インドのインディーズシーンの歴史その13 ケーララから登場!カルナーティック・メタルバンド、Motherjane!母に捧げるインドのヒップホップ/ギターインストゥルメンタル

2019年05月06日

インドで盛り上がるK-Pop旋風!

カンボジアのトンレサップ湖に浮かぶ水上集落を訪れたときのことを、強烈に覚えている。
いきなりインドに関係のない話題で恐縮だが、今回のテーマを書くにあたって、どうしてもこの話から書き始めたかったのでご容赦いただきたい。
カンボジア最大の湖であるトンレサップ湖には、70年代まで続いたインドシナ半島の紛争から逃れてきた人々がボートハウスで暮らす水上集落がいくつも点在している。
正直にいうと、すでにインドで途上国の貧しい人々の現実を見聞きしていた私は、湖の水で食器を洗い、同じ湖に排泄する彼らの生活を見ても、さほどショックを受けることはなかった。
水上集落に学校や商店や携帯電話の基地局が作られ、地上の村々と同じようなコミュニティーが形成されている状況にも、感心こそすれ大きな驚きを感じることはなかった。
不法占拠によって形成されたスラムなどでも、同じようにコミュニティーを構成する要素が自然発生するということを知っていたからだ。
だが、彼らが暮らす貧しいボートハウスの壁に、雑誌から切り抜いたと思われる韓流スターのポスターが貼られているのを見たときには、心底びっくりした。
韓国のエンターテインメントが日本同様に多くの国で人気を博しているということを情報としては知ってはいたものの、地面に家を建てることすらできない人々にとってさえ、韓流カルチャーが憧れの対象になっているとは、全く想像していなかったからだ。
(5年ほど前の話である。水上集落にはベトナムからの難民が多かった。その後、昨今のベトナムの経済成長にともなって、母国へ帰国する者が増え、解体された集落も多くなったと聞いている)

日本でも韓流ブームと言われて久しいが、少なくともアジアにおいては、その人気は我々が考える以上にかなりの辺境まで及んでいるようだ。
その時のポスターは、ミュージシャンではなく韓国人俳優のものであったと記憶しているが、今日では音楽の分野でもBTSに代表されるK-popのアーティストたちが世界中でファンを獲得していることは周知の事実だ。
もちろんそれはインドも例外ではない。

インドの若者向けカルチャー誌であるRolling Stone Indiaでは、たびたびK-popアーティストが取り上げられている。
なかでも、BTSが表紙となった2017年の9月号は、現在では入手困難なコレクターズ・アイテムになっているほどの人気だという。
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Rolling Stone Indiaは、カルチャー誌といってもボリウッドの大衆映画などは扱わず、先鋭的な表現を追求するインディーミュージシャンや海外のトップアーティストの情報を掲載する「センスの良さ」を売り物にした雑誌である。
日本でK-popが取り上げられる場合、日本のアイドル等と同じ「大衆歌謡系」の文化として取り上げられることが多いが、インドでは「クールなポップカルチャー」としての位置付けがされているのだ。
欧米のトレンドを押さえた質の高い楽曲と、確かな実力を伴ったパフォーマンスがそのような評価に繋がっているのだろう。

昨年公開されたBTSの活動を追った映画"Burn the Stage"は、インド全土の40都市で公開され、熱狂的に迎え入れられたという。
Rolling Stone Indiaでは、BTS以外でも、Exo, Blackpink, AteezといったK-Popの人気アーティストたちがたびたび取り上げられている。
同誌で取り上げられたことのある日本人が、ポストロックのMono(昨年北東部で行われたZiro Festivalに出演した)やエレクトロニカのDaisuke Tanabe(インドのレーベルからアルバムをリリースし、インドでのライブ経験もある)などのコアなジャンルのアーティストであることとは対照的である。

