インドのヒップホップ

2023年10月14日

インドのヒップホップ事情 2023年版


今年(2023年)は、ムンバイの、いやインドのストリートラップの原点ともいえるDIVINEの"Yeh Mera Bombay"がリリースされてからちょうど10年目。
その6年後、2019年にはそのDIVINEとNaezyをモデルにしたボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』がヒットを記録し、インドにおけるラップ人気はビッグバンを迎えた。
以降のインドのシーンの進化と深化、そして多様化は凄まじかった。
インドのヒップホップは、今では才能あるアーティストと熱心なファンダムが支える人気ジャンルとして、音楽シーンで確固たる地位を占めている。
2023年10月。
一年を振り返るにはまだ早いが、今年も多くの話題作がリリースされ、シーンを賑わせている。
今回は、その中から注目作をピックアップして紹介したい。


『ガリーボーイ』に若手有望ラッパーとしてカメオ出演していたEmiway Bantaiは、今では最も人気のあるヒンディー語ラッパーへと成長した。
(いやナンバーワンはやっぱりDIVINEだよという声もあるかもしれないが)

6月にリリースしたアルバムのタイトルは"King of the Street".
かつて"Machayenge"シリーズで披露したポップな面は出さずに、タイトルの通りストリートラッパーとしてのルーツに立ち返った作風でまとめている。
その名も"King of the Indian Hip Hop"という7分にもおよぶ大作では、シンプルなビートに乗せて存分にそのスキルを見せつけた。

Emiway Bantai "King of Indian Hip Hop"

字幕をONにするとリリックの英訳が読めるが、全編気持ちいいほどにみごとなボースティング。
このタイトルトラックもミュージックビデオを含めて痺れる出来栄えだ。

Emiway Bantai "King of the Streets"


Emiwayは2021年にBantai Recordsというレーベルを立ち上げて、仲間のフックアップにも熱心に取り組んでいる。
アーティスト名にも付けられたBantaiは、ムンバイのスラングで「ブラザー」という意味だ。
所属アーティストたちによるこの"Indian Hip Hop Cypher"を聞けば、このBantai Recordsにかなりの実力者が集まっていることが分かるだろう。

Emiway Bantai x Baitairecordsofficial (Memax, Shez, Young Galib, Flowbo, Hitzone, Hellac, Minta, Jaxk) "Indian Hip Hop Cypher"


面白いのは、8分を超える楽曲の中にラッパーによるマイクリレーだけでなく、Refix, Memax(彼はラッパーとしても参加), Tony Jamesという3人のビートメーカーによるドロップソロ(!)も組み込まれているということ。
こういう趣向の曲は初めて聴いたが、めちゃくちゃ面白い取り組みだと思う。
ここに参加しているラッパーはEmiwayに比べるとまだまだ無名な存在だ。
ラップ人気が安定しているとはいえ、このレベルのラッパーでも一般的にはほとんど無名というところに、今のインドのヒップホップの限界があるようにも思える。


首都デリーのシーンからも面白い作品がたくさんリリースされている。
このブログでも何度も紹介してきた天才ラップデュオSeedhe Mautは全30曲にも及ぶミックステープ"Lunch Break"を発表。
(「ミックステープ」という言葉の定義は諸説あるが、この作品については彼ら自身がアルバムではなくミックステープと呼んでいる)

Seedhe Maut "I Don't Miss That Life"


このミックステープには、他にも2006年から活動しているデリーの重鎮KR$NAとのコラボ曲など興味深いトラックが収録されている。
徹底的にリズムを追求した2021年の"न(Na)"や、音響と抒情性に舵を切った昨年の"Nayaab"と比べると、ミックステープというだけあって統一感には欠けるが、それもまたヒップホップ的な面白さが感じられて良い。



コラボレーションといえば、思わず胸が熱くなったのが、パキスタンのエレクトロニック系プロデューサーTalal Qureshiの新作アルバム"Turbo"にムンバイのラッパーYashrajが参加していたこと。

Talal Qureshi, Yashraj "Kundi"


このアルバム、記事の趣旨からは外れるので細かくは書かないが、南アジア的要素を含んだエレクトロニック作品としてはかなり良い作品なので、ぜひチェックしてみてほしい。(例えばこのKali Raat
ところで、かつてインド風EDMを印DMと名付けてみたけれど、パキスタンの場合はなんて呼んだらいいんだろう?PDM?

Yashraj関連では、ベンガルールの英語ラッパーHanumankindとの共演も良かった。

Yashraj, Hanumankind, Manïn "Thats a Fact"


曲の途中にまったく関係のない音を挟んで(2:09あたり)「ちゃんと曲を聴きたかったらサブスクで聴け」と促す試みは、お金を払って音楽を聴かない人が多いインドならではの面白い取り組みだ。
Yashrajは軽刈田が選ぶ昨年のベストアーティスト(または作品)Top10にも選出したラッパーで、当時はまださほど有名ではなく、実力はあるもののちょっと地味な存在だったのだが、その後も活躍が続いているようで嬉しい限り。




今年は売れ線ラッパーの動向も面白かった。
パンジャービー系パーティーラッパーの第一人者Yo Yo Honey Singhがリリースした新曲は女性ヴォーカルを全面に出した歌モノで、このシブさ。

Yo Yo Honey Singh, Tahmina Arsalan "Ashk"


これまでのド派手さは完全に鳴りをひそめていて、あまりの激変にかなり驚いたが、ファンには好意的に受け入れられているようだ。
後半のラップのちょっとバングラーっぽい歌い回しはルーツ回帰と捉えられなくもない。
10日ほど前にリリースした"Kalaastar"という曲も、ポップではあるが派手さはない曲調で、今後彼がどういう方向性の作品をリリースしてゆくのかちょっと気になる。


Yo Yo Honey Singhと並び称されるパーティーラッパーBadshahは、ここ数年EDM路線や本格ヒップホップ路線の楽曲をリリースしていたが、「オールドスクールなコマーシャルソングに戻ってきたぜ」という宣言とともにこの曲をリリース。

Badshah "Gone Girl"


YouTubeのコメント欄はなぜかYo Yo Honey Singhのファンに荒らされていて「Honey Singhの新曲の予告編だけでお前のキャリア全体に圧勝だ」みたいなコメントであふれている。
かつてMafia Mundeerという同じユニットに所属していた二人は以前から険悪な関係だったようだが、いまだにファンが罵り合っているとはちょっとびっくりした。


ついついヒンディー語作品の紹介が続いてしまったが、インド東部コルカタではベンガル語ラップの雄Cizzyが力作を立て続けにリリースしている。
そのへんの話は以前この記事に書いたのでこちらを参照。
ビートメーカーのAayondaBが手掛ける曲には、日本人好みのエモさに溢れた名作が非常に多い。


続いてはデリーの大御所Raftaar.
この曲は今インドで開催されているクリケットのワールドカップのためにインド代表のスポンサーよAdidasが作ったテーマソングで、プロデュースは6月に来日して日本を満喫していたKaran Kanchanだ。



歌詞では、Adidasの3本線になぞらえて、過去2回の優勝を果たしているインド代表の3回目の優勝を目指す気持ちがラップされている。
クリケットは言うまでもなくインドでもっとも人気のあるスポーツだが、そのテーマ曲にラップが選ばれるほど、インドではヒップホップ人気が定着しているということにちょっと感動してしまった。
日本ならこういうスポーツイベントにはロック系が定番だろう。
Karan Kanchanのビートは非常にドラマチックに作られていて、これまでいろいろなタイプのビートを手がけてきた彼の新境地と言えそうだ。 

シンプルなラップはヒップホップファン以外のリスナーも想定してのものだろう。
もしかしたらスタジアムでのシンガロングが想定されているのかもしれない。
そういえばこのRaftaarもHoney SinghやBadshahと同様にMafia Mundeer出身。
その後のキャリアではメインストリームの映画音楽も手がけながら、わりと本格的なスタイルのラッパーとして活躍している。


Karan Kanchanが今注目すべきラッパーとして名前を挙げていたのがこのChaar DiwaariとVijay DKだ。
Chaar Diwaariは結構エクスペリメンタルなスタイルで、Vijay DKはMC STΔNにも通じるエモっぽいスタイルを特徴としている。

Chaar Diwaari x Gravity "Violence"


Vijay DK "Goosebumps"


Chaar Diwaariはニューデリー、GravityとVijay DKはムンバイを拠点に活動している、いずれもヒンディー語ラッパー。

Gravityもかなりかっこいいので1曲貼っておく。
Gravityは2018年にTre Essの曲"New Religion"に参加していたのを覚えていて、つまり結構キャリアの長いラッパーのようだが、最近名前を聞く機会が急激に増えてきている。

Gravity x Outfly "Indian Gun"


このへんの新進ラッパーについては改めて特集する機会を設けたい。



というわけで、今回は今年リリースされたインドの面白いヒップホップをまとめて紹介してみました。
南部の作品にほとんど触れられておらず申し訳ない。
11月には、インド系アメリカ人でEDM界のビッグネームであるKSHMRがインド各地のラッパーを客演に迎えた作品のリリースを控えている。
まだまだインドのヒップホップシーンは熱く、面白くなりそうだ。




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goshimasayama18 at 20:39|PermalinkComments(0)

2023年07月18日

ベンガル語ヒップホップがどんどんかっこよくなっている! バングラデシュとコルカタのラッパー特集 2023年度版




インディーズ系音楽を扱うインドのメディアをちょくちょくチェックしているのだが、そうしたメディアに掲載されるのは、デリーやムンバイといったヒンディー語圏のアーティストや楽曲が多く、東インドのベンガル語圏(コルカタあたり)はめったに取り上げられない。
(あと南インドの言語で歌うアーティストの情報もあまり掲載されない傾向がある。インドの大まかな言語分布についてはこの地図を見てみてください)



そんなわけで、コルカタあたりのベンガル語のラップについても、こちらから情報を取りにいかないかぎり、なかなかチェックできないわけだが、以前のベンガリラップ特集からはや3年。
ここに来て、ちょっと垢抜けなかったベンガル語ラップが、かなりかっこよくなっていることに気がついた。
しかも、そのかっこよさの質は、例えばインドの言語の最大勢力であるヒンディー語ラップとは、まったく異なる方向性のものなのだ。

比較対象としたヒンディー語ラップに関して言えば、2010年代中頃にストリートラップのムーブメントが発生し、そのシーンは2019年のボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』以降、爆発的な成長を見せている。
20年遅れの90年代USヒップホップ的なスタイルで始まったヒンディー語ストリートラップは、10年足らずの間のトラップやオートチューンやローファイなどの要素を取り入れ、世界のヒップホップのメインストリームに3倍速で追いついている。
今のヒンディー語ラップシーンを代表するMC STΔNやSeedhe Mautを聴けば、彼らがこの時代の世界標準的なサウンドを鳴らしていることが分かるはずだ。

ところが、ベンガル語ラップの発展過程はヒンディー語とは大きく異なる。
2010年代中頃に90年代USヒップホップ的なスタイルで始まったところまではヒンディー語ラップと同様だったものの、その後、積極的に新しい要素を取り入れることなく、今も90年代的なスタイルを核に持ち続けており、進化というよりも深化しているのだ。


前置きが長くなった。
さっそく最近のベンガル語ラップを紹介してみたい。

ベンガル語ラップで真っ先にチェックすべきレーベルが、コルカタのJingata Musicだ。
Jingata Musicはインドにおけるジャジー・ラップの金字塔、Cizzyの"Middle Class Panchali"などをリリースしてきた、コルカタを代表するヒップホップレーベルである。
このレーベルが、最近同じベンガル語圏である隣国バングラデシュのラッパーたちをリリースし始めているのだが、これがかなり良い。

バングラデシュといえば、Jalali Setをはじめとする90年代スタイルのラッパーを多く抱えている国だが(なんてことをチェックしているのは俺だけか…)、バングラデシュよりも少し進んだコルカタからの目線で選ばれたバングラデシュのラッパーたちは、なんだかすごくいい感じなのである。


