2023年01月08日

(後編)Rolling Stone Indiaが選ぶ2022年のベストシングルTop22 さらなる多様なポップミュージックたち



前回に続いて、Rolling Stone Indiaが選んだ2022年のベストシングル22選の後編、Top10を一言レビュー付きで紹介する。
22〜11位同様、アコースティック系ポップを基調としつつも、Top10にはさらに多様性にあふれた曲が集まっている。

10位 MS Krsna  “Odathey Oliyathey”

ミズ・クリシュナという女性アーティストかと思ったら男性だった。
デリーのベテランラッパーKR$NAとも関係がない、チェンナイのシンガーソングライターだ。
使っている楽器こそアコースティックギターだが(途中からバスドラの4つ打ちが入る)そのフレーズや歌メロは洋楽的というよりはタミル的。
タミルらしい個性を感じさせる面白いアーティストだ。


9位 The Colour Compound  “Holding On To The Hope” 

アメリカっぽいカントリー系ロックチューンかと思ったら、この曲も4つ打ちのバスドラが入ってくる。
さわやかでポップなメロディーが印象的。
ムンバイの3ピースロックバンドだそうで、海沿いの道をドライブしたら気持ちよさそうな曲だ。
どうでもいいが、colourの綴りにイギリス領だった面影を感じさせられる。


8位 Friends from Moon  “Rebellion Road” 

過去にはあまりにも壮大なオーケストレーションを導入したデス/ブラックメタル(以前の記事で「サウンドトラックメタル」と命名させてもらった)を演奏していたデリーのRitwik ShivamのソロプロジェクトFriends from Moonが、気がついたらプログレメタルっぽい要素のあるポップなロックバンドに様変わりしていた。
もはやデスメタル的なグロウル(いわゆるデス声)は完全に聴かれなくなり、YouTubeの静止画もこのかわいらしさだ。
今っぽい音ではないが、Burrn!で結構いい点数取りそうな感じというか、これはこれで上質な音楽だ。
一昨年のハロウィン(ジャーマンメタルではなく、10月末の)にはビートルズのCome Togetherのインダストリアル的カバーを披露したりもしていて、予想のつかない音楽性で今後も楽しませてくれそうなアーティストだ。


7位 Meba Ofilia  “Feelings” 

インド北東部メガラヤ州の州都シロン(古くから「インドのロックの首都」と言われている街だ)のR&Bシンガー/ラッパーのMeba Ofiliaの新曲は、ヒップホップ的な要素のないR&Bバラードだ。
北東部のミュージシャンはブルースや80年代など、古めの洋楽を好む傾向が強いが、この曲も音楽性としては90年代くらいの感じ。


6位 Vaisakh Somanath  “Death of January”

マラヤーラム語を中心に多言語で楽曲を発表するシンガーソングライターVaisakh Somanathが今は亡き母を偲んで書いた曲。
シンプルだが美しいメロディーで始まり、静かに盛り上がってゆく構成が胸に沁みる。
歌い回しとラップから、マラヤーラム語の響きの心地よさを存分に感じることができる曲だ。
せっかくインドのランキングなのだから、こういう曲がもっと聴きたいよな。


5位 Lucky Ali  “Intezaar” 

Lucky Aliはボリウッド映画の曲なども歌うメインストリーム寄りのシンガーだが、どういうわけかインディペンデント系の音楽を推す傾向が強いRolling Stone Indiaにも取り上げられることが多い。
プレイバックシンガーという出自にふさわしく、この曲もポップな分かりやすさと洋楽的な方向の洗練をうまく融合させたアレンジが素晴らしい。
後半の間奏でウォール・オブ・サウンド的なコーラスが出てきたときには思わず唸ってしまった。
ミュージックビデオも映画的な美しさがある。


4位 Shikhar  “Moonbrain” 

憂を帯びたキャッチーな歌メロと、アルペジオとカッティングを織り交ぜたギターのバッキングが素晴らしい。
インド中部マディヤ・プラデーシュ州の州都ボーパール出身だそうで、こう言ってはなんだが、かなり地味な都市からこれだけの洗練されたシンガーソングライターが出てきたことに驚かされた。
タイトルの意味は、簡単なことも疎かになってしまうようなぼーっとした精神状態を指す言葉だそうだ。


3位 Dhruv Visvanath  “Suffocation”

Dhruv VisvanathはアメリカのAcoustic Guitar Magazineで30歳以下の偉大なギタリスト30名に選ばれたこともあるという、ニューデリーを拠点に活躍する活動するシンガーソングライター。
この曲もアコースティックギターのパーカッシブな奏法が印象的(こういうのは生演奏を見ないと今ひとつ盛り上がらないんだよな…とも思うが)。
演奏だけでなく、歌メロにはフックがあるし、ファルセットのサビにも色気があるし、曲自体も非常によくできている。
さすがにトップ3の曲になるとクオリティが高い。


2位 Reble x kbjj  “Talk of the Town” 

