2021年10月08日

デリーのラップデュオ Seedhe Mautのアルバム『न』(Na)がヤバい!

今更こんなことを言うのもなんだが、ラップというのは「言葉」の音楽だ。
なので、聞いて直感的に理解できない言語(私の場合、つまり日本語以外)のラップのアルバムを1枚通して聴くっていうのはけっこうキツい。
同じラッパーてあれば、似たようなフロウや世界観の曲が多くなるし、そもそもアルバム1枚あたり2〜3曲はつまらない曲が入っている。
そういう曲は、じつはリリックがすごく良かったりするのかもしれないが、何を言っているか分からない私には知ったこっちゃない。
次からは、その曲を飛ばすようになるだけだ。

そんなわけで、海外のラッパーのアルバムを初めて聴くときは、楽しみ半分、気が重いの半分くらいの微妙な気分なことが多い。
コンセプトとかが大事なのも分かるが、端的にかっこいい曲だけ聴きたいのだ。

今回は、そんな私の外国語ラップに対する先入観を大きく打ち破ったインドのヒップホップ作品を紹介したい。

それは、デリーのラップデュオSeedhe Mautが9月にリリースしたアルバム『न』。
この作品は、シンプルなビートで客演もほとんどないという、言ってみればかなり「派手さ」には欠ける作品なのだが、ここのところ最初から最後まで、毎日のように聴きまくっている。

Seedhe-Maut
Seedhe Maut


ちなみにデーヴァナーガリー文字で『न』と書くタイトルは、'Na'と読むようで、アルバムの曲名は全てNから始まる曲名で統一されている。
彼らはこの作品をアルバムではなくミックステープと位置付けているようだが(ヒップホップにおけるミックステープの定義は諸説あるが、アルバムよりもカジュアルな作品集と考えれば概ね間違いないだろう)、楽曲の質の高さや統一感は、どう考えてもアルバムと呼ぶほうがしっくりする。



Seedhe Maut "Namastute"
この曲がオープニングトラック。

かなり音数を削ぎ落としているにもかかわらず緊張感を保ち続けるビートと、熟練のタブラプレイヤーにように千変万化するフロウに乗せて言葉を吐き出すラップ。
このアルバムの魅力は、単純に言ってしまえば、ただそれだけだ。

無機質なビートと表現力豊かなラッパーの声が、立体的な音の構造物となって、ときに跳ね、ときに畳み掛け、ときにスカしながら緩急をつけてリスナーの耳に流れ込んでくる。
要は、声を使ったリズム音楽としてのヒップホップの魅力が詰まったアルバムなのだ。
このアルバムを聴けば、彼らがラップを「言葉の音楽」としてだけでなく、声とビートによるリズムのアンサンブルとしても大事にしていることが分かるはずだ。

このアルバムでは、ほとんどの曲のビートをSeedhe MautのかたわれであるCalmが自ら手掛けている。
だからこそ、ラップとの相乗効果を生み出すツボを押さえたビートのアレンジができているのだろう

それに、言葉は分からなくても苛立ちや怒りが伝わってくるラップの表現力も素晴らしい。
彼らがラッパーとしてもビートメーカーとしても、非凡な才能を持っていることが感じられるアルバムだ。



Seedhe Maut "Naamcheen"
ちなみにこのアルバムに参加している外部のビートメーカーはSez on the BeatとDJ Saの二人。
どちらも作品にアクセントを加えるいい仕事をしている。



この"Nanchaku"では、プネー出身のラッパーMC STANとの共演が実現。
MC STANはファッションや気怠くも挑発的なラップ(スキルもめちゃくちゃ高い)のスタイルも含めて、インドのヒップホップシーンを一新した、いま最も勢いのあるラッパーだ。

Seedhe Maut "Nanchaku ft. MC STAN"
Seedhe Mautの二人が歯切れの良いラップを披露したあとの3番目のヴァースがMC STAN.
退屈そうにすら聞こえる彼のフロウが始まった瞬間に、楽曲の空気感を変えてしまう実力はさすがの一言。


このアルバムが、インドのヒップホップ作品の中でも際立ってカッコよく聴こえる最大の理由は、ビートがことごとく今っぽいことだと思う。
インドでは、スキルの高いラッパーの曲でもビートが垢抜けないことも多いし、意欲的なフュージョン(インド音楽との融合)作品でも、センスが悪くてださくなってしまうことも珍しくない。

『न』がすごいのは、その現代的なビートを、単にアメリカのヒップホップの模倣や無国籍なサウンドにとどめているのではなく、しっかりとインド的な音に仕上げていることだ。

たとえばこの曲。

Seedhe Maut "Natkhat"


他の国のラップでも、エスニックなアクセントとしてビートにインドっぽい音が使われることがないわけではないが、ここまでインド的で、かつここまで今の空気感のあるビートは、彼ら以外には世界中の誰も作ることができないだろう。

驚くべき才能の持ち主であるSeedhe Mautとは、いったいどのようなアーティストなのだろうか?

