2018年10月

2018年10月27日

特集ナガランドその3 ナガの地で花開く日本文化 ナガランドのオタク・カルチャー事情とは?

インド北東部の秘境、ナガランド州を紹介してきたこの特集。
第1回目は「首刈り」「独立闘争」「キリスト教」に象徴されるナガランドの近現代史を取り上げ、第2回目では社会問題となっている悪魔崇拝とその背景を紹介してきた。
第3回目の今回は、現代のナガの若者たちの間に流行するさらに驚愕のカルチャーを紹介する。
何を隠そう、それは日本発祥の文化。

それは何かというと、「コスプレ」だ。
アニメ、マンガに代表される日本のサブカルチャーはインドでもそれなりの人気を博してはいるが(例えば首都デリーやムンバイでもコスプレイベントが開催されている)、なぜかここナガランドには、州の規模を考えると非常に多くの熱心なオタクカルチャーファンが集中している。

百聞は一見に如かず。
さっそくその様子を見てみよう。
これは、今年7月にナガランドの州都コヒマで行われたイベント、Cosfestの様子だ。
入場料は大人100ルピー(約160円)、子供50ルピー(約80円)。
インドとはいえ、ナガの人々は日本人同様のモンゴロイド系の顔立ちなので、言われなければインドだと全く気づかないほどのコスプレっぷり!
NagaCos1

NagaCos2

NagaCos3

NagaCos4

これはコスプレでなくオブジェ
NagaCos5
(以上写真5枚はhttps://rootsandleisure.com/day-1-of-cosfest-2018-kohima/から)

NagaCos6

NagaCos7

NagaCos8
NagaCos9

(以上写真4枚はhttp://morungexpress.com/cosplay-just-costume-play/から)

紹介しておきながら元ネタが分からないものが多く、あまり語れることがなくて申し訳ない。
このイベントは、Nagaland Anime Junkies(NAJ)というグループが州都のコヒマで2013年から毎年開催しているもの。
地元メディアの記事によると、当初、こうしたコスプレイヤーが出始めた頃には、見慣れない黒ずくめの衣装や奇妙なメイクに、すわ新手のサタニストかと疑われたりもしていたようだが、今では新たな文化としてすっかり定着しているという。

第6回目となる今年は、コスプレだけでなく、バンド演奏、 DJ、アニメ映画の上映(新海誠)なども行われ、8,000人ものファンを集めた。
前回紹介した社会問題となっているコヒマのサタニストが3,000人とのことだから、悪魔主義者の倍以上のコスプレファン・アニメファンがいるということだ。
繰り返すが、コヒマの人口は27万人。
そのうち1%はサタニストで、悪魔に取り憑かれていたり、真夜中に墓地であやしげな儀式をしたりしている。
そして3%はイベントに集まるほどのコスプレファン。
ここはいったいどういう街なんだ…。

映像でみるとこんな感じで、とても、あののどかな「あまねき旋律」の舞台と同じ州だとは思えない。

先進国のコスプレと比較して完成度がどうなのか、私には分かりかねるが、着物にもセーラー服にも触れたことがないであろうナガランドで、情熱と工夫でここまでの衣装やメイクを作り上げる姿勢にはもう脱帽するしかない。

Cosfestを主催しているNagaland Anime Junkies(NAJ)は2011年に結成された。
当初はNaga Anime Junkiesを名乗っていたが、ファンが集まるにつれて「自分はナガ人ではないが仲間に入れてもらえないか」という声が多くなり、名称をNagaland Anime Junkiesに改めたという。
Nagaは民族名だが、Nagalandは単なる地名だからだ。
このCosfestは、当初は遠く離れたムンバイのコスプレイベントに参加できない地元のアニメファンのために開催したものだったのが(コヒマ-ムンバイ間の距離は3,000km以上)、あっという間に大人気となり、近隣の州からもファンが集まるようになった。
ナガランドのコスプレ愛好家たちは、材料が手に入りにくい環境で工夫に工夫を重ねて衣装を製作しているとのこと。
地元の生地屋で使えそうな生地を買ったり、現地では高価な発泡スチロールを冷蔵品を扱うお店に売ってもらったりして、手作りで衣装を作っているという。

インドでは、ドラえもん、クレヨンしんちゃん、ハットリくん、ポケモンのような子ども向けのアニメは広く知られているが、コスプレの対象になるようなサブカル的、オタク的なアニメのファンはまだまだ一般的でない。
それなのに、このナガランドでの異常なまでのアニメブームはいったいどういうことなのだろうか。

地元紙の報道によると、ナガランドでの日本ブームには3つのきっかけがあったようだ。
1つめは、2002年に日本の宗教指導者がナガランドを訪れ、第二次世界大戦中の激戦地となったことに対し、謝罪を行ったということ。(調べたところ、キリスト教のアガペという団体だったようだ)
2つめは、2009年に日本のミュージシャンがコヒマでパフォーマンスをしたこと。(調べたけど誰だか分からなかった。いったい誰?)
3つめは、2011年にナガを代表するバンドたちが、東日本大震災の被災者支援のためのイベントを開催したことだという。
このイベントには、先日紹介したAlobo NagaやDivine Connectionも出演したようだ。
日本では詳しく報じられなかったと思うが、遠く離れた、決して豊かとは言えないナガランドからも、州を代表するスターや一般市民たちが精一杯の支援してくれたと思うと、胸が熱くなる。
こうしたイベントを通して日本文化への親近感が湧いていたところに、日本の映画「クローズzero」(原作は漫画)が公開され、日本ブームに火がついたということのようだ。

また、Cosfestを扱ったドキュメンタリー映画(「Japan in Nagaland」後述)によると、ナガのアニメファンたちはアニマックスやカートゥーン・ネットワークのようなケーブルテレビでアニメにはまったという。
このドキュメンタリーでは、コスプレがここまで流行する背景として、ナガランドにはバーやクラブのような若者向けの娯楽や文化がなかったためと分析されている。

ナガランドの日本のサブカルチャーへの情熱は、コスプレという「模倣」にとどまらない。
日本風のオリジナルのマンガを描くアーティストもいる。
NagaManga1
NagaManga2
(画像2点、出展:https://scroll.in/magazine/876664/in-manga-crazy-nagaland-a-young-womans-comic-series-has-made-her-a-minor-star

彼女の名前はThej Yomhe.
ナガランドから2,500キロ離れたインド北西部ウッタラカンド州デラドゥンの大学でアニメーションとVFXの学位を取得したのち、今では地元で働きながらマンガの製作を行っているそうだ。
彼女の作品、'Carnaby Black'はここから読むことができる。
https://tapas.io/episode/39319
日本のマンガの影響だけでなく、森林や山並みなどの豊かな自然の描き方にナガのルーツを感じさせる作風だ。

