2017年12月31日
オルタナ・ミーツ・インド Anand Bhaskar Collective
年の瀬の大晦日にいったい誰が読んでいるのか分からないブログの更新をしている俺はいったい何をしているんだ、と思わなくもないが、気にせず進めよう。
そもそもインドといえばロック不毛の地。
今更な話をするとロックとインドの関係はかなり深くて、インドの音楽や思想は60年代の昔にはビートルズやヒッピームーブメント、90年代にはクーラシェイカーからサイケデリックトランスまで、西洋音楽に多大な影響を与えてきた。
にもかかわらず、インドのロックバンドが世界的に大きく活躍するってことはこれまでになかった。
その理由はと考えると、
・インドのヒット曲といえば、とにかく映画の挿入曲。インド古典にダンスミュージックが融合された独特の様式のものが主流で、ロックのマーケットがなかった。
・ロックに必要な楽器がインドでは非常に高価なものだった。 エレキギター、エレキベース、アンプ、ドラムセットいった楽器は、そもそもインド国内にはほとんど流通していなくて、仮にロック好きがいたとしても演奏のための楽器を購入することは難しかった。 とくに、貧富の差がそのまま階級や教養の差に直結していた時代には、裕福な層が志向する音楽はロックではなく、インドや西洋の古典(クラシック)が主だった。
・ロックの主なリスナー層になりうる「社会に漠然とした不満や不安を持った中産階級のモラトリアム期の若者」みたいな存在があまり存在していなかった。いわゆるカーストによる世襲制のもとでは、「自分は何者になるのか」みたいなことを感じながら過ごす時期なんてないだろうし。
と、あくまで私の予想ではあるんですが、こんなところじゃないかと思う。 ところが、
・経済成長により、きちんとした教育を受けて大企業に就職すれば誰もが裕福になれる社会になってきたこと
・その結果として、ロックのマーケットとなりうる「モラトリアム」を過ごす若者が増えてきたこと
・インターネットの普及で欧米の音楽や情報へのアクセスや用意になったこと
・いわゆる中産階級の拡大によって、楽器などが購入できる層が増えてきたこと
なんていう要因で、ロックはインドでも少しずつポピュラーになってきた。
そんなわけで、インドでも人気を得つつあるロックだけれども、まだまだロックはインフラが揃った都市部のある程度裕福で教養もある層の音楽であって、それ以上にポピュラーな存在にはなっていない、というのが今のインドの状況なようだ。
前置きが長くなった。
本日紹介するのは、Anand Bhaskar Collective.
通称ABCもしくはThe Collectiveと呼ばれてるらしい。
英語詞で英米寄りのサウンドを出しているバンドも多いなかで、ヒンディー語詞のインド風味あふれる独特のロックを奏でているバンドだ。
まずはこの曲を聴いてください。
素晴らしいでしょう。
欧米人がインド音楽の影響のもとに演奏したロックというのはたくさんあるけど、それとも違う独特のサウンド。
ヴォーカルのAnandさんの、古典声楽で培ったのであろう深いヴォーカルと、サウンドガーデンを思わせる90年代風のオルタナサウンドがとても印象的。
この曲のタイトルのHey Ramっていうのは、「おお!神よ!」と訳したら良いのかな。
Ramは先日紹介したBrodha Vの'Aatma Raama'と同じラーマヤーナの主人公の王子、ラーマ神のことで、「Hey Ram」というフレーズは凶弾に倒れたマハートマー・ガーンディーの最後の言葉としても知られている。
ヒンディー語は分からないけれど、どうやらインドのコミュナル紛争(簡単にいうと宗教に基づくコミュニティー同士の紛争。ヒンドゥーとイスラムの対立とか)について歌っているようで、「おお神よ、なぜ人は傷つけ合うのか」みたいなことを歌っているものと思われます。
この曲は2014年にリリースされたアルバム「Samsara」からの曲で、Samsaraは「輪廻」という意味。
ロックのアルバムタイトルが「輪廻」っていうのも凄い。
バンドのメンバーは。
Anand Bhaskar (vocals)
Chandan Raina (guitar)
Ajay Jayanthi (violin)
Neelkanth Patel (bass)
Shishir Thakur (a.k.a. Tao) (drums),
もともと、ヴォーカルのAnand Bhaskarのソロプロジェクトとして始まったところに、志を同じくするメンバーが加入してこの体制になったとのこと。
ロックバンドとしてはバイオリンがメンバーにいるのが珍しいけど、このAjayのバイオリンがAnandのヴォーカルと並んでサウンドにインド風味を出すのに大きく貢献している。
フレットがなくて音程が自由に変化できるバイオリンは、じつは南インド音楽ではよく使われる、インドでも非常にポピュラーな楽器だ。
彼らは影響を受けたミュージシャンとしてAlter Bridge, Creed,
Audioslave, Pearl Jam, Soundgardenといったオルタナティブ、グランジのバンドを挙げている。
続いてお届けするのはよりインド古典色の強いこの曲。
インド声楽特有のビブラートがこんなにオルタナロックサウンドにはまるとは思わなかった!
