2021年12月

2021年12月29日

2021年度版 軽刈田 凡平's インドのインディー音楽top10

今年も多作だったインドのインディペンデント音楽シーン。
というわけで、昨年に続いて今年も2021年にリリースされた作品の中から、売り上げでもチャートでもなく、あくまで私的な感覚で今年のトップ10を選んでみました。
対象は、ミュージックビデオまたはアルバムまたは楽曲。
10曲のなかの順位はとくにありません。
例によって広すぎるインド、とてもじゃないけど全てをチェックしているとは言えないので、ここに入っていない傑作もあるはずですが、それでもこの10曲を聴いてもらえれば、今のインドのシーンの雰囲気が分かるんじゃないかと思います。

それではさっそく!


Seedhe Maut  "न"(Na) (アルバム)


デリーのSeedhe Mautが、同じくデリーを拠点とするレーベルAzadi Recordsからリリースしたこのアルバムは、インドのヒップホップのひとつの到達点と言っても過言ではないだろう。

ビートとラップによるリズムの応酬に次ぐ応酬。
かつて天才タブラ奏者ザキール・フセインのソロ作品を聴いて「パーカッションだけで音楽が成立するのか!」と感じたのと同種の衝撃を、このアルバムは感じさせてくれた。
トラックのかっこよさとラップのスキル、サウンドやフロウの現代性とインドらしさ、そしていかにもヒップホップらしい不穏な空気感が、ここには融合している。
これまで、DIVINEにしろEmiwayにしろ、インドのラッパーを語るときには、ラッパーたちののライフストーリーを合わせて紹介することで記事を成立させていたけれど、この作品に関しては、単純に音と雰囲気だけで語ることができる。
掛け値なしに名作と呼ぶことができる作品。





Prabh Deep "Tabia" (アルバム)


こちらもデリー出身のPrabh Deepによる、やはりAzadi Recordsからリリースされた作品。
2017年、インドのヒップホップシーンに彗星のように現れたPrabh Deepは、デリーのストリートの危険な雰囲気を漂わせ、パンジャービー・シクながらもバングラーらしさの全くないラップをドープなビートに乗せて一躍時代の寵児となった。

サウンド面での核を担っていたプロデューサーのSez on the Beatと袂を分かってからは、(ムンバイにおけるDIVINEのような)デリー版ストリートラッパーとしての道を歩むのだろうなあと思っていたのだが、その予想はいい意味で裏切られた。
自身がビートを手掛けたこの"Tabia"では、生楽器や伝統音楽的な要素も取り入れて、彼がもともと持っていた耽美的な要素をさらに研ぎ澄ませた、オルタナティブ・ヒップホップの傑作を作り上げたのだ。
ダリの作品を思わせるシュールリアリスティックなカバーアートにふさわしい浮遊感のある音色。
独特の存在感はますます先鋭化し、その音の質感は、他のヒップホップ作品よりも、むしろこの後紹介するLifafa "Superpower2020"(フォークトロニカ)にも近いものとなっている。
バングラー的な要素は皆無でも、やはりパンジャーブの伝統を感じさせる深みのある声も美しい。

昨年まではDIVINE、Emiway、MC STANらムンバイ勢の活躍が目立ったインドのヒップホップシーンだが、今年はデリーのアーティストたちがそのユニークな存在感を示した一年となった。





Lifafa "Superpower2020"(アルバム)

こちらもデリー勢。
意識して選んだわけではないが、今年はデリーのアーティストたちの個性が開花した一年だったのかもしれない。



Lifafaは、ビンテージなポップサウンドを奏でるバンドPeter Cat Recording Co.の中心人物、Suryakant Sawhneyのソロプロジェクト。
ヨーロッパ的な英語ポップスのPCRCに対して、このLifafaでは、伝統音楽と電子音楽を融合させたトラックにヒンディー語ヴォーカルを乗せた独特のサウンドを追求している。
シンプルで素朴な音像ながら、センスの良さとインド以外ではありえない質感を同時に感じさせる才能は唯一無二。
「足し算的」な手法が目立つインドのポピュラーミュージックのなかで、「引き算」の美学で名作を作り上げた。

