2018年03月04日

逆輸入フィーメイル・ラッパーその1 Raja Kumari

これまでに何度かインドのラッパーを記事にしてきたが、ここ数年のインドのヒップホップシーンの成長は著しいものがあり、メインストリームのボリウッドのラップだけでなく、ストリート色の強い各地のローカルなラップシーンがどんどん形成されてきている。(というのは以前書いた通り)

ところが、活躍しているのはまだまだ男性が中心で、女性ラッパーの数は非常に少なく、その数少ない女性ラッパーも、インド育ちというわけではなくて、イギリスやアメリカで生まれたり育ったりしたアーティストだ。
(インド国内でもこの現状を気にしている人がいるみたいで、こんな記事も見つけた)

今回紹介するRaja Kumariもその中の一人で、彼女はカリフォルニア生まれのテルグ系(つまりアーンドラ・プラデーシュ州あたり)インド人。
インド人といっても国籍はアメリカ合衆国なのでインド人というよりもインド系アメリカ人と呼ぶべきか。
いわゆる「在外インド人」のことをインドではNRI(Non-Resicent Indians)と呼ぶが、彼女のように外国籍の場合はPIO(Persons of Indian Origen)と呼ばれたりもする。

Raja Kumariという名前は、本名のSvetha Yellapragada Raoが発音しにくいことからつけられた名前で、サンスクリット語で"Princess"を意味する言葉だ。
Fugeesでヒップホップに出会った彼女はアメリカでラッパーとしての活動を始め、Gwen StefaniやFall Out Boy、Iggy Azaleaといった有名アーティストとのコラボレーションを経た後、活動の中心をインドに移して活躍している。
アメリカ仕込みの本場のラップやR&Bが歌える彼女はインドで引く手数多で、このブログでも紹介してきたDIVINEやBadalとの共演で注目を集めている。



確かに、都市部の若者の価値観が変わってきているとはいえ、インド生まれでこの小慣れた「ビッチ感」(褒め言葉ですよ)が出せる人材はなかなかいないだろうから、重宝されるのも納得。
一方で、やはりというか、Youtubeのコメント欄を見ると「彼女はインドの文化を破壊している」みたいなコメントもあったりする。

ソロで出している曲はこんな感じ。

格好はインドっぽいけど、曲や歌は極めてアメリカの女性ラッパー/R&Bシンガー的だ

続いての「Believe in you」では子供時代の映像も入って、インド色が大幅に増加。

アメリカのR&B側から見ると、リズムとかトラックにインドを感じるのかもしれないけど、インドの音楽ばっかり聴いている側から言わせてもらうと、やっぱり歌は完全にアメリカのR&Bのものだと感じる。

さらに曲調でもインド色をぐっと出してきた「Meera」

R&B的な歌い回しとインドっぽい歌い回しが交互に出てくる面白い曲で、最大の聴きどころは2:40頃から始まるインドのリズムとラップの融合!

欧米のアーティストとの共演はこんな感じだ。
デトロイトの女性シンガー、Janine the Machineとの共演。High Placesという曲。


カリフォルニアの女性シンガーソングライター、Eden XOとの共演。

多少ださいが気にしないで聴いていただくと、途中で1:30頃から、ここでもインドっぽい節回しの英語ラップが始まる。このラップについては後で詳述。

踊りながら演奏するフュージョンバイオリニストとして一部で有名らしい、Lindsey Stirlingという人との共演。

ビデオには出てこないが後ろのスキャットがRaja Kumariと思われ、一瞬バイオリンとの掛け合いもある。これもこういう音楽の常で曲がださいのはご愛嬌。

ソングライティングでのコラボはWikipediaから曲目のリストが見られるので、興味のある方はYoutubeなどで聴いてみてください。
ちなみにIggy AzaleaとかFall Out Boyとの共作曲は1億ビュー越えとなっている。

ところで、こうして続けて見てみると、彼女はインドでの作品ではアメリカの本場のR&B的要素を、欧米のミュージシャンとの共演ではインド的な要素を求められていて、それぞれのケースでそれが彼女の強みになっていることが分かる
さらに、彼女が「本場色」の強いラップ/R&Bを歌ってきているにも関わらず、ビジュアル的なイメージでは常に非常にインドの要素を強く打ち出していることもとても印象に残る。
ストリートっぽい格好をしているときもアクセサリーやなんかでインド色を加えていて、インドのラッパー達が、服装の面では完全に欧米化しているのとは非常に対照的だ。

DIVINEと共演している"City Slums"の歌詞では、こんなフレーズも出てくる。

I go harder than anybody 私は誰よりも強烈
Daughter of the king American dream キング・アメリカン・ドリームの娘
Phir bhi dil mein hindustani でも心はインド人のまま(※ここのみヒンディー語)
So don't misunderstand me だから誤解しないで
I do it for the people 私はみんなのために歌ってる
Yes I do it for my family, mainly そう、主に私のファミリーたちのために


