2019年09月

2019年09月24日

インド北東部にJ-Popバンドがいた!? ミゾラム州のAvora Records!

今回は久しぶりにインド北東部のバンドを紹介します。

これまで何度も紹介してきた通り、モンゴロイド系の民族が暮らす北東部は、キリスト教などの欧米から伝わった文化の影響が強く、インドのなかではかなり以前からロックミュージックが盛んだった土地だ。
今回紹介するのは、インド北東部のなかではいちばん南、ミャンマーとバングラデシュに挟まれたミゾラム州の州都Aizawl(アイゾール)出身のポップロックバンド、Avora Records.
インド北東部

彼らのことを知ったのは、昨年のZiro Festivalのラインナップでその名前を見かけた時だった。
それ以来、彼らの確かなポップセンスがずっと気になっていたのだ。
彼らが昨年リリースした"Sunday"という曲を聴いてみよう。

いきなり出てくる「日曜日」という漢字にまずびっくり。
さらに、少しチープでカラフルなミュージックビデオからは、どことなく90年代の日本のバンドのような雰囲気が感じられ、自然と親しみがわいてしまう。

北東部出身の彼らの見た目が我々日本人に似ていることもあって、彼らに対しては、「インド人だけどどこか日本のバンドっぽいバンド」という印象を持っていた。
それから約1年。
最近になって、Avora Recordsについて書かれたインドの記事を読んで、非常にびっくりすることがあった。
彼らは、なんと「J-Popバンド」だったというのだ。

例えば、インド北東部のカルチャーを紹介するウェブサイト、Roots And Leisureの記事にはこんなふうに書かれている。

An all-boy band creating quite the rave with their fun, upbeat J-Pop/rock and Indie music, this local-gig-favorite band from Aizawl, Mizoram, has shown the crowd that they are here to stay. 

楽しげでアップビートなJ-Pop/Rockやインディーミュージックで高い評価を受け、地元のライブシーンでも人気のあるこのミゾラム州アイゾール出身の男性バンドは、彼らがまさにここにいるという存在感を大衆に示した。


インドの大規模フェス'NH7 Weekender'のFacebookでも、こんなふうに紹介されている。


J-Popとアニメ・ミュージックをお届けするミゾラム州のAvora Recordsが、この11月に(フェスの会場となるメガラヤ州シロンの)丘を盛り上げる。


いったいこれはどういうことだろう?
彼らは、純然たるインドのバンドにもかかわらず、なぜかインドのメディアで「J-Popバンド」として紹介されている。
アニメ・ミュージックというのはよく意味が分からないが、「日本=アニメ」という印象なのだろうか。
それにしても、これは非常に面白い解釈だ。

J-Popというのは、日本人がやってるポップミュージックのことだとばっかり思っていた。
ところが、インドでは(少なくともインド北東部では)、インド人が演奏していても、歌詞が英語でも、日本のポップミュージックっぽい雰囲気があれば、J-Popなのだ。
彼らの楽曲"23:00"は、なんとApple MusicでもJ-Popのカテゴリーで登録されている。
スクリーンショット 2019-09-20 23.53.30

これは日本人としてはちょっと誇らしいことではないだろうか。
かつて、マージービートやウエストコーストロックやレゲエのような、特定の国や地域に根ざした欧米の音楽が日本のミュージシャンに大きな影響を与えたように、日本のJ-Popという音楽が、インド北東部にまで影響を及ぼしているというのだ。

例えばこの"23:00"のビデオを見てほしい。
ミュージックビデオの映像も、どことなく渋谷系のころの日本のバンドのプロモビデオを思い出させるところがある。
(光のあて方や色彩のせいだと思っていたが、モンゴロイド系のお洒落な女の子が出てくることが渋谷系っぽく見える最大の理由かもしれない)

メロウでスローテンポな曲調ながら、グルーヴ感をキープした演奏からは、彼らの高い実力を感じることもできる。

先日リリースされた新曲、長いタイトルの"If You're Not Sweating To This Then Honey You're Not 90's"は、ファンキーな曲調の90年代へのトリビュートだ。


英語詞であるせいもあって、欧米のバンドっぽい印象もあるが、楽曲のキャッチーさや、かっちりとしたアレンジは、やはりどこか日本のバンドを思い起こさせるところがある。

あと関係ないけど、サムネイルにも出てくる、ビデオの後半に登場する女の子、ものすごくかわいくないですか?
日本で女優をやっていても違和感がないくらいの美人。
インドにこういう日本的なかわいさの女の子がいるっていうのはあんまり想像したことがなかった。
"23:00"に出てきた娘もかわいかったし、ミゾの女の子、インド北東部の中でも美人が多いのかもしれない。

というわけで、謎が謎を呼ぶAvora Recordsにメールでインタビューを申し込んでみたところ、さっそく返信が来たので紹介します!

凡平「Avora Recordsについて教えてください。いつ、どんなふうに結成されたんですか?」

AR「2016年にバンドを結成したんだ。Avora Recordsっていうのは僕らがたむろしてたスタジオの名前だよ。僕らはヴォーカルのStephen, ドラムスのSanga, ベースのCK, ギターのRuataとKhosの5人組だ。
最初は、友達の何人かと2013年ごろにホームスタジオでデモを作ったりしていたんだ。正式に今のラインナップになったのが2016年で、それからライブをするようになった。」

彼らはまだ20代前半で、大学生のメンバーもいるみたいだから、ハイスクールの頃に結成されたバンドということのようだ。

凡平「インターネットの記事で、Avora RecordsがJ-Popバンドと言われていて驚きました。私もあなたがたのサウンドはちょっと日本のバンドっぽいなって感じてます。J-Popとかアニメみたいな日本のカルチャーだとか、K-Popみたいな東アジアの文化から影響を受けているのでしょうか?」

AR「僕たちはK-PopからJ-Popやインディーロックまで、様々な音楽を聴いてるよ。だから僕らはそれらのほとんど全部から影響を受けている。俺たちの音楽の基本的な部分に影響を与えたのは、僕らが育ってきた環境やカルチャーやルーツだね。
僕らは日本の信じられないほど素晴らしいJ-Popのバンドやアーティストをリスペクトしてるから、自分たちで自身をJ-Popとカテゴライズしたことはない。それに僕たちの音楽は、ローカルの要素や欧米の要素が多いから、J-Popという呼び方は合わないと思う。でも日本のカルチャーは僕らにとって馴染み深いものだよ。僕ら『ドラゴンボールZ』とか、『ポケモン』、『デジモン』、『ふしぎ遊戯』や『烈火の炎』みたいなクラシックな日本のアニメを見て育ってきた。ギタリストの二人は、今でもツアー中もポケモンのゲームをやっているよ」


確かに彼らの音楽は、洋楽風に聴こえる部分も大きく、日本のバンドっぽく思えたのは、彼らの見た目やミュージックビデオに出てくる女の子たちの印象が強かったからかもしれない。
ただ、いずれにしても、彼らが相当に日本のアニメに詳しいことは間違いないみたいだ。
恥ずかしながら『ふしぎ遊戯』と『烈火の炎』(それぞれ英語で"Curious Play","Flame of Recca"と書いていた)という作品は聞いたことがなかった。
以前ナガランドのアニメオタクについて書いたことがあったが、インド北東部で日本のカルチャーがそれなりに存在感を保っていることは間違いないのだろう。


結局、なぜ彼らがJ-Popと呼ばれているのかは最後まで分からなかったが、モンゴロイド系の民族が演奏しているクールでポップなバンドがJ-Popと呼ばれるのは、日本人としては素直にうれしい。(彼らはちょっと不本意なのかもしれないが)
日本の音楽をどうやって知ったのかと聞いたところ、YoutubeやSpotifyのレコメンドを手がかりにしているとのことだった。

彼らのポップでソリッドなバンドサウンドは、北東部のみならずインド全体を見ても、非常にユニークなものだ。
インド全体を見渡せば、ポピュラーなロックを奏でるバンドは、おしゃれインディーバンドのParekh and Singh(コルカタ)、英国フォーク色の強いWhen Chai Met Toast(コチ)、レイドバックしたEasy Wanderlings(プネー), ヒンディー語で歌うThe Local Train(デリー)などがいるが、ロックバンド色の強いAvora Recordsの個性とポップセンスは、こうしたバンドと比べてもまったく遜色がない。

彼らはインド北東部やインドという枠を超えて、もっともっと知られてほしいバンドだ。
10月にはデビューアルバムをリリース予定だそうで、日本でのプロモーションにも興味があるとのこと。
日本の各種媒体のみなさん、Avora Recordsの音楽はいかがですか?



