2020年05月24日

ゲットーだけがヒップホップじゃない! ムンバイのアーバン・ヒップホップ Sixk


このブログで何度も紹介しているムンバイのヒップホップシーン。
これまで主に紹介してきたのはストリート系のラッパー(スラム出身者などのいわゆるガリーラップ)や、Lo-Fi/Jazzy HipHopなどの音響的に新しい試みをしているアーティストたちだった。



インド最大の都市、ムンバイには、こうしたムーブメントとは別に、ポップミュージックとして洗練されたヒップホップを追求しているアーティストも存在している。

ムンバイの6人組、SIXK(どう発音するのだろう)は、ストリートのリアリティーの追求や音響的な実験ではなく、かつボリウッド的なバングラー/EDM系のラップとも違う、ポップな英語リリックによるヒップホップチューンを発表している。
彼らは2018年に結成され、4人のヴォーカル(MC)とプロデューサー、ドラマーからなるグループだ。
さっそく、彼らの"Dansa"と"Roll Numbers"を聴いていただこう。




"Dansa"のミュージックビデオの一糸乱れぬダンスはボリウッドを思い起こさせる部分もあるが、これは昨今インドでも人気の高まっているK-Popの影響かもしれない。
"Roll Numbers"のYouTubeのコメント欄には、「韓国のラップトリオMFTBYがこの曲にリアクションしてくれた!」というコメントが寄せられていて、K-Popが欧米のポップ・ミュージック同様にインドの憧れの対象となっていることが分かる。


音楽メディア'Rolling Stone India'のウェブサイトでは、ここ1〜2年でK-Popが取り上げられる割合がかなり大きくなっており、韓国のアーティストにインドのミュージックビデオを見せて、そのリアクションを動画で公開するといった企画も行われている。(SIXKへのMFTBYのリアクションというのも、おそらくはこの企画のことを指しているのだろう)

お聴きの通り、彼らのサウンドは、ゴツゴツとしたラップではなく、ソウルやポップスの要素も入ったノリが良くキャッチーなものだ。
リリックのテーマも、ストリートのリアルさというよりも、9時から5時の仕事の憂鬱や、内面的な感情を扱っている。
こうしたリリックの通り、インタビューによるとメンバーは定職を持ちながら音楽活動を始めており、今なおCAとして働いているメンバーもいるという。
映画音楽以外の音楽シーンがまだまだ発展途上のインドでは、多くのミュージシャンが「本業」を持ちながら、自分たちの表現したい音楽に取り組んでいる。
彼らは語る。
「俺たちはストリート育ちじゃない。俺たちには人を感動させるようなストーリーがあるわけじゃないんだ。でも俺たちは、機械みたいな決まりきった生活なんて全く望んじゃいないよ。俺たちはかなり恵まれた環境に育っているし、他のアーティストに比べて苦労しているようには見えないかもしれない。それでも、精神的な苦労はかなり大きいし、今だってそうだよ。育ってきた中で身についた習慣を捨て去るっていうのは、すごく勇気がいることだ。安定した生活と仕事を捨てるっていうのはね。」

スラム出身者などの「ガリーラップ」が注目を集めることが多いインドのシーンだが、もちろんラップはゲットー育ちのみに与えられた特権ではない。
ミドルクラスにも上流階級にも悩みや不満があり、表現衝動があるのもまた当然なのだ。

これまでインドで発展してきたボリウッド系ラップやガリーラップ、音響的な美学を追求したアンダーグラウンド・ラップに加えて、さらにこうしたポップな世界観のラッパーたちも登場し、ますます活況を呈してきているインドのヒップホップシーン。
英語リリックという世界基準を満たしていて、さらにローカルな要素が少なく普遍的なテーマを扱っているということもあり、うまくいけば、このジャンルから世界的にブレイクするアーティストが出てくるなんてこともあるかもしれない。

最後に、SIXKのより実験的な楽曲、"Conversation"と"Realisation"を紹介する。
彼らは音楽的な引き出しも多そうで、今後の活躍がますます期待されるヒップホップ・アーティストの最右翼に位置付けられそうだ。







参考:
http://theindianmusicdiaries.com/getting-real-with-sixk-the-hip-hop-crew-from-mumbai/




