2022年01月

2022年01月31日

インディアン・シューゲイザー特集!インドの大地に轟音ギターが鳴り響く!

今回の記事では、インドのインディー・ロックという世界的に見てもかなりニッチなジャンルの中の、さらにニッチなサブジャンルについて書かせてもらう。
タイトルにもある通り、今回は「インドのシューゲイザー特集」だ。

ご存知の方も多いと思うが、シューゲイザーというのは90年代にイギリスで発祥したロックのいちジャンルで、雑に説明すると、フィードバックノイズ混じりの歪んだギターでコードをズゴゴゴゴィーーンと弾きながらポップなメロディーを甘ったるい声で歌う様式のこと。
こうしたスタイルを取り入れたバンドの多くが、ステージで、まるで「自分の靴を眺めるかのように」うつむいてギターをかきならしていたことから、シューゲイザー(shoegaze, shoegazing)というジャンル名がつけられた。

歪んだギターでガガガガガッとリフを弾くとメタルになってしまうし、アップテンポでジャンジャカジャカジャカと弾くとパンクになってしまうが、深く歪ませたギターをミドルテンポでズゴゴゴゴィーンとコード弾きしながら(「ィーン」の部分はフィードバック・ノイズ、いわゆるハウリング)、あくまでもゆったりとしたメロウなメロディーを歌うというのがシューゲイザーのスタイルだ。

もしこのジャンルを全く知らないという方は、シューゲイズを代表する名盤とされるMy Bloody Valentineの"Loveless"あたりを聴いてもらうと雰囲気がわかると思う。

シューゲイザー自体は、90年代の一過性のムーブメントだったものの、轟音ギターと甘いメロディーの組み合わせには色あせない魅力があり、今も世界中のアーティストたちに大きな影響を与えていて、ポストロックなどの別ジャンルにもシューゲイズ的なサウンドは受け継がれている。

ここらで本題に入ると、インドのインディーミュージックシーンにも、シューゲイズ・バンドはちゃんと存在しているのだ。

Colorblind "Devil on the Neon Porch"


Colorblindは、ニューデリーとプネーを拠点とするアーティストKartik Mishraによるポストロック・プロジェクトで、リリースされたばかりのこの曲では、ムンバイの電子音楽家Cowboy and Sailor Manをヴォーカルに加えて見事なシューゲイズ・サウンドを披露している。
影響を受けたアーティストとしてCureやThe Smithらの名前を挙げており、やはりUKロックがそのルーツにあるようだ。
インドではシューゲイザーのシーンは非常に小さく、これまでのColorblindのYouTubeでの再生回数も100〜300回ほどに過ぎない(これまでの彼のサウンドは、シューゲイズというよりも、アンビエント的なものが多かったのだが)。
というか、インドにシューゲイザー・シーンなんてものはほとんど存在しなくて、一部の好事家が好きなサウンドをかき鳴らしているだけという現状のようだ。
それでも、Colorblindはいくつかの音楽メディアに取り上げられ始めており、今後の活躍が期待されるアーティストとして認識されている。
インドではまだ新しいシューゲイズ・サウンドが、これからどのように受け入れられてゆくのか、非常に興味深い。



Sunflower Tape Machine "Within You"


ファンキーなカッティングにサイケデリックなシンセサウンドの"Sophomore Sweetheart"がRolling Stone India誌によって2021年の年間ベストシングル第2位に選ばれたチェンナイのSunflower Tape Machineだが、昨年5月にリリースしたこの"Within You"では、シューゲイズとしか言いようのないサウンドを披露している。
Sunflower Tape Machineはまだ3曲しかリリースしていないニューカマーだが、もう1曲の"death, colourised"はアンビエント・ノイズ的なサウンドで、ジャンルにはこだわらずに、音の響きを重視して活動するというスタイルのアーティストようだ。
シューゲイザーは、その音響に対する美意識から、電子音楽にも影響を与えたとされているが、インドにもシューゲイズ・ロックから電子音楽までを股にかけるアーティストがいるとは思わなかった。




YSP & Friends "Breath"


ここまで読んで、結局はポストロックとか電子音楽のアーティストがたまにシューゲイザー的な曲をやってるだけじゃないか、と思った方も多いと思うが、そんなことはなくて、常に轟音のギターサウンドを鳴らしているバンドだって、ちゃんといる。
デリー出身のギタリスト、Yatin Srivastava率いるYatin Srivastva Projectと、そこから派生したYSP & Friendsは、自分たちではプログレッシブメタルバンドを名乗っているが、テクニカルで数学的な展開を排したスタイルはかなりシューゲイザーに近いものだと言えるだろう。
面白いところでは、日本語のタイトルの「Ikigai(生きがい)」という曲もリリースしている。



Minaxi "Sehra" 


インド人たちによるシューゲイズ・アーティストはインド国内に止まらない。
ブルックリンを拠点に活動しているMinaxiは、インド人シンガーソングライターShrenik Ganatraが率いるバンド。(あとの2名は白人のアメリカ人)
影響を受けたジャンルとしてサイケデリア、シューゲイズ、ドリームポップからインド、パキスタンの音楽までを挙げており、クリーントーンのギターを使うことも多いが、曲によってはヒンディー語ヴォーカルやタブラの導入なども行っている。
海外のバンドがむしろ積極的にインド的要素の導入を試みているというのがなかなか面白い。



Raat "Ashen"


