2019年08月

2019年08月31日

インド北東部のロック・フェスティバルは、懐かしのメタル天国だった!

先日、インド北東部アルナーチャル・プラデーシュ州の辺境で行われる究極の音楽フェス、Ziro Festival of Musicについて紹介した。
インド北東部は一般の旅行者があまり足を踏み入れることの少ないエリアではあるが、じつは、Ziro以外にも数多くのロック系フェスティバルが行われるフェス天国なのである。
まずはインド北東部の地理的なおさらいから。
この地図で赤く塗られている部分に注目してほしい。
インド北東部地図NEとシッキム
インド主要部と北東部との間の、南からえぐられているように見える場所にはバングラデシュがあり、北から押しつぶされているように見える場所はブータン、そしてすぐ西にはネパールが位置している。
インド北東部
インド北東部とは、この地図に書かれた7つの州(7 Sisters States)に、ブータンとネパールに挟まれたシッキム州を含めた地域のことだ。

インド北東部には、インドの大部分とは異なりモンゴロイド系の民族が多く暮らしている。
北東部は典型的なインド文化(ヒンドゥー/イスラーム系統の文化)の影響が薄く、クリスチャンの割合が多いこともあって、欧米文化の受容が進んでおり、かなり早くからロックミュージックが人気となっていた地域でもある。
今回は、ここ北東部で行われる音楽フェスティバルが、予想のかなり斜め上をゆく実態だったので、その様子をお伝えしたい。

ほんの数十年前まで首狩りが行われていた秘境、ナガランド州では、毎年12月にHornbill International Music Festivalが開催されている。
これは、ナガランド独自の豊かな文化を継承し広めてゆくことを目的に開催されるHornbill Festivalの一部として行われるもので、毎年多くの観客を集めている。
ちなみにHornbillとは、ナガランドの象徴である大きなクチバシとツノのような突起を持つ鳥「サイチョウ」のこと。

このHornbill International Music Festivalは、地元のアーティストの演奏だけでなく、K-Popアイドルのライブ(3:52〜)や、なんと珍しいBlues Night(8:32〜)なども行われており、外国籍を含めた多彩なアーティストが出演している辺境らしからぬフェスだ。

他の州にも注目すべきフェスはある。
インド北東部最北端のアルナーチャル・プラデーシュ州Dambukでは、毎年12月にOrange Festival of Adventure & Musicが行われている。
このフェスは、「インドで最初のアドベンチャーと音楽の祭典」と言われており、一時休止していたものの2015年から再び開催されるようになった。
このイベントも、単なる音楽フェスではなく、地元文化の紹介や、さまざまなアウトドア体験なども行われる多彩な内容のものだ。

「アドベンチャーと音楽のフェスティバル」だけあって、ライブの模様の紹介は3:00頃から。
このOrange Festivalにも地元のバンドから海外勢まで、多彩なミュージシャンが出演して大いに盛り上がっているようだ。


「インドのロックの首都」と呼ばれるメガラヤ州のシロンでは、全国のさまざまな主要都市で開催されている音楽フェスのNH7 Weekenderの北東部版が行われている。
このNH7 Weekenderは、他の都市ではサマーソニックのような都市型フェスとして行われているが、ここシロンではフジロックのように山岳部の豊かな自然のなかで開催されている。
'The happiest music festival'のキャッチコピーの通り、こちらもかなり楽しそうな様子のフェスだ。

それぞれのフェスについてはまた改めて紹介しようと思っているのだが、今回注目したいのは、これらのフェスで招聘されている欧米のアーティストについてだ。

まずHornbill Festivalから見ていこう。
このフェスの2015年のヘッドライナーは、なんとジャーマン・メタルの代表的バンドHelloween!
メタル系に絞ったフェスでもないのに、Helloweenがトリを務めるっていうのはちょっとすごいことだ。
その前年には、ヴィニー・ムーア(マイケル・シェンカーが在籍していたことで有名なUFOの現リードギタリスト)を招聘しているというから、これまた驚かされる。

さらに、アルナーチャルのOrange Festivalでは、2016年には、元祖ネオクラシカル系速弾きギタリストの「王者」ことイングヴェイ・マルムスティーンを、2017年には元Poison、元Mr.Bigのギタリストのリッチー・コッツェンをトリに据えている。
北東部はそんなにメタル/ハードロック系ギタリストが好きなんだろうか。

それだけではない。
シロンのNH7 Weekenderでは、2015年にはアメリカの'スラッシュメタル四天王'のひとつメガデスを、2017年にこちらも天才ギタリストのスティーヴ・ヴァイをヘッドライナーにしているというから、もう筋金入りである。
シンコーミュージックの「ヤングギター」(メタル系ギタリストがよく掲載されているギター教則雑誌)が後援で、ウドー音楽事務所が仕切っているんじゃないかというラインナップだ。

フェス以外でインド北東部でのライブを行った海外のアーティストも強烈だ。
年代順にアーティスト名とライブを行った土地を書いてゆくと、

2004年
Firehouse(アメリカのポップなハードロックバンド):メガラヤ州シロン、ナガランド州ディマプル、ミゾラム州アイゾール

2007年
エリック・マーティン(Mr.Bigのヴォーカリスト):シロン、ディマプル
Scorpions(ドイツの大御所ハードロックバンド):シロン

2008年
White Lion(アメリカのメタルバンド):シロン

2009年
Mr.Big(アメリカの技巧派揃いのハードロックバンド):シロン、ディマプル

2012年
Firehouse(2004年に続いて):ディマプル、マニプル州インパール
Stryper(アメリカのクリスチャン・メタルバンド):ナガランド州ディマプル、同州コヒマ

2013年
Hoobastank(アメリカのロックバンド):シロン

みなさん、このバンドたちをご存知だろうか?
いずれも1980年代〜90年代に活躍した往年のメタルバンドで、ついてこれるのはアラフォーの元メタル好きだけなのではないかと思う。(唯一、Hoobastankだけは21世紀のバンド)
インド北東部の人たちは"Burrn!"(日本が誇るヘヴィメタル雑誌。欧米での人気に関わらず、日本での人気の高いバンドを中心に取り上げる)を熟読しているんじゃないかっていうラインナップだ。
っていうか、自分も高校生の頃にBurrn!を読んでなかったら分からない顔ぶればかり。
北東部のロックファンは、FirehouseやWhite Lionの曲をちゃんと知っていて、ライブで盛り上がれるのだろうか。
ひょっとしたらインド北東部では伊藤政則(日本が誇るヘヴィメタル評論家)のラジオ番組が聴けるのかもしれない。

ライブで客席に聖書を投げることで有名な'クリスチャン・メタルバンド'Stryperが入っているのは、キリスト教徒が多い土地柄を反映しているものと思われ、2019年にはWhitecrossというまた別のアメリカのクリスチャン・メタルバンドもディマプルとシロンでライブを行っている。 
 
興味深いのは、これらのバンドがムンバイやデリーといった大都市をツアーしたついでにインド北東部に来ているのではなく、むしろインド北東部をツアーするためだけにインドに来ている例がほとんどだということである。 
FirehouseやStryperはインド主要部の大都市には目もくれずに北東部のみをツアーしているし、日本でも人気の高いMr.Bigも、ムンバイにもデリーにも寄らずに、バンガロールと北東部のみでライブを行っている。
つまり、北東部は、インドのなかでもそれだけ音楽の趣味が特殊ということなのだ。
メタルに関して言えば、インド主要部では、デスメタルのような、よりヘヴィなバンドが人気だが、インド北東部は日本同様に、メロディックでポップなメタルバンドが根強い人気のようで、モンゴロイド系民族としての共通点を感じさせられる。

それにしても、既視感のある光景だ。
90年代のグランジ/オルタナティブブーム以降、欧米では人気のなくなったメタルバンドが、まだ人気を保っていた日本によくツアーに来ていたものだが、それと同じような現象が、いまインド北東部で起きているのだ。 

かつて、日本でのみ人気のあった外国のバンドが'big in Japan'などと呼ばれて揶揄されていたが、それと同じようなことも起きているのかもしれない。
2018年のHornbill Festivalでは、韓国ではまだデビュー前のアイドルグループMONTがコンサートを行ったが、それはもう大変な歓迎っぷりと盛り上がりだった。
北東部の人たちは、国際的に有名かどうかにかかわらず、外国からくる華やかなアーティストにとにかく飢えているのだろう。
このへんも、往年の日本を思わせるような状況だ。
(よく知られているように、QueenやBon Jovi, Cheap Trickなどの世界的人気バンドは、最初は日本から人気に火がついた)

