2021年11月

2021年11月30日

MTV EMA 2021を振り返る Best India ActはDIVINEが受賞!

少し前の話題になるが、今年もMTV Europe Music Award(以下、MTV EMA)が11月15日に開催された(今年の会場はハンガリーのブダペスト)。

主要部門では、最優秀ポップ賞・最優秀グループ賞をBTSが、最優秀アーティスト賞・最優秀楽曲賞をEd Sheeranが、最優秀ビデオ賞をLil Nas Xが受賞したのだが、そのあたりの話は私よりも詳しい人がいくらでもいるだろうからそちらにまかせる。

MTV EMAでは、こうした主要部門以外にも様々なローカルアクトが選出される。
ヨーロッパ各国のアーティストはもちろん、Best Japanese ActとかBest Australian Actみたいに国ごとに選ばれるものもあれば、Best African ActとかBest Caribbean Actみたいに地域単位で選出されるものもある。
このブログが注目するのはもちろんBest India Actということになる。
 (ところでBest Indian ActではなくIndia Actなのは何故だろう)

ちなみに南アジアに関しては、選出されるのはBest India Actのみで、パキスタンやバングラデシュやスリランカのアーティストは対象外のようだ。
イギリスあたりにはパキスタンやバングラデシュ系の人も多いし、国別に選ぶのが難しければ、せめてBest South Asian Actとしても良いのではないかと思うのだが、どうだろうね。

とにもかくにも、今年のMTV EMA Best India Actにノミネートされたのはこの5組だった。


DIVINE


ソロとしては昨年に続いて2度目、2018年にRaja Kumariとのデュエットで選出されたのを含めれば、3回目のノミネートとなる。
DIVINEはこのブログでも何度も紹介しているムンバイのストリートラッパーで、映画『ガリーボーイ』(作中のキャラクターMC Sherのモデルとなった)以降、一躍人気アーティストの座に躍り出た。
2021年の彼は、Netflix制作の映画"The White Tiger"の主題歌となった"Jungle Mantra"や、メタリカのトリビュートアルバム"Blacklist"に収録された"The Unforgiven"などのごく限られたリリースしかなかったので、おそらくこのノミネートは昨年12月に発表されたアルバム"Punya Paap"を評してのものだろう。
このアルバムで、DIVINEはこれまでのストリートラッパーから脱却し、この"3:59AM"や表題曲"Punya Paap"などの内面的なテーマの楽曲や、ボリウッド的パーティーラップの"Mirchi"などの新しい作風に挑戦した。

DIVINEのこれまでについては、こちらから。





Kaam Bhaari x Spitfire x Rākhis

同じくムンバイのラッパーのKaam Bhaariも昨年に続いて2度目のノミネート。
今回はインド中部マディヤ・プラデーシュ州の小都市チャタルプル出身のラッパーのSpitfireと、ビートメーカーRākhisとの共演での選出となった。
この曲は『ガリーボーイ』の主演俳優Ranveer Singhが設立したヒップホップレーベルIncInkからのリリース。
同作にはKaam Bhaariもラッパー役でカメオ出演しており、Spitfireもサウンドトラックに参加している。
Rākhisは先日紹介したビートルズのトリビュートアルバム"Songs Inspired by The Film the Beatles and India"にも参加していたKiss NukaことAnushka Manchandaの兄弟でもある。



Raja Kumari

Raja Kumariはインド系(テルグ系)アメリカ人で、アメリカの音楽シーンでソングライターとして活躍(関わった作品がグラミー賞にノミネートされたこともある)したのち、近年ではラッパー/ソングライターとして拠点をインドに移して活動している。
まだまだ保守的な気風が残るインド育ちの女性にはなかなか出せない、タフな雰囲気が印象的なフィメールラッパーである。
この曲では、彼女のシグネチャースタイルでもあるインド古典音楽のリズムにルーツを持つラップを披露している。
彼女も『ガリーボーイ』に審査員役でカメオ出演しており、偶然かもしれないが今年のヒップホップ系のノミニーは全員『ガリーボーイ』関係者ということになる。
公開後そろそろ3年が経とうとしているが、あの映画がインドの音楽シーンに与えたインパクトの大きさを、改めて感じさせられる。
ちなみにDIVINEとRaka Kumariは『ガリーボーイ』にエグゼクティブ・プロデューサーとしてクレジットされていたNYのラッパーNasのレーベルのインド支部であるMass Appeal Indiaに所属している。