"king American dream"っていうのは、自分の芸名(王の娘)とかけて、アメリカでミュージシャンとしてのキャリアをスタートしたことを表現しているんだろう。
でも心までアメリカに染まってしまったわけではないよ、心はインド人だし、インドのみんなのために歌ってるんだよ、ってことを言っている。
こうしたリリックや彼女のビジュアルイメージは、アメリカではアイデンティティの表明として、インドでは「私はアメリカ人になってしまったのではなく、あなたたちの仲間」というメッセージとして機能していると見ることもできるだろう。
というのも、アメリカに移住するインド人は、時として成功の象徴としてインドでのやっかみの対象になったり、頭脳流出として社会問題として捉えられることもあるからだ。

もっとも、彼女の「インドアピール」はマーケットのために作られたものというわけではなく、実際にアメリカ生まれながらインドの伝統を大事にする家庭に育てられたようで、このドキュメンタリーを見ると彼女のバックグラウンドがよく分かる。

とくに面白いのは1:30あたりからの部分。
彼女が幼い頃に習ったインドの伝統舞踊のリズムに英語を乗せるとラップになる!というところ。
彼女が言う通り、我々日本のリスナーにとってもSo exciting!な発見だ。
バンガロールでBrodha Vがヒンドゥーの讃歌のラップ性を見つけたのと同じことを地球の反対側から発見したとも言えるかもしれなくて、インドのヒップホップの固有性を考える上でもとても重要な視点ではないだろうか。

インドのリズムとラップのミクスチャーというのは非常に面白いテーマなので、いずれもっと掘り下げて書いてみることにします。

このRaja Kumariさん、今後インドではますます活躍することと思うけど、アメリカ生まれである彼女がアメリカに再逆輸入されて、国籍上の母国でもこの個性が評価されてほしいな、と切に願っています。

さて、今回のタイトルで「その1」と書いたけど、じつは思い当たる人は他にもう1人しかいなくて、それはイギリス育ちのHard Kaurさんという人。
それはまた別のお話、ということで、今日はこのへんで! 


2018年03月03日

音楽フェス化するホーリー

日本でもちょくちょく面白ニュース扱いで報道されているが、この時期、インド全土でホーリーっていう祭が行われている。
これがまたふざけた祭りで、どんなお祭りか っていうと、色のついた粉や水をひたすらぶっかけ合うっていうシロモノで、昔から観光ガイドやなんかには、この時期は外国人は出歩かないほうがいいよ(珍しがられて標的にされるから)なんてことが書かれていたもんである。

インドを旅していたのはずいぶん昔のことなので、このホーリー、なんとなく下町とか田舎のほうで盛んに行われているようなイメージでいたのだけれども、今ではすっかり様変わりし、DJやバンドが出演する、いわゆるパリピ的な人が集まる大規模なパーティーが大都市でいくつも開催されるようになった。

その模様はこんな感じ。

Holi-Festival-750x453
 
ほんとうにたくさん開催されていて、挙げていくときりがないのだが、いくつかのチラシを載せるとこんな感じで、すっかり音楽フェスといった雰囲気になっている。
 
ニューデリーのUnite Holi Music Festival.
Uniteholimusicfestivalnewdelhi

こっちはジャイプルのHoli Music Festival.
 holimusicfestivaljaipur

ムンバイのHoli Bash.
Holibashmumbai

ニューデリーのHoli Madness.
Holimadnesnewdelhi

このHoli Mooフェスティバルは、ラッパーのPrabh Deepを怒らせてキャンセルされたっていういわくつき。
holimoo
32

名前を間違えて印刷されたうえに、「2年間このフェスに出られたおかげでビッグになれたって言ってるけどタダで出てやったのに何言ってんの?失せろ、このマヌケクソ野郎。出演者のみんな、ギャラは前払いにしてもらったほうがいいぜ、まともに払ってもらえないからな」とのこと。

各フェスの模様は映像で見るとこんな感じ。




田舎っぽい伝統行事だったホーリーがこの様変わり。
調べてみたら、お前気づくの遅いよって言われそうだけど、アメリカ、イギリス、ニュージーランド、南アフリカとか世界中でホーリーにインスパイアされたこの手のイベントが行われていて、インド系のみならず相当盛り上がってるみたい。

日本でも横浜とかインド系の多い葛西ではホーリーが行われているようだが、この手の大規模なフェス的なやつもそのうち入ってくるんだろうか。
会場貸してくれるとこあんまりなさそうだけど、これくらいアホになれるお祭りがあっても良いようには思うけどね。 

2018年02月28日

レペゼンオディシャ、レペゼン福井、日印ハーフのラッパー Big Deal

こんちわ、凡平です。
前回
のミゾラム州のデスメタルバンド、Third Sovereignへのインタビューでは、このブログ始まって以来の「いいね」をいただきまして、ありがとうございやす。
インド北東部のデスメタルなんてこの日本で自分しか興味持ってないんじゃないかと思ってたんですけど、しがねえウィーバー、じゃなかった、それはエイリアンの主演の女優さんだった、しがねえブログ書きのアタクシですが、とても励みになりましたよ。

