2022年03月

2022年03月21日

驚愕のバングラー・メタル Bloodywoodを知っているか?


先日紹介したMC STAN同様、このBloodywoodについても紹介するのが遅くなりすぎたと言わざるを得ない。
彼らはすでに、ここ日本でもその筋ではそれなりの知名度を持っているからだ。
「その筋」とはどの筋かと言うと、「コアなヘヴィメタルファン」のことだ。
彼らのバンド名で検索すると、すでに日本語で紹介されているネットの記事がいくつもヒットする。

彼らが先月発表したニューアルバム"Rakshak"の評判が、また非常に良い。
さっそく収録曲を聴いてみよう。

"Machi Bhased"


"Dana Dan"



ひと目見てインドのバンドだと分かる強烈な個性を打ち出しつつ、ラップメタルとして非常にキャッチーかつかっこよく仕上がっているのがお分かりだろう。
彼らの音楽の最大の特徴は、インド北西部パンジャーブ地方の伝統的舞踊音楽「バングラー」を大胆に導入していること。

インドの伝統音楽とメタルの融合は、じつは多くの先例があるのだが(例えばPineapple Express)、これまでは、古典音楽の複雑なリズムをプログレッシヴメタルと組み合わせるスタイルが主流で、素朴なダンスミュージックであるバングラーの導入はありそうでなかった切り口だ。

ブラジルのSepulturaは、90年代にグルーヴメタルに母国の伝統音楽のリズムを取り入れて度肝を抜いたが、Bloodywoodの手法はそのインド版と呼ぶことができる。
ジャンルとしては、彼らのサウンドはメタルに民族的な伝統音楽を融合した「インド風フォークメタル」ということになるだろう。

Bloodywoodが結成されたのは2016年。
当初はギタリストのKaran KatiyarとヴォーカルのJayant Bhadulaによるデュオで、その名の通りボリウッドのヒット曲や洋楽の有名曲をカバーするパロディ・バンドだった。
ヘヴィメタル、とくにデスメタルのようなエクストリームなメタル・ミュージックは、その激しすぎる音楽性から、いわゆるネタ的な音楽としても人気が高い。
ポップなヒット曲をひたすらヘヴィにカバーする動画は、YouTubeの音楽動画の鉄板コンテンツだ。

おもしろカバー曲を中心に当初はYouTuber的な活動を繰り広げていた2人だったが、彼らの動画は思いのほか人気を集め、Karan Katiyarは企業の顧問弁護士という安定したキャリアを捨てて、音楽活動に専念する道を選ぶ。

2017年にはファーストアルバム"Anti-Pop Vol.1"をリリース。
このアルバムは全曲カバーアルバムで構成されていて、収録曲は、例えばRick Astleyの"Never Gonna Give You Up"のメタルカバー。


もはやオリジナルの面影はほとんどないが、これはこれでメタルとしては非常にかっこよく仕上がっている。

こちらは日本でもネタ的な動画でよく使われるDaler Mehndiの"Tunak Tunak Tun"のメタルバージョンで、ブラジルのコミックメタルバンド、Bonde de Metaleiroとの共演による濃すぎるカバーだ。


ちなみに原曲はこちら。
原曲の時点ですでに相当濃い。



バンドの転機となったのは、ラッパーのRaoul Kerrの加入だ。
彼はこの"Ari Ari"での共演をきっかけに、のちにバンドの正式メンバーとなる。


オリジナルはデンマーク人とインド人によるプロジェクトThe Bombay Rockersの2003年による曲だそうで、デンマークとインドではまあまあ有名な曲らしい。


彼らは他のインドのメタルバンドが避けてきた「ステレオタイプなインドっぽさ」を躊躇なく取り入れて、目新しさと面白さで世界中の耳目を集めてゆく。
ひたすらにコワモテなヘヴィメタルは、歌って踊るカラフルなインドのボリウッド的大衆文化とは全く相容れない。
インドのメタルバンドは、「ネタ的」に消費されかねないインドっぽい要素を排除することが多いのだが、Bloodywoodは、そうしたミスマッチ感覚をあえて強調することで、これまでどこにもなかった唯一無二のサウンドと世界観を作り出すことに成功した。
(ヒンドゥー神話をテーマにしたヴェーディック・メタルというジャンルもあることはあるのだが)
この意外性のある方法論を発見することができたのは、注目されてナンボのYouTuberという出自を持っているからこそだろう。