ナガランドでここまで日本のサブカルチャーが愛されている理由として、ナガの人々の外見が影響しているという指摘もある。
ボリウッド映画のように典型的なインド人が活躍する作品よりも、同じモンゴロイドである日本の作品のほうが感情移入しやすいというのだ。
アニメやマンガの前には、日本と同じ東アジアの韓流ドラマが、そのさらに前には香港のカンフー映画が流行っていたという。
とはいえ、それらの実写作品と違い、日本のアニメやマンガには、キャラクターや舞台設定が無国籍なものも多い。
コスプレの対象になるような作品はなおさらだ。
それなのになぜ、ナガの若者たちはここまで夢中になるのだろうか。
もちろんストーリーやキャラクター自体が魅力的だということもあるだろうが、それだけではなぜインドのなかでここナガランドでだけ特別な盛り上がりを見せているのか、説明がつかない。

以前紹介した通り、ナガランドは伝統的な精霊信仰からキリスト教への改宗が地域を挙げて行われた土地だ。
かつては部族ごとに独自の文化や言語を持ち、他の部族に対して首刈りまで行っていたナガの人々は、20世紀中頃までに行われた改宗によって、それまでの伝統的な生活を変え、キリスト教を中心とした新しい価値観に大きく舵を切った。
これは、彼らの暮らしに根づいていた伝統的な歌声さえも、一度は捨ててしまったというほどの大きな変革だった。
改宗後、ナガの生活は著しく変わった。
部族ごとに異なる言語を話していた彼らは、宣教師が作り出した共通語「ナガミーズ」を手に入れ、今では英語も一般的に話されている。
1951年には10%だった識字率は、2011年には80%にも達した。

こうした変化にともない、ナガの若い世代が、自らの歴史的なルーツとの間に乖離を抱えているであろうことは想像に難くない。
現在の価値観の中心であるキリスト教も、若い世代にとっては「古い伝統に変わる開明的な信仰」という実感を抱けるほどに新しいものではないだろう。
勇敢な首刈りの戦士たちも、インターネット世代の若者たちには遠い過去の話だ。
そんな中で、ナガの若者たちが、自分たちの熱中できる対象として日本のアニメを見出したというのはとても興味深い。

日本も、敗戦によって明治以来の価値観を大きく転換した歴史を持つ。
その後の経済成長によって伝統的な暮らしを失ってゆく過程の中で、欧米文化の影響を受けながらも、新しく自由な発想で作られてきたのがアニメやマンガに代表される日本のサブカルチャーだ。
他の文化圏では子ども向けの娯楽に過ぎなかったアニメやマンガは、ここ日本では新しい文学となり、神話となった。

ナガと日本は、理由はどうあれ、いずれもが、第二次世界大戦後に自分たちのルーツを一度は否定してきた歴史を持つ。
自身のアイデンティティーを考えた時に、歴史や伝統というルーツを喪失したナガランドの若者たちが日本のサブカルチャーを熱狂的に受け入れているということは、ある種の必然とも言えるのかもしれない。

このナガランドのアニメブームは、インド国営放送Doordarshanも注目しており、2014年の第2回Cosfestを取材した40分ほどのドキュメンタリー映画'Japan in Nagaland'が製作されている。

NAJのメンバーたちや地元のコスプレイヤーたちの情熱には驚かされるばかり。
(Carnaby Blackの作者、Thej Yomheも登場する)
38分18秒あたりから、彼らが日本に対する憧れを語るシーンがある。
彼らの憧れの地でわりと憂鬱に日常を暮らしている私としては、インタビューを聞いてこそばゆいというか、申し訳ないような気持になる。
彼らにとって日本は、外見こそそっくりでも、あまりにも遠い場所であるようだ。

日本に数多ある日本好きの外国人を扱うテレビ番組のスタッフは、まだ彼らに気づいていないんだろうか。
意外性のある、とても面白い番組が作れるように思うのだけど。

ナガランドのオタクのみなさん、こんなにも日本の文化を愛してくれてありがとう。
震災の時の支援にも、遅くなりましたが勝手に日本を代表してお礼を申し上げます。
日本の人たち、とくに、彼らと同じようにアニメやコスプレを愛する人たちに、遠いナガランドにいる彼らのことを少しでも知ってもらえたらと思ってこの記事を書きました。

いつか会えたらいいね!

参考記事:
https://www.thehindu.com/society/history-and-culture/nagalands-japanese-subculture/article24481651.ece
https://www.telegraphindia.com/7-days/bye-bye-hallyu-hello-haiku/cid/1670283
https://rootsandleisure.com/day-1-of-cosfest-2018-kohima/
https://homegrown.co.in/article/800138/documentary-filmmaker-hemant-gaba-explores-cosplay-culture-in-nagaland

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2018年10月21日

特集ナガランドその2 神の国となりし首刈りの地に悪魔の叫びが木霊する!悪魔崇拝とブラックメタル


前回
紹介したように、ナガランドの近現代史を象徴する3つの要素といえば、「首刈り」「キリスト教」「独立闘争」ということになる。
 ナガの人々は、キリスト教への改宗によって首刈りを野蛮な風習として取りやめ、今では人口の9割がクリスチャンとして暮らしている(プロテスタントのバプテスト派が多い)。
激しい独立闘争もひとまず影をひそめ、信仰のもとに平和な生活が戻ったかに思われたナガランド。
しかし、近年この地に新たな社会問題が発生している。

それは、「悪魔崇拝」(サタニズム)だ。 
キリスト教が圧倒的なマジョリティーを占めるナガランドで、反キリストの悪魔崇拝が若者の間で流行し、深刻な問題になっているというのだ。
現地のニュースサイトによると、州都コヒマだけで、10代や20代を中心に、3,000人以上のサタンの崇拝者がいるとのこと。

コヒマは、ナガの16部族のうち、アンガミ族が多く暮らす人口27万人ほどの街だ。
この街で3,000人以上というのことは、人口比にして1%以上。
東京で言えば10万人以上のサタニストがいるというのと同じことで、確かにこれは無視できない問題に違いない。
コヒマは前回紹介した映画「あまねき旋律」の舞台となったPhekからも30キロ程度の場所にある。
おどろおどろしい悪魔崇拝が、あののどかな農村のすぐそばまで迫っているのだ。

サタニスト達は何をしているのかというと、地元紙の記事によると「血をすするような儀式、自傷行為、墓地での真夜中の礼拝」などを行い、「聖書を燃やしたり、生の肉を食べたり」して、さらには「空中浮遊のような超常現象」をも起こしていると言われているらしい。
ほんとかよ…。
(参考サイト:http://morungexpress.com/naga-society-faced-teenagers-satanism/
       http://morungexpress.com/satanism-in-nagaland-putting-it-into-perspective/

心配した両親たちは、子どもたちを取り戻すための「十字軍」を結成し、祈りの戦士(prayer warrior)やスピリチュアル・カウンセラーの力によって、彼らをもとの信仰へと連れ戻そうとしているという。
そりゃ、子どもたちがそんな不気味な儀式を始めたら親じゃなくても心配するよな。
それに生肉を食べるってのは何だろう。
お腹こわしたりしないんだろうか。

「十字軍」のカウンセラーたちは、サタニストの少年が「ルシファーこそ我が王なり」と叫んで床をかきむしりながら神を罵倒しているところに神の愛を説きながら改心を呼びかけるという、映画「エクソシスト」さながらの悪魔払いを行っているという。

我々取材班は、とあるルートからナガランドで実際に行われている悪魔祓いの儀式を撮影した映像を入手した。
(まあ、ふつうにYoutubeにあったんだけど。単にこれが言ってみたかった)