Shonnashi x The Melodian "Gonna BE Alright"


あごひげ長めのムスリムスタイルのラッパーShonnashiと、スムースなファルセットを聴かせてくれるThe Melodianのコラボレーション。
コルカタのレーベルからのリリースだが、全てバングラデシュの首都ダッカの制作陣によって作られた楽曲のようだ。

Shonnashiのラップは、こんなふうに↓英語混じりのベンガル語(何を言っているのかは分からないが)。

ঠিক ঠাক সব will be fine / যত থাকুক সীমানা wanna cross the line
হোক ভুল its cool তাতে কার কি যায় / প্রতিদিন নোয়া feel এই মনটা চায়

90’s的なヴァイブを持ちながらも、K-Popにも近いようなポップ感覚を備えていてとても今っぽい。
ラッパーのShonnashiと楽曲を手掛けたsleekfreqは、Underrated Bangladeshというクルーに所属しているらしいが、まさにunderrated(過小評価、というより存在自体知られていないのかもしれないが)なバングラデシュのヒップホップシーンにふさわしいクルー名と言える。


Critical Mahmood "Life Goes On"



バングラデシュらしいストリート・スタイルで気を吐くのはCritical Mahmood.
ストリートのリアルを子どもたちとともに訴えるスタイルは、インドでは初期の「ガリーラップ」(ムンバイスタイルのストリートラップ)以降、あまり見かけなくなってしまったが、バングラデシュではまだまだ健在。
インドでもバングラデシュでも、経済成長の一方で、格差のしわ寄せが子どもや弱者に行ってしまう現実は今も変わらない。
このコンシャスネスはバングラデシュのラップシーンの美徳のひとつと言えるだろう。



Critical, GxP, Crown E, Lazy Panda, Shonnashi, UHR, SleekFreq "Bat Ey Ball Ey"



Critical Mahmood, GxP, Crown E, Lazy Panda, Shonnashiら、バングラデシュのラッパー総出演の"Bat Ey Ball Ey"は、どうやら国民的スポーツであるクリケットをテーマにした楽曲。
ムンバイあたりだと、どうせ知らないだろうにメジャーリーグの野球チームのシャツやキャップでキメたラッパーもちらほら見かけるが、バングラデシュでは「クリケットってあんまりヒップホップっぽくないんじゃないか」なんてことは気にせずに、ナショナルチームのユニフォームでマイクリレー!

ムンバイ的なスタイルも嫌いではないが、やっぱりこういう音楽においてはリアルであることがいちばん大事なんじゃないだろうか。
この衒いなく素直な感じ、最高じゃないですか。

ちなみにここまでに紹介した3曲のビートを手掛けたのはすべてsleekfreq.
Jingata Musicからリリースされているバングラデシュのラッパーの曲は軒並み彼が手掛けているようで、シーンのカラーを作るのって、ラップのスタイルだけじゃなくてビートメーカーの存在もかなり大きいんだなあ、というヒップホップ初心者としての感慨を新たにした次第です。

Jingata Music以外にもかっこいい曲はたくさんある。
この"NEW IN DHAKA"のミュージックビデオは、4月にリリースされたのち、現在まで2000万回近く再生されている大ヒット。

Siam Howlader, Mr. Rizan "NEW IN DHAKA"

 
ベンガルの伝統楽器ドタラを使ったビートと会話に近いラップのフロウは、口上っぽい感じもあるが、これはこれでかなりかっこいい。
それにしても、Jingata Musicのミュージックビデオの再生回数が軒並み10万回程度なのに比べると、この曲の人気は文字通り桁違い。
バングラデシュでは、やはりこうした伝統的な要素を持った曲のほうが受け入れられやすいのだろうか。


ここで少しベンガル語圏全体についての話をしてみたい。
バングラデシュとインドの西ベンガル州で話されているベンガル語の話者数は、統計によって差があるが2億5千万人前後いることになっている。
地域別に見ると、ベンガル語話者はインド東部に位置する西ベンガル州が9,000万人強で、バングラデシュが1.7億人弱。

インド東部にあるのに「西ベンガル州」というのは分かりにくいが、それは西ベンガル以東、つまり「東ベンガル」に相当する地域がバングラデシュという別の国になっているためだ。
イギリスから独立するときに、ヒンドゥー教徒が多い西ベンガルはインドの一部となり、ムスリムが多い東ベンガルは、東パキスタンとなったのちに、パキスタンから再び独立してバングラデシュになった。


西ベンガル州の中心都市、コルカタのラッパーたちも、ここ数年でめちゃくちゃかっこよくなってきている。
コルカタを代表するラッパーCizzyの最近のリリースでしびれたのはこの曲。

Cizzy & AayondaB "Number One Fan"


冒頭とアウトロの歌メロ以外は英語ラップだが、このビートといいコード進行といいリリックといい、超エモい。
「自分の最高のファンは自分自身。金や名誉のためじゃなく、自分自身のために音楽を作っているんだ」というメッセージは普遍的で、自身でラップしている通り("Middle Class Panchali")ミドルクラスのアーティストの創作態度としてもっとも誠実なものだろう。
ビートメーカーはAayondaB.
おそらく彼は今コルカタでもっとも勢いのあるビートメーカーで、彼が手掛けた曲はあとでまたちょっと紹介する。

話をCizzyに戻すと、最近の彼はJingata Musicからでなく、完全インディペンデント体制でリリースをしているようだが、その楽曲のクオリティはまったく落ちていない。
コルカタのラッパーShreadeaとAvikと共演したこの曲では、三人ともリラックスした雰囲気ですごい勢いのラップを吐き出している。

Cizzy, Shreader, Avik "Baad De Bhai"


地元で仲間とつるみながらラップスキルの腕比べしてる感じがすごくいい。
ベンガル語ラップはイスラーム圏であるバングラデシュのみならず、コルカタでも女の子が全然出てこないのが特徴で(ムンバイとかデリーのパンジャービー・ラッパーだと、インドで可能な限りのセクシーな女性ダンサーが出てくることがよくある)、このミュージックビデオだと橋のたもとで垢抜けない女の子が二人いっしょにわいわいやってるのがなんだかほほえましい。
この曲のオールドスクールなビートはCizzy自身によるもの。


Cizzyが最高なのは、いつも地元コルカタのことをラップしていることで、タイトルも最高な"Make Calcutta Relevent Again"はローカルなポッドキャストのテーマ曲として作られた曲らしい。
カルカッタは言うまでもなくコルカタの旧名(2001年に改称)で、訳すなら「またコルカタをいい感じにしようぜ」だろうか。


Cizzy "Make Calcutta Relevant Again"


英語とベンガル語で自在に韻をふむフロウもかっこいいが、何より粋なのは彼らが着ているチャイの柄のTシャツだ。


ここで目下コルカタのNo.1ビートメーカーと目されるAayondaBが手がけたCizzy以外の曲をいくつか紹介したい。

WhySir "Macha Public"


曲は1:15頃から。
Cizzyの"Number One Fan"とはうってかわって無骨でヘヴィなビートにWhySirのフロウがいい感じに絡む。
コルカタとはまた違う郊外を映したミュージックビデオがいい感じだ。
西ベンガルのラッパーは、デリーやムンバイと違って、ギャングスタ気取りのコワモテではなくじつに楽しそうにラップしている人が多くて、そこがまたなんか好感度が高い。


 Flame C "DA VINCI"


これはまた違った感じの面白いビートの曲。
このFlame Cというラッパーもまた相当なスキルで、ヒンディー語圏だったらもっと有名になっていても良いはずだが、2年前のこの曲の再生回数はたったの1万回くらい。
ベンガル人、もっとラップを聴くべきだ。

AayondaBはYouTubeチャンネルでは地道にタイプビート(有名アーティストに似せたビート)を発表したりしているが、その再生回数は決して多くはない(数十回とか)。
ヒンディー語圏だったらもっともてはやされて良い才能だと思うが、やはりこうしたところにも都市や地域や言語の格差が出てきてしまうのが、インドの面白いところでもあり、少し悲しいところでもある。

ずいぶん長くなった。
この記事もそろそろ終わりに近づいてきたので、CizzyとAayondaBのコラボレーションをもう1曲紹介したい。

Cizzy "Good Morning, India"


ベンガル語ラップの響きも最高だが、この二人によるポップな英語ラップのエモさはちょっと尋常じゃないな。
"I REP"みたいだって言ったら言い過ぎだろうか。
コルカタをはじめとするインド各地を映した映像も最高にエモい。
それにしても、2年前にリリースされたこの曲の再生回数が3,700回以下って、ほんともっとみんなベンガルのラップを聴くべき!(耳ヲ貸スベキ)


さっきもちょっと書いたが、ベンガル語ラップのシーンは話者数のわりにまだまだ小さくて、相当かっこいい曲でも数十万回くらいしか再生されていなかったりすることが多い。
ヒンディー語でラップされてたら10倍から100倍くらい再生されてもおかしくないクオリティの曲でも、なかなか日の目を浴びない現実があるのだ。


今回はバングラデシュと西ベンガルに分けてラッパーを紹介したが、両地域のヒップホップシーンには、国境を越えた交流が存在している。
上述のようにコルカタのJingata Musicはバングラデシュのラッパーもリリースしているし、雑誌TRANSITのベンガル特殊号(TRANSIT59号 東インド・バングラデシュ 混沌と神秘のベンガルへ)に掲載されているCizzyのインタビュー(インタビュアーはU-zhaanさん)でも、彼はバングラデシュにお気に入りのラッパーがいると語っている。

実際に両地域のラッパーによるコラボレーションも行われている。
コルカタのWhySirは、佐々木美佳監督のドキュメンタリー映画『タゴール・ソングス』にも登場したダッカのラッパーNizam Rabbyと共演していて、プロデューサーはなんとCizzy!

WhySir "Shomoy" ft. Nizam Rabby


宗教の違いや経済格差など、さまざまな理由によって、共通する文化や言語を持ちながらも微妙な関係の西ベンガルとバングラデシュだが、こうしてヒップホップという新しいカルチャーによる交流が進んでいるのだとしたら、こんなに美しいことはない。
ベンガル語ラップシーンについては、またちょくちょく紹介してみたいと思います。



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goshimasayama18 at 20:58|PermalinkComments(0)

2023年05月29日

衝撃的な死から1年 伝説化するSidhu Moose Wala

前回に続いて、今回もバングラーの話を書くのだが、その前に一応断っておきたいことがある。


あらためての話になるが、このブログでは、映画音楽を中心としたインドのメインストリームなポピュラー音楽シーンではなく、より新しくてインディペンデントなシーンを扱っている。
そのため、パンジャーブ文化(おもにシク教)やバングラーについて取り上げるときに、ギャングスタ的な側面を強調することが多い。
言うまでもないことだが、パンジャービーたちは、決して暴力的な人たちでも、狂信的な人たちでもない。
ギャングスタ的なラップはいまや世界中のほとんどの国に存在しているだろうし、平和な日本にも暴力団や半グレはいる。
私はあくまで彼らの文化のごく一部のみに焦点を当てているにすぎないということに、どうか留意してほしい。
…と、改めて書いた上で、今日の話題に移る。


バングラーラップに革命を起こしたSidhu Moose Walaが2022年5月29日に故郷のパンジャーブ州マンサ郡で射殺されてから、もう1年が経つ。
インドの音楽シーンに大きな衝撃をもたらしたこの事件の真相は、やはりデリーの刑務所で服役中のLawrence Bishnoiを首謀者とするパンジャービーギャングによるものだったようだ。
現地での報道によると、Sidhuは彼らと対立するギャング団と関わりを持っていたとされており、その抗争に巻き込まれての悲劇だったという。



