2023年12月

2023年12月28日

2023年度版 軽刈田 凡平's インドのインディー音楽top10


今年もインドのインディペンデント音楽シーンがどんどん大きく、面白くなった1年でした。
もはやとても一人の力で掘り続けるのは無理なほどに巨大化してしまったシーンのなかで、これこそが注目すべきトピック(シングル、アルバム、ミュージックビデオ、出来事)だと思ったものを、10個ほど選んで紹介させてもらいます。

10個並べてるけど、順位はとくになし。
ジャンル的にも地理的にも多様化しまくっているインドのシーンから10個トピックを選ぶのはとても難しかったけど、5年後、10年後に振り返った時に、「そうそう!あのときがこのブームのきっかけだったよね」とか「そういえばあんなことあったなあ」と思えそうなものを選んでみたつもり。



Bloodywood来日


まさか去年に続いて今年もBloodywoodの来日を10大トピックの筆頭に挙げることになるとは思わなかった。
彼らが今年6/28に大阪(梅田TRAD)、6/29に渋谷(Spotify O-EAST)で開催したワールドツアーのファイナル公演は凄まじかった。
去年のフジロックの「誰だかよく分からないけど、こいつらスゲエ!」という状態とは異なり、誰もがBloodywoodことを知っていて、高い期待を抱いているという状況の中で、彼らはその予測を軽々と上回るパフォーマンスを披露した。
ギターソロはなく、ドラムセットもバスドラ1つ、タム1つと極めてシンプルな音楽性とステージセットで観客を熱狂させた彼らのスタイルは、新世代ヘヴィミュージックのひとつの雛形としても注目に値するものだった。




JATAYU来日


今年のフジロックでもインドのバンドが優れたパフォーマンスを見せた。
チェンナイのカルナーティック・ジャムバンドJATAYUは前夜祭とField of Heavenに出演。
去年のBloodywoodのような大規模ステージやド派手な音楽性ではなかったこともあり、大きなセンセーションを巻き起こすには至らなかったが、JATAYUは日本のリスナーがこれまで聴いたことがない浮遊感溢れるフレーズとタイトなグルーヴで確かな爪痕を残した。
インタビューによると、彼らはシンガポールのショーケースイベントに出演したときに関係者の目に留まり、フジロックの出演につながったとのこと。
今年リリースした台湾のバンド「漂流出口」との共演曲"The Wild Kids"も、アジア的な混沌をロックで表現した出色の作品だった。
(漂流出口もすごく面白くて良いバンドです)




Sid Sriram "Sidharth"(アルバム)


今年はメインストリームのど真ん中で活躍している映画のプレイバックシンガー(吹き替え歌手)が、相次いで充実したオリジナル(非映画)アルバムを発表した年でもあった。
インドにおいて「インディーズ音楽」とは、「映画音楽ではない音楽」を指す概念だと言っても過言ではない。
メジャーの真ん中で活躍しているアーティストがインディペンデントを志向する時代がインドにやってきたのだ。
カリフォルニア在住のSid Sriramが、現地の(インド系ではない)ミュージシャンと制作した現代的R&Bスタイルのこのアルバムを「インドのインディー音楽」として扱うべきかどうかは悩んだが、こうした背景と内容の素晴らしさを考えれば、この10選から外すわけにはいかないだろう。
カルナーティック音楽をルーツに持つ彼の歌声は信仰に根差した聖性を湛えていて、結果的にゴスペルのような美しさが感じられる。
以前の記事でも紹介したので今回は別の曲をピックアップしたが、アルバム中の"Dear Sahana""Do the Dance"はとくにその傾向が強く、涙が出そうなくらい感動した。


他に今年リリースされたプレイバックシンガーのインディペンデント作品としては、Armaan Malikの"Only Just Begun"も現在進行形のヒンディーポップスのが楽しめる佳作だった。
この作品にはヒップホップビートメイカーKaran Kanchanも参加していて、インディペンデントとメジャーの垣根がますます低くなってきていることを感じさせられた。



KSHMR "Karam"


KSHMRのインドのヒップホップ界への参入は、成長と拡大の一途を辿るシーンへの黒船来航とも言える出来事だった。
世界的に高い評価を得るインド系アメリカ人のEDMプロデューサーである彼は、今作では個々のラッパーの良さを引き出すビートメーカーの役割に徹し、ラテンやインド映画音楽の要素をスパイスとしたトラックの数々に彩られた名作を生み出した。
インドの音楽シーンが国内に閉じているのではなく、グローバルにつながっていることを感じさせるアルバムだ。




Chaar Diwaari X Gravity "Violence"


6月に旅行で来日していたビートメーカーのKaran Kanchanが注目アーティストとして名前を挙げていたのがこのChaar Diwaariだった。
ニューデリー出身のこのラッパーはまだ20歳(!)。
アンダーグラウンドの空気感を濃厚にまとった"Barood""Garam"といった個性的なトラックだけでなく、ギタリスト/ソングライターのBhargと共演したポップな"Roshini"など、アクの強さだけではない豊かな才能を示す楽曲を2023年に多数リリースした。
今後の活躍がもっとも期待されるアーティストの一人である。
KSHMRの"Karam"のような話題作から、彼のような超新星の出現まで、今年もインドのヒップホップシーンは非常に豊作だったと言える。



