2022年06月

2022年06月29日

Sidhu Moose Walaはインドの2Pacだったのか? 知られざるパンジャービー・ギャングスタの世界(その1)



言うまでもないことだが、ひとつの文化やコミュニティについて書くとき、どこに焦点を当てるかによって、読者が受ける印象は全く異なったものになる。
なぜこんなあたりまえのことを最初にことわっているのかというと、これから、先日のSidhu Moose Wala射殺事件以降、インド国内でにわかに注目を集めているパンジャーブ系国際ギャング組織について書こうとしているからだ。
日本ではあまりなじみのないパンジャーブの文化やシク教を扱うにあたって、特異な先入観や暴力的な印象を与えてしまうのは本意ではない。
私の知る限り、インドで出会ったシク教徒はいい人ばかりだったし、ただでさえターバンという分かりやすい特徴があるがゆえに、海外で好奇の目で見られがちな彼らに悪い印象を与える意図は、あたり前だがまったくない。
だが、どんな文化にも善い人もいれば悪い人がいて、慈善家もいれば犯罪者もいるというのもまた真実だ。
「○○人はみんな素朴でやさしい」みたいな見方をするのも、それはそれで理想化したエキゾチシズムの押し付けではないかと思う。
治安が良いとされる日本にも暴力団がいるように、これから書く内容も、パンジャービーたちの社会における、ある一部を照らした真実なのである。
もちろん、それはあくまで一部であって、全部ではないことは言うまでもない。


ギャングスタ・ラップ・イン・インディア?

sidhumoosewala_facebook


5月29日に、人気シンガー/ラッパーのSidhu Moose Walaが彼の故郷に程近いパンジャーブ州マンサ郡で射殺されたという衝撃的なニュースは、インドの音楽シーンを震撼させた。
遠く離れた日本でインドのヒップホップをdigしている自分にとっても、あまりにもショックな出来事だった。




世界中のあらゆる国のヒップホップシーンがそうであるように、インドのヒップホップシーンにも、ある種の「不良性」があるのは確かだ。
他のラッパーを口汚く罵るビーフも盛んだし、いまやインドを代表するラップスターとなったDIVINEは、かつてドラッグの売人だったことを公言している。
デリーのシク教徒ラッパーPrabh Deepは、自らが育った環境にはびこる暴力や犯罪をテーマにしたミュージックビデオを作っているし、ムンバイの多言語ラップグループDopeadeliczのテーマは大麻の解禁だ。
それでもインドのヒップホップシーンは、90年代にアメリカで勃発したヒップホップ東西抗争※のような、リアルなギャングの犯罪とは無縁だと感じていた。
(※各自ググっていただくとして、2PacとNotrious B.I.G.という二人の偉大な才能を射殺という形で失う最悪の結末を迎えた)

例えば、ラージャスターンのラップデュオJ19 Squadは、仲間と銃を打ちまくる過激なミュージックビデオを作っているが、「これってあなたたちのリアルな生活なの?」と尋ねたところ、慎重に言葉を選びながら「俺たちはもっと普通に暮らしているよ。これがフィクションなのか実際に起きうることなのかっていうのは言えないな。俺たちはとても慎ましくて親切だけど、もし誰かが楯突こうっていうんなら、痛い目に合うことになる」と、ギャング的な生活が必ずしもリアルではないことをほのめかしていた。

インドにおけるヒップホップの地域抗争といえば、2019年にケーララ州のラップグループStreet Academics(ケーララの言語であるマラヤーラム語でラップする)がベンガルールでライブをしたときに、地元言語のカンナダ語の曲を求める観客たちによって無理やりステージから降ろされてしまうという事件があった。
しかしこのときも、ライブハウスのスタッフがステージの電気を落としてしまうという、まあまあ陰湿ではあるが、暴力的ではまったくない顛末だったようだ。
そんなわけで、インドのヒップホップシーンは過度の暴力性や銃犯罪とは無縁なものと思っていたのだ。

何度も書いていることだが、インドのラップには2つのルーツがある。
ひとつめは、古くから海外に渡っていたおもにシク教徒のパンジャーブ系移民が、欧米のダンスミュージックと自身の伝統音楽である「バングラー」を融合させて生まれたバングラー・ラップ。
これはインド社会ではラップとして扱われることが多いが、どちらかというとバングラーのコブシの効いた演歌みたいな歌い回しが目立つスタイルの音楽である。
ふたつめは、2010年代以降にインターネット経由で本場アメリカのラップの影響を受けた若者たちによって形成された、より「ヒップホップ的」なラップだ。

