インドのヒップホップ

2024年03月10日

どこにでもラッパーがいるインド 地方都市のヒップホップシーン(南インド編)



前回に続いて、今回は南インドの地方都市のラッパーを紹介する。
YouTubeでひたすら「都市名 rapper」で検索して気がついたことがひとつあって、それは南インドには北インドほどラッパーがいないということだ。

その理由は複数考えられるのだが、まず第一に南インドには北インドほど大きな都市がないということ。
前回の記事で、「YouTubeで、英語で『インドの都市名(スペース)rapper』で検索すると、人口規模100位くらいまでの街であれば確実にラッパーを見つけることができる」と書いたが、インドの人口規模100位までの都市に、南インド5州(アーンドラ・プラデーシュ、テランガーナ、カルナータカ、タミルナードゥ、ケーララ)が占める割合は20ほどしかない。

二つ目の理由は、北インドのヒップホップ受容で大きな役割を果たしたパンジャーブ系のような人々が、南インドには存在しないということだ。
もう何度も書いたことなのでざっくりと書くが、インド北西部に位置するパンジャーブ地方は、イギリスや北米への移住者が多く、彼らはヒップホップや欧米のダンスミュージックを、郷土の伝統音楽のバングラーと融合し、母国へと輸入する役割を果たした。
南インドからも海外への移住した人々は多いが、伝統的にタミル人はマレーシアやシンガポールへの移民が多く、ケーララからはUAEなどのペルシア湾岸諸国に渡る人が多い。
こうした理由から「本場のヒップホップに衝撃を受けて逆輸入する」という事象が北インドに比べて少なかった可能性はあると思う。

理屈はこれくらいにして、まずは南インドの西岸側からヒップホップの旅を始めてみたい。
古くはヒッピーたちの楽園として知られ、現在はインド人ミドルクラスのイケてるリゾート地となっている旧ポルトガル領の街、ゴアのラッパーを紹介する。


Tsumyoki x Bharg "Pink Blue"



この楽園っぽいポップさはまさにゴアのイメージにぴったり。
TsumyokiことNathan Joseph Mendesは若干23歳の若手ラッパーで、影響を受けたアーティストにXXXTentacionやJuice WRLDの名前も挙げている現代派。
ラッパーといいながらもラップじゃない(歌モノ)だっていうところも今っぽい。
彼はソロアーティストとしてムンバイのDIVINEのGully Gangレーベルと契約しており、また地元のラッパーたちと結成したGoa Trap Cultureというユニットでも活動をしている。
Tsumyokiという不思議なMCネームは日本文化の影響があるそうで、2019年にリリースしたThe Art Of Flexingには"Tokyo Drift!"(Teriyaki Boyzの曲とは無関係っぽい)とか"Super Saiyan!"という曲もやっている(SoundCloudで聴ける)。
この"Pink Blue"で共演しているBhargは北インドのデリー出身の同世代のラッパーで、Tsumyoki同様にポップなスタイルで人気を博している。
こうした地域を超えた新世代のコラボレーションは今後も増えて行きそうだ。


続いては、インド西岸を南に進み、カルナータカ州のマンガロール(現在の正式な名称はマンガルール)に行ってみよう。
マンガロールといえば銀座にあるマンガロール料理店「バンゲラズ・キッチン」がけっこう有名だが、料理だけじゃなくてラップもなかなかウマい街だった!

D.O.C "Coast Guards"


ユニット名のD.O.CというのはDepartment of Cultureの略だそうで、"Coast Guard"というタイトルはいかにも港湾都市マンガロールにふさわしい。
古い映画音楽をサンプリングしたらしいビートは地元のVernon Tauroなるプロデューサーによるもので、やはり彼が作ったビートに乗せたこの地元ラッパーたちのサイファーもなかなかかっこいい(最初に出てくる髭のラッパーがシブい!)。
マンガロールはD.O.Cのメンバーをはじめとして結構いいラッパーがいそうだが、YouTubeでの再生回数はいずれも数万回程度。
彼らがどの言語でラップしているのかは分からないが、この地域の母語はトゥル語という話者数200万人程度の比較的マイナーな言語であるため、もしかしたらあまり聴かれていないのは彼らが話者数の少ないトゥル語でラップしているからなのかもしれない。


さらにインド西岸を南下し、ケーララ州に突入。
タイトルは南インドの野菜スープカレー"Sambar"だ!

ThirumaLi x Thudwiser x Fejo x Dabzee "Sambar" 


以前も書いたことがあるが、インドのラッパーはやたらと食べ物のことをラップする。

この映像はヒップホップのミュージックビデオと料理番組の融合みたいになっていて、英語字幕をオンにするとひたすら料理のことをラップしているのが分かる。
ふざけた曲だがDef Jam Indiaからのリリース。
やはりインドでは食とヒップホップは切り離せない、のだろうか。
途中で聖書に関するリリックも出てくるのがキリスト教徒が多いケーララらしい。
最初にクレジットされているThirumaLiは、識字率100%を達成したことでも知られる汽水性の入江の街コッタヤムの出身、共演のラッパーFejoとDabzeeはさらに南の海辺の都市コチの出身だ。
ビートメーカーのThudwiserもケーララ出身のようだが、どこの街かは分からなかった。


続いて、インド最南端のカニャクマリを通ってインド南部の東側、タミルナードゥ州に入ろう。
ここでは中小都市のかっこいいラッパーが見つけられなかったので、州都チェンナイのいかにもタミルらしいラッパーを紹介する。

Paal Dabba "170CM"


昔のマイケル・ジャクソンかってくらい曲が始まるまでが長いが(曲は2:30から)、映像の色彩や雰囲気が急にタミル映画っぽくなったのが面白い!
タミル語らしさを活かしたフロウと今っぽい重いベースとホーンセクションのビートの組み合わせがかっこよく、ゲームっぽい世界から最後はルンギー(腰布)&サリーのダンスになるのが最高だ。



次はチェンナイから北に向かい、南インド内陸部のテランガーナ州の州都ハイデラバードへ。
ここから『バーフバリ』や『RRR』で日本でも知られるようになったテルグ語圏に入る。

MC Hari "Khadahhar"


このミュージックビデオは、ハイデラバードの下町エリアのラッパーのライフスタイルを表現しているとのことで、ギャングスタ的な内容なのかと思って見てみたら、ひたすらフライヤーを撒いてサイファーをするという健全なものだった。
2:17に「選手権」という謎の日本語がプリントされたTシャツを着た男が出てくるが、ラップのチャンピオンシップっていうことなのか、偶然なのか。

面白いのはたまに映像の雰囲気がテルグ語映画っぽくなることで、例えばこのNiteeshというシンガーをフィーチャーした"Raaglani"のミュージックビデオなんて、かなりテルグ語映画っぽい雰囲気になっていると思う。

MC Hari "Raagalani(Ft. Niteesh)"



ハイデラバードから東南東に150キロほど行ったところにあるテランガーナ州の小さな街、ミリャラグダ(Miryalaguda)という街にもかっこいいラッパーを見つけた。

Karthee "Miryalaguda Rap"


タイトルからして地元レペゼンがテーマのようで、いかにも田舎町って感じの市場とか空き地とかでラップしているのがたまらない。
そして彼のビートもまた伝統とヒップホップのミクスチャー加減がいい具合で、テルグ語の響きを活かしたフロウも多彩で、かなり実力のあるラッパーと見た。
YouTubeでの再生回数は約2ヶ月で10万回弱。
この街の規模ではかなり健闘していると言えるだろう。
Kartheeという名前をインド全国区の音楽メディアで見る日が遠からず来るかもしれない。


最後はテランガーナ州から東へ。
インド海軍の拠点都市でもあるアーンドラ・プラデーシュ州のヴィシャーカパトナムのラッパーを紹介する。

Choppy Da Prophet "Voice of the Street"


いきなり出てくるタバコ咥えたバアさんが超シブい。
若者がスリやひったくりといったセコい犯罪を繰り返すミュージックビデオは演出なのかリアルなのか。
ラップはちょっと単調だが、ビートの勢いとミュージックビデオの下町の雰囲気が良い。



というわけで、南インドの地方都市のラッパーたち(一部チェンナイやハイデラバードといった大都市を含むが)を紹介してきた。
北インド同様に、というかそれ以上に各都市の特徴や地元レペゼン意識(≒郷土愛)が強く感じられるラッパーが多く、またそれぞれにラップのスキルも高くて、改めてインドのヒップホップシーンの広さと深さを感じた。

今回はかっこいいと思えるラッパーを中心に紹介したのだが(あたりまえか)、中には垢抜けなくてヘタだけど、2周くらい回って結果的に面白いことになっているこんなラッパーもいたりして、インドのヒップホップシーンは本当に底辺が広がってきている。

Royal Telugu "Bhai"



テランガナ州のオンゴールという街のラッパー。
ラップにトランスみたいなビートを取り入れていたり、時代と共鳴している部分もあるのだが、狙ってやったというよりは、たまたまそうなってしまったような面白さがある。
いい意味でのガラパゴス状態のまま、彼が成長していったらどんな魅力的な音楽が生まれるのだろうか。

今後も地方都市のシーンはちょくちょくチェックして紹介してゆきたいと思います。




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2024年03月05日

どこにでもラッパーがいるインド 地方都市のヒップホップシーン(北インド編)



このブログでは「2019年の映画『ガリーボーイ』以降、インドのヒップホップシーンは急速に成長している」 なんてことをしょっちゅう書いているのだけれど、自分でも気になっているのが、取り上げているラッパーが大都市に偏っているということ。
いつも紹介しているのはムンバイとデリーのラッパーがほとんどで、他にはベンガルール、コルカタと、あとチェンナイが少々。
いわゆるインド5大都市というやつだ。

確かに大都市のラッパーは洗練されているし、またムンバイやデリーあたりだとメディアの注目度も高いので、インドのシーンをチェックしていて目につきやすい。
上記の5大都市はそれぞれ公用語も違うので、このへんを押さえておけば多様性の観点からもオッケー!と思ってしまいがちなのだが、当然ながら5大都市だけがインドではない。

現在のインドでは、こうした大都市でなくても、どこにでもラッパーがいる。
YouTubeで、英語で「インドの都市名(スペース)rapper」で検索すると、人口規模100位くらいまでの街であれば確実にラッパーを見つけることができるし、もっと下位の都市でも、下手だろうがダサかろうが、ほとんどの街でラッパーがアップしたローカル感満載のミュージックビデオを見つけることができる。

というわけで、今回はインド国内でも地元以外ではほとんど注目されていない、地方都市のラッパーを特集してみたい。
調べてみる前は、あか抜けない曲をたくさん紹介することになるのだろうなあと思っていたのだが、意外にもかなりかっこいいラッパーがたくさんいて、インドのヒップホップの全国的な発展を思い知らされることになった。
(「いや全然あか抜けてないじゃん」と思う人もいるかもしれないが、インドの田舎町のラッパーをチェックしまくった後だと、今回紹介するラッパーは十分にかっこいい部類に入る。念の為)

今回は、アーティスト名と曲名に加えて、都市名と州の名前も書いておくので、興味がある人は地図でチェックしてみてください。


Hukeykaran "Slangs feat. JAACKYA" (Surat, Gujarat)


まずはインド西部グジャラート州第二の都市、スーラトから。
グジャラート州はインドの国父とされるマハトマ・ガンディーのルーツでもあり、土地柄なのか宗教的な理由なのか、飲酒が禁止されているという保守的な州だ。
最近は州都アーメダーバードからはDhanjiという突然変異的な才能が登場したものの、あまりヒップホップがさかんな印象はない。
(Dhanjiについてはいずれ個別に記事を書くつもり)

そんなグジャラートの第二の都市スーラトにも、ちゃんとかっこいいラッパーがいた。
このHukeykaran(読み方分からない)というラッパー、いかにもインドっぽいタブラの音を使ったビートに乗せて、21世紀の世界標準とも言える3連のラップから始まって、なかなか小粋で多彩なフロウを披露している。
フィーチャリングされているJaackya(彼もまた読み方分からない)も雰囲気のあるラッパーで、2:09あたりで、画面にルピーの記号が出るタイミングでGhandi Ji(ガンディーさん)と言っているのは、紙幣に印刷されたガンディーの肖像から転じてカネという意味だろう。
日本語ラップでユキチと言うのと同様だ。
ミッキーマウスのスウェットにゴールドのチェーンというセンスもなかなかに最高だと思うが、いかがだろうか。
かっこいいかどうかということではなくて、このなんとも言えないリアルさがたまらない。