KbjjというのはヴォーカルのEmma ChallamとプロデューサーのErick Frankyからなるポップデュオ、途中でRableというのはこの曲でコラボレーションしているフィメールラッパー。
全員が北東部メガラヤ州の州都シロン出身のミュージシャンたちだ。
これまでインドのアーティストでは聴いたことがない音楽性で、強いていうならば(ネオ)カワイイの要素を大幅に減じたCHAI(インドの話題だけれども、日本のバンドのほうのね)みたいな感じ?
インド北東部の独自性と、「インドのロックの首都」と言われる当地の面白さの両方が感じられるアーティストだ。


1位 Chirag Todi (ft. Ramya Pothuri & RANJ)  “Love Nobody”

Chirag TodiはHeat Sinkというジャズロックバンドのメンバーで、Rolling Stone Indiaが選ぶ2020年のベストシングルの1位にも選ばれたアーティスト。
この"Love Nobody"も、2020年に選ばれていた"Desire"で共演していたムンバイの「プログレッシブ・ドリームポップ」ユニットSecond SightのPushkar Srivatsalが今作をプロデュース。
Karan Kanchanはじめさまざまなアーティストとの共演で知られるRamya Pothuri、女性ラッパーのRANJとのコラボレーションによる「ラップ入りシティポップ」的な小洒落たサウンドはいかにもRolling Stone India好みだ。


と、全体的に洋楽的ポップアーティストとしての質の高さを誇示しつつも、随所にインドならではの個性が感じられるシングルTop22でした。
来年はTop23になるのかと思うと今から目眩がするぜ。
全体的にロック/R&B色が強くて、EDM系が少なく、ヒップホップが全くないのが昨今のインドのシーンを考えるとちょっと不思議な選曲ではあったけど、そこは媒体の傾向ってことなのかな。

過去のTop10と聴き比べてみるのも一興です。

昨年いきなり1位にランクインした実力派ジャズ/R&BのVasundhara Veeはその後ボリウッドのプレイバックシンガーとして活躍しているようだ。


2020年はより小洒落た感じで揃えてきていた感じがある。
そう考えると、やはり20曲くらい選んだ方が個性が感じられて良いのかな。


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goshimasayama18 at 14:15|PermalinkComments(0)インドのロック | インドのR&B

2023年01月05日

(前編)Rolling Stone Indiaが選ぶ2022年のベストシングルTop22 インドのインディー音楽はここまで来た



例年このブログで特集している「Rolling Stone Indiaが選ぶベスト○○Top10」シリーズ。
前回特集したベストアルバム部門が、例年と違って15作品選ばれていてびっくりしたのだが、そのあとに発表されたベストシングル部門はなんと22作品!
例年の倍以上!
もちろんこれはインドのインディー音楽シーンが急成長していることを端的に表しているのだが、いい作品が多かったらその中から厳選して10作品選ぶのではなく、躊躇なく15作品とか22作品とか選んでしまうところがいかにもインドらしい。

というわけで、今年は大盤振る舞い。
2回に分けてその22作品をすべて紹介する。

はじめに結論から言ってしまうと、このランキングに選ばれた曲は、Rolling Stone Indiaという媒体の性格を反映して、洋楽的な意味での「よい曲」が並んでいる。
何も言わずに聴かせたらインドのアーティストだとは思えない曲ばかりで、インドの音楽シーンもここまでグローバルになってきたのかと思うと感慨深い。
いっぽうで、それは海外のアーティストと比較したときに没個性という意味でもあるわけで、今日のポピュラー音楽としての洗練された響きを維持しつつ、インド的な特徴も融合した音楽をどう作るかという点が、今後のインドのインディー音楽の発展のひとつの鍵となるのだろう。
能書きはともかくさっそく紹介に移ります。


22位 BeBhumika, Katoptris  “Pareshaan” 

Ritvizマナーの男女ヴォーカルのヒンディー語EDM(いわゆる'印DM')。
インド的アイデンティティと現代的なポップサウンドの両立という点では、この曲は上位ランクの楽曲よりもがんばっている。
ただインド国内ではこの手のサウンドは珍しくなくなってきており、インドのシーンの中で今後オリジナリティをどう出してゆくのかというまた別の課題がありそうだ。
Ritvizフォロワーにとどまらない次の展開を期待したい。


21位 The Runway "Find Me, Find You"

このブログでも何度も紹介している、インド北東部のナガランド州から登場したバンド。
聴いての通り80年代リバイバル風のポップなロックだが、北東部のバンドにありがちな80〜90年代趣味が、結果的に今の時代の懐古的エモさ嗜好にばっちりはまっているように思える。
2022年は、ナガランドからこれまた80年代趣味全開なAbout Usというすごいハードロックバンドも登場しており、しばらくナガのシーンから目が離せなくなりそうだ。


20位 Mali  “Ashes” 

Maliはムンバイ出身のマラヤーリー系(ケーララ系)シンガーソングライター。
彼女のいつものスタイルであるやわらかいアコースティックなサウンドとやさしいヴォーカルの1曲。
そういえば、彼女はコロナ前に日本でミュージックビデオを撮ることを計画していたようだが、その後どうなったのだろうか。


19位 Kenneth Soares  “Cigarettes”

イントロのパーカッション使いやレイドバックした雰囲気など、70年代アメリカンロックを思わせるインドでは珍しいタイプの曲。
しいて近い雰囲気を挙げるとしたら13位のTejasだろうか。
ムンバイのシンガーソングライターだそうだ。


18位 Tanmaya Bhatnagar  “kyun hota hai?”

