インドのヒップホップ

2022年08月28日

急速に現代化するインドのヒップホップ インディアン・オールドスクールはどこへ行くのか



たびたび書いていることだが、インドのヒップホップ・シーンが発展したのは2010年代以降。
ムンバイをはじめ各地で同時多発的に発生したインドのストリート・ラップは、同時代のヒップホップよりも90年代USラップの影響が強いのが特徴だった。

よりストリート色が強く、「抑圧されたゲットーの人々の音楽」という色彩が強かった90年代のヒップホップのほうが、都市部のロウワーミドルクラスを中心としたインドのラッパーたちに「刺さる」ものだったのだろう。
音楽的な面では、ラップが始まったばかりのインドで、ビートもフロウもシンプルだった90年代のスタイルのほうが彼らの言語を乗せやすかった、ということもあったかもしれない。

2020年前後から、インドのヒップホップはようやく同時代的な、少なくとも2010年代以降のサウンドが、目立つようになってきた。
マンブルラップ的な手法やオートチューンを駆使して傷ついた心情を表現するMC STANや、トラップ以降のビートに乗せて超絶スキルのラップを吐き出すSeedhe Mautがその筆頭だ。

ここ数年で、インドのヒップホップは世界のシーンが30年かけて歩んだ道を一気に駆け抜けたわけだが、それでは、その急速な変化の中で、骨太なラップを聞かせてくれていたオールドスクールなラッパーたちはどうなったのだろうか?

最近のベテランラッパー(といってもデビュー後のキャリアは10年程度だが)たちの新曲を聴く限り、彼らは自らの矜持を貫き、かたくなにそのスタイルを守り抜いていた。
…なんてことは一切なかった。
2010年代に今のヒップホップ流行の礎を築いた先駆者たちは、面白いくらいに今風のスタイルに変節してしまっていたのだ。
別にそれをいいとか悪いとか言うつもりはないのだが、これはこれでなんだかインドっぽいような気もするので、今回はそんなラッパーたちの過去と現在を紹介してみたいと思います。


まずは、このブログの記念すべき第1回でも紹介したラッパーであるBrodha V.
インドのストリート系ラップ普及の立役者であるムンバイの帝王DIVINE曰く「インドで最も最初にメジャーレーベルと契約したストリートラッパー」であるというベンガルールのラッパーだ。

Brodha V "Aatma Raama"


2012年という、インドのストリート系ヒップホップではかなり早い時期にリリースされたこの曲は、2PacやEminemを思わせるフロウでヒンドゥー教の神ラーマへの帰依を歌う、クリスチャン・ラップならぬヒンドゥー・ラップだ。


インドのラッパーたちは、インド各地の諸言語でラップするようになる前は英語でラップしていた(ちなみにベンガルールの公用語はカンナダ語)。
彼のこなれた英語ラップはインド人の英語力の高さをあらためて感じさせられる。
まあそれはともかく、2012年にしては古いスタイルでラップしていた彼は、今どうなったのか。

2022年8月にリリースしたばかりの曲を聴いてみよう。


Brodha V "Bujjima"


いきなりのオートチューンに3連のフロウ。
今となっては決して最新のスタイルではないが、それでも2012年の"Aatma Raama"から比べると、90年代から一気に20年くらい進んだ感じがする。
Brodha Vはけっこうエンタメ精神に溢れているラッパーで、この曲のミュージックビデオでは裁判所を舞台にジョーカーやハーレイ・クイン風のキャラクターが出てきて、壁にはなぜかノトーリアスB.I.G.らヒップホップスターの写真が飾られている。
なんだか詰め込み過ぎな印象もあるが、それもまたインドらしくて面白い。



続いて紹介するのはコルカタのベンガル語ラップシーンをリードするCizzy.
2019年にリリースされたこの曲では、90年代のNYを思わせるジャジーでクールなラップを披露していた。

Cizzy "Middle Class Panchali"


かっこいいけど、今の音ではまったくないよな。
ちなみにタイトルにあるPanchali(パンチャリ)というのはベンガル語の詩の形式らしく、ミドルクラスの悲哀を歌ったというこの曲のラップはちょっとそのパンチャリっぽい雰囲気になっているらしい。
そのCizzyがやはりこの8月にリリースした曲がこちら。


Cizzy "Blessed"


またオートチューン!
そしてダークな雰囲気のフロウとか言葉の区切り方に、彼もまた20年くらいの進化を一気に遂げたことを感じさせる。
Brodha VにしろCizzyにしろ、元のスタイルで十分に個性的でかっこよかったのに、躊躇なくスタイルを変えてくる(それも、むしろ無個性な方向に)フットワークの軽さがすごい。
国籍を問わず、ベテランラッパーが「俺だってこれくらいできるんだぜ」的に新しいスタイルを取り入れた曲をリリースするってのはよくあると思うが、ここまで節操ないのは珍しいんじゃないだろうか。



続いては、ターバン・トラップという謎ジャンル(レーベル?)を代表するビートメーカーのGurbaxが、パンジャービー系のラッパー/シンガーのBurrahとムンバイのストリートラッパーMC Altafと共演した曲を紹介。

Gurbaxはこのブログの初期に紹介したことがあるトラップ系のクリエイター。
意図的にインド的な要素を強く打ち出したそのサウンドは、この国の刺激的な音楽を探していた当時の自分にめちゃくちゃ刺さったのをよく覚えている。



Burrahはまだほとんど無名だが、伝統音楽っぽい歌い回しとラップの両方ができるラッパー/シンガーで、面白いのがかなりローファイ/チルな音作りを志向しているということ。
何かと派手でマッチョな方向に行きがちなパンジャービー系シンガーのなかでは稀有な存在で、今後も注目したい。

フィーチャリングされているMC Altafは映画『ガリーボーイ』の舞台にもなったムンバイのスラム街ダラヴィ出身のラッパー。
2019年にリリースしたこの"Code Mumbai 17"をアトロク(TBSラジオ「アフター6ジャンクション」)で紹介したところ、宇多丸さんのリアクションは「2019年代とは思えない!90年代の音!」というものだった。
ほんとそうだよね。

MC Altaf "Code Mumbai 17"


この動画のトップコメントは、
'Thats the Classic Old school flow and beat 90s vibes... thats what we needed in Indian rap culture 🔥'
というもの。
なんでインドに90年代のヴァイブスが必要なのかは分からないが、ファンには好意的に受け入れられていることが分かる。

まあとにかく、インド風トラップのGurbaxとローファイ・パンジャービーのBurrah、そしてオールドスクール・ヒップホップのMC Altafが共演するとどうなるのかというと、こうなる。


Gurbax, Burrah "Bliss"feat. MC Altaf


トラップのヘヴィさもオールドスクールの硬派さも鳴りを潜め、ギターのアルペジオとざらついたビートの、完全にローファイ的サウンドになってる。
Burrahの色が強くなってるとも言えるけど、Gurbax、芸の幅が広いな。
MC AltafはBrodha VやCizzyと比べるとそこまでスタイルを変えてきているわけではないが、これまでに彼がリリースしてきたいろんな曲と比べても、ここまでの伝統色とメロウさは異色ではある。


さて、ここまでいわゆるストリート系のラッパーについて紹介してきたが、それじゃあインドにストリートラップが生まれる前から人気だったパーティー系コマーシャル・ラッパーたちはどうなっているのだろう。
彼らは2019年の映画『ガリーボーイ』公開以降、リアルなストリート系ラップの台頭と、自分達が時代遅れになってしまうことへの危惧からか、急速にスタイルをストリート化させ、かえって昔からのファンの反発を招いていた(とくにYo Yo Honey Singh)。
そろそろ彼らのスタイルにも新しい展開があるのではないか、と思ってチェックしてみたら、Honey Singhと並び称されるパンジャービー系パーティーラップの雄、Badshahの新曲がなかなか面白かった。

まずは、過去の曲を聴いてみましょう。
2015年にリリースされた"DJ Waley Babu"は、YouTubeで4億再生もされている大ヒット曲。

Badshah "DJ Waley Babu"



酒、女、パーティー、でかい車。
これぞパンジャービー系パーティーラップの世界観。

1年前にリリースした曲がこれ。

Badshah, Uchana Amit "Baawla ft. Samreen Kaur"



酒、女、パーティーという価値観はそのままに(でかい車の代わりに飛行機になってる!)、ぐっとビートは落ち着いてきた。
それが最新曲ではこうなる。


Badshah "Chamkeela"


逆に一気にエンタメ寄りに振り切ってきた!
Badshahもちょっと前にストリート寄りっぽい、派手さ抑えめの曲をやっていた時期があったのだけど、もとがド派手な彼らがそういうことをやると、単に地味になったみたいな感じになっちゃうんだよな。
そこで今度はもうラップ的な部分を一気に無くしちゃって、超ポップな路線に転換してみたのがこの曲、ということらしい。
「銀行のマネージャー(Badshah本人)と女銀行強盗の恋」というバカみたいなストーリーは頭を空っぽにして楽しめるものだし(もちろん褒め言葉)、いかにもインド映画っぽいミュージックビデオの演出(美女の髪がファサーッ、殴られた男が一回転、等)も最高だ。

今回とくに注目したいのはバックダンサーを従えたダンスシーンで、この展開だといかにもボリウッドぽくなりそうなところを、なんかK-Popっぽく仕上げている!
(竹林が舞台なのも東アジアのイメージ?)

これまでレゲトンとかラテン系の音楽を参照することが多かったパンジャービー系ポップ勢のなかでは、これはかなり新鮮な感覚だ。
K-Popはインドでもかなり人気があるが、これまで音楽的あるいは映像的引用というのはあまりなかったような気がする。
ポップなダンスミュージックという意味では、K-Popも現代パンジャービー音楽とは別のベクトルで機能性をとことんまで追求したジャンルと言えるわけで、この融合はかなり面白いと感じた次第。

進化と変化と多様化を絶え間なく繰り返しているインドのヒップホップシーン。
次はどうなるのかまったく予想がつかず、ますます目が離せない状況になってきた。




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2022年08月09日

Emiway Bantaiと振り返るインドのヒップホップシーンの歴史!

先日、悪童のイメージが強かったムンバイの人気ラッパーEmiway Bantaiが、唐突にインドのヒップホップシーンに名を残した(っていうか今なお活躍中の)ラッパーたちへのリスペクトを表明するツイートを連投していたのを見つけてびっくりした。
彼はもともと、並外れたラップスキルを武器にいろんなラッパーにビーフを仕掛けて名を上げてきた武闘派だった。
そのスキルの高さは、数多くのラッパーがカメオ出演した映画『ガリーボーイ』でも「Emiway Bantai見たか?あいつはやばいぜ」と名指しで称賛されるほど。

荒っぽいビーフで悪名を轟かせていたEmiwayは、注目が高まったところで、いきなり超ポップな"Macheyenge"と題するシリーズの楽曲をリリースして、一気にスターダムに登りつめた。
この"Firse Machayenge"はなんとYouTubeで4.8億再生。



全方位的に失礼な物言いをさせてもらうなら、それまでインドのヒップホップシーンには、センスの悪いド派手なパーティーラッパーか、泥臭いストリート・ラッパーの二通りしかいなかったのだが、このEmiwayの垢抜けたチャラさとポップさは非常に新鮮で、大いに受けたのだった。
Emiwayはその後も、バトルモードとポップモードを自在に行き来しながら、シーンでの名声を確実なものにしていった。

自分の才能とセンスで独自の地位を確立したEmiwayは、他のラッパーとの共演も少なく、さらに上述の通り、毒舌というかビーフ上等なキャラだったので、急に「シーンの人格者」みたいなリスペクトを全面に出したツイートを連発したことに、大いに驚いたというわけである。

というわけで、今回はEmiwayの一連のツイートを見ながら、インドのヒップホップシーンの歴史を振り返ってみたい。
つい先日軽刈田によるインドのヒップホップシーンの概要を書いたばかりではあるけれど、今回はEmiwayによるシーンの内側からの視点ということで、何か新しい発見があるかもしれない。
ではさっそく、7月18日から始まったツイートを時系列順に見てみよう。


「NaezyとEmiwayがAAFATとAUR BANTAIでムンバイ・スタイルを紹介し、インドのヒップホップシーンに脚光をもたらした」

ここに書かれた、"Aafat!"は先日の記事でも紹介したNaezyのデビュー曲で、後にボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』制作のきっかけにもなった歴史に残る楽曲だ。

Emiwayの"Aur Bantai"も同じ時期にリリースされた曲なのだが、はっきり言ってNaezyの"Aafat!"と比べると、相当ダサくて野暮ったい。



ムンバイ・スタイルを決定づけた曲をNaezyの"Aafat!"の他にもう1曲挙げるとしたら、それは間違いなくDIVINEの"Yeh Mera Bombay"だと思うのだが、路地裏が舞台とはいえウェルメイドなミュージックビデオになっているYeh Mera Bombayじゃなくて、"Aur Bantai"のインディペンデント魂こそがムンバイの流儀だぜ、ってことなのかもしれない。
まあとにかく、売れっ子になってもこのミュージックビデオをYouTubeに残したままにして、こういうタイミングでちゃんと取り上げるEmiwayの真摯さは、きちんと評価したいところだ。
ちなみにEmiwayのラッパーネームにも使われているBantaiとはムンバイのスラングで「ブラザー」のような親しい仲間への呼びかけに使われる言葉。
さらに言うと、EmiwayというのはEminemとLil Wayneを組み合わせてつけたという超テキトーな名前だ。



「そしてDIVINEとNaezyの"Mere Gully Mein"(「俺の路地で」の意味)がインドのヒップホップシーンに大きな注目を集め、ボリウッドにまで結びつけた」

映画『ガリーボーイ』でもフィーチャーされたこの曲が果たした役割については、今更言うまでもないだろう。
ヒンディー語で路地を意味する'gully'を「ストリート」の意味で使い、インドの都市生活に根ざしたヒップホップのあり方を広く知らしめた曲である。





「DIVINEはメジャーレーベルと契約し、インドのラッパーたちに『成り上がり』の方法を示した」

これはまさにその通り。
DIVINEこそがインドでストリート発の成功を成し遂げた最初のラッパーだった。
個人的にグッと来たのは次のツイートだ。



「EmiwayとRaftaarのディスはインドのヒップホップを次のレベルへと引き上げた。
このビーフによって誰もがインドのヒップホップについてもっと知ることになった」

ここでEmiwayは、かつての敵に、過去を水に流して称賛を送っているのである。
Raftaarはデリーのラッパーで、ボリウッドなどのコマーシャルな仕事もするビッグな存在だったのだが、その彼がEmiwayに対して「彼みたいなラッパーが大金を稼ぐのは無理だろう」と発言したのがことの発端だった。
インドで最初の、そして最も注目を集めたビーフが幕を開けたのだ。
(その経緯については、この記事に詳しく書いている)
当時EmiwayがRaftaarをディスって作った曲がこちら。




ちなみにこの曲、2番目のヴァースではDIVINEを、3番目のヴァースではモノマネまで披露してMC STANを痛烈にディスっている。
今となっては抗争は終わって、リスペクトの気持ちだけが残ったということなのだろう。
Emiwayは、DIVINEやMC STANに対しても、今回の一連のツイートでリスペクトを表明しており、彼らとのビーフはいずれも手打ちになったようだ。



「映画『ガリーボーイ』がインドのヒップホップシーンをメインストリームに引き上げるために大きな役割を果たした。NaezyとDIVINE、この映画に関わった全てのアーティストにbig upを」

