2018年04月

2018年04月30日

なんと!インドのデスメタルバンドが来日!

このブログでも度々取り上げてきたインドのデスメタルだが、Rolling Stone Indiaによると、ムンバイのブルータルデスメタルバンドのGutslitが、同誌の2017年ベストアルバム第6位に輝いたアルバム"Amputheatre"(全ジャンルの年間ベストアルバム6位にデスメタルが入るってすごくない?あとどうでもいいけどシアターの綴りに旧英領を感じる)を引っさげて9月からアジアツアーを行うとのこと。
そのツアーには、なんとここ日本も含まれている!
インドのメタルバンドとしては、いや、ひょっとしたらロックバンドとしても初の来日公演ではないだろうか?

"Amputheatre"収録の彼らの曲を改めて紹介します。"Scaphism"

わりと古典的なデスメタルのスタイルだけど、演奏もタイトでめちゃくちゃレベル高い!
あとベーシストがシク教徒なのだろうが、しっかりとターバンをかぶっているのだけど、音楽性に合わせて色は黒!というところもかっこいい。

今回の来日はドイツのデスメタルバンドStillbirthとのスプリットツアーとなるようで、その名も"Gutted at Birth"ツアー!(Cannibal Corpseの名盤"Butchered at Birth"のパロディか?いずれにしてもジャンルに違わない悪趣味さ!)
ツアー先は、ドバイ、母国インド、ネパール、タイ、ベトナム、マレーシア、シンガポール、インドネシア、フィリピン、そして日本と韓国での公演が予定されている!
GutslitTour

彼らのFacebookページによると、日程は以下のとおり。

21st September Friday - DUBAI 

22nd September Saturday - TBA

23rd September Sunday - MUMBAI, INDIA

24th September Monday - DELHI, INDIA

25th September Tuesday - NEPAL

27th September Thursday - CAMBODIA

28th September Friday - Ho Chi Minh, VIETNAM

29th September Saturday - TBA 

30th September Sunday - TBA 

1st October Monday - TBA 

2nd October Tuesday - Manila, THE PHILIPPINES

3rd October Wednesday - Cebu, THE PHILIPPINES

4th October Thursday - TAIWAN

5th October Friday - Tokyo, JAPAN

6th October Saturday - SOUTH KOREA 

7th October Sunday - Bangkok, THAILAND

日本公演は10月5日、東京のみ。
それはそれとして、おいおい、いくらなんでも日程、タイト過ぎないか?
現時点で未定のところを含めて、17日間で16公演!
これ、演奏無しで移動だけでも結構きついスケジュールだと思うが、さらに各地で激しいライヴを繰り広げるって、なんだかほとんど自殺行為って気が…。

彼ら自身もそれは分かっているようで、バンド創設メンバーのベーシスト、Gurdip Singh Narang(黒ターバンでキメていた彼だ!)はRolling Stone Indiaのインタビューに、
「こんなにタイトな日程でスケジュールを組むなんて、俺たちはキンタマがすわってるだろ。ちゃんと全ての国に機材と一緒に降り立ってプレイできるように、いろんな国の航空会社を信頼するってことさ」
と語っている。
どうやらヨーロッパツアーを終えて自信をつけたようで、Gurdip曰く、
「なぜって、俺はプロモーターを信用してるし、俺は100%有言実行だ。いつもと同じように、考えに考えて計画した通りにやるだけさ」とのこと。
自信満々、頼もしい。かっこいい。

と思ったら、このツアーはクラウドファンディングで成り立っていて、見てみたらまだ予定の金額の10%くらいしか集まっていないみたい…。

大丈夫か?とちょっと心配になるところだが、正直に言うと、超過密なツアースケジュールといい、資金面での見切り発車といい、こういう行き当たりばったりな感じ、理屈抜きでもう最高!って思ったよ。
海外にツアーするようなバンドになると、万が一の間違いもないように綿密に計画されたスケジュールで動きそうなものだけど、本来、ロックンロールバンド(彼らはデスメタルだけど、あえてこう言わせてもらう)のツアーなんてこういうものでもいいんじゃないだろうか。
自分の大好きな音楽をいろんな場所で演奏するために、楽器をバンに詰めてひたすらドサ回り。
海外ツアーだからって姿勢は変わらない、そのバンが飛行機になっただけ。
やるほうは大変だろうけど、なんていうか、こう、夢があるよな。
ボロボロになるかもしれないけど、これがやりたいんだ!っていう熱さがびんびん伝わってくる。

もちろん「そんなのはきれいごと。各地で待つファンをがっかりさせないよう、最高のパフォーマンスをするためには無理は禁物!」っていう意見もあるだろう。
でもさあ、これだけいろんなことがきっちりしちゃってる世の中で、こういう行き当たりばったり&気合で乗り切る!みたいなツアーをするバンドがいるって、ものすごく素晴らしいことなんじゃないだろうか。

いつもインドのロックバンドのことを「インドじゃ楽器買えるのは富裕層だけ」みたいに書いているけど、生半可な根性じゃこんなツアーできないよね。
確かに彼らは裕福な家庭に生まれたのかもしれないけど、その環境に甘えて音楽をやっているような連中じゃない(演奏レベルを見てもそれは一目瞭然)。
彼らの音楽へのハンパない情熱に最大限の敬意を表したいよ。

彼らのことを意気に感じて、ぜひ応援したい!という方はこちらから! 

Gutslitのみなさんにコンタクトしてみたところ、あとちょっとでライブ会場やなんかがはっきりするので、インタビューにも応じてくれるとのこと。
乞うご期待!
(このブログ、インタビューの告知ばっかでなかなか掲載されないけど、どうなってんの?とお思いの方もいるかもしれないけど、気長に待って頂きたく。そんなもんよ。インドも人生も…) 

インドの今までにインタビューしてきたインドのメタルアーティストのThird SovereignのVedantも、Alien Nation(Sacred Secrecy)のTanaも、日本でのライブが夢だと語ってくれていた。
何度も書いているように、こういったコアな音楽ほど国境は無い。
今回のGutslitの来日でインドのメタルバンドのレベルの高さが知れ渡り、彼らにも道が開けたら良いなと思います。 

2018年04月29日

謎のターバン・トラップ!Gurbax

前回Grish and the Chroniclesのインタビュー記事を予告したところではあるのだけど、現在ツアー中の彼ら、もう少しインタビューが先になりそうなので、今回はまた別のネタを。
といっても、また面白いやつ(とアタクシは思っている)を載せまっせー。

今回紹介するのは、記念すべき第1回目のSu Real以来のトラップ・ミュージック。
このブログで紹介するくらいなので、もちろんインド色強めのやつだ!