かなりショッキングな映像だが、これは実際にナガランドで行われていることである。
上記の記事によると、サタニストたちの自傷行為が避けられない場合には、手錠と足枷で拘束することもあるという。

ここで見られる「サタニズム」は、欧米社会でのそれのように、社会やキリスト教的倫理への反発、あるいはオカルト趣味に基づくものではなく、かつての日本の「狐憑き」のような、今日では精神疾患の概念で説明すべきもののようにも思える。
(欧米のサタニズム、例えば、アントン・ラヴェイの「悪魔教会」は、オカルティックなものではなく、それなりに洗練された独自の宗教倫理を標榜している)

この映像を見て、私は上田紀行氏の名著「スリランカの悪魔祓い」を思い出した。
この本は、スリランカの農村部を舞台に、鬱や自閉のような状態に陥った「患者」に対して「悪魔祓い」を行い、悪魔を説得して帰らせる儀式を村全体で行うことでその「症状」を治療する、癒しのプロセスを取り上げたノンフィクションだ。
スリランカでは悪魔は孤独な人に憑くと言われており、ナガでは悪魔崇拝に走る若者たちは家庭に問題を抱えている者が多いとも報じられている。
先進国であれば鬱などの精神疾患の原因となりうる環境が、ナガランドやスリランカでは「悪魔憑き」を引き起こすというわけだ。
仏教社会であるスリランカと、キリスト教社会であるナガランドでの「悪魔憑き」「悪魔祓い」の共通点や相違点は、比較社会学的、比較宗教学的にも面白いテーマになりそうだ。

「十字軍」の必死の努力もむなしく、ナガランドのサタニストは若者たちの間で増加傾向にある。
彼らはどのようにその数を増やしているのかというと、その手段はなんとFacebookのようなSNSとロック・ミュージックだという。
ナガランドでは、ロックミュージシャンの言動に影響を受ける若者が多く、悪魔主義的な音楽やミュージシャンの影響でサタニストになる例が多いそうだ。
そしてサタニストたちはSNSで連絡を取り合い、墓地で不気味な儀式を行ったりしているというわけだ。

悪魔主義的なロックといえば、それはブラックメタル。
ヘヴィーメタルにおける猟奇趣味的演出だった悪魔崇拝を「本気」(マジ)で取り入れた彼らは、キリスト教的価値観を規範とする欧米社会で暮らす鬱屈とした若者たちに大きな影響を与えた。
本気のアンチクライストを掲げたブラックメタラーたちは、北欧で教会への放火や殺人といったシャレにならない事件を引き起こし、大きな社会問題となった。

その後、欧米ではブラックメタルはさらに多様なジャンルに進化、発展して現在に至っている。
例えば、ヨーロッパにおけるキリスト教伝来以前の伝統復古を歌うペイガン・メタルや、ナチズムを賛美する国家社会主義ブラックメタル(National Socialist Black Metal=NSBM)、鬱的な精神状態を表現する鬱自殺系ブラックメタル(Depressive Suicidal Black Metal=DSBM)などだ。
彼らは、結局はキリスト教の中の概念に過ぎない「悪魔崇拝」に早々に見切りをつけ、それに代わる新しい価値観として、古代の伝統やファシズムや虚無主義を見出したというわけだ。

何が言いたいかというと、そうした今日的な、反キリスト以外の価値観を標榜するバンドと比べて、ナガのブラックメタルバンドの直接的な悪魔崇拝は、非常に古典的なものだということだ。

実際にナガランドのブラックメタルバンドを聴いてみよう。
例えばこのAguares.
曲名はその名も'Storm of Satanic Cult'

歌詞は例によって何を言っているのかさっぱり分からないがとにかく邪悪で暴力的な雰囲気は十分に伝わって来る。
タイトルからして、直接的に悪魔崇拝を賛美しているのだろう。

ブラックメタルではないが、コヒマのデスメタルバンド、Syphilectomyもナガランドのエクストリーム・メタルを代表するバンドのひとつだ。

安っぽい甲高いスネアの音がB級っぽさを醸し出しているが、演奏技術は非常に高いものを持っているようだ。
反道徳的な曲のテーマも宗教的規範への反発と捉えてよいだろう。

こうした音楽に代表される欧米風のサタニズムは、先ほど紹介した「民俗学的悪魔憑き」とはだいぶ趣きを異にするように思えるが、ナガランドには「精神疾患系」と「反社会系」の2つのタイプの悪魔崇拝が共存しているようだ。

そもそも、ナガランドでサタニズムを標榜するというのはどういうことを意味しているのだろうか。
ナガランドでは、キリスト教への信仰心は政治的アイデンティティーとも深く結びついていて、革命を目指し独立闘争を戦う組織までもが「キリスト教による統治」を掲げている。
つまり、この地で反キリスト教を主張するということは、インド中央政府の支配に対するナガのアイデンティティーをも否定した、二重の反抗を表明するということになる。
これは、むしろニヒリズムに近い思想だと言えるだろう。
サタニストたちが悪魔崇拝の儀式を行っているのは、インパール作戦の激戦地だったコヒマの戦没者墓地だという。
そこは、日本兵やインド兵だけでなく、ナガランドの独立を信じて戦った地元の兵士たちもが眠っている場所だ。
サタニストたちは現在のナガ社会の信仰だけでなく、独立闘争にも、歴史にも、何もかもに対してNoを突きつけているというわけだ。

また、ナガランドは「黒魔術」が盛んな土地でもある。
この「黒魔術(black magic)」は反キリスト教的なサタニズムとは直接関係のないものなのだが、キリスト教伝来以前の精霊信仰、呪術信仰にもとづく超自然的な占いやまじないが今日ではそう呼ばれていて、今でも復讐や恋愛相手の気をひくために利用されているという。
(といっても、このご時世、「黒魔術」は地下でひそやかに行われているのではなく、例えばGoogleで「Nagaland black magic」で検索すると、すぐに黒魔術師の連絡先を探すことができる)

こうした様々な状況を考えると、ナガランドの若者たちがサタニズムに傾倒するのも無理のないことのように思える。

キリスト教的な倫理観が支配的な社会への反抗。
誰もがインドからの独立を望みながらも、どうにも叶えられそうにない閉塞した状況。(それどころか、中央政府が派遣した軍隊による令状なしの暴力行為すら許されている)
キリスト教社会であるがゆえのロックやメタルといった欧米文化への親和性の高さ。
キリスト教伝来以前の呪術信仰という素地。

こうした社会的、文化的背景があるナガランドでは、希望が持てない若者の選択肢としてサタニズムが存在感を持つのは必然なのだろう。
今後、ますます増え続けるサタニストたちはより深刻な社会問題となってゆくのか。
それとも「十字軍」による「再教化」が成功を収め、もとのキリスト教的社社会を取り戻すことができるのか。

そのなかで「音楽」は、どのような役割を果たしてゆくのか。
ナガランドには、前回紹介したように、クリスチャンロックバンドもいる土地柄だ。
例えば、欧米にはブラックメタル同様のブルータルなサウンドに乗せてキリスト教的な主張を歌う「Holy/Unblack Metal」という訳がわからないジャンルの音楽があるが、今のナガランドの状況を見ていると、そのような突拍子もないバンドが出てきたりすることも十分にあり得るように思える。

シャレにならない要素を孕んでいると分かりつつも、今後のナガランド社会と音楽に、さらなる興味を隠せないのであります。

今回は北斗の拳か横溝正史のようなタイトルをつけてしまってちょっと反省。
次回は、サタニズムとはまた別の、驚愕のナガランドの流行を紹介します!

