2023年03月

2023年03月14日

スヌープ・ドッグ! カイリー・ミノーグ! Akon! Nas! 世界的スターを起用したボリウッド映画の曲を紹介


3月13日(月)のJ-WAVE 'SONAR MUSIC'「インド映画音楽特集」でいろいろ紹介してきました!
本当はもうちょっとヒンディー語(=ボリウッド)以外の曲ももっと紹介したかったのですが、オンエアするためのいろいろな条件が合わず、ちょっと偏っちゃったかな、とも思ってます。
サウスを期待していたみなさん、ゴメンネ。
あと、ラジオ映えする曲に絞って選曲したので「なんであの曲がないんだ!」とか「なんであの映画の話がないんだ!」という方も、ゴメンナサイ。

今回は番組では紹介しきれなかったテーマでお届けします。


いまや経済成長著しいインドのエンタメのメインストリームである映画のもつ資金力はすさまじく、インド最大の制作本数を誇るヒンディー語のエンタメ映画(いわゆるボリウッド)では、ミュージカルシーンに使われる楽曲に、世界的に有名なアメリカやイギリスのシンガー/ラッパーが起用されることもある。
というわけで、今回は、あっと驚くようなアーティストが参加したボリウッドの曲を紹介!


まずは、言わずと知れたウェッサイの大物、Snoop Doggが起用された、2008年の映画"Singh is Kinng"のテーマ曲。

Snoop Dogg, RDB & Akshay Kumar "Singh is Kinng"


アクシャイ・クマール主演(彼の名前はこの曲にもクレジットされている)、カトリーナ・カイフがヒロインを務めたこの映画は、オーストラリアの裏社会で暗躍するシク教徒のマフィアのボスと、パンジャーブの田舎街に住む彼の純朴な弟との関係を軸にしたアクション・コメディということらしい。
監督は「コメディの帝王」と呼ばれているというアニース・アズミー。
映画の情報は、arukakatさんこと高倉嘉男に詳しく記載されている。


ターバン姿で知られるシク教徒は、イギリスやカナダ、アメリカへの移住者も多い。
彼らは'90年代に伝統音楽の「バングラー」とヒップホップを結びつけたスタイルを生み出し、それはやがてインドのメインストリーム・ラップの原型となった。



この曲でスヌープと共演しているのは、そうした英国産インド系ヒップホップのオリジネイターのひとつであるRDB.
楽曲制作もスヌープとRDBの共作で行われたようだ。
アッパーなビートとスヌープのレイドバックしたフロウが生むギャップが面白い。
曲はまあ、ラップとしてもバングラーとしても弱いが(そもそもバングラーではないし)、映画のラストとかに流れたらちょっと面白いかな、とは思う。

スヌープ起用の理由は今ひとつわからないが、彼のギャングスタ・ラッパーとしてのイメージがマフィアをテーマにしたこの映画とマッチしたからだろうか。
2008年といえば、インド国内のヒップホップシーンはまだ極めてアンダーグラウンドだった。
というか、この時期から活動していたラッパーはほとんどおらず、シーンと呼べるものが存在していたかどうかすら怪しい。
当然、ヒップホップ界のスーパースターであるスヌープの認知度もインドでは低かったはずで、そう考えると大金を投じて彼を起用する理由は見当たらないが、もしかしたら、海外在住のシク教徒のマーケットを見据えたものだったのかもしれない。
イギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリアには、合わせて200万人弱のシク教徒が在住している。

ちなみにRDBはシク教徒のホッケー選手を主人公としたカナダ映画"Break Away"でリュダクリスとも共演している。
ラップとヒンディーポップの融合という意味では"Singh is Kinng"と同じスタイルだが、インド映画とカナダ映画でのサウンドの違いを味わってみるのも一興。

Ludacris, RDB "Shera Di Kaum"


ちなみにこの映画には現在カナダ国籍を持っている前述のアクシャイ・クマールがプロデューサーとして名を連ねており、カメオ出演もしているとのこと。
この映画は"Speedy Singh"というタイトルでヒンディー語に吹き替えられてインドでも公開された。