NaezyとDIVINEをモデルにした『ガリーボーイ』については、今読み返すとちょっと恥ずかしくなるくらい熱く紹介してきたので今回は割愛。



この映画によってヒップホップがインドの大衆に一般に広く知られるようになったことを否定する人はいないはずだ。



「MC STANが新世代の音楽をインドのヒップホップシーンにもたらした」

これは遠く日本からシーンをチェックしている私にも明白だった。
それまでマッチョというかワイルド一辺倒だったインドのヒップホップシーンに、細くてエモでメロディアスなラップを導入したMC STANは、シーンの様相を一気に変えたゲームチェンジャーだった。





KR$NAもデリーのラッパー。
2006年にデビュー(といってもMySpaceで最初の楽曲を発表したという意味だが)したかなり古参のラッパーで、かつてはRaftaarと共闘してEmiwayと対立関係にあった。
ここでいう「リリカル・ゲーム」が何を指しているのかちょっと分からないが、ビーフのことか、ライム(韻)以上の面白さを歌詞に取り入れたという意味だろうか。
KR$NAは、最近ではEmiwayの'Machayenge'シリーズを引き継いだ(?)楽曲をリリースしているので、今となっては良好な関係を築いているのかもしれない。


Emiwayの一連の楽曲と比べるとずいぶんとダークでヘヴィだが、この曲が"Macheyenge", "Firse Macheyenge", "Macheyenge 3"と続いたシリーズの正式な続編なのかどうか、ちょっと気になるところではある。

かつての敵たちにリスペクトを表明した後のこの一言がまたナイスだ。


「Emiway Bantaiはインディペンデントなシーンをインドのヒップホップに知らしめ、自分自身の力だけでビッグになれることを万人に示した」

どうでしょう。
「お前じゃ無理とかなんとか言われたけどさ、ま、言ってた奴らもリスペクトに値するアーティストたちだし、根に持っちゃいないよ。でも俺は、大手のレーベルにも所属しないで、自分自身の力だけでここまで成し遂げたんだけどね」ってとこだろうか。
このプライドはヒップホップアーティストとしてぜひ持ち続けていてほしいところ。




かと思えば、今度はインドのヒップホップシーンで古くから活躍していたアーティストたちにまとめてリスペクトを表明している。
Baba Sehgalは1992年に、国内でのヒップホップブームに大きく先駆けて、「インド初のラップ」とされる"Thanda Thanda Pani"をヒットさせたラッパー。


そもそもVanilla Iceの"Ice Ice Baby"をパクッたしょうもない曲なわけだが、それでもここでシーンの元祖の名前を切り捨てずにちゃんと出すところには好感が持てる。
Apache Indianは90年代に一瞬ヒットしたインド系イギリス人のダンスホールレゲエシンガー、Bohemiaはパキスタン系アメリカ人のラッパーで、2000年代初頭から活動しているDesi HipHop(南アジア系ヒップホップ)シーンの大御所だ。
Mumbai's Finest, Outlaws, Dopeadeliczは、いずれも2010年代の前半から活動しているムンバイの老舗クルー。
他にムンバイでは、Swadesi Movement(社会派なリリックと伝統音楽との融合が特徴のグループ)、フィメール・ラッパーのDee MCの名前が挙げられている。
BlaazeやYogi Bはタミルのラッパー、MWAはBrodha VSmokey the Ghostがベンガルールで結成していたユニットで、サウスにも目配りが効いている。

あと、正直に言うとこれまで聞いたことがなかったラッパーの名前も挙げていて、Pardhaan(インド北部ハリヤーナー), KKG(パンジャービーラッパーのSikander Kahlonを輩出したチャンディーガルのグループらしい)、Muhfaad, Raga(どちらもデリーのラッパー)というのは初耳だった。



「Honey Singhこそがインドでコマーシャルラップに脚光を浴びせた張本人だ」


個人的にもう1か所グッと来たのは、Emiwayのようなストリート上がりのラッパーたちが無視・軽蔑しがちなコマーシャルなラッパーたちにもきちんとリスペクトを示しているところ。
Honey Singhはその代表格で、人気曲ともなればYouTubeで数千万〜数億回は再生されているメインストリームの大スターだ。
ただ、あまりにもコマーシャルなパーティーソングばかりのスタイルであるがために反感を買いがちで、5年くらい前、インドのストリート系ラッパーのYouTubeのコメント欄には「Honey Singhなんかよりこの曲のほうがずっとクール」みたいなコメントが溢れていたものだった。
まあでも、彼のような存在がいたからこそ、その後のストリート系ラッパーたちのスタイルが際立ったのも事実で、ド派手なダンスチューンとともにラップという歌唱法をインドに知らしめたその功績はもちろん称賛に値する。






BadshahもHoney Singhと同様のコマーシャル・ラッパーで、Ikkaは彼らと同じグループから出てきたもうちょっとストリート寄りのスタイルのラッパー(ちなみにRaftaarも同じMafia Mundeerというクルーの出身)、Seedhe Mautはこのブログでも何度も取り上げてきた二人組だ(ここまでデリー勢)。
Enkoreはムンバイ、Madhurai Souljourはタミル、Khasi Bloodzは北東部メガラヤ州のラッパー。
ジャンルや地域に関わらずリスペクトするべき相手はちゃんとリスペクトするぜ、ということだろう。
さっきから見ていると、Emiway、デリーのシーンはずいぶんチェックしているようである。



「俺のブラザー、MINTAにもbig upを。彼はインドのヒップホップシーンの一端を担っていたが、俺の成功のために全ての力を注ぎ込んでくれていたから、これまで自分の楽曲をリリースしてこなかった。ようやく彼は自分自身の音楽のフォーカスしているところだ。彼がインドのヒップホップシーンで果たしてきた大きな役割に対してbig upを」

MINTAはEmiwayのレーベルBantai Recordsのラッパーで、このツイートを見る限り、これまでは裏方として彼を支えてきてくれたようだ。
ここで言うブラザーが本当の血縁関係なのか、仲間の意味なのかは分からないが、共演した楽曲をリリースしたばかりなので、いずれにしても彼をフックアップしたいという意図があるのだろう。




パンジャーブ系イギリス人のラッパー/バングラー・シンガーのManj MusikとRaftaarが共演した"Swag Mera Desi"は、自分のルーツを誇ることがテーマの2014年にリリースされた楽曲。





そして先日亡くなったSidhu Moose Walaへの追悼も。
Sidhuが属していたパンジャービー系バングラー・ラップのシーンは、ムンバイのEmiwayとはあまり接点がなさそうだが、それだけ大きな存在だったのだろう。



「そしてシーンにいる全てのアンダーグラウンド・アーティストたちにリスペクトを。君たちはもっと評価されるべきだ。俺もかつては君たちみたいだった。君たちが俺よりもビッグな存在になれることを神に祈っているよ」

Emiway, これをさらりと言えるポジションまで腕ひとつで成り上がってきたところが本当にカッコイイ。
あの垢抜けない"Aur Bantai"を見た後だと、非常に説得力がある。



「俺はみんなに感謝しながらも、自分だけの力でここまでやってきた。だからお前にもできるはずだ。他人に感謝しているからって、萎縮する必要はない。ポジティブさを広めれば、お前にもポジティブなものが返ってくる」

さんざん他のラッパーをディスっていたEmiwayが言うからこその深みのある言葉だ。



そして改めてDesi HipHopのパイオニアであるBohemiaへのリスペクトを表明して、一連のツイートを終えている。
この言動は、彼がシーンの悪童から人格者の大物ラッパーへと脱皮したことを示しているのだろうか。
頼もしさとともに一抹の寂しさも感じてしまうが、きっとEmiwayは、何ヶ月かしたら、何事もなかったかのように他のラッパーをディスりまくる曲をリリースしたりすることだろう。
Emiway Bantaiはそういう男だと思うし、またそれがたまらない魅力だと思う。


最後に、ちょっと意地悪だが、彼が名前を挙げなかったラッパーやシーンについて書いてみたい。
Emiway自身も「誰か忘れていたらゴメン」と書いているし、ビーフの相手にもリスペクトを表明しているくらいだから、単に忘れたか、交流がないというだけだとは思うのだけど、ここから彼の交流関係やシーンの繋がりの有無を見ることができるはずだ。


私が思う「彼が名前を挙げてもよかったラッパー」としては、2000年代前半にバングラー・ラップを世界中に知らしめたパンジャービー系イギリス人Panjabi MCと、シク教徒ながらバングラーらしさ皆無のハードコアなヒップホップスタイルでデリーから彗星のように登場したPrabh Deepだ。
シーンを概観したときに、Panjabi MCはインド系ヒップホップのオリジネイターの一人として、Prabh Deepは新世代のラッパーとして、必ず名前を挙げるべき存在だと思うのだが、Emiwayはやはりパンジャーブ系ラッパーとはあまり接点がないのだろう。

地域でいえば、ベンガル地方のラッパー(Cizzyとか)の名前も挙がっていないし、テルグー語圏(ハイデラーバードあたりとか)やケーララのラッパーにも触れずじまいだったが、これもやはり、地理的・言語的な問題で交流がないからではないかと思う。
「インドのヒップホップ」と一言で言っても、地理的にも言語的にも、距離による隔たりは大きいのだ。
自分自身も、南のほうはあんまり馴染みがないこともあって、ヒンディー語圏中心の話題になりがちなので、ちょっと気をつけないといけないなと思った次第。


いずれにしても、唐突に一皮剥けて大人になった感じのツイートを連投したEmiwayが、このあとどんな楽曲やパフォーマンスを披露してくれるのか、ますます楽しみである。



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2022年07月25日

辺境ヒップホップ研究会で吠える2(ヒップホップの諸要素のインド的解釈と実践)



前回に続いて「辺境ヒップホップ研究会」で話してきた内容をダイジェストで紹介する。


前回の記事では、パンジャーブ系移民によるバングラー・ラップがインドに逆輸入されて誕生したド派手なパーティー系ラップと、その少しあとの時代にインターネット経由でUSのヒップホップの影響を直接受けて発生したストリート・ラップのムーブメントを紹介した。
ご存知のように、ヒップホップという音楽は、パーティー音楽でもあるし、ストリート音楽でもあるし、他にも様々な要素を持ったジャンルだ。
というわけで、今回は「ヒップホップの諸要素のインド的解釈と実践」というアホな学生の卒論のようなタイトルのもと、インドのシーンのいろんな面を見てみましょう。



ギャングスタ音楽としてのヒップホップ

前回も書いた通り、インドのヒップホップシーンは、そこそこの経済力や英語力(≒高い教育レベルと言いかえてもいいだろう)がある層が中心となって形成されてきた。
もともとブロンクスやコンプトンの貧困や被差別のなかから生まれたヒップホップが「舶来の最新のパーティーミュージック」や「意識高いオシャレな音楽」として輸入されるというのは、アジアやアフリカや東欧では結構あることなんじゃないかと思う(日本でも最初の頃はそうだったし、この辺は今後も辺境ヒップホップ研究会で注目してみたい)。

まあとにかく、インドのヒップホップシーンは、口汚いビーフやドラッグを扱った曲はあっても、銃犯罪やマジの暴力事件とは距離をおいた、なんつうか「コンシャス」なものだと思っていたので、大人気のバングラー・ラッパーのSidhu Moose Walaがギャングの抗争に巻き込まれて射殺された事件には大きな衝撃を受けた。
この件については、少し前に詳しく書いたばかりなので、ここではリンクを貼るにとどめておく。



彼について書いた他の記事はこちら。



スタイル的な部分でいえば、ストリート系のラッパーたちが「歌い方はラップだけど、ビートにはインドっぽい音をサンプリングしがち」なのに対して、Sidhuはビートに現代的なヒップホップを引用しても(例えばDIVINEと共演した"Moosedrilla")、あくまでもバングラーの伝統に忠実な歌い方を守っているのが面白い。
首から下はヒップホップ的なファッションでキメていても、いつもシク教徒の誇りであるターバンを巻いているのも、Yo Yo Honey SinghやBadshahといった現代的ヘアスタイルのパーティーラッパーたち(彼らもシク教徒だ)とは対象的だ。
このあたりのこだわりは、バングラー系ラップがもともとディアスポラで生まれた音楽であるがゆえに、より自身ののルーツを強調する必要性があったからこそ生まれたスタイルなんじゃないかとも思う。
カリスマ的な人気を誇ったSidhu亡き後、バングラー系ギャングスタ・ラップのシーンがどう変化してゆくのか、今後も注目してゆきたい。



プロテスト音楽としてのヒップホップ

言うまでもなく、ヒップホップというジャンルは、アメリカの黒人たちの差別や抑圧の歴史に大きな影響を受けている。
差別といえばインドにも悪名高いカースト制度というものがあるが、アメリカにおける黒人の割合が約13%なのに対して、インドで法的に「指定カースト」として位置付けられた下層カースト民は人口の16.6%にも及ぶ。
インドでヒップホップがカースト差別に苦しむ人々をエンパワーする音楽としての意味を持つのは必然と言えるだろう。

南インドのタミルナードゥ州チェンナイ出身のArivuは、ダリット(カーストの枠外として抑圧されてきた人々)出身であることを公言しているラッパーだ。
彼はローカルなストリートミュージックだった「ガーナ」のシンガーとして育ち、大学でカースト差別について学んだのち、ラッパーへと転身した。
ガーナは宗教的権威と結びついた古典音楽とは異なる、チェンナイの大衆的な音楽で、もともと下層の労働者たちが生み出したものだとも言われている。
おそらく彼の中では、タミルのストリートミュージックであるガーナとヒップホップが自然に繋がっているのだろう。


この曲では、カースト差別に対する怒りのみならず、北インドの人々や文化が幅を利かせている状況への反発もテーマとなっている(字幕ONで英語字幕が読める)。
タミル人として行動しているだけで「反インド的」と言われてしまうことに対するプロテストであるこの曲は、結局のところどんな差異があっても俺たちは同じ人間なんだ、という'unity'の呼びかけへと発展してゆく。
彼はCasteless Collectiveというガーナとファンクとヒップホップを融合したバンドの一員でもあり、バンドでもその名の通りカースト差別反対をテーマにした曲を発表しているので、チェックしてみたい方はこちらの記事からどうぞ。




インド東部オディシャ州のダリット・ラッパー、Dule Rockerは、小さな村で建設作業員をしながら独力で楽曲を発表している超インディペンデントかつアンダーグラウンドかつハードコアなラッパーだ。
研究会では彼がDalit Pantherという肩書き(?)を名乗って発表した"Dalit Lives Matter"という曲を紹介したのだが、今調べてみたら、どういうわけかYouTubeから削除されてしまっているようだ。
アメリカの黒人たちのムーブメントがそのままカースト差別反対のメッセージに転用されているのが興味深いという話をしたかったのだが、仕方ないので今回は代わりにBBCが制作した彼の活動を追った映像を貼り付けておく。





インドでは、こんなふうにヒップホップがダリットのエンパワーメントに使われている例だけではなく、ラップのリリックがカースト差別的だと批判されることもある。
DIVINEがカリフォルニア出身のインド系フィメールラッパーRaja Kumariと共演したこの曲では、彼女の'Untouchable with the Brahmin flow from the motherland'というリリックが、カースト差別を肯定的に扱っているのではないかとの非難を受けた。


「母なる大地から生まれたブラーミン(カースト最上位のバラモンのこと)のフロウには触れられない」というラインは、おそらく彼女が自身のルーツを誇ったものなのだろうが、この文脈では、カーストの最下層の人々が穢れた存在とみなされ、上位カーストから「不可触民(アンタッチャブル)」と呼ばれていたことを想起させる。
アメリカで生まれ育った彼女は自分のルーツをレペゼンする意味で使ったのかもしれないが、インド本国ではまた別の意味を持って響いてしまったのだ。