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2020年05月19日

ロックダウン中に発表されたインドの楽曲(その2) Hirokoさんインタビューと国境を超えたコラボレーション



前回の記事では、ロックダウン下のインドで発表された楽曲たちを紹介した。
この記事でも触れたように、ムンバイ在住のシンガー/ダンサーのHirokoさんは、インドのミュージシャンたちとコラボレーションして、ZARDの『負けないで』のカバーを発表した。
というわけで、今回は、Hirokoさんに聞いた製作裏話と現在のムンバイの状況、さらに、インドのミュージシャンたちが、コロナウイルス禍のなかで、国境を越えて共演している楽曲の数々を紹介したい

まずはさっそく、Hirokoさんへのインタビューをお届けする。


−お久しぶりです。軽刈田です。さっそくですが、今回のコラボレーションの経緯を教えてください。

「2月末〜3月上旬にかけて日本やインドでCovid-19感染者が出始め、インド政府が日本人へのビザを一時無効としたことで、私を含めたインドを愛する日本人の間で動揺が広がりました。
ムンバイ在住の私も、日本に自由に行くことができなくなりました。
実はこの頃に日本に住んでいた姉が急逝したのですが、私は日本に行けないため最期のお別れもできませんでした。
そうこうしているうちにインドでもCovid-19の感染者が増え始め、ムンバイでは3月21日から、インド全土では3月25日からロックダウンが始まり、自宅に引きこもる軟禁生活が始まりました。
日本やインドや世界中でCovid-19が蔓延していく様子が毎日ネットを通じて目に入ってきて、私自身も不安な気持ちが大きくなってきたのですが、このままだといけないなと自分自身を元気づけるために毎日自宅で一人で歌っていたのが、ZARDの『負けないで』でした。
もともとZARDの坂井泉水さんの歌は大好きだったのですが、ロックダウンの軟禁生活のなか『負けないで』を歌っていたらとても元気が出たんです。
この元気になる歌を私の声で歌って、リスナーの皆さんに少しでも元気をおすそわけできたら良いなと思い、カバー曲を制作することを決めました。
せっかくインドにいるのだからインド要素を取り入れたカバー曲にしたいなと思って、友人のインド人アーティスト達にコラボを提案してみたら、みんな賛同してくれてプロジェクトが始動しました。」

なんと、コロナウイルスによる異国でのロックダウンという災難のみならず、お姉さんの急逝という悲劇まで重なってしまっていたとは…。
『負けないで』という選曲は、世界中の同じ状況下にいる人々への応援歌というだけではなく、自分への励ましでもあったのだ。
それを知ったうえで改めて聴くと、Hirokoさんの歌声からまた違った印象が感じられる。


−プロデューサーのKushmirとキーボードのSamuelはHirokoさんと同じムンバイですが、タブラのGauravはデリーからの参加ですね。

「はい、本プロジェクトチームはムンバイだけでなく、デリー、日本からのメンバーで、全員WFH (Work From Home) で制作しました。
ミュージックプロデューサーのKushmirとVideo EditingのIan (Ibex名義でラッパーとしても活動)はもともとの友人で、以前ブログでも紹介していただいた『ミスティック情熱』のメンバーです。
PianistのSamuelはKushmirの友人、Sound Mixing & Masteringの石山さんは私のソロ曲「Arigatou」でもお世話になったサウンドエンジニアさん。
そして、タブラのGaurav Chowdharyは昔ムンバイに住んでいて、私が初めてムンバイに来てダンス修業をしていた時に知りあった古くからの友人です。Gauravはアクターでもあり、『Teen Taal』というヒンディー映画にも出演しています。」

Hirokoさんから教えてもらったパーソネルは以下の通り。

Vocalist : Hiroko (Mumbai)
Music Producer : Kushmir (Mumbai)
Pianist : Samuel Jubal D’souza (Mumbai)
Tabla Player : Gaurav Chowdhary (Delhi)
Sound Mixing & Mastering : Aki Ishiyama (Japan)
Video Editing : Ian Hunt (Mumbai)
 
Hirokoさんが以前リリースした"Mystic Jounetsu"(『ミスティック情熱』)についてはこちらの記事を参照してほしい。
日本のカルチャーや音楽がどのようにインドに影響を与えているかが分かる興味深いインタビューになっている。 
 


