2022年08月

2022年08月28日

急速に現代化するインドのヒップホップ インディアン・オールドスクールはどこへ行くのか



たびたび書いていることだが、インドのヒップホップ・シーンが発展したのは2010年代以降。
ムンバイをはじめ各地で同時多発的に発生したインドのストリート・ラップは、同時代のヒップホップよりも90年代USラップの影響が強いのが特徴だった。

よりストリート色が強く、「抑圧されたゲットーの人々の音楽」という色彩が強かった90年代のヒップホップのほうが、都市部のロウワーミドルクラスを中心としたインドのラッパーたちに「刺さる」ものだったのだろう。
音楽的な面では、ラップが始まったばかりのインドで、ビートもフロウもシンプルだった90年代のスタイルのほうが彼らの言語を乗せやすかった、ということもあったかもしれない。

2020年前後から、インドのヒップホップはようやく同時代的な、少なくとも2010年代以降のサウンドが、目立つようになってきた。
マンブルラップ的な手法やオートチューンを駆使して傷ついた心情を表現するMC STANや、トラップ以降のビートに乗せて超絶スキルのラップを吐き出すSeedhe Mautがその筆頭だ。

ここ数年で、インドのヒップホップは世界のシーンが30年かけて歩んだ道を一気に駆け抜けたわけだが、それでは、その急速な変化の中で、骨太なラップを聞かせてくれていたオールドスクールなラッパーたちはどうなったのだろうか?

最近のベテランラッパー(といってもデビュー後のキャリアは10年程度だが)たちの新曲を聴く限り、彼らは自らの矜持を貫き、かたくなにそのスタイルを守り抜いていた。
…なんてことは一切なかった。
2010年代に今のヒップホップ流行の礎を築いた先駆者たちは、面白いくらいに今風のスタイルに変節してしまっていたのだ。
別にそれをいいとか悪いとか言うつもりはないのだが、これはこれでなんだかインドっぽいような気もするので、今回はそんなラッパーたちの過去と現在を紹介してみたいと思います。


まずは、このブログの記念すべき第1回でも紹介したラッパーであるBrodha V.
インドのストリート系ラップ普及の立役者であるムンバイの帝王DIVINE曰く「インドで最も最初にメジャーレーベルと契約したストリートラッパー」であるというベンガルールのラッパーだ。

Brodha V "Aatma Raama"


2012年という、インドのストリート系ヒップホップではかなり早い時期にリリースされたこの曲は、2PacやEminemを思わせるフロウでヒンドゥー教の神ラーマへの帰依を歌う、クリスチャン・ラップならぬヒンドゥー・ラップだ。


インドのラッパーたちは、インド各地の諸言語でラップするようになる前は英語でラップしていた(ちなみにベンガルールの公用語はカンナダ語)。
彼のこなれた英語ラップはインド人の英語力の高さをあらためて感じさせられる。
まあそれはともかく、2012年にしては古いスタイルでラップしていた彼は、今どうなったのか。

2022年8月にリリースしたばかりの曲を聴いてみよう。


Brodha V "Bujjima"


いきなりのオートチューンに3連のフロウ。
今となっては決して最新のスタイルではないが、それでも2012年の"Aatma Raama"から比べると、90年代から一気に20年くらい進んだ感じがする。
Brodha Vはけっこうエンタメ精神に溢れているラッパーで、この曲のミュージックビデオでは裁判所を舞台にジョーカーやハーレイ・クイン風のキャラクターが出てきて、壁にはなぜかノトーリアスB.I.G.らヒップホップスターの写真が飾られている。
なんだか詰め込み過ぎな印象もあるが、それもまたインドらしくて面白い。



続いて紹介するのはコルカタのベンガル語ラップシーンをリードするCizzy.
2019年にリリースされたこの曲では、90年代のNYを思わせるジャジーでクールなラップを披露していた。

Cizzy "Middle Class Panchali"


かっこいいけど、今の音ではまったくないよな。
ちなみにタイトルにあるPanchali(パンチャリ)というのはベンガル語の詩の形式らしく、ミドルクラスの悲哀を歌ったというこの曲のラップはちょっとそのパンチャリっぽい雰囲気になっているらしい。
そのCizzyがやはりこの8月にリリースした曲がこちら。


Cizzy "Blessed"