Sidhu Moose Walaは前者のバングラー・ラップに属するラッパーだが、彼はバングラーのフロウに本格的なヒップホップのビートを導入した革新的なスタイルで人気を博していた。

後者の「新しい」ヒップホップに関して言えば、そこに属するラッパーたちは、ネット環境が持てる程度には裕福で、英語のラップが理解できるだけの語学力がある層が中心ということになる。
先に名前を挙げたDIVINE, Prabh Deep, Dopeadelicz, J19 Squad, Street Academicsはこちらのシーンに位置づけられる。
端的に言えば、カーストや生まれた場所によるハンディキャップや苦悩はあるにせよ、彼らは決して社会の最底辺の存在というわけではない。
彼らの痛みを軽視するつもりはないが、家すらなく路上で生活する人々や、ヒップホップという存在を知ることすらできない、電気も水道もない地方で暮らす人々と比べれば、「比較的」ましな状況であることは否定できないだろう。
つまり、インドの「ヒップホップ」シーンは、「ストリート・ナレッジ」とは異なる、本来の意味での教養やコンシャスさをもとから備えていたアーティストにより形成されていたと言える。
…はずだった。


ところが、今回のSidhu Moose Wala射殺事件は、30発もの銃弾を打ち込むという手口といい、カナダを拠点とする国際的ギャング団が関わっているという報道といい、本場アメリカのギャングスタ・ラッパー(それも抗争がいちばんヤバかった90年代の)顔負けの凶悪っぷりだ。
現地では、Sidhuは彼が常日頃語っていた「銃によって生き、銃によって死ね(live by the gun and die by the gun)」というアティテュードに殉じたという見方もされているという。

Sidhuが銃に執着していたということは知っていたが、それはあくまでもスタイルというか、表現の仕方としてギャングを模倣していただけだと思っていた。
(ちなみにこの記事の最初のほうに上げた彼の写真は、ことさら銃のイメージを持たせるものを探してきたわけではなく、本人のFacebookのプロフィール写真を拝借してきたものだ)
 

バングラー・ラップのシーンには、2015年頃から勃興した、コンシャスでそれなりに平和的なストリートラップとは別の、何か暴力的な背景が存在しているのだろうか?
いったい、Sidhu Moose Walaのまわりでは何が起きていたのだろうか?



事件の背景

これまでに分かっているSidhu Moose Wala殺害事件の背景を辿ってみたい。
5月29日、SidhuはSUVを運転しているところを複数の男たちに襲撃され、30発もの銃弾を受けて死亡した。
(彼が受けた銃弾の数は報道によってばらつきがあるが、30発近い銃撃がされたことは間違いないようだ)
おりしもパンジャーブでは、1984年に黄金寺院(シク教の聖地)に立て篭もった過激派シク教徒を政府軍が武力攻撃した「ブルースター作戦」の記念日を控えた警備体制が敷かれており、著名人である彼もまた警護の対象となっていた。
だが、その日に限って警備は手薄だった。
報道によると、犯人グループは、銃撃の少し前にファンを装って車に近づき、Sidhuとセルフィーを撮影していたという。
護衛がなく、車両が防弾仕様でもないことを確認した一味の男は、犯行が行える状況であることを仲間の銃撃犯に連絡。
そして凶行が行われた。

捜査は難航するかに思われたが、犯人が乗り捨てた車の中にあったガソリンスタンドのレシートから、防犯カメラの映像を辿り、犯行グループが特定された。
媒体によって情報が異なるが、これまでに2名ないし3名の犯人が逮捕されているようだ。

この犯行に当初から関わっていると噂されていたのが、カナダ在住のGoldy Brarと、現在デリーのティハール刑務所に服役中のLawrence Bishnoiだ。
いずれもパンジャーブ系ギャングとされる男である。

LawrenceBishnoigoldy_brar
Lawrence Bishnoi(黒いフード付きダウンジャケット)とGoldy Brar(赤いバンダナ)

Goldy BrarはSidhuが亡くなってまもなく、Facebookに犯行声明とも取れるコメントを投稿していた。
曰く、昨年パンジャーブで殺害された仲間のVicky Middhukheraと弟のGurlal Brarの復讐として、Sidhuを殺したとのこと。

その犯行を直接指示していたのが、服役中のLawrence Bishnoiだったようだ。
Bishnoiは当初関与を否定していたものの、今では主犯であることを認めているという報道もある。
刑務所内からどうやって犯行を指示したのかという疑問は残るが、大物ギャングともなれば、いくらでも手段はあるのだろう。