まずは1曲、聴いてみてください。
 Gurbaxで、"Boom Shankar"


サードゥー(世捨て人的な生き方をするヒンドゥー教の行者)の集団がサイケなペイントの車に乗り込んでレイヴ会場に繰り出すっていう、強烈な内容!
Gurbaxはクラウドファウンディングで集めた資金をもとに、この曲と同名のBoom Shankar Festivalというイベントをバンガロールで開催している。

この曲のビデオについてのインタビューによると、「リシケシュ(ヒンドゥー源流近くの聖地)のサードゥーたちが仲間とリラックスして楽しんでいるいるところ(ガンジャを吸ったりしているイメージかな)」という明確なビジョンのもとに作られたとのこと。
やがて、サードゥーたちがコンサートの熱狂に触れたらどうなるか、というアイデアに発展し、最終的にはこういうシロモノになったそうだ。
「街でいちばんヤバいサードゥーで不思議なパワーの化身であるBoom Shankarを、Gurbaxが彼の名前のフェスティヴァルに呼び出した。Boom Shankarとその信者が巡礼に使っていたバンはステージへと変化し、その上でプレイするGurbax。熱狂する観客。やがてBoom Shankarもステージに上がり、火吹きを披露してその場をパワーで満たす」
…なんだかよく分からないが、この手のダンスミュージックへのヒンドゥー神秘主義の導入は、90年代末頃の欧米や日本のレイヴ・カルチャーによく見られたもの。
このビデオはそうした文化の逆輸入版とも言えそうだ。

GurbaxことKunaal Gurbaxaniは、バンガロールでパンクやスラッシュメタルのバンドのギタリストとして音楽活動を始めた。
大学進学で進んだ米国アトランタでベースミュージックに出会い、DJ/クリエイターとしてのキャリアをスタートさせたようで、彼もまたおなじみの海外で触れた音楽をインドに導入して活躍しているパターンだ。
先ほどのBoom Shankarのような、インド的要素を取り入れたベースミュージックは"Turban Trap"というくくりで紹介されるているのだが(YoutubeのチャンネルやFacebookのページもある)、このターバントラップという概念、ジャンルなんだかレーベルなんだかちょっとよく分からない。
GurbaxがMr.Dossと共演しているターバントラップの曲。"Aghori"

調べてみたところAghoriというのはサードゥーの一派のことらしい。
ターバントラップのサイトには"Sikhest trap music"とあるが(Sickest=最もヤバい、とシク教のSikhをかけた表現)、シク教というよりはヒンドゥー的な要素が入っている楽曲が多いようで、この音楽ジャンルの宗教的バックグラウンドがどんなものなのか、シリアスなものなのかはちょっとよく分からない。
いずれにしても「ターバントラップ」には他にも面白いアーティストがいるので、調べてみてまた紹介たいと思います。

さてこのGurbax、インド的な要素のないトラックもたくさん手がけていて、これがもうインドとか国籍とか関係なく普遍的にかっこいい。
"Get it"


"Lucid Fuck"


彼の2017年の活動をまとめた動画がこちら。

インドのパリピのみなさんが熱い!
電気や水道の通っていない環境で暮らす人も多いインドだが、これもまたインドの一側面。
とくに電子系ダンスミュージック界隈の垢抜けっぷりにはいつも驚かされる。
こういう人たちでも、ダンスミュージックに宗教的恍惚感(トランス的要素)を加えるためにヒンドゥーの伝統的な要素を加えてみるんだなあ、と思うとしみじみする。
それとも信仰心なんてもう全然なくて、単にシャレでやってるのだろうか。
インド的なサウンドから欧米的、無国籍なサウンドまで躊躇なく行き来することができるのもインドのアーティストの魅力の一つ。
我々日本人が昼は蕎麦食って夜はパスタなんてことがあるのと同じようなものかもしれないけどね。

それではまた! 

2018年04月25日

原点、っていうか20年前の思い出。シッキムにて。

インドによく通ってた20年ほど前、今となっては前世紀末の話。

当時はデリーやコルカタやムンバイといった大都市でも、街角から流れてくるのはインド映画の音楽や宗教歌ばかり。

ロックやヒップホップなんて洋楽も国産のも全然聴こえてこなかったし、カセットテープ屋さん(当時、インドの主流音楽メディアはCDではなくカセットだった)に行ってもほとんど映画音楽や古典音楽しか並んでいなかった。

当時、アタクシはインドとロックが三度のメシより好きな若者だったので、インド感たっぷりのインドのロックバンドってのがあったら聴きたいなあ、と思っていたものだった。
その頃、ラヴィ・シャンカルの甥のアナンダ・シャンカルがロックの名曲をシタールでカバーしたアルバムがCDで再発されていたのだけど、B級趣味の企画盤っぽくてあんまり好みじゃなかったし。
前にも書いたけど、デリーのカセット屋で「インドのロックをくれ」と言ったら、出てきたのはジュリアナ東京みたいな音楽だった。
 インドのロック好きの人たちが本気でやっているロックバンドは無いものか、と探していたけどどこにも見つからなかったし、そもそも見つけ方が分からなかった。仕方なく、イギリスのインドかぶれバンドのクーラシェイカーあたりを「なんか現地のノリと違うんだよなあ」とか思いながら聴いていたものだった。

これはインド北東部、シッキム州を訪れたときのお話。

シッキムはネパール国境の東にちょこんとあるごく小さな州で、1975年まで「シッキム王国」という独立国だった歴史を持つ。
Sikkimmap
シッキム州の場所

シッキムの住民はネパール系やチベット系の、日本人と似た、いわゆる「平たい顔族」の人たちが多い。
どこを開いてもアーリア系やドラヴィダ系の濃い顔ばかりの「地球の歩き方 インド」の中で、薄い顔の人たちが民族衣装を着て微笑んでいるシッキムのページに、どことなく安心感と懐かしさを感じたものだった。

sikkimesepeople
シッキムの人々

シッキムの州都ガントクから乗り合いバスで山あいのルムテクという村に向かったときのこと。

ルムテクはチベット仏教の大きな僧院が有名(っていうかそれしかない)な小さな村で、オフシーズンだったせいか、1軒だけある宿にも英語が分かる人がおらず、「ここ泊まる。食事する」と身振り手振りでなんとかチェックインを済ませた。

rumtek-gompa-sikkim-head-546
ルムテクのゴンパ(僧院)

ルムテクは素朴な雰囲気の村で、とてもリラックスして過ごすことができた。

僧院も素晴らしく、おおぜいの少年僧たちがめいめいに暗唱するお経は、伽藍の高い天井に反響して、不思議な音楽的な響きが感じられた。

さて、翌日。

他に見る場所もないので、ガントクに帰るバス乗り場に行くと、もうその日のバスは全て出た後だという。
途方に暮れていると、こぎれいな車に乗ったインド人男性がやって来て、「これからガントクに行くんだけど、よかったら一緒に乗っていかないか」と誘ってくれた。

「観光客に向こうから声をかけてくる奴はほぼ悪者」というインドの大原則があるのだけど、このあたりは素朴な人たちばっかりだったし、オフシーズンのこんな小さな村に観光客相手の詐欺師もいないだろうと判断して、ありがたく乗せてもらうことにした。

彼の名前はパサンサン。カリンポンという街で自営業をしているという。
ドライバーが運転する車の後部座席で、パサンサンとの会話は大いに盛り上がった。

何故か。それは彼がインドで初めて出会ったロック好きだったから。

「ディープパープルがデリーに来た時には3日かけて見に行ったんだ。スティーヴ・モーズは凄いね。リッチーのプレイを再現するだけじゃなくて、自分のフレーズも弾けるんだ」「ブータンに行った時に、旅行で来ていたミック・ジャガーに会ったことがあるんだよ」なんて話がまさかこんなところで聞けるとは!


