ケーララのブラックメタルバンド"Willuwandi"が叫ぶ「アンチ・カースト」!Raja Kumariがレペゼンするインド人としてのルーツ、そしてインド人女性であるということ

2019年02月04日

ムンバイのヒップホップシーンをテーマにした映画が公開!"Gully Boy"

1年ほど前にこのブログで紹介した、ムンバイを、いやインドを代表するラッパーDivineの半生をモデルにした映画が公開される。
タイトルは"Gully Boy".
GullyBoy

主演はランヴィール・シン(Ranveer Singh)。
マッチョなボディー(マッチョが多いインド人俳優のなかでも群を抜く)と甘いマスクで日本にも根強いファンがいる俳優だ。
インド映画好きにとっては、昨年"Om Shanti Om"等で有名なディーピカー・パドゥコーン(Deepika Padukone)との美男美女カップルの結婚式を覚えている人も多いことと思う。
Deepika_Ranveer_traditional
Deepika_Ranveer_Western
さすがに何着ても似合うね。

共演は英国籍インド人のアリア・バット(Alia Bhatt).
これまでベストセラー小説"2 States" の映画版のヒロインなどを務めており、歌手としても活動している。
監督はゾーヤ・アクタル(Zoya Akhtar).

タイトルの'Gully'という英単語を調べると「小峡谷」や「水路」という訳が出てきて「はて?」となるが、ヒンディーが分かる人に聞いてみたところ、これは実はヒンディー語で、「路地」というような意味とのこと。
さしずめ「ストリート」のニュアンスで捉えたらよいのだと思う(Divineのラップクルーの名前も'Gully Gang'だ)
予告編を見ると、スラムからヒップホップでのし上がってゆくという内容の映画のようだ。


Divineは以前の記事でも書いたとおり、ムンバイの貧しい地区で育ったクリスチャン。
初めは英語でラップしていたが、自分自身をより的確に表現するためにヒンディーでラップするようになったという。
クリスチャンはインド社会のなかでは少数派(人口の2%くらい)であるため、映画では主人公の背景がどのように描かれるのか(あるいは描かれないのか)気になるところだ。
あらためて代表曲を紹介すると、「これがオレのボンベイ(ムンバイの旧名)だぜ!」と宣言する"Yeh Mera Bombay".

ムンバイとはいってもそこは'Gully'出身のDivine.
このビデオには高層ビルもオシャレエリアも出てこず、出てくるのは屋台のオヤジやリクシャードライバーのオッサンばかり。
こんなふうに下町を練り歩いていた彼がボリウッド映画にまでなると思うと非常に感慨深い。

Divineと並んでこの映画のモデルとなったのは、同じくムンバイを代表するラッパーのNaezy.
彼の代表曲"Aafat!".
さびれた埠頭やトラック駐車場といった「大都会でない」ムンバイを映したビデオからは、彼がDivine同様にストリートに出自を持つラッパーであり、同時に確かなスキルを持っているということが分かるだろう。

このビデオではいかにもストリート系なコワモテのイメージだが、彼は敬虔なムスリムでもあり、不良少年からヒップホップで立ち直ったという経験を持つ。
彼の生き様を取り上げたこの短いドキュメンタリー(英語字幕付き)は2014年のムンバイフィルムフェスティバルで最優秀短編映画賞を受賞した。

白いムスリムの衣装に身を包んだ彼からは、ラッパーとしてパフォーマンスしているときとは全く異なる印象を受ける。
彼もまた貧しい地区に生まれ、盗みや暴力行為を繰り返す不良少年だったが、あるとき逮捕されたことをきっかけに誤った道にいることに気づき、部屋に籠ってリリックを書き始め、ラッパーとしてのキャリアをスタートさせた。
偶然聞いたショーン・ポールに憧れ、英語のラップを覚えてクラスメートや女の子の注目を集めていた彼は、こうした過ちを経て自分の言語で、自分の言葉をラップし始めるようになった。
彼が初めて書いたリリックはこんな感じだ。

たくさんの道が目の前にある / だがお前は多くの誘惑に溺れかけている
初めからやり直せたらと思っているが / 時間は過去に戻してはくれない
もしもまだ完全に溺れてしまっていないなら / しっかりするんだ
神様はお前のために何か考えてくれているはずだから


「これが俺のホームスタジオさ」と彼が見せるのは、父親からプレゼントしてもらったiPadだ。
スラムに暮らす家族のプレゼントがiPadというのにも驚かされるが、このiPadで、彼はビートをダウンロードし、ループさせ、彼のリリックを乗せて、ビデオクリップまで撮影した。
こうしてインターネットにアップした映像が先ほどの"Aafat!"で、1年間で10万ビューもの注目を集めることとなった(今では400万ビューにも達している)。