カーストに関する話題は、当然ながらインドでは気軽に楽しめるテーマではないので、カースト差別に対するエンパワーメントを扱ったラップは、決してシーンの主流ではない。
インドでも、'dalit lives matter'のフレーズがヒップホップシーンや社会の中で大きな意味を持つようになる日は来るのだろうか。


ところで、インドでは、カースト差別とは別に、少数民族に対する差別も深刻な社会問題である。
「指定カースト」と同じように「指定部族」として法的に位置づけられた人々は人口の8.6%にものぼる。
とくにインド北東部には、インドの大多数を占めるヒンドゥーやイスラームとは全く違う文化を持ち、東アジア・東南アジア的な顔立ちを持つ人々が多く暮らしている。
北東部の人々は、マジョリティが暮らす地域に進学などで移り住むと、激しい差別やいじめを受けることも多く、これまでに数多くの北東部出身の学生たちが命を落としている。

インド北東部の最北端、アルナーチャル・プラデーシュ州出身のK4 Kekhoは、そんな北東部の人々の主張をラップで訴えている。


「俺は中国人でも移民でもない。あんたたちと同じインド人なんだ」という主張は、インド北東部のヒップホップの頻出テーマだ。

次に紹介するBig Dealも同様のテーマを扱っているのだが、彼は北東部出身ではなく、インド人の父親と日本人の母親の間に生まれた日印ハーフのラッパーである。
おそらく顔立ちのせいで北東部出身者に間違えられることが多いからだと思うが、彼は北東部の人々を代弁する曲を何曲もリリースしている。


先ほど紹介したK4 Kekhoの曲が"I am an Indian"で、この曲は"Are You Indian".
北東部の人々がインド社会でどんな扱いを受けているかが分かろうというものだ。
"Are You Indian"は、前半でインドのマジョリティ(大局的に見ればマイノリティであるムスリムもいる)による「お前らを差別するつもりはないが…」という言葉で始まる偏見が語られ、後半がそれに対する北東部出身者からの反論(アンサー)という構成になっている。
ミュージックビデオではいろんな俳優が喋っているように見えるが、実際は全てBig Dealによるラップのリップシンクになっている。
Big Deal本人も語っているのだが、この曲のアイディアは、アメリカの黒人ラッパーJoyner Lucasの"I'm not Racist"という曲とミュージックビデオををそのままインド北東部に置き換えたものだ。
カースト差別へのプロテストと同様に、少数民族の主張を訴える際にも、アメリカの黒人たちが使った手法がそのまま使われているのだ。
ヒップホップというカルチャーが持つ普遍性が感じられるエピソードだと思うのだけど、どうだろう。





女性のエンパワーメント

インドというと、保守的な価値観が支配的で、女性の自由が少ないというイメージを持つ人もいるだろう。
結婚相手を親に決められ、結婚後は仕事を続けることよりも家庭に入ることが期待され、そもそも結婚するときに花嫁側が持参金を払うという風習から、女性が生まれること自体が歓迎されないという風潮が、すべてのコミュニティにではないにせよ、まだまだインドには存在している。

この曲は、カリフォルニア生まれのインド系(テルグ系)フィメール・ラッパーRaja Kumariのもと、南部のベンガルールのSIRI、北東部メガラヤ州のMeba Ofiria、西部のムンバイのDee MCというインド各地の女性ラッパーたちが共演したもの。


英語ラップが多い曲なので、字幕をONにすると大意がつかめる。
タイトルの"Rani"は「女王」という意味で、つまり女性たちに対して「あなたは決定権を持ち、リスペクトされるべき存在であることを忘れないで」ということを訴えているのだ。曲のテーマ自体は文句なしに素晴らしいのだが、日本人として聞き捨てならないのは、この曲の冒頭のSIRIのリリックにある'I Nagasaki on them haters'というフレーズだ。
あるラジオ番組に出演したときに、この曲をかけようと思っていたのだけど、このリリックに気づいて、紹介するのをやめたことがある。
そのことをTwitterでつぶやいたところ、SIRIと同郷のベンガルールのラッパーが、引用リツイートの形で「特定のカルチャーをエンパワーするために他のカルチャーを傷つけるのはよくない。俺たちはインクルーシブにならないといけない」というアンサーをしてくれた。
インドのヒップホップシーンのコンシャスさを強く感じた出来事として、印象に残っている。



インドのルーツとの融合

ヒップホップには、自分の暮らす街や所属するコミュニティを「レペゼンする」(represent)カルチャーあるが、インドのヒップホップでは、音楽的な方法で自らのルーツをレペゼンしようという試みも行われている。
どういうことかというと、インドの古典音楽のリズムとラップを融合した「フュージョン・ラップ」に取り組んでいるアーティストたちがいるのだ。
インドの古典音楽では、口で擬音語的にリズムを表す方法があり、北インドでは「ボール」(bol)、南インドでは「コナッコル」と呼ばれていたりする(他にも地域や流派によって別の呼び方があるかもしれない)。
文章で表すよりも、このRaja Kumariのインタビューを聴けば一目瞭然だろう(こちらも字幕ON推奨。ひとまず今回見てもらいたいのは、動画開始から70秒ほど、2:30頃までだ)。


慣れ親しんだ古典のリズムに言葉を乗せたらラップになった!という発見をした人はインド国内にもいて、南インドの古典音楽パーカッショニストViveick Rajagopalanもまた、ラッパーたちと共演して、古典のリズムとラップの融合に挑戦している。



他にも、イギリスではタブラ奏者でジャズドラマーのSarathy Korwarが「インド古典とラップとジャズの融合」というさらに高度なフュージョンに取り組んでいて、これまた素晴らしかったりする。
インド人たちの、新しいカルチャーと自らのルーツを融合することに対するためらいの無さには、いつも大きな刺激を受けている次第である。








地元のレペゼン

当日、インド各地のローカル文化がヒップホップにおいてどう表現されているか、みたいな話をしようと思っていたのだけど、時間がなくて割愛したんだった。
なので今回の記事では改めて書こうと思ったのだけど、この記事ももう十分に長くなったので、このテーマが気になる人はこのへんの記事を読んでみてください。面白いです。





ラップ以外の諸要素について

さて、ここまでインドのラップシーンについて書いてきたけれど、古くからヒップホップとは「ラップ、B-Boying(ブレイクダンス)、DJ、グラフィティ」の4要素を含むカルチャーの総称と言われている。
他の要素についてもちょっと触れておくと、B-Boyingについては、さすがダンス好きの国民性だけあって結構盛んなようで、ダラヴィには無料のダンススクールを運営している若者もいる。
ブレイクダンスの技術を通して、スラムの子供たちに誇りを持ってもらおう、という取り組みで、この記事で紹介しているドキュメンタリーがなかなか面白いので興味があったらぜひ見てもらいたい。


ターンテーブルを使うクラシックなスタイルのDJに関しては、インドではインターネットの普及以前は長らくカセットテープが音楽媒体の主流を占めており、レコード盤はほとんど流通していなかったためか、まったく普及していないようだ。
街中で行われるサイファーでは、インドでもビートボックスでリズムを取ることが普通に行われている。
ダラヴィにはビートボックスのフリースクールがあるという話も聞いたことがある。

ちなみにレコーディング時のビートメイキングに関していうと、市中のラッパーはもっぱらビートをオンラインでダウンロードして賄うという、これまた今日の世界共通の方法を取っていることが多いようである。

グラフィティについては、例えば「India hiphop graffiti」とかで画像検索すると、インドの言語の文字やインドっぽいモチーフ(例えばヒンドゥーの神様)がヒップホップ的スタイルで描かれている作品をたくさん見つけることができる。
インドにはもともと政治的スローガンなどを壁に書く習慣があったので、ヒップホップ的なグラフィティも違和感なく受け入れられているようだ。


ヒップホップ・インディア


長かったこの記事もようやくお終い。
「辺境ヒップホップ研究会」での発表は、研究会の発起人である島村一平さんの著書『ヒップホップ・モンゴリア』をパクって、いやサンプリングして「ヒップホップ・インディア」というタイトルさせてもらいました。
最後に紹介したのは、ベンガルールのラッパーSmokey the Ghostの"Hip Hop is Indian".
インドのヒップホップ界を代表するアーティストたちや名曲のタイトルが散りばめられた曲です。
(ちなみにSIRIのナガサキのリリックに対しての抗議に共感を表明してくれたのは彼です)

ヒップホップがインディアンってどういうこと?と思うかもしれないけど、インドのヒップホップを聴いていてつくづく思うのは、ヒップホップというのはもはやアメリカの文化ではなく、完全にグローバルな文化になったんだなあ、ということ。
インドの、いや世界中のヒップホップアーティストたちは、別にアメリカ人の真似がしたいわけじゃない(きっかけはそうだったとしても)。

差別や抑圧や格差はどんな社会にもあるし、世界中のあらゆる人たちがダンスしたりパーティーしたりもするのも当然のことだ。
韻律をともなう詩の文化も世界中にあるから、ライムすることだって別に珍しいことじゃない。
ヒップホップを生み出したブロンクスのオリジネイターたち、そしてそれを発展させてきたアメリカのアーティストたちに対するリスペクトを欠くつもりは全くないけど、1970年代にニューヨークのブロンクスで生まれたヒップホップという文化が、こうして世界中に根づき、そして発祥の地から遠く離れた土地でも誰かを楽しませ、エンパワーし続けているという事実は、純粋に素晴らしいことだなあと思う。
ヒップホップはローカルであると同時に普遍的で、インドを含めた世界中のどの国のヒップホップからも、我々はメッセージとパワーをもらうことができる。
ほとんどのリスナーは自国とアメリカのシーンしかチェックしていないと思うけど、宝物はあらゆるところに存在している。
そのことを改めて感じることができた「辺境ヒップホップ研究会」でした。

次回も楽しみだなあ。



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goshimasayama18 at 22:59|PermalinkComments(0)

2022年07月20日

辺境ヒップホップ研究会で吠える(黎明期 パーティーラップとストリートラップ)

さる7月17日(日)大阪の国立民族学博物館で行われた「辺境ヒップホップ 研究会」に参加してきました。
この研究会は、『ヒップホップ・モンゴリア』の著者で同博物館准教授の島村一平さんの呼びかけによって行われたもの。
『ヒップホップ・モンゴリア』は大きな衝撃を受けた本だったので、その著者の方に招かれて、以前から「ここ天国じゃん」と思っていた場所(みんぱく)で行われる研究会に参加できるっていうのは、自分にとってこの上ない僥倖。
当日は滲み出るドヤ顔をマスクで隠しつつ、本物の研究者の先生方の中に野良犬ブロガーを混ぜていただいた意気(粋)に応えるべく、俺がインドのヒップホップについて面白いと思う部分をほぼ全部乗せで吠えてまいりました。(というのは嘘で、普通に喋ってきました)
そのときに話した内容を、mottainaiのでダイジェストにしてみなさんにお届けします。

当日時間の都合で紹介できなかった部分も入れます&過去に書いた関連記事のリンクなんかもつけてみました。

研究会では、島村先生のモンゴルのヒップホップの発表と、同志社大学グローバル地域文化学部助教の中野幸男先生の発表もあって、これが超絶面白かったのだけど、この研究会の成果は後日なんらかの形でみなさんにお届けできる予定もあるみたいなので、みなさん期待して待っていてください。
(モンゴルについては『ヒップホップ・モンゴリア』をまず読むべし)

というわけで、以下、私が喋った内容です。



インドのヒップホップについて語るなら、この曲から始めるのが最適だろう、と個人的には思っている。

1975年に英コヴェントリーで生まれたインド系イギリス人Panjabi MCが2003年にリリースしたこの曲は、Jay-Zによってリミックスされ、UKのR&Bチャートで1位、USではビルボードのダンス系チャートで3位になるという世界的ヒットとなった。
インドのヒップホップが、在外インド人たちから始まったということは、覚えておくべきポイントだろう。
この時期、Panjabi MCのルーツであるインド北西部パンジャーブ地方の伝統音楽バングラーとヒップホップを融合した音楽は世界を席巻し、Missy ElliotteやBlack Eyed Peas, Chemical Brothersらが自身の作品にそのテイストを流用している。
後者2つはバングラーというよりは映画音楽だが、とにかくインド風味がポピュラー音楽に使われる時代だっただ。
(今回は、1992年にヴァニラ・アイスの"Ice Ice Baby"をパクったBaba Sehgalの"Thanda Thanda Pani"や、1994年にA.R.Rahmanが映画音楽として発表した"Pettai Rap"に関しては、オーパーツというか、あくまでも単発的な例外として、触れないことにする)
バングラー・ラップは、世界的にはこの時期にだけ注目を集めた一発屋的ジャンルでしかなかったが、インド国内に逆輸入されると、「外来の新しいパーティー・ミュージック」としてEDMやラテンポップと融合して独自の進化を遂げた。
ボリウッド映画のサウンドトラックにもたびたび取り上げられ、今日に至るまで人気ジャンルとなっている。

そのインド産パンジャービー系パーティーラップを代表するアーティストが、Yo Yo Honey SinghとBadshahだ。

2013年にボリウッド映画"Boss"の挿入歌として作成されたこの曲は、YouTubeで1億3,000万再生。

Honey Singhが率いるMafia Mundeerというユニットの一員だったBadshah(喧嘩別れ)が2015年にリリースした"DJ Waley Babu"の再生回数は4億1,000万回を超えている。
 

金、女、酒、車、パーティー!って感じの世界観だった彼らは、最近ではストリート系ラップの台頭に影響されたのか、より落ち着いた芸風にシフトしてきている。








インドのポピュラー音楽シーンは長らく映画音楽の独占状態だったが、2010年代に入るとインターネットが普及しはじめ、これまでインドに存在しなかったタイプの音楽を聴けるようになった。
そこでヒップホップに出会ったインドの若者たちは、自分たちなりのストリート・ラップを始めるようになる。(不思議なことに、同時代のラッパーよりも90年代のUSのラッパーの影響が強い)
ムンバイでは、DIVINEがヒンディー語で「路地」を意味するGullyという語を冠した「ガリー・ラップ」のムーブメントが勃興する。






ガリーラップを代表するアーティストの一人、Naezyは、ムンバイの下町エリアのKurla East地区の出身(かつては、ラッパーとして「盛る」ためか、スラム出身と紹介されることも多かった)。
いずれにしても庶民的な家庭に生まれた彼は、スタジオに入ったりビート制作を依頼したりする余裕はなかったようで、父親に買ってもらったiPadでビートをダウンロードし、iPadにマイクをつないで録音し、iPadを使って近所でミュージックビデオを撮影して、iPadからYouTubeにアップした。

この「身近にあるものを使って音楽を作ってしまおう」という姿勢は、レコードプレイヤー2台を使ってビートメイキングを始めたブロンクスのヒップホップ・オリジネイターにも通じるものだろう。
このミュージックビデオは、映画監督Zoya Akhtarの目に留まり、2019年にはNaezyとDIVINEをモデルにしたボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』が制作された。
これが大ヒットを記録して、映画賞も総ナメ。
インドの大衆に、パーティーラップではないストリート発のヒップホップが広く知られることとなった。



