Sidhu Moose Walaはインドの2Pacだったのか? 知られざるパンジャービー・ギャングスタの世界(その1)辺境ヒップホップ研究会で吠える(黎明期 パーティーラップとストリートラップ)

2022年07月05日

Sidhu Moose Walaはインドの2Pacだったのか? 知られざるパンジャービー・ギャングスタの世界(その2)



前回の記事では、人気バングラー・ラッパーSidhu Moose Wala射殺事件とその犯人像を通して、パンジャーブの社会で暗躍するギャングたちの実態を紹介した。


その後の報道によると、主犯格とされるLawrence Bishnoiとつながりのある元カバディ選手のギャングスタJaggu Bhagwanpuriaの関与が疑われ始めるなど、捜査の手はさらに広がっているようだ。

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Sidhu Moose Wala

今回の記事では、パンジャービー・カルチャーとギャングスタ・ラップの関係、そしてパンジャービー・ギャングのルーツにより深く迫ってみたい。



パンジャービーとギャングスタ・ラップ


Sidhu Moose Walaのみならず、パンジャーブにはある種のヒップホップと親和性が高いラッパーやシンガーが多い。
「ある種のヒップホップ」というのは、今となっては前時代的な感もある「金、力、オンナ、クルマ、暴力、パーティー、名声」といった、マチズモ的な価値観を持ったヒップホップのことだ。

これはステレオタイプ的な話でもあるので話半分で聴いてほしいのだが、インドの中でのパンジャーブ人のイメージというのは、「騒がしくてときに毒舌、パーティー好きで踊り好き、酒飲み(ときにドラッグも)、見せびらかすのが好きで、タフでマッチョ」といったものだそうだ。
端的に言うと、パンジャーブ人はもとからヒップホップな感じの人たちだったのである。
(他にも、大食いとか、バターチキン好きとか、乳製品好きとか、南インド嫌いとか、パンジャーブ人にはいろいろな先入観があるようだが、こうした偏見をパンジャーブの人たちがあまり快く思っていないことには留意したい)

また、パンジャーブ人の多くが信仰するシク教では、男性は信仰を守るための戦士だとされている。
これはシク教の教義が成立した時代に、パンジャーブ地方がイスラーム王朝の侵略に晒されていたために生まれたアイデンティティなのだが、この意識ゆえに、今でもシク教徒たちには軍人になるものが多い。
こうした男らしさや強さへの志向が不良性を帯びると、銃への偏愛やギャングスタ的な価値観へと変容するのだろうか。

彼らは英国統治時代からその武勇を買われて警察官や軍人として重用され、当時のイギリス領だった海外へと渡っていった。
シク教徒はインド全体の人口の2%以下のマイノリティだが(パンジャーブ州に限れば6割程を占めるマジョリティ)、彼らが早くから海外に進出していたために「インド人といえばターバン 」というイメージができ上がった。
独立後も、数多くのシク教徒たちが、よりよい職を求めて、地縁や血縁を頼って外国へと渡っている。
海外に移住してもなお彼らの絆は強く、外国からの送金は、母国に暮らす親族の経済的な支えになっている。

だが、海外に渡れば、パンジャービー/シク教徒はさらなるマイノリティである。
そこでの生活は、夢を追うだけではなく、偏見や差別と戦いながら過酷な労働に耐えるものでもあった。
もともと持っていたマッチョな価値観と移住先の生活の中でのストラグルが、ヒップホップ的なアティテュードと結びついてゆくのは、ごく自然なことだったのかもしれない。

ここでは、ギャングスタ的な要素を多分に含んだパンジャービーたちのミュージックビデオを紹介してみたい。
まずは、この記事の主役であるSidhu Moose Walaから見てみよう。


Sidhu Moose Wala "GOAT"


Sidhuは大学卒業後にカナダのブランプトンという街に渡り、そこでバングラー・ラッパーとしての才能を開花させた。
カナダはとくにパンジャーブ系移民の多い国のひとつだが、このミュージックビデオは、まさにパンジャーブ系国際ギャング団の雰囲気を醸し出している。

そもそも、彼が人気を集めるきっかけとなったこの"So High"からしてこのギャングスタっぷり。


ヒップホップのビートを使い、ヒップホップのファッションに身を包みながらも、シク教徒の誇りであるターバンを巻き、バングラーのスタイルで歌うSidhuは、北アメリカ的ストリートカルチャーとパンジャービーのルーツの最高にクールに融合だった。
この"So High"は、YouTubeでなんと5億再生越えというすさまじい人気を誇っている。
世界中のパンジャービー語の話者数は、約1億2000万人。
パンジャービーたちの中には、ギャング的な価値観を好まない人も多いだろうから、言語的に近いヒンディー語話者数(6億人くらい)を考慮に入れても、彼が圧倒的な支持を受けていたことが分かる。