一部報道によると、今回の事件の背景には、Bishnoiのグループと対立するギャング団との抗争があったようだ。
SidhuはLucky Patialという男が率いるBishnoiの対立組織と関係があり、なんと彼のマネージャーにVicky Middhukhera, Gurlal Brarの殺害を指示していた(!)というのだ。
それだけでなく、Sidhuは歌詞でも対立組織を挑発していたというから、まさにアメリカのギャングスタ・ラッパーを地で行くような話だ。(パンジャービー語のリリックは分からないので真偽の程は不明)

主犯格の二人であるLawrence BishnoiとGoldy Brarの交際は学生時代に始まった。
今では700人を超えるギャング団のボスとされるBishnoiは、農家の息子として生まれ、カレッジ(インドではUniversityの前の過程にあたる短大的なものを指すことが多い)時代は優秀な陸上選手だった。
続いて進学したパンジャーブ大学(Punjab University)では、学生会長まで務めていたというから、目立った学生だったのだろう。
だが、日本では優等生か左翼思想のイメージがあるこのポジションは、ここでは犯罪の道への入り口だったようだ。
彼はパンジャーブ大学の学生会選挙で、友人Brarの対立候補を殺害(!)した罪で逮捕され、2ヶ月後に保釈されている。
保釈後も彼は落選したBrarの復讐のために、当選者の弟に発砲したり、学生会選挙で暴行騒ぎを起こしたりしているようで、パンジャーブの大学生活、いくらなんでも荒れすぎじゃないだろうか…。
やがて大学を離れたBishnoiは、その後もパンジャーブ州内で政治絡みの暴力犯罪を何件か犯している。
彼は政治的にはシク教徒の政党である「アカーリー党」と関係が深いようだが、一方のSidhuは全国政党の「国民会議派」から州議会選挙に出馬したことがある。
彼らの対立には政治が関係しているのかもしれないし、またどの政党も多かれ少なかれ黒に近いグレーの部分があるのかもしれない。

その後Bishnoiは外国製武器所持の疑いで逮捕されるのだが、有罪となって収監された後も、彼の権力はますます強まっていった。
彼は刑務所内から恐喝や有名人への身代金要求などに関わったと言われていて、その中にはあのボリウッドの大スター、Salman Khanも含まれているという。
もはやここまでくるとヒップホップ的なストリートギャングというよりも、ほとんどゴッドファーザーみたいなマフィアの世界である。

長くなってしまったので、今回はここまで。
次回はパンジャービー・ギャングスタラップの世界と国際的パンジャービー・ギャング団の歴史に迫りたい。




参考サイト:
https://theprint.in/opinion/security-code/khalistan-on-the-pacific-how-the-gangs-of-punjab-were-born-in-canada/980176/

https://theprint.in/india/crime-cult-status-young-death-moose-wala-killing-brings-focus-on-punjabs-brutal-gang-feuds/977220/

https://www.ndtv.com/india-news/sidhu-moose-wala-murder-cctv-of-man-who-took-selfie-with-singer-probed-3041951

https://www.indiatoday.in/india/story/goldy-brar-sidhu-moose-wala-killed-punjab-singer-politician-1956263-2022-05-31

https://en.wikipedia.org/wiki/Indo-Canadian_organized_crime

https://www.ndtv.com/india-news/how-a-small-clue-helped-cops-crack-sidhu-moose-wala-murder-case-3075400

https://www.tribuneindia.com/news/punjab/punjab-gang-wars-means-a-bullet-for-a-bullet-399790

https://theprint.in/india/who-is-lawrence-bishnoi-farmers-son-who-threatened-salman-now-in-news-for-moose-wala-killing/982580/

https://www.hindustantimes.com/india-news/shooter-suspected-to-be-linked-to-moose-wala-killing-held-in-pune-report-101655081211967.html

https://www.indiatoday.in/india/story/sidhu-moose-wala-murder-lawrence-bishnoi-tihar-jail-goldy-brar-1963093-2022-06-16

https://www.hindustantimes.com/india-news/sidhu-moose-wala-murder-2-main-shooters-arrested-says-delhi-police-101655722467567.html

https://www.bbc.com/news/world-asia-india-61862038

https://www.cbc.ca/news/entertainment/sidhu-moose-wala-music-industry-1.6476578





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2022年06月19日

デリーを代表するラッパーとビートメーカー Seedhe MautとSez on the Beatが再タッグでアルバムをリリース!