ちなみに"Mystic Jounetsu"にも参加していたビートメーカーのKushmirは、ソロのWFH(Work From Home)作品も発表している。


彼は、最近では、日本の映像クリエイター入交星士(Seishi Irimajiri)とコラボレーションした作品も発表しており、こちらも非常に興味深い仕上がりだ。


Hirokoさんが語っているGauravが出演した映画『Teen Taal』は、彼の亡くなったお父さん(タブラ奏者)の実話をもとにしたストーリーで、Gaurav自身が脚本も書いているとのこと。
Gauravは、古典音楽一家に生まれたタブラ奏者、俳優、脚本というマルチな才能を持った人物のようだ。 


キーボードのSamuelも、ロックダウン中に自宅からNicole C. Mullenの"Redeemer"のカバー曲を発表している。

歌っているのは彼の奥さん。
彼は敬虔なクリスチャンのようで、「こんな時でも、イエスは見守ってくれているということを思い出して欲しくてこの曲を演奏していると決めた。彼は我々が思うよりもずっと近くで、その手で包んでくれている」というメッセージが添えられている。

−今回は完全にオンライン上でのコラボレーションになったと思いますが、どのような進め方で製作したのでしょうか?苦労した点はありますか?

「楽曲については、インド要素を取り入れつつも、オリジナルのZARDのイメージは大切にしたかったので、今回はタブラを入れたアレンジにしました。
まずKushmirに『負けないで』のオリジナル楽曲を聴いてもらい、ビート制作を依頼しました。
KushmirのビートにSamuelのピアノを乗せたインストをGauravに送り、それに合わせてタブラを録音したデータを私に送ってもらいました。
並行して、私のボーカルを自宅で録音しました。
そして、インストのステム、タブラトラック、ボーカルトラックをサウンドエンジニアの石山さんに送り、ミキシング・マスタリングをしてもらいました。
ミュージックビデオは、出演アーティスト4名がそれぞれ自宅でスマホで動画を撮影し、私がまとめてビデオエディット担当のIanに送り、エディットしてもらいました。
WFHでコラボしているイメージをお見せしたかったので、4名が同時にパフォーマンスしている映像にしました。」

タブラ・バージョンでのカバーということで、もっとインドの要素が入ってくるかと思っていたのだが、オリジナルを大切にしたうえでのアレンジだったようだ。
Hirokoさんのコメントは続く。

「このように、基本的なやりとりはWhatsAppやメールで問題なく進められましたが、一番苦労したのはレコーディングでした。
ロックダウン中でスタジオに行けないので、自宅でのレコーディングでしたが、自宅にスタジオマイクが無いのでなんとスマホでレコーディングしました。
Naezyがまだ有名になる前にスマホでレコーディング・撮影したという話を思い出しながら。(笑)
スマホでのレコーディングですから音質は良くなくて、サウンドエンジニアの石山さんもかなり苦労されたようです。
それでも、聴いてくださったリスナーの皆さんから「元気が出ました!」というコメントをたくさんいただいて、嬉しかったです。」

さすが、日本よりもインドのほうが落ち着くと公言してはばからないHirokoさん。
スマホでレコーディングしてしまうという、あるモノで、できる範囲でやってしまおうという精神は、まさにインディアン・スピリッツ。
コメントにあるNaezyのエピソードは、ムンバイのスラム出身で、今ではインドを代表するラッパーの一人となったNaezy(昨年インドの映画賞を総なめにした『ガリーボーイ』の主人公のモデルだ)が注目されるきっかけとなった楽曲"Aafat!"をiPadのみで製作・撮影したことを指している。



−さて、ロックダウンが長く続いていますが、ムンバイの様子はどうですか?