Zephyrtone

ZephyrtoneはSayanとZephyrの二人の幼なじみによって2015年に結成されたエレクトロニック音楽ユニット。
2017年には"Only You"がMTV Asiaでフィーチャーされるなど、これまでにも高い評価を得ている。
AviciiやZeddの影響を受けているとのことで、さもありなんというサウンドのEDMポップだ。
この曲では、コルカタのラッパーEPR Iyerとのコラボレーションを実現させている。



Ananya Birla

2016年にデビューしたムンバイ出身の女性シンガー。LAのマネジメント事務所と契約を結んでおり、Sean Kingston, Afrojackなどの欧米人アーティストとの共演を果たすなど、グローバルに活動している。
インドで初めて英語の曲でプラチナムヒットを獲得したシンガーであり、現在までの5曲のシングルでプラチナムを獲得している。
この曲はDaft Punkやシンセウェイヴ的な雰囲気を濃厚に感じさせる仕上がりだ。
彼女の活躍は音楽界に限らず、インドの地方でマイクロファイナンスを展開するなど、社会活動家としても積極的に活動しているようだ。
ところで、彼女の名字を見て、もしやと思って調べてみたら、やはりインドの大財閥であるAditya Birla Groupの社長の娘だそう。



…と、お聴きいただいて分かる通り、MTV EMAのBest India Actにノミネートされるのは、「グローバルな(つまり、欧米的な)ポップミュージックとして洗練されたアーティストで、かつ映画音楽以外のもの」という基準があるようだ。
ヒップホップ3組とEDMアーティストと洋楽的女性シンガーという組み合わせは、現在のインドのインディペンデント音楽シーンを表すという意味でも、的確であるように思う。

この中から、投票によってBest India Actに選ばれたのはDIVINE.
彼がこれまでインドの音楽シーンに及ぼしてきた影響や、アルバム"Punya Paap"の内容を考えれば、納得の結果と言えるだろう。

個人的な好みから言わせてもらうと、ZephyrtoneとAnanya Birlaは典型的な洋楽っぽいサウンドではあるものの、彼らならではの個性にちょっと欠けているように感じられる。
インドの人たちが「自分の国からもこんなに洗練されたアーティストが出てきた」と評価するのは分からなくもないが、同じような音楽をやっているアーティストは世界中にたくさんいるわけで、発展著しいインドの音楽シーンを象徴する「現象」としては面白くても、印象にはあまり残らないなあ、というのが正直なところ。
その点、ヒップホップ勢は、言語によるところも大きいが、いずれもインド的なオリジナルの要素を強く感じさせるサウンドだった。
(もっとも、投票したのはほとんどが海外在住者を含めたインド人だろうから、こうした外国人の視点からの「インドらしさ」は選考には影響していないだろう)


また、ストリート出身(っぽい)DIVINEとKaam Bhari, 海外出身のRaja Kumari, 都会の富裕層っぽいZephyrtone, ガチで大富豪のAnanya Birlaというノミニーのラインナップも、現在のインドの音楽シーンを象徴していると言える。


正直に言うと、インド国内でもどれくらい注目されているのか分からないMTV EMAだが、インドのインディペンデント音楽(ここでは、「非映画音楽」くらいの意味に受け取ってほしい)を対象としたアワードはあまりないので、今後も定点観測を続けてみたい。


2018年のMTV EMAの記事はこちらから!



2019年は書き忘れていたみたいですが、2020年のMTV EMAについてはこちらから!