メタル以外の招聘アーティストもなかなかに香ばしい。
Hornbillでは2017年にドイツのディスコ・グループBonny M(「ラスプーチン」などのヒット曲で有名。彼らの「バハマ・ママ」は日本の一部の地域の盆踊りにも使われている)を呼んでいるし、Orange Festivalも同じ年にドイツの電子音楽グループTangerine Dreamを招聘している。
メタルではないが、2015年のHornbillではABBAのトリビュートバンドを呼んでいるのも面白い。

以前、インド北東部のメタル人気の高さを検証する記事や、シッキム州の人とマニアックなロック談義をしたという思い出話を書いたことがあるが、北東部の人々音楽の好みには本当に驚かされるばかりだ。

こうした「旬を過ぎた」バンドが北東部のみを回るツアーをしている一方で、Iron MaidenやBon Joviのような超ビッグネームのバンドは、ムンバイなどの主要部の大都市だけをツアーしており、おそらくギャラやスケジュールの都合だと思うが、北東部には来てくれていない。
そのため、北東部の人たちは、代わりにわざわざ欧米からコピーバンドを呼んで、これまた大いに盛り上がっている。
Hornbill Festivalでは2014年にBon JoviのトリビュートバンドBon Gioviを、Orange Festivalでは2018年にメンバーが全員女性のIron MaidenのトリビュートバンドIron Maidensを呼んでいる。

最後に、北東部でのメタル系アーティストのライブの様子をお届けすることとしたい。
まずは、Hornbill FestivalでのHelloweenのライブ。
不安定なオーディエンス・ショットだが、その分観客の盛り上がりがダイレクトに伝わってくる。

ナガランドのメタルファンたちも『守護神伝 第二章』、聴き込んでるみたいだ。
別の動画だと、"I Want Out"で盛り上がっている様子も撮影されていて、インド中央政府から抑圧的な扱いをされ続けているナガの人々が、彼らの曲に自分たちの境遇を重ね合わせているのかもなあ、としみじみ思ったりもした。

続いてはアルナーチャル・プラデーシュ州のOrange Festivalでの王者イングヴェイのライブ。
こちらもかなりたくさんの人が集まって盛り上がっている。

へー、今キーボードの人がヴォーカル兼任なんだな。
どうでもいいけど、キーボードを弾きながら歌うメタルのヴォーカリストって初めて見た。
久しぶりに見た王者は一時期に比べてずいぶんシェイプアップしていて、ギタープレイも絶好調!

「インドのロックの首都」メガラヤ州シロンでのメガデスのライブも大盛り上がり!



 Steve Vaiのライヴには、最近B'zのツアーメンバーとしても活躍しているインド出身の女性バカテクベーシスト、Mohini Deiがゲスト出演している。



ナガランド州ディマプルでのMr.Bigのライブから、"To Be With You"での大合唱の様子。


より知名度が落ちるはずのStryperでもこの盛り上がり!

1986年リリースのこの曲をリアルタイムで聴いているとは思えない若いお客さんが多いが、この人気はいったいどこからやってくるのだろう。

Firehouseのバラード"I Live My Life For You"もほとんどのオーディエンスはばっちり歌えるようだ。

Wikipediaによると、彼らは全米での人気が失速した後も、日本、タイ、マレーシア、フィリピン、インドネシア、シンガポールなどアジア諸国では高い人気を保っているそうなので、こうしたキャッチーな曲調が東アジア人の琴線に触れるのかもしれない。

MCのときの声色もジョン・ボンジョヴィそっくりなBon Giovi.

完コピ!これはこれで見て見たいかも。

女性コピーバンドのIron Maidensは演奏はいまいちだが、この盛り上がり。


実際にインドでは、Girish and ChroniclesPerfect Strangersのような実力派バンドによる有名バンドのトリビュートイベント(要は、ひたすらカバー曲を演奏する)も頻繁に行われているのだが、やはり本場の欧米から来たバンドは本物っぽさが違うということなのだろう。
このあたりのロックとの距離感は、我々日本人にとってもなんとなく共感できるものだ。
インド北東部、やっぱりものすごく面白い。

それではみなさんまた来週。
See ya! 
(高校生のころ聴いていた伊藤政則のラジオはいつもこんなふうに締められていたのを思い出したもので、つい)


(この後、2019.9.14加筆)
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2019年08月25日

インドのお受験事情を描いた映画『ヒンディー・ミディアム』は、あなたの物語であり、私の物語でもある


今年はインド映画の公開が相次いでいるが、今回は9月6日から全国で公開される映画『ヒンディー・ミディアム』を紹介したい。
主演は『アメージング・スパイダーマン』などのハリウッド映画でも活躍するイルファン・カーン(Irrfan Khan)、主人公の妻役にパキスタンのトップ女優でインド映画初出演のサバー・カマル(Saba Qamal)、監督はサケート・チョードリー(Saket Chaudhary)。

『ヒンディー・ミディアム』と言われても、どんな意味だかピンと来ない人も多いと思うが、ここで言う「ミディアム」は、肉の焼き方ではなく、「伝達手段」という意味。
「ヒンディー語を伝達の手段とする」という映画のタイトルは、デリーなど北インドの公用語である「ヒンディー語で教育を行う学校」を表している。
ヒンディー・ミディアムの対義語にあたる言葉は「イングリッシュ・ミディアム」。
「英語を教える学校」ではなく、「英語で教える学校」ということだ。
ほぼ全ての高等教育が英語で行われるインドでは、良い大学に進んで、高収入な仕事(いわゆるグローバル企業など)に就くには、小学校から英語で授業を行う「イングリッシュ・ミディアム」の学校に通うことが非常に大事なのである。

各地域のローカル言語(物語の舞台となったデリーではヒンディー語)で教育が行われる公立学校は、イングリッシュ・ミディアムの学校に比べると総じてレベルが低く、英語での高等教育に適応するにも言語の面でかなり不利になってしまう。
(そう考えると、大学院まで母国語で学ぶことができる日本は、かなり恵まれているとも言えるし、また英語中心のグローバリゼーションが進む今日の状況からすると、特殊だとも言えるだろう)
 
この物語は、ごく簡単に言うと、ヒンディー・ミディアムの教育しか受けていない夫婦が、なんとかして娘をイングリッシュ・ミディアムの名門小学校に通わせようとするコメディ映画なのだ。


あらすじと見どころ

物語の主人公は、デリーで衣料品店を営む夫婦、ラージとミータ。
ラージは、持ち前のセンスと接客技術で、一代でオールドデリーの老舗テーラーを大型店舗にまで成長させた敏腕経営者だ。
教育熱心なミータは、娘のピアをなんとかしてイングリッシュ・ミディアムの名門学校に入れたいと思っている。
「インドでは英語は階級そのもの」
裕福な暮らしをしているものの、自分もラージも誇れるような学歴を持っておらず、英語が苦手であることに、彼女は劣等感を持っていた。
ミータの希望で一家は人情に厚い下町を離れ、志望する小学校の学区にあたる富裕層が暮らすエリアに引越すが、下町育ちのラージ一家は、個人主義で冷たく、外見や話す言語を気にする土地になかなかなじめない。
二人は宗教の見境なく神頼みに励み、ピアをお受験のための塾に通わせるが、なかなか志望校の合格は得られない。
ミータはとうとう、自分たちの身分を偽り、定員の25%に割り当てられた低所得者層のための特別枠を狙って、貧しい人々が暮らす地域に引っ越すことを決意する。
だが、志望校の校長は潔癖で、賄賂や不正は絶対に許さない堅物だ。
彼らは、自分たちが本当に貧しいエリアに暮らす住民だと信じてもらえるよう、必死にふるまうことを迫られる…。


映画の見どころは、下町育ちの成金夫婦が、娘の教育のために慣れない上流階級暮らしや貧乏生活に挑戦する、可笑しくも涙ぐましい奮闘っぷりだ。
こう書くと、まるでこの映画が、インド固有の社会事情に根ざした別世界の物語のように感じるかもしれないが、じつはこれが日本に暮らす我々の心にも、がんがん刺さってくるのである。

