2021年05月02日
iPadで奏でる古典音楽! 自由すぎるカルナーティック奏者 Mahesh Raghvan
…なんていう書き出しの記事を、このブログですでに10本近く書いただろうか。
インド人の「あらゆるものを自分たちの音楽に取り込んでしまう」という傾向は、昨日今日に始まったものではない。
例えば、南インドの古典であるカルナーティック音楽ではバイオリンが主要な楽器として使われているし、古典音楽・伝統音楽で広く使われている鍵盤楽器ハルモニウムも、もともとはヨーロッパ発祥の楽器である。
インドの古典音楽に詳しい人なら、それに加えてサックスやギターや大正琴までもが、古典を奏でる楽器として使われていることをご存知だろう。(というか、古典音楽に全く詳しくない私でも知っている)
バイオリンもカルナーティック音楽に使われるとご覧の通り。
フレットのない構造を生かして、ダイナミックに上下する旋律を表現するさまからは、もはや西洋楽器の面影はまったく感じられない…
この床置き式のアコーディオンみたいな楽器がハルモニウム。
ハルモニウムはもはや西洋音楽で使われる機会は消滅してしまい、ほとんど南アジア専用の楽器として使われている。
この演奏はパキスタン〜インドで親しまれているイスラーム神秘主義(スーフィズム)の宗教歌謡カゥワーリー。
サックスの倍音豊かな音色は声楽にも近く、思ったよりも違和感なくカルナーティック音楽になっている。
さきほどのバイオリンの演奏を見て、フレットがないからああいう演奏ができるんだよな…と思った人もいるかもしれないが、ギターでもこの通り。
ちなみにギターはインド古典音楽で使われる場合は、インド風に「ギタール」と呼ばれるらしい(単にインド訛りの英語なのかもしれないが)。
大正琴は現地では'bulbul tarang'という名前で呼ばれている。
この演奏方法は、日本人の発想ではまず思いつかない。
インド人たちは、初めて触れる楽器と出会うたびに、古典音楽を演奏する方法を考えずにはいられないのだろうか。
おそらくだが、インド古典音楽の根底には、その音楽の本質を表すことさえできれば、定まった様式(使われる楽器や演奏方法)は問わないという哲学があるのだろう。
古今のインド人たちのフュージョンっぷりを見れば、彼らがどんな楽器で古典を奏でようと、もう驚くことはない。
そう思っていた私はまだまだ甘かった。
今回の記事の主役、Mahesh Raghvanを初めて見た時、私が考える「フュージョン」の限界は、インド人には遠く及ばないということを思い知らされた。
カルナーティック音楽をベースとしたフュージョン・ミュージックを演奏する彼がプレイする「楽器」は(それを楽器と呼ぶなら、だが)、なんとiPadなのだ。
18世期に作られたこの古典楽曲の、1:23から始まるソロに注目!
Mahesh RaghvanがプレイしているのはGeoshredというiPadのアプリである。
iPad上に表示された音階をなぞることで、フレットレスの弦楽器と同じように無段階に音程をコントロールすることができるこのアプリを利用して、彼はカルナーティック音楽特有の大きなビブラートや微妙な音階を自在に表現している。
この"ShiRaga2.0"は18〜19世紀の作曲家Tyagarajaの作品をダブステップにアレンジしたという意欲作。
彼らは'Carnatic 2.0'と称して、カルナーティック音楽を現代風にアレンジする取り組みを進めている。
こうした取り組みは、インドではMaheshに限ったことではなく、たとえばロックバンドではPinapple Expressがプログレッシブ・メタルとカルナーティック音楽との融合に取り組んでいる。
Maheshは、純粋な古典音楽を追求するというよりは、あくまでも古典の要素を新しい形で表現するということに興味があるようで、彼のYouTubeチャンネルでは、現代のヒット曲や映画音楽をカルナーティック・スタイルで演奏した動画が何百万回もの再生回数を叩き出している。
「ホグワーツがインドに開校したら…」という設定も面白い『ハリー・ポッター』のインド風カバーは、1,000万回再生にも迫る勢いだ。
ホグワーツのインド校にはきっとサイババみたいな見た目の校長がいることだろう。
スターウォーズの『帝国のマーチ』をインド風に演奏すれば、ダースベイダーもボリウッドダンスを踊りそうな雰囲気に。
スターウォーズが黒澤明の時代劇映画影響を受けていることはよく知られているが、もしジョージ・ルーカスがインド映画に影響を受けていたらこんな雰囲気になっていたのだろうか…。
Luis FonsiとDaddy Yankeeの大ヒット曲"Despacito"もタブラやバーンスリーを交えた編成で演奏すればこの通り。