この頃からバンドはコミカルなパロディ的カバーではなく、シリアスなテーマを扱ったオリジナル曲をリリースするようになる。
ネタっぽかったプロジェクトがユニークさを評価されてマジなバンドになったという例は、日本で言うと、Babymetalに近い売れ方と言えるかもしれない。

この曲では、これまでの曲とはうってかわって、「心の病と鬱」という極めてシリアスなテーマを扱っている。


この"Endurant"はいじめ問題をテーマにした曲。


あいかわらず分かりやすくインド的な要素を導入しているが、ヘヴィミュージックとしての完成度の高さによって、ネタっぽさのないメタル・サウンドに仕上がっている。

彼らはLinkin Park, Rage Against the Machine, System of a Down, Limp Bizkitらに影響を受けているとのこと。
まあとにかく、ラップメタルの影響とこれまでのネタっぽいカバー曲のアレンジを融合して、かれらはこれまでどこにもなかったインド的ラップメタルサウンドを研ぎ澄ませることに成功たのだ。

2019年にはヘヴィメタル界最大のフェスであるドイツのWacken Open Airに出演。


それに続くヨーロッパツアー"Raj Against the Machine Tour"(言うまでもなく彼らの音楽的影響のひとつであるRage Against the Machineのパロディーで、Rajは「統治体制」を表すヒンディー語)も好評を得たという。
コロナ後もBloodywoodの勢いはとどまることを知らず、イギリスのMetal Hammer誌が選出する「2022年に注目すべき新人12バンド」にも選ばれている。
今回リリースした"Rakshak"は、カバー曲を排して全曲オリジナルで構成されており、コミカルなカバーバンドのイメージからの完全な脱却を図っている。

これまでもこのブログで紹介してきた通り、インドは隠れたヘヴィメタル大国で、優れたバンドが数多くいるのだが、世界的な人気を集めるようなバンドはこれまで登場してきていない。
こうした状況をBloodywoodが打ち破ることができるのか。
2022年の夏からは、いくつかのメタル系フェスへの出演を含むヨーロッパツアーが予定されている。
今後の彼らの世界での活躍に注目したい。



--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay

Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり



軽刈田 凡平のプロフィールこちらから

2018年の自選おすすめ記事はこちらからどうぞ! 
2019年の自選おすすめ記事はこちらから
2020年の軽刈田's Top10はこちらから
2021年の軽刈田's Top10はこちらから

ジャンル別記事一覧!
 

2022年03月10日

SXSW2022に出演するインドのアーティストを紹介!


米テキサス州オースティンで、3月11日から10日間にわたって開催されるサウス・バイ・サウスウエスト。
'SXSW'の略称でも有名なこのイベントは、音楽・映画・ネットメディア・ゲームといったカルチャーの巨大見本市で、今後のトレンドを占う重要な場となっている。

SXSWでは、これまでにNorah Jones, The White Stripes, Franz Ferdinandといったアーティストが発掘されており、またTwitterやSpotifyといったオンラインサービスが最初に注目を集めたイベントとしても知られている。
(ちなみに日本のアーティストでは、X JAPAN, Perfume, CHAI, 東京スカパラダイスオーケストラらが過去に出演している)
このネクストカルチャーの一大ショーケースに、今年インドから出演するアーティストたちがいる。

そのうちのひと組が、このブログでも何度も紹介しているプネー出身のドリームポップバンド、Easy Wanderlingsだ。



彼らは昨年リリースした新曲"Enemy"でも、エヴァーグリーンなポップセンスを存分に見せつけてくれた。


SanyことSanyanth Narothのメロディーメイカーとしての才能はもっと評価されるべきだと以前から思っていたので、こうしたブレイクの機会は非常にうれしい。


ニューデリーからは、エレクトロニック系シンガーソングライターのKavya TrehanとKomorebi, アコースティックなスタイルで活動するシンガーソングライターのHanita Bhambriが出演する。