最初ちょっと警戒したことも忘れ、すっかり打ち解けた私に、彼は「ローリング・ストーンズのYou Can’t Always Get What You Wantをインド風にカバーしたこともあるんだ」と言うと、おもむろに歌い出した。

 

「まずイントロはシタールから入るんだ」

“I saw her today at the reception

A glass of wine in her hand

 

「ここでタブラが入ってくる」
タブラ の音色を真似ながら、パサンサンは歌い続ける。

“I knew she would meet her connection

At her feet was a footloose man

 

「ここでギターが入って、サビだ」

“You can’t always get what you want

 

これには本当にびっくりした。
なぜって、これこそがまさに当時の自分が聴きたかったインドのロックそのものだったから!

すっかり意気投合したパサンサンは、その日1日、ガントクの街を案内してくれた。

晩御飯はパサンサンの奢りでビールを飲みながらまたロック談義。

当時の日記によると、ビートルズ、レッド・ツェッペリン、ストーンズ、ザ・フー、ジェスロ・タル、ジャニス・ジョプリン、ボブ・ディラン、エリック・クラプトン、スコーピオンズ、テン・イヤーズ・アフター、ゴダイゴなんかの話をしたとある。

インターネットも一般的になる前、西洋の音楽の音源もほとんど流通していないインドで、彼はどうやってこんなに(当時から見ても)昔のバンドの知識を得たんだろう。

その日は二人ともガントクに泊まって、次の日一緒にカリンポンを案内してくれることになった。ロックをインド風にカバーした音源も聴かせてくれるという。

 

ホテルに帰る前、パサンサンが言った。

「今日ドライバーに給料を支払わないといけないんだけど、今日は銀行が休みなんだ。800ルピー貸してくれないか?」


おっと。

これはインドでは絶対にお金を貸してはいけない場面。貸したら絶対に返ってこない。
ガイドブックにも、大学教授を名乗る身なりのいい家族連れにお金を騙し取られたとか、そういう体験談がわんさと載っている。 

でも。アタクシは思った。

あんな小さな村でたまたま会って、ここまで趣味が一致して意気投合した男が、さらに詐欺師だなんて、いくらなんでもそんな偶然は無いんじゃないだろうか。

それに800ルピーは当時の日本円で2,000円くらい。

インドでは大金とはいえ、ドライバーを雇えるくらいの男がかすめ取ろうとする金額ではないだろう。

翌日に返してもらうことを約束し、その日はパサンサンが紹介してくれた、ふざけた名前の「ホテル・パンダ」に宿泊。酔いも手伝って心地よい眠りについた。

 

翌日。

約束していた朝9時にホテルのフロントに行くと、パサンサンはまだ来ていない。まあ、インド人だしな…と思いながら10分、20分、30分。

さすがにおかしいと思ってパサンサンが宿泊していた部屋をノックしてみたが返事がない。

よく見ると、鍵は外からかかっている。

やばい!と思ってホテルのフロントで聞くと、「その男ならもうとっくにチェックアウトしたよ」とのこと。

 

やられた!

信じた俺がバカだった!

800ルピーも惜しいけど、彼がカリンポンで聴かせると約束してくれた、インド風にカバーしたロックの名曲の数々が聴けなくなってしまったことが何よりも残念だった。

 

ホテルの前で困った顔をしていると、映画俳優のようにハンサムな向かいのオーディオ屋の兄ちゃんが「どうした?」と声をかけてきた。

「昨日ここに泊まってたロック好きのパサンサンって男を知ってるか?」

と聞くと、「おー、君もロック好きなのか!」と大音量でボンジョビやドアーズやエルヴィス(すごい組み合わせ!)をかけながらロックの話をしてくる。

音が大きすぎて通りの人はみんなこっちを不快そうに見てくるし、そもそも会話がままならないくらいのヴォリュームだ。

「で、昨日俺が800ルピー貸したパサンサンって男、知ってる?」

「いや、知らない。よく知らない人にお金を貸したらいけないよ」

知らないんなら早く言ってくれよ!

それにシッキム、どうしてこんなにロック好きが多いんだよ!

 

情けないやら悔しいやらで、その日は一日中、前日にパサンサンに案内された場所を巡りながら彼の消息を探したけど、結局何も分からないまま。

彼を探すことはあきらめて、次の目的地のネパールに向かうことにした。

 

それ以降、インドの旅の中であんなにロックが好きな男に会うことは無かった。

ゴアにはトランスのCDを売るインド人がいたし、ネパールのポカラでは、欧米人ツーリスト向けに当時流行ってたオアシスの曲をカバーしているバンドを見かけたけど、どちらも「仕事としてやってる」って感じで、心からの音楽好きであるようには見えなかった。

 

欧米のロックをインド風にカバーした音楽なんてものも聴く機会は無かった。

当時そんなことをやっていたのはパサンサンとその仲間くらいだったんだろうか。

インターネットが発達した時代になり、インドでもロックバンドが増えてきていて、遠く離れた日本でも彼らの音楽が容易に聴けるようになった。

それでも、あの日パサンサンから聞いたようなアプローチで洋楽のロックを演奏しているバンドにはいまだにお目にかかったことがない。

今でも、彼の音源が聴いてみたいと思う。

そして、あのとき感じた「インドのロックが聴いてみたい」という気持ちが、このブログを書くきっかけのずっと根っこのほうにあるのかな、とも少しだけ思う。


それにしてもパサンサン、晩飯もホテル代も出してくれて、1日潰してまで800ルピー騙し取るって、彼の暮らしぶりを考えたらずいぶんわりに合わないペテンだったと思うけど、あれは本当になんだったんだろう。
思うに、彼も最初は純粋にロック談義を楽しんでいたのだろうけど、途中で間抜けな日本人が完全に気心を許してるのを感じて、「これくらいの金なら掠め取ってもいいかな」と考えたんじゃないだろうか。

次回あたりで、この20年前からロックが盛んな(?)シッキム州出身のロックンロールバンド、先日紹介したGirish and the Chroniclesのインタビューがお届けできそうです。

本日はこのへんで。

続きを読む

2018年04月21日

本物がここにある。スラム街のヒップホップシーン ダンス編

これまで、Brodha VDIVINEBig DealJ19 Squadといったインドのヒップホップアーティストを紹介してきた。
インドのヒップホップシーンはここ数年爆発的に拡大・多様化していて、ストリート寄りのスタイルの彼らとは別に、Yo Yo Honey SinghやBadshahのように、ボリウッド的メインストリームで活躍するラッパーもいるし(Youtubeの再生回数は彼らの方がずっと多い)、BK(Borkung Hrangkhawl)UNBのようなインド北東部における差別問題を訴える社会派のラッパーもいる。
インドの古典のリズムとの融合も行われていて、各地に各言語のシーンがある

