新たなるヨギ・シンの襲来!二人めのヨギ・シンとの再会

2023年11月28日

二人目のヨギ・シンとの対話


ターバン姿の初老のヨギ・シンからの「You have a lucky face.」というお決まりの問いかけに、私はとぼけてこう尋ねた。

「何のことを言っているんだ?」

「あなたの額から良いオーラが出ている」

予想通りの答えだ。
私は「意味が分からないがあなたの話を聞くつもりはある」という表情を作って足を止めた。
彼にとって望ましい、ごく自然なリアクションだろう。

「自分はメディテーションをやっているのでそれが分かった。来年良いことがある。あなたにとって『良い花』をひとつ挙げてほしい」

小さな紙を出す前に質問してくるのが意外だったが、私はプラディープに聞かれたとき同様に「チェリーブロッサム」と答えることにした。
ところで、この問いに対する最も多い答えは「ローズ」だそうで、もしそう答えたら何か別の展開があったのだろうか。
(この謎はそう遠くないうちに明らかになるのだが、このときはまだそれを知らない)

ターバンの男は、プラディープのように「あなたの心を読んでみせよう」とは言わず、無言で手帳を取り出した。
そこにはおなじみの5センチ四方くらいの白い紙がたくさん挟まれている。
そのうちの一枚を丸めて私に握らせると、例によって脈絡のない質問を投げかけてきた。

「1から9で好きな数字は?」

「8」

「名前は?」

本名を答える。もちろんアルファベットの綴りも伝えなければならなかった。

「年齢は?」

「45歳」

「子どもは何人いる?」

「2人」

「望みは?」

「健康」


彼は手帳を下敷きがわりに、手元の紙に私の答えを書き込んでいるようだ。
この間、最初に渡された紙はずっと私が握ったままだ。

この後の展開は分かっている。
隙をついて私が握っている紙をすり替えるつもりなのだろう。
それなら、意表をついてこの紙をすぐに開いてやろうかと手を広げた瞬間、彼は、
「紙を握った手を額に押し当てて、その手に息を吹きかけろ」と言いながら、私の手にある紙をつまんで私に見せた。
やられた!
ほんの一瞬だったが、彼が「この紙をそうするんだ」と言わんばかりにごく自然に紙をつまんだときに、手の中にあったもう一枚の紙とすり替えたのだ。

言われた通りにまた紙を握り額にあて、息を吹きかけると、彼はようやくそれを開くように言った。

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「好きな数字は8、あなたの名前はこれ、年齢は43歳、好きな花はチェリーブロッサム、子どもは2人、望みはグッドヘルス。あなたの答えが全てここに書かれているだろう」

思った通りのトリックだ。
急いだせいか、彼の手元の紙の文字は乱れており、自分で書いた5を3と読み間違えて「43歳」と言ってしまっている。
それにプラディープのときと同様に最後の「健康(good health)」は判読できない。
あえて指摘はしなかったが、この男の「占い」はちょっと雑だなと思った。

「二人の子ども」を示すところにC-2とあるのは、Childrenの略と思われる。
わざわざCと書いた理由は、この数字が何を意味しているのか自分で忘れないようにするためだろう。

「答え合わせ」が終わると、彼は再び手帳を開いた。
ここまでの手順は、先月会ったプラディープとほとんど同じだが、次に彼が見せたのは、オレンジの装束に長髪を垂らしたグルの写真ではなく、シルディ・サイババの肖像画だった。
1838年に現在のマハーラーシュトラ州のシルディという街に生まれたこの「初代」サイババは、今でも精神的指導者としてインドじゅうで崇拝されている。

ShirdiSaiBaba
(この画像は彼が見せたものと全く同じではないが、このようなシルディ・サイババの肖像画は、今でもインドでたくさん売られている)

サイババといえば、1990年代に一世を風靡したアフロヘアーの男が有名だが、あの「プッタパルティのサイババ」は、このシルディ・サイババの生まれ変わりを自称していた人物である。
20世紀初めに亡くなった人物を「師匠」として挙げるのは日本人の感覚からすると違和感があると思うが、インドの感覚ではそんなに不思議なことではない。
(ちなみに文脈から「師匠」という日本語をあてているが、彼もプラディープ同様にteacherという単語を使っていた)