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2019年09月20日

『ガリーボーイ』がきっかけで生まれた傑作!新進プロデューサーAAKASHが作るインドのヒップホップの新潮流!



ムンバイのヒップホップシーンから、また新しい傑作アルバムが登場した。
プロデューサーのAAKASHが先日自身の名義でリリースしたデビュー作"Over Seas"は、MC Altaf, Dopeadelicz, Ace(Mumbai's Finest), Dee MCといったムンバイのヒップホップシーンを代表するラッパーたちをフィーチャーした意欲作だ。
これまでのインドのヒップホップとは異なるトラップ以降のトレンドを意識したサウンドは、グローバルな同時代性を感じさせる内容となっている。

AAKASH(本名:Aakash Ravikrishnan)は、クウェートで生まれ、米国インディアナ州の大学で音楽やパフォーミングアーツを学んだ、典型的なNRI(在外インド人)だ。
マルチプレイヤーでもあり、アメリカのドキュメンタリー番組のサウンドエンジニアとしてエミー賞(テレビ界の最高峰の賞)を受賞したことがあるというから、本場米国仕込みの実力派と呼べるだろう。
昨年アメリカからムンバイに移住してきた彼が最初にコラボレーションしたのは、まだ10代の若手ラッパーMC Altafと31歳の(ムンバイのシーンでは)ベテランのD'Evilだ。



ミュージックビデオの舞台は、インドでもヒップホップ・ブームと並行して人気が高まっているスニーカーショップ。
この"Wazan Hai"を皮切りに、AAKASHは次々とムンバイのラッパーたちとのコラボレーションを進めていった。

トラックもメロディックなフロウもインドらしからぬ"Obsession/Bliss"は14歳からラッパーとして活躍しているPoetik Justisとのコラボレーション。

ミュージックビデオはなぜか中国語の字幕付きだ。

米国からムンバイに移住してきたAAKASHは、映画『ガリーボーイ』を見て当地のヒップホップシーンのむき出しのパワーに触発され、インスタグラムを通じて地元のラッパーたちにコンタクトを取ったという。
『ガリーボーイ』にも、スラムのラッパーの才能に引き寄せられるアメリカ帰りのトラックメーカーが登場するが、それと全く同じようなエピソードだ。
そもそも『ガリーボーイ』自体が、ボリウッドの名門一家に生まれ、ニューヨークで映画製作を学んだゾーヤー・アクタル監督がムンバイのヒップホップシーンの熱気に魅了されて製作された映画である。
ムンバイのヒップホップシーンはものすごい求心力で世界中に拡散したインド系の才能を惹きつけているのだ。

ストリートヒップホップは、巨大なショービジネスの中で作られた映画音楽や高度に様式化された古典音楽とは違い、都市部の若者たちから自発的に誕生した、インドでは全く新しいタイプの音楽だ。
欧米では60年代のロック以降あたりまえだった「労働者階級が自分たちのリアルな気持ちを吐き出すことができる音楽」が、インドでは2010年代に入ってようやく誕生したわけだ。
欧米文化に慣れ親しんだ国際的なアーティストが、インドのヒップホップ誕生をもろ手を上げて歓迎するのは、むしろ当然のことなのだ。

Rolling Stone Indiaの特集記事でのAAKASHの言葉が、在外アーティストから見たインドのシーンを端的に表わしている。
「インドのヒップホップは現代のL.A.やアトランタやシカゴのヒップホップとは対照的に、よりオールドスクールでリアルなヒップホップの影響を受けているね」

MC Altafとのコラボレーションについてはこう語っている。
「彼は俺の音楽をチェックした後に、D'Evilとのレコーディングのために俺のホームスタジオまで来てくれたんだ。俺たちはいろんなビートを試してみたんだけど、その中のひとつを選んでその日のうちに仕上げたよ。それが"Wazan Hai"になった。この曲が、ムンバイで最高のヒップホップアーティストたちをフィーチャーした"Over Seas"というアルバムを作るきっかけになったんだ。これは、彼らにフレッシュな2019年や2020年のサウンドを提供して、世界にプロモートするためのアルバムだよ」

ヒップホップ(ラップ)は言葉の音楽だが、トラック/ビートもまた重要な要素である。
とくに世界的な市場で評価されるためには、サウンド的にも新しくクールであることが求められる。
これまで、インドのヒップホップは、オールドスクールヒップホップやインドの音楽文化の影響のもとでガラパゴス的な発展を遂げてきた。
このアルバムは、高いスキルとリアルなスピリットを持ったムンバイのラッパーたちに、現代的な最新のビートをぶつけてみるという、非常に野心的な試みでもあるのだ。

インドのローカル言語でラップされるこのアルバムは、先日紹介した英語ラッパーたちの作品と比べると、馴染みがない響きに少し戸惑うかもしれない。
だが、気にすることはない。
AAKASH自身もこう言っている。
「俺はヒンディー語で育ったわけじゃないから、ヒンディー語が本当に分からないんだ。だからレコーディングが終わって、彼らにヴァースの意味を聞くまで、誰が何を言っているのか全く分からなかったんだよ」
彼もまた、リリックの中身は分からなくても、シーンの熱気とラップのスキルやフロウのセンスに魅せられた一人なのだ。

AAKASHは、アメリカでヒップホップだけでなくメタル、ポップ、ジャズ、ロックなど様々な音楽の影響を受けており、この"Over Seas"にはジャズ、R&B、クラシックギター、フォーク、ボサノヴァの要素が込められているという。

Sid J & Bonz N Ribzをフィーチャーしたこの"Udh Chale"はBlink182のようなポップなパンクバンドの要素を取り入れているそうだ。
 

ダラヴィのラッパーDopeadeliczをフィーチャーしたトラップナンバー"Bounce"は、ヘヴィーなサウンドと緊張感で聴かせる一曲。


"Aadatein"は、いつもは歯切れのよいラップを聴かせるDee MCのメランコリックな新境地だ。


インドのヒップホップシーンには、この一年だけでも、才能豊かで、シーンを刷新するようなアーティストがあまりにも多く登場している。
もちろん今回紹介したAAKASHもその中の一人だ。
アンダーグラウンドで発展してきたヒップホップシーンは、『ガリーボーイ』という起爆装置によって、ものすごい勢いで進化と多様化を進めており、一年後がどうなっているか、全く想像がつかないほどだ。

AAKASHの次のアルバムはすでに完成しており、"Homecoming"というタイトルのジャズ・ヒップホップだという。
リリースは彼が米国に帰国した後になるそうだ。

今度はどんな新しいサウンドを聴かせてくれるのか、今から非常に楽しみである。


参考記事:
Rolling Stone India "Aakash Delivers a Cutting-Edge Debut Hip-Hop LP ‘Over Seas’"
The Indian Music Diaries "AAKASH Moved to Mumbai, and Made One of the Most Groundbreaking Indian Hip-Hop Albums"


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(2019.9.23加筆)

ムンバイ在住の友人がAAKASHに近しい人物から聞いた話によると、彼のインドへの帰国はトランプ大統領の排外的な移民政策によるものだったという。
まさかトランプの政策がインドのヒップホップシーンに影響を及ぼすとは思わなかった。
アメリカの移民排斥によって、最新のヒップホップサウンドがインドに持ち込まれることになったのだ。
これがまさにグローバリゼーションというやつだなあ、と非常に感慨深く感じた次第。
状況は不明だが、AAKASHは既報の通り再びアメリカに戻ることも考えているようだ。


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2019年09月18日

バンガロールのエコ・フレンドリーなフェス Echoes of Earth

インドでは、経済成長と音楽の趣味の多様化にともない、ここ10年ほどで急速に音楽フェス文化が発展している。
ゴアで始まったSunburnのようにとにかく大規模で派手なもの、ラージャスターンのMagnetic Fieldsのように異国情緒を全面に押し出したセレブ路線のもの(この2つはEDM/エレクトロニック系のフェスティバル)から、ムンバイのControl ALT DeleteやアルナーチャルのZiro Festival(この2つはどちらかというとロック中心)のようにインディーであることにこだわったマニアックなものまで、インドでは様々なタイプの音楽フェスが楽しめる。