またオートチューン!
そしてダークな雰囲気のフロウとか言葉の区切り方に、彼もまた20年くらいの進化を一気に遂げたことを感じさせる。
Brodha VにしろCizzyにしろ、元のスタイルで十分に個性的でかっこよかったのに、躊躇なくスタイルを変えてくる(それも、むしろ無個性な方向に)フットワークの軽さがすごい。
国籍を問わず、ベテランラッパーが「俺だってこれくらいできるんだぜ」的に新しいスタイルを取り入れた曲をリリースするってのはよくあると思うが、ここまで節操ないのは珍しいんじゃないだろうか。



続いては、ターバン・トラップという謎ジャンル(レーベル?)を代表するビートメーカーのGurbaxが、パンジャービー系のラッパー/シンガーのBurrahとムンバイのストリートラッパーMC Altafと共演した曲を紹介。

Gurbaxはこのブログの初期に紹介したことがあるトラップ系のクリエイター。
意図的にインド的な要素を強く打ち出したそのサウンドは、この国の刺激的な音楽を探していた当時の自分にめちゃくちゃ刺さったのをよく覚えている。



Burrahはまだほとんど無名だが、伝統音楽っぽい歌い回しとラップの両方ができるラッパー/シンガーで、面白いのがかなりローファイ/チルな音作りを志向しているということ。
何かと派手でマッチョな方向に行きがちなパンジャービー系シンガーのなかでは稀有な存在で、今後も注目したい。

フィーチャリングされているMC Altafは映画『ガリーボーイ』の舞台にもなったムンバイのスラム街ダラヴィ出身のラッパー。
2019年にリリースしたこの"Code Mumbai 17"をアトロク(TBSラジオ「アフター6ジャンクション」)で紹介したところ、宇多丸さんのリアクションは「2019年代とは思えない!90年代の音!」というものだった。
ほんとそうだよね。

MC Altaf "Code Mumbai 17"


この動画のトップコメントは、
'Thats the Classic Old school flow and beat 90s vibes... thats what we needed in Indian rap culture 🔥'
というもの。
なんでインドに90年代のヴァイブスが必要なのかは分からないが、ファンには好意的に受け入れられていることが分かる。

まあとにかく、インド風トラップのGurbaxとローファイ・パンジャービーのBurrah、そしてオールドスクール・ヒップホップのMC Altafが共演するとどうなるのかというと、こうなる。


Gurbax, Burrah "Bliss"feat. MC Altaf


トラップのヘヴィさもオールドスクールの硬派さも鳴りを潜め、ギターのアルペジオとざらついたビートの、完全にローファイ的サウンドになってる。
Burrahの色が強くなってるとも言えるけど、Gurbax、芸の幅が広いな。
MC AltafはBrodha VやCizzyと比べるとそこまでスタイルを変えてきているわけではないが、これまでに彼がリリースしてきたいろんな曲と比べても、ここまでの伝統色とメロウさは異色ではある。


さて、ここまでいわゆるストリート系のラッパーについて紹介してきたが、それじゃあインドにストリートラップが生まれる前から人気だったパーティー系コマーシャル・ラッパーたちはどうなっているのだろう。
彼らは2019年の映画『ガリーボーイ』公開以降、リアルなストリート系ラップの台頭と、自分達が時代遅れになってしまうことへの危惧からか、急速にスタイルをストリート化させ、かえって昔からのファンの反発を招いていた(とくにYo Yo Honey Singh)。
そろそろ彼らのスタイルにも新しい展開があるのではないか、と思ってチェックしてみたら、Honey Singhと並び称されるパンジャービー系パーティーラップの雄、Badshahの新曲がなかなか面白かった。

まずは、過去の曲を聴いてみましょう。
2015年にリリースされた"DJ Waley Babu"は、YouTubeで4億再生もされている大ヒット曲。

Badshah "DJ Waley Babu"



酒、女、パーティー、でかい車。
これぞパンジャービー系パーティーラップの世界観。

1年前にリリースした曲がこれ。

Badshah, Uchana Amit "Baawla ft. Samreen Kaur"



酒、女、パーティーという価値観はそのままに(でかい車の代わりに飛行機になってる!)、ぐっとビートは落ち着いてきた。
それが最新曲ではこうなる。


Badshah "Chamkeela"