Ikka Ft.MC STAN "Urvashi"


Ikkaはパンジャービー系パーティーラップシーンで一世を風靡したYo Yo Honey SinghとBadshahを擁したデリーの伝説的ヒップホップクルーMafia Mundeer出身のラッパー。
ド派手で商業的なスタイルで人気を博したHoney SinghやBadshahとは異なり、ヒップホップのルーツに忠実な活動を重ねているIkkaが、マンブルラップ的な新世代フロウをインドに持ち込んだMC STANと共演したのがこの曲。
サウンドの印象としてはIkkaがかなりMC STANに寄せているように聴こえるが、ミュージックビデオを見るとMC STANがパーティーラップ的なスタイルに接近しているようにも見える。
プロデュースはアメリカで活躍するバングラデシュ出身のプロデューサーのSanjoy.
ボリウッドソングのマッシュアップをきっかけに在外南アジア系コミュニティから人気に火がついた彼の起用は、メジャー/インディー、国内/国外の垣根が意味を失いつつあるインドのシーンを象徴する人選だ。

そういえば、今年はHoney Singhがムンバイのストリート出身のスターEmiway Bantaiのプロデュースした楽曲もリリースされた(曲としてはイマイチ)。
ますますボーダレス化が進むインドのヒップホップシーンの今後がますます楽しみだ。



Diljit Dosanjh X SIA "Hass Hass"(シングル) "Ghost"(アルバム)


最近ずっと思っているのが、そろそろバングラーというジャンルを再評価すべき時期が来ているのではないか、ということ。
バングラーは、世界的にはPanjabi MCらが活躍した'00年代前半にブームを迎え、ほどなく下火になったジャンルかもしれないが、北インドでは今日に至るまで継続的に高い人気を誇っている。
インドのみならず、パンジャーブ系住民の多いオーストラリアや北米では、昨今バングラーシンガーがアリーナ規模のライブを成功させている(ただし観客はほぼ南アジア系だが)。
ジャマイカンにとってのレゲエやアフリカ系アメリカ人にとってのヒップホップのように、バングラーはパンジャービーたちの魂の音楽として愛され続けているのだ。
バングラーの特筆すべきところは、愛され続けているだけではなく進化しつづけていることで、Diljit Dosanjhがオーストラリア出身の人気シンガーSIAをフィーチャーしたこの曲は2023年度版バングラーを象徴する楽曲と言えるだろう。
Diljitが今年リリースしたアルバム"Ghost"も23曲入りというとんでもないボリュームで、現代型バングラーラップの理想系を示した作品だった。
昨年Sidhu Moose Walaの死という悲劇を迎えたバングラー界だが、それでもシーンは希望と意欲に満ちており、明るい未来が期待できる。



The Yellow Diary "Mann"


上質なヒンディー語のインディーポップを作り続けているムンバイのバンドThe Yellow Diaryは、この新曲"Mann"で変わらぬセンスの良さを見せつけた。
ボリウッド映画に使われても良さそうなキャッチーなヒンディー語ポップスだが、ジャジーなピアノやギターに彼ら独自の個性が光る。
音楽スタイル的にメジャーとインディーズの中間に位置するバンドであり、洋楽志向に偏りがちなインドのインディーポップシーンでインドらしさ溢れるサウンドを作る彼らは稀有な存在だ。



Sunflower Tape Machine "Rosemary"


インディーロック勢ではチェンナイを拠点に活動するAryaman SinghのソロプロジェクトSunflower Tape Machineがリリースした"Rosemary"の繊細な美しさも素晴らしかった。
楽曲ごとにアンビエント、シューゲイザー、80’s風ポップと作風を変えながら、1年に1、2曲のみリリースするという非常にマイペースな活動を続けている彼の最新作は、アコースティックギター1本で聴かせるフォークポップ。
シンプルこの上ない楽曲をメロディーとハーモニーで聴かせるセンスに痺れた。
日本からインドの音楽シーンをチェックしていて、彼のような完全にインディペンデントな才能に出会えたときの感動はひとしおだ。



Komorebi "The Fall"(アルバム)


デリーを拠点に活動しているKomorebiは、アニメなど日本の文化の影響を受けているTarana Marwahによるソロプロジェクト。
以前からポップなエレクトロニカを聴かせてくれていたが、今作ではぐっとスケール感を増してノルウェーのAURORAのような幻想的で美しい作品を作り上げた。
Easy Wanderlings, Dhruv Visvanath, Blackstratbluesといったインドのインディーズシーンを代表するアーティストのコラボレーションも作品に華を添えている。
こうした無国籍で高品質な楽曲がリリースされているということもインドの音楽シーンの誇るべき部分であり、もっと世界が注目してくれたらいいのにといつも思っている。