今回紹介するのは、バンガロール郊外で12月に行われる'Echoes of Earth'.
音楽だけでなく、環境問題にも焦点を当てた、非常にユニークなフェスティバルだ。

Echoes of EarthのFacebookページによると、このフェスは「音楽と大地の祭典」であり、「持続的な生活が必要であるということへの気づきを促すためのフェスティバル」で、「インドで最も環境に優しいフェスであり続けている」という。
国内外40以上のアーティストが出演するこのフェスでは、運営側はリユース、リデュース、リサイクルを心がけ、痕跡を残さないことをポリシーにしているそうだ。
このフェスティバルは、Swordfish Events & Entertainmentという地元のプロモーターと、Watson'sというパブが共同で運営しており、2016年以降、毎年11月または12月の2日間にわたって開催されている。 


ご覧いただいて分かるとおり、アメリカの「バーニング・マン」のような、ヒッピームーブメントの流れをくむアート系のフェスティバルの雰囲気を持っている。
ステージや会場じゅうの巨大なモニュメントがとても印象的だが、これらのうち80%がリサイクル品や不要品によって作られているという。
また、会場全体でプラスチックの使用を禁止しており、ステージの電力もソーラーでまかなっているというから本格的だ。

出演アーティストはロック、ジャズ、エレクトロニック、ポップ、フュージョン、テクノ、伝統音楽と幅広く、音楽だけではなく、アートやローカル文化のショーケースや様々なワークショップなどが行われる、複合的なフェスのようだ。

2018年はフランスのマルチ・インストゥルメンタリストFKJを筆頭に、カナダのTennyson、イギリスのIglooghost、 LAのDJのAwesome Tapes of Africaといった海外勢に加えて、When Chai Met Toast、Ape Echoes、Aditi Ramesh、Duelist Inquiry、Malfnktionらの上質で先鋭的な国内アーティストも出演しており、毎年非常にセンスが良いラインナップを揃えている。
EchoOfEarth2018

2000年頃の、会場が苗場に移ったころのフジロック(もしくは朝霧JAM)のような、自然の中でピースフルな雰囲気が楽しめるフェスのようで、その点は以前紹介した北東部アルナーチャル・プラデーシュ州のZiro Festivalにも似ているかもしれない。

2018年のEcho of Earthから、インドのエレクトロニック・バンド、Duelist Inquiryのライブの様子。


2018年のアフタームービー。


どう見たって、これ、最高じゃないか。 
  
インドのフェス文化は、中産階級が趣味にお金を使えるようになったことで発展した典型的な消費文化という側面が強いが、それだけではなく、こうした社会への問題意識やメッセージ性を持ったイベントもあるというのは素晴らしい。

インドの場合、社会意識の高いインディーアーティストも多く、60年代の欧米のように、音楽がカウンターカルチャーとしての使命感をいまだに持っているようだ(世界中の他の地域と同様に、商業主義の音楽は思いっきり商業主義だが)。


また、これまでにも紹介してきたように、例えば、ヒップホップヘヴィメタルのように、ひとつのジャンルのもとに、さまざまな宗教やコミュニティの人々が、垣根を超えてシーンを形作っているというのもインドのシーンの美しいところだ。
資本主義の歯止めが効かなくなり、分断が進む今日のインド(というか、世界)の中で、音楽を通してひとつの理想的なコミュニティーが形成されていると言ったら、ロマンチストすぎるだろうか。
いずれにしても、フェスは、そうした新しい価値観を持つ人々の祝祭の場でもあるのだろう。

またひとつ、行きたいインドのフェスが増えた。
1年くらい休みを取って、インドじゅうのフェスを回ったりできたら最高なんだけどなあ。


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2019年09月15日

インドの新世代英語ラッパーが傑作アルバムを発表(その2) Tienas

前回紹介したバンガロールのSmokey The Ghostに続いて、今回もインドの英語ラッパーの新作を紹介する。
今回紹介するのはTienas.
ムンバイを拠点に活躍する若干22歳の若手ラッパーだ。

Facebookなどで彼のプロフィールを見ると、Tienas aka Bobby Boucherとあるが、彼の本名はTanmay Saxena.
Tanmayの憧れの存在であるEminemが、彼の本名Marshall Mathersから名前を取ったのと同様に(名と姓のイニシャルからM and M →M'n'M→Eminem)、Tanmay Saxenaの'T and S'を縮めてTienasというステージネームをつけた。
Bobby Boucherは、EminemにおけるSlim Shady同様、ラップの中に登場する彼の別人格で、この名前は映画『ウォーターボーイ』でアダム・サンドラーが演じた吃音の主人公から取られている。
Tanmay Saxenaもまた吃音であり、ラップではなくふつうに喋る時にはどもってしまうという、日本のラッパー「達磨」と同じようなバックグラウンドを持ったアーティストだ。
(軽々に言うべきではないかもしれないが、「吃音」とラップは相性が良いのか、ANARCHYが監督をつとめた映画"WALKING MAN"の主人公も吃音という設定。コミュニケーションに困難を抱えていた吃音者が、ラップという手段を手に入れてその内面を吐き出したら、実はそれは誰の心にも突き刺さるものだった、ということなのだろうか)

TienasもSmokey The Ghost同様に、以前からダウンテンポでローファイ的なトラックに英語のラップを乗せる、インドのヒップホップシーンでは珍しいタイプのラッパーである。
これは彼の代表曲のひとつ、ニセモノのAdidasと安物の服についてラップした"Fake Adidas"のSmokeyとの共演バージョン。

ちなみにこの曲の真のテーマは過度の資本主義への批判だそうだ。

インドのヒップホップシーンを牽引するデリーのAzadi Rocordsと契約してリリースされた"18th Dec"

彼のラップは高めの声が特徴で、女性のリップシンクでも違和感がない。

彼は兄のRayson47らと結成した'FTS'という音楽クリエイター集団の一員でもあり、この名義で発表された作品もまた音響的に非常に面白いものが多い。
ピアノとトランペットのジャジーな響きが叙情的な"Dead Rappers"

内省的なリリックも多く、音響的な要素とあいまって、文学的な雰囲気すら感じさせるヒップホップが彼の個性と言えるだろう。
彼のサウンドやリリックを、2010年代後半からアメリカで流行しているEmo Rapと関連づけているネットの記事もあった。

前置きが長くなったが、このTienasが今年7月にリリースしたニューアルバム"O"が素晴らしい。
これまでのローファイ的なスタイルのみならず、多様なサウンドに挑戦した意欲作になっている。
ミュージックビデオが作られたのはこの"Juju"という曲。

このアルバムはYoutubeやSoundcloudなどでの無料公開はされていないため、リンクを貼りつけてそのまま聴ける形式で紹介できないのが残念だが(アーティストのためには良いこと!)、SpotifyやApple Musicのようなサブスクでは配信されているので、ぜひチェックしてみてほしい。
個人的にはこの"Juju"よりも、他の楽曲のほうが気に入っている。

とくに、メロウなギターがフィーチャーされた"Dangerous", ジャジーなピアノが印象的な"Peace Of Mind", ムーディーでポップな"Backseat", 日本のNujabesにインスパイアされたという"10-18"(彼もまた世界中の多くのローファイ系のヒップホップアーティストと同様に、Nujabesから大きな影響を受けているとのこと)など、非常に聴きどころの多いアルバムとなっている。
ゲストによる"Seedhe Maut's Interlude"や"FTS Outro"といったトラックさえも、かなり聴きごたえのある内容に仕上がっており、年末に各媒体が選出する今年のベストアルバムにも確実にノミネートされるだろう。



彼の評価、そしてインドのヒップホップブームの本質については、Rock Street Journalの記事にあるこの文章に言い尽くされている。
His talent is undeniable and his ambitions, admirable. It’s a common misconception that the explosion of hip-hop in India is credited solely to rappers taking up their regional language as a medium of expression. At the crux of any artistic movement is authenticity. Audiences gravitated towards the likes of Divine and Naezy, not only because they were spitting in Hindi, but because they were simply being themselves. Historically, art has always been about speaking truth to power and hip-hop has been the most eloquent of the contemporary forms. Tienas is likely to breed a newer generation of rappers and appeal to audiences, not because he’s rapping in English, but because he’s telling his stories, his way. “Music is for the soul”, says Bobby, “it really doesn’t have a language.”