ニューデリーのシンガーソングライターによる歌ものヒンディー・エレクトロポップ。
全体的に柔らかめのサウンドが心地よい。
この手のエレクトロポップ勢は本当に増えてきた。

17位 Gaya "Qisse"

品の良いアコースティックなアーバンフォーク。
声質や歌い回しに、北インドっぽい節回しが顔を出すのがチャーミングだ。
ムンバイだろうか、下町を叙情的に撮影したミュージックビデオも美しい。
北インドの人かと思ったら、チェンナイ生まれ、ドバイ育ちとのこと。


16位 Raghav Meattle  “Am I Overthinking This?” 
2020年にリリースした"City Life"が記憶に新しいムンバイのシンガーソングライターRaghav Meattleの新曲は、こちらもアコースティックなフォークだが、英語詞ということもあり、洋楽的なサウンドが印象的。
しみじみと感じ入る曲だが、ややシンプルすぎるようにも思う。


15位 Anoushka Maskey  “So Long, Already. Again.” 

インド北東部シッキム州のシンガーソングライターによる、これまたアコースティックな曲。
彼女の歌声にはなんとも形容し難い寂寥感があって、どこか日本のフォークソングを思わせる雰囲気がある。
インドに数多い女性シンガーソングライターのなかでも、声に個性が感じられるアーティストだ。


14位 Kamakshi Khanna and Sanjeeta Bhattacharya  “Swimming”

デリーのシンガーソングライター2人によるコラボレーション。
これもおだやかなバラードだが、歌声ひとつで空気を変える力があるKamakshi Khannaと実力派シンガーSanjeeta Bhattacharyaの共演となると、さすがに聴きごたえがある。
ミュージックビデオの「女の園」的な世界観も独特だ。
ところで、さいきんのSanjeetaのミュージックビデオは、一昨年の"Khoya Sa"もそうだったが同性愛的なテーマで作られているときが多くてなんかドギマギする。


13位 Tejas  “As I’m Getting Older”

ムンバイのシンガーソングライター(どうでもいいけどこのランキングはムンバイとデリーのSSWばっかりだな)Tejasの新作は、いつも通りのダンサブルなポップチューン。
いつも通りよくできているのだが、ちょっとマンネリ感があるかな。


12位 Aanchal Bordoloi  “Whiskey Blues” 

北東部アッサム州出身、ベンガルールを拠点に活動しているシンガーソングライターによる曲。
タイトル通りアメリカっぽい曲調のアーバンフォークだが、いかに大都市ベンガルールとはいえ、まだまだ保守的なインドで女性がWhisley Bluesというタイトルの曲を発表するのはどういう受け止められ方をするのだろうか。
リベラルな性質の媒体なので、そのあたりの時代性というか先進性もランキングに影響しているのだろうか。


11位 Aarifah  “Now She Knows”

ムンバイ出身の女性シンガーソングライターのデビューシングル。
深みのある声で歌われる洋楽的アコースティックバラード。
歌もメロも後半盛り上がってゆくアレンジも悪くないのだが、ここまでちょっと同系統の曲が多すぎるような気がしないでもない。
選者の好みなのだろうか。


というわけで、ここまで12曲を紹介してみました。
上位10曲はまた次回!


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2022年12月29日

Rolling Stone Indiaが選ぶ2022年のベストアルバムTop15

毎年定点観測しているRolling Stone Indiaが年間選ぶベストアルバム
アルバム10枚聴くのって結構大変なんだよなー、と思っていたら、今年はなんと15枚!
例年のことながら、いつもチェックしている媒体にもかかわらず、これまでまったく取り上げられていなかったアーティストのアルバムが入っていたりして、今年も何が何だか分かりませんが、今年も良作揃い!

そして、今年は過去最高に自分のセレクトとRolling Stone Indiaのセレクトが重なっていた!
おかげでアルバムを聴く手間も大幅に省けたので、ついでに1枚ずつの紹介はせずに、何枚かまとめてのコメントとさせてもらいます。

1. Bloodywood "Rakshak"

Rolling Stone Indiaでも1位を飾ったのはBloodywoodだった。
バンド名を含めてステレオタイプをネタにしたような彼らがこのRolling Stoneのテイストに合うかどうか心配していたのだが、杞憂だったようだ。
確かにサウンドの個性とヘヴィロックとしてのクオリティはピカイチだし、他のインド出身のバンドがなし得なかったほどに世界的な注目を集めているという点では、納得の1位だ。