Seedhe Mautは、デリーに暮らすCalmとEncore ABJによって、2017年に結成された二人組だ。
影響を受けたラッパーは、Run The Jewels, Clipse, Black Hippy, Mobb Deepだというから、EminemやNasや2Pacらをフェイバリットに挙げることが多いガリーラッパー(後述)に比べると、世代的にも新しく、かつシブい趣味を持っているようだ。

2017年にファーストEP "2 Ka Pahada"を発表すると、早くもデリー新興ヒップホップレーベルAzadi Recordsの目にとまり、契約を結ぶことになる。
2018年には、当時インドのヒップホップシーンの話題を独占していたPrabh Deepとコラボレーションした"Class-Sikh Maut Vol.II"を、同レーベルの3番目のタイトルとしてリリースした。



このアルバムのタイトルは、Prabh Deepのデビューアルバム"Class-Sikh"に便乗したものであり、正直なところ、この頃の彼らの印象は、ターバン姿で強烈なラップを吐き出すPrabh Deepに比べてかなり地味なものだった。
その後、彼らはSezをビートメーカーに迎えたアルバム"Bayaan"や、Karan Kanchanと組んだヘヴィロック的なシングル"Dum Pishaach"をリリースするなど、精力的な活動を展開。


印DM(インド的EDM)アーティストのRitvizのトラックに客演した"Chalo Chalain"もとても良かったが、この頃もまだ、私はSeedhe Mautに対して「多様なビートを器用に乗りこなせるデリーのストリート系ラッパー」という印象しか持っていなかった。

そんなダークホース的な存在だった彼らは、つまり今回の『न』で大きく化けたのだ。
この大化けの理由は、やはりラッパーであるCalmが自らビートを手掛けたことにあるのではないか。
自分たちのフロウを熟知しているからこその、シンプルながらもラップと立体的に絡み合うビートが、楽曲の細部に至る緊張感を生み出している。
端的に言って、このアルバムは、ガリーラップ以降のインドのヒップホップの新しい到達点と言っていい。


(ガリーラップは、2010年代のムンバイのシーンで形成されたインド版ストリートラップのこと)


ムンバイのカラーが強かったガリーラップ以降のシーンでは、デリーのPrabh DeepやプネーのMC STANが新しいスタイルを提示していたが、いかんせん彼らの音楽は、本人のキャラクターの強さに負うところが大きかった。
Seedhe Mautに関しては、その革新性が彼らのキャラクターではなく、スキルとサウンドのセンスによるものであるところが特筆すべき点だろう。

実際、Seedhe  Mautは、GQ India誌に「過去10年のインドのヒップホップの歴史はムンバイのガリーラップと同義だったが、Seedhe Mautがそれを変えることになる」と評されている。
また、彼らはその詩的かつ社会的なリリックでも高い評価を得ているようだ。


本来であれば、この「インドの地域別ヒップホップシーン特集」の続編として、タミルあたりのラッパーについて書こうと思っていたところ、彼らのアルバムがあまりにも素晴らしいので、この記事を先に書いてしまった。


(サウスのシーンはあまり追い切れていないので、じっくりと調べてから書きたいと思ってます)

Seedhe Maut, これからの活躍がますます楽しみなアーティストだ。
楽曲リリースのペースも早い彼らのこと、また近いうちに新しい作品を耳にすることができるだろう。




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goshimasayama18 at 22:31|PermalinkComments(0)インドのヒップホップ 

2021年09月29日

J-WAVE 'SONAR MUSIC'出演! オンエアした曲、紹介したかったけどやめた曲など


9月29日(水)J-WAVEであっこゴリラさんがナビゲートする「SONAR MUSIC」にて、たっぷりとインドの音楽を紹介させていただきました!

めちゃくちゃ楽しかったー!
1時間近く、時間はたっぷりあったはずなのに、伝えたいことがあって、ちょっと喋りすぎちゃったかな…と少し反省もしてますが、自分の好きな音楽(そしてほとんどの人が知らないであろう音楽)をラジオを通してたくさんの人に伝えられるというのは何度経験してもすごくうれしいもの。

当日オンエアした曲をあらためて紹介します! 



Su Real "East West Badman Rudeboy Mash Up Ting"
デリーのEDM/トラップ系プロデューサー!


Ritviz "Chalo Charlein feat. Seedhe Maut"
プネーのインド的EDM(印DM)プロデューサーとデリーのラップデュオの共演!


When Chai Met Toast "Yellow Paper Daisy"

ケーララ州のフォークロックバンド!


Pineapple Express "Cloud 8.9"
ベンガルールのプログレッシブ・メタルバンド、インドの古典音楽との融合!


Drish T "Convenience Store(コンビニ)"
ムンバイ出身の日本語で歌う(!)シンガーソングライター!


Siri "Gold"
ベンガルールの女性ラッパー!


Seedhe Maut "Nanchaku ft. MC STAN"
デリーのラップデュオにプネーの気鋭の存在MC STANがゲスト参加!


MC STAN "Ek Din Pyaar"
プネーのラッパー!