昨年インドのヒップホップ史に残る傑作アルバム『न』(Na)をリリースしたデリーのラップデュオSeedhe Mautが、先月早くもニューアルバムをリリースした。
しかも今回では、2年前にAzadi Records(デリーを、いやインドを代表するヒップホップレーベル)と袂を分かった名ビートメーカー、Sez on the Beatと全曲で再びコラボレーションしているというから驚いた。




Sezとは前作でも1曲で共演していたので、完全に縁が切れたわけではないとは思っていたが、Azadi Recordsからの脱退は待遇をめぐっての後味の悪いものだったみたいだし、Azadi側もTienasがSezへの痛烈なdisを表明するなど、かなり関係がこじれていたようだった(詳細は上記のリンク参照)から、今作がAzadiからのリリースと聞いて、本当にびっくりした。
Sezは脱退後、MVMNTというレーベルを作って順調に楽曲をリリースしていたし、Sezも自身のプロデュースで唯一無二の世界観を表現したアルバムを出したばかりだったから、彼らの再タッグはまったく予想していなかったのだ。

ニューアルバム"Nayaab"のアートワークは、ストリート色の強かった前作とはうって変わって、寓話的で神秘的なものになっていて、ここからも、この作品がSeedhe Mautにとってまた新しい扉を開いたものであることが分かる。

seedhemaut_nayaab

手前の人物がさしている傘には、首都デリーの地図の形をした穴が開いていて、そこから光がさしている。
これはこのアルバムの社会性を表すとともに、「暗闇の中での気づき」を象徴していると書いているメディアもある。
ヒンディー語のリリックが分からないのが残念だが、今作でも政治的・社会的なテーマを含んだ内容がラップされているようだ。

サウンド面では、パーカッシブなビートとラップの応酬だった前作とはまったく異なり、よりメロディが強調され、ときにアンビエント的なビートやドラマチックな構成が目立つ作風へと大きく舵を切っている。
Seedhe MautとSezは2018年のアルバム"Bayaan"でも共演しているのだが、その時からの成長やスタイルの変化に注目して聴いてみるのも面白いだろう。

新作を聴く前に、前作をもう1回おさらいしてみよう。
これが昨年リリースされた『न』(Na)の1曲め、"Namastute".


トラップビートとラップ、めくるめくリズムの応酬。
『न』(Na)は一枚通してそのスリリングさが楽しめるアルバムだった。
それが、今作"Nayaab"の冒頭を飾るタイトルトラックではこうなる。


たたみかけるようなラップは鳴りをひそめて、穏やかな語りから滑らかにリズムが始まり、ドラマティックなストリングスで締められるこの曲は、SezのリリシズムとSeedhe Mautの二人の表現力が、新たな傑作を生み出したことを感じさせるものだ。

新作の世界観をもっとも端的に表している曲は、この"Maina"だろう。


この曲で歌声を披露しているのは、Seedhe Mautの一人Abhijay Negi a.k.a. Encore.
いつもの苛立ちを含んだラップとは全く異なる、こんな美しい歌も歌えるのかと軽い衝撃を覚えた。
ミュージックビデオの滑稽で悲しく、そして優しいストーリーも素晴らしい。

こちらの"Teen Dost"では、もう一人のラッパーであるSiddhant Sharma a.k.a. Calmがメロディアスなフロウを披露している。


鬼気迫るテクニカルなラップの印象が強かったSeedhe Mautの2人が、Sezの世界観に合わせてここまで叙情的なアルバムを作るとは、いい意味で完全に予想を裏切られた。

もちろん今作でも、例えばこの"Toh Kya"のように、トラップ的なビートに乗せてSeedhe Mautが切れ味鋭いラップを披露している曲もあるのだが、そこにもやはりSezの美学が感じられるサウンドとなっている。



この"Batti"は、Sez, Seedhe Mautに加えてデリーの鬼才ラッパー Prabh Deepと共演した"Class-Sikh Maut Vol.II"以来のタブラを導入したビートが強烈だ。



リリックが分からないという前提をことわったうえでの話となるが、今作でもっとも社会性が高く、そして個人的でもある楽曲が、この"GODKODE"だろう。


この曲に関しては、少々解説が必要だ。
昨年5月、デリーを拠点に活動するMC Kodeというラッパーが、自殺をほのめかす言葉をinstagramに残して消息を絶った。
失踪する少し前、彼が2016年に行われたラップバトルでヒンドゥー教を口汚く罵っていた映像が発掘され、インターネット上で拡散されていたのだ。
動画の中で、彼はここに書くことすら憚られるような言葉で、性的な表現を交えて、ヒンドゥーの聖典マハーバーラタやバガヴァット・ギーターを侮辱していた。
この動画は当然ながら多くのヒンドゥー教徒の怒りを買い、彼は個人情報を晒され、殺害予告を受けるなど悪質な脅迫を受けることになった。