2. Parekh & Singh – The Night Is Clear

ブログでも特集した、そして軽刈田選出のTop10にもピックアップしたParekh & Singhがこの位置にランクイン。
1位のBloodywoodとの落差がすごいが、これが今のインドのシーンの多様性と言えるし、両極端を敬遠せずにきちんと取り上げているRolling Stone Indiaを褒めたい。
Parekh & Singhが新作をリリースした年には、必ずこのランキングの上位に食い込んできている印象。
まあ実際それだけ安定したクオリティの作品を作り続けているし、洋楽的洗練を重視するこの媒体が彼らを高く評価するのも頷ける。
今作では、これまであまり重視してこなかったグルーヴを意識したアレンジが見られる。



3. Ankit Dayal – Tropical Snowglobe (Side A) 


4. Raman Negi – Shakhsiyat 


5. Girls On Canvas – Frequency


6. Derek & The Cats – Derek & The Cats

媒体のカラーなのか、例年ロック系が強いこのランキングだが、今年の3位から6位も広義のロックっぽい作品が優勢。
3位のAnkit Dayalはムンバイ出身で、ロックバンドSpud in the Boxのメンバー。
この作品に関してはR&Bと呼んだ方が適切だろうか。Phishのようなジャムバンドやダブの浮遊感も感じさせる不思議なサウンド。
4位のRaman Negiは古式ゆかしいハードロックにウルドゥー語?のヴォーカルが乗る。
5位のGirls On CanvasはムンバイのバンドPentagramなどで活躍するギタリストのRandolph Correiaによるプロジェクトで、この並びのなかでは唯一の電子音楽で、ドラムンベース的だったり、歌ものエレクトロニカ風だったりする音楽性はけっこう実験的だ。
6位のDerek & The Catsはまさかのインスト。
これまでのインドにはなかったタイプの音楽だが、これがSeedhe MautやPrateek Kuhadより上かと言われるとやはり疑問符が頭をよぎる。
いずれもセンスの良い洋楽的なスタイルの作品だが、これらを「インドのバンドにしては良作」という以上の評価ができるかというと微妙なところ。
佳作であることは間違いないのだが、世界中のアーティストと肩を並べた上で、手放しで傑作と呼べるほどの作品かと問われるなら、答えは厳しいものになりそうだ。
 

7. Ali Saffudin "Wolivo"

1位から7位までを占めたロック系の作品の中でうならされたのはこのカシミール出身のシンガーAli Saffudin.
70年代ロック風の骨太なリフと民謡風の歌い回しの融合はありそうでなかった組み合わせで、2022年らしさこそないものの、かなり独特で、存在感がある。
ちなみに歌詞は弾圧が続くカシミールの現状を反映したものらしく、そういった意味での現代性は十分にあるようだ。
発売元はなんとデリーのヒップホップレーベルAzadi Recordsで、もちろんロックアルバムのリリースはレーベル創設以来初めてのことだ。
13位にランクインしたAhmer同様に、レーベルのカシミール問題に対する関心の高さがうかがえる。


8. DIVINE "Gunehgar"

ようやくここにきてヒップホップのアルバムが顔を出してきた。
軽刈田のトップ10には入れなかったDIVINE.
最近の彼のスタイルに関しては、以前から書いているように必ずしも好意的に見ているわけではないのだが、こうして聴いてみると、トラックは粒揃いだし、インドのストリートの泥臭さを残した彼のラップもやっぱりいいもんだ、と思えてくる。



9. FILM "FILM" 

ニューデリーのSanil Sudanによるプロジェクト。
ジャンルでいうと若干エクスペリメンタルなエレクトロニカということになるのだと思うが、この手の音楽性のアーティストが多い中で彼が選ばれた理由は、類型的なアンビエントではないという部分が評価されてのことだろう。


10. Seedhe Maut x Sez on the Beat "Nayaab" 


11. Prabh Deep "Bhram"


12. Prateek Kuhad "The Way That Lovers Do"

この辺はブログでも詳しく書いたので繰り返さないが、10位と11位にはデリーのAzadi Records所属のラッパーが続いてランクイン。
音響面でインドのヒップホップを新しくし続けているアーティストたちである。
12位にはインド随一のシンガーソングライターPrateek Kuhadが米エレクトラレコードからリリースした英語アルバムが入った。




13. Ahmer "AZLI"

彼もまたAzadi Records所属のラッパー。
カシミールの社会状況とヒップホップの関わりについては大阪大学の拓徹さんが詳しく、先日オンラインで行われたワークショップでも、Azadi Recordsの紹介のなかで、MC KASHから連なるカシミーリープロテストラップの系譜についても触れられていた。
Azadi Recordsからはこのトップ15に4作品もランクインしていることになる。