この映画のテーマはもちろん「教育」だが、本当の主題は、「本当に良い生き方とは何なのか」という、普遍的かつ根源的な問いかけだ。
この映画のクライマックスは、志望校への合格/不合格ではなく、じつはその後にある。
富裕層を中心とした一部の人しか通うことができないイングリッシュ・ミディアム・スクールに、あらゆる手段を尽くして(不正な手段を使ってまで)入学することが、本当に立派なことなのか?
自分の家族のみの豊かさや社会的評価を得るためだけに生きることが本当に良いことのか?
この作品のメッセージは、子どもがいる人には「自分の子どもを育てるべきか」という問いかけとして、子どもがいない人には、「自分はどのように生きるべきなのか」という問いかけとして突き刺さる。
とはいえ、これは小難しい作品ではなくインドの大衆映画。
社会派映画であると同時に徹底したエンターテインメント作品でもあるから、難しいことは考えずに、ストーリーに没頭して楽しむことができるのも魅力だ。


インドの教育事情

この映画でが全てにおいてリアルかというと、そんなことはなく、インドの娯楽映画にありがちな、大衆礼賛的な、理想化された部分も大きい。
映画のなかのヒンディー・ミディアム・スクールは、貧しくとも貧しいなりに教育熱心だが、実際はローカル言語の公立校では、待遇の悪さから教師のモチベーションが極めて低く、教師の質も悪い。
授業が極めていい加減だったり、受験対策の放課後の補習のために追加料金(要は教員の小遣い稼ぎ)を要求されたりすることも多いという。 
少しでも良い教育を受けさせたいという親の気持ちにつけこんだ、未認可の教育機関も多く、現実はもっとややこしくて複雑だ。
(インドのこうした未認可教育事情に関しては、『インドの無認可学校研究ー公教育を支える「影の制度」ー』(東信堂)などの著者のある小原優貴さんの研究に詳しい) 


インドの格差と教育

この映画では、2009年に施行されたRTE法(Right To Edication Act)に基づいて、私立学校の入学定員の25%に割り当てられた貧困層のための入学枠が重要なトピックとなっているが、こうした制度や、被差別階級である指定カースト・指定部族への入学優遇枠をもってしても、インドの格差は、なお解決には程遠い。(制度自体が悪用されたり、政治利用されたりすることも少なくない)

この映画に描かれているように、英語能力や教育程度による階級意識も根強く、中島岳志さんの『インド人のことはインド人に聞け!』(講談社、2009年)によると、地元言語で教育を受けた学生が、大学での英語の講義について行けずに自殺する例すらあるという。
この本で紹介されている現地報道では、インドのコラムニストは、英語のことを、端的に「下層・中流階級にとっては憧れの言語であり、上流階級にとっては流行りの言語である」と述べている。
英語が海外での仕事や、航空会社、ホテル、マスコミ、金融、ショッピングモールなどの高給で見栄えの良いキャリアに結びついているからだ。
(ただし、それはネイティブ・スピーカーが話す英語'English'ではなく、「インド英語」'Inglish'であることが多く、悪質な英語教育機関が乱立していることにも触れている)
インドの大ベストセラー作家Chetan Bhagatの"A Half Girlfriend"も、英語が苦手な学生がスポーツ推薦で名門大学に入学するという設定の、教育格差をテーマにした内容だった(映画化もされている)。

実際、英語ができる・できないという格差は、ビジネスや就職だけではなく、あらゆる場面で情報や機会の格差となりうる。
例えば、私が普段ブログに書いている音楽の情報は、ほぼすべて英語で書かれたウェブサイトや媒体で得ている。
ヒンディー語などの地域言語で楽曲を発表しているアーティストも、情報発信は基本的にすべて英語で行なっているのだ。
もし私が現地言語しかできないインド人だったら、そもそもロックやヒップホップの情報を得ることすら難しいだろう。
それがどんなものか正確に把握することすら難しいかもしれない。
私が知る限り、ローカル言語を中心に情報発信をしているのは、タミルのヒップホップグループCasteless Collectiveと、ケーララ州のブラックメタルバンドWilluwandiだけだ。
彼らはいずれも、カースト制度の外に位置付けられた被差別民の尊厳のための音楽を演奏しているアーティストであり、地域言語での情報発信は、英語にアクセスできない人々に情報を伝えるためだろう。

インドのいわゆる上流階級には、結構な割合で、「家でも英語で話している」という人たちがおり、彼らに会うたびに、「家庭内で、母語ではなく、英語を使って話すっていうのは、どんな感じがするものなのだろう」と思っていたのだが、この映画を見て、少しその感覚がつかめた気がした。


何やら話しが大幅に逸れた上に、あんまりタイトルと関係ない内容になってしまったような気がしないでもないが、『ヒンディー・ミディアム』、たいへん面白くて考えさせられる、非常にオススメの映画です。
かといって涙腺に電極を刺されたように号泣したり、ものすごく悩まされたりするほどに胃もたれする映画ではなく、爽やかな娯楽としてもとても良くできています。
公開は9月3日から!

(今回は「インドのことを知らなくても楽しめる!」とか言いながら、映画に関連するインド事情をひたすら語りまくるという、インド好きにありがちなことをやってしまった…。この病気治らないなー)

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goshimasayama18 at 16:24|PermalinkComments(0)インド映画 | インド本

2019年08月22日

マサラワーラー × 軽刈田 凡平企画 "第1回Indian Rock Night"を開催しました!

というわけで、8月22日(木)秋葉原Club Goodmanにて、マサラワーラーの鹿島ワーラーこと鹿島信治さんと、"Indian Rock Night"を開催してきました!
鹿島さんと盛り上がって企画してはみたものの、よく考えたら日本中でインドのロック好きは軽刈田と鹿島さんしか存在が確認されていない段階で実施を決定してしまったわけで、いったいどれくらい人が集まってくれるのか、実は結構不安だったのだけど、なんと50名近い方にお越しいただき、感謝感激です。
また、思ったより早く料理が終わってしまったみたいで、お詫び申し上げます。

今回紹介した曲は、こんな感じでした。
(抜けているものがありそうな気もするのですが)
あれが抜けてるぞー、というのがあれば、(覚えてたら)指摘してください。

1.Mute The Saint "Fall Of Sirius"


2.Pakshee "Raah Piya"


3.Anand Bhaskar Collective "Hey Ram"


4.The Local Train "Khudi"


5.Faridkot "Mahi Ve"


6.Dying Embrace "Blood Rites"


7.Bhayanak Maut "Blasted Beyond Belief"



8.Haiku-Like Imagination "Peach of the Seven Skies(Demo)"


9.Kraken "Yooo! It's A Letter From My Koi Fish"


10.Stuck in November  "Swans Reflecting Elephants (Rehearsal)"


11.Skrat "Machete"
 

12.Franks Got The Funk "The Land Of Dreams"


13.Aditi Ramesh "Stuff On Our Mind"


14.Sanjeeta Bhattacharya "Natsukashii"


15.Komorebi "Candyland"


16.Fopchu "Gypsy"


17.Easy Wanderlings "Enjoy It While It Lasts"


18.Ape Echoes "Hold Tight"


19.Parekh And Singh "Ghost"


20.Parekh And Singh "I Love You Baby, I Love You Doll"


21.Demonic Resurrection "Matsya"

今回は、スペシャル企画として、このイベントのためにインドのアーティスト3組、Kraken, Haiku-Like Imagination, そしてEasy Wanderlingsからのビデオメッセージももらっていて、会場でみなさんに披露させてもらいました。

そしてマサラワーラーの美味しいインド料理は、
チキンカレー
サーンバール(豆と野菜の煮込み)
ナスのコロンブ(ナスのタマリンド煮込み)
トウガンのクートゥ(豆とココナッツの和え物)
アヴィヤル(ココナッツヨーグルト和え)
オクラポテト(炒めもの)
パヤサム(ミルク粥)
マサラワダ(豆のカリカリスナック)
でした。

そして、10月中頃には、今度はインドのヒップホップに焦点をあてた企画が間もなく発表できると思います。
こちらも乞うご期待!

ロックに関しても、まだまだ紹介できていないものがたくさんあるので(インド北東部方面とか)、いずれまた!

いつも、いったいどんな方が読んでくれているのだろう、と思いながらキーボードを叩いているので、こうやってみなさんにお会いできる機会は本当にありがたいです。
こんなに多くの方にお越しいただけるとは思わず、あまりお話できず失礼しました!
もちろん、お会いできなくても、読んでくださっているだけのみなさんにも大感謝です!

それでは!