英語版のQ&AサイトQuoraに寄せられた回答によると、インドでの近年のK-Pop人気は爆発的に拡大しているようだ。(https://www.quora.com/Why-does-BTS-not-visit-India-for-a-concert

2012年にニューデリーの名門大学であるジャワハルラール・ネルー大学(JNU)の小さな講堂で行われたK-Popコンテスト(コピーダンス大会のようなものか?)に集まった参加者はたったの37名、観客も300名のみだったが、2018年にはインド全土の11都市で予選が行われ、900名近い参加者と2,000人を超える観客を集めるまでになったという。
このイベントは在インド韓国大使館の機関である韓国文化センターの主催で行われている。
韓国政府が積極的にK-Popの輸出をバックアップしていることは知られているが、同時にインドでのファンの受け入れ態勢についても万全のフォローがされているようだ。
ムンバイには、韓国政府の公認を受けたK-PopファンによるIndia Korea Friends Mumbai(IKFM)という組織もあるという。

日本文化に関してもアニメやゲームなどのオタクカルチャーを中心にインドに根強いファンを持っており、ムンバイのCool Japan Festivalのようなイベントには多くのインド人たちが集まっているが、コンテンツの輸出から現地でのファン組織までの全面的なサポート体制に関しては、韓国政府に大きく水を開けられているのかもしれない。
以前紹介したように、インドにもJ-Popの熱心なファンもいることはいるのだが、日本の音楽は、一般的にはまだまだ知名度が高いとは言い難い。
「電気グルーヴとインド古典音楽をリミックスして石野卓球にリツイートされたムンバイのJ-popファン」参照。)

韓国政府のみならず、K-Popのアーティストや所属事務所も、インドを未来の巨大マーケットとして重要視しているようだ。
インドではBTSやBlackpinkのような一線級のK-Popアーティストの公演こそまだ行われていないが、今後が期待される若手グループたちは、インドでの人気を確固たるものにすべく、次々とコンサートやプロモーションを行っている。

先日行われたムンバイのKorea Festivalに出演した若手男性グループIn2Itは、同イベントに出演していたAleXa(オーディション番組のProduce48出身)とともに、往年のボリウッドの大ヒット曲"Bole Chudiyan"をパフォーマンスして大喝采を浴びた。


今月(2019年5月)末からは、6人組の若手男性グループVAVがインドでのコンサートツアーとファンミーティングを実施すると発表した。(彼らはすでに米国、ブラジル、ヨーロッパ、日本、タイなどへのツアーを実施済み)

また、インド北東部のナガランド州で毎年行われているHornbill Festivalには、昨年は当時デビュー前だった3人組のMontというグループが出演。ファンの心をがっちり掴んだようだ。

このブログでも何度も紹介してきた通り、北東部はインドでは例外的にモンゴロイド系の人種が多く暮らす地域。
以前、ナガランドでは日本のアニメやコスプレが大人気であることを紹介したが、同様に東アジア系のカルチャーであるK-Popの人気もかなり高いということがこの映像からもお分かりいただけるだろう。
インドの中でもマイノリティーとして抑圧されがちな北東部の人々が、アーリア系やドラヴィダ系の顔立ちをしたインドのスターではなく、自分たちに似た外見のK-Popにより親近感を抱くというのは十分理解できることだ。
デビュー前のグループがこれだけの熱狂的な歓迎を受けるということは、個別のグループではなく、K-Popというブランドそのものの人気が完全に定着しているのだろう。

同じくインド北東部、メガラヤ州の州都シロンにあるSt.Mary's高校では、体操にBTSやNCT, BlackpinkなどのK-Popの楽曲を採用し、大いに盛り上がっているという。
(ちなみにこの情報は、英語版K-Pop情報サイト"Koreaboo.com"にも取り上げられており、それを昨年のMTV Europe Music AwardでBest India Actを受賞した同州出身のシンガーMeba OfiliaがFacebookで紹介していたのを読んで知ったものだ)