次の街は、スーラトから南東に200キロに位置するマハーラーシュートラ州のナーシク。
ナーシクは、同州の州都であるインド最大の都市ムンバイや、MC STANを輩出しセンスの良いロックバンドも多い学園都市プネーと比べると目立たない街だが、地味な街にも結構いい感じのラッパーがいるというのが今のインドのリアルである。

Tezzz Music "MH 15 Firse (Nashik City)"


最近あまり見なくなった『ガリーボーイ』っぽい雰囲気のミュージックビデオで、伝統楽器の大太鼓ドールや子どもたちがたくさん出てくるところが微笑ましい。
このTezzz Music、ラップは結構上手いし、彼もまた伝統楽器のリズムをビートに導入しているところが良い。
インドのラッパーやビートメーカーは、ルーツやコミュニティをレペゼンするときに自分たちの伝統を引用しているところが素敵だなあといつも思う。
仲間たちと踊るシーンは結果的にインドの田舎版『チーム友達』みたいに見えなくもない。
タイトルの'MH15は'ナーシクの郵便番号。
USや日本のラップでも市外局番で街を表すことがあるが(Ozrosaurusの'045'とか)、それと同じノリだろう。
インドではムンバイのNaezyMC Altafが自分が暮らすエリアのピンコード(郵便番号)を曲名に使っており、またラージャスターン州ジョードプルには街のコードをユニット名に冠したJ19 Squadというグループもいる。


今度はナーシクからさらに東北東に600キロ、インドのほぼど真ん中に位置する街ナーグプルにもこんなに今っぽいラッパーがいた。

SLUG "BADSHA"


ナーグプルはマハーラーシュトラ州東部に位置し、被差別階級からインドの初代法務大臣にまで登りつめたアンベードカル博士が、同胞のダリット(いわゆる「不可触民」とされる人々)たちとともにヒンドゥーから仏教徒へと集団改修したことでも知られる街だ。
ご覧の通り、このSLUGというラッパーはマンブルラッパー的な痩せ型の短めのドレッドロックス。
世界的な視点で見れば彼のスタイルはとくに目新しくないが、マッチョ風なラッパーが多いインドのヒップホップシーンではまだまだ新鮮だ。
あまり華やかなイメージのないナーグプルに彼のようなスタイルのラッパーがいるとは思わなかった。
彼は間違いなくプネーのMC STANの影響下にありそうだ。

この曲もビートにタブラの音が使われているところがポイント高い。
タイトルの"BADSHA"は、おそらくデリーの人気ラッパーBadshahとは関係なく、ペルシア語由来の「皇帝」を表す言葉だろう。



今度はナーグプルからぐーっと北に1200キロほど上ったところにある、ウッタラカンド州の州都デラドゥン(でヘラードゥン)のラッパーを紹介したい。

MOB D "Motorcycle"


デラドゥンはヒマラヤ山脈の麓に位置する標高約450mの街で、全寮制の名門男子校ドゥーン・スクールがあることでも知られている。
60年代には、近郊のリシケーシュに滞在していたビートルズのメンバーがこの街の楽器店を訪れたこともあったという。
そういったエピソードはともかく、実際のデラドゥンは山あいの鄙びた街といった印象である。
その鄙びた街でオートチューンを効かせまくったラップをやっているのがこのMOB D.
「俺はバイクに乗るぜ、車はいらない」というどうでもいいリリックは、「こういう曲はこういう歌詞でいいんだろ」みたいな適当な雰囲気だが、彼の場合それがけっこうサマになっているんじゃないでしょうか。
こういうタイプのヒップホップがナーグプルやデラドゥンでも受け入れられていると思うとなかなか感慨深い。


だいぶ北のほうに来てしまったので、そこから南東に600キロほど下ってみよう。
もはや地図なしで読んでいる人は自分がインドのどのへんにいるのか分からないと思うが、ここは北インド内陸部の真ん中あたり、ウッタルプラデーシュ州のカーンプルという工業都市である。
ちょうどさっきのナーグプルから700キロほど北に位置する街だ。

Aryan & Iniko "Ain't Nobody Here"


ウッタルプラデーシュ州は前回の記事で書いたヒンドゥー右派テクノ「バクティ・ヴァイブレーション」発祥の地で、人口こそ多いエリアではあるものの、比較的貧しい農村地帯が広がっているというイメージが強い地域である。
カーンプルはいちおうインドのスマートシティランキングなるもので11位にランクインしているそうなのだが、ミュージックビデオを見る限り、典型的な地方都市といった感じで、日本でいう田舎の県庁所在地みたいな街のようだ。
このAryan & Inikoという長髪のラッパー2人組の、いかにも地方都市の不良という雰囲気がたまらない。
盗んだ金を持ち込んでパーティーしている郊外の空き家っぽい場所なんて、すごくリアリティがある。
今っぽい雰囲気のラップも上手いし、カーンプルではめちゃくちゃイケてる兄ちゃんたちなのだろう。
彼らがスプレーで壁に書いているUP78というのはカーンプルのピンコード(郵便番号)。
インドのラッパー、みんな郵便番号大好きだな。
なにも自分の街に自分の街の郵便番号を書かなくてもいいと思うんだけど。
何のためのタギングなんだ。



今度は広大なウッタルプラデーシュ州の東側、ジャールカンド州のジャムシェドプルという街のラッパーを紹介したい。

Abhishek Roy "Bojh Bada"

ジャールカンド州は北インドにアーリア人が来る前(つまり紀元前1000年頃?より前)から住んでいた先住民族が多い地域で、近隣のビハール州と並んで、インドのなかでもとくに貧しい田舎の地域という印象を持たれがちなエリアだ。
州都ラーンチーにはTre Essという突然変異的な才能のラッパーがいるものの、正直ヒップホップが盛んな印象はない。
ところが、同州南東部のジャムシェドプルという街は、どうやらヒップホップシーンがかなり発展しているようなのである。
調べてみると、この街の近くには炭田と鉄鉱山があり、街の中にはインド最大ともされる鉄工所があるそうで、人口では州都のラーンチーを上回っているという。
炭鉱と製鉄の街と聞いて、なんとなく荒っぽいイメージを抱いていたのだが、ジャムシェドプルは2019年にインドで最も清潔な都市に選ばれたことがあるそうで、意外と、と言っては失礼だが、けっこう洗練された文化があるのかもしれない。
ちなみにジャムシェドプルという街の名前は、製鉄所を経営しているターター財閥の創始者に由来しているという。
この街のラッパーAbhishek Royは、ラップに自信が満ち溢れていて、余裕綽々って感じなのがかっこいい。
それにしても、クリケットの国インドで、なぜ野球のバットを持っているのか謎である。

ジャムシェドプルを中心にしたラッパーたちによるサイファーがこちら。

Rapper Blaze, Abhishek Roy, Shinigxmi, Arun Ydv, Dzire, Mr.Tribe, Gravity, Rapture, Raajmusic  "Johar Cypher" Prod. By Fuzoren Beats


続けて聴くとさすがにちょっと飽きるが、この伝統音楽っぽいビートが非常にかっこいい。
コルカタやムンバイのラッパーも参加しており、この街のシーンは北インドの他の地域のラッパーたちとも交流があるようだ。



最後に、「インドのロックの首都」とも言われるメガラヤ州の州都シロンのフィメールラッパーを紹介したい。
クリスチャンが多いインド北東部は、辺境地帯ではあるものの、そのためかロックをはじめとする西洋のポピュラー音楽の受容が早かった地域である。
先日シロンでパフォーマンスを行ったムンバイのHirokoさんから教えてもらったこのRebleというラッパーが、めちゃくちゃかっこよかった。

Reble "Opening Act"


まだ20歳そこそこらしいが、8歳頃からラップしていたという筋金入り。
インド北東部は少数民族が数多く暮らしており、そのためか英語で楽曲をリリースするアーティストが多く、その英語のラップや歌唱がまた非常にこなれている。
彼女は本国・ディアスポラを問わずインド系の才能あるアーティストを紹介しているロンドンのKamani Recordsというレーベルと契約しているようで、今後の活躍が期待されるアーティストの一人だ。
この"Opening Act"はジャールカンド州ラーンチーのTre Essによるプロデュースで、地方都市同士のコラボレーションに胸が熱くなる。

同郷のシロン出身の男性ラッパーDappestとのコラボレーションもなかなかかっこいい。

Reble x Dappest "Manifest"



もうずいぶん長い記事になってしまったので、今回はこのへんにして、次回は南インド編を紹介したい。
それにしても、日本とかアメリカでもそうだけど、地方出身のラッパーってなぜかそれだけで3割増しくらいにかっこよく見えてしまうのはなぜだろうね。



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goshimasayama18 at 20:07|PermalinkComments(0)

2024年01月30日

Rolling Stone Indiaが選んだ2023年インドのいろいろ!


気がついたらもう1月も終わりに差し掛かっている!

12月頃によく「来年のことを話すと鬼が笑う」とか言うが、この時期に去年の話をすると鬼はどうなるんだろうか。
泣くとか呆れるとか?

おととしまでRolling Stone India誌が選んだインドのベストアルバム、ベストシングル、ベストミュージックビデオをそれぞれ別々の記事で10選ずつ紹介していたけど、今年(ていうか去年)はそこまで詳細に書くのはやめる。
この企画を5年くらい続けた結果、選ばれる作品の傾向もなんとなく分かってきてしまったので(後述)、今回は、これぞという作品だけをピックアップすることにします。


まずは2023年のミュージックビデオTop10から。
(元記事のリンクはこちらからどうぞ)


このブログで取り上げていない作品のなかから面白かったものを挙げると、まずはこの曲。

Anchit Magee "This Is Our Life"


アナログビデオ風のノイズ混じりの映像は、ここ数年のインドの(ていうか世界中の?)ミュージックビデオの定番で、そこにレトロかつチープなSF風のストーリーを合わせているのが面白い。
曲調はいかにもRolling Stone India好みの品のいいインディーズ系ギターポップ。
デリー近郊の新興都市ノイダのシンガーソングライターAnchit Mageeは、John MayerやPrateek Kuhadの影響を受けているそうで、Prateekと同様に英語とヒンディー語で楽曲をリリースしている。
この"This is Our Life"は、彼の曲のなかではかなりロック色の強い楽曲だ。


Irfana  “Sheila Silk” 


タミルナードゥ州コダイカナル出身の女性ラッパー。
Raja Kumariのスタイルをさらにセクシーな方向に推し進めたような、インドらしさとヒップホップを融合した衣装がかっこいい。
(地元言語ではない)英語のラップで、ここまでセクシーさに寄せた作品がインドでどう受け入れられるのか気になるところだが、2023年5月23日にアップされたこのミュージックビデオは、2024年1月30日現在でまだ9100再生ほど。
以前から指摘している通り、インドのインディーズシーンにはこういった「洋楽志向」なアーティストが結構いるが、インドのリスナーの多くは母語の曲を好んで聴いている。(彼女が活動しているタミルナードゥ州でいえばタミル語)
もちろん英語のポップスが好きなリスナーはインドにもそれなりにいるが、彼らは国内のアーティストにはあまり注目せず、本場であるアメリカやイギリスの音楽を好む傾向が強い。
結果的に、英語で歌い、洋楽的なスタイルで活動しているインドのアーティストは、ちょうど嗜好のエアポケットに入ってしまう形になる。
IrfanaはDef Jam Indiaと契約しており、タミルナードゥのみならずインド全土のヒップホップファンに注目されるチャンスは手に入れているわけだが、多士済々のインドのヒップホップシーンで、今後人気ラッパーの座を手に入れることができるだろうか。


KING  “Crown” 


KINGはMTV Indiaのヒップホップ番組'Hustle'出身のラッパー。
彼のスタイルであるキャッチーな歌メロと、エレクトロニックやロックの要素も入った音楽性は、世界的なヒップホップの現在地と呼応している。
きちんとインドらしさを残しながらも、自由自在に変化するフロウもビートもとてもかっこいい。
Chaar Diwaari同様に新しい時代のインドのヒップホップシーンを象徴するラッパーと言えそうだ。
『ガリーボーイ』公開から5年。
インドのヒップホップシーンはどんどん新しくなってきている。