というわけで2023年の10選はこんな感じでした。
今年は秋以降のヨギ・シン来日騒動(騒いでいたのは自分だけだが)もあり、シーンをあまり細かくチェックできていなかったので、きっとここに挙げた以外の素晴らしい作品や出来事もたくさんあったことと思う。
次点はムンバイのロックバンドThe Lightyear Explodeのアルバム"Suburban Prose".
80’s〜90年代前半の雰囲気のあるポップでキャッチーな曲がたくさん入ったアルバムなので、興味がある人はぜひチェックしてみてほしい。
あとコルカタのラッパーCizzyは今年クラシック級の名曲を何曲もドロップしていた。
(例えば"Number One Fan", "Baad De Bhai"
注目されることが少ないベンガル語ラップに正当な評価を与えるためにも選びたかったのだが、ジャンルのバランスを考えて泣く泣く選外とした。


過去2年分の軽刈田セレクトによる年間トップ10もいちおう貼っておきます。
毎年面白くなり続けているインドの音楽シーン、来年はどんな作品がリリースされるのか、ますます楽しみだ。









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goshimasayama18 at 15:03|PermalinkComments(0)

2023年12月24日

ポピュラー音楽にかけられたインドの魔法を解く一冊『インドとビートルズ シタール、ドラッグ&メディテーション』



今回はビートルズの話。
つまりインドのミュージシャンの話ではないのだが、ビートルズはインドの音楽シーンにも多大な影響を及ぼしており、そしてロックの世界にインドという国の存在を最初に知らしめたバンドでもある。
インド人の著者がビートルズとインドとの関係を詳細に掘り下げた本について、このブログで取り上げないわけにはいかないだろう。



取り上げるタイミングが大幅に遅くなってしまったが、昨年末に出版された『インドとビートルズ シタール、ドラッグ&メディテーション』(アジョイ・ボース著、朝日順子訳、青土社)という本が、めちゃくちゃ面白かった。

インドとビートルズ

この本は、ビートルズに端を発するインド幻想を、気持ち良いほどに覚ましてくれる一冊だ。

ビートルズから始まったインド幻想とは何か。
ロックをはじめとする欧米のポピュラー音楽の世界では、インドは西洋の価値観に対するカウンターとしての役割を担ってきた。
瞑想とか神秘とか、そこから転じてサイケデリック(「ドラッグによる幻覚体験が精神を拡張する」みたいな)とか、そういうやつである。

西洋文明の過剰な功利主義によってもたらされた争いや心の荒廃。
その殺伐とした社会に、深い精神性を持つインドの思想や瞑想を取り入れることで、心の平安が訪れたり、高次の意識が覚醒したりする(ような気がする)。
そのためには、本来はヨガとかの本格的な修行が必要なのだろうけど、大変そうなのでとりあえずLSDでもキメながらインドっぽい雰囲気のロックでも演奏してみるか。
ラブ&ピース。

まるでアホである。
まあちょっと過剰に書き過ぎたかもしれないが、これがロックをはじめとするカウンターカルチャーにおけるインド幻想だ。

良くも悪くも、その先駆けとなったのがビートルズだった。
あらためて書くのがためらわれるくらい有名な話だが、ビートルズは1965年12月にリリースされたアルバム『ラバー・ソウル』へのシタール導入や、ジョージ・ハリスンとラヴィ・シャンカルとの出会いをきっかけに、インドへの傾倒を加速度的に強めていった。
ジョージはラヴィに弟子入りしてインド古典音楽風の曲を作り、ジョンはサンスクリット語で導師(グル)と神を讃える歌詞を書いた。
彼らのインド熱は、ビートルズ全員がインドの聖地リシケーシュを訪れ、精神指導者マハリシ・マヘシュ・ヨギのアーシュラム(ヨガや瞑想の道場)に滞在した1968年2月にピークに達し、その後急速に冷めてゆく(ジョージを除いて)。
その過程を丁寧に描き出したのが、この本である。


言葉を選ばずに言うと、この本に出てくる人物たちは、ビートルズのメンバーを含めて全員がまともではない。というか、ろくでもない。
ジョンとジョージは完全なヤク中で、ジョンに至っては「ヒンドゥー教や仏教の僧侶が長年の瞑想で到達する境地にLSDによって簡単に到達することができる」というバカなヒッピー丸出しの考えを持っていた。
(とはいえこの舐めきった思想から超名曲"Tomorrow Never Knows"を生み出してしまうのだからすごい)
ジョージはラヴィ・シャンカルの影響でドラッグを断ち、神についての哲学的な思想を深めるようになるのだが、まともになったというよりも、インドを過剰に礼賛する(よくいるタイプの)東洋かぶれの欧米人になったという感じだ。
ポールは比較的インドかぶれが薄かったようだが、それだけに瞑想や修行にはあまり興味がなく、マハリシに「インドのヘビ使いを呼んでほしい」とかアホな要求をしてみたり、修学旅行気分でアーシュラムで隠れてタバコを吸ったりしている。
まあそれでもインド滞在中に"Blackbird"とか"I Will"とか"Ob-La-Di, Ob-La-Da"みたいな名曲を書いているんだからやっぱり天才である。
ちなみにリンゴは終始あまり何も考えてなさそうで、お腹が弱くてインド料理が口に合わなかった。