「ロックダウンももう53日(ムンバイは55日 ※5月16日現在)続いており、自宅軟禁生活もすっかり慣れました。
食材の買い出し以外は外出禁止なので、基本的に家に引きこもって、在宅で仕事をしたりWebinar(ウェブセミナー)を開催したり、ダンスのオンラインクラスを受講したり逆に教えたり、次の音楽プロジェクトの作詞作曲をしたり、料理を楽しんだりしています。
ムンバイはインドで一番感染者が多く、ホットスポットが多いレッドゾーンとなっており、ロックダウンはまだまだ延長されそうです。
もともとムンバイは人口が多く密集度が高いのですが、特にアジア最大のスラム ダーラーヴィー地区での感染が広がっているのがとても心配です。」

ダーラーヴィー(ダラヴィ)は、映画『スラムドッグ$ミリオネア』や『ガリーボーイ』 の舞台にもなったスラム街だ。
貧しい人々が多く暮らすスラムは、衛生環境も悪いうえに、人口も多く住居も過密状態であり、こうしたエリアでコロナウイルスが蔓延してしまうと、いったい収束にはどれくらいかかるのか、想像もつかない。

「また、私もチャリティーライブなどで参加させてもらっているワダーラー・ゴワンディー地区のスラムの子供達ともメッセージで話したのですが、政府からの食料配給がなかなか行き届いておらず、私からムンバイポリスやボランティア団体にTwitterで直訴して支援していただけるようお願いしたりもしました。
ムンバイ以外のエリアでも、ロックダウンによって大変な影響を受けている貧困層や出稼ぎ労働者、会社から給料を払ってもらえないミドルクラスなどがたくさんいます。
これらに対してインド政府は色々な経済支援策を出しており、また、多くの富裕層が寄付をしたり、ボランティア団体が貧困層をサポートしたりしています。それでもまだまだ足りないのですが。
一日も早くCovid-19の件が終息して、またスラムの子供達の元気が姿が見たいですし、音楽やダンスのステージライブがしたいです。」 

Hirokoさんは話題に出たワダーラー地区でダンスと音楽を教える活動を行なっている。
その教室で育った青年のなかには、現在ではラッパーになった者もいる。
音楽がスラムの若者たちの力と誇りとなり、それが引き継がれてゆく一例だ。
ワダーラー地区の様子とその青年、Wasimのラップはこの映像で見ることができる。


−このあともHirokoさんは音楽活動の予定がたくさんあるようですが、教えてもらえますか?

「『ミスティック情熱』チームでの日本語・英語ラップ曲次回作、ヒンディー語楽曲など、コラボプロジェクトがいくつか進行しています。
ロックダウンが終わって最初に行きたいのは、レコーディングスタジオかな(笑)
日本の皆さんも緊急事態宣言で外出の自粛要請をうけて、色々と制限された生活を送られていることと思います。
ですが、日本もインドもみんなで負けないで乗り切りましょう!」

…と、Hirokoさんはどこまでもポジティブに先を見据えているようだ。
ムンバイの状況が落ち着いて、進行中のプロジェクトがリリースされることを楽しみに待ちたい。


Hirokoさんの『負けないで』のような、インドと海外のアーティストによる国境を超えたコラボレーションは、他にも行われているようだ。
デリーのロックバンドCyanideのヴォーカリストでシンガーソングライターRohan Solomonは、5大陸9カ国の20都市のアーティストと、ロックダウンの孤独をテーマにした楽曲"Keep Holding On"をリリースした。

Rohan Solomonは、Anderson Paakによるグラミー賞(最優秀ラップ・パフォーマンス)受賞曲"Bubblin"にアシスタント・エンジニアとして関わるなど、裏方としても活躍している。
この楽曲でも、"We Are The World"形式のアレンジで、ロックダウンの孤独のもとでも自分にとって大切なものを保ち続けようというメッセージをドラマチックに聴かせてくれている。

ムンバイのジャズギタリストであるAdil Manuelは、フランス領レユニオン諸島のバンドTincrès Projektとインド洋をはさんだコラボレーションによる楽曲"Hope"を発表。

これまでに何度も共演経験があったとのことで、息のあったパフォーマンスを聴かせてくれている。

ムンバイのアコースティック・デュオSecond Sightは、2021年にリリース予定だったニューアルバムのプランを、このロックダウンにともなって変更し、世界中のミュージシャンとのコラボレーションによるラテン・ジャズに仕上げた。
この“Shallow Waters”には、キューバのパーカッショニスト、スリランカのベーシスト、そしてブラジルのピアニストが参加している。

曲のテーマは、「政府に対して疑問を持つことが、まるで国を憎んでいるかのように思われてしまうという考えが広まっているということ」だという。
インドのみならず、日本でも同じような状況があるのではないだろうか。