そういえば、Karan KanchanがプロデュースしたDIVINEの"Baazigar"もこのブログでは取り上げていなかった。

DIVINE "Baazigar feat. Armani White"


イントロにサンプリングされているのは1993年のシャー・ルク・カーン主演のヒンディー語映画"Baazigar"のテーマ曲。
時代を感じさせる古いスタイルのボリウッドソング(原曲)をここまでかっこよく仕上げる手腕が冴えている。
Karan Kanchan曰く、サンプリングの権利取得にかなり時間と労力がかかったとのこと。
ヒップホップの文脈でインドの人々のソウルクラシックである往年の映画音楽がたくさんサンプリングされるようになったら面白いと思うが、現状では許諾面でのハードルがかなり高いようだ。
後半のヴァースではアメリカの中堅ラッパーArmani Whiteを起用。
海外を拠点としていない、インド生まれでインドで活動しているラッパーが「本場」のラッパーをフィーチャーする例は珍しい。
ムンバイの、いやインドのヒップホップ界の帝王DIVINEらしい演出と言えるだろう。

ミュージックビデオのTop10では、Chaar DiwaariとGravityが共演した"Violence"とKomorebiが軽刈田選出のTop10と重複していた。



続いてはアルバム。
アルバムに関しては例年同様、かなりマニアックな作品や時代性をまったく無視した作品が結構入っていて、なかなか面白いセレクトになっている。
ランキング全体はこちらのリンクをご覧いただくとして、いくつか気になった作品を紹介する。



妙にくせになる作品が、ランキング6位のDhanji "RUAB".
なんとも形容しがたい音楽性で、無理やり形容するならエクスペリメンタルで、ローファイで、ファンキーかつジャジーなラップということになるだろうか。
ちょっと語りっぽいヒンディー語、グジャラーティー語、英語混じりのラップも独特で唯一無二。
あらゆる方面に成長と拡張を続けるインドのヒップホップシーンが生み出した新しい傑作のひとつだ。

Dhanji "1 Khabri / 2 Numbari"


Dhanjiはアーメダーバード出身のラッパー。
アーメダーバードのヒップホップシーンはまったくチェックしていなかったが、ポストロックのAswekeepsearchingやセンスの良いファンクポップを作るChirag Todiなど、才能あふれるアーティストを輩出しているこの街のシーンはいちどきちんと掘ってみたい。
この楽曲にはラクノウのCircle Tone、デリーのEBEという2人のプロデューサーがクレジットされており、他にもアルバムにはSeedhe MautのメンバーやテクノアーティストのBlu Atticが参加している。


つい耳が離せなくなってしまったのが、Jamna Paarというデリーの電子音楽デュオのアルバム"Strangers from Past Life".
タイトルの通り、テクノ、ドラムンベース、エレクトロニカといった既存のさまざまな電子音楽とインドの伝統音楽が融合したスタイルで、次々と変わってゆく音像が聴き手を飽きさせない。
いろいろなジャンルが入っているものの、全体を通してポップに仕上がっているのも良い。

Jamna Paar, Dhruv Bedi "Samara"


メンバーの一人はベテランハードロックバンドParikramaのベーシスト。
このようにまったく別のジャンルで活躍しているアーティストはインドでは結構いるのだが、日本を含めた他の国だとあんまり聞かないような気がする。

電子音楽のアルバムとしては、3位にランクインしたムンバイのSandunesの"The Ground Beneath Her Feet"もとても良い作品だった。
BonoboやPretty Lightsとのツアーも実現している彼女のことはいつかちゃんと紹介したい。


例年のこのアルバムランキングの特徴として、国籍も時代も関係ないような音楽が選ばれるということが挙げられるのだが、今回はネパール国境の街シリグリーのレトロウェイヴ/シンセウェイヴアーティストDreamhourの"Now That We are Here"と、ムンバイのブルータルデスメタルバンドGutslitの"Carnal"が選出されている。
前者から1曲紹介。

Dreamhour "It's a Song"

Dreamhourはいつもレトロフューチャー感あふれるアートワークを完璧に作り込んでいるので、こう言ってはなんだがこんなに垢抜けない兄ちゃんたちが作っているとは思わなかった。
アルバムジャケットを見ながら聴くとまったく印象が違うのも一興。


ちなみにアルバム部門で1位に選出されていたのはSeedhe Mautのミックステープ。
確かにすごいボリュームの力作だったが、個人的には前作"Nayaab"、前々作"न"(Na) のほうがインパクトが強かったので、今作はブログで取り上げなかった。


結構面白い作品が多かったアルバムに比べて、シングル部門はいわゆる洋楽ポップス的に手堅く作った曲がまとまっていて、例年の傾向ながらあんまり面白くはなかった。
(かと思えばメタル/ハードコア的なBhauanak Mautが選出されていたり、よく分からない選曲でもある)

詳細はこちらのリンクからどうぞ。


シングル部門で気になったのはこの辺の曲。

Meera, Raag Sethi  “Mango Milkshake”


Sanjeeta Bhattacharya, Prabhtoj Singh  “X Marks the Spot”


Tejas "Some Kind of Nothing"



どれもインドのインディーズのシンガーソングライターのレベルの高さを感じさせる曲だし、都市部のミドルクラスの若者が主な読者層であろうRolling Stone Indiaという媒体がこういうのを好むのもよく分かるのだが、前述の通り、インドではこの手の楽曲は需要に対して完全に供給過剰状態にある。
(シングル部門で1位だったデリーのシンガーDot.の"Indigo"という曲も同様の路線)

音楽の質とはまた別の問題として、この路線アーティストたちは、今後インドで、あるいは海外で、どう受容されてゆくのだろうか。
世界中のちょっとセンスの良いお店で流れていても全く違和感がないクオリティの楽曲ばかりだが、ここからさらにブレイクするにはさらなる個性が必要なような気がする。


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goshimasayama18 at 18:52|PermalinkComments(0)

2023年12月14日

EDMシーンの世界的大物KSHMRがインドのラッパーたちと共演!


ここのところ謎の占い師ヨギ・シンの話ばかり書いていたので、今回は本来の音楽ブログに戻って、個人的に今年のインドの音楽シーンの最大のニュースだと思っている作品について書く。
11月に世界的EDMプロデューサーのKSHMRがインドのラッパーたちを迎えて制作したアルバム"Karam"のことである。

KSHMRことNiles Hollowell-Dharはカシミール生まれのヒンドゥー教徒の父とアメリカ人の母のもと、1988年にカリフォルニア州で生まれた。
ラップデュオCataracsのメンバーとして活動したのち、2014年頃からエレクトロハウスやビッグルームなどのいわゆるEDMに転向。
’10年代後半にはTomorrowlandやUltra Music Festivalなどのビッグフェスで人気を博し、2015年に英国のEDMメディアDJ Magのトップ100DJランキングで23位にランクイン。2016年には同12位に順位を上げ、さらにはベストライブアクトにも選ばれている。
KSHMRというアーティスト名は、日本では一般的にカシミアと読まれているが、ここはインド風にカシミールと読むことにしたい。

彼は1年ほど前からSNSで、Seedhe MautやMC STΔN、KR$NA(彼はクリシュナと読む)といったインドのラッパーたちと制作を進めていることを明らかにしていたが、別ジャンルで活動する彼らのコラボレーションがどんなものになるのか、まったく想像がつかなかった。
いかにインドのヒップホップシーンが急成長を続けているとはいえ、世界的に見ればKSHMRのほうが圧倒的な知名度と成功を手にしており、私はRitviz(デリーの「印DM」プロデューサー)とSeedhe Mautが共演した"Chalo Chalein"のような「ラッパーをフィーチャーしたEDM」に落ち着くと予想していたのだが、ふたを開けてみれば、EDMの要素はほとんどなく、完全にヒップホップに振り切った作品となった。
"Karam"はKSHMRのキャリアを通してみても非常にユニークで意欲的なアルバムと言えるだろう。

先行シングルとしてリリースされたのは、デリーのラップデュオSeedhe Mautと、今年6月に日本滞在を満喫したムンバイのプロデューサーKaran Kanchanが参加したこの"Bhussi".

KSHMR, Seedhe Maut, Karan Kanchan "Bhussi"


2021年の名作「न(Na)」を彷彿とさせるパーカッシブなビートは、完全にSeedhe Mautのスタイルだ。
これはアルバム全体を聴いて分かったことなのだが、どうやらKSHMRは、このアルバムで「自分の楽曲にいろんなラッパーをフィーチャーする」のではなく、「いろんなラッパーに合った多彩なビートをプロデュースする」ということにフォーカスしているようなのである。
華やかな成功を手にしたEDMのソロアーティストではなく、職人気質のヒップホップのビートメーカーに徹しているのだ。
当然ながらKSHMRのビートはクオリティが高く、個性的でスキルフルなラッパー達との化学反応によって、インドのヒップホップ史に新たな1ページを刻むアルバムが完成した。


デリーのベテランラッパーKR$NAを起用した"Zero After Zero"はリラックスしたグルーヴが心地よい。
ラテンのテイストと往年のボリウッドっぽいストリングスが最高だ。
KSHMR, KR$NA, Talay Riley "Zero After Zero"


ラテンの要素はこの作品の特徴のひとつで、この"La Vida"はレゲトンのリズムにEDMっぽいキャッチーなフルートのメロディーとコーラスが印象的。
真夏の夕暮れにコロナビールかモヒートを飲みながら聴きたい曲だ。

KSHMR, Debzee, Vedan "La Vida"


スペイン語混じりのラップを披露しているDabzeeとVedanは南インドのケーララ州出身。
このアルバムにはインドのさまざまな地域のラッパーが起用されており、おそらくKSHMRは特定の都市や地域に偏らない、汎インド的なヒップホップ・アルバムを作るという意図があったのだろう。


アルバムのハイライトのひとつが、ヒップホップシーンでの評価をめきめき上げているYashrajを起用したこの曲。

KSHMR, Yashraj, Rawal "Upar Hi Upar"


Yashrajのシブいラップに90年代的なヒロイズムに溢れた大仰なビートがとても合っている。
終盤のリズムが変わるところもかっこいい。
KSHMRがこれまで手がけたことのないタイプのビートだが、この完成度はさすが。

Yashrajは、ベンガルールの英語ラッパーHanumankindと共演したこの"Enemies"を含めて、3曲に参加している。

KSHMR, Hanumankind, Yashraj "Enemies"



異色作と言えるのが、バングラーのトゥンビ(シンプルなフレーズを奏でる弦楽器)っぽいビートを取り入れたこの曲。

KSHMR, NAZZ "Godfather"


この手のビートはインドには腐るほどあるのだが、やはりKSHMRの手にかかるとめちゃくちゃかっこよくなる。
NAZZ(Nasと紛らわしい)は、ムンバイのラッパー。
初めて聞く名前だが今後要注目だ。


インド全土のラッパーを起用したこのアルバムに、なんと隣国パキスタンのラッパーも参加している。

KSHMR, The PropheC, Talha Anjum "Mere Bina"


この曲では、カナダ出身のパンジャーブ系バングラーシンガー/ラッパーのThe PropheCに加えて、パキスタンのカラチを拠点に活躍しているラッパーデュオYoung StunnersのTalha Anjumがフィーチャーされている。
これは結構すごいことだと思う。

KSHMRがそのステージネームにもしているカシミール地方は、1947年の印パ分離独立以来、両国が領有権を主張し、テロや弾圧によって多くの血が流されてきた。
カシミールをめぐる問題は、長年にわたって印パ両国、そしてヒンドゥー教徒とムスリムの間の対立を激化させている。
ヒンドゥー・ナショナリズム的な傾向の強いインドの現モディ政権は、ムスリムがマジョリティを占めるジャンムー・カシミール州の自治権を剥奪して政府の直轄領へと再編するなど強硬な手段を取っており、厳しい状況はまだまだ終わりそうにない。

The PropheCのルーツであるパンジャーブ地方もまた、印パ分離独立時に両国に分断された歴史を持つ。
イスラームの国となったパキスタンを離れてインド側へと向かうヒンドゥー教徒、シク教徒と、インド領内からパキスタンへと向うムスリムの大移動によって起きた大混乱のなか、迫害や暴行によって100万人もの人々が命を奪われた。
これもまた、今日まで続く印パ対立の原因のひとつとなっている。