そういえば、ここまで紹介してきたデリーの3作品はいずれも「引き算的」な手法が際立っている。
これまでデリーといえばYo Yo Honey Singhらの「盛り盛り、増し増し」なスタイルの派手なパーティーラッパーが存在感を示していたが、サブカルチャー的な音楽シーンでは、新しい動きが始まっているのかもしれない。

"Wahin Ka Wahin"の冒頭と間奏で印象的なメロディーはパンジャーブの伝統歌"Bhabo Kehndi Eh"で、パキスタン系カナダ人の電子音楽アーティストKhanvictが今年リリースした"Closer"(こちらも名曲!)でも使われていたもの。
南アジア系アーティストのルーツからの引用の仕方はいつもながら趣味が良い。





Armaan Malik, Eric Nam with KSHMR "Echo"(シングル)

代々映画音楽に携わってきた家系に生まれたインドポピュラー音楽界のサラブレッド、Armaan Malikが、韓国系アメリカ人のEric Nam, インド系アメリカ人のEDMアーティストKSHMRとコラボレーションした1曲。


Armaan Malikは幼い頃から古典音楽を学んだのち、ここがいかにも現代ボリウッドのシンガーらしいのだが、アメリカの名門バークリー音楽大学に進学し、西洋ポピュラー音楽も修めている。
その彼が、インドでも高い人気を誇るK-Popに接近したのがこの"Echo"だ。

典型的なインドらしさを封印し、K-Popの定番である無国籍なEDMポップススタイルを導入したこの曲は、それゆえに印象に残らなかったのか、インド以外ではあまり話題にならなかったようではある。
(2021年12月25日現在、YouTubeの再生回数は2680万回ほど。映画音楽のヒット曲ともなれば一億再生を超えることもあるインドでは「まあまあ」の数字だ)
リリースされた当初、この曲をK-PopならぬI-Popと呼ぶメディアもあったが、その後I-Popという言葉はぱったり聞かなくなってしまった。

それでも、様々なルーツとグローバル文化が融合したこの曲は、今年のインドの音楽シーンを象徴するものとして、記憶に残しておくべき作品だろう。






Sidhu Moose Wala "Moosedrilla"他


もともとパンジャーブの伝統音楽だったバングラーは、ヒップホップや欧米のダンスミュージックとの融合を繰り返しながら、進化を続けてきた。
世界的には、2000年代に一発屋的なヒットを飛ばしたPanjabi MCらに代表される「過去の音楽」という印象が強いが、インド(とくに北インド)や南アジア系ディアスポラでは、今なお人気ジャンルの座を保っている。
その最新の人気アーティストがこのSidhu Moose Wala.




パンジャーブ州の小さな村で生まれた彼は、確かな実力と現代的なビート、そしてギャングスタ的な危険なキャラクターで、一気に人気アーティストに上り詰めた。
彼のリリースは非常に多く、今年だけで数十曲に及ぶのだが、強いて1曲挙げるとしたら、この"Moosedrilla".
大胆にドリルビートを導入し、ガリーラップ(ムンバイ発のストリートラップ)の帝王DIVINEをゲストに迎えたこの曲は、インドのヒップホップの第一波である「バングラー」の新鋭アーティストと、いまやすっかり定着したストリート系ラップが地続きであることを示したもの。
エリアやスタイルを超えたコラボレーションは、年々増え続けており、今後も面白い作品が期待できそうだ。



Songs Inspired by the Film the Beatles and India(アルバム/Various Artists)


欧米のポピュラー音楽とインドとの接点を紐解いてゆけば、そのルーツは1960年代のカウンターカルチャーとしてのロック、とくにビートルズにたどりつく。
リバプール出身の4人の若者は、エイトビートのダンスミュージックだったロックにシタールやタブラなどのインドの楽器を導入し、サイケデリアやノスタルジックな感覚を表現した。

しかしその後長く、インド音楽と欧米のポピュラーミュージックとの関係は、欧米側が一方的に影響を受けるという一方通行な状態が続いていた。
ビートルズの時代から50余年。
経済成長やインターネットの普及を経て、インディペンデントな音楽シーンが急速に拡大しつつあるインドから、ようやくビートルズへの返信が届けられた。