だが、彼の母親は、不良の道から更生したことを喜びながらも、彼のしていることを「イスラームでは認められていないことよ」とも言う。
「みんなはサングラスが似合っているというけれど、目を隠すためにしているのさ」と語る彼は、細やかな感性を持ち、音楽と家族との間で葛藤する若者でもあるのだ。
こうした繊細な部分が映画ではどのように描かれるのだろうか。

監督のZoya Akhtarは、インドではまだアンダーグラウンドな存在であるヒップホップシーンの熱さと魅力に触発されてこの映画を撮ったとのことで、この映画はDivineとNaezyの伝記ではなく、あくまで二人にインスパイアされた架空の物語だとしている。
彼らと同じムンバイ出身で、大のヒップホップファンで知られる主演のRanveer Singhは、この映画の主人公を演じることを熱望し、「俺はこの映画をやるために生まれてきた」とまで語っている。
インドの娯楽のメインストリームである洗練された映画業界に生きる彼から見て、初期衝動むき出しのムンバイのヒップホップシーンは逆にまぶしく映るのだろう。
映画のモデルとなったDivineは、監督やRanveerのヒップホップへの情熱に対して「(たとえこれが自分とNaezyの伝記でなくても)これは俺たちみんなの物語なんだ。 俺のメッセージがより多くの人たちに届く助けになるのであれば…」と映画への協力を決めた模様。

DivineとNaezyがコラボした、オリジナルの"Mere Gully Mein"

Ranveer Singhらによる"Gully Boy"バージョンの"Mere Gully Mein"

ストリートラッパー達がスラムを練り歩いて撮ったビデオを人気俳優がリメイクする日が来るとは、当時は誰も想像しなかっただろう。
ヒップホップ好きというだけあって、Ranveerのラップのスキルもなかなかのものだ。
ボリウッドスターが出演している注目作ということもあり、2019年の1月に公開されたこのビデオの再生回数は、さっそくオリジナルを超えてしまった(現時点で1,600万回ほど。オリジナルのミュージックビデオは2015年に公開され、約1,400万回)

一方で、この曲をめぐってちょっとしたトラブルも発生している。
このブログでも何度も紹介してきた鬼才トラックメーカーのSez On The Beatは、もともと彼がプロデュースした"Mere Gully Mein"の新しいバージョンが映画の中で無断で使われていたことに対して、Facebook上で抗議を表明した。
彼はこの映画でDivineとNaezyのために書いたオリジナル音源が使われると信じていたとして、インドのヒップホップを大きく変えたこの曲への敬意に欠く映画業界のやり方を非難していた。
しかし彼も映画でヒップホップシーンが取り上げられること自体には肯定的な意見を述べていて、どうやらこの問題は映画の製作者側がSezの名前をクレジットに入れ、しかるべき楽曲使用料を払うということで決着しそうな見通し。

映画のサウンドトラックは全曲がYoutubeで公開されているが、当然ながらほぼ全曲がラップというインド映画のサントラとしては異色の作品となっている。
 
参加しているミュージシャンも、Divineの他にDub Sharma、Midival Punditz、Bandish Projekt、Karsh Kaleとクラブよりの人脈が揃っており、ご覧いただいたとおり主演のRanveerもラップを披露している。
この映画はインドではまだまだストリートカルチャーだったヒップホップが、エンターテインメントのメインストリームに取り入れられる瞬間を切り取った記念碑的な作品と見ることもできるのだ。
 
インドの映画ファン/ヒップホップファンの間では、さっそくこの映画をEminemの自伝的映画"8 mile"と比較する向きもあるとのこと。
トップクラスの俳優を起用したこの映画で、インドでのヒップホップ人気の裾野はますます広がることだろう。
インドから、次はどんな面白いヒップホップーティストが登場するのだろう。

ボヘミアン・ラプソディーをはじめミュージシャンの人生を扱った映画の公開が続いていることもこの映画を後押しするかもしれない。
バーフバリ以降、日本ではインド映画の「絶叫上映」がよく開催されているが、日本人がスクリーンを前にDivineのラップを大音量で聴きながら熱狂する、みたいな日がくるのだろうか。
日本での公開が待たれるところだ。

今回の記事の参考にしたサイトはこちら
NDTB  '"Not A Biopic", Director Zoya Akhtar Explains What Ranveer Singh, Alia Bhatt's Gully Boy Is About'
Entertainment Times 'Ranveer Singh: I was born to do "Gully Boy"'

Filmfare.com 'Rapper Divine reacts to Gully Boy not being a biopic on him'
Rock Street Journal 'Sez On The Beat to get Credits & Royalties for Mere Gully Mein on Gully Boy'


熱いのはラッパーたちだけじゃない。ムンバイ最大のスラム、ダラヴィ地区のヒップホップダンサーをめぐるドキュメンタリーを紹介した記事はこちらから! 「本物がここにある。スラム街のヒップホップシーン ダンス編」



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