouTubeに挙げている動画の一例を紹介してみる。

Jai Bholenath Competition Dj Sarzen 2024

DJ SarzenというのはTapas MTが所属しているDJクルーの名前らしい。
Jai Bolenathというのはシヴァ神を讃える言葉だが、その後にCompetitionとあるのは、この地域では、レゲエのサウンドクラッシュみたいにDJ同士がプレイで対決するというカルチャーがあるようで、そのための音源ということのようだ。
調べた限りでは、このDJコンペティションは、ウッタル・プラデーシュ州からジャールカンド、ビハール、オディシャ、西ベンガル州西部あたり(つまりインド北部から東側にかけて)で盛んなようで、インド中部にも若干見られ、南インドにはさほど存在していないようだ。
(インドの地図はこちらからどうぞ)

こちらはDJ Tapas MTが在籍するDJ SarzenとHappy DJなるグループ(個人?)のコンペティションの様子。
B2Bみたいな形式なのか、どうやって対決しているのかまったく分からないが、北インドの田舎は90年代のロッテルダムなのか?と思わせる、重くて激しくて品のないハードコアテクノ風の音像がすごい。



こちらはオディシャ州のDJコンペティションの様子。
激しいのは音だけじゃなくて、照明もとにかく下世話な派手さを追求、さらにサウンドシステムはデコトラとも融合している!(紙吹雪も舞う)
センスの良さなんかいっさい追求せず、アドレナリンを喚起する要素だけをひたすら増しまくったスタイルには感動すら覚える。



こっちは西のほう、マハーラーシュートラ州プネーで行われたコンペティションの様子(音楽が本格的に始まるのは2:40過ぎから)。
今度はド派手な照明だけじゃなくて花火も登場!
そして音はもうほとんどノイズ!


プネーはEasy Wanderlingsとかセンスのいいバンドも多いし、もっと垢抜けた街だと思っていたけど、この動画で私のプネー観が崩れました。


インドで最も貧しい州とされるビハール州でのDJ Competitionの様子。
ラッパ型のスピーカー(ただの飾り?)が大量についたサウンドシステムがイカす。

NH7 WeekenderとかVH1 Supersonicみたいな大規模フェスとは縁がない土地だが、それでもこの盛り上がりっぷり。


この動画は直接リンクができなくなっているが、東インドのベンガル語圏のどこからしい。

こちらはまったく盛り上がっていないが、これはこれで逆にリアルでまた良い。


再びDJ Tapas MTに戻って、こちらは女神サラスヴァティのお祭りでのDJの様子。


女神のお祭りだから女性が前の方に集まって踊っているが、画面のいちばん右手、スピーカーの目の前で、歪んだベースに合わせてばあさんも踊っているのが最高!
サラスヴァティは日本に伝わってきて七福神の弁財天になった女神だが、日本で弁天様のお祭りでこういう音を鳴らそうっていう発想はまず出ないし、やったらたぶんめちゃくちゃ怒られる。
伝統的な行事の祝祭的狂騒が、時代に合わせてちゃんとアップデートされているのが素晴らしいではないか。

この手のインディアン田舎ハードコアテクノは、ヒンドゥー教の神様やお祭りと結びつくことも多いようで、こちらはガネーシャ神のお祭りにあわせたコンペティション用音源らしい。



途中でガネーシャ(別名のGanapatiで呼ばれている)を讃える子どもの声が入ったり、伝統楽器をノイズ風に使ったり、謎の長いブレイクが入ったりするところが、よく分からないが味わい深い。
スタジオ録音を聴くと、ライブで音が歪みまくっているのはディストーションをかけているわけじゃなくて単にスピーカーの音が割れていただけということが分かる。
むしろ、ライブでは音が割れてナンボ、みたいな美学があるのだろう(単に許容量を超えたでかい音を出そうとしているだけの可能性もあるが)。

こう言ってはなんだが、めちゃくちゃ下世話で頭が悪そうな音なのに、結果的にそれがエクスペリメンタルでパンクで超オリジナルになっているのが最高に面白い。
欧米の模倣ではない、インドの大地から生まれた、スノッブさ皆無のリアルでタフな生活に密着した狂乱のリズムとノイズ。
しかし、そこには、もしかしたらインドならではの暗い影の部分があるのではないか、という話はまた次回。




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2024年01月30日

Rolling Stone Indiaが選んだ2023年インドのいろいろ!


気がついたらもう1月も終わりに差し掛かっている!

12月頃によく「来年のことを話すと鬼が笑う」とか言うが、この時期に去年の話をすると鬼はどうなるんだろうか。
泣くとか呆れるとか?

おととしまでRolling Stone India誌が選んだインドのベストアルバム、ベストシングル、ベストミュージックビデオをそれぞれ別々の記事で10選ずつ紹介していたけど、今年(ていうか去年)はそこまで詳細に書くのはやめる。
この企画を5年くらい続けた結果、選ばれる作品の傾向もなんとなく分かってきてしまったので(後述)、今回は、これぞという作品だけをピックアップすることにします。


まずは2023年のミュージックビデオTop10から。
(元記事のリンクはこちらからどうぞ)


このブログで取り上げていない作品のなかから面白かったものを挙げると、まずはこの曲。

Anchit Magee "This Is Our Life"


アナログビデオ風のノイズ混じりの映像は、ここ数年のインドの(ていうか世界中の?)ミュージックビデオの定番で、そこにレトロかつチープなSF風のストーリーを合わせているのが面白い。
曲調はいかにもRolling Stone India好みの品のいいインディーズ系ギターポップ。
デリー近郊の新興都市ノイダのシンガーソングライターAnchit Mageeは、John MayerやPrateek Kuhadの影響を受けているそうで、Prateekと同様に英語とヒンディー語で楽曲をリリースしている。
この"This is Our Life"は、彼の曲のなかではかなりロック色の強い楽曲だ。


Irfana  “Sheila Silk” 


タミルナードゥ州コダイカナル出身の女性ラッパー。
Raja Kumariのスタイルをさらにセクシーな方向に推し進めたような、インドらしさとヒップホップを融合した衣装がかっこいい。
(地元言語ではない)英語のラップで、ここまでセクシーさに寄せた作品がインドでどう受け入れられるのか気になるところだが、2023年5月23日にアップされたこのミュージックビデオは、2024年1月30日現在でまだ9100再生ほど。
以前から指摘している通り、インドのインディーズシーンにはこういった「洋楽志向」なアーティストが結構いるが、インドのリスナーの多くは母語の曲を好んで聴いている。(彼女が活動しているタミルナードゥ州でいえばタミル語)
もちろん英語のポップスが好きなリスナーはインドにもそれなりにいるが、彼らは国内のアーティストにはあまり注目せず、本場であるアメリカやイギリスの音楽を好む傾向が強い。
結果的に、英語で歌い、洋楽的なスタイルで活動しているインドのアーティストは、ちょうど嗜好のエアポケットに入ってしまう形になる。
IrfanaはDef Jam Indiaと契約しており、タミルナードゥのみならずインド全土のヒップホップファンに注目されるチャンスは手に入れているわけだが、多士済々のインドのヒップホップシーンで、今後人気ラッパーの座を手に入れることができるだろうか。


KING  “Crown” 


KINGはMTV Indiaのヒップホップ番組'Hustle'出身のラッパー。
彼のスタイルであるキャッチーな歌メロと、エレクトロニックやロックの要素も入った音楽性は、世界的なヒップホップの現在地と呼応している。
きちんとインドらしさを残しながらも、自由自在に変化するフロウもビートもとてもかっこいい。
Chaar Diwaari同様に新しい時代のインドのヒップホップシーンを象徴するラッパーと言えそうだ。
『ガリーボーイ』公開から5年。
インドのヒップホップシーンはどんどん新しくなってきている。


そういえば、Karan KanchanがプロデュースしたDIVINEの"Baazigar"もこのブログでは取り上げていなかった。

DIVINE "Baazigar feat. Armani White"


イントロにサンプリングされているのは1993年のシャー・ルク・カーン主演のヒンディー語映画"Baazigar"のテーマ曲。
時代を感じさせる古いスタイルのボリウッドソング(原曲)をここまでかっこよく仕上げる手腕が冴えている。
Karan Kanchan曰く、サンプリングの権利取得にかなり時間と労力がかかったとのこと。
ヒップホップの文脈でインドの人々のソウルクラシックである往年の映画音楽がたくさんサンプリングされるようになったら面白いと思うが、現状では許諾面でのハードルがかなり高いようだ。
後半のヴァースではアメリカの中堅ラッパーArmani Whiteを起用。
海外を拠点としていない、インド生まれでインドで活動しているラッパーが「本場」のラッパーをフィーチャーする例は珍しい。
ムンバイの、いやインドのヒップホップ界の帝王DIVINEらしい演出と言えるだろう。