ロックダウン下でのインドのインディーミュージシャンたちの活動は、音楽メディアのRolling Stone Indiaが各種SNSで'#ArtistsWFH'というSNSで発信している。
また、古典音楽の大御所たちにも、様々なパフォーマンスを日々配信している人たちか多い。

一刻も早くこの状況が落ち着くことを願うばかりだが、こうした状況にもめげずに、またこうした状況だからこそできる活動を模索しているアーティストたちを見ていると、元気が湧いてくるのも確かだ。
今しばらく、こうした状況ならではのパフォーマンスを楽しみつつ、コロナウイルスの収束を待ちたい。



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2020年05月17日

ロックダウン中に発表されたインドの楽曲(その1) ヒップホップから『負けないで』まで



今回の世界的な新型コロナウイルス禍に対して、インドは3月25日から全土のロックダウン(必需品購入等の必要最低限の用事以外での外出禁止)に踏み切った。
これは、日本のような「要請」ではなく、罰則も伴う法的な措置である。
インド政府はかなり早い時期から厳しい方策を取ったのだ。

当初、モディ首相によるこの速やかな判断は高く評価されたものの、都市部で出稼ぎ労働者が大量に職を失い、故郷に帰るために何百キロもの距離を徒歩で移動したり、バスに乗るために大混雑を引き起こしたりといった混乱も起きている。
貧富の差の激しいインドでは、ロックダウンや経済への影響が弱者を直撃しており、多様な社会における対応策の困難さを露呈している。
こうした状況に対し、政府は28兆円規模の経済対策を発表し、民間でもこの国ならではの相互扶助がいたるところで見られているが、なにしろインドは広く、13億もの人口のすみずみまで支援が行き渡るのは非常に難しいのが現実だ。

当初3週間の予定だったインドのロックダウンは、その後2度の延長の発表があり、現時点での一応の終了予定は5月17日となっているが、おそらくこれで解除にはならず、もうじき3度目の延長が発表される見込みである。
インド政府は感染者数によって全インドをレッド、グリーン、オレンジの3つのゾーンに分け、それぞれ異なる制限を行なっているが、ムンバイ最大のスラム街ダラヴィ(『スラムドッグ$ミリオネア』や『ガリーボーイ』の舞台になった場所だ)などの貧困地帯・過密地帯でもコロナウイルスの蔓延が確認されており、日本同様に収束のめどは立っていない。

このような状況下で、インドのミュージシャンたちもライブや外部でのスタジオワーク等の活動が全面的に制限されてしまっているわけだが、それでも多くのアーティストが積極的に音楽を通してメッセージを発表している。

デリーを代表するラッパーPrabh Deepの動きはかなり早く、3月26日にこの "Pandemic"をリリースした。

デリーに暮らすシク教徒の若者のリアリティーをラップしてきた彼は、これまでもストリートの話題だけではなく、カシミール問題などについてタイムリーな楽曲を発表してきた。
彼の特徴である、どこか達観したような醒めた雰囲気を感じさせるリリックとフロウはこの曲でも健在。
ロックダウン同様の戒厳令が続いているカシミールに想いを馳せるラインがとくに印象に残る。
以前は名トラックメーカーのSez on the Beatとコラボレーションすることが多かったPrabh Deepだが、Sezがレーベル(Azadi Records)を離れたため、今作は自身の手によるビートに乗せてラップしている。
Prabh Deepはラッパーとしてだけではなく、トラックメーカーとしての才能も証明しつつあるようだ。



ムンバイの老舗ヒップホップクルーMumbai's FinestのラッパーAceは、"Stay Home Stay Safe"というタイトルの楽曲をリリースし、簡潔にメッセージを伝えている。

かなり具体的に手洗いやマスクの重要性を訴えているこのビデオは、ストリートに根ざしたムンバイのヒップホップシーンらしい率直なメッセージソングだ。
シーンの重鎮である彼が若いファン相手にこうした発信をする意味は大きいだろう。



バンガロールを拠点に活動している日印ハーフのラッパーBig Dealは、また異なる視点の楽曲をリリースしている。
彼はこれまでも、少数民族として非差別的な扱いを受けることが多いインド北東部出身者に共感を寄せる楽曲を発表していたが、今回も北東部の人々がコロナ呼ばわりされていること(このウイルスが同じモンゴロイド系の中国起源だからだろう)に対して強く抗議する内容となっている。