今回の選曲は、インドでの人気や知名度よりも、純粋にサウンド的にかっこよかったり面白かったりするアーティストを集めたという印象。
この"SONAR MUSIC"は毎回かなり面白い特集を組んでいる音楽番組なだけに、リスナーの皆さんの反応が気になるところでしたが、気に入ってもらえたらうれしいです。


(ここからはちょっと余談)
6月の宇多丸さんのTBS「アフター6ジャンクション」、先月のSKY-HIさんの"IMASIA"に続いて、3本目のラジオ出演(全部ラッパーの番組!)となったわけだけど、ラジオで紹介する曲を選ぶのって、毎回かなり悩む。
インドの音楽やインドという国にとくに興味のないリスナーのみなさんにも「インドの音楽って面白い!」と思ってもらいたいし、できれば楽曲だけじゃなくて、興味深いエピソードなんかも話したい。
いかにもインドっぽい音がいいのか、インドらしからぬ欧米のポップスみたいな曲がいいのかも悩みどころだ(結局、毎回両方を選曲している)。
ラジオでは、私が出演するコーナーの前後に、当然ながら日本やアメリカやイギリスの完成度の高いポピュラーミュージックが流されているわけで、いずれにしてもそこに埋もれない曲を選びたい。
さらに欲を言えば、番組やパーソナリティーのカラーにあった曲が紹介できると、なお良い。

SONAR MUSICのナビゲーターのあっこゴリラさんの曲は以前から聴いていて、"DON'T PUSH ME feat.Moment Joon" みたいな曲で、女性やマイノリティが社会で感じている生きづらさを、きちんと表現しているのがかっこいいと思っていた。
日本語のリリックでは表現が難しいこういう社会的なテーマを、ヒップホップのフォーマットのなかでかっこよく表現するというのは、センスも勇気も必要なことだ。

だから、このブログでも度々話題にしているような、日本とはまた違う形で保守性や排他性が残るインドの社会の中で女性としての意見を表明しているフィメール・ラッパーのことを紹介したかったし、それに対するあっこゴリラさんの意見を聞いてみたかった。

ところが、「コレ!」という曲がなかなか見つからない。
インドにもフィメール・ラッパーはそれなりにいるのだが、ブログで文章を添えてミュージックビデオを紹介するぶんには良くても、ラジオでオンエアするとなると、曲としてはちょっと弱かったりするのだ。
メッセージは最高なのだけど、ラップのスキルがいまいちだったり、インドのアーティストにしては完成度の高いトラックでも、もしアメリカのトップアーティストの曲が流れた後だったら、そこまで魅力的に響かなかったりする。

できればインドらしいインパクトがあり、かつラップのスキルも十分で、メッセージも強烈な曲があれば良いのだが…と思っていたら、ぴったりの曲があった。

インド系アメリカ人で最近はインド国内での活躍がめざましいRaja Kumariをリーダーとして、ベンガルールのSiri, メガラヤのMeba Ofilia, ムンバイのDee MC,といったインドじゅうのフィメールラッパーが共演した"Rani Cypher"だ。

いかにもインド的なコーラスも耳を惹きつけるし、サビの女性に対する「忘れないで、あなたはクイーン(タイトルの'Rani'は女王の意)」というメッセージも素晴らしい。
ラップが英語でいわゆる洋楽リスナーにも聴きやすいのも良いし、冒頭で'As a woman in this industry, we have to work harder, we have to be better, we have to do so much more'という語りが入っているのでコンセプトが分かりやすい。
在外インド人であるRaja Kumariとインド各地の異なるバックグラウンドのフィメール・ラッパーのコラボレーションというのもぜひ触れたいポイントだ。

これは紹介したい楽曲の最右翼。さあリリックを細かくチェックしようと思ったら。
冒頭のヴァースで、ヘイターたちへのメッセージとして、こんなリリックをラップしていたのでびっくりした。

'I Nagasaki on them haters, ground zero'

マジか…。
これって明確に「ヘイターどもはナガサキのグラウンド・ゼロみたいにぶっ潰してやる」って意味だよね。

ラップの中で語呂のいい言葉を選んだのだろうが、さすがにこれはない。
(このリリックをラップしているのはSiriで、彼女に対しては、きちんと抗議しておきます。返事が来たらまたご報告します) 

この曲に関して言えば、この部分のリリック以外はコンセプトもサウンドも最高だし、こうしたリリックが含まれていることを注釈したうえで紹介しようかとも思ったのだけど、せっかく大勢の音楽ファンにとって未知のインド音楽を紹介するのに、ネガティブな話はしたくないので、残念だがこの"Rani"はリストから外すことになった。

インド社会の悪い意味での保守性のもとで女性たちが苦しんでいる現状に対して、ラップという新しい手段で声を上げることは、とても素晴らしいことだと思う。

問題は、虐げられている人々を鼓舞するために、別の虐げられた人たちが傷つくような表現をするっていうのはそもそもどうなのか、という話だ。

彼女の他の曲もたくさん聴いたが、彼女は決して露悪的な表現を好むラッパーではないと認識している。
(ヒップホップ的な範囲での強がりやディスりはもちろんあるが)
おそらく彼女にとって原爆投下は遠い国の歴史上の出来事で、いまだに犠牲者やその家族が、直接的、間接的に苦しんでいることを単純に知らないのだろう。