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2021年11月21日

サウスのロックバンドが相次いでアルバムをリリース! クールかつシュールなF16s


(前回の記事)


When Chai Met Toastに続いて紹介するのは、タミルナードゥ州出身のF16s.
以前から注目していたバンドだが、ここに来て充実したアルバム(というかEP)をリリースしたので、この機会に特集したい。

F16sは2012年に、チェンナイの異なるカレッジバンドのメンバーだった4人によって結成された。
影響を受けたバンドとしてThe Arctic MonkeysやThe Strokesの名前を挙げているが、彼らの近年の作風は、ストレートなロックというよりも、シティポップの現代的解釈と言えるものになってきている。

このたびリリースした"Is It Time To Eat The Rich Yet?"のオープニングトラック"I'm On Holiday"は、ポップな曲調ながらも、ヴェイパーウェイヴ的などこかシニカルな雰囲気が印象的だ。
前回紹介したWhen Chai Met Toastと同様に、目を閉じて聞けばまったくインドらしさのないサウンドだ。

 

同作収録曲の"Easy Bake Easy Wake"もセンスの良いポップソングだが、それよりもミュージックビデオのクセが強すぎる!


歌詞もシュールというかシニカルというか、独特の世界観で、サウンドとのギャップが激しい怪作。
映像監督はLendrick Kumarというふざけた名前の人物で、彼は独特のセンスのミュージックビデオをいくつも手掛けているようなので、いつかきちんと掘り下げてみたい。


タミルというと、ヒップホップ界隈では独特の郷土愛が強く感じられるアーティストが多い印象があったが、F16sに関しては、まったくタミル的な要素が見当たらないのが面白い。
 


過去作も同様で、以前インドの寿司の記事で紹介したこの"Amber"は、インターネットと自己愛がテーマのミュージックビデオ。



オシャレながらもどこか虚無感を感じさせる音楽性がどことなくデリーのPeter Cat Recording Co.を思わせるなあ、と思ったら、今回の"Is It Time To Eat The Rich Yet?"にもPCRCのメンバーが参加しているらしく、またレーベルもPCRCと同じデリーのPagal Hainaに所属している。
Pagal Hainaは渋谷系的なオシャレ音楽を中心にリリースしているレーベル。
日本で今聴いて新しく感じられる音楽ではないが、インドという国にもこういうサウンドの愛好者がいると思うと、なかなか感慨深いものがある。




PCRCのヴォーカリストSuryakant Sawhneyは、ソロではLifafa名義でバンドとは全く異なるフォークトロニカ的な楽曲を発表しているが、F16sのヴォーカリスト兼ギタリストのJosh Fernandezも、ソロ活動ではJBABE名義でストレートなロックチューンを発表している。


方法論こそ違うが、現代社会へのシニカルな目線はF16s同様。
この作品では親子の価値観の断絶や現代インドのお見合いをネタにしている。
このミュージックビデオも監督はLendrick Kumar.


今回、F16sについて書いてみて改めて感じたのは、音響的な面だけ気にして聴いていた時には優等生的なバンドかと思っていたけれど、彼らの本質はサウンドではなく、むしろそのアティテュードだということだ。
インドの豊かな伝統と、繋がりつつも分断されたインドの新しい世代の美学とシニシズムが、彼らの音楽には満ち満ちている。

これからますます変わりゆくインド社会の中で、彼らがどんな音楽を発信してゆくのか、興味は尽きない。



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2021年11月16日

サウスのロックバンドが相次いでアルバムをリリース! When Chai Met Toast



南インドを代表する2組のポップロックバンドが、立て続けにアルバムとEPをリリースした。

まず1組目は、このブログで以前にも紹介したことがあるケーララ州のWhen Chai Met Toast.