映画『ガリーボーイ』では、よりヒップホップ的な成り上がりストーリーを強調するためだろうか、主人公の地元は『スラムドッグ$ミリオネア』と同じスラム街のダラヴィに変えられていた。
実際、ダラヴィはブレイクダンスやビートボックスのフリースクールまで存在するムンバイのヒップホップの一大中心地で、MC AltafやDopeadeliczなど、多くのラッパーを輩出している。
インドのスラム街のヒップホップというと、最下層の人々がラップをやっているように思われるかもしれないが、実態はすこし異なるようだ。
上記の"Yeh Mera Bombay"や"Aafat!"がリリースもしくは制作された2013年当時、インドのインターネット普及率は15%(大都市ムンバイではもっと高かっただろうが)。
DIVINEやNaezyを始めとする初期のストリートラッパーたちは、英語でUSのヒップホップを聴いて理解できていたわけだが、インドでは英語を流暢に操ることができる人々は、人口の10%程度という説もある(これもやはりムンバイではもっと高いはずではあるが)。

つまり、彼らがそれなりに恵まれた環境にいたことは間違いなく、それにある程度の教養を持ち合わせている層だったのだ。
(ガリーボーイの主人公も、スラムの住人とはいえ、スマホを持ち、英語で授業が行われるカレッジに通っていた)
インドでは、都市部であっても住む家すらなく路上で暮らす人々もいるし、地方で電気も水道もインターネットもなく暮らしている人々が大勢いる。
ガリーのラッパーたちが直面する格差や苦悩を軽視するつもりはないが、この時期のインドのヒップホップは、そこまで「持たざる者たちの音楽」ではなかったと言って良いだろう。
インド都市部の貧困の象徴として扱われることが多いダラヴィだが、ムンバイの中では最大ではあるものの、「わりと程度が多く、支援されることが多い」スラムだという話も聞いたことがある。
(繰り返すが、だからといって彼らが感じているであろう疎外感や衛生環境の悪さなどを軽んじる意図はない)





こうしたインターネット経由で経由でUSのラッパーたちから影響を受けたシーンは、ムンバイだけではなく各都市で同時多発的に発生し、様々な言語のシーンが花開くこととなった。

ああっ、まだ最初のほうなのに、もうこんなに長くなってしまった。
ひとまず今回はこのへんにして、全3回くらいで書くことにします。



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goshimasayama18 at 22:07|PermalinkComments(0)

2022年07月05日

Sidhu Moose Walaはインドの2Pacだったのか? 知られざるパンジャービー・ギャングスタの世界(その2)



前回の記事では、人気バングラー・ラッパーSidhu Moose Wala射殺事件とその犯人像を通して、パンジャーブの社会で暗躍するギャングたちの実態を紹介した。


その後の報道によると、主犯格とされるLawrence Bishnoiとつながりのある元カバディ選手のギャングスタJaggu Bhagwanpuriaの関与が疑われ始めるなど、捜査の手はさらに広がっているようだ。

Sidhu-Moose-Wala2
Sidhu Moose Wala

今回の記事では、パンジャービー・カルチャーとギャングスタ・ラップの関係、そしてパンジャービー・ギャングのルーツにより深く迫ってみたい。



パンジャービーとギャングスタ・ラップ


Sidhu Moose Walaのみならず、パンジャーブにはある種のヒップホップと親和性が高いラッパーやシンガーが多い。
「ある種のヒップホップ」というのは、今となっては前時代的な感もある「金、力、オンナ、クルマ、暴力、パーティー、名声」といった、マチズモ的な価値観を持ったヒップホップのことだ。

これはステレオタイプ的な話でもあるので話半分で聴いてほしいのだが、インドの中でのパンジャーブ人のイメージというのは、「騒がしくてときに毒舌、パーティー好きで踊り好き、酒飲み(ときにドラッグも)、見せびらかすのが好きで、タフでマッチョ」といったものだそうだ。
端的に言うと、パンジャーブ人はもとからヒップホップな感じの人たちだったのである。
(他にも、大食いとか、バターチキン好きとか、乳製品好きとか、南インド嫌いとか、パンジャーブ人にはいろいろな先入観があるようだが、こうした偏見をパンジャーブの人たちがあまり快く思っていないことには留意したい)

また、パンジャーブ人の多くが信仰するシク教では、男性は信仰を守るための戦士だとされている。
これはシク教の教義が成立した時代に、パンジャーブ地方がイスラーム王朝の侵略に晒されていたために生まれたアイデンティティなのだが、この意識ゆえに、今でもシク教徒たちには軍人になるものが多い。
こうした男らしさや強さへの志向が不良性を帯びると、銃への偏愛やギャングスタ的な価値観へと変容するのだろう。

彼らは英国統治時代からその武勇を買われて警察官や軍人として重用され、当時のイギリス領だった海外へと渡っていった。
シク教徒はインド全体の人口の2%以下のマイノリティだが(パンジャーブ州に限れば6割程度)、彼らが早くから海外に進出していたために「インド人といえばターバン 」というイメージが出来上がったのだろう。
独立後も、数多くのシク教徒たちが、よりよい職を求めて、地縁や血縁を頼って外国へと渡っている。
海外に移住してもなお彼らの絆は強く、外国からの送金は、母国に暮らす親族の経済的な支えになっている。

だが、海外に渡れば、パンジャービー/シク教徒はさらなるマイノリティである。
そこでの生活は、夢を追うだけではなく、偏見や差別と戦いながら過酷な労働に耐えるものでもあった。
もともと持っていたマッチョな価値観と移住先の生活の中でのストラグルが、ヒップホップ的なアティテュードと結びついてゆくのは、ごく自然なことだったのかもしれない。

ここでは、ギャングスタ的な要素を多分に含んだパンジャービーたちのミュージックビデオを紹介してみたい。
まずは、この記事の主役であるSidhu Moose Walaから見てみよう。


Sidhu Moose Wala "GOAT"


Sidhuは大学卒業後にカナダのブランプトンという街に渡り、そこでバングラー・ラッパーとしての才能を開花させた。
カナダはとくにパンジャーブ系移民の多い国のひとつだが、このミュージックビデオは、まさにパンジャーブ系国際ギャング団の雰囲気を醸し出している。

そもそも、彼が人気を集めるきっかけとなったこの"So High"からしてこのギャングスタっぷり。


ヒップホップのビートを使い、ヒップホップのファッションに身を包みながらも、シク教徒の誇りであるターバンを巻き、バングラーのスタイルで歌うSidhuは、北アメリカ的ストリートカルチャーとパンジャービーのルーツの最高にクールに融合だった。
この"So High"は、YouTubeでなんと5億再生越えというすさまじい人気を誇っている。
世界中のパンジャービー語の話者数は、約1億2000万人。
パンジャービーたちの中には、ギャング的な価値観を好まない人も多いだろうから、言語的に近いヒンディー語話者数(6億人くらい)を考慮に入れても、彼が圧倒的な支持を受けていたことが分かる。


さっき、パンジャービー・ラップの価値観は「金、力、オンナ、クルマ、暴力、パーティー、名声」と書いたが、同じパンジャービー系でもYo Yo Honey Singhのようなパーティー・ラッパーと比べると、ギャングスタ系のラッパーたちのミュージックビデオは「女」の割合が低く、「暴力」の割合が高い(直接的な暴力描写はなくても、怖そうな人たちがいっぱい出てくる)。
要するに、硬派なスタイルなのだ。
そんなSidhuが"Me and My Girlfriend"というかわいらしいタイトルの曲をリリースしていたので、どんな曲かチェックしてみたら、ガールフレンドはなんと銃でした。


ちなみにギャングスター系のSidhuらが伝統的なバングラーの歌い方を大事にしているのに対して、パーティー系ラッパーはもっとラテンやEDMっぽいスタイルを取ることが多い。
ここでは趣旨から逸れるので詳しくは書かないが、興味がある人はこのあたりの記事を読んでほしい。
(最近はパンジャーブ系パーティー・ラッパーの本格ヒップホップ化という興味深い現象も起きているのだが、それはまた別の機会に)




次に紹介するのは、Sidhu Moose Walaと人気を二分するDiljit Dosanjh.
曲名はSidhuとおなじく"G.O.A.T.".


Sidhuがストリート・ギャング的な雰囲気だったのに対して、こちらはタキシードに身を包んだマフィアの首領の風格。
ただしDiljitはもともとはギャングスタのイメージで売っているラッパーではないので、この曲以外ではオネーチャンがいっぱい出てくるチャラいミュージックビデオも多い。
この曲も2億回再生という人気っぷりだ。



Karan Aujla ft. YG "Gangsta"


バングラー・ラッパーのKaran Aujlaがギャングスタ・ラップの本場であるL.A.のコンプトン出身のラッパーYG(ちなみに彼のステージネームもYoung Gangstaの略)と共演した、その名もズバリ"Gangsta"では、YGが「ギャングスタ、ギャングスタ」と連呼しまくる。
ローライダーだけでは満足できず、戦闘機の前でラップしているのには笑っちゃうが、この力への志向がインフレーションを起こしているところなんかは非常にヒップホップ的でもある。
億超えの再生回数も珍しくないSidhuやDiljitの前では霞むが、この曲も堂々たる2000万再生。
パンジャービー語のバングラーに海外のラッパーによる英語のラップをフィーチャーするというのはここ数年のトレンドの一つで、ラップが入ったレゲエの曲みたいなつもりで聴くと良いのかもしれない。


カリフォルニア出身のパンジャービーBasi The Rapperは、バングラーではなくヒップホップ的なフロウでラップするスタイル。
"So Hood"


おっかないギャングスタ・ラップのミュージックビデオは多いが、こんなに堂々と銃を持ってたむろしているやつらは他では見たことがない。
本当に銃が好きなんだな、としみじみ思うが、Sidhu射殺事件の後にこういう映像を見ると、これが決して単なる演出ではないのだと背筋が寒くなる。
パンジャーブ人ミュージシャンとギャングとのつながりが、ミュージックビデオのフィクション的な表現だけではなく、リアルなものであることは、前回の記事で書いた通りだ。
Sidhu Moose Walaは、超人気歌手であると同時にギャング団の一員であり、過去に対立組織のメンバーの殺害事件に関わっていたとすら言われている。
そしてその報復として殺されたSidhu襲撃を指示した男の一人は、カナダ在住のパンジャーブ人ギャングスタだったという。




国際的パンジャービー・ギャング団の歴史

パンジャービーたちのバングラー・ラップとギャングスタ的価値観の親和性については、ここまでで十分にお分かりいただけたことと思う。
それでは、Sidhu Moose Wala殺害事件でも暗躍していたとされる、パンジャービー国際ギャング団は、いったいいつ、どのように形成されたのだろうか。

70万人ものパンジャーブ系住民(その多くがシク教徒だ)が暮らすカナダでは、パンジャーブ系ギャングはイタリア系マフィア、中国系マフィアについで3番目の規模の犯罪組織だという。
パンジャービー・ギャングを構成しているのは、おもに移民の2世や3世たちだ。
移民たちが社会に馴染めず犯罪に走るというのは世界中のどこにでもある話だが、パンジャーブ系のギャングスタたちは、もともとは現在のような凶悪極まりないマフィア組織ではなく、路上犯罪などを行う「不良集団」程度の存在だったようだ。
彼らがより危険な「ギャング団」となったきっかけは、1984年に当時のインディラ・ガーンディー首相が軍隊を指揮してシク教徒の聖地「黄金寺院」を攻撃した「ブルースター作戦」だったという。
この作戦は、黄金寺院に立てこもった武装した過激派シク教徒を掃討するための行動だったのだが、シク教徒たちの中には、聖地への攻撃を彼らの信仰全体への冒涜だと受け取ったものも多かった。
インディラ・ガーンディーは、同年10月に、この事件の報復としてシク教徒の護衛に暗殺されている。
首相の暗殺というショッキングな事件を受けて、インド国内ではマジョリティであるヒンドゥー教徒の一部が暴動を起こし、シク教徒を迫害した。

こうした一連の動きは、カナダ在住のパンジャービーたちにも衝撃を与え、彼らのなかにシク教徒の独立国家建国を支持する運動が生まれた。
この運動の資金を得るために、彼らは非合法な組織犯罪に手を染めるようになり、これが、パンジャービー・ギャング興隆につながったのだという。
Sidhuもまたシク教徒による国家建国の支持を表明していたが、彼がこうした主義に傾倒したのもパンジャービー・ギャングの思想からの影響だったのかもしれない。

パンジャービー・ギャングたちはドラッグの売買などで富を得るようになり、やがて人種間の対立やコミュニティ内の抗争を銃によって清算する暴力的な組織へと変容していった。
1990年代には、「史上最も有名なパンジャービー・ギャング」Bindy Johalが、以前のボスであったJimmy Dosanjhが仕向けてきた殺し屋を買収して、Jimmyを返り討ちに殺害するという事件が発生。
この事件ののち、テレビ番組でBindyがJimmyのことを「自分で手を下すことができない臆病者」だと罵る姿が放映されると、Jimmyの弟Ron Dosanjhは「もしBindyが今ここにいるなら眉間を撃って殺す」と応酬。
パンジャービー・ギャングたちの抗争はにわかに注目を集めるようになった。
のちにBindy JohalもRon Dosanjhも銃によって命を落とすことになるのだが、Bindyは生前、自らの死を予見するかのように、「生き急ぎ、若く美しく死ぬ(Live fast, die young, have a good looking corpse)」と自らの哲学を語っていたという。
彼らの暴力的で刹那的な生き方と、非合法な手段で稼いで羽振りよく暮らす姿は、移住先の社会に不満を持つ若者たちの憧れの対象になっていった。

パンジャービー・ギャングたちは、ただの荒くれ者ではなかった。
彼らはインドの故郷の村のスポーツ大会のスポンサーになったり、村の寺院に寄付するなど、慈善行為も熱心に行っていたのだ。
海外で「活躍」して故郷に貢献する彼らの男気に、パンジャーブで暮らす若者たちまでも憧れを抱くのは想像に難くない。
Sidhuのようなギャングスタ・バングラー・ラッパーの存在も、ギャングへの憧憬を喚起する要因のひとつになっているのだろう。
こうして、パンジャービー・ギャング団は、遠く太平洋を越えてカナダとインドに蔓延ることとなった。



Sidhu Moose Walaはインドの2Pacだったのか?