もちろん、彼女のしたような表現がインドで一般的に許容されているわけではなく、同じくベンガルールを拠点に活動するラッパーのSmokey The Ghostはこんなふうにフォローしてくれている。



(Smokeyはこの後、今回の一件について「原爆の悲劇はインドでもよく知られているし、これは単なる『特権的な無知』に過ぎない」との解釈を伝えてくれた)


いろいろ考えた結果、結局、フィメール・ラッパーの曲はSiriの"Gold"という曲を選んだ。
彼女の無知は責めるべきだし、この"Raani"のリリックは論外だが、彼女が本来伝えようとしているメッセージの価値はゆるぎないし、インドの女性ラッパーのなかでも音楽的にとくに秀でていると考えてのことだ。

まあとにかく、こうやって誤解や失敗を繰り返しながら国と国との関係とか、人と人との関係ってのは良くなっていくものだと信じている。 

言いたいのは、リスペクトを大事にしよう、ってこと。

最後に、今回紹介したアーティストについて、これまでに書いた記事を貼り付けておきます。



Su Real



Ritviz



When Chai Met Toast
 


Pineapple Express
 


Drish T



Seedhe MautとSiriが所属しているAzadi Records.
 


MC STANについては、書こう書こうと思ってまだ書いてない!
近々特集したいと思ってます。



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2021年09月11日

あらためて、インドのヒップホップの話 (その4 コルカタ、北東部、その他北インド編)



インドのヒップホップを地域別に紹介するこの企画、今回はコルカタとインド北東部、さらにその他北インドのラッパーを特集!

今回紹介する各地域の所在地はこちらの地図でチェック!
IndiaMap(states)
(出典:https://en.wikipedia.org/wiki/File:India_-_administrative_map.png


地域のくくり方が急に雑になったな… 、と思った方もいるかもしれないが、これまでちょくちょく書いてきたエリアが多いので、まとめて紹介させてもらいます。

コルカタをはじめとするベンガルのアーティストに関しては、昨年から何度も特集しているので、こちらから過去の特集記事をどうぞ。





コルカタを代表するラッパーといえばCizzy.

Cizzy "Middle Class Panchali"


お聴きの通り、非常にセンスの良い出来なのだが、インドでは他地域に話者がほとんどいないベンガル語でラップしているせいか、彼は全国的には無名な存在だ。
コルカタのヒップホップシーンは、ほとんどのラッパーがベンガル語でラップしているがゆえに、ヒンディー語でラップするムンバイやデリーのラッパーのような注目を集めることが少ないのである。

ところが、ここに来てCizzyがインド全体を意識したような英語の楽曲をリリース。
はたして、Cizzyは全国的な成功を手にすることができるのだろうか?

Cizzy "Good Morning, India"



ところで、コルカタが位置する州の名前はウエスト・ベンガル州。
じゃあ東ベンガルはどこにあるのかというと、それはバングラデシュという別の国。
19世紀末、インドを支配していたイギリスは、民族運動がさかんだったベンガル地方を効率的に統治するため、宗教間の対立感情を巧みに利用して、この地域をヒンドゥー教徒が多い西ベンガルとムスリムが多い東ベンガルに分断した。
結果として、ベンガル地方東部はヒンドゥー教がマジョリティを占める世俗国家となったインドと袂を分かち、はるか遠くインドの西に位置するパキスタンの一部として独立することを選んだ。
しかしながら、地理的にも離れているうえに、文化的にも言語的にも差異の大きい東西パキスタンはさまざまな折り合いがつかず、東パキスタンは独立運動の末、1971年にバングラデシュとして再独立を果たすことになった。

というわけで、隣国にはなるが、コルカタと同じベンガル語を話すバングラデシュのラッパーを特集した記事はこちら。


同じベンガル語圏でも、文学的かつ詩的な香りのただようコルカタとは異なり、バングラデシュのラッパーはより政治的かつ社会的な主張をリリックに盛り込んでいるという印象。
東西ベンガルのラップの傾向の違いが、それぞれの国の歴史や政治や文化の違いによるものなのか、はたまた宗教の違いによるものかは分からないが、なかなか興味深いところではある。



首都デリーとコルカタを結ぶ線上には、タージマハールがあるアーグラー、男女交歓像で知られるカジュラーホー、ガンジス河の聖地ヴァーラーナシー、ブッダが悟りを開いたブッダガヤー(ボードガヤー)といった有名な観光地が点在している。
だが、これらの地域(州でいうとウッタル・プラデーシュ、ビハール、ジャールカンドなど)は人口こそ多いものの、経済的には貧しく、端的に言って「後進的」な地域だ。