3人とも、インドのインディペンデント・シーンでは以前から評価の高かったアーティストだ。


他には、ムンバイのシンガー・ソングライターKayanと、チェンナイのロックバンドF16sのシンガーJBABE(Josh Fernandez)が出演する。








いずれも都会的なサウンドを特徴とするアーティストが選ばれていて、「哲学やヨーガやカースト制度で知られる悠久の国インド」ではなく、「優秀なエンジニアやグローバル企業のトップを数多く輩出している国際的で発展著しいインド」を感じさせるラインナップではある。

ヒンディー語で歌っているKomorebi以外は、音だけ聴いている限りでは誰もインドのアーティストだとは気づかないだろう。
(実際は、Hanita Bhambriもヒンディー語で歌うことがあるし、Komorebiは英語で歌うこともある)

こうしたインドのグローバルな面(というか欧米カルチャー的な部分)が注目されること自体は、ステレオタイプを壊すという意味でいいことだと思うのだけれども、率直に言って、SXSWみたいなイベントには、もっと「インドっぽさ」を前面に出したアーティストが参加したほうが絶対に面白いんじゃないだろうか。

SXSWでは、期間中に音楽部門だけでも2000近いパフォーマンスが行なわれる。
今回インドから参加するアーティストたちがいずれも質の高い音楽を作っていることは言うまでもないが、世界中の気鋭が集まるなかで「センスは良いが強烈な個性に欠ける洋楽的サウンド」が注目を集めるのは並大抵のことではない。
まして、世界のポピュラーミュージックシーンの辺境の地である南アジアからの参加となればなおさらだ。

それだったら、むしろRitvizとかPrabh DeepとかLifafaみたいな、もっと強烈にインドっぽくて、それでいて今の世界的な音楽シーンとも共振しているアーティストを紹介した方が、結果的にインドのインディペンデント音楽シーンのポテンシャルを印象づけることができるんじゃないかと思う。



Ritvizをはじめとする"印DM"勢ももっと世界で聴かれてほしい。




インドのヒップホップシーンは多士済々だが、言葉が通じないSXSWで最大限にアピールすることを考えると、サウンドのユニークさと声の良さからPrabh Deepかな、と思う。




Lifafaの所属するPeter Cat Recording Co.もセンスの良いバンドだが、インドらしさと唯一無二のサウンドセンスという点ではソロ作だろう。



SXSWの出演ミュージシャンは、自薦によってエントリーして、審査を経て選ばれることになっている。
ふと思ったのだが、もしかしたら、ここで挙げたような、インドっぽくてなおかつ質の高い音楽をやってるミュージシャンは、はじめからSXSWのような海外マーケット向けのプロモーションには興味がないのかもしれない。
なぜかというと、彼らは海外よりもインド国内をマーケットとして想定しているフシがあるからだ。

インドでは、インディーミュージックであっても、英語よりもヒンディー語などのローカル言語で歌われている曲のほうが人気を集めやすい。
こうした傾向は、YouTubeの再生回数からも見て取れて、たとえば英語とローカル言語の両方で楽曲をリリースしているアーティストだと、ほとんどの場合、ローカル言語の曲の方が再生回数が多くなっている。
国内のアーティストが好きなリスナーは、英語よりも母語の曲を好んでいるというわけだ。

一方で、英語で歌われる曲は、インド国内ではそこまで求められていないという現実がある。
もちろんインドにも洋楽志向のリスナーはいるが、彼らは欧米のアーティストばかりチェックしていて国内のシーンにはあまり注目していないし、洋楽と比べてドメスティックな音楽を低く見る傾向があるようだ。
こうした状況は、日本とも少し似たところがあるかもしれない。

このように、インドの洋楽志向のアーティストを取り巻く環境はなかなかに厳しいものがあるのだが、だからこそ、このブログで、彼らが日本で注目されるきっかけを作れたらいいなと密かに思っている。

いずれにしても、世界中のポップミュージックのリスナーが無意識に持っている「英語ポップスは欧米のもの」というバリアーをいかに壊すことができるかが、インドの(洋楽的)インディーミュージシャンが世界に飛躍するための大きな課題なのだ。


なんだか話がとっちらかってきたけれど、そんなことを考えながらいつもインドのアーティストを紹介している次第です。
オースティンで少しでもインドのアーティストたちが爪痕を残してくれることを期待しています。


--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay

Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり



軽刈田 凡平のプロフィールこちらから

2018年の自選おすすめ記事はこちらからどうぞ! 
2019年の自選おすすめ記事はこちらから
2020年の軽刈田's Top10はこちらから
2021年の軽刈田's Top10はこちらから

ジャンル別記事一覧!
 