シューゲイザーというスタイルが他のジャンルに与えた影響は幅広く、マジな悪魔崇拝から生まれた「ヘヴィメタルの極北」ブラックメタルとシューゲイズサウンドが融合した「ブラック・ゲイズ」というジャンルがある。
ロックの中ではセンスの良いジャンルに分類されるシューゲイザーと悪趣味の極みのようなブラックメタルの組み合わせは意外だが、轟音ギターや耽美的かつ退廃的な世界観という点では共通点があり、アンダーグラウンドなジャンルながら、世界中に優れたアーティストが存在している。

このRaatはデリー出身のアーティストで、バンド名の意味は、ヒンディー語で「夜」。
その実態は謎が多く、S.R.なる人物が全パートを演奏しているという以外は不明で、ソーシャルメディアには、プロフィールの代わりに「道なき森に悦びがある。孤独な岸辺に歓喜がある。誰も立ち入ることができない社会がある。深い海のそばに、その轟音の中に音楽がある」という不思議なメッセージが掲げられている。
驚くべきはその多作ぶりで、Raatは2019年のデビュー以来、9枚のEPと2枚のフルアルバムを発表しており、さらにS.R.はLesathという似た音楽性のプロジェクトでも2枚のフルアルバムをリリースしている。
これまでもたびたび触れてきた通り、じつはインドは隠れた「メタル大国」なのだが、こうした非常にアンダーグラウンドな音楽性のアーティストまでも存在しているということに、インドのメタルシーンの奥深さを改めて感じさせられる。


ここまで様々なバンドを紹介してきたが、お聴きいただいて分かる通り、シューゲイザーはイギリス生まれのジャンルではあるものの、今となっては完全に無国籍な音の様式と化しており、インドのバンドだからといって、べつにインドっぽい要素があるわけではない。
しかしながら、インドといえば、ロックや電子音楽と伝統を組み合わせた魅力的なサウンドを多数作り上げている「フュージョン大国」でもある。
シューゲイザーに関しても、例えば轟音ギターにマントラみたいなヴォーカルが乗るとか、ドローン音みたいなフィードバックノイズに乗せてサーランギーのメロディーが舞い踊るとか、タブラ楽器がこまかいリズムを刻む、みたいなサウンドのバンドがいたら最高なのになあ、と思ってしまう(Minaxiがそれに近いことをしている曲もあるが、やや消化不良気味)。
インドで根強いポストロックやアンビエント/エレクトロニカ勢との共演も面白そうだ。
まだまだ発展途上なインドのシューゲイザーだが、深淵なサウンドへのこだわりに関しては大昔から徹底していたインドのアーティストたちが、今後もシーンをさらに面白くしてくれるはずだ。



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goshimasayama18 at 13:38|PermalinkComments(0)インドのロック 

2022年01月27日

インディアン・ナード・カルチャーを考えてみる

少し前に読んだ「ブラック・ナード・カルチャー:それは現実逃避(escape)ではない」という記事がめっぽう面白かったので、インドにおけるナード・カルチャー(nerd culture≒オタク文化)について考えてみた。


詳細は(本当に面白いので)各自読んでもらうとして、この「ブラック・ナード論」を自分なりの観点で要約すると、「マジョリティである白人からも、黒人コミュニティの内部からも、マッチョあるいはセクシーな存在であることを強いられていた黒人にとって、ナード(≒オタク)であることは、逃避的な性格を持つものではなく、むしろクリエイティブな姿勢である」ということになる。

記事では、ブラック・ナード・カルチャーの代表者として、ドナルド・グローヴァー(チャイルディッシュ・ガンビーノ)、タイラー・ザ・クリエイター、フランク・オーシャンらを挙げている。(記事にも触れられているが、最近では女性ラッパーのミーガン・ジー・スタリオンもアニメ好きで有名だ)
20年前だったら、ナードな黒人セレブリティーがここまで大勢活躍している状況はまったく想像できなかった。
確かにナード・カルチャーは、アメリカの黒人文化を変えつつあるのだろう。


さて、それではいつもこのブログで紹介しているインドの音楽シーンの場合はどうだろう。
インドのインディーミュージックシーンにも「オタク趣味」を持つアーティストは多い。

例えば、デリーを中心に活動するマスロック/プログレッシヴ・メタルバンドのKrakenは、曲名やビジュアルイメージにも日本の要素を取り入れており、さらにインタビューでは驚くほど日本文化(音楽・映画)に詳しい一面を見せてくれた。




同じくデリーのエレクトロニカ・アーティストのTarana Marwahは、宮崎アニメなどの日本の作品からの影響を公言しており、日本語のKomorebiというアーティスト名で活動している。



ベンガルールのラッパーHanumankindは、最近はシリアス路線に転向しているものの、かつてはゲームやアニメなどのオタクカルチャーをテーマにしたラップを数多く発表していた。


そこまで前面にナード的なルーツを出していないアーティストでも、例えばプネーのドリームポップバンドEasy Wanderlingsは、宮崎駿や久石譲のファンだと語っており、ミュージックビデオにさりげなくトトロのぬいぐるみを登場させている。



日本文化からの影響という意味で言えば、「インドで日本語で歌うインド人シンガー」Drish Tはその究極系とも言える存在だろう。
ムンバイを拠点にインドをマーケットとして活動しながら、彼女は行ったことがない日本のコンビニをイメージした曲を日本語でリリースしている。




ムンバイで活躍する日本人シンガーHiroko Sarahと共演しているラッパーのIbexやKushmirも、インタビューで日本のカルチャーに親しんできたことを語っている。