ミュージックビデオのTop10では、Chaar DiwaariとGravityが共演した"Violence"とKomorebiが軽刈田選出のTop10と重複していた。



続いてはアルバム。
アルバムに関しては例年同様、かなりマニアックな作品や時代性をまったく無視した作品が結構入っていて、なかなか面白いセレクトになっている。
ランキング全体はこちらのリンクをご覧いただくとして、いくつか気になった作品を紹介する。



妙にくせになる作品が、ランキング6位のDhanji "RUAB".
なんとも形容しがたい音楽性で、無理やり形容するならエクスペリメンタルで、ローファイで、ファンキーかつジャジーなラップということになるだろうか。
ちょっと語りっぽいヒンディー語、グジャラーティー語、英語混じりのラップも独特で唯一無二。
あらゆる方面に成長と拡張を続けるインドのヒップホップシーンが生み出した新しい傑作のひとつだ。

Dhanji "1 Khabri / 2 Numbari"


Dhanjiはアーメダーバード出身のラッパー。
アーメダーバードのヒップホップシーンはまったくチェックしていなかったが、ポストロックのAswekeepsearchingやセンスの良いファンクポップを作るChirag Todiなど、才能あふれるアーティストを輩出しているこの街のシーンはいちどきちんと掘ってみたい。
この楽曲にはラクノウのCircle Tone、デリーのEBEという2人のプロデューサーがクレジットされており、他にもアルバムにはSeedhe MautのメンバーやテクノアーティストのBlu Atticが参加している。


つい耳が離せなくなってしまったのが、Jamna Paarというデリーの電子音楽デュオのアルバム"Strangers from Past Life".
タイトルの通り、テクノ、ドラムンベース、エレクトロニカといった既存のさまざまな電子音楽とインドの伝統音楽が融合したスタイルで、次々と変わってゆく音像が聴き手を飽きさせない。
いろいろなジャンルが入っているものの、全体を通してポップに仕上がっているのも良い。

Jamna Paar, Dhruv Bedi "Samara"


メンバーの一人はベテランハードロックバンドParikramaのベーシスト。
このようにまったく別のジャンルで活躍しているアーティストはインドでは結構いるのだが、日本を含めた他の国だとあんまり聞かないような気がする。

電子音楽のアルバムとしては、3位にランクインしたムンバイのSandunesの"The Ground Beneath Her Feet"もとても良い作品だった。
BonoboやPretty Lightsとのツアーも実現している彼女のことはいつかちゃんと紹介したい。


例年のこのアルバムランキングの特徴として、国籍も時代も関係ないような音楽が選ばれるということが挙げられるのだが、今回はネパール国境の街シリグリーのレトロウェイヴ/シンセウェイヴアーティストDreamhourの"Now That We are Here"と、ムンバイのブルータルデスメタルバンドGutslitの"Carnal"が選出されている。
前者から1曲紹介。

Dreamhour "It's a Song"

Dreamhourはいつもレトロフューチャー感あふれるアートワークを完璧に作り込んでいるので、こう言ってはなんだがこんなに垢抜けない兄ちゃんたちが作っているとは思わなかった。
アルバムジャケットを見ながら聴くとまったく印象が違うのも一興。


ちなみにアルバム部門で1位に選出されていたのはSeedhe Mautのミックステープ。
確かにすごいボリュームの力作だったが、個人的には前作"Nayaab"、前々作"न"(Na) のほうがインパクトが強かったので、今作はブログで取り上げなかった。


結構面白い作品が多かったアルバムに比べて、シングル部門はいわゆる洋楽ポップス的に手堅く作った曲がまとまっていて、例年の傾向ながらあんまり面白くはなかった。
(かと思えばメタル/ハードコア的なBhauanak Mautが選出されていたり、よく分からない選曲でもある)

詳細はこちらのリンクからどうぞ。


シングル部門で気になったのはこの辺の曲。

Meera, Raag Sethi  “Mango Milkshake”


Sanjeeta Bhattacharya, Prabhtoj Singh  “X Marks the Spot”


Tejas "Some Kind of Nothing"



どれもインドのインディーズのシンガーソングライターのレベルの高さを感じさせる曲だし、都市部のミドルクラスの若者が主な読者層であろうRolling Stone Indiaという媒体がこういうのを好むのもよく分かるのだが、前述の通り、インドではこの手の楽曲は需要に対して完全に供給過剰状態にある。
(シングル部門で1位だったデリーのシンガーDot.の"Indigo"という曲も同様の路線)

音楽の質とはまた別の問題として、この路線アーティストたちは、今後インドで、あるいは海外で、どう受容されてゆくのだろうか。
世界中のちょっとセンスの良いお店で流れていても全く違和感がないクオリティの楽曲ばかりだが、ここからさらにブレイクするにはさらなる個性が必要なような気がする。


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goshimasayama18 at 18:52|PermalinkComments(0)

2023年12月14日

EDMシーンの世界的大物KSHMRがインドのラッパーたちと共演!


ここのところ謎の占い師ヨギ・シンの話ばかり書いていたので、今回は本来の音楽ブログに戻って、個人的に今年のインドの音楽シーンの最大のニュースだと思っている作品について書く。
11月に世界的EDMプロデューサーのKSHMRがインドのラッパーたちを迎えて制作したアルバム"Karam"のことである。

KSHMRことNiles Hollowell-Dharはカシミール生まれのヒンドゥー教徒の父とアメリカ人の母のもと、1988年にカリフォルニア州で生まれた。
ラップデュオCataracsのメンバーとして活動したのち、2014年頃からエレクトロハウスやビッグルームなどのいわゆるEDMに転向。
’10年代後半にはTomorrowlandやUltra Music Festivalなどのビッグフェスで人気を博し、2015年に英国のEDMメディアDJ Magのトップ100DJランキングで23位にランクイン。2016年には同12位に順位を上げ、さらにはベストライブアクトにも選ばれている。
KSHMRというアーティスト名は、日本では一般的にカシミアと読まれているが、ここはインド風にカシミールと読むことにしたい。

彼は1年ほど前からSNSで、Seedhe MautやMC STΔN、KR$NA(彼はクリシュナと読む)といったインドのラッパーたちと制作を進めていることを明らかにしていたが、別ジャンルで活動する彼らのコラボレーションがどんなものになるのか、まったく想像がつかなかった。
いかにインドのヒップホップシーンが急成長を続けているとはいえ、世界的に見ればKSHMRのほうが圧倒的な知名度と成功を手にしており、私はRitviz(デリーの「印DM」プロデューサー)とSeedhe Mautが共演した"Chalo Chalein"のような「ラッパーをフィーチャーしたEDM」に落ち着くと予想していたのだが、ふたを開けてみれば、EDMの要素はほとんどなく、完全にヒップホップに振り切った作品となった。
"Karam"はKSHMRのキャリアを通してみても非常にユニークで意欲的なアルバムと言えるだろう。

先行シングルとしてリリースされたのは、デリーのラップデュオSeedhe Mautと、今年6月に日本滞在を満喫したムンバイのプロデューサーKaran Kanchanが参加したこの"Bhussi".

KSHMR, Seedhe Maut, Karan Kanchan "Bhussi"


2021年の名作「न(Na)」を彷彿とさせるパーカッシブなビートは、完全にSeedhe Mautのスタイルだ。
これはアルバム全体を聴いて分かったことなのだが、どうやらKSHMRは、このアルバムで「自分の楽曲にいろんなラッパーをフィーチャーする」のではなく、「いろんなラッパーに合った多彩なビートをプロデュースする」ということにフォーカスしているようなのである。
華やかな成功を手にしたEDMのソロアーティストではなく、職人気質のヒップホップのビートメーカーに徹しているのだ。
当然ながらKSHMRのビートはクオリティが高く、個性的でスキルフルなラッパー達との化学反応によって、インドのヒップホップ史に新たな1ページを刻むアルバムが完成した。


デリーのベテランラッパーKR$NAを起用した"Zero After Zero"はリラックスしたグルーヴが心地よい。
ラテンのテイストと往年のボリウッドっぽいストリングスが最高だ。
KSHMR, KR$NA, Talay Riley "Zero After Zero"


ラテンの要素はこの作品の特徴のひとつで、この"La Vida"はレゲトンのリズムにEDMっぽいキャッチーなフルートのメロディーとコーラスが印象的。
真夏の夕暮れにコロナビールかモヒートを飲みながら聴きたい曲だ。

KSHMR, Debzee, Vedan "La Vida"


スペイン語混じりのラップを披露しているDabzeeとVedanは南インドのケーララ州出身。
このアルバムにはインドのさまざまな地域のラッパーが起用されており、おそらくKSHMRは特定の都市や地域に偏らない、汎インド的なヒップホップ・アルバムを作るという意図があったのだろう。


アルバムのハイライトのひとつが、ヒップホップシーンでの評価をめきめき上げているYashrajを起用したこの曲。

KSHMR, Yashraj, Rawal "Upar Hi Upar"