2022年03月04日

インドのラッパー第三世代 MC STANはヒップホップの地図を塗り替えるか



プネー出身のラッパーMC STANがニューアルバム"Insaan"をリリースした。
…と書いている今は2022年。
彼についてはもっと早く書くべきだった!
もたもたしているうちに、MC STANはインドのヒップホップ地図を塗り替えつつある。
彼はインドのヒップホップに、同時代の世界と共通する新しい空気感を持ち込み、ほとんどたった一人でシーンの雰囲気を刷新してしまった。


MC STANを発見したのは2020年11月に実施したオンライン・イベント'STRAIGHT OUTTA INDIA'のためのネタ探しをしていたときのこと。
このイベントでパキスタンのラッパーを紹介してくれたちゃいろさんが、「なんかすごいラッパーがいる!」と教えてくれたのが、今にして思えばMC STANらしからぬ、宗教的なテーマのこの曲だった。

"Astaghfirullah" (2020)


このジャジーなビートと内省的なラップ!
タイトルの"Astaghfirullah"とは、イスラーム教徒が己の過ちを認め、神に許しを乞うときに使う言葉だそう。
あまりにイスラーム色の強い内容に、最初はパキスタンのラッパーかと思っていたのだが、よくよく調べてみると、ムンバイと同じインドのマハーラーシュトラ州の街、プネー出身のムスリムの若手ラッパーだということが分かった。
ここまで宗教的な内容ながらも、隠しきれないワルっぽさがまた魅力的だ。

すぐに他の曲もチェックしてみたのだが、じつはこの"Astaghfirullah"は極めて例外的な曲で、ふだんのMC STANは、どうしようもない悪童だということが分かった。

2018年にリリースしたデビュー曲はこんな曲。

"Wata" (2018)

当時、MC STANは18歳。
タイトルの'Wata'というのはおそらくプネーのスラング(ヒンディー?マラーティー?はたまたムスリムだからウルドゥー?)で、'fxxk off'という意味らしい。

同時期にリリースした"Samaj Meri Baat Ko"では、人気ラッパーのEmiway Bantaiをディスっていたようで、それに対してEmiwayは"Samajh Mein Aaya Kya?"でSTANのモノマネを交えて痛烈にアンサー。
(余談だが、Emiwayはこの曲でムンバイの大御所DIVINEとデリーのRaftaarにもビーフを仕掛けている。その詳細はこちらの記事でどうぞ)


そのEmiwayに対するSTANからのさらなるアンサーがこの"Khuja Mat"という曲らしい。

"Khuja Mat"(2019)

さっきの"Wata"もこの曲も字幕をオンにするとリリックの英訳が読めるのだが、その言葉づかいの汚ねえこと!

まあとにかく、これだけの実力とインパクトのあるラッパーが、知らないところで登場していたということに驚いた。
自分はインドの音楽メディアはそれなりにチェックしているつもりだが、"STRAIGHT OUTTA INDIA"を開催した2020年11月の時点で、MC STANについて書かれた記事を見た記憶はなかった。
あとになって分かったことだが、どうやらMC STANは、メディア先行型ではなく、YouTubeやソーシャルメディアを通して名声と人気を獲得した、新しいタイプのラッパーだったのだ。


"Wata"や"Khuja Mat"のような曲でラッパーとしての「悪名」を高めた彼は、そこで方向転換して信仰をテーマとした"Astaghfirullah"をリリースし、一気にファンの支持を集めたようだ。
ネット上で見る限り、初期の楽曲に対する反応は、「生意気なガキ」といったものが目立っていたが、"Astaghfirullah"へのリアクションはほとんどが好意的なものだった。
STANはインドではマイノリティであるムスリムだが、この国では信心深いことは宗教を問わず美徳とされている。
信仰をテーマにした曲は、端的に言ってディスりづらいし、共感も得やすい。
どこまで狙ってやったのかはわからないが、インドで名を売る手段としては、非常によく考えられている。
もちろん、彼が非常に高いスキルとセンスを兼ね備えたラッパーであるということが前提である。