バンクーバーのミュージシャン/ラジオDJのNick Chowliaによると、Sidhu  Moose Walaは「我々の2Pac」だったという。
「我々の」というのは、広く「インドの」という意味ではなく、「パンジャービーにとっての」という意味だろう。

実際にSidhuは11歳のときに初めて2Pacを聴いて以来、ヒップホップやギャングスタ的な生き方に憧れを抱き続けていたのだという。
彼は大学卒業後にカナダに進学し、そこで自らの故郷をレペゼンする'Sidhu Moose Wala'(ムーサの男、Sidhu)という名前で音楽活動を開始した。

2Pacは警官への発砲や敵対するラッパーへの口汚いディスで悪名高いラッパーだが、Sidhuがブランプトンで撮影したこの"Badfella"のミュージックビデオは、2Pacのセンセーショナルさをそのまま引き継いだかのような過激さだ。



暴力的な言動や銃による悲劇的な最期ばかりが注目されがちな2Pacが、じつは人種差別の撤廃や母への感謝をラップする愛情深い人物だった(とも言われている)ように、Sidhuもまた、単なる悪徳の男ではなかった。
彼はカナダでは警察を挑発するミュージックビデオを作りながら、故郷パンジャーブでは慈善活動を熱心に行い、COVID-19の流行時には州警察の啓蒙キャンペーンに協力さえしていた。
彼もまた、パンジャービー・ギャングの流儀に忠実な男だったのだ。

パンジャーブ在住の作家で元ジャーナリストのDaljit Amiは、Sidhuのこうした二面性について「全て一つの人格から来ているものだ」と語っている。
「彼の音楽は、自身の力を誇示するためのものだった。自分の力を主張するために、敵を撃ち殺すこともあれば、チャリティーをすることもある。どちらの場合も、Sidhuは自身の有り余る力を誇示したかった。彼は自身の正義を貫き通す男でいたかったんだ」。


2Pacに憧れたSidhuは、パンジャーブ音楽とトラップ・ビートを融合し、パンジャーブの誇りを過激に表現して2Pacさながらのカリスマ的な人気を得た。
その生き様だけでなく、対立するギャングによって射殺されるという死に様まで2Pacと同じ運命を辿ってしまうとは、皮肉としか言いようがない。

そして死後も、Sidhu Moose Walaは世界中のパンジャービーたちのヒーローとして、彼が憧れた2Pacのように伝説化してゆくのだろう。
海外に暮らすパンジャービーたちにとっては、自らのルーツに対する誇りを喚起し、社会の不条理に対して強烈な異議を申し立てた人物として。
そして母国で暮らすパンジャービーたちにとっては、海外のクールなカウンターカルチャーと彼らのルーツをつなぎ、故郷に名実ともに貢献した人物として。

ボリウッドと裏社会のつながりがたびたび指摘されていることからも分かるように、インドでは、ギャング的な組織の話題は決して珍しくはない。
しかし、遠く海を隔てたカナダとも繋がり、さらにはヒップホップカルチャーともリンクした犯罪集団というのは、いかにもパンジャービーらしいギャングのあり方だと言える。
犯罪組織である彼らをむやみに称賛するつもりはないが、彼らを批判する前に、彼らを生み出した社会の闇にこそ向き合うべきだろう。
彼らの社会的な功罪はともかく、インドの音楽シーンにとっては、Sidhuの死はあまりにも大きな損失だった。
Sidhuという大きすぎる存在を失った今後、パンジャービーたちのギャングスタ・ラップは、今後どう変化してゆくのだろうか。

あらためて、パンジャーブが生んだ偉大な才能の死を悼む。
R.I.P. Sidhu Moose Wala.




参考サイト:
https://theprint.in/opinion/security-code/khalistan-on-the-pacific-how-the-gangs-of-punjab-were-born-in-canada/980176/

https://theprint.in/india/crime-cult-status-young-death-moose-wala-killing-brings-focus-on-punjabs-brutal-gang-feuds/977220/

https://www.ndtv.com/india-news/sidhu-moose-wala-murder-cctv-of-man-who-took-selfie-with-singer-probed-3041951

https://www.indiatoday.in/india/story/goldy-brar-sidhu-moose-wala-killed-punjab-singer-politician-1956263-2022-05-31

https://en.wikipedia.org/wiki/Indo-Canadian_organized_crime

https://www.ndtv.com/india-news/how-a-small-clue-helped-cops-crack-sidhu-moose-wala-murder-case-3075400

https://www.tribuneindia.com/news/punjab/punjab-gang-wars-means-a-bullet-for-a-bullet-399790

https://theprint.in/india/who-is-lawrence-bishnoi-farmers-son-who-threatened-salman-now-in-news-for-moose-wala-killing/982580/

https://www.hindustantimes.com/india-news/shooter-suspected-to-be-linked-to-moose-wala-killing-held-in-pune-report-101655081211967.html

https://www.indiatoday.in/india/story/sidhu-moose-wala-murder-lawrence-bishnoi-tihar-jail-goldy-brar-1963093-2022-06-16

https://www.hindustantimes.com/india-news/sidhu-moose-wala-murder-2-main-shooters-arrested-says-delhi-police-101655722467567.html

https://www.bbc.com/news/world-asia-india-61862038

https://www.cbc.ca/news/entertainment/sidhu-moose-wala-music-industry-1.6476578

https://timesofindia.indiatimes.com/city/delhi/sidhu-moose-wala-murder-punjab-police-arrests-gangster-jagdeep-bhagwanpuria-from-delhi/articleshow/92545276.cms

https://en.wikipedia.org/wiki/Bindy_Johal

https://www.theglobeandmail.com/canada/article-punjabi-canadian-rap-star-sidhu-moose-wala-was-our-tupac/

https://rollingstonejapan.com/articles/detail/27167


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goshimasayama18 at 20:25|PermalinkComments(0)

2022年06月29日

Sidhu Moose Walaはインドの2Pacだったのか? 知られざるパンジャービー・ギャングスタの世界(その1)



言うまでもないことだが、ひとつの文化やコミュニティについて書くとき、どこに焦点を当てるかによって、読者が受ける印象は全く異なったものになる。
なぜこんなあたりまえのことを最初にことわっているのかというと、これから、先日のSidhu Moose Wala射殺事件以降、インド国内でにわかに注目を集めているパンジャーブ系国際ギャング組織について書こうとしているからだ。
日本ではあまりなじみのないパンジャーブの文化やシク教を扱うにあたって、特異な先入観や暴力的な印象を与えてしまうのは本意ではない。
私の知る限り、インドで出会ったシク教徒はいい人ばかりだったし、ただでさえターバンという分かりやすい特徴があるがゆえに、海外で好奇の目で見られがちな彼らに悪い印象を与える意図は、あたり前だがまったくない。
だが、どんな文化にも善い人もいれば悪い人がいて、慈善家もいれば犯罪者もいるというのもまた真実だ。
「○○人はみんな素朴でやさしい」みたいな見方をするのも、それはそれで理想化したエキゾチシズムの押し付けではないかと思う。
治安が良いとされる日本にも暴力団がいるように、これから書く内容も、パンジャービーたちの社会における、ある一部を照らした真実なのである。
もちろん、それはあくまで一部であって、全部ではないことは言うまでもない。


ギャングスタ・ラップ・イン・インディア?

sidhumoosewala_facebook


5月29日に、人気シンガー/ラッパーのSidhu Moose Walaが彼の故郷に程近いパンジャーブ州マンサ郡で射殺されたという衝撃的なニュースは、インドの音楽シーンを震撼させた。
遠く離れた日本でインドのヒップホップをdigしている自分にとっても、あまりにもショックな出来事だった。




世界中のあらゆる国のヒップホップシーンがそうであるように、インドのヒップホップシーンにも、ある種の「不良性」があるのは確かだ。
他のラッパーを口汚く罵るビーフも盛んだし、いまやインドを代表するラップスターとなったDIVINEは、かつてドラッグの売人だったことを公言している。
デリーのシク教徒ラッパーPrabh Deepは、自らが育った環境にはびこる暴力や犯罪をテーマにしたミュージックビデオを作っているし、ムンバイの多言語ラップグループDopeadeliczのテーマは大麻の解禁だ。
それでもインドのヒップホップシーンは、90年代にアメリカで勃発したヒップホップ東西抗争※のような、リアルなギャングの犯罪とは無縁だと感じていた。
(※各自ググっていただくとして、2PacとNotrious B.I.G.という二人の偉大な才能を射殺という形で失う最悪の結末を迎えた)

例えば、ラージャスターンのラップデュオJ19 Squadは、仲間と銃を打ちまくる過激なミュージックビデオを作っているが、「これってあなたたちのリアルな生活なの?」と尋ねたところ、慎重に言葉を選びながら「俺たちはもっと普通に暮らしているよ。これがフィクションなのか実際に起きうることなのかっていうのは言えないな。俺たちはとても慎ましくて親切だけど、もし誰かが楯突こうっていうんなら、痛い目に合うことになる」と、ギャング的な生活が必ずしもリアルではないことをほのめかしていた。

インドにおけるヒップホップの地域抗争といえば、2019年にケーララ州のラップグループStreet Academics(ケーララの言語であるマラヤーラム語でラップする)がベンガルールでライブをしたときに、地元言語のカンナダ語の曲を求める観客たちによって無理やりステージから降ろされてしまうという事件があった。
しかしこのときも、ライブハウスのスタッフがステージの電気を落としてしまうという、まあまあ陰湿ではあるが、暴力的ではまったくない顛末だったようだ。
そんなわけで、インドのヒップホップシーンは過度の暴力性や銃犯罪とは無縁なものと思っていたのだ。

何度も書いていることだが、インドのラップには2つのルーツがある。
ひとつめは、古くから海外に渡っていたおもにシク教徒のパンジャーブ系移民が、欧米のダンスミュージックと自身の伝統音楽である「バングラー」を融合させて生まれたバングラー・ラップ。
これはインド社会ではラップとして扱われることが多いが、どちらかというとバングラーのコブシの効いた演歌みたいな歌い回しが目立つスタイルの音楽である。
ふたつめは、2010年代以降にインターネット経由で本場アメリカのラップの影響を受けた若者たちによって形成された、より「ヒップホップ的」なラップだ。

Sidhu Moose Walaは前者のバングラー・ラップに属するラッパーだが、彼はバングラーのフロウに本格的なヒップホップのビートを導入した革新的なスタイルで人気を博していた。

後者の「新しい」ヒップホップに関して言えば、そこに属するラッパーたちは、ネット環境が持てる程度には裕福で、英語のラップが理解できるだけの語学力がある層が中心ということになる。
先に名前を挙げたDIVINE, Prabh Deep, Dopeadelicz, J19 Squad, Street Academicsはこちらのシーンに位置づけられる。
端的に言えば、カーストや生まれた場所によるハンディキャップや苦悩はあるにせよ、彼らは決して社会の最底辺の存在というわけではない。
彼らの痛みを軽視するつもりはないが、家すらなく路上で生活する人々や、ヒップホップという存在を知ることすらできない、電気も水道もない地方で暮らす人々と比べれば、「比較的」ましな状況であることは否定できないだろう。
つまり、インドの「ヒップホップ」シーンは、「ストリート・ナレッジ」とは異なる、本来の意味での教養やコンシャスさをもとから備えていたアーティストにより形成されていたと言える。
…はずだった。


ところが、今回のSidhu Moose Wala射殺事件は、30発もの銃弾を打ち込むという手口といい、カナダを拠点とする国際的ギャング団が関わっているという報道といい、本場アメリカのギャングスタ・ラッパー(それも抗争がいちばんヤバかった90年代の)顔負けの凶悪っぷりだ。
現地では、Sidhuは彼が常日頃語っていた「銃によって生き、銃によって死ね(live by the gun and die by the gun)」というアティテュードに殉じたという見方もされているという。

Sidhuが銃に執着していたということは知っていたが、それはあくまでもスタイルというか、表現の仕方としてギャングを模倣していただけだと思っていた。
(ちなみにこの記事の最初のほうに上げた彼の写真は、ことさら銃のイメージを持たせるものを探してきたわけではなく、本人のFacebookのプロフィール写真を拝借してきたものだ)
 

バングラー・ラップのシーンには、2015年頃から勃興した、コンシャスでそれなりに平和的なストリートラップとは別の、何か暴力的な背景が存在しているのだろうか?
いったい、Sidhu Moose Walaのまわりでは何が起きていたのだろうか?



事件の背景

これまでに分かっているSidhu Moose Wala殺害事件の背景を辿ってみたい。
5月29日、SidhuはSUVを運転しているところを複数の男たちに襲撃され、30発もの銃弾を受けて死亡した。
(彼が受けた銃弾の数は報道によってばらつきがあるが、30発近い銃撃がされたことは間違いないようだ)
おりしもパンジャーブでは、1984年に黄金寺院(シク教の聖地)に立て篭もった過激派シク教徒を政府軍が武力攻撃した「ブルースター作戦」の記念日を控えた警備体制が敷かれており、著名人である彼もまた警護の対象となっていた。
だが、その日に限って警備は手薄だった。
報道によると、犯人グループは、銃撃の少し前にファンを装って車に近づき、Sidhuとセルフィーを撮影していたという。
護衛がなく、車両が防弾仕様でもないことを確認した一味の男は、犯行が行える状況であることを仲間の銃撃犯に連絡。
そして凶行が行われた。

捜査は難航するかに思われたが、犯人が乗り捨てた車の中にあったガソリンスタンドのレシートから、防犯カメラの映像を辿り、犯行グループが特定された。
媒体によって情報が異なるが、これまでに2名ないし3名の犯人が逮捕されているようだ。

この犯行に当初から関わっていると噂されていたのが、現在デリーのティハール刑務所に服役中のLawrence Bishnoiとカナダ在住Goldy Brar.
いずれもパンジャーブ系ギャングとされる男だ。

LawrenceBishnoigoldy_brar
Lawrence Bishnoi(黒いフード付きダウンジャケット)とGoldy Brar(赤いバンダナ)

Goldy BrarはSidhuが亡くなってまもなく、Facebookに犯行声明とも取れるコメントを投稿していた。
曰く、昨年パンジャーブで殺害された仲間のVicky Middhukheraと弟のGurlal Brarの復讐として、Sidhuを殺したとのこと。

その犯行を直接指示していたのがLawrence Bishnoiだったようだ。
Bishnoiは当初関与を否定していたものの、今では主犯であることを認めているという報道もある。
刑務所内からどうやって犯行を指示したのかという疑問は残るが、大物ギャングともなれば、いくらでも手段はあるのだろう。

一部報道によると、今回の事件の背景には、Bishnoiのグループと対立するギャング団との抗争があったようだ。
SidhuはLucky Patialという男が率いるBishnoiの対立組織と関係があり、なんと彼のマネージャーにVicky Middhukhera, Gurlal Brarの殺害を指示していた(!)というのだ。
それだけでなく、Sidhuは歌詞でも対立組織を挑発していたというから、まさにアメリカのギャングスタ・ラッパーを地で行くような話だ。(パンジャービー語のリリックは分からないので真偽の程は不明)

Lawrence BishnoiとGoldy Brarの交際は学生時代に始まった。
今では700人を超えるギャング団のボスとされるBishnoiは、農家の息子として生まれ、カレッジ(インドではUniversityの前の過程にあたる短大的なものを指すことが多い)時代は優秀な陸上選手だった。
続いて進学したパンジャーブ大学(Punjab University)では、学生会長まで務めていたというから、目立った学生だったのだろう。
だが、日本では優等生か左翼思想のイメージがあるこのポジションは、ここでは犯罪の道への入り口だったようだ。
彼はパンジャーブ大学の学生会選挙で、友人Brarの対立候補を殺害(!)した罪で逮捕され、2ヶ月後に保釈されている。
保釈後も彼は落選したBrarの復讐のために、当選者の弟に発砲したり、学生会選挙で暴行騒ぎを起こしたりしているようで、パンジャーブの大学生活、いくらなんでも荒れすぎじゃないだろうか…。
やがて大学を離れたBishnoiは、その後もパンジャーブ州内で政治絡みの暴力犯罪を何件か犯している。
彼は政治的にはシク教徒の政党である「アカーリー党」と関係が深いようだが、一方のSidhuは全国政党の「国民会議派」から州議会選挙に出馬したことがある。
彼らの対立には政治が関係しているのかもしれないし、またどの政党も多かれ少なかれ黒に近いグレーの部分があるのかもしれない。

その後Bishnoiは外国製武器所持の疑いで逮捕されるのだが、有罪となって収監された後も、彼の権力はますます強まっていった。
彼は刑務所内から恐喝や有名人への身代金要求などに関わったと言われていて、その中にはあのボリウッドの大スター、Salman Khanも含まれているという。
もはやここまでくるとヒップホップ的なストリートギャングというよりも、ほとんどゴッドファーザーみたいなマフィアの世界である。

長くなってしまったので、今回はここまで。
次回はパンジャービー・ギャングスタラップの世界と国際的パンジャービー・ギャング団の歴史に迫りたい。




参考サイト:
https://theprint.in/opinion/security-code/khalistan-on-the-pacific-how-the-gangs-of-punjab-were-born-in-canada/980176/

https://theprint.in/india/crime-cult-status-young-death-moose-wala-killing-brings-focus-on-punjabs-brutal-gang-feuds/977220/

https://www.ndtv.com/india-news/sidhu-moose-wala-murder-cctv-of-man-who-took-selfie-with-singer-probed-3041951

https://www.indiatoday.in/india/story/goldy-brar-sidhu-moose-wala-killed-punjab-singer-politician-1956263-2022-05-31

https://en.wikipedia.org/wiki/Indo-Canadian_organized_crime

https://www.ndtv.com/india-news/how-a-small-clue-helped-cops-crack-sidhu-moose-wala-murder-case-3075400

https://www.tribuneindia.com/news/punjab/punjab-gang-wars-means-a-bullet-for-a-bullet-399790

https://theprint.in/india/who-is-lawrence-bishnoi-farmers-son-who-threatened-salman-now-in-news-for-moose-wala-killing/982580/

https://www.hindustantimes.com/india-news/shooter-suspected-to-be-linked-to-moose-wala-killing-held-in-pune-report-101655081211967.html

https://www.indiatoday.in/india/story/sidhu-moose-wala-murder-lawrence-bishnoi-tihar-jail-goldy-brar-1963093-2022-06-16

https://www.hindustantimes.com/india-news/sidhu-moose-wala-murder-2-main-shooters-arrested-says-delhi-police-101655722467567.html

https://www.bbc.com/news/world-asia-india-61862038

https://www.cbc.ca/news/entertainment/sidhu-moose-wala-music-industry-1.6476578





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goshimasayama18 at 22:06|PermalinkComments(0)

2022年06月19日

デリーを代表するラッパーとビートメーカー Seedhe MautとSez on the Beatが再タッグでアルバムをリリース!