で、気づいたんですけど、どうもこのブログの傾向として、デスメタルのことを書くと非常にたくさんの「いいね」がついて、ヒップホップやなんかのことを書くとあんまり「いいね」がつかないみたいなんですよ。
この際、いっそのこと毎回インドのデスメタルバンドの紹介とインタビューにしちゃおうかとも思ったんだけど、「今のインドのいろんな音楽を紹介する」っていう初心を思い出して、デスメタル好きのみんな、ごめん。今日はヒップホップっす。
とはいえ、非常に面白いはず(とアタクシが勝手に思っている)なので、ぜひおつきあいを。

いつもこのブログでは、基本的に日本で紹介されていないミュージシャンについて書くことにしているのだけれども、今回紹介するラッパーは、なんと珍しいことに日本の新聞で紹介されたことがある。
彼の名はBig Deal.
え?知らない?
それも無理のない話。
日本の新聞といっても、彼が紹介されたのは福井新聞だしな…。
(福井の方、ごめんなさい)

じつは彼のことは、以前「各地のラッパーと巡るインドの旅」という記事でも触れたことがあるのだが、まあ覚えている人はいないでしょう。
長いこと温めて書いた記事だったのに、1つも「いいね」がつかなかったから(泣)。
自分で言うのもなんだけど、なかなか面白い記事だったと思うので、興味のある方はぜひご一読を。

彼は、福井新聞では「インドで5本の指に入るラッパー」として紹介され、このブログでも取り上げた人気ラッパーのBrodha Vに「インドのトップ3に入るラッパー」として名を挙げられるほどの(ちなみに他の2人はDIVINEとNaezy)実力派ラッパー。

Big Dealはインド東部のオディシャ州はプリーという街(コルカタから夜行列車で南に一晩くらいの場所)の出身で、インド人の父と日本人の母との間に生まれた。
(だから福井新聞に取り上げられてたんだね)

まず紹介したいのは、以前の記事でも取り上げた、オディア(オディシャ人)としての誇りをラップしたこの曲。"Mu Heli Odia"
 

オディシャ州はとりたてて大きな都市があるわけでもなく、どちらかというと鄙びたところではあるのだが、だからこそというか、「俺はオディアだ!」というプライドを全面に出した曲になっている。
ちなみにこの曲はインドで(っていうか世界で)最初のオディア語ラップでもあるという。

この曲は、全体を通してオディシャ州の文化への賛歌になっているんだが、冒頭で
「俺のことをコリアンだと思うかもしれないけど、親父はヒンドゥー、Odia Japさ。この2つをミックスして、今じゃ俺みたいな奴は誰もいないのさ」
というリリックが出てくる。
自分のルーツをラップしたよくあるリリックのようだけど、次の曲を聴けば、もっと深い意味があることが分かるだろう。
そして、彼の「俺はオディシャ人だ」という言葉の重みにも気がつくはずだ。

彼はプリーで生まれ育ったのち、13歳からはウエストベンガル州北部のダージリン(コルカタからプリーとは逆方向の北に列車で一晩)の寄宿舎学校(男子校)に通った。
その後、進学のために向かった南インド・カルナータカ州のバンガロールでラッパーになり、今もバンガロールを拠点に活躍している。
(地図、載っけときます)
india_map州都入り


その半生をラップした曲がこの"One Kid"だ。

よりインド色の強いトラックではあるけれども、さっきのオディア語とはうって変わって、切れ味の良い英語のラップがとても印象的。
リリックの冒頭はこんな感じで始まる(リリック全体はこちらからどうぞ)

Growing up in Puri, I felt so confused プリーで育った小さい頃、俺はとても混乱していた
Why do I look like no one else in the school? どうして俺は学校の他のみんなと違うのか
I mean I got small eyes, also a flat nose 小さな目に低い鼻のことさ
Which is why all guys happened to crack jokes そのせいでみんなは俺をからかった
Even the teachers treated me like a foreigner 先生まで俺を外国人のように扱った

While all I ever wanted to be was an Oriya 俺はただただオディシャ人になりたかった

以前取り上げた北東部トリプラ州出身のBorkung Hrankhawlもラップしていたように、典型的なインド人の外見でないことに対する差別というのは結構根深いものがあるのだろう。
典型的なインド人であれば、マイノリティーであってもコミュニティーや居場所があるけれど、インドの外部や周縁部からやって来た人には所属すべき場がない。
だが、彼は家族や叔父、叔母の愛情を感じ、死ぬまで彼らをレペゼンしてラップし続けると宣言する。
というのがヴァース1の内容。