男は次に、早口の英語でごく短い祈りの言葉のようなものを唱えた。
内容は忘れてしまったが、私の名前と、グッドヘルスという言葉、あと家族がどうとか言っていたように思う。

さっきの肖像画に対して「シルディ・サイババだね」と伝えたが、彼は「そうだ」と生返事をして、手帳から10才くらいの子どもたちが並んだ写真を取り出して見せた。
日本でシルディ・サイババを知っていて反応する人は珍しいだろうから「知っているのか?」とか「君も彼を信じているのか?」とか聞いてくれても良さそうな気がするが、余計なことを言わないのは段取り通りに早く進めたいからだろう。
子どもたちの写真はプラディープが見せたものとは別のもので、子どもたちが並んだ後ろには'○○ foundation'と何かの団体名が書かれているのが見える。

「これは私の寺だ。父母のいない子どもたちを助けるためにお金をくれないか」

予想通りの言葉だ。
私が1,000円札を差し出すと、彼はそれを手帳に挟んでしまい込んだ。
その時、彼の手帳に英語のフレーズと日本語の対訳が書かれた紙が挟まれているのがちらっと見えた。
どうやら自己紹介のときに見せて使うためのものらしい。
日本語が達者な協力者がいるのだろうか。

1,000円しか渡さなかった私に対して、彼は「子どもが二人いるなら、二人分で2枚の紙幣を出してくれ」と要求してきた。
たった2,000円しか要求しないとは、ずいぶんと謙虚なヨギ・シンである。
手練のヨギ・シンなら、間違いなく「1,000円なんて馬鹿にするな。最低でも10,000円だ。他の人は貧乏人でも10,000円は払ってくれているぞ」とか言うところだ。
彼にはインド人特有の押しの強さがなく、「2枚くらい貰えないかな」と言うのをはっきりと断ると、思いのほかあっさりと引き下がってくれた。
しつこくないのはありがたいのだが、率直に言って、今回の彼からはあまりやる気が感じられない。
占いも祈りも雑だったし、がめつくもない。
彼はヨギ・シン界の窓際族なのだろうか?
ともあれ、ここからは私が質問する番だ。

「インドには何度も行ったことがある。あなたはパンジャーブから来たのか?」

「そうだ。インドのどこに行った?」

「デリー、アーグラー、ヴァーラーナシー、ムンバイ、他にも色々あるけど、残念ながらパンジャーブには行ったことがない。あなたはパンジャーブのどこから来たの?」

「アムリトサル」

「シク教の聖地だね。あなたの寺の名前は?」

「ゴールデン・テンプルだ。そこではたくさんの料理を調理して、みんなに振る舞っている。今度インドに来るときは、ぜひ私の寺にも来てほしい。」

ゴールデン・テンプルとは大きく出たものだ。
黄金寺院はシク教の最大の聖地である。
グルドワラと呼ばれるシク教寺院では、参拝者に料理をふるまい、一同に会して食事する儀礼的習慣がある。
これは異なるカースト間で食事をともにしないヒンドゥー教徒に対して、シク教が平等を重んじることを意味していて、黄金寺院では毎日10万食ものカレーが調理されているという。

「知ってる。映画で見たよ(『聖者たちの食卓』)」
と答えると、彼は「あ、そう」とあまり興味のなさそうな反応を返してきた。
最初に会ったときのプラディープもこんな感じだったが、彼らの間では、「会話に夢中になって自制心を失うな」というような教えがあるのだろうか。
そういえばプラディープも「次にインドに来る時は自分の寺に来てほしい」と言っていた。
これはどうせ来ないと見越して、自分の発言に真実味を持たせるためのレトリックなのだろう。
人は信心深い人を信用しやすい。
私が調べた限りでは、黄金寺院には児童養護施設のような場所は併設されていないようだった。

「グルドワラ(シク教寺院)は礼拝に来た人に料理をふるまうんでしょう。東京にもグルドワラがあるんだよ」

「本当か? どこにあるんだ?」

「茗荷谷っていうところ」

茗荷谷という街の名前は日本語になじみのない彼には難しかったらしく、何度か確認されたがうまく伝わらなかったので「『東京 グルドワラ』で検索したら出てくるよ」と教えた。
彼らは東京で暮らす同じコミュニティの仲間と繋がっているのではないかと考えていたのだが、このリアクションを見る限り、都内の敬虔なシク教徒と強い繋がりがあるわけではなさそうだ。