さっき、パンジャービー・ラップの価値観は「金、力、オンナ、クルマ、暴力、パーティー、名声」と書いた。
同じパンジャービー系でもYo Yo Honey Singhのようなパーティー・ラッパーは、この中で「女、金」の要素が強いが、ギャングスタ系のラッパーたちのミュージックビデオは「暴力」(とくに銃)の割合が圧倒的に高い(直接的な暴力描写はなくても、怖そうな人たちがいっぱい出てくる)。
そんなSidhuが"Me and My Girlfriend"というかわいらしいタイトルの曲をリリースしていたので、どんな曲かチェックしてみたら、ガールフレンドはなんと銃でした。


ちなみにギャングスター系のSidhuらが伝統的なバングラーの歌い方を大事にしているのに対して、パーティー系ラッパーはもっとラテンやEDMっぽいスタイルを取ることが多い。
ここでは趣旨から逸れるので詳しくは書かないが、興味がある人はこのあたりの記事を読んでほしい。
(最近はパンジャーブ系パーティー・ラッパーの本格ヒップホップ化という興味深い現象も起きているのだが、それはまた別の機会に)




次に紹介するのは、Sidhu Moose Walaと人気を二分するDiljit Dosanjh.
曲名はSidhuとおなじく"G.O.A.T.".


Sidhuがストリート・ギャング的な雰囲気だったのに対して、こちらはタキシードに身を包んだマフィアの首領の風格。
ただしDiljitはもともとはギャングスタのイメージで売っているラッパーではないので、この曲以外ではオネーチャンがいっぱい出てくるチャラいミュージックビデオも多い。
この曲も2億回再生という人気っぷりだ。



Karan Aujla ft. YG "Gangsta"


バングラー・ラッパーのKaran Aujlaがギャングスタ・ラップの本場であるL.A.のコンプトン出身のラッパーYG(ちなみに彼のステージネームもYoung Gangstaの略)と共演した、その名もズバリ"Gangsta"では、YGが「ギャングスタ、ギャングスタ」と連呼しまくる。
ローライダーだけでは満足できず、戦闘機の前でラップしているのには笑っちゃうが、この力への志向がインフレーションを起こしているところなんかは非常にヒップホップ的でもある。
億超えの再生回数も珍しくないSidhuやDiljitの前では霞むが、この曲も堂々たる2000万再生。
パンジャービー語のバングラーに海外のラッパーによる英語のラップをフィーチャーするというのはここ数年のトレンドの一つで、ラップが入ったレゲエの曲みたいなつもりで聴くと良いのかもしれない。


カリフォルニア出身のパンジャービーBasi The Rapperは、バングラーではなくヒップホップ的なフロウでラップするスタイル。
"So Hood"


おっかないギャングスタ・ラップのミュージックビデオは多いが、こんなに堂々と銃を持ってたむろしているやつらは他では見たことがない。
本当に銃が好きなんだな、としみじみ思うが、Sidhu射殺事件の後にこういう映像を見ると、これが決して単なる演出ではないのだと背筋が寒くなる。
パンジャーブ人ミュージシャンとギャングとのつながりが、ミュージックビデオのフィクション的な表現だけではなく、リアルなものであることは、前回の記事で書いた通りだ。
Sidhu Moose Walaは、超人気歌手であると同時にギャング団の一員であり、過去に対立組織のメンバーの殺害事件に関わっていたとすら言われている。
そしてその報復として殺されたSidhu襲撃を指示した男の一人は、カナダ在住のパンジャーブ人ギャングスタだったという。




国際的パンジャービー・ギャング団の歴史

バングラー・ラップとギャングスタ的価値観の親和性については、ここまでで十分にお分かりいただけたことと思う。
それでは、Sidhu Moose Wala殺害事件でも暗躍していたとされる、パンジャービー国際ギャング団は、いったいいつ、どのように形成されたのだろうか。