特集ナガランドその1 辺境の山岳地帯に響く歌声 映画「あまねき旋律」

特集ナガランドその3 ナガの地で花開く日本文化 ナガランドのオタク・カルチャー事情とは?


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2018年10月18日

特集ナガランドその1 辺境の山岳地帯に響く歌声 映画「あまねき旋律」


現在ポレポレ東中野で公開中のドキュメンタリー映画「あまねき旋律」(原題:'Kho Ki Pa Lu' 英語タイトル:'Up Down And Sideways')を見てきた。
この映画は、インド北東部ナガランド州の棚田が広がる農村、Phekで暮らすチャケサン・ナガ族の人々に焦点を当てたドキュメンタリーだ。
田園での暮らしの中で歌われる伝統的な歌唱を中心に据えつつ、インドの中ではマイノリティーである彼らの日常を美しく綴った作品だった。
 
この予告編でも聴かれるとおり、彼らが農作業や力仕事の労働歌として歌う美しいポリフォニー(多声合唱)こそがこの映画の主人公だ。
人々へのインタビューも収録されているが、彼らの歌そのものにこそ、彼らの人生や世界観の本質が最もよく現れている。

彼らの歌は、田畑での労働と一体化した歌という意味では黒人のブルースの原型のようでもあるし、音楽的にはアフリカ音楽やブルガリアン・ヴォイスにも似た印象を受ける。
生活と芸術、労働とコミュニケーション(あるいは娯楽)が不可分に結びついた彼らの暮らしぶりを見て、人間本来の根源的な生き方を見たような気持ちになった。
もちろん、彼らを過剰に美化するつもりはないし、ナガの人々も物質的にもっと豊かになることや、肉体労働から解放されることを望んでいるに違いない。
それでも、世界中のあらゆる国の人々が、かつてはこんなふうに暮らしていたのだろうというナガの人々の姿を見て、胸にこみ上げてくるものがあった。
私たちは、より豊かに、より便利にという望みを叶え続けた結果、もといた場所からずいぶん遠くまで来てしまったんだなあ。

というのはあくまで個人的な感想。
こんな感傷を問題にしないくらい、彼らの歌は素朴ながらも圧倒的に美しく、生きることへの深い洞察に基づいた豊かな詩情にあふれている。

ナガランドといえば、かつて首刈りの風習があったというあまりにも強烈な歴史で有名な土地だ。
この地では、かつて男子が大人として認められるための通過儀礼として、異なる部族の人間を殺し首を刈ってくるという習慣があった。
かつてと言っても大昔ではなく、ほんの50年くらい前までの話だ。

「異なる部族」と書いたとおり、「ナガ」は単一の民族の名称ではなく、異なる文化や言語を持つ16もの民族の総称だ。
ナガランドでは、州の共通語として「ナガミーズ」という言語が話されているが、これはもともとあった言語ではなく、近隣のアッサム州の言語アッサミーズ(アッサム語)の語彙やベンガル語の文法をもとに欧米の宣教師たちが作った比較的新しい言語だそうだ。
(と、高野秀行氏の「西南シルクロードは密林に消える」という本に書いてあった)

首刈りの習慣がなくなった大きな理由のひとつが、宣教師たちが持ち込んだキリスト教だ。
20世紀に入ってイギリスやアメリカの宣教師によって伝えられたキリスト教は、それまでナガの人々が信仰していた精霊信仰にとって変わり、いまではナガランドの人口の90%がキリスト教徒(プロテスタントのバプテスト派が主流)となった。
(ちなみに近隣のミゾラム州やメガラヤ州もクリスチャンが8〜9割を占める)
キリスト教を信仰するようになった彼らは、「首刈り」というかつての残忍な風習をやめ、あの伝統的な歌も一時期歌うのをやめてしまったという。
自らの伝統を野蛮で後進的なものとして捉えるようになったのだろう。
だがしかし、キリスト教の普及により歌われなくなった伝統歌を復活させたのもまた、キリスト教指導者たち(ただし、欧米人ではなく地元出身の)だった。
キリスト教によって、彼らは共通の言語を手に入れ、首刈りの風習を止め、自分たちの歌い方を止めて、そしてまた始めた。
彼らの暮らしのなかで、信仰が、そして歌がいかに大きな存在であるかが分かる。
この映画でも、田畑では伝統的な歌を、教会では聖歌を歌うナガの人々の姿が映し出されている。

部族ごとに異なる言語や文化を持ち、異なる部族であれば首刈りも辞さないほどの抗争を繰り広げていたナガの人々が、今日、部族を超えた団結がまあそれなりにできている理由を3つ挙げるとしたら、キリスト教、共通語としてのナガミーズ、そして中央政府やインド中心地域への反発心、ということになるだろう。

中央政府やインド中心地域への反発心。
そう。
ナガランドといえば、もうひとつ有名なのが独立運動だ。
(ナガランドの独立運動については、このサイトに詳しい。『アジアで最も長く独立運動が続く「ナガランド」を知っていますか?』
ナガの住民たちは、イギリス統治時代に単独での独立を約束されながらも、インドの独立によってその支配下に甘んじることを余儀なくされ、今日まで続く長い独立運動を続けてきた。
ナガランドの州都コヒマは、第二次世界大戦中の日本軍の悪名高いインパール作戦の激戦地となった土地だが、当時のナガ人の中には「日本軍が勝てばナガランドの独立が約束される」と信じて日本側について戦った人々も多かった。
そして、日本軍とともにインド(当時はイギリス支配下)と戦った経験こそが、その後の独立運動の発火点にもなった。(そのあたりの経緯に触れたこの記事は全日本人必読の内容。『「日本軍が去った後、村は火の海と化した」目撃者が語るインパール作戦の真実|「終戦記念日」特別寄稿』

その後のナガの独立闘争は苛烈を極めた。
いくら辺境の地とはいえ、あまりにも多様な民族や文化を抱えるインド中央政府にとって、ナガランドの独立を認めてしまうことは、インド各地に波及して国家全体の統一を揺るがす大問題に発展しかねない。
独立を求めるナガの人々は、山林の中でのゲリラ戦を展開したが、力の差は歴然としていた。
そして、インド軍は容赦がなかった。
1955年から57年の間に、ナガランドでは645の村、約80,000の家、そして大量の稲と米ががインド軍により焼き払われたという。

