インドと寿司の話(20年前の思い出と、最近のミュージックビデオなど)『バウルを探して〈完全版〉』でバングラデシュの風にどっぷり浸かる

2020年07月05日

インディー音楽の新潮流「レトロ風かつマサラ風」はインドのヴェイパーウェイヴか?

インドのインディー音楽の歴史は、エンターテインメントのメインストリームである「ボリウッド的なもの」への反発の歴史だった。
…とまで言ったら言い過ぎかもしれないが、「ボリウッド的なものを避けてきた」歴史だったことは確かだろう。

かつて日本のインディーズバンドが「歌謡曲」的なベタさを仮想敵としてきたように、インドのインディー音楽も、ドメスティックな大衆文化であるボリウッドとは距離を置いた表現(例えば「洋楽的」なクールさを持つもの)を追求してきた。
例えば、近年成長著しいインドのストリートラップは、早くからボリウッドに取り入れられてきたバングラー・ビート(インド北西部パンジャーブ州をルーツとするバングラーのリズムや歌を取り入れたダンスミュージック)ではなく、よりアメリカのブラックミュージックに近いスタイルを取ることが多い。
新しい表現衝動には、既存の商業音楽とは異なるスタイルが必要なのだ。

ところが、ここ最近、インドのインディーミュージックシーンで、「あえて」ドメスティックど真ん中の往年のボリウッド的なビジュアルやサウンドを取り入れて、「ダサかっこいい」演出をするアーティストが増えてきている。
これは、以前からインドで見られた「古典音楽と西洋音楽のフュージョン」とか、「伝統衣装を現代風におしゃれに着こなす」といったものとは似て非なる、全く新しい風潮だ。
簡単に言うと、古いもののかっこよさの再発見・再評価ではなく、古くてダサいものを、古くてダサいまま愛でよう、という、より高度に屈折した見せ方ということだ。

こうした傾向は、2010年代に爆発的な広がりを見せたヴェイパーウェイヴなどのレトロフューチャー的なムーブメントの、インド的な発展とも言える。
(ヴェイパーウェイヴを定義するならば「80年代的な大量生産/大量消費の大衆文化を、ノスタルジーと皮肉と空虚さを込めて再編集した音楽と映像」。検索するとくわしい解説記事がたくさんヒットします)。
成長著しいインドの若手アーティストにとって、20年以上前の娯楽映画や大衆音楽は、もはや避けるべきダサいものではなく、別の時代、別の世界の作品であり、格好の「ネタにすべき素材」になっているのだ。
インドのポピュラーミュージック市場では、まだまだ映画音楽の市場規模が圧倒的に大きいとはいえ、インディーミュージックも急速に発展を続けており、メインストリームを面白がる余裕が出てきたとも言えるだろう。

まず紹介するのは、Rolling Stone Indiaが選ぶ2018年のベストミュージックビデオ10選にも選ばれた、チャンディーガル出身のガレージロックバンドThat Boy Robyの"T".
サイケデリックなサウンドに合わせて中途半端に古い映画の画像が繰り返される、無意味かつシュールで中毒性の高い映像になっている。

本来の映画の内容から離れて、インド映画の強烈な映像センスを「サイケデリックなもの」として扱う感覚が、インド国内でも育ってきているのだ。


続いて紹介するのは、ネパール国境にほど近い西ベンガル州の街シリグリー(Siliguri)出身のレトロウェイヴ・アーティストのDreamhourが先ごろリリースしたアルバム"PROPSTVUR"から、"Until She".
このレトロなシンセサウンドも驚愕だが、よくこんなにレトロフューチャー的なインド人女性の画像(時代を感じさせるメイクと衣装のラメ感!)を探してきたなあ、ということに感心した。

ムンバイやバンガロールのような国際的な大都市ではなく、「辺境の片田舎」であるシリグリーでこの音楽をやっているというのも味わい深い。
彼のセンスが地元の人々にはどう受け入れられているのか、若干気になるところではある。
彼のアルバムは全編通してレトロなテイストが満載で、まるで冷凍睡眠から覚めた80年代のダンスミュージックのプロデューサーが作り上げたかのような面白さがある。


ムンバイとバンガロールを拠点とするトラックメーカーのMALFNKTIONとRaka Ashokは、タミル語映画を中心に1970年代から活躍する映画音楽家Illaiyaraaja(イライヤラージャ)の音源をベースミュージックにリミックスした"Raaja Beats"を発表。

イライヤラージャは、電子音楽などを導入して、当時としては非常に斬新なサウンドを作り上げた音楽家だ。
今となってはレトロなそのサウンドを新しいビートで生まれ変わらせたこの試みは、意外性を狙っただけではなく、彼らの音楽的ルーツを振り返るものでもあるのだろう。


同じような試みをしているのは彼だけではない。
このP.N.D.A.というアーティストは、詳細は不明だが、Bollywood LofiとかDesi Waveというジャンル名で、古い映画音楽をヴェイパーウェイヴ的に再編集した作品をたくさんYouTubeにアップしている。

ヴェイパーウェイヴのアーティストたちの音楽的ルーツの深層に80年代の商業音楽があるように、現在インドの音楽シーンで活躍しているミュージシャンたちも、インディーミュージックに目覚める前の原体験として、このような映画音楽が刻み込まれているのだろう。
そうした音楽は、個々のインディペンデントな表現衝動とは何の関係もない、むしろ商業的で空虚なものなのだが、だからこそノスタルジーと自分自身を含めた時代への皮肉を込めた表現として両立するのである。

この「インド版ヴェイパーウェイヴ」は、例えば「インド最古の音楽レーベル」であるHindusthani Recordsの音源をヒップホップのビートに流用したコルカタのSkipster aka DJ SkipとラッパーCizzyのような、自身のルーツへの直接的なリスペクトの表明ともまた違う。

これはこれで、温故知新的なかっこよさがたまらない。

今回紹介したような屈折した表現の登場に、インドの音楽シーンの成熟を改めて感じさせられた。
そして、80年代の日本や欧米のカルチャーと比べても、格段にアクの強いサウンドやビジュアルを、よくもまあクールに再定義したものだと、大いに感心した次第である。

こうした傾向はこれからも続きそうで、まだまだ面白いサウンドが登場しそうなので、要注目です!
それでは!


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