70万人ものパンジャーブ系住民(その多くがシク教徒だ)が暮らすカナダでは、パンジャーブ系ギャングはイタリア系マフィア、中国系マフィアについで3番目の規模の犯罪組織だという。
パンジャービー・ギャングを構成しているのは、おもに移民の2世や3世たちだ。
移民たちが社会に馴染めず犯罪に走るというのは世界中のどこにでもある話だが、パンジャーブ系のギャングスタたちは、もともとは現在のような凶悪極まりないマフィア組織ではなく、路上犯罪などを行う「不良集団」程度の存在だったようだ。
彼らがより危険な「ギャング団」となったきっかけは、1984年に当時のインディラ・ガーンディー首相が軍隊を指揮してシク教徒の聖地「黄金寺院」を攻撃した「ブルースター作戦」だったという。
この作戦は、黄金寺院に立てこもった武装した過激派シク教徒を掃討するための行動だったのだが、シク教徒たちの中には、聖地への攻撃を彼らの信仰全体への冒涜だと受け取ったものも多かった。
インディラ・ガーンディーは、同年10月に、この事件の報復としてシク教徒の護衛に暗殺されている。
首相の暗殺というショッキングな事件を受けて、インド国内ではマジョリティであるヒンドゥー教徒の一部が暴動を起こし、シク教徒を迫害した。

こうした一連の動きは、カナダ在住のパンジャービーたちにも衝撃を与え、彼らのなかにシク教徒の独立国家建国を支持する運動が生まれた。
この運動の資金を得るために、彼らは非合法な組織犯罪に手を染めるようになり、これが、パンジャービー・ギャング興隆につながったのだという。
Sidhuもまたシク教徒による国家建国の支持を表明していたが、彼がこうした主義に傾倒したのもパンジャービー・ギャングの思想からの影響だったのかもしれない。

パンジャービー・ギャングたちはドラッグの売買などで富を得るようになり、やがて人種間の対立やコミュニティ内の抗争を銃によって清算する暴力的な組織へと変容していった。
1990年代には、「史上最も有名なパンジャービー・ギャング」Bindy Johalが、以前のボスであったJimmy Dosanjhが仕向けてきた殺し屋を買収して、Jimmyを返り討ちに殺害するという事件が発生。
この事件ののち、テレビ番組でBindyがJimmyのことを「自分で手を下すことができない臆病者」だと罵る姿が放映されると、Jimmyの弟Ron Dosanjhは「もしBindyが今ここにいるなら眉間を撃って殺す」と応酬。
パンジャービー・ギャングたちの抗争はにわかに注目を集めるようになった。
のちにBindy JohalもRon Dosanjhも銃によって命を落とすことになるのだが、Bindyは生前、自らの死を予見するかのように、「生き急ぎ、若く美しく死ぬ(Live fast, die young, have a good looking corpse)」と自らの哲学を語っていたという。
彼らの暴力的で刹那的な生き方と、非合法な手段で稼いで羽振りよく暮らす姿は、移住先の社会に不満を持つ若者たちの憧れの対象になっていった。

パンジャービー・ギャングたちは、ただの荒くれ者ではなかった。
彼らはインドの故郷の村のスポーツ大会のスポンサーになったり、村の寺院に寄付するなど、慈善行為も熱心に行っていたのだ。
海外で「活躍」して故郷に貢献する彼らの男気に、パンジャーブで暮らす若者たちまでも憧れを抱くのは想像に難くない。
Sidhuのようなギャングスタ・バングラー・ラッパーの存在も、ギャングへの憧憬を喚起する要因のひとつになっているのだろう。
こうして、パンジャービー・ギャング団は、遠く太平洋を越えてカナダとインドに蔓延ることとなった。



Sidhu Moose Walaはインドの2Pacだったのか?

バンクーバーのミュージシャン/ラジオDJのNick Chowliaによると、Sidhu  Moose Walaは「我々の2Pac」だったという。
「我々の」というのは、広く「インドの」という意味ではなく、「パンジャービーにとっての」という意味だろう。

実際にSidhuは11歳のときに初めて2Pacを聴いて以来、ヒップホップやギャングスタ的な生き方に憧れを抱き続けていたのだという。
彼は大学卒業後にカナダに進学し、そこで自らの故郷をレペゼンする'Sidhu Moose Wala'(ムーサの男、Sidhu)という名前で音楽活動を開始した。

2Pacは警官への発砲や敵対するラッパーへの口汚いディスで悪名高いラッパーだが、Sidhuがブランプトンで撮影したこの"Badfella"のミュージックビデオは、2Pacのセンセーショナルさをそのまま引き継いだかのような過激さだ。



暴力的な言動や銃による悲劇的な最期ばかりが注目されがちな2Pacが、じつは人種差別の撤廃や母への感謝をラップする愛情深い人物だった(とも言われている)ように、Sidhuもまた、単なる悪徳の男ではなかった。
彼はカナダでは警察を挑発するミュージックビデオを作りながら、故郷パンジャーブでは慈善活動を熱心に行い、COVID-19の流行時には州警察の啓蒙キャンペーンに協力さえしていた。
彼もまた、パンジャービー・ギャングの流儀に忠実な男だったのだ。

