2018年02月

2018年02月28日

レペゼンオディシャ、レペゼン福井、日印ハーフのラッパー Big Deal

こんちわ、凡平です。
前回
のミゾラム州のデスメタルバンド、Third Sovereignへのインタビューでは、このブログ始まって以来の「いいね」をいただきまして、ありがとうございやす。
インド北東部のデスメタルなんてこの日本で自分しか興味持ってないんじゃないかと思ってたんですけど、しがねえウィーバー、じゃなかった、それはエイリアンの主演の女優さんだった、しがねえブログ書きのアタクシですが、とても励みになりましたよ。

で、気づいたんですけど、どうもこのブログの傾向として、デスメタルのことを書くと非常にたくさんの「いいね」がついて、ヒップホップやなんかのことを書くとあんまり「いいね」がつかないみたいなんですよ。
この際、いっそのこと毎回インドのデスメタルバンドの紹介とインタビューにしちゃおうかとも思ったんだけど、「今のインドのいろんな音楽を紹介する」っていう初心を思い出して、デスメタル好きのみんな、ごめん。今日はヒップホップっす。
とはいえ、非常に面白いはず(とアタクシが勝手に思っている)なので、ぜひおつきあいを。

いつもこのブログでは、基本的に日本で紹介されていないミュージシャンについて書くことにしているのだけれども、今回紹介するラッパーは、なんと珍しいことに日本の新聞で紹介されたことがある。
彼の名はBig Deal.
え?知らない?
それも無理のない話。
日本の新聞といっても、彼が紹介されたのは福井新聞だしな…。
(福井の方、ごめんなさい)

じつは彼のことは、以前「各地のラッパーと巡るインドの旅」という記事でも触れたことがあるのだが、まあ覚えている人はいないでしょう。
長いこと温めて書いた記事だったのに、1つも「いいね」がつかなかったから(泣)。
自分で言うのもなんだけど、なかなか面白い記事だったと思うので、興味のある方はぜひご一読を。

彼は、福井新聞では「インドで5本の指に入るラッパー」として紹介され、このブログでも取り上げた人気ラッパーのBrodha Vに「インドのトップ3に入るラッパー」として名を挙げられるほどの(ちなみに他の2人はDIVINEとNaezy)実力派ラッパー。

Big Dealはインド東部のオディシャ州はプリーという街(コルカタから夜行列車で南に一晩くらいの場所)の出身で、インド人の父と日本人の母との間に生まれた。
(だから福井新聞に取り上げられてたんだね)

まず紹介したいのは、以前の記事でも取り上げた、オディア(オディシャ人)としての誇りをラップしたこの曲。"Mu Heli Odia"
 

オディシャ州はとりたてて大きな都市があるわけでもなく、どちらかというと鄙びたところではあるのだが、だからこそというか、「俺はオディアだ!」というプライドを全面に出した曲になっている。
ちなみにこの曲はインドで(っていうか世界で)最初のオディア語ラップでもあるという。

この曲は、全体を通してオディシャ州の文化への賛歌になっているんだが、冒頭で
「俺のことをコリアンだと思うかもしれないけど、親父はヒンドゥー、Odia Japさ。この2つをミックスして、今じゃ俺みたいな奴は誰もいないのさ」
というリリックが出てくる。
自分のルーツをラップしたよくあるリリックのようだけど、次の曲を聴けば、もっと深い意味があることが分かるだろう。
そして、彼の「俺はオディシャ人だ」という言葉の重みにも気がつくはずだ。

彼はプリーで生まれ育ったのち、13歳からはウエストベンガル州北部のダージリン(コルカタからプリーとは逆方向の北に列車で一晩)の寄宿舎学校(男子校)に通った。
その後、進学のために向かった南インド・カルナータカ州のバンガロールでラッパーになり、今もバンガロールを拠点に活躍している。
(地図、載っけときます)
india_map州都入り


その半生をラップした曲がこの"One Kid"だ。

よりインド色の強いトラックではあるけれども、さっきのオディア語とはうって変わって、切れ味の良い英語のラップがとても印象的。
リリックの冒頭はこんな感じで始まる(リリック全体はこちらからどうぞ)

Growing up in Puri, I felt so confused プリーで育った小さい頃、俺はとても混乱していた
Why do I look like no one else in the school? どうして俺は学校の他のみんなと違うのか
I mean I got small eyes, also a flat nose 小さな目に低い鼻のことさ
Which is why all guys happened to crack jokes そのせいでみんなは俺をからかった
Even the teachers treated me like a foreigner 先生まで俺を外国人のように扱った

While all I ever wanted to be was an Oriya 俺はただただオディシャ人になりたかった

以前取り上げた北東部トリプラ州出身のBorkung Hrankhawlもラップしていたように、典型的なインド人の外見でないことに対する差別というのは結構根深いものがあるのだろう。
典型的なインド人であれば、マイノリティーであってもコミュニティーや居場所があるけれど、インドの外部や周縁部からやって来た人には所属すべき場がない。
だが、彼は家族や叔父、叔母の愛情を感じ、死ぬまで彼らをレペゼンしてラップし続けると宣言する。
というのがヴァース1の内容。

続くヴァース2は13歳から通っているダージリンでの男子校生活について。
ひょっとしたら、インド北東部のダージリンの学校に通ったのも、同じように東アジア系の見た目の生徒たちが多数いるということが関係しているのかもしれない。
だが、ここでも遠く離れたオディシャからきた彼は、からかいやいじめの対象になる。
辛い4年間の学園生活の中で、彼はエミネムのラップに出会い、ラッパーになるという夢を見つける。
「あのころファックユーって言ってきた同じ奴が今じゃ『Big Deal、尊敬してるよ』だってよ」というのがこのヴァースのクライマックスだ。

ヴァース3の舞台はインド南部カルナータカ州の大都市、バンガロール。
ITを学びにこの街に出て来て、学問を修めることができたが、彼は安定して稼げる道よりもラッパーになるという夢を選ぶ。
就職すれば金持ちになれる。だがラッパーになれる望みは皿の上のドーサより薄い。
dosa
(ドーサ)

それでも彼は自分の夢に忠実に生きることを選んだ。
最後のラインでBig Dealはこうラップする。
「君たちをエンターテインするためだけにラップしてるわけじゃない。君たちのマインドを鍛えて、道のりを変えたいんだ。さあ、キッズたち、俺たちには証明しなきゃならないことがある。父さん母さん、俺は夢を叶えたよ」
この曲が収録されたアルバムタイトルは「One Kid with a Dream」
BKに勝るとも劣らないポジティブなメッセージの1曲だ。

彼のことを取り上げた福井新聞の記事でも、彼は自らの半生を語っている。
その記事にも取り上げられているお母さんの故郷、福井への愛をラップした曲がこちら。


シリアスな曲のあとで、このまったり感。
すごい落差で申し訳ない。
トラックはちょっと「和」な感じを意識しているのだろうか。
この曲も、お母さんの故郷へのリスペクトって意味で、シリアスにやっているんだと思うが、田園地帯、恐竜(福井は化石が発掘されたことで有名)、和食、日本酒、親戚のおじさん達と英語のラップとのミスマッチがなんとも。
鄙びてるってことで言えば、インドの中のオディシャと日本の中の福井って、ちょうど同じくらいのような気がしないでもない
最後のパートで、おそらくはオディア語でラップしたのと同じような動機で、日本語で「福井 イイトコ イチドハオイデ(中略)福井ダイスキ」とラップしているのだが、それがまたいい感じの朴訥感だ。
(オディシャ・ラップのさらなる朴訥の世界というのがあるのだが、それはまたいずれ)

この福井新聞のインタビューだと、もう完全に地元の観光大使って感じで、もはやヒップホップのルードボーイっぽさはゼロなのだけど、この素朴な「真っ直ぐさ」が彼の大きな魅力の一つでもあるように思う。


ちなみに彼のお母さんは「モハンティ三千江」という名前で活躍している小説家でもある。 
いつか彼女の小説もブログで取り上げてみたいと思っています。
最新の曲はオディア語でお母さんのことを取り上げた曲、"Bou".

こういう曲をやられちゃあ、お母さんうれしいだろうね。
彼は英語だけでなくヒンディーでラップすることもあるけど、やっぱりこの曲にはオディア語の素朴な響きが合っていて、とても素敵に感じられる。
エミネムみたいなアーティストに影響を受けつつも、結果的に家族愛みたいな普遍的な価値観に表現が落ち着くあたり、やっぱり育ちの良さなんだろうなあ。

彼のご両親はプリーで「Love&Life」という名前のホテルを経営していて、この宿はアタクシが20年以上前にプリーを訪れた時にもあったのをなんとなく覚えている。
結局その時は別の宿に宿泊したのだけど、もしLove&Lifeに泊まったら、小さいころのBig Dealに会うことが出来ていたかもしれない。

今回はこのへんで! 

goshimasayama18 at 23:28|PermalinkComments(0)インドのヒップホップ 

2018年02月25日

インドNo.1デスメタルバンド Third Sovereignへのインタビュー

ども、軽刈田凡平です。
さて、前回お届けした通り、今回はインド北東部ミゾラム州のデスメタルバンド、Third Sovereignへのインタビューの模様をお届けします。
thirdsovereign
今回インタビューに答えてくれたのはヴォーカリストのVedant.
彼もまたすっごくいい奴で、同い年ということも分かり、お互いが聴いてきた音楽の話からインドのメタルシーンまで、いろんな話題が出たインタビューになりました!

