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2019年08月31日

インド北東部のロック・フェスティバルは、懐かしのメタル天国だった!

先日、インド北東部アルナーチャル・プラデーシュ州の辺境で行われる究極の音楽フェス、Ziro Festival of Musicについて紹介した。
インド北東部は一般の旅行者があまり足を踏み入れることの少ないエリアではあるが、じつは、Ziro以外にも数多くのロック系フェスティバルが行われるフェス天国なのである。
まずはインド北東部の地理的なおさらいから。
この地図で赤く塗られている部分に注目してほしい。
インド北東部地図NEとシッキム
インド主要部と北東部との間の、南からえぐられているように見える場所にはバングラデシュがあり、北から押しつぶされているように見える場所はブータン、そしてすぐ西にはネパールが位置している。
インド北東部
インド北東部とは、この地図に書かれた7つの州(7 Sisters States)に、ブータンとネパールに挟まれたシッキム州を含めた地域のことだ。

インド北東部には、インドの大部分とは異なりモンゴロイド系の民族が多く暮らしている。
北東部は典型的なインド文化(ヒンドゥー/イスラーム系統の文化)の影響が薄く、クリスチャンの割合が多いこともあって、欧米文化の受容が進んでおり、かなり早くからロックミュージックが人気となっていた地域でもある。
今回は、ここ北東部で行われる音楽フェスティバルが、予想のかなり斜め上をゆく実態だったので、その様子をお伝えしたい。

ほんの数十年前まで首狩りが行われていた秘境、ナガランド州では、毎年12月にHornbill International Music Festivalが開催されている。
これは、ナガランド独自の豊かな文化を継承し広めてゆくことを目的に開催されるHornbill Festivalの一部として行われるもので、毎年多くの観客を集めている。
ちなみにHornbillとは、ナガランドの象徴である大きなクチバシとツノのような突起を持つ鳥「サイチョウ」のこと。

このHornbill International Music Festivalは、地元のアーティストの演奏だけでなく、K-Popアイドルのライブ(3:52〜)や、なんと珍しいBlues Night(8:32〜)なども行われており、外国籍を含めた多彩なアーティストが出演している辺境らしからぬフェスだ。

他の州にも注目すべきフェスはある。
インド北東部最北端のアルナーチャル・プラデーシュ州Dambukでは、毎年12月にOrange Festival of Adventure & Musicが行われている。
このフェスは、「インドで最初のアドベンチャーと音楽の祭典」と言われており、一時休止していたものの2015年から再び開催されるようになった。
このイベントも、単なる音楽フェスではなく、地元文化の紹介や、さまざまなアウトドア体験なども行われる多彩な内容のものだ。

「アドベンチャーと音楽のフェスティバル」だけあって、ライブの模様の紹介は3:00頃から。
このOrange Festivalにも地元のバンドから海外勢まで、多彩なミュージシャンが出演して大いに盛り上がっているようだ。


「インドのロックの首都」と呼ばれるメガラヤ州のシロンでは、全国のさまざまな主要都市で開催されている音楽フェスのNH7 Weekenderの北東部版が行われている。
このNH7 Weekenderは、他の都市ではサマーソニックのような都市型フェスとして行われているが、ここシロンではフジロックのように山岳部の豊かな自然のなかで開催されている。
'The happiest music festival'のキャッチコピーの通り、こちらもかなり楽しそうな様子のフェスだ。

それぞれのフェスについてはまた改めて紹介しようと思っているのだが、今回注目したいのは、これらのフェスで招聘されている欧米のアーティストについてだ。

まずHornbill Festivalから見ていこう。
このフェスの2015年のヘッドライナーは、なんとジャーマン・メタルの代表的バンドHelloween!
メタル系に絞ったフェスでもないのに、Helloweenがトリを務めるっていうのはちょっとすごいことだ。
その前年には、ヴィニー・ムーア(マイケル・シェンカーが在籍していたことで有名なUFOの現リードギタリスト)を招聘しているというから、これまた驚かされる。

さらに、アルナーチャルのOrange Festivalでは、2016年には、元祖ネオクラシカル系速弾きギタリストの「王者」ことイングヴェイ・マルムスティーンを、2017年には元Poison、元Mr.Bigのギタリストのリッチー・コッツェンをトリに据えている。
北東部はそんなにメタル/ハードロック系ギタリストが好きなんだろうか。

それだけではない。
シロンのNH7 Weekenderでは、2015年にはアメリカの'スラッシュメタル四天王'のひとつメガデスを、2017年にこちらも天才ギタリストのスティーヴ・ヴァイをヘッドライナーにしているというから、もう筋金入りである。
シンコーミュージックの「ヤングギター」(メタル系ギタリストがよく掲載されているギター教則雑誌)が後援で、ウドー音楽事務所が仕切っているんじゃないかというラインナップだ。