パンジャーブ在住の作家で元ジャーナリストのDaljit Amiは、Sidhuのこうした二面性について「全て一つの人格から来ているものだ」と語っている。
「彼の音楽は、自身の力を誇示するためのものだった。自分の力を主張するために、敵を撃ち殺すこともあれば、チャリティーをすることもある。どちらの場合も、Sidhuは自身の有り余る力を誇示したかった。彼は自身の正義を貫き通す男でいたかったんだ」。


2Pacに憧れたSidhuは、パンジャーブ音楽とトラップ・ビートを融合し、パンジャーブの誇りを過激に表現して2Pacさながらのカリスマ的な人気を得た。
その生き様だけでなく、対立するギャングによって射殺されるという死に様まで2Pacと同じ運命を辿ってしまうとは、皮肉としか言いようがない。

そして死後も、Sidhu Moose Walaは世界中のパンジャービーたちのヒーローとして、彼が憧れた2Pacのように伝説化してゆくのだろう。
海外に暮らすパンジャービーたちにとっては、自らのルーツに対する誇りを喚起し、社会の不条理に対して強烈な異議を申し立てた人物として。
そして母国で暮らすパンジャービーたちにとっては、海外のクールなカウンターカルチャーと彼らのルーツをつなぎ、故郷に名実ともに貢献した人物として。

ボリウッドと裏社会のつながりがたびたび指摘されていることからも分かるように、インドでは、ギャング的な組織の話題は決して珍しくはない。
しかし、遠く海を隔てたカナダとも繋がり、さらにはヒップホップカルチャーともリンクした犯罪集団というのは、いかにもパンジャービーらしいギャングのあり方だと言える。
犯罪組織である彼らをむやみに称賛するつもりはないが、彼らを批判する前に、彼らを生み出した社会の闇にこそ向き合うべきだろう。
彼らの社会的な功罪はともかく、インドの音楽シーンにとっては、Sidhuの死はあまりにも大きな損失だった。
Sidhuという大きすぎる存在を失った今後、パンジャービーたちのギャングスタ・ラップは、今後どう変化してゆくのだろうか。

あらためて、パンジャーブが生んだ偉大な才能の死を悼む。
R.I.P. Sidhu Moose Wala.




参考サイト:
https://theprint.in/opinion/security-code/khalistan-on-the-pacific-how-the-gangs-of-punjab-were-born-in-canada/980176/

https://theprint.in/india/crime-cult-status-young-death-moose-wala-killing-brings-focus-on-punjabs-brutal-gang-feuds/977220/

https://www.ndtv.com/india-news/sidhu-moose-wala-murder-cctv-of-man-who-took-selfie-with-singer-probed-3041951

https://www.indiatoday.in/india/story/goldy-brar-sidhu-moose-wala-killed-punjab-singer-politician-1956263-2022-05-31

https://en.wikipedia.org/wiki/Indo-Canadian_organized_crime

https://www.ndtv.com/india-news/how-a-small-clue-helped-cops-crack-sidhu-moose-wala-murder-case-3075400

https://www.tribuneindia.com/news/punjab/punjab-gang-wars-means-a-bullet-for-a-bullet-399790

https://theprint.in/india/who-is-lawrence-bishnoi-farmers-son-who-threatened-salman-now-in-news-for-moose-wala-killing/982580/

https://www.hindustantimes.com/india-news/shooter-suspected-to-be-linked-to-moose-wala-killing-held-in-pune-report-101655081211967.html

https://www.indiatoday.in/india/story/sidhu-moose-wala-murder-lawrence-bishnoi-tihar-jail-goldy-brar-1963093-2022-06-16

https://www.hindustantimes.com/india-news/sidhu-moose-wala-murder-2-main-shooters-arrested-says-delhi-police-101655722467567.html

https://www.bbc.com/news/world-asia-india-61862038

https://www.cbc.ca/news/entertainment/sidhu-moose-wala-music-industry-1.6476578

https://timesofindia.indiatimes.com/city/delhi/sidhu-moose-wala-murder-punjab-police-arrests-gangster-jagdeep-bhagwanpuria-from-delhi/articleshow/92545276.cms

https://en.wikipedia.org/wiki/Bindy_Johal

https://www.theglobeandmail.com/canada/article-punjabi-canadian-rap-star-sidhu-moose-wala-was-our-tupac/

https://rollingstonejapan.com/articles/detail/27167


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