あまりにもショッキングな死から1年が経過しても、彼の存在感は国内外でますます大きなものになってきているようだ。
今回は、この1年間に発表された彼のトリビュートソングを紹介しながら、改めてその功績を讃えてみることとしたい。



Prem Dhillon "Ain't Died in Vain"
まず紹介するのは、2018年にデビューしたSidhuとほぼ同世代のPrem Dhillonによる"Ain't Died in Vain"


90年代USヒップホップ風のシンプルなビートに乗せたバングラー今のトレンドの一つで、歌詞は例によってパンジャービー語なので分からないが、おそらくタイトル通り「彼の死は無駄死にではない」ということが歌われているのだろう。
Prem DhillonとSidhuは"Old Skool"という曲で共演しており(その曲の作曲もPremが手掛けている)、Premのソロ作品である"Bootcut", "Jatt Hunde Aa"もSidhuのレーベルからリリースされている。
前回も書いた通り、ヒップホップ系のバングラーラッパー/シンガーがあまり高く声を張り上げない傾向が高くなっている昨今、PremはSidhu同様にわりと歌い上げるスタイルのシンガーのようである。
さすがにSidhuほどの人気はないが、海外(UKやニュージーランド)のパンジャービー音楽チャートでは何曲かTop10に入るヒットを出しており、今後のさらなる活躍が期待されるアーティストだ。



Garry Sandhu "Jigar Da Tota"


Garry Sandhuはパンジャーブからイギリスに労働ビザで渡り、バーミンガムの建設現場で働きながらバングラー歌手になったという異色の経歴を持つシンガー。
UKのエイジアン・チャートでは何度も1位を獲得していて、本国のボリウッド映画でもプレイバックシンガーとしてフィーチャーされている。
Garryは1984年生まれの39歳なので、Sidhuと比べるとひとまわり以上年上だが、彼と同じようにパンジャーブで生まれて異国のカナダで人気シンガーとしてのキャリアをスタートさせたSidhuに共感する部分があったのだろう。
バングラーというよりはパンジャービー・ポップだが、幅広いスタイルと地域のパンジャービーたちに彼が支持されていたことが分かるトリビュートソングである。



Sunny Malton "Letter to Sidhu"


Sunny Maltonはカナダのトロント出身のパンジャービー系ラッパーで、Sidhuの生前、多くの曲で共演していた。
Sidhuの曲での客演では英語ラップのパートを担うことが多かった彼が、ここではSidhuへのリスペクトを込めて(多分)、バングラー/パンジャービースタイルの歌を披露している。
プライベートからステージまで、Sidhuの魅力とカリスマがよく伝わってくるミュージックビデオが沁みる。
ギターをフィーチャーしたビートやビデオテープ風の映像処理もすごく今っぽく、現在のバングラーラップシーンの雰囲気が伝わる曲でもある。

Sunny Maltonは、そもそもSidhuと共演した"Issa Jatt"という曲で世に知られるようになった。
この曲リリースされたのは2017年。
インドでは、ムンバイでDIVINEやNaezyによるヒンディー/ウルドゥー語ラップが徐々に注目を集め、デリーではPrabh Deepによるバングラーではないスタイルのパンジャービーラップがアンダーグラウンドで登場した頃だ。


その同じ頃に、パンジャービー系カナダのシーンはこの完成度。
バングラーラップを歌い方のスタイルとして見た時にヒップホップとして捉えてよいかどうかは意見が分かれるだろうが、少なくともそのアティテュードにおいては相当リアルにヒップホップだとあらためて感じる。



Tion Wayne "Healing"


変わったところでは、ナイジェリア出身でロンドンを拠点に活躍するラッパーのTion Wayne(イギリスでNo.1を含む複数のヒット曲を持っている)がリリースしたこの曲がSidhu Moose Walaに捧げられている。
二人は以前"Celebrity Killer"という曲で共演しており、そのときの縁でのトリビュートなのだろう。
歌詞の内容を見る限り、とくにSidhuのことは出てこないが、欧米に渡り、厳しい環境をくぐり抜けて成功を手にした二人の間に何らかの共感があったことは想像に難くない。
ミュージックビデオでLAのチカーノがローライダーを誇るようにトラクターを誇るパンジャービーたちが超クールだ。
ちなみに何度か出てくるオリーブ色のターバンを巻いた初老の男性は、Sidhuの父親とのこと。

SidhuとTion Wayneと共演した"Celebrity Killer"はこちら。

コブシを回しまくったSidhuの歌い回しが最高に気持ちいい。



人気シンガーによるトリビュートはざっとこんなところだろうか。
ここに紹介した他にもYouTubeで数万再生程度の中堅バングラーラッパー/シンガーによるトリビュート曲が無数にリリースされており、Sidhuがパンジャービー音楽シーンでいかに大きな存在だったかが分かる。

国際的な大御所では、あのDrakeが自らがホストを務めるラジオ番組でSidhuの"295"と"G-Shit"をプレイしたと報じられた。
Drakeはカナダ出身だが、カナダにはパンジャーブからの移民が数多く暮らしている。
(日本でも有名なところでは、往年の名悪役レスラー、タイガー・ジェット・シンもパンジャーブ生まれのカナダ人だ)
Drakeがパンジャービー語を解するとは思わないが、カナダ人である彼にとって、バングラー/パンジャービーラップは身近な「隣人の音楽」なのだろう。
イギリス人のTion Wayneによるトリビュートを見ても分かる通り、インド系(とくにパンジャーブ系)移民の多いカナダやイギリスから見たヒップホップシーンでは、日本人が考える以上にパンジャービーたちの存在感が大きいようだ。



最後に、Sidhuの死後にリリースされた彼本人の曲を紹介したい。

Sidhu Moose Wala feat. Burna Boy, Steel Banglez "Mera Na"


フィーチャーされているBurna Boyもまたイギリスで人気を獲得したナイジェリア系のシンガー。
おそらく今世界でもっとも人気の高いアフリカンポップスシンガーで、今年のCoachella Festivalに出演していたのも記憶に新しい。
やはり欧米で活躍する外国出身者(それも非白人のマイノリティでもある)として、Sidhuに共感できる部分があったのだろうか。

クレジットにあるSteel Banglezはパンジャービー系イギリス人で、この曲ではビートを手がけている。
名前の由来はおそらくシク教徒の男性が戒律で腕に着用することになっている鉄製の腕輪から取られているのだろう。


死後ますます存在感を増すSidhuの人気は、まさに彼が生前憧れていた2Pacを思わせる。
これまで、このブログでSidhuを紹介するときには、ビートやアティテュードの面に注目することが多かったが、今回改めて彼の曲を聴いてみて、今更ながらに彼のバングラーシンガーとしての力量に唸らされた。
バングラーは声そのものの力強さと節回しで人々を高揚させるスタイルだ。
前回紹介したように、昨今ではあまり声を高く張り上げない歌い方も人気を博しているようだが、やはり彼のように堂々と歌い上げる歌唱法こそ、バングラーの魅力であるようにも思う。

1年前、世界は本当に才能あるアーティストを失ったのだ。
改めて、Sidhu Moose Walaの冥福を祈りたい。



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2023年05月22日

最近のバングラーがかなりかっこよくなってきている件


最近、バングラーがどんどんかっこよくなってきている。

バングラーというのは、インド北西部からパキスタン東部に位置するパンジャーブ地方の伝統音楽だ。
ドールという両面太鼓とトゥンビというごくシンプルな弦楽器のリズムに乗せて歌う、独特のコブシを効かせた節回しを特徴としている。

欧米に移住したパンジャービーたち(とくにターバンを巻いた姿で知られるシク教徒たち)は、1980〜90年代頃になると、バングラーに当時流行していたダンスミュージックやヒップホップを融合して、「バングラービート」と呼ばれる新しいジャンルを作り出した。
'00年代前半、バングラービートは世界的にも大きな注目を集め、Panjabi MCの"Mundian To Bach Ke"は世界各国でヒットチャートを席巻した。
(一例を挙げると、イタリアで1位、ドイツで2位、イギリスで5位。Jay-ZをフィーチャーしたリミックスはUSビルボードチャートで33位に達し、カナダで10位、オーストラリアで12位を記録している)

…という話はこれまでこのブログに何度となく書いているが、この「バングラー・ビッグバン」は現代インドの音楽シーンを語るうえで、何度書いても語り足りないくらいの超重要トピックなのである。

バングラーを聴いたことがないという人は、ひとまずリンクから"Mundian To Bach Ke"を聴いていただければ、'00年代初頭のバングラービートの雰囲気がわかっていただけるはずだ。
(ちなみに、この「バングラー」'Bhangra'は、日本では「バングラ」と伸ばさずに表記されることが多いが、詳しい人から「バングラー」と伸ばして表記するのが正しいと伺ったのと、「バングラ」と書くとバングラデシュのBanglaと混同しやすいことから、このブログでは「バングラー」と表記している)



バングラーは、世界的には'00年代前半以降、忘れ去られてしまった一発屋的なジャンルだが、北インドではその後も(というかそれ以前から)ずっと人気を維持し続けている。
移り気な海外のリスナーに忘られた後も、バングラーは時代とともに、さまざまな流行を吸収しながら進化を続けているのだ。
近年のバングラー界での最大の功労者を挙げるとすれば、それは間違いなく昨年5月に凶弾に倒れたSidhu Moose Walaだろう。

インドではヒップホップのいちジャンルとして扱われることが多い現代風バングラーに、トラップ以降のビートとガチのギャングスタのアティテュードを導入し、そしてその精神に殉じた(ギャングの抗争に巻き込まれ射殺された)彼は、死後、まるで2Pacのように神格化された存在になりつつある。


そのSidhu Moose Walaの死から1年が経とうとしているが、その間にもバングラーはとどまることなく進化を続けている。
吉幾三のような独特なコブシのせいで、日本人(少なくとも私)にはどうにも垢抜けなく聴こえてしまうバングラーだが、最近はビートの進化と、そしてフロウの微妙な変化によって、掛け値なしに相当かっこいい音楽になってきている(ような気がする)のだ。

その進化をまざまざと感じさせられたのは、Def Jam Indiaからリリースされたこの曲を聴いた時だった。


GD 47 X H$ "Mic Naal"



この曲で共演しているGD 47とH$は、いずれも本場パンジャーブのバングラーラッパーだ。
ちょっとローファイっぽいビートもかっこいいが、まずはそこに乗るGD 47のラップに注目してほしい。
あきらかにバングラー由来のメロディーがついたフロウではあるものの、バングラー特有のコブシはかなり抑えられていて、そしてリズムの取り方が、かなりヒップホップ的な後ノリになってきている!
バングラー界の革命児だったSidhu Moose Walaでさえ、トラップやドリルをビートに導入しても、歌い方そのものはかなりトラディショナルなスタイルだった。
時代と共にバングラーのビートの部分がどれだけ変化しても、この歌い方だけは絶対に変わらないと思い込んでいたのだが、ここに来てバングラーのフロウが少しずつ変わり始めているのである。

それにしても、このGD 47、見た目のインパクトがすごい。
シク教には、本来、神からの賜り物である髪の毛や髭を切ったり剃ったりしてはならないという戒律があるが(ターバンはもともと伸びた髪の毛をまとめるためのものだ)、今でもこの戒律を厳格に守っている信者は少ない。
スタイル的にはかなりモダンなバングラーラップをやっている彼に、いったいどんな思想的・信仰的バックグラウンドがあるのだろうか。


次の曲を聴いてみよう。
90年代リバイバル風のスタイルはインドの音楽シーンでも目立っているが、バングラーラップでもこんな曲がリリースされている。
やはりパンジャーブを拠点に活動しているShubhが2022年の9月にリリースしたこの"Baller"は、ビートもミュージックビデオももろに90's!