 彼の才能は否定しようがなく、彼の野心は賞賛に値するものだ。
(ヒンディー語などの)ローカル言語のラッパーたちだけがインドにおけるヒップホップブームを巻き起こしていると考えるのは、よくある誤解である。
このムーブメントの核心は「本物であること」だ。
オーディエンスがDivineやNaezyのようなラッパーに惹きつけられているのは、彼らがヒンディー語で言葉を吐き出しているからというだけではなく、彼らが(表現において)常に自身自身に対して正直であるからだ。
歴史的に見て、アートは常に権力に対して真実を語るものであった。そして、ヒップホップは今日のアートフォームの中では最も雄弁なものである。
Tienasは新世代のラッパーたちに影響を与えるだろうし、オーディエンスにもアピールするはずだが、それは彼が英語でラップしているからではなく、彼のストーリーを自分自身の言葉で、自分自身の方法で表現しているからである。
Bobbyは語る。
「音楽は魂のためのものさ。どの言語かなんて、全く関係ないんだよ。」 

映画『ガリーボーイ』のヒットでインドのストリート・ヒップホップはにわかに注目を集めているが、インドのヒップホップはそれだけではなく、こうしたメロウで内省的なラップをする優れたアーティストもいるのだ。
インドの人口規模(そしてラップのテーマとなりうる社会の矛盾)を考えれば、インドのヒップホップはセールス的にも質的にもまだまだ成長の余地が大きいと感じる。
5年後、10年後にインドのシーンがどのようになっているのか、非常に楽しみだ。
今後もこのブログではインドのヒップホップシーンに注目していきたいと思います!


参考サイト:
Azadi Records:"Tienas"
Wild City: "Review: 'O' By Tienas"
Rock Street Journal Online: "Tienas Puts Out Spacey New Album On Azadi Records"
Homegrown: "Tienas Is Indian Rap’s New Boy Wonder - Don’t Look Away Now"


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2019年09月14日

インドの新世代英語ラッパーが傑作アルバムを発表(その1)!Smokey The Ghost


これまで何度もこのブログで紹介してきたインドのヒップホップ。
大都市を中心としたインド各地でシーンが発展し、ヒップホップは短期間でストリートの若者たちのリアルな声を発信する音楽ジャンルに成長した。
埋めようのない格差や差別に対する反骨精神、そして伝統的なリズムとの融合など、興味深い点にはこと欠かないインドのヒップホップだが、本場米国のヒップホップを中心に聴いてきたリスナーにとっては、インドの地元言語のラップは少々とっつきにくく感じられるかもしれない。

これから紹介するラッパーは、そんなヒップホップファンにも自信を持って勧められるアーティストだ。
12億の人口と州ごとに異なる言語を擁し、英語も公用語のひとつであるインドには、英語でラップするラッパーたちも大勢いる。
そんなインドの英語ラッパーのうち、この夏に相次いで傑作アルバムを発表したアーティストたちを、これから2回にわたって紹介します。

まず紹介するのは、バンガロールを拠点としているSmokey The Ghost.
不思議な名前を持つ彼は、ローファイ/チルホップ的なトラックに英語でラップを乗せている、インドでは珍しいスタイルのラッパーだ。

まずは、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのデリーのPrabh Deepと2017年に共演した"Only My Name"を聴いてみよう。
前半の英語のラップがSmokey、後半のパンジャービー語がPrabh Deepだ。
プロデュースはAzadi Recordsなどで活躍する新世代トラックメーカーのSez on the Beat.
とにかくアゲまくるボリウッド・ラップや、パーカッシブなトラックが特徴的なガリーラップと比べると、このSmokeyのメロウなヒップホップは、インドではかなり個性的なスタイルだ。

その彼が、つい先ごろ発表したニューアルバム"The Human Form"が素晴らしかった。
この楽曲はオープニングトラックの"The Return"

今回のアルバムのプロデュースは、バンガロールを拠点に活躍する二人組のAerate Soundが手掛けている。
彼らはヒップホップのトラックメーカーとしてだけではなく、エレクトロニック・ミュージックのアーティストとしても活躍しており、このアルバムでも、バラエティ豊かで面白いビートを提供している。


Smokey The GhostことSumukh Mysoreは、インド南部デカン高原の大都市バンガロールで生まれた。
ラッパーとしてのキャリアは長く、10代前半から詩作とヒップホップにのめり込んだ彼は、2008年にBrodha V、Bigg NikkとM.W.A(Machas With Attitude)というラップトリオを結成して活動を開始した。
このユニット名は、言うまでもなくDr.DreやIce Cubeらが在籍したカリフォルニアの伝説的ヒップホップグループN.W.A.(Niggaz With Attitude)のパロディである。
Machaという言葉はもともとはタミル語で特定の親族を指す言葉だったものが、カンナダ語(バンガロールのあるカルナータカ州の公用語)圏で「ブラザー」みたいな意味で使われるようになったものらしい。
メンバーのBrodha Vは、このブログのごく初期に紹介した、ヒンドゥーの信仰をテーマにした楽曲を発表しているラッパーだ。
「インドのエミネム? Brodha V」

Smokeyは、当初はアメリカっぽいアクセントの英語でラップしていたが、今では、アメリカ各地のラッパーがそれぞれ地元の訛りでラップしているように、南インド訛りのアクセントでラップすることにアイデンティティーを見出しているという。
2013年にはシャー・ルク・カーン主演の『チェンナイ・エクスプレス』の楽曲にも参加している。

このド派手ないかにもボリウッド風の楽曲には、SmokeyとBrodha V、そしてムンバイのアンダーグラウンドラッパーEnkoreも参加している。
この頃はまだ、ラッパーたちが音楽で稼ごうとしたら、こういうメインストリームの商業的な音楽に協力するしかなかったのだろう。
その後たった6年でのインドのシーンの発展には驚くばかりだが、6年前にまだまだアンダーグラウンドな存在だった彼らを起用したボリウッドのセンスも相当凄い。
エンタメ・ラップが中心だったインドのヒップホップシーンを大きく打開したのも、結局はボリウッド映画の『ガリーボーイ』がきっかけだったわけで、商業主義的であると批判されがちなインドの映画産業であるが、彼らの新しいサウンドへの目配りには、やはり一目置かざるを得ないだろう。

話をSmokeyことSumukhに戻す。
インドでは高学歴の兼業ミュージシャンが多いが、なんとSumukhは、以前は生物学者として国立生物科学センター(National Centre of Biological Science)で働いていたという超エリート。
今では医療機器会社の共同経営に携わっているという。

Sumukhは映画『ガリーボーイ』で注目を集めているようなスラムのラッパーたちとは対象的に、ブラーミン(バラモン)の裕福な家庭に生まれた。
古代の祭祀階級にルーツを持つと言われるブラーミンはカーストの最上位に位置する存在であり、保守的な人々には「インドでヒップホップなんてやる価値がない」と言われてきたそうだ。
「俺はブラーミンにも、ヒンドゥーにも、ムスリムにも、無神論者にも属していない。俺は“ヒューマン・コミュニティー”に属しているのさ」と語るSumukhは、ブラーミンの家に産まれながらも「反ブラーミン主義」を自認している。
この主義のために、おそらく保守的なカースト内の人々との軋轢もあったことだろう。
スラム出身ではない彼にも、ラッパーであり続けるための、インドならではの苦労や苦悩を経験しているはずだ。

この"When You Move"は、彼のアンチ・ブラーマニズムの思想を表明したもの。

サウンド的にもかなり面白い構造の楽曲だ。
今では家族の理解も得られ、母親も彼のことをSmokeyと呼んでいるという。

「自分はエンターテイナーではなくアーティストなんだ」と語る彼は、ソニーと契約したBrodha Vと袂を分かち、自分自身の表現を追求する道を選ぶ。

Rolling Stone IndiaがSmokeyに行ったインタビューによると、このアルバムは、作品全体が「抗議」であるという。
Smokeyいわく、アメリカのトランプ政権やインドのモディ政権、戦争や宗教といった政治的・社会的なテーマや、アルコール業界に牛耳られたインドの音楽シーン、宗教や恐怖心を利用してプロパガンダを行う政治家への怒りが表現されているそうだ

字幕をONにするとリリックを読むことができるので、ぜひ彼のメッセージにも注目してほしい。





アルバムに先駆けて発表されたこの"Human Error"もグローバル社会におけるさまざまな問題を扱った楽曲だ。


映画音楽や娯楽としてのダンスミュージックから始まったインドのヒップホップは、いまやローカル都市の路地裏から、グローバルな社会問題まで、あらゆるトピックを扱うジャンルに急成長した。

サウンド的にも面白く、楽曲のテーマにも普遍性があり、グローバル言語である英語でラップする彼の音楽が、もっと広く評価される日もそう遠くないかもしれない。

Smokey THe Ghostのニューアルバム"The Human Form"はこちらのSoundcloudからも全曲聴くことができる。

(Youtubeにも全曲アップされており、字幕機能をOnにするとリリックも読めるので、リリックを味わいたい方はYoutubeがおすすめ)


参考サイト
Rolling Stone India "Smokey the Ghost: ‘This Whole Album is A Protest’"
Homegrown "The Bangalore Rapper Who’s Also A Scientist – Meet Smokey The Ghost"

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goshimasayama18 at 22:12|PermalinkComments(0)インドのヒップホップ 

2019年09月10日

ダラヴィが舞台のタミル映画"Kaala"の音楽はヒップホップ!そしてアンチ・カーストあれこれ!