しょうもないのはビートルズのメンバーだけではない。
ジョージが傾倒したラヴィ・シャンカルも相当ろくでもない人物だ。
彼が自分よりも音楽的才能が優れていると感じた妻に演奏を禁じたとか、結婚してすぐに10代の別の女性と不倫した(妻とはやがて離婚)とか、唖然とするほかないエピソードもこの本にはしっかり収められている。
その後、ジョージは結局、シタールの演奏は全人生をかけて取り組まなければならないほど難しいということに気づき、早々に習得を断念している。

稀代のトリックスター、マハリシ・マヘシュ・ヨギについては言うまでもないだろう。
物質的な豊かさや欲望を持ったまま至福に至ることができるという、その名も「超越瞑想」の普及のためにありとあらゆる手段を使おうとする彼は、精神指導者というよりはうさんくさい実業家で、彼はビートルズを今で言うところのインフルエンサーとして利用しようとしていた。
高名なグルの秘書から精神指導者として身を起こしたマハリシはインドではほとんど無名な存在だったが、新しい救いを求める欧米社会に目をつけ、影響力と富を得てゆく。
マハリシの「成り上がり」っぷりはこの本の読みどころのひとつだが、これまでも多くの批判に晒されてきた彼については、かなり中立的に書かれているという印象を受ける。
アーシュラムに集ったわがままな欧米セレブたちの心が彼から離れてゆく場面にいたっては、憐れみさえ感じさせられるほどだ。

物語の終盤には、マジック・アレックスという極めつけのいかさま師が登場。
彼は「夜空にかけるレーザーでできた人工の太陽」や「紙のように薄いステレオスピーカーでできた壁紙」を発明したと主張する人物で、こんなバカを信じる奴がいるのかと思っていたら、ジョンをはじめとするビートルズの面々はいともたやすく騙されている。
いくら時代背景が今とは違うとはいえ、間抜けすぎるだろう。

ここではいちいち挙げないが、脇役としてビートルズと一緒にリシケーシュに滞在していたミュージシャンや俳優たちも、傍若無人でろくでもないやつばかりだ。
ビートルズのメンバーを含めて、欧米人の登場人物には、インドをリスペクトしているようでいて、偏見と差別意識が感じられる言動が多々あって、インドとビートルズの両方が好きな私は、読んでいてちょっと切なくなってしまった。
まあ当時のインドやフィリピン、日本といったアジアの国々でも「ビートルズは自国の伝統文化を破壊する」みたいな言説が保守層に信じられていたようだから、偏見に満ちていたのは同じようなものだったのかもしれないが。


登場人物全員がろくでもないと書いたが、念のためにことわっておくと、この本は別に誰かを貶めるために書かれているわけではない。
誰も神格化することなく、彼らを人間としてフェアに描いているだけなのだ。
リバプールの労働者階級の若者だったビートルズのメンバーが、その才能ゆえにファンやメディアに追われ、自由を奪われてあらゆる諍いに巻き込まれてゆく様子を読めば、彼らが名声によって得たものは幸福ではなく苦痛だったのではないかと思えるし、その結果として彼らが傲慢でシニカルな人間になってしまうのも理解できる。
前述したラヴィ・シャンカルについても、ダメ人間として描くだけでなく、彼が傑出した演奏家であることにも十分すぎるくらい紙幅を割いている。
終始懐疑的に(であるがゆえに公正に)描かれているマハリシだって、インドが持つ神秘的な精神性を分かりやすく解釈し、経済的価値に置き換えたパイオニアとして見ることもできるだろう。

彼らは別に人としてダメなのではなく、単にどうしようもなく人間なのである。
インド人だろうがイギリス人だろうが(もちろん日本人も)、誰もが欲望やダメな部分を持った人間であり、この世の苦悩から逃れる近道は世界中のどこにもない。
ドラッグや瞑想で魔法のようにラクになれると嘯かれるよりも、その現実を淡々と提示してもらったほうがよっぽど救いになるというものだ。

70年代以降も、ロックにおけるインド幻想、すなわちアンチ欧米的物質主義の精神的な拠り所というインドのイメージは、かなり長い間続いていた。
90年代にはサイケデリック時代のビートルズの思想を継承するかのようなKula Shakerなんてバンドもいたし、トランスのシーンでは、00年代の初頭くらいまでインドっぽい要素が結構ありがたがられていたように思う。
音楽シーン以外でも、80年代にはソニーや京セラやIBMの研修にマハリシヨギの「超越瞑想」が取り入れられていたというから、ビートルズ発祥のインド幻想は、かなり長い期間影響を残していたのだ。

さすがに今日では、露骨なインド的サイケデリアを全面に出したアーティストを欧米や日本で見ることはほとんどなくなったが、2010年代以降に盛り上がりを見せているインドの音楽シーンでは、逆輸入されたインド幻想がけっこう根強く存在している。




この手のジャンルでは後進国であるインドのアーティストたちは、自国の文化がビートルズをはじめとする本場の先人たちに引用されたことによって、そのカウンターカルチャー的な正統性が担保されたと感じているのかもしれない。
ちょっと卑屈かもしれないが、同じアジア人としてその気持ちはよく分かる。