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2019年08月19日

Sarathy Korwarの"More Arriving"はとんでもない傑作なのかもしれない

イギリス在住のタブラプレイヤー/ジャズパーカッショニストのSarathy Korwarのセカンドアルバム"More Arriving"が素晴らしい。
すでに先日の記事でも、このアルバムからムンバイの先鋭的ヒップホップグループSwadesiが参加した楽曲"Mumbay"を紹介させてもらったが、改めてアルバム全体を聴いて、その強烈な内容に衝撃を受けた。

タイトルで、とんでもない作品「かもしれない」と書いたのは、内容に対する疑問ではない。
内容は文句なしに素晴らしいのだが、このジャンル不明の大傑作が、世界的にはニッチな存在となっている(世界中の南アジア系住民以外にはなかなか届かない)'Desi Music'の枠を超えた、現代ジャズの名盤として歴史に名を残す可能性があるのではないか、という気持ちを込めたものだ。
個人的には、この作品はKamasi Wahingtonあたりと同等の評価を受けるに値する内容のものだと考えている。

改めて、ここで"Mumbay"を紹介する。


アメリカで生まれ、インド(アーメダーバードとチェンナイ)で育ったSarathy Korwarは、10代からタブラの練習を始め、ほどなくコルトレーンらのスピリチュアル・ジャズにも興味を持つようになった。
その後もタブラの修行とジャズの追求を続け、進学のために移ったプネーでドラムを始めると、セッションミュージシャンとして音楽の道を目指すようになる。
その後、より本格的にタブラを追求するためにイギリスに渡り、SOAS(東洋アフリカ研究学院)のSanju Sahaiに師事。
ジャズミュージシャンとしてのキャリアも続け、2016年にクラブ・ミュージックの名門レーベルNinja Tuneからファーストアルバム"Day To Day"をリリースした。

彼の音楽性をごく簡単に説明すれば、「ジャズとインド古典音楽の融合」ということになるだろう。
これまでもジャズとインド音楽の融合は、東西のさまざまなアーティストが試みているが(例えばジョン・マクラフリンとザキール・フセインらによるプロジェクト'Shakti'や、ドキュメンタリー映画"Song of Lahore"にもなったパキスタンのSachal Jazz Ensembleなど)、いずれもが異なる音楽的要素を混合することによる、純粋な音響的な表現の追求にとどまるものだった。
つまり、実験的で純音楽的な試みではあっても、その時代の最先端のロックやヒップホップのような、同時代的なものではなかったということだ。
Sarathy Korwarのファースト・アルバムも、こうした枠のなかの作品のひとつとして捉えられるものだった。 
(もちろん、それでもここに挙げたアルバムが普遍的な音楽作品として十分に素晴らしいことは言うまでもない。また、それぞれのプロジェクトには社会的・時代的な必然性があったというのも事実だが、少なくとも同時代へのメッセージ性を強く持ったものではなかった)


ところが、The Leaf Label(これまでに、Four TetやAsa-Chang&巡礼の作品を取り扱っているヨークシャーのレーベル)からリリースされた彼のセカンドアルバム"More Arriving"は、こうした作品群とは全く違う次元のものだった。
Sarathyは、このアルバムに、SwadesiやPrabh Deepらの発展著しいインドのヒップホップ勢を参加させることで、インドの古典音楽とジャズという、「あまりにも様式として完成されてしまっているが故に、決して現代的にはなり得ない音楽ジャンル」に、極めて今日的な緊張感と魅力を付与することに成功した

このアルバムで、Sarathyは 2019年のセンスでジャズを解体再構築している。
いや、というよりも、むしろ2019年のセンスでジャズ本来の精神を解放しているといったほうが良いかもしれない。
つまり、都会の不穏さと快楽を音楽に閉じ込めるとともに、音そのもので、抑圧的な社会からの魂の自由を表現しているのだ。
それも、タブラプレイヤーでもあるインド系ジャズパーカッショニストだけができるやり方で。

とくに、冒頭の"Mumbay"から"Coolie"(デリーのラッパーPrabh Deepとレゲエシンガー&DJのDelhi Sultanateが参加)、そして"Bol"(アメリカ在住のカルナーティック・フュージョンのシンガーAditya Prakashと、インド系イギリス人でポエトリー・スラムのアーティストZia Ahmedが参加)に繋がる流れは素晴らしい。
"Bol"では、インドの伝統音楽が、ほぼそのままの形を保ちながら、すべて生音であるにもかかわらず、恐ろしいほど現代的に表現されている。
しかも、ここまでヘヴィに、緊張感を保ったままでだ。

"Bol"というタイトルは「発言」や「会話」という意味。
歌詞にもビデオにも、今日の英国社会での南アジア系住民へのステレオタイプな偏見に対する皮肉を含んだメッセージが込められている。
この動画は4分程度のシングル・バージョンだが、9分以上あるアルバム・バージョンはさらに素晴らしい。


アルバム全体もYoutubeで公開されているので、紹介しておく。
コンセプトや構成がしっかりしたアルバムなので、ぜひ通しで聴いてもらいたい。

"More Arriving"には、他にもムンバイのラッパーのTRAP POJU(a.k.a. Poetik Justis)やカルカッタの女性古典(ヒンドゥスターニー)シンガーのMirande, さらには在外インド人作家のDeepak Unnikrishnanなど、多彩なメンバーが参加している。

最後に、このアルバムへのSarathyのコメントやレーベルからの紹介文と、各メディアによる評価を紹介したい。

「このアルバムには、たくさんのラッパーや詩人などが参加していて、南アジアの様々な声をフィーチャーすることを目指しているんだ。それは単一のものではなく、ブラウン(南アジア系の人々)の多様なストーリーやナラティブによって成り立っているっていうことを強調しておくよ。"More Arriving"というタイトルは、人々の移動(ムーブメント)を表している。この言い回しは、恐怖や、望まざる競争、歓迎せざる気持ちなどがより多くやってくるという今日の状況を取り巻くものなんだ。」
(Sarathy Korwarのウェブサイトhttp://www.sarathykorwar.comより)

「我々は分断の時代を生きている。多文化主義(multiculturalism)は人種間の緊張と密接な関係があり、政治家は人々の耳に複雑なメッセージを届けることすらできないほどに無力だ。別な視点を持つべき時がやってきた。
このアルバムで、Sarahty Korwarは彼自身の鮮やかで多元的な表現を、世界に向けて撃ち放った。これは必ずしも調和(unity)のレコードではない。分断したイギリス社会でインド人として生きるKorwarの経験を率直に反映したものだ。イギリスとインドで2年半にわたってレコーディングされ、ムンバイとニューデリーの新しいラップシーンと、彼自身のインド古典音楽とジャズの楽器が取り入れられている。これは、対立から生まれた、対立の時代のためのレコードだ。」

(The Leaf Labelのウェブサイトhttp://www.theleaflabel.com/en/news/view/653/DMより)

「稀有な才能… 彼のリズムの激しさ、魅惑的なビジョンは、インドとジャズの融合の歴史に新しいスピンを加えた。★★★★★」(MOJO)

「絶対的な瞬間。民族的アイデンティティーを扱った、サイケデリックで、強烈なジャズのオデッセイ。素晴らしい。★★★★」(Guardian)

「2019年を定義するアルバムのうちのひとつ。Sarathyのニューアルバムはここ1年でもっともエキサイティングなもの…カゥワーリーからモダンジャズ、ムンバイ・ヒップホップ、インド古典音楽にいたるまでのワイルドな相乗効果だ。だがこれは、まさに今イギリスで起こっていることに関するレコードでもある」(Pete Paphides, Needle Mythology podcast)

「素晴らしい… アドレナリンに溢れ、パーカッションに導かれた、意識(consciousness)を高めるスリリングな冒険」(Electronic Music)

「アジア系ラッパーや詩人をフィーチャーしたインド音楽とジャズのスリリングな融合であり、いいかげんなステレオタイプや、東西文化のナラティブを変える必要性などのテーマに取り組んでいる。これは分断の時代のタイムリーなサウンドトラックだ」(Songlines)

「Korwarは、公民権を剥奪された人々の声という、ジャズの政治的でラディカルな歴史を取り入れ、それを現代イギリスにおけるインド人ディアスポラの体験に応用している」(The Vinyl Factory)

(以上、各媒体からのコメントは、The Leaf Labelのウェブサイトhttp://www.theleaflabel.com/en/news/view/653/DMから引用)


近年、独自の発展を続けてきた在外インド系アーティストと、急速に進化しているインド国内のアーティストの共演が盛んに行われているが、またしても、国境も、ジャンルも超えた名盤が誕生した。
"Sarathy Korwar"の"More Arriving"は、インド系ディアスポラとインド本国から誕生した、極めて普遍的かつ現代的な、もっと聴かれるべき、もっと評価されるべき作品だ。