インドでも、ナード/オタク的カルチャーをインスピレーションの源として、オリジナルな表現に昇華しているアーティストがたくさんいることに間違いはなさそうだ。

その背景を考える前提としてまず理解しなければならないのは、インド社会では、インディーミュージシャンがマッチョさやセクシーさを求められる風潮は、おそらくそこまで強くはないということだ。(一部ヒップホップ勢を除く)
欧米社会では「労働者階級の音楽」「被抑圧者の音楽」であるロックやヒップホップは、インドにおいては、むしろ「欧米の先進国からやってきたハイカルチャー的な音楽」だ。

アニメやゲーム、あるいはマーベルやDCのようなアメリカのコミックを原作とした作品のようなナード/オタクカルチャーも、外来の(ときにクールな)文化という意味では同様である。

インドのインディーミュージシャンは、こうした外来文化に敏感な、インテリ的なアッパーミドル層が中心であり(一部ヒップホップ勢を除く)、その点でアメリカのストリート発祥のブラック・カルチャーとは分けて考えるべきだろう。(もちろんアメリカの黒人アーティストにも富裕層出身者やインテリは多いが…)

じゃあ、インドのナード・カルチャーは、ただの金持ちのオタク趣味なのか。
というと、そうとも言い切れない部分があるはずだ。
インドの大都市に暮らす進歩的な人々が、日本人の平均よりもはるかに欧米的な感覚を持っていることは間違いないが、それでもインド社会の保守性はまだまだ根強い。

親世代と若者の価値観のギャップはインドの映画や文学の永遠のテーマだし、インディー音楽シーンでも、社会の保守性の生きづらさや世代間のすれ違いを扱った曲は多い。
(前回の記事↓で紹介した1位、2位の曲とかね)



ほかにも過剰な格差社会、競争社会であるとか、政治や行政の腐敗や機能不全、コミュニティの対立など、インド社会にはさまざまな問題が山積している。
そうした社会に疲れた若者たちにとって、物語の中に憂き世とはまったく別の小宇宙を見せてくれるオタク/ナードカルチャーは、ある種の避難所的な役割を果たしているのも確かだろう。
それを言ったら、オタク/ナードカルチャーの元になった作品を生み出した日本やアメリカだって、それぞれ固有の社会問題には事欠かないわけで、結局のところ、どこの文化でもオタク/ナード的な異世界が人々を惹きつけることに変わりはないのだけど。


いずれにしても、インド+ナードの組み合わせが、なんだか面白いものを生み出しているってことは間違いない。
例えばこのインドのアニメファンによるYouTubeチャンネル'Anime Mirchi'の強烈な二次創作は、他の国ではありえないオリジナルっぷりを見せてくれている。
「ガンジャ(大麻)がキマってるみたいなアニメのシーンのコンピレーション」とか、「もしアニメがボリウッドで作られていたら」とか、アニメとインドのインディーミュージックの融合とか、我々の想像を超えたセンスを見せつけてくれる。


例えば、その豪腕を評価されながらもヒンドゥー・ナショナリズム的な姿勢を非難されてもいるモディ首相をネタにしたエヴァンゲリオンのオープニングのパロディなんて、批判的風刺なのだろうけどもう訳がわからない。



とにかく言えるのは、このブログでは「インド+欧米由来のコンテンポラリー音楽」の面白さを追求しているけれど、「インド+オタク/ナードカルチャー」もものすごく面白いってこと。
この混沌のなかから、世界をあっと言わせるようなものすごい作品が生まれてくるのも、そう遠い話ではないのかもしれない。




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2022年01月20日

Rolling Stone Indiaが選んだ2021年ベストミュージックビデオ10選!

毎年恒例のRolling Stone Indiaが選んだ年間ベスト10シリーズ。
ベストシングル、ベストアルバムに続いて、今回は、ベストミュージックビデオを紹介します!



シングル部門では小洒落たサウンドを追求し、アルバム部門ではトレンドに関係なく優れたサウンド(70's風ギターインストからデスメタルまで)を評価していたこのランキング、ミュージックビデオ部門となるとまた別の傾向が見えてくるから面白い。
ますます隆盛するインドのインディペンデント音楽シーンの勢いが感じられる映像作品が揃っている。
それではさっそく!



1. Aditi Ramesh "Shakti"


1位に選ばれたのは、ムンバイのR&Bシンガー、Aditi Rameshが年の瀬12月にリリースした"Shakti"(「力」という意味).
彼女はインドの女性が社会で直面する困難をテーマとした曲をこれまでも数多くリリースしていて、この"Shakti"でもそうした姿勢は一貫している。
歌詞の中には「3月8日(国際女性デー)にだけ女性に注目する企業にはウンザリ」とか「自分らしく生きたいだけなのに、何をしても細かく詮索される」なんてフレーズもあり、インドのみならず共感できる女性も多いんじゃないだろうか。
Aditiはミュージックビデオの中で、女子高生からサリー姿、OL風、カジュアルまであらゆる女性を演じながら、女性が思うままに好きなように生きることを歌う。
こうした内容は、以前紹介した" Marriageable Age"とも共通したものだが、サウンド的にはインド的な要素がさらに取り入れられ、よりオリジナルなものになっている。


古典音楽を思わせるメロディーラインに対して歌詞が英語なのは、子供時代にニューヨークで南インド古典音楽のカルナーティックを学んでいたというAditiならではのセンスだろう。
映像を手掛けたのは、俳優や映画音楽なども手がけるRonit Sarkar.
映画的な感覚を活かした作風に、映画界とインディペンデント音楽シーンのさらなる接近を感じる。