昨年インドのヒップホップ史に残る傑作アルバム『न』(Na)をリリースしたデリーのラップデュオSeedhe Mautが、先月早くもニューアルバムをリリースした。
しかも今回では、2年前にAzadi Records(デリーを、いやインドを代表するヒップホップレーベル)と袂を分かった名ビートメーカー、Sez on the Beatと全曲で再びコラボレーションしているというから驚いた。




Sezとは前作でも1曲で共演していたので、完全に縁が切れたわけではないとは思っていたが、Azadi Recordsからの脱退は待遇をめぐっての後味の悪いものだったみたいだし、Azadi側もTienasがSezへの痛烈なdisを表明するなど、かなり関係がこじれていたようだった(詳細は上記のリンク参照)から、今作がAzadiからのリリースと聞いて、本当にびっくりした。
Sezは脱退後、MVMNTというレーベルを作って順調に楽曲をリリースしていたし、Sezも自身のプロデュースで唯一無二の世界観を表現したアルバムを出したばかりだったから、彼らの再タッグはまったく予想していなかったのだ。

ニューアルバム"Nayaab"のアートワークは、ストリート色の強かった前作とはうって変わって、寓話的で神秘的なものになっていて、ここからも、この作品がSeedhe Mautにとってまた新しい扉を開いたものであることが分かる。

seedhemaut_nayaab

手前の人物がさしている傘には、首都デリーの地図の形をした穴が開いていて、そこから光がさしている。
これはこのアルバムの社会性を表すとともに、「暗闇の中での気づき」を象徴していると書いているメディアもある。
ヒンディー語のリリックが分からないのが残念だが、今作でも政治的・社会的なテーマを含んだ内容がラップされているようだ。

サウンド面では、パーカッシブなビートとラップの応酬だった前作とはまったく異なり、よりメロディが強調され、ときにアンビエント的なビートやドラマチックな構成が目立つ作風へと大きく舵を切っている。
Seedhe MautとSezは2018年のアルバム"Bayaan"でも共演しているのだが、その時からの成長やスタイルの変化に注目して聴いてみるのも面白いだろう。

新作を聴く前に、前作をもう1回おさらいしてみよう。
これが昨年リリースされた『न』(Na)の1曲め、"Namastute".


トラップビートとラップ、めくるめくリズムの応酬。
『न』(Na)は一枚通してそのスリリングさが楽しめるアルバムだった。
それが、今作"Nayaab"の冒頭を飾るタイトルトラックではこうなる。


たたみかけるようなラップは鳴りをひそめて、穏やかな語りから滑らかにリズムが始まり、ドラマティックなストリングスで締められるこの曲は、SezのリリシズムとSeedhe Mautの二人の表現力が、新たな傑作を生み出したことを感じさせるものだ。

新作の世界観をもっとも端的に表している曲は、この"Maina"だろう。


この曲で歌声を披露しているのは、Seedhe Mautの一人Abhijay Negi a.k.a. Encore.
いつもの苛立ちを含んだラップとは全く異なる、こんな美しい歌も歌えるのかと軽い衝撃を覚えた。
ミュージックビデオの滑稽で悲しく、そして優しいストーリーも素晴らしい。

こちらの"Teen Dost"では、もう一人のラッパーであるSiddhant Sharma a.k.a. Calmがメロディアスなフロウを披露している。


鬼気迫るテクニカルなラップの印象が強かったSeedhe Mautの2人が、Sezの世界観に合わせてここまで叙情的なアルバムを作るとは、いい意味で完全に予想を裏切られた。

もちろん今作でも、例えばこの"Toh Kya"のように、トラップ的なビートに乗せてSeedhe Mautが切れ味鋭いラップを披露している曲もあるのだが、そこにもやはりSezの美学が感じられるサウンドとなっている。



この"Batti"は、Sez, Seedhe Mautに加えてデリーの鬼才ラッパー Prabh Deepと共演した"Class-Sikh Maut Vol.II"以来のタブラを導入したビートが強烈だ。



リリックが分からないという前提をことわったうえでの話となるが、今作でもっとも社会性が高く、そして個人的でもある楽曲が、この"GODKODE"だろう。


この曲に関しては、少々解説が必要だ。
昨年5月、デリーを拠点に活動するMC Kodeというラッパーが、自殺をほのめかす言葉をinstagramに残して消息を絶った。
失踪する少し前、彼が2016年に行われたラップバトルでヒンドゥー教を口汚く罵っていた映像が発掘され、インターネット上で拡散されていたのだ。
動画の中で、彼はここに書くことすら憚られるような言葉で、性的な表現を交えて、ヒンドゥーの聖典マハーバーラタやバガヴァット・ギーターを侮辱していた。
この動画は当然ながら多くのヒンドゥー教徒の怒りを買い、彼は個人情報を晒され、殺害予告を受けるなど悪質な脅迫を受けることになった。

彼はただちにインターネット上で謝罪と後悔を表明したが、彼への中傷は止まなかった。
そして「自分以外の誰を責めるつもりもない。俺の存在から解放されることが、この国全体が罰として望んでいることなんだろう」という言葉を残して姿を消したのだ。
捜索の結果、彼は数週間後に別の州にいたところを無事発見されたのだが、彼が完全に精神を病んでいたのは明白だった。

インドの文化にリスペクトを持つ外国人の我々の目から見れば、彼の宗教へのディスは完全に一線を超えているし、人々が生きるよりどころにしている信仰を侮辱したのであれば、度を超えた非難を受けて当然だとも思える。
ヒップホップコミュニティではタブーに踏み込んだディスが日常茶飯事とはいえ、そのカルチャーを知らない大多数のヒンドゥー教徒たちにとっては、彼の言動はとうてい容認できるものではないはずだ。
欧米文化にかぶれた不道徳な若者が、自分たちが大事にしている伝統を口汚く罵ったのだから、相応の怒りを買うのはあたりまえだ。

だが同時に、インド社会に生きるラッパーであり、MC Kodeの友人でもあったSeedhe Mautにとっては、また別の見方や感じ方があるということも理解できる。
近年インドでは、ヒンドゥー教社会の右傾化が強まっており、マイノリティであるイスラームへ圧力や保守的な価値観が強化されつつある。
現政権与党であるインド人民党(BJP)も、ヒンドゥー・ナショナリズム的な思想を強く指摘されている政党だ。
ナショナリズムと宗教が結びついた時、仮にそれがインドの人口の8割を占めるヒンドゥー教徒の大部分にとっては歓迎できる(あるいは、少なくとも実害のない)ものであったとしても、インドが本来持っていた宗教や文化の多様性という観点から見たときにはどうだろうか。
本質的に自由を標榜するカウンターカルチャーであるヒップホップを信奉する彼らにとってみれば、これは決して無視できない状況のはずだ。
そこに来て、今回のMC Kodeへのバッシングである。
ラップにおけるビーフでは、どんなに口汚く罵ってもそれはあくまで言葉の上でのことなのに、本来は心の平安を与えるはずの宗教が、5年も前の動画を引っ張り出してきて、謝罪と反省を表明しているにもかかわらず、精神が崩壊するまで追い詰めているのだ。
その現実に、Seedhe MautとSezが少なからぬ疑問と怒りを感じるのも理解できる。
リリックの詳細が分からないのがもどかしいが、Seedhe MautとSezは、この曲で明確にMC Kodeの側に立つことを表明しているそうだ。
リリックビデオに出てくる「51」という数字は、MC Kodeを支え続けた熱心なファンの数であり、彼らもともにいるという意味なのだろう。
楽曲の後半では、彼らが所有していたというMC Kodeが語っている音声が使われている。

インドの伝統と欧米から来た新しい文化は、その化学反応から素晴らしいフュージョン作品を生み出すこともあるが、今回の例のように、その摩擦から悲痛な断末魔を生み出すこともある。
だが、その断末魔のなかからも、こうしたインドのリアルを映し出す作品を作り出してしまうということに、彼らのヒップホップアーティストとしての覚悟の大きさが感じられる、

ちなみに本名を見る限り、MC Kode自身もヒンドゥーの家庭に生まれているようだ(もちろん彼は信仰心が篤いタイプではないのだろうが)。
もし彼がムスリムだったら、彼への非難はこの程度では到底おさまらなかっただろう。


と、今回は彼らの楽曲の背景も詳しく紹介させてもらったが、お聴きいただいて分かる通り、このアルバムは、言葉の意味をもって補完しなければ鑑賞に値しない音楽ではまったくない。
ヒップホップにおけるリリックを軽視するつもりはないが、優れたラップのアルバムが全てそうであるように、言葉とビートの音とリズム(そして今作ではメロディー)だけでも、十分に楽しむことができる作品だ。

長くなったが、インドのヒップホップシーンにまたひとつ名盤が誕生した。
こうした優れた作品が、日本でも、多くの人に聴かれることを願ってやまない。


参考サイト:
https://theindianmusicdiaries.com/10-things-you-did-not-know-about-seedhe-mauts-nayaab

https://ahummingheart.com/reviews/nayaab-by-seedhe-maut/

https://livewire.thewire.in/out-and-about/music/the-disappearance-of-rapper-mc-kode-the-story-so-far/

https://www.freepressjournal.in/viral/rapper-mc-kode-under-fire-for-abusing-hinduism-in-old-rap-battle-video-issues-apology

https://www.reddit.com/r/IndianHipHopHeads/comments/uytt9w/godkode_51/





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goshimasayama18 at 17:45|PermalinkComments(0)

2022年06月12日

Karan Kanchan大活躍! インド版Red Bull 64 Barsをチェック

Red Bullが世界各地で展開している64 Barsのインド版が面白い。
この企画は「1人のラッパーが、シンプルなビートに乗せて64小節のラップを1発録りで披露する」というもの。
詳しくは書かないが、日本でもZeebra, ANARCHY, Tiji Jojo (BAD HOP)など世代を超えた人気ラッパーがそのスキルを披露しているのでチェックしてみてほしい。
全部見たわけじゃないけど鎮座Dopenessやばかった。

インド版もそうそうたる顔ぶれで、デリー、ムンバイ、ベンガルールなどインド各地から、MC Altaf, Shah Rule(この2人は映画『ガリーボーイ』にもカメオ出演していた), Tienas, Hanumankind, Sikander Kahlonらが参加している。
さらに特筆すべきは、インドではまだまだ少ないフィメール・ラッパーも数多く起用されていること。
日本のRedbull 64 barsがほとんど男性ラッパーなのに対して、インド版がジェンダーバランスにも配慮しているのだとしたら、コンシャスな傾向が強いインドのシーンらしい取り組みだと言える。
(フィメール・ラッパーを女性であるという理由で別枠扱いすることに賛否があることは知りつつも、インドのシーンの現状に鑑みて、あえてこういう書き方とした。ご理解いただきたい)

だが、この企画でラッパー以上に大活躍しているのが、このブログでも何度も紹介してきたビートメーカーのKaran Kanchanだ。
「シンプルなビートと1本のマイク」「10人のラッパーと次々コラボする」というコンセプトゆえ、時間と予算をかけまくった作品を作っているわけではないのだが、それだけに、彼がラッパーの個性や要求に合わせて多様なスタイルのビートを即座に作り上げる能力が際立っている。




最初にリリースされたのは、旧知のMC Altafと共作したこの曲。
"AWW!"

Altafからの最初のリクエストは、2 Chainzが42 Duggと共演した曲("Million Dollars Worth of Game"のことだろう)をレファレンスとして、「インドっぽいサウンドをサンプリングしたハードコアなトラップビート」ということだったらしい。
ブースでリズムをとっている長髪の男性がKaran Kanchanだ。

MC Altafはムンバイ最大のスラム街、ダラヴィ出身の22歳の若手ラッパー。
最近ではトラップ的なビートの曲もリリースしているが、年齢に似合わずルーツはオールドスクールなスタイルで、TBSラジオの『アフター6ジャンクション』で彼の代表曲"Code Mumbai 17"を紹介したときの宇多丸さんのリアクションは「古い!」


これ、2019年の曲なんだけど、かっこいいけど確かにどう聴いても90年代後半サウンド。
今作"AWW!"が、Altafの90'sっぽいスタイルに合ったトラップビートとして見事に仕上がっていることがお分かりいただけるだろう。
インドっぽい要素とKaran Kanchanらしいヘヴィなベースも良いスパイスになっている。


TienasもMC Altaf同様にムンバイのシーンで活躍してきたラッパーのひとり。
彼はガリーラップ(2019年公開の映画『ガリーボーイ』公開以降注目を集めたムンバイのストリートラップ)や商業的なシーンからは距離を置き、ローファイやエクスペリメンタルなビートに英語ラップを乗せるというスタイルを貫いている。
Karan Kanchanと同じムンバイを拠点にしているが、この2人がタッグを組むのは意外にも今回が初めて。

"Demigods"


Tienasのリクエストは「なんでもいいから送ってくれ」だったそうで、Kanchanはかつて二人でPost Maloneのスタイルの多様性についてやりとりしたときのことを思い出してこのビートを作ったそう。
レファレンス にしたのはWill Smithの"Wild Wild West"だそうで、ロックンロールっぽいファンキーな原曲をTienasにぴったりのローファイっぽいビートに仕上げた。
Tienasについては以前この記事で特集している。


この記事以降で聴くべき曲といえば、超強烈な"A Song To Die"をおすすめする。



ベンガルールを拠点に活躍するHanumankindは、かつてはマンガやゲームなどのジャパニーズ・カルチャーの影響を前面に出したアンダーグラウンドな楽曲をリリースしていた個性派。
(この頃の楽曲では、"Super Mario""Kamehameha"あたりが衝撃的だ)
最近はよりシリアスなスタイルの楽曲を数多くリリースしており、英語ラッパーではTienasと並ぶ注目株となっている。
HanumankindとKaran Kanchanのコラボレーションも今回が初めてで、両者の良さが余すことなく感じられる佳作に仕上がっている。

"Third Eye Freeverse"


Hanumankindが「ゴスペルっぽい雰囲気がある」と表現するビートは、Karan Kanchanはカニエ・ウエストを意識して作ったもの。
64小節という長いヴァースを聴かせるために入れたというビートチェンジも効いている。


今回初めて知ったラッパーの一人が、インド北部ハリヤーナー州のフィメール・ラッパーAgsy.
"Mother O.G."