Anandの歌い回しは、結果的にだけどパール・ジャムのエディ・ヴェダーあたりの独特のよれる感じの歌い回しにも遠からずといった印象。
バイオリンのAjayも本領発揮してるね。
続いてこの曲。
イントロがもうちょっとメタル寄りっていうか、00年代以降のヘヴィーロックみたいなアレンジになってて、この曲はインド古典色よりロック色が強い感じ。
このAnand Bhaskar Collective、かなり大きな会場でもライブを行っているようで、曲も歌も演奏も素晴らしいということで紹介してみました。
そのうちインドのメタルなんかも紹介してみたいと思います。
今日はこのへんで!
2017年12月27日
インドのエミネム? Brodha V
さてさて、本日紹介しますのは、この人、Brodha Vさん。ラッパーです。
まずは1曲、Aatma Raama、聴いてください。
インドのヒップホップはムンバイとかデリーとか、街ごとにいろんなシーンがあるみたいなんだけど、この人はITシティ、バンガロールのシーンを代表するラッパー。
英語でラップしているので、インドのラップが初めてという方も聴きやすいんじゃないでしょうか。
ちょっとエミネムっぽい感じもあって、実際影響を受けているみたいで歌詞にも出てくる。
バンガロールのあるカルナータカ州はカンナダ語が公用語。こういうスマートな英語のラップとは別に、もっと不良っぽいカンナダ語のラップのシーンもあるみたいだ。
都市ごとにシーンの特徴も違って、例えばムンバイはもっとストリート色が濃いような印象。
この曲の聴きどころはなんといってもAメロ部分の欧米基準って感じの英語のラップと、サビのヒンドゥーの聖歌とのコントラスト。
こういう曲を聴くと、インドが単にアメリカの黒人文化をそのままコピーしているのではなく、自分たちの文化とヒップホップを(なかば強引にでも)接続して、血肉がかよった自分たちのものにしているんだってことが分かる。
歌詞では、若くてお金がなくてワルかった頃のこと、そこからラップに出会い希望を見出したことなんかが歌われていて、そんななかで道を踏み外しそうになったときや、ラップを自分のキャリアとして選んだときに、俺は目を閉じて神に祈るんだ…という部分からヒンドゥー聖歌のサビにつながる。
ワルかったころの体験があって、そこからヒップホップに救いを見出すっていうのは、アメリカでも日本でもラップではよくある歌詞のモチーフだけど、そこからラーマ神(ヴィシュヌの化身、ラーマヤーナの主人公)への感謝につながるっていうのがインドならでは。
サビ部分の聖歌の原曲はこんな感じ。
アメリカのラッパーでも、苦しい環境からキリスト教に救いを見出すなんていう話はあるし、フランスあたりの移民系のラッパーだとイスラム教に救いを見出すみたいなストーリーもあったりするけど、この曲はそのインド(ヒンドゥー教)版と言える。
もちろん、インドにはムスリムやシク教徒のラッパーもいる(いずれ紹介します)。
ちなみに3番のヴァースではエミネムや2pacのようなスターになりたかった、エマ・ワトソンみたいな彼女が欲しかったなんて歌詞も出てくる。
ヒンドゥーの神への祈りも欧米文化への憧れも、インドのラッパーにとっては自然な感情なんだろうね。
よく考えたら日本人のラッパーも神社に初詣とか行くだろうし。
インドのヒップホップ専門サイトDesi Hip Hopのインタビューによると、Brodha Vが初めて聴いたラップは、4、5歳のとき聴いたタミル語映画のこの曲だったとのこと。
オールドスクール調のかっこいい曲だなあって思ったら、作曲はA.R.Rahman.
この人本当に天才だなあ。
さらにBrodha Vさんの他の曲も聴いてみましょう。
これはボリウッド映画のための曲ということでよりハデなアレンジ。
これは女神ドゥルガー(シヴァ神の妻、パールヴァティの化身のひとつで、強大な力を持つ戦いの女神)を讃える賛歌とラップのミクスチャーで、どうも女性が活躍するアクション映画だからこういう選曲がされている模様。
この曲のヒンドゥー聖歌の原曲はリズミカルで現代音楽に映えるみたいで、ロックアレンジにしている人たちもいる。
こっちもタブラとか入っててかっこいい!
現時点で最新の曲はどうやらこれ。
ヒンドゥー聖歌は入っていないけど、トラックのパーカッシブな部分がインドっぽいかな。
サビの犬の声のところはアイデア賞ものじゃないでしょうか。
途中のリズムチェンジして速くなるところ、最後のヒンディーで見栄を切る(っていうのか)ところがイカす!
YouTubeのコメント欄には、インド人による「俺たちのエミネム!」みたいな意見にたくさん「いいね!」がついてたりして、Brodha Vさん、着実に自分が望むポジションに近づいているのではないでしょうか。
それでは今日はこのへんで!
