バングラー・ギャングスタ・ヒップホップの現在形 Sidhu Moose Wala(その1)Always Listening by Audio-Technicaに記事を書きました!

2021年06月13日

バングラー・ギャングスタ・ヒップホップの現在形 Sidhu Moose Wala(その2)



(前回の記事はこちら)


ポピュラーミュージックとしてのバングラーは、ヒップホップの影響を受けながらも、音楽的にはヒップホップから離れ、独自性を強めていく一方だった。
その傾向は、「ガリー・ラップ」以降、インドにストリート系のラップ/ヒップホップが根付いたことで、より強調されてゆくものと思っていた。

ところが、である。
このSidhu Moose Walaというアーティストを知って、その先入観は完全に覆された。
例えば、彼が今年リリースした"Moosedrilla"という曲を聴いてみよう。
サウンドからもタイトルからも分かる通り、この曲では、近年世界中のヒップホップシーンを席巻しているドリル的なビート(ダークで重く、かつ不穏な雰囲気を持つ)を導入している。
この曲を収録したアルバムのタイトルは"Moosetape".
これもヒップホップ・カルチャーのミックステープ(定義は難しいが、「アルバム」よりはカジュアルな作品集と考えればそんなに間違いない)を意識したものだ。
共演はあのDIVINE.
これは、パンジャービー系ラッパーのリアル・ヒップホップ志向と、ガリーラッパーのスタイル多様化(それには多分にセールス狙いもあるだろうが)が生んだコラボレーションだ。

Sidhu Moose Walaは、他に"Old Skool"という曲も発表している。
つまり、彼は明らかにバングラーの歌い方をしながらも、かなり明確にヒップホップを匂わせているのだ。


バングラーとヒップホップの融合を明確に意識し、ドリルのような最新のサウンドも取り入れているSidhu Moose Wala.
彼は決してニッチでマイナーなアーティストではない。
動画の再生回数は軒並み数千万回から数億回、サブスクのヒットチャートでも常連の、現代インドを代表する人気アーティストの一人なのである。

2017年にリリースしたこの"So High"のYouTube再生回数はなんと4億回。


トラディショナルなバングラーの要素を大胆に取り入れた"Unfuckwithable"は、タイトルもローカル感満載のミュージックビデオも最高!

共演のAfsana Khanは、パンジャーブ映画のプレイバックシンガーとしても活躍している女性歌手で、往年のソウル・シンガーのような熱を帯びたヴォーカルが素晴らしい。

最近では、デリーのPrabh Deepのように、シク教徒の象徴であるターバンをドゥーラグ(よく黒人ラッパーがかぶっていた水泳帽みたいなアレ)的な雰囲気でかぶり、バングラーの影響がほとんどないフロウでラップするアーティストも存在している。
(他にも、Shikandar Kahlonなど、ターバン姿でヒップホップ的スタイルのフロウでラップするシク教徒のラッパーは増えてきている)
だが、Sidhu Moose Walaは最新のヒップホップの要素を取り入れながらも、バングラーの歌い方を決して変えず、ターバンもクラシックなスタイルを崩さない。

バングラーとヒップホップを新しい次元で結びつける、このSidhu Moose Walaとは、どんな男なのだろうか。

Sidhu Moose WalaことShubhdeep Singh Sidhuはパンジャーブ州マーンサー(Mansa)県、ムーサ(Moosa)村出身の28歳。
ステージネームの'Sidhu Moose Wala'は「ムーサ村の男、Sidhu」を意味する。
シク教徒には軍人が多いが、彼の父も軍隊に所属した後、戦場での負傷を理由に退役し、警察官となった人物である。
少年時代からラッパーの2パックの影響を受け、ヒップホップに傾倒するのと同時に、地元の音楽学校でパンジャービー音楽を学んでいたというから、彼の音楽性はごく自然に培われたものなのだろう。
2016年に同州の工学系の大学を卒業した後、彼はカナダに渡って本格的な音楽活動を始めている。
 
Ninjaというパンジャーブ系シンガーの楽曲"Lisence"で作詞家としてのデビューを果たした後、2017年に同郷パンジャーブ出身の女性シンガーGurlez Akhtarとのデュエット曲"G Wagon"でプロの歌手としてのキャリアをスタートさせた。
カナダは70万人近いパンジャーブ人が暮らしている、彼らの一大ディアスポラでもある(あのタイガー・ジェット・シンもその一人だ)。