逆に一気にエンタメ寄りに振り切ってきた!
Badshahもちょっと前にストリート寄りっぽい、派手さ抑えめの曲をやっていた時期があったのだけど、もとがド派手な彼らがそういうことをやると、単に地味になったみたいな感じになっちゃうんだよな。
そこで今度はもうラップ的な部分を一気に無くしちゃって、超ポップな路線に転換してみたのがこの曲、ということらしい。
「銀行のマネージャー(Badshah本人)と女銀行強盗の恋」というバカみたいなストーリーは頭を空っぽにして楽しめるものだし(もちろん褒め言葉)、いかにもインド映画っぽいミュージックビデオの演出(美女の髪がファサーッ、殴られた男が一回転、等)も最高だ。

今回とくに注目したいのはバックダンサーを従えたダンスシーンで、この展開だといかにもボリウッドぽくなりそうなところを、なんかK-Popっぽく仕上げている!
(竹林が舞台なのも東アジアのイメージ?)

これまでレゲトンとかラテン系の音楽を参照することが多かったパンジャービー系ポップ勢のなかでは、これはかなり新鮮な感覚だ。
K-Popはインドでもかなり人気があるが、これまで音楽的あるいは映像的引用というのはあまりなかったような気がする。
ポップなダンスミュージックという意味では、K-Popも現代パンジャービー音楽とは別のベクトルで機能性をとことんまで追求したジャンルと言えるわけで、この融合はかなり面白いと感じた次第。

進化と変化と多様化を絶え間なく繰り返しているインドのヒップホップシーン。
次はどうなるのかまったく予想がつかず、ますます目が離せない状況になってきた。




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goshimasayama18 at 14:15|PermalinkComments(0)インドのヒップホップ 

2022年08月09日

Emiway Bantaiと振り返るインドのヒップホップシーンの歴史!

先日、悪童のイメージが強かったムンバイの人気ラッパーEmiway Bantaiが、唐突にインドのヒップホップシーンに名を残した(っていうか今なお活躍中の)ラッパーたちへのリスペクトを表明するツイートを連投していたのを見つけてびっくりした。
彼はもともと、並外れたラップスキルを武器にいろんなラッパーにビーフを仕掛けて名を上げてきた武闘派だった。
そのスキルの高さは、数多くのラッパーがカメオ出演した映画『ガリーボーイ』でも「Emiway Bantai見たか?あいつはやばいぜ」と名指しで称賛されるほど。

荒っぽいビーフで悪名を轟かせていたEmiwayは、注目が高まったところで、いきなり超ポップな"Macheyenge"と題するシリーズの楽曲をリリースして、一気にスターダムに登りつめた。
この"Firse Machayenge"はなんとYouTubeで4.8億再生。



全方位的に失礼な物言いをさせてもらうなら、それまでインドのヒップホップシーンには、センスの悪いド派手なパーティーラッパーか、泥臭いストリート・ラッパーの二通りしかいなかったのだが、このEmiwayの垢抜けたチャラさとポップさは非常に新鮮で、大いに受けたのだった。
Emiwayはその後も、バトルモードとポップモードを自在に行き来しながら、シーンでの名声を確実なものにしていった。

自分の才能とセンスで独自の地位を確立したEmiwayは、他のラッパーとの共演も少なく、さらに上述の通り、毒舌というかビーフ上等なキャラだったので、急に「シーンの人格者」みたいなリスペクトを全面に出したツイートを連発したことに、大いに驚いたというわけである。

というわけで、今回はEmiwayの一連のツイートを見ながら、インドのヒップホップシーンの歴史を振り返ってみたい。
つい先日軽刈田によるインドのヒップホップシーンの概要を書いたばかりではあるけれど、今回はEmiwayによるシーンの内側からの視点ということで、何か新しい発見があるかもしれない。
ではさっそく、7月18日から始まったツイートを時系列順に見てみよう。


「NaezyとEmiwayがAAFATとAUR BANTAIでムンバイ・スタイルを紹介し、インドのヒップホップシーンに脚光をもたらした」

ここに書かれた、"Aafat!"は先日の記事でも紹介したNaezyのデビュー曲で、後にボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』制作のきっかけにもなった歴史に残る楽曲だ。