彼はただちにインターネット上で謝罪と後悔を表明したが、彼への中傷は止まなかった。
そして「自分以外の誰を責めるつもりもない。俺の存在から解放されることが、この国全体が罰として望んでいることなんだろう」という言葉を残して姿を消したのだ。
捜索の結果、彼は数週間後に別の州にいたところを無事発見されたのだが、彼が完全に精神を病んでいたのは明白だった。

インドの文化にリスペクトを持つ外国人の我々の目から見れば、彼の宗教へのディスは完全に一線を超えているし、人々が生きるよりどころにしている信仰を侮辱したのであれば、度を超えた非難を受けて当然だとも思える。
ヒップホップコミュニティではタブーに踏み込んだディスが日常茶飯事とはいえ、そのカルチャーを知らない大多数のヒンドゥー教徒たちにとっては、彼の言動はとうてい容認できるものではないはずだ。
欧米文化にかぶれた不道徳な若者が、自分たちが大事にしている伝統を口汚く罵ったのだから、相応の怒りを買うのはあたりまえだ。

だが同時に、インド社会に生きるラッパーであり、MC Kodeの友人でもあったSeedhe Mautにとっては、また別の見方や感じ方があるということも理解できる。
近年インドでは、ヒンドゥー教社会の右傾化が強まっており、マイノリティであるイスラームへ圧力や保守的な価値観が強化されつつある。
現政権与党であるインド人民党(BJP)も、ヒンドゥー・ナショナリズム的な思想を強く指摘されている政党だ。
ナショナリズムと宗教が結びついた時、仮にそれがインドの人口の8割を占めるヒンドゥー教徒の大部分にとっては歓迎できる(あるいは、少なくとも実害のない)ものであったとしても、インドが本来持っていた宗教や文化の多様性という観点から見たときにはどうだろうか。
本質的に自由を標榜するカウンターカルチャーであるヒップホップを信奉する彼らにとってみれば、これは決して無視できない状況のはずだ。
そこに来て、今回のMC Kodeへのバッシングである。
ラップにおけるビーフでは、どんなに口汚く罵ってもそれはあくまで言葉の上でのことなのに、本来は心の平安を与えるはずの宗教が、5年も前の動画を引っ張り出してきて、謝罪と反省を表明しているにもかかわらず、精神が崩壊するまで追い詰めているのだ。
その現実に、Seedhe MautとSezが少なからぬ疑問と怒りを感じるのも理解できる。
リリックの詳細が分からないのがもどかしいが、Seedhe MautとSezは、この曲で明確にMC Kodeの側に立つことを表明しているそうだ。
リリックビデオに出てくる「51」という数字は、MC Kodeを支え続けた熱心なファンの数であり、彼らもともにいるという意味なのだろう。
楽曲の後半では、彼らが所有していたというMC Kodeが語っている音声が使われている。

インドの伝統と欧米から来た新しい文化は、その化学反応から素晴らしいフュージョン作品を生み出すこともあるが、今回の例のように、その摩擦から悲痛な断末魔を生み出すこともある。
だが、その断末魔のなかからも、こうしたインドのリアルを映し出す作品を作り出してしまうということに、彼らのヒップホップアーティストとしての覚悟の大きさが感じられる、

ちなみに本名を見る限り、MC Kode自身もヒンドゥーの家庭に生まれているようだ(もちろん彼は信仰心が篤いタイプではないのだろうが)。
もし彼がムスリムだったら、彼への非難はこの程度では到底おさまらなかっただろう。


と、今回は彼らの楽曲の背景も詳しく紹介させてもらったが、お聴きいただいて分かる通り、このアルバムは、言葉の意味をもって補完しなければ鑑賞に値しない音楽ではまったくない。
ヒップホップにおけるリリックを軽視するつもりはないが、優れたラップのアルバムが全てそうであるように、言葉とビートの音とリズム(そして今作ではメロディー)だけでも、十分に楽しむことができる作品だ。

長くなったが、インドのヒップホップシーンにまたひとつ名盤が誕生した。
こうした優れた作品が、日本でも、多くの人に聴かれることを願ってやまない。


参考サイト:
https://theindianmusicdiaries.com/10-things-you-did-not-know-about-seedhe-mauts-nayaab

https://ahummingheart.com/reviews/nayaab-by-seedhe-maut/

https://livewire.thewire.in/out-and-about/music/the-disappearance-of-rapper-mc-kode-the-story-so-far/

https://www.freepressjournal.in/viral/rapper-mc-kode-under-fire-for-abusing-hinduism-in-old-rap-battle-video-issues-apology

https://www.reddit.com/r/IndianHipHopHeads/comments/uytt9w/godkode_51/





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goshimasayama18 at 17:45|PermalinkComments(0)インドのヒップホップ 