先日の『ガリーボーイ』ジャパン・プレミアの興奮も醒めやらぬ10月8日、大型台風が接近する中、キネカ大森で開催中のIndian Movie Week(IMW)に、タミル映画"Kaala"(『カーラ 黒い砦の闘い』という邦題がつけられている)を見に行ってきた。

この映画は、『ガリーボーイ』の舞台にもなったムンバイ最大のスラム「ダラヴィ」に君臨するタミル人のボス「カーラ」が、スラムの再開発計画を進めるナショナリズム政治家と戦う物語だ。
ムンバイが位置するマハーラーシュトラ州はマラーティー語が公用語だが、ダラヴィには南部タミルナードゥ州からの移住者が多く暮らしていて、7万人の人口のうち約3分の1がタミル語を話しているという統計もある。
映画に出てくる政党は、地元の有力政党「シヴ・セーナー」や、ヒンドゥー・ナショナリズム政党と言われるモディ首相の「インド人民党」のような実在の政党がモデルになっているようだ。
シヴ・セーナーはヒンドゥー至上主義だけでなく、マラーティー・ナショナリズム(マハーラーシュートラの人々のナショナリズム)の政党と言われており、実際に南インドからの移住者やムスリムを排斥する傾向にある。
ダラヴィでは人口の3割がムスリムであり(ムンバイ全体では13%)、 6%ほどのクリスチャンも暮らしているから、当然、こうしたナショナリズム的な思潮とは対立することになる。
つまり、この映画はナショナリズムを標榜する支配者(「ピュアなムンバイ」を標榜している)と、多様性のある大衆の対決を描いた、世界的に見てもなかなかにタイムリーなテーマの作品というわけだ。

主演はタミル映画界の「スーパースター」ラジニカーント。
メインの客層が映画の舞台ムンバイから離れたタミルナードゥ州(タミル語を公用語とする)の人々だとはいえ、ここまで現実をリアルに反映した映画を、当代一の人気俳優を主演に制作できるというのはけっこう凄いことだ。
監督はPa Ranjithで、公開は『ガリーボーイ』より8ヶ月ほど早い2018年6月だった。

音楽ブログであるこの「アッチャー・インディア」として注目したいのは、なんといってもこの映画で使われている楽曲だ。
この映画のサウンドトラックには、「ダラヴィのスヌープ」(見た目で分かるはず)ことStony Psykoを擁するヒップホップユニットDopeadeliczが大々的に参加している。

90年代のプリンスを彷彿とさせるファンキーかつド派手な"Semma Weightu"は、いかにもタミル映画らしいケレン味たっぷりの映像とラッパーたちのストリート感覚が不思議と融合。

最初のヴァースのリリックは、主人公を称えるいかにも映画音楽的なものだが、2番では「ナマスカール(ヒンドゥーの挨拶)、サラーム(ムスリムの挨拶)と言葉は違っても…」と宗教を超えた団結を歌った内容で、実際に多宗教が共存するダラヴィのヒップホップシーンを思わせるところがある。

こちらはガリー感覚満載のビデオ"Theruvilakku".
タミル語のリズムに引っ張られているヒップホップビートがヒンディーラップとはまた違う独特な感じ。


いずれにしても、スラム出身のラッパーが文字通りのスーパースターの映画にフィーチャーされるというのはとんでもない大出世と言える。
Dopeadeliczのメンバーは、ミュージカルシーン以外でも、端役としてセリフも与えられており、もしヒップホップに理解のない身内がいたとしても、これで確実に黙らせることができたはずだ。

それにしても、ダラヴィが舞台となった映画のサウンドトラックに、地元のストリートラッパーが起用されたというのは意義深いことだ。
インド社会に、「ヒップホップは社会的メッセージを伝える音楽」そして、「ダラヴィの音楽といえばヒップホップ」という認識が浸透してきているからこそのことだろう。
実際、この映画のなかでも、ヒップホップ的なファッションをした若者が多く描かれており、抗議運動のシーンでもブレイクダンサーが登場するなど、ヒップホップカルチャーの普及を感じさせられる場面が多かった。

ちなみに普段のDopeadeliczのリリックのテーマのひとつは、大手資本の映画が絶対に扱わないであろう「大麻合法化」だったりする。

これはこれでヒップホップとしてはかなりクールな仕上がり。

この"Katravai Patravai"は、タミル版Rage Against The Machineと呼べそうな、ヘヴィロックとラップの融合。

この曲に参加しているYogi Bはマラヤーラム/タミル語でパフォームするマレーシア出身のラッパー(インドからの移民ということだろう)で、共演のRoshan Jamrockなる人物もマレーシアのヒップホップグループK-Town Clanのメンバーのようだ。
タミル系移民のネットワークだと思うが、興味深いコラボレーションではある。


また、この映画では、「ダリット」の権利回復というテーマも扱われている。
「ダリット」とはカースト制度の外側に位置づけられた被差別階級のこと。
ヒンドゥー教古来の価値観では「不可触民」と称されるほどに穢れた存在と見なされ、現在も様々な差別を受けている。
スラムの住民とダリットは必ずしも同一のものではないが、映画の冒頭で、ダリットの一つである洗濯屋カーストの「ドービー」が出てきたり、カーラの家で出された水に対立する政治家が口をつけないシーン(保守的なヒンドゥー教徒は、ダリットが提供した飲食物を穢れていると考えて摂取しない)が出てくるなど、カーストにもとづく階級意識が随所に登場する。
アジテーション演説で、「ジャイ・ビーム!」という掛け声(後述)が出てくるのも象徴的だ。

Pa Ranjith監督は、ダリット解放運動に非常に熱心であり、2018年にはカースト制度を否定する音楽グループ、その名もCasteless Collectiveを結成するなど、様々なスタイルでメッセージを発信し続けている。

このCasteless Collectiveはチェンナイで結成された19人組。
ガーナというタミルの伝統音楽とラップを融合した音楽性を特徴としており、いつか改めて紹介したいグループだ。

今回紹介した『カーラ』は、タミル映画特有のクドい演出も多く、そのわりにテーマは重いので、万人向けの映画ではないかもしれないが、インドのスラムや格差、階級意識などを知るのには非常に良い作品ではないかと思う。
いつもの過剰とも言えるアクション・シーンや、見得を切るシーンもふんだんに含まれているので、主演のラジニカーントのファンであれば、確実に楽しめる作品ではある。

ダラヴィのヒップホップシーンの宗教的多様性については、こちらの記事も是非読んでみてほしい。



また、『カーラ』の宗教的、社会的背景は、このIMW公式Twitterにとても詳しく解説されているので、興味のある方はこちらもどうぞ。(「タミル映画『カーラ』鑑賞に役立つ予備知識(ネタばれなし)」)

この映画の被差別民に関する描写については、インドの「改宗仏教徒」(ヒンドゥー社会での被差別的な立場から解放されるために仏教に改宗した人々)のリーダーとして活躍する佐々井秀嶺師のもとで、同じ志で活動している高山龍智師のTwitterが非常に参考になった。
曰く、"Katravai Patravai"のミュージックビデオにも出てくる青は改宗仏教徒の象徴の色であり、赤は抑圧された人々の拠り所のひとつである共産主義を象徴する色という意味があるそうだ(ちなみに主人公の息子の名前は「レーニン」)。


それで思い出したのが、ジャマイカン・ミュージックを武器に闘争活動を繰り広げているレゲエ・ミュージシャンのDelhi Sultanate.
彼もまた、オーディエンスへの挨拶に「ジャイ・ビーム!」「ラール・サラーム!」という言葉を取り入れている。