このアルバムは、現代インドの音楽シーンで活躍するロック、電子音楽、伝統音楽などのミュージシャンが、ビートルズの楽曲(主にインドの聖地リシケーシュ滞在時に書かれたもの)を彼らならではの手法でカバーしたもの。

インドのアーティストの素晴らしいところは、単純に欧米の音楽を模倣するだけでなく、彼らの伝統や独自の感覚をそこに加えていることだ。
そんな現代インドのアーティストたちによるカバーとなれば、絶対に面白いに決まっている。
つまり、ビートルズが行おうとしていたロックへのインド音楽の導入を、「本家」が行っているというわけである。



ビートルズのインド的解釈だけではなく、ビートルズがインドっぽいアレンジで演奏していた楽曲を、あえてクラブミュージック的なスタイルで再現しているものもある。
インドからビートルズへの53年越しの回答によって、西洋ポップスとインドをつなぐ輪は、完全な円環を描くに至った。



Shashwat Bulusu "Winter Winter"(シングル、ミュージックいビデオ)

アーメダーバード出身のシンガーソングライター、Shashwat Bulusuについては、この記事で紹介した"Sunset by the Vembanad"、そして"Playground"が強く印象に残っていた。


つまり、歪んだギターサウンドを基調とした、情熱と憂鬱が入り混じったオルタナティブ・ロックを演奏するアーティストとして認識していたということだ。
その彼が今年9月にリリースした"Winter Winter"には驚かされた。



叙情的なピアノのアルペジオに、全編オートチューンのヴォーカル、そしてゴーギャンの絵と現代アートが融合したようなミュージックビデオ。
Shashwatの新曲は、完全に新しいスタイルに舵を切りつつも、それでもなお情熱とメランコリーを同時に感じさせる質感を保っていた。
このセンスには驚かされたし、唸らされた。
ポストロックのaswekeepsearching然り、アーメダーバードはユニークなアーティストを生み出す都市として、今後も注目すべきエリアとなるだろう。



When Chai Met Toast "Yellow Paper Daisy"(シングル、ミュージックビデオ)

ケーララ州の英国風フォークポップバンド、When Chai Met Toastは、これまでも良質な楽曲を数多く発表してきたが、2021年はとくに充実した年となった。
(これは2018年に書いた記事)


今年はニューアルバム"When We Feel Young"をはじめ、多くの楽曲をリリースしたが、その中でも出色の出来だったのが、この"Yellow Paper Daisy"だ。


叙情的かつエモーショナルな楽曲の素晴らしさはいつもどおりだが、ここで注目したいのは、フォーキーなサウンドに全く似つかわしくないSF調のミュージックビデオだ。
セラピーのために未来から現代のケーララに送り込まれてきたカップルを演じているのは、それぞれインド北東部とチベットにルーツを持つ俳優たちだ。
バンドの故郷ケーララを相対化する存在としての、地理的な距離感と時間的な設定が、じつに絶妙。
彼らの西洋フォーク的な曲調は、世界的には懐かしさを感じさせるサウンドだが、インドの音楽シーンではまだ新しいものだ。
「未来から現代を過去として振り返る」という設定で新しさとノスタルジーを両立させるという離れ技をやってのけたこの作品のアイデアはじつに素晴らしい。

まあそんな理屈をこねなくても、十分に素晴らしい作品なのは言うまでもなく、この楽曲・映像をJ-WAVEのSONAR MUSICに出演した際に紹介したところ、ナビゲーターのあっこゴリラさんもかなり面白がってくれていた。





Karan Kanchan "Marzi", "Houdini"他(シングル)

名実ともにインドを代表するビートメーカーとなったKaran Kanchanにとっても、2021年はますます飛躍した年となった。
インド各地のラッパーのプロデュースや、Netflixを通して全世界に配信された映画『ザ・ホワイトタイガー』の主題歌(ラップはムンバイのDIVINEとUSのVince Staples)を手がけたのみならず、ソロ作品でも非常に充実した楽曲をリリースしていたからだ。