14. Rushaki "She Speaks"

ムンバイとプネーを拠点にする女性アーティストによるダークな印象のポップミュージック。
内容は不安との戦いなど、内面的なものだそうだ。


15. The Anirudh Varma Collective "Homecoming"

このランキングで最大の見つけものと言えそうなのが、このThe Anirudh Varma Collective.
デリー出身のピアニストによる古典音楽とコンテンポラリーを融合したいわゆるフュージョンだが、古典部分の腕の確かさと、西洋音楽的な解釈が際立っている(若干ベタなところがあるのはご愛嬌か)。
リズム面のアレンジや楽曲ごとの楽器のセレクトも素晴らしく、心地よさとエキサイティングさが両立している。
自分のような、ふだんからインドの古典音楽に親しんでいるわけではない人間にとっても入りやすい作品。


というわけで15作品を紹介してみました。
同誌が選んだ過去の年間ベスト10と比較してみるのも一興でしょう。






15作品を聴き終えて、ほっとため息をついてRolling Stone IndiaのWebサイトを見てみたら、毎年10曲選出されている年間ベストシングルが今年は22曲もある!
マジかよ…
というわけで次回はたぶんそのネタです。


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2022年12月27日

2022年度版 軽刈田 凡平's インドのインディー音楽top10

このブログを書き始めてあっという間に5年の月日が流れた。
始めた頃、どうせ読んでくれる人は数えるほどだろうから、せめて印象に残る名前にしよう思って「かるかった・ぼんべい」と名乗ってみたのだが、どういうわけかまあまあ上手く行ってしまい、この5年の間に雑誌に寄稿させてもらったり、ラジオで喋らせてもらったり、あろうことか本職の研究者の方々の集まりに呼んでいただいたりと、想像以上に注目してもらうことができた。
みなさん本当にありがとうございます。
こんなことになるなら、もうちょっとちゃんとした名前を付けておけばよかった。

「飽きたらやめればいいや」という始めた頃のいい加減な気持ちは今もまったく変わらないものの、幸いにもインドの音楽シーンは面白くなる一方で、まったくやめられそうにない。
これからも自分が面白いと思ったものを自分なりに書いていきますんで、よろしくお願いします。
というわけで、今年も去りゆく1年を振り返りつつ、今年のインドのインディー音楽界で印象に残った作品や出来事を、10個選ばせてもらいました。



Bloodywood (フジロック・フェスティバル出演)

日本におけるインド音楽の分野での今年最大のトピックは、フジロックフェスティバルでのBloodywoodの来日公演だろう。
朝イチという決して恵まれていない出演順だったにもかかわらず、彼らは一瞬でフジロックのオーディエンスを虜にした。
映像では彼らの熱烈なファンが大勢詰めかけているように見えるが、おそらく観客のほとんどは、それまでBloodywoodの音楽を一度も聴いたことがなかったはずだ。
現地にいた人の話によると、ステージが始まった頃にはまばらだった観客が、彼らの演奏でみるみるうちに膨らんでいったという。
これはメタル系のオーディエンスが決して多くはないフジロックでは極めて異例のことだ。
Bloodywoodは一瞬だが日本のTwitterのトレンドの1位にまでなり、おかげで私のブログで彼らを紹介した記事も、ずいぶん読んでもらえた。
(もうちょっとちゃんと書いとけばよかった)

メタル・ミーツ・バングラーという、意外だけど激しくてキャッチャーでチャーミングなスタイルは、日本のリスナーに音楽版『バーフバリ』みたいなインパクトを与えたものと思う。
日本だけではない。
BloodywoodのSNSを見ると、彼らがメタル系のフェスを中心に、その後も世界各地を荒らし続けている様子が見てとれる。
一方で、いまやセンスの良いインド系アーティストがいくらでもいる中で、ステレオタイプ的な見せ方を意図的に行った彼らが最も注目を集めているという事実は、現時点での世界の音楽シーンの中での南アジアのアーティストの限界点を示しているとも言えるだろう。


Sidhu Moose Wala 死去

去年まで、この年末のランキングはその年にリリースされた作品のみを対象としてきたのだが、今年はシーンに大きなインパクトを与えた「出来事」も入れることとした。
その大きな理由となったのが、あまりにも衝撃的だった5月のSidhu Moose Wala射殺事件だ。
バングラーラップにリアルなギャングスタ的要素を導入し、絶大な人気を誇っていたSidhuは、演出ではなく実際にギャングと関わるリアルすぎるギャングスタ・ラッパーだった。
彼はインドとカナダを股にかけて暗躍するパンジャーブ系ギャングの抗争に巻き込まれ、28歳の若さでその命を落とした。
音楽的には、バングラーに本格的なヒップホップビートを導入したスタイルでパンジャービー・ラップシーンをリードした第一人者でもあった。
彼の音楽、死、そして生き様は、今後もインドの音楽シーンで永遠に語りつがれてゆくだろう。
彼が憧れて続けていた2Pacのように。





Prateek Kuhad "The Way That Lovers Do"(アルバム)

インド随一のメロディーメイカー、Prateek Kuhadがアメリカの名門レーベルElektraからリリースした全編英語のアルバム(EP?)、"The Way That Lovers Do"は、派手さこそないものの、全編叙情的なムードに満ちた素晴らしいアルバムだった。