シニカルな書き方をしてしまったけれど、インドという国を誤解しながらも(ジョージに関しては過度に理想化しながらも)ビートルズが作り出した音楽が素晴らしかったように、その影響を逆輸入して作り上げた音楽もまた面白かったりもする。
ビートルズのインドに対する自分勝手な愛情に、インドのアーティストが真正面から取り組んで返答したアルバム"Songs Inspired by the Film the Beatles and India"なんていうかなり興味深い作品もあるので、ぜひこちらのリンクから聴いてみてほしい。



もちろん、今回書いたようなエキゾチック&サイケデリック目線でのなんちゃって瞑想ではなく、きちんとした伝統と理論に裏打ちされたヨガや瞑想の文化がインドに存在していることは言うまでもない。
ただ、それだってゴダイゴがガンダーラで歌ったみたいな浮世離れした桃源郷として存在しているわけじゃなくて、欲にまみれた現し世と地続きになっているのである。
カウンターカルチャー的なインド幻想はあくまでも幻に過ぎなかったが、その幻を追いかける過程で生まれた作品は、幻ではない本物の光を放ち続けている。



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goshimasayama18 at 18:34|PermalinkComments(0)インドのロック | インド本

2023年12月14日

EDMシーンの世界的大物KSHMRがインドのラッパーたちと共演!


ここのところ謎の占い師ヨギ・シンの話ばかり書いていたので、今回は本来の音楽ブログに戻って、個人的に今年のインドの音楽シーンの最大のニュースだと思っている作品について書く。
11月に世界的EDMプロデューサーのKSHMRがインドのラッパーたちを迎えて制作したアルバム"Karam"のことである。

KSHMRことNiles Hollowell-Dharはカシミール生まれのヒンドゥー教徒の父とアメリカ人の母のもと、1988年にカリフォルニア州で生まれた。
ラップデュオCataracsのメンバーとして活動したのち、2014年頃からエレクトロハウスやビッグルームなどのいわゆるEDMに転向。
’10年代後半にはTomorrowlandやUltra Music Festivalなどのビッグフェスで人気を博し、2015年に英国のEDMメディアDJ Magのトップ100DJランキングで23位にランクイン。2016年には同12位に順位を上げ、さらにはベストライブアクトにも選ばれている。
KSHMRというアーティスト名は、日本では一般的にカシミアと読まれているが、ここはインド風にカシミールと読むことにしたい。

彼は1年ほど前からSNSで、Seedhe MautやMC STΔN、KR$NA(彼はクリシュナと読む)といったインドのラッパーたちと制作を進めていることを明らかにしていたが、別ジャンルで活動する彼らのコラボレーションがどんなものになるのか、まったく想像がつかなかった。
いかにインドのヒップホップシーンが急成長を続けているとはいえ、世界的に見ればKSHMRのほうが圧倒的な知名度と成功を手にしており、私はRitviz(デリーの「印DM」プロデューサー)とSeedhe Mautが共演した"Chalo Chalein"のような「ラッパーをフィーチャーしたEDM」に落ち着くと予想していたのだが、ふたを開けてみれば、EDMの要素はほとんどなく、完全にヒップホップに振り切った作品となった。
"Karam"はKSHMRのキャリアを通してみても非常にユニークで意欲的なアルバムと言えるだろう。

先行シングルとしてリリースされたのは、デリーのラップデュオSeedhe Mautと、今年6月に日本滞在を満喫したムンバイのプロデューサーKaran Kanchanが参加したこの"Bhussi".

KSHMR, Seedhe Maut, Karan Kanchan "Bhussi"


2021年の名作「न(Na)」を彷彿とさせるパーカッシブなビートは、完全にSeedhe Mautのスタイルだ。
これはアルバム全体を聴いて分かったことなのだが、どうやらKSHMRは、このアルバムで「自分の楽曲にいろんなラッパーをフィーチャーする」のではなく、「いろんなラッパーに合った多彩なビートをプロデュースする」ということにフォーカスしているようなのである。
華やかな成功を手にしたEDMのソロアーティストではなく、職人気質のヒップホップのビートメーカーに徹しているのだ。
当然ながらKSHMRのビートはクオリティが高く、個性的でスキルフルなラッパー達との化学反応によって、インドのヒップホップ史に新たな1ページを刻むアルバムが完成した。


デリーのベテランラッパーKR$NAを起用した"Zero After Zero"はリラックスしたグルーヴが心地よい。
ラテンのテイストと往年のボリウッドっぽいストリングスが最高だ。
KSHMR, KR$NA, Talay Riley "Zero After Zero"


ラテンの要素はこの作品の特徴のひとつで、この"La Vida"はレゲトンのリズムにEDMっぽいキャッチーなフルートのメロディーとコーラスが印象的。
真夏の夕暮れにコロナビールかモヒートを飲みながら聴きたい曲だ。

KSHMR, Debzee, Vedan "La Vida"


スペイン語混じりのラップを披露しているDabzeeとVedanは南インドのケーララ州出身。
このアルバムにはインドのさまざまな地域のラッパーが起用されており、おそらくKSHMRは特定の都市や地域に偏らない、汎インド的なヒップホップ・アルバムを作るという意図があったのだろう。


アルバムのハイライトのひとつが、ヒップホップシーンでの評価をめきめき上げているYashrajを起用したこの曲。

KSHMR, Yashraj, Rawal "Upar Hi Upar"