Redbullの記事によると、彼女はこれまでレゲエっぽいスタイルで活動してきたそうだが、今回のコラボレーションでは初めてドリル/トラップに挑戦したとのこと。
英語まじりのヒンディーがときに語りっぽくも変化するフロウでラップされているのは、レイプ、音楽業界の政治的問題、レゲエ、愛、そしてヒンディーラッパーとしての彼女の自信だそう。
インド初のフィメールドリルラップを自認している楽曲とのことだ。


ベンガルールのRANJに提供したビートもなかなか小粋だ。
効果的に使われているサックスのループは、KanchanのアドバイスによってRANJ自身が演奏しているものだそうで、ジャジーなスタイルにより深みを与えている。


RanjのパフォーマンスもR&Bっぽい歌唱がアクセントになっていてかっこいい。
"T.G.I.F."のタイトルの通り、金曜日の夜に聴くのにぴったりなサウンドだと思っていたら、タイトルは"The Great Indian Family"の略だそうで(映画"The Great Indian Kitchen"同様にもちろん皮肉だ)、リリックの内容はインドの家庭の保守性や貧困のなかで、自由なく育つ子どもや若者をテーマにしたものだった。


あんまり長くなってもいけないので、今回は全部で10人のラッパーが参加しているこの企画のうち5人のみを紹介させてもらった。
他のアーティストの楽曲も、それぞれ興味深い仕上がりなので、ぜひチェックしてみてほしい。





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2022年05月30日

R.I.P. Sidhu Moose Wala パンジャービー・ギャングスタ逝く


sidhu-moosewala

2022年5月29日深夜、パンジャーブ州マンサ郡ムーサ出身のバングラー・シンガー、Sidhu Moose Walaが地元で射殺されたという衝撃的なニュースが飛び込んできた。
以前もこのブログで紹介したことがあるが、彼は現代的なヒップホップのビートに乗せてコブシの効いたバングラーを歌いまくる新世代パンジャービー・シンガーの第一人者。
享年28歳。
あまりにも若すぎる死だ。




彼の楽曲はYouTubeで軒並み数千万から数億回もの再生回数を誇っている。
彼は2人の仲間と自家用車に乗っていたところを、30発もの銃弾で撃たれ、病院に運ばれたが亡くなってしまったようだ。
同行の2人も負傷したというニュースが入ってきている。
犯人はまだつかまっていない。

彼の最後のリリースは、亡くなる4日前にリリースされた"Levels"と、2週間前にリリースされた"The Last Ride".



霊柩車も登場するミュージックビデオが、結果的に彼の死を暗示するかのようになってしまった。

彼が亡くなった当時、現地では1984年に黄金寺院(彼も信仰するシク教の聖地)に立て篭もった過激派シク教徒を政府軍が武力攻撃した「ブルースター作戦」の記念日(6月3〜6日)を控え、厳重な警備が敷かれていた。
後述のように、Sidhu Moose Walaはシク教徒としてかなりラディカルな姿勢を打ち出しているためか(あるいは、単にセレブリティーだからか)、警護の対象となっていたようだが、銃撃はその隙をついて行われた。

パンジャーブ州の小さな村ムーサで生まれたSidhu Moose WalaことShubhdeep Singh Sidhuは、その斬新なスタイルと過激なアティテュードで、2017年のデビュー以来、瞬く間にトップスターとなった。
「バングラー・ラップ」のスタイルはPanjabi MCら海外在住のパンジャービー系アーティストたちによって発明され、インドに逆輸入されたジャンルだが、Sidhuは逆輸出というべきか、海外で暮らす移民たちにも支持され、北米ツアーを行うなど、国境を超えた人気(ただし、ほぼインド系住民に限るが)を誇っていた。
(この海外での人気に関しては、彼が一時期カナダを活動拠点としていたことも関係しているかもしれない)

思想の面で言えば、彼は敬虔な、というよりも、急進的なシク教の信者だった。
かつて黄金寺院に立て篭もった過激派たちと同様に、シク教徒による独立国家「カリスタン」の樹立を理想とする思想を抱いていることを明言していた。
軍人である彼の父とは真っ向から対立する考え方だった。

過激なのは思想だけではなかった。
彼は銃器を愛し、銃をテーマにした楽曲をいくつもリリースし、警察から無許可で銃のトレーニングを受けたことで逮捕されるなど、ギャングスタ的な生き方を実践していた。

グーグルマップを見れば分かるが、彼の生まれ故郷ムーサはほんとうに小さな村だ。
彼は成功後も地元を離れず、その郊外に邸宅を構えていた。
彼が殺された理由が、その過激な思想ゆえの政治的なものなのか、貧しい田舎であまりにも羽振りが良かったためだったのか。
図らずも、その死に様で彼のギャングスタ的な生き方がリアルなものだったことが証明されてしまった。
彼のマチズモ的な生き方は議論を呼ぶものだったが、それでも率直に言って抗えない魅力を持っていたことは紛れもない事実だった。

自らの表現に殉じるような死を迎えたとはいえ、彼の魅力を思想や言動の「過激さ」だけだと考えるのは誤りだろう。
彼は思想やアティテュードありきのアーティストではなかった。
その類稀なセンスとスキルが支持されていなければ、何曲もの楽曲が数億回も再生されることはない。
Sidhuは非常に多作なアーティストで、わずか4年ほどの活動期間の間に100曲を超える曲をリリースしている。
彼のリリースしてきた楽曲を(ほんの少しだが)振り返りつつ、冥福を祈りたい。

最近共演が多かったカナダ出身のパンジャービー系ラッパーSunny Maltonと共演した"F**k Em All".
 

オーセンティックなラップの後にSidhuが続くと、バングラー独特のアクの強い節回しがまた違った雰囲気に聴こえる。
まるでヒップホップの曲にレゲエシンガーがフィーチャーされているかのような印象になるのが面白い。


"Me And My Girlfriend"


かわいらしいタイトルだが、ミュージックビデオは物騒だ。
「銃が俺の彼女」なのか「銃みたいに強烈な俺の彼女」なのかは分からないが、今にして思えばのどかに見えるパンジャーブの田舎でのリアルなギャングスタ・ライフだったのだろう。


彼の出世作"So High"は、カナダ時代の楽曲で、5億回にも迫る再生回数を誇っている。



インドのヒップホップシーンからも彼の死を悼む声が続々と上がっており、共演経験のあったRaja Kumariをはじめ、デリーのSeedhe MautやベンガルールのBrodha Vが追悼のメッセージをツイートしている。





"Legend"

 

インドのミュージシャンが「射殺」というショッキングな最期を遂げることは前例がなく、しばらくは音楽シーンに動揺が続きそうだ。
YouTubeの彼のミュージックビデオには、ファンからの'Legend never dies'と彼の功績を讃える声がたくさん寄せられている。
2パックやビギーのように、彼もまた歴史に残るアーティストとしてインドの音楽シーンで永遠に語り継がれてゆくことだろう。
あらためて、Sidhu Moose Walaの冥福を祈りたい。








追記(5月31日):



Yahoo! JapanでもRolling Stone IndiaやCNNの記事を引用する形でSidhu Moose Walaの死が報じられた。
彼が初めて大手メディアで日本に紹介されたのが訃報だったというのが本当に残念だ。

どちらの見出しも「政治家に転身した人気ラッパー」とあるが、これは2021年に国民会議派(Congress Party. インド独立以来長く中央政権を維持してきたが、最近ではインド人民党〔BJP〕政権のもと野党に甘んじている)から州議会選挙に出馬したが、地元だったにもかかわらず2割ほどの得票しか得られず、落選(それでも得票率2位だったらしいが)したことを意味している。

Rolling Stone Japanの記事では、政界入り時のコメントが「地位や名声のために政界入りするわけじゃありません」「僕は制度を変える一員になりたい。人々の声を届けるために議会に参加するのです」と、「僕」という一人称で、です・ます調で書かれていたのが、こう言ってはなんだがちょっと面白かった。
印象違うんだよなあ。
国民会議派がシク教徒の独立国家を支持する彼を本気で政治家として買っていたとは思えず、彼の出馬は、おそらくだが日本で言うところの「タレント候補」のようなものだったのではないだろうか。

ちなみに選挙後、Sidhuは許容された期間外に戸別訪問を行ったとして告訴されている。
当選した州の与党「庶民党(Aam Aadmi Party)」の候補者は、おそらくは彼のギャングスタ的な姿勢を指してのことだと思うが、彼の楽曲は「反パンジャーブ的である」と非難していたという。

「政治家に転身」といっても決してラッパーのキャリアを捨てたわけではなく、Sidhuはその後も積極的に楽曲をリリースしているし、この落選を"Scapegoat"という楽曲としてリリースもしている。

記事に、警察署長が「シドゥのマネージャーとカナダ人ギャング団との抗争が原因」と発表したとあるが、これはインド系カナダ人(おそらくはカナダに多く暮らしている同郷のパンジャーブ系)のことを指しているのだろう。
いくらなんでも白人やアフリカ系のギャングがパンジャーブ州のこんな田舎にいたら目立ちすぎる。
ありえない。
Sidhuの家族は、ろくに調査もしないでギャングの抗争と結びつけたことを批判しており、警察署長もこの発言は誤って引用されたものだと否定している。

彼が警護されていたセレブだったということで、この犯行は影響力のある人物を優遇する「VIPカルチャー」への反発だったのではないかという見方もされているようだ。
警護下にあった人気スターの射殺事件に対して、彼が所属していた国民会議派も中央政権を握るBJPも、州の政権与党である庶民党の失態だと非難しており、彼の死がさっそく政治的な抗争に利用されているというのがなんともインドらしい。

続報では、この殺人事件に関連して6人が勾留されているようだ。
(このあたりの情報のソースは主にBBC:https://www.bbc.com/news/world-asia-india-61629130https://www.bbc.com/news/world-asia-india-61642596


インスタグラムでは#sidhumoosewalaというハッシュタグの投稿は現時点で640万件を超えており、米人気ラッパーのドレイクも追悼の意を表明している。
Sidhu Moose Walaは豪奢な伝統的ターバン姿で荼毘に付された。




追記2(6月7日)
Sidhu Moose Wala射殺事件の捜査は錯綜しているようだ。
パンジャーブ警察は、襲撃犯をパンジャーブ、ハリヤーナ、ラージャスターン、マハーラーシュトラに在住する8人と特定し、行方を追っているようだ。
犯行前、付近の防犯カメラには、犯人のうち一人がファンを装ってSidhuが運転するSUVに近づき、セルフィーを撮った後で共犯者に電話したと見られている。
(6月1日頃に1名の容疑者を逮捕したとの情報もあったが、関連は不明)

前回の追記で書いたカナダのギャング云々というのは、カナダ在住のパンジャーブ系ギャングGoldy Brarが、Sidhuの殺害は彼の仲間Vicky Middukheraと弟のGurlal Brarの死(いずれもここ2年の間にインドで射殺されている)に対する復讐であることをFacebookで表明したことを指しているようだ。

Sidhu殺害事件に関しては、Goldy Brarのギャング仲間で、別件でデリーのTihar刑務所に服役中のLawrence Bishnoiが取り調べを受けているようだが、彼は仲間が殺害に関わったことをほのめかしつつも、自分自身は犯行を指示できる状況になかったと訴えているようだ。
パンジャーブ系国際ギャング団とバングラー・ラップについては、あらためて特集する機会を持ちたい。


情報ソース:
https://www.ndtv.com/india-news/sidhu-moose-wala-murder-cctv-of-man-who-took-selfie-with-singer-probed-3041951
https://www.indiatoday.in/india/story/gangster-goldy-brar-claims-responsibility-sidhu-moose-wala-murder-1955740-2022-05-29



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goshimasayama18 at 18:25|PermalinkComments(0)

2022年05月28日

北チェンナイはタミルのブロンクスかニューオーリンズか Casteless Collectiveの熱すぎるリズムそしてメッセージ



「カースト」のことを書くのはいろいろな意味で気が重いのだが、今回は、インドが持つ最大の負の遺産であるカースト制度に真っ向からプロテストを訴えているバンド、その名もCasteless Collectiveを紹介したい。
CastelessCollective


カーストについて語るのは非常にやっかいだ。
カーストがどのような意味を持つかは、その人が暮らしている環境やコミュニティによって大きく異なるからだ。
海外や都市部で「先進的な」暮らしをしているインド人のなかには「カースト差別はすでに過去のもの」という意見を持つ人もいる。
私は1990年代にすでにそういう意見の人に会ったことがあるのだが、その人はインドの印象を良くしたいとかではなく、心からそう思っているふうだった。
彼にとっては、それが「真実」だったのだろう。
だが、インドの田舎や保守的なエリアに生まれた人にとっては、カーストの影響を受けずに育つことは難しい。(その結果が差別意識であれ、問題意識であれ)

日本人には理解が難しい「カースト差別」をごく単純に説明すると、伝統的な世襲制職業コミュニティ(「ジャーティ」と呼ばれる)の「清浄」と「ケガレ」の感覚に基づく差別と言えるだろうか。
カーストの階層のなかでは、司祭階級にルーツを持つバラモン(ブラーミン)がもっとも清浄であるとされ、死(葬儀、と畜など)や汚れ(清掃、洗濯など)を扱う者たちは、カースト枠外の最下層の存在とされてきた。
最下層とされた人々は、ケガレが移るという理由で、カースト内の人々と触れたり、食事をともにしたり、視界に入ることすら禁じられ、長い間、非人間的な差別を受けてきた。(「不可触民」と呼ばれて蔑視されてきた彼らは、今では「抑圧されたもの」を意味する「ダリット」と称されることが多い)

今なお深刻なカースト差別の最悪な形のひとつが「名誉殺人」だ。
これは、低カーストの男性と交際している高位カーストの女性が「一族の名誉を守るため」という理由で親族から殺されてしまうという恐ろしい犯罪で、池亀彩著『インド残酷物語 世界一たくましい民』によると、2014〜16年の3年間で、タミル・ナードゥ州だけで92件もの名誉殺人が起きているという。
その被害者の8割がカースト・ヒンドゥー(ダリット以外のヒンドゥー教徒)の女性で、残りの2割は相手のダリットの男性だ。
これはあくまでも氷山の一角で、同じ時期に発生した名誉殺人の疑いのある不審死まで含めると、タミルナードゥ州内だけでも174件にものぼる。
インド全体で考えれば、この数字は何倍にも膨れ上がるはずだ。
ビリー・ホリデイの『奇妙な果実(A Strange Fruits)』は、リンチを受けて殺され、木に吊るされた黒人のことを歌った曲だが、インドではいまだに同じようなことが行われているのだ。

私がインドの社会や音楽シーンに興味を持ち続ける大きな理由のひとつは、こうした差別や格差に対して、音楽がどんな役割を果たせるか見届けたいという思いがあるからだ。

20世紀前半から、アメリカの黒人たちは、独自の文化をルーツとした素晴らしい音楽を生み出し、差別や過酷な環境に生きる彼ら自身をエンパワーしてきた。
ブルース、ソウル、ファンク、そしてヒップホップ。
1960年代の公民権運動から2010年代のブラック・ライヴス・マターまで、その音楽が社会のなかで大きな役割を担ってきたことは衆知のとおりだ。
泥水から美しい花を咲かせるように、彼らの音楽はその普遍的な魅力で、今日のポピュラーミュージックの礎となってきた。