続いては、2009年の映画"Blue"からの曲。
起用されているのは1980年台から活躍するイギリスの人気シンガー、カイリー・ミノーグ。

Kylie Minogue, Sonu Nigam "Chiggy Wiggy"


この映画はサンジャイ・ダット主演の海洋アクションで、共演にさっきの"Singh is Kinng"にも出演していたアクシャイ・クマールも名を連ねている。
監督はアントニー・デスーザという人で、当時としてはかなりの予算をかけて作られた作品のようだが、前述のarukakatさんによると、出来はイマイチだったようだ。


音楽を担当しているのは現代のインド映画音楽界の第一人者A.R.ラフマーン。
彼のポピュラー音楽作家としての力量を存分に感じることができる出来栄えだ。
中盤以降にバングラー/ヒンディーポップ的なアレンジを入れてちゃんとインドの観客を喜ばせることを忘れないのもプロフェッショナル。

この曲におけるカイリー・ミノーグの起用理由は、おそらくカリブの海を舞台にした作品の雰囲気に合うこと、そして中産階級をターゲットにした映画としても適切な人選だからといったところだろう。
インド都市部の英語で教育を受けた人々は、いわゆる洋楽嗜好が強い。
また、'00年代初頭に再燃したカイリーの人気がちょっと落ち着いた時期で、オファーしやすかったということもあったかもしれない。


Akon(エイコン)が英語混じりのヒンディー語で歌うのは、シャー・ルク・カーン主演の2011年のSFアクション映画"Ra.One"の曲。

Akon, Vishal Dadlani, Shruti Pathak "Criminal"


arukakatさんによる映画情報はこちらからどうぞ。


この映画の楽曲を手掛けているのは、Vishal-Shekhar.
英語ヴォーカルで歌うムンバイのヘヴィロックバンドPentagramのヴォーカリストVishal Dadlaniと、映画音楽作家のShekhar Ravjianiによるコンビで、この2人は2000年以降のボリウッド作品に洋楽的センスを持ち込んで人気を博している。
'00年代に"Locked Up"や"Lonely"などいくつものヒット曲をリリースし、レディ・ガガの才能を見出したことでも知られるAkonだが、この曲にはキツめのオートチューンがかかっているし、劇中のミュージカルシーン(ミュージックビデオ)では最初にちょっと出演しただけでシャー・ルクの口パクになってしまうというし、けっこうひどい扱いをされている。



Akon "Chammak Challo"



"Ra. One"ではこの曲もAkonが歌っているが、今度は映像にもいっさい登場せず、はっきりいってほとんどAkonの無駄遣いともいえる。
でもYouTubeのコメントを見る限り、彼が流暢なヒンディー語で歌っていることに対してインドのリスナーは概して好意的に受け止めているよう出し、まあいいのか(この曲にはタミル語も混じっているようで、タイトルはパンジャービー語で「セクシー・ガール」の意味とのこと)。

この映画にAkonが起用された理由はやはり謎だが、この映画をリリースした2011年当時、彼は少しずつ「往年の人気シンガー」になりつつあり、ここでも「知名度の割に起用しやすかった」という理由はあったものと思われる。
また、この映画がかなりハリウッドを意識した作風であったことから、もしかしたら世界市場を見据えての起用だったのかもしれない。


それはともかく、"Ra.One"のサウンドトラックでは、"Stand By Me"を引用した"Dildara"が白眉だった(この曲にはAkon不参加)。
Shafqat Amanat Ali "Dildaara"


そういえばボリウッドではロイ・オービソンの"Oh, Pretty Woman"を引用した曲もあった。

Shankar Mahadevan & Ravi 'Rags' Khote "Pretty Woman"


こちらは2003年に公開された、アメリカが舞台のヒット映画"Kal Ho Naa Ho"に使用された曲。
音楽を手掛けているのは90年代のボリウッドに洋楽的センスを持ち込んだトリオShankar-Ehsaan-Loy.
ちょうどVishal-Shekharの一昔前に同じようなことをやった人たちと言えるが、Vishal-ShekharにしてもShankar-Ehsaan-Loyにしても、その気になればオールドスクール・ボリウッド的な楽曲を作ることもできるというのがやはり人気の秘密なのだろう。
もちろん、ラフマーンも然りである。
ちなみにShankar-Ehsaan-LoyのひとりLoy Mendonsaの息子Warren Mendonsaは、ピンク・フロイドのデイヴ・ギルモアみたいなスタイルのギタリストとして、映画音楽ではなくインディー音楽シーンで活躍している。