彼が敬愛するというエリオット・スミスを彷彿させる今作は、インドのシンガーソングライターの実力を見せつけるに十分だった。
彼のメロディーセンスの良さは群を抜いており、贔屓目で見るつもりはないが、このままだと彼が作品をリリースするたびに、毎年このTop10に選ぶことになってしまうんじゃないかと思うと悩ましい。
リリース後にヨーロッパやアメリカ各地を回るツアーを行うなど、インドのアーティストにしてはグローバルな活躍をしているPrateekだが、観客はインド系の移住者が中心のようで、彼がその才能に見合った評価を受けているとはまだまだ言えない。
要は、私はそれだけ彼に期待しているのだ。

すでに何度も紹介しているが、彼のヒンディー語の楽曲も、言語の壁を超えて素晴らしいことを書き添えておく。




MC STAN "Insaan"(アルバム)他

このアルバムが出たのはもうずいぶん昔のことのように思えるが、リリースは今年の2月だった。
もともとマンブルラップ的なスタイルだったMC STΔNだが、この作品ではオートチューンをこれでもかと言うほど導入して、インドにおけるエモラップのあり方を完成させた。
マチズモ的な傾向が強いインドのヒップホップシーンでは異色の作品だ。
彼の他にも同様のスタイルを取り入れていたラッパーはいたが、彼ほどサマになっていたのは一人もいなかった。
「弱々しいほどに痩せたカッコイイ不良」という、インドでは不可能とも思われたアンチヒーロー像を確立させたというだけでも、彼の功績はシーンに名を残すにふさわしい。
最近では、リアリティーショー番組のBigg Bossに出演するなど、活躍の場をますます広げている。
今インドでもっとも勢いのあるラッパーである。



Emiway Bantai "8 Saal"(アルバム)他


インドでもっとも勢いのあるラッパーがMC STΔNだとしたら、人気と実力の面でインドNo.1ラッパーと呼べるのがEmiway Bantaiだろう。
今年も彼はアルバム"8 Saal"をはじめとする数多くの楽曲をリリースした。
アグレッシブなディス・トラック(今年もデリーのKR$NAとのビーフは継続中)、ルーツ回帰のストリート・ラップ、チャラいパーティーソング、lo-fiなど、Emiwayはヒップホップのあらゆるスタイルに取り組んでいて、それが全てサマになっている。
かと思えば、インドのヒップホップ史を振り返って、各地のラッパーたちをたたえるツイートをしてみたりもしていて、Emiwayはもはやかつての誰彼構わず噛み付くバッドボーイのイメージを完全に脱却して、大御所の風格すら漂わせている。
『ガリーボーイ』にチョイ役(若手の有望株という位置付け)でカメオ出演していたのがほんの4年前とは思えない化けっぷりだ。
もはや彼は『ガリーボーイ』のモデルとなったNaezyとDIVINEを、人気でも実力でも完全に凌駕した。




Seedhe Maut, Sez on the Beat "Nayaab"(アルバム)

昨年も選出したSeedhe Mautを今年も入れるかどうか悩んだのだが、インドNo.1ビートメーカーのSe on the Beatと組んだこのアルバムを、やはり選ばずにはいられなかった。

セルフプロデュースによる昨年の『न』(Na)が、ラッパーとしてのリズム面での卓越性を見せつけた作品だとしたら、今作は音響面を含めた叙情的なアプローチを評価すべき作品だ。
Seedhe Mautというよりも、Sezの力量をこそ評価すべき作品かもしれない。
インドのヒップホップをサウンドの面で革新し続けているのは、間違いなくSezとPrabh Deep(後述の理由により今年は選外)だろう。
インドのヒップホップは、2022年もひたすら豊作だった。


Yashraj "Takiya Kalaam"(EP)


悩みに悩んだこのTop10に、またラッパーを選んでしまった。
ここまでに選出したSidhu Moose Wala, MC STΔN、Emiway Bantai, Seedhe Maut&Sezに関しては、インドのヒップホップファンにとってもまず納得のセレクトだと思うが、この作品に関しては、インド国内でどのような評価及びセールスなのか今ひとつわからない。
YouTubeの再生回数でいうと、他のラッパーたちの楽曲が数百万から数千万回なのに比べて、この"Doob Raha"はたったの45,000回に満たない(2022年12月16日現在)。

だが、過去のUSヒップホップの遺産を存分に引用したインド的ブーンバップのひとつの到達点とも言えるこの作品を、無視するわけにはいかなかった。
自分の世代的なものもあるのかもしれないが、単純に彼のラップもサウンドも、ものすごく好きだ。
若干22歳の彼がこのサウンドを堂々と作り上げたことに、インドのヒップホップシーンの成熟を改めて実感した。


Parekh & Singh "The Night is Clear"(アルバム)