When Chai Met Toastは2016年にコチで結成されたロックバンドで、これまでも数々の優れたフォークポップ調の楽曲を発表してきたが、10月29日に発表した"When We Feel Young"が意外にも彼らのファーストアルバムとなる。

ケーララ州は、古くからキリスト教の信仰がさかんで、教育政策に力を入れてきた州だからか(つまり英語を自由に操れる人が多い)、ロックなどの欧米のポピュラーミュージックが古くから根付いていた土地である。
今作では、彼らはEDM的な四つ打ちのビートを取り入れた曲にも挑戦しているが、やはり彼らの魅力が最も感じられるのは、どこか懐かしいフォーク風の曲である。

例えば、タイトルトラックのWhen We Feel Young.


"Ocean Tide"はバンジョーの響きに、90年代のイギリスのバンドTravisの"Sing"という曲を思い出した。(褒め言葉のつもり)


When Chai Met Toastという個性的なバンド名は、「インドが西洋に出会った時」を意味しているとのこと。
もちろん、チャイがインドを、トーストが西洋を表しているわけだが、インドの国民的な飲み物であるスパイスの入りミルクティー「チャイ」の歴史はじつはかなり新しく、広まったのはイギリス統治時代である19世紀のことだと言われている。
つまり、トーストと出会うまでもなく、チャイの中にも西洋(紅茶文化)とインド(スパイス文化)が混在しているのだ。
考えてみれば、インド料理にかかせない唐辛子(チリ)も原産は中南米で、大航海時代に海を渡ってインドに伝えられている。
インドの文化は、大昔から世界中のさまざまな文化を受け入れて発展してきたのだ。
When Chai Met Toastというバンド名は、はからずも、そうして発展してきたインド文化が、さらに新しく西洋の文化(例えば、ロックや英国フォーク)を受け入れたことを意味していると捉えることもできる。

彼らのサウンドを聴くと、「西洋の文化を導入しすぎちゃって、すっかりインド的な要素がなくなっちゃったんじゃないの?」と言いたくもなるかもしれないが、例えばこんなふうに洋楽的なメロディーを取り入れながらも、美しいヒンディー語の響きを活かした曲も演奏している。


故郷ケーララ州の言語であるマラヤーラム語ではなく、北インドを中心にインド全体に話者数の多いヒンディー語を選んだのは、やはりマーケットの規模が理由だろう。
(マラヤーラム語の話者数が3,500万人ほどなのに対し、ヒンディー語は5億人以上が話すことができる)

こちらの"Break Free"は英語とタミル語のバイリンガル。



タミル語の話者数は約7,000万人。
南インドでもっとも話者数の多い言語である。
彼らが歌詞に使う言語をどのように決めているのかは分からないが、インドのマルチリンガル・ミュージシャンの言語選択事情というのは、ちょっと気になるテーマではある。


彼らは"When We Feel Young"発表後も積極的にリリースを続けていて、このYellow Paper Daisyは、Prateek Kuhadを感じさせるキャッチーかつ切ないメロディーが素晴らしい佳曲。


冒頭に出てくるタイトルに"Yellow Paper Daisy feat. Kerala"とあるが、このKeralaとはもちろん彼らの故郷ケーララ州のこと。
フィーチャリングのあとにアーティスト名でなく地名が出てくるのは初めて見た。

ここから始まるストーリーがまた独特で、2071年のカップルが、セラピーの最後のセッションのために2016年のケーララの田舎にタイムスリップしてくるところから物語が始まる。
豊かな自然と素朴で優しい人々に触れた二人は、やがて愛情を取り戻してゆく…という、フォーキーなサウンドに似合わないSF仕立てのストーリーで、先月出演した J-WAVEの"SONAR MUSIC"でオンエアした際に、ナビゲーターのあっこゴリラさんも「このサウンドにこの映像!」とかなり面白がってくれていた。
イギリス的なフォークロックとSF的な世界観、そして故郷の大自然という相反する要素があたりまえのように融合しているのが2021年のインドのロックバンドのセンスである。
主人公の二人を演じているのは、それぞれインド北東部とチベットにルーツを持つ俳優たちで、「インドの外ではないけれど、マジョリティとは全く別」という微妙な距離感を表現するために選ばれたのだろう。


彼らはNature Tapesと称して、ケーララの自然の中でアンプラグド・スタイルで楽曲を披露する映像も公開していて、こちらもまた彼らの音楽とケーララの魅力が存分に楽しめる内容になっている。


"Yellow Paper Daisy"のロケ地はケーララ特有の汽水地帯に位置するMunroe Island.