インドの作品にしては珍しく、フィジカルでのリリース(CD、レコード)もされるようなので、ぜひ実際に手に取って聴いてみたいアルバムである。


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2019年08月16日

インドのヒップホップをネクストレベルに押し上げるデリーの新進レーベル、Azadi Records

これまで何度も紹介しているように、現在のインドのヒップホップの中心地は、間違いなくムンバイだ。
しかし、インドのヒップホップ人気はムンバイだけでなくすでに全国に達しており、当然ながら首都デリーにも、ストリートのリアルを体現した独自のシーンがある。
今回は、インドのアンダーグラウンド・ヒップホップの最重要レーベルと言っても過言ではない、デリーのAzadi Recordsを紹介する。

Azadi Recordsは2017年に発足した新しいレーベルだ。
創設者はイギリスで長く音楽業界に関わっていたMo JoshiとジャーナリストのUday Kapur.
Joshiはイギリスで最初期のヒップホップグループの一員として音楽キャリアをスタートさせ(このグループについては詳細な情報は得られなかった)、その後音楽フェス関連の仕事や、Joss Stoneなどの有名ミュージシャンとの仕事をしたのち、2014年にインドに帰国。
国内外のインド系ヒップホップアーティストを扱うウェブサイト、DesiHipHop.comでの勤務を経て、2017年にKapurとAzadi Recordsを立ち上げた。
国内外のヒップホップを知り尽くした二人が、満を持して発足したレーベルが、このAzadi Recordsというわけだ。

Azadi Recordsの記念すべき最初のリリースは、デリーのシク教徒のラッパー、Prabh Deepの"Kal".

パンジャービー系ながら、バングラー的なパーティーラップではなく、抑制の効いたディープなトラックに乗せてリアルなストリートの生活をラップするPrabh Deepは、あっという間に注目を集める存在となった。
(これまで、シク教徒を中心とするパンジャーブ系のラッパーは、伝統音楽バングラーのリズムにヒップホップやEDMを融合した派手なパーティースタイルのラップをすることが多かった。詳しくはこの記事を参照してほしい「Desi Hip HopからGully Rapへ インドのヒップホップの歴史」)

トラックを手がけているのは同じくデリー出身のSez on the Beat.
彼は、映画『ガリーボーイ』にもフィーチャーされたDIVINEとNaezyの"Mere Gully Mein"やDIVINEの"Jungli Sher"などにも携わっており、アグレッシブな典型的ガリーラップサウンドを作り上げた立役者でもある。
昨今ではより抑制的なビートとユニークな音響重視のトラックを作っており、インドのヒップホップの新しい局面を切り開いている。
Azadi Recordsがサウンド面でも高い評価を得ている理由は、このSezによるところも大きい。

"Kal"に続いてAzadi RecordsからリリースされたPrabh Deepのファースト・アルバム"Class-Sikh"は、Rolling Stone Indiaの2017年度最優秀アルバムに輝くなど、幾多の高評価を受け、文字通りインドのヒップホップのクラシックとなった。
同アルバムから"Suno"('Listen'という意味)


このアルバムの成功によって、Azadi Recordsは一躍インドのヒップホップシーンの台風の目となる。
レーベル名の'Azadi'は「自由」を意味するヒンディー語。
レーベルのFacebookページによると、彼らは「現代の差し迫った問題に批判的に関与し、意見を述べる、先進的で政治的意識の高い(consciousな)音楽をリリースするためのプラットフォームを南アジアのアーティストに提供する」ことを目的としており、「アンダーグラウンドであることを目指すのではなく、メインストリームによって無視されがちなストーリーに注目し」「世界中の多様なコミュニティ間の対話を始めるための新しいサウンドやビジュアルを探求する」という趣旨のもと活動しているという。
https://www.facebook.com/pg/azadirecords/about/

Prabh Deepに続いてAzadi Recordsがリリースしたのは、デリーのラッパーデュオSeedhe Maut.
トラックを手がけているのはやはりSez.


Seedhe Mautによる"Shaktimaan"というインドの特撮ヒーローをタイトルにした楽曲。


最近では、ジャンムー・カシミール州スリナガル出身のラッパーAhmerとSezによるアルバム"Little Kid, Big Dreams"をリリース。
Prabh Deepも参加したこの"Elaan"では、紛争の地カシミールに生まれたがために、自由や命の保証すらない現実と、それに対するフラストレーションがリアルにラップされている。
 

分離独立やパキスタンとの併合を求める運動が絶えないカシミールでは、先日のインド中央政府による強権的な自治権剥奪にともない、通信が遮断され、集会が制限されるなど、緊張状態が続いている。
この緊迫した状況下で故郷スリナガルに帰るAhmerのメッセージを、つい先日レーベルのアカウントがリツイートした。

「故郷に帰る。今日から封鎖の中に行くから、存在しなくなるのも同じさ。カシミールのみんなと同じように、包囲の中、暴力的な体制の中、専制の中、抑圧の中で過ごすんだ。自分の家族が無事でいるかどうか分からない。そうであってほしいけど。カシミールの外にいるみんな、無事でいてくれ。俺たちは奴らには負けない」
「明日から俺は存在しなくなる。生きているかどうか、誰にも分からないだろう」

無事を伝える通信手段すら確保できない故郷に、それでも帰る彼の気持ちはいかばかりだろうか。
Ahmerの無事を祈らずにはいられない。
(カシミールのリアルを伝えるラッパーには、他にMC Kashがいる。彼らについてはこちらの記事から「バジュランギおじさん/ヒンドゥー・ナショナリズム/カシミール問題とラッパーMC Kash(後半)」)

こうしたアーティストの楽曲のリリースは、まさに「メインストリームによって無視されがちなストーリーに注目し」「現代の差し迫った問題に批判的に関与し、意見を述べる、先進的で政治的意識の高い(consciousな)音楽をリリースする」というこのレーベルの目的に合致したものと言えるだろう。

Azadi Recordsは、通常のインドのレーベルでは売り上げの4〜7%しかアーティストが得られない契約であることに対して、アーティストとレーベルとで50%ずつの取り分としており、また大手レーベルが最大で30年間保有する著作権を、5年間のみの保有とするなど、アーティストの権利を尊重した契約をすることにしているという。

Mo Joshiは、現在のインドのエンターテインメントシーンについてこう語っている。
「ヒップホップはカルチャーなんだ。単にラップをしているだけはヒップホップとは言えない。ボリウッドにはラップこそあるけど、ヒップホップは存在していないよ」。
https://www.musicplus.in/all-things-hip-hop-with-mo-joshi-co-founder-azadi-records/) 
これは今年2月にインドで『ガリーボーイ』が公開された以降のインタビューだから、当然この映画の成功を意識した上での発言だろう。
インドのヒップホップシーンが『ガリーボーイ』に概ね好意的な反応を示しているなかで、かなり手厳しい意見だが、それだけピュアなアティテュードを持ったレーベルということなのだ。
 
Azadi Recordsの最新のリリースは、Prabh Deep feat. Hashbass & Tansoloの"KING"という楽曲。

インドのヒップホップにかなり早い時期から注目していた鈴木妄想さんをして「Prabh Deepの新曲が凄い。不穏な始まりからアブストラクトで浮遊感あるブリッジを経て、メロウな歌モノに展開。この人のトラックメイキングほんとに凄い。間違いなく俺の好きなヒップホップはこういう音だよ。」と言わしめた完成度(鈴木妄想さんのTwitterより。この楽曲を完璧に表現していて、もう何も付け加える言葉がない!)。
 

Azadi Recordsが取り上げるアーティストはデリーだけに止まらない。
ムンバイを拠点に政治的かつ社会的なラップを発表してきたユニットSwadesiも、Azadi Recordsと契約し、独特のアートで知られる先住民族ワールリーの立場を代弁する楽曲を発表している。


ムンバイで、ガリーラップとは一線を画すメランコリックなスタイルの楽曲を発表していたTienasも、Azadi Recordsから新曲"Juju"を発表したばかり。


他にも、Azadi Recordsはムンバイ在住のタミル語ラッパーRak, バンガロールを拠点に活動する英語とカンナダ語のバイリンガルのフィーメイル・ラッパーSiri, 北東部メガラヤ州のR&BユニットForeign Flowzらと契約を交わしており、首都デリーにとどまらず、インド全土の才能を世に出してゆくようだ。