インタビューはWhatsappっていうアプリの通話機能で行ったんだけど、彼のアイコンは奥さん(美人!)と一緒に写ってるやつで、デス声で死や厭世的な内容を歌っている人とはとても思えなかったよ。

凡「はじめまして。今日は時間を取ってくれてありがとう」
V「こちらこそ。聞きたいことはなんでも聞いてくれ」
凡「まずはインド北東部、とくにミゾラム州のメタルシーンについて教えて」
V「 ここ3〜5年くらい、メタルバンドはすっごく増えてきてるよ。Third Sovereignは2003年にBassのJonahとReubenが始めたバンドなんだ。もともと二人はCarpathiaっていうバンドをやっていて、ジャムセッションしながら曲を作っていったんだ」
凡「そのころのメタルシーンはどうだったの?」
V「その前はComoraとか、いくつかのバンドしかいなかった。彼らは2000年ごろから活動しているミゾのカルチャーをテーマにしたバンドだよ」
Comoraは以前、インド北東部のメタルについて書いたときにも触れたバンドだ。そんなに長くやってるバンドだったとは。

V「インド全体でも、そのころはデスメタルバンドはそんなにいなかった。当時からやっているバンドで今も現役のバンドは他にいないかな。
2003年の結成当時はMalaっていうヴォーカリストとJasonっていうギタリストがいたんだけど、何度かメンバーチェンジがあって、2005年にはAnshumanっていうギタリストが加入した。俺が加入したのは2006年だ。ベースのJonahが学校の後輩で、誘われたんだ。俺も2010年に一旦バンドをやめたときがあって、そのときはDevRajというヴォーカリストが代わりに入ったんだ。設立メンバーのJonahも仕事の都合で一回バンドを離れたことがある」
凡「仕事って?」
V「彼のお父さんが小学校を経営してるんだ」

なんと、デスメタルバンドのメンバーがお父さんが経営している小学校で働くとは。これまたデスメタルのイメージと違う。

V「一回バンドはデリーに出たんだけど、デリーのスタジオが火事にあって、いろんなマテリアルが焼失しちゃったんで、またミゾラムに戻ってきた。今のメンバーはベースのJonah、ドラムのReuben、ギターのBenjaminにヴォーカルの俺」
凡「 メンバーはみんなミゾ人なの?」
V「もともとはミゾで結成されたバンドだった。でも俺はアッサム人だし、元メンバーのDevRajはシッキム人、Anshumanやヴィッキーはデリー出身のメンバーだった」
凡「なるほど。インターナショナルっていうかインターステイトバンドなんだね。メンバーのコミュニケーションは英語で?」
V「俺はミゾ語が少し分かるんだ。あとは英語だよ」

凡「ミゾのバンドとしてのアイデンティティーが曲にも生かされている?例えばブラジルのセパルトゥラは伝統的なリズムを取り入れたり、北欧のメタルバンドも伝統的なメロディーを取り入れたりしているよね」
V「 俺たちも"Sakei Ai Hla / Grave of Humanity"という曲でミゾのフォークロアを使っている。山猫を殺した男の物語だ。他にもミゾの暮らしで感じたことや考えたことが曲に生かされているよ」

確かに、言葉は分からないなりにも「土着の不気味さ」みたいなものがうまく取り入れられた曲だ。

凡「ところで、初めてメタルを聞いたのはいつだったの?」
V「90年代から00年代くらいかな。初めはグランジを聴いていた。Sound Garden, Nirvana, Alice in Chainsとかかな。あとはもっとクラシックなタイプのメタル。Skid Rowとか」
凡「ちょっと待って、歳、同じくらいじゃない?」

ここで同い年であることが判明。

凡「90年代後半にインドを旅行したんだけど、デリーとかアーグラーとかじゃロックなんて誰も聴いてなかったよ。いったいどこで聴いてたの?」
V「そうだよね、分かるよ。その頃プネーにいたんだ。だからいろんな音楽が聴けた。IITグワハティ校でも聴いてたよ」

なんと、彼はMITを超えるとも称されるインド工科大学、IIT出身のエリートだった!
グワハティは北東部のアッサム州の州都で、このあたりは以前から書いている通り、インドの中心部よりも欧米文化の影響が強いエリアだ。
ここでなら、欧米のエクストリームミュージックに触れる機会があったとしても全く不思議ではない。
また、ムンバイと同じマハーラーシュトラ州にあるプネーも多くの大学が集まる学園都市で、ここも以前から若者文化が非常に盛んな街だ。他の大都市と比べても、ロックやメタルに触れる機会は多かったのだろう。


V「その後、2000年代に入ってから友達に借りてメタルを聴き始めた。最初はIron Maidenの"X factor"、次にMegadethの"Youthanasia"、そこからPanteraの"Cowboys from Hell"、"Vulgar Display of Power"...Iron Maidenは新しいアルバムのBook of Soulsも良かったよ」

アラフォーの元メタルヘッズには懐かしいアルバムが並んでるんじゃないだろうか。

凡「そこからだんだんヘヴィーな音楽を聴くようになっていったわけ?」
V「そういうわけでもなくて、アコースティックなものとか、NirvanaやAlice in Chainsは今でも好きだし、リラックスしたいときはブルースも聴くよ」
凡「影響を受けたバンドは?」
V「もう長くやっているし、直接的に影響を受けるってことはあんまり無いんだけど、デスメタルで好きなバンドを挙げるとしたら、Cannibal Corpse、Morbid Angel、Suffocation、Deathとかフロリダのデスメタルバンドかな」

凡「ツアーについて教えて。アルバムのPerversion Swallowing SanityのあとのBlood and Rootsツアーではインドの9都市を回ったんだって?」
V「その予定だったんだけど、実は北東部の数都市しか回れなかった。主に経済的な問題と、チェンナイで大洪水が起きて、交通上の問題もあった。インドでは都市間の距離が離れているから、ツアーするのはとても難しいんだ。日本はどう?」
凡「日本だったら東京〜大阪間は新幹線で3時間くらいだから、かなりツアーはしやすい環境と言えるね」

インドに行ったことがある人なら分かると思うが、インドでは都市間の移動は近距離でも夜行列車で1泊くらいするのはざらで、こういったコアな音楽のファンが多いであろう大都市のデリー、ムンバイ、バンガロール、チェンナイ、コルカタ間を移動するなら、鉄道で2、3泊しながら移動することになる。
バンドにとって、楽器や機材を運びながらの移動は非常に困難なものになるのは想像に難くない。

V「それにメタルバンドをサポートしてくれるスポンサーや会場を探すのも難しいんだ。メタルファンはライブ会場にとっても、たくさんドリンクを注文してくれるいいお客さんってわけじゃないからね。グワハティのDavid KochやバンガロールのSalman U. Syedといった数少ないオーガナイザーがサポートしてくれている。」
凡「名前からするとDavidはクリスチャンでSalmanはムスリムなの?いろんなバックグラウンドの人が関わってるんだね」
V「Davidはヒンドゥーで、本名はDwep Jyotiっていうんだ。」

なぜさっきからバンドメンバーの出身地やプロモーターの宗教を気にしているかというと、インドのインディーズミュージックシーンに興味を持ってから、ひとつ確信を持ったことがあるからだ。
その答えは、やがてVedantによって明らかになる。

V「かつてはデリーにAmit Saigalっていう素晴らしいプロモーターがいて、彼はG.I.R.(Great Indian Rock) Festivalというイベントを主催していたんだ。Third Sovereignも出演したことがあって、ヘッドライナーはノルウェーのブラックメタルバンドのEnslavedだった」

なんと。Enslavedはアタクシも名前くらい聞いたことがあるビッグネームだ。

凡「Enslavedがインドでライブをやったの?信じられないよ」
V「ああ。2007年のことだ。Amitは素晴らしいプロモーターだった。メタルだけじゃなくて、オルタナティブとか、あらゆるスタイルのロックをサポートしていた。でも残念ながら彼は2012年に海で溺れて亡くなったんだ。彼がいた頃はロックの黄金時代だった。」

まだまだメタルやロックのマーケットが小さいインドでは、サポートしてくれる人材も不足している状況にあるようだ。

凡「メガラヤ州のPlague Throatはドイツのヴァッケン・オープンエア・フェスティヴァル(大規模なメタル系フェス)でも演奏したみたいだけど、Third Sovereignも海外でライブをやってもいいくらいの素晴らしいバンドだよね」
V「ありがとう。日本でもプレイしてみたいし、メタルの盛んなチェコでもライブがしたい。そのために、アーティストのサポートをしてくれる政府機関のICCR(Indian Council for Cultural Relations)と接触しつづけているんだ」
凡「え?政府の機関がデスメタルバンドのサポートをしてくれるの?」
V「ハハハ、普通はそんなことないんだけど、中にはメタルに理解のあるスタッフもいてね」