"Ocean Tide"のロケ地は美しい海辺の街Varkalaだ。

気軽に旅に出られるようになるにはもうしばらくかかりそうだが、このNature Tapesは、そんな日々の中でちょっとした非日常が感じられるシリーズになっている。

続いてお隣タミルナードゥのF16sについて書こうと思っていたのだけど、もう十分長くなったので、また次回!



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goshimasayama18 at 18:04|PermalinkComments(0)インドのロック 

2021年11月07日

インドからビートルズへの53年越しの回答! "Songs Inspired by The Film the Beatles and India"



ビートルズファンならご存知のとおり、インドは彼らに少なからぬ影響を与えた国でもある。
1960年代、若者たちの間では、ベトナム戦争への反対の機運が高まり、西洋の物質主義的な文化に疑問が持たれ始めていた。
インドの文化は、欧米の既存の価値観に変わるカウンターカルチャーとして注目され、ビートルズのメンバーたちも、1968年にヒンドゥー教の聖地リシケーシュにあるヨガ行者にして精神的指導者のマハリシ・マヘシュ・ヨギのアシュラム(修業場)に滞在して過ごした。

(その経緯と顛末は、このRolling Stone Japanの記事に詳しい)



インドに影響を受けたのはビートルズだけではなかった。
当時、The Rolling Stonesは"Paint It, Black"でシタールを導入しているし、インドの服をヒッピー・ファッションに取り入れるミュージシャンも多かった。
当時、ヨガや東洋的な神秘思想は、LSDなどのドラッグと並んで、新しい感覚を覚醒させ、悟りの境地に至るための手段として見られていたのだ。
その後も、90年代のKula Shakerのようなロックバンドや、ゴアトランスなどのダンスミュージックが、サイケデリックやエキゾチックやスピリチュアルを表現する手段として、インド音楽の要素を導入している。
ただ、その多くが、雰囲気づくりのための表面的な引用にとどまっているのもまた事実。
90年代、インドの旅から帰ってきた私は、彼らのサウンドに以前ほど夢中になれなくなってしまい、今でいうところの「文化の盗用」のようなもやもやした感覚を抱いていた。


時は流れて2021年。
いつもこのブログで紹介しているように、インドの音楽シーンもずいぶん進化・変貌した。
経済成長とインターネットの発展により、ヒップホップやEDMやロックといった欧米の音楽の受容が進み、今ではインド国内にもこうしたジャンルの優れたアーティストがたくさんいる。
そのなかには、きわめて優れたポピュラーミュージックを作っている人もいるし、西洋の音楽にインドの伝統的な要素を取り入れた独自の「フュージョン」を作り上げている人もいる。
つまり、20世紀にはインドから欧米への一方通行だった音楽的影響は、今では完全に双方向的なものとなっているのだ。

ビートルズのインド滞在に焦点をあてたドキュメンタリー映画"The Beatles and India"の公開にともなってリリースされた、インドのミュージシャンたちによるトリビュートアルバム"Songs Inspired by the Film the Beatles and India"は、いわばインドからビートルズへの、そして、インド音楽の要素をポピュラーミュージックのスパイスとして使ってきた西洋音楽リスナーへの、53年越しの回答なのである。