以前も書いたように、インドのヒップホップって、アメリカの黒人文化に憧れて寄せていくのではなく、自分たちの側にヒップホップをぐいっと引き寄せて、完全に自分たちのものしてしまっているような雰囲気がある。
いわゆる「ストリート」の描き方も、アメリカのゲットーを模したフィクショナルな場所としてではなく、オバチャンがローカルフードを売り、好奇心旺盛な子ども達が駆け回り、洗濯物が干してあるインドの「路地」。
インドのラッパーたちは、スタイルやファッションとしてのヒップホップではなく、自分たちが本当に語るべき言葉を自分たちのリズムに乗せて発信するという、ヒップホップカルチャーの本質を直感的に理解しているかのようだ。
なぜそれができているのかというと、ひとつには彼らが英語を解することが挙げられるだろう。
インドは、英語を公用語とする国では世界で最大の人口を誇る(実際に流暢に英語を話すのは1億〜3億人くらいと言われている)。
英語を解する彼らが米国のヒップホップに接したときに、ファッションやサウンドよりも、まずそこで語られている内容に耳が向けられたとしても不思議ではない。
そしてもうひとつ、インドには彼らが声を上げるべき社会的問題が山積しているということ。
貧富の差、差別、コミュニティーの対立、暴力、汚職。挙げていけばきりがない。
インドの若者たちがヒップホップに触れたとき、アメリカのゲットーの黒人たちのように、自分たちが語るべき言葉を自分たちのリズムに乗せて、ラップという形で表現しようと思うのは至極当然のことと言えるだろう。

でも、インドにヒップホップが急速に根付いた理由はきっとそれだけではない、というのが今回の内容。

さて、ここまで、「ヒップホップ」という言葉を、音楽ジャンルの「ラップ」とほぼ同義のものとしてこの文章を書いてきた。
でも「ヒップホップ」という言葉の本来の定義では、ヒップホップはMC(ラップ)、ブレイクダンス、DJ、グラフィティーの4つの要素を合わせた概念だという。
今回はその中のダンスのお話。
インドに行ったことがある人ならご存知の通り、インド人はみんなダンスが大好き。
各地方の古典舞踊をやっている人たちもたくさんいるけど、あのマイケル・ジャクソンのミュージックビデオにも影響を与えたと言われるインド映画のダンスのような、モダンなスタイルのダンスも大人気で、道ばたの子ども達がラジカセから流れる映画音楽に合わせて上手に踊っているのを見たことがある人も多いんじゃないだろうか。
(ちなみに、いやいや逆にインドの映画がマイケル・ジャクソンのミュージックビデオに影響を受けたんだよ、という説もある)

今回は、イギリスの大手メディア「ガーディアン」が、あの「スラムドッグ$ミリオネア」の舞台にもなったムンバイ最大のスラム街、ダラヴィで撮影したヒップホップのドキュメンタリー映像を紹介します。
タイトルは、Slumdogならぬ"Slumgods of Mumbai".
これがもうホンモノで、実に見応えがある。
まるでヒップホップ黎明期のニューヨークのゲットーのようだ(よく知らないけど)。



スラム街の中で誰に見せるともなくダンスする少年達。
束の間の楽しみなのか、やるせない境遇を踊ることで忘れたいのか。
ダラヴィに暮らす少年ヴィクラムに、母親はしっかり勉強して立派な職に就くよう語りかける。
教育こそが立派な未来を切り拓くのだと。
自分たちはきちんとした教育を受けることができなかったから、両親は息子の教育に全てを捧げて暮らしている。

だがヴィクラムには母親に内緒で出かける場所があった。
B BOY AKKUことAKASHの教える無料のダンス教室だ。
彼はここで同世代の少年たちとブレイクダンスを習うことが喜びだった。
でもヴィクラムは教育熱心な母親にダンス教室に通っていることを伝えることができない。
両親が必死に働いたお金を自分の教育のためにつぎ込んでくれていることを知っているからだ。

で、このダンス教室の様子が素晴らしいんだよ。
子ども達が自分の内側から湧き上がってくる衝動が、そのままダンスという形で吹き出しているかのようだ。
人生/生活、即ダンス。
踊る子どもたちの顔は喜びにあふれている。
でも、ヴィクラムは親に怒られないように、レッスンの途中で家路につかなければならない。
それを残念そうに見つめるAKKU.

誰もが金のために必死で働くダラヴィで、AKKUは、ダンスを通して子ども達に、生きてゆくうえで何よりも大切な、人としての「誇り」を教えようとしていた。
大勢の人たちの前で踊り、喝采を浴びることで、スラムの子ども達が自分に誇りを持つことができる。

だが、周囲の大人たちは適齢期のAKKUに結婚することを勧めていた。
結婚して夫婦の分の稼ぎを得てこそ、責任感のある人間になれると。
しかし二人分の稼ぎを得るには、ダンス教室を続けることは難しい。
AKKUは自分のダンス教室を通して、子ども達に誇りを感じてもらうこと、ヒップホップカルチャーの一翼を担うことこそが自分の役割だと感じていた。
自分がダンス教室をやめてしまえば、誰が子どもたちに誇りを教えるのか。
ヒップホップは彼自身の誇りでもあり、彼もまた葛藤の中にいる…。

AKKUは、ヴィクラムの両親の理解を得るべく、彼が内緒でダンス教室に来ていることを伝えに行くのだった。
だが、両親の理解はなかなか得られない。
ダンスよりも勉強こそがヴィクラムをよりよい未来に導くはずだと。
自分のダンス教室は無料だ、金のためにやっているわけではないと反論するAKKU.
さまざまな葛藤をかかえたまま、AKKUのヴィクラムへのダンスレッスンが続いていく。

そして迎えたある夜、薄暗い照明のダンス教室の中、ヴィクラムの両親も招待されたスラムのB BOYたちのダンス大会が始まった。
次々にダンスを披露する少年たち。
家では見せたことがないほど活き活きと踊るヴィクラムの姿に、両親もやがて満面の笑顔を見せる。
そう、我が子が一生懸命に打ち込む姿を喜ばない親はいない。
そして、コンテストの結果は…。

この物語のラストで、AKKUはヴィクラムに、あるプレゼントを渡す…。
いつも両親に「ミルクを買いに行く」と嘘をついてダンス教室に来ていたヴィクラムに、勉強して成功を収めるということとはまた別の、希望と誇りが託される場面だ。

このドキュメンタリーを見れば、音楽やダンスが抑圧された人々にとってどんな意味を持つことができるかを改めて感じることができる。
世界中の多くの場所と同様に、ここダラヴィでも、音楽やダンスが、日々の辛さを忘れ、喜びを感じさせてくれるという以上のものになっていることが分かる。
そして音楽やダンスがもたらす希望は、言葉や文化を異にする我々にも、普遍的な魅力を持って迫ってくる。

人はパンのみにて生きるにあらず。
貧しくとも、人はお金のためだけに生きているわけではない。
これはダンスやスラムについてではなく、人間の尊厳についてのドキュメンタリーだ。
ヒップホップは、ただの音楽やダンスではなく、本来はそうした人間の尊厳を取り戻すための営為なのだということに改めて気付かされる。
もちろんヒップホップを発明したのはアメリカの黒人たちだけど、ヒップホップというフォーマットは国籍や文化に関係なく、あらゆる抑圧された人たちが(抑圧されていない人でさえも!)共有できる文化遺産であるということを改めて感じた。

ダラヴィの生活は夢が簡単に叶う環境ではないだろう。
AKKUが今もダンス教室に通っているのか、彼らのうち何人が今もダンスを続けているのか、煌びやかなムンバイのクラブシーンで活躍できるようになったB BOYはいるのか、それは分からない。
でもこのドキュメンタリーからは、きっと何か感じるものがあるはず。

たったの13分で英語字幕もあるので是非みんな見てみて! 


