マサラワーラー武田尋善さんの個展に行くインドならではのGully Cricket Rap!そして日本ではなくインドで生まれたJ-Trapとは何か?

2019年05月26日

「ラージャスターンの風」Jaisalmer Beats東京公演に行って来た!

目黒区中小企業センターで行われた「ラージャスターンの風」東京公演に行ってきた。
このコンサートは、ラージャスターン州ジャイサルメールの音楽家カースト「マンガニヤール」のグループ"Jaisalmer Beats"の日本ツアーの最終公演。

インド北西部のラージャスターン州は、タール砂漠が広がる乾いた土地だ。
堅固な城壁を持つ古い都市が多く、インドのなかでも伝統文化を色濃く残す魅力的な地方で、最近ではインド映画「パドマーワト 女神の誕生」の舞台としても知られている。
(参考:「史劇映画『パドマーワト 女神の誕生』はほぼ実写版『北斗の拳』だった!(絶賛です)」

今回来日したJaisalmer Beatsは、ケテ・カーンとサリム・カーンの兄弟と、その従兄弟にあたるビルバル・カーン、叔父のサワイ・カーンの4人組だ。
彼らの出身カーストであるマンガニヤールは、ジャイサルメール地方で代々音楽家として暮らしてきたイスラームを信仰する人々。
ムスリムとはいえ、ヒンドゥー教徒がマジョリティーを占める土地に根ざして暮らしてきた彼らは、ヒンドゥーの祭礼や結婚式に呼ばれることもあり、ヒンドゥーの神々を讃える歌を演奏することもある。
彼らもまた、インドの多様性と寛容さの落とし子なのだ。

兄弟のケテとサリムは、カルタール(2枚の板で出来たカスタネットのような楽器。これを超絶な速さで鳴らしまくる)、ハルモニウム、モールチャン(ラージャスタンの口琴)といった多様で珍しい楽器と、カッワーリーのようなハリのある歌声を聴かせ、いとこのビルバルも両面太鼓ドーラックのリズムで二人を支える。
笑顔で演奏する3人とは対照的に、叔父のサワイ・カーンだけはただ一人、シブい表情を崩さずにマンガニヤールに伝わる擦弦楽器「カマイチャー」の乾いた音色を鳴らす。

歌声はどこまでも伸びやかで、演奏はどこまでもにぎやか。
乾燥した大地に暮らす人々を永年にわたって楽しませてきた彼らの音楽は、アートというよりも芸能としての音楽の素晴らしさに満ちていた。

 
何より印象に残ったのは、彼らが実に楽しそうに演奏していたこと。
こんなに楽しそうにパフォーマンスしているミュージシャンを見たのはジャンルを問わず初めてではないかと思ったくらいだ。
決して豊かではない場所に生まれ、自らの意志でこの道を選んだのではなく、カーストの掟によって演奏家になることを運命づけられた人たちが、なぜこんなに楽しそうに演奏できるのだろうと不思議になるくらいに、それはもう楽しそうに演奏していた。
単純に演奏することが楽しいのか、遠く離れた日本のオーディエンスが自分たちの音に夢中になっているからなのか、それとも人前でプロフェッショナルとして演奏する以上、楽しい雰囲気を出すべきだという信念があるのか。
彼らの楽しげな雰囲気が客席にも伝わり、聴いているほうも自然と笑顔がこぼれ手拍子や歓声が湧き上がる。

インドの伝統音楽にありがちな、観念的だったり小難しかったりする感じがここには全くない。
発声方法や節回し、ハルモニウムの演奏はカッワーリーにもよく似ているが、彼らの音色はカッワーリーよりもずっと人懐っこいものだ。
スーフィーの音楽であるカッワーリーには、演奏者と神とのつながりを、歌声を通してその場にいる観客に届けるための音楽といった印象がある。
ところが、マンガニヤールの音楽は、天上の神だけではなく、まず目の前のオーディエンスとつながり、演奏者同士もつながり、自分たちの楽しい音の世界に巻き込んでしまう。
神に捧げる楽曲を演奏していても、その神の恩寵をオーディエンス全員に届けることを意図しているかのような、観客を置いていかないあたたかさがある。


超絶に速いリズムやフレディ・マーキュリーのような張りのある歌声、面白楽器博覧会とも言えるような見たこともない楽器の演奏などなど、プロフェッショナルとして非常にレベルの高いパフォーマンスをしながらも、「音を楽しむ」「音で楽しませる」という意味の「音楽」に、彼らは終始徹しているのだ。
それも、ここ日本で初めて彼らの音楽を聴くリスナーを一人も置いていかずに、である。
砂漠の芸能、恐るべし。