2. JBabe "Punch Me in the Third Eye"


JBabeはチェンナイのスタイリッシュなロックバンドF16sのギターヴォーカルJosh Fernandezによるソロプロジェクト。
F16sと比べてかなり激しいパンクロック的なスタイルのサウンドだ。
このミュージックビデオは、両親に堅苦しいお見合いを設定された若い男女の、親に隠している本当の姿がテーマとなっている。
親子や世代による価値観の相違はインドの映画や小説でも頻繁に扱われている題材で、ロックやR&Bを好む若者たちにとっても切実な問題なのだろう。
監督は、最近ブッとんだミュージックビデオを相次いで手掛けているLendrick Kumar.
この記事(↓)で紹介しているF16sのミュージックビデオも必見だ。
 





3. Takar Nabam "Good Night (In Memory of Laika)"


3位にランクインしたのは、インド北東部の最果て、アルナーチャル・プラデーシュ州出身のシンガーソングライターTakar Nabam.
この楽曲とミュージックビデオは、1957年にソビエトで有人宇宙飛行に向けた実験のためにロケットに乗せられた、歴史上初めて宇宙に達した生き物である「宇宙犬ライカ」に捧げられたものだ。
そのロケットは地球に帰るための設計はされておらず、ライカは宇宙空間に達した数時間後に船内の温度上昇により死亡したと言われている。
ライカについては、吉田真百合さんという漫画家の『ライカの星』という作品を読んでものすごく感動したところだったので、このミュージックビデオにも大いに心揺さぶられた。
最後に出てくる'Please forgive us'というメッセージに、動物を大事にする文化の強いインドらしさを強く感じさせられる。

インドのインディペンデント音楽シーンでは、以前からアニメーションによるミュージックビデオがけっこう作られていたが、コロナウイルスによるロックダウン以降、密になる撮影が難しくなったことから、さらにアニメ作品が目立つようになった。
アニメ大国日本の感覚で見ると、まだまだチープさもあるかもしれないが、それでもセンスの良い作品もかなり多くなってきている。



4. Kamakshi Khanna ft. OAFF "Duur"


Kamakshi Khannaはデリー出身のシンガーソングライター。
この曲はムンバイの電子音楽アーティストOAFFとのコラボレーションとなっている。
これまで面白いミュージックビデオを数多く発表しているOAFFにしては少し地味に感じられる作品だが、インドのインディペンデント音楽シーンでは、このクールさこそが評価されるのだろう。
(OAFFの面白い映像作品は"Perpetuate", "Grip"など)
チル系の「印DM」(インドの電子音楽)というか、歌モノのトリップホップ的なサウンドも今のインドっぽい。



5. Jayesh Malan "Full / Circle"


12分もあるこの作品は、ミュージックビデオというよりも、環境音楽/環境映像のショートフィルムと呼ぶ方がふさわしいかもしれない。
Jayesh Malaniはマディヤ・プラデーシュ州ボーパール生まれのマルチインストゥルメンタルプレイヤーにして映像作家。
ビートのないギターと自然の音を含んだサウンド、そして美しい映像は、1日の終わりにアロマでも焚きながら見たら疲れが取れそう。
それにしても、YouTubeでたった1100再生ほどでしかない作品をきちんと探してきてランキングに入れるRolling Stone Indiaの慧眼はなかなかのものだ。



6. Dhruv Vishvanath "Fly"


Dhruv Visvanathはデリー出身のギタリスト。
ふだんはアコースティックギターをフィンガースタイルで弾くことが多いが、この曲では超ファジーなエレクトリックギターを披露している。
「キッチンでたった一人で反乱を起こすタマゴ」のコマ撮りアニメがかわいらしい。
ちなみにサムネイル画像の右下に見える日の丸のようなマークは、インドで食品につけることが義務付けられている「ノンベジタリアン製品」を意味するもので、ベジタリアン製品の場合は緑色になる。
なかなか芸が細かい。
インドではコマ撮りアニメのミュージックビデオにも凝った作品が多くて、例えば人気ロックバンドThe Local Trainの"Gustaakh"なんかはなかなかのものだ。



7. Komorebi "Chanda"


宮崎駿などの日本文化からの影響を公言しているデリーの電子音楽アーティスト、その名もKomorebiの"Chanda"もアニメーションのミュージックビデオ。
「月」を意味する'Chanda'というタイトルは、KomorebiことTarana Marwahの亡き祖父Karamchandから取られているとのこと。
すでにこの世にはいない人を思うエッチングのようなタッチの映像が幻想的だ。
曲もため息が出るほど美しい。



8. Sanjeeta Bhattacharya, Aman Sagar  "Khoya Sa"


アメリカの名門音楽大学バークリーを卒業したSanjeeta Bhattacharyaは、R&Bの影響を感じさせる洗練された音楽でこのランキングの常連となっているアーティスト。
一昨年もマダガスカルの女性ラッパーNiu Razaと共演した"Red"が、Rolling Stone India選出のベストミュージックビデオ第1位に選ばれている。
彼女は楽曲ごとに、オーガニックソウル、ラテン音楽、ラップとスタイルを変えてきたが、この"Khoya Sa"は、新機軸のヒンディー語のR&B。
ミュージックビデオのではなんと同性愛者を自ら演じている。
インドでも映画や音楽で性的マイノリティが扱われることが増えてきているとはいえ、まだまだ保守的な要素が強いインドでは、かなり挑発的な作品と考えて良いだろう。
インドのインディペンデントシーンでは、一般的なインド社会と比べてかなり「攻めた」作品も散見されるが、こうした点もまた魅力のひとつである。