これが非常に面白く、そして素晴らしかった。
収録曲は以下の通り。


1. "Tomorrow Never Knows" Kiss Nuka
2. "Mother Nature's Son"  Karsh Kale, Benny Dayal
3. "Gimme Some Truth" Soulmate
4. "Across the Universe" Tejas, Maalavika Manoj
5. "Everybody's Got Something to Hide (Except Me and My Monkey)" Rohan Rajadhyaksha, Warren Mendonsa
6. "I will" Shibani Dandekar, Neil Mukherjee
7. "Julia" Dhruv Ghanekar
8. "Child of Nature" Anupam Roy
9. "The Inner Light" Anoushka Shankar, Karsh Kale
10. "The Continuing Story of Bungalow Bill" Raaga Trippin
11. "Back in the USSR" Karsh Kale, Farhan Akhtar
12. "I'm so Tired" Lisa Mishra, Warren Mendonsa
13. "Sexy Sadie" Siddharth Basrur, Neil Mukherjee
14. "Martha My Dear" Nikhil D'Souza
15. "Norwegian Wood (This Bird Has Flown)" Parekh & Singh
16. "Revolution" Vishal Dadlani, Warren Mendonsa
17. "Love You To" Dhruv Ghanekar
18. "Dear Prudence" Karsh Kale, Monica Dogra
19. "India, India" Nikhil D'souza


ビートルズの曲(一部ジョンのソロ作品)としては、ややシブめの選曲で、なかにはよほどのファンでないと知られていないような曲も入っているが、これらはいずれもインドと何らかのつながりのある楽曲たちである。
そして、いつもクソ長いブログを書いている身としては申し訳ないのだけど、インドとロック好きにとっては、語らずにはいられない要素が満載だ。

というわけで、蛇足とは思いながらも、"Songs Inspired by the Beatles and India"から何曲かをピックアップしてレビューさせていただきます!


1. "Tomorrow Never Knows" Kiss Nuka


オリジナルは1966年発表の"Revolver"の最後に収録されている、ジョン・レノンによる曲。
ジョンの「数千人ものチベットの僧侶が経典と唱えているような感じにしたい」という意図のもと、ワンコードで同じメロディーを繰り返したこの曲は、結果的にサイケデリックなクラブ・ミュージック的なサウンドをあまりにも早く完成させた楽曲となった。
その"Tommorow Never Knows"を、インドのアーティストが、コード進行のあるエレクトロニック・ポップとしてカバーしているということに、何よりも面白さを感じる。
このような、インド人アーティストによるビートルズの楽曲の「脱インド化」はこのアルバムの聴きどころの一つだ。
この曲をカバーしているKiss Nukaはデリー出身のエレクトロニックポップアーティスト。
映画音楽のプレイバック・シンガーとしてデビューしたのち、アイドル的な雰囲気のヴォーカルヴループ'Viva!'の一員としての活動を経て、ソロの電子音楽ミュージシャンとなった彼女の経歴は、現代インドの音楽シーンの変遷を体現していると言ってもよいだろう。
ビートルズがこの曲を発表した30年後の90年代には、イギリスのテクノユニットのケミカル・ブラザーズが"Setting Sun"や"Let Forever Be"といった曲でオマージュを捧げたが、そのさらに30年後の2020年代にインドのアーティストがこういうカバーを発表したということがこのバージョンの肝であって、アレンジがあざといとかサウンドがちょっと古臭いとかいうことは重要ではない。
優れたポップミュージックは輪廻する。


2. "Mother Nature's Son"  Karsh Kale, Benny Dayal


このアルバムの序盤最大の目玉といっても過言ではないのがこの曲。
原曲は"The Beatles"(ホワイトアルバム)に収録されたポール・マッカートニーによるマハリシ・マヘシュ・ヨギの影響を受けた曲。
カバーしているのはイギリス出身のインド系電子音楽アーティスト兼タブラ奏者で、クラブミュージックから映画音楽まで幅広く活躍しているKarsh Kaleと、インド古典音楽とR&Bという両方のルーツを持つBenny Dayal.
ビートルズのカバーをするならこれ以上ない組み合わせのこの二人は、これまでもKarshのソロアルバムなどで共演している。
インド的な要素とビートルズ的な要素が徐々に融合してゆく様が美しい。
このアルバムの聴きどころは、「脱インド化」だけではなく、こうした本場のアーティストならではの「インド化」でもあるということは言うまでもない。