続くヴァース2は13歳から通っているダージリンでの男子校生活について。
ひょっとしたら、インド北東部のダージリンの学校に通ったのも、同じように東アジア系の見た目の生徒たちが多数いるということが関係しているのかもしれない。
だが、ここでも遠く離れたオディシャからきた彼は、からかいやいじめの対象になる。
辛い4年間の学園生活の中で、彼はエミネムのラップに出会い、ラッパーになるという夢を見つける。
「あのころファックユーって言ってきた同じ奴が今じゃ『Big Deal、尊敬してるよ』だってよ」というのがこのヴァースのクライマックスだ。

ヴァース3の舞台はインド南部カルナータカ州の大都市、バンガロール。
ITを学びにこの街に出て来て、学問を修めることができたが、彼は安定して稼げる道よりもラッパーになるという夢を選ぶ。
就職すれば金持ちになれる。だがラッパーになれる望みは皿の上のドーサより薄い。
dosa
(ドーサ)

それでも彼は自分の夢に忠実に生きることを選んだ。
最後のラインでBig Dealはこうラップする。
「君たちをエンターテインするためだけにラップしてるわけじゃない。君たちのマインドを鍛えて、道のりを変えたいんだ。さあ、キッズたち、俺たちには証明しなきゃならないことがある。父さん母さん、俺は夢を叶えたよ」
この曲が収録されたアルバムタイトルは「One Kid with a Dream」
BKに勝るとも劣らないポジティブなメッセージの1曲だ。

彼のことを取り上げた福井新聞の記事でも、彼は自らの半生を語っている。
その記事にも取り上げられているお母さんの故郷、福井への愛をラップした曲がこちら。


シリアスな曲のあとで、このまったり感。
すごい落差で申し訳ない。
トラックはちょっと「和」な感じを意識しているのだろうか。
この曲も、お母さんの故郷へのリスペクトって意味で、シリアスにやっているんだと思うが、田園地帯、恐竜(福井は化石が発掘されたことで有名)、和食、日本酒、親戚のおじさん達と英語のラップとのミスマッチがなんとも。
鄙びてるってことで言えば、インドの中のオディシャと日本の中の福井って、ちょうど同じくらいのような気がしないでもない
最後のパートで、おそらくはオディア語でラップしたのと同じような動機で、日本語で「福井 イイトコ イチドハオイデ(中略)福井ダイスキ」とラップしているのだが、それがまたいい感じの朴訥感だ。
(オディシャ・ラップのさらなる朴訥の世界というのがあるのだが、それはまたいずれ)

この福井新聞のインタビューだと、もう完全に地元の観光大使って感じで、もはやヒップホップのルードボーイっぽさはゼロなのだけど、この素朴な「真っ直ぐさ」が彼の大きな魅力の一つでもあるように思う。


ちなみに彼のお母さんは「モハンティ三千江」という名前で活躍している小説家でもある。 
いつか彼女の小説もブログで取り上げてみたいと思っています。
最新の曲はオディア語でお母さんのことを取り上げた曲、"Bou".

こういう曲をやられちゃあ、お母さんうれしいだろうね。
彼は英語だけでなくヒンディーでラップすることもあるけど、やっぱりこの曲にはオディア語の素朴な響きが合っていて、とても素敵に感じられる。
エミネムみたいなアーティストに影響を受けつつも、結果的に家族愛みたいな普遍的な価値観に表現が落ち着くあたり、やっぱり育ちの良さなんだろうなあ。

彼のご両親はプリーで「Love&Life」という名前のホテルを経営していて、この宿はアタクシが20年以上前にプリーを訪れた時にもあったのをなんとなく覚えている。
結局その時は別の宿に宿泊したのだけど、もしLove&Lifeに泊まったら、小さいころのBig Dealに会うことが出来ていたかもしれない。

今回はこのへんで! 

goshimasayama18 at 23:28|PermalinkComments(0)インドのヒップホップ 

2018年02月25日

インドNo.1デスメタルバンド Third Sovereignへのインタビュー

ども、軽刈田凡平です。
さて、前回お届けした通り、今回はインド北東部ミゾラム州のデスメタルバンド、Third Sovereignへのインタビューの模様をお届けします。
thirdsovereign
今回インタビューに答えてくれたのはヴォーカリストのVedant.
彼もまたすっごくいい奴で、同い年ということも分かり、お互いが聴いてきた音楽の話からインドのメタルシーンまで、いろんな話題が出たインタビューになりました!