フェス以外でインド北東部でのライブを行った海外のアーティストも強烈だ。
年代順にアーティスト名とライブを行った土地を書いてゆくと、

2004年
Firehouse(アメリカのポップなハードロックバンド):メガラヤ州シロン、ナガランド州ディマプル、ミゾラム州アイゾール

2007年
エリック・マーティン(Mr.Bigのヴォーカリスト):シロン、ディマプル
Scorpions(ドイツの大御所ハードロックバンド):シロン

2008年
White Lion(アメリカのメタルバンド):シロン

2009年
Mr.Big(アメリカの技巧派揃いのハードロックバンド):シロン、ディマプル

2012年
Firehouse(2004年に続いて):ディマプル、マニプル州インパール
Stryper(アメリカのクリスチャン・メタルバンド):ナガランド州ディマプル、同州コヒマ

2013年
Hoobastank(アメリカのロックバンド):シロン

みなさん、このバンドたちをご存知だろうか?
いずれも1980年代〜90年代に活躍した往年のメタルバンドで、ついてこれるのはアラフォーの元メタル好きだけなのではないかと思う。(唯一、Hoobastankだけは21世紀のバンド)
インド北東部の人たちは"Burrn!"(日本が誇るヘヴィメタル雑誌。欧米での人気に関わらず、日本での人気の高いバンドを中心に取り上げる)を熟読しているんじゃないかっていうラインナップだ。
っていうか、自分も高校生の頃にBurrn!を読んでなかったら分からない顔ぶればかり。
北東部のロックファンは、FirehouseやWhite Lionの曲をちゃんと知っていて、ライブで盛り上がれるのだろうか。
ひょっとしたらインド北東部では伊藤政則(日本が誇るヘヴィメタル評論家)のラジオ番組が聴けるのかもしれない。

ライブで客席に聖書を投げることで有名な'クリスチャン・メタルバンド'Stryperが入っているのは、キリスト教徒が多い土地柄を反映しているものと思われ、2019年にはWhitecrossというまた別のアメリカのクリスチャン・メタルバンドもディマプルとシロンでライブを行っている。 
 
興味深いのは、これらのバンドがムンバイやデリーといった大都市をツアーしたついでにインド北東部に来ているのではなく、むしろインド北東部をツアーするためだけにインドに来ている例がほとんどだということである。 
FirehouseやStryperはインド主要部の大都市には目もくれずに北東部のみをツアーしているし、日本でも人気の高いMr.Bigも、ムンバイにもデリーにも寄らずに、バンガロールと北東部のみでライブを行っている。
つまり、北東部は、インドのなかでもそれだけ音楽の趣味が特殊ということなのだ。
メタルに関して言えば、インド主要部では、デスメタルのような、よりヘヴィなバンドが人気だが、インド北東部は日本同様に、メロディックでポップなメタルバンドが根強い人気のようで、モンゴロイド系民族としての共通点を感じさせられる。

それにしても、既視感のある光景だ。
90年代のグランジ/オルタナティブブーム以降、欧米では人気のなくなったメタルバンドが、まだ人気を保っていた日本によくツアーに来ていたものだが、それと同じような現象が、いまインド北東部で起きているのだ。 

かつて、日本でのみ人気のあった外国のバンドが'big in Japan'などと呼ばれて揶揄されていたが、それと同じようなことも起きているのかもしれない。
2018年のHornbill Festivalでは、韓国ではまだデビュー前のアイドルグループMONTがコンサートを行ったが、それはもう大変な歓迎っぷりと盛り上がりだった。
北東部の人たちは、国際的に有名かどうかにかかわらず、外国からくる華やかなアーティストにとにかく飢えているのだろう。
このへんも、往年の日本を思わせるような状況だ。
(よく知られているように、QueenやBon Jovi, Cheap Trickなどの世界的人気バンドは、最初は日本から人気に火がついた)

メタル以外の招聘アーティストもなかなかに香ばしい。
Hornbillでは2017年にドイツのディスコ・グループBonny M(「ラスプーチン」などのヒット曲で有名。彼らの「バハマ・ママ」は日本の一部の地域の盆踊りにも使われている)を呼んでいるし、Orange Festivalも同じ年にドイツの電子音楽グループTangerine Dreamを招聘している。
メタルではないが、2015年のHornbillではABBAのトリビュートバンドを呼んでいるのも面白い。

以前、インド北東部のメタル人気の高さを検証する記事や、シッキム州の人とマニアックなロック談義をしたという思い出話を書いたことがあるが、北東部の人々音楽の好みには本当に驚かされるばかりだ。

こうした「旬を過ぎた」バンドが北東部のみを回るツアーをしている一方で、Iron MaidenやBon Joviのような超ビッグネームのバンドは、ムンバイなどの主要部の大都市だけをツアーしており、おそらくギャラやスケジュールの都合だと思うが、北東部には来てくれていない。
そのため、北東部の人たちは、代わりにわざわざ欧米からコピーバンドを呼んで、これまた大いに盛り上がっている。
Hornbill Festivalでは2014年にBon JoviのトリビュートバンドBon Gioviを、Orange Festivalでは2018年にメンバーが全員女性のIron MaidenのトリビュートバンドIron Maidensを呼んでいる。

最後に、北東部でのメタル系アーティストのライブの様子をお届けすることとしたい。
まずは、Hornbill FestivalでのHelloweenのライブ。
不安定なオーディエンス・ショットだが、その分観客の盛り上がりがダイレクトに伝わってくる。