2022年06月12日

Karan Kanchan大活躍! インド版Red Bull 64 Barsをチェック

Red Bullが世界各地で展開している64 Barsのインド版が面白い。
この企画は「1人のラッパーが、シンプルなビートに乗せて64小節のラップを1発録りで披露する」というもの。
詳しくは書かないが、日本でもZeebra, ANARCHY, Tiji Jojo (BAD HOP)など世代を超えた人気ラッパーがそのスキルを披露しているのでチェックしてみてほしい。
全部見たわけじゃないけど鎮座Dopenessやばかった。

インド版もそうそうたる顔ぶれで、デリー、ムンバイ、ベンガルールなどインド各地から、MC Altaf, Shah Rule(この2人は映画『ガリーボーイ』にもカメオ出演していた), Tienas, Hanumankind, Sikander Kahlonらが参加している。
さらに特筆すべきは、インドではまだまだ少ないフィメール・ラッパーも数多く起用されていること。
日本のRedbull 64 barsがほとんど男性ラッパーなのに対して、インド版がジェンダーバランスにも配慮しているのだとしたら、コンシャスな傾向が強いインドのシーンらしい取り組みだと言える。
(フィメール・ラッパーを女性であるという理由で別枠扱いすることに賛否があることは知りつつも、インドのシーンの現状に鑑みて、あえてこういう書き方とした。ご理解いただきたい)

だが、この企画でラッパー以上に大活躍しているのが、このブログでも何度も紹介してきたビートメーカーのKaran Kanchanだ。
「シンプルなビートと1本のマイク」「10人のラッパーと次々コラボする」というコンセプトゆえ、時間と予算をかけまくった作品を作っているわけではないのだが、それだけに、彼がラッパーの個性や要求に合わせて多様なスタイルのビートを即座に作り上げる能力が際立っている。




最初にリリースされたのは、旧知のMC Altafと共作したこの曲。
"AWW!"

Altafからの最初のリクエストは、2 Chainzが42 Duggと共演した曲("Million Dollars Worth of Game"のことだろう)をレファレンスとして、「インドっぽいサウンドをサンプリングしたハードコアなトラップビート」ということだったらしい。
ブースでリズムをとっている長髪の男性がKaran Kanchanだ。

MC Altafはムンバイ最大のスラム街、ダラヴィ出身の22歳の若手ラッパー。
最近ではトラップ的なビートの曲もリリースしているが、年齢に似合わずルーツはオールドスクールなスタイルで、TBSラジオの『アフター6ジャンクション』で彼の代表曲"Code Mumbai 17"を紹介したときの宇多丸さんのリアクションは「古い!」


これ、2019年の曲なんだけど、かっこいいけど確かにどう聴いても90年代後半サウンド。
今作"AWW!"が、Altafの90'sっぽいスタイルに合ったトラップビートとして見事に仕上がっていることがお分かりいただけるだろう。
インドっぽい要素とKaran Kanchanらしいヘヴィなベースも良いスパイスになっている。


TienasもMC Altaf同様にムンバイのシーンで活躍してきたラッパーのひとり。
彼はガリーラップ(2019年公開の映画『ガリーボーイ』公開以降注目を集めたムンバイのストリートラップ)や商業的なシーンからは距離を置き、ローファイやエクスペリメンタルなビートに英語ラップを乗せるというスタイルを貫いている。
Karan Kanchanと同じムンバイを拠点にしているが、この2人がタッグを組むのは意外にも今回が初めて。

"Demigods"


Tienasのリクエストは「なんでもいいから送ってくれ」だったそうで、Kanchanはかつて二人でPost Maloneのスタイルの多様性についてやりとりしたときのことを思い出してこのビートを作ったそう。
レファレンス にしたのはWill Smithの"Wild Wild West"だそうで、ロックンロールっぽいファンキーな原曲をTienasにぴったりのローファイっぽいビートに仕上げた。
Tienasについては以前この記事で特集している。


この記事以降で聴くべき曲といえば、超強烈な"A Song To Die"をおすすめする。



ベンガルールを拠点に活躍するHanumankindは、かつてはマンガやゲームなどのジャパニーズ・カルチャーの影響を前面に出したアンダーグラウンドな楽曲をリリースしていた個性派。
(この頃の楽曲では、"Super Mario""Kamehameha"あたりが衝撃的だ)
最近はよりシリアスなスタイルの楽曲を数多くリリースしており、英語ラッパーではTienasと並ぶ注目株となっている。
HanumankindとKaran Kanchanのコラボレーションも今回が初めてで、両者の良さが余すことなく感じられる佳作に仕上がっている。

"Third Eye Freeverse"


Hanumankindが「ゴスペルっぽい雰囲気がある」と表現するビートは、Karan Kanchanはカニエ・ウエストを意識して作ったもの。
64小節という長いヴァースを聴かせるために入れたというビートチェンジも効いている。


今回初めて知ったラッパーの一人が、インド北部ハリヤーナー州のフィメール・ラッパーAgsy.
"Mother O.G."