凡「Third Sovereignのライブにはいつも何人くらい集まるの?」
V「300〜400くらいかな。会場にもよるけど」

この音楽性でこれだけの集客、アンダーグラウンドとはいえ、かなりの人気バンドじゃないか

V「そういえば、日本のデスメタルバンドのDefiledや兀突骨(Gotsu-Totsu-Kotsu)もインドをツアーしていたよ。DefiledはコルカタのDeath Festというイベントに出演したし、兀突骨はシッキム州のガントクとか、バンガロールでもライブをしたはずだ」

またしてもびっくり!まさか日本のデスメタルバンドもインドに進出していたとは!
このジャンルの国際化は思ったより進んでいるみたいだ。
ライブはいったいどんな様子だったんだろう。機会があったらぜひ話を聞いてみたいものだ。

凡「へえ!彼らはインドで人気があるの?」
V「オーディエンスにすごくいい印象を与えたと思うよ」

凡「インドでのメタルのライブはどう?ヘッドバンギングとか、モッシュ(観客同士が激しく体をぶつけあう)とかするの?」
V「ああ、そうだよ。たまにはボディービルやってるような連中がモッシュからケンカを始めたりね。日本はどう?」
凡「デスメタルはあんまり分からないけど、ハードコアとかだとみんなモッシュしてるよ。もう少しクラシックなタイプのメタルだとみんなヘッドバンギングしてる」
V「日本でメタルといえば、俺はX Japanの大ファンなんだ。あと俺は黒澤明の映画も大ファンで、羅生門や七人の侍は何度も見てるよ」

ミゾラム州でもX JAPANは有名だった。
日本では、存在が大きくなりすぎてヘヴィーメタルという枠組みで語られることは少ないが、やはり日本で最も有名なメタルバンドといえばX以外には考えられないのだろう。
そしてここでクロサワの名前が出てくるとは。
正直、アタクシはあんまり彼の映画を見たことがないので、あまり反応できずになんか申し訳ない気分になる。

凡「ところで、VedantはThird Sovereignの音楽をどんなふうにカテゴライズする?デスメタル?ブラックメタル?」(※ブラックメタルはより反宗教的、悪魔主義的な傾向が強いサブジャンル)
V「デスメタルでも、ブラックメタルでも、好きなように呼んでくれて構わないよ」

ここで、確信をついた質問をしてみた。

凡「なんで聞いたかっていうと、インド北東部はクリスチャンの割合が非常に高いよね。ブラックメタルはもともと反キリスト教的な傾向のある音楽だから、そういった社会の状況と関係があるのかどうか知りたかったんだ。ヨーロッパのブラックメタルバンドの中には、教会に放火したりとか、非常にアンチ・キリスト教色の強いバンドもいたよね。北東部のブラックメタルもそういう過激なアティテュードを持っているの?それとも、いわゆるフィクション的なものとして演奏してるの?」

V「そうだな。知ってのとおり、インドの社会にはいろいろな問題がある。宗教と宗教が対立したりとか、地域やコミュニティーの対立とか。そういう社会問題が曲のテーマになることもある。俺たちは、反宗教というより、宗教同士、コミュニティー同士の対立にうんざりしているんだ。ブラックメタルやヘヴィーメタルはそれ自身がひとつの宗教みたいな感じだ。そういった様々な違いや対立にこだわるんじゃなくて、音楽は個人のバックグラウンドに関係なく夢中になることができる。アーティストはそういう表現のひとつとしてブラックメタルを演奏しているんだ」

そう。大国であるがゆえに宗教、言語、民族、貧富、カースト、地域と様々な多様性を抱えたインドは、対立する要素にも事欠かない。実際に、ヒンドゥーナショナリズムの台頭やイスラム過激派によるテロ、新しい州を求める独立運動や権利拡大運動など、様々な紛争が発生している。
紛争とまで行かなくても、基本的に所属しているコミュニティーが違えば、伝統的な社会の中ではお互いにあまり干渉しあわないのが常とされてきた。
でも、例えばヒップホップシーンでは、クリスチャンのDIVINEも、ムスリムのNaezyも、シク教徒のPrabh Deepも、北東部のBKも、共演したりもするし、その背景に関係なくリスナーの支持を受けている。
音楽の力による対立の超克。いや、そんな難しい事ではなく、誰がやっていようが素晴らしいものは素晴らしい。
こういう部分こそ、インドの音楽シーンの最も愛すべきところだと思う。
もちろん音楽そのものの素晴らしさもあるが、音楽という新しい価値観によって、伝統的な相違がいとも簡単に乗り越えられてくということ
それこそが、アタクシがインドの音楽シーンに非常に魅力を感じる最大の理由のひとつだ。

(ちなみにインディーズミュージックシーンのみならず、ボリウッド映画の世界でも、20年以上トップスターの座を維持しているシャー・ルク、アミール、サルマンのいわゆる「三大カーン」はインドでは少数派のムスリムだが、宗教感情に関係なく国民的な人気を得ている)
そんな内容をVedantに伝えると、

V「ああ。宗教や文化や、あらゆる違いを乗り越えられるのが音楽の素晴らしいところだ。俺は今こうして遠く離れた東京にいる君と話をしている。そんなことができるのも、俺が音楽を演奏してきたからだ。自分がメタルをやってきたことで、いろんな文化のいろんな人たちとコミュニケートできる。こんなに素晴らしいことはないよ」

ありがとう。
その言葉をミュージシャン本人から聞けただけでも、インドの音楽についてのブログをやってて良かったと思えるよ。
宗教、文化、思想、地域。あらゆるものを乗り越える音楽の力を改めて感じさせられたインタビューになった。

彼らの音楽はデスメタル。
歌詞を調べてみると、死、絶望、憎悪、そんなのばっかりだ。
曲のタイトルも"Living This Hate"とかね(とてもかっこいい曲だけどね)。
でも、こういう極端な音楽のファンがインド中、世界中にいて、あらゆる差異を超えて繋がれるというのは本当に素晴らしいことだと思う。
世の中に絶望を感じて、こういう詞世界に魅力を感じている若者にとってみたら、こういった音楽をプレイするバンドがアメリカやヨーロッパだけじゃなくて、インドのすみっこの北東部にもいるってことが、とてもうれしいと感じるはずだもの。

Vedantは、「北欧のバンドの中には過激な行動をした奴らもいたけど、彼らも音楽自体は非常に素晴らしいと思うよ。大事なのはどんな人が演奏しているかじゃなくて、音楽それ自体なんだ」とも語っていた。
非常に成熟した芸術への接し方であるように思う。
ここ日本では、昨今、アーティストのちょっとした不祥事にも非常に過敏になる風潮があるが、こうした姿勢はアタクシ達日本人も大いに見習うべきところがあるだろう。

最後に、彼らが契約しているレーベルについて。
彼らの現時点での最新アルバム「Pervertion Swallowing Sanity」は、ムンバイの「Transcending Obscurity」というレーベルから発売されている。
このレーベルはKunal Choksiという人物によって運営されていて、このダウンロードや定額聴き放題全盛の時代に、世界中のアンダーグラウンドなエクストリームメタル音楽の膨大タイトルのCDをプレスしまくっているという、非常に酔狂かつ情熱的なレーベルだ。
いつかこのレーベルについても取り上げてみたいと思っている。

このレーベルからリリースされたThird SovereignのCDは、日本でもdiskunion で入手できるようなので、興味のある人は是非チェックを!

初めは興味本位で調べ始めたインドのデスメタル。
知れば知るほど深くてグッとくるなあー。
それではまた! 

2018年02月23日

インドNo.1デスメタルバンド 北東部ミゾラム州のThird Sovereign

以前、インドのデスメタルバンドTop10のうち半数がインド北東部の「セブン・シスターズ」出身だという記事を書いた。
根拠となったYouTubeはこちら。



突然ではありますが、この度、このランキングで見事1位に輝いたデスメタルバンド、やはり北東部のミゾラム州出身のThird Sovereignにインタビューをすることになったので、直前特集をお届けします。
インド北東部
ミゾラム州の場所はこちら。
以前インタビューしたTanaのいるAlien Godsのアルナーチャル・プラデーシュ州は北東部の最北部、ブータンや中国に接する地域だが、ミゾラム州は北東部の最南端、東をミャンマー、西をバングラデシュに接する山間の森林地帯だ。
「ミゾ」はこの地域に暮らす先住民「ラム」は土地を表し、つまり「ミゾ人の土地」という意味の州ってわけだ。

で、なんでそのインドいちのデスメタルバンドにインタビューすることになったかっていうと、ちょうど1ヶ月ほど前、アタクシは、この記事でも書いた通り、なぜインドの中でも辺境とされる北東部にこんなにたくさんのデスメタルバンドがいるのか、知りたくて知りたくてたまらなかったんである。
そこで、 いくつかの北東部出身のバンドにSNSを通じてメッセージを送った。
なぜ複数のバンドにメッセージを送ったか。
それは、じつは、とあるミュージシャン(まだこのブログには取り上げていない)に取材依頼をして、完全に無視されてしまったことがあり(そりゃそうだ、こんな超弱小ブログなんだから。相手は悪くない)、今回はそんなことがないようにと4つのバンドにメッセージを送ったんである。