話がそれた。
洋楽を引用した曲の紹介じゃなくて、洋楽のスターが参加した曲の紹介をしていたんだった。

次はこれ。
Nasが起用された2018年のヒップホップ映画"Gully Boy"のエンディングテーマで、映画のモデルになったムンバイのラッパーたちとの共演。
Nas feat. DIVINE, Naezy, Ranveer Singh "NY se Mumbai"



劇中にこそ出演しないものの、この映画はムンバイで行われるNasのライブの前座を目指すラップバトルがクライマックスになっていて、Nasの名前は映画のエグゼクティブ・プロデューサーとしてもクレジットされている。
とはいっても、これは映画制作にはかかわっていない「名誉職」で、Nasは試写を見て感動して自らの名前をエグゼクティブ・プロデューサーとして冠することを申し出たという。
このエピソード、てっきり映画のプロモーションのために作られた話かと思っていたのだが、この曲はサントラには収録されておらず、少し遅れてリリースされているから、もしかしたら本当なのかもしれない。ビートを手掛けているのはトロントのインド系デュオXD Proとジャマイカ人のIll Wayno.
90年代のニューヨークの雰囲気と、ムンバイのガリーラップのノリを兼ね備えたいい感じのビートだと思う。

映画については、公開当時にかなり血圧高めの記事をたくさん書いたので繰り返さない。


今でも大好きな映画である。


余談となるが、ヒンディー語以外の言語の映画に海外の歌手を起用するだけの予算がないわけではなく、例えばヒンディー語映画に次ぐ制作本数を誇り、『バーフバリ』や『RRR』を生み出したテルグ語映画でも、その気になれば世界的に有名な(かつての)人気シンガーを起用することも可能だろう。
おそらくだが、ヒンディー語(ボリウッド)映画以外でこうした傾向が見られない理由は、海外在住のインド系住民や、あわよくば外国人にも売り込もうという意識の強いボリウッドと、ローカル色を重視するサウスの映画の傾向の違いなのではないかと思う。
しかし映画には詳しくないので、実際のところはよく分からない。



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2023年03月05日

インドの古典/伝統音楽と電子音楽の融合 2023年版「印DM」!


先日、インドの無国籍風電子音楽と派手めのEDMを紹介する記事を書いたので、今回はいかにもインドらしい、インド要素を多分に含んだ電子音楽を紹介することにしてみたい。




取り扱うジャンルは、テクノ、エレクトロニカ、アンビエント、トラップ、ベースミュージックといったあたり。

何度も書いていることだが、インドでは古典音楽や伝統音楽と西洋音楽を融合したスタイルのことを「フュージョン」と呼ぶ。
フュージョンはジャズやロックやヒップホップなど、あらゆるジャンルで行われていて、もちろん電子音楽も例外ではない。
フュージョン電子音楽で面白いのは、もともとエレクトロニック系のアーティストが古典/伝統音楽を取り入れるのではなくて、古典/伝統音楽系のアーティストが電子音楽に進出している例が見られること。
例えば、コルカタ出身の女性シンガーIsheeta Chakrvarty.
北インドの古典音楽ヒンドゥスターニーの声楽をベースにしたフュージョンシンガーである彼女は、ゴア出身のDJ/プロデューサーのAnyasaと共演して、フュージョンテクノのアルバムを発表している。

Anyasa & Isheeta Chakravarty "Rasiya"


以前紹介したBlu Atticもそうだが、インド人アーティストの電子音楽と古典の融合はものすごく自然で、欧米のアーティストがエキゾチシズムの借用としてインド音楽を引用するときのようなわざとらしさや違和感がまったくない。