追記: Youtubeで確認したところ、AKKUは今でもダンスを、ダンス教室を続けているようだ。
昨年行われたTEDxでのAKKUのプレゼンテーションを見たら、最後にダンス教室の生徒たちも出ていたけど、ヴィクラムの姿は確認できなかった。
成長して見分けがつかなくなってしまっただけなのか、ダンスをやめてしまったのか、たまたまここにいなかっただけなのか… 


2018年04月14日

ついに発見!ロックンロールバンド!Girish and the Chronicles! Rocazaurus

何度も書いてきた通り、インドでロックバンドができる層は人口全体から見るとまだまだごく一部。
エレキギター、ベース、アンプ、ドラムセットと買い集めて、インドに練習用のスタジオがあるのか自宅のガレージでやるのかしらないけど、バンドでリハーサルするだけで結構な出費になることだろう。
そんなことができる彼らは必然的にいわゆる富と教養がある層ということになるので、インドではロックバンドといえばメタルやプログレハードのようなジャンルで技巧を競ったり、ポストロックでセンスと音響を磨いたりというのが主流になっている。
逆に、メタル/ハードロック系で言えばAC/DCやガンズアンドローゼス、パンクで言えばラモーンズのような、愚直こそが美学というような、直球のロックンロール系のバンドというのは極めて少ない。
パンク系のバンドでも、社会風刺的なやつだったりするしね(それはそれで良いのだけど)。

ところで、小生は愚直なロックが大好きだ。
そりゃあ、難しいことも深遠なことも表現できるのがロックの素晴らしさではあるけれども、本質的なことを言えばスリーコード、エイトビート、それさえあれば十分じゃねえか。
インド人はなぜそれが分からないのか!と歯がゆく思っていたところ、ついに見つけました。ロックンロール系のバンドを。

どちらかというとメタル寄りのバンドではあるけれども、こまっしゃくれた変拍子とか早弾きや早叩き(って言わないけど)なんてしない。彼らの目指すところは間違いなくロックンロール。
インド北東部シッキム州のバンド、Girish and the Chronicles、略称GATC!
まずは1曲聴いてください。じゃなくて聴きやがれ!その名も"Born with a Big Attitude"


GATCは2009年にヴォーカリスト兼ギタリストでソングライターのGirish Pradhanを中心にインド北東部のシッキム州結成された(シッキムは以前紹介したラッパーのUNBの故郷です)。
シッキム州で最初にして唯一の全インドツアーと海外でのライブ(調べた限り、香港や韓国、ヨーロッパのモンテネグロのイベントに参加したようだ)を成功させたバンドだという。
バンド名の頭にGirishの名前が入っていることからも分かる通り、とにかく強烈なのはそのヴォーカル!
この曲ではかなりガンズのアクセルっぽく聴こえるが、他の曲も聴いてみてもらおう。
80年代のアメリカのバンドを思わせるスケールの大きい””The Endless Road"


トラックの荷台で演奏するメンバー、バイクで旅する長髪の若者、壮大なコーラス。
インドらしからぬ非常にアメリカンな世界観。
砂漠から手を振るとそこにはオート三輪のトラックに乗ったインドの人々が!アメリカンロックとインドの遭遇といった感じのこのビデオ、好きだなあ。
こういうビデオが撮れる場所があるっていうのも、インドの広さを改めて感じる。

続いてアップテンポなナンバーはどうだ!その名も"Ride to Hell".
前奏が長いぞ。歌は2分あたりからだ!

この曲はヴォーカルも含めてMr.Bigみたいな雰囲気!

元ネタになってるバンドが分かってしまうところがちょっと微笑ましくて、次はツェッペリン風の"Revolving Barrel"


こういうバンドに欠かせないバラードもちゃんとある。"Yesteryears"


なんだろう、このまるでインドを感じさせない、中高生のころに聴いてたバンドみたいな感覚は。
彼らはカヴァー曲のセンスも最高で、AC/DC、エアロスミス、ガンズなんかを完コピしている。

全部貼ってるときりがないので、ここはアタクシが敬愛してやまないAC/DCのマルコム・ヤングに捧げるメドレーを。


ヴォーカルを含めて完コピ!
リズムでちょっとオリジナルとの違和感を感じるところもあって、それはそれで本家の偉大さを感じる。
インタビュー記事によると、影響を受けたバンドとしてLed Zappelin, Deep Purple, Black Sabbath, Iron Maiden, Judas Priest, Aerosmith, Guns and Roses, AC/DCといった70年代〜80年代のハードロックやメタル系のバンドの名前を挙げていた。(ちなみにインド国内のバンドではParikrama、Soulmateとのこと)

インド北東部の最果ての地、シッキムにこんなロックンロールバンドがいるなんてなあ、と感激していたら、おや、Youtubeの右側んとこにまた別のロックンロールっぽいインドのバンドが出てきているではないか。

彼らの名前はRocazaurus.
さっそく聴いてみようじゃないか。"The Punk". 曲はメタルだけど。


おお!これはまたゴキゲンな。
さっそく調べてみたら、彼らのFacebook のページにはこんなことが書かれていたよ。

Rocazaurus is a unique rock band. Just like dinosaurs, the genre pure rock is also getting extinct. We are not going to stand aside watch it turn into fossil. So Rocazaurus is the few among the last to keep up the spirit of rock. Musically upfront with hard rock and general metal. The band is enjoying the good times of music wonders and rediscovering process of rocking out. 
Rocazaurusはユニークなロックバンドだ。恐竜のように、ピュアなロックもまた絶滅しかけている。俺たちはロックが化石になってゆくのをただ黙って見ているつもりはない。そう、Rocazaurusはロックの魂を伝えるために選ばれし者たちなのだ。音楽的にいうと、俺たちはストレートなハードロックや王道のメタルだ。俺たちは音楽に奇跡があった良き時代とロックンロールの素晴らしさを再発見して楽しんでいるぜ。

いいなあ!なんて暑苦しい所信表明なんだ!
次は、すばらしすぎるタイトルの曲"All I Want Is Rock And Roll".


Rocazaurusはインド南部のケララ州出身のバンド。
メンバーの名前(Vocals/Lead guitar - Fredy JohnBass/Vocals - Lesley Rodriguez, Drums - Alfred Noel)を見ると全員クリスチャンのようでもある。
そうした彼らの出自がこのアメリカンなサウンドと何か関係があるのだろうか。

余談だが、ケララは大航海時代から栄えた港町のコチン(コチ)を擁する州ではあるが、この土地のキリスト教の歴史はザビエルら大航海時代の伝道師の来訪よりもはるかに古く、なんと12使徒の1人、聖トマスが西暦52年ごろにキリスト教を伝えたと言われている。
india_map州都入り
それ故に、ケララのキリスト教はもはやインド文化の一つといった様相を体していて、北東部のように特段西洋文化の受け入れに積極的といったイメージも無い土地なんだけど。
ただ、古くから教育に力を入れていた州であり、これといった産業が無いにもかかわらず安定した成長を続けた州の体制は「ケララ・モデル」として知られており、ある種の文化的近代化が(とくに人口は多いが保守的な北部の州に比べて)なされていると言えるのかもしれない。

それにしても、遠く離れたインドの北の果て(ネパールの西側)のシッキムと南の果て(最南部の西側)のケララで、インドでは珍しいロックンロール系のバンドが見つかるっていうのが面白い。
北東部の音楽的な先進性はメタルやヒップホップを通して見てきたけれども、南部ではケララにもこの手のインドらしからぬバンドがいるというのは注目に値する。
ケララは先日紹介したスラッシュメタルバンドのChaosとか、他にも気になるバンドが満載の地で、ちょっと深掘りしてみたいところだ。 

それはまたいずれ書きたいと思います。
では! 