Big Dealは東部のオディシャ州出身。
小さい頃から、その東アジア人的な見た目ゆえに差別を受け、高校ではインド北東部にほど近いダージリンに進学した。
しかし、彼とよく似た見た目の北東部出身者が多いダージリンでも、地元出身者ではないことを理由に、また差別を経験してしまう。
こうした幼少期〜若者時代を過ごしたことから、偏見や差別は彼のリリックの重要なテーマとなっているのだ。




インドでの(そして世界での)COVID-19の蔓延はいっこうに先が見えないが、こうした状況下でも、インドのヒップホップシーンでは、言うべき人が言うべきことをきちんと発言しているということに、少しだけ安心した次第である。

ヒップホップ界以外でも、パンデミックやロックダウンという未曾有の状況は、良かれ悪しかれ多くのアーティストにインスピレーションを与えているようだ。
ムンバイのシンガーソングライターMaliは、"Age of Limbo"のミュージックビデオでロックダウンされた都市の様子をディストピア的に描いている。
 
タイトルの'limbo'の元々の意味は、キリスト教の「辺獄」。
洗礼を受けずに死んだ人が死後にゆく場所という意味だが、そこから転じて忘却や無視された状態、あるいは宙ぶらりんの不確定な状態を表している。 
この曲自体はコロナウイルス流行の前に作られたもので、本来は紛争をテーマにした曲だそうだが、期せずして歌詞の内容が現在の状況と一致したことから、このようなミュージックビデオを製作することにしたという。
ちなみにもしロックダウンが起きなければ、Maliは別の楽曲のミュージックビデオを日本で撮影する予定だったとのこと。
状況が落ち着いたら、ぜひ日本にも来て欲しいところだ。

ロックダウンのもとで、オンライン上でのコラボレーションも盛んに行われている。
インドの古典音楽と西洋音楽の融合をテーマにした男女デュオのMaati Baaniは、9カ国17人のミュージシャンと共演した楽曲Karpur Gauramを発表した。



インド音楽界の大御所中の大御所、A.R.Rahmanもインドを代表する17名のミュージシャンの共演による楽曲"Hum Haar Nahin Maanenge"をリリース。

古典音楽や映画音楽で活躍するシンガーから、B'zのツアーメンバーに起用されたことでも有名な凄腕女性ベーシストのMohini Deyまで、多彩なミュージシャンが安定感のあるパフォーマンスを見せてくれている。

以前このブログで紹介した日印コラボレーションのチルホップ"Mystic Jounetsu"(『ミスティック情熱』)を発表したムンバイ在住の日本人ダンサー/シンガーのHiroko Sarahさんも、以前共演したビートメーカーのKushmirやデリーのタブラ奏者のGaurav Chowdharyとの共演によるZARDのカバー曲『負けないで』を発表した。



インドでも、できる人ができる範囲で、また今だからこそできる形で表現を続けているということが、なんとも心強い限り。

次回は、Hirokoさんにこのコラボレーションに至った経緯やインドのロックダウン事情などを聞いたインタビューを中心に、第2弾をお届けします!

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2020年05月13日

インドで相次ぐグローバル企業による災害にラップで抗議!社会派フィーメイル・ラッパー Sofia Ashraf


ここ日本でも報じられているとおり、アーンドラ・プラデーシュ州にあるLGポリマーの工場で猛毒ガスが漏れる事故が発生した。
報道によると、これまでに13人が亡くなり、800人近くが体調不良を訴えているという。
この事故は、ロックダウンで無人状態となった工場で起きたものとされ、現地では抗議運動が繰り広げられているようだ。


悲しいことに、インドでこうした事故が起きるのは初めてではない。
インドでは、これまでも多くのグローバル企業によって、自国では認められていない危険な原料を扱う工場が建設され、何度も重大な事故が起きている。
これまでに起きたもっとも悲惨な事故は、1984年にマディヤ・プラデーシュ州のボパールで起きたユニオン・カーバイド社の農薬工場のガス漏れ事故だ。
この事故は、工場のずさんな運営によって猛毒のイソシアン酸メチルが市街地に漏れ出したというもので、その犠牲者数は8,000人以上とも25,000人以上とも言われており、健康被害を受けた住民は30万人にも上る大惨事となった。
ユニオン・カーバイド社の最高経営責任者だったウォーレン・アンダーソンは、この事故の責任を問われたものの、インドでの裁判に一度も出席しないまま、2014年に亡くなってる。