「ジャイ・ビーム」は不可触民抵抗運動の父であるアンベードカル博士を讃える平等主義者の挨拶であり、「ラール・サラーム!」は「赤色万歳」という意味の共産主義にシンパシーを持つ者の挨拶だ。
彼はスラムの出身ではなく、留学できるほどに裕福な家庭に育ったようだが、そうした階層のなかにも、社会格差や不正に対する高い問題意識を持った社会的アーティストがけっこういるというのが、インドの音楽シーンのまた素晴らしいところだ。

『カーラ』の中でもうひとつ印象的なのが、古典文学である「ラーマーヤナ」が、ヒンドゥーナショナリストがスラムの人々を弾圧するときの拠り所として扱われているということ。
タミル映画である『カーラ』では、ラーマーヤナで主人公ラーマ神に倒される悪魔ラーヴァナこそ、抑圧されたスラムの民、被差別民、そして北インドのアーリア人種から見下されがちな南インドのドラヴィダ人の象徴なのではないかというメタファーが登場する。
主人公が、「カーラ」(黒)は労働者の色だと語る場面があるが、ヒンドゥーでは忌むべき色とされる「黒」を、逆説的に抑圧された人々のプライドの象徴として描いているのだ。
 
そこで思い出したのが、タミルナードゥ州の隣に位置するケーララ州のブラックメタルバンド、Willuwandiだ。
彼らは、悪魔崇拝(サタニズム)や反宗教的な思想の音楽であるブラックメタルを演奏しているのだが、オカルト的な音楽性に反して、彼らの歌詞のテーマは、いたって真面目なカースト制度への抗議である。
以前彼らについての記事を書いたとき、なぜこんなに極端な音楽性(サウンドはうるさく、ヴォーカルは絶叫しているので歌詞が聞き取れない)で、政治的かつ社会的なメッセージを発信しているのか、大いに疑問に思ったものだった。
だが、もし彼らが『カーラ』と同じメタファーを込めてブラックメタルを演奏しているのだとすれば、全て合点がいく。
つまり、ブラックメタルの「黒」は抑圧された人々の象徴であり、一見悪趣味な悪魔崇拝は伝統的宗教的価値観の逆転を意味しており、宗教への反発はカースト制度のもととなったヒンドゥーの概念の拒絶を意味している、というわけだ。

この記事で紹介している"Black God"のミュージックビデオの冒頭にも、「インドの真実の歴史は、アーリア人とドラヴィダ人の闘争である」というメッセージが出てくるから、この憶測はあながち間違いではないだろう。

それにしても、まさかタミル映画のスーパースターのタミル映画を見たら、インドのブラックメタルの理解が深まるとは思わなかった。
インド、やはり深すぎる。


今回は(今回も?)盛りだくさんでした!
お読みいただきありがとうございます!
ではまた!


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2019年09月07日

『ガリーボーイ』ジャパン・プレミア!&隠れた名シーン解説

かねてからお伝えしていた通り、9月5日に新宿ピカデリーで、ゾーヤー・アクタル監督と脚本のリーマー・カーグティーを迎えて、『ガリーボーイ』のジャパン・プレミア上映が行われた。

当日は580席のスクリーン1が大方埋まる盛況。
客層はヒップホップファンというよりはインド映画ファンが中心。
もっと音楽ファンにも注目してほしいのはやまやまだが、公開されれば遠からずそうなるだろう。

『ガリーボーイ』は、これまでに日本で大ヒットしたインド映画、すなわち、マサラ風エンターテインメントの『ムトゥ』や、神話的英雄譚の『バーフバリ』とは明らかに毛色が違う「ムンバイのリアルなヒップホップ映画」ということで、開始前の客席は、いつもとは異なる期待感と、静かな熱気に満ちていた(ように見えた。自分自身が静かな熱気に満ちていたので、まわりのことはあんまり分からないけど)。

そしていよいよ暗転、上映開始。
内容についてはこれまで何度も書いてきたので省くが、いとうせいこう氏監修の字幕は、日本語でも韻を踏んでいる部分もあり、映画字幕の文字数制限のなかでリリックの本質を伝える、非常に雰囲気のあるものだった。
試写会で見たときは、いとう氏の監修前の字幕だったのだが、さすがに良い仕事をしているなあ、と感心。
公開までに字幕はさらにブラッシュアップされるらしい。

そして上映終了後は、いよいよゾーヤー・アクタル監督と、脚本のリーマー・カーグティー氏が登場。
舞台挨拶で印象に残ったのは、Naezyとのエピソードだ。
監督曰く、Naezyが21歳のときに撮ったミュージックビデオを見て強い印象を受け、友人を介して会いに行ったところ、ちょっと挨拶するだけのはずが、3時間も話し込んでしまったとのこと。

監督が見たというミュージックビデオは、「iPadで撮影されたもの」と言っていたから、間違いなくこの"Aafat!"だろう。
NaezyがiPadでビートをダウンロードし、ラップを吹き込み、そして映像も撮影したというごく初期の作品だ。

シンプルなビートだけにNaezyのスキルの高さが感じられる。
インタビューでは言及がなかったが、実はゾーヤー監督自身もアメリカのヒップホップのファンだったらしい。
Naezyについて「フロウも歌詞も素晴らしい」と語っていたが、地元インドから、本場アメリカにも匹敵するスキルとアティテュードのラッパーが登場したという感激が、この映画を作る原動力になったのだろう。

初めて会ったときのNaezyはシャイで、ボリウッドのビッグネームである監督たちに緊張して、部屋の隅に引っ込んでしまうような人物だったという。
こうした一見不器用で情熱を内に秘めたNaezyの性格は、ムラドのキャラクターをかたち作るうえでも、影響があったに違いない。
その後、Naezyのライブでオープニングアクトを務めていたDIVINEとも知り合い、『ガリーボーイ』の制作に至るのだが、二人をモデルに映画を作ることを伝えた時も、Naezyは自分の半生が映画になることよりも、ヒップホップというカルチャーが広まることについて喜んでいたそうだ。
(DIVINEは、『ガリーボーイ』のMCシェールのモデルとなった人物)

また、エグゼクティブ・プロデューサーとしてNasが名を連ねている理由は(実際は名誉職だと思うが)、ムンバイのラッパーたちがこぞって影響を受けたアーティストとして名前をあげたのが、Nasと2Pacであったためだという(2Pacは故人)。
インドのラッパーがいちばん影響を受けているのはEminemだと思っていたので、これはちょっと意外だった。

キャスティングについての質問の回答も興味深かった。
ランヴィールを主役にした理由としては、生粋のムンバイ育ちでスラングにも詳しく、また彼がヒップホップの大ファンで、密かにラップをしていることを監督が知っていたからとのこと。
実際、ムラドについてはほとんどランヴィールを想定してシナリオを書いたようで、 ランヴィールも自身でラップを吹き込み「俺はこの役をやるために生まれてきた」とまで言っていたのだから、最高のはまり役と言えるだろう。
この映画の撮影現場は、40人もの実際のラッパーがいる環境だったそうだが、ランヴィールは彼らともすっかり打ち解けていた様子で、撮影中から彼らのSNSに頻繁に登場していた。
ムンバイで行われた公開記念コンサートでは、ランヴィールとMCシェール役のシッダーント・チャトゥルヴェーディが「オリジナル・ガリーボーイズ」のDIVINE, Naezyと息のあったパフォーマンスを見せている。


また、ランヴィールは、『ガリーボーイ』にもカメオ出演していたダラヴィ出身のラッパーMC Altafのミュージック・ビデオにも(画面の中から、ほんの少しだけだが)出演。 

国民的人気俳優が、インドでもよほどのローカル・ヒップホップファンでなければ知らないアンダーグラウンドラッパーのビデオに出演するのは、極めて異例のことだ。
ボリウッドの大スターと、ストリート・ラッパーという、エンターテインメント界の対極に位置するものたちが、ヒップホップという共通項で対等につながったのだ。

そう、『ガリーボーイ』の美しいところは、監督もランヴィールもシッダーントも、ヒップホップというカルチャーへの理解とリスペクトが深く、ヒップホップを深く、正しく伝えようという姿勢がぶれていないことだ。
これはボリウッド映画では珍しいことで、例えばロックをモチーフにしたインド映画はこれまでに何本かあるが、いずれもロックとは名ばかりで、単なるワイルドなイメージの材料として扱っているものがほとんどだった。
それに対して、『ガリーボーイ』は、製作者側からヒップホップへの愛に満ちている。