そしたら、Alien Gods(Sacred Secrecy)のTanaがさっそく返事をしてくれて、いやな顔ひとつせずに(顔は合わせてないからわからないけど)インタビューに答えてくれた。
 本当にいいやつだ。
こういうコアな音楽に国境は無いんだということもあらためて感じた。良かった。
さあ記事にまとめよう。
と、そのとき、Third Sovereignのメンバーから連絡が来たんだ。
「やあ。インタビューに協力できたらうれしいよ」

お、おう。
せっかくだからいろんなバンドに話を聞かせてもらいたい。
さっそくインタビューの日時を設定。
指定の時間にメッセージを送ってみたけど、あれ?返事がない…。
どうしたんだろう…と思っていたら、その日の夜になって「ゴメン!出かけてた」との連絡が。
ずいぶん遅い時間だったので、「俺もう寝るからまたにしよう」って伝えて、すっかりそのままになっていたんだけど、先日久しぶりに連絡があった。
「こないだはゴメン、で、インタビューだけどいつにする?」って。
というわけで、今週末、あらためてインタビューの機会を設けることになりました。

さて、前置きが長くなったけど、Third Sovereignの音楽、聴いてみてください。"Sarcofaga"
なんかどういうことになっているんだか分からないけど、ジャケがすごいな…。

おお!
Alien Godsのミドルテンポ主体のグルーヴィーなスタイルもかっこいいが、速くて激しくてタイト!さすがインドNo.1デスメタルバンド!
そして演奏が滅茶苦茶上手い!

この曲では、イントロにミゾラム州の昔話の語りが入ってる!
 
他の媒体のインタビューによると、音楽性にミゾ人としてのルーツも関わっているみたいで、これはなにやら面白そう!
トレモロリフが入るところがブラックメタル風でもあるし、ドラムの固く締まったサウンドはパンテラのヴィニー・ポールみたいな音像で、いろんなヘヴィーミュージックの要素が詰まっている。

というわけで、最近は久しぶりにこういう音楽にどっぷり浸かっているのです。
インタビューの模様は次回でお届けします。
お楽しみに! 

2018年02月18日

以前紹介したアーティストの近況

このブログで取り上げたお気に入りのミュージシャンたちの近況をまとめてお知らせです。

トリプラ州のアイデンティティーとポジティブなメッセージを英語でラップするBorkung Hrankhawl(BK)は地元のラッパーやシンガーと共演した新曲をYoutubeにアップ。

共演はポップシンガーのParmita Reang、ロックバンドLadybirdのヴォーカリストのNuai、ポップロックシンガーのAben、ラッパーのZwing Lee。
この曲は州議会選挙の前にトリプラ人の意識を高めるためにジャンルを超えたアーティストが集まって作った作品とのことで、今回もメッセージ色の強い曲になっているようだ。
BKのいつものパートナー、Inaによるロック/EDM色の強いトラックは相変わらずだが、歌の部分がちょっと弱いかな。
共演のZwing LeeはBKと同じような北東部出身者への人種差別反対の主張をラップしているようで、メッセージ色の強い"Mere Geet"のミュージックビデオは一見の価値がある。



同じく英語ラッパーではインドNo.1とも称されることの多いバンガロールのBrodha Vも新曲をYoutubeにアップ。

今回はインド音楽が入ってくるのは最後の方のみで、全体的にEminemっぽいフロウが印象的に仕上がっている。


以前インタビューを行ったアルナーチャル・プラデーシュ州のデスメタルギタリスト、Tanaは、自身のバンドSacred Secrecyのニューアルバムのレコーディングを終えたところとのこと。
現在ミキシング中でリリースは夏頃だそうなので、完成したらまたみなさんに紹介できると思います。

ところで、先日のインタビューの結論として、インド北東部でもデスメタルはやっぱりアングラな音楽だった、という話になっていたけれど、彼のFacebook を見ていたら、非常に気になるものを見つけた。

それがこれ。
arunachalfestival
Feestival of Arunachalっていう、かなりちゃんとした地元のお祭りっていうか公式行事にタナのデスメタルバンドSacred Secrecyが出演するという。
他の出演者は地元のオーディション番組の優勝者、伝統音楽や映画音楽のシンガー、政治家など。
午後7:40からのわりといい時間に出してもらえるみたいだけど、日本だとこういうイベントに地元のデスメタルバンドが出演ってないよね。
やっぱりインド北東部、デスメタルが市民権を得てるんじゃないだろうか。

と思って本人に確認してみたら、「運営スタッフと知り合いで出演させてもらったんだよ。主催のお役人にはただの地元のロックバンドって言ってあるんだ。連中は演奏するまでどんな音楽か知らないんだよ。いつもこんなふうに騙してるんだけど、オーディエンスには楽しんでもらってるよ。騒音だって思う奴も、俺たちの音楽のパワーを感じてくれてるはずだね」とのこと。

なんだよそれ、最高じゃないか。

2018年02月17日

レペゼン俺の街! 各地のラッパーと巡るインドの旅

以前、DIVINEさんを紹介したときにもちょっと触れたけど、洋の東西を問わず、ラッパーの人たちっていうのは、レペゼンの精神っていうんですか?仲間を引き連れて、地元を練り歩くビデオを撮るのが大好きなんですなあ。
ヤンキーは地元が好き、みたいなのに通じるものがあるのかもしれない。

その気質はインドでも全く同じ。
州ごとに言語も違えば文化も違う、そんなインドのラッパー達がお国自慢のラップをやらないわけがない!
ということで、インド中のいろんな街でラッパーが地元の街を練り歩いてるビデオをYoutubeで探してみたら、出てくる出てくる。
今回はインド各地の街をラッパーが練り歩くビデオをみながら、いろんな街を巡ってみましょう。
街の名前言われたって違いが分かんねえよ、って人も、こうして比べて見てみれば、それぞれの街の個性を楽しんでいただけると思います)。

まずは地図、載っけときますね。
india_map州都入り


スタートはDIVINEさんの地元、マハーラーシュトラ州のムンバイ(旧ボンベイ)から!
曲の名前も"Yeh mera Bombay" (This is my Bombay)!!


インド西部、アラビア海に面したムンバイは、インド最大の都市にして商業の中心地。 
でもこのビデオは、高層ビルや高級ホテルが立ち並び、ビジネスマンが行き交う大都会ではなく、庶民的っていうか下町っていうか、ギリギリスラムまで行かないくらいの地区で撮影しているところが肝心。
街のオヤジ達(一部カワイコちゃん)が「これが俺たちのボンベイだぜ」ってキメまくる。
街の名前は変わったって、ここは何も変わらない俺たちのボンベイさ」っていうのは以前書いた通り。
満員のバスや電車、お祭りの人間ピラミッド、タージマハルホテルといったムンバイの象徴的な風景も挟み込まれるけど、最新のオフィス街なんかは一切出てこないのが逆に粋ってもんでしょう。
この曲、州の公用語マラーティー語ではなくてヒンディーでラップされているんだけど、それも多文化・他言語都市のムンバイならではと言える。

続いてはムンバイからインド亜大陸を北東に横断して、オディシャ州(旧名オリッサ州)へ。
ここの州都ブバネシュワールにほど近い、プリーという街出身のラッパー、Big Dealで、"Mu Heli Odia"

Big Dealは日本人のお母さんとインド人のお父さんとの間に生まれた日印ハーフのラッパーで、歌詞の最初のほうにもそのことが出てくる。今ではバンガロールを拠点として活躍しているようだ。
いずれきちんと紹介してみたいアーティストのひとりです。
プリーは漁民たちが暮らす小さな街で、映像も小さな漁船の上から始まる。
"Mu Heli Odia"は、この州で話されているオディア語で「俺はオディシャ人だぜ!」といった意味合いらしい。
プリーのオヤジ達が「俺はオディシャ人。オディア語を話すオディア野郎たちさ」とやるのはムンバイのDIVINEとほぼ同じだけど、映像は大都会のムンバイと比べると、ずいぶん鄙びた感じがするよね。
近くにジャガンナート寺院という大きなヒンドゥーの寺院があるせいか、サードゥー(ヒンドゥー行者)がちょくちょく出てくるところも見所。
海、海辺のラクダ、祭礼用の仮面、寺院、飛び立つ海鳥やクジラとローカル色がいっぱい。
俺やったるぜ的なリリックだけど、2:20くらいのところで、「インド中で食べられてるRosagolla(お菓子の名前)って、もとはオディシャのなんだぜ」なんてフレーズが入ってくるところも地元愛を感じる。
この曲は初のオディア語ラップソングということらしいが、オディア人としてのプライドが詰まった1曲なのだ。

では続きましてはプリーからぐーっと南へ下ってチェンナイ(旧名マドラス)へ。
チェンナイのあるタミル・ナードゥ州は、保守的というか真面目な州らしくて、夜更かししないようにナイトクラブのかわりにアフタヌーンクラブというのがあるとか、英語で落語をやる噺家が浮気の小噺をしても全然うけなかったとか、って話もあるところ。
それだけに、ラッパーもあんまりいないようではあるのだけど、見つけました。練り歩きビデオを。
MC Valluvarで「Thara Local」。言語はもちろんタミル語です。

チェンナイは、ムンバイ、デリー、コルカタと並び称されるインド第4の都市のはずなんだけど、撮影された地区の問題か、これまた今まで以上にド下町。
垢抜けない感じのラッパーと、映画音楽かなんかからサンプリングしたと思われるトラックがいい味出してる!
南インドに入って、街行く人々の肌の色がぐっと濃くなり、彫りの深い北インド系とはまた違ったドラヴィダ系の顔立ちになったのがお分かりいただけるだろうか。
最初と最後に出てくる屋外集会所、クリケット、おばちゃんが作るローカルフードに洗濯物干してる路地裏と、溢れ出る地元感がたまんない。
路地を練り歩いてると子供達がついてくるのも素敵だ。なんかかっこいいことやってる近所のあんちゃんって感じなんだろうね。
2分過ぎから急に路地裏ダンス対決が始まるところも、"Straight Outta Madras"っていうTシャツもイカす!