(これらの楽曲は、以前のリリースであり、Azadi Recordsからのリリースではない。彼らはAzadiとの契約にサインしているが、楽曲のリリースはまだのようだ)

数々の楽曲のリリースのみならず、Mo Joshiは、DivineとRaja Kumariがコラボレーションした楽曲"Roots"のリリックに対して「カースト差別的である」との指摘をするなど、単に音楽業界のいちレーベルに止まらないご意見番としての役割を果たしているようだ。

おそらくは、この楽曲のなかの'Untouchable with brahmin flow from the mother land'(母なる大地から生まれたバラモンのフロウには触れることすらできない)というリリックを、バラモン(ブラーミン)を最も清浄な存在とし、最下層の人々を汚れた「不可触民」(Untouchable)としてきた歴史を肯定的に捉えたものと解釈して批判したものと思われる。

アメリカで生まれ育ったフィーメイル・ラッパーのRaja Kumariは、自身のルーツを示すものとしてヒンドゥー的な表現をよく使用しているが、この指摘は、インドにおける新しい価値観であるべきヒップホップが、旧弊な価値観を引き継いでいることに対する、目ざとい批判と言ってよいだろう。

インドのヒップホップシーンの成長と変化は驚くべきスピードで進んでいる。
これまで、ソニーと契約しているDIVINEらの一部の有名ラッパーを除いて、ほとんどのラッパーが自主的に音源をリリースしていたが、『ガリーボーイ』の主演俳優ランヴィール・シンが'IncInk'レーベルの発足を発表したり、DIVINEもまた新レーベルGully Gang Entertainmentを設立するなど、才能あるアーティストのためのプラットフォームが急速に整いつつある。

そのなかでも、このAzadi Recordsはピュアなアティテュードと感性で、アンダーグラウンドのリアルなヒップホップを取り扱うことで、非常に大きな存在感を示している。
今後の活動がますます注目されるレーベルである。


その他参考とした記事:
https://allaboutmusic.in/mo-joshi/
http://www.thewildcity.com/features/6357-azadi-records-are-taking-no-prisoners
https://scroll.in/magazine/893004/indias-most-exciting-music-label-doesnt-want-to-produce-hits-and-thats-a-good-thing




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2019年08月13日

ここ最近の面白い新曲を紹介!Karsh Kale feat. Komorebi, Aswekeepsearching, Swarthy Korwar feat. MC Mawaliほか

ここ最近、以前紹介したアーティストを中心に面白いリリースが相次いでいるので、今回はまとめて紹介してみます。

以前「インドのインディーズシーンの歴史的名曲レビュー」でも取り上げたタブラプレイヤー兼フュージョン・エレクトロニックの大御所Karsh Kaleは、日本のカルチャーの影響を受けた女性エレクトロニカアーティストKomorebiをフィーチャーした新曲をリリース。
Karsh Kale feat. Komorebi "Disappear" 
 
両方のアーティストの良さが活きた素晴らしい出来栄えの楽曲。
Komorebiはここ1〜2年でどんどん評価を上げており、ついにフュージョン音楽(ここで言うフュージョンはインド伝統音楽と現代音楽の融合のこと)のパイオニアの一人で、メインストリームの映画音楽でも活躍するKarsh Kaleに抜擢されるまでになった。
映像から音作りまで、非常にアーティスティックな彼女が今後どのような受け入れられ方をするのか、注目して見守りたい。

バンガロールを拠点に活躍するポストロックのAswekeepsearchingは、よりロック色の強い新曲"Rooh"(ウルドゥー語で「精神」という意味の単語か)をリリース。

今作では、ひとつ前のアルバム"Zia"で見られたエレクトロニックの要素は見られず、よりロック的な音作りの楽曲となっているが、演奏はともかくヴォーカルがLUNA SEAの河村隆一っぽく聴こえるところが好みが分かれそうだ。
彼らは新曲と同名のニューアルバムを準備中とのこと。
インドのポストロックシーンの代表格である彼らが、どんな新しいサウンドを届けてくれるのだろうか。


アメリカ出身のインド系女性シンガーMonica Dograは、フュージョンヒップホップ的な楽曲"Jungli Warrior"をリリース。

Divineらのガリー・ラップ以降、なんの変哲も無いインドの日常風景やそこらへんのオヤジをかっこよく撮るのが流行っているようだが、このビデオでもボート漕ぎのおっさんが非常にクールな質感で映されている。
オシャレで絵になるもののみを映すのではなく、日常を「リアルでかつクールなもの」として再定義するこの傾向は、かっこいいし面白いし個人的にも大好きだ。
タイトルはの"Jungli Warrior"は「ワイルドな戦士」といった意味。
余談だが英語でも日本語でも通じる"Jungle"はインド由来の言葉である。

在英インド系タブラ奏者/ジャズ・パーカッショニストのSarathy Korwarは、ムンバイのアンダーグラウンドヒップホップクルーSwadesiのMC Mawaliをフィーチャーした"Mumbay"をリリース。
 
ひたすらムンバイの街と人々を映した映像は、まさに日常をクール化する作風の具体例と言っていいだろう。
ムンバイの映像に合わせて、もろジャズなトラックに、ラップと呼ぶにはインド的過ぎるMawaliの語りが乗ると、まるでニューヨークあたりのように、不穏かつスタイリッシュに映るのが不思議だ。
冒頭に映画『ガリーボーイ』で有名になったフレーズ'Apna Time Aayega'がプリントされたTシャツや、ダラヴィのラッパーたちが少しだが映っている。
音楽的には変拍子が入ったノリにくいリズムが、不思議な緊張感を醸し出していて、大都会ムンバイの雰囲気が伝わってくるかのような楽曲に仕上がっている。

Sarathy Korwarは、2016年に名門Ninja Tuneから、デビュー・アルバム"Day to Day"をリリースしたアーティスト。
ジャズにインドに暮らすアフリカ系少数民族Siddi族の音楽を取り入れた音楽性がジャイルス・ピーターソンやフォー・テットにも高い評価を受け、その後はカマシ・ワシントンらのオープニング・アクトを務めるなどヨーロッパを中心に活躍している。
"Mumbay"は彼のセカンド・アルバム"More Arriving"からの楽曲。
Sarathyは「これまでにイギリスで考えられてきた典型的なインドのサウンドではなくて、本国とディアスポラ双方の2019年の新しい音楽のショーケースを見せたかったんだ」と述べている。
アルバムの他の楽曲にはデリーの大注目ラッパーPrabh Deepや闘争のレゲエ・アーティストDelhi Sultanateも参加している。
新しい世代の在外インド人系フュージョン・アーティストとして要注目だ。

この"Mumbay"という楽曲は、「ムンバイ(ボンベイ)という都市へのラブレターのようなもの」で、この街の二重性や相反する物語を表すもの」だそう。
https://www.vice.com/en_in/article/xwndb7/stream-sarathy-korwars-new-single-mumbay-ft-mc-mawali-of-swadesi) 
以前紹介したDIVINEの"Yeh Mera Bombay"とも似たテーマを扱っているようにも思える。

ちなみにムンバイの老舗ヒップホップクルー、Mumbai's Finestによると「ムンバイは名前で、ボンベイは感情だ。同じように聴こえるかもしれないけど、ボンベイには意味があるんだ(欠点もね)」(Mumbai is the name and Bombay is a feeling, It may sound the same, but Bombay is the meaning (demeaning)!)とのこと。

この街の文化的な豊かさやいびつさが、今後ますます素晴らしい作品を生むことになりそうだ。



今回紹介したアーティストを過去に取り上げた記事はこちらから。








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2019年08月10日

今年も日本のバンドが出演!Ziro Festivalのラインナップが面白い!