またタミルナードゥ州の避暑地コダイカナルでは、ユニリーバ社が建てた温度計工場が行った18年にもわたる水銀の不適切な廃棄によって周辺の土壌や湖が汚染され、労働者や住民に深刻な健康被害をもたらした。(57人が死亡したとの情報もある)
ユニリーバは2001年にこの工場を閉鎖したが、同社による被害者の救済や汚染された土地の復旧に関しては、地元住民の要求との隔たりが大きく、解決には程遠い状況が続いていた。
途上国の小さな街で起きた事故に対する世界からの関心は少なく、地元の人々は、一部の環境保護団体によるわずかな支援のみで巨大なグローバル企業と争わなければならなかった。
こうして状況に対して、極めて効果的な方法でメッセージを発信したアーティストがいる。
同州出身の女性ラッパーのSofia Ashrafは、"Kodaikanal Won't"という曲を2015年にYouTubeにアップし、世界中の注目を集めることに成功したのだ。

気づいた方もいるかもしれないが、この曲は、Nicki Minajの"Anaconda"の替え歌である。
「アーティスト」としてのオリジナリティーはともかく、このパフォーマンスは、コダイカナルで起きた問題を世界中にアピールするために計算された、とても効果的なものだった。 
インド人女性には珍しいショートヘアのSofiaは、おそらく普段はサリーではなく洋装で過している現代的な女性のはずだ。
だが、インド人女性が、典型的なラッパーの格好をして、さほど高くないラップのスキルで(失礼)オリジナルの楽曲をリリースしても、大きな注目を得ることは難しい。
そこで、Sofiaは誰もが知るヒット曲を、いかにもインド人らしいサリー姿でラップするという奇策に出た(しかも、ヒップホップには似合わない古典舞踊のダンサーたちも参加している)。
この一見奇妙なミスマッチによって、"Kodaikanal Won't"のミュージックビデオは大きな話題となり、またたく間にYouTubeで100万再生を突破すると、ニッキー・ミナージュ本人もこの曲についてツイートした。
Sofiaはユニリーバが起こした問題を世界中に知らしめることに成功したのだ。
こうした状況を受けて、とうとうユニリーバ社の代表は、一刻も早い償いをすることを約束する声明を発表した。
この動画は現在までに420万回も再生されている。

Sofia Ashrafは、ストリートのリアルな生活を表現する典型的なラッパーというよりも、社会活動家的な視点を持ったアーティストのようで、翌2016年には、前述のユニオン・カーバイド社(2001年にダウ・ケミカル社に吸収合併された)によるボパールでの汚染事故に対するメッセージ・ソングとして"Dow vs. Bhopal Toxic Rap Battle"を発表した。

賠償はユニオン・カーバイド社の時代に終わっているとするダウに対する痛烈なメッセージソングだ。
こうした活動は大きな注目を集め、インドでは彼女をラッパーとactivist(活動家)を合わせた'raptivist'と呼んでいるメディアさえある。

彼女はコダイカナルの問題にも関心を寄せ続けており、ユニリーバが問題となった工場を閉鎖したのちも有毒物質を漏洩し続け、さらにヨーロッパで定められているのと同じレベルの土壌回復を拒否していることに対して、"Kodaikanal Won't"の続編にあたる"Kodaikanal Still Won't"を2018年に発表した。

ヘヴィロック風の曲調となった今作は、チェンナイのフュージョン・ロックバンドMadrascalsのヴォーカリストAmrit Raoと古典音楽であるカルナーティック歌手のT.M. Krishna(彼もまた社会活動家としての顔を持っている)とのコラボレーションとなっている。

Sofia Ashrafはかつては広告会社に勤務していたようだが、"Kodaikanal Won't"の発表以降はラッパー/社会活動家としてのキャリアを追求し、様々な活動を展開している。
2016年以降は、ムンバイのデジタルメディア企業Culture Machineが開設したYouTubeチャンネル'BLUSH'のなかで、'Sista from the South'と称してインドの女性やカルチャーを題材にした風刺的なビデオを発表しており、インドの進歩的な女性の代弁者のような役割を担っている。