さて、最後はチェンナイからぐーっと北北西に移動して、タール砂漠の州、ラージャスタンへ。
地図に記載のあるジャイプルのもっと西、旧市街の街並みが美しい青色に塗られていることでも有名な「ブルーシティ」ことジョードプルのラッパー集団、J19 Squadで、"Mharo Jodhpur"。聴いてみてください。

男らしいラージャスターニー語のラップと、16世紀頃に建てられた青い街並みが非常にいい感じだ。
ワルってことのアピールなのか、砂漠の街なのにみんな革ジャンを着ているが、暑くないのだろうかと若干心配ではある。
あとどうでもいいけど、インドのミュージックビデオって、空撮が好きだよね。
ドローンあるから使おうぜ!ってノリなんだろうか。
ヒゲの先をツンと上に向けた男達がたくさん出てくるが、これは戦士として名高いこの地方特有の身だしなみ。途中で出てくる先のとがった靴や、色鮮やかなターバンもラージャスタン独特のものだ。 
あとこれまた地元の食べ物が出てくるけど、世界中どこでも郷土のうまいものってのは自慢なんだろうね。
ここで出てくるのは、地元スタイルのカレーとカチョリという揚げ菓子で、あくまでも庶民的なのがストリート感ってとこでしょうか。
青い旧市街の真ん中の小高い丘の上にそびえるのは、いまでは美術館になっている古城メヘラーンガル砦。
最後の方にはこの地方のマハラジャが住んでいたウメイド・バワン・パレス(今では高級ホテルになっている)も出てきて、これまたお国自慢色満載!

というわけで、今回は大都会から海辺や砂漠の街まで、ヒップホップで巡ってみました。

こうして見てみてつくづく思うのは、インドの人たちはラップを黒人文化のコピーではなくて、完全に自分たちのものにしちゃってるんだなあってこと。
ヒップホップのビデオに地元の普通のおばちゃんとかそのへんの子どもを出そうってのは、日本人の感覚だと「あえて」的な考え方でもしない限り、なかなか出ない発想だろう。
日本語ラップの黎明期なんかだと、みんな東京にニューヨークみたいな「ヤバいストリート」っぽいイメージを重ねて、そっちに寄せた表現をしていたように思う。
もちろん、当時とはラップの国際化の度合いが全然違うっちゃ違うのだけれども、なんというか、インド人は、自分たちが黒人文化に寄っていくのではなくて、ラップのほうを無理やり自分たち側に構わず引き寄せちゃっている感じがする。 
そしてそれが結果的にものすごく面白い表現になっている。 
これだけ多様な言語や文化を持つインドの、どこに行ってもちゃんとその傾向があるってのが、なんつうかソウルを感じるじゃございませんか。

日本であえて似たテイストを探すなら、この曲かなー。


また他の街で練り歩きラップを見つけたら紹介します!
それでは今日はこのへんで。 

2018年02月14日

ソカ、レゲトン…、ラテン化するインドポップス

最近のインドのメインストリーム音楽の中で気になっている曲がひとつあるので今回はそれを紹介。
前々から、インドとラテン系って、いわゆるイケメンの直球的なかっこのつけ方(及び顔の濃さ)とか、リズムへのこだわりとか、似ているところがあるよなあと思っていたのだけど、ここに来て、パンジャービー語、スペイン語、英語の3ヶ国語を使ったインド製ラテンポップスというのが誕生!

これが最近のボリウッドソングでよくあるヒップホップ経由のラテンテイストとばっちり合った至極の出来!
非スペイン語圏のスペイン語ポップスというのも珍しいのではないだろうか。

それでは聴いてみてください。Badal ft. Raja Kumari, Dr.Zeusで "Vamos"
 
どうっすか?かなり違和感なくラテンにしてインドでしょう?
しかも、ヒップホップでもロックでもなんでもインド風にしてしまう彼らが、この曲についてはごくごく自然なラテンテイスト。
スペイン語の部分は「さあパーティーだ」とか「君はイケナイ女の子だぜ」とか「こっちにおいでよ」的なことを言っているだけなので、スペイン語の必然性が無いっちゃあ無くて、響きと本格的なラテン風味が欲しかったってことなんだろうか。

メインで歌ってるBadalは1995年生まれ(若い!)のシンガーソングライター。
女性シンガーのRaja Kumariは、アメリカ国籍の南インド系シンガー/ラッパーで、最近はDIVINEとのコラボレーションをはじめとして、インド国内で引く手数多の活躍をしている。
Dr. Zeusはこの中ではいちばんのベテラン。バーミンガム出身のパンジャーブ系シンガー/プロデューサーで、90年代の世界的バングラブームの頃から活躍し始め、2014年以降はボリウッドの音楽も手がけている。
アメリカやイギリスからの逆輸入組を含めた インド人3人が集まって、誰もラテン系のルーツを持っていないのにスペイン語まじりのヒット曲を出すっていうんだから面白い。(Youtubeにアップされて1週間で1,000万ビューに届く勢い!)
しかも英語こそが進歩と教養の象徴みたいに思っているインド人が、かなり大衆的な曲でスペイン語を取り入れてるっていうのに非常に驚いた。

さらに、驚いたと同時にちょっと感動した。
なんで感動したかっていうと、アタクシの非常に乏しいラテン系の音楽の知識からすると、この曲に代表されるボリウッドのヒット曲のラテンの要素って、ジャンル的にはレゲトンとかソカに近いものだと思う。
で、プエルトリコ生まれのレゲトンはひとまず置いておいて、ここで注目したいのはトリニダード・トバゴで生まれた「ソカ」だ。
trinidad-and-tobago-location-on-the-caribbean-map
 カリブ海に浮かぶ島国の中で最も南に位置するトリニダード・トバゴは、実は人口の約4割がインド系。
移民としてやってきた彼らは、奴隷として連れてこられたアフリカ系を超える同国最大のエスニック集団で、今でもこの国の人口のなんと2割弱がヒンドゥー教徒だ。 
「ソカ(Soca)」はソウルとカリプソの頭文字を合わせた造語とされるが、それだけでなく、こうした背景のあるこの島に息づくインドのリズムもブレンドされてできた音楽と言われている。
(よりインド系のコミュニティーに根ざした「チャトニー」という音楽もある。"Chutney"はインド料理でおなじみの「チャツネ」のこと)
昔のソカはインドの音楽とは似ても似つかないんだけど、ヒップホップ等を経由した今日のソカと、同じようにヒップホップやラテンのリズムの影響を受けた今日のインドのポップスが、結果的になんだかすごく似たような感じになってきている。
本国を遠く離れたカリブのインド系移民が暮らす島の音楽と、インドのポップスが、長い時間をかけて同じような方向性になってきている。
これって、「つながった!」って感じがして、ちょっと感動しませんか? 

ソカといえば、バルバドス出身のインド系シンガーRupeeのこんなスマッシュヒット(一発屋ともいう)もあった 。
 

ソカ/レゲトン系で最近のヒット曲といえばこの曲。
グラミー賞3部門ノミネートのLuis Fonsi ft. Daddy Yankeeの"Despacito". 再生回数はなんと48億回!
 
スペイン語圏を超えてヒットしたこの曲はインドにもしっかり届いたようで、こんなカバーを見つけた。

バーンスリー(インドの横笛)やタブラを用いたカバーなんだが、まず何に驚いたかって、このiPadの使い方!なんだこれ?
これだけでこの記事の他の内容がどうでも良くなるくらいの驚き!
最新のテクノロジーを使っているのに出てくるフレージングはどうしようもなくインド。ハイテクと伝統をごくあたりまえのように繋げてしまう。
iPadのこんな使い方を思いつくのはインド人だけ!
日本で雅楽やってる人で、iPadでひちりきみたいな音出そうって思う人絶対にいないもん。
カバーやiPadの使い方のアイデアの面白さだけじゃなくて、1:40くらいからの本気出してバカテクになるところも凄い!