Emiwayの"Aur Bantai"も同じ時期にリリースされた曲なのだが、はっきり言ってNaezyの"Aafat!"と比べると、相当ダサくて野暮ったい。



ムンバイ・スタイルを決定づけた曲をNaezyの"Aafat!"の他にもう1曲挙げるとしたら、それは間違いなくDIVINEの"Yeh Mera Bombay"だと思うのだが、路地裏が舞台とはいえウェルメイドなミュージックビデオになっているYeh Mera Bombayじゃなくて、"Aur Bantai"のインディペンデント魂こそがムンバイの流儀だぜ、ってことなのかもしれない。
まあとにかく、売れっ子になってもこのミュージックビデオをYouTubeに残したままにして、こういうタイミングでちゃんと取り上げるEmiwayの真摯さは、きちんと評価したいところだ。
ちなみにEmiwayのラッパーネームにも使われているBantaiとはムンバイのスラングで「ブラザー」のような親しい仲間への呼びかけに使われる言葉。
さらに言うと、EmiwayというのはEminemとLil Wayneを組み合わせてつけたという超テキトーな名前だ。



「そしてDIVINEとNaezyの"Mere Gully Mein"(「俺の路地で」の意味)がインドのヒップホップシーンに大きな注目を集め、ボリウッドにまで結びつけた」

映画『ガリーボーイ』でもフィーチャーされたこの曲が果たした役割については、今更言うまでもないだろう。
ヒンディー語で路地を意味する'gully'を「ストリート」の意味で使い、インドの都市生活に根ざしたヒップホップのあり方を広く知らしめた曲である。





「DIVINEはメジャーレーベルと契約し、インドのラッパーたちに『成り上がり』の方法を示した」

これはまさにその通り。
DIVINEこそがインドでストリート発の成功を成し遂げた最初のラッパーだった。
個人的にグッと来たのは次のツイートだ。



「EmiwayとRaftaarのディスはインドのヒップホップを次のレベルへと引き上げた。
このビーフによって誰もがインドのヒップホップについてもっと知ることになった」

ここでEmiwayは、かつての敵に、過去を水に流して称賛を送っているのである。
Raftaarはデリーのラッパーで、ボリウッドなどのコマーシャルな仕事もするビッグな存在だったのだが、その彼がEmiwayに対して「彼みたいなラッパーが大金を稼ぐのは無理だろう」と発言したのがことの発端だった。
インドで最初の、そして最も注目を集めたビーフが幕を開けたのだ。
(その経緯については、この記事に詳しく書いている)
当時EmiwayがRaftaarをディスって作った曲がこちら。




ちなみにこの曲、2番目のヴァースではDIVINEを、3番目のヴァースではモノマネまで披露してMC STANを痛烈にディスっている。
今となっては抗争は終わって、リスペクトの気持ちだけが残ったということなのだろう。
Emiwayは、DIVINEやMC STANに対しても、今回の一連のツイートでリスペクトを表明しており、彼らとのビーフはいずれも手打ちになったようだ。



「映画『ガリーボーイ』がインドのヒップホップシーンをメインストリームに引き上げるために大きな役割を果たした。NaezyとDIVINE、この映画に関わった全てのアーティストにbig upを」

NaezyとDIVINEをモデルにした『ガリーボーイ』については、今読み返すとちょっと恥ずかしくなるくらい熱く紹介してきたので今回は割愛。



この映画によってヒップホップがインドの大衆に一般に広く知られるようになったことを否定する人はいないはずだ。



「MC STANが新世代の音楽をインドのヒップホップシーンにもたらした」

これは遠く日本からシーンをチェックしている私にも明白だった。
それまでマッチョというかワイルド一辺倒だったインドのヒップホップシーンに、細くてエモでメロディアスなラップを導入したMC STANは、シーンの様相を一気に変えたゲームチェンジャーだった。





KR$NAもデリーのラッパー。
2006年にデビュー(といってもMySpaceで最初の楽曲を発表したという意味だが)したかなり古参のラッパーで、かつてはRaftaarと共闘してEmiwayと対立関係にあった。
ここでいう「リリカル・ゲーム」が何を指しているのかちょっと分からないが、ビーフのことか、ライム(韻)以上の面白さを歌詞に取り入れたという意味だろうか。
KR$NAは、最近ではEmiwayの'Machayenge'シリーズを引き継いだ(?)楽曲をリリースしているので、今となっては良好な関係を築いているのかもしれない。