前述の通り、KSHMRはカシミール出身のヒンドゥー教徒の父を持ち、The PropheCはパンジャーブにルーツを持つシク教徒で、Talha Anjumはパキスタンのムスリムのラッパーである。
異国のリスナーの過剰な思い入れかもしれないが、歴史を踏まえると、この3人がこの時代に共演するということに、なんだか大きな意味があるように感じてしまうのである。
仮にそこに深い意味はなく、かっこいい曲を作るために適任なアーティストを集めただけだったとしても、それができるKSHMRの感性ってなんかすごくいいなと思う。
ちなみにYoung Stunnersはコロナ禍の2020年にデリーのKR$NAとの共演も実現させている。
こういう交流はどんどん進めてほしい。

他に参加しているラッパーは、デリーの元Mafia Mundeer勢からIkkaとRaftaar、プネーのマンブルラッパーMC STAN、カリフォルニアのテルグ系フィメールラッパーRaja Kumariら。

音楽的な部分以外で気になる点としては、このアルバムには、インタールードとしてオールドボリウッド風のスキットが数曲おきに収録されている。
それぞれ"The Beginning", "The Plan", "The Money", "The Girl", "The Revenge"といったタイトルが付けられていて、言葉がわからないので何とも言えないが、今作はコンセプトアルバムという一面もあるようだ。

ここまでインド市場に振り切った(インド人と一部のパキスタン人以外は聴かなそうな)アルバムを作ったKSHMRの最新リリースは、"Tears on the Dancefloor"と題したゴリゴリのEDM。
完全にインドのシーンに拠点を移すつもりはなさそうだが、この振れ幅こそが彼の魅力なのだろう。

KSHMR "Tears on the Dancefloor (feat. Hannah Boleyn)"

Ritvizとのコラボレーション"Bombay Dreams"や、インドのスラム街の子どもたちにインスパイアされたという"Invisible Children"など、近年インド寄りの側面をどんどん出してきているKSHMRは、今後ますますインドのシーンでの存在感を増してゆきそうだ。



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goshimasayama18 at 22:27|PermalinkComments(0)

2023年10月14日

インドのヒップホップ事情 2023年版


今年(2023年)は、ムンバイの、いやインドのストリートラップの原点ともいえるDIVINEの"Yeh Mera Bombay"がリリースされてからちょうど10年目。
その6年後、2019年にはそのDIVINEとNaezyをモデルにしたボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』がヒットを記録し、インドにおけるラップ人気はビッグバンを迎えた。
以降のインドのシーンの進化と深化、そして多様化は凄まじかった。
インドのヒップホップは、今では才能あるアーティストと熱心なファンダムが支える人気ジャンルとして、音楽シーンで確固たる地位を占めている。
2023年10月。
一年を振り返るにはまだ早いが、今年も多くの話題作がリリースされ、シーンを賑わせている。
今回は、その中から注目作をピックアップして紹介したい。


『ガリーボーイ』に若手有望ラッパーとしてカメオ出演していたEmiway Bantaiは、今では最も人気のあるヒンディー語ラッパーへと成長した。
(いやナンバーワンはやっぱりDIVINEだよという声もあるかもしれないが)

6月にリリースしたアルバムのタイトルは"King of the Street".
かつて"Machayenge"シリーズで披露したポップな面は出さずに、タイトルの通りストリートラッパーとしてのルーツに立ち返った作風でまとめている。
その名も"King of the Indian Hip Hop"という7分にもおよぶ大作では、シンプルなビートに乗せて存分にそのスキルを見せつけた。

Emiway Bantai "King of Indian Hip Hop"

字幕をONにするとリリックの英訳が読めるが、全編気持ちいいほどにみごとなボースティング。
このタイトルトラックもミュージックビデオを含めて痺れる出来栄えだ。

Emiway Bantai "King of the Streets"


Emiwayは2021年にBantai Recordsというレーベルを立ち上げて、仲間のフックアップにも熱心に取り組んでいる。
アーティスト名にも付けられたBantaiは、ムンバイのスラングで「ブラザー」という意味だ。
所属アーティストたちによるこの"Indian Hip Hop Cypher"を聞けば、このBantai Recordsにかなりの実力者が集まっていることが分かるだろう。

Emiway Bantai x Baitairecordsofficial (Memax, Shez, Young Galib, Flowbo, Hitzone, Hellac, Minta, Jaxk) "Indian Hip Hop Cypher"


面白いのは、8分を超える楽曲の中にラッパーによるマイクリレーだけでなく、Refix, Memax(彼はラッパーとしても参加), Tony Jamesという3人のビートメーカーによるドロップソロ(!)も組み込まれているということ。
こういう趣向の曲は初めて聴いたが、めちゃくちゃ面白い取り組みだと思う。
ここに参加しているラッパーはEmiwayに比べるとまだまだ無名な存在だ。
ラップ人気が安定しているとはいえ、このレベルのラッパーでも一般的にはほとんど無名というところに、今のインドのヒップホップの限界があるようにも思える。


首都デリーのシーンからも面白い作品がたくさんリリースされている。
このブログでも何度も紹介してきた天才ラップデュオSeedhe Mautは全30曲にも及ぶミックステープ"Lunch Break"を発表。
(「ミックステープ」という言葉の定義は諸説あるが、この作品については彼ら自身がアルバムではなくミックステープと呼んでいる)

Seedhe Maut "I Don't Miss That Life"


このミックステープには、他にも2006年から活動しているデリーの重鎮KR$NAとのコラボ曲など興味深いトラックが収録されている。
徹底的にリズムを追求した2021年の"न(Na)"や、音響と抒情性に舵を切った昨年の"Nayaab"と比べると、ミックステープというだけあって統一感には欠けるが、それもまたヒップホップ的な面白さが感じられて良い。



コラボレーションといえば、思わず胸が熱くなったのが、パキスタンのエレクトロニック系プロデューサーTalal Qureshiの新作アルバム"Turbo"にムンバイのラッパーYashrajが参加していたこと。

Talal Qureshi, Yashraj "Kundi"


このアルバム、記事の趣旨からは外れるので細かくは書かないが、南アジア的要素を含んだエレクトロニック作品としてはかなり良い作品なので、ぜひチェックしてみてほしい。(例えばこのKali Raat
ところで、かつてインド風EDMを印DMと名付けてみたけれど、パキスタンの場合はなんて呼んだらいいんだろう?PDM?

Yashraj関連では、ベンガルールの英語ラッパーHanumankindとの共演も良かった。

Yashraj, Hanumankind, Manïn "Thats a Fact"


曲の途中にまったく関係のない音を挟んで(2:09あたり)「ちゃんと曲を聴きたかったらサブスクで聴け」と促す試みは、お金を払って音楽を聴かない人が多いインドならではの面白い取り組みだ。
Yashrajは軽刈田が選ぶ昨年のベストアーティスト(または作品)Top10にも選出したラッパーで、当時はまださほど有名ではなく、実力はあるもののちょっと地味な存在だったのだが、その後も活躍が続いているようで嬉しい限り。




今年は売れ線ラッパーの動向も面白かった。
パンジャービー系パーティーラッパーの第一人者Yo Yo Honey Singhがリリースした新曲は女性ヴォーカルを全面に出した歌モノで、このシブさ。

Yo Yo Honey Singh, Tahmina Arsalan "Ashk"


これまでのド派手さは完全に鳴りをひそめていて、あまりの激変にかなり驚いたが、ファンには好意的に受け入れられているようだ。
後半のラップのちょっとバングラーっぽい歌い回しはルーツ回帰と捉えられなくもない。
10日ほど前にリリースした"Kalaastar"という曲も、ポップではあるが派手さはない曲調で、今後彼がどういう方向性の作品をリリースしてゆくのかちょっと気になる。


Yo Yo Honey Singhと並び称されるパーティーラッパーBadshahは、ここ数年EDM路線や本格ヒップホップ路線の楽曲をリリースしていたが、「オールドスクールなコマーシャルソングに戻ってきたぜ」という宣言とともにこの曲をリリース。

Badshah "Gone Girl"


YouTubeのコメント欄はなぜかYo Yo Honey Singhのファンに荒らされていて「Honey Singhの新曲の予告編だけでお前のキャリア全体に圧勝だ」みたいなコメントであふれている。
かつてMafia Mundeerという同じユニットに所属していた二人は以前から険悪な関係だったようだが、いまだにファンが罵り合っているとはちょっとびっくりした。


ついついヒンディー語作品の紹介が続いてしまったが、インド東部コルカタではベンガル語ラップの雄Cizzyが力作を立て続けにリリースしている。
そのへんの話は以前この記事に書いたのでこちらを参照。
ビートメーカーのAayondaBが手掛ける曲には、日本人好みのエモさに溢れた名作が非常に多い。


続いてはデリーの大御所Raftaar.
この曲は今インドで開催されているクリケットのワールドカップのためにインド代表のスポンサーよAdidasが作ったテーマソングで、プロデュースは6月に来日して日本を満喫していたKaran Kanchanだ。



歌詞では、Adidasの3本線になぞらえて、過去2回の優勝を果たしているインド代表の3回目の優勝を目指す気持ちがラップされている。
クリケットは言うまでもなくインドでもっとも人気のあるスポーツだが、そのテーマ曲にラップが選ばれるほど、インドではヒップホップ人気が定着しているということにちょっと感動してしまった。
日本ならこういうスポーツイベントにはロック系が定番だろう。
Karan Kanchanのビートは非常にドラマチックに作られていて、これまでいろいろなタイプのビートを手がけてきた彼の新境地と言えそうだ。 

シンプルなラップはヒップホップファン以外のリスナーも想定してのものだろう。
もしかしたらスタジアムでのシンガロングが想定されているのかもしれない。
そういえばこのRaftaarもHoney SinghやBadshahと同様にMafia Mundeer出身。
その後のキャリアではメインストリームの映画音楽も手がけながら、わりと本格的なスタイルのラッパーとして活躍している。


Karan Kanchanが今注目すべきラッパーとして名前を挙げていたのがこのChaar DiwaariとVijay DKだ。
Chaar Diwaariは結構エクスペリメンタルなスタイルで、Vijay DKはMC STΔNにも通じるエモっぽいスタイルを特徴としている。

Chaar Diwaari x Gravity "Violence"


Vijay DK "Goosebumps"


Chaar Diwaariはニューデリー、GravityとVijay DKはムンバイを拠点に活動している、いずれもヒンディー語ラッパー。

Gravityもかなりかっこいいので1曲貼っておく。
Gravityは2018年にTre Essの曲"New Religion"に参加していたのを覚えていて、つまり結構キャリアの長いラッパーのようだが、最近名前を聞く機会が急激に増えてきている。

Gravity x Outfly "Indian Gun"


このへんの新進ラッパーについては改めて特集する機会を設けたい。



というわけで、今回は今年リリースされたインドの面白いヒップホップをまとめて紹介してみました。
南部の作品にほとんど触れられておらず申し訳ない。
11月には、インド系アメリカ人でEDM界のビッグネームであるKSHMRがインド各地のラッパーを客演に迎えた作品のリリースを控えている。
まだまだインドのヒップホップシーンは熱く、面白くなりそうだ。




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goshimasayama18 at 20:39|PermalinkComments(0)

2023年07月18日

ベンガル語ヒップホップがどんどんかっこよくなっている! バングラデシュとコルカタのラッパー特集 2023年度版




インディーズ系音楽を扱うインドのメディアをちょくちょくチェックしているのだが、そうしたメディアに掲載されるのは、デリーやムンバイといったヒンディー語圏のアーティストや楽曲が多く、東インドのベンガル語圏(コルカタあたり)はめったに取り上げられない。
(あと南インドの言語で歌うアーティストの情報もあまり掲載されない傾向がある。インドの大まかな言語分布についてはこの地図を見てみてください)



そんなわけで、コルカタあたりのベンガル語のラップについても、こちらから情報を取りにいかないかぎり、なかなかチェックできないわけだが、以前のベンガリラップ特集からはや3年。
ここに来て、ちょっと垢抜けなかったベンガル語ラップが、かなりかっこよくなっていることに気がついた。
しかも、そのかっこよさの質は、例えばインドの言語の最大勢力であるヒンディー語ラップとは、まったく異なる方向性のものなのだ。