Yashrajのシブいラップに90年代的なヒロイズムに溢れた大仰なビートがとても合っている。
終盤のリズムが変わるところもかっこいい。
KSHMRがこれまで手がけたことのないタイプのビートだが、この完成度はさすが。

Yashrajは、ベンガルールの英語ラッパーHanumankindと共演したこの"Enemies"を含めて、3曲に参加している。

KSHMR, Hanumankind, Yashraj "Enemies"



異色作と言えるのが、バングラーのトゥンビ(シンプルなフレーズを奏でる弦楽器)っぽいビートを取り入れたこの曲。

KSHMR, NAZZ "Godfather"


この手のビートはインドには腐るほどあるのだが、やはりKSHMRの手にかかるとめちゃくちゃかっこよくなる。
NAZZ(Nasと紛らわしい)は、ムンバイのラッパー。
初めて聞く名前だが今後要注目だ。


インド全土のラッパーを起用したこのアルバムに、なんと隣国パキスタンのラッパーも参加している。

KSHMR, The PropheC, Talha Anjum "Mere Bina"


この曲では、カナダ出身のパンジャーブ系バングラーシンガー/ラッパーのThe PropheCに加えて、パキスタンのカラチを拠点に活躍しているラッパーデュオYoung StunnersのTalha Anjumがフィーチャーされている。
これは結構すごいことだと思う。

KSHMRがそのステージネームにもしているカシミール地方は、1947年の印パ分離独立以来、両国が領有権を主張し、テロや弾圧によって多くの血が流されてきた。
カシミールをめぐる問題は、長年にわたって印パ両国、そしてヒンドゥー教徒とムスリムの間の対立を激化させている。
ヒンドゥー・ナショナリズム的な傾向の強いインドの現モディ政権は、ムスリムがマジョリティを占めるジャンムー・カシミール州の自治権を剥奪して政府の直轄領へと再編するなど強硬な手段を取っており、厳しい状況はまだまだ終わりそうにない。

The PropheCのルーツであるパンジャーブ地方もまた、印パ分離独立時に両国に分断された歴史を持つ。
イスラームの国となったパキスタンを離れてインド側へと向かうヒンドゥー教徒、シク教徒と、インド領内からパキスタンへと向うムスリムの大移動によって起きた大混乱のなか、迫害や暴行によって100万人もの人々が命を奪われた。
これもまた、今日まで続く印パ対立の原因のひとつとなっている。

前述の通り、KSHMRはカシミール出身のヒンドゥー教徒の父を持ち、The PropheCはパンジャーブにルーツを持つシク教徒で、Talha Anjumはパキスタンのムスリムのラッパーである。
異国のリスナーの過剰な思い入れかもしれないが、歴史を踏まえると、この3人がこの時代に共演するということに、なんだか大きな意味があるように感じてしまうのである。
仮にそこに深い意味はなく、かっこいい曲を作るために適任なアーティストを集めただけだったとしても、それができるKSHMRの感性ってなんかすごくいいなと思う。
ちなみにYoung Stunnersはコロナ禍の2020年にデリーのKR$NAとの共演も実現させている。
こういう交流はどんどん進めてほしい。

他に参加しているラッパーは、デリーの元Mafia Mundeer勢からIkkaとRaftaar、プネーのマンブルラッパーMC STAN、カリフォルニアのテルグ系フィメールラッパーRaja Kumariら。

音楽的な部分以外で気になる点としては、このアルバムには、インタールードとしてオールドボリウッド風のスキットが数曲おきに収録されている。
それぞれ"The Beginning", "The Plan", "The Money", "The Girl", "The Revenge"といったタイトルが付けられていて、言葉がわからないので何とも言えないが、今作はコンセプトアルバムという一面もあるようだ。

ここまでインド市場に振り切った(インド人と一部のパキスタン人以外は聴かなそうな)アルバムを作ったKSHMRの最新リリースは、"Tears on the Dancefloor"と題したゴリゴリのEDM。
完全にインドのシーンに拠点を移すつもりはなさそうだが、この振れ幅こそが彼の魅力なのだろう。

KSHMR "Tears on the Dancefloor (feat. Hannah Boleyn)"

Ritvizとのコラボレーション"Bombay Dreams"や、インドのスラム街の子どもたちにインスパイアされたという"Invisible Children"など、近年インド寄りの側面をどんどん出してきているKSHMRは、今後ますますインドのシーンでの存在感を増してゆきそうだ。



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2023年12月10日

二人めのヨギ・シンとの再会


前回の記事で書いた今年2人めのヨギ・シン(本名不明)は、その後も丸の内近辺での「占い」を続けているようだった。
それならまた会いに行ってみよう。
遭遇から1週間後の日曜日、私は自宅から再び東京駅へと向かった。

幻の占い師に簡単に会えるようになった現状を、以前「ツチノコから地域猫レベルになった」と書いたが、結論からいうと、この日もまた簡単に会えてしまった。

今回そのターバン姿の男の姿を見かけたのは、東京国際フォーラム近くの横断歩道だ。
気づかれないように彼の様子を伺うと、クリスマスのイルミネーションに彩られた丸の内仲通りで何人かの通行人に声をかけ、いずれも断られていた。
声をかけた相手は一人で歩いている人ばかり。
二人連れやグループに声をかけると、紙をすり替えるトリックを見破られるリスクがあるからだろう。