"Astaghfirullah"で神に向かって悔い改めたSTANは、その後悪事から足を洗って改心したのかというと、そんなことは一切なく、再び不道徳路線に回帰。

この"Ek Din Pyaar"(2020)では「俺のことが嫌いなんだろう?」と挑発的なリリックを披露している。


"Hosh Mai Aa"(2020)


この曲の3:10くらいからのシーン、今のインド社会ではギリギリの表現(というか、YouTubeというメディア以外ではアウト?)。
"Ek Din Pyaar"冒頭の女性たちの同性愛的なシーンも、彼がムスリムであることを考えるとかなり挑発的な描写だ。
いずれも2020年にリリースされたアルバム"Tadipaar"に収録されている曲。

内容の過激さばかりが目についてしまうが、ここに来て、ミュージックビデオもかなり洗練されてきていることにも注目。
当初は典型的なガリーラップ(インド版ストリートラップ)的だった映像が、どんどんスタイリッシュになってきている。

スタイリッシュといえば、STANのもうひとつの特徴といえるのが、彼のヨレヨレした独特のフロウ、そしてスキニーなシルエットを取り入れたファッションだ。
このスタイルは、もちろん世界的なヒップホップシーンの潮流に沿ったものなのだが、男らしさを前面に押し出すことが多かったインドのシーンのなかで、彼はひときわ新しく、異物感を感じさせるほどに目立っている。
彼のことを「インドのヒップホップ第三世代」と名付けた所以である。


あくまで私見だが、インドのヒップホップの第一世代を定義づけるとするならば、それは2010年代前半からデリーを中心に勃興したパンジャービー系のラッパーたちということになるだろう。
彼らはパンジャーブ州の伝統音楽バングラーの流れをくむド派手で成金趣味なパーティーラップ的スタイルを特徴とし、ヒップホップの成り上がり的側面を模して人気をあつめた。
その中心となったのは、Yo Yo Honey Singh, Badshah, Raftaar, Ikkaら、Mafia Mundeerというユニットのメンバーたちで、彼らについてはこの記事で詳述している。



第二世代にあたるのが、2015年以降に登場したムンバイのガリーラッパーたちだ。
(「ガリー」はヒンディー語で、「路地」を意味する言葉)
より等身大な「ストリートの音楽」としてのヒップホップに焦点をあてた彼らは、もともとメジャーとは無関係なアンダーグラウンドな存在だったが、ムンバイのシーンをテーマにしたボリウッド初のヒップホップ映画『ガリーボーイ』(2019)によって、一気に注目を集めるようになった。
その代表を挙げるとすれば、やはり同作のモデルとなったDIVINEとNaezyということになるだろう。


この頃から、インドでは多くの都市で同時多発的にストリートラップのシーンが形成され、各地域・各言語で活躍するラッパーたちが誕生した。

だが、いずれの世代にしても、インドのラッパーたちは、アディダスのジャージやオーバーサイズのTシャツ、ゴールドのチェーンで男らしさやワイルドさを誇る、90年代的なセンスとスタイルを特徴としていた。
これは、インド社会が持つ保守性や、男性のマッチョ的な魅力を賛美する傾向とも無関係ではないだろう。
(たとえばボリウッドの男性スターたちは、そのほとんどが現実離れしているほどの筋肉質の肉体美を誇っている)

まあとにかく、MC STANは、同時代のグローバルなヒップホップシーンが持つ、ただワルっぽいだけでなく、ちょっとナードというか病みっぽいというか反マッチョ的というか、そういうひねくれた雰囲気をインドに持ち込んだパイオニアなのだ。
GQ Indiaの記事では、彼のことを評した記事に、第三世代ならぬ'Indian Hip Hop 2.0'というタイトルが付けられていた。

じつは、MC STANがフェイバリットとして挙げているのは2Pac, Eminem, Lil wayne, Rakim, 50Cent, LL Cool Jといった90年代を中心としたヒップホップアーティストたちであり、そのあたりはインドの第2世代ラッパーたちとほとんど変わらないのだが、彼はインタビューで「俺はニュースクールなことををやり続けたいね。スキニージーンズにマンブルラップみたいなヴァイブで、メロディーもあるやつだよ」と語っている通り、かなり意図的に新しいスタイルを取り入れているようだ。
それが自然にできているのは、1999年生まれという世代的な理由もあるだろう。