Emiwayの一連の楽曲と比べるとずいぶんとダークでヘヴィだが、この曲が"Macheyenge", "Firse Macheyenge", "Macheyenge 3"と続いたシリーズの正式な続編なのかどうか、ちょっと気になるところではある。

かつての敵たちにリスペクトを表明した後のこの一言がまたナイスだ。


「Emiway Bantaiはインディペンデントなシーンをインドのヒップホップに知らしめ、自分自身の力だけでビッグになれることを万人に示した」

どうでしょう。
「お前じゃ無理とかなんとか言われたけどさ、ま、言ってた奴らもリスペクトに値するアーティストたちだし、根に持っちゃいないよ。でも俺は、大手のレーベルにも所属しないで、自分自身の力だけでここまで成し遂げたんだけどね」ってとこだろうか。
このプライドはヒップホップアーティストとしてぜひ持ち続けていてほしいところ。




かと思えば、今度はインドのヒップホップシーンで古くから活躍していたアーティストたちにまとめてリスペクトを表明している。
Baba Sehgalは1992年に、国内でのヒップホップブームに大きく先駆けて、「インド初のラップ」とされる"Thanda Thanda Pani"をヒットさせたラッパー。


そもそもVanilla Iceの"Ice Ice Baby"をパクッたしょうもない曲なわけだが、それでもここでシーンの元祖の名前を切り捨てずにちゃんと出すところには好感が持てる。
Apache Indianは90年代に一瞬ヒットしたインド系イギリス人のダンスホールレゲエシンガー、Bohemiaはパキスタン系アメリカ人のラッパーで、2000年代初頭から活動しているDesi HipHop(南アジア系ヒップホップ)シーンの大御所だ。
Mumbai's Finest, Outlaws, Dopeadeliczは、いずれも2010年代の前半から活動しているムンバイの老舗クルー。
他にムンバイでは、Swadesi Movement(社会派なリリックと伝統音楽との融合が特徴のグループ)、フィメール・ラッパーのDee MCの名前が挙げられている。
BlaazeやYogi Bはタミルのラッパー、MWAはBrodha VSmokey the Ghostがベンガルールで結成していたユニットで、サウスにも目配りが効いている。

あと、正直に言うとこれまで聞いたことがなかったラッパーの名前も挙げていて、Pardhaan(インド北部ハリヤーナー), KKG(パンジャービーラッパーのSikander Kahlonを輩出したチャンディーガルのグループらしい)、Muhfaad, Raga(どちらもデリーのラッパー)というのは初耳だった。



「Honey Singhこそがインドでコマーシャルラップに脚光を浴びせた張本人だ」


個人的にもう1か所グッと来たのは、Emiwayのようなストリート上がりのラッパーたちが無視・軽蔑しがちなコマーシャルなラッパーたちにもきちんとリスペクトを示しているところ。
Honey Singhはその代表格で、人気曲ともなればYouTubeで数千万〜数億回は再生されているメインストリームの大スターだ。
ただ、あまりにもコマーシャルなパーティーソングばかりのスタイルであるがために反感を買いがちで、5年くらい前、インドのストリート系ラッパーのYouTubeのコメント欄には「Honey Singhなんかよりこの曲のほうがずっとクール」みたいなコメントが溢れていたものだった。
まあでも、彼のような存在がいたからこそ、その後のストリート系ラッパーたちのスタイルが際立ったのも事実で、ド派手なダンスチューンとともにラップという歌唱法をインドに知らしめたその功績はもちろん称賛に値する。






BadshahもHoney Singhと同様のコマーシャル・ラッパーで、Ikkaは彼らと同じグループから出てきたもうちょっとストリート寄りのスタイルのラッパー(ちなみにRaftaarも同じMafia Mundeerというクルーの出身)、Seedhe Mautはこのブログでも何度も取り上げてきた二人組だ(ここまでデリー勢)。
Enkoreはムンバイ、Madhurai Souljourはタミル、Khasi Bloodzは北東部メガラヤ州のラッパー。
ジャンルや地域に関わらずリスペクトするべき相手はちゃんとリスペクトするぜ、ということだろう。
さっきから見ていると、Emiway、デリーのシーンはずいぶんチェックしているようである。