2017年12月25日
愛は心の抵抗です!Su Realのベースミュージック
デリーを拠点に活躍しているEDM/ベースミュージックのサウンドクリエイターでございます。
まずはこちらの曲を聴いてみておくんなまし。
Su Real "Soldiers"
曲もビデオもかっこいい!
日本じゃクリスマスってんで、ジングルベルジングルベルって老いも若きも大変な楽しみようなんでございますが、インドなんかだとヒンドゥー原理主義ってんですか?
西洋の文明がインドに入ってくるのを快く思わない人ってのがいるんですね。
クリスマスなんかお祝いしてると、原理主義が強い地域だと警察に捕まったりする。
毎年バレンタインデーが近くなると、バレンタインデー排斥運動というのが起こって、バレンタインのディスプレイをしているお店が襲撃されたりするってのが毎年のように報じられてます。
別にもてないからってわけじゃなくて、西洋的な価値観や自由な恋愛がインドを堕落させるっていう考え方なわけでございます。
外でキスをしたり抱き合ったりしているだけで「風紀を乱す」的なことで逮捕されることもあるってわけで、この曲はそういう状況に対して、よりモダンな価値観を持った者たちからのプロテストという内容になっているんでございます。
歌詞を訳してみるとこんな感じ。
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警告 警告 全ての愛の戦士たちよ準備せよ
愛の軍隊とともに、怒りを込めてぶっ放せ
この辺をパトロールしているが状況はひどくなるばかり
警察がやってくる音が聞こえる
通りで抱き合ったりキスをしたってだけで刑務所に入れられる
政治家や聖職者の皮をかぶった獣たちの声が聞こえる
過剰な抑圧が攻撃性を呼ぶ
過剰な弾圧が表現を呼び起こす
これは公共の場での愛の表現
ゴアからグワハティまで、愛こそが使命
私たちは愛の戦士 憎しみをもつ者たちは気をつけろ
私たちがキスするのを見ていても構わない
昼でも夜でも 私たちがすべきことをしているのをみていても構わない
私たちは楽しみに来ただけ 彼らが何を言おうと気にしないで盛り上がろう
戦士たちがダンスフロアにやって来た 場所を空けて
ブースのDJ ベースをぶちかまして
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糾弾の対象に「政治家や聖職者」とあるのは、古い価値観の象徴であるヒンドゥーの聖職者と、そうした価値観を持つ者に迎合的な政治家のこと。
現在の政権与党BJP(インド人民党)はヒンドゥー的な考え方を至上とする原理主義組織RSSと強いつながりを持っていることが知られています。
旧弊な価値観に対して愛をもって対抗しようというのがこの曲の趣旨ってえわけだ。
「ゴアからグワハティまで」のゴアは大航海時代から長くポルトガル領だった南インドの都市。グワハティはインドの中でも独特の文化を持つ北東部アッサム州(紅茶で有名なとこ)の州都。
インドの地理的、文化的な広がりを意識したフレーズなわけです。
ついでに言うと、この曲は、ケララ州で発生した「Kiss of Love運動」に触発されて書いた曲とのこと。
このへんでSu Realさんの紹介を。
本名はSuhrid Manchanda.
ニューデリー出身でUAEとマレーシアで育ち、大学はカナダのマギル大学に通ったという。その後、MBAの勉強をしに行ったニューヨークでレコードレーベルで働くようになったことから音楽制作を始め、今ではデリーを拠点に活動しています。
レゲエパートのヴォーカルを担当しているのはGeneral Zooz.
こちらもデリーを拠点に活動しているレゲエバンド「Reggae Rajahs」のヴォーカリストです。
Reggae Rajahsも素晴らしいグループなのでいずれ紹介したいと思います。
こういう音楽が単なるパーティーミュージックではなくて、真摯なメッセージを含んでるってことがとても素晴らしいと感じた次第でございます。
“Soldiers”は2016年に発表のアルバム「Twerkistan」の収録曲。
パキスタンとかの国名につく「-stan」と、ダンスの一種のTwerkをかけたアルバムタイトルで、インドの伝統音楽やカッワーリーとベースミュージックの融合が試みられている曲も多くて、それがまた素晴らしい。
Jay-Zとカニエ・ウエストの「Niggas in Paris」のパロディのこんな曲も入ってます。
それでは今日はこのへんで!
まずは自己紹介
初めてインドの地を踏んだのは確か、コルカタもムンバイも私の名前とおんなじだった頃でした。
この写真はあのころのワタクシ、ガンジス河でインドの人たちに無理やり沐浴させられているところでさあ。

あれからン十年。
最近じゃインドもすっかり様変わりってんですか?
ずいぶん新しくて面白いものがたくさん出てきたみたいじゃないですか。
もちろん、古くて面白いものだって相変わらずたくさん あるんでしょうけどね。
そんなインドの音楽やら小説やら、あんまり日本に紹介されてないようなんで、僭越ながらワタクシが紹介させていただこう、ってんでブログってえのを始めた次第でございやす。
以後、お見知りおきを。