この作品に、裕福な家庭に育ち、アメリカの名門音楽大学バークリーに留学していたトラックメイカーの、スカイというキャラクターが出てくる。
スカイは、富裕層であるにもかかわらず、偏見を持たず、優れた才能の持ち主であれば、貧富や出自に関係なく賞賛し、厳しいスラムの現実を表現するラッパーたちをむしろリスペクトする姿勢の持ち主だ。
彼女は、インドの保守的な階級意識から自由であり、貧富の差などの社会問題への高い意識を持った存在として描かれている。
このスカイと同じような目線が、『ガリーボーイ』という映画全体を貫いている。
超ビッグなエンターテインメント産業であるボリウッドから、ムンバイのスラムで生まれたガリーラップへのリスペクトの気持ちが、どうしようもなく溢れているのだ。

今回のジャパンプレミアで『ガリーボーイ』を見た方に、2回目に鑑賞する時にぜひ注目してほしいシーンがある。 (映画の本筋に関係のない話だが、見るまで前情報を何も知りたくないという方はここでお引き返しを)

この映画には多くのラッパーがカメオ出演しているが、映画のなかに名前が出てこないラッパーたちも、極めて意味深い登場の仕方をしている。
映画を見た方は、後半のラップバトル第一回戦のシーンで、審査員席に座っていた身なりのいい3人の男女に気づいただろう。
彼らは、いずれもが、在外インド人社会の音楽シーンで活躍し、インドの音楽のトレンドにも影響を与えてきた成功者である。

ゴージャスな女性は、カリフォルニア出身の女性ラッパー、Raja Kumari.
本場の高いスキルを持ち、ソングライターとしてグラミー賞にノミネートされた経験もある彼女は、インド古典音楽のリズムをラップに導入したり、伝統的な装束をストリートファッションに落とし込んで着こなすなど、インドのルーツを意識したスタイルで活動している(Divineとも数曲で共演している)。

ターバンを巻いた男性はイギリス出身のシンガーManj Musik.
1997年にデビューした英国製バングラー音楽グループRDBの一員で、'Desi Music'と呼ばれる在外インド人のルーツに根ざした新しい音楽に、大きく貢献してきたミュージシャンだ。

もう一人の男性は、イギリス出身のBobby Friction.
BBC Asian Networkなどの司会者として活躍している人物で、在外インド系音楽を広く紹介し、シーンの発展に寄与してきた。

インド系音楽カルチャーの第一人者であり、富裕な海外在住の成功者としてインド国内にも影響を与えてきた彼らが、インドのストリートから生まれてきた音楽を、同じミュージシャンとしてリスペクトする。
貧富も出自も国籍も関係なく、同じルーツを持つ者同士で優れた音楽を認め合う。
ヒップホップで重要なのは、スキルと、リアルであることだけだからだ。
従来のインド映画であれば、審査員席には映画音楽界のビッグネームが座っていたはずだが、『ガリーボーイ』では、この3人が並んでいることに意味がある。
彼らが何者であるかは細かく明かされなくても(映画の進行上、必ずしも必要でないからだろう)このシーンには、製作者側のこうした意図が隠されているはずだ。

また、クライマックスのシーンにも仕掛けがある。
ステージの司会を務め、観客を盛り上げているのは、名前こそ出てこないが、リアル・ガリーボーイの一人で、ムンバイのヒップホップシーンの兄貴分的存在(そしてもちろんMCシェールのモデル)DIVINE本人である。
そして、ステージに上がるムラドが、DIVINEにある言葉をかける。
意識して見なければ、司会者に挨拶しているように見えるごく自然なシーンだが、このシーンには、ヒップホップをこよなく愛するランヴィールからガリーラップの創始者DIVINEへの、そして、ボリウッド一家に生まれたゾーヤー・アクタル監督から、ストリートで生まれたヒップホップカルチャーへの、心からの気持ちが込められているのだ。
正直言って、このシーンだけで感動をおさえることができなかった。

今回のジャパン・プレミアでは、最後にシッダーント、スカイ役のカルキ・ケクラン、そしてランヴィールからの日本のファンへのビデオメッセージが披露されるなど、非常に充実した内容だった。
SNSでの評判も非常に高く、正式公開に向けての期待はますます高まるばかりだ。

10月18日の公開に先駆けて行われる、10月15日のイベントもお見逃しなく!
日本におけるワールドミュージックの第一人者サラーム海上さん、ムンバイの在住のダンサー/シンガーで現地のラッパーとも共演経験のあるHiroko Sarahさん、そして私軽刈田が、映画の背景となったインドのヒップホップについて、思いっきり熱く語りまくります!
詳細はこちらのリンクから!




(審査員の一人としてカメオ出演しているRaja Kumariについては、こちらの記事で詳しく紹介している。彼女の音楽もとても面白いので、興味があったらぜひ読んでみてほしい。「逆輸入フィーメイル・ラッパーその1 Raja Kumari」「Raja Kumariがレペゼンするインド人としてのルーツ、そしてインド人女性であるということ」)
また、在外インド人の部分で、便宜的に「在外インド系」と書いたが、これはパキスタン系、バングラデシュ系など、南アジアの他の国にルーツを持つ人々も含んだ表現だと捉えてください。


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2019年09月02日

ゾーヤー・アクタル監督来日!ジャパンプレミア直前、映画『ガリーボーイ』3つのキーワード


インド初の本格ヒップホップ映画『ガリーボーイ』のジャパンプレミア上映が、9月5日に新宿ピカデリーでゾーヤー・アクタル監督を迎えて行われる。
『ガリーボーイ』については、たびたびこのブログでも血圧高めの紹介とオススメをしてきたけど、いよいよ公開も近づいて来た今回は、見る前に、知っておくと良い3つのキーワードを説明します。
他の優れた映画と同様に、『ガリーボーイ』も、何も事前知識がなくても楽しめるのだけど、『8mile』を見る前に当時のデトロイトの社会状況を知っておいたほうが深く理解できるのと同じように、『バジュランギおじさんと小さな迷子』を見る前にインドとパキスタン、ヒンドゥーとムスリムの関係を知っておいたほうがより感動できるのと同じように、『ガリーボーイ』もまた、インドのヒップホップシーンや物語の舞台となるムンバイ最大のスラム、ダラヴィのことを知っていたほうがより深く楽しめる!
というわけで、さっそく始めたいと思います。


キーワードその1 "GULLY"
『ガリーボーイ』という映画のタイトルを聞いて、そもそも「ガリー(Gully)」って何ぞや?(ゾーヤー監督だけに)と思った方も多いはず。
この「ガリー」はヒンディー語で、細い路地のような通りを意味する言葉。
予告編に映るムンバイのスラム街の様子を見れば、その雰囲気がわかってもらえるはずだ。
主人公のムラドが暮らしているのは、ムンバイ最大のスラム、ダラヴィ。
ムラドがカレッジからダラヴィの家に帰るシーンでは、スラム街に入ると急に道幅が狭くなり、まさに「路地」としか呼びようのない狭小住宅の密集地区になっているのが分かる。
インドじゅうからやってきた貧しい移民たちによって形成されたダラヴィは、きちんとした都市計画がされているはずもなく、入り組んだ「ガリー」に並ぶ住居は極めて狭くて、衛生環境も悪い。
「ガリー」は、インドの都市の抑圧された者たちが暮らす場所であり、つまり「ガリーボーイ」は、そうした本来であれば決して誇れない出自であることをレペゼン(代表する、とひとまず訳してよいかな) する名前というわけだ。
アメリカや日本のヒップホップで近いニュアンスの言葉を探すなら、「ストリート」ということになるんだろうけど、幅の広い道を表すストリートに比べて、「ガリー」はごく狭い路地。
街角の道端(ストリート)にたむろしているのではなく、区画すらされていない路地裏に暮らしているのが「ガリーボーイ」ということになる。
つまり『ガリーボーイ』は発展途上国インドの大都市ムンバイの、「ストリート」よりもさらに過酷な環境に暮らす若者が、ラップでのし上がるストーリーというわけである。
この映画は、始まりから終わりまで全てムンバイが舞台になっており、薄暗い「ガリー」から、大富豪のパーティーやお洒落なクラブまで、大都市ムンバイの様々な顔が楽しめるのも魅力のひとつである。