比較対象としたヒンディー語ラップに関して言えば、2010年代中頃にストリートラップのムーブメントが発生し、そのシーンは2019年のボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』以降、爆発的な成長を見せている。
20年遅れの90年代USヒップホップ的なスタイルで始まったヒンディー語ストリートラップは、10年足らずの間のトラップやオートチューンやローファイなどの要素を取り入れ、世界のヒップホップのメインストリームに3倍速で追いついている。
今のヒンディー語ラップシーンを代表するMC STΔNやSeedhe Mautを聴けば、彼らがこの時代の世界標準的なサウンドを鳴らしていることが分かるはずだ。

ところが、ベンガル語ラップの発展過程はヒンディー語とは大きく異なる。
2010年代中頃に90年代USヒップホップ的なスタイルで始まったところまではヒンディー語ラップと同様だったものの、その後、積極的に新しい要素を取り入れることなく、今も90年代的なスタイルを核に持ち続けており、進化というよりも深化しているのだ。


前置きが長くなった。
さっそく最近のベンガル語ラップを紹介してみたい。

ベンガル語ラップで真っ先にチェックすべきレーベルが、コルカタのJingata Musicだ。
Jingata Musicはインドにおけるジャジー・ラップの金字塔、Cizzyの"Middle Class Panchali"などをリリースしてきた、コルカタを代表するヒップホップレーベルである。
このレーベルが、最近同じベンガル語圏である隣国バングラデシュのラッパーたちをリリースし始めているのだが、これがかなり良い。

バングラデシュといえば、Jalali Setをはじめとする90年代スタイルのラッパーを多く抱えている国だが(なんてことをチェックしているのは俺だけか…)、バングラデシュよりも少し進んだコルカタからの目線で選ばれたバングラデシュのラッパーたちは、なんだかすごくいい感じなのである。


Shonnashi x The Melodian "Gonna BE Alright"


あごひげ長めのムスリムスタイルのラッパーShonnashiと、スムースなファルセットを聴かせてくれるThe Melodianのコラボレーション。
コルカタのレーベルからのリリースだが、全てバングラデシュの首都ダッカの制作陣によって作られた楽曲のようだ。

Shonnashiのラップは、こんなふうに↓英語混じりのベンガル語(何を言っているのかは分からないが)。

ঠিক ঠাক সব will be fine / যত থাকুক সীমানা wanna cross the line
হোক ভুল its cool তাতে কার কি যায় / প্রতিদিন নোয়া feel এই মনটা চায়

90’s的なヴァイブを持ちながらも、K-Popにも近いようなポップ感覚を備えていてとても今っぽい。
ラッパーのShonnashiと楽曲を手掛けたsleekfreqは、Underrated Bangladeshというクルーに所属しているらしいが、まさにunderrated(過小評価、というより存在自体知られていないのかもしれないが)なバングラデシュのヒップホップシーンにふさわしいクルー名と言える。


Critical Mahmood "Life Goes On"



バングラデシュらしいストリート・スタイルで気を吐くのはCritical Mahmood.
ストリートのリアルを子どもたちとともに訴えるスタイルは、インドでは初期の「ガリーラップ」(ムンバイスタイルのストリートラップ)以降、あまり見かけなくなってしまったが、バングラデシュではまだまだ健在。
インドでもバングラデシュでも、経済成長の一方で、格差のしわ寄せが子どもや弱者に行ってしまう現実は今も変わらない。
このコンシャスネスはバングラデシュのラップシーンの美徳のひとつと言えるだろう。



Critical, GxP, Crown E, Lazy Panda, Shonnashi, UHR, SleekFreq "Bat Ey Ball Ey"



Critical Mahmood, GxP, Crown E, Lazy Panda, Shonnashiら、バングラデシュのラッパー総出演の"Bat Ey Ball Ey"は、どうやら国民的スポーツであるクリケットをテーマにした楽曲。
ムンバイあたりだと、どうせ知らないだろうにメジャーリーグの野球チームのシャツやキャップでキメたラッパーもちらほら見かけるが、バングラデシュでは「クリケットってあんまりヒップホップっぽくないんじゃないか」なんてことは気にせずに、ナショナルチームのユニフォームでマイクリレー!

ムンバイ的なスタイルも嫌いではないが、やっぱりこういう音楽においてはリアルであることがいちばん大事なんじゃないだろうか。
この衒いなく素直な感じ、最高じゃないですか。

ちなみにここまでに紹介した3曲のビートを手掛けたのはすべてsleekfreq.
Jingata Musicからリリースされているバングラデシュのラッパーの曲は軒並み彼が手掛けているようで、シーンのカラーを作るのって、ラップのスタイルだけじゃなくてビートメーカーの存在もかなり大きいんだなあ、というヒップホップ初心者としての感慨を新たにした次第です。

Jingata Music以外にもかっこいい曲はたくさんある。
この"NEW IN DHAKA"のミュージックビデオは、4月にリリースされたのち、現在まで2000万回近く再生されている大ヒット。

Siam Howlader, Mr. Rizan "NEW IN DHAKA"

 
ベンガルの伝統楽器ドタラを使ったビートと会話に近いラップのフロウは、口上っぽい感じもあるが、これはこれでかなりかっこいい。
それにしても、Jingata Musicのミュージックビデオの再生回数が軒並み10万回程度なのに比べると、この曲の人気は文字通り桁違い。
バングラデシュでは、やはりこうした伝統的な要素を持った曲のほうが受け入れられやすいのだろうか。


ここで少しベンガル語圏全体についての話をしてみたい。
バングラデシュとインドの西ベンガル州で話されているベンガル語の話者数は、統計によって差があるが2億5千万人前後いることになっている。
地域別に見ると、ベンガル語話者はインド東部に位置する西ベンガル州が9,000万人強で、バングラデシュが1.7億人弱。

インド東部にあるのに「西ベンガル州」というのは分かりにくいが、それは西ベンガル以東、つまり「東ベンガル」に相当する地域がバングラデシュという別の国になっているためだ。
イギリスから独立するときに、ヒンドゥー教徒が多い西ベンガルはインドの一部となり、ムスリムが多い東ベンガルは、東パキスタンとなったのちに、パキスタンから再び独立してバングラデシュになった。


西ベンガル州の中心都市、コルカタのラッパーたちも、ここ数年でめちゃくちゃかっこよくなってきている。
コルカタを代表するラッパーCizzyの最近のリリースでしびれたのはこの曲。

Cizzy & AayondaB "Number One Fan"


冒頭とアウトロの歌メロ以外は英語ラップだが、このビートといいコード進行といいリリックといい、超エモい。
「自分の最高のファンは自分自身。金や名誉のためじゃなく、自分自身のために音楽を作っているんだ」というメッセージは普遍的で、自身でラップしている通り("Middle Class Panchali")ミドルクラスのアーティストの創作態度としてもっとも誠実なものだろう。
ビートメーカーはAayondaB.
おそらく彼は今コルカタでもっとも勢いのあるビートメーカーで、彼が手掛けた曲はあとでまたちょっと紹介する。

話をCizzyに戻すと、最近の彼はJingata Musicからでなく、完全インディペンデント体制でリリースをしているようだが、その楽曲のクオリティはまったく落ちていない。
コルカタのラッパーShreadeaとAvikと共演したこの曲では、三人ともリラックスした雰囲気ですごい勢いのラップを吐き出している。

Cizzy, Shreader, Avik "Baad De Bhai"


地元で仲間とつるみながらラップスキルの腕比べしてる感じがすごくいい。
ベンガル語ラップはイスラーム圏であるバングラデシュのみならず、コルカタでも女の子が全然出てこないのが特徴で(ムンバイとかデリーのパンジャービー・ラッパーだと、インドで可能な限りのセクシーな女性ダンサーが出てくることがよくある)、このミュージックビデオだと橋のたもとで垢抜けない女の子が二人いっしょにわいわいやってるのがなんだかほほえましい。
この曲のオールドスクールなビートはCizzy自身によるもの。


Cizzyが最高なのは、いつも地元コルカタのことをラップしていることで、タイトルも最高な"Make Calcutta Relevent Again"はローカルなポッドキャストのテーマ曲として作られた曲らしい。
カルカッタは言うまでもなくコルカタの旧名(2001年に改称)で、訳すなら「またコルカタをいい感じにしようぜ」だろうか。


Cizzy "Make Calcutta Relevant Again"


英語とベンガル語で自在に韻をふむフロウもかっこいいが、何より粋なのは彼らが着ているチャイの柄のTシャツだ。


ここで目下コルカタのNo.1ビートメーカーと目されるAayondaBが手がけたCizzy以外の曲をいくつか紹介したい。

WhySir "Macha Public"


曲は1:15頃から。
Cizzyの"Number One Fan"とはうってかわって無骨でヘヴィなビートにWhySirのフロウがいい感じに絡む。
コルカタとはまた違う郊外を映したミュージックビデオがいい感じだ。
西ベンガルのラッパーは、デリーやムンバイと違って、ギャングスタ気取りのコワモテではなくじつに楽しそうにラップしている人が多くて、そこがまたなんか好感度が高い。


 Flame C "DA VINCI"


これはまた違った感じの面白いビートの曲。
このFlame Cというラッパーもまた相当なスキルで、ヒンディー語圏だったらもっと有名になっていても良いはずだが、2年前のこの曲の再生回数はたったの1万回くらい。
ベンガル人、もっとラップを聴くべきだ。

AayondaBはYouTubeチャンネルでは地道にタイプビート(有名アーティストに似せたビート)を発表したりしているが、その再生回数は決して多くはない(数十回とか)。
ヒンディー語圏だったらもっともてはやされて良い才能だと思うが、やはりこうしたところにも都市や地域や言語の格差が出てきてしまうのが、インドの面白いところでもあり、少し悲しいところでもある。

ずいぶん長くなった。
この記事もそろそろ終わりに近づいてきたので、CizzyとAayondaBのコラボレーションをもう1曲紹介したい。

Cizzy "Good Morning, India"


ベンガル語ラップの響きも最高だが、この二人によるポップな英語ラップのエモさはちょっと尋常じゃないな。
"I REP"みたいだって言ったら言い過ぎだろうか。
コルカタをはじめとするインド各地を映した映像も最高にエモい。
それにしても、2年前にリリースされたこの曲の再生回数が3,700回以下って、ほんともっとみんなベンガルのラップを聴くべき!(耳ヲ貸スベキ)


さっきもちょっと書いたが、ベンガル語ラップのシーンは話者数のわりにまだまだ小さくて、相当かっこいい曲でも数十万回くらいしか再生されていなかったりすることが多い。
ヒンディー語でラップされてたら10倍から100倍くらい再生されてもおかしくないクオリティの曲でも、なかなか日の目を浴びない現実があるのだ。


今回はバングラデシュと西ベンガルに分けてラッパーを紹介したが、両地域のヒップホップシーンには、国境を越えた交流が存在している。
上述のようにコルカタのJingata Musicはバングラデシュのラッパーもリリースしているし、雑誌TRANSITのベンガル特殊号(TRANSIT59号 東インド・バングラデシュ 混沌と神秘のベンガルへ)に掲載されているCizzyのインタビュー(インタビュアーはU-zhaanさん)でも、彼はバングラデシュにお気に入りのラッパーがいると語っている。

実際に両地域のラッパーによるコラボレーションも行われている。
コルカタのWhySirは、佐々木美佳監督のドキュメンタリー映画『タゴール・ソングス』にも登場したダッカのラッパーNizam Rabbyと共演していて、プロデューサーはなんとCizzy!