したがって、ヒップホップのような新しいカルチャー不毛の地なのだが、それでも、突然変異のようなきらめきを放つアーティストが登場することがある。

例えば、先日紹介したビートメーカーのGhzi Purがその一人だ。
地理的に大都市のシーンから隔離されているからだろうか、狂気を煮詰めたようなサウンドは、あまりにも強烈な個性を放っている。
(そういえば、メールインタビューの返事、待たされたままこないな…)



ジャールカンド州には、これまた驚くべきラッパーTre Essがいる。
以下のふたつ目のリンクの記事は彼へのインタビューだが、彼が語ったヒップホップをエクスペリメンタルなジャンルとして定義づける姿勢と、地方都市のアーティストならではの苦悩は強く印象に残っている。






インドのなかでももっとも貧しい州のひとつとして知られるビハール州にも、ユニークなラッパーがいる。
彼の名はShloka.
ヒンドゥー教の伝統的なモチーフを大胆に導入したそのスタイルは、まさにインドのヒップホップ!

 Shlokaというラッパーネームはインドの古い詩の形式の名前から取られている。
インドでは古典音楽とラップの融合は珍しくないが、彼のようなスタイルは唯一無二だ。


そのまま東に進んでウエスト・ベンガル州を越え、さらにバングラデシュを越えると、そこはインド北東部。
「セブン・シスターズ」と呼ばれる7つの小さな州が位置する地域だ。
このエリアには、アーリア系やドラヴィダ系の典型的なインド人ではなく、東アジア、東南アジアっぽい容姿のさまざまな少数民族が暮らしている。
インドのマジョリティとは異なるルーツを持った少数民族であるがゆえに、インド国内では被差別的な立場に置かれることも多い彼らは、自らの誇りをラップを通して訴えている。

北東部は、話者数が少ない地元言語よりも、多くの人に言葉を届けられる英語でラップするアーティストが多い土地でもある。
彼らについてはこの記事で詳しく特集している。


ベンガルール編で紹介した日印ハーフのラッパーBig Dealも、北東部の人々同様に見た目で差別されてきた経験を持つからだろう、彼らに想いを寄せた曲をいくつも発表している。
上記の記事では、USのラッパーのジョイナー・ルーカスの"I'm Not Racist"を下敷きに北東部出身者への偏見をテーマにした"Are You Indian"、を紹介したが、この曲では北東部ミゾラム州のラッパーG'nieと共演して、「チンキー」という差別語で呼ばれる現実をラップしている。


インドの東の果てまで来てしまったが、今度は西側にぐっと戻って、タール砂漠が広がるラージャスターン州に目を移そう。
褐色の大地に色鮮やかな民族衣装が映えるこの地は、インドのなかでもとくにエキゾチックな魅力にあふれ、観光地としても国内外の人気を集めている土地だが、ポップカルチャーの世界では存在感の薄い地域である。

だが、全国的な知名度こそなくても、この地域にはインドらしい個性があふれるラッパーたちがいる。
砂漠の街のギャングスタ、J19 Squadとラージャスターンのラッパーについては、ぜひこちらの記事からチェックしてみてほしい。




カリフォルニアのチカーノ・ラッパーたちが自慢のローライダーを見せびらかすように、とっておきのラクダを見せびらかすヒップホップミュージックビデオなんて、最高としか言いようがない。



最後に、インド北部、パキスタンとの国境紛争や独立運動に揺れるカシミール地方にも、ラップでメッセージを発信しているラッパーがいた。
世界中の人に言葉が届くようにと英語でラップしているMC KASHがその代表格で、彼が2010年に発表した"I Protest"は、中央政府による弾圧に抗議するこの地方の人々の合言葉となった。
この地方の概要と彼については、この記事で紹介している。



最近では、デリーのAzadi Records所属のAhmerもカシミーリーとしてのリアルをラップしている(彼の場合、言語が英語ではないのでリリックの内容はわからないが、このミュージックビデオのアニメーションからも現地の厳しい状況が想像できる)
 
今回は北インドのいろんな地域のヒップホップを急ぎ足で見てきたが、とにかくいろんな場所でいろんなラッパーがいろんな主張やプライドをリリックに乗せて発信しているのがたまらなく魅力的だし、ぐっとくる。
これでもまだ紹介できていない地域があるのだからインドは奥が深い。

さて、次回はまだ紹介しきれていない南インドを掘ってみます。



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2021年09月05日

あらためて、インドのヒップホップの話(その3 ベンガルール編 洗練された英語ラップとカンナダ・マシンガンラップ)


BangaloreRappers


インドのヒップホップを都市別に紹介するこのシリーズの3回目は、インド南部カルナータカ州の州都ベンガルール。
(日本では 「バンガロール」という旧称のほうがまだなじみがあるが、2014年に州の公用語カンナダ語の呼称である「ベンガルール」に正式に改称された)

デカン高原に位置する都市ベンガルールは、インドでは珍しく年間を通じて安定したおだやかな気候であり、イギリス統治時代には支配階級の英国人たちの保養地として愛された。
かつては「インドの庭園都市」という別名にふさわしい落ち着いた街だったようだが、20世紀末から始まったIT産業の急速な発展は、この街の様子を一変させてしまった。
1990年に400万人ほどだった人口は、今では1,300万人に迫るほどに急増。
世界的なソフトウェア企業のビルが立ち並ぶベンガルールは、ムンバイとデリーに次ぐインド第3の巨大都市となった。 