近年インドで目立っているローファイ・ヒップホップに挑戦したこの"Marzi"は、ローファイ・ガールへのオマージュであるミュージックビデオも含めて最高。
さらっと作ったように見えるが、Kanchanがこのスタイルのトラックを発表するのは初めてであるということを考えると、彼の適応力の高さに驚かされる。


テレビ画面に映るDVDのロゴは、21世紀の新しいノスタルジーを象徴するナイスな目の付け所。

この"Houdini"ではうって変わって超ヘヴィなスタイルを披露した。


ラッパーのRawalとBhargも派手さこそないものの確かなスキルでサウンドを支えている。
Karan Kanchanは、次にどんなスタイルを披露するのか、どこまで高みに上り詰めるのか。
ますます楽しみなアーティストになってきた。







Pasha Bhai "Kumbakharna"(ミュージックビデオ)

インドのミュージックビデオがストリートや食文化をどう描いているか、という点は、個人的にずっと注目しているテーマなのだが、そういった観点で、これまでに見てきた中での最高傑作と呼べるのがこの作品だ。


Pasha Bhaiはベンガルールのローカルラッパー。
以前ブログで紹介した時は、NEXというアーティスト名で活動していたようだが、気がついたら改名していた。



Shivaj Nagarなる地区の濃厚な空気感を、スパイスや肉を焼く煙や体臭や排気ガスの匂いまで漂ってきそうなほどリアルに映しきっている。
とくに夜の闇の濃さが素晴らしい。
高層ビルでもIT企業でもない、ベンガルールの下町の雰囲気が伝わってくるこのミュージックビデオは、気軽に旅ができない時代に、擬似インド体験としても何度もリピート再生した。
ドープなビートもレイドバックしたラップも秀逸だ。
おそらく現地でもさほど有名でないであろうアーティストからも、こんなふうに注目すべき作品が出てくるあたり、本当にインドのシーンは油断できない。




と、ごくごく私的なセンスで10作品を選ばせてもらいました。
今年の全体的な印象を語るとすれば、何度も書いたように、とくにデリーのアーティストの活躍が目立つ一年だった。
また、Top10に選んだ"Echo"や"Moosedrilla"のように、エリアを(ときに国籍も)超えたコラボレーションや、ビートルズのトリビュートアルバムのように、時代をも超えた傑作が多く生み出され、よりボーダレスな新しいインド音楽が生まれようとしている胎動を感じることもできた。

悩みに悩んで次点とした作品を挙げるとすれば、Hiroko & Ibexの"Aatmavishwas"Drish T.
"Aatmavishwas"はフュージョンとしての完成度が非常に高かったし、Drish Tもインドでの日本のカルチャーの浸透を新しい次元で感じさせてくれる存在だったが、インドのシーンを見渡すにあたって、冷静に見られない日本関連のものを無意識に避けてしまったところがあったのかもしれない。
でもどちらも非常に素晴らしかった。
またSmokey the Ghostの"Hip Hop is Indian"も、インドのヒップホップシーン全体を見渡したスケール感とインドらしさのあるビートが強く印象に残っている。


個人的なことを言わせてもらうと、今年はブログ4年目にして、なぜか急にラジオから声がかかるようになり、TBSラジオの宇多丸さんのアトロク(アフター6ジャンクション)、J-WAVEのあっこゴリラさんの
SONAR MUSICとSKY-HIさんのIMASIA(ACROSS THE SKY内のコーナー)、InterFMのDave Fromm Showなど、いろんな番組でインドの音楽を紹介させてもらった。
映画『ジャッリカットゥ』やベンガル関連のイベントで話をさせてもらったり、文章を書かせてもらう機会もあって、自分が面白いと思っているものを面白いと思ってくれている人が、少しずつでも増えてきていることを、とてもうれしく感じた1年だった。

毎回書いているように、インドの音楽シーンは年々すさまじい勢いで発展しており、面白いものを面白く伝えなければ、といういい意味でのプレッシャーは増すばかり。

今年もご愛読、ありがとうございました!