Yashrajのシブいラップに90年代的なヒロイズムに溢れた大仰なビートがとても合っている。
終盤のリズムが変わるところもかっこいい。
KSHMRがこれまで手がけたことのないタイプのビートだが、この完成度はさすが。

Yashrajは、ベンガルールの英語ラッパーHanumankindと共演したこの"Enemies"を含めて、3曲に参加している。

KSHMR, Hanumankind, Yashraj "Enemies"



異色作と言えるのが、バングラーのトゥンビ(シンプルなフレーズを奏でる弦楽器)っぽいビートを取り入れたこの曲。

KSHMR, NAZZ "Godfather"


この手のビートはインドには腐るほどあるのだが、やはりKSHMRの手にかかるとめちゃくちゃかっこよくなる。
NAZZ(Nasと紛らわしい)は、ムンバイのラッパー。
初めて聞く名前だが今後要注目だ。


インド全土のラッパーを起用したこのアルバムに、なんと隣国パキスタンのラッパーも参加している。

KSHMR, The PropheC, Talha Anjum "Mere Bina"


この曲では、カナダ出身のパンジャーブ系バングラーシンガー/ラッパーのThe PropheCに加えて、パキスタンのカラチを拠点に活躍しているラッパーデュオYoung StunnersのTalha Anjumがフィーチャーされている。
これは結構すごいことだと思う。

KSHMRがそのステージネームにもしているカシミール地方は、1947年の印パ分離独立以来、両国が領有権を主張し、テロや弾圧によって多くの血が流されてきた。
カシミールをめぐる問題は、長年にわたって印パ両国、そしてヒンドゥー教徒とムスリムの間の対立を激化させている。
ヒンドゥー・ナショナリズム的な傾向の強いインドの現モディ政権は、ムスリムがマジョリティを占めるジャンムー・カシミール州の自治権を剥奪して政府の直轄領へと再編するなど強硬な手段を取っており、厳しい状況はまだまだ終わりそうにない。

The PropheCのルーツであるパンジャーブ地方もまた、印パ分離独立時に両国に分断された歴史を持つ。
イスラームの国となったパキスタンを離れてインド側へと向かうヒンドゥー教徒、シク教徒と、インド領内からパキスタンへと向うムスリムの大移動によって起きた大混乱のなか、迫害や暴行によって100万人もの人々が命を奪われた。
これもまた、今日まで続く印パ対立の原因のひとつとなっている。

前述の通り、KSHMRはカシミール出身のヒンドゥー教徒の父を持ち、The PropheCはパンジャーブにルーツを持つシク教徒で、Talha Anjumはパキスタンのムスリムのラッパーである。
異国のリスナーの過剰な思い入れかもしれないが、歴史を踏まえると、この3人がこの時代に共演するということに、なんだか大きな意味があるように感じてしまうのである。
仮にそこに深い意味はなく、かっこいい曲を作るために適任なアーティストを集めただけだったとしても、それができるKSHMRの感性ってなんかすごくいいなと思う。
ちなみにYoung Stunnersはコロナ禍の2020年にデリーのKR$NAとの共演も実現させている。
こういう交流はどんどん進めてほしい。

他に参加しているラッパーは、デリーの元Mafia Mundeer勢からIkkaとRaftaar、プネーのマンブルラッパーMC STAN、カリフォルニアのテルグ系フィメールラッパーRaja Kumariら。

音楽的な部分以外で気になる点としては、このアルバムには、インタールードとしてオールドボリウッド風のスキットが数曲おきに収録されている。
それぞれ"The Beginning", "The Plan", "The Money", "The Girl", "The Revenge"といったタイトルが付けられていて、言葉がわからないので何とも言えないが、今作はコンセプトアルバムという一面もあるようだ。

ここまでインド市場に振り切った(インド人と一部のパキスタン人以外は聴かなそうな)アルバムを作ったKSHMRの最新リリースは、"Tears on the Dancefloor"と題したゴリゴリのEDM。
完全にインドのシーンに拠点を移すつもりはなさそうだが、この振れ幅こそが彼の魅力なのだろう。

KSHMR "Tears on the Dancefloor (feat. Hannah Boleyn)"

Ritvizとのコラボレーション"Bombay Dreams"や、インドのスラム街の子どもたちにインスパイアされたという"Invisible Children"など、近年インド寄りの側面をどんどん出してきているKSHMRは、今後ますますインドのシーンでの存在感を増してゆきそうだ。



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goshimasayama18 at 22:27|PermalinkComments(0)

2023年09月06日

意外なコラボレーション!Komorebi, Easy Wanderlings, Dhruv Visvanath, Blackstratbluesが共作したドリームポップ



インドの音楽シーンは、基本的には都市や言語ごとに形成されているのだが、地域や言語の垣根を越えた共演もたびたび行われている。
それがまたお気に入りのアーティストの共演だったりすると、意外な繋がりにうれしくなってしまう。
今回はそんな曲を紹介したい。


今回のお話の主役となるのは、デリーを拠点に活動するエレクトロポップアーティストKomorebi.
彼女の新作に、プネーのドリームポップバンドEasy Wanderlings、デリーのシンガーソングライター/ギタリストのDhruv Visvanath、さらにはムンバイのギタリストBlackstratbluesが参加していて、これがかなり良かった。

Komorebi "Watch Out"


Komorebiは日本語のアーティスト名からも分かる通り、アニメなどの日本のカルチャーに影響を受けている。
ビジュアルイメージにも日本的な要素がしばしば取り入れられていて、このミュージックビデオの冒頭には、パワーパフガールズみたいなアニメっぽいポップ&カワイイテイストのイラストが採用されている。
(パワーパフガールズはアメリカの作品だけど、日本のアニメや特撮のオマージュ的な要素が強い作品ということで。そういえばNewJeansのEP "GetUp" でもパワーパフガールズっぽいイメージが採用されていたが、そろそろああいうテイストが懐かしい感じになっていてきるのか)



Komorebiが2020年にリリースしたEPのタイトルは、日本語で"Ninshiki".
収録曲のミュージックビデオにもやっぱり日本っぽい要素がたくさん出てくる。
最後の方になると、中国とか他の東アジア的要素も出てくるが、まあ日本人もインドとアラビアあたりを誤解したりしがちなので、そこはお互いさまかな。
要は、リアルな日本というわけではなく、アニメの舞台のようなエキゾチックでフィクション的な日本のイメージを借用したいのだろう。
どうぞどうぞ。


Komorebi "Rebirth"


サウンド的にはノルウェーのエレクトロポップアーティストAURORAっぽいようにも感じるが、KomorebiもAURORAもスタジオジブリ作品のファンという点で共通している。
二人とも、電子音楽だけどどこか自然や神秘を感じさせる音作りにジブリ好きっぽさが出ているような気がするが、どうだろうか。

そういえばKomorebiの"Watch Out"に参加しているプネー(ムンバイにほど近い学園都市)のドリームポップバンドEasy Wanderlingsの中心メンバーSanyanth Narothも、以前インタビューでスタジオジブリのファンであると語っていた。



"Watch Out"の美しいメロディーとハーモニーを聴いた時、てっきり楽曲提供もSanyanthだと思ってしまったのだが、作詞作曲はKomorebiことTaranah Marwahで、Easy Wanderlingsの担当はコーラスとフルートとのこと。
ハーモニーのアレンジひとつでここまで曲の雰囲気が変わるのかと驚いた。
Easy Wanderlingsについてはこのブログで何度も紹介しているので、耳にタコの人もいるかもしれないが、念のためあらためて2曲ほど紹介しておく。

Easy Wanderlings "Beneath the Fireworks"


Easy Wanderlings "Enemy"



"Watch Out"にアコースティックギターで参加しているDhruv Visvanath(名前の発音は、たぶんドゥルーヴ・ヴィスワナートでいいはず)は、Komorebiと同じくデリー出身のシンガーソングライター。
ギタリストとしても評価が高く、2014年にアメリカの'Acoustic Guitar'誌で「30歳以下の最も偉大なギタリスト30人」に選出されている。

彼の新曲は、ジャック・ジョンソンみたいに始まって、重厚なコーラスが印象的なダンサブルなポップスに展開する曲で、中年男性の追憶を描いたミュージックビデオもいい感じだ。

Dhruv Visvanath "Gimme Love"


インドには彼のように上質な英語ポップスを作るアーティストが結構いるのだが、国内のリスナーは英語よりも母語(ヒンディー語とかタミル語とか)の曲を好み、海外のリスナーはインド人が歌う英語の曲にほとんど注目していない。
英語で歌うインドのアーティストは、適切なマーケットがないというジレンマを抱えている。
「インターネットで世界中の音楽が聴けるようになった」とか言われているが、情報の流通や受容、そしてリスナーの心の中には、まだまだたくさんの壁があるのだ。


Dhruv Visvanath "Write"