インタビューはWhatsappっていうアプリの通話機能で行ったんだけど、彼のアイコンは奥さん(美人!)と一緒に写ってるやつで、デス声で死や厭世的な内容を歌っている人とはとても思えなかったよ。

凡「はじめまして。今日は時間を取ってくれてありがとう」
V「こちらこそ。聞きたいことはなんでも聞いてくれ」
凡「まずはインド北東部、とくにミゾラム州のメタルシーンについて教えて」
V「 ここ3〜5年くらい、メタルバンドはすっごく増えてきてるよ。Third Sovereignは2003年にBassのJonahとReubenが始めたバンドなんだ。もともと二人はCarpathiaっていうバンドをやっていて、ジャムセッションしながら曲を作っていったんだ」
凡「そのころのメタルシーンはどうだったの?」
V「その前はComoraとか、いくつかのバンドしかいなかった。彼らは2000年ごろから活動しているミゾのカルチャーをテーマにしたバンドだよ」
Comoraは以前、インド北東部のメタルについて書いたときにも触れたバンドだ。そんなに長くやってるバンドだったとは。

V「インド全体でも、そのころはデスメタルバンドはそんなにいなかった。当時からやっているバンドで今も現役のバンドは他にいないかな。
2003年の結成当時はMalaっていうヴォーカリストとJasonっていうギタリストがいたんだけど、何度かメンバーチェンジがあって、2005年にはAnshumanっていうギタリストが加入した。俺が加入したのは2006年だ。ベースのJonahが学校の後輩で、誘われたんだ。俺も2010年に一旦バンドをやめたときがあって、そのときはDevRajというヴォーカリストが代わりに入ったんだ。設立メンバーのJonahも仕事の都合で一回バンドを離れたことがある」
凡「仕事って?」
V「彼のお父さんが小学校を経営してるんだ」

なんと、デスメタルバンドのメンバーがお父さんが経営している小学校で働くとは。これまたデスメタルのイメージと違う。

V「一回バンドはデリーに出たんだけど、デリーのスタジオが火事にあって、いろんなマテリアルが焼失しちゃったんで、またミゾラムに戻ってきた。今のメンバーはベースのJonah、ドラムのReuben、ギターのBenjaminにヴォーカルの俺」
凡「 メンバーはみんなミゾ人なの?」
V「もともとはミゾで結成されたバンドだった。でも俺はアッサム人だし、元メンバーのDevRajはシッキム人、Anshumanやヴィッキーはデリー出身のメンバーだった」
凡「なるほど。インターナショナルっていうかインターステイトバンドなんだね。メンバーのコミュニケーションは英語で?」
V「俺はミゾ語が少し分かるんだ。あとは英語だよ」

凡「ミゾのバンドとしてのアイデンティティーが曲にも生かされている?例えばブラジルのセパルトゥラは伝統的なリズムを取り入れたり、北欧のメタルバンドも伝統的なメロディーを取り入れたりしているよね」
V「 俺たちも"Sakei Ai Hla / Grave of Humanity"という曲でミゾのフォークロアを使っている。山猫を殺した男の物語だ。他にもミゾの暮らしで感じたことや考えたことが曲に生かされているよ」

確かに、言葉は分からないなりにも「土着の不気味さ」みたいなものがうまく取り入れられた曲だ。

凡「ところで、初めてメタルを聞いたのはいつだったの?」
V「90年代から00年代くらいかな。初めはグランジを聴いていた。Sound Garden, Nirvana, Alice in Chainsとかかな。あとはもっとクラシックなタイプのメタル。Skid Rowとか」
凡「ちょっと待って、歳、同じくらいじゃない?」

ここで同い年であることが判明。

凡「90年代後半にインドを旅行したんだけど、デリーとかアーグラーとかじゃロックなんて誰も聴いてなかったよ。いったいどこで聴いてたの?」
V「そうだよね、分かるよ。その頃プネーにいたんだ。だからいろんな音楽が聴けた。IITグワハティ校でも聴いてたよ」

なんと、彼はMITを超えるとも称されるインド工科大学、IIT出身のエリートだった!
グワハティは北東部のアッサム州の州都で、このあたりは以前から書いている通り、インドの中心部よりも欧米文化の影響が強いエリアだ。
ここでなら、欧米のエクストリームミュージックに触れる機会があったとしても全く不思議ではない。
また、ムンバイと同じマハーラーシュトラ州にあるプネーも多くの大学が集まる学園都市で、ここも以前から若者文化が非常に盛んな街だ。他の大都市と比べても、ロックやメタルに触れる機会は多かったのだろう。


V「その後、2000年代に入ってから友達に借りてメタルを聴き始めた。最初はIron Maidenの"X factor"、次にMegadethの"Youthanasia"、そこからPanteraの"Cowboys from Hell"、"Vulgar Display of Power"...Iron Maidenは新しいアルバムのBook of Soulsも良かったよ」

アラフォーの元メタルヘッズには懐かしいアルバムが並んでるんじゃないだろうか。

凡「そこからだんだんヘヴィーな音楽を聴くようになっていったわけ?」
V「そういうわけでもなくて、アコースティックなものとか、NirvanaやAlice in Chainsは今でも好きだし、リラックスしたいときはブルースも聴くよ」
凡「影響を受けたバンドは?」
V「もう長くやっているし、直接的に影響を受けるってことはあんまり無いんだけど、デスメタルで好きなバンドを挙げるとしたら、Cannibal Corpse、Morbid Angel、Suffocation、Deathとかフロリダのデスメタルバンドかな」