4. "Across the Universe" Tejas, Maalavika Manoj


1969年に発売されたアルバム"Let It Be"に収録されている楽曲だが、はジョン・レノンによって67年には書かれていたという。
カバーしているのはムンバイを拠点に活動しているシンガーソングライターTejasとMali(この曲では本名のMaalavika Manoj名義でクレジット)。
インドの思想に傾倒していたジョンによる'Jai Guru Deve Om'という導師(または神)を讃えるサビのフレーズゆえに、このアルバムの収録曲に選ばれたのだろう。
ふだんは洋楽ポップス的な楽曲を発表しているTejasとMaliが、ここではニューエイジ的な音使いが目立つ、いかにもスピリチュアルなアレンジを披露している。
欧米や日本のアーティストがやったらこっぱずかしくなるようなアレンジだが、インド人である彼らがやるとなんだかありがたいような気もする。
これを、インド人が欧米目線のエキゾチシズムに取り込まれたと見るか、インド人である彼らがステレオタイプをしたたかに利用していると見るか。


6. "I will" Shibani Dandekar, Neil Mukherjee



ホワイトアルバム収録のポール・マッカートニーによる佳曲。
インドと関係なさそうなのになぜ選ばれたのかと思ったら、これもリシケーシュ滞在時に書かれた曲だそうだ。
プネー出身のシンガーShibani Dandekar(現在はオーストラリア国籍)とコルカタ出身のギタリストNeil Mukherjeeによるカバーで、バーンスリー(竹笛)とタブラが印象的。
これもいかにもインド的なアレンジだが、センス良く聴こえるのはアコースティックなサウンドと原曲の良さゆえか。
おいしいチャイを出す日あたりの良いカフェでかかっていたら素敵だと思う。


8. "Child of Nature" Anupam Roy

これは知らない曲だと思ったら、ジョン・レノンの名作"Imagine"(1971年)収録の名曲"Jelous Guy"の初期バージョンだそうで、これもやはりリシケーシュ滞在中に書かれた曲とのこと。
のちにオノ・ヨーコへの思いをつづった歌詞に改作されるが、当初の歌詞は、ポールの"Mother Nature's Son"と同様に、マハリシ・マヘシュ・ヨギの説法にインスパイアされて書かれたものだろう。
ビートルズのインド趣味は、ビートルズファンに必ずしも好意的に捉えられているわけではないが、こうした一見インドには無関係な楽曲の制作にも影響を与えていると考えると、やはりマハリシの存在は大きかったのだろうなと感じる。
カバーしているのは、映画音楽でも活躍しているコルカタ出身のシンガーソングライターAnupam Roy.
タブラとバーンスリーを使ったアレンジは、やや安易だが、原曲の良さが映えている。



9. "The Inner Light" Anoushka Shankar, Karsh Kale
 
原曲はビートルズのメンバーでもっともインドに傾倒していたジョージ・ハリスンによる曲で、インドの楽器のみで演奏されており、歌詞は老子の言葉からとられているという、東洋趣味丸出しの楽曲。
それでもジョンもポールもこの曲の美しさを絶賛しており、ビートルズによる「インド音楽」の最高峰と言っても良いだろう。
ジョージのシタールの師匠でもあるラヴィ・シャンカルの娘アヌーシュカとKarsh Kaleによるカバーは、「こういうことがやりたかったんだろ?まかしときな」という声が聴こえてきそうなアレンジだ。

 
11. "Back in the USSR" Karsh Kale, Farhan Akhtar

ホワイト・アルバム収録の原曲は、ポールによるビーチボーイズに対するオマージュというかパロディ。
どうしてこのアルバムに選曲されたのだろうと思ったら、どうやらこの曲もリシケーシュ滞在中に書かれたものだったからだそうだ。
当時のリシケーシュにはビートルズのメンバーのみならず、ビーチボーイズのマイク・ラヴも滞在しており、この曲の歌詞には彼の意見も取り入れられているという。
Karshによるドラムンベース的なアレンジは、'00年代のエイジアン・マッシヴ全盛期風で少々古臭くも感じるが、ここはイギリス人がインドでアメリカのバンドにオマージュを捧げて書いたソビエト連邦に関する曲を、タブラ奏者でエレクトロニック・ミュージックのプロデューサーでもあるKarsh Kaleとボリウッド一家に生まれたFarhan Akhtar(『ガリーボーイ』の監督ゾーヤー・アクタルの弟)がクラブミュージック風にアレンジしているということの妙を味わうべきだろう。