WhySir "Shomoy" ft. Nizam Rabby


宗教の違いや経済格差など、さまざまな理由によって、共通する文化や言語を持ちながらも微妙な関係の西ベンガルとバングラデシュだが、こうしてヒップホップという新しいカルチャーによる交流が進んでいるのだとしたら、こんなに美しいことはない。
ベンガル語ラップシーンについては、またちょくちょく紹介してみたいと思います。



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goshimasayama18 at 20:58|PermalinkComments(0)

2023年05月29日

衝撃的な死から1年 伝説化するSidhu Moose Wala

前回に続いて、今回もバングラーの話を書くのだが、その前に一応断っておきたいことがある。


あらためての話になるが、このブログでは、映画音楽を中心としたインドのメインストリームなポピュラー音楽シーンではなく、より新しくてインディペンデントなシーンを扱っている。
そのため、パンジャーブ文化(おもにシク教)やバングラーについて取り上げるときに、ギャングスタ的な側面を強調することが多い。
言うまでもないことだが、パンジャービーたちは、決して暴力的な人たちでも、狂信的な人たちでもない。
ギャングスタ的なラップはいまや世界中のほとんどの国に存在しているだろうし、平和な日本にも暴力団や半グレはいる。
私はあくまで彼らの文化のごく一部のみに焦点を当てているにすぎないということに、どうか留意してほしい。
…と、改めて書いた上で、今日の話題に移る。


バングラーラップに革命を起こしたSidhu Moose Walaが2022年5月29日に故郷のパンジャーブ州マンサ郡で射殺されてから、もう1年が経つ。
インドの音楽シーンに大きな衝撃をもたらしたこの事件の真相は、やはりデリーの刑務所で服役中のLawrence Bishnoiを首謀者とするパンジャービーギャングによるものだったようだ。
現地での報道によると、Sidhuは彼らと対立するギャング団と関わりを持っていたとされており、その抗争に巻き込まれての悲劇だったという。



あまりにもショッキングな死から1年が経過しても、彼の存在感は国内外でますます大きなものになってきているようだ。
今回は、この1年間に発表された彼のトリビュートソングを紹介しながら、改めてその功績を讃えてみることとしたい。



Prem Dhillon "Ain't Died in Vain"
まず紹介するのは、2018年にデビューしたSidhuとほぼ同世代のPrem Dhillonによる"Ain't Died in Vain"


90年代USヒップホップ風のシンプルなビートに乗せたバングラー今のトレンドの一つで、歌詞は例によってパンジャービー語なので分からないが、おそらくタイトル通り「彼の死は無駄死にではない」ということが歌われているのだろう。
Prem DhillonとSidhuは"Old Skool"という曲で共演しており(その曲の作曲もPremが手掛けている)、Premのソロ作品である"Bootcut", "Jatt Hunde Aa"もSidhuのレーベルからリリースされている。
前回も書いた通り、ヒップホップ系のバングラーラッパー/シンガーがあまり高く声を張り上げない傾向が高くなっている昨今、PremはSidhu同様にわりと歌い上げるスタイルのシンガーのようである。
さすがにSidhuほどの人気はないが、海外(UKやニュージーランド)のパンジャービー音楽チャートでは何曲かTop10に入るヒットを出しており、今後のさらなる活躍が期待されるアーティストだ。



Garry Sandhu "Jigar Da Tota"


Garry Sandhuはパンジャーブからイギリスに労働ビザで渡り、バーミンガムの建設現場で働きながらバングラー歌手になったという異色の経歴を持つシンガー。
UKのエイジアン・チャートでは何度も1位を獲得していて、本国のボリウッド映画でもプレイバックシンガーとしてフィーチャーされている。
Garryは1984年生まれの39歳なので、Sidhuと比べるとひとまわり以上年上だが、彼と同じようにパンジャーブで生まれて異国のカナダで人気シンガーとしてのキャリアをスタートさせたSidhuに共感する部分があったのだろう。
バングラーというよりはパンジャービー・ポップだが、幅広いスタイルと地域のパンジャービーたちに彼が支持されていたことが分かるトリビュートソングである。



Sunny Malton "Letter to Sidhu"


Sunny Maltonはカナダのトロント出身のパンジャービー系ラッパーで、Sidhuの生前、多くの曲で共演していた。
Sidhuの曲での客演では英語ラップのパートを担うことが多かった彼が、ここではSidhuへのリスペクトを込めて(多分)、バングラー/パンジャービースタイルの歌を披露している。
プライベートからステージまで、Sidhuの魅力とカリスマがよく伝わってくるミュージックビデオが沁みる。
ギターをフィーチャーしたビートやビデオテープ風の映像処理もすごく今っぽく、現在のバングラーラップシーンの雰囲気が伝わる曲でもある。

Sunny Maltonは、そもそもSidhuと共演した"Issa Jatt"という曲で世に知られるようになった。
この曲リリースされたのは2017年。
インドでは、ムンバイでDIVINEやNaezyによるヒンディー/ウルドゥー語ラップが徐々に注目を集め、デリーではPrabh Deepによるバングラーではないスタイルのパンジャービーラップがアンダーグラウンドで登場した頃だ。


その同じ頃に、パンジャービー系カナダのシーンはこの完成度。
バングラーラップを歌い方のスタイルとして見た時にヒップホップとして捉えてよいかどうかは意見が分かれるだろうが、少なくともそのアティテュードにおいては相当リアルにヒップホップだとあらためて感じる。



Tion Wayne "Healing"


変わったところでは、ナイジェリア出身でロンドンを拠点に活躍するラッパーのTion Wayne(イギリスでNo.1を含む複数のヒット曲を持っている)がリリースしたこの曲がSidhu Moose Walaに捧げられている。
二人は以前"Celebrity Killer"という曲で共演しており、そのときの縁でのトリビュートなのだろう。
歌詞の内容を見る限り、とくにSidhuのことは出てこないが、欧米に渡り、厳しい環境をくぐり抜けて成功を手にした二人の間に何らかの共感があったことは想像に難くない。
ミュージックビデオでLAのチカーノがローライダーを誇るようにトラクターを誇るパンジャービーたちが超クールだ。
ちなみに何度か出てくるオリーブ色のターバンを巻いた初老の男性は、Sidhuの父親とのこと。

SidhuとTion Wayneと共演した"Celebrity Killer"はこちら。

コブシを回しまくったSidhuの歌い回しが最高に気持ちいい。



人気シンガーによるトリビュートはざっとこんなところだろうか。
ここに紹介した他にもYouTubeで数万再生程度の中堅バングラーラッパー/シンガーによるトリビュート曲が無数にリリースされており、Sidhuがパンジャービー音楽シーンでいかに大きな存在だったかが分かる。

国際的な大御所では、あのDrakeが自らがホストを務めるラジオ番組でSidhuの"295"と"G-Shit"をプレイしたと報じられた。
Drakeはカナダ出身だが、カナダにはパンジャーブからの移民が数多く暮らしている。
(日本でも有名なところでは、往年の名悪役レスラー、タイガー・ジェット・シンもパンジャーブ生まれのカナダ人だ)
Drakeがパンジャービー語を解するとは思わないが、カナダ人である彼にとって、バングラー/パンジャービーラップは身近な「隣人の音楽」なのだろう。
イギリス人のTion Wayneによるトリビュートを見ても分かる通り、インド系(とくにパンジャーブ系)移民の多いカナダやイギリスから見たヒップホップシーンでは、日本人が考える以上にパンジャービーたちの存在感が大きいようだ。



最後に、Sidhuの死後にリリースされた彼本人の曲を紹介したい。

Sidhu Moose Wala feat. Burna Boy, Steel Banglez "Mera Na"


フィーチャーされているBurna Boyもまたイギリスで人気を獲得したナイジェリア系のシンガー。
おそらく今世界でもっとも人気の高いアフリカンポップスシンガーで、今年のCoachella Festivalに出演していたのも記憶に新しい。
やはり欧米で活躍する外国出身者(それも非白人のマイノリティでもある)として、Sidhuに共感できる部分があったのだろうか。

クレジットにあるSteel Banglezはパンジャービー系イギリス人で、この曲ではビートを手がけている。
名前の由来はおそらくシク教徒の男性が戒律で腕に着用することになっている鉄製の腕輪から取られているのだろう。


死後ますます存在感を増すSidhuの人気は、まさに彼が生前憧れていた2Pacを思わせる。
これまで、このブログでSidhuを紹介するときには、ビートやアティテュードの面に注目することが多かったが、今回改めて彼の曲を聴いてみて、今更ながらに彼のバングラーシンガーとしての力量に唸らされた。
バングラーは声そのものの力強さと節回しで人々を高揚させるスタイルだ。
前回紹介したように、昨今ではあまり声を高く張り上げない歌い方も人気を博しているようだが、やはり彼のように堂々と歌い上げる歌唱法こそ、バングラーの魅力であるようにも思う。

1年前、世界は本当に才能あるアーティストを失ったのだ。
改めて、Sidhu Moose Walaの冥福を祈りたい。



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2023年05月22日

最近のバングラーがかなりかっこよくなってきている件


最近、バングラーがどんどんかっこよくなってきている。

バングラーというのは、インド北西部からパキスタン東部に位置するパンジャーブ地方の伝統音楽だ。
ドールという両面太鼓とトゥンビというごくシンプルな弦楽器のリズムに乗せて歌う、独特のコブシを効かせた節回しを特徴としている。

欧米に移住したパンジャービーたち(とくにターバンを巻いた姿で知られるシク教徒たち)は、1980〜90年代頃になると、バングラーに当時流行していたダンスミュージックやヒップホップを融合して、「バングラービート」と呼ばれる新しいジャンルを作り出した。
'00年代前半、バングラービートは世界的にも大きな注目を集め、Panjabi MCの"Mundian To Bach Ke"は世界各国でヒットチャートを席巻した。
(一例を挙げると、イタリアで1位、ドイツで2位、イギリスで5位。Jay-ZをフィーチャーしたリミックスはUSビルボードチャートで33位に達し、カナダで10位、オーストラリアで12位を記録している)

…という話はこれまでこのブログに何度となく書いているが、この「バングラー・ビッグバン」は現代インドの音楽シーンを語るうえで、何度書いても語り足りないくらいの超重要トピックなのである。

バングラーを聴いたことがないという人は、ひとまずリンクから"Mundian To Bach Ke"を聴いていただければ、'00年代初頭のバングラービートの雰囲気がわかっていただけるはずだ。
(ちなみに、この「バングラー」'Bhangra'は、日本では「バングラ」と伸ばさずに表記されることが多いが、詳しい人から「バングラー」と伸ばして表記するのが正しいと伺ったのと、「バングラ」と書くとバングラデシュのBanglaと混同しやすいことから、このブログでは「バングラー」と表記している)



バングラーは、世界的には'00年代前半以降、忘れ去られてしまった一発屋的なジャンルだが、北インドではその後も(というかそれ以前から)ずっと人気を維持し続けている。
移り気な海外のリスナーに忘られた後も、バングラーは時代とともに、さまざまな流行を吸収しながら進化を続けているのだ。
近年のバングラー界での最大の功労者を挙げるとすれば、それは間違いなく昨年5月に凶弾に倒れたSidhu Moose Walaだろう。

インドではヒップホップのいちジャンルとして扱われることが多い現代風バングラーに、トラップ以降のビートとガチのギャングスタのアティテュードを導入し、そしてその精神に殉じた(ギャングの抗争に巻き込まれ射殺された)彼は、死後、まるで2Pacのように神格化された存在になりつつある。


そのSidhu Moose Walaの死から1年が経とうとしているが、その間にもバングラーはとどまることなく進化を続けている。
吉幾三のような独特なコブシのせいで、日本人(少なくとも私)にはどうにも垢抜けなく聴こえてしまうバングラーだが、最近はビートの進化と、そしてフロウの微妙な変化によって、掛け値なしに相当かっこいい音楽になってきている(ような気がする)のだ。

その進化をまざまざと感じさせられたのは、Def Jam Indiaからリリースされたこの曲を聴いた時だった。


GD 47 X H$ "Mic Naal"



この曲で共演しているGD 47とH$は、いずれも本場パンジャーブのバングラーラッパーだ。
ちょっとローファイっぽいビートもかっこいいが、まずはそこに乗るGD 47のラップに注目してほしい。
あきらかにバングラー由来のメロディーがついたフロウではあるものの、バングラー特有のコブシはかなり抑えられていて、そしてリズムの取り方が、かなりヒップホップ的な後ノリになってきている!
バングラー界の革命児だったSidhu Moose Walaでさえ、トラップやドリルをビートに導入しても、歌い方そのものはかなりトラディショナルなスタイルだった。
時代と共にバングラーのビートの部分がどれだけ変化しても、この歌い方だけは絶対に変わらないと思い込んでいたのだが、ここに来てバングラーのフロウが少しずつ変わり始めているのである。

それにしても、このGD 47、見た目のインパクトがすごい。
シク教には、本来、神からの賜り物である髪の毛や髭を切ったり剃ったりしてはならないという戒律があるが(ターバンはもともと伸びた髪の毛をまとめるためのものだ)、今でもこの戒律を厳格に守っている信者は少ない。
スタイル的にはかなりモダンなバングラーラップをやっている彼に、いったいどんな思想的・信仰的バックグラウンドがあるのだろうか。


次の曲を聴いてみよう。
90年代リバイバル風のスタイルはインドの音楽シーンでも目立っているが、バングラーラップでもこんな曲がリリースされている。
やはりパンジャーブを拠点に活動しているShubhが2022年の9月にリリースしたこの"Baller"は、ビートもミュージックビデオももろに90's!