個人的にはDhruv Visvanathに関しては、ギターも曲作りも良いのだけど、スムースすぎて心に引っかかる部分がないのがネックなのかもしれないな、とちょっと思う。
彼の曲をもう一曲だけ紹介。
珍しくエレキギターをフィーチャーした"Fly"は、卵を主人公にしたコマ撮りアニメが面白い。

Dhruv Visvanath "Fly"



Dhruv Visvanathがアコースティックの名ギタリストなら、ギターソロを弾いているBlackstratbluesことWarren Mendonsaは、今どきジェフ・ベックとかデイヴ・ギルモアみたいな(例えが古くてすまん)スタイルのエレキギターの名ギタリストで、ムンバイを拠点に活動している。

Blackstratblues "North Star"


ちなみに彼はボリウッド映画の作曲トリオとして有名なShankar-Ehsaan-Loyの一人Loy Mendonsaの甥でもある。

それにしても、エレクトロポップのKomorebiの作品に、バンドサウンドを基調としたドリームポップのEasy Wanderlings, アコースティックなフォークポップのDhruv Visvanath, 70年代風ギターインストのBlackstratbluesというまったく異なる作風のアーティストが参加しているというのが面白い。
強いて共通点を挙げるとすれば、彼らが全員、洋楽的な、無国籍なサウンドを追求しているということだろうか。
デリー、ムンバイ、プネーというまったく別の土地(ムンバイとプネーは同じ州だけど)のアーティストの共演というのがまた意外性があって良かった。
こういうコラボレーションにはぜひ今後も期待したいところだ。


話をKomorebiの"Watch Out"に戻すと、この作品はニューアルバム"Fall"からの2曲目のシングルで、1曲目はこの"I Grew Up"という曲。

Komorebi "I Grew Up"


冒頭の字幕に出てくるCandylandというのは5年前の彼女の楽曲のタイトルだ(ストーリー的なつながりはなさそうだが)。
この一連のミュージックビデオで、彼女はKianeというキャラクターを演じている。
9月8日リリースのアルバムで、さらにストーリーが展開されてゆくのかもしれない。

Komorebiの新作はかなり良いものになりそうなので、大いに期待している。
もちろん、共演しているアーティストたちの今後の活躍にも期待大だ。



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goshimasayama18 at 22:53|PermalinkComments(0)

2023年09月03日

ドキュメンタリー映画『燃えあがる女性記者たち』について長々と語る



ドキュメンタリー映画『燃えあがる女性記者たち』の試写を見た。
インドの片田舎でダリト(被差別階級)の女性たちが運営する新聞社「カバル・ラハリヤ」(Khabar Lahariya)。
その記者たちが、過酷すぎる社会をジャーナリズムの力で変えてゆく様子を記録したこの映画は、2021年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされ、サンダンス映画祭ワールドシネマ・ドキュメンタリー部門観客賞、山形国際ドキュメンタリー映画祭市民賞など、世界各地で30以上もの映画賞を受賞した。
監督はスシュミト・ゴーシュとリントゥ・トーマスの二人が共同して手がけている。

テーマやタイトルを見て、インドや社会問題に関心がある向けの作品だと思われる方もいるかもしれないが、この映画は、インド的であると同時に、普遍的で深い「問い」を持つ、素晴らしい作品である。
(以下、いつもながらすごく長くなってしまったので、映画鑑賞後に読んだ方がよいかもしれません)



映画の舞台はインド北部のウッタル・プラデーシュ州。
インド最大の人口を誇るこの州には、タージマハルやガンジス川の聖地ヴァーラーナシーなどの著名な観光地があり、日本人旅行者にも馴染み深い場所だ。
しかし同州にはもうひとつの顔がある。
ウッタル・プラデーシュはインド有数の貧困地帯であり、さらに頑迷なヒンドゥー至上主義が強い土地でもあるのだ。

ジャーナリストのほとんどを高位カーストの男性が占めるこの地で、インドで唯一のダリト女性たちによる新聞社「カバル・ラハリヤ」は、2002年に産声を上げた。
ダリトとは、カースト制度の枠外に位置づけられた最下層の被差別民のことである。
記者たちが取材する現実は、ものすごく辛くてやりきれない。
ダリトの女性が男たちに繰り返しレイプされても、警察はまったく捜査に応じてくれない。
閉鎖された炭鉱でマフィアによる違法採掘が行われ、そこで働いていた家族が落盤事故の犠牲になる。
インドの貧困や差別について多少なりとも知っている人にとっては、どこかで聞いたことがあるような話かもしれない。
しかしスクリーンに映される現実は、これまで見聞きした以上に救いがなく感じる。
その理由は、このドキュメンタリーが貧困地域の被差別階級のなかでも、さらに抑圧された立場である女性の目線で描かれているからだろう。
世界最大の民主主義国インドには、2020年代になっても法も正義もない世界があたり前に存在しているのだ。

地方で悲劇が繰り返されても、大都市を拠点とするメディアはいちいち取材に来たりなんかしない。
だから問題は知られることなく放置され、強者と弱者の関係は永遠に変わることがない。
こうした過酷すぎる地方の現実を広く発信するため「カバル・ラハリヤ」の主任記者ミーラは、紙媒体としての新聞発行だけではなく、ウェブでの動画ニュースの配信を決意した。
だが、記者たちの中には、録画や配信に使うスマホに触れるのが初めてだという者も、スマホ操作に必要な英語が不得意な者もいる。
彼女たちは、「英語がわからないから銀行でお金がおろせなかった」とか「最初は村の外に出るのも不安だった」なんて吐露したりもする。
本当に大丈夫なのかと心配になってしまうが、使命感に燃える彼女たちの眼差しは力強い。
ドン・キホーテ的とも言える彼女たちの挑戦は、救いの存在しなかった社会に、ほんの少しずつ、希望と正義をもたらしてゆく。
…というのが、この映画の(ドキュメンタリーではあるけれど)一応のあらすじだ。


彼女たちは決してスーパーヒーローではない。
取材先では唯一の救いとして頼りにされても、家では夫や家族の無理解に苦しんでいる。
権力の闇を報道した報復として、いつか殺されてしまうかもしれないと怯えたりもする。
それでも、彼女たちが志を持って報道を続けているのは、何世代にもわたって続いてきた因習を打ち破る希望をジャーナリズムに見出しているからだろう。
政治家に高級そうなカメラを向ける男性記者たちのなかで、ただ一人スマホを掲げる女性記者の、なんと誇らしげなことか。

日本ではほとんどの人が持つスマホという武器を手に、人生を、社会を変えようと勇敢に行動する彼女たちを通して「じゃあお前はどうするんだ」という問いが私たちに突きつけられる。
私たちはどう生きるか。


彼女たちの前途が必ずしも希望に満ちているわけではない。
本来は苦しむ人々を救うべき政治の世界では、宗教が前景化して、極めて保守的な価値観を肯定するヒンドゥー至上主義が台頭してきている。
映画には、荒唐無稽とも言えるヒンドゥー至上主義者の若者が登場するのだが、記者は、彼をただの愚か者として取り上げたりはしない。
不寛容な彼もまた、貧しさと希望のない社会構造に苦しむ弱者でもあるのだ。
女性たちを抑圧する存在でもあるはずの彼に真摯に取材を重ねてゆくシーンは、この映画のハイライトのひとつだろう。


あんまり褒めすぎるのもなんなので、ネガティブな点も挙げておく。
ドキュメンタリー映画としての「演出」的な部分で、ちょっと不自然なところが散見されるのが、若干気になった。
例えば、記者が被差別カーストの女性に「どうしてこんなに村外れに暮らしているの?」と尋ねて、女性が「私たちは不浄だと考えられているからだ」と答えるシーン。
これは村社会に暮らすインド人だったら、聞くまでもなく分かっているはずのこと。
わざわざ尋ねたりしないだろう。
インドの田舎の保守性を、なじみのない人たちにも分かりやすく伝えるためのシーンなのだろうが、あえて説明的な発言をさせるのではなく、ナレーションや字幕で補うこともできたんじゃないだろうか。
そう感じた分部がいくつかあった。

また、インドでは、この映画の「主人公」である「カバル・ラハリヤ」の女性記者たちが、映画の内容について不満に感じているという、見逃せない報道もあった。
いくつかのウェブサイト(文末参照)によると、その内容は以下のようなものだそうだ。

  • 「カバル・ラハリヤ」は政治や社会問題などの深刻なテーマだけでなく、もっと日常的な話題も扱っている。

  • 「カバル・ラハリヤ」は、特定の政治的スタンスを取っているわけではない。与党だけではなく、全ての政党に対して厳しく責任を追及している。

  • 「カバル・ラハリヤ」は、ダリトの女性のみによって運営されているのではない。構成メンバーには、OBC(Other Backward Classes「その他後進階級」。ダリトのようにカーストの外に位置付けられているわけではないが、支援が必要なため優遇措置の対象となっているコミュニティ)や高位カーストやムスリムの女性たちもいる。


