続・タイガー・ジェット・シン伝説 「ヒンズー・ハリケーン」の謎をさぐるヒップホップで食べ歩くインドの旅

2021年03月07日

人気ラッパーEmiway Bantaiとインドのヒップホップの'beef'の話

今回は、インドのヒップホップ界の「ビーフ」の話。
インドのラッパーのビーフに関する記事を最初に見つけた時、私はてっきり、神聖視されている牛の肉を食べたラッパーがヒンドゥー・ナショナリストに襲撃されたとか、そういうニュースかと思ってしまった。
(インドのラッパーにはムスリムやクリスチャンも多いし、そういうことが起きそうな状況が今のインドにはある)
よく読んだら、そうではなくて、あのラッパー同士のディスりあいのほうのビーフだった。
そう、ヒップホップが急速に一般化したインドでも、ビーフは起こっている。
口が達者で議論好きなインド人がラッパーになれば、ビーフが起こらないわけがないのだ。

今回の主役は、インドのヒップホップ界にビーフを定着させた第一人者にして人気ラッパーのEmiway Bantai.
ボリウッドのヒップホップ映画『ガリーボーイ』にカメオ出演していたのを覚えている人もいるだろう。
ビーフで名を挙げたガリー(ストリート)・ラッパーというイメージからは想像しづらいかもしれないが、最近のEmiwayはかなりコマーシャルな路線に転換していて、昨年リリースされた"Firse Machayenge"はYouTubeで3億5000回以上も再生されている。
 
Emiwayはかなり器用なラッパーで、この曲のようなコマーシャル(チャラい)路線からアグレッシブなストリート・ラップまで、曲ごとに巧みにスタイルを使い分けているのだが、まずは彼のこれまでの人生、そしてビーフの戦歴を振り返ってみよう。

Emiway BantaiことBilal Shaikhは1995年、ベンガルールのムスリムのミドルクラス家庭に生まれた。
やがて家族とムンバイに移り住んだBilal少年は、10年生(高校1年)までは成績優秀で医者を目指していたという。
ところが、Eminemの音楽と出会ったことで運命が変わってしまう。
ヒップホップにはまって11年生では見事に落ちこぼれ、趣味で撮影していたたラップビデオの反応良かったという理由で、本気でラッパーを目指すようになったという。
ここまで、なんだか両親を心配させてしまいそうな経歴である。
彼のラッパー ネームの'Emiway'は敬愛するEminemとLil Wayneの名前を組み合わせたもので、Bantaiは'brother'のような意味で使われるムンバイのストリートのスラングだ。

だが、彼は真剣だった。
2013年に英語でラップした"Glint Lock" (feat. Minta)でデビューし(といっても、個人で撮った動画をYouTubeにアップしただけのようだが)、家族のサポートは受けずにHard Rock Cafeで働きながらラッパーとしての活動を続けた。
彼もまた、この時代のインドの多くのインディー・ラッパー同様に英語でラップを始め、やがて北インドのメジャー言語であるヒンディー語へと転向する。
彼の初のヒンディー語ラップは2014年リリースの"Aur Bantai".
この時期の彼の曲やスキルはまだ拙く、改めて紹介するほどのレベルでないものが多いが、逆にいうとそれだけ彼が成長したということ。
今でもYouTubeで手作り感満載の初期のミュージックビデオが見られるので、興味のある人は見てみてください。
公式チャンネルにあえてこの頃の作品を残しているEmiwayも潔くてイイ。

その後、持ち前のセンスを開花させた彼は徐々に人気を獲得し、2016年には、この"Aisa Kuch Shot Nahi Hai"でRadio City Freedom Awardを受賞。
受賞式の会場は、彼がかつて働いていたHard Rock Cafeだった。
ここからEmiwayの快進撃が始まる。
2017年にはデリーの人気ラッパーRaftaarとのコラボレーション"#Sadak"をリリース。
(Raftaarとその仲間たちの紆余曲折については、この記事で紹介しています)

二人の自在なフロウと高いスキルが充分に味わえるこの曲でEmiwayはさらに名声を高め、冒頭部分で聴かれる「まるめなー」('Maloom hai na'=「分かってるな」といった意味)というフレーズは、その後の彼の決め台詞となってゆく。

だが、ボリウッドなどのメインストリームでも活躍しているRaftaarが「彼みたいなラッパーが大金を稼ぐのは無理だろう」という発言したことにEmiwayが反応し、二人の間のビーフが勃発。
Emiwayは2018年10月に、Raftaarに向けたdiss-song "Samajh Mein Aaya Kya"をリリースする。
 
彼のステージネームのルーツであるEminemを思わせる、怒りと苛立ちのこもったフロウが圧巻だ。
Emiwayは、最初のヴァースでRaftaarの発言を痛烈に批判。
ここにインドで最初の、そして最も注目を集めたdiss-warが幕を開けた。