15. "Norwegian Wood (This Bird Has Flown)" Parekh & Singh

1965年のアルバム『ラバーソウル』収録のシタールの響きが印象的な曲(主にジョンが書いたとされている)を、コルカタ出身で世界的な評価の高いドリームポップデュオ、Parekh &Singhがカバー。
シタールが使われていてたメロディーをギターに置き換えて「脱インド化」し、いつもの彼ららしい上品なポップスに仕上げている。
前述の通り、このアルバムの面白いところは、典型的なビートルズ・ソングをインド的なアレンジでカバーするだけではなく、インドっぽい曲をあえて非インド的なアレンジにしている楽曲も収録されているところ。
都市部で現代的な暮らしをしているインド人ミュージシャンたちにとっては、むしろこうした欧米的なポップスやダンスミュージックのほうが親しみのある音像なのだろう。



17. "Love You To" Dhruv Ghanekar


ジョージ・ハリスンがビートルズにはじめてインド伝統音楽の全面的な影響を持ち込んだ曲で、原曲は1966年のアルバム『リボルバー』に収録されている。
オリジナルではシタールやタブラといった楽器のみで演奏されていたこの曲を、ムンバイのギタリストDhruv Ghanekarは、ある程度のインドの要素を残しつつ、ギターやベースやドラムが入ったアレンジで「脱インド化」。
結果的にちょっとツェッペリンっぽく聴こえるのも面白い。



19. "India, India" Nikhil D'souza


これも知らない曲だったが、どうやら晩年(1980年)にジョンが書いた未発表曲で、2010年になってデモ音源がようやくリリースされた曲らしい。
よく知られているように、ジョンはリシケーシュ滞在中にマハリシ・マヘシュ・ヨギの俗物的なふるまいに嫌気がさして訣別し、その後"Sexy Sadie"(このアルバムでもカバーされている)で痛烈に批判している。
ソロ転向後の"God"でも「マントラ(神への賛歌)もギーター(聖典)もヨガも信じない」と、インドの影響を明確に否定しており、私は70年代以降のジョンは、すっかりインド的なものには興味がなくなったものと思っていた。
だが、この曲を聴けば、ジョンが、その後もインドという国に、若干ナイーヴな愛情を持ち続けていたことが分かる。
ラフなデモ音源しか残されていなかったこの曲を、ムンバイのシンガーソングライターNikhil D'Souzaが完成品に仕上げた。
ジョンらしいメロディーが生きた、素敵なアレンジで、インド好きのビートルズファンとしてはうれしくなってしまう。


他にも聴きどころは満載だが、(例えば、ジョン・レノンのソロ作品をパーカッシブなマントラ風に解釈したSoulmateによる"Gimme Some Truth"も、「ジョンってこういうアレンジの曲も書くよね!」と膝を打ちたなる)いつまで経っても終わらなくなってしまうのでこのへんにしておく。

インドのミュージシャンによる欧米ロックのカバーは、70年代にもシタール奏者のAnanda Shankarによるものなどがあったが、いかにもキッチュなエキゾチシズムを売りにしたものだった。
ロックをきちんと理解したアーティストによるロックの名曲をインド的に解釈したカバー・バージョンは、実は私がずっと聴きたかったものでもあった。

(その話はこの記事に詳しく書いてあります)


ビートルズへの53年越しの回答であると同時に、私の23年越しの願望にも答えてくれたこのアルバムを愛聴する日々が、しばらく続きそうだ。




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