彼が他の人に占いをする様子を観察してみたくもあったが、どうやら見込みは薄そうだ。
さりげなく彼の隣を歩くと、案の定、私に声をかけてきた。
この日の第一声は「You have a lucky face」ではなく「You are lucky」。

「私はサイババの弟子なのだが、あなたには来年良いことがある。でも少し考えすぎるところがあるようだ。あなたの仕事は?」

前回とは若干違うパターンだ。

「オフィスワーカーだ」と適当に答えると、ほら当たったと言わんばかりに「だから考えすぎるんだろう」と返してきた。
この「あなたは考えすぎる」はヨギ・シンの定番フレーズだが、彼らは落語の修行みたいに一言一句同じ言葉を伝承されるのだろうか。
サイババの弟子だというのも初めて聞くパターンだ。
前回会った時に彼が見せてきたシルディ・サイババの絵に私が反応したので、サイババが日本でも有名だと思っているのかもしれない。

ShirdiSaiBaba

彼はまず私の手相を調べた。
そういえば、彼は前回も手相を見て「生命線が長いので長寿の相がある」とか誰でも言えるようなことを言っていた。
今回は手相を見てもコメントなし。
ここで気の利いたことが言えると大幅に説得力がアップすると思うのだが、それができないのが彼の至らない点だ。
(とうとう自分はヨギ・シンの批評までするようになってしまった)

今にして思えば、この手相見は、お馴染みのトリックを行うために手を出させる方便なのだろう。
次に彼がした行動は予想通り。
手帳から取り出した紙片に何かを書きつけて、それを私に握らせてきた。
「あなたの好きな花は?」
お決まりの質問である。
1週間前に同じやりとりをしているのだが、彼は私のことをまったく覚えていないらしい。
ここで私は、最も回答する人が多いと言われている「ローズ」と答えてみた。

続いての質問は「1から5の間で好きな数字は?」
これを聞いて、私はもしやと思った。
これは山田真美さんの本『インド大魔法団』に書かれていたトリックと全く同じやり方だ。
「1から5の間で」と言われると、多くの人が無意識に3と答えてしまうというのだ。
あえて引っかかったふりをして「3」と答えると、彼はしてやったりという顔を見せた。

3つめの質問は、「あなたの望みは?」。
「グッドヘルス」と回答すると、彼は前回のように「紙を握った手を額にあてて、その後で息を吹きかけろ」とは言わずに、すぐに紙を広げろという。
つまり、紙のすり替えはしないということだ。

言われたとおりにすると、はたして、そこには、Roseという文字と、3という数字、そして何やらわからないアルファベットの羅列が書かれていた。

「見ろ、好きな花は薔薇、選んだ数字は3」
次に彼は、アルファベットの羅列を指して、「このGはグッドヘルス、Lは長寿(long life)という意味だ」と言った。

GHと2文字だけ書かれているならともかく、どうしていくつかの文字列の中のGがグッドヘルスを意味することになるのか、それにそもそも長寿なんて言っていないじゃないか、とつっこみたいのはさておき、これはなかなかよくできた技法だと思った。
Gと書いておけば、「グッド○○」というときに必ず使えるし、Lもロングライフとかラブとかラックとか、いろいろな言葉に応用できる。
この紙は、このあとすぐ「手帳に挟んでくれ」と言われて回収されてしまったので、手もとに残っていないのだが、そういえば前回もらった紙にも同じような文字が書かれていた。
これは彼らの常套手段なのだろう。
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前回の紙のいちばん下の行にもG'n'Lと書かれているように見える。

ともかく、これで彼らが使うトリックの全貌がわかった。
彼らが最初に握らせる紙にはRose, 3、そしてGとLを含むいくつかのアルファベットが書かれている。
運良く相手が薔薇と3と回答したときにはそのまま紙を開かせて、違う花や数字を言ったときには、紙をすり替えるのだ。
面白いパフォーマンスを見せてもらった対価として彼に1,000円を支払う。

もう正体をばらしてもいいだろうと思って「前に会ったことがある。覚えているか?」と聞いたが、返事は「ノー」。
「どこで会ったんだ?」と逆に聞き返されてしまった
「向こうのほうの大手町のエリアで、先週の土曜日に会った」と答えて、しばらく会話を続けると、ようやく思い出してくれた。
今回もいろいろな質問を浴びせたが、彼は自分の占いにトリックはなく、プラディープのことは知らないし、自分がやっているのは占いではなくメディテーションだという主張を崩さなかった。

親や兄弟もこのトリックをするのか?と聞いたところ、「自分は天涯孤独だ」とのこと。
これもプラディープと同じ答えだが、仲間に迷惑をかけないように、質問されたらそう答えるという取り決めがあるのかもしれない。