ひとつめの点については、「カバル・ラハリヤ」のYouTubeチャンネルを確認してみたところ、確かに硬派なニュースだけでなく、健康やスマホアプリの使い方など、多様なテーマを扱っているようだ。
記者たちが、自分たちの媒体がある種の「誤解」をされてしまうことを素直に快く思えないという気持ちは分かる。
だが、監督たちの目線で考えれば、限られた時間でテーマを伝えるための編集が必要だということも理解できる。
これは、ノンフィクション映画では避けられないジレンマだろう。

ふたつめの点については、おそらくはリベラルな(というか、反与党よりの)政治姿勢を持つ監督と、特定の主義ではなく「抑圧されるもの」の側に立つというスタンスで活動する記者たちとの考え方の違いによるものだろう。
「カバル・ラハリヤ」にとっては、保守的・ヒンドゥー至上主義的傾向を強める政治状況のなかで、必要以上に悪目立ちしたくないという意図もあるのかもしれない。

みっつめの相違も、分かりやすさを重視する監督たちと、正確さを尊重したい記者たちの立ち位置の違いによるものとみて良いだろう。
映画では「カバル・ラハリヤ」を、「ダリト女性によって運営されている」ではなく「ダリト女性によって立ち上げられた」と紹介しているので、もしかしたら立ち上げ時のメンバーは全てダリト女性で、その後で他のコミュニティの女性たちが加わったということなのかもしれない。
記者たちには、女性であることにはこだわりつつも、地域の問題を「カースト間闘争」という図式でのみ捉えてほしくないという意図があるのだろう。

いずれにしても、映画で紹介されているのは、かなり単純化された構図であり、現実はさらに複雑で、彼女たちは特定の政党やコミュニティに肩入れせずに活動している、ということに留意する必要があるようだ。
(9/5追記:なお、この記事を読んだ映画関係者の方から、上記の見解の相違があってもなお「監督と記者たちの関係は良好」という情報を伺った。草の根に根差した報道に携わる記者たちと、世界に向けて映画という手段で問題を提起する監督との方法論の違いはあっても、本質的に大事にしたいものは共通しているのだろう。それは映画からも大いに伝わってきた)


すでに十分すぎるほど長くなってしまったが、ふだんインドのインディペンデント音楽を扱っているブログとして注目した点をさらに2点ほど。


1点目は、映画のなかで、保守的なヒンドゥーの若者たちが、宗教パレードのシーンで、ヒンドゥーっぽくて、かつハードコアテクノ的なダンスミュージックに合わせて踊り狂っていたこと。
以前から北インドの後進地域に往年のロッテルダムテクノ的な音像の殺伐としたダンスミュージックが存在していることは気になっていた。
最初にこの手の音楽の存在に気がついたのは、2021年のSoi48パーティーにオンライン出演したDJ Tapas MTを聴いた時だった。



彼がプレイするサウンドの歪みまくった暴力的な音像もさることながら、インドからオンラインで参加していたファンたちの傍若無人っぷりがまたすさまじかった。
イベントの進行が1時間くらい押していたのだが、ファンたちは他のDJたちのプレイにはいっさい触れずに「Tapas MTを早く出せ」「このイベントはTapas MTの名前を使って集客している詐欺だ」(日本で知名度ないっつうの)みたいなコメントを書き込みまくっていた。
実害があったわけではないし(その後DJ Tapas MTの強烈なDJセットが披露され、ことなきを得た)、文化の違いとしては面白かったのだが、「遠く離れた異国のイベントで俺たちの地元のDJが出るってよ」みたいな温かさのまったくない、ひたすら殺伐としたファンのノリに衝撃を受けたものだった。

インド的な要素を取り入れたダンスミュージックといえば、かつてのゴアトランスはぐねぐねと曲がったサイケデリックなサウンドを特徴とし、初期においてはヒッピームーブメント発祥のピースフルなノリを持っていた。
だが、この地方のローカルDJが作るひたすら直線的で破壊衝動を鼓舞するようなサウンドは、同じインド的なダンスミュージックとはいえ、かつてのトランスとは真逆の方向性を志向している。
初めてこのサウンドを聴いた時に、これはきっとこの地域のナショナリズム的感情(と、それに基づくムスリム排斥などの暴力的な運動)と何らかの関連があるに違いないと思ったものだが、『燃え上がる女性記者たち』を見て、その予感は確信へと変わった。

ちなみにこの地域に同様のスタイルで活動するDJは他にも数多く存在している。







PAシステムの限界を超えたような歪んだ低音と、ひたすら扇情的かつ攻撃的なビート。
鬱屈した地方在住者の感情を発散させるために自然発生的に生まれたサウンドなのだろうが、音としては非常に面白いだけに、排他的な思想と結びついていることがただただ残念である。


インド音楽ブロガー目線で気になった2点目は、音楽担当としてTajdar Junaidの名前があったこと。
Tajdar Junaidは西ベンガル出身のシンガーソングライターで、2013年にアルバム"What Colour is Your Raindrop"をリリース。
コマ撮りアニメを使用した"Ekta Golpo feat. Satyaki Banerjee, Anusheh Anadil, Diptanshu Roy"のミュージックビデオでは、独特な作風で強い印象を残した。


最近名前を聴かないからどうしているのかと思っていたら、東京外大で2022年12月に上映されたインド北東部からデリーへの移民をテーマにした映画『アクニ デリーの香るアパート』の音楽担当としてその名前を見つけてびっくりしたのだった。
それに続いて、今度はこのドキュメンタリー映画で名前を見かけたのでまた驚いたというわけだ。

完全に映画音楽に移ってしまったのではなく、まだまだインディーミュージシャンとしても活動しているようで、1ヶ月ほど前には、ちょっとジプシーとかミュゼットみたいなスタイルで、同郷の伝説的ロックバンドMohineer GhoraguliのカバーをYouTubeにアップしていた。



西ベンガル出身のミュージシャンは、言語や地域的な問題からか、なかなか全インド的な人気を得ることが難しいようだが、彼は硬派な映画音楽にも活動範囲を広げながらしぶとく活動を続けているようだ。
また映画のエンドロールで彼の名前を見ることがあるかもしれない。


いろいろととりとめなく書いてしまったけど、『燃えあがる女性記者たち』、心のどこかに火がつく素晴らしい映画なので、ぜひたくさんの人に見てもらいたい。
上映は9/16から!

https://www.npr.org/sections/goatsandsoda/2022/03/26/1088862907/writing-with-fire-is-up-for-an-oscar-but-its-subjects-say-theyre-misrepresented

https://scroll.in/reel/1020016/khabar-lahariya-says-oscar-nominated-documentary-misrepresents-its-journalistic-work

https://thewire.in/film/writing-with-fire-savarna-caste-khabar-lahariya



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goshimasayama18 at 21:24|PermalinkComments(0)

2023年08月16日

なぜか今頃発表! The Indies Awards 2022



インドの優れたインディペンデント音楽のアーティストや作品に対して、2020年から表彰を行なっているThe Indies Awardsの2022年版が、先日唐突に発表された。



すでに2023年の8月後半にさしかかったこのタイミングでいったい何故?
もしかしてインドには日本でいうところの「年度」みたいな考え方があるの?(例えば2022年の8月から翌年の7月までを2022年度として扱うとか)
…と不思議に思ったものの、どうやらそういったことはいっさいなく、純粋に2022年以前にリリースされた作品のみが対象とされているようだし、単に選考に時間がかかっていたか、忘れていただけの模様。

インドのインディーズシーンは、まだまだみんなが手弁当で盛り上げているといった感じなので、おそらく選考委員のみなさんも本業を別に持っていたりして、きっと忙しくてこのタイミングになるまで手がつけられなかったんだろう。
なにしろ、ジャンル別アルバム・楽曲、パート別プレイヤー部門など全部で27部門もある本格的な賞なので、選考に時間がかかるのも分かる。
(…かと思ったら、後述の通り、どう考えても2021年にリリースされた作品がたくさん入っていたりして、なんだか訳がわからない)
個別の受賞者は上記のリンクを辿ってもらうとして、主要部門と気になる部門について、いくつか紹介してみたいと思います。


Artist of the Year: Seedhe Maut


アーティスト・オブ・ザ・イヤーに選ばれたのはこのブログでも何度も紹介しているデリーのSeedhe Maut.
確かに2022年のSeedhe Mautはインドを代表するヒップホッププロデューサーSez on the Beatと久しぶりに共作した傑作アルバム"Nayaab"をリリースし、インドのヒップホップの新境地を切り開く大活躍をしていた。
さらに彼らはHiphop/ Rap Song of the Year部門もこの"Namastute"で受賞している。
アレ?この曲、もう1作前のアルバムの曲だけど、リリースいつだっけ?と思って調べてみたら、2021年の2月。
なにがなんだかよくわからなくなって来たけど、名作なのは間違いないのでまあ良しとしよう。