凡「ツアーについて教えて。アルバムのPerversion Swallowing SanityのあとのBlood and Rootsツアーではインドの9都市を回ったんだって?」
V「その予定だったんだけど、実は北東部の数都市しか回れなかった。主に経済的な問題と、チェンナイで大洪水が起きて、交通上の問題もあった。インドでは都市間の距離が離れているから、ツアーするのはとても難しいんだ。日本はどう?」
凡「日本だったら東京〜大阪間は新幹線で3時間くらいだから、かなりツアーはしやすい環境と言えるね」

インドに行ったことがある人なら分かると思うが、インドでは都市間の移動は近距離でも夜行列車で1泊くらいするのはざらで、こういったコアな音楽のファンが多いであろう大都市のデリー、ムンバイ、バンガロール、チェンナイ、コルカタ間を移動するなら、鉄道で2、3泊しながら移動することになる。
バンドにとって、楽器や機材を運びながらの移動は非常に困難なものになるのは想像に難くない。

V「それにメタルバンドをサポートしてくれるスポンサーや会場を探すのも難しいんだ。メタルファンはライブ会場にとっても、たくさんドリンクを注文してくれるいいお客さんってわけじゃないからね。グワハティのDavid KochやバンガロールのSalman U. Syedといった数少ないオーガナイザーがサポートしてくれている。」
凡「名前からするとDavidはクリスチャンでSalmanはムスリムなの?いろんなバックグラウンドの人が関わってるんだね」
V「Davidはヒンドゥーで、本名はDwep Jyotiっていうんだ。」

なぜさっきからバンドメンバーの出身地やプロモーターの宗教を気にしているかというと、インドのインディーズミュージックシーンに興味を持ってから、ひとつ確信を持ったことがあるからだ。
その答えは、やがてVedantによって明らかになる。

V「かつてはデリーにAmit Saigalっていう素晴らしいプロモーターがいて、彼はG.I.R.(Great Indian Rock) Festivalというイベントを主催していたんだ。Third Sovereignも出演したことがあって、ヘッドライナーはノルウェーのブラックメタルバンドのEnslavedだった」

なんと。Enslavedはアタクシも名前くらい聞いたことがあるビッグネームだ。

凡「Enslavedがインドでライブをやったの?信じられないよ」
V「ああ。2007年のことだ。Amitは素晴らしいプロモーターだった。メタルだけじゃなくて、オルタナティブとか、あらゆるスタイルのロックをサポートしていた。でも残念ながら彼は2012年に海で溺れて亡くなったんだ。彼がいた頃はロックの黄金時代だった。」

まだまだメタルやロックのマーケットが小さいインドでは、サポートしてくれる人材も不足している状況にあるようだ。

凡「メガラヤ州のPlague Throatはドイツのヴァッケン・オープンエア・フェスティヴァル(大規模なメタル系フェス)でも演奏したみたいだけど、Third Sovereignも海外でライブをやってもいいくらいの素晴らしいバンドだよね」
V「ありがとう。日本でもプレイしてみたいし、メタルの盛んなチェコでもライブがしたい。そのために、アーティストのサポートをしてくれる政府機関のICCR(Indian Council for Cultural Relations)と接触しつづけているんだ」
凡「え?政府の機関がデスメタルバンドのサポートをしてくれるの?」
V「ハハハ、普通はそんなことないんだけど、中にはメタルに理解のあるスタッフもいてね」

凡「Third Sovereignのライブにはいつも何人くらい集まるの?」
V「300〜400くらいかな。会場にもよるけど」

この音楽性でこれだけの集客、アンダーグラウンドとはいえ、かなりの人気バンドじゃないか

V「そういえば、日本のデスメタルバンドのDefiledや兀突骨(Gotsu-Totsu-Kotsu)もインドをツアーしていたよ。DefiledはコルカタのDeath Festというイベントに出演したし、兀突骨はシッキム州のガントクとか、バンガロールでもライブをしたはずだ」

またしてもびっくり!まさか日本のデスメタルバンドもインドに進出していたとは!
このジャンルの国際化は思ったより進んでいるみたいだ。
ライブはいったいどんな様子だったんだろう。機会があったらぜひ話を聞いてみたいものだ。

凡「へえ!彼らはインドで人気があるの?」
V「オーディエンスにすごくいい印象を与えたと思うよ」

凡「インドでのメタルのライブはどう?ヘッドバンギングとか、モッシュ(観客同士が激しく体をぶつけあう)とかするの?」
V「ああ、そうだよ。たまにはボディービルやってるような連中がモッシュからケンカを始めたりね。日本はどう?」
凡「デスメタルはあんまり分からないけど、ハードコアとかだとみんなモッシュしてるよ。もう少しクラシックなタイプのメタルだとみんなヘッドバンギングしてる」
V「日本でメタルといえば、俺はX Japanの大ファンなんだ。あと俺は黒澤明の映画も大ファンで、羅生門や七人の侍は何度も見てるよ」