デビュー曲から、まさに銃・クルマ・女の世界観を確立させている。

こうした要素だけ見ると、彼は伝統と欧米カルチャーへのあこがれが混在した、よくいるタイプのインドの若者のような印象を受けるが、ことはそんなに単純ではない。
彼は、銃器を愛好し(彼のミュージックビデオにもたびたび登場する)、思想的にはシク教徒の独立国家を目指すカリスタン運動の支持者であるという、かなり危ない一面も持ち合わせているのだ。
皮肉にも、カリスタン運動は、父が所属していた軍とは真っ向から対立する考え方だ。
他にも、警察官から無許可で銃のトレーニングを受けたことで逮捕されるなど(警察官は彼のファンだったのだろうか?)、そのヤバさは本場のギャングスター・ラッパーにも引けを取らない。
ちなみにその後、彼はそのスキャンダルを、幾多の犯罪に関与したとされる映画俳優Sanjay Duttに例えた楽曲としてリリースしている。
彼のアンチ・ヒーロー的なスタイルは、見せかけではなく筋金入りなのだ。

それでも、彼はデビュー後瞬く間にスターとなった。
2017年には上述の"So High"が大ヒットし、この曲は同年のBrit Asia Music TV Awardsの最優秀作詞賞を受賞。
2018年にはPTC Punjabi Music Awardsで"Issa Jatt"がBest New Age Sensation賞に選出されている。
 
さらに、同じ年にファーストアルバム"PBX1"を発表し、カナダのアルバムチャートのトップに上り詰めるとともに、2019年のBrit Asia Music TVのベストアルバム賞を受賞("Legend"で最優秀楽曲賞も同時受賞)。
2019年以降も"Mafia Style"とか"Homicide"といった物騒なタイトルの楽曲を次々と世に送り出し、2020年にはセカンドアルバムの"Snitches Get Stitches"をリリース。
今年5月には、全31曲入りというすさまじいボリューム(日本からサブスクで聴けるのは、6月12日現在で11曲のみ)のサードアルバム"Moosetape"をリリースするなど、精力的な活動を続けており、インド国内と在外インド人コミュニティの双方から支持を集めている。

こうした彼の人気ぶりも、その音楽スタイル同様に、国内外のインド系社会の変化を反映しているように思う。
これまでも、イギリスや北米出身のインド系アーティストが、現地のインド系コミュニティでのヒットを経て、インドに逆輸入を経て人気を博すというパターンは存在していた(例えば前回紹介したPanjabi MC)。
また、最近ではRaja Kumariのように、インドの音楽シーンの伸長にともなって、活動拠点をインドに移すアーティストもいる。
だが、インドの農村で生まれたシンガーが、現代的なヒップホップとバングラ―を融合した音楽性で、ディアスポラと母国の両方で同時に高い人気を誇るというのは、これまでほとんど無いことだったように思う。
(Raja Kumariはカリフォルニア出身の南インド系〔テルグー系〕女性で、R&B的なヴォーカリストとして、また幼少期から学んだ古典音楽のリズムを活かしたラップのフロウで人気。"Moosetapes"でSidhu Moose Walaとも共演している)


つい数年前まで、インドの音楽シーンでは「垢抜けた」音楽性で人気を集めるのは、海外出身、もしくは留学経験のあるアーティストばかりだった。
村落部出身の若者が、危険なギャングスタのイメージで世間を挑発し、洋楽的なサウンドを導入して世界中のインド系社会でスターになるという現象は、インターネットの普及とともに発展してきたインドの音楽シーンのひとつの到達点と言えるのかもしれない。


ここで話をバングラーとヒップホップに戻す。
正直に言うと、これまで、バングラ―系シンガー/ラッパーについては、彼らのファッションやミュージックビデオがどんなに洗練されてきても、その吉幾三っぽい謳いまわしや20年前とほとんど変わらないサウンドから、どこか垢抜けない、田舎っぽい印象を持っていた。
別に垢抜けなくて田舎っぽい音楽でも構わないのだが(バングラ―の歌の強烈な「アゲ感」には抗えない魅力があるし)、彼らには、ヒップホップ的な成り上がり&ひけらかしカルチャーやファッションには直感的にあこがれても、その音楽的な魅力については、十分に理解できていないのではないかと感じていた。。

ところが、このSidhu Moose Walaに関しては、ヒップホップ・カルチャーを十分に理解したうえで、あえてバングラ―の伝統的な歌い方を守っているように思える。
ジャマイカ人たちのトースティング(ラップ的なもの)やダンスホールのフロウがヒップホップのサウンドとは異なるように、パンジャーブ人にとっては、バングラ―的なフロウこそが魂であり、守るべきものであり、クールなものなのだ。

同様に、彼らが巻くターバンにしても、我々はついエキゾチックなものとして見てしまうが、これもラスタマンのドレッドロックスと同じように、信仰に根差した誇るべき文化なのである。

パンジャービー語を母語として話す人々の数は、世界中で1.5億人もいて、これはフランス語を母語とする人口の倍近い数字である。
さらに、海外で暮らすパンジャーブ系の人々の数は、カナダとイギリスに70万人ずつアメリカに25万人にものぼる。

そろそろ、バングラーをワールドミュージック的なものとしてではなく、ポピュラーミュージックの枠組みの中に位置づけて聴くべき時代が、もう来ているのかもしれない。





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goshimasayama18 at 23:39│Comments(0)インドのヒップホップ 

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