今回のコンサートは、もともとは5月上旬に予定されていたものが、ビザの問題で延期になってこのたび行われたものだ。
実行委員会を務めた写真家の井生さん、ダンサーのMadhuさんは、今回の公演実現まで数々の苦労があったことと思う。
とくに、いくつかの曲でラージャスターニー・ダンスを披露してくれ、メンバーや楽曲の紹介までしてくれたMadhuさんのMCは胸に迫るものがあった。
彼女は、ラージャスターニー・ダンスに魅了され、ダンス未経験の状態で彼らのなかに飛び込み、師弟関係を結んでダンス修行に励んで来たという。
彼らの専属ダンサーとしてインド各地を旅して踊ってきた彼女は、今回の公演を最後に彼らのもとをしばらく離れるそうで、今回はその節目の公演でもあった。

MadhuさんのMCによると、彼らは事前に決めた曲を演奏せずに違う曲を始めてしまうことも多く、急に「出て来て踊れ」と目で合図されることもよくあるという。
エンターテインメントに徹しているように見えて、彼らのパフォーマンスはかっちりと決められたものではなく、即興と自由さに満ち溢れたものでもあるのだ。
 
ここで、もう一度彼らの音楽を聴いた印象に話は戻る。
なぜ、彼らはあんなに楽しそうに演奏するのか。
それは、きっと彼らが楽しい人たちだからなのだ。
マンガニヤールにもいろんな人たちがいるのだろうが、少なくとも彼らは、常にポジティブなヴァイブに満ちた人たちであるに違いない。
彼らにとって「演奏すること」や「歌うこと」は、「生きること」や「生活すること」と不可分なはず。
彼らにとって、生活や音楽や労働や芸術は、別々の概念ではなく、きっとひとつながりのものなのだ。
この印象は、ラージャスターンを遠く離れたインド北東部ナガランド州の田園の人々の暮らしを綴ったドキュメンタリー映画「あまねき旋律」を見たときにも感じたことだ。
何世代も前から演奏家になることを運命づけられた人々だからこそ、彼らの歌や演奏は彼らそのものと一体であり、単なる技巧やリズムやメロディー以上のものが音楽に乗って伝わってくるのだろう。 

思えば、彼らの演奏する楽器で、電気を必要とするものはひとつもない。
たとえ明日電気が止まっても、彼らは同じようにパフォーマンスができる。
ミュージシャンとしてだけではなく、長年砂漠に暮らす人間としての地力の強さみたいなものに圧倒された2時間だった。


さて、そんな変わらぬ伝統をパフォーマンスするJaisalmer Beatsであり、マンガニヤール音楽なわけだが、こんな素晴らしい音楽なのであれば、ぜひ普段伝統音楽を聴かないオーディエンスにも聴いてほしい。
前回も書いてきた通り、インド音楽は、現代音楽、西洋音楽と様々なフュージョンが行われている。
(参考「混ぜたがるインド人、分けたがる日本人  古典音楽とポピュラーミュージックの話」
彼らのコシのある歌声はロックでも行けそうだし、複雑かつ楽しげでもあるリズムはエレクトロニック・ミュージックにも合いそうだ。

もちろん彼らの音楽は、いまのままで十分に完成されているのだが、現代の音楽に聴き慣れた耳で聴くと、低音があまり鳴っていないのが少々もったいなくも感じてしまう。
もしこのリズムにボトムを支える低音が入っていたら、最高のダンスミュージックになることは確実だ。
ということで、最後にラージャスターニー・フュージョンミュージックを紹介してしめくくりたい。
Jaisalmer Beatsがバンドと共演したパフォーマンス。
彼らのアクの強さが完全に支配してしまっているが、2:30あたりからのラップ的な歌唱が掛け合いになるところがかっこいい!

インド各地のみならず世界各国のフェスへの出演経験もあるBarmer Boysは、マンガニヤール音楽にビートボックスを合わせた音楽性で、DJとの共演プロジェクトも行なっている。



マンガニヤールからは離れるが、このブログでなんども紹介しているラージャスターニー・ラッパー、ジョードプルのJ19 Squadが、地元のシンガーRapperiya Baalamと共演した曲。

彼らの新曲はよりフォーク色が濃厚(曲は1:30あたりから)で、ビデオはおとぎ話のように美しい。
どうでもいいけど、砂漠の中でこの衣装、暑くないのか?

Rapperiya Baalamの新曲は、ボリウッドスターのRanveer Singhとの共演かと思って驚いたが、Rajveer Singhという別人だった。
ポップな色彩のビデオに、大胆にデジタルビートを導入しているが、どうしても滲み出る垢抜けなさ。
これがまたラージャスターニー・フュージョンの魅力でもあるのだけどね。



追伸:
今回の彼らの東京公演をクラウドファンディングでCD化しようという話が動いている。
CD化に十分な金額は無事集まり、さらにライブの模様とオフショットを収録したDVDもリリースしようという目標に向けて、支援を募っている。
興味のある方はこちらから。


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goshimasayama18 at 22:30│Comments(0)インドのその他の音楽 

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