Redbullの記事によると、彼女はこれまでレゲエっぽいスタイルで活動してきたそうだが、今回のコラボレーションでは初めてドリル/トラップに挑戦したとのこと。
英語まじりのヒンディーがときに語りっぽくも変化するフロウでラップされているのは、レイプ、音楽業界の政治的問題、レゲエ、愛、そしてヒンディーラッパーとしての彼女の自信だそう。
インド初のフィメールドリルラップを自認している楽曲とのことだ。


ベンガルールのRANJに提供したビートもなかなか小粋だ。
効果的に使われているサックスのループは、KanchanのアドバイスによってRANJ自身が演奏しているものだそうで、ジャジーなスタイルにより深みを与えている。


RanjのパフォーマンスもR&Bっぽい歌唱がアクセントになっていてかっこいい。
"T.G.I.F."のタイトルの通り、金曜日の夜に聴くのにぴったりなサウンドだと思っていたら、タイトルは"The Great Indian Family"の略だそうで(映画"The Great Indian Kitchen"同様にもちろん皮肉だ)、リリックの内容はインドの家庭の保守性や貧困のなかで、自由なく育つ子どもや若者をテーマにしたものだった。


あんまり長くなってもいけないので、今回は全部で10人のラッパーが参加しているこの企画のうち5人のみを紹介させてもらった。
他のアーティストの楽曲も、それぞれ興味深い仕上がりなので、ぜひチェックしてみてほしい。





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goshimasayama18 at 20:35|PermalinkComments(0)インドのヒップホップ 

2022年06月04日

インド最高のメロディーメイカーPrateek Kuhad Electra Recordsから新作をリリース



ジャイプル出身のシンガーソングライターPrateek Kuhadが、アメリカの名門レーベルElektra Recordsから全曲英語のニューアルバム"The Way That Lovers Do"をリリースした。

彼がElektraと契約を結んだというニュースが流れてきたのは今から約1年半前。
個人的にインド最高のメロディーメイカーと信じてやまない彼が、いよいよ世界に知られる日が来るのか、と楽しみにしていた。
ところがその後、PrateekはElektraとの契約のことなんて忘れてしまったかのようにヒンディー語の楽曲を立て続けにリリース。
これがまたすごく良かったので(後述)、すっかりElektraとの契約なんてどうでもよくなってしまったんじゃないか、と思っていた。
まあ欧米の名門レーベルからリリースしないと世界のリスナーに音楽を届けられない時代でもないし、別にいいっちゃいいんだけど…と思っていたら、忘れた頃にこの11曲入りのアルバム発表の情報が飛び込んできた。

結論から言うと、今回も内容は素晴らしいの一言。

"All I Need"



繊細で叙情的なメロディーとハーモニー、シンプルながらも旋律を際立たせるアレンジ。
今作でもPrateekの本領が余すところなく発揮されている。

このアルバムは、米ワシントン州のシアトル郊外にある人里離れたBear Creek Studioで録音されている。
ここはFoo Fightersの"The Colour and the Shape"(1997)やSoundgardenの"Badmotorfinger"らのロックの名盤が録音されたことでも知られる伝説的なスタジオで、調べてみたら本当に山奥の小屋みたいなところだったのでびっくりした。
プロデュースはRyan Hadlock.
LumineersやVance Joyといった新世代のフォーク/アコースティックアーティストを手掛けている気鋭のプロデューサーだ。
ElektraがPrateekにかける期待が伝わってくる。

"Bloom"

この曲なんかはちょっと70年代のアメリカのシンガーソングライターみたいな雰囲気がある。

唯一、物足りなかった点を挙げるとしたら、彼が2年前にリリースしたヒンディー語の"Kasoor"みたいなキャッチーな大衆性がある曲が入っていたらもっと良かったかな、ということだ。
アルバムの出来には大満足しているのだけど、せっかく英語で歌っているのだから、彼の才能が分かりやすく世界中のリスナーに伝わる曲が入っていてほしかったのだ。

そんなふうに思っていたら、今作リリースにあたってのインタビューで、 Prateekがソングライティングについてこう語っているのを見つけた。
「このアルバムは、愛と人のつながりっていう、僕がいつも惹かれている2つのテーマについての本格的なストーリーなんだ。僕はどれだけ人気が出るかを考えて曲を作りたいとは思わない。もし誰かが1、2曲だけでも気に入ってもらえたら、それでいいと思ってる」