特筆すべきなのは、この曲でEmiwayは、Raftaarだけでなく、ムンバイのストリート・ヒップホップシーンの兄貴分的存在のDIVINEと、プネー出身の新進ラッパー MC STANをも強烈にディスっているということ。
DIVINEに関しては、Emiwayに対して「YouTubeの再生回数を稼ぐのは、SpotifyやGaanaのストリーミング再生されるより簡単なことだ」と発言したことが気に入らなかった様子。
EmiwayはDIVINEに「インドのすべてのラッパーはYouTubeからキャリアをスタートさせている。YouTubeが必要ないっていうなら自分の動画をYouTubeから削除したらどうだ」と反論し、この曲の2番のヴァースでは、ストリート育ちを自認するDIVINEがメジャーレーベルであるソニーミュージックのバックアップを受けていることをバカにして、自分は完全にインディペンデントであることを誇示している。

3番目のヴァースで標的にしているMC STANに対しては、小バカにしたような物真似まで披露していて完全におちょくっている。
MC STANはUSでいうとマンブルラップ以下の世代のような、インドでは新しいタイプのラッパー。
ここ数年で、Emiway同様に敵を作りながらもめきめきと評価を上げている大注目のアーティストで、近いうちに詳しく紹介しようと思っている。

(MC STANについてはこの記事でも紹介しています)

MC STANとの間に何があったのかは分からないが、とにかくEmiwayは、共演したメインストリームラッパー(Raftaar)からストリートシーンの大御所(DIVINE)、そして若手(MC STAN)まで、全方位的にディスを撃ちまくっているわけだ。

話をRaftaarとのビーフに戻すと、この曲を受けてRaftaarはレスポンスとして"Sheikh Chilli"を発表。
「俺は真実を語っただけ/お前は注目を集めたいだけのただのガキ/俺がデリーでホテルから食事からスタジオまで、全て世話してやったことを忘れたのか?/それが今度はdiss-songか/ムスリムなら嘘はつくな/お前がやってることはDIVINEとNaezyがしたことをなぞっているだけ」
と手厳しくEmiwayをこきおろした。

それに対してEmiwayは"Giraftaar"をリリース。
「メインストリームにセルアウトしたRaftaarはアンダーグラウンドじゃ何の存在感もない」とレスポンス。
これに対するRaftaarのレスポンスはなく(通常の楽曲リリースに戻った模様)、またEmiwayも『ガリーボーイ』への出演や、久しぶりに英語でラップした"Freeverse Feast(Daawat)"がMTV Europe Music AwardsでBest India Actを獲得するなど大きく評価を上げ、二人のビーフはどうやら小康状態となっている模様。

MTV EMAを受賞した"Freeverse Feast(Daawat)"は、いつの間にか英語ラップのスキルも上げていたEmiwayのマシンガンラップが圧巻。

いずれにしても、EmiwayはRaftaarとのビーフで知名度を上げ、話題性だけではなく高いスキルをも示して人気アーティストの仲間入りを遂げたというわけだ。
(もちろんそこには彼のスキルだけではなく、コマーシャルな楽曲のセンスもあったことは言うまでもない)
ビーフ当時は生意気な若造のEmiwayよりもRaftaarやDIVINEを支持する声のほうが多かったようだが、今ではすっかり彼らと肩を並べる人気ラッパーとなった。

ところで、"Samajh Mein Aaya Kya"のセカンドヴァースで攻撃されたDIVINEも黙ってはいなかった。
Emiwayが"Hard"で再びYouTubeの再生回数をテーマにした攻撃的なリリックを披露すると、これをさらなる自分へのdissと捉えたDIVINEは、反撃を開始する。

長くなるので詳細は省くが、これに対してDIVINEは"Chabi Wala Bandar"と"Such Bol Patta"の2曲のdiss-trackで応酬。
Emiwayも"Gully Ka Kutta"でリアクションする。

Diss-songのときのEmiwayは本当にアグレッシブでかっこいい。
この曲でもEmiwayは高いラップスキルを存分に発揮していて、一本調子なフロウの多いDIVINEを徹底的にやりこめようとしているかのようだ。

その後、二人は直接話し合って誤解が解け、このビーフは終了。
じつはEmiwayの"Hard"はDIVINEではなくデリーのベテランストリートラッパーKR$NAに向けられたものだったのだが、DIVINEが自分のことだと勘違いして応戦してしまったというのが真相だったらしい。
これはDIVINEがちょっとかっこわるかった。