インドのインディーポップシーンでも群を抜くセンスの良さを誇るParekh & Singhのニューアルバムは、その格の違いを見せつけるに足るものだった。
イギリスの名門インディーレーベルPeacdfrogに所属し、日本では高橋幸宏からプッシュされている彼らは、もはや「インドのアーティスト」というくくりで考えるべき段階を超えているのかもしれない。
Prateek KuhadやEasy Wanderlingsら、多士済々のインディーポップ勢のなかで、国際的な評価では頭ひとつ抜けている彼らが今後どんな活躍を見せるのか、ますます目が離せなくなりそうだ。



Blu Attic


ド派手なEDMが多いインドの電子音楽シーンの中で、Blu Atticが示した硬質なテクノと古典声楽との融合は、Ritvizらによるインド的EDM(いわゆる印DM)とも違う、懐かしくて新鮮な方法論だった。
どちらかというと地味な音楽性だからか、このデリー出身の若手アーティストへの注目は、インド国内では必ずしも高くはないようだが、だからこそ当ブログではきちんと評価してゆきたい。
彼がYouTubeで公開している古いボリウッド曲のリミックスもなかなかセンスが良い。
インドのアーティストは、古典音楽と現代音楽を、躊躇なく融合してかっこいい音を作るのが得意だが、Blu Atticによってそのことをあらためて思い知らされた。




Dohnraj 


インドのインディー音楽シーンが急速に盛り上がりを見せたのは2010年台以降になってからだが、それはすなわち、あらゆる年代のポピュラー音楽を、インターネットを通して自在に聴くことができる時代になってからシーンが発展したことを意味している。
まだ若いシーンにもかかわらず、インドにはさまざまな時代の音楽スタイルで活動するアーティストが存在しているが、このDohnrajは80年代のUKロックのサウンドをほぼ忠実に再現している、驚くべきスタイルのアーティストだ。
気になる点は彼のオリジナリティだが、あらゆる音楽が先人の遺産の上に築かれていることを考えれば、インドで80年代のUKサウンドを再現するという試み自体が、むしろ非常にオリジナルな表現方法でもあるように思う。
彼の音楽遍歴(以下の記事リンク参照)を含めてグッとくるものがあった。
インドのシーンの拡大と深化をあらためて感じさせてくれる作品だった。





というわけで、今年の10作品を選出してみました。

気がつけばヒップホップが5作品(というか、5話題)。
ヒップホップを中心に選ぶつもりはなかったのだけど、インドのヒップホップは今年も名作揃いで、他にもPrabh Deepの"Bhram"(これまでの作風から大きく変わったわけではないので今年は選出しなかった)や、Karan KanchanがRed Bull 64 Barsで見せた仕事っぷりも素晴らしかった。

やはりインドのシーンのもっともクリエイティブな部分はヒップホップにこそあるような気がしてならないが、とんでもなく広く、才能にあふれたインドのシーンのこと、来年の今頃は、「やっぱりロックだ」とか「エレクトロニックだ」とか言っているかもしれない。

今年はありがたいことに、仕事のご依頼をいただくことも多く、本業(?)のブログが滞り気味なことが多かったですが、来年もこれまで同様続けて参ります。

今後ともよろしくです。




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2022年12月04日

インドのヒップホップの現在地(2022年末編)

インドにヒップホップが根付いたのはじつはかなり遅くて、シーンと呼べるものが可視化してから、まだ10年くらいしか経過していない。
在外インド系ラッパーを除けば、2012年の時点でストリートミュージック的なラップをやっていたのは、デリーのKR$NAやベンガルールのM.W.A(Brodha VSmokey The Ghostを輩出したユニット)など、数えるほどしかいなかった。

そんな遅咲きのインドのシーンだが、いつもこのブログで書いている通り、その成長はめざましい。
「インドのヒップホップの現在地」 というタイトルで書き始めたものの、広すぎるインドのどの地域をどの角度から切り取るかによっても紹介すべき内容が変わってくるので、その全体像を示すのは容易ではない。

というわけで、今回は、2022年にリリースされたインドのヒップホップのなかから印象に残ったアルバムを3作品選んで紹介させてもらうのだが、それが完全に私の独断と偏見によるものであることをまずお断りしておきたい。
これらの作品が今のインドを象徴しているかというと、そうでもないような気もするのだが、いずれも、衝撃を受けたり、なるほどこう来たかと思ったりした作品なのは間違いないので、まあ聴いて損はないと思う。


Prabh Deep "Bhram"
まずはPrabh Deepが11月にリリースしたニューアルバム、"Bhram"の1曲目、Bhramから聴いてみよう。


デリーのストリート出身のPrabh Deepは、もはや単なるラッパーというよりも、音響芸術家とでも呼んだ方がよさそうな領域に入ってきている。
ローファイっぽいギターが入ったトラックは、ジャンルの枠にとらわれずに、アメーバのように様々に変化しながら進んでゆく。
前作"Tabia"を踏襲した今作でも、自らの手による深みのあるビートと彼の声との相乗効果が、不思議な高揚感を生む。
初期の作品のSez on the Beat(インドNo.1ビートメーカーと呼んでも良いだろう。彼のことは)とのコラボレーションもすばらしかったが、セルフプロデュースとなってからのPrabh Deepはまさに唯一無二の存在となった。