先述の高野秀行氏の「西南シルクロードは密林に消える」には、2002年頃のナガランドの独立運動の様子が生々しく描かれている。
ナガの人々の権利を勝ち取るために結成されたナガ民族評議会(NNC)は、大国インドからの独立というあまりにも大きな目標に向かう過程の中で、派閥に分裂していがみ合う泥沼状態に陥っていた。
部族と派閥をタテ糸とヨコ糸とした複雑な関係の中で、親族同士でも心を開けない生活がこの時代にはまだ送られていた(ひょっとしたら、今もまだそうなのかもしれないが)。
また、ナガの人々は国境をまたいでミャンマーにも暮らしており、ミャンマー側に暮らす彼らもまた、同じひとつのナガランドとして独立することを望んでいるのだった。

映画の中で独立運動に触れられている場面は少ないが、ナガランドがこうした背景を持つということ、そしてインド北東部7州(セブン・シスターズ)の多くで似たような背景の独立運動が行われているということは非常に重要だ。
北東部7州は、今でも悪名高い軍事特別法(AFSPA=Armed Force Special Power Act)の対象地域とされ、中央政府から派遣された軍隊が令状なしで逮捕したり、殺害したり、場合によっては財産を破壊したりすることが認められている。
この法律のもとで地元の人々に対する多くの人権侵害が行われ、国際的にも強く批判されているが、今なおAFSPAは廃止に至っておらず、北東部の人々を苦しめ続けている。
「あまねき旋律」の中で、インド軍の兵士を映したシーンのみ重苦しい無音となっていた理由には、こうした背景があるのだ。

部族間での首刈り、イギリス側と日本側双方に分かれて戦った第二次世界大戦、そして、独立闘争。
ナガの人々の歴史は闘争の歴史だ。
以前、ナガランドに暮らす多様な人々の統合を歌った曲、'As One'を紹介したが、こうした背景を踏まえて聴くと、この曲の持つ意味合いがより深く、重く感じられるはずだ。
「あまねき旋律」の被写体となっているチャケサン族は、ナガランドの中でもとくに歌が得意な部族として有名らしく、この歌の中でもいちばん最初のパートを歌っている。
 
この曲ではナガの部族だけではなく、彼らにとっては独立闘争の相手ともなりうるインドの「メインランド」の人々であるパンジャーブ、ビハール、ラージャスタン、テルグ系の人々もともに歌っているというところにまた大きな意味がある。
この歌に関しては、政治家が絡んでいるようでもあるし、ひょっとしたら現実離れした「きれいごと」の世界なのかもしれないが、それでもナガランドの理想のひとつがここに歌われていることに間違いないだろう。

最後に、現在活躍しているナガランドのアーティストを何組か紹介したい。

まず紹介するのは、Tetseo Sisters.
「あまねき旋律」でフィーチャーされていたナガの民謡を、かなりオリジナルに近い形で歌っている。

というか、「あまねき旋律」自体が、Tetseo Sistersのメンバーの結婚式の参加者に故郷のPhek村を紹介してもらったことがきっかけで撮影された映画だそうだ。
この曲はポレポレ東中野でも映画の上映前に流されていた。 

続いて紹介するのは、彼らの伝統音楽をジャズやファンクと融合した音楽性のPurple Fusion.
'Tring Tring'というこの曲はナガの戦士や首刈りをテーマにした曲のようだ。
かつての「首刈り」の習慣は偏見のもとにもなっているようだが、彼らにとって勇壮な戦士の伝統は誇りでもあるのだろう。
このミュージックビデオのドラマ部分はちょっと牧歌的にすぎるように思うけど。

伝統音楽を離れて、ナガランドで最も成功しているミュージシャンといえばAlobo Nagaだろう。
洗練された音楽性で2012年にMTV EuropeのBest Indian Actに選ばれた彼は、昨年ムンバイで開催されたArtist Aloud Awardでもベストソング賞、ベスト英語楽曲賞、 ベスト北東部アーティスト賞を受賞した。

ANTB(Alobo Naga And The Band)名義で5月にリリースされた新曲'Come Back Home'
この曲ではアメリカ人ギタリストのNeil Zazaがフィーチャーされている。
Neil Zazaといっても知らない人が多いだろうが、マイナーながら20年以上前には日本盤もリリースされていたロックギタリストで、私はこの人のCDを高校時代に買ったことがある。
まさかこんなところで会うことになるとはねえ。

現地の言葉で歌われたAchipiu Mlahnni.
この曲は、ナガの人々に対して、誠実であれ、善良であれ、子供達に質の高い教育を与えよう、より良い未来のために尽くそう、クリーンな選挙で信頼できるリーダーを選ぼう、と訴えかける内容だ。
Alobo Nagaはネット環境が不安定なナガの人々のために、USBメモリ形式で音源を発売したりもしているとのこと。

その名の通りクリスチャン・バンドであるDivine Connectionはふた昔前のシンガポールあたりのバンドのような佇まい。

佇まい同様、サウンドも時代を感じさせない聴き心地の良いAORサウンドだ。

爽やか系ハードロックのIncipit.


今年デビューしたばかりのTrance Effectは女性ボーカルのギターロックバンド。


と、多様な音楽性を誇るナガのバンドたちだが、あえて共通点を上げるとしたら、美しい自然の中で撮影されたビデオが多いのが特徴だろうか。
自然豊かな故郷は彼らにとっても誇りなのだろう。
今回も長くなりました。

とにかく映画は素晴らしかった。
ナガの丘では今日もカメラの回っていないところで、誰に記録されるでもなく、生活や労働の中で美しいもの(歌と詩)が吐き出されては消えてゆくのかと思うと、翻って自分の暮らしにそういう要素はあるだろうかと考えてしまう。

次回は、この自然豊かな地に忍び寄る新たな暗部にフォーカスを当ててみたいと思います。
それでは!

特集ナガランドその2 神の国となりし首刈りの地に悪魔の叫びが木霊する!悪魔崇拝とブラックメタル

特集ナガランドその3 ナガの地で花開く日本文化 ナガランドのオタク・カルチャー事情とは?

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goshimasayama18 at 00:01|PermalinkComments(0)インド北東部 | インド映画

2018年10月14日

インドのインディーズシーンの歴史その8 インドのMetallica! Brahma!

インドのインディーズシーンの歴史を紐解くこの企画。
これまで、1980〜90年代にかけてのインドの音楽シーンを、大きく分けて2つの潮流から紹介してきた。
ひとつめは、当時の流行音楽とインドの伝統を融合することで、世界じゅうのどこにもない音楽を作ってきた在外インド系のミュージシャン。
もう一方は、海外の模倣から徐々にオリジナリティーを獲得し、自分たちの音や言葉を獲得してきたインド国内のミュージシャンだ。
VH1INDIAによるインドのインディー100曲
とはいえ、まだまだこの時代のインドのロックは発展途上段階。
今日の1曲も、またしても海外の有名アーティストの「模倣」 のような音楽性なのだった。
今回紹介するのは、インド初の?ヘヴィーメタルバンド、Brahmaが2003年に発表したセカンドアルバムから、'Bomb'という曲。
まあとりあえず聴いてみてください。
 
どうでしょう。
曲作り、声、歌い回し、衣装に至るまで、もろMetallica!って感じじゃないですか。

彼らは1993年にムンバイで結成されたバンドで、メンバーはDevraj Sanyal(ヴォーカル)、John Ferns(ギター)、Vince Thevor(ベース)、Cyrus Gorimar(ドラム)の4人組に、2011年に新たにギターのFerzad Variyavaが加入した。