孤児たちが師匠からこの怪しい「占い」の技術を教え込まれてヨギ・シンになり、世界中の都市で集めたお金で寺院(孤児院)を運営し、そしてまた新たなヨギ・シンを育ててゆく。
この話が本当なら非常に面白いのだが、その可能性は限りなく低そうだ。
シク教徒のなかのとあるコミュニティ(シク教にはカーストは存在しないことになっているが、実質上のカーストと考えて良い)が路上での占い師をしている(おそらくヨギ・シンのことを指している)と書かれた論文を読んだことがあったし、大谷幸三さんの『インド通』という本にも、辻占の家系に生まれた占い嫌いの男が、生きるために占い師になって海外での辻占でお金を稼ぐ(ヨギ・シンを想起させる記述が出てくる)というエピソードが書かれていた。
インドの伝統を考えれば、家業は血縁によって継承されてゆくと考えるのが自然である。
(最近はそうではないのだが、よそのコミュニティからわざわざヨギ・シンになりたがる人はいないだろうし、彼らがよそ者を受け入れるとも思えない)

ちなみに今回、彼は「孤児院」の写真を見せてこなかった。
日本では路上でいきなり寄付を募るというやり方は受け入れられにくい。
日本人の反応を見ながら、少しずつやり方を変えているのかもしれない。

「シルディ・サイババはずいぶん昔に亡くなっているけど、今のあなたの師匠は誰?」と聞くと、彼はヒンドゥーの導師を意味するSwamiから始まる名前を挙げた。
(彼に書いてもらったその名前はSwami ParmanandもしくはParmadhanと読めるが、アルファベットのクセが強くて判読不能。前者だとすれば、19世紀に生まれ1940年に亡くなった人物なので、また適当にあしらわれたのかもしれない)
「あなたはシクだけど、導師はヒンドゥーなのか?」と尋ねたところ「師匠は宗教には関係のない精神的な指導者だ」とのことだった。
インドには、古くは15世紀のカビール、2011年に亡くなった自称二代目のサティヤ・サイババなど、宗教にかかわらず崇拝されている導師も多い。
彼らがそうした導師を崇拝しているとしても、あり得ない話ではない。
その信仰が本物なのか、神秘的なキャラクター付けを行うための演出なのかは分からないが、後者の可能性が高いと見ている。
シルディ・サイババのようなまともな人気のある導師が、こういった怪しい組織を抱えているということはないだろう。
もし本当に信奉しているのだとしても、教団のような組織だった形ではなく、彼らが勝手に崇拝しているだけで、この「占い」の継承とは関係がないものと思われる。

話をした後で、「もう1,000円払うから、何か別のことを当てて見せてよ」と言ってみたが、彼は決して占ってはくれなかった。

ターバン姿のヨギ・シンと別れた後、東京駅方面に向かう彼の様子をしばらくみていると、何人かに声をかけ、そしてまた全員に断られていた。
少しだけ話を聞いてくれた人もいたが、紙を握らせるトリックまで持ち込むことができた相手は一人もいなかった。

プラディープとこのターバン姿の初老の男性、二人に会ってみて、分かったことをまとめてみる。
まず、2019年に現れたヨギ・シンも含めて、彼らが全員大手町から日比谷のエリアで活動しているということ。
銀座での報告も稀にあるが(今年の4月にも単発の遭遇報告があった)、おそらく、これは「日本で活動するならこのエリアがベスト」という教訓が彼らに伝わっていることを意味しているのだろう。
今回のヨギ・シンは日英対訳のついた自己紹介の紙を持っていたし、ターバンの男もプラディープも巣鴨に滞在していると言ったのも気になる。
日本で彼らの行動をサポートしている人物がどこかにいるという可能性は高そうだ。

彼らの占いの技法や話す言葉の共通点も確認できた。
「You have a lucky face」や「You are lucky」という声かけ、「あなたは考えすぎるところがある」というフレーズ、紙を使った占いの方法は言わずもがなで、師匠や孤児院の写真を見せること、寺に所属しているという体裁になっていること、アムリトサルから来たということなど、明らかに彼らは同じノウハウに基づいて活動している。

一方で、ターバンのヨギ・シンが独自に思いついたと考えられることもあった。
彼はよく大手町の将門塚に出没していたのだが、ここは高層ビルが立ち並ぶオフィス街のなかで、参拝者が絶えないスポットだ。
オフィス街のなかで小さな祠に手をあわせるビジネスマンたちを、かれらがスピリチュアルなことに関心がある良いカモだと考えたとしても、不思議ではない。

これで、10月のプラディープから11月に現れたターバン姿の男まで、ヨギ・シンが2ヶ月ほど継続して東京で活動しているということになる。
SNSで読んで笑ってしまったのが、近くの「この付近にターバン姿の詐欺師が出没しているので気をつけるように」と朝礼で注意喚起していたいた会社もあったという。
いったい彼らはいつまで東京にいるのだろう。
日本で年を越すつもりなのだろうか?

詐欺被害を肯定するわけではないが、声をかけても誰にも相手にしてもらえない初老のヨギ・シンの後ろ姿を思い出すと、彼が目標金額を獲得して、無事祖国に帰れる日が早く来るよう祈りたくなってしまう。
おりを見て、また彼らが出没するエリアに足を運んでみたい。




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goshimasayama18 at 17:40|PermalinkComments(5)ヨギ・シン | インタビュー