Shubh "Baller"


シーンを長くチェックしている人の中には、「90年代風のバングラーラップなんて当時からいくらでもあったじゃん」と思う人もいるかもしれないが、例えばRDB(パンジャービー・シクのインド系イギリス人によるラップグループ)あたりの老舗のバングラーラップ勢は、ビートもフロウももっとトラディショナルなバングラーの影響が強かったし、映像もこんなに同時代のヒップホップに寄せてはいなかった。
この"Baller"の面白いところは、映像処理とかファッションの細かいところまで90年代を再現しているにもかかわらず、音楽的には当時のサウンドを踏襲するのではなく、「2020年代から見た90'sヒップホップ風バングラー」を作り上げているということだ。

このShubh、つい先日、インドのなかで独立運動が存在しているカシミール地方、北東部、そしてパンジャーブ地方を除いた形のインドの地図をインスタグラムに上げて「パンジャーブのために祈る」とのコメントを発表し、バッシングを浴びている。
インドの統一を脅かす不穏分子として扱われたということである。
批判を受けて投稿を撤回したようだが、おそらく彼は故Sidhu Moose Walaと同様にパンジャーブにシク教徒の独立国家建国を目指す「カリスタン運動」を支持しているのだろう。
Shubhは地元パンジャーブ以外にも、Sidhu Moose Walaと同じカナダのオンタリオ州ブランプトンも活動拠点としているという。
カナダとインドで暗躍するパンジャーブ系ギャングは、違法薬物の売買などのシノギを通して、カリスタン独立運動に資金を提供していると言われている。
考えすぎなのかもしれないが、彼もまたパンジャービー・ナショナリズムとギャングスタ的なアティテュードを持ったラッパーである可能性がある。
(このあたり、リリックが分かればすぐに判明するんだろうけど、私はパンジャービー語はまったく分かりません)

そう考えると、さっきのGD 47の原理主義的なまでの髭の長さもすこしキナ臭く見えてくる、ような気もする。


Sidhu Moose WalaやShubhに限らず、インドに暮らすパンジャービーたちは、多くがカナダに親戚などのコネクションを持っているが、当然ながら、そのカナダにも新しいタイプのパンジャービー音楽を作っているアーティストがいる。
AP DhillonはYouTubeの合計再生回数が10億回を超え、Lollapalooza Indiaではインド系のなかでもっともヘッドライナーに近い位置(初日のトリImagine Dragonsに次ぐ2番目)にラインナップされていたアーティストだ。
彼が昨年8月にリリースした"Summer High"という曲がまた面白かった。


AP Dhillon "Summer High"


Weekndを彷彿させるポップなサウンドに、バングラー的とまでは言えないかもしれないが、パンジャービー特有の歌い回しを載せたサウンドはじつに新鮮。
在外パンジャービーたちは独自のマーケットを形成しており、バングラービートの時代から、インド本国の流行をリードしてゆく存在でもあった。


パンジャーブ出身で今ではカナダを拠点に活動しているバングラーラッパーとしては、このKaran Aujlaも注目株。
活動期間はまだ5年に満たないが、YouTubeで数千万回再生される曲もある実力派だ。

Karan Aujla "52 Bars"


ここでも、もろヒップホップなビートと、フロウのリズム感に注目してほしい。
最近のシーンでは、以前のバングラーシンガーほど声を張り上げず、あまり高くない音域で歌い上げるのがトレンドのようだ。
例えば少し前のシーンで旋風を巻き起こしていたSidhu Moose Walaは、歌い方に関してはもっとトラディショナルで、より高い音域で張り上げて歌うスタイルだった。


そろそろ視点をまた本国のパンジャーブに戻したい。
在外パンジャービーたちが作る音楽と本国のシーンとのタイムラグは、インターネットが完全に普及した今日では、ほぼゼロに近くなってきている。
Laddi Chahalが2022年11月にリリースした"Rubicon Drill"もまた、バングラーのスタイルながらも、ビートとフロウ(というかリズムの取り方)に新しさを感じる曲だ。

Laddi Chahal "Rubicon Drill"


女性シンガーのGurlez Akhtarもそうだが、バングラー色のかなり濃い歌い回しにもかかわらず、リズムの取り方や途中で3連になるところなどに、ヒップホップの影響が強く感じられる。



と、ここまで、バングラーがかなりかっこよくなってきている現状を書いてきたわけだが、正直にいうと、バングラーがかっこよくなってきているというより、私がバングラーを聴き続けた結果、独特の歌い回しに対するアレルギーがだんだん薄れてきて、かっこよく思えるようになってきただけなのかもしれない、ともちょっと思っている。
そういえば、初めてボブ・マーリィを聴いた時も、「レゲエは反逆の音楽」とか言われているわりにずいぶん呑気な音楽だなあと感じたものだった。
ライブだと「オヨヨー」とかコール&レスポンスしたりしてるし、本当にふざけているんじゃないかとも思ったものだが、聴いているうちにそのかっこよさや主張の激しさがだんだん分かってきた。

何が言いたいのかというと、本題からそれる上にちょっと大きすぎる話になるが、そんなふうにかっこいいと思える音楽が増えるというのは、音楽を聴く喜びのかなり本質的な部分のような気がする、ということだ。
(だからバングラーのかっこよさが現時点で分からなかったら、分かるまで聴いてみてください)

一方で「オールドスクールなバングラーこそが最高」という人にとっては、最近のバングラーのスタイルの変化は、歌い方もギャングスタ的なアティテュードも、受け入れ難いものなのかもしれない。

ともかく、ここ最近、バングラーとヒップホップの垣根はますます低くなってきて、シーンがさらに面白くなってきているというのは間違いない。
'00年代前半のPanjabi MCのように、そろそろまたバングラーシーンからあっと驚くグローバルなヒット曲が生まれてもいいと思っているのだけど、どうだろう。




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2023年04月30日

インドのパーティーラップとストリートラップ、融解する境界線


久しぶりにインドのヒップホップに関する記事を書く。
これまで、このブログでインドのヒップホップについて書く時、便宜的に「享楽的で商業的なパーティーラップ」(パンジャーブ出身者がシーンの中心だが、他の地域にもある)と「よりリアルでコンシャスなストリートラップ」に分けて扱ってきた。

インドにおいて、この2つのジャンルは成り立ちからスタイルまで見事に対照的で、交わることはないだろうと思っていた。
ところが、少し前からその境界線が曖昧になってきているみたいだ、というのが今回の話。

長くなるので簡単に説明すると、インドのパーティーラップは、'00年代にパンジャーブ系の欧米移住者が伝統音楽の要素を取り入れて始めた「バングラーラップ」が逆輸入されたことに端を発する。
バングラーラップはパーティー好きなパンジャービーたちの嗜好を反映して(かなりステレオタイプでごめん)インド国内でド派手に進化し、ボリウッド映画の都会的なナイトクラブのシーンなどに多用され、人気を博すようになった。
これがだいたい'10年代半ばくらいまでの話。


一方で、'10年代以降、パンジャービーたちが逆輸入したバングラーラップとは無関係に、インターネットを通じて本場アメリカのラッパーから直接影響を受けたストリートラップのシーンも形成されるようになる。
初期のストリートラッパーたちは、同時代の音楽よりも、Nas, 2Pac, Notorious B.I.G., Eminemといった'90年代USヒップホップの影響を強く受けていた。
商業的なパーティーラップが虚飾的な享楽の世界を描いているのに対して、彼らはあくまでリアルにこだわった表現を志していた。

とくにムンバイでは、『スラムドッグ$ミリオネア』の舞台にもなったスラム街ダラヴィなどでシーンが形成され、徐々に注目を集めるようになってゆく。


2018年には、ムンバイを代表するストリートラッパーNaezyとDIVINEをモデルにしたボリウッド映画『ガリーボーイ』が公開され(この二人はダラヴィの出身ではない)、ストリートラップシーンは一気に脚光を浴びる。
ストリートで生まれたインディペンデントなラップシーンが、エンタメの王道であるボリウッドをきっかけに注目を集めたのは皮肉といえば皮肉だが、ともかく、こうしてストリートラップシーンはアンダーグラウンドから脱却し、多くの人に知られるようになった。

簡単に説明すると書いたわりには結構長くなってしまったが、さらに詳しく読みたい方はこちらの記事をどうぞ。




典型的なインドのパーティーラップというのは、例えばこんな感じ。
このジャンルを代表するラッパー、Yo Yo Honey Singhが2014年にリリースした"Love Dose"のミュージックビデオを見れば、その雰囲気は一目瞭然だろう。


この曲のYouTubeでの再生回数は約4億5,000万回。(2023年4月現在。以下同)
他にもHoney Singhのパーティーソングは4億、5億再生の曲がざくざくある。
インドの音楽をよく知らない方には吉幾三っぽく聴こえるかもしれないが、この幾三っぽい歌い回しこそが、バングラー由来の部分である。

もういっちょ紹介すると、これはちょうどHoney Singhが世に出た頃、2011年にDeep Moneyというシンガーと共演した"Dope Shope".


ターバンを巻いてバングラーっぽい歌い回しを披露しているのがDeep Money、途中からラップをしているのがHoney Singhだ。
さっきの曲もチャラかったが、この曲も酒、女、パーティーっていう非常に分かりやすい世界観。
この曲の再生回数も2億回を超えている。


その彼が2021年最近リリースした"Boom Boom"になると、突然こうなる。


ビートはパーカッシブながらもぐっとシンプルになり、バングラー的な歌い回しは鳴りを潜めて、よりヒップホップ的になっている。
そしてミュージックビデオは薄暗く、男臭くなった。
再生回数は、Honey Singhにしてはかなり少ない1900万再生ほど。

この曲のYouTubeのコメント欄が泣ける。
トップコメントは「昔のYo Yoが懐かしいって人いる?(Who miss our old Yo Yo?)」という思いっきり後ろ向きな内容で、3万を超えるイイネがついている。
他にも、「Dope Shopeとか歌ってた昔のYo Yoのほうがいい」とか「2010年から2016年までがHoney Singhの黄金時代」といった、コレジャナイ感を表明した率直すぎるコメントが並んでいて、比較的優しいファンも「正直よくわからないけど、彼はいつも時代を先取りしているから10年くらい経ったら僕らも良さがわかるようになると思う」とか書いている。
このスタイルはファンに歓迎されなかったのだ。
ほどなくしてHoney Singhは再びコマーシャルなパーティーラップのスタイルに戻っている。

なぜ彼が急にこの地味なスタイルに切り替えたかというと、思うにそれはインドで急速にストリート系のリアルなラップが支持され始めて来たからだろう。
インドでストリート系のラップが世にで始めた2010年代後半頃、ストリート系のラッパーのYouTubeコメント欄には「Honey Singhなんかよりずっといい」といったコメントが溢れていたものだった。


そのインドのストリートラップというのはどんなものかというと、いつもこの曲を例に挙げている気がするが、ムンバイのシーンを代表するラッパーDIVINEの出世作、2013年の"Yeh Mera Bombay"を見れば、こちらも一目瞭然だ。




インド最大の都市ムンバイの、高層ビル街やオシャレスポットではなく、下町の路地裏を練り歩きながら「これが俺のムンバイだ」とラップするDIVINEは、物質主義的な憧れを詰め込んだような既存のパーティーラップに比べて、確かにリアルで、嘘がないように見える。
この曲の再生回数は450万回ほどに過ぎないが、ラップといえば虚飾的なスタイルがほとんどだったインドに突如として現れた「持たざる自分を誇る」スタイルがシーンに大きな衝撃を与えたことは想像に難くない。