2018年04月09日

インドの何が好きかっていうと!

 タージマハルに見とれている私たちに、親切にもいろいろと解説をしてくれるインド男が現れた。彼はタージ・マハルの歴史やらエピソードをひととおり語り終わると「さあ、説明を聞いたんだから金よこせ」と説明料を要求してきた。
 私たちがあっけにとられていると大麻さんが「私たちは何もあんたに説明を頼んでいない」とピシャリとインド男に向かって言い、私達に「誰も信用してはいけません。いいですね」と強く念を押してきた。誰も信用してはいけないこの国を、大麻さん、あんたはなんでそんなに好きなのだろう。


…この文章はさくらももこの「さるのこしかけ」っていう本の中にあるインド紀行文の中の一節。
怪しい名前の(さんざん本の中でもいじられている)「大麻(おおあさ)さん」っていうのは、インド好きが高じてインドのガイドをやっている人物で、これは当時のさくらももこ夫妻の案内をしていた場面だ。
アタクシもこういうブログをやっているくらいなのでインド好きということに関しては人後に落ちないつもりだけれども、この文章には自分のことかと大笑いするとともに、ちょっと考えさせられた。
確かに、インドは誰も信用できない、っていうか、誰を信用していいかわからない国だ。
田舎町で偶然会った趣味の合うインド人を信用して裏切られたこともあるし。
信用という面で言えば、そもそも外国人のみならず、地方から出てきたインド人も都会のインド人に騙されるっていうし、平和ボケした日本育ちの自分がインド人に勝てるわけない。

それ以外にも、胃腸が弱いのですぐにお腹を壊すし、さらに致命てきなことに辛いものが苦手なので、たいていの物を食べると地獄を味わうことになる(しかも、大量の汗をかき、周囲のインド人にもれなく心配される)。
インド人のあまりにも理不尽な対応や融通の利かなさに日本ではあり得ないくらい腹を立てたこともある。
スリにあったこともあるし、長距離寝台列車じゃあ盗まれないように荷物を抱えて寝なきゃあ行けないし、長距離バスに乗れば路面の悪さとサスペンションの利かなさで全身が筋肉痛になる。
(ずいぶん昔の記憶だから、今じゃ違う部分もあるかもしれないけどね)
環境や社会の面でも、都市部では大気汚染も悪化してるし、貧困、格差、差別、紛争と、世界最大の民主主義国にしてあらゆる問題のデパートでもある。

それなのに、ああそれなのに、いったいどうしてこんなにインドが好きなのか。

現地でインド好きの旅行者と会うと、お互い「I love India, but I don't know why.」なんて言って笑いあっている。
と、自分でもずっと謎だったこのインド愛の理由をものすごく上手に説明してくれているブログを見つけたのでたまらず紹介します。(下の画像をクリック!)

00


インドの空気の香り、街の音、人と人との距離、とても人間らしい人達、面白い発想、おおらかさ、っていう切り口にはいちいちうなずくことばかり。

これはインドのものなら何でも手に入る「ティラキタ」さんというネットショップのもの。
雑貨から服から食材から民族楽器まで扱っていて、以前インドで探しても見つからなかった15年前のヒット映画のCDをここで買ったこともあるオススメのサイトでもあります。
(ものすごく宣伝っぽい書き方をしてるけど、このお店を宣伝してアタクシが得することは一つもなく、ただの純粋な紹介です。念のため)

とくに頷いたのは、インドから帰ってきて、成田空港の駅のホームに降りたときの寂しさ。
ああ、駅に牛がいない、チャイ屋がいない、ホームに寝っ転がっているおっさんもいない。
っていうか日本でホームに寝っ転がっているおっさんがいたらそれはまた違う文脈で捉えてしまうし…。
ああ、インドとインドにいる自分はどんなに自由だったんだろう。インドの人たちはなんて人間らしくて素晴らしかったんだろう、みたいな。

インド社会や政治のネガティブな面を挙げればキリがないけれども、ポジティブな面を挙げてもキリがない。 
とくにポジティブな面は、世界じゅうでインドにしか無いようなものばかり。

こんなインドの音楽をこれからも紹介して行きたいな、と思う所存あります。 


goshimasayama18 at 21:42|PermalinkComments(0)インドよもやま話 

2018年04月08日

本格的レゲエバンド!その名もReggae Rajahs!

インドのロックやヒップホップを中心に紹介してきたこのブログだけど、そういえばレゲエについては今まで全然触れてこなかった。
ではインドにレゲエミュージシャンがいないのかというとそんなことはなくて、シーンは小さいながらも素晴らしいバンドがちゃんといます。

今回紹介するReggae Rajahsはまさにそうしたバンドの一つ。
Rajaはインドの諸言語で「王様」を意味する言葉。
そこにジャマイカンが信奉するラスタファリアニズムのJah(神・救世主)をミックスしたインドのレゲエバンドにぴったりの名前だ。
ラスタファリアニズムは、主にジャマイカの黒人たちに信奉されている思想で、ものすごくおおざっぱに言うと、堕落した物質主義社会から脱し、心の豊かさを求めてアフリカに回帰することを求める運動ということになる。
今回紹介するReggae Rajahsは、歌詞を見るとそうしたラスタファリアニズムに強く傾倒しているというわけでもなさそうだが、サウンドの面では非常に本格的なレゲエサウンドを聴かせてくれている。

さっそく1曲聴いてみてください。
"Dancing Mood"

どうです。音楽にもビデオにもインド要素ゼロのゴキゲンなロックステディサウンドでしょう。
あとこのバンドはメロディーセンスが良い!
レゲエ好きじゃなくても、普遍的に良いと思えるキャッチーさじゃないでしょうか。

Reggae RajahsのメンバーはヴォーカルとMCのGeneral Zooz(a.k.a. Mr. Herbalist)とDiggy Dang、DJのMoCityの3人に、2013年に加わったDJと映像を担当するZiggy The Blunt、いろいろ調べたけど今ひとつ役割が分からない(ごめんよ)BeLightsの5人組。
オフィシャルサイトでは、インドで最初のレゲエサウンドシステムを自称している。

ここでもう1曲ゴキゲンなやつを。First Time.