Shubh "Baller"


シーンを長くチェックしている人の中には、「90年代風のバングラーラップなんて当時からいくらでもあったじゃん」と思う人もいるかもしれないが、例えばRDB(パンジャービー・シクのインド系イギリス人によるラップグループ)あたりの老舗のバングラーラップ勢は、ビートもフロウももっとトラディショナルなバングラーの影響が強かったし、映像もこんなに同時代のヒップホップに寄せてはいなかった。
この"Baller"の面白いところは、映像処理とかファッションの細かいところまで90年代を再現しているにもかかわらず、音楽的には当時のサウンドを踏襲するのではなく、「2020年代から見た90'sヒップホップ風バングラー」を作り上げているということだ。

このShubh、つい先日、インドのなかで独立運動が存在しているカシミール地方、北東部、そしてパンジャーブ地方を除いた形のインドの地図をインスタグラムに上げて「パンジャーブのために祈る」とのコメントを発表し、バッシングを浴びている。
インドの統一を脅かす不穏分子として扱われたということである。
批判を受けて投稿を撤回したようだが、おそらく彼は故Sidhu Moose Walaと同様にパンジャーブにシク教徒の独立国家建国を目指す「カリスタン運動」を支持しているのだろう。
Shubhは地元パンジャーブ以外にも、Sidhu Moose Walaと同じカナダのオンタリオ州ブランプトンも活動拠点としているという。
カナダとインドで暗躍するパンジャーブ系ギャングは、違法薬物の売買などのシノギを通して、カリスタン独立運動に資金を提供していると言われている。
考えすぎなのかもしれないが、彼もまたパンジャービー・ナショナリズムとギャングスタ的なアティテュードを持ったラッパーである可能性がある。
(このあたり、リリックが分かればすぐに判明するんだろうけど、私はパンジャービー語はまったく分かりません)

そう考えると、さっきのGD 47の原理主義的なまでの髭の長さもすこしキナ臭く見えてくる、ような気もする。


Sidhu Moose WalaやShubhに限らず、インドに暮らすパンジャービーたちは、多くがカナダに親戚などのコネクションを持っているが、当然ながら、そのカナダにも新しいタイプのパンジャービー音楽を作っているアーティストがいる。
AP DhillonはYouTubeの合計再生回数が10億回を超え、Lollapalooza Indiaではインド系のなかでもっともヘッドライナーに近い位置(初日のトリImagine Dragonsに次ぐ2番目)にラインナップされていたアーティストだ。
彼が昨年8月にリリースした"Summer High"という曲がまた面白かった。


AP Dhillon "Summer High"


Weekndを彷彿させるポップなサウンドに、バングラー的とまでは言えないかもしれないが、パンジャービー特有の歌い回しを載せたサウンドはじつに新鮮。
在外パンジャービーたちは独自のマーケットを形成しており、バングラービートの時代から、インド本国の流行をリードしてゆく存在でもあった。


パンジャーブ出身で今ではカナダを拠点に活動しているバングラーラッパーとしては、このKaran Aujlaも注目株。
活動期間はまだ5年に満たないが、YouTubeで数千万回再生される曲もある実力派だ。

Karan Aujla "52 Bars"


ここでも、もろヒップホップなビートと、フロウのリズム感に注目してほしい。
最近のシーンでは、以前のバングラーシンガーほど声を張り上げず、あまり高くない音域で歌い上げるのがトレンドのようだ。
例えば少し前のシーンで旋風を巻き起こしていたSidhu Moose Walaは、歌い方に関してはもっとトラディショナルで、より高い音域で張り上げて歌うスタイルだった。


そろそろ視点をまた本国のパンジャーブに戻したい。
在外パンジャービーたちが作る音楽と本国のシーンとのタイムラグは、インターネットが完全に普及した今日では、ほぼゼロに近くなってきている。
Laddi Chahalが2022年11月にリリースした"Rubicon Drill"もまた、バングラーのスタイルながらも、ビートとフロウ(というかリズムの取り方)に新しさを感じる曲だ。

Laddi Chahal "Rubicon Drill"


女性シンガーのGurlez Akhtarもそうだが、バングラー色のかなり濃い歌い回しにもかかわらず、リズムの取り方や途中で3連になるところなどに、ヒップホップの影響が強く感じられる。



と、ここまで、バングラーがかなりかっこよくなってきている現状を書いてきたわけだが、正直にいうと、バングラーがかっこよくなってきているというより、私がバングラーを聴き続けた結果、独特の歌い回しに対するアレルギーがだんだん薄れてきて、かっこよく思えるようになってきただけなのかもしれない、ともちょっと思っている。
そういえば、初めてボブ・マーリィを聴いた時も、「レゲエは反逆の音楽」とか言われているわりにずいぶん呑気な音楽だなあと感じたものだった。
ライブだと「オヨヨー」とかコール&レスポンスしたりしてるし、本当にふざけているんじゃないかとも思ったものだが、聴いているうちにそのかっこよさや主張の激しさがだんだん分かってきた。

何が言いたいのかというと、本題からそれる上にちょっと大きすぎる話になるが、そんなふうにかっこいいと思える音楽が増えるというのは、音楽を聴く喜びのかなり本質的な部分のような気がする、ということだ。
(だからバングラーのかっこよさが現時点で分からなかったら、分かるまで聴いてみてください)

一方で「オールドスクールなバングラーこそが最高」という人にとっては、最近のバングラーのスタイルの変化は、歌い方もギャングスタ的なアティテュードも、受け入れ難いものなのかもしれない。

ともかく、ここ最近、バングラーとヒップホップの垣根はますます低くなってきて、シーンがさらに面白くなってきているというのは間違いない。
'00年代前半のPanjabi MCのように、そろそろまたバングラーシーンからあっと驚くグローバルなヒット曲が生まれてもいいと思っているのだけど、どうだろう。




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goshimasayama18 at 22:49|PermalinkComments(0)

2023年04月30日

インドのパーティーラップとストリートラップ、融解する境界線


久しぶりにインドのヒップホップに関する記事を書く。
これまで、このブログでインドのヒップホップについて書く時、便宜的に「享楽的で商業的なパーティーラップ」(パンジャーブ出身者がシーンの中心だが、他の地域にもある)と「よりリアルでコンシャスなストリートラップ」に分けて扱ってきた。

インドにおいて、この2つのジャンルは成り立ちからスタイルまで見事に対照的で、交わることはないだろうと思っていた。
ところが、少し前からその境界線が曖昧になってきているみたいだ、というのが今回の話。

長くなるので簡単に説明すると、インドのパーティーラップは、'00年代にパンジャーブ系の欧米移住者が伝統音楽の要素を取り入れて始めた「バングラーラップ」が逆輸入されたことに端を発する。
バングラーラップはパーティー好きなパンジャービーたちの嗜好を反映して(かなりステレオタイプでごめん)インド国内でド派手に進化し、ボリウッド映画の都会的なナイトクラブのシーンなどに多用され、人気を博すようになった。
これがだいたい'10年代半ばくらいまでの話。


一方で、'10年代以降、パンジャービーたちが逆輸入したバングラーラップとは無関係に、インターネットを通じて本場アメリカのラッパーから直接影響を受けたストリートラップのシーンも形成されるようになる。
初期のストリートラッパーたちは、同時代の音楽よりも、Nas, 2Pac, Notorious B.I.G., Eminemといった'90年代USヒップホップの影響を強く受けていた。
商業的なパーティーラップが虚飾的な享楽の世界を描いているのに対して、彼らはあくまでリアルにこだわった表現を志していた。

とくにムンバイでは、『スラムドッグ$ミリオネア』の舞台にもなったスラム街ダラヴィなどでシーンが形成され、徐々に注目を集めるようになってゆく。


2018年には、ムンバイを代表するストリートラッパーNaezyとDIVINEをモデルにしたボリウッド映画『ガリーボーイ』が公開され(この二人はダラヴィの出身ではない)、ストリートラップシーンは一気に脚光を浴びる。
ストリートで生まれたインディペンデントなラップシーンが、エンタメの王道であるボリウッドをきっかけに注目を集めたのは皮肉といえば皮肉だが、ともかく、こうしてストリートラップシーンはアンダーグラウンドから脱却し、多くの人に知られるようになった。

簡単に説明すると書いたわりには結構長くなってしまったが、さらに詳しく読みたい方はこちらの記事をどうぞ。




典型的なインドのパーティーラップというのは、例えばこんな感じ。
このジャンルを代表するラッパー、Yo Yo Honey Singhが2014年にリリースした"Love Dose"のミュージックビデオを見れば、その雰囲気は一目瞭然だろう。


この曲のYouTubeでの再生回数は約4億5,000万回。(2023年4月現在。以下同)
他にもHoney Singhのパーティーソングは4億、5億再生の曲がざくざくある。
インドの音楽をよく知らない方には吉幾三っぽく聴こえるかもしれないが、この幾三っぽい歌い回しこそが、バングラー由来の部分である。

もういっちょ紹介すると、これはちょうどHoney Singhが世に出た頃、2011年にDeep Moneyというシンガーと共演した"Dope Shope".


ターバンを巻いてバングラーっぽい歌い回しを披露しているのがDeep Money、途中からラップをしているのがHoney Singhだ。
さっきの曲もチャラかったが、この曲も酒、女、パーティーっていう非常に分かりやすい世界観。
この曲の再生回数も2億回を超えている。


その彼が2021年最近リリースした"Boom Boom"になると、突然こうなる。


ビートはパーカッシブながらもぐっとシンプルになり、バングラー的な歌い回しは鳴りを潜めて、よりヒップホップ的になっている。
そしてミュージックビデオは薄暗く、男臭くなった。
再生回数は、Honey Singhにしてはかなり少ない1900万再生ほど。

この曲のYouTubeのコメント欄が泣ける。
トップコメントは「昔のYo Yoが懐かしいって人いる?(Who miss our old Yo Yo?)」という思いっきり後ろ向きな内容で、3万を超えるイイネがついている。
他にも、「Dope Shopeとか歌ってた昔のYo Yoのほうがいい」とか「2010年から2016年までがHoney Singhの黄金時代」といった、コレジャナイ感を表明した率直すぎるコメントが並んでいて、比較的優しいファンも「正直よくわからないけど、彼はいつも時代を先取りしているから10年くらい経ったら僕らも良さがわかるようになると思う」とか書いている。
このスタイルはファンに歓迎されなかったのだ。
ほどなくしてHoney Singhは再びコマーシャルなパーティーラップのスタイルに戻っている。

なぜ彼が急にこの地味なスタイルに切り替えたかというと、思うにそれはインドで急速にストリート系のリアルなラップが支持され始めて来たからだろう。
インドでストリート系のラップが世にで始めた2010年代後半頃、ストリート系のラッパーのYouTubeコメント欄には「Honey Singhなんかよりずっといい」といったコメントが溢れていたものだった。


そのインドのストリートラップというのはどんなものかというと、いつもこの曲を例に挙げている気がするが、ムンバイのシーンを代表するラッパーDIVINEの出世作、2013年の"Yeh Mera Bombay"を見れば、こちらも一目瞭然だ。




インド最大の都市ムンバイの、高層ビル街やオシャレスポットではなく、下町の路地裏を練り歩きながら「これが俺のムンバイだ」とラップするDIVINEは、物質主義的な憧れを詰め込んだような既存のパーティーラップに比べて、確かにリアルで、嘘がないように見える。
この曲の再生回数は450万回ほどに過ぎないが、ラップといえば虚飾的なスタイルがほとんどだったインドに突如として現れた「持たざる自分を誇る」スタイルがシーンに大きな衝撃を与えたことは想像に難くない。

『ガリーボーイ』公開後、スターの仲間入りをした彼の「ストリートからの成り上がりの美学」を象徴しているのが、2021年にリリースされたこの"Rider"だ。


下町練り歩きの"Yeh Mera Bombay"と比べると、予算の掛け方も二桁くらい違うが、それでもストリート上がりのルーツをレペゼンする姿勢は変わっていない。
成り上がりの美学に多くのファンが共鳴したのか、この曲の再生回数は3,000万回ほどと、"Yeh Mera Bombay"に比べてぐっと多くなる。