ナガランドのメタルファンたちも『守護神伝 第二章』、聴き込んでるみたいだ。
別の動画だと、"I Want Out"で盛り上がっている様子も撮影されていて、インド中央政府から抑圧的な扱いをされ続けているナガの人々が、彼らの曲に自分たちの境遇を重ね合わせているのかもなあ、としみじみ思ったりもした。

続いてはアルナーチャル・プラデーシュ州のOrange Festivalでの王者イングヴェイのライブ。
こちらもかなりたくさんの人が集まって盛り上がっている。

へー、今キーボードの人がヴォーカル兼任なんだな。
どうでもいいけど、キーボードを弾きながら歌うメタルのヴォーカリストって初めて見た。
久しぶりに見た王者は一時期に比べてずいぶんシェイプアップしていて、ギタープレイも絶好調!

「インドのロックの首都」メガラヤ州シロンでのメガデスのライブも大盛り上がり!



 Steve Vaiのライヴには、最近B'zのツアーメンバーとしても活躍しているインド出身の女性バカテクベーシスト、Mohini Deiがゲスト出演している。



ナガランド州ディマプルでのMr.Bigのライブから、"To Be With You"での大合唱の様子。


より知名度が落ちるはずのStryperでもこの盛り上がり!

1986年リリースのこの曲をリアルタイムで聴いているとは思えない若いお客さんが多いが、この人気はいったいどこからやってくるのだろう。

Firehouseのバラード"I Live My Life For You"もほとんどのオーディエンスはばっちり歌えるようだ。

Wikipediaによると、彼らは全米での人気が失速した後も、日本、タイ、マレーシア、フィリピン、インドネシア、シンガポールなどアジア諸国では高い人気を保っているそうなので、こうしたキャッチーな曲調が東アジア人の琴線に触れるのかもしれない。

MCのときの声色もジョン・ボンジョヴィそっくりなBon Giovi.

完コピ!これはこれで見て見たいかも。

女性コピーバンドのIron Maidensは演奏はいまいちだが、この盛り上がり。


実際にインドでは、Girish and ChroniclesPerfect Strangersのような実力派バンドによる有名バンドのトリビュートイベント(要は、ひたすらカバー曲を演奏する)も頻繁に行われているのだが、やはり本場の欧米から来たバンドは本物っぽさが違うということなのだろう。
このあたりのロックとの距離感は、我々日本人にとってもなんとなく共感できるものだ。
インド北東部、やっぱりものすごく面白い。

それではみなさんまた来週。
See ya! 
(高校生のころ聴いていた伊藤政則のラジオはいつもこんなふうに締められていたのを思い出したもので、つい)


(この後、2019.9.14加筆)



この記事を書いて半月ほどたったところで、今度は北東部マニプル州で行われるShiRockというフェスにExtremeとNazarethが出演するという情報が飛び込んできた!


Extremeは90年代にバラードの"More Than Words"が大ヒットした、凄腕ギタリストのヌーノ・ベッテンコートを擁するファンキーなメタルバンド、Nazarethはスコットランド出身の結成50年にもなる大御所ハードロックバンドだ。
あいかわらず時代もトレンドも一切関係ない、しかし元メタルファンの胸を確実に熱くする素晴らしい人選である。

このイベントは2017年に地元のバンドを中心に始まったらしく、去年はプログレッシブ・メタルの大ベテラン、Queensrycheがヘッドライナーだったそうだ。
"More Then Words"という大ヒットもあり、他の曲もキャッチーなExtremeはともかく、NazarethとかQueensrycheを北東部の一般的なロックファンは知っているのだろうか。
謎は深まるばかりだが、去年のライブの様子を見る限り、かなり大勢の観客が集まり盛り上がっている様子。




そこで思ったのが、ヘヴィーメタルという音楽の「カタルシス発生装置」としての普遍性だ。
シャウトするヴォーカル、キャッチーなメロディー、ヘヴィーなサウンドというのは、要は盛り上がるのにぴったりだということだ。
母国では、ブームが過ぎて時代遅れになってしまっても、音そのものが持っている本来の魅力が失われたわけではないのだ。
逆に、こういったキャッチーで激しいサウンドのアンチテーゼとして生まれる、ローファイな質感だったり、ダークな雰囲気だったりする音楽というのは、同時代性や社会性が強く、それなりのセンスや、社会的背景の理解がないと、なかなか共感できなかったりする。

それから理由は不明だが、国民性というか、文化圏との関係もあるようだ。
インドの主要部では、「若者ののための音楽」としてはヒップホップやEDMの人気が高いが、それがモンゴロイド系の人々が暮らす北東部になると、ロック色が非常に強くなる。
ヒップホップやEDMよりロックというのは、日本とも共通していて、インド北東部では日本のアニメの人気も高く、コスプレが流行していたりもする。
こうした東アジア系カルチャーとの親和性は、隣接するミャンマーらの東南アジア諸国も含めて、一度じっくり考察してみたいところだ。

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goshimasayama18 at 12:41│Comments(0)フェスティバル | インド北東部

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