「じつは先月もあなたのような占い師にこのあたりで会ったんだ」

ポーカーフェイスを貫いていた彼の顔に、少し驚きの色が現れたように見えた。

「この人なんだけど、知ってる?名前はプラディープ」

スマホの写真を覗き込み、「知らない」と答えた彼の反応は、嘘をついているようには見えなかった。
彼とプラディープは、別々のグループのヨギ・シンなのか。


「あなたみたいな占い師が世界中にたくさん出没しているらしいけど、みんな同じコミュニティなの?」

「コミュニティじゃない。ネイションだ」

「ネイション?同じ地域から来たということ?」

「そうではない。私たちはネイションなんだ」

「それはジャーティー(同じ職能の一族や集団。いわゆるカースト。シク教では表向き、カーストによる序列は否定されている)ということ?」

「ジャーティーではない。私たちはネイション。私はメディテーション・スチューデントだ」

彼が繰り返す「ネイション」という言葉の意味がいまひとつつかみきれないが、シク教の同じ信仰を持つ仲間という意味だろうか。
中年から初老の域に差し掛かっている彼は、studentという言葉のイメージからは程遠く、これは「修行者」程度の意味なのだろう。

「シク教徒の全員がこういう占いをするわけではないでしょう?」

「全員ではない」

「こういう占いができる人は世界中に何人くらいいるのか?」

「世界中に200人から300人くらいいる。たくさんの寺があるから正確な数は分からないが、それくらいだろう」

プラディープも言っていたように、彼らは「寺」に所属しているという建前になっているらしい。
判で押したような同じ「占い」の技術を全員が持っているということは、寺かどうかは別にして、体系化された技術を教えるシステムがあるのは事実なのだろう。

「はっきり言うと、あなたがさっき紙をすり替えるのを見た。先月会った男も同じことをやっていた。これはマジックの一種でしょう」

「違う。これはメディテーションだ」

プラディープ同様、彼は自分の行う術をマジックと呼ばれることを否定し、占い(フォーチュンテリング)とも言わずに、メディテーションと定義しているらしい。
日本人が考える瞑想とはずいぶんイメージが違うが、ここにもなにかこだわりがあるようだ。

「ヨギ・トリック(例によってこれは仮名だが、実際には本当の名称を言っている)というマジックの技を知っているか?」

私がこう聞いた時、彼はあからさまに不快そうな顔をして、「知らない」と回答した。

「ヨギ・トリックはあなたのような占い師が使うトリックで、19世紀にイギリスで書かれたマジックの本にも書かれていると聞いている。どっちにしろ私は気にしないが、本当に知らないのか?」

「何も知らない」

彼の反応を見る限り、やはりトリックに関する話題には答えないようだ。
すこし聞き方を変えてみる。

「あなた方はどれくらい前から存在しているんだ? つまり、19世紀から同じようなことをしているのか?」

「19世紀なんかじゃない。200年前からだ」

こう答えたときの彼は、これまでの感情が読めない話し方とは異なり、誇らしげな様子に見えた。
インチキとはいえ、やはり自分たちの伝統にはプライドがあるのだろうか。
今から200年前でも19世紀じゃないか、と思ったが、それは言わなかった。

「それじゃあ。良い1日を」

話を切り上げて立ち去ろうとするのを引き止めて「まだ聞きたいことがある」と言うと、彼は少し迷惑そうな表情を見せたが、一応、質問に答えてはくれるようだった。

「このあとどこに行くつもり?」

「マロチ」

「丸の内のこと?」

「そうだ。マルノウチ」

並んで歩きながら、歩きながら、質問を続ける。

「今どこに滞在しているの?」

「カロヤシ」(そう言っているように聞こえた)

何度か聞いたが、彼は日本語の地名を覚えるのが苦手らしく、結局どこのことか分からなかった。
東京駅から45分くらいかかる場所とのことである。

「あなたのような占い師は東京に来ると必ずこのエリア(丸の内・大手町)に来るけど、どうして?」

「英語を話せる人が多いからだ。東京は英語が話せる人が10%くらいしかいない。どこに行ったらもっと英語が話せる人がいるんだ?」

「それなら六本木に行ってみたらいいと思う。外国人ツーリストとか英語を話せる人もたくさんいるし、リッチな人も多い街だから」

彼は六本木という地名も覚えることができず、彼が差し出した紙にローマ字で綴りを書いて、そこにサブウェイの日比谷ラインと大江戸ラインで行けると付け加えた。
まさか自分がヨギ・シンの商売道具の「小さな紙」に何か書くことになるとは思わなかった。
だが、この後彼が六本木に出没したと言う情報はない。
よく分からない日本人のアドバイスよりも、彼らのコミュニティで伝わっている「占いするなら丸の内」というルールのほうが信用に値すると思っているのだろう。