バンド名のBrahmaは、ヒンドゥー神話上の「創造の神」の名前。
ブラフマーはヒンドゥー教の三大神(Trimurti)として、維持の神ヴィシュヌ、破壊と再生の神シヴァと並び称されている重要な神だ。
とはいえ、神としてのブラフマーは、厚く信仰されているヴィシュヌやシヴァと比べると非常に地味な存在で、主神として祀られている寺院もラージャスタン州のプシュカルにあるのが有名なくらいで、その存在の重要性に対して、かなり人気にない神様だ。
不人気の理由は、多くの民間伝承と習合して人間味あふれる神話を多く持つヴィシュヌやシヴァと比べると抽象的、観念的な存在であるからとも、自らの体から作り出した女神サラスヴァティーを娶ったとされる神話が近親相姦的であると忌避されているからとも聞くが、果たして。
名前からすると、オリジナルメンバーのうち3人はクリスチャンのようだが、(あとから加わったFerzadはゾロアスター教徒の名前だ)そんな彼らがヒンドゥーの神の名前を名乗っているというのはなかなかに興味深い。

それはさておき、このほぼMetallicaみたいなあまりオリジナリティーの感じられないバンドがこのリストに入っているのにはおそらく理由がある。
思い返せば20世紀末にインドやネパールを訪れた時、原地の「ロック好き」(このエピソードに書いた以外にも何人か会った)が好んで聴いていたのは、不思議とジミヘンやボブ・マーリーやディープ・パープルなどの60〜70年代のロックだった。
ロック好きの不良っぽい少年なんかに「メタリカとかは聴くの?」と尋ねても「そういうバンドがいるのは知ってるけど」とあまり好みではないような反応だった。
あの頃の南アジアでは、60年代や70年代のロックで十分に反体制でカッコよく、きっと過剰にヘヴィーな音楽は求められていないのだろうなあ、と思ったものだった。
何が言いたいのかというと、93年にこの音楽性でバンドを結成したBrahmaは、かなり「早かった」ということである。
今では実力あるデスメタルバンドをたくさん輩出しているインドだが、彼らこそインドにおけるスラッシュメタルやグルーヴメタルといった現代的ヘヴィロックバンドの先駆けだったというわけだ。

ところでこの曲、このリストでもYoutubeでも'Bomb'と紹介されているが、ウェブサイトによっては'Bomb the !!!!!!!!'と書かれている。「!」のところは隠語のようだ。
調べてみると、どうやら本当の曲名は'Bomb the Bastards'、(クソッタレどもに爆弾を落とせ)というものらしく、過激すぎるという理由で省略されたタイトルで表記されているのだろう。
気になって歌詞を調べてみたら、なんとももやもやすることになった。

歌詞を簡単な対訳とあわせて紹介すると、こんな感じだ。

We've spent so much time trying to talk 長い時間を対話に費やしてきた
All I think we got in turn was flak 帰ってきたのは砲弾ばかりじゃないか
Politicians being good to get their votes 政治家どもは票を得るために善人ぶっている
This country's nothing but a fucking joke この国はクソみたいな冗談でしかない

Be good to thy neighbor was what the lord said 神は汝の隣人を愛せというが
But the lord didn't see the neighbor stab us dead 神は隣人が俺たちを殺したのを見ていなかったんだ
Bomb them all to make them hear our talk 奴らに俺たちの言い分を聞かせるために爆弾を落とせ
Talk our talk, walk our walk 俺たちが思い通りに語り、ふるまうために

Bomb the bastards make them pay クソッタレに爆弾を落とせ、奴らに代償を払わせろ
It's the only language they'll take to their graves 奴らが墓場に持っていく言葉はこれだけだ
The government's too weak to take a stand 政府は弱すぎてはっきりと言うこともできないが
We ourselves have to release god's hand 俺たち自身で神の手を解き放つんだ

これでもまだ途中までだが、こんな歌詞が続く。
ここでまず気になるのは「隣人」という言葉。
対話、政治家、国、砲弾、爆弾という言葉から容易に想像がつく通り、ここで歌われている「隣人」は、隣国パキスタンのことを指していると考えて間違いない。

最後のラインのgod's hand, 神の手というのはおそらく核兵器のことだろう。
インドは1998年にヒンドゥー至上主義的な思想を持つインド人民党(BJP)政権のもとで、2度目の核実験を行った。
パキスタンもこれに対抗して核実験を挙行し、反目し合う印パ両国は、双方ともが核保有国として緊張を高め合うこととなった。

ヒンドゥー教徒の中には、いわゆるヒンドゥー・ナショナリズムとして反イスラム、反パキスタン的な感情を持つ人もいるが、クリスチャンである彼らが隣国に対してここまでの強い表現をするということに正直驚かされた。
(インド人の場合、たまにクリスチャンでなくても英語風の名前をニックネームとして名乗ることがあるので、彼らもそうなのかとも思ったが「汝の隣人を愛せ」の歌詞からも分かるように、おそらく彼らは本当にクリスチャンなのだろう)

憎悪でも破壊衝動でも、音楽でネガティブな感情を表現することを否定するつもりは全くないが、特定の国家に属する人たちに対するここまでのいわゆる「ヘイト表現」というのは、異国のこととはいえ、正直いってかなり引いた。
とはいえ、これもまたインドのリアルな一側面ということなのだろう。
Youtubeの動画のコメントが彼らのサウンドに関することばかり(Metallicaだけでなく、TestamentやMetal Church、Megadethとの類似を指摘する声もあった)で、歌詞の内容に共感するような声がなかったことに救われた気分になった。
彼らの評価は純粋に音楽面でのインドにおけるヘヴィロックのパイオニアとしてのものなのだろう。

いずれにしても、こうしてインドのロックにまた新しい段階のヘヴィネスが加わったというお話でした。
それでは!


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2018年10月10日

インドのデスメタルバンド、Gutslit初来日!超ハードなツアーの感想は?

もう1週間前になるが、再三お伝えしていたGutslitの来日公演が10月5日(金)に西荻窪flatで行われた。
以前書いたように私は見に行けなかった訳だが、twitterを見る限りだと、「すげえ良かった」とか「くそかっこよかった」といった賛辞が並んでいたので、素晴らしいライブだったものと思う。
gutslitメンバー

メンバーがテレビの「Youは何しにニッポンに?」の取材を受けていたという情報もあり、インドのデスメタルバンドの初来日公演にしてTVデビューなんてことにもなるのかもしれない。

GuttedAtBirthTour

そして、ご覧のように毎日のように国境を越えたこの過酷なツアーも10月7日(日)のタイ・バンコク公演で無事終了!
彼らのFacebookにツアーを終えての感想が投稿されていた。

スクリーンショット 2018-10-11 21.09.53
スクリーンショット 2018-10-11 21.10.41
一緒にツアーしていたドイツのブルータルデスメタルバンド、Stillbirthとの1枚。ベーシストのGurdipはやっぱりターバン姿!