国際的な大都市にふさわしく、この街のヒップホップシーンには、英語ラップを得意とするラッパーが数多く存在している。

例えば、Eminemによく似たフロウでヒンドゥー教のラーマ神への信仰をラップするBrodha V.
コーラスのメロディーはラーマを称える宗教歌で、アメリカにクリスチャン・ラップがあるように、インドならではのヒンドゥー・ラップになっている。

Brodha V "Aatma Raama"

彼はこのブログでいちばん最初に紹介したラッパーでもある。


Siriは前回紹介したデリーのAzadi Records所属。
ムンバイのDee MCや北東部のMeba Ofiliaと並んで、インドを代表するフィメール・ラッパーだ。

Siri "Live It"



かつてはBodha Vと同じM.W.Aというユニットに所属していたSmokey the Ghostは、わりと売れ線の曲も手がけるBrodha Vとは対照的に、アンダーグラウンド・ラッパーとしての姿勢を堅持している。
彼はかつてマンブル・ラッパーたちを激しくディスったこともあり、90年代スタイルのラップにこだわりを持っているようだ。

Smokey the Ghost & Akrti "YeYeYe"

この"Hip Hop is Indian"は、インド全土のラッパーの名前やヒップホップ・クラシックのタイトルを、北から南まで、コマーシャルからアンダーグラウンドまでリリックに織り込んだ、インドのシーン全体を讃える楽曲だ。

Smokey the Ghost "Hip Hop is Indian"

ちなみに彼が所属していたM.W.Aは、言うまでもなくカリフォルニアの伝説的ラップグループN.W.A(Niggaz with Attitude)から取られたユニット名で、'Machas with Attitude'の略だという。
'Macha'はベンガルールのスラングで、「南部の野郎ども」といった意味だそうだ。



ベンガルールの英語ラッパーには、他の地域にルーツを持つラッパーも多い。
インド東部のオディシャ州出身の日印ハーフのラッパーBig Dealもその一人だ。
この"One Kid"では、彼が生まれ故郷のプリーではその見た目ゆえに差別され、ダージリンの寄宿学校にもなじめず、ベンガルールでラッパーとなってようやく自分の生きる道を見出した半生をそれぞれの街を舞台にラップしている。

Big Deal "One Kid"



インド南西部のケーララ州出身、テキサス育ちのHanumankindもベンガルールを拠点として活動する英語ラッパーだ。

Hanumankind "DAMNSON"


彼はジャパニーズ・カルチャー好きという一面もあり、この曲ではスーパーマリオブラザーズのあの曲に乗せて、Super Saiyan(スーパーサイヤ人)とか「昇竜拳」といった単語が散りばめられたラップを披露している。

Hanumankind "Super Mario"



ベンガルールで英語ラップが盛んな理由を挙げるとすれば、
  1. 世界中から人々が集まり、英語が日常的に話されている国際都市であるということ
  2. ベンガルールが位置するカルナータカ州の言語であるカンナダ語は、インドの中では比較的話者数の少ない言語であるということ(カンナダ語の話者数は4,000万人を超えるが、それでもインドの人口の3.6%に過ぎず、最大言語ヒンディー語の5億人を超える話者数と比べると、かなりローカルな言語である)
  3. 他地域から移り住んできたラッパーも多く、彼らは自身の母語でラップしてもベンガルールで支持を受けることは難しく、またローカル言語のカンナダ語もラップできるほどのスキルも持ち合わせていないと思われること
という3点が考えられる。

もちろん、ここに紹介したラッパーの全員が常に英語ラップをしているわけではなく、Siriは"My Jam"のコーラスでカンナダ語を披露しているし(全曲カンナダ語の曲もリリースしている)、Brodha Vもカンナダ語やヒンディー語でラップすることがある。
またBig Dealはオディシャ出身者としての誇りから母語のオディア語を選んでラップすることもあり、史上初のオディア語ラッパーでもある。



さて、ここまで見てきたような英語ラップのシーンは、じつはベンガルールのヒップホップのごく一面でしかない。
話者数の比較的少ないローカル言語とはいえ、もちろんベンガルールにはカンナダ語のラッパーも存在している。
そして、どういうわけかその多くが、リリックをひたすらたたみかけるマシンガンラップを得意としているのだ。
例えばこんな感じ。


MC BIJJU "GUESS WHO'S BACK"


RAHUL DIT-O, S.I.D, MC BIJJU  "LIT"

カンナダ・マシンガンラップの代表格MC BIJJU、そして、この曲で共演しているRAHUL DIT-O、S.I.Dもこれでもかという勢いのマシンガン・ラップ。
冒頭の寸劇で、コマーシャルな曲をやれば金になるが、コンシャス・ラップをしてもほとんど稼ぎにならない現状が皮肉たっぷりに描かれているのも面白い。