彼の才能はラップやファッションにとどまらない。
じつは、ここまで紹介してきた曲を含めて、彼の楽曲のトラックは全て彼自身の手によるものなのだ。
ビートメイクとラップの両方にここまで才能を発揮しているアーティストは、インドでは他にデリーのPrabh Deepくらいしか思い当たらない。
また、ヨレヨレしたフロウが特徴的な彼だが、ラップスキルの高さは相当で、例えばデリーの新世代ラップデュオSeedhe Mautと共演したこの"Nanchaku"では、3番目のヴァースで登場した瞬間に楽曲の空気を一変させ、気怠さと鋭さをあわせ持つその個性を存分に見せつけている。


Seedhe Maut "Nanchaku ft MC STAN"(2021)




今回も前置きが長くなってしまったが、MC STANのニューアルバム"Insaan"は、彼の持つメランコリックかつ危うげな魅力がより強く打ち出された作品となっている。

"Insaan"(2022)


芯が細く頼りなさすら感じさせるラップやオートチューンを使った歌メロ、叙情的なストリングスに不安定さを感じさせる不規則なビート。
マッチョな世界観とは完全に決別したエモでメロウなサウンドは、世界的なヒップホップのトレンドともシンクロしたものだ。

驚くべきはゲスト陣で、なんとこのアルバムには、「インドのヒップホップ第一世代」であるデリーのRaftaarとIkkaが参加している。

"How to Hate Ft. Raftaar"(2022)


"Maa Baap ft. IKKA"(2022)


RaftaarもIkkaも、すでにパーティーラップ的な路線から硬派なスタイルに転向して久しいが、ここでは完全にSTANのスタイルに合わせたフロウを披露している。
彼らの新しいスタイルへの適応力にも驚かされるが、インドのヒップホップシーンの重鎮をここまで自分の色に染めてしまうSTANも凄い。

それにしても、STANはデリーのラッパーとの共演が目立つ。
今ではプネーからムンバイに活動の拠点を移しているようだが、スタイルの違いやかつてのビーフから、ムンバイのラッパーたちとは関係がよくないのだろうか。
地元のラッパーとはつるまない孤独感も彼らしいといえば彼らしい。

彼はこれまで、レコード会社やレーベルに頼らず、完全にインディペンデントな立場で楽曲をリリースしてきたが、このアルバムからSTAN本人が設立したHindi Recordsというレーベルからのリリースという体裁を取っている。
このレーベルが彼のためだけのものなのか、他のアーティストのリリースも行うのか、現時点では不明だが、いずれにしても楽しみな動きではある。

ちなみにMC STANの表記は、Aの代わりにデルタの記号を使ってMC STΔNと書くのが正式なようだが、サブスクなどでは検索のしやすさを考えてか、アルファベットのSTANという表記を採用しており、この記事でもアルファベット表記とした。


というわけで、今回はインドのヒップホップ新世代を象徴するラッパー、MC STANをたっぷりと紹介してみた。
彼に続く世代がどんなサウンドを作ってゆくのか、インドのヒップホップシーンはますます面白くなってきた。




参考記事:
https://www.gqindia.com/entertainment/content/indian-hip-hop-20-mc-stans-tadipaar-from-pune-to-mumbai

https://rollingstoneindia.com/mc-stan-talks-debut-album-tadipaar-new-direction/




--------------------------------------
「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)のアッチャーインディア 読んだり聞いたり考えたり」
更新情報や小ネタはTwitter, Facebookで!
Twitter:
https://twitter.com/Calcutta_Bombay

Facebook:
https://www.facebook.com/軽刈田凡平のアッチャーインディア-読んだり聴いたり考えたり



軽刈田 凡平のプロフィールこちらから

2018年の自選おすすめ記事はこちらからどうぞ! 
2019年の自選おすすめ記事はこちらから
2020年の軽刈田's Top10はこちらから
2021年の軽刈田's Top10はこちらから

ジャンル別記事一覧!
 

goshimasayama18 at 22:06|PermalinkComments(0)インドのヒップホップ