ところが事情はそんなに簡単ではない。
この"Rider"が収録されている"Punya Paap"には、真逆のスタイルのこんな曲も収録されているのだ。


タイトルの"Mirchi"は唐辛子という意味。初めて見た時は、DIVINEずいぶんチャラくなったなー、と思ったものだが、Honey Singhを見た後だとそこまで違和感がないかもしれない。
それでも、ボリウッドばりに色とりどりの女性ダンサーが踊るパーティー路線のミュージックビデオは、男っぽさを売りにしていた過去のイメージからはほど遠い。

ぶっちゃけた話、ダサくなったような気もするが、インドのファンはストリートラップよりもこのパーティー路線のほうがずっと好きなようで、この曲のYouTube再生回数は3億回近くにも達する。

この"Mirchi"でDIVINEと共演しているダラヴィ出身のラッパー、MC Altafの転向も面白い。
これも何度か紹介している好きな曲なのだが、ダラヴィの郵便番号をタイトルに関した"Code Mumbai 17"もまた、典型的なガリーラップだ。


2019年にリリースされた曲とは思えない90'sスタイル。
TBSラジオの宇多丸さんのアトロクで「Ozrosaurusの『AREA  AREA』と繋げたら合うと思う」と言ったら「めっちゃ合う!」と同意してもらえた曲。
このMC Altafが、2022年にリリースした"Bansi"だとこうなる。


なんというか、インド人って「振付が揃った群舞」が本当に好きなんだなあ、としみじみと感じるミュージックビデオだ。
DIVINEの"Mirchi"もそうだが、群舞を取り入れながらも、メインストリーム的な過剰な華やかさから脱するために取られている手法が「照明を暗めにする」という極めてシンプルな方法論なのが面白い。


もう一人この手の例を挙げてみる。
このMC Altafとの共演も多いD'Evilというムンバイのベテランラッパーがいるのだが、2019年にリリースされた"Wazan Hai"という曲ではこんな感じだった。


スラム的下町っぽさを強調した初期のDIVINEやMC Altafに比べると、「スニーカーへの愛着」というテーマはミドルクラス的だが、D'Evilもストリート感を強調した結構コワモテなタイプのラッパーだということが分かるだろう。
それが2022年にリリースされた"Rani"だとこうなる。


豪邸、チャラい女の子たち、ポメラニアン、そしてピンクの衣装。
どうしてこうなった。
リリースはDIVINEのレーベルのGully Gangからだが、このレーベルは出自のわりにこういうノリを厭わない傾向がある。
インドでは珍しいこの手のラテンっぽいビート(レゲトン系は多いが)は、Karan Kanchanによるもの。

まあともかく、こんなふうに、『ガリーボーイ』以降にわかに有名になったストリートラッパーたちは、多くが急速にパーティー系路線へと舵を切った。
インドのヒップホップ的サクセスストーリーa.k.a.成り上がりの、典型的なあり方と言えるのかもしれない。


最初にあげたHoney Singhのように、パーティー系ラッパーがストリート系に転向したという、「逆成り上がり」の例をもう一人挙げるとしたら、メインストリームでHoney Singhと並ぶ人気のBadshahが好例だ。

2017年にリリースされた"DJ Waley Babu"は、これまた酒、女、パーティーの典型的なコマーシャル系享楽路線だ。


ところが、彼のストリート系へのアプローチはかなり早くて、2018年にはインド随一のヒップホップ系ビートメーカー、Sez On The Beatを迎えてこんな曲もリリースしている。


以前のパーティーラップ的世界観と比べると、急にシブい感じになってきた。

Badshahの最新曲はこんな感じだ。


Badshahの面白いところは、完全に硬派路線に切り替えたわけではなく、今でも分かりやすいパーティーチューンもたびたびリリースしていることである。


この"Jugnu"は3連のシャッフルっぽいリズムがかっこいい1曲。

さらに変わったところだと、コロンビア出身のレゲトンシンガー、J Balvinを迎えたこんな曲もリリースしている。


だんだん訳がわからなくなってきた。
長々と書いたが、結局のところ、ナンパなパーティー系スタイルであろうと、硬派なストリートスタイルであろうと、当然ながらどちらもヒップホップカルチャーの一部な訳で、どっちかが本物でどっちかが偽物というわけではない。
アメリカのラッパーも、本当は金持ちじゃないのに豪邸で美女をはべらせているようなミュージックビデオを撮るために、借金を抱えたりとかしていると聞いたことがある。

それからインドがどんどん豊かになって、ネットの影響もあって海外のカルチャーがより広く、リアルタイムに入ってくるようになったことによって、ヒップホップの解釈の幅が大きく広がっているということもあるだろう。
Prabh DeepとかSeedhe Maut、あるいはTienasみたいに、また違う方法論でヒップホップを実践しているラッパーたちも出てきているし。


さらに言うと、最近では人的交流の面でも、「ストリート → パーティー」勢と「メインストリーム → ストリート」勢の共演が進んでいる。

最近パンジャービー/バングラー系ラッパーとのコラボレーションが目立っていたDIVINEは、この"Bach Ke Rehna"でとうとうBadshahと共演。
映画音楽を含めた王道ポップシンガーのJonita Ghandhiをフィーチャーしたこの曲は、ドウェイン・ジョンソン主演のNetflix映画"Red Notice"のインド版イメージソングという位置付けらしい。



他にもMafia Mundeer(Honey SinghやBadshahを輩出したデリーのクルー)出身で、早い時期からストリートラップ的アプローチをしていたRaftaarがデリーのアンダーグラウンドラップの帝王Prabh Deepと共演したりとか、もはやメジャーとインディーの垣根すらなくなってしまったのではないか、というコラボレーションが目立つようになってきた。




何が言いたいのかというと、インドのシーンはあいかわらずどんどん面白くなっていくなー!
ということでした。

以上!




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goshimasayama18 at 23:20|PermalinkComments(0)

2023年01月31日

Rolling Stone Indiaが選ぶ2022年のミュージックビデオTop10


1月も終わりかけの時期に去年の話をするのもバカみたいだが、毎年定点観測していることなので一応書いておくことにする。
この「Rolling Stone Indiaが選ぶその年のTop10」シリーズ、急成長が続くインドのインディー音楽シーンを反映したのか、2022年はベストシングルが22曲、ベストアルバムが15枚(アルバムの数え方は今も「枚」でいいのか)も選ばれていたのだが、今回お届けするミュージックビデオ編はきっちり10作品だった。
単に選者が適当なのか、それともそこまで名作が多くなかったのか。(元記事

10作全部チェックするヒマな人もあんまりいないと思うので、そうだな、3曲挙げるとしたら、音的にも映像的にも、6位と3位と2位がオススメかと思います。
それではさっそく10位から見てみましょう。



10. Disco Puppet "Speak Low"



ベンガルールのドラマーでシンガーソングライターのShoumik Biswasによるプロジェクト。
かつては前衛的な電子音楽だったが、気がついたらアコースティックな弾き語り風の音楽になっていた。
インドではローバジェットなアニメのミュージックビデオが多いが、影絵風というのはこれまでありそうでなかった。
音も映像も後半で不思議な展開を見せる。
映像もDisco PuppetことShoumikの手によるもの。
多才な人だな。



9. Rono "Lost & Lonely"


ムンバイのシンガーソングライターによる、日常を描いたリラクシングな作品。
なんかこういう自室で踊り狂うミュージックビデオは、洋楽や邦楽で何度か見たことがあるような気がする。



8. Aarifah "Now She Knows"


ベストシングル部門でも11位にランクインしていたムンバイのシンガーソングライター。
これまた日常や自然の中でのどうってことのない映像。
インドはこの手の「ワンランク上の日常」みたいな作風が多いような気がするが、よく考えたら日本を含めてどこの国でもそんなものかもしれない。



7. Parekh & Singh


コルカタが誇るドリームポップデュオのSNSをテーマにしたミュージックビデオ。
ウェス・アンダーソン趣味丸出しだった以前ほど手が込んだ作品ではないが、それでも色調の美しさは相変わらず。



6. Kanishk Seth, Kavita Seth & Jave Bashir "Saacha Sahib"


いかにもインド的な「悟り」を表現したようなモノクロームのアニメーションが美しい。
Rolling Stone Indiaの記事によると「グルーヴィーなエレクトロニック・フュージョン」とのこと。
インド的なヴォーカルの歌い回し、音使いと抑制されたグルーヴの組み合わせが面白い(と思っていたら終盤に怒涛の展開)。
クレジットによると、歌われているのは15〜16世紀の宗教家カビール(カーストを否定し、イスラームやヒンドゥーといった宗教の差異を超えて信仰の本質を希求した)による詩だそうだ。
都市部の若者の「インド観」に、欧米目線のスピリチュアリズムっぽいものが多分に含まれていることを感じさせる作品でもある。



5. Serpents of Pakhangba "Pathoibi"


インド北東部のミャンマーに程近い場所に位置するマニプル州のメイテイ族の文化を前面に打ち出したフォーク/アヴァンギャルド・メタルバンド(活動拠点はムンバイ)。
少数民族の伝統音楽の素朴さとヘヴィな音圧の融合が、呪術的な雰囲気を醸し出している。
ミュージックビデオのテーマは呪術というよりも社会問題としての児童虐待?
後半のヴォーカルにびっくりする。



4. Ritviz "Aaj Na"


インド的EDM(勝手に印DMと命名)の代表的アーティスト、Ritvizが2022年にリリースしたアルバムMimmiからの1曲。
テーマはメンタルヘルスとのことで、心の問題を乗り越える親子の絆が描かれている。
アルバムにはKaran Kanchanとの共作曲も含まれている。



3. Seedhe Maut x Sez on the Beat "Maina"


Seedhe Mautが久しぶりにSez on the Beatと共作したアルバムNayaabの収録曲。
インドNo.1ビートメーカー(と私が思っている)、Sezの繊細なビートが素晴らしい。
これまで攻撃的でテクニカルなラップのスキルを見せつけることが多かったSeedhe Mautにとっても新境地を開拓した作品。
ミュージックビデオのストーリーも美しく、タイトルの意味は「九官鳥」。
昨年急逝された麻田豊先生(インドの言語が分からない私にいつもいろいろ教えてくれた)に歌詞の意味を教えてもらったのも、個人的には忘れ難い思い出だ。



2. F16s "Sucks To Be Human"



チェンナイを拠点に活動するロックバンドのポップな作品で、宇宙空間でメンバーが踊る映像が面白い。
どこかで見たことがあるような感じがしないでもないが、年間トップ10なんだから全作品これくらいのクオリティが欲しいよな。
ミュージックビデオの制作は、いつも印象的な作品を作るふざけた名前の映像作家、Lendrick Kumar.



1. Sahirah (feat. NEMY) "Juicy"


ムンバイを拠点に活動するシンガーソングライターの、これまたオシャレな日常系の作品。
ラップになったところでアニメーションになるのが若干目新しい気がしないでもないが、このミュージックビデオが本当に2022年の年間ベストでいいんだろうか。
そこまで特別な作品であるようには思えないのだが…。
印象的なアニメーションは、以前F16sの作品なども手がけたDeepti Sharmaによるもの。


というわけで、全10作品を見てみました。
毎年ここにランキングされている作品を見ると、「上質な日常系」「現代感覚の伝統フュージョン系」「ポップな色彩のアニメーション系」といった大まかな系統に分けられることに気づく。
インドのインディー音楽シーンが急速に拡大すると同時に、少なくとも映像においては、その表現様式が類型化するという傾向も出てきているようだ。
もはやインディー音楽もミュージックビデオも、「インドにしてはレベルが高い」という評価をありがたがる時代はとっくに過ぎている。
この壁を突き破る作品が出てくるのか、といった部分が今後の注目ポイントだろう。




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2022年12月29日

Rolling Stone Indiaが選ぶ2022年のベストアルバムTop15

毎年定点観測しているRolling Stone Indiaが年間選ぶベストアルバム
アルバム10枚聴くのって結構大変なんだよなー、と思っていたら、今年はなんと15枚!
例年のことながら、いつもチェックしている媒体にもかかわらず、これまでまったく取り上げられていなかったアーティストのアルバムが入っていたりして、今年も何が何だか分かりませんが、今年も良作揃い!