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2021年12月20日

インド北東部 晩秋の桜祭り Cherry Blossom Festival in Shillong

桜といえば日本を代表する花であることは論を待たないが、異論があるとすればシロンからだろう。

何を言っているのか訳が分からないだろうけど、まずは、この美しい桜の写真を見てほしい。

CherryBlossom1
CherryBlossom2
cherry-blossoms3

いやー、やっぱり日本の春はこれだよな、と言いたくなるが、じつはこれ、みんなインドで撮られたものなのである。
この写真のいずれもが、インド北東部のメガラヤ州の州都シロン(Shillong)で撮影されたものだ。
しかも、これは春ではなくて晩秋。
インドではムンバイにも桜の並木道があり、毎年3月に見頃となるが、シロンでは桜の種類が違うのか、毎年11月に満開の季節を迎える。

(写真の出典:
 1枚目 https://www.cntraveller.in/story/covid-cant-stop-cherry-blossoms-from-blooming-in-shillong-meghalaya/
 2枚目 https://timesofindia.indiatimes.com/travel/destinations/shillong-ready-to-host-indian-cherry-blossom-festival-in-nov/as61184175.cms
 3枚目 https://indianexpress.com/article/north-east-india/meghalaya/cherry-blossom-festival-shillong-meghalaya-bloom-no-show-yet-show-must-go-on-4927948/


インド北東部地図NEとシッキムインド北東部地図拡大
(地図出典:Wikipedia)


このブログでも何度も紹介しているように、インド北東部は、アーリア系やドラヴィダ系の彫りの深い典型的な「インド人」ではなく、東アジア/東南アジア的な見た目の人々が多く暮らす土地である。
我々がインドと聞いてイメージする褐色の大地とは異なるヒマラヤのふもとの山間に桜が咲き誇る様子は、まるで日本の田舎の風景のようだ。

Cherryblossom4
(出典:https://www.indiatimes.com/trending/environment/shillong-2021-cherry-blossom-festival-photos-555265.html

北東部は文化的にも独特で、20世紀以降、欧米の伝道師たちによって持ち込まれたキリスト教の信仰が定着し、じつに人口の75%がクリスチャンだ。
そのためか、メガラヤ州にはインドではかなり早い時期から欧米のポピュラーミュージックが浸透していて、シロンは「インドのロックの首都」とも言われている。

日本で花見といえば宴会だが、そんなシロンではやはり桜の季節も音楽フェス。
今年はシロンの桜祭り、その名も'Shillong Cherry Blossom Festival'が2年ぶりに開催され、そのなかでインド国内外のアーティストが出演するライブが行われた。
今年のフェスティバルは、11月25〜27日の3日間にわたって行われ、大いに盛り上がったようだ。


出演アーティストを見てみよう。
まずは韓国から、K-Popの今年デビューしたガールズグループPIXY.


Cherry Blossom Festivalのステージでは、かつて世界的にヒットしたPanjabi MCの"Mundian To Bach Ke"をカバーするなど、インドのオーディエンスを意識したパフォーマンスを繰り広げた。



この曲は、インド北西部パンジャーブのバングラーを現代的にアレンジしたもので、メガラヤ州とは遠く離れた地方の音楽なのだが、それでもインドのための特別なパフォーマンスであることは十分に伝わったようで、観客も大いに盛り上がっている。
K-Pop人気はインドでも絶大で、韓国側もしっかりとインドをマーケットとして位置付けているようである。
PIXYのような新鋭K-Popグループによるインドでのプロモーション活動は、ここ数年さかんに行われていて、インド各地でK-Pop人気の裾野を広げることに貢献している。




他の出演者も見てみよう。
ポルトガルの女性EDM DJ, Mari Ferrariはこのブチ上げっぷり。


他には、ドバイのファンクグループ、Carl and the Reda Mafiaやタイのエレクトロニック・ポップ・アーティストPyraら国際色豊かな面々が出演している。



「そこまで世界的に有名ではないが面白いアーティスト」を呼ぶことにかけては、北東部のフェスはなかなかの慧眼を発揮していると言えるだろう。
このCherry Blossom Festivalには、地元メガラヤのアーティストたちも出演し、ステージを盛り上げている。
例えばこの女性シンガーのJessie Lyngdoh.