インドの人たち、よっぽどDespacitoが気に入ったようで、この曲をインド人がカバーしているやつを探すと、とにかくいろんなバージョンがヒットする。
君たちいったいどれだけこの曲好きなんだ。続いては学生ノリが微笑ましいラップカバー!
 
楽しそうだなー。
みんなけっこう歌上手いし。
ラテンものに北インド的歌い回しがハマるってことを再認識させられる出来だ。

さらに正統派(?)のパンジャビ語カバー! (曲は40秒くらいから)
 
あれ?これがオリジナルだったっけ?これなんてボリウッド映画の曲だっけ?って言いたくなるほどのしっくりきてる!
最初に書いた「インドとラテンのイケメンのかっこつけ方が同じ」って話もこのビデオを見ていただければ誰でもご理解いただけるでしょう。

最後にお届けするのはインストのこのバージョン!

タブラが入ってるのは最初に紹介したのと同じだけど、ハルモニウムとギターに歌(1:40あたりから)が入るととたんにロマっていうかジプシーっぽいノリが出てくる。
そういえば フラメンコで有名なロマの人たちも、もともとのルーツはインドのラージャスタンあたりと聞く。
ってことは、西のスペインと東のカリブ、スペイン語圏がインドをキーワードに西と東でつながったってことだ!
そういえば、最初に見た"Vamos"のRaja Kumariもフラメンコっぽい格好していたし。

と、思いっきり妄想とこじつけによるものかもしれないけれども、インドから東西のスペイン語圏がつながった!っていうのがすごく面白いと思った次第でございます。

インド系はヒンドゥー、スペイン系はカトリックと、セクシー系にかっこつけてるくせに宗教的にはけっこう保守的なところも似てると言えば似てる。
人口の増加率を考えると 、21世紀はインドとラテン系の世紀になるかもしれないよ。続きを読む

2018年02月11日

欧米の「インド風ロック」と「インドのロック」の違い

さて、インドといえば60年代からロックに多大な影響を与えてきた国。
90年代、インドとロックが大好きな若者だったアタクシは、よく「インドに影響を受けたロック」を聴いていたものでございます。
でも、欧米人が演奏する「インド風ロック」は、本場のインドを知ってしまった身からすると、どこかやっぱり物足りなかった。

時は流れて2018年。
ここでも紹介しているように、インドにもロックバンド がたくさんいる時代になった。
その中にはインド音楽の要素が入ったバンドもたくさんいる。
ボンカレーしかなかった街にインド人が作る本格インドカレーのお店ができたようなものだ。
本場のインド風ロック!最高ではないか。
実際、素晴らしいバンドがたくさんいる。

で、インドのバンドをいろいろ聴いてみてあることに気がついた。

それはどういうことかというと、

「欧米のバンドがやっているインド風ロック」と「インドのバンドのインド風ロック」って、全然違う!

ということ。

それを今日はアタクシなりに説明したいと思います。
まあとにかく聴いてみてください。
まずは欧米のやつから行きますよ。「知ってるよ」って人は飛ばしてくれても大丈夫です。

やっぱりまずはビートルズから。
ジョンの曲でシタールが印象的なNorwegian Wood.

とりあえず手軽にインドっぽくするならシタール入れとくか、って感じだね。

同じくジョンで、サイケデリックなTommorow Never Knows.

ずっと同じ音程が続くドローン的な音を入れるのもインドっぽさを出すポイントの一つですな。
当時からインド風の要素とサイケデリックって、セットで出てくることが多かったよね。
ヨガとか瞑想とかドラッグとかで知覚の扉を開く、みたいな。

次。ビートルズでインドといえばジョージ。
シタールのラヴィ・シャンカールに弟子入りしたりもしてたよね。

おお、かなり本格的!ってか本格的すぎて普通のビートルズファンはこの曲好きじゃないと思う。
ドローン音にシタール、バイオリン的な楽器の漂うようなメロディーがヴォーカルとユニゾンと、インド要素満載!

ビートルズときたらストーンズ。「黒くぬれ!」(原題:Paint it, Black) 

全編にブライアン・ジョーンズのシタールだぜ!メロディーもそれっぽい感じにしてみたぜ!適当だけどな!俺たち不良だけどよ、インドっぽくしてみたぜ!って雰囲気だろうか。

時代は一気に90年代へ。久しぶりに出てきたインドかぶれバンド、Kula Shakerで "Tattva"をお聴きください。

Tattvaはサンスクリット語で「真理」とかそんな意味の言葉だったと思う。
同じフレーズを繰り返すマントラ的なAメロでインド的な要素を出した後で、ぐっとポップなBメロに続くところの解放感が素敵。
彼らのインドかぶれっぷりったるや相当なもので、実際にヒンドゥーの宗教歌のカヴァーとかもやっていたりする。


こうやって並べてみると、インドに影響を受けたロックって……もっとあるかと思ったけど、あんまりなかったな…。
60年代と90年代しか無いし、90年代はクーラシェイカーだけだし。
ヒッピームーブメントの頃からインド風ファッションを取り入れるミュージシャンも多かったから、実態以上にロックへのインドの影響って、大きく感じられるのかもしれない。
あと偶然だけど並べたバンドが全部イギリスのバンドだった。
ロックに豪快さとパーティーと反骨精神を求めるアメリカ人は、内省的なインド的要素と相性が良くないのかもしれないね。

はい、それじゃあ次は本場インドのバンドがインド音楽を取り入れた曲ってのを聴いてみてください!

以前紹介したことがあるAnand Bhaskar CollectiveさんのMalhar.

なんかイギリスのバンドと全然違うよね。とにかくこの歌!
演奏のコード感は逆にちょっとイギリスのツェッペリンっぽい感じもあるかな。

続いてはRolling Stone Indiaが選ぶ2017年のTop10ミュージックビデオにも選ばれていたニューデリーのバンド。
PakseeのRaah Piya.

これも全然違うぞ。
演奏部分はむしろファンク的にグルーヴしていて、でもまたしてもヴォーカルがどうしようもなくインド!
途中で唐突にラップするところもイカす。

どんどん行きましょう。インド風ロックというより、ロック風インド!AgamでMist of Capricorn(Manavyalakincharadate)。カッコの中の単語、南インドの言葉だと思うけど、長え!

エンヤっぽい感じで始まったと思ったら、歌い回しからエレキギターのフレーズまで、あらゆるところがインドだ。

…と、こんなふうに、イギリスのバンドとインドのバンド、インドっぽいロックをやるにしても、全然違った感じの出来になるのだから不思議。
インドっぽさの解釈、インドっぽさをどこで出すかがまるで違う。

イギリスのバンドとインドのバンド、それぞれがどの部分でインドっぽさを出そうとしているのか、まとめてみるとこんな感じになると思う。

 イギリスのバンドの中のインドっぽい要素
 ・シタールやタブラといった楽器の「音色」
 ・ずっと同じ音程が続くドローンノート
 ・マントラ的に繰り返したり、エスニックな旋律だったりするそれっぽいメロディーライン
 ・でも歌の発声自体はインドっぽくはなく、普通の英語のポップスやロックと同じように歌われる。

 イギリスのバンドがやるときのインドっぽい要素 
 ・とにかく歌い回し!
 南インドのカルナーティックや北インドのヒンドゥスターニー音楽に由来する独特に揺れて上下する音程。
 ・同様にギターやバイオリンといったリード楽器も、インド的な「音程の取り方、運び方」をする。
 ・でも演奏の核になるリズムや伴奏部分は、むしろ普通のロックだったりファンクだったりする(タブラやシタールといった記号的なインド楽器が使われることはない)。

と、こんな感じだ。
要は、イギリスのバンドが楽器の「音色」や「ドローン音」「メロディーライン」でインドを表現しているのに対して、インドのバンドは歌やリード楽器の「歌い回し・フレージング」でインド的な要素を出している。 

アタクシ、古典音楽には全然詳しくないのだけど、 どうもインドの古典音楽というのは、声楽がすべての基本となっていて、楽器の演奏も声楽を模したものとして表現されるという話を聞いたことがある。
ところが、そのインド古典声楽の歌い方は、ロックとも、西洋のいかなる音楽とも違う。
欧米人のロックミュージシャンがインド声楽を理解し、体得して表現するのは大変だ。
そもそも、それをやってしまうと、ロックの歌い方ではなくなってしまうし、そこまでインド音楽を本格的にやりたいわけでもないのだろう。

そこで、イギリスのバンドは、ロック的な楽曲に、声楽ではなく、インドの楽器の音色や、エスニックなメロディーラインを取り入れることでことでインドっぽさを演出することにした。
ありあわせの材料で作ったなんちゃってエスニック風料理に、インドのスパイスをふりかけてみました、みたいな感じと言えるかな。

いっぽう、インドのバンドたちは、ロックを演奏するのだから、基本編成はギター、ベース、ドラムス、キーボードといった王道の楽器で固めつつ、インドの要素を取り入れるために、インド音楽のすべての基本であるヴォーカルをまず取り入れることにした。
エレキギターなどのロックの楽器で本格的な古典音楽のフレーズを弾いて、さらにインドらしさを演出している人たちもいる。
(古典音楽の楽器でインドっぽいフレーズを弾いてしまうと、それはまんま古典音楽になってしまうので、インド人はやらないのだろう)
洋風の器に、本場のインド料理を盛りつけてみました、ってところかな。