そして、今年は過去最高に自分のセレクトとRolling Stone Indiaのセレクトが重なっていた!
おかげでアルバムを聴く手間も大幅に省けたので、ついでに1枚ずつの紹介はせずに、何枚かまとめてのコメントとさせてもらいます。

1. Bloodywood "Rakshak"

Rolling Stone Indiaでも1位を飾ったのはBloodywoodだった。
バンド名を含めてステレオタイプをネタにしたような彼らがこのRolling Stoneのテイストに合うかどうか心配していたのだが、杞憂だったようだ。
確かにサウンドの個性とヘヴィロックとしてのクオリティはピカイチだし、他のインド出身のバンドがなし得なかったほどに世界的な注目を集めているという点では、納得の1位だ。



2. Parekh & Singh – The Night Is Clear

ブログでも特集した、そして軽刈田選出のTop10にもピックアップしたParekh & Singhがこの位置にランクイン。
1位のBloodywoodとの落差がすごいが、これが今のインドのシーンの多様性と言えるし、両極端を敬遠せずにきちんと取り上げているRolling Stone Indiaを褒めたい。
Parekh & Singhが新作をリリースした年には、必ずこのランキングの上位に食い込んできている印象。
まあ実際それだけ安定したクオリティの作品を作り続けているし、洋楽的洗練を重視するこの媒体が彼らを高く評価するのも頷ける。
今作では、これまであまり重視してこなかったグルーヴを意識したアレンジが見られる。



3. Ankit Dayal – Tropical Snowglobe (Side A) 


4. Raman Negi – Shakhsiyat 


5. Girls On Canvas – Frequency


6. Derek & The Cats – Derek & The Cats

媒体のカラーなのか、例年ロック系が強いこのランキングだが、今年の3位から6位も広義のロックっぽい作品が優勢。
3位のAnkit Dayalはムンバイ出身で、ロックバンドSpud in the Boxのメンバー。
この作品に関してはR&Bと呼んだ方が適切だろうか。Phishのようなジャムバンドやダブの浮遊感も感じさせる不思議なサウンド。
4位のRaman Negiは古式ゆかしいハードロックにウルドゥー語?のヴォーカルが乗る。
5位のGirls On CanvasはムンバイのバンドPentagramなどで活躍するギタリストのRandolph Correiaによるプロジェクトで、この並びのなかでは唯一の電子音楽で、ドラムンベース的だったり、歌ものエレクトロニカ風だったりする音楽性はけっこう実験的だ。
6位のDerek & The Catsはまさかのインスト。
これまでのインドにはなかったタイプの音楽だが、これがSeedhe MautやPrateek Kuhadより上かと言われるとやはり疑問符が頭をよぎる。
いずれもセンスの良い洋楽的なスタイルの作品だが、これらを「インドのバンドにしては良作」という以上の評価ができるかというと微妙なところ。
佳作であることは間違いないのだが、世界中のアーティストと肩を並べた上で、手放しで傑作と呼べるほどの作品かと問われるなら、答えは厳しいものになりそうだ。
 

7. Ali Saffudin "Wolivo"

1位から7位までを占めたロック系の作品の中でうならされたのはこのカシミール出身のシンガーAli Saffudin.
70年代ロック風の骨太なリフと民謡風の歌い回しの融合はありそうでなかった組み合わせで、2022年らしさこそないものの、かなり独特で、存在感がある。
ちなみに歌詞は弾圧が続くカシミールの現状を反映したものらしく、そういった意味での現代性は十分にあるようだ。
発売元はなんとデリーのヒップホップレーベルAzadi Recordsで、もちろんロックアルバムのリリースはレーベル創設以来初めてのことだ。
13位にランクインしたAhmer同様に、レーベルのカシミール問題に対する関心の高さがうかがえる。


8. DIVINE "Gunehgar"

ようやくここにきてヒップホップのアルバムが顔を出してきた。
軽刈田のトップ10には入れなかったDIVINE.
最近の彼のスタイルに関しては、以前から書いているように必ずしも好意的に見ているわけではないのだが、こうして聴いてみると、トラックは粒揃いだし、インドのストリートの泥臭さを残した彼のラップもやっぱりいいもんだ、と思えてくる。



9. FILM "FILM" 

ニューデリーのSanil Sudanによるプロジェクト。
ジャンルでいうと若干エクスペリメンタルなエレクトロニカということになるのだと思うが、この手の音楽性のアーティストが多い中で彼が選ばれた理由は、類型的なアンビエントではないという部分が評価されてのことだろう。


10. Seedhe Maut x Sez on the Beat "Nayaab" 


11. Prabh Deep "Bhram"


12. Prateek Kuhad "The Way That Lovers Do"

この辺はブログでも詳しく書いたので繰り返さないが、10位と11位にはデリーのAzadi Records所属のラッパーが続いてランクイン。
音響面でインドのヒップホップを新しくし続けているアーティストたちである。
12位にはインド随一のシンガーソングライターPrateek Kuhadが米エレクトラレコードからリリースした英語アルバムが入った。




13. Ahmer "AZLI"

彼もまたAzadi Records所属のラッパー。
カシミールの社会状況とヒップホップの関わりについては大阪大学の拓徹さんが詳しく、先日オンラインで行われたワークショップでも、Azadi Recordsの紹介のなかで、MC KASHから連なるカシミーリープロテストラップの系譜についても触れられていた。
Azadi Recordsからはこのトップ15に4作品もランクインしていることになる。


14. Rushaki "She Speaks"

ムンバイとプネーを拠点にする女性アーティストによるダークな印象のポップミュージック。
内容は不安との戦いなど、内面的なものだそうだ。


15. The Anirudh Varma Collective "Homecoming"

このランキングで最大の見つけものと言えそうなのが、このThe Anirudh Varma Collective.
デリー出身のピアニストによる古典音楽とコンテンポラリーを融合したいわゆるフュージョンだが、古典部分の腕の確かさと、西洋音楽的な解釈が際立っている(若干ベタなところがあるのはご愛嬌か)。
リズム面のアレンジや楽曲ごとの楽器のセレクトも素晴らしく、心地よさとエキサイティングさが両立している。
自分のような、ふだんからインドの古典音楽に親しんでいるわけではない人間にとっても入りやすい作品。


というわけで15作品を紹介してみました。
同誌が選んだ過去の年間ベスト10と比較してみるのも一興でしょう。






15作品を聴き終えて、ほっとため息をついてRolling Stone IndiaのWebサイトを見てみたら、毎年10曲選出されている年間ベストシングルが今年は22曲もある!
マジかよ…
というわけで次回はたぶんそのネタです。


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goshimasayama18 at 02:40|PermalinkComments(0)

2022年12月27日

2022年度版 軽刈田 凡平's インドのインディー音楽top10

このブログを書き始めてあっという間に5年の月日が流れた。
始めた頃、どうせ読んでくれる人は数えるほどだろうから、せめて印象に残る名前にしよう思って「かるかった・ぼんべい」と名乗ってみたのだが、どういうわけかまあまあ上手く行ってしまい、この5年の間に雑誌に寄稿させてもらったり、ラジオで喋らせてもらったり、あろうことか本職の研究者の方々の集まりに呼んでいただいたりと、想像以上に注目してもらうことができた。
みなさん本当にありがとうございます。
こんなことになるなら、もうちょっとちゃんとした名前を付けておけばよかった。

「飽きたらやめればいいや」という始めた頃のいい加減な気持ちは今もまったく変わらないものの、幸いにもインドの音楽シーンは面白くなる一方で、まったくやめられそうにない。
これからも自分が面白いと思ったものを自分なりに書いていきますんで、よろしくお願いします。
というわけで、今年も去りゆく1年を振り返りつつ、今年のインドのインディー音楽界で印象に残った作品や出来事を、10個選ばせてもらいました。



Bloodywood (フジロック・フェスティバル出演)

日本におけるインド音楽の分野での今年最大のトピックは、フジロックフェスティバルでのBloodywoodの来日公演だろう。
朝イチという決して恵まれていない出演順だったにもかかわらず、彼らは一瞬でフジロックのオーディエンスを虜にした。
映像では彼らの熱烈なファンが大勢詰めかけているように見えるが、おそらく観客のほとんどは、それまでBloodywoodの音楽を一度も聴いたことがなかったはずだ。
現地にいた人の話によると、ステージが始まった頃にはまばらだった観客が、彼らの演奏でみるみるうちに膨らんでいったという。
これはメタル系のオーディエンスが決して多くはないフジロックでは極めて異例のことだ。
Bloodywoodは一瞬だが日本のTwitterのトレンドの1位にまでなり、おかげで私のブログで彼らを紹介した記事も、ずいぶん読んでもらえた。
(もうちょっとちゃんと書いとけばよかった)

メタル・ミーツ・バングラーという、意外だけど激しくてキャッチャーでチャーミングなスタイルは、日本のリスナーに音楽版『バーフバリ』みたいなインパクトを与えたものと思う。
日本だけではない。
BloodywoodのSNSを見ると、彼らがメタル系のフェスを中心に、その後も世界各地を荒らし続けている様子が見てとれる。
一方で、いまやセンスの良いインド系アーティストがいくらでもいる中で、ステレオタイプ的な見せ方を意図的に行った彼らが最も注目を集めているという事実は、現時点での世界の音楽シーンの中での南アジアのアーティストの限界点を示しているとも言えるだろう。


Sidhu Moose Wala 死去

去年まで、この年末のランキングはその年にリリースされた作品のみを対象としてきたのだが、今年はシーンに大きなインパクトを与えた「出来事」も入れることとした。
その大きな理由となったのが、あまりにも衝撃的だった5月のSidhu Moose Wala射殺事件だ。
バングラーラップにリアルなギャングスタ的要素を導入し、絶大な人気を誇っていたSidhuは、演出ではなく実際にギャングと関わるリアルすぎるギャングスタ・ラッパーだった。
彼はインドとカナダを股にかけて暗躍するパンジャーブ系ギャングの抗争に巻き込まれ、28歳の若さでその命を落とした。
音楽的には、バングラーに本格的なヒップホップビートを導入したスタイルでパンジャービー・ラップシーンをリードした第一人者でもあった。
彼の音楽、死、そして生き様は、今後もインドの音楽シーンで永遠に語りつがれてゆくだろう。
彼が憧れて続けていた2Pacのように。





Prateek Kuhad "The Way That Lovers Do"(アルバム)

インド随一のメロディーメイカー、Prateek Kuhadがアメリカの名門レーベルElektraからリリースした全編英語のアルバム(EP?)、"The Way That Lovers Do"は、派手さこそないものの、全編叙情的なムードに満ちた素晴らしいアルバムだった。


彼が敬愛するというエリオット・スミスを彷彿させる今作は、インドのシンガーソングライターの実力を見せつけるに十分だった。
彼のメロディーセンスの良さは群を抜いており、贔屓目で見るつもりはないが、このままだと彼が作品をリリースするたびに、毎年このTop10に選ぶことになってしまうんじゃないかと思うと悩ましい。
リリース後にヨーロッパやアメリカ各地を回るツアーを行うなど、インドのアーティストにしてはグローバルな活躍をしているPrateekだが、観客はインド系の移住者が中心のようで、彼がその才能に見合った評価を受けているとはまだまだ言えない。
要は、私はそれだけ彼に期待しているのだ。

