インディー音楽の新潮流「レトロ風かつマサラ風」はインドのヴェイパーウェイヴか?卓越したポップセンスで世界を目指すシンガーソングライター Prateek Kuhad

2020年07月07日

『バウルを探して〈完全版〉』でバングラデシュの風にどっぷり浸かる


川内有緒・文、中川彰・写真の『バウルを探して〈完全版〉』(三輪舎)が、すごく良い。

baul(三輪舎さんのウェブサイトから画像をお借りしました)

この本は、2013年に幻冬社から出版された『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』に、バウル探しの旅に同行した中川彰さんの写真を大幅に追加したもの。
2015年には『バウルの歌を探しに バングラデシュの喧騒に紛れ込んだ彷徨の記録』と改題して幻冬社文庫にも入っているから、今回の「完全版」で、3回目の出版ということになる。
(その経緯は、川内さんが書いたこちらのnoteに詳しい。発売日に書かれたこの記事も、ぐっと来る)

私は幻冬舎文庫版を持っていて、もともとかなり好きな本だった。
単行本で買った本を気に入って、加筆された部分があるからとか、持ち運びやすいからとかといった理由で文庫化されたときにまた買うというのは、たまにある。
でも、私はコレクター的な本好きではないので、文庫で持っている本を単行本で買い直すというのは、今まで一度もしたことがなかった。
そもそも、一度文庫化された本が、全集とかでもないのに別の形で出版されるというのも、あまり聞いたことがないし。
ところが、この「完全版」、中川さんの写真目当てで買ってみたら、それだけでなく、すごく良かったのだ。

川内さんの文章は、文庫の時から変わっていない(たぶん)はずなのだが、読んだときの質感が全然違う。
なんというか、文庫版がライブ盤のCDだとしたら、今回の完全版は、ライブそのもの。
それくらい違う。

何がそんなに良いのか。
まず、本そのものの、モノとしての佇まいがすごく良い。
ページを180度開くことができて写真が見やすい「コデックス装」になっていたり、背表紙にあたる部分(コデックス装だと、ページがむき出しになっている)に打たれたドットが模様になっていたり、異常なまでにこだわりのある装丁になっている。
ただ、そういう非日常的な装丁だから良い、というのではなくて、本の内容と装丁とがぴったりと一致して、特別なものではなく、本来こうあるべきだったもののように感じられる、そういう良さがある。
この装丁を担当したのは、矢萩多聞さん。

次に、中川彰さんの写真が良い。
もともと文庫版の写真の少なさはちょっと不満だったし、文庫版のあとがきで、彼が本の出版を待たずして亡くなってしまったことを知っていたのでちょっと感傷的になっていたところはあったと思うが、それを差し引いて余りあるほどに、良い。

中川さんの写真からは、バングラデシュの人や空気の匂いが、濃厚に漂っている。
排気ガスやお香や朝靄や牛の糞の匂い、クラクションや怒鳴り声や風の音が感じられるような写真なのだ。
撮影対象を特別に見せようなんて、これっぽっちも思っていないようなのに、その表情から、風景から、色合いから、その場所にしかない空気が濃密に立ち上ってくる。
よそ者の旅人としてバングラデシュを見ているのではなく、この国で繰り返されている日常のなかに、ふっと迷い込んでしまうような、そんな写真である。

川内さんの文章もそうだ。
「バングラデシュに存在する、謎の吟遊詩人を探しに行く」という、これ以上ないほど非日常的なテーマなのに、川内さんの文章は、なんというか、日常と地続きなのである。
かつて憧れだった職場を退職し、さて、これからの人生をどうするか、というタイミングでのバウル探し。
それなのに、全く肩の力が入っていない(ように読める)。
日本での日常から、日本とは全く違うバングラデシュの奥へ、奥へと入ってゆくのだが、操縦のうまいパイロットがふわっとなめらかに離着陸するように、普段着のまま異世界に入ってゆくような感覚がある。
好奇心のアンテナは思いっきり伸ばしながらも、変な力が入っていないから、気がついたら、自分のまわりを吹いている風が、バングラデシュの風になっているような錯覚を覚えてしまう。

そう、理由はよく分からないが、この本、風にあたりながら読みたい本である。
川っぺりのベンチかなんかで読むのもいいし、ベランダに椅子を出して読むのも、なんなら窓を開けてみるだけでもいいと思う。
本の手触りを味わうように、風の感触を味わいながら読むと、たぶんこの本の良さはもっと増すはずだ。

それにしても、この装丁の力と、中川さんの写真の力はすごい。
もちろん、主役は川内さんの文章なのだが、文庫版で読んだはずの文章が、初めて読んだように、いや、初めて読んだ時以上にみずみずしく感じられる。
…という趣旨のことをTwitterでつぶやいたら、川内さんご本人から、「映画が大画面だとより楽しめるように、本の形によっても、読み心地は変わるのだろうと思います」というご返信をいただいた。
言いたかったのはまさにこういうこと!
『バウルを探して〈完全版〉』を読みながら、歴史のある佇まいの映画館の大スクリーンで、最高の音響と最高の座り心地の椅子で、大好きな映画を鑑賞してるみたいな、ぜいたくな時間を楽しんでいる。

ベンガルってどこ?とか、バウルってなに?という人も含めて、「体験としての読書」にどっぷり浸かりたい人全員に、全力でおすすめしたい。



(便宜上、この記事のカテゴリが「インド本」になっていますが、「バングラデシュ本」です。読むともれなく無性にバングラデシュに行きたくなるという副作用付きです。)






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goshimasayama18 at 20:56│Comments(0)インド本 

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