『ガリーボーイ』ジャパン・プレミア!&隠れた名シーン解説インドの新世代英語ラッパーが傑作アルバムを発表(その1)!Smokey The Ghost

2019年09月10日

ダラヴィが舞台のタミル映画"Kaala"の音楽はヒップホップ!そしてアンチ・カーストあれこれ!


先日の『ガリーボーイ』ジャパン・プレミアの興奮も醒めやらぬ10月8日、大型台風が接近する中、キネカ大森で開催中のIndian Movie Week(IMW)に、タミル映画"Kaala"(『カーラ 黒い砦の闘い』という邦題がつけられている)を見に行ってきた。

この映画は、『ガリーボーイ』の舞台にもなったムンバイ最大のスラム「ダラヴィ」に君臨するタミル人のボス「カーラ」が、スラムの再開発計画を進めるナショナリズム政治家と戦う物語だ。
ムンバイが位置するマハーラーシュトラ州はマラーティー語が公用語だが、ダラヴィには南部タミルナードゥ州からの移住者が多く暮らしていて、7万人の人口のうち約3分の1がタミル語を話しているという統計もある。
映画に出てくる政党は、地元の有力政党「シヴ・セーナー」や、ヒンドゥー・ナショナリズム政党と言われるモディ首相の「インド人民党」のような実在の政党がモデルになっているようだ。
シヴ・セーナーはヒンドゥー至上主義だけでなく、マラーティー・ナショナリズム(マハーラーシュートラの人々のナショナリズム)の政党と言われており、実際に南インドからの移住者やムスリムを排斥する傾向にある。
ダラヴィでは人口の3割がムスリムであり(ムンバイ全体では13%)、 6%ほどのクリスチャンも暮らしているから、当然、こうしたナショナリズム的な思潮とは対立することになる。
つまり、この映画はナショナリズムを標榜する支配者(「ピュアなムンバイ」を標榜している)と、多様性のある大衆の対決を描いた、世界的に見てもなかなかにタイムリーなテーマの作品というわけだ。

主演はタミル映画界の「スーパースター」ラジニカーント。
メインの客層が映画の舞台ムンバイから離れたタミルナードゥ州(タミル語を公用語とする)の人々だとはいえ、ここまで現実をリアルに反映した映画を、当代一の人気俳優を主演に制作できるというのはけっこう凄いことだ。
監督はPa Ranjithで、公開は『ガリーボーイ』より8ヶ月ほど早い2018年6月だった。

音楽ブログであるこの「アッチャー・インディア」として注目したいのは、なんといってもこの映画で使われている楽曲だ。
この映画のサウンドトラックには、「ダラヴィのスヌープ」(見た目で分かるはず)ことStony Psykoを擁するヒップホップユニットDopeadeliczが大々的に参加している。

90年代のプリンスを彷彿とさせるファンキーかつド派手な"Semma Weightu"は、いかにもタミル映画らしいケレン味たっぷりの映像とラッパーたちのストリート感覚が不思議と融合。


(どういうわけか素晴らしいミュージックビデオがYouTubeから削除されてしまっていたので、音源だけ貼り付けておく)
 
最初のヴァースのリリックは、主人公を称えるいかにも映画音楽的なものだが、2番では「ナマスカール(ヒンドゥーの挨拶)、サラーム(ムスリムの挨拶)と言葉は違っても…」と宗教を超えた団結を歌った内容で、実際に多宗教が共存するダラヴィのヒップホップシーンを思わせるところがある。

こちらはガリー感覚満載のビデオ"Theruvilakku".
タミル語のリズムに引っ張られているヒップホップビートがヒンディーラップとはまた違う独特な感じ。


いずれにしても、スラム出身のラッパーが文字通りのスーパースターの映画にフィーチャーされるというのはとんでもない大出世と言える。
Dopeadeliczのメンバーは、ミュージカルシーン以外でも、端役としてセリフも与えられており、もしヒップホップに理解のない身内がいたとしても、これで確実に黙らせることができたはずだ。

それにしても、ダラヴィが舞台となった映画のサウンドトラックに、地元のストリートラッパーが起用されたというのは意義深いことだ。
インド社会に、「ヒップホップは社会的メッセージを伝える音楽」そして、「ダラヴィの音楽といえばヒップホップ」という認識が浸透してきているからこそのことだろう。
実際、この映画のなかでも、ヒップホップ的なファッションをした若者が多く描かれており、抗議運動のシーンでもブレイクダンサーが登場するなど、ヒップホップカルチャーの普及を感じさせられる場面が多かった。

ちなみに普段のDopeadeliczのリリックのテーマのひとつは、大手資本の映画が絶対に扱わないであろう「大麻合法化」だったりする。

これはこれでヒップホップとしてはかなりクールな仕上がり。

この"Katravai Patravai"は、タミル版Rage Against The Machineと呼べそうな、ヘヴィロックとラップの融合。

この曲に参加しているYogi Bはマラヤーラム/タミル語でパフォームするマレーシア出身のラッパー(インドからの移民ということだろう)で、共演のRoshan Jamrockなる人物もマレーシアのヒップホップグループK-Town Clanのメンバーのようだ。
タミル系移民のネットワークだと思うが、興味深いコラボレーションではある。