いまも苛烈な差別が続くインドでも、音楽は社会の中で大きな役割を持つことができるのではないか?
あるいは、過酷な環境のなかから、新たに力と普遍的魅力を持った音楽が生まれてくるのではないか?
カーストに起因する問題が全て音楽で解決すると考えるとしたら、それはあまりにも能天気すぎるが、このブログでも何度も書いているように、実際にインドでもすでに音楽によるエンパワーメントは始まっている。

前置きが長くなったが、今回紹介するCasteless Collectiveはまさにその好例だ。
インド南部、タミルナードゥ州の州都チェンナイで結成されたCasteless Collecriveは、メンバー全員がダリット出身。
このバンドは、同じくダリット出身の映画監督Pa. Ranjitが設立したニーラム文化センター(Neelam Panpaatu Maiyam)に集まる若者たちによって、2017年に結成された。


(Pa.Ranjitがメガホンを取り、タミル映画界のスーパースター、ラジニカーントが主演した映画"Kaala"については、この記事で詳しく紹介している。格差や差別やナショナリズムへの抗議と怒りに満ちた素晴らしい作品だ)


Casteless Collectiveは12〜19人のメンバーで構成されたバンドだ(記事や媒体により人数の表記が異なっている)。
その中には、ドラムやギター、男女のヴォーカルやラッパーといった馴染みのあるパートに加えて、ガーナ(Gaana)と呼ばれるタミルの伝統音楽のミュージシャンたちも含まれている。
Casteless Collectiveは、ファンクやブルースとガーナをかけ合わせたフュージョン・ロックバンドなのだ。


「ガーナ」とは、もともと彼らが拠点とする北チェンナイの葬儀でダリットたちが演奏する音楽だった。
(北インドのヒンディー語などの言語では、'Gaana'は歌全般を意味する言葉だが、少なくとも北チェンナイのタミル語では、Gaanaというとこの葬送にルーツをもつ音楽を指すようだ)


2022.7.6追記:タミル文化に詳しい方から、「ガーナ」は必ずしも葬儀で演奏される音楽でも被差別階級の音楽でもなく、ストリートミュージック全般を指すのではないか、というご指摘をいただいた。私は南インドの文化にはまったく詳しくないので、これはおそらく私に誤解があり、その方の指摘が正しいものと思う。北チェンナイ発祥の「ガーナ」は、その発端には被差別階級や葬儀との関連があったかもしれないが、少なくとも現在はそうしたテーマとは関係なく親しまれている音楽であるようだ。私が書いた内容は、間違いではなくても、例えば、現代のポップミュージックを紹介するときに「R&Bは過酷な黒人差別の中から生まれた音楽だ」と書くくらいに唐突だった可能性がある。ただ、以下のVICE Asiaのインタビューを見れば分かる通り、Casteless Collectiveの音楽を紹介する文脈では、ガーナはやはり被差別の苦しみから生まれた音楽と理解して間違いなさそうなので、こうした現状をふまえた上で記事を読んでもらえるとありがたいです。



20世期初頭に南インド各地から仕事を求めてチェンナイ北部にやってきたダリットたちが生み出したガーナは、葬送音楽らしからぬ派手なパーカッションとリズミカルな歌が特徴の音楽だ。
1980年代頃からポップスとしても消費されはじめ、今ではポピュラー音楽のメインストリームである映画音楽にも使われるようになった。
まるでニューオーリンズのジャズ葬から生まれたセカンドラインのようなエピソードだ。

このニューオーリンズのような音楽文化を生んだ北チェンナイは、南インド各地から来た貧しい労働者が数多く暮らす地域でもあり、「治安が悪く犯罪が多発」というヒップホップ発祥の地、ニューヨークのブロンクスみたいなイメージを持たれている場所でもある。

(ニューオーリンズで黒人たちの葬送のための音楽として生まれたセカンドラインは、ジャズやファンクのいちジャンルとなり、ポップミュージックにも導入さている。ヒップホップ創成期のブロンクスはカリブ地域から渡った黒人やヒスパニック系の移民が多く暮らす犯罪多発地域だった)

こうした文化的背景のせいか、Casteless Collectiveの音楽は、音楽性のみならず、その精神性においても、アメリカのブラックミュージックのような力強いメッセージを持った非常に面白いフュージョンになっているのだ。
「北チェンナイ」を意味する"Vada Chennai"は、地元をレペゼンしつつ抑圧に対する怒りを訴える、彼らの醍醐味が存分に味わえる曲だ。



本当のチェンナイ北部を知っているのか?
奴らは美しいものを全て破壊し、真実を埋めてしまった
俺たちは奴らに奪われた土地を取り戻す必要がある
さあ、戦おう、第二の独立のために


1947年にイギリスからの独立を果たしてから75年の歳月が過ぎたが、ダリットの人々にとっては、自身の尊厳を取り戻す本当の意味での「独立」はいまだに達成されていないと訴えることからこの曲は始まる。

このいかにもインドらしい(そしてタミルらしい)プロテスト音楽を奏でる彼らのことを手っ取り早く彼らを知るには、Vice Asiaが作ったこのドキュメンタリーが最適だ。


彼らの言葉に耳を傾ければ、その思想と理想が理解できるだろう。

「Casteless Collectiveのサウンドはチェンナイの土壌から生まれた音だ。チェンナイの血と汗なんだ。Casteless Collectiveは、人々が抱えている問題や苦労や必要なものを伝え、平等をもたらすために存在している。大事なのはカーストに関する全ての考えを根絶すること。カーストのない社会にすることだよ。それがCasteless Collectiveなんだ」

インドには、明確に思想を表明しているインディーミュージシャンも少なくないが(例えばSka VengersのTaru Dalmia)、考えてみれば彼らほどその思想を直接的にバンド名に冠したアーティストは他に思いつかない。
彼らのソウルミュージックでもある「ガーナ」について語っている内容も興味深い。

「ガーナは俺たちの心の痛みから生まれる音楽だ。ガーナのミュージシャンたちは長い間搾取されてきた。ガーナは理論的なものじゃないから、学ぶことはできない。フィーリングなんだ」
「ガーナはブルースみたいなものだ。タミルのブルースさ。ヒップホップが持つ痛みと同じようなところから生まれた。ヒップホップとガーナを融合させるのは難しかったけど、メンバーのArivuはラップもできて、ガーナ音楽も歌えたのさ」

やはりというべきか、彼らとガーナの関係は、アフリカ系アメリカ人と黒人音楽の関係になぞらえて理解することができるもののようだ。
ブルースのように、やるせない境遇の憂鬱をぶっとばすためのものであり、ヒップホップのようにそこにメッセージを乗せて伝えることもできる。
彼らがアメリカの音楽に影響を受けていることも確かだろうが、似たような環境で生まれた音楽であるがゆえのシンクロニシティーがあるのだろう。
ちなみにアメリカ合衆国におけるアフリカ系市民の割合は12.6%だそうだが、インドのダリットの割合は16.6%とされている。
とくに地方においては、インターネットや電力へのアクセスすらままならないダリットも多く、根深い社会構造的な問題からそのエンパワーメントは容易ではないが、人口規模を考えれば、彼らの生み出すブルース/ヒップホップ的な音楽がインドで大きなうねりを生み出すことも夢ではないのかもしれない。

今度は、ラッパーであるArivuの言葉に注目してみよう。

「祖父たちがよく話していたよ。俺たちには土地なんてなかったんだ。人の家に表玄関から入ることも許されなかったし、コップから水を飲むことも許されなかった。何千年もそんなことが続いているんだ。俺は大学で勉強して、カーストの抑圧がいかに大きいものかを学んだ。今でも差別は続いている。ここじゃ人々は土地なんてもっていない。手でゴミを拾っている人たちの子供は、同じ仕事をするしかない。カーストは目に見えないかもしれない。居心地の良い場所でこの話を聞いている人は、きっと先祖が土地持ちかなんかで、いろんな人を抑圧してきたんだろうよ。私立の学校やインターナショナル・スクールに行ってる奴らが『カーストなんてもうない』なんて言うのは馬鹿げているよ」

冒頭に書いたように、カーストをめぐる状況はインドでもさまざまだが、チェンナイ北部のダリット出身である彼のこの発言には痛みをともなうリアリティがある。

「俺はストリートのリアルを伝えるアーティストになりたかった。俺は大学に入ってから、詩を書くようになった。歌を通して、自分の痛みを表現したかったんだ。そうしたら友達が『まるでラップみたいだな。続けたらラッパーになれるよ』と言ってくれた。ラップシーンに入ってから、ラップの歴史を知ったよ。抑圧に対する声だということをね。そのことを知ってすごく嬉しかった。よし、ラップを通して俺たちの生活を伝えてみよう、って思った」

ヒップホップというカルチャー、ラップというアートフォームの普遍性を感じるエピソードだ。
彼らのこうした主張は、その楽曲に色濃く反映されている。

"Jaibhim Anthem"は、ダリット解放運動の活動家であり、インド憲法を起草した法学者・政治家でもあるビームラーオ・アンベードカル(1891−1956)を称える歌。


俺の話をちゃんと聞けばわかるはずさ
この国はカーストの偏見に溢れている
俺たちは学校にも入れてもらえないし、寺院も魂を救ってくれない
道路も歩けないし、殺されることだってある
何千年もこんなことが続いてきた
変わったというけれど、だれが保証してくれるんだ?
歴史を振り返ってみれば、誰が俺たちのストーリーを変えてくれたか分かるだろう
ジャイ・ビーム 声を挙げよう カーストなんていらない 喜びの声を



アンベードカルは晩年に50万人のダリットたちを率いて、カースト差別の根源であるヒンドゥー教と訣別し、仏教徒に改修した、インドにおける仏教復興運動の祖でもある。
こうした経緯から平等主義に比重を置くことが多い彼らは、新仏教(Neo-Buddhist)と呼ばれることも多いが、この名称は結局彼らの出自に注目したものだとして、必ずしも歓迎されている呼び方ではない。
「ジャイ・ビーム」の叫びは、現代まで続くダリット解放運動の父であるアンベードカルへの共感とリスペクトを表す合言葉であり、平等や権利を訴える場面で広く使われている。
(前述の映画"Kaala"やSka VengersのTaru Dalmiaを取り上げたドキュメンタリーでもこの言葉を唱えるシーンがある。詳しくはリンク先の記事を参照)

長い間被差別階級に甘んじてきたダリットたちは、公立学校への入学や公務員への就職の際に、一定の枠が与えられている。
こうしたクォータ制度(インドではreservation=留保制度と呼ばれることが多い)に対する彼らのステートメントがこの曲だ。



お前らの先祖は俺たちの先祖を虐げてきた
だから俺たちにクォータ制度が割り当てられているんだろ?
欲しいものをいつも手に入れてきたからって威張るなよ
俺たちは先祖とは違う、俺たちはもうおとなしくしないからな

(冒頭の部分。原語はタミル語)

ヘヴィロック的なサウンドに乗せて歌われるメッセージはまるでボブ・マーリーのような熱いプロテストだ。
留保制度は様々な問題をはらんでいて、この制度で高等教育に進学したダリットの学生が学業についていけずドロップアウトしてしまうこともあり、また上位カーストの学生が逆差別だと抗議の自殺をするなど、けっして万能の解決策ではない。
だが、それでもこの制度がインド社会の歴史的負債とも言える格差是正に大きな役割を果たしてきたことは間違いない。
そうした批判もふまえた上での主張が、この"Quota"だというわけだ。


Arivuはソロのラッパーとしてもバンドと同様のメッセージを発信している。
ビートメーカーのofROとタッグを組んだ"Anti Indian"もまた強烈な一曲。




なんだって?俺がアンチ・インディアンだっていうのか?
なんだって?俺はただタミル人として投票しているだけ
俺はあんたみたいなただの人間さ

なのに俺の夢も希望も潰されてしまった
目を閉じて俺の話を聞いてくれ
おまえは俺の土地を滅ぼし 俺の家を燃やそうとした
おまえは俺たちの森に戦争を持ち込んだ
歴史は偽りに満ちている
おまえは俺を生贄にして 俺の国を滅ぼした 数十万もの人々だ
それでも俺はおまえたちと一緒になった
俺の夢をおまえが叶えてくれることを望んでいた
俺はひとつになることを望んだが おまえは俺たちの分断が続くことを望んでいる
言語や宗教や人種や生まれによる分断のことさ
教育で分断し 見えない線で分断し 肌の色で分断する
俺の土地は自分の血で血まみれだ
この戦いは俺たちの世代でもまだ続いている
おまえに俺の痛みは分からない


"Anti Indian"は、日本で言うと「反日」とか「売国」に近いようなニュアンスの言葉だと考えてよいだろう。
チェンナイに暮らす彼らは、カースト差別とは別に、北インドの南インドの構造的格差の当事者でもある。
インドという国は、伝統的に首都デリーを中心とした北インドのヒンディー語圏のアーリアの人々が支配的であり、彼らとは全く別の言語体系・人種的ルーツを持つドラヴィダ系の南インド人はなにかと低く見られがちだ。
こうした状況のなかで、チェンナイを州都とするタミルナードゥ州は、とくに自らの文化への誇りが強い土地であり、北インド的な価値観の押し付けに対する強い対抗意識を持っている。
だが、タミル的なアイデンティティというのものも一枚岩ではなく、例えばそれはタミルの中の上位カーストの価値観に依拠していることもあるから一筋縄ではいかない。
例えば、カースト・ヒンドゥーのタミル人たちは、自分たちの牛を誇りとして大切にする文化を持っているが(たとえばこの記事を参照「タミルのラッパーのミュージックビデオがほぼインド映画だった話 Hiphop Tamizhaとタミルの牛追い祭り」)、ダリットたちにとって牛は貴重な食材のひとつである。

"Anti Indian"のミュージックビデオで、Arivuはライブの途中で曲を止めて、観客にこう語りかける。

「曲を止めてすまない。ちょっと言いたいことがある。
俺たちがタミル人でもインド人(ここでは北インド出身者のことか)でもマラヤーリー(タミルナードゥ州の西隣ケーララ州にルーツを持つ人々)でも関係ない。俺たちは人間だ。
ただの人間、それだけだ。
最後に残るのは人間愛(humanity)だ。人間であること(humanity)だけが永遠なんだ。
俺たちはひとつだ。人間であるってことは、俺たちを結びつける力なんだ」

このメッセージのあまりの誠実さに、正直、書いていてちょっと背筋が伸びた。
社会的、政治的であることから全く逃げずに、こんなにも真摯な姿勢を貫いているアーティストは世界的に見ても稀有な存在だろう。

Arivuはラッパーとしての技量も非常に高く、この"Kallamouni"の2:10からの凄まじい勢いの鬼気迫るラップを聴いてみてほしい。



Casteless Collectiveのメンバーたちも語っているように、これまで、ダリット自身が主人公となって、自分たちを虐げてきた人々や制度を公然と批判できる音楽は彼らのコミュニティに存在しなかった。
音楽的にも文化的にも自らのルーツを誇りつつ、強烈なプロテストを繰り広げる彼らは、遠く日本から見ていても胸がすくようなすがすがしさと熱さがある。
北チェンナイのダリット・コミュニティから生まれた彼らの音楽が、その熱さと真摯さで、ファンクやヒップホップのように、より多くの人をエンパワーすることも、決して夢ではないと信じている。




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goshimasayama18 at 20:20|PermalinkComments(0)