ラテンのリズムとメロディーがここまでインド的なアレンジに合うとは思わなかった。
同じ編成で演奏したMaroon 5の"Girls Like You"も聴きごたえたっぷりだ。
インド古典音楽は国内外にこだわりの強いファンが非常に多いジャンルなので、彼らがMaheshの演奏を聴いてどう感じるのか、気になるところではあるが、YouTubeのコメント欄を見る限り、インドでは好意的に受け止める声ばかりのようだ。
師のもとで一生かけて追求するほどの深さを持ちながら、これだけの自由さとフットワークを持ったインド古典音楽は、現代社会における伝統芸能として、理想的なあり方をしているように思える。
インドの音楽シーンとiPadの関わりといえば、今日のインドのストリートラップブームの火付け役となったNaezy(映画『ガリーボーイ』の主人公ムラドのモデルとなったことでも有名)が、出世作となった楽曲"Aafat!"をiPadのみで作ったことが知られている。(ビートをダウンロードし、マイクを繋いでラップを吹き込み、ビデオクリップを撮影してYouTubeにアップロードするという行為を全てiPadのみで完結し、新しいストリートラップのあり方を提示した)
インドには"Jugaad(ジュガール)"という「今あるもので工夫して、困難を解決する」という発想があるが、インド人とiPadの組み合わせは、音楽界に無限の可能性をもたらしてくれそうだ。
…と、ここまで書いて記事を終わりにしようと思っていたのだが、もうひとつインド古典音楽に合いそうな楽器を思いついてしまった。
それは、1920年にロシアの発明家が作り出した「世界初の電子楽器」テルミンである。
かつてインドが、ソビエトとの経済的なつながりが強かったことを考えれば、テルミンで古典音楽を演奏する人がいてもいいはずだと思ったのだが、ちょっと調べた限りでは、「古典テルミン奏者」は見つけられなかった。
無段階に音程を調整でき、ビブラートも自在なテルミン、インド音楽にぴったりだと思うんだけどなあ。
インド古典音楽界に新風を巻き起こしたいあなた。(誰だよ)
テルミンが狙い目ですよ!
(関連記事)
(追記)
この記事を書いたあとで「きっと他にも意外な楽器でインドの古典音楽を演奏している人がいるはず!」と思って調べてみました。(続く)https://t.co/A0erh5eMpW
— 軽刈田 凡平 (@Calcutta_Bombay) May 16, 2021
(続き)インド古典音楽、音程のスムースな動きが可能なスライドギターはで演奏している人はいるに違いないと思って探してみたら、やっぱりいた!
— 軽刈田 凡平 (@Calcutta_Bombay) May 16, 2021
しかもPanditと呼ばれる大家の方のようです。
ブルースともカントリーともハワイアンとも全然違う、完全にインド音楽!(続く)https://t.co/hpu0nUDWMx
(続き)バイオリンがいるならチェロもいるかな、と思って探してみたらやっぱりいた!
— 軽刈田 凡平 (@Calcutta_Bombay) May 16, 2021
いぶし銀のバリトンの男声ヴォーカルを思わせるチェロの響きもまた合うなあー!
1:45からの西洋クラシック的なフレーズもアクセントになっていて良い!(続く)https://t.co/hWJuMl9NI8
(続き)弦楽器でウクレレもいるかな、と思ったら、これはそんなに本気の演奏者ではなさそうだけど、見つけることができました。
— 軽刈田 凡平 (@Calcutta_Bombay) May 16, 2021
フレットのあるウクレレだと、ちょっとウードっぽいっていうか、中東を思わせる響きになる。
(続く)https://t.co/bM15B8MOKp
(続き)サックスがいるなら他の管楽器もいるかなー、と思っていたら、クラリネットでやってる人を発見。クラリネットの人は他にも何人かいるみたい。
— 軽刈田 凡平 (@Calcutta_Bombay) May 16, 2021
ちょっとコルトレーンっぽいというか、いわゆるインド的な音から離れることによって、また違う魅力が出てくる。(続く)https://t.co/Qlwh4zTWnJ
(続き)トランペットのソロだとほぼジャズっていうか、前衛的な映画のサウンドトラックみたいな感じ。
— 軽刈田 凡平 (@Calcutta_Bombay) May 16, 2021
今回はここまで!
でもきっとまだ見ぬ凄いプレイヤーがいるはず。
想像できないほどの深みと伝統を持ちつつ、同時にここまで自由でいられるインド古典音楽にRespect!https://t.co/tl8XmrV6x5
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