また、この映画では、「ダリット」の権利回復というテーマも扱われている。
「ダリット」とはカースト制度の外側に位置づけられた被差別階級のこと。
ヒンドゥー教古来の価値観では「不可触民」と称されるほどに穢れた存在と見なされ、現在も様々な差別を受けている。
スラムの住民とダリットは必ずしも同一のものではないが、映画の冒頭で、ダリットの一つである洗濯屋カーストの「ドービー」が出てきたり、カーラの家で出された水に対立する政治家が口をつけないシーン(保守的なヒンドゥー教徒は、ダリットが提供した飲食物を穢れていると考えて摂取しない)が出てくるなど、カーストにもとづく階級意識が随所に登場する。
アジテーション演説で、「ジャイ・ビーム!」という掛け声(後述)が出てくるのも象徴的だ。

Pa Ranjith監督は、ダリット解放運動に非常に熱心であり、2018年にはカースト制度を否定する音楽グループ、その名もCasteless Collectiveを結成するなど、様々なスタイルでメッセージを発信し続けている。

このCasteless Collectiveはチェンナイで結成された19人組。
ガーナというタミルの伝統音楽とラップを融合した音楽性を特徴としており、いつか改めて紹介したいグループだ。

今回紹介した『カーラ』は、タミル映画特有のクドい演出も多く、そのわりにテーマは重いので、万人向けの映画ではないかもしれないが、インドのスラムや格差、階級意識などを知るのには非常に良い作品ではないかと思う。
いつもの過剰とも言えるアクション・シーンや、見得を切るシーンもふんだんに含まれているので、主演のラジニカーントのファンであれば、確実に楽しめる作品ではある。

ダラヴィのヒップホップシーンの宗教的多様性については、こちらの記事も是非読んでみてほしい。



また、『カーラ』の宗教的、社会的背景は、このIMW公式Twitterにとても詳しく解説されているので、興味のある方はこちらもどうぞ。(「タミル映画『カーラ』鑑賞に役立つ予備知識(ネタばれなし)」)

この映画の被差別民に関する描写については、インドの「改宗仏教徒」(ヒンドゥー社会での被差別的な立場から解放されるために仏教に改宗した人々)のリーダーとして活躍する佐々井秀嶺師のもとで、同じ志で活動している高山龍智師のTwitterが非常に参考になった。
曰く、"Katravai Patravai"のミュージックビデオにも出てくる青は改宗仏教徒の象徴の色であり、赤は抑圧された人々の拠り所のひとつである共産主義を象徴する色という意味があるそうだ(ちなみに主人公の息子の名前は「レーニン」)。


それで思い出したのが、ジャマイカン・ミュージックを武器に闘争活動を繰り広げているレゲエ・ミュージシャンのDelhi Sultanate.
彼もまた、オーディエンスへの挨拶に「ジャイ・ビーム!」「ラール・サラーム!」という言葉を取り入れている。

「ジャイ・ビーム」は不可触民抵抗運動の父であるアンベードカル博士を讃える平等主義者の挨拶であり、「ラール・サラーム!」は「赤色万歳」という意味の共産主義にシンパシーを持つ者の挨拶だ。
彼はスラムの出身ではなく、留学できるほどに裕福な家庭に育ったようだが、そうした階層のなかにも、社会格差や不正に対する高い問題意識を持った社会的アーティストがけっこういるというのが、インドの音楽シーンのまた素晴らしいところだ。

『カーラ』の中でもうひとつ印象的なのが、古典文学である「ラーマーヤナ」が、ヒンドゥーナショナリストがスラムの人々を弾圧するときの拠り所として扱われているということ。
タミル映画である『カーラ』では、ラーマーヤナで主人公ラーマ神に倒される悪魔ラーヴァナこそ、抑圧されたスラムの民、被差別民、そして北インドのアーリア人種から見下されがちな南インドのドラヴィダ人の象徴なのではないかというメタファーが登場する。
主人公が、「カーラ」(黒)は労働者の色だと語る場面があるが、ヒンドゥーでは忌むべき色とされる「黒」を、逆説的に抑圧された人々のプライドの象徴として描いているのだ。
 
そこで思い出したのが、タミルナードゥ州の隣に位置するケーララ州のブラックメタルバンド、Willuwandiだ。
彼らは、悪魔崇拝(サタニズム)や反宗教的な思想の音楽であるブラックメタルを演奏しているのだが、オカルト的な音楽性に反して、彼らの歌詞のテーマは、いたって真面目なカースト制度への抗議である。
以前彼らについての記事を書いたとき、なぜこんなに極端な音楽性(サウンドはうるさく、ヴォーカルは絶叫しているので歌詞が聞き取れない)で、政治的かつ社会的なメッセージを発信しているのか、大いに疑問に思ったものだった。
だが、もし彼らが『カーラ』と同じメタファーを込めてブラックメタルを演奏しているのだとすれば、全て合点がいく。
つまり、ブラックメタルの「黒」は抑圧された人々の象徴であり、一見悪趣味な悪魔崇拝は伝統的宗教的価値観の逆転を意味しており、宗教への反発はカースト制度のもととなったヒンドゥーの概念の拒絶を意味している、というわけだ。

この記事で紹介している"Black God"のミュージックビデオの冒頭にも、「インドの真実の歴史は、アーリア人とドラヴィダ人の闘争である」というメッセージが出てくるから、この憶測はあながち間違いではないだろう。

それにしても、まさかタミル映画のスーパースターのタミル映画を見たら、インドのブラックメタルの理解が深まるとは思わなかった。
インド、やはり深すぎる。


今回は(今回も?)盛りだくさんでした!
お読みいただきありがとうございます!
ではまた!


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