9. Kayan "Be Alright"


KayanはロックバンドKimochi Youkaiやエレクトロニック・デュオNothing Anonymousでも活躍する(どちらもかなりセンスいい!)ムンバイの女性シンガーAmbika Nayakのソロ名義。
このミュージックビデオは、インドでも最近目立つようになった80年代〜90年代風の映像が特徴的だが、アナログなノイズやレトロフューチャーっぽい分かりやすいクリシェをあえて使わずに、画面の色味や歌詞のフォントやファッションで往時を現したところにセンスを感じる。



10. Ankur Sabharwar "Better Man"


Ankur Sabharwarはデリーのロックアーティスト。
こちらは50年代〜60年代の洋画の怪奇映画を思わせるモノクロの映像で、サウンドも洋楽ポップス風。
サビで転調するところがいい。
楽曲も映像も、インド人のレトロ欧米趣味の好例といえそうな作品だ。



というわけで、Rolling Stone Indiaが選んだミュージックビデオ10作品を紹介してみました。
ご存知の通り、インドには映画のシーンをそのまま使った映画音楽のミュージックビデオもたくさんあるし、映画音楽ではなくてもより商業的な音楽の豪華絢爛なミュージックビデオだって結構作られている(例えばメインストリーム・ラッパーのYo Yo Honey Singhなど)。
そうした映像作品と比べると、かなり低予算な感じも否めないけれど、それでもインディペンデントなアーティストたちがこうした面白い音楽や映像を作っているということはきちんと押さえておきたい。

今年の傾向としては、1位のAditi Rameshや2位のJBabeのように、インドの現代社会で若者が感じている問題を映像化した作品や、アニメ作品(コマ撮り含む)が多かったのが特徴と言えるだろう。
モノクローム映像を使った映像や、レトロな風合いを感じさせる映像も目立っている。

とはいえ、やはりRolling Stone Indiaらしく、「欧米的洗練」が重視されたセレクトとなっていて、それが悪いわけではないのだが、いつかまた違う視点で選んだ軽刈田によるお気に入りミュージックビデオ特集の記事も書いてみたいと思った。


過去にRolling Stone Indiaが選んだ各年のミュージックビデオも面白いので、よかったらこちらからどうぞ。

2020年はShashwat BulusuとDIVINEとRaghav Meattleが良かった。


2019年は正直あんまり記憶にないが、しいて言えば寿司が出てくるF16sのミュージックビデオが印象に残っている。


2018年の白眉はRitviz.
思えばこの年あたりから、レトロ的表現が目につくようになった。





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2022年01月10日

Rolling Stone Indiaが選んだ2021年のベストアルバムTop10!

前回の記事ではRolling Stone Indiaが選んだ2021年のベストシングル10曲を紹介したが、今回特集するのは同誌が選んだ2021年のベストアルバム10選!

これがまた想像をはるかに超えていて、我々が知るインドや今日の音楽シーンのイメージを覆す驚くべき作品が選ばれている!

(元記事はこちら
それではさっそく紹介してみよう。


1. Blackstratblues  "Hindsight2020"



Rolling Stone Indiaが選んだ2021年のベストアルバム第1位は、ジェフ・ベックやサンタナを彷彿させる70年代スタイルのロックギタリスト、Warren MendonsaによるBlackstratblues名義のインストゥルメンタル・アルバム"This Will Be My Year".
世界の音楽のトレンドとまったく関係なく、2021年にこのアルバムを選ぶセンスにはただただ吃驚。
彼は派手なテクニックで魅せるタイプのギタリストではなく、チョーキングのトーンコントロールや絶妙なタメで聴かせる通好みなアーティストで、発展著しいインドの音楽シーンのなかでも、なんというか、かなり地味な存在だ。
今作はちょっとスティーヴ・キモックとか、あのへんのジャムバンドっぽい感じもある。
Warrenはじつはこのランキングの常連で、2017年にも前作のアルバム"The Lost Analog Generation"が2位にランクインしている。(単に評者の好みかもしれないが)
このアルバムでは、日本文化からの影響を受けているエレクトロニック・ミュージシャンのKomorebiが2曲に参加している。
ちなみにWarrenはインド映画音楽界のビッグネームである3人組Shankar-Eshaan-Loyの一人、Loy Mendonsaの息子でもある。




2. Prabh Deep  "Tabia"



軽刈田も2021年のTop10に選出したデリーのラッパーPrabh Deepの"Tabia"が2位にランクイン。
私からの評はもう十分に書いたのでここでは繰り返さないが、Rolling Stone Indiaは、この作品の多様に解釈できる文学性とストーリーテリングを高く評価しているようだ。
確かに彼のリリックは、英訳で読んでも文豪の詩のような、あるいは宗教的な預言のような深みと味わいがある。
そこに加えてこの声とサウンド(トラックもPrabh Deep自身が手掛けている)。
インドのヒップホップアーティストの中でもただひとり別次元にいる孤高の存在と呼んでいいだろう。
高く評価されないわけがない。



3. Shreyas Iyenagar  "Tough Times"



プネー出身のマルチ・インストゥルメンタル・プレイヤーが、新型コロナウイルスのパンデミックにインスパイアされて制作したジャズ・アルバムが3位にランクイン。
こちらもサウンド面での2021年らしさがある作品ではないが、シングル部門で1位のソウルシンガーVasundhara Veeと同様に、インドには珍しい本格志向のサウンドを評価されたのだろう。