ちなみにEmiwayがKR$NAを"Hard"でディスったのは、どうやらこの曲で喧嘩を売られたことに対するリアクションだったようだ。

この曲でKR$NA はのっけからEmiwayを名指しすると、彼の決め台詞の「まるめなー」もパクって(1:02くらいのところ)挑発している。
どうやらKR$NAは、Emiwayがリリックの中で「俺こそがmotherclutching(聞いたことがない単語だがmotherfxxkingのインド的言い換え?)ビーフラッパー/インドをレペゼンする唯一の男」とか「俺は小さく見えても超ハード、止められる奴がいるならかかってきな」と表明しているのに対して挑戦したということのようだ。
KR$NAはRaftaarとの交友もあるようなので、Emiwayとのビーフは望むところだったのだろう。


いずれにしても、ビーフによってインドのヒップホップ界がいっそう盛り上がっていることは間違い無いだろう。
Raftaarは、Hindustan Timesのインタビューでビーフについて端的にこう語っている。
(Emiwayとの確執について聞かれて)
「これはヒップホップのdiss-warというもので、お互いを批判するラップを出しあうのさ。ラッパーならよくあることで、俺たちは詩人(poet)なんだ。考えてみなよ。彼と俺との間に問題があるからって、ストリートで殴り合ってたら野蛮人と同じだろ。俺たちは詩人だから代わりに言葉を使う。(中略)(このビーフで)彼の人気が出たんじゃないかな。もししなかったら、彼のことなんて誰も知らなかったと思う。才能がある人なら誰だって、俺との戦いを通して有名になってもいい。これはフェアなんだ。神様がそういうふうに取り計らっているのさ」

EmiwayがRaftaarにビーフを仕掛けて知名度を獲得したように、今度はKR$NAが盟友Raftaarの敵役でもあり、勢いに乗っているEmiwayに挑んで存在感を高めようとしているのかもしれない。
(実際、KR$NAはずっとデリーを拠点に活動しているようなので、ムンバイのEmiwayに喧嘩を売って話題作りをするはプロモーション的にも理にかなっているように思う。)

つまり、人気スターも続々登場しているとはいえ、まだまだメインストリームにはほど遠いインドのヒップホップ界のアーティストたちにとって、ビーフは手軽に注目を集め、スキルとセンスを示すことができる手段になっているのだ。
幸いというか、Raftaarが語ったようなフェアな精神がインドのヒップホップ界には生きていて、ラッパー同士のビーフが暴力的な抗争に発展するようなことは知る限りでは起きていない。


今回の記事の主人公であるEmiwayは、いろんなラッパーとのビーフに励む一方、楽曲のリリースも多作で、ますます評価と知名度を上げているようだ。
1月末にリリースされた英語とヒンディーのバイリンガルの"What Can I Do"は英語字幕もついていて、自身が得意とするビーフ関するリリックも入っている。
冒頭から「まるめなー」も健在。

現時点での最新の楽曲は2月28日にリリースされた"No Love".
共演しているLokaはラッパー以外にモデルや俳優もこなす人物のようだ。
お聴きの通りこちらはかなりコマーシャルな路線。
この曲のプロデュースはNRI(在外インド人)のAAKASHが手掛けている。


硬派路線のDIVINEや、メインストリーム路線だった頃からの反動で急速にストリート路線に振り戻しつつあるRaftaarと違い、Emiwayは天性の「センスの良いチャラ」さみたいなものがあって、それがボリウッド系の売れ線ラップとも違う、彼の独特の魅力になっている。
多くのラッパーが、有名になるにつれて、リアルなストリート路線と派手なエンターテインメント路線の間で右往左往しているのに対して、Emiwayはどんなときも自然体でいるように見える。

彼はいまだに大手のレーベルやプロダクションには所属しておらず、完全にインディペンデントなチームで活動しているようで、そのせいか大手メディアにもほとんど掲載されないし、情報発信はもっぱらSNSやYouTubeなどで自ら行なっているようだ。
(再生回数億超えのラッパーなのに、2021年3月7日現在、いまだにWikipediaの項目すら作られていない!)

こうした彼のスタンスは、まさにインドの新世代を代表するアーティストにふさわしいと言ってよいだろう。
スキルとセンスと軽さを兼ね備えたEmiway Bantaiの快進撃は、まだまだ終わりそうもない。


(参考サイト)
https://wikibio.in/emiway-bantai-rapper/

https://genius.com/Emiway-bantai-samajh-mein-aaya-kya-lyrics

https://www.quora.com/Why-did-Divine-diss-Emiway-Bantai

https://www.hotfridaytalks.com/music/emiways-spits-fire-in-his-new-diss-track-samajh-mein-aaya-kya/ 

https://www.indilyrics.in/2018/10/sheikh-chilli-raftaar-song-lyrics-english-translation-real-meaning.html
 
https://www.hindustantimes.com/music/raftaar-on-diss-war-with-emiway-he-is-a-misguided-kid-i-am-the-mature-one/story-vu2MIDfWPCDCzZZ0GJWOGK.html

https://www.quora.com/Why-did-Krsna-diss-Emiway-Do-you-think-what-he-said-about-him-in-the-diss-is-correct 




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