Song of the Year: Sunflower Tape Machine "Sophomore Sweetheart"


やはり2021年の6月にリリースされているこの曲がなぜ2022年のベストソングに選ばれているのかは謎だが、洋楽的なインディーミュージックとしてよくできた曲なことに異論はない。
Sunflower Tape MachineはチェンナイのアーティストAryaman Singhのソロプロジェクトで、この曲は2021年のRolling Stone Indiaが選ぶベストシングルの2位にもランクインされていた。
Sunflower Tape MachineはThe Indies AwardsでもEmerging Artist of the Yearとのダブル受賞。
リリースする楽曲ごとに作風が変わる彼らの魅力は、近々特集して紹介したいところだ。



Album of the Year:  Saptak Chatarjee  "Aaina"


彼はこれまで知らなかったアーティストだった。
どうもこのThe Indiesは、Rolling Stone Indiaあたりと比べると、いわゆるフュージョン的な、インドの要素を多く含んだ音楽を評価する傾向があるようで、彼も本格的な古典音楽を歌ったりもするシンガーソングライター。
Saptak Chatarjeeはデリーとムンバイを拠点にしているようで、YouTubeでチェックする限り、その実力は間違いなさそうだ。



Music Video of the Year: The F16s "Easy Bake, Easy Wake"


F16sはチェンナイ出身のロックバンド。
ふざけた名前のLendrick Kumar(説明するのも野暮だが、たぶんインドによくいるKumarという名前を、Kendrick Lanarのアナグラム風にしている)によるミュージックビデオは、独特のユーモアと世界観が魅力的。
この曲が収録された"Is It Time to Eat the Rich Yet?"は、Rock / Blues / Alternative Album Of The Yearも受賞している。
ちなみにこのアルバムもやはり2021年の11月にリリースされたもの。
前回のThe Indies Awardsは2022年の12月に発表されているので、ぎりぎりのタイミングだったのかもしれないが、たまに2021年前半の作品が含まれているのが解せない。


他のチェンナイ勢では、フジロックでの来日も記憶に新しいJATAYU"Moodswings"Instrumental Music Album Of The Yearを受賞している。




Artwork Of The Year: Midhaven "Of The Lotus & The Thunderbolt"
Metal/Hardcore Song of the Year: Midhaven "Zhitro"


アートワーク部門とメタル・ハードコア部門の楽曲賞を両方を受賞したのが、このMidhavenというムンバイのアーティストだった。
不勉強ながらこれまで知らなかったバンドで、先日出版された『デスメタル・インディア』にも掲載されていない新鋭バンドのようだ。
アートワーク部門での受賞となったのがこのサムネイルのイラストで、やはりこの媒体がインド的な要素を嗜好していることを感じさせられるセレクトだ。
楽曲はミドルテンポのよくあるメタルで、それなりにレベルの高いインドのメタルシーンでこれといって特筆すべき部分は感じられなかった。


Electronic/Dance Album of the Year:  MojoJojo "AnderRated"



伝統音楽をポップな感覚でダンスミュージックと融合するムンバイのプロデューサーMojoJojoが2021年の10月のリリースしたアルバム。
RitvizやLost Storiesなど、いわゆる印DM(インド的EDM)ではいろんなスタイルで活躍しているアーティストがいるが、彼はちょっとラテンポップっぽい要素があるところが独特だろうか。
ちなみに楽曲部門(Electronic / Dance Song Of The Year)では、ラージャスターンの民謡とエレクトロニックを融合するというコンセプトで活動するBODMAS"Camel Culture"(やっぱり2021年のリリース)が選出されている。
インドのエレクトロニックシーンの評価基準をフュージョンという点に置いているのだとしたら、なかなか興味深いセレクトである。


Folk-Fusion Song Of The Year:  Abhay Nayampally "Celebration (feat. Bakithi Kumalo, Hector Moreno Guerrero & King Robinson Jr)"


このAbhay Nayampallyというギタリストもこれまで聴いたことがなかったが、やっている音楽はかなり面白くて、ラテン・カルナーティック・フュージョンとでも呼ぶべき音楽性の一曲。
南アフリカのベーシスト、アメリカのドラマー、ドミニカのキーボーディストが参加しているようで、まさに大陸をまたいだ興味深いコラボレーションを実現している。
もっと多くの音楽ファンに聴かれてほしい曲である。


Pop Song Of The Year:  Ranj  "Attached"


英語で歌うベンガルールの女性シンガーの作品で、センスよくまとまったポップスとしての完成度はインド基準ではかなり高い。
Rolling Stone Indiaが好みそうな音楽性だと思ったが、Rolling Stone Indiaの2021年のベストシングルには選ばれていなかった。
以前も書いたことがあるが、この手のミドルクラス的ポップスで良質な作品をリリースしているアーティストはインドにそれなりにいるのだが、彼らがターゲットにしているリスナー層は主に洋楽を聴いており、そんなに聴かれていないのが、ちょっともったいない。


他にこのブログで紹介したことがあるアーティストでは、やはりどちらも2021年の作品だが、Easy Wanderlings"Enemy"Rock / Blues / Alternative Song Of The Yearに、Prabh Deep"Tabia"Hip-Hop / Rap Album Of The Yearに選出されている。

それにしてもこんなに2021年の作品が多く選ばれている理由はなんでだろう。
前回(第2回)の選出は2021年の12月に行われているようなので、ほとんどの作品が前回の対象にもなっているんじゃないかと思うのだが…。
なんにせよ、こうして新しいアーティストを知ることができたり、自分が取り上げて来たアーティストがインド国内でも高く評価されていることを知れたりするのはいい機会だった。
来年の発表はいつになるのかさっぱり分からないが、今後も注目してゆきたい音楽賞ではある。




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goshimasayama18 at 01:34|PermalinkComments(0)

2023年05月08日

インド産トランスミュージック各種!(ヒンドゥーモチーフから人力トランスバンドまで)



今回は「最近のインドのトランス・ミュージック」の話を書く。

ゴアトランスというジャンルを生んだことからも分かるとおり、インドはトランスというジャンルに多大な影響を与えてきた国である。

インドの古典音楽が持つ深く瞑想的な響きや、ヨガなどの精神文化が持つ西洋文明に対するオルタナティブなイメージは、ビートルズの時代から、欧米のポピュラー音楽のカウンターカルチャーとしての側面に大きな影響を与えてきた。
インドの宗教的/哲学的な「悟り」は、欧米のポピュラー音楽シーンでは、ドラッグによる精神変容、すなわちサイケデリックという感覚と同一視されて扱われてきた歴史を持つ。
トランスは、そうしたオルタナティブな精神性〜サイケデリックという方向性を煮詰めたようなジャンルだった。

それゆえ、伝統音楽がサンプリングされたり、ヒンドゥーの神々がアートワークに使われたりしていた往年のトランスは、改めて思い返してみれば、インドの伝統のエキゾチシズム的消費というか、今風に言うところの「文化の盗用」みたいな側面がかなり強い音楽でもあった。
このサイケデリックなパーティー音楽においては、インドからの影響は、あくまでも表面的なものでしかなかったのだ。

ゴアにトランスがどう定着し、そして廃れていったかは、以前、3回に分けて書いたことがあるので、ここでは繰り返さない。




(こちらの記事参照)

トランスアーティストたちによるインド理解が表層的なものだったとは言っても、欧米目線から見たニンジャやサムライが日本人にとってキッチュでありながらもクールだと感じられるのと同じように、インド人にとっても、サイケデリックに解釈されたインド文化は、どこかかっこよく、魅力的なものだったのだろう。
インドでは、いまだにオールドスクールなゴア/サイケデリックトランスの人気は根強く、その名も3rd Eye Eventsという、まるでインドかぶれの外国人がつけたみたいな名前のオーガナイザーが、海外からDJを招聘して各都市でパーティーを開催していたりもする。


今回注目したいのは、そうした海外直輸入のスタイルで実践されているトランスではなく、インドのフィルターを通して、さまざまな形で解釈・表現されているインド式のトランスミュージックだ。
トランスというジャンルは、ときに誇張され、ときに模倣されながら、インドで独自の進化・発展を遂げているのだが、それがかなり面白いのだ。

例えば、2年ほど前にリリースされたこの曲では、かつてゴアトランスの時代に西洋のアーティストがエキゾチックかつスピリチュアルな雰囲気作りに借用していたヒンドゥー教の要素を、マジで導入している。

Vinay Joshi "Mai Shiv Hun"


お聴きのとおり、ヒンドゥー教の観点から、本気でシヴァ神を讃えるというテーマの曲である。
この曲をリリースしているJSR Record Labelというところは、この曲以外は普通のポップミュージックを扱っているようなので、本気の信仰というよりは、もうちょっと洒落っぽいものである可能性もあるが…。


Agam Aggarwal "Mahamrityunjay Mantra"