R&BシンガーのShane.
メガラヤ州の公用語は、地元言語のガロ語(Garo)、カシ語(Khasi)、そして英語。
北東部の地元言語は話者数が少ないためか、英語で歌うアーティストが多いのも特徴となっていえる。


EDMのDJ Wanshanのこの下世話な盛り上がりっぷりも最高。


BANJOPら地元のメンバーも複数出演した。


ロックバンドのRum and Monkeys.


シロンは小さな街だが、さすが「インドのロックの首都」と言われているだけあり、層の厚さを感じさせるラインナップである。

このフェスが北東部らしくて面白いところは、音楽だけでなく、コスプレ大会などのイベントも行われていること。
北東部では、見た目的な親近感からか、K-Popだけでなく日本のアニメやコスプレ文化も非常に高い人気を博している。
フェス全体の様子はこちらの動画で見ることができる。





この動画でも「サクラ」という言葉が使われているし、コスプレ大会も行われているこのフェスに、日本のアーティストにもぜひ出演してほしいところ。

秋に桜が見たくなったら、春まで待つ必要はない。
メガラヤ州シロンに行こう。




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2021年12月15日

2021年度版 インドのクリスマスソング特集!

もう12月も半ば。
この時期、2018年にはインド北東部ナガランド州のクリスマスソングを、昨年は同じく北東部メガラヤ州のクワイアが歌うクリスマスソングを紹介したので、今年は他の地域の曲を紹介したい。




…と思って調べてみたのだけど、正直に言うと、今のところ、そこまで素敵なクリスマスソングをインドで見つけることはできなかった。
これはどうしてかっていうと、キリスト教徒が多いインド北東部と比べて、メインランド(北東部の人たちは、アーリア系やドラヴィダ系の人々がマジョリティを占め、ヒンドゥー教やイスラーム教やシク教などが信仰されているインドの大部分をこう呼ぶ)にはそこまでクリスマスを祝う習慣が根付いていないからだろう。

なんて言うと、インドに詳しい人から「メインランドにもゴアやケーララ州にはクリスチャンがたくさんいるじゃないか」と言われてしまいそうだが、今回調べた限りでは、いわゆる西洋スタイルのポップミュージックとして聴けるいい感じのクリスマスソングは、ゴアやケーララでも見つけることができなかった。
(代わりに、宗教的なものや、インドの歌謡曲っぽいクリスマスソングはたくさん見つかったが…)
20世期に大々的にキリスト教への改宗が進められた北東部に対して、ゴアにキリスト教が伝えられたのは大航海時代だし、ケーララにいたっては1世紀に聖トマスがキリスト教を伝道したとも言われている。
つまり、ゴアやケーララのキリスト教(主にカトリック)は、長い歴史を持つがゆえに、欧米とは異なるインド独自の伝統を持っていて、それがウエスタン(西洋)・ポップス的なクリスマスソングを生まれにくくしているんじゃないだろうか。

インド北東部でクリスチャンが多いのは、もともとヒンドゥー教やイスラーム教よりもアニミズム(精霊信仰)が盛んだった地域だ。
こうした場所では、19世期から欧米の宣教師たちが入って改宗が進められ、ナガランド州やミゾラム州では、今では9割を超える人々がキリスト教を信仰するようになった。
ナガランド特集の記事でも紹介した、チャケサン・ナガ族の民謡と欧米的ポップスを融合した音楽性で知られるTetseo Sistersは、昨年のクリスマスに"Joy to the World"をリリースした。



顔立ちや伝統的なアクセサリーを見ないで音だけ聴けば、インドのシンガーだと思う人はほとんどいないだろう。

こちらはチャケサン・ナガの伝統的歌唱スタイルのクリスマスソング。


いつの間にかメンバーが一人脱退しているっぽいのが気になるが、ドキュメンタリー映画『あまねき旋律』でも紹介された伝統唱歌'Li'を思わせる素朴な歌声が心地良い。


北東部以外に、欧米ポップス的なクリスマスソングが皆無なわけではない。
ムンバイ出身のGwen Fernandesは、昨年クリスマスアルバム"The Best Christmas Ever"をリリースした。


名前を見る限り、彼女もクリスチャンのようだが、大都市ムンバイのクリスチャン・コミュニティで育った彼女にとって、こうした欧米のスタンダードなクリスマスソングは、慣れ親しんだものなのだろう。