とまあ、最近のインドの音楽をいろいろ聴いているうちに、こんなふうな違いを発見したって次第です。
だから何だよ、って言われても困るのだけどね。 

2018年02月10日

秘境ナガランドの“We are the World”

今回紹介するのは「ナガランド」。

例のインド北東部7州「セブン・シスターズ」の中のひとつだ。

州の名前の「ナガ」とは、インドとミャンマーの国境付近に広がる山岳密林地帯に暮らす民族の名前で、ほんの数十年前まで、部族間の抗争や成人の儀式として「首狩り」の風習が行われていたことでも知られている。

インド北東部

 

かつてはインド、ミャンマーの両国を相手にした武装独立闘争が展開されており、ナガランド州もインド政府によって長らく外国人の訪問が制限されていた。

そのせいもあって、このあたりはごく最近まで『アジア最後の秘境』と呼ばれていた。

最近では、外国人観光客にも解放されていて、他のインド北東部の諸州と同じく非インド的な方向に発展してきているようで、北東部名物デスメタルバンド*もちゃんといる。

 *クリックするとナガランドのデス/ブラックメタルバンドAguaresの曲、その名も“Storm of Satanic Cult”(中二っぽいかわいいタイトル!)が聴けます。


このナガランド、いつも「首狩り」とか「秘境」とか、見世物的好奇心を煽るフレーズでばかり紹介されているのが正直ちょっと気の毒だなって思うのと、そこに輪をかけてアタクシもデスメタルバンドなんかを紹介してしまったところなので、今回は、ナガランドの美しく調和した姿を感じられる曲を紹介させてもらいます。

本日紹介するのは、“Voice of Naga”というグループ(プロジェクト?)の“As One”という曲。

 

 

この曲、何が面白いって、あの“We are the World”のように、ナガランドに暮らすさまざまなコミュニティーが、それぞれ個性的な服装、歌唱方法、振り付けで1フレーズずつ歌ってるっていうこと。

「ナガ族」は、単一の文化のもとに暮らしているのではなく、異なる習俗、言語、服装を持った16の「部族」(Angami, Ao, Chakhesang, Chang, Kachari, Khiamniungan, Konyak, Kuki, Lotha, Phom, Pochury, Rengma, Sangtam, Sumi, Yimchunger, Zeme-Liangmai)の総称(と、英語版Wikipediaをはじめいろんなサイトに書いてあった)とされている。
 

この曲では、ナガの16部族にインド各州からの移民の人々なども加わって、個性を競いつつナガランドの調和が歌われており(多分)、この曲を聴けば、ナガランドでどんな人々が暮らしているかっていうのが自ずと分かるようになっているってわけだ。

モンゴロイド系のナガの人々のなかに、インドのいわゆるメインランドの人たち(テルグーとかパンジャーブとかビハールとか)が出てくると、歌い回しも顔立ちもぐっと濃くなるのがちょっと面白い。 

あと、イスラム教徒の人たちに関しては、民族名や出身地ではなくて「ムスリム」とざっくりひとまとめにされているところも趣深い(歌い出しはやっぱり「アッラー」)。民族的な相違に関わらず、ムスリムはひとつのコミュニティーという扱いなのだろう。
 

それにしてもよくこれだけいろんな部族から歌の上手い人集めてきたよなあ。

この中からさらに選抜したメンバーで「India’s Got Talent」っていう全国区のオーディション番組にも出たようだ。

そのときに歌った曲はDil Hai Hindustani
 

これは「わたしの心はインド人」という意味で、「北東部出身のわてら、顔かたちや服装は一般的なインド人と違うかもしれへんけど、国を愛するれっきとしたインド人なんでっせ。忘れないでおくんなまし」といった意味もあっての選曲なのだろう。

 

今回紹介した「As One」、つっこみ所を探せば、なんかユニセフ的な毒気のなさっていうか善良さが鼻につくとか、最後の方で真ん中に座ってる政治家っぽいオッサンが気になるとか(みんなに慕われている立派な人なのかもしれないけど)、茶髪の女の子はきっとふだんは民族衣装着てないよね、とか(日本でいう花火大会の浴衣みたいなもんかね)、途中で出てくる部族のダンスの映像がなんか観光客向けのっぽいとか(別にいいけど)、映像を見ないで曲だけ聴くとけっこうつまらないとか(それを言っちゃあおしめえよ)いろいろあるのだけれども、コンセプトの面白さと完成度の高さは素直に素晴らしいと思う。

A.R.ラフマーンあたりに、インド全国版のこういう曲を作ってもらえたら、是非聴いてみたいなあ。

と思ったら、この曲の最後のクレジットの「アドバイザー」としてA.R.ラフマーンの名前が!やっぱり絡んでいたのか。

 でもナガランドの文化を網羅しただけで曲の長さが8分超で、まさに長(なが)ランド(すいません)。

もしインド全国版を作ったら、いったいどれくらいの長さになるのか想像もつかないですなあ。


魅力の尽きぬインド北東部、今回はナガランドからのお届けでした。



2018年02月06日

インドの州別ヘヴィーメタル事情

20年くらい前にインドに行った時のこと。
当時、ロック好きの若者だった私は、インドにはどんなロックバンドがいるのか、少しだけ楽しみにしていた。
ひょっとしたらクーラシェイカーなんかよりかっこいい、まだ見ぬインド風のロックバンドがいるかもしれない。

ところが、当時のインドには全然ロックなんてなかった。
街で流れているのはボリウッドの映画音楽かヒンドゥーの讃歌のみ。
デリーのカセットテープ屋(当時、インドで最も流通していた音楽記録媒体はカセットだった。CDではなくて)で「インドのロックをくれ」と言って買ったテープは、日本に帰って聴いてみるとジュリアナ東京とボリウッド音楽が混ざったようなやつだった。

先日からヴェーディック・メタルとか、インド北東部のデスメタルとか、やたらとインドのヘヴィーメタル事情について書いているが、なんでそんなにこだわっているかというと、そんなインドに、ロックのなかでも非常にエクストリームな音楽である、ヘヴィーメタルのバンドがたくさんいるっていうのが気になってしょうがないからなんである。
なにしろ、当時は首都のカセット屋(日本で言えば東京のCD屋)からしてロックがなんだか分かっていなかったのだ。
「ロック」が若者っぽい激しめの音楽っていうことまではかろうじて理解しているようではあったけど、バングラ的ダンスビートみたいな、まったくもって非ロック的なものまで、ロックの範疇にいれてしまうくらいだ。
もし「ヘヴィーメタルのカセットをくれ」なんて言った日には、「なんだそれは?聞いたこともないぞ」と返されたに違いない。
ジャンル自体が全く知られていないという意味では、「演歌のカセットをくれ」というのと同じようなものだったろう。

大幅に話がそれちゃった。
ここから本題に入ります。
こないだ、インドのメタルバンドをいろいろ調べていた時に、Enciclopedia Metallumというサイトを見つけた。 
その中で、各国のメタルバンド一覧が見られるページがあって、インドのページを見ると、2018年1月現在で196ものバンドが登録されていた。
まずびっくりしたのは、そのうちのほとんどがデスメタルかブラックメタルだったっていうこと。
メタルはメタルでも、古典的なJudas PriestとかIron MaidenとかMetallicaみたいなバンドっていうのはほとんどいなくて、とことんヘヴィーなサウンドで死とか反宗教といった不吉なテーマを絶叫しているバンドばかりっていうのに驚いた。
こういう音楽に、インドの一部の若者達を引きつけるものが 何かあるんだろうか。

このEnciclopedia Metallum、ありがたいことに、それぞれの バンドがどこの州のどこの街の出身なのかが全部書いてくれている。
Alien Godsのタナは「北東部のメタルシーンはまだまだアンダーグラウンドだよ」と言っていた。
これまで見てきた印象では、インド北東部はかなりメタルが盛んなようだが、実際のところはどうなのか。

気になってしょうがなかったので、州ごとにどれくらいメタルのバンドがいるのかをエクセルでまとめてみた。
若干、俺、いったい何やってるんだろう、って思わないでもなかったけど。
次に、当然州によって人口が多かったり少なかったりするので、州の人口も付け加えてみた。
さらに、人々が裕福かどうかによっても、楽器買ってバンドできるかどうかってのが変わってくるわけだから、各州の一人当たり GDPなんてのも調べてみた。
インターネットって便利だなあ。
最後に、各州で、1,000万人あたり、いくつのメタルバンドがあるのか、というのを割り出してみた。 
なんでキリの悪い1,000万人あたりなのかっていうと、インドには独特の数の数え方があって、10万をlakh(ラック)、1,000万をcrore(クロール)っていうんだけど、よくインドの役所の統計なんかにも使われているのでそれをマネしてみたって次第。

その表がコチラ。
「人口当たりのメタルバンド数」が多い順に並べてある。
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インドの地図も載っけときます。
インド地図

   