'Sista from the South'のなかから、インドの女性が置かれた立場を扱った曲を2曲紹介する。



こうした社会的なテーマの活動とは別に、彼女は映画音楽のリリックを書いたり、近年では映画『ガリーボーイ』のサウンドトラックにも参加するなど、幅広いフィールドで活躍しているようだ。

インドのフィーメイル・ラッパーたちには、女性の地位をテーマにしているアーティストが多く、他にもムンバイのDee MCやバンガロールのSiriが保守的なインド社会に暮らす女性をエンパワーするラップを発表している。
(ところで、ここに名前を挙げたラッパーたちは全員南インド系〔Siriはカンナダ系、他の2人はケーララ系〕なのは偶然だろうか)



というわけで、今回はLGの有毒ガス漏洩事故から、グローバル企業によるインドでの環境汚染や健康被害の話題と、注目の女性ラッパーSofia Ashrafを紹介した。

途上国におけるグローバル企業のあり方というテーマは、いつもこのブログで紹介しているストリート系のヒップホップとは異なり、直接的に我々の生活にも関わってくるものだ。
(ストリートヒップホップにもある種の普遍性があるのは確かだが)
私はインドにばかり注目しているが、同様の問題はおそらく世界中で起きているはず。
そのメッセージに気づいたのであれば、どの企業の、どんな商品やサービスを選ぶべきなのか、日本に暮らす我々も、今まで以上に意識するべきだろう。


参考サイト:
https://greenz.jp/2016/04/17/kodaikanal_wont/
https://www.thehindu.com/features/metroplus/Sista-Sofia’s-new-venture/article14485057.ece


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goshimasayama18 at 23:53|PermalinkComments(0)インドのヒップホップ 

2020年05月08日

軽刈田 凡平のプロフィールのようなもの

アンタいったい何者なんですか?
とよく聞かれるので、簡単なプロフィール紹介です。

1978年生まれ。
学生時代に若気の至りの一人旅でインドを訪れ、街にうずまく混沌としたパワーと人々のバイタリティーに衝撃を受ける。
音楽好きだったため、「インド人がロックやブルースやヒップホップをやり始めたらすごいことになるだろうなあ」と思ったものの、当時(90年代後半)のインドでは映画音楽以外は非常にマイナーであり、そうした音楽とは出会えないまま終わる。

その後もインドに興味を持ち続けたまま時は流れ、2010年代後半、インドのロック、ヒップホップ、電子音楽等のシーンが非常に面白くなってきていることを発見。
2017年12月に「軽刈田 凡平(かるかった ぼんべい)」名義でブログ「アッチャー・インディア 読んだり聞いたり考えたり」を開始。
インドのインディー音楽を中心に、インドのカルチャーや、世界中に出没している謎のインド人占い師「ヨギ・シン」について調査して書いています。
都内在住。
尊敬する人はタイガー・ジェット・シン


これまでの活動実績
  • 雑誌『POPEYE』2018年6月号 特集「僕の好きな音楽」に情報提供
  • 雑誌『STUDIO VOICE vol.413』(2018年9月発売) 特集「いまアジアから生まれる音楽」に情報提供
  • 2019年1月27日 ユジク阿佐ヶ谷にて、映画『あまねき旋律』上映後のトークショー開催
  • 2019年8月 映画『シークレット・スーパースター』パンフレットにコラム寄稿
  • 2019年8月22日 秋葉原CLUB GOODMANにてマサラワーラー鹿島信治さんと"Indian Rock Night"開催。
  • 新宿にてサラーム海上さん、Hiroko Sarahさんと映画『ガリーボーイ』公開記念"Indian Hiphop Night"開催
  • 2019年11月30日 狛江のインド料理プルワリさんにてイベント「インド人の知らないインド音楽」開催
  • 2019年2月29日 狛江のインド料理プルワリさんにてイベント"Indian Night"開催
  • 2019年4月 映画『タゴール・ソングス』パンフレットにコラム寄稿
などなど。
何か書いてくれとか喋ってくれとかあったらお気軽にご相談ください。



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goshimasayama18 at 21:08|PermalinkComments(0)