ミゾラム州でもX JAPANは有名だった。
日本では、存在が大きくなりすぎてヘヴィーメタルという枠組みで語られることは少ないが、やはり日本で最も有名なメタルバンドといえばX以外には考えられないのだろう。
そしてここでクロサワの名前が出てくるとは。
正直、アタクシはあんまり彼の映画を見たことがないので、あまり反応できずになんか申し訳ない気分になる。

凡「ところで、VedantはThird Sovereignの音楽をどんなふうにカテゴライズする?デスメタル?ブラックメタル?」(※ブラックメタルはより反宗教的、悪魔主義的な傾向が強いサブジャンル)
V「デスメタルでも、ブラックメタルでも、好きなように呼んでくれて構わないよ」

ここで、確信をついた質問をしてみた。

凡「なんで聞いたかっていうと、インド北東部はクリスチャンの割合が非常に高いよね。ブラックメタルはもともと反キリスト教的な傾向のある音楽だから、そういった社会の状況と関係があるのかどうか知りたかったんだ。ヨーロッパのブラックメタルバンドの中には、教会に放火したりとか、非常にアンチ・キリスト教色の強いバンドもいたよね。北東部のブラックメタルもそういう過激なアティテュードを持っているの?それとも、いわゆるフィクション的なものとして演奏してるの?」

V「そうだな。知ってのとおり、インドの社会にはいろいろな問題がある。宗教と宗教が対立したりとか、地域やコミュニティーの対立とか。そういう社会問題が曲のテーマになることもある。俺たちは、反宗教というより、宗教同士、コミュニティー同士の対立にうんざりしているんだ。ブラックメタルやヘヴィーメタルはそれ自身がひとつの宗教みたいな感じだ。そういった様々な違いや対立にこだわるんじゃなくて、音楽は個人のバックグラウンドに関係なく夢中になることができる。アーティストはそういう表現のひとつとしてブラックメタルを演奏しているんだ」

そう。大国であるがゆえに宗教、言語、民族、貧富、カースト、地域と様々な多様性を抱えたインドは、対立する要素にも事欠かない。実際に、ヒンドゥーナショナリズムの台頭やイスラム過激派によるテロ、新しい州を求める独立運動や権利拡大運動など、様々な紛争が発生している。
紛争とまで行かなくても、基本的に所属しているコミュニティーが違えば、伝統的な社会の中ではお互いにあまり干渉しあわないのが常とされてきた。
でも、例えばヒップホップシーンでは、クリスチャンのDIVINEも、ムスリムのNaezyも、シク教徒のPrabh Deepも、北東部のBKも、共演したりもするし、その背景に関係なくリスナーの支持を受けている。
音楽の力による対立の超克。いや、そんな難しい事ではなく、誰がやっていようが素晴らしいものは素晴らしい。
こういう部分こそ、インドの音楽シーンの最も愛すべきところだと思う。
もちろん音楽そのものの素晴らしさもあるが、音楽という新しい価値観によって、伝統的な相違がいとも簡単に乗り越えられてくということ
それこそが、アタクシがインドの音楽シーンに非常に魅力を感じる最大の理由のひとつだ。

インドでは、エンターテインメントの本流であるボリウッド映画の世界でも、20年以上トップスターの座を維持しているシャー・ルク、アミール、サルマンのいわゆる「三大カーン」はインドでは少数派のムスリムだが、宗教感情に関係なく国民的な人気を得ているし。
そんな内容をVedantに伝えると、

V「ああ。宗教や文化や、あらゆる違いを乗り越えられるのが音楽の素晴らしいところだ。俺は今こうして遠く離れた東京にいる君と話をしている。そんなことができるのも、俺が音楽を演奏してきたからだ。自分がメタルをやってきたことで、いろんな文化のいろんな人たちとコミュニケートできる。こんなに素晴らしいことはないよ」

ありがとう。
その言葉をミュージシャン本人から聞けただけでも、インドの音楽についてのブログをやってて良かったと思えるよ。
宗教、文化、思想、地域。あらゆるものを乗り越える音楽の力を改めて感じさせられたインタビューになった。

彼らの音楽はデスメタル。
歌詞を調べてみると、死、絶望、憎悪、そんなのばっかりだ。
曲のタイトルも"Living This Hate"とかね(とてもかっこいい曲だけどね)。
でも、こういう極端な音楽のファンがインド中、世界中にいて、あらゆる差異を超えて繋がれるというのは本当に素晴らしいことだと思う。
世の中に絶望を感じて、こういう詞世界に魅力を感じている若者にとってみたら、こういった音楽をプレイするバンドがアメリカやヨーロッパだけじゃなくて、インドのすみっこの北東部にもいるってことが、とてもうれしいと感じるはずだもの。