シヴァ神を讃えるマントラに壮大なエレクトロニック・サウンドを加えた曲。
さっきの曲同様に、CGで描かれたヒンドゥー神話的な世界が面白い。
クラブミュージック世代には、純粋な声楽だけの宗教歌や伝統的な宗教画より、こういうアレンジが施されているほうが親しみやすかったりするのだろうか。


DJ NYK at Adiyogi (Shiv Mantra Mix)



インドでは、ポピュラー音楽やクラブミュージックと宗教的なものがシームレスに繋がっている。
ふだんはボリウッドソングをプレイすることが多いDJ NYKは、タミルナードゥにある巨大なシヴァ神像(世界最大の胸像らしい)Adhiyogi Shiva Statueの前で、シヴァ神を讃える曲をミックスしたパフォーマンスを披露している。
トランス特有のクセの強い音の少ないミックスなので、インドっぽいクラブミュージックは聴きたいがトランスは苦手という人(そんな人いる?)にも比較的聴きやすいんじゃないかと思う。
このDJプレイは、ヨガ行者で神秘思想家でもあるSadhguruという人物が提唱した環境保護活動Save Soilムーブメントのために行われたものとのこと。


エレクトロニック系/DJ以外の人力トランスをやっているバンドも面白い、
ケーララのShanka Tribeは、「トライバルの文化的遺産や伝統を重視し、さまざまな音楽を取り入れたトライバルミュージックバンド」とのこと。

Shanka Tribe "When Nature Calls"


Shanka Tribe "Travelling Gypsies ft. 6091"


トライバルというのは、インドではおもに「法的に優遇政策の対象となっている少数民族/先住民族」に対して使われる言葉だが、音楽的にどのあたりがトライバル要素なのかはちょっと分からなかった。
オーストラリアのディジュリドゥとか西アフリカのジェンベとかリコーダーのような海外の楽器が多用されていて、結果的に、南アフリカのパーカッショングループAmampondoと共演していたころのJuno Reactor(ゴアトランスを代表するアーティスト。"Pistolero"あたりを聴いてみてほしい)みたいな音になっている。


(以下、斜体部分は2023年5月11日追記)
初めてShanka Tribeを聴いた時から、彼らの曲、とくに"When Nature Calls"がJuno Reactorの"Pistolero"にどことなく似ている気がするなあ、と感じたていたのだが、あらためて久しぶりにJunoを聴いてみたら、「どことなく」どころじゃなくて、本当にそっくりな音像だった。


この時期のJuno Reactor、サウンド的にはかなり好きだったのだが、南アフリカのパーカッショングループAmampondoを従えてのライブパフォーマンスに関しては、どうにも植民地主義的な構図に見えてしまって、複雑な感情を抱いたものだった。


Shanka TribeがPistolero時代のJuno Reactorを音作りの参考にしていたのは間違いないだろう。
当時のJunoの、典型的な白人音楽であるトランスにアフリカのパーカッショングループを取り入れるという方法論、そしてそれをエキゾチックな演出として受け入れるオーディエンスという構造は、どうも支配/被支配の関係に見えてしまって、居心地の悪さを感じたものだった。
当時、(今もだと思うが)トランスのリスナーに黒人は極めて少なく、白人やイスラエリ、そして日本人がほとんどだったという背景も、その印象を強くしていたのかもしれない。
何が言いたいのかというと、インドの中で非差別的な立場に置かれてきた先住民族の文化や伝統を重視していると主張するShanka Tribeが、この時代のJunoのサウンドを引用しているということに、皮肉めいたものを感じざるを得ない、ということだ。
結局のところ、インド社会の中で、「持てるものの音楽」のなかに「持たざるものの音楽やイメージ」を剽窃しているだけなのではないか、という疑問が湧いてきてしまうのだ。
彼らがそれを、マイノリティ包摂のための方法論として好意的に捉えていたのだとしても。
一応付記しておくと、そうした感情を抜きにして、純粋に音として味わうのであれば、Shanka Tribeのサウンドは、かなり好きなタイプではある。

(さらに蛇足になるが、よくよく調べてみると、当時のJuno Reactorがスタジオ録音でAmampondoと共演していたのはConga Fury"など一部の曲のみだということが分かった。ライブではAmampondoが全面的にフィーチャーされていたので、スタジオでの彼らの貢献も大きいものと誤解していたのだ。つまり、リアルタイムで当時ライブを見ていないであろう彼らが、私が解釈したような植民地主義的な構造をいっさい意識しないままに、Junoのサウンドを参照している可能性もあることを付記しておく)




イギリス在住のインド系古典パーカッション奏者、Sarahy Korwarは、これまでにジャズやヒップホップの要素の強い作品をリリースしてきたが、最新作では人力トランス的なサウンドに挑戦している。

Sarathy Korwar "Songs Or People"


ちょっとRovoとかBoredoms人脈のサウンドっぽく聴こえるところもある。


こちらはベンガルールのNaadというアーティストの曲で、かなり紋切り型なサウンドではあるが、Sitar Trance Indian Classical Fusionとのこと。


Naad "Bhairavi Sunrise"


90年代末頃のBuddha Bar系のコンピレーションに入っていそうな曲だが、要は、その頃に確立したフュージョン電子音楽的な手法がいまだにインドでは根強く支持されているということなのだろう。



最後に、海外のアーティストでいまだにエキゾチック目線でインドっぽいトランスを作っている人たちもいたので、ちょっと紹介してみたい。
こちらは、トランス大国イスラエルのアーティストがデンマークのIboga Recordsというところからリリースした作品。

Technical Hitch "Mama India"
 


この曲は、フランスのアーティストによるもの。

Kalki "Varanasi"


曲名の通り、ヒンドゥーの聖地ヴァーラーナシーの路地裏や、砂漠の中の城塞を囲む「ブルーシティ」ジョードプルの旧市街で撮影されたミュージックビデオが印象的。
我々外国人にとってはかなり異国情緒を感じさせられる映像ではあるが、地元の人にとっては京都とか浅草寺の仲見世の日常風景みたいなものだろうから、こんなふうにサイケデリックなエフェクトを施してトランスのミュージックビデオに使われているのはどんな感じがするものなのだろうか。


ジャンルとしてはかなり定型化した印象の強い「トランス」だが、インドではまだまだいろいろな解釈・発展の余地がありそうで、また面白いものを見つけたら紹介してみたいと思います。


2023年6月26日追記:
このSajankaというアーティストも本格インド的トランスに取り組んでいて面白い音を作っている。
類型的な部分もあるが、アコースティックギターのストロークで始まるトランスなんて聴いたことがなかった。(トランスよく聴いていたのはかなり前なので、ここ数年は珍しくなかったりするのかもしれないが)



彼はもとの記事で紹介したShanka Tribeのリミックスを手掛けていたりもする。


結果的にインドかぶれのドイツ人トランスアーティストのDJ JorgがShiva Shidapu名義でリリースした"Power of Celtic"(1997年?リリース)みたいになっていて、海外目線で見たインド的トランスサウンドが内在化する見本みたいになっている。
(…なんて書いて分かる人が何人くらいいるのか分からないが、興奮のあまり書いてしまった。"Power of Celtic"聴きなおしてみたらあんまり似ていなかった。)


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goshimasayama18 at 23:17|PermalinkComments(0)

2023年03月14日

スヌープ・ドッグ! カイリー・ミノーグ! Akon! Nas! 世界的スターを起用したボリウッド映画の曲を紹介


3月13日(月)のJ-WAVE 'SONAR MUSIC'「インド映画音楽特集」でいろいろ紹介してきました!
本当はもうちょっとヒンディー語(=ボリウッド)以外の曲ももっと紹介したかったのですが、オンエアするためのいろいろな条件が合わず、ちょっと偏っちゃったかな、とも思ってます。
サウスを期待していたみなさん、ゴメンネ。
あと、ラジオ映えする曲に絞って選曲したので「なんであの曲がないんだ!」とか「なんであの映画の話がないんだ!」という方も、ゴメンナサイ。

今回は番組では紹介しきれなかったテーマでお届けします。


いまや経済成長著しいインドのエンタメのメインストリームである映画のもつ資金力はすさまじく、インド最大の制作本数を誇るヒンディー語のエンタメ映画(いわゆるボリウッド)では、ミュージカルシーンに使われる楽曲に、世界的に有名なアメリカやイギリスのシンガー/ラッパーが起用されることもある。
というわけで、今回は、あっと驚くようなアーティストが参加したボリウッドの曲を紹介!