「やったぜ!ついにやり遂げた!
バンコクはこの容赦無く最高で肉体的にはメチャクチャ消耗するツアーの最終地として完璧だ。地球の向こう側からやってきた最高の仲間、Stillbirthと一緒じゃなかたらできなかったかもしれない。
俺たちは泣いているんじゃない。お前たちが泣いているんだ。
16日間で、11の国で13回のショー。
俺たちはやってきて、ぶちかまして、成し遂げた!ライブに来てくれたり、グッズを買ってくれたりしたみんなにお礼を言うよ。」
(その後、肉屋がどうしたとか書いてあるけど、タイマッサージ以外は何言ってるんだか分かんねえ)
とのこと。 

よくもまあこんなに激しい音楽なのにこんなにタイトなスケジュールでツアーを組んだものだと思っていたけど、やっぱりキツかったのね。

インドのデスメタルのレベルの高さは何度も書いている通り。
次に来日するとしたら、キャッチーでインド的な要素も多く、ヨーロッパツアーの経験もあるDemonic Ressurectionあたりか。
北東部にもレベルの高いバンドが多く、以前インタビューに協力してくれたThird SovereignSacred Secrecyもぜひ見てみたい。 

引き続きインドのエクストリーム・メタルには注目していきたいと思います!
では。 

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2018年10月08日

ケーララ州のロック・シーン特集!

Kerala_map
先日ケーララ州出身の英国風フォークロックバンド、When Chai Met Toastを紹介したが、ケーララといえば、他にもこのブログで紹介してきたスラッシュメタルバンドのChaosや、ハードロックバンドRocazaurusを生んだ、インドでも有数の「ロックどころ」だ。

有名なバンドの数ではデリーやムンバイ、バンガロールのような大都市のほうが多いかもしれないが、前回も書いたように、人口や都市の規模と比較すると、相当多くのロックバンドがケララにいるということになる。
(ムンバイを擁するマハーラーシュトラ州の人口1.1億人、バンガロールを擁するカルナータカ州の6,500万人に対し、ケーララ州は3,500万人。デリーは州ではなく連邦直轄領だが、限られた都市部にケララの半分以上の2,000万人もの人口を抱えている)
今回はそんなケララ州のロックシーンを紹介することにします。
州や街ごとの音楽シーン特集は前々からやりたかった企画。
例によって情報過多ぎみかもしれないけど、じっくりお楽しみください。

ケーララ州のロック史で最初に語られるべきバンドは13AD.
その結成はなんと1977年にまでさかのぼる。
Glen La Rive(ヴォーカル)、Eloy Isaacs(ギター)、Paul KJ(ベース)、Jackson Aruja(キーボード)、Pinson Correia(ドラム)の5人からなる彼らが1990に発表したデビューアルバム、'Ground Zero'のタイトルトラックがこちら。

ヨーロッパのバンドを思わせる翳りあるメロディーのメタルサウンドは結構日本人好みなんじゃないだろうか。
当時のBurrn!の輸入版コーナーで80点くらいを獲得しそうな印象。
彼らは以前紹介したムンバイのRock MachineIndus Creed)やカルカッタのShivaらと並んでインドのロック創成期を作ってきたバンドとされている。
1995年に一度解散したのち、2008年にこの代表曲のタイトルであるGround Zeroという名前で再結成し、今ではドバイを拠点に活動している。
ドバイは人口の半分が出稼ぎによるインド系で、その多くをケーララ人が占めている。

現在も国内で活躍するケーララ出身の大御所バンドとしては、Motherjaneが挙げられる。
彼らは1996年にClyde Rozario(ベース)、John Thomas(ドラム)、Mithun Raju(ギター)らで結成。
やがてMithunが脱退し、古典音楽的なフレーズを得意とし、インドロックシーンの名ギタリストとして名を馳せるBaiju Dharmajanが加入。
ヴォーカリストとしてSuraj Maniを加えた体制で、2001年にデビューアルバムInsane Biographyをリリースした。
2008年に発表したアルバム'Maktub'からの曲、'Chasing the Sun'.

コナッコル(声でリズムを取る南インドの唱法)で始まり、かの有名な北インドの聖地ヴァラナシの映像を取り入れたビデオはいかにもインドのバンドといった印象。
変拍子の入った演奏とハイトーンヴォーカルはDream Theaterのようなプログレッシブ・メタルを想起させる曲調だ。

よりヘヴィーなバンドとしては、2009年結成のThe Down Troddenceがいる。
彼らはツインギターにキーボードを要する6人組で、スラッシュメタルやグルーヴメタルにケーララの伝統音楽を取り入れた音楽性を特徴としている。
英語で歌うことが多い彼らがマラヤラム語で歌っている、'Shiva'.

この曲でもギターがときどきラーガ的なフレーズを奏でている。
ビデオはもうなにがなんだか分からない。

以前紹介したバンドもおさらい。
社会派スラッシュメタルバンドのChaosの'Game'.


3ピースのロックンロール系ヘヴィーメタルバンドの'Rocazaurus'.



ここまで紹介してきたバンドは、主に英語で歌うヘヴィーメタル系のバンドたち。
メタル以外のジャンルで英語で歌うケーララのバンドとしては、先日紹介したWhen Chai Met Toastのほかには、ポストロックのBlack Lettersがいる。
Rolling Stone誌が選ぶ2017年のベストミュージックビデオの第8位に選ばれた曲'Falter'.

コチ出身の彼らは、今では活動の拠点をバンガロールに移している。
When Chai Met Toast同様、国籍を感じさせないセンスのバンドだ。

こういった主に英語で歌うバンドたちとは別に、地元の言語マラヤーラム語で歌うロックバンドというのもたくさんいて、彼らの多くがケーララの伝統音楽とのフュージョン的な音楽性で人気を博している。
彼らのパイオニアかつ代表格と言えるバンドが2003年に結成されたAvial.
Avialとはヨーグルトとココナッツで野菜を煮込んだケララ州の郷土料理で、バンド名からも彼らの強い地元愛が伺える。
彼らはDJを含んだ5人組で、モダンな演奏にケーララ民謡風のヴォーカルがかなり個性的。
'Nada Nada'

ステージ衣装としてルンギー(男性用巻きスカートとも言えるインドの民族衣装)を着用するなど、見た目の面でも地元の要素を強く打ち出している。

2013年に結成されたThaikkudam Bridgeは、こちらも地元の食文化からとった'Fish Rock'を標榜している。
この'Navarasam'はケーララの伝統舞踊のカタカリ・ダンスをフィーチャーしたビデオだ。
インドのバンドがインド要素をロックに取り入れるとき、演奏ではなくヴォーカルによりインドの要素を取り入れる傾向があるというのは以前分析してみた通り
彼らのテーマ曲とも言える'Fish Rock'のライブはすごい盛り上がりだ。


より伝統文化の影響の強いバンドとしては、この'Masala Coffee'がいる。
これは「自分自身のために生きる女性を讃える」というテーマの曲。
2014年に結成された彼らは、ソニーミュージックと契約し、映画の楽曲も手がけるなどメジャーに活躍の場を移している。