「東京にはどれくらい滞在しているの?」

「3週間。1週間前に着いて、あと2週間いる」

「日本のあとはどこか別の国に行くのか? 他に国にも行ったことがある?」

「インドに帰る。他にはドイツと香港に行ったことがある」

世界中を旅して占いをしているヨギ・シンにもかかわらず、彼の年齢で日本以外2カ国しか行ったことがないというのは、ちょっと少ない気がする。
21歳のプラディープですら、すでに台湾とスイスとドイツとフランスに行ったと話していた。
このターバンの男は、たまにしか占いをやらないパートタイム・ヨギ・シンなのかもしれない。

「この後また別の人に声をかけるのか?」

「メディテーションでオーラを見て、幸運な人に声をかけているんだ」

一応返事はしてくれているが、彼の態度からは、はやく話を切り上げたいという気持ちがありありと伝わってきた。
こうなったら会話が途切れないように手当たり次第に質問をしてやろう。

「あなたは何歳?」

「59歳」

「東京だとこの占いで1日にいくらくらい稼げるの?」

「稼いでいるのではない。寺のためにお金を集めているんだ」

「ソーリー。で、いくらくらいのお金が集められるの」

「5,000円から8,000円くらいだ」

これは思ったより少ない。
1日5時間から8時間占いをやるとして、1時間に1人、1,000円払ってくれる人にようやく出会えるかどうかという計算だ。
東京に現れたヨギ・シンが「poor 10,000 middle 20,000 rich 30,000」と書いた紙を見せこともあるようだが、やはりそんなに払う人は滅多にいないのだ。
往復の航空運賃と滞在費を考えたら赤字だろう。

「あなた方の占いを詐欺だと呼ぶ人もいる。それについてはどう思う?」

この質問には、彼はあからさまに不快そうな表情を見せ、「これはメディテーションだ」と繰り返した。

彼らが使うメディテーションという言葉には、「タネも仕掛けもない」といった気持ちが込められているようだ。

「もしトリックがあったとしても、私は気にしない。あなた方の伝統をリスペクトしている」

と言うと、彼はほっとしたような表情を見せた。
そうこうしているうちに、気がつけば東京駅のすぐ近くまで来ていた。

前回書いた通り、私はこの日は仕事帰りで疲れていて、こんなに簡単にヨギ・シンに会えると思わなかったので、質問もほとんど用意していなかった。
今にして思えば、もっと聞きたいことはたくさんあったのだが、彼の「あまり深入りしてくれるな」と言う態度もあり、私はこのへんで会話を終えることにした。

ヨギ・シンは駅前の雑踏に姿を消し、私は東京駅に向かい、大急ぎでいまのやりとりの一部始終をメモした。
二人目のヨギ・シンとの遭遇はこうして終わった。

その後について少し触れておく。
2019年に遭遇したヨギ・シンは、こちらから話しかけて正体を探ろうとしたら態度を硬化させて、その後二度と現れなくなってしまったが、このターバンの男は、その後も大手町〜丸の内〜日比谷エリアで占いを続けているようである。
その後もXでは目撃情報が寄せられている。

彼が言ったことが本当ならば、12月初め頃まで東京にいるはずだ。

そういえば、彼にWhatsappの番号を聞こうとしたら「やってない」と断られてしまったのだが、後日彼に遭遇したという人の話では、別れ際に「何かあったら連絡してくれ」とWhatsappの番号を渡されたという。
よほど私と関わり合いたくなかったのだろう。
怪しい占い師に怪しいやつだと思われた私の立場がないが、改めて読み返してみたら、そう思いたくなる気持ちも分かる。
ちょっとぐいぐい行きすぎたのかもしれない。

(続く)




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goshimasayama18 at 23:03│Comments(0)ヨギ・シン | インタビュー

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