まずは、言わずと知れたウェッサイの大物、Snoop Doggが起用された、2008年の映画"Singh is Kinng"のテーマ曲。

Snoop Dogg, RDB & Akshay Kumar "Singh is Kinng"


アクシャイ・クマール主演(彼の名前はこの曲にもクレジットされている)、カトリーナ・カイフがヒロインを務めたこの映画は、オーストラリアの裏社会で暗躍するシク教徒のマフィアのボスと、パンジャーブの田舎街に住む彼の純朴な弟との関係を軸にしたアクション・コメディということらしい。
監督は「コメディの帝王」と呼ばれているというアニース・アズミー。
映画の情報は、arukakatさんこと高倉嘉男に詳しく記載されている。


ターバン姿で知られるシク教徒は、イギリスやカナダ、アメリカへの移住者も多い。
彼らは'90年代に伝統音楽の「バングラー」とヒップホップを結びつけたスタイルを生み出し、それはやがてインドのメインストリーム・ラップの原型となった。



この曲でスヌープと共演しているのは、そうした英国産インド系ヒップホップのオリジネイターのひとつであるRDB.
楽曲制作もスヌープとRDBの共作で行われたようだ。
アッパーなビートとスヌープのレイドバックしたフロウが生むギャップが面白い。
曲はまあ、ラップとしてもバングラーとしても弱いが(そもそもバングラーではないし)、映画のラストとかに流れたらちょっと面白いかな、とは思う。

スヌープ起用の理由は今ひとつわからないが、彼のギャングスタ・ラッパーとしてのイメージがマフィアをテーマにしたこの映画とマッチしたからだろうか。
2008年といえば、インド国内のヒップホップシーンはまだ極めてアンダーグラウンドだった。
というか、この時期から活動していたラッパーはほとんどおらず、シーンと呼べるものが存在していたかどうかすら怪しい。
当然、ヒップホップ界のスーパースターであるスヌープの認知度もインドでは低かったはずで、そう考えると大金を投じて彼を起用する理由は見当たらないが、もしかしたら、海外在住のシク教徒のマーケットを見据えたものだったのかもしれない。
イギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリアには、合わせて200万人弱のシク教徒が在住している。

ちなみにRDBはシク教徒のホッケー選手を主人公としたカナダ映画"Break Away"でリュダクリスとも共演している。
ラップとヒンディーポップの融合という意味では"Singh is Kinng"と同じスタイルだが、インド映画とカナダ映画でのサウンドの違いを味わってみるのも一興。

Ludacris, RDB "Shera Di Kaum"


ちなみにこの映画には現在カナダ国籍を持っている前述のアクシャイ・クマールがプロデューサーとして名を連ねており、カメオ出演もしているとのこと。
この映画は"Speedy Singh"というタイトルでヒンディー語に吹き替えられてインドでも公開された。



続いては、2009年の映画"Blue"からの曲。
起用されているのは1980年台から活躍するイギリスの人気シンガー、カイリー・ミノーグ。

Kylie Minogue, Sonu Nigam "Chiggy Wiggy"


この映画はサンジャイ・ダット主演の海洋アクションで、共演にさっきの"Singh is Kinng"にも出演していたアクシャイ・クマールも名を連ねている。
監督はアントニー・デスーザという人で、当時としてはかなりの予算をかけて作られた作品のようだが、前述のarukakatさんによると、出来はイマイチだったようだ。


音楽を担当しているのは現代のインド映画音楽界の第一人者A.R.ラフマーン。
彼のポピュラー音楽作家としての力量を存分に感じることができる出来栄えだ。
中盤以降にバングラー/ヒンディーポップ的なアレンジを入れてちゃんとインドの観客を喜ばせることを忘れないのもプロフェッショナル。

この曲におけるカイリー・ミノーグの起用理由は、おそらくカリブの海を舞台にした作品の雰囲気に合うこと、そして中産階級をターゲットにした映画としても適切な人選だからといったところだろう。
インド都市部の英語で教育を受けた人々は、いわゆる洋楽嗜好が強い。
また、'00年代初頭に再燃したカイリーの人気がちょっと落ち着いた時期で、オファーしやすかったということもあったかもしれない。


Akon(エイコン)が英語混じりのヒンディー語で歌うのは、シャー・ルク・カーン主演の2011年のSFアクション映画"Ra.One"の曲。

Akon, Vishal Dadlani, Shruti Pathak "Criminal"


arukakatさんによる映画情報はこちらからどうぞ。


この映画の楽曲を手掛けているのは、Vishal-Shekhar.
英語ヴォーカルで歌うムンバイのヘヴィロックバンドPentagramのヴォーカリストVishal Dadlaniと、映画音楽作家のShekhar Ravjianiによるコンビで、この2人は2000年以降のボリウッド作品に洋楽的センスを持ち込んで人気を博している。
'00年代に"Locked Up"や"Lonely"などいくつものヒット曲をリリースし、レディ・ガガの才能を見出したことでも知られるAkonだが、この曲にはキツめのオートチューンがかかっているし、劇中のミュージカルシーン(ミュージックビデオ)では最初にちょっと出演しただけでシャー・ルクの口パクになってしまうというし、けっこうひどい扱いをされている。



Akon "Chammak Challo"



"Ra. One"ではこの曲もAkonが歌っているが、今度は映像にもいっさい登場せず、はっきりいってほとんどAkonの無駄遣いともいえる。
でもYouTubeのコメントを見る限り、彼が流暢なヒンディー語で歌っていることに対してインドのリスナーは概して好意的に受け止めているよう出し、まあいいのか(この曲にはタミル語も混じっているようで、タイトルはパンジャービー語で「セクシー・ガール」の意味とのこと)。

この映画にAkonが起用された理由はやはり謎だが、この映画をリリースした2011年当時、彼は少しずつ「往年の人気シンガー」になりつつあり、ここでも「知名度の割に起用しやすかった」という理由はあったものと思われる。
また、この映画がかなりハリウッドを意識した作風であったことから、もしかしたら世界市場を見据えての起用だったのかもしれない。


それはともかく、"Ra.One"のサウンドトラックでは、"Stand By Me"を引用した"Dildara"が白眉だった(この曲にはAkon不参加)。
Shafqat Amanat Ali "Dildaara"


そういえばボリウッドではロイ・オービソンの"Oh, Pretty Woman"を引用した曲もあった。

Shankar Mahadevan & Ravi 'Rags' Khote "Pretty Woman"


こちらは2003年に公開された、アメリカが舞台のヒット映画"Kal Ho Naa Ho"に使用された曲。
音楽を手掛けているのは90年代のボリウッドに洋楽的センスを持ち込んだトリオShankar-Ehsaan-Loy.
ちょうどVishal-Shekharの一昔前に同じようなことをやった人たちと言えるが、Vishal-ShekharにしてもShankar-Ehsaan-Loyにしても、その気になればオールドスクール・ボリウッド的な楽曲を作ることもできるというのがやはり人気の秘密なのだろう。
もちろん、ラフマーンも然りである。
ちなみにShankar-Ehsaan-LoyのひとりLoy Mendonsaの息子Warren Mendonsaは、ピンク・フロイドのデイヴ・ギルモアみたいなスタイルのギタリストとして、映画音楽ではなくインディー音楽シーンで活躍している。

話がそれた。
洋楽を引用した曲の紹介じゃなくて、洋楽のスターが参加した曲の紹介をしていたんだった。

次はこれ。
Nasが起用された2018年のヒップホップ映画"Gully Boy"のエンディングテーマで、映画のモデルになったムンバイのラッパーたちとの共演。
Nas feat. DIVINE, Naezy, Ranveer Singh "NY se Mumbai"



劇中にこそ出演しないものの、この映画はムンバイで行われるNasのライブの前座を目指すラップバトルがクライマックスになっていて、Nasの名前は映画のエグゼクティブ・プロデューサーとしてもクレジットされている。
とはいっても、これは映画制作にはかかわっていない「名誉職」で、Nasは試写を見て感動して自らの名前をエグゼクティブ・プロデューサーとして冠することを申し出たという。
このエピソード、てっきり映画のプロモーションのために作られた話かと思っていたのだが、この曲はサントラには収録されておらず、少し遅れてリリースされているから、もしかしたら本当なのかもしれない。ビートを手掛けているのはトロントのインド系デュオXD Proとジャマイカ人のIll Wayno.
90年代のニューヨークの雰囲気と、ムンバイのガリーラップのノリを兼ね備えたいい感じのビートだと思う。

映画については、公開当時にかなり血圧高めの記事をたくさん書いたので繰り返さない。


今でも大好きな映画である。


余談となるが、ヒンディー語以外の言語の映画に海外の歌手を起用するだけの予算がないわけではなく、例えばヒンディー語映画に次ぐ制作本数を誇り、『バーフバリ』や『RRR』を生み出したテルグ語映画でも、その気になれば世界的に有名な(かつての)人気シンガーを起用することも可能だろう。
おそらくだが、ヒンディー語(ボリウッド)映画以外でこうした傾向が見られない理由は、海外在住のインド系住民や、あわよくば外国人にも売り込もうという意識の強いボリウッドと、ローカル色を重視するサウスの映画の傾向の違いなのではないかと思う。
しかし映画には詳しくないので、実際のところはよく分からない。



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