こちらもクリスチャンっぽい名前のデリーのシンガー、Kimberley Rodriguesがリリースしたオリジナル曲。



インドでは、クリスチャン・コミュニティ以外にも、非宗教的なオシャレイベントとしての(いわば、日本的な)クリスマスが都市部を中心に広まりつつあるようで、例えば昨年も紹介したこの曲は、元EDMアーティストで、近年はアコースティックシンガーとしての活躍が目立つZaedenによるもの。



デリーからは、ラッパーのHommie Dilliwalaがインドの売れ線系ラッパーの筆頭格Yo Yo Honey Singhをフィーチャーした"Jingle Bell"という曲を発見。


おそらく宗教的な意味でのクリスマスとは全く関係のない内容だが、都会のパーティーカルチャーの雰囲気がよく伝わってくる。

インドでは、ディワーリーやホーリーといったヒンドゥー教の伝統的なお祭りに合わせてリリースされるポピュラーソングも多く、またなぜか毎年独立記念日に合わせてリリースされる楽曲もある。
そう考えると、インドでは、そこまで季節の風物詩としてのクリスマス・ソングが必要とされていないのかもしれない。
いつかインドからワム!や山下達郎みたいな感じの、ポップなクリスマスソングの名曲が出てくることがあるのだろうか。




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2021年12月06日

インド大衆音楽の再定義 Indian Lo-Fi/Chillという新しい可能性

今回もまた詳しくないジャンルについて語ることになってしまうのだけど、どうしても書いておきたいテーマなので許してもらいたい。
いわゆる'lo-fi beats'のインドでの受け入れられ方、って話なんである。

2010年代後半から世界中に広がっていったlo-fiビートは、一過性のブームに終わることなく、熾火のように静かに、しかし確かな熱を持って燃え続けている。

2017年にフランスでスタートしたこのオリジナルlo-fiガールのYouTubeチャンネル'lofi hip hop radio'は、いつ見ても数万人の視聴者がいるし、Spotifyなどのサブスクでも、この手の音を集めたプレイリストが数え切れないほど作られている。


lo-fiの起源や発展については、詳しい人がいろいろ書いてくれているのでそっちを読んでもらうとして、要するに、ヒップホップから派生した、ジャジーでチルなサウンドやレイドバックしたビートが、やがてアナログなざらつきと温かみを感じさせる'lo-fi'というジャンルとして再定義されていった、ということで概ね間違っていないと思う。
面白いことに、こうしたサウンドのオリジネイターとされる日本人ビートメーカーの故Nujabesや、彼が音楽を手掛けたアニメ『サムライ・チャンプルー』の影響なのか、「lo-fiビートには日本のアニメ風の動画を合わせる」というのが、スタイルとして定着している。
lo-fiはクラブカルチャーとオタク文化を繋ぐミッシングリンクでもある(多分。けど今回はその話はしない)。


で、最近ようやく気がついたのだけど、このlo-fiという概念は、音楽ジャンルというよりも、音像のスタイルのことなんだな。
あえてノイズを散らし、トレブルやベースをカットした、カセットテープのような音像そのものが、「架空の思い出/故郷」とでも言えるようなノスタルジックな感傷とリラクシングな雰囲気を醸し出すサウンド作りの手法になっているってわけだ。

こうしたlo-fiビートが持つピースフルで肯定的なイメージは、同じノスタルジーを喚起する音楽でも、大量消費文化に対する皮肉やディストピア的な感覚の強いヴェイパーウェイヴとは見事に対照的だ。
批評性のあるカウンターカルチャーとして受け入れられたヴェイパーウェイヴに対して、lo-fiビートがここまで大衆的な支持を得ることができた理由は、「郷愁」という誰もが持つ感情に素直に訴えかけてくるからだろう。

そしてここからが本題なのだけど、インドの音楽シーンもこうした潮流と無関係ではないのである。
これまでにブログで紹介した中にも、Lo-Fiビートの影響を大きく受けたミュージックビデオがいくつかある。