今回は便宜的に英語で歌うバンドと、マラヤーラム語で歌う地元の伝統音楽の要素が強いバンドに分けて紹介したが、多くのバンドが英語と地元言語の両方を取り入れているし、ロック色の強いバンドでもケーララの伝統要素が顔を出すことが少なからずある。
ケーララの音楽シーンでは「伝統/ローカル」から「モダン/西洋」までがグラデーションのように分け目なく繋がっているといった印象。
ここまで強いローカル文化の影響というのは、デリーやムンバイやバンガロールのような都市部では見ることのできないケーララならではの特徴だ。

なぜここまでケーララでロックが盛んなのかという疑問を持つ人は他にもいるようで、質問サイトのQuoraでも、同じような質問をしている人がいた。
「なぜケーララには都市文化がないのに、バンドがたくさんいるのか?」
その回答がなかなか興味深かったので、以下にまとめてみたい。

1.ケーララには地元のバンドがたくさんいるし、高い識字率(93%)、インターネット普及率から、海外の音楽に接する機会も多いから。

2.インドに都市文化がないなんてことはなくて、ケーララはインドの中でも発展している州だから(ナイトライフが充実していないとしても、コンサートなんて夜9時に終われば十分)。

3.ケーララ州から海外に出稼ぎにいっている人が多いので、彼らが海外の音楽や文化を持って帰ってくるから。

4.若者たちが新しい文化を取り入れることに積極的だから。

5.インターネットだけでなく、テレビの普及率も高く、地元メディアで音楽が取り上げられることも多いから(Youtubeでもケーララのテレビ局、Kappa TVのMusic Mojoという番組が見られるが、相当な数の個性的なミュージシャンを紹介している)。

6.他の州に比べて、ダンスよりも音楽(歌手とか)に注目する傾向があるから。

いずれもなるほどと頷けるものばかりだ。
ほとんどが現地のインド人による回答なので、おそらく正しい答えと言ってよいのだろう。

3について補足すると、ケーララ州は教育に力を入れ優秀な人材を多く輩出しているものの、週内に大きな都市や産業がないため、他の州や海外に出稼ぎに行く人が多いという背景があることを表している。
今回紹介した13AD(Ground Zero)がドバイに、Black Lettersがバンガロールに拠点を移したのも、より大きなマーケットを求めてのことだろう。

また、個人的に気になったのが1.
高い識字率やインターネット普及率から、海外のバンドに接する機会が多いというのも、地元にすでに多くのバンドがいるので、ローカルのシーンに接する機会が多いというのも分かる。
では、そのもとからいる地元のバンドたちは、どうして音楽を始めることになったのか。
パイオニアとなったバンドが結成された時点では、地元のバンドはいなかったはずだし、インターネットもなかったはずだ。

ここから先は完全に筆者の想像だが、ケーララ州がキリスト教文化の強い土地であるということが影響しているのではないだろうか。
以前も紹介した通り、キリスト教徒の割合は、インド全体では2%程度だが、ケーララ州では20%にものぼる。
しかも、ケーララ州は大航海時代にポルトガルやスペインによって伝えらえるはるか以前、1世紀に聖トマスによってキリスト教が伝えられたとされるほどにキリスト教の伝統の根強い土地だ。
ケーララ同様に、大都市を擁さないにもかかわらず、ロックやメタルが盛んな北東部も、クリスチャンの割合が高い地域だというのは何度も書いている通り。
セブン・シスターズ・ステイトと呼ばれる北東部7州のキリスト教徒の割合は、ケーララ同様20%を占め、ナガランド州やミゾラム州ではキリスト教徒の割合は9割にも達する。
(ただし、インド北東部ではカトリックが多いケーララとは異なり、プロテスタントの割合が高いという特徴がある)

こうした背景から、同じキリスト教文化圏である欧米の文化への親和性がより高くても不思議はない。
現に、名前を見る限り、ケーララのロックのパイオニア13ADはメンバー全員がクリスチャンのようだし、ベテランのMotherjaneも4人中2人がクリスチャンだ。
キリスト教文化のバックグラウンドや、高い教育水準や識字率、インターネット環境、リベラルな意識といった複合的な要素がケーララ州でこれだけ多くのロックバンドを育んでいるのだろう。

最後に、そんなケーララの多様性を美しく歌ったThaikkudam Bridgeの楽曲"One"を。
ケララの自然や文化を美しくとらえたビデオがとても印象的だ。

素朴な漁村、屈託のない笑顔、手つかずの自然、さまざまな信仰と豊かな文化。
これを見たらケーララに行きたくなること請け合いの素晴らしいビデオだ。

というわけで、今回はケーララのロックシーンを特集してみました。
またいずれ同じように地域ごとのシーンを切り取った記事も書いてみたいと思います。

それでは! 

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2018年10月02日

インドのインディーズシーンの歴史その7 現役ベテランロックバンド、Indus Creed!

インドのインディーズシーンの歴史を紐解くこの企画、今回で7回目を迎えました。
インド独立73周年に合わせて73組が紹介されているので、残すところあと66回!
果たしてインドのインディーズシーンの歴史に何人くらいの読者が興味を持っているのか、いまひとつ分からなかったりもするのだけど、始めてしまったものはしょうがない、今回もおつきあいくださいませ。
VH1INDIAによるインドのインディー100曲

今回紹介するのはIndus Creed.
この企画の熱心な読者(いるのか?)はピンと来たと思うけど、第1回目で紹介したVan Halen風のロックソング"Top of the Rock"を演奏していたムンバイのRock Machineが1993年に改名したバンドである。
基本的に1アーティスト1曲のこのリストの中で、改名という裏技を使ってまで2曲が選ばれているということは、それだけインドのロック史で重要なバンドということなのだろう。

今回紹介する曲"Pretty Child"は、前回紹介したTalvin SinghのOK(1998年リリース)から遡ること3年、1995年にリリースされた曲だ。
さっそく聴いてみましょう。


うーん、この曲単体で聴くとどうってことのない曲だけど、少なくとも模倣っぽくは聴こえないし、Rock Machine時代の曲と比べると、後半のタブラを使ったアレンジにインドのバンドとしてのアイデンティティーが出てきているのが分かる。
歌詞も子を思う親心みたいな他愛のないものだが、あまり欧米のロックでは扱わないテーマなので、歌詞の点でもオリジナリティーが出てきたと言えるかもしれない。

同じアルバムに収録されている別の曲、"Trapped".

改名後の彼らが従来の王道ハードロック路線から距離を取っていることが分かる。
そして、ここでも「結構立派なミュージックビデオを撮っているけど、どこで放映されたのか」問題がまた引っかかる。
(MTV Indiaの放送開始は1996年10月)

正直に言うと、前回紹介した在外インド人のTalvin Singhと比較すると、今までになかったような最先端の音楽を作っているわけではないし、同時代の欧米の人気ロックバンドと比べてもこれといって特筆すべきところのない音楽かもしれない。
とはいえ、ひとつの国の音楽シーンのパイオニアとしての価値は、また別のお話。
たとえ地域限定であるにせよ、Indus Creedはインド人にとっての初めての本格的ロックバンドという唯一無二の存在として、今も人気を博しているというわけだ。
はっぴいえんどやキャロルが、世界の最先端だったわけじゃなくても伝説のバンドであり続けているのと同じように。

それでは、また!

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