昨年も紹介したインド北東部の最果ての地、アルナーチャル・プラデーシュ州で行われる究極の音楽フェスZiro Festival of Musicが今年も面白そうだ。

(昨年の記事↓)

インド北東部の玄関口アッサム州のグワハティから8時間近く鉄道に揺られ、最寄駅からジープで3時間半かけてやっと到着するアルナーチャル・プラデーシュ州のZiro Valleyで行われるこのフェスには、インド北東部を中心に、インド全土、そして世界中の先鋭的なミュージシャンが毎年出演することで知られている。
この辺境の地で行われるイベントがどれだけピースフルで素晴らしいものなのかは、昨年のアフタームービーを見れば分かるはずだ。

大自然のなかで行われるこのフェスティバルは、いまや数々の音楽フェスが開催されるようになったインドでも、究極の音楽好きが集うイベントとして一目置かれている。

先日、今年のラインナップが発表され、日本のサイケデリック・ロックバンドAcid Mothers Templeが出演することが明らかになった。
zirofestival2019

アルファベット順に記載されているようなので、彼らがヘッドライナーかどうかは分からないが、一昨年はジャーマンロックバンドCanのヴォーカリストとして有名なダモ鈴木、昨年はポストロックのMONOがトリを務めており、いずれにしても3年連続で日本人アーティストが出演することになる。


インドからの出演者も非常にユニークで、いずれもインディーズシーンでも知る人ぞ知る存在のアーティストばかりだが、知名度よりもサウンドの面白さを追求して選んでいるようだ。
西ベンガル州北部シリグリー出身のDreamhourは80年代サウンドを追求するエレクトロニックアーティスト。

この楽曲にはKrakenのギター/ヴォーカルのMoses Koulが参加している。

パンジャーブ州のThat Boy RobyはRolling Stone India誌が選ぶ2018年のミュージックビデオ10選にも選ばれたガレージロックバンド。


New DelhiのZokovaはスリーピースのインストゥルメンタル・ポストロックバンド。


ウッタラカンド州のKarmaは歯切れの良いラップを聴かせるラッパー。


エレクトロニック、ロック、ヒップホップといった現代音楽でインドじゅうから個性的なラインナップを揃えたかと思えば、伝統音楽にも目配りが効いており、カルナータカ州のJyoti Hegdeは古典楽器ヴィーナの奏者だ。

HarmoNOniumは、こちらも伝統音楽で使われる鍵盤楽器ハーモニウム奏者兼ヴォーカリストのOmkar Patilが率いるフュージョンロックバンド。


出演者のなかでもっとも知名度が高いのは、カルナータカ出身で、映画音楽なども歌うシンガーのLucky Aliだろう。

地元のインド北東部からは、今年はシッキム州ガントクのベテランハードロックバンドStill Waters(2001年結成)や、ナガランドのポップロックバンドTrance Effectらが出演する。

この曲はAC/DCを彷彿させるナンバー。



海外から招聘しているアーティストも、国際的スターではなくても、面白そうなバンドばかりだ。
リトアニアのAntikvariniai Kašpirovskio Dantysはジプシー的な要素も入ったローカル歌謡ロック。


イスラエルのOuzo Bazookaは、来日経験があり、サラーム海上さんも推している中東サイケデリックロックバンド。


日本から参加するAcid Mothers Temple

いったいZiro Valleyの地でどんなライブを見せてくれるのだろうか。

昨年のZiro FestivalでのMONOのライブを見てみよう。


都会を遠く離れ、インドの山奥の大自然のなかでこの美しい轟音に身を委ねることができたらどんなに素晴らしい体験だろう。

この個性的すぎるラインナップのフェスを主催しているのは、アルナーチャルのプロモーターBobby Hanoと、首都デリーのロックバンドMenwhopauseのギタリストで、かつてはジャーナリストとしても活躍していたAnup Kutty.
きっかけは、Anupがバンドでインド北東部をツアーしたとき、プロモーターをしていたBobby Hanoが故郷のZiro ValleyにAnupを招待したことだった。
自然に囲まれ、独自の文化を保っているこの地に惹かれたAnupは、滞在中にBobbyとZiroで音楽フェスティバルを開催する構想を話し合った。
デリーに戻ってもそのアイデアが頭を離れなかったAnupは、アルナーチャル・プラデーシュ州の観光局に企画を持ち込んだところ、州は全面的なサポートを彼に約束し、この世界でも稀な辺境の地での先進的音楽フェスティバルが開催されることとなった。
(参考記事:https://rollingstoneindia.com/menwhopause-guitarist-anup-kutty-on-setting-up-ziro-festival/) 
第1回Ziro Festival of Musicの開催はは2012年。
当初から全国的な人気を誇るインディーアクトと、開催地に近い北東部諸州のミュージシャンの両方を出演させる方針が取られ、フェスが軌道に乗ってからは、海外のアーティストも招聘されるようになった。
これまでに前述のMONOやダモ鈴木に加え、Sonic YouthのLee RanaldやSteve Shelleyなども出演したことがある。

Anupが所属するMenwhopauseは2001年に結成されたベテランバンドで、これまでに2007年に米国でのSXSW(South by South West)出演や、複数のヨーロッパツアーの経験がある、インドで最も早く国際的に評価されたバンドのひとつだ。




彼らのSNSはここ1年ほどSNSの更新もなく、目立った活動はしていないようだが、彼ら功績は後続のアーティストたちにとって、確かな道標となっている。

Ziro Festival of Musicは、今年は9月26日から29日にかけて開催。
美しい自然の中にすばらしいラインナップのアーティストたちを集めるだけではなく、プラスチックを極力排除し、環境への配慮も意識するなど、様々な面で理想的な音楽フェスティバルだ。
フェスティバルが単なる音楽鑑賞ではなく、特別なエクスペリエンスであることを最大限に重視した、私が今、世界で一番行きたいフェスである。

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2019年08月06日

インドのインディーズシーンの歴史その14 バンガロール出身の洋楽的ロックバンドThermal And A Quarter

VH1INDIAによるインドのインディー100曲
今回は、ここのところすっかりご無沙汰していた、インドのインディーミュージックの歴史を辿るこの企画の第14回目をお届けする。
今回紹介するのは1996年結成のロックバンド、Thermal And A Quarterだ。
現在のメンバーはBruce Lee Mani(ギター/ヴォーカル)、Rajeev Rajagopal(ドラム)、Leslie Charles(ベース)の3人。(ベーシストは何度か交代している)
これまで、この企画ではムンバイやデリー、あるいは海外在住のミュージシャンを紹介することが多かったが、前回紹介したMotherjaneは南部ケーララ出身、そして今回のThermal And A Quarterも南部、インドのシリコンバレーとして有名なカンナダ州バンガロール出身のバンドだ。
1990年代、インドのインディーミュージックシーンはまだまだ小さかったが、特定の都市だけではなく、インドじゅうの大都市で同時多発的に発展してきた。

彼らは96年に結成されたのち、カレッジ・フェスティバルなどで経験を積み、2000年にファーストアルバム"Thermalandaquarter.com"をリリース(IT都市として世界中で知られるようになってきていた当時のバンガロールらしいタイトル!)。
今回紹介されている'One Small Love'は彼らが2009年にリリースした楽曲だ。

5拍子の変則的なリズムの楽曲だが、インド音楽の要素は全くなく、英語ヴォーカルのメランコリックなロックソング。

彼らはインドのなかでも非常に洋楽的なサウンドを聴かせるバンドと言えるだろう。
彼らの音楽にはロック、ファンク、ジャズ、ブルース、プログレなど、さまざまな音楽の要素がミックスされており、曲ごと、アルバムごとに多様なルーツをハイブリッドした楽曲を聴かせてくれている。
2001年にはDeep Purpleの、2012年にはGuns'n'Rosesのバンガロール公演のオープニングアクトも経験するなど、その評価はキャリアを通じてかなり高いようだ。

ホーンセクションを導入したファンキーな楽曲、"MEDs"


こちらもホーンセクションを導入した、シカゴのようなブラスロックを思わせるポップナンバー"I Am Endorsed, And you?". この2曲はいずれも2015年のリリース。


同じ年の作品から、SNSに没頭する生活を皮肉っぽく歌った"Like Me".


現時点での最新曲はレイドバックしたグルーヴが心地よいLeaders of Men.
 
彼らは自分たちの音楽性を「バンガロール・ロック」と名付けており、今世紀に入って「世界のバックオフィス」となったバンガロールの不安をテーマにしたコンセプトアルバムなども発表しているようだ。

インドのバンドであることを全く感じさせない英語ヴォーカルの洗練されたロックは、国際都市バンガロールならではのサウンドだ。
同時代ではなく過去の音楽(70年代あたり)を参照する感覚は、日本の渋谷系にも通じるものがある。
ルーツとなる音楽への深い理解と、それを再現する高い演奏能力には驚かされるばかりだ。

インドの音楽シーンの懐の深さを毎回感じさせられるこの企画、次回は'00年代に国内盤も発売されていたデリーのエレクトロニカ・デュオMIDIval Punditzを紹介!
乞うご期待!

参考サイト:https://www.livemint.com/Leisure/34ncrjzZbr52LR75w1ivwM/QA-Thermal-and-a-Quarter.html

 

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2019年08月04日

世界に進出するインドのメタルバンド!