あいかわらず気持ちのいいレゲエサウンドに、坂本九の「明日があるさ」のような一目惚れの恋をテーマにした青春ナンバーだ。
「どうか俺のFacebookリクエストを受け入れてくれ」みたいな現代風ながらも初々しい歌詞が甘酸っぱくて良い。インドの小説や映画やなんかを見ると、垢抜けている今風の若者でも恋愛には結構奥手だったりして、そういうところがインド人のまあかわいいところだ。

Reggae Rajahsは2009年にデリーで結成された。
それぞれイギリス、アメリカ帰りのGeneral ZoozとDiggy Dang、イラク生まれでデリー育ちのDJ MoCityが、デリーで行われたボブ・マーリィのバースデー記念イベントで出会ったことがきっかけになったようだ。
インドではまだまだ数少ないレゲエファンが「え?君もこういうの好きなの?」って感じで出会ったのだろう。
インドではまだマイナーなジャンルに海外で触れた在外インド人が、帰国とともにそのジャンルのインドでのパイオニアになるというのは他のジャンルでもよく見られるパターンで、21世紀に入ってもまだまだ黎明期だったインドのミュージックシーンを象徴するエピソードだと言える。
General Zoozの名前は、このブログで以前紹介したSu Realの"Soldiers"という曲のレゲエパートで本格的なラガヴォイスを披露していたことで覚えている人もいるかもしれない(いないか。面白い曲なのでぜひリンクを辿ってみて)。

DJ MoCityの本名はモハメド・アブーディ・ウライビ。
名前とイラク出身ということからも分かるようにムスリムなのだろうが、他のメンバーの本名を見るとヒンドゥー系の名前で、彼らは多国籍、多宗教のメンバーがレゲエという音楽への愛情で結ばれたバンドと言えるだろう。
彼らは自分たちのバンドでの活動のみならず、Goa Sunsplashというイベントを主催したり、MoCityがboxout fmというネットラジオ曲を運営したりするなど、インド全体のレゲエを中心とした音楽カルチャーの振興にも力を入れているようだ。
いったいどこにそんな資金が?と思わなくもないが、彼らの経歴から想像するに「家がお金持ち」ってことなのかもしれない。

彼らの曲の中でも、個人的にとても気に入っている曲。So Nice.

ちょっとメロウで最高にピースフルなヴァイブの曲で、海沿いの道をドライブしながら聴いたら気持ち良いだろうなあ。
中間部の「Irie!」っていうコール&レスポンスのところ、ぜひライブで一緒にやってみたい。

彼らはニューデリーでのSnoop Dogのオープニングアクトを務めたり、Dub Inc(フランス)、Million Stylez(スウェーデン)、Ziggi Recado(オランダ)、Appache Indian(インド系イギリス人)、Dreadsquad(ポーランド)といった世界中のレゲエアクトと共演したり、ポーランド、ブラジル、フィリピンをツアーする等、国境を越えた活動をしている。
彼らのバイオグラフィーを見てみると、初期にはゴアやマナリといった西洋人ヒッピーが多い都市での活動が多かったようで、インドのアーティストにしては珍しく、コアなジャンルとはいえ非常にインターナショナルな受け入れられ方をしていると言える。

続いては大麻礼賛の曲"Pass the Lighter".

合法化せよ!(legalize!)というピーター・トッシュのようなアジテーションが印象的な1曲。
インド文化(一部のヒンドゥー文化)とレゲエカルチャーの共通点をあえて探すとすれば、大麻がポジティブなものとして捉えられていることと、菜食主義が尊いものとされていることが挙げられるだろうか。
実際、彼らもインタビューでインドのレゲエシーンにおけるラスタファリアニズムの重要性について聞かれたときに「ラスタ文化はインド文化にとても影響を受けているよ。インドの文化にはサードゥー(ヒンドゥーの行者)がいて、髪をドレッドにして大麻を吸ったり森の中で瞑想したりしているし」という、分かったようなよく分からないような回答をしている。

彼らはルーツスタイルのレゲエに最も愛着があるようだが、他にもダンスホールやダブを取り入れることもあって、こんなソカテイストのある曲もやっている。


今回紹介した曲はみんな「Beach Party EP」というアルバム(もはやダウンロードなのでアルバムと呼んでよいのかも分からないのだけど)に入っている曲で、個人的にも昨年から随分と聴いているよ。

はい。てなわけで、今回はもろインド!って感じじゃなくて、より無国籍な魅力のあるインドのレゲエアーティスト、Reggae Rajahsの紹介でした!
確かに、いろんなリズムやトラックと融合できるヒップホップ(というかラップ)に比べると、レゲエって地域性が出にくい(そしてローカライズがあまり求められていない)ジャンルなのかもしれないね。

あ、そうだ。レゲエの世界だと、ヒップホップで言うところのラッパーをdeejay、DJをSelectaと呼ぶ習わしがあるようなのだけど、門外漢なので今回は一般的なほうの表記で書かせてもらいました。
てなわけで、それJAHまた!

goshimasayama18 at 21:04|PermalinkComments(0)インドのレゲエ 

2018年04月05日

ケララのスラッシュメタルバンドChaosが映画音楽に進出!

前回書いたジョードプルのギャングスタラップ集団、J19 Squadにインタビューを申し込んだ件、コンタクトはできて返事は来たのだけど、具体的なアポイントには至らなくて、ひとまず「ミュージックビデオにあるようなギャングスタライフはリアルなのか、フィクションなのか」といったような質問事項を送って返事を待っているところです。
果たして進展はあるのでしょうか。
ということで今回はまた別の話題。

「哲学は神学の婢(はしため)」と言えば中世ヨーロッパの学問の序列を表した言葉だが、同じようにインドのエンターテインメントの世界を表現するとしたら、「音楽は映画の婢」ということになるだろうか。

Brodha VがFacebook上で、音楽よりも映画ばかりが注目される状況を痛烈に批判していた通り、インドの音楽シーンは、「映画音楽=メジャー」「非映画音楽=インディー」と言ってほぼさしつかえない構図になっている。
この状況下では、映画とは無関係に、ほんとうに自分の表現したいものを追求している作家性の強いミュージシャンは、いくら質が高い作品を作ってもなかなか注目されないわけで、アーティストたちが怒るのも無理のないことだろう。

ただ、だからこそというか、そうしたアーティストたちは、SoundcloudやBandcampといったサイトを通じて積極的に音楽を発信しており、またライブの場も大都市では増えてきているようで、急速に面白いシーンが形成されているのは今まで見てきた通り。

一方で、映画の側から、活気づいている音楽シーンにアプローチする例も見られ、いまやムンバイの大スターと言えるDIVINEの半生をもとにした映画が作られたり、Brodha Vにも映画の曲が発注されたりしている。

こうした傾向は、とくに人気が著しいヒップホップだけかと思っていたらそうでもないようで、映画音楽からは最も遠そうなヘヴィーメタルシーンにも映画業界が触手を伸ばしているようだ。

56

つい先日、インド最南端のケララ州のスラッシュメタルバンドChaosが、Facebookでマラヤラム語(彼らの地元ケララ州の公用語)映画のための音楽を作ったぜ!と言っていたのでさっそくその曲とビデオを見てみた。
Chaos "Vinodha Jeevitham" .

いつもは英語で歌っている(っていうかがなっているっていうか)バンドだが、今回は映画に合わせてマラヤラム語の歌詞で、作詞も外部の人が手がけたようだ。
映画の曲ということで、メタルに合わせて大勢でダンスしたりしていたらどうしようと思っていたが、幸か不幸かそういうことにはなっておらず、ちょっと安心したというか残念というか、なんとも複雑な気持ちにちょっとだけなった。
この映画は犯罪映画かホラー映画のようで、不穏な感じの映像には確かに彼らの音楽が合っているように感じる。
調べてみるとS DurgaというのはSexy Durgaという意味のようだが(ドゥルガーはヒンドゥー教の戦いの女神で、この映画のヒロインの名前でもある)、Sexyという単語を使わないのは保守的な市民感情に配慮してのことだろうか。
インドでもメタルやヒップホップの歌詞では、かなり過激な表現もされているが、あくまで大衆向けのエンターテインメントである映画では、このレベルの配慮が必要ということなのかもしれない。

この映画からもう1曲。Olicholaakasham.
22



Chaosは「Rolling Stone Indiaが選ぶ2017年度ベストビデオ」の10位に選ばれた "All Against All"という曲が印象に残っているバンドで、泥の中で荒くれた男たちが取っ組み合う映像に「いかにもなメタルだなあ」という感想を持ったものだけれども、歌詞やなんかを調べてみると、社会の分断や抗争といった真面目なテーマを扱っているバンドだということが分かった。

これがいつもの英語で社会を歌う(っていうかガナる)Chaos. 

