インドのパーティーラップとストリートラップ、融解する境界線最近のバングラーがかなりかっこよくなってきている件

2023年05月08日

インド産トランスミュージック各種!(ヒンドゥーモチーフから人力トランスバンドまで)



今回は「最近のインドのトランス・ミュージック」の話を書く。

ゴアトランスというジャンルを生んだことからも分かるとおり、インドはトランスというジャンルに多大な影響を与えてきた国である。

インドの古典音楽が持つ深く瞑想的な響きや、ヨガなどの精神文化が持つ西洋文明に対するオルタナティブなイメージは、ビートルズの時代から、欧米のポピュラー音楽のカウンターカルチャーとしての側面に大きな影響を与えてきた。
インドの宗教的/哲学的な「悟り」は、欧米のポピュラー音楽シーンでは、ドラッグによる精神変容、すなわちサイケデリックという感覚と同一視されて扱われてきた歴史を持つ。
トランスは、そうしたオルタナティブな精神性〜サイケデリックという方向性を煮詰めたようなジャンルだった。

それゆえ、伝統音楽がサンプリングされたり、ヒンドゥーの神々がアートワークに使われたりしていた往年のトランスは、改めて思い返してみれば、インドの伝統のエキゾチシズム的消費というか、今風に言うところの「文化の盗用」みたいな側面がかなり強い音楽でもあった。
このサイケデリックなパーティー音楽においては、インドからの影響は、あくまでも表面的なものでしかなかったのだ。

ゴアにトランスがどう定着し、そして廃れていったかは、以前、3回に分けて書いたことがあるので、ここでは繰り返さない。




(こちらの記事参照)

トランスアーティストたちによるインド理解が表層的なものだったとは言っても、欧米目線から見たニンジャやサムライが日本人にとってキッチュでありながらもクールだと感じられるのと同じように、インド人にとっても、サイケデリックに解釈されたインド文化は、どこかかっこよく、魅力的なものだったのだろう。
インドでは、いまだにオールドスクールなゴア/サイケデリックトランスの人気は根強く、その名も3rd Eye Eventsという、まるでインドかぶれの外国人がつけたみたいな名前のオーガナイザーが、海外からDJを招聘して各都市でパーティーを開催していたりもする。


今回注目したいのは、そうした海外直輸入のスタイルで実践されているトランスではなく、インドのフィルターを通して、さまざまな形で解釈・表現されているインド式のトランスミュージックだ。
トランスというジャンルは、ときに誇張され、ときに模倣されながら、インドで独自の進化・発展を遂げているのだが、それがかなり面白いのだ。

例えば、2年ほど前にリリースされたこの曲では、かつてゴアトランスの時代に西洋のアーティストがエキゾチックかつスピリチュアルな雰囲気作りに借用していたヒンドゥー教の要素を、マジで導入している。

Vinay Joshi "Mai Shiv Hun"


お聴きのとおり、ヒンドゥー教の観点から、本気でシヴァ神を讃えるというテーマの曲である。
この曲をリリースしているJSR Record Labelというところは、この曲以外は普通のポップミュージックを扱っているようなので、本気の信仰というよりは、もうちょっと洒落っぽいものである可能性もあるが…。


Agam Aggarwal "Mahamrityunjay Mantra"

シヴァ神を讃えるマントラに壮大なエレクトロニック・サウンドを加えた曲。
さっきの曲同様に、CGで描かれたヒンドゥー神話的な世界が面白い。
クラブミュージック世代には、純粋な声楽だけの宗教歌や伝統的な宗教画より、こういうアレンジが施されているほうが親しみやすかったりするのだろうか。


DJ NYK at Adiyogi (Shiv Mantra Mix)



インドでは、ポピュラー音楽やクラブミュージックと宗教的なものがシームレスに繋がっている。
ふだんはボリウッドソングをプレイすることが多いDJ NYKは、タミルナードゥにある巨大なシヴァ神像(世界最大の胸像らしい)Adhiyogi Shiva Statueの前で、シヴァ神を讃える曲をミックスしたパフォーマンスを披露している。
トランス特有のクセの強い音の少ないミックスなので、インドっぽいクラブミュージックは聴きたいがトランスは苦手という人(そんな人いる?)にも比較的聴きやすいんじゃないかと思う。
このDJプレイは、ヨガ行者で神秘思想家でもあるSadhguruという人物が提唱した環境保護活動Save Soilムーブメントのために行われたものとのこと。


エレクトロニック系/DJ以外の人力トランスをやっているバンドも面白い、
ケーララのShanka Tribeは、「トライバルの文化的遺産や伝統を重視し、さまざまな音楽を取り入れたトライバルミュージックバンド」とのこと。

Shanka Tribe "When Nature Calls"


Shanka Tribe "Travelling Gypsies ft. 6091"


トライバルというのは、インドではおもに「法的に優遇政策の対象となっている少数民族/先住民族」に対して使われる言葉だが、音楽的にどのあたりがトライバル要素なのかはちょっと分からなかった。
オーストラリアのディジュリドゥとか西アフリカのジェンベとかリコーダーのような海外の楽器が多用されていて、結果的に、南アフリカのパーカッショングループAmampondoと共演していたころのJuno Reactor(ゴアトランスを代表するアーティスト。"Pistolero"あたりを聴いてみてほしい)みたいな音になっている。