『ガリーボーイ』公開後、スターの仲間入りをした彼の「ストリートからの成り上がりの美学」を象徴しているのが、2021年にリリースされたこの"Rider"だ。


下町練り歩きの"Yeh Mera Bombay"と比べると、予算の掛け方も二桁くらい違うが、それでもストリート上がりのルーツをレペゼンする姿勢は変わっていない。
成り上がりの美学に多くのファンが共鳴したのか、この曲の再生回数は3,000万回ほどと、"Yeh Mera Bombay"に比べてぐっと多くなる。

ところが事情はそんなに簡単ではない。
この"Rider"が収録されている"Punya Paap"には、真逆のスタイルのこんな曲も収録されているのだ。


タイトルの"Mirchi"は唐辛子という意味。初めて見た時は、DIVINEずいぶんチャラくなったなー、と思ったものだが、Honey Singhを見た後だとそこまで違和感がないかもしれない。
それでも、ボリウッドばりに色とりどりの女性ダンサーが踊るパーティー路線のミュージックビデオは、男っぽさを売りにしていた過去のイメージからはほど遠い。

ぶっちゃけた話、ダサくなったような気もするが、インドのファンはストリートラップよりもこのパーティー路線のほうがずっと好きなようで、この曲のYouTube再生回数は3億回近くにも達する。

この"Mirchi"でDIVINEと共演しているダラヴィ出身のラッパー、MC Altafの転向も面白い。
これも何度か紹介している好きな曲なのだが、ダラヴィの郵便番号をタイトルに関した"Code Mumbai 17"もまた、典型的なガリーラップだ。


2019年にリリースされた曲とは思えない90'sスタイル。
TBSラジオの宇多丸さんのアトロクで「Ozrosaurusの『AREA  AREA』と繋げたら合うと思う」と言ったら「めっちゃ合う!」と同意してもらえた曲。
このMC Altafが、2022年にリリースした"Bansi"だとこうなる。


なんというか、インド人って「振付が揃った群舞」が本当に好きなんだなあ、としみじみと感じるミュージックビデオだ。
DIVINEの"Mirchi"もそうだが、群舞を取り入れながらも、メインストリーム的な過剰な華やかさから脱するために取られている手法が「照明を暗めにする」という極めてシンプルな方法論なのが面白い。


もう一人この手の例を挙げてみる。
このMC Altafとの共演も多いD'Evilというムンバイのベテランラッパーがいるのだが、2019年にリリースされた"Wazan Hai"という曲ではこんな感じだった。


スラム的下町っぽさを強調した初期のDIVINEやMC Altafに比べると、「スニーカーへの愛着」というテーマはミドルクラス的だが、D'Evilもストリート感を強調した結構コワモテなタイプのラッパーだということが分かるだろう。
それが2022年にリリースされた"Rani"だとこうなる。


豪邸、チャラい女の子たち、ポメラニアン、そしてピンクの衣装。
どうしてこうなった。
リリースはDIVINEのレーベルのGully Gangからだが、このレーベルは出自のわりにこういうノリを厭わない傾向がある。
インドでは珍しいこの手のラテンっぽいビート(レゲトン系は多いが)は、Karan Kanchanによるもの。

まあともかく、こんなふうに、『ガリーボーイ』以降にわかに有名になったストリートラッパーたちは、多くが急速にパーティー系路線へと舵を切った。
インドのヒップホップ的サクセスストーリーa.k.a.成り上がりの、典型的なあり方と言えるのかもしれない。


最初にあげたHoney Singhのように、パーティー系ラッパーがストリート系に転向したという、「逆成り上がり」の例をもう一人挙げるとしたら、メインストリームでHoney Singhと並ぶ人気のBadshahが好例だ。

2017年にリリースされた"DJ Waley Babu"は、これまた酒、女、パーティーの典型的なコマーシャル系享楽路線だ。


ところが、彼のストリート系へのアプローチはかなり早くて、2018年にはインド随一のヒップホップ系ビートメーカー、Sez On The Beatを迎えてこんな曲もリリースしている。


以前のパーティーラップ的世界観と比べると、急にシブい感じになってきた。

Badshahの最新曲はこんな感じだ。


Badshahの面白いところは、完全に硬派路線に切り替えたわけではなく、今でも分かりやすいパーティーチューンもたびたびリリースしていることである。


この"Jugnu"は3連のシャッフルっぽいリズムがかっこいい1曲。

さらに変わったところだと、コロンビア出身のレゲトンシンガー、J Balvinを迎えたこんな曲もリリースしている。


だんだん訳がわからなくなってきた。
長々と書いたが、結局のところ、ナンパなパーティー系スタイルであろうと、硬派なストリートスタイルであろうと、当然ながらどちらもヒップホップカルチャーの一部な訳で、どっちかが本物でどっちかが偽物というわけではない。
アメリカのラッパーも、本当は金持ちじゃないのに豪邸で美女をはべらせているようなミュージックビデオを撮るために、借金を抱えたりとかしていると聞いたことがある。

それからインドがどんどん豊かになって、ネットの影響もあって海外のカルチャーがより広く、リアルタイムに入ってくるようになったことによって、ヒップホップの解釈の幅が大きく広がっているということもあるだろう。
Prabh DeepとかSeedhe Maut、あるいはTienasみたいに、また違う方法論でヒップホップを実践しているラッパーたちも出てきているし。


さらに言うと、最近では人的交流の面でも、「ストリート → パーティー」勢と「メインストリーム → ストリート」勢の共演が進んでいる。

最近パンジャービー/バングラー系ラッパーとのコラボレーションが目立っていたDIVINEは、この"Bach Ke Rehna"でとうとうBadshahと共演。
映画音楽を含めた王道ポップシンガーのJonita Ghandhiをフィーチャーしたこの曲は、ドウェイン・ジョンソン主演のNetflix映画"Red Notice"のインド版イメージソングという位置付けらしい。



他にもMafia Mundeer(Honey SinghやBadshahを輩出したデリーのクルー)出身で、早い時期からストリートラップ的アプローチをしていたRaftaarがデリーのアンダーグラウンドラップの帝王Prabh Deepと共演したりとか、もはやメジャーとインディーの垣根すらなくなってしまったのではないか、というコラボレーションが目立つようになってきた。




何が言いたいのかというと、インドのシーンはあいかわらずどんどん面白くなっていくなー!
ということでした。

以上!




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2023年01月31日

Rolling Stone Indiaが選ぶ2022年のミュージックビデオTop10


1月も終わりかけの時期に去年の話をするのもバカみたいだが、毎年定点観測していることなので一応書いておくことにする。
この「Rolling Stone Indiaが選ぶその年のTop10」シリーズ、急成長が続くインドのインディー音楽シーンを反映したのか、2022年はベストシングルが22曲、ベストアルバムが15枚(アルバムの数え方は今も「枚」でいいのか)も選ばれていたのだが、今回お届けするミュージックビデオ編はきっちり10作品だった。
単に選者が適当なのか、それともそこまで名作が多くなかったのか。(元記事

10作全部チェックするヒマな人もあんまりいないと思うので、そうだな、3曲挙げるとしたら、音的にも映像的にも、6位と3位と2位がオススメかと思います。
それではさっそく10位から見てみましょう。



10. Disco Puppet "Speak Low"



ベンガルールのドラマーでシンガーソングライターのShoumik Biswasによるプロジェクト。
かつては前衛的な電子音楽だったが、気がついたらアコースティックな弾き語り風の音楽になっていた。
インドではローバジェットなアニメのミュージックビデオが多いが、影絵風というのはこれまでありそうでなかった。
音も映像も後半で不思議な展開を見せる。
映像もDisco PuppetことShoumikの手によるもの。
多才な人だな。



9. Rono "Lost & Lonely"


ムンバイのシンガーソングライターによる、日常を描いたリラクシングな作品。
なんかこういう自室で踊り狂うミュージックビデオは、洋楽や邦楽で何度か見たことがあるような気がする。



8. Aarifah "Now She Knows"


ベストシングル部門でも11位にランクインしていたムンバイのシンガーソングライター。
これまた日常や自然の中でのどうってことのない映像。
インドはこの手の「ワンランク上の日常」みたいな作風が多いような気がするが、よく考えたら日本を含めてどこの国でもそんなものかもしれない。



7. Parekh & Singh


コルカタが誇るドリームポップデュオのSNSをテーマにしたミュージックビデオ。
ウェス・アンダーソン趣味丸出しだった以前ほど手が込んだ作品ではないが、それでも色調の美しさは相変わらず。



6. Kanishk Seth, Kavita Seth & Jave Bashir "Saacha Sahib"


いかにもインド的な「悟り」を表現したようなモノクロームのアニメーションが美しい。
Rolling Stone Indiaの記事によると「グルーヴィーなエレクトロニック・フュージョン」とのこと。
インド的なヴォーカルの歌い回し、音使いと抑制されたグルーヴの組み合わせが面白い(と思っていたら終盤に怒涛の展開)。
クレジットによると、歌われているのは15〜16世紀の宗教家カビール(カーストを否定し、イスラームやヒンドゥーといった宗教の差異を超えて信仰の本質を希求した)による詩だそうだ。
都市部の若者の「インド観」に、欧米目線のスピリチュアリズムっぽいものが多分に含まれていることを感じさせる作品でもある。



5. Serpents of Pakhangba "Pathoibi"


インド北東部のミャンマーに程近い場所に位置するマニプル州のメイテイ族の文化を前面に打ち出したフォーク/アヴァンギャルド・メタルバンド(活動拠点はムンバイ)。
少数民族の伝統音楽の素朴さとヘヴィな音圧の融合が、呪術的な雰囲気を醸し出している。
ミュージックビデオのテーマは呪術というよりも社会問題としての児童虐待?
後半のヴォーカルにびっくりする。



4. Ritviz "Aaj Na"


インド的EDM(勝手に印DMと命名)の代表的アーティスト、Ritvizが2022年にリリースしたアルバムMimmiからの1曲。
テーマはメンタルヘルスとのことで、心の問題を乗り越える親子の絆が描かれている。
アルバムにはKaran Kanchanとの共作曲も含まれている。



3. Seedhe Maut x Sez on the Beat "Maina"


Seedhe Mautが久しぶりにSez on the Beatと共作したアルバムNayaabの収録曲。
インドNo.1ビートメーカー(と私が思っている)、Sezの繊細なビートが素晴らしい。
これまで攻撃的でテクニカルなラップのスキルを見せつけることが多かったSeedhe Mautにとっても新境地を開拓した作品。
ミュージックビデオのストーリーも美しく、タイトルの意味は「九官鳥」。
昨年急逝された麻田豊先生(インドの言語が分からない私にいつもいろいろ教えてくれた)に歌詞の意味を教えてもらったのも、個人的には忘れ難い思い出だ。



2. F16s "Sucks To Be Human"



チェンナイを拠点に活動するロックバンドのポップな作品で、宇宙空間でメンバーが踊る映像が面白い。
どこかで見たことがあるような感じがしないでもないが、年間トップ10なんだから全作品これくらいのクオリティが欲しいよな。
ミュージックビデオの制作は、いつも印象的な作品を作るふざけた名前の映像作家、Lendrick Kumar.



1. Sahirah (feat. NEMY) "Juicy"


ムンバイを拠点に活動するシンガーソングライターの、これまたオシャレな日常系の作品。
ラップになったところでアニメーションになるのが若干目新しい気がしないでもないが、このミュージックビデオが本当に2022年の年間ベストでいいんだろうか。
そこまで特別な作品であるようには思えないのだが…。
印象的なアニメーションは、以前F16sの作品なども手がけたDeepti Sharmaによるもの。


というわけで、全10作品を見てみました。
毎年ここにランキングされている作品を見ると、「上質な日常系」「現代感覚の伝統フュージョン系」「ポップな色彩のアニメーション系」といった大まかな系統に分けられることに気づく。
インドのインディー音楽シーンが急速に拡大すると同時に、少なくとも映像においては、その表現様式が類型化するという傾向も出てきているようだ。
もはやインディー音楽もミュージックビデオも、「インドにしてはレベルが高い」という評価をありがたがる時代はとっくに過ぎている。
この壁を突き破る作品が出てくるのか、といった部分が今後の注目ポイントだろう。




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goshimasayama18 at 19:07|PermalinkComments(0)