生まれた場所や肌の色を理由として、国の中に差別や断絶が生まれ、全てが対立する。
というのがこの曲の歌詞の趣旨。
こうした硬派で激しい表現をするバンドに映画業界が着目したというのはなかなか面白いように思う。

余談だけど、インド映画を紹介する際によく使われる「ボリウッド」という言葉は、ハリウッドのHの代わりに映画製作の中心地ムンバイの旧名ボンベイのBを頭文字につけたことから来ていて、一般的にはヒンディー語の映画を指している。
首都デリーを含む地域で話され、インドで最も話者が多いヒンディー語映画は製作本数も多いためにボリウッドという言葉が有名になっているけれども、南インドのタミル語映画は「コリウッド」、東インドのベンガル語映画は「トリウッド」、マラヤラム語映画は「モリウッド」と、それぞれの州の都市名をもじって呼ばれることもあるようだ。あんまり聞いたことないけどね。

インドの映画と音楽をめぐる関係はまだまだ面白くなりそうなので、また気になるトピックがあったら紹介します!

2018年04月01日

インドいち美しい砂漠の街のギャングスタラップ J19Squad

インドでどこがいちばん素敵な街だった?と聴かれたら、それはなかなか難しい質問だ。
インドらしさという点でいえば混沌と聖性の街ヴァラナシか、歴史のある大都会デリーやムンバイか、現代的な大都会バンガロールか、いやいや大都市ではなく鄙びたブッダガヤやプリーも捨てがたい。
異国情緒のあるゴアや、独自の文化のあるシッキムも素晴らしく、まだ行ったことのない南インドや北東部にも素晴らしい場所はいくらでもあるだろう。

インド西部ラージャスタン州に、ジョードプルという街がある。
別名は「ブルーシティ」。
旧市街にある、築500年にはなろうかという家々の多くが青く塗られていることから、そう呼ばれている。
タール砂漠の乾燥した大地に、青い石造りの家と、人々の鮮やかな民族衣装が映える美しい街だ。

the-blur-city

jodhpurmen


People_in_Jodhpur_07

そう。アタクシは、インドでいちばん「美しい街」は?と聞かれたら、ジョードプルと答えることにしている。
古き良きインドが残っていて、ラクダに乗って砂漠の村々を訪れれば、何百年と変わらぬ暮らしをしている人々がいる。
青い旧市街は何よりも美しく、街の人々も大都会の観光地に比べてずっとフレンドリーだ。

ってのは全部、20年くらい前の記憶なのだけど、 果たしてあのジョードプルにもラッパーっているのかしらん、と思って調べてみたら、いた。
それもすんごいギャングスタラップ集団が。

ここまで紹介してきたインドのラッパーは、Big DealもBKも、ヒップホップのワイルドさは保ちつつも、基本的にはポジティブかつ真摯なメッセージをラップしていた。
あるいは、政治的な主張や差別への抗議をラップするとかね。
ところが今回紹介する連中はとことん「悪」。

奴らの名はJ19 Squad.
まずは1曲聴いてくださいよ。ワルいぜー。 "Bandook"

物騒な感じの連中が大勢集まって、ナイフを持った男にピストルを突きつけたり、女性を拉致したり、銃をぶっ放したりしてる。なんてやばそうな奴らなんだ。

今まで紹介した中ではストリート寄りのBrodha VとかDIVINEと比べても、はるかに強烈かつ直球なギャングスタアピール。
ラップのスキルも高くて、それも言葉は分からないなりにも、俺たちとんでもないワルだぜ、って感じムンムンのラップをしている。
2:40くらいからの「誰も俺たちを止められないぜ、ハッハッハー!俺たちが誰だか分かってんだろ。J19スクワッドだ!」っていうブレイクのところも、ベタだけどカッコよく決まってる。
ひと気のない道でこんな人たちに会ったら、思わず用事を思い出したふりして引き返すね、アタクシは。

かと思えば、ボブ・マーリィに捧げる、ってな曲もやってたりする。
"Bholenath A Tribute to Bob Marley"

…あの、みなさんいきなり思いっきり大麻吸ってるんですけど。
なんかヒンドゥー寺院みたいなところで、連中、ひたすら大麻吸ってる。
歌詞は分からないけど、ボブ・マーリィ全然出てこないし。
コブラやシヴァ・リンガ(男根の象徴)と、シヴァ神のシンボルばかりが出てきて、トリビュート・トゥ・ボブというよりトリビュート・トゥ・シヴァといった感じのような気もするな。
っていうか、インドでも大麻って違法なはずだけど、こういうビデオをアップして大丈夫なんだろうか。

で、なかでも最高なのがコレ!
地元のシンガーと思われる、Rapperiya Baalamと共演している曲"Raja"(王)

いきなりラクダに乗った男が(彼がRapperiyaか?)、いい感じに訛りのきついラップをかます。
インドっぽいトラックにラップを乗せる、っていうのは今までもあったけど、これはヒップホップ色の強いトラックに民謡っぽい歌が乗る!
そんでラッパーたちは地元の移動遊園地を練り歩きながらラップしまくる。
このビデオ、本当に最高じゃないか!
ヒップホップのルーツの黒人っぽさはもはやゼロで、完全にインドのラージャスタンの空気なのに、それでいて完璧にヒップホップのヴァイブがある、と思いませんか?
なにしろ、革ジャンのラッパーとターバンを巻いてラクダに乗った男が何の違和感もなく共存している。
これはラージャスタンの砂漠の男たちがアメリカ生まれのヒップホップを飲み込んだ瞬間のドキュメンタリーだとも言えるんじゃないだろうか。

そんな彼らも地元ジョードプルは何よりも誇りに思ってる(言葉わからないけど、多分)。
こないだ書いたインド各地のご当地ラッパーの記事でも紹介した、地元ジョードプルを讃える歌(多分)、"Mharo Jodhpur"


それにしても、彼ら、毎回大勢で映っているけど、J19というだけあって19人組なんだろうか。
地元のラージャスターニー語でラップしている曲もあれば、ヒンディーでラップしている曲もある。
( Youtubeのタイトルに"Rajasthani Rap"とか"Hindi Rap"とか書かれている)
かと思えば、つい最近リリースされた曲は、なんと"Hindi Rock".

歌はラップだけど、まさかの生バンドだ。
いったいJ19 Squadとは何者なのか?
JはジョードプルのJ?
19は人数?
ラッパーと楽器部隊がいるの?
ギャングスタっぽいアピールはマジ?それともフィクション?

さほどメジャーなグループではないらしく、検索してもさっぱり分からないしインタビュー記事などもヒットしない。
謎は深まるばかり。
彼らにもインタビューのオファーをしてみようと思うのだけど、果たして返事は来るでしょうか? 
乞うご期待! 

goshimasayama18 at 14:05|PermalinkComments(0)インドのヒップホップ