ぐっとポップな雰囲気のこの曲でも、フロウは少し落ち着いているものの、どこかしら言葉を詰め込んだようなラップが目立つ。

EmmJee and Gubbi "Hongirana"

ラッパーはGubbi.
南インドの言語(カンナダ語、タミル語、テルグー語、マラヤーラム語)はアルファベット表記したときにひとつの単語がやたらと長くなる印象があるが、おそらくそうした言語の特質上、カンナダ語のラップはマシンガンラップ的なフロウになってしまうのだろう。


変わり種としては、ちょっとレゲエっぽいフロウと、絶妙に垢抜けないミュージックビデオが印象的なこんな曲もある。

Viraj Kannadiga ft.Ba55ck "Juice Kudithiya"

この曲はカンナダ語のレゲトンとして作られたようで、リリックの内容は「これは酒じゃなくてジュースだ」という意味らしい。
カンナダ語ラップといっても、ハードコアな印象のものから、ポップなもの、コミカルなものと多様なスタイルが存在している。


いわゆるストリート発信のヒップホップとは異なるが、北インドにおけるバングラー・ポップ的な、カンナダ語のエンターテインメント的ダンスミュージックというのも人気があるようだ。

Chandan Shetty "Party Freak"

この曲の再生回数が4,000万回だというから、やはりRAHUL DIT-O, S.I.D, MC BIJJUの"LIT"のミュージックビデオのように、インドじゅう(というか世界中)どこに行ってもコンシャスな内容のものよりコマーシャルなものが人気なのは変わらない。

今回紹介した英語ラップのシーンとカンナダ語ラップのシーンは、別に対立しているわけではなく、それぞれのラッパーが共演することもあるし、またラッパーが曲によって言語を使い分けることもある。
IT産業で急速に発展した国際都市という顔と、カルナータカ州の地方都市という2つの顔を持つベンガルールは、これからも面白いラッパーが登場しそうな要注目エリアである。





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2021年09月01日

あらためて、インドのヒップホップの話 (その2 デリー&パンジャービー・ラッパー編 バングラー系パーティー・ラップと不穏で殺伐としたラッパーたち)



DelhiRappersラージュ

例えばラジオ番組とかで、「インドのヒップホップを3曲ほど選曲してほしい」なんて言われると、ついムンバイのラッパーの曲ばかり挙げてしまうことが多い。
ムンバイの曲ばかりになってしまう理由は、やはり映画『ガリーボーイ』をめぐる面白いストーリーが話しやすいのと、抜群にポップで今っぽい曲を作っているEmiway Bantaiの存在が大きい。

とはいえ、州が違えば言葉も文化も違う国インドでは、あらゆる都市に個性の異なるヒップホップシーンがある。
というわけで、今回は首都デリーのヒップホップシーンについてざっと紹介します!

ご覧の通り、デリーという街は北インドのほぼ中央に位置している。
(まずはちょっとお勉強っぽい話が続くが辛抱だ)
DelhiMap
(画像出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Delhi

ここで注目すべきは、デリーの北西にあるパキスタンと国境を接したパンジャーブ州。
インドとパキスタンの両国にまたがる地域であるパンジャーブは、男性信徒のターバンを巻いた姿で知られるシク教の発祥の地として知られている。
1947年、インドとパキスタンがイギリスからの分離独立を果たすと、パキスタン側に住んでいたシク教徒やヒンドゥー教徒たちは、イスラームの国となるパキスタンを逃れて、インド領内へと大移動を始めた。
同様にインド領内からパキスタンを目指したムスリムも大勢いて、大混乱の中、多くの人々が暴力にさらされ、命が奪われる悲劇が起きた。
それが今日に至る印パ対立の大きな原因の一つになっているのだが、今はその話はしない。
パキスタン側から逃れてきたパンジャーブの人々は、その多くがパンジャーブに比較的近い大都市であるデリーに住むこととなった。
結果として、デリーのシーンは、パンジャービー(パンジャーブ人)の音楽が主流となったのである。

パンジャービーには、北米やイギリスに移住した者も多い。
彼らはヒップホップや欧米のダンスミュージックと彼らの伝統音楽であるバングラー(Bhangra)を融合し、バングラー・ビートと呼ばれるジャンルを作り上げた。
2003年に"Mundian To Bach Ke"を世界的に大ヒットさせたPanjabi MCはその代表格だ。
デリーのパンジャービーたちは、本国に逆輸入されたバングラー・ビートを実践し、インドのヒップホップの第一世代となった。
この世代を代表しているのが、Mafia Mundeerというユニット出身のラッパーたちだ。




キャリアなかばで空中分解してしまったMafia Mundeerの詳細はこれらの記事を参照してもらうことにして、ここでは、その元メンバーたちの楽曲をいくつか紹介することとしたい。

彼らの中心人物だったYo Yo Honey SinghとBadshahは、その後、バングラービートにEDMやラテン音楽を融合したパーティーミュージックで絶大な人気を誇るようになった。


Yo Yo Honey Singh "Loka"