ミュージックビデオが制作された"Rishte"はラップ、ビート、映像が融合した独特の世界観が楽しめる。



アルバム収録曲ではないが、10月28日にリリースされた"Wapas"も、映像とサウンドいずれもこのスタイリッシュさ。


このシク教徒のラッパーは、フロウこそヒップホップ的ではあるものの、発声そのものにバングラー的というか、とてもパンジャービーっぽい響きが内包されていて、それが彼のシグネチャースタイルを形作っている。
これからも孤高の存在でありつづけるであろう彼の今後の活躍がますます楽しみだ。



DIVINE "Gunehgar"
インドのヒップホップシーンを牽引してきたムンバイ出身のDIVINEについては、これまでも何度も紹介してきた。
ヒンディー語でガリーと呼ばれる路地出身の彼は、持ち前のラップセンスとスキルで名声と地位を獲得し、2019年のヒット映画『ガリーボーイ』のモデルの一人にもなった。
ラップによる成り上がりは彼の望むところだったのだろうが、成功後の彼は、ストリートに根ざしたアイデンティティーを失ってしまったようにも見え、ちょっと迷走しているようでもあった。
(もっとも、そんなふうに思っていたのは日本の私くらいで、インドではいずれのスタイルもファンに歓迎されていたようだったが…)




そのDIVINEも、11月にニューアルバム"Gunehgar"をリリース。
紆余曲折を経て(前回の記事参照)、結局はストリートっぽさを活かした(しかし成り上がったのでお金をたっぷり使った)ミュージックビデオとスピットスタイルのラップに戻ったようだ。
タイトルトラックの"Gunehgar"はこんな感じ。


アルバム自体は、Prabh Deepのように意欲的に新しいスタイルに挑戦しているわけではなく、彼が生み出したガリーラップのスタイルを進化・深化させたものと捉えて良いだろう。
アメリカの中堅ラッパーArmani WhiteやベテランラッパーJadakissがゲスト参加しているのも注目ポイント。
Armani Whiteが参加した"Baazigar"は、古いボリウッド?から始まるKaran Kanchanプロデュースによるトラックが秀逸。




このBornfireのゲストラッパーは、今回のアルバムのなかでは一番の大物であるRuss.
ミュージックビデオの悪い意味でのボリウッド的(あるいはYo Yo Honey Singh的)なダサさが気になるが、クールなラテン風味のトラックは率直にかっこいい。



まあこの映像センスもインド的成り上がりを象徴するひとつのスタイルなのだろう。
(前作にも"Mirchi'というダサめのミュージックビデオがあった)
この曲のビートにはモロッコ人のRamoonやアイルランド人のRoc Legion、ムンバイのKaran Kanchanとどこの人かわからないiLL Waynoという人の名前がクレジットされている。
おそらくはネットを介してコラボレーションが進められたものと思うが、これもまた現代的な話ではある。



Yashraj "Takiya Kalaam"
最後に紹介するのは、ムンバイ出身の22歳のラッパーYashraj.
彼が8月にリリースした"Takiya Kalaam"は、サウンド的には目新しいところやインド的な部分があるわけではないが、ブーンバップ的な王道のアプローチがとにかくツボを心得ていて心地よい。

"Doob Raha"


Prabh DeepとDIVINEのあとに見ると、見た目的にはかなり地味な印象かもしれないが、耳に意識を集中すれば、この音の完成度の高さに気がつくはずだ。
プロデュースはAkash Shravanなる人物。
Yashraj同様、派手さはないが、押さえるべきところをきちんと押さえたサウンド作りができるビートメーカーのようだ。

"Naadaani"


"Aatma"


ローファイ・マナーっぽい"Naadaani"や"Aatma"も、「すげえなあ!」というより「分かってるなあ!」という印象。
妙に耳に馴染むのは、少し前の日本語ラップっぽい雰囲気が(インドのラップにしては)感じられるからかもしれない。
Yashrajはミドルクラス出身だそうで、この出自のインド人ラッパーでこのサウンドであれば、英語ラップを選ぶことも難しくはなかっただろうが、ヒンディー語で通しているところがシブい。
このアルバムにはゲストを入れず、政治的なテーマもあえて扱わずに自身の内面にひたすら向き合ってリリックを書いたとのことで(言葉が分からないのでなんともいえないが)、自分の深い部分を表現するには、やはり母語にこだわる必要があったのだろう。

新世代が新しい方法論に飛びつくのではなく、このどっしりしたサウンドでデビューするあたり、インドのヒップホップシーンの裾野の広がりを改めて感じた次第。
派手さはないが、何度も聴きたくなる作品である。

アルバム収録曲ではないが、昨年末にリリースされた"Besabar"もかなり意欲的な作品なのでついでに紹介しておく。





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goshimasayama18 at 14:48|PermalinkComments(0)インドのヒップホップ