前回の記事で、ケーララ州のスラッシュメタルバンドAmorphiaの日本ツアーの話題をお届けした。
7月5日付の'Rolling Stone India'電子版の記事によると、今年(2019年)はインドのメタルバンドが今までになく国際的に大活躍している年だそうで、9月までに9つのバンドの海外ツアーが行われるという。

2月のAmorphiaの日本ツアーに続いて、3〜4月には、ムンバイのメタルバンドZygnemaが東欧からフランスまでヨーロッパ9か国、16都市を巡るツアーを敢行した。 
Zygnemaは2006年に結成されたスラッシュ/グルーヴメタルバンドで、これまでにもドイツ(メタル系の巨大フェスティバルWacken Open Airへの出演)やノルウェー、タイ、ドバイなどへのツアー経験がある。

2013年のWackenでのライブ映像

セパルトゥラやパンテラといった大御所バンドを思わせるサウンドで、メタルの本場のオーディエンスを盛り上げている。
新曲の"I Am Nothing"は女性への性暴力を告発した内容。
社会派バンドとしての側面もある。


ところでこのZygnemaというバンド名、重々しくていかにもメタルバンドらしい響きだけど、どんな意味だろうと思って調べてみたら、「ホシミドロ」っていう藻みたいな植物の名前だった。
藻っていうのはどうなんだろうね、メタルのバンド名として。
 

ムンバイのスラッシュメタルバンド、Systemhouse 33は、イスラエルのバンドOrphaned Landと西ヨーロッパ7か国20都市を4月にツアーした。

彼らもまた2003年に結成された老舗バンドで、ボーカリストのSamron Jodeは、以前このブログでも紹介したシタールをフィーチャーしたエレクトロニックメタルバンドParatraのギタリストとしても昨年秋にヨーロッパツアーをしたばかり。
Systemhouse 33はピュアなメタルバンドだが、Paratraではかなりダンスミュージック寄りの全く異なるアプローチを聴かせている。
(参考記事:「混ぜるな危険!(ヘヴィーメタルとインド古典音楽を) インドで生まれた新ジャンル、シタール・メタルとは一体何なのか」


昨年来日した黒ターバンのベーシストGurdip Singh Narangが率いるムンバイのブルータルデスメタルバンドGutslitは、アメリカのベテランバンドDying Fetusのサポート公演を含むドイツや東欧を中心としたツアーを7月に行ったばかり。

王道のデスメタルサウンドを演奏しつつも、見た目に分かりやすいインド人の要素もある(メタルだけにターバンの色は必ず黒!)彼らは、ビジュアル戦略にも非常に長けたバンドだ。
彼らは典型的なメタルバンドの枠に収まらないかなりユニークなセンスを持っていて、例えば彼らの新しいビジュアルイメージは、ピンク色を基調にしたメルヘンチックなテイストの、ツノがチェーンソーになったかわいらしくも残酷なユニコーンのイラストだ。
Gutslit_Unicorn
デザインしたのはドラマーのAaron Pinto.
かつてこのバンドのスタイリッシュなカートゥーン調のミュージックビデオを手がけたこともある、稀有なセンスの持ち主である。


バンガロールで1998年に結成されたベテランバンドKryptosは、7月にいくつかの野外フェスティバルへの出演を含めたドイツツアーを実施。
彼らも2013年と2017年にWacken Open Airに出演したことがある。
彼らのサウンドは、1980年代を彷彿させるのオールドスクールなメタルサウンドに、デス/スラッシュメタル的なヴォーカルが乗ったもの。


こちらは今年発売のアルバム。

意図的にB級感を狙ったこのアルバムジャケットは彼らのサウンドにぴったりで、彼らもなかなかのビジュアルセンスを持っているようだ。


南インドの伝統音楽とメタルを融合したプログレッシブ・カルナーティック・フュージョンを掲げるProject Mishramは、7月にイギリス公演を行ったばかり。
彼らはツインギターにフルートとバイオリン奏者を含むバンガロール出身の7人組バンドだ。

ラップメタル的に始まる楽曲だが、古典声楽風のボーカルが入ってくると空気感が一変して、一気にインドの大地に連れて行かれてしまう。
変拍子や複雑なキメの多いインド古典音楽は、プログレッシブ・メタルとの親和性が高く、彼らの他にもParadigm Shift, Agam, Pineapple Expressらがフュージョン・メタルの世界で活躍している。

ボリウッドをもじったバンド名のBloodywoodsはWacken Open Airでの公演を含むツアーを7月〜8月にかけて実施。
ドイツ、イギリス、フランス、ロシアを巡るこのツアータイトルは、その名もRaj Against The Machine.
言うまでもなく、これは90年代から活躍するアメリカの政治的ラップメタルバンドRage Against The Machineのパロディーだ。
これはインドのフォーク(民謡)メタルを標榜する彼らが、春の訪れとともに色粉をぶっかけあうお祭り「ホーリー」をテーマにした楽曲。

当初はインドの要素を取り入れたパロディ/コミックバンド的なイメージで活動していたが、思いのほか本格的なサウンドが評価されてしまい(日本でもすでにいくつかのブログやメディアで紹介されている)、最近ではメンタルヘルスをテーマにしたシリアスな楽曲も発表している。



インド南東部アーンドラ・プラデーシュ州の港町Visakhapatnam出身の正統派パワーメタルバンドAgainst Evilは、ドイツのDoc Gator Recordsと契約し、8月にドイツ、オーストリア、ベルギー、スイスを巡るツアーを実施する。

このツアーは、おもにドイツのメタルファンによるクラウドファンディングによって実現することになったもので、国境を超えたメタルコミュニティーのサポート力を感じさせられる。


お隣テランガナ州の州都ハイデラバードのデスメタルバンドGodlessは9月にドイツのバンドDivideとともにヨーロッパ8カ国を回るツアーを実施。
彼らも昨年、Wacken Open Airへの出演を果たしている。



と、2019年はこれだけのヘヴィーメタルバンドが海外に飛躍する年になった。
記事にも書いたように、インドのメタルバンドの海外進出は急に始まったものではなく、これまでもフェスティバルへの出演などを含めたヨーロッパツアーはいくつものバンドが行なっている。
2008年にはすでにRolling Stone India紙でインドのメタルシーンの興隆についての特集記事が掲載されており、インドでのヘヴィーメタルブームは一過性のものではなく、完全に定着していると言えるだろう。
世界的には「知られざるメタル大国」だったインドのバンドの実力に、徐々に世界中が気づいて来ているのだ。
今回同誌に紹介されていた以外にも、これまでに海外ツアーを実施したバンドは複数おり、ムンバイのシンフォニック・デスメタルバンド、Demonic Resurrectionは、2014年にWacken, 2018年にイギリスのBloodstock Festivalに出演しており、今年も8月から9月にかけてイギリスツアーを行うなど積極的に海外で活動している。


世界最大級のメタル系フェスティバルであるドイツのWacken Open Airに出演したインドのバンドは多く、バンガロールのEc{c}entric Pendulumや北東部メガラヤ州のPlague Throat(ともにデスメタル)もそれぞれ2011年と2014年に同フェスへの参加を果たしている。




また、インド系アメリカ人を含むSkyharborは、昨年、Babymetalのサポートに起用され、アメリカをともにツアーした。


フェスティバルのヘッドライナーを務めるような大物バンドはまだインドから出て来ていないが、どのバンドも演奏能力が高く、各ジャンルの特徴を余すところなく表現できている。
インドのメタルバンドのポテンシャルは想像以上に高いということがお分かりいただけるだろう

以前、映画『ガリーボーイ』をきっかけに、ストリートのラッパーたちがメジャーシーンでも注目されるようになり、インドのヒップホップシーンが大いに活性化してきていることを紹介した。
これまで夢や希望が持てなかったスラムに暮らす若者たちが、ヒップホップを通して名を挙げ、スターになることすらできる時代がやってきたのだ。
前回も書いたように、ヘヴィーメタルはヒップホップに比べて、言語よりもサウンドが重視されるため、優れた楽曲と演奏能力さえあれば、インド国内のみならず海外での評価もされやすいジャンルだ。
スラム出身でも、ラッパーとして評価されればインドのスターになれるように、ヘヴィーメタルバンドとして評価されれば、国籍に関係なく世界をツアーできる時代がやってきた。
新たにバンドを結成するインドの若者たちにとっても、これは嬉しいニュースだろう。
インドのヘヴィーメタルの勢いは、まだまだ続きそうだ。



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