まだハタチのReeshabh Purohitは、5歳からヒンドゥスターニー音楽を学び、今ではボストンの名門バークリー音楽大学に通う才能あふれるシンガーだ。
古典風歌謡やボリウッドのカバー曲も歌うReeshabhだが、この"The Flight"はヴォーカルをメインに据えつつも、電子音楽との融合を試みている。

Reeshabh Purohit "The Flight"



もちろんフュージョン電子音楽の可能性は声楽だけでない。
シタール奏者であるRishab Rikhiram Sharmaは、ローファイ・シタールというものすごく気持ちいい新境地を切り開いている。
この"Wyd Tonight?"は、ローファイ系プロデューサーでもあるギタリストのRajと共演。

Rishab Rikhiram Sharma "Wyd Tonight?" feat. Raj


この"Raanjhana"ではヴォーカルも披露.
Rishabは古典音楽一家に生まれ、あのラヴィ・シャンカルの最後の弟子だという本格派。

Rishab Rikhiram "Raanjhana"


ここまでで何が言いたかったのかというと、インド音楽と電子音楽は、もちろん全く別のバックグラウンドから生まれた音楽だが「いかにして心地よい音を出すか」という点で、共通した志向性を持ったものだということだ。(「どのジャンルの音楽もそうじゃないか」と言われそうだが、ここではメロディーやコード進行よりも、一音の鳴り/響きを重視しているということを言っている)
タブラやムリダンガムが人力ドラムベースと言われるように、インド音楽はリズムの面からも電子音楽との親和性がある。
私が「印DM」と呼んでいるインドの電子音楽フュージョンには、つまり根拠と必然性があるのだ。
「フュージョン」は、純粋に古典音楽のみを追求している演奏者やリスナーからは、まがいもの扱いされることもあるのだが、混じり気のない古来の様式からフュージョンまで、幅広く解釈/表現可能なところがインドの音楽の懐の広さと素晴らしさだと、個人的には思っている。

ここから先はクラブミュージック寄りアーティストが作る印DMをいくつか紹介してみたい。


Tech Panda & Kenzani "Sauda"


ニューデリーを拠点に活動しているデュオ、Tech Panda & Kanzaniもフュージョン・テクノをリリースし続けているアーティストで、この"Sauda"は、曰く「ノスタルジーとミニマル・テクノの融合」とのこと。


Rusha & Blizza X Tech Panda & Kenzani "Dilbar"


Tech Panda & Kenzaniこの曲で共演しているRusha & Blizzaもインドを拠点に活動しているフュージョン電子音楽デュオ。
この曲は17世紀のパンジャーブの詩人Bulleh Shahによる歌をアレンジしたもの。
400年前の曲を普通に電子音楽にアレンジできる国というのはなかなかないし、実際にやってしまうのもすごい。


Rusha & Blizza  "Huzur"


この曲は1968年の映画"Kismat"で使われた曲をサンプリングしているそうで、こうして聴いてみると、古典音楽から大衆音楽である映画音楽、そして欧米から来た新しい音楽である電子音楽がシームレスに繋がっていることがよくわかる。

こんなふうにトラップ的なアレンジがされることもあって、本当にインド音楽の解釈は無限大だなあと実感する。

Rusha & Blizza "Saiyaan"



Rusha & Blizza, Gurbax, Rashmeet Kaur "Aja Sawariya"


この曲で共演しているGurbaxは以前も紹介したフュージョン・トラップのアーティスト。
当時なんのことだか分からなかった「ターバン・トラップ」は、どうやら単なるYouTubeチャンネルの名前だったらしい。



もちろんインドの古典楽器はアンビエント的な解釈とも相性が良い。
このHashbassは元ベーシストで、古典音楽とは全く異なるバックグラウンドを持つわけだが、結果的にさっき紹介したシタール奏者のRishab Rikhiram Sharmaと同じようなアプローチになっているのが面白い。

Hashbass "Lotus"


この曲は印DM的な要素はないが、レトロウェイヴ的な感触があってなかなか面白い。
前回の記事で紹介しておけばよかった。

Hashbass "16 Bit"



というわけで、全方位的にまだまだ面白くなりそうなインドの電子音楽シーン、今後もまた定期的に紹介してゆきたいと思います。



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