ちなみにインドのヒップホップ界において、「ガリー」という言葉は、ムラドの兄貴分として登場するMC シェールのモデルとなったラッパーのDIVINEが多用したことで普及した言葉だ。
(彼が率いるクルーの名前も'Gully Gang'という)
DIVINEと、ムラドのモデルとなったNaezyが共演したこの"Mere Gully Mein"(「俺の路地で」)は、Naezyのパートを主演のランヴィール・シンが吹き替えて、「ガリーボーイ」のなかでも使われている。

こちらはオリジナルバージョン。
 

こちらが映画版。 

通常、インド映画のミュージカルシーンは専門のプレイバックシンガーによって歌われ、俳優は口パクなのが一般的だが、主演のランヴィールは、インドのヒップホップシーンへの強い共感から、ムラドのラップのパートを全て自分で吹き込んでいる。
相棒のMCシェール役のシッダーント・チャドルヴェーディのラップの吹き替えを行なっているのは、モデルとなったDIVINE本人だ。


キーワードその2 "ASLI"

劇中のサイファー(即興ラップ)のシーンでも効果的に使われているこの曲のタイトルは、"Asli Hip Hop".
この'Asli'は「リアルな、本物の」という意味のヒンディー語だ。
つまり、このAsli Hip Hopは、「インドにリアルなヒップホップを届けるぜ」という意気込みを歌った曲ということになる。
インドで最初のヒップホップ映画なのに、なぜわざわざ「リアルな」と言う必要があるのか。
それは、インドには「リアルでない」ヒップホップがすでにたくさんあるからである。
映画の冒頭で、ムラドの悪友モインが、車のなかで流れる曲を聞きながら「これがお前の好きなヒップホップってやつだろ?」と尋ねる場面がある。
ムラドは「こんなの本物のヒップホップじゃない」と答えるのだが、実はインドでは数年前から、映画音楽などで、商業的なラップミュージックが流行している。
モインは、ラップ・イコール・ヒップホップだと思って尋ねたわけだが、ムラドにとってはラッパーのリアルな自己表現こそがヒップホップと呼べるのであって、商業ベースで作られた音楽は、ラップではあっても決してヒップホップとは呼べない代物なのだ。
ちなみにそのシーンで流れるのがこの曲。
"Goriye" by Kaka Bhaniawala, Arjun Blitz & Desi Ma.
 
2009年に若くして亡くなったKaka Bhaniawalaのリミックスで、典型的なインドのパーティーラップだ。
この"Goriye"はホーンやパーカッションも小粋に、シーンの意図に反して、かなりかっこよく仕上がっているので、若干こうした意図が伝わりづらくなってしまっているのだが…。
派手なラブソングであるこの曲と、ムラドたちのリアルな生活を綴ったラップとを、ぜひ聴きくらべてみてほしい。

ちなみに実際のインドの音楽シーンで、ガリー系のラッパーからよくディスられている商業的なラップミュージックはこんな感じ。
 
"Goriye"を歌っていたKaka Bhaniawala同様、インド北西部パンジャーブ系のシンガー/ラッパーであるYo Yo Honey SinghやBadshahは、パンジャーブ州の伝統的リズムのバングラーにヒップホップやEDMを融合して人気を得ているのだが、その派手なスタイルは、なにかとリアルさを売りにしているラッパーの目の敵にされている。

ヒップホップとして「'Asli'(リアル)であること」は、『ガリーボーイ』のなかでも終始重要なテーマとして位置づけられている。
映画を見終われば、ラッパーに憧れる青年だったムラドが初めて本物のラッパーのMCシェールに出会うシーンから、クライマックスのラップバトルまで、「リアル」というキーワードがこの作品を貫いているということが分かるはずだ。
まだ本物のヒップホップが一般レベルで(つまり、商業的ボリウッド娯楽映画の観客には)根付いていないインドにおいて、『ガリーボーイ』がヒップホップを単なるパーティーミュージックや経済的成功の手段として描くのではなく、「リアル」なものとして描いたことは特筆に値する。


キーワードその3 "AZADI"
3つめのキーワードは、"Azadi".
「自由」を意味するヒンディー語だ。
この"Azadi"という言葉はデリーを拠点にしているインドの新進ヒップホップレーベルの名前にもなっており、 『ガリーボーイ』のなかでも同名の楽曲が使用されている。
「自由」はロックやヒップホップといった現代音楽の核心的なテーマであり、さらに言えばあらゆる音楽や芸術の根源となるものだ。

カーストや出自による差別がいまだに存在するインドの、さらにスラム街という、自由から程遠い場所に暮らすムラドが、いったいどうやって「自由」を獲得するのか。
もちろん、それはこの映画の主題である「ヒップホップ」によるわけだが、そのために大きな役割を果たすのが「インターネット」である。
1990年代以降の経済自由化、2000年以降のインターネットの普及にともなって、インドの社会は大きく転換した。
ヒップホップをはじめとするインディーミュージックがインドで本格的に発展するのは2010年以降だが、これはインターネットを通じて世界中の音楽をリアルタイムで聴くことができるようになり、また自分の作った音楽を世界中の発信できるようになったことの影響が非常に大きい。
映画の中でも、ムラドは恋人のサフィーナからプレゼントされたiPadを使ってラップをインターネットにアップロードし、成功のきっかけをつかむのだが、このエピソードはモデルとなったラッパー、Naezyの実話がもとになっている。
Naezyもまた、スラムと呼んでもいいような下町Kurla地区の出身の不良少年だったが、プレゼントされたiPadを使ってビートをダウンロードし、ラップを乗せ、ミュージックビデオまで撮影してインターネット上に公開したことで高い評価を得て、一躍人気ラッパーとなった。

予告編でも言われているように「使用人の子は使用人」として生きざるを得ないインド社会において、インターネットは自身のラップを発表するための手段として機能しており、高く評価されれば出自や階級のくびきから逃れられるという、希望の象徴になっている。
そういう意味では、この『ガリーボーイ』は、伝統社会と現代性を同時に描いた、極めて今日的な物語なのである。
スラムの若者や子どもたちが、ダンスやラップによって得る自尊心は、まさに精神の自由=Azadiそのものであり、これは映画の中だけの絵空事ではなく、実際のムンバイのスラムの状況がもとになっている。
この映画は、ヒップホップがスラムの希望となる瞬間を象徴的に描いた物語でもあるのだ。
(参考記事:「本物がここにある。スラム街のヒップホップシーン ダンス編
      「Real Gully Boys!! ムンバイ最大のスラム ダラヴィのヒップホップシーン その1

ちなみに、映画のなかで使われた楽曲"Azadi"は、飢えや差別や不平等からの自由を訴える楽曲。

サウンドトラックではDub SharmaとDIVINEによる共演となっているが、もともとは2016年にDub Sharmaがソロで発表していた楽曲で、さらにその元となったのは、デリーの名門大学ジャワハルラール・ネルー大学の学生デモのシュプレヒコールである。
(この情報はGully Boyの楽曲の翻訳に取り組んでいる餡子さんに教えていただいた。詳細はこちらから。餡子さんは、現在インド/イスラーム研究者の麻田豊先生と現在さらなる的確な翻訳に取り掛かっている)
ストーリーに大きな関わりを持つ楽曲ではないが、ゾーヤー・アクタル監督はこうした社会性の強いラップをサウンドトラックに入れることで、ヒップホップという音楽の持つ社会的側面を伝えようとしているのだろう。


というわけで、Gully, Asli, Azadiという3つのキーワードで、映画『ガリーボーイ』を紹介してみた。
お気付きの方もいるかもしれないけど、ヒップホップ映画ということで、Gully, Asli, Azadiと韻を踏んでみました。

この"Gully Boy"、今までのインド映画とは一味違う、音楽ファンやヒップホップファン、ハリウッド映画や欧米のミニシアター系作品好きにも確実に楽しんでもらえる映画だ。
私も非常に思い入れのある映画なので、一人でも多くのみなさんに見てもらえたらうれしいです。

そして!
映画公開に合わせて、あのサラーム海上さんと、ムンバイのラッパーと楽曲を発表したこともあるカタック・ダンサーのHiroko Sarahさんと、この私、軽刈田 凡平で、公開記念イベントを行います。
映画に使われた楽曲やいろんな曲をかけながら、映画の背景となったインドのヒップホップシーンを紹介する予定!
詳細はこちらから!


みなさんのご来場、お待ちしています!

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