さらに、アルバムリリース後のツアーについてはこう語っている。
「ライブミュージシャンは、観客が喜んでくれるものを書く傾向がある。でも僕は意図的にそういうことをするのはやめようと努めた。自分がプレイしたものをやりたいようにやるっていうのが、少なくとも今のところ守ろうと思っている僕の価値観だよ」
(引用出典:https://www.grazia.co.in/lifestyle/culture/prateek-kuhad-on-the-true-meaning-of-authenticity-in-music-9471.html

どうやら、名門レーベルからリリースするんだから、キャッチーで売れそうな曲を入れたら良かったのに、なんていう俗っぽいことを考えていたのは自分だけだったようだ。
Prateek本人はいたって自然体。
誠実に、自分が作りたい曲を作る。そのことに集中しているからこそ、ピュアで美しい音楽が生まれてくるのだろう。

また別のインタビューによると、彼の転機になったのは、学生時代のニューヨーク大学への留学だったという。

インドの古都ジャイプルから大都市ニューヨークに来たばかりの頃は、環境の違いに塞ぎ込んだこともあったそうが、彼はこの街の自由な環境をすぐに好きになったという。
人との関わりが強く、なにかと干渉されがちなインド社会と比べて、個人が自由に生きられるニューヨークは、彼の価値観を大きく変えたようだ。
彼はこの街で、自分らしく生きる喜びに出会い、音楽の道に真剣に取り組むことを決意したのだという。
(引用出典:https://www.thelineofbestfit.com/features/interviews/prateek-kuhad-on-the-rise

自分に正直に、生きたいように生きる。
やりたいことを追求して、純粋な音楽作品を作る。
彼のこの哲学は間違いなくニューヨークでの経験から生まれたものなのだろう。

今作からは、これまで2本のミュージックビデオが制作されている。

"Just A Word"


この"Just A Word"の映像は、これまでにKhalidやWiz Khalifaといったトップアーティストのミュージックビデオを手掛けてきたAlex DiMarcoによるもの。
幻想的な柔らかい映像が楽曲にぴったりと合っている。


"Favorite Peeps"


こちらはインドのチーム(インドで活躍するウクライナ人映像作家Dar Gaiを含む)による作品。
パーティーで仲間たちから少し離れて、ちょっとだけ孤独そうに微笑む姿はPrateekの繊細な楽曲のイメージにふさわしい。

ちなみに前述のGraziaのインタビューによると、今作でエレクトロニック的な要素がこれまでよりも前面に出ているのは、制作中に彼がヒップホップやポップをよく聴いていたからとのこと。
エヴァーグリーンなメロディーでありながらも、きちんと現代的な音像でもあるところも本作の魅力のひとつだろう。

今後の予定としては、6月2日からテキサス州ダラスを皮切りに、6月28日のニューヨーク公演まで続く全米ツアー、そして9月以降は、ドイツ、オランダ、フランス、イギリス、アイルランドを回るヨーロッパツアーが計画されている。

2019年には"Cold / Mess"がオバマ前大統領のフェイバリットに選ばれるなど、すでに一部では注目を集めていたPrateekだが、いよいよ本格的な世界進出となる。
彼の音楽がどんなリアクションで迎えられるのか、今からとても楽しみだ。



最後に、この記事でPrateek Kuhadのことを初めて知った人もいると思うので、彼の素晴らしいヒンディー語の楽曲も紹介しておく。

"Shehron Ke Raaz"


昨年7月、Elektraとの契約後にインディペンデント作品としてリリースされた"Sheron Ke Raaz"のこの美しいメロディー。
インド版"La La Land"的なミュージックビデオも絶品だ。
歌詞は「二人で過ごす特別な時間はこの街の秘密」といった内容。(別に不倫の歌ではない)


"Kasoor"


2020年にロックダウン下で製作されたがゆえにこのスタイルのミュージックビデオにしたのだろうが、楽曲も映像もじつに素晴らしく、個人的にこの"Kasoor"が2020年のベスト作品だと思っている。
こちらの歌詞は「君にすっかりまいってしまった僕、こんなふうになってしまったのは過ちだったのか」といった内容。

インドではバイリンガル(あるいはトリリンガル以上)で楽曲をリリースするアーティストも珍しくはないが、彼のそれぞれの言語の響きを生かしながらも美しい楽曲を作る才能は頭ひとつ抜けている。
日本でももっともっと評価されてほしい存在だ。


以前書いた彼についての記事も貼り付けておく。





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goshimasayama18 at 22:20|PermalinkComments(0)インドのロック