すでに何度も紹介しているが、彼のヒンディー語の楽曲も、言語の壁を超えて素晴らしいことを書き添えておく。




MC STAN "Insaan"(アルバム)他

このアルバムが出たのはもうずいぶん昔のことのように思えるが、リリースは今年の2月だった。
もともとマンブルラップ的なスタイルだったMC STΔNだが、この作品ではオートチューンをこれでもかと言うほど導入して、インドにおけるエモラップのあり方を完成させた。
マチズモ的な傾向が強いインドのヒップホップシーンでは異色の作品だ。
彼の他にも同様のスタイルを取り入れていたラッパーはいたが、彼ほどサマになっていたのは一人もいなかった。
「弱々しいほどに痩せたカッコイイ不良」という、インドでは不可能とも思われたアンチヒーロー像を確立させたというだけでも、彼の功績はシーンに名を残すにふさわしい。
最近では、リアリティーショー番組のBigg Bossに出演するなど、活躍の場をますます広げている。
今インドでもっとも勢いのあるラッパーである。



Emiway Bantai "8 Saal"(アルバム)他


インドでもっとも勢いのあるラッパーがMC STΔNだとしたら、人気と実力の面でインドNo.1ラッパーと呼べるのがEmiway Bantaiだろう。
今年も彼はアルバム"8 Saal"をはじめとする数多くの楽曲をリリースした。
アグレッシブなディス・トラック(今年もデリーのKR$NAとのビーフは継続中)、ルーツ回帰のストリート・ラップ、チャラいパーティーソング、lo-fiなど、Emiwayはヒップホップのあらゆるスタイルに取り組んでいて、それが全てサマになっている。
かと思えば、インドのヒップホップ史を振り返って、各地のラッパーたちをたたえるツイートをしてみたりもしていて、Emiwayはもはやかつての誰彼構わず噛み付くバッドボーイのイメージを完全に脱却して、大御所の風格すら漂わせている。
『ガリーボーイ』にチョイ役(若手の有望株という位置付け)でカメオ出演していたのがほんの4年前とは思えない化けっぷりだ。
もはや彼は『ガリーボーイ』のモデルとなったNaezyとDIVINEを、人気でも実力でも完全に凌駕した。




Seedhe Maut, Sez on the Beat "Nayaab"(アルバム)

昨年も選出したSeedhe Mautを今年も入れるかどうか悩んだのだが、インドNo.1ビートメーカーのSe on the Beatと組んだこのアルバムを、やはり選ばずにはいられなかった。

セルフプロデュースによる昨年の『न』(Na)が、ラッパーとしてのリズム面での卓越性を見せつけた作品だとしたら、今作は音響面を含めた叙情的なアプローチを評価すべき作品だ。
Seedhe Mautというよりも、Sezの力量をこそ評価すべき作品かもしれない。
インドのヒップホップをサウンドの面で革新し続けているのは、間違いなくSezとPrabh Deep(後述の理由により今年は選外)だろう。
インドのヒップホップは、2022年もひたすら豊作だった。


Yashraj "Takiya Kalaam"(EP)


悩みに悩んだこのTop10に、またラッパーを選んでしまった。
ここまでに選出したSidhu Moose Wala, MC STΔN、Emiway Bantai, Seedhe Maut&Sezに関しては、インドのヒップホップファンにとってもまず納得のセレクトだと思うが、この作品に関しては、インド国内でどのような評価及びセールスなのか今ひとつわからない。
YouTubeの再生回数でいうと、他のラッパーたちの楽曲が数百万から数千万回なのに比べて、この"Doob Raha"はたったの45,000回に満たない(2022年12月16日現在)。

だが、過去のUSヒップホップの遺産を存分に引用したインド的ブーンバップのひとつの到達点とも言えるこの作品を、無視するわけにはいかなかった。
自分の世代的なものもあるのかもしれないが、単純に彼のラップもサウンドも、ものすごく好きだ。
若干22歳の彼がこのサウンドを堂々と作り上げたことに、インドのヒップホップシーンの成熟を改めて実感した。


Parekh & Singh "The Night is Clear"(アルバム)


インドのインディーポップシーンでも群を抜くセンスの良さを誇るParekh & Singhのニューアルバムは、その格の違いを見せつけるに足るものだった。
イギリスの名門インディーレーベルPeacdfrogに所属し、日本では高橋幸宏からプッシュされている彼らは、もはや「インドのアーティスト」というくくりで考えるべき段階を超えているのかもしれない。
Prateek KuhadやEasy Wanderlingsら、多士済々のインディーポップ勢のなかで、国際的な評価では頭ひとつ抜けている彼らが今後どんな活躍を見せるのか、ますます目が離せなくなりそうだ。



Blu Attic


ド派手なEDMが多いインドの電子音楽シーンの中で、Blu Atticが示した硬質なテクノと古典声楽との融合は、Ritvizらによるインド的EDM(いわゆる印DM)とも違う、懐かしくて新鮮な方法論だった。
どちらかというと地味な音楽性だからか、このデリー出身の若手アーティストへの注目は、インド国内では必ずしも高くはないようだが、だからこそ当ブログではきちんと評価してゆきたい。
彼がYouTubeで公開している古いボリウッド曲のリミックスもなかなかセンスが良い。
インドのアーティストは、古典音楽と現代音楽を、躊躇なく融合してかっこいい音を作るのが得意だが、Blu Atticによってそのことをあらためて思い知らされた。




Dohnraj 


インドのインディー音楽シーンが急速に盛り上がりを見せたのは2010年台以降になってからだが、それはすなわち、あらゆる年代のポピュラー音楽を、インターネットを通して自在に聴くことができる時代になってからシーンが発展したことを意味している。
まだ若いシーンにもかかわらず、インドにはさまざまな時代の音楽スタイルで活動するアーティストが存在しているが、このDohnrajは80年代のUKロックのサウンドをほぼ忠実に再現している、驚くべきスタイルのアーティストだ。
気になる点は彼のオリジナリティだが、あらゆる音楽が先人の遺産の上に築かれていることを考えれば、インドで80年代のUKサウンドを再現するという試み自体が、むしろ非常にオリジナルな表現方法でもあるように思う。
彼の音楽遍歴(以下の記事リンク参照)を含めてグッとくるものがあった。
インドのシーンの拡大と深化をあらためて感じさせてくれる作品だった。





というわけで、今年の10作品を選出してみました。

気がつけばヒップホップが5作品(というか、5話題)。
ヒップホップを中心に選ぶつもりはなかったのだけど、インドのヒップホップは今年も名作揃いで、他にもPrabh Deepの"Bhram"(これまでの作風から大きく変わったわけではないので今年は選出しなかった)や、Karan KanchanがRed Bull 64 Barsで見せた仕事っぷりも素晴らしかった。

やはりインドのシーンのもっともクリエイティブな部分はヒップホップにこそあるような気がしてならないが、とんでもなく広く、才能にあふれたインドのシーンのこと、来年の今頃は、「やっぱりロックだ」とか「エレクトロニックだ」とか言っているかもしれない。

今年はありがたいことに、仕事のご依頼をいただくことも多く、本業(?)のブログが滞り気味なことが多かったですが、来年もこれまで同様続けて参ります。

今後ともよろしくです。




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2022年12月04日

インドのヒップホップの現在地(2022年末編)

インドにヒップホップが根付いたのはじつはかなり遅くて、シーンと呼べるものが可視化してから、まだ10年くらいしか経過していない。
在外インド系ラッパーを除けば、2012年の時点でストリートミュージック的なラップをやっていたのは、デリーのKR$NAやベンガルールのM.W.A(Brodha VSmokey The Ghostを輩出したユニット)など、数えるほどしかいなかった。

そんな遅咲きのインドのシーンだが、いつもこのブログで書いている通り、その成長はめざましい。
「インドのヒップホップの現在地」 というタイトルで書き始めたものの、広すぎるインドのどの地域をどの角度から切り取るかによっても紹介すべき内容が変わってくるので、その全体像を示すのは容易ではない。

というわけで、今回は、2022年にリリースされたインドのヒップホップのなかから印象に残ったアルバムを3作品選んで紹介させてもらうのだが、それが完全に私の独断と偏見によるものであることをまずお断りしておきたい。
これらの作品が今のインドを象徴しているかというと、そうでもないような気もするのだが、いずれも、衝撃を受けたり、なるほどこう来たかと思ったりした作品なのは間違いないので、まあ聴いて損はないと思う。


Prabh Deep "Bhram"
まずはPrabh Deepが11月にリリースしたニューアルバム、"Bhram"の1曲目、Bhramから聴いてみよう。


デリーのストリート出身のPrabh Deepは、もはや単なるラッパーというよりも、音響芸術家とでも呼んだ方がよさそうな領域に入ってきている。
ローファイっぽいギターが入ったトラックは、ジャンルの枠にとらわれずに、アメーバのように様々に変化しながら進んでゆく。
前作"Tabia"を踏襲した今作でも、自らの手による深みのあるビートと彼の声との相乗効果が、不思議な高揚感を生む。
初期の作品のSez on the Beat(インドNo.1ビートメーカーと呼んでも良いだろう。彼のことは)とのコラボレーションもすばらしかったが、セルフプロデュースとなってからのPrabh Deepはまさに唯一無二の存在となった。

ミュージックビデオが制作された"Rishte"はラップ、ビート、映像が融合した独特の世界観が楽しめる。



アルバム収録曲ではないが、10月28日にリリースされた"Wapas"も、映像とサウンドいずれもこのスタイリッシュさ。


このシク教徒のラッパーは、フロウこそヒップホップ的ではあるものの、発声そのものにバングラー的というか、とてもパンジャービーっぽい響きが内包されていて、それが彼のシグネチャースタイルを形作っている。
これからも孤高の存在でありつづけるであろう彼の今後の活躍がますます楽しみだ。



DIVINE "Gunehgar"
インドのヒップホップシーンを牽引してきたムンバイ出身のDIVINEについては、これまでも何度も紹介してきた。
ヒンディー語でガリーと呼ばれる路地出身の彼は、持ち前のラップセンスとスキルで名声と地位を獲得し、2019年のヒット映画『ガリーボーイ』のモデルの一人にもなった。
ラップによる成り上がりは彼の望むところだったのだろうが、成功後の彼は、ストリートに根ざしたアイデンティティーを失ってしまったようにも見え、ちょっと迷走しているようでもあった。
(もっとも、そんなふうに思っていたのは日本の私くらいで、インドではいずれのスタイルもファンに歓迎されていたようだったが…)




そのDIVINEも、11月にニューアルバム"Gunehgar"をリリース。
紆余曲折を経て(前回の記事参照)、結局はストリートっぽさを活かした(しかし成り上がったのでお金をたっぷり使った)ミュージックビデオとスピットスタイルのラップに戻ったようだ。
タイトルトラックの"Gunehgar"はこんな感じ。


アルバム自体は、Prabh Deepのように意欲的に新しいスタイルに挑戦しているわけではなく、彼が生み出したガリーラップのスタイルを進化・深化させたものと捉えて良いだろう。
アメリカの中堅ラッパーArmani WhiteやベテランラッパーJadakissがゲスト参加しているのも注目ポイント。
Armani Whiteが参加した"Baazigar"は、古いボリウッド?から始まるKaran Kanchanプロデュースによるトラックが秀逸。




このBornfireのゲストラッパーは、今回のアルバムのなかでは一番の大物であるRuss.
ミュージックビデオの悪い意味でのボリウッド的(あるいはYo Yo Honey Singh的)なダサさが気になるが、クールなラテン風味のトラックは率直にかっこいい。



まあこの映像センスもインド的成り上がりを象徴するひとつのスタイルなのだろう。
(前作にも"Mirchi'というダサめのミュージックビデオがあった)
この曲のビートにはモロッコ人のRamoonやアイルランド人のRoc Legion、ムンバイのKaran Kanchanとどこの人かわからないiLL Waynoという人の名前がクレジットされている。
おそらくはネットを介してコラボレーションが進められたものと思うが、これもまた現代的な話ではある。