体育祭のようなイベントだと思うが、すごい盛り上がり。

先ほど紹介したVAVのツアーも、デリーと北東部マニプル州のインパールの2箇所で行われるとのことで、K-Popの仕掛け人たちも、北東部を重要なマーケットとして位置付けているようだ。

他にも、Imfact, Lucente, JJCC, ZE:A, 韓国系アメリカ人のDabitらがこれまでにインドを訪れている。
いずれもトップクラスの人気を誇るグループではないようだが、逆に駆け出しのグループがプロモーションのためにインドを訪れているということに、むしろ驚かされる。

昨今多くなってきている多国籍K-Popグループの究極とも言えるZ-Stars(それぞれ異なる国籍の7人組である男性グループのZ-Boysと女性グループのZ-Girlsから成る)には、なんとインド人のメンバーであるSidとPriyankaが在籍しており、K-Popの汎アジア戦略には、インドも確実に含まれていることを伺わせる。
(参考サイト:KPOPmonster「史上初インド人K-POPアイドル誕生へ! メンバー全員出身国が違う超多国籍グループ「Z-Girls」、「Z-Boys」2月デビューへ」

ちなみにSid(本名Siddhant Arora)はZ-Boys加入前はデリー大学に在籍しており、Youtuberとしてボリウッドのカバー等を歌っていたそうで、Priyanka(本名Priyanka Mazumdar)は北東部アッサム州のグワハティ出身で以前にインドのK-Popフェスティバルでの入賞経験もあったとのこと。

インドのポップスターといえば、映画のプレイバックシンガーや、同様の音楽性のソロシンガーが中心(このブログでいつも紹介しているインディーズ系ではない、いわゆるメインストリームの話)。
最近になってようやくストリートラッパーが出てきたくらいで、K-Popのようなダンス/ヴォーカルグループというのはほとんど存在しない。
今後、K-Pop人気がインドの音楽シーンにどのような影響を及ぼすのか、非常に興味深いところである。

一方で、クールでダンス色の強いK-Popとは対照的な「カワイイ」の一点突破型の日本式アイドルであるAKBグループのひとつとして、ムンバイを拠点にしたMUM48の結成が2017年末に発表されたが、その後とんと音沙汰がなく、こちらもどうなっているのか、少々気になるところではある。
いくら秋元康とはいえ、なんのコネクションもないインドでゼロからグループを作り上げるというのは大変困難なことだと思うが、やはり頓挫してしまったのだろうか。

個人的な意見だが、一般的にアイドルに代表される日本の大衆音楽は、ある種の未成熟な部分を愛でたり、ファンの共感の拠り所とする特徴があるように思う。
この特徴を持ち続けている限り、「成熟した/完成された音楽」を良しとする文化圏では、大々的に受け入れられることは難しいのではないか。
60年代にアメリカで「上を向いて歩こう」が1位になった理由は、楽曲の良さに加えて坂本九が極めて高い歌唱力を持っていたからだろう。
インドに日本式カワイイ的ポップカルチャーが本格的に根付くかどうかは、まだまだ未知数だ。
とはいえ、大衆的な人気とまでは行かなくても、世界中に非常にコアなファンを得ているのも日本のカルチャーの特徴だ。
これまで紹介してきたように、KomorebiやKrakenといったインディーアーティストは日本文化からの強い影響を打ち出しており、またSanjeeta Bhattacharyaのように日本語の歌詞を導入しているシンガーソングライターもいる。
(参考:「日本文化に影響を受けたインド人アーティスト、エレクトロニカ編! Komorebi, Hybrid Protokol」「日本の文化に影響を受けたインド人アーティスト! ロックバンド編 Kraken」「バークリー出身の才媛が日本語で歌うオーガニックソウル! Sanjeeta Bhattacharya」

韓国や日本のポップカルチャーやサブカルチャーが、今後インドでどう受け入れられてゆくのか、注目して見守ってゆきたい。



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