Vedantは、「北欧のバンドの中には過激な行動をした奴らもいたけど、彼らも音楽自体は非常に素晴らしいと思うよ。大事なのはどんな人が演奏しているかじゃなくて、音楽それ自体なんだ」とも語っていた。
非常に成熟した芸術への接し方であるように思う。
ここ日本では、昨今、アーティストのちょっとした不祥事にも非常に過敏になる風潮があるが、こうした姿勢はアタクシ達日本人も大いに見習うべきところがあるだろう。

最後に、彼らが契約しているレーベルについて。
彼らの現時点での最新アルバム「Pervertion Swallowing Sanity」は、ムンバイの「Transcending Obscurity」というレーベルから発売されている。
このレーベルはKunal Choksiという人物によって運営されていて、このダウンロードや定額聴き放題全盛の時代に、世界中のアンダーグラウンドなエクストリームメタル音楽の膨大タイトルのCDをプレスしまくっているという、非常に酔狂かつ情熱的なレーベルだ。
いつかこのレーベルについても取り上げてみたいと思っている。

このレーベルからリリースされたThird SovereignのCDは、日本でもdiskunion で入手できるようなので、興味のある人は是非チェックを!

初めは興味本位で調べ始めたインドのデスメタル。
知れば知るほど深くてグッとくるなあー。
それではまた! 

2018年02月23日

インドNo.1デスメタルバンド 北東部ミゾラム州のThird Sovereign

以前、インドのデスメタルバンドTop10のうち半数がインド北東部の「セブン・シスターズ」出身だという記事を書いた。
根拠となったYouTubeはこちら。



突然ではありますが、この度、このランキングで見事1位に輝いたデスメタルバンド、やはり北東部のミゾラム州出身のThird Sovereignにインタビューをすることになったので、直前特集をお届けします。
インド北東部
ミゾラム州の場所はこちら。
以前インタビューしたTanaのいるAlien Godsのアルナーチャル・プラデーシュ州は北東部の最北部、ブータンや中国に接する地域だが、ミゾラム州は北東部の最南端、東をミャンマー、西をバングラデシュに接する山間の森林地帯だ。
「ミゾ」はこの地域に暮らす先住民「ラム」は土地を表し、つまり「ミゾ人の土地」という意味の州ってわけだ。

で、なんでそのインドいちのデスメタルバンドにインタビューすることになったかっていうと、ちょうど1ヶ月ほど前、アタクシは、この記事でも書いた通り、なぜインドの中でも辺境とされる北東部にこんなにたくさんのデスメタルバンドがいるのか、知りたくて知りたくてたまらなかったんである。
そこで、 いくつかの北東部出身のバンドにSNSを通じてメッセージを送った。
なぜ複数のバンドにメッセージを送ったか。
それは、じつは、とあるミュージシャン(まだこのブログには取り上げていない)に取材依頼をして、完全に無視されてしまったことがあり(そりゃそうだ、こんな超弱小ブログなんだから。相手は悪くない)、今回はそんなことがないようにと4つのバンドにメッセージを送ったんである。

そしたら、Alien Gods(Sacred Secrecy)のTanaがさっそく返事をしてくれて、いやな顔ひとつせずに(顔は合わせてないからわからないけど)インタビューに答えてくれた。
 本当にいいやつだ。
こういうコアな音楽に国境は無いんだということもあらためて感じた。良かった。
さあ記事にまとめよう。
と、そのとき、Third Sovereignのメンバーから連絡が来たんだ。
「やあ。インタビューに協力できたらうれしいよ」

お、おう。
せっかくだからいろんなバンドに話を聞かせてもらいたい。
さっそくインタビューの日時を設定。
指定の時間にメッセージを送ってみたけど、あれ?返事がない…。
どうしたんだろう…と思っていたら、その日の夜になって「ゴメン!出かけてた」との連絡が。
ずいぶん遅い時間だったので、「俺もう寝るからまたにしよう」って伝えて、すっかりそのままになっていたんだけど、先日久しぶりに連絡があった。
「こないだはゴメン、で、インタビューだけどいつにする?」って。
というわけで、今週末、あらためてインタビューの機会を設けることになりました。

さて、前置きが長くなったけど、Third Sovereignの音楽、聴いてみてください。"Sarcofaga"
なんかどういうことになっているんだか分からないけど、ジャケがすごいな…。

おお!
Alien Godsのミドルテンポ主体のグルーヴィーなスタイルもかっこいいが、速くて激しくてタイト!さすがインドNo.1デスメタルバンド!
そして演奏が滅茶苦茶上手い!

この曲では、イントロにミゾラム州の昔話の語りが入ってる!
 
他の媒体のインタビューによると、音楽性にミゾ人としてのルーツも関わっているみたいで、これはなにやら面白そう!
トレモロリフが入るところがブラックメタル風でもあるし、ドラムの固く締まったサウンドはパンテラのヴィニー・ポールみたいな音像で、いろんなヘヴィーミュージックの要素が詰まっている。

というわけで、最近は久しぶりにこういう音楽にどっぷり浸かっているのです。
インタビューの模様は次回でお届けします。
お楽しみに!