インドのアニメファンによるYouTubeチャンネル'Anime Mirchi'は、オリジナルのローファイ・ガールへのオマージュを捧げつつ、インド的なサウンドのLo-Fiビートを編集した17分の動画を作成している。

Indian lofi hip hop/ chill beats ft. wodds - Desi lofi girl studying


サウンドについては言うに及ばず、机の上のチャイグラスや右腕のヘナにインドらしさを感じさせつつ、初音ミクやドラえもんなどの日本的な要素(本棚には太宰治の本もある!)を取り入れた映像もとてもクール。
モンスーンの季節なのか、窓の外では雨が降りしきっているのが印象的だ。


先日特集をお届けしたムンバイのビートメーカーKaran Kanchanも、この"marzi"では彼の代名詞でもあったJ-Trapとは正反対の叙情的なlo-fi的なチルサウンドを聴かせている。

Karan Kanchan, mohit, Xplicit - marzi

このミュージックビデオでは、うたた寝するLo-FiガールならぬLo-Fiボーイが印象的だが、こちらも窓の外は雨。
インドでは雨とローファイ的ノスタルジーは深い関わりがあるのだろうか。


Raj "Can't You See"

デリーを拠点に活躍するギタリストのRajは、韓国のLo-Fi系レーベル'Smile For Me'からアルバム"Lo-Fi and Romance"をリリースしている。
lo-fiビートの特徴のひとつであるメロウなギターサウンドが心地よい作品。


Prim4l "Pardesi"

アッサム州グワハティ出身のPrim4lは、オールド・ボリウッド風のヴォーカルとメロウなギターを組み合わせた"Pardesi"を発表。
(1996年のヒット映画"Raja Hindustani"へのヴェイパーウェイヴ的オマージュか?)

と、こんなふうにインドのインディペンデント・シーンにおいても、ローファイ・サウンドは確固たる存在感を放っているのだ。


いやいや、そんなこと言っても、一部のアーティストが通好みな音楽性に飛びついているだけでしょ、と思われるかもしれないが、そうではない。
インディー・アーティストたちによるオリジナルの楽曲だけではなく、ボリウッドの新旧の名曲、すなわちインドの大衆的なヒット曲をローファイにアレンジした音楽もYouTubeに数多くアップされていて、そうした動画が、決して小さくはない支持を集めているのである。






これらのlo-fi系ボリウッドチューンは、どの動画も数百万回の再生回数を誇っている。
ヒット映画のテーマ曲ともなれば1億再生超えも珍しくないインドでは、大人気と言えるほどではないかもしれないが、こうした大衆的ヒットをlo-fi化したサウンドを評価する層が、無視できないほどに存在しているのは確かなようである。

個人的な感覚で言わせてもらうと、インド映画の曲って、サウンドトラックそのまんまだと、音やアレンジのクセが強くて、そこまで入り込めないことが多い。
服に例えると、普段づかいするのには派手で奇抜すぎるエスニックな服、みたいな。
ところが、lo-fi的なアレンジをほどこすことで、そうした過剰さが取れて、むしろオシャレな感じすらするサウンドになってしまうから面白い。

とにかく、欧米とも東アジアとも全く別の発展を遂げてきたインドのポピュラー音楽が、ここに来てlo-fiという同じ方法論で、人々のノスタルジーを喚起しているってことは間違いないだろう。
どうやらインドでは、少なくともここ日本以上に、lo-fi的なサウンドや方法論が、受け入れられつつあるようなのである。
音楽の歴史や文化は全く違っても、ノイズまじりの音色や、アナログな音像という、音の質感そのものに関しては、lo-fiであることが同じ意味合いを持つのだと思うと、感慨深いものがある。


こうした状況から、何か新しくて面白いものが生まれてきそうな予感がするのだが、それがいったいどんなものになるのか、期待を込めつつ注目してゆきたい。


それにしても、改めて思うのは、すべての音がデジタル化/均質化してしまった今、10年後、20年後の人たちは、どんなサウンドにノスタルジーを感じるのだろう、ということ。
サブスク配信の音源を、安物のbluetoothイヤホンを通して聴いたような薄っぺらい音質が、いずれノスタルジックなサウンドとして懐かしがられる日が来るのかもしれない。


(関連記事っぽいもの)








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