表の中で色のついた州が、インド北東部のいわゆる「セブン・シスターズ」といわれる諸州だ。
これを見れば一目瞭然、なーんだ、やっぱりインド北東部、インドの中ではメタルが盛んじゃん!
ミゾラム、メガラヤ、ナガランド、アルナーチャル・プラデーシュ、アッサム、マニプルといった北東部諸州が、見事にトップ10圏内にランクインしている。

トップ10の他の州では、やはりというか、大都市を擁する州が食い込んできている。
カルナータカ州はバンガロール、マハーラーシュトラ州はムンバイとプネー(大学が多い若者の街)、ウエストベンガル州はコルカタといった都市があり、欧米的なカルチャーが育まれているのだろう。
北東部諸州がすごいのは、アルナーチャル以外、一人当たりGDPは決して高くない(むしろ低い)のに、それでもみんなメタルバンドをやってるっていうこと。
何度も言ってきたように、それだけ西洋の文化への親和性が高い地域なのだろう。

いっぽうで、首都デリーを別として、北インドの文化の中心である、いわゆるヒンディー・ベルトと呼ばれる地域(ウッタル・プラデーシュとかビハールとか、ラージャスタンとか)には、人口が多い割に全然メタルバンドがいないっていうことも分かった。
保守的というか、あまりにもインド的な文化が強すぎるのだろう。
GDPを見れば分かる通り、ウッタル・プラデーシュやビハールなんかだと貧困という面も無視できない。

この地域には、タージマハールのあるアグラ、ガンジス河のヴァラナシ、カジュラホにブッダガヤといった街があり、多くの日本人旅行者が訪れる地域と重なる。
何を隠そう、私が最初のインド旅で訪れたルートもほぼ同じである。
今でもこんななんだから、当時インドのこの地域でロックを感じられなかったとしても当然だったというわけだ。
また、大都市チェンナイを擁するとはいえ、文化的には保守的とされるタミル・ナードゥ州のランクが相対的に低いのも、なるほどいった感じがする。

ちなみに同様に日本について調べてみると、人口1,000万人あたりのメタルバンド数は146バンド!
北東部がインドの中じゃメタル銀座だっていっても、やはりシーンがアングラだというのはその通りなのだろう。

同じような統計でラッパーがどの州に何人くらいいるか、とか調べられるとまた面白いかもしれない。
それでは、今回はこのへんで! 

2018年02月02日

トリプラ州の"コンシャス"ラッパー Borkung Hrankhawl その2

前回EDM/ロック的なトラックにポジティブ言葉を乗せてラップするBorkung Hrankhawlの音楽と彼の故郷トリプラ州について書いたので、今回はBorkungその人に迫ってみたいと思います。

そう、わざわざ2回に分けて書くってことは、これは相当面白い(とアタクシが勝手に思ってる)ってことでございます。

 

さて、Borkung Hrankhawl.

彼はトリプラ民族主義を掲げる政党”Indigenous Nationalist Party of Twipra”(トリプラ先住民民族主義党)の党首、Bijoy Kumar Hrangkhawlの一人息子として生まれた。父はトリプラ人の権利のための武力闘争を経て政治家になった人物で、Borkungにも大きな影響を与えた。


2つのサイト(HindusthanTimes, FirstPost)のインタビューから、Borukungの半生と音楽観、人生観を見てみよう。 

彼のラップ同様、インタビューで語る言葉も熱くストレートだ。

「クラブや酒や女性についてラップするのは好みじゃない。ラップは神様からの贈り物なんだ。僕はラップを使って世の中をより良くしたい」

トリプラ先住民のために尽力する父を見て育った彼は、ラップを通してトリプラ人のことや彼らをとりまく環境を伝えたいという意識を持っている。

「トリプラの人々は人口が少ないせいで無視されてきた。僕たちはトリプラ人としての権利が得たいんだ。暴力や、人間性を脅かすようなことを煽るんじゃなく、僕はただ、平等と平和を広めたいんだ」

 

ここでは「トリプラの人々」と訳したけど、彼はTribal people in Tripuraという言葉を使っている。
インドでTribalという言葉は、一般的にはインドの主な宗教や文化とは別の伝統のもとに暮らす先住民族や少数民族のことを表している。
そして、彼らの多くは今なお被差別的・後進的な生活を強いられている。

 

前回も触れたように、都市部で差別的な扱いを受け、ときに命を落とす北東部出身者も後を絶たない。
Borkungもまた、学生時代にデリーでネパール人と間違えられて強盗にあった経験があると語る。
北東部出身の人間がデリーで暮らすうえで、このような危険は常にあるという。

多くの北東部の州で、ときにテロリズムにまで及ぶ独立運動が行われているのには、こうした背景がある。

だが、暴力ではなく平和を訴える彼は、こうした差別や無理解に対してこう語る。

「僕たちはみんな同じインド人だ。僕はこのギャップを埋める架け橋が必要だと感じたんだ。彼ら(大多数のインド人)は僕たちの文化を知らないだけで、他の点では彼らはいい人たちなんだよ」

 

彼のデビュー曲の名は”The Roots”

より直接的に差別反対とトリプラ人の権利を主張し、自身のルーツを誇る楽曲だ。
 

いくつかの印象的なリリックを書き出してみる。
(しかも調子に乗って途中まで訳でも韻を踏んでみた)
 

I ain’t no politician though I’m vicious 俺は凶暴だけど政治家じゃない

Never worshipped on a path of a wrath 怒りへの道を崇めたりしない

I’m from Tripura you fakers  俺はトリプラ生まれだ イカサマ師たち

That’s the first thing you ought know これは最初に覚えとけお前たち

I did grow from Dhalai district and I need no passport インドに来るのにパスポートはいらない ダライ地区育ち

TNV and INPT could be the last soul TNVINPTが最期の魂

TNV,INPTは彼の父が率いていた武装組織と政党の名前)

How can you feed the poor when you bribe what has been reissued?  与えられたものを賄賂にしてしまうならどうやって貧しい人たちを食わせる?

All the rights given to us were misused  俺たちに与えられた権利はすべて悪用されてる

'Cause we the indigenous people have been spoofed out of our own land 俺たち先住民は自分たちの土地を追い出されてる

Though we minority, we hold hands  マイノリティーでも手を携える

You ain't a component to extinct our clan 我々一族を絶やすことはできない

We fight till accomplishment 俺たちは成し遂げるまで戦う

I gotta give it, a salute to my roots yo. I gotta lift it up and never loose my roots yo.

さあ、俺は自分のルーツを讃える、絶対にルーツを失ったりしない

 

さらにメッセージ色の強いこのフリースタイルも非常に印象的だ。
 

ライムになっているだけでなく、全体が起承転結のある素晴らしいメッセージになっている全文はYoutubeの「もっと見る」から読むことができるので、ぜひチェックしてほしい。

 

ちなみに最後に出てくるRichard LoitamDanna SangmaReingamphi AwungshiNido Tania4人は、いずれもデリーやバンガロールといった大都市で死に追いやられ、満足な捜査さえも行われなかった北東部出身の学生の名前だ。

リアルでストレートな表現と主張。あまり軽薄な言葉は使いたくないが、ものすごくかっこいい。

本物の表現者だなって感じる。

 

小さい頃からラップに夢中だった彼は、ライムしながらメッセージを伝えることが何よりも好きだったようだ。
ラッパーとしては、EminemFat JoeFort Minorに大きな影響を受けたという。

極めてシリアスな表現者でありながら、ポップな曲への参加にも抵抗がないようで、意外なところではデリーの城みちるみたいなポップシンガーの曲にゲスト参加していたりもする。


 

インタビューで今後の目標を聴かれた彼は、グラミー賞を取ることだと答えた。

「僕は仲間を代表して、インドを代表してグラミーを勝ち取ってこう言いたいんだ。僕はトリプラ人だ。僕はインド人だと。自分がどこから来たのかを、自分のストーリーを伝えたいんだ」

こう言ってはなんだけど、ポップミュージックの辺境インドの中のさらに辺境の北東部のインディーズアーティストが、こんな大きな夢とメッセージを持っているということに、なんというか、またしてもぐっと来てしまった。

こないだのデスメタルバンドのTanaもそうだけど、インド北東部の人、ちょっとぐっと来させすぎじゃないか。

「インドのメインランド(主流文化地域)の友達もたくさんいるよ。彼らはみんないい人たちで親切だ。そうじゃないごく一部の人は、北東部のことを知らないだけなんだと思う。一度人間として受け入れられれば、優しい心の人たちがたくさんいる。僕が言いたいのは、必要なのは親密さを増すことだってこと。北東部とメインランドの親密さを育んでいく責任が僕らにはあるんだ」

人間性への揺るぎない信頼。それこそが彼のポジティブさの根底にある信念なのだろう。

 

彼はトリプラの人々だけでなく、インド全体の人々にメッセージが届けられるように、英語やヒンディーでラップすることを選んでいるというが、彼の表現の普遍性は、インド北東部や国境を越えて心に響くものがあるように感じる。大げさに言えば、ボブ・マーリーのように。

過酷な環境にも折れないポジティブさは、いつだって音楽を音楽以上のものにしてくれる。