Badshah "DJ Waley Babu"

オレ様キャラのHoney Singhはリリックが女性蔑視的だという批判を浴びることもあり、アルコール依存症になったり、少し前には妻への暴力容疑で逮捕されたりもしていて、悪い意味で古いタイプの本場のラッパーっぽいところがある(USと違って銃が出てこないだけマシだが)。

この二人はヒット曲ともなるとYouTubeの再生回数が余裕で億を超えるほどの大スターだが、その商業主義的な姿勢ゆえに、ガリーラップ世代のヒップホップファンから仮想的として扱われているようなところがある。
(一時期、インドのストリート系のラッパーの動画コメント欄は「Honey Singhなんかよりずっといい」みたいな言葉で溢れていた)

Mafia Mundeerの元メンバーの中でも、より正統派ヒップホップっぽいスタイルで活動しているのがRaftaarとIkkaだ。


Raftaar "Sheikh Chilli"

この曲は前回のムンバイ編で紹介したEmiway BantaiとのBeefのさなかに発表した彼に対する強烈なdissソング。
RaftaarとEmiwayのビーフについては、この記事に詳しく書いている。



IKKA Ft. DIVINE Kaater "Level Up"
Mafia Mundeerの中ではちょっと地味な存在だったIkkaは、今ではDIVINEとともにNASのレーベルのインド版であるMass Appeal Indiaの所属アーティストとなり、本格派ラッパーとしてのキャリアを追求している。

もちろん、デリーにパンジャーブ系以外のラッパーがいないわけではなく、その代表としては'00年代なかばから活動しているベテランラッパーのKR$NAが挙げられる。

KR$NA Ft. RAFTAAR "Saza-E-Maut"
ちなみにこの曲でKrishnaと共演しているRaftaarも、バングラー・ラップのシーン出身ではあるが、もとはと言えばパンジャービーではなく南部ケーララにルーツを持つマラヤーリー系だ。


パンジャービー・シクのラッパーといえばバングラー・ラップというイメージを大きく塗り変えたのが2017年に"Class-Sikh"で鮮烈なデビューを果たしたPrabh Deepだ。
黒いタイトなターバンをストリート・ファッションに合わせ、殺伐としたデリーのストリートライフをラップする彼は、相棒のSez on the Beat(のちに決裂)のディープで不穏なトラックとともにシーンに大きな衝撃を与えた。

Prabh Deep "Suno"


彼が所属するAzadi Recordsは、デリーのみならずインド全土のアンダーグラウンドな実力派のラッパーを擁するレーベルで、デリーでは他にラップデュオのSeedhe Mautが所属している。


Seedhe Maut "Nanchaku" ft MC STAN


この曲はプネー出身の新鋭ラッパーMC STANとのコラボレーション。
彼らは意外なところでは印DM(軽刈田が命名したインド風EDM)のRitvizとも共演している。

Ritviz "Chalo Chalein" feat. Seedhe Maut
インドのインディーミュージックシーンでは、こうしたジャンルを越えたコラボレーションも頻繁に行われるようになってきた。
デリーのレーベルでは、他にはRaftaarが設立したKalamkaarにも注目すべきラッパーが多く所属している。


Prabh Deep以降、パンジャーブ系シク教徒でありながら、バングラーではないヒップホップ的なラップをするラッパーも増えてきている。
例えばこのSikander Kahlon.

Sikander Kahlon "100 Bars 2"


その一方で、このSidhu Moose Walaのように、バングラーのスタイルを維持しながら、ヒップホップ的なビートを導入しているアーティストも存在感を増している。

Sidhu Moose Wala "295"



Deep Kalsi Ft. KR$NA x Harjas x Karma "Sher"



Siddu Moose Walaはカリスタン独立派(シク教徒の国をパンジャーブに建国するという考えを支持している)という少々穏やかならぬ思想の持ち主だが、彼の人気はすさまじく、Youtubeでの動画再生回数は軒並み数千万〜数億回に達している。
パンジャービー、バングラーとヒップホップの関係は、一言で説明できるものではなくなってきているのだ。(ちなみにSikander KahlonもSiddu Moose Walaも、デリー出身ではなくパンジャーブ州の出身)



最後に、デリー出身のその他のラッパーをもう何人か紹介したい。

Sun J, Haji Springer "Dilli (Delhi)"

Karma "Beat Do"

パンジャービーの影響以外の点で、デリーのヒップホップシーンの特徴を挙げるとすれば、このどこか暗く殺伐とした雰囲気ということになるだろうか。
デリーのラッパーのミュージックビデオは、なぜか夜に撮影されたものが多く、内容も暴力や犯罪を想起させるものが少なくない。
他の都市と比較して、自分の街への愛着や誇りをアピールした曲が少ないのも気になる要素だ。
デリーの若者は自分たちの街にあんまりポジティブなイメージを持っていないのだろうか。

とはいえ、こうしたダークなラップがまた魅力的なのもまた事実で、独特な個性を持ったデリーのシーンには今後も注目してゆきたい。


(ムンバイ編はこちら)




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