「俺のブラザー、MINTAにもbig upを。彼はインドのヒップホップシーンの一端を担っていたが、俺の成功のために全ての力を注ぎ込んでくれていたから、これまで自分の楽曲をリリースしてこなかった。ようやく彼は自分自身の音楽のフォーカスしているところだ。彼がインドのヒップホップシーンで果たしてきた大きな役割に対してbig upを」

MINTAはEmiwayのレーベルBantai Recordsのラッパーで、このツイートを見る限り、これまでは裏方として彼を支えてきてくれたようだ。
ここで言うブラザーが本当の血縁関係なのか、仲間の意味なのかは分からないが、共演した楽曲をリリースしたばかりなので、いずれにしても彼をフックアップしたいという意図があるのだろう。




パンジャーブ系イギリス人のラッパー/バングラー・シンガーのManj MusikとRaftaarが共演した"Swag Mera Desi"は、自分のルーツを誇ることがテーマの2014年にリリースされた楽曲。





そして先日亡くなったSidhu Moose Walaへの追悼も。
Sidhuが属していたパンジャービー系バングラー・ラップのシーンは、ムンバイのEmiwayとはあまり接点がなさそうだが、それだけ大きな存在だったのだろう。



「そしてシーンにいる全てのアンダーグラウンド・アーティストたちにリスペクトを。君たちはもっと評価されるべきだ。俺もかつては君たちみたいだった。君たちが俺よりもビッグな存在になれることを神に祈っているよ」

Emiway, これをさらりと言えるポジションまで腕ひとつで成り上がってきたところが本当にカッコイイ。
あの垢抜けない"Aur Bantai"を見た後だと、非常に説得力がある。



「俺はみんなに感謝しながらも、自分だけの力でここまでやってきた。だからお前にもできるはずだ。他人に感謝しているからって、萎縮する必要はない。ポジティブさを広めれば、お前にもポジティブなものが返ってくる」

さんざん他のラッパーをディスっていたEmiwayが言うからこその深みのある言葉だ。



そして改めてDesi HipHopのパイオニアであるBohemiaへのリスペクトを表明して、一連のツイートを終えている。
この言動は、彼がシーンの悪童から人格者の大物ラッパーへと脱皮したことを示しているのだろうか。
頼もしさとともに一抹の寂しさも感じてしまうが、きっとEmiwayは、何ヶ月かしたら、何事もなかったかのように他のラッパーをディスりまくる曲をリリースしたりすることだろう。
Emiway Bantaiはそういう男だと思うし、またそれがたまらない魅力だと思う。


最後に、ちょっと意地悪だが、彼が名前を挙げなかったラッパーやシーンについて書いてみたい。
Emiway自身も「誰か忘れていたらゴメン」と書いているし、ビーフの相手にもリスペクトを表明しているくらいだから、単に忘れたか、交流がないというだけだとは思うのだけど、ここから彼の交流関係やシーンの繋がりの有無を見ることができるはずだ。


私が思う「彼が名前を挙げてもよかったラッパー」としては、2000年代前半にバングラー・ラップを世界中に知らしめたパンジャービー系イギリス人Panjabi MCと、シク教徒ながらバングラーらしさ皆無のハードコアなヒップホップスタイルでデリーから彗星のように登場したPrabh Deepだ。
シーンを概観したときに、Panjabi MCはインド系ヒップホップのオリジネイターの一人として、Prabh Deepは新世代のラッパーとして、必ず名前を挙げるべき存在だと思うのだが、Emiwayはやはりパンジャーブ系ラッパーとはあまり接点がないのだろう。

地域でいえば、ベンガル地方のラッパー(Cizzyとか)の名前も挙がっていないし、テルグー語圏(ハイデラーバードあたりとか)やケーララのラッパーにも触れずじまいだったが、これもやはり、地理的・言語的な問題で交流がないからではないかと思う。
「インドのヒップホップ」と一言で言っても、地理的にも言語的にも、距離による隔たりは大きいのだ。
自分自身も、南のほうはあんまり馴染みがないこともあって、ヒンディー語圏中心の話題になりがちなので、ちょっと気をつけないといけないなと思った次第。


いずれにしても、唐突に一皮剥けて大人になった感じのツイートを連投したEmiwayが、このあとどんな楽曲やパフォーマンスを披露してくれるのか、ますます楽しみである。



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