Yashraj "Takiya Kalaam"
最後に紹介するのは、ムンバイ出身の22歳のラッパーYashraj.
彼が8月にリリースした"Takiya Kalaam"は、サウンド的には目新しいところやインド的な部分があるわけではないが、ブーンバップ的な王道のアプローチがとにかくツボを心得ていて心地よい。

"Doob Raha"


Prabh DeepとDIVINEのあとに見ると、見た目的にはかなり地味な印象かもしれないが、耳に意識を集中すれば、この音の完成度の高さに気がつくはずだ。
プロデュースはAkash Shravanなる人物。
Yashraj同様、派手さはないが、押さえるべきところをきちんと押さえたサウンド作りができるビートメーカーのようだ。

"Naadaani"


"Aatma"


ローファイ・マナーっぽい"Naadaani"や"Aatma"も、「すげえなあ!」というより「分かってるなあ!」という印象。
妙に耳に馴染むのは、少し前の日本語ラップっぽい雰囲気が(インドのラップにしては)感じられるからかもしれない。
Yashrajはミドルクラス出身だそうで、この出自のインド人ラッパーでこのサウンドであれば、英語ラップを選ぶことも難しくはなかっただろうが、ヒンディー語で通しているところがシブい。
このアルバムにはゲストを入れず、政治的なテーマもあえて扱わずに自身の内面にひたすら向き合ってリリックを書いたとのことで(言葉が分からないのでなんともいえないが)、自分の深い部分を表現するには、やはり母語にこだわる必要があったのだろう。

新世代が新しい方法論に飛びつくのではなく、このどっしりしたサウンドでデビューするあたり、インドのヒップホップシーンの裾野の広がりを改めて感じた次第。
派手さはないが、何度も聴きたくなる作品である。

アルバム収録曲ではないが、昨年末にリリースされた"Besabar"もかなり意欲的な作品なのでついでに紹介しておく。





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2022年08月28日

急速に現代化するインドのヒップホップ インディアン・オールドスクールはどこへ行くのか



たびたび書いていることだが、インドのヒップホップ・シーンが発展したのは2010年代以降。
ムンバイをはじめ各地で同時多発的に発生したインドのストリート・ラップは、同時代のヒップホップよりも90年代USラップの影響が強いのが特徴だった。

よりストリート色が強く、「抑圧されたゲットーの人々の音楽」という色彩が強かった90年代のヒップホップのほうが、都市部のロウワーミドルクラスを中心としたインドのラッパーたちに「刺さる」ものだったのだろう。
音楽的な面では、ラップが始まったばかりのインドで、ビートもフロウもシンプルだった90年代のスタイルのほうが彼らの言語を乗せやすかった、ということもあったかもしれない。

2020年前後から、インドのヒップホップはようやく同時代的な、少なくとも2010年代以降のサウンドが、目立つようになってきた。
マンブルラップ的な手法やオートチューンを駆使して傷ついた心情を表現するMC STANや、トラップ以降のビートに乗せて超絶スキルのラップを吐き出すSeedhe Mautがその筆頭だ。

ここ数年で、インドのヒップホップは世界のシーンが30年かけて歩んだ道を一気に駆け抜けたわけだが、それでは、その急速な変化の中で、骨太なラップを聞かせてくれていたオールドスクールなラッパーたちはどうなったのだろうか?

最近のベテランラッパー(といってもデビュー後のキャリアは10年程度だが)たちの新曲を聴く限り、彼らは自らの矜持を貫き、かたくなにそのスタイルを守り抜いていた。
…なんてことは一切なかった。
2010年代に今のヒップホップ流行の礎を築いた先駆者たちは、面白いくらいに今風のスタイルに変節してしまっていたのだ。
別にそれをいいとか悪いとか言うつもりはないのだが、これはこれでなんだかインドっぽいような気もするので、今回はそんなラッパーたちの過去と現在を紹介してみたいと思います。


まずは、このブログの記念すべき第1回でも紹介したラッパーであるBrodha V.
インドのストリート系ラップ普及の立役者であるムンバイの帝王DIVINE曰く「インドで最も最初にメジャーレーベルと契約したストリートラッパー」であるというベンガルールのラッパーだ。

Brodha V "Aatma Raama"


2012年という、インドのストリート系ヒップホップではかなり早い時期にリリースされたこの曲は、2PacやEminemを思わせるフロウでヒンドゥー教の神ラーマへの帰依を歌う、クリスチャン・ラップならぬヒンドゥー・ラップだ。


インドのラッパーたちは、インド各地の諸言語でラップするようになる前は英語でラップしていた(ちなみにベンガルールの公用語はカンナダ語)。
彼のこなれた英語ラップはインド人の英語力の高さをあらためて感じさせられる。
まあそれはともかく、2012年にしては古いスタイルでラップしていた彼は、今どうなったのか。

2022年8月にリリースしたばかりの曲を聴いてみよう。


Brodha V "Bujjima"


いきなりのオートチューンに3連のフロウ。
今となっては決して最新のスタイルではないが、それでも2012年の"Aatma Raama"から比べると、90年代から一気に20年くらい進んだ感じがする。
Brodha Vはけっこうエンタメ精神に溢れているラッパーで、この曲のミュージックビデオでは裁判所を舞台にジョーカーやハーレイ・クイン風のキャラクターが出てきて、壁にはなぜかノトーリアスB.I.G.らヒップホップスターの写真が飾られている。
なんだか詰め込み過ぎな印象もあるが、それもまたインドらしくて面白い。



続いて紹介するのはコルカタのベンガル語ラップシーンをリードするCizzy.
2019年にリリースされたこの曲では、90年代のNYを思わせるジャジーでクールなラップを披露していた。

Cizzy "Middle Class Panchali"


かっこいいけど、今の音ではまったくないよな。
ちなみにタイトルにあるPanchali(パンチャリ)というのはベンガル語の詩の形式らしく、ミドルクラスの悲哀を歌ったというこの曲のラップはちょっとそのパンチャリっぽい雰囲気になっているらしい。
そのCizzyがやはりこの8月にリリースした曲がこちら。


Cizzy "Blessed"


またオートチューン!
そしてダークな雰囲気のフロウとか言葉の区切り方に、彼もまた20年くらいの進化を一気に遂げたことを感じさせる。
Brodha VにしろCizzyにしろ、元のスタイルで十分に個性的でかっこよかったのに、躊躇なくスタイルを変えてくる(それも、むしろ無個性な方向に)フットワークの軽さがすごい。
国籍を問わず、ベテランラッパーが「俺だってこれくらいできるんだぜ」的に新しいスタイルを取り入れた曲をリリースするってのはよくあると思うが、ここまで節操ないのは珍しいんじゃないだろうか。



続いては、ターバン・トラップという謎ジャンル(レーベル?)を代表するビートメーカーのGurbaxが、パンジャービー系のラッパー/シンガーのBurrahとムンバイのストリートラッパーMC Altafと共演した曲を紹介。

Gurbaxはこのブログの初期に紹介したことがあるトラップ系のクリエイター。
意図的にインド的な要素を強く打ち出したそのサウンドは、この国の刺激的な音楽を探していた当時の自分にめちゃくちゃ刺さったのをよく覚えている。



Burrahはまだほとんど無名だが、伝統音楽っぽい歌い回しとラップの両方ができるラッパー/シンガーで、面白いのがかなりローファイ/チルな音作りを志向しているということ。
何かと派手でマッチョな方向に行きがちなパンジャービー系シンガーのなかでは稀有な存在で、今後も注目したい。

フィーチャリングされているMC Altafは映画『ガリーボーイ』の舞台にもなったムンバイのスラム街ダラヴィ出身のラッパー。
2019年にリリースしたこの"Code Mumbai 17"をアトロク(TBSラジオ「アフター6ジャンクション」)で紹介したところ、宇多丸さんのリアクションは「2019年代とは思えない!90年代の音!」というものだった。
ほんとそうだよね。

MC Altaf "Code Mumbai 17"


この動画のトップコメントは、
'Thats the Classic Old school flow and beat 90s vibes... thats what we needed in Indian rap culture 🔥'
というもの。
なんでインドに90年代のヴァイブスが必要なのかは分からないが、ファンには好意的に受け入れられていることが分かる。

まあとにかく、インド風トラップのGurbaxとローファイ・パンジャービーのBurrah、そしてオールドスクール・ヒップホップのMC Altafが共演するとどうなるのかというと、こうなる。


Gurbax, Burrah "Bliss"feat. MC Altaf


トラップのヘヴィさもオールドスクールの硬派さも鳴りを潜め、ギターのアルペジオとざらついたビートの、完全にローファイ的サウンドになってる。
Burrahの色が強くなってるとも言えるけど、Gurbax、芸の幅が広いな。
MC AltafはBrodha VやCizzyと比べるとそこまでスタイルを変えてきているわけではないが、これまでに彼がリリースしてきたいろんな曲と比べても、ここまでの伝統色とメロウさは異色ではある。


さて、ここまでいわゆるストリート系のラッパーについて紹介してきたが、それじゃあインドにストリートラップが生まれる前から人気だったパーティー系コマーシャル・ラッパーたちはどうなっているのだろう。
彼らは2019年の映画『ガリーボーイ』公開以降、リアルなストリート系ラップの台頭と、自分達が時代遅れになってしまうことへの危惧からか、急速にスタイルをストリート化させ、かえって昔からのファンの反発を招いていた(とくにYo Yo Honey Singh)。
そろそろ彼らのスタイルにも新しい展開があるのではないか、と思ってチェックしてみたら、Honey Singhと並び称されるパンジャービー系パーティーラップの雄、Badshahの新曲がなかなか面白かった。

まずは、過去の曲を聴いてみましょう。
2015年にリリースされた"DJ Waley Babu"は、YouTubeで4億再生もされている大ヒット曲。

Badshah "DJ Waley Babu"



酒、女、パーティー、でかい車。
これぞパンジャービー系パーティーラップの世界観。

1年前にリリースした曲がこれ。

Badshah, Uchana Amit "Baawla ft. Samreen Kaur"



酒、女、パーティーという価値観はそのままに(でかい車の代わりに飛行機になってる!)、ぐっとビートは落ち着いてきた。
それが最新曲ではこうなる。


Badshah "Chamkeela"


逆に一気にエンタメ寄りに振り切ってきた!
Badshahもちょっと前にストリート寄りっぽい、派手さ抑えめの曲をやっていた時期があったのだけど、もとがド派手な彼らがそういうことをやると、単に地味になったみたいな感じになっちゃうんだよな。
そこで今度はもうラップ的な部分を一気に無くしちゃって、超ポップな路線に転換してみたのがこの曲、ということらしい。
「銀行のマネージャー(Badshah本人)と女銀行強盗の恋」というバカみたいなストーリーは頭を空っぽにして楽しめるものだし(もちろん褒め言葉)、いかにもインド映画っぽいミュージックビデオの演出(美女の髪がファサーッ、殴られた男が一回転、等)も最高だ。

今回とくに注目したいのはバックダンサーを従えたダンスシーンで、この展開だといかにもボリウッドぽくなりそうなところを、なんかK-Popっぽく仕上げている!
(竹林が舞台なのも東アジアのイメージ?)

これまでレゲトンとかラテン系の音楽を参照することが多かったパンジャービー系ポップ勢のなかでは、これはかなり新鮮な感覚だ。
K-Popはインドでもかなり人気があるが、これまで音楽的あるいは映像的引用というのはあまりなかったような気がする。
ポップなダンスミュージックという意味では、K-Popも現代パンジャービー音楽とは別のベクトルで機能性をとことんまで追求したジャンルと言えるわけで、この融合はかなり面白いと感じた次第。

進化と変化と多様化を絶え間なく繰り返しているインドのヒップホップシーン。
次はどうなるのかまったく予想がつかず、ますます目が離せない状況になってきた。




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goshimasayama18 at 14:15|PermalinkComments(0)