4. Tejas  "Outlast"




ムンバイのシンガー・ソングライターTejasのダンスポップアルバム。
優れたポップチューンを作るかたわら、一昨年はコロナウイルスによる全土ロックアウトの期間に、前代未聞の「オンライン会議ミュージカル」を作るなど、アイデアと才能あふれるアーティストである。
今作は、ちょっと80年代っぽかったり、K-Popっぽかったりと、現代インドの音楽シーンのトレンドを押さえた作風になっていて、Tejas曰く昨年解散したDaft Punkの影響も受けているとのこと。
言われてみればたしかにそう感じられるサウンドだ。



5. Second Sight  "Coral"



このムンバイ出身の5人組は、個人的に今回のランキングの中で最大のめっけもの。
その音楽性は、ジャズ、プログレ、フォーク、R&B、ラップ、サイケなどの多彩な要素を含んでいる。
全編にわたってハーモニーが美しく、プログレッシブ・ロック的な複雑さはあるが、とっつきにくさはなく、とにかくリラックスした音像の作品だ。
2018年にEP "The Violet Hour"でデビュー(当時は男女2人組だったようだ)した彼らのファーストアルバム。
意図的にインド的な要素は入れない主義のようだが、このユニークなサウンドはインドでも世界でも、もっと聴かれて良いはずだ。



6. Godless  "State of Chaos"



70’s風ギターインスト、ヒップホップ、ジャズ、ダンスポップと来て、ここにゴリゴリのデスメタルが入ってくるのがこのランキングの面白いところ。
南インドのハイデラーバードとベンガルールを拠点にしているGodlessは、2016年のデビュー以来、メタルシーンでは高い評価を得ていたバンドだ。
サウンドは若干類型的な印象を受けるものの、演奏力は高いし、リフやアレンジのセンスも良いし、インドのメタルバンドのレベルの高さを改めて思い知らされる。
メンバーの名前を見る限り、メンバーにはヒンドゥーとムスリムが混在しているようで、世界のメタルバンドの情報サイトEncyclopaedia Metallumによると、歌詞のテーマは「死、反宗教、紛争、人間の精神」とのこと。
宗教大国インドで、異なる宗教を持つ家庭に生まれた若者たちが、Godlessという名前で一緒に反宗教を掲げてデスメタルを演奏しているところに、どこかユートピアめいたものを感じてしまうのは感傷的すぎるだろうか。
そういう見方を抜きにしても、インド産メタルバンドとして、Kryptos, Against Evil, Gutslit, Demonic Resurrectionらに次いで、海外でも評価される可能性のあるバンドだと言えるだろう。



7. Arogya  "Genesis"



デスメタルの次にこのバンドが来るところがまた面白い!
インド北東部シッキム州ガントクで結成されたArogyaは、Dir En Greyやthe GazettEらのビジュアル系アーティストの影響を受けたバンドとして、すでに日本や世界でも(一部で)注目を集めていた。
彼らにアルバム"Genesis"については、例えばこのAsian Rock Risingのレビューですでに日本語で詳しく紹介されている。


これまでネパールやアッサム州グワハティを拠点に、ネパール語の歌詞で活動していたという彼らだが(シッキムあたりにはネパール系の住民も多いので、もともとネイティブ言語だったのだろう)、今作では英語詞を採用し、よりスケールの大きいサウンドに生まれ変わっている。
これまでも、アニメやコスプレや音楽など、インド(とくに北東部)におけるジャパニーズ・カルチャーの影響については紹介してきたが、彼らはインドに何組か存在する日本の影響を受けたバンドの中でも、とくに際立った存在と言える。
小さなライブハウスよりも、巨大なアリーナでこそ映えそうな彼らのバンドサウンドにふさわしい人気と評価を彼らが得られることを、願ってやまない。

(これまでに書いたインドにおける日本文化の記事をいくつかリンクしておきます。ナガランドのコスプレフェスなぜかJ-Popと呼ばれている北東部ミゾラム州のバンドAvora Records日本の音楽にやたら詳しいデリーのバンドKraken. どの記事もおすすめです)




8. Mali  "Caution to the Wind"



ムンバイ在住のシンガーソングライターMaliが8位にランクインした。
美しいメロディーの英語ポップスを歌うことにかけては以前から高い評価を得ていた彼女のファーストアルバム。
女性シンガーソングライターのなかでは、Sanjeeta Bhattacharyaあたりと並んで、今後もシーンをリードし続ける存在になりそうだ。
アルバム収録曲の"Age of Limbo"のミュージックビデオは、コロナ禍がなければ日本で撮影する予定だったそうで、状況が落ち着いたらぜひ日本にも来てもらいたい。



9. Lifafa  "Superpower 2020"



軽刈田による2021年Top10でも選出したLifafaが9位にランクインしている。
Lifafaはヴィンテージなポップスを演奏するデリーのバンドPeter Cat Recording Co.の中心人物Suryakant Sawhneyによるソロプロジェクト。
そのサウンドのユニークさだけでも十分に評価に値するが、Rolling Stone Indiaは、パスティーシュとウィットに富み、ときに政治的でもある彼の歌詞を高く評していて、Prabh Deep同様、彼についてもその歌詞の内容を詳しく読んでみたいところだ。

(LifafaおよびPeter Cat Recording Co.については、こちらの記事から)