(以下、斜体部分は2023年5月11日追記)
初めてShanka Tribeを聴いた時から、彼らの曲、とくに"When Nature Calls"がJuno Reactorの"Pistolero"にどことなく似ている気がするなあ、と感じたていたのだが、あらためて久しぶりにJunoを聴いてみたら、「どことなく」どころじゃなくて、本当にそっくりな音像だった。


この時期のJuno Reactor、サウンド的にはかなり好きだったのだが、南アフリカのパーカッショングループAmampondoを従えてのライブパフォーマンスに関しては、どうにも植民地主義的な構図に見えてしまって、複雑な感情を抱いたものだった。


Shanka TribeがPistolero時代のJuno Reactorを音作りの参考にしていたのは間違いないだろう。
当時のJunoの、典型的な白人音楽であるトランスにアフリカのパーカッショングループを取り入れるという方法論、そしてそれをエキゾチックな演出として受け入れるオーディエンスという構造は、どうも支配/被支配の関係に見えてしまって、居心地の悪さを感じたものだった。
当時、(今もだと思うが)トランスのリスナーに黒人は極めて少なく、白人やイスラエリ、そして日本人がほとんどだったという背景も、その印象を強くしていたのかもしれない。
何が言いたいのかというと、インドの中で非差別的な立場に置かれてきた先住民族の文化や伝統を重視していると主張するShanka Tribeが、この時代のJunoのサウンドを引用しているということに、皮肉めいたものを感じざるを得ない、ということだ。
結局のところ、インド社会の中で、「持てるものの音楽」のなかに「持たざるものの音楽やイメージ」を剽窃しているだけなのではないか、という疑問が湧いてきてしまうのだ。
彼らがそれを、マイノリティ包摂のための方法論として好意的に捉えていたのだとしても。
一応付記しておくと、そうした感情を抜きにして、純粋に音として味わうのであれば、Shanka Tribeのサウンドは、かなり好きなタイプではある。

(さらに蛇足になるが、よくよく調べてみると、当時のJuno Reactorがスタジオ録音でAmampondoと共演していたのはConga Fury"など一部の曲のみだということが分かった。ライブではAmampondoが全面的にフィーチャーされていたので、スタジオでの彼らの貢献も大きいものと誤解していたのだ。つまり、リアルタイムで当時ライブを見ていないであろう彼らが、私が解釈したような植民地主義的な構造をいっさい意識しないままに、Junoのサウンドを参照している可能性もあることを付記しておく)




イギリス在住のインド系古典パーカッション奏者、Sarahy Korwarは、これまでにジャズやヒップホップの要素の強い作品をリリースしてきたが、最新作では人力トランス的なサウンドに挑戦している。

Sarathy Korwar "Songs Or People"


ちょっとRovoとかBoredoms人脈のサウンドっぽく聴こえるところもある。


こちらはベンガルールのNaadというアーティストの曲で、かなり紋切り型なサウンドではあるが、Sitar Trance Indian Classical Fusionとのこと。


Naad "Bhairavi Sunrise"


90年代末頃のBuddha Bar系のコンピレーションに入っていそうな曲だが、要は、その頃に確立したフュージョン電子音楽的な手法がいまだにインドでは根強く支持されているということなのだろう。



最後に、海外のアーティストでいまだにエキゾチック目線でインドっぽいトランスを作っている人たちもいたので、ちょっと紹介してみたい。
こちらは、トランス大国イスラエルのアーティストがデンマークのIboga Recordsというところからリリースした作品。

Technical Hitch "Mama India"
 


この曲は、フランスのアーティストによるもの。

Kalki "Varanasi"


曲名の通り、ヒンドゥーの聖地ヴァーラーナシーの路地裏や、砂漠の中の城塞を囲む「ブルーシティ」ジョードプルの旧市街で撮影されたミュージックビデオが印象的。
我々外国人にとってはかなり異国情緒を感じさせられる映像ではあるが、地元の人にとっては京都とか浅草寺の仲見世の日常風景みたいなものだろうから、こんなふうにサイケデリックなエフェクトを施してトランスのミュージックビデオに使われているのはどんな感じがするものなのだろうか。


ジャンルとしてはかなり定型化した印象の強い「トランス」だが、インドではまだまだいろいろな解釈・発展の余地がありそうで、また面白いものを見つけたら紹介してみたいと思います。


2023年6月26日追記:
このSajankaというアーティストも本格インド的トランスに取り組んでいて面白い音を作っている。
類型的な部分もあるが、アコースティックギターのストロークで始まるトランスなんて聴いたことがなかった。(トランスよく聴いていたのはかなり前なので、ここ数年は珍しくなかったりするのかもしれないが)



彼はもとの記事で紹介したShanka Tribeのリミックスを手掛けていたりもする。


結果的にインドかぶれのドイツ人トランスアーティストのDJ JorgがShiva Shidapu名義でリリースした"Power of Celtic"(1997年?リリース)みたいになっていて、海外目線で見たインド的トランスサウンドが内在化する見本みたいになっている。
(…なんて書いて分かる人が何人くらいいるのか分からないが、興奮のあまり書いてしまった。"Power of Celtic"聴きなおしてみたらあんまり似ていなかった。)


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