10. Mocaine "The Birth of Billy Munro"




MocaineはデリーのロックアーティストAmrit Mohanによるプロジェクト。
この"The Birth of Billy Munro"は、Nick Cave and  the Bad Seeds(80〜90年代にロンドンを拠点に活躍したロックバンド)のオーストラリア人シンガー、ニック・ケイヴによる小説"Death of Bunny Munro"にインスパイアされたコンセプトアルバムとのことで、もはやこの情報だけで面白い。
サウンド的には、ブルース、ハードロック、グランジ等のアメリカン・ロックの影響が強い作風となっている。
2022年には早くもBilly Munroシリーズの続編をリリースする予定とのこと。




というわけで、アルバム10選に関しても、このサブスク全盛、シングル重視の時代にあっても、ジャンルを問わず充実した作品が多くリリースされていたことが分かるだろう。
昨年の10選と比べても、インドの音楽シーンがますます成熟してきていることが一目瞭然。


2022年にはどんな作品に出会えるのか、ますます楽しみだ。


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2022年01月07日

Rolling Stone Indiaが選んだ2021年のベストシングル10曲!


あけましておめでとうございます。
気がつけば2021年も終わり、2022年が始まってしまいましたが、例によって、昨年末、Rolling Stone Indiaによるインドの音楽シーンの年間ベストシングル10曲が発表されたので、今年も紹介してみたいと思います。
前回は、わたくし軽刈田が選出した年間10選をお届けしているので、外国人目線の10選と、インドの都市の若者向けカルチャー誌の10曲を聴き比べてみるのも面白いはず。


いつもながら、Rolling Stone India誌のセレクトは洋楽的な洗練を志向した楽曲が多く、インドの都市の若者文化を牽引するメディアならではのセンスが楽しめます。
それではさっそくチェックしてみましょう!



1. Vasundhara Vee “Run”


ムンバイのR&B/ソウル/ジャズシンガー。
オリジナル曲はまだこの"Run"しかリリースしていないようだが、彼女の実力を示すには、
この一曲で十分だったようだ。
イントロのアカペラの堂々たる歌いっぷりを聴けば、高い評価の理由は簡単に理解できるだろう。
こういうタイプの本格的なジャズやソウルが歌えるシンガーはこれまでインドにいなかった。
決して派手な音楽性ではなく、トレンドを追うようなタイプでも無さそうだが、これから先インド国内や海外でどのような受け入れられ方をしてゆくのだろうか。
例えばエイミー・ワインハウスみたいな「危なっかしい魅力」があれば、大きな注目を集めることもできそうだが、どちらかというと彼女は堅実なタイプのようだ。
いずれにしても、今後非常に気になる存在である。



2. Sunflower Tape Machine “Sophomore Sweetheart”

Sunflower Tape MachineはチェンナイのアーティストAryaman Singhのソロプロジェクト。
基本的には電子音楽アーティストとして活動しつつ、この曲のようにバンドを交えた形態で楽曲をリリースすることもあるようだ。
サイケデリックでレトロな質感のエレクトロニック・ポップは、こちらもまた別の意味でインドらしからぬ音楽性。
ミュージックビデオを見る限り、彼の音楽性と同様に、無国籍的な都会生活をしている人物のようだ。(ビデオの最初の方に、寿司を食べる様子も出てくる)
それにしても、近年インドのインディーミュージックシーンで80年代的な映像をやたらと目にするようになった。
80年代のインドは経済解放政策を取り入れる前で、例えば家庭用ビデオカメラなどは極めて入手しづらい時代だった。
実際は、こうした懐古的な映像で表されるような80年代はインドにはほとんど存在しなかったと言っていい。
だからこそというべきか、持ち得なかった過去への架空のノスタルジーとしての80年代ブームが来ているのかもしれない。
日本でも90年代に、60年代や70年代の洋楽的なサウンドがもてはやされたりしたことがあったが、それと同じような現象とも言えるだろうか。



3. Hanumankind  “Genghis”


ベンガルールのアンダーグラウンド・ラッパーが3位にランクイン。
これまで、日本のアニメを題材にするなど、かなりサブカル寄りなラップをリリースしていたHanumankindが化けた。
(過去のHanumankindについてはこちらから)
ソリッドなビートに、確実に言葉をビートに乗せてゆくラップ。
技巧にも音響にも走らずに、まるで詩人のようにリリックを紡いでゆくその姿勢は、インドの英語ラッパーではかなり珍しい部類に入る。
今年は同郷のSmokey the Ghostも充実した作品を数多くリリースしていた。
これまで、インドのヒップホップシーンはムンバイやデリーのヒンディー語(あるいはパンジャービー語)ラッパーが牽引してきたように思うが、ここに来てベンガルールの英語ラップシーンも燃え上がりつつあるようだ。



4. The Lightyears Explode – “Nostalgia 99”


4位はムンバイのロックバンドThe Lightyear Explode.
かつてはパンク的なアティテュードを感じさせる楽曲が多かったが、ここ最近は明確にレトロ調のダンスポップを意識した曲作りを行っている。
それが単に懐古趣味によるものなのか、ヴェイパーウェイヴのようなある種の批評性を持ったものなのかは今ひとつ分かりづらいが、いずれにしてもこうしたサウンドが今のインドで「クールなもの」として受け入れられているというのは確かなようだ。
この曲も1999年頃を懐かしむ内容の歌詞に反して、サウンドはかなり80's的。



5. Swarathma “Dus Minute Aur”


5位にようやく英語以外のインドの言語で歌う楽曲がランクイン。
Swarathmaはベンガルールのフォークロックバンド。
インドには、自国の伝統音楽と西洋のロックを融合した「フュージョン・ロック」バンドが数多くいるが、彼らがユニークなのは、いわゆる宮廷音楽的な古典音楽ではなく、より土着的な民謡をロックと融合しているところ。
70年代のイギリスのロックで例えると、クラシックの影響を受けたリッチー・ブラックモア(Deep Purple, Rainbow)や、オペラとロックの融合を試みたQueenではなく、イギリスやアイルランドの民謡を現代風に演奏したPentangleやFairport Conventionに近いと言えるかもしれない(と書いても一部のおっさんしか分からないが)。
他の古典音楽系のフュージョンロックバンド(例えばこの記事を参照)と比べると、その歌い回しは実に独特で、正直に言うと、日本人のロックリスナーの耳で聴いて、かっこいいと思えるかどうかは微妙なところだ。
この曲はオリジナル曲で、睡眠の大切さを訴える内容だという。
なんだかますます分からなくなってきたが、Rolling Stone Indiaからの評価は高く、2018年にも彼らのアルバム"Raah e Fakira"がベストアルバムの一枚に選ばれている。
なんにせよ、都会の若者向けの媒体で、欧米風の音楽だけでなく、伝統文化の要素を色濃く残した音楽がきちんと評価されているっていうのは喜ばしいことだと思う。
改めて聴くと、ポストロック的に始まってハードロック的に展開し、美しいハーモニーも入って来るアレンジがなかなかに秀逸。
ちなみに彼らがカバーする伝統音楽はインド各地におよび、ベンガルの大詩人タゴールの曲もカバーしている。



6. Jaden Maskie “Rhythm Of My Heart”


ゴアを拠点に活動するシンガーソングライターによるR&B風味の楽曲。
5位のSwarathmaとはうってかわって、いかにもRolling Stone Indiaが選びそうな曲だ。
キャッチーなメロディーとダンサブルなアレンジはいかにも現代のグローバルなポップミュージックで、ちょっとK-Popっぽくもあるけれどそう聞こえないのは、憂いを帯びた彼の声のせいだろう。
それにしても、こう言ってはなんだが、冴えない理系の大学生みたいな見た目の彼がこんな気の利いたポップスを歌うなんて、インドも変わったものだとつくづく思わされる。



7. Karshni “daddy hates second place”


Karshniはプネーのシンガーソングライター。
ピアノの伴奏で美しく歌う内容は、子どもに期待しすぎるあまり、一位以外は認めなくなってしまっている父親についてとのこと。
今のインドに、英語で歌う弾き語り系のシンガーソングライターは本当に多いが、リスナー層が厚いジャンルではないので、一部を除いてそこまで多くのリスナーを獲得しているとは言い難い状況だ。
だが、彼ら/彼女たちの多くは、商業的な成功よりもアーティストとしての表現を重視しているようで、彼女のように優れた才能も少なからず存在するので見逃せない。



8. Adrian D’souza, Neuman Pinto “Never Let it Go”


ムンバイのドラマーとシンガーソングライターのコラボレーションによる、さわやかなシティポップ風の楽曲。
名前を見る限り、どちらもクリスチャンのようだ。
D'souzaもPintoもインドのクリスチャンに多い姓で、音楽界では、やはりムンバイを拠点にセンスの良い楽曲を作っているNikhil D'souzaというシンガーもいる。
インド洋を望むマリン・ドライブあたりを運転しながら聴いたら最高の気分が味わえるだろう。



9. Albatross "Neptune Murder"


ムンバイのAlbatrossは、かなりドラマティックな構成の楽曲を特徴とするメタルバンド。 
2008年結成というから、インドではなかなか古株のバンドということになる。
プログレッシブ・メタル的な部分もあるが、過剰なテクニカルさはなく、芝居がかったクセの強いヴォーカルの印象が強い。
全体的な雰囲気は、欧米のバンドで言うとデンマーク出身のKing Diamondに似ている。
2021年にこういうサウンドを奏でるバンドも、2021年にこの曲をベスト9に選出するRolling Stone Indiaも、個人的には決して嫌いではない。



10. Krishna.K, AKR "Butterflies"


チェンナイのシンガーソングライターKrishna.KとプロデューサーのAKRのコラボレーション。 
アコースティックで軽やかなサウンドに絡むサイケデリックなシンセが印象的なドリームポップ的な曲。
Rolling Stone Indiaによると、「今なお求められている、そよ風のように心地よいオールドスクールなポップのアレンジによる現実逃避」とのこと。
“A thousand butterflies could fly us away on a chariot of gold through the mystic galaxy.”という歌い出しのフレーズがインド的(神話的)に聞こえるような気がしなくもない。



というわけで、今回はいかにもRolling Stone Indiaっぽい英語ポップスを中心に、インドのインディペンデント・シーンに特徴的な80年代テイストを感じさせる楽曲が目立つ結果となった。
Swarathma以外は、言われなければインドのアーティストだと分からない楽曲ばかりで、いわゆる洋楽ポップス的なセンスの良さが年々進化していることが一目瞭然だ。
Albatross以外は、オシャレな服屋とかカフェでかかっていても違和感なく聴けるレベルに達していると思うが、それは同時にグローバルな市場で圧倒的な差別化ができる個性の欠如ということでもあり、その殻をどこまで破れるかが、今後のインドのアーティストの課題となってくるのかもしれない。
いずれにしても、変わり続けるインドの都市部のカルチャーがリアルに伝わってくる面白い選曲であることは確かで、こうしたインドのステレオタイプから大きく外れた音楽シーンはますます拡大してゆくことになるだろう。



一昨